(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】圧電体膜形成用液組成物及びこの液組成物を用いて圧電体膜を形成する方法
(51)【国際特許分類】
H01L 41/187 20060101AFI20221012BHJP
C01G 29/00 20060101ALI20221012BHJP
C04B 35/462 20060101ALI20221012BHJP
H01L 41/09 20060101ALI20221012BHJP
H01L 41/318 20130101ALI20221012BHJP
【FI】
H01L41/187
C01G29/00
C04B35/462
H01L41/09
H01L41/318
(21)【出願番号】P 2018149083
(22)【出願日】2018-08-08
【審査請求日】2021-03-26
(31)【優先権主張番号】P 2018054542
(32)【優先日】2018-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【氏名又は名称】須田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100129229
【氏名又は名称】村澤 彰
(72)【発明者】
【氏名】土井 利浩
(72)【発明者】
【氏名】曽山 信幸
【審査官】上田 智志
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-002649(JP,A)
【文献】特開2016-219825(JP,A)
【文献】特開2016-225550(JP,A)
【文献】特開2013-201407(JP,A)
【文献】特開2007-290887(JP,A)
【文献】特開2018-157182(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/187、41/09、41/318、
C01G 29/00、
C04B 35/462
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bi、Na及びTiを少なくとも含む金属酸化物からなる圧電体膜を形成するための液組成物であって、
前記Naの原料がNaアルコキシドであり、前記Tiの原料がTiアルコキシドであって、ジオールとアミン系安定化剤を含み、
前記液組成物を100質量%としたときに、前記金属酸化物を4質量%~20質量%含み、
前記液組成物を100質量%としたときに、前記ジオールを5質量%~35質量%含み、
前記Tiアルコキシドに対する前記アミン系安定化剤のモル比(Tiアルコキシド:アミン系安定化剤)が1:0.5~1:4であることを特徴とする圧電体膜形成用液組成物。
【請求項2】
Ba、K、Mg、Zn、Niのいずれかを更に含む請求項1記載の液組成物。
【請求項3】
Sr及びZrを更に含む請求項1又は2記載の液組成物。
【請求項4】
請求項1ないし
3いずれか1項に記載の
Bi、Na及びTiを少なくとも含む金属酸化物からなる圧電体膜を形成するための液組成物を、基板に塗布し、仮焼した後、焼成して結晶化した圧電体膜を形成する方法。
【請求項5】
走査型電子顕微鏡
により前記圧電体膜の断面を観察し、その断面像を画像解析することにより膜の面積及び膜中のボイド部分の面積を算出し、[(膜の面積-ボイド部分の面積)/膜の面積]×100という計算式から求めた圧電体膜の膜密度が84%~99%である
請求項4記載の圧電体膜
の形成方法。
【請求項6】
前記金属酸化物が(Bi,Na)TiO
3であり、かつペロブスカイト型構造を有する請求項
4記載の圧電体膜
の形成方法。
【請求項7】
前記金属酸化物が(Bi,Na)TiO
3-BaTiO
3、(Bi,Na)TiO
3-(Bi,K)TiO
3、(Bi,Na)TiO
3-Bi(Mg,Ti)O
3、(Bi,Na)TiO
3-(Bi,K)TiO
3-Bi(Zn,Ti)O
3、(Bi,Na)TiO
3-(Bi,K)TiO
3-Bi(Ni,Ti)O
3、(Bi,Na)TiO
3-SrZrO
3、(Bi,Na)TiO
3-(Bi,K)TiO
3-SrZrO
3のいずれかであり、かつペロブスカイト型構造を有する請求項
4記載の圧電体膜
の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛を含まず、毒性及び腐食性の高い溶媒を含まず、保存安定性に優れ、膜密度が高い圧電体膜を形成するための液組成物及びこの液組成物を用いて圧電体膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が良く知られている。しかしながら、PZTは鉛を含むため、環境負荷を低減する目的で、鉛を含まない、即ち非鉛の圧電材料が求められている。また圧電体膜を形成方法としては、例えば、固相法、気相法、化学溶液法などが挙げられる。固相法は、酸化物粉末を物理的に混合・粉砕・成形を行った後に、1000℃~1300℃で焼成することで圧電体膜を形成するため、焼成温度が高温であるという問題がある。また、気相法であるスパッタリング法は、真空中で酸化物ターゲットに対し、例えばイオン化されたアルゴンなどを衝突させ、それによってはじき出された元素を基板に蒸着させることで圧電体膜を形成する方法であるが、ターゲットとして使用した酸化物から組成がずれるという問題があり、多元素を利用する圧電体膜を形成する方法としては不向きである。それに加え、高真空が必要であることから、装置の大型化、高コスト化は避けられない。
【0003】
一方、化学溶液(CSD:chemical solution deposition)法は、目的組成の金属元素を含む前駆体溶液を用いて、例えばスピンコート法、ディップコート法、インクジェット法などにより基板上に成膜し、焼成することで圧電体膜を形成する方法であるため、固相法と比較して低温で圧電体膜を形成することができ、また、高真空を必要としないため小型かつ安価な装置で形成可能であるため好ましい。
【0004】
従来、CSD法による圧電体膜の形成方法の一つとして、(Bi0.5Na0.5)TiO3-(Bi0.5K0.5)TiO3-Bi(Mg0.5Ti0.5)O3の構造式を有する圧電体膜を形成する方法(例えば、非特許文献1参照。)が提案されている。非特許文献1では、72.5モル(Bi0.5Na0.5)TiO3-22.5モル(Bi0.5K0.5)TiO3-5モルBi(Mg0.5Ti0.5)O3(BNT-BKT-BMgT)のバルクセラミックが大きな高電界の圧電定数(d33
*=570pm/V)を示すことを報告したのに続いて、CSD法を用いて上記組成と同一の組成の圧電体膜を白金化したシリコン基板上に形成している。
【0005】
非特許文献1に示される方法では、純粋な相のペロブスカイトを得るために前駆体溶液に揮発性カチオンを過剰にドーピングすることが必要であること、700℃の熱処理温度が圧電特性を良好にする(Pmax=52μC/cm2及びPr=12μC/cm2)こと、650℃と700℃で熱処理した膜の量的な組成分析が近い理論原子比の達成を示すこと、膜厚を通して電子顕微鏡で観察された組成変動は連続的なスピンコート層間に形成されたボイドの存在と良く一致していること、両極と単一極のひずみ測定がデュアルビームレーザ干渉計でなされ、約75pm/Vの高い圧電定数(d33,r)が得られたことが示される。
【0006】
この方法では、酢酸ビスマス、酢酸ナトリウム三水和物、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム四水和物、チタンイソプロポキシドを液組成物の前駆体として使用する。最初にチタンイソプロポキシドを、大気中の水とチタン前駆体との反応を防ぐために、乾燥した大気雰囲気下、酢酸で安定化してTi溶液とする。次いで酢酸ビスマスをプロピオン酸に溶解し、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸マグネシウムを各別にメタノールに溶解して、Bi、Na、K及びMg溶液とする。次にBi、Na、K及びMg溶液の適量をシリンジによりTi溶液に注意深く滴下する。液組成物を調製するときに、カチオンの高い揮発性を補うためにカチオン量を過剰にして添加する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Y. H. Jeon et al., "Large Piezoresponse and Ferroelectric Properties of (Bi0.5Na0.5)TiO3-(Bi0.5K0.5)TiO3-Bi(Mg0.5Ti0.5)O3 Thin Films Prepared by Chemical Solution Deposition", J. Am. Ceram. Soc., 1-7(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1に示される液組成物で形成される圧電体膜は膜密度が低く、緻密な膜にならない問題があった。また、腐食性を有するプロピオン酸を溶媒として用いており、量産時に製造装置の腐食対策を行う必要があるという課題があった。また、メタノールを溶媒に使用しており人体に対しての有害性が高いという問題があった。
【0009】
本発明の目的は、鉛を含まず、毒性及び腐食性の高い溶媒を含まず、保存安定性に優れ、膜密度が高い圧電体膜を形成するための液組成物及びこの液組成物を用いて圧電体膜を形成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の観点は、Bi、Na及びTiを少なくとも含む金属酸化物からなる圧電体膜を形成するための液組成物であって、前記Naの原料がNaアルコキシドであり、前記Tiの原料がTiアルコキシドであって、ジオールとアミン系安定化剤を含み、前記液組成物を100質量%としたときに、前記金属酸化物を4質量%~20質量%含み、前記液組成物を100質量%としたときに、前記ジオールを5質量%~35質量%含み、前記Tiアルコキシドに対する前記アミン系安定化剤のモル比(Tiアルコキシド:アミン系安定化剤)が1:0.5~1:4であることを特徴とする液組成物である。
【0011】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、Ba、K、Mg、Zn、Niのいずれかを更に含む液組成物である。
【0012】
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点に基づく発明であって、Sr及びZrを更に含む液組成物である。
【0014】
本発明の第4の観点は、第1ないし第3の観点のいずれかの観点に基づくBi、Na及びTiを少なくとも含む金属酸化物からなる圧電体膜を形成するための液組成物を、基板に塗布し、仮焼した後、焼成して結晶化した圧電体膜を形成する方法である。
【0015】
本発明の第5の観点は、走査型電子顕微鏡(以下、SEMという。)により前記圧電体膜の断面を観察し、その断面像を画像解析することにより膜の面積及び膜中のボイド部分の面積を算出し、[(膜の面積-ボイド部分の面積)/膜の面積]×100という計算式から求めた圧電体膜の膜密度が84%~99%である請求項4記載の圧電体膜の形成方法である。
【0018】
本発明の第6の観点は、第4の観点に基づく発明であって、前記金属酸化物が(Bi,Na)TiO3であり、かつペロブスカイト型構造を有する圧電体膜の形成方法である。
【0019】
本発明の第7の観点は、第4の観点に基づく発明であって、前記金属酸化物が(Bi,Na)TiO3-BaTiO3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3、(Bi,Na)TiO3-Bi(Mg,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-Bi(Zn,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-Bi(Ni,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-SrZrO3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-SrZrO3のいずれかであり、かつペロブスカイト型構造を有する圧電体膜の形成方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の第1の観点の液組成物では、非特許文献1のようにNaの原料に酢酸ナトリウムを用いずに、Naアルコキシドを用いることにより、酢酸塩よりもNaアルコキシドの方が液組成物を基板に塗布した後の熱処理時に液組成物の熱分解温度が低下するため膜中のカーボンの残留が少なくなり、膜密度の高い、より緻密な圧電体膜を形成することができる。またこの液組成物は、鉛を含まず、毒性及び腐食性の高い溶媒を含まない一方、ジオールとアミン系安定化剤を所定量含むため、膜密度が低くならず、保存安定性に優れる。
また、本発明の第1の観点の液組成物では、液組成物を100質量%としたときに、金属酸化物を4質量%~20質量%含むため、所望の圧電体膜厚が得られるとともに、保存安定性がより一層優れる。
【0021】
本発明の第2の観点の液組成物では、Ba、K、Mg、Zn、Niのいずれかを更に含むため、より高い圧電特性を有する圧電体膜を形成することができる。
【0022】
本発明の第3の観点の液組成物では、Sr及びZrを更に含むため、高い圧電特性が得られる。
【0024】
本発明の第4の観点の圧電体膜の形成方法では、上記液組成物から圧電体膜を形成するため、非鉛で、膜密度の高い、より緻密な膜を形成することができる。
【0025】
本発明の第5の観点の圧電体膜の形成方法では、この方法で形成された圧電体膜が非鉛で、SEMで測定したときの圧電体膜の密度が84%~99%という高い特長がある。
【0028】
本発明の第6及び第7の観点の圧電体膜の形成方法では、これらの方法で形成された圧電体膜の金属酸化物が(Bi,Na)TiO3、(Bi,Na)TiO3-BaTiO3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3、(Bi,Na)TiO3-Bi(Mg,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-Bi(Zn,Ti)O3、又は(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-Bi(Ni,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-SrZrO3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-SrZrO3のいずれかであって、非鉛であるので、鉛系材料の圧電体膜と比較して環境負荷が小さいという特長がある。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】実施例と比較例のPt下部電極上の圧電体膜の断面をSEMによって撮像した写真図である。
図1(a)は実施例1の圧電体膜の断面写真図であり、
図1(b)は比較例2の圧電体膜の断面写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
【0031】
〔圧電体膜形成用液組成物〕
本実施形態の圧電体膜形成用液組成物は、Bi、Na及びTiを少なくとも含む、これらの金属原料の他にBa、K、Mg、Zn、Ni等を含んでもよく、またBa、K、Mg、Zn、Ni等のいずれかとともに、Sr及びZrを含んでもよく、或いはBa、K、Mg、Zn、Ni等を含まずに、Sr及びZrを含んでもよい。本実施形態の特徴ある点は、Naの原料がNaアルコキシドであり、Tiの原料がTiアルコキシドであって、液組成物が上記アルコキシドの溶媒としてのジオールと液組成物を製造する際の反応を安定させるためのアミン系安定化剤を含むことにある。Naの原料に、非特許文献1の酢酸ナトリウム三水和物のような酢酸塩の代わりに、Naアルコキシドを用いることにより、液組成物を基板に塗布した後の熱処理時に液組成物の熱分解温度が低下するため膜中のカーボンの残留が少なくなり、膜密度の高い、より緻密な圧電体膜を形成することができる。安定化剤として、アミン系安定化剤を含むと、酢酸やアセチルアセトンのような他の安定剤と異なり、配位能力が高いため前駆物質の安定化効果が高いため、液が安定になり、液組成物を塗布しても膜が均一に形成され、また液組成物の保存安定性が良好となる。
【0032】
Biの原料としては、酢酸ビスマス、2-エチルヘキサン酸ビスマス、硝酸ビスマス(III)・五水和物等が挙げられる。
Naアルコキシドとしては、ナトリウムメトキシド:Na2(OMe)、ナトリウムエトキシド:Na2(OEt)、ナトリウムt-ブトキシド:Na2(OtBu)等が挙げられる。 Tiアルコキシドとしては、チタンテトラエトキシド:Ti(OEt)4、チタンテトライソプロポキシド:Ti(OiPr)4、チタンテトラn-ブトキシド:Ti(OiBu)4、チタンテトライソブトキシド:Ti(OiBu)4、チタンテトラt-ブトキシド:Ti(OtBu)4、チタンジメトキシジイソプロポキシド:Ti(OMe)2(OiPr)2等が挙げられる。
【0033】
なお、Baを用いる場合には、Baの原料として、酢酸バリウム、2-エチルヘキサン酸バリウム等を用いることができる。Kを用いる場合には、Kの原料として、酢酸カリウム、カリウムエトキシド等を用いることができる。Mgを用いる場合には、Mgの原料として、酢酸マグネシウム、硝酸マグネシウム六水和物等を用いることができる。Znを用いる場合には、Znの原料として、酢酸亜鉛、硝酸亜鉛六水和物等を用いることができる。Niを用いる場合には、Niの原料として、硝酸ニッケル六水和物、酢酸ニッケル等を用いることができる。Sr及びZrを用いる場合には、Srの原料として、酢酸ストロンチウム、2-エチルヘキサン酸ストロンチウム等を用いることができ、Zrとして、ジルコニウムブトキシド、ジルコニウム-tert-ブトキシド等を用いることができる。
【0034】
ジオールとしては、プロピレングリコール、エチレングリコール又は1,3―プロパンジオール等から選ばれる1種又は2種以上を用いることができる。このうち、プロピレングリコールが、液の粘性や保存安定性の観点から特に好ましい。
【0035】
アミン系安定化剤としては、2-メチルアミノエタノール、2-ジメチルアミノエタノール、1-アミノ-2-プロパノール、エタノールアミン、ジメタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等が挙げられる。
【0036】
〔液組成物の製造方法〕
本実施形態の液組成物は次の方法により製造される。
(1) Bi、Na及びTiの他にBa、K、Mg、Zn、Niのいずれかを更に含む場合
先ず容器にエタノール、1-ブタノール、イソプロパノール等の有機溶媒と、Naアルコキシドと、Ba等のアルコキシド又は非アルコキシドとを入れ、室温で30分~60分間撹拌することにより、赤褐色の懸濁液を得る。次いでこの懸濁液にTiアルコキシドを添加し、30分間還流して第1溶液を調製する。この第1溶液にBiの原料とプロピレングリコール、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール等のジオールを添加し、30分~60分間還流して第2溶液を調製する。第2溶液に酢酸、アセチルアセトン等の安定化剤を添加し、30分~60分間還流して第3溶液を調製する。続いて減圧蒸留して第3溶液から溶媒を脱離して、有機溶媒及び反応副生成物を除去する。得られた溶液にプロピレングリコール、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール等のジオールを添加し、液を酸化物換算で15質量%~25質量%まで希釈する。更にこの希釈した液に安定化剤として、本実施形態の特徴あるアミン系安定化剤を添加し、続けてエタノール、1-ブタノール、イソプロパノール等の有機溶媒で液を酸化物換算で4質量%~20質量%、好ましくは5質量%~10質量%まで希釈する。得られた液をフィルターでろ過することによりゴミを取り除き、液組成物を得る。酸化物換算で4質量%未満では、良好な膜は得られるものの、膜厚が薄すぎるため、所望の厚さを得るまでに生産性が悪くなる。20質量%を超えると、濃縮するためにはプロピレングリコールのようなジオールの量を減少させる必要があり、液組成物に沈殿が生じやすい。
【0037】
(2) Bi、Na及びTiの他にBa、K、Mg、Zn、Niのいずれかとともに、Sr及びZrを更に含む場合
先ず容器にエタノール、1-ブタノール、イソプロパノール等の有機溶媒と、Naアルコキシドと、Ba、K、Mg、Zn、Niのいずれかのアルコキシド又は非アルコキシドとを入れ、室温で30分~60分間撹拌することにより、赤褐色の懸濁液を得る。次いでこの懸濁液にTiアルコキシドとZrアルコキシドを添加し、30分間還流して第1溶液を調製する。この第1溶液にBiの原料と、Srの非アルコキシドと、プロピレングリコール、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール等のジオールとを添加し、30分~60分間還流して第2溶液を調製する。第2溶液に酢酸、アセチルアセトン等の安定化剤を添加し、30分~60分間還流して第3溶液を調製する。以下は、上記(1)のBa、K、Mg、Zn、Niのいずれかを更に含む場合と同様にして、液組成物を得る。
【0038】
この製造方法では、有機溶媒とNaアルコキシドの混合から最終の液の希釈まで1ポットで行われる。1ポット(容器)で行うとは、1つの容器内で第1溶液を調製した後、同一容器内で第1溶液にBiの原料を混合し、反応させて第2溶液を調製し、続いて同一容器内で第2溶液に安定化剤を混合して第3溶液を調製し、更に続いて同一容器内で第3混合液に有機溶媒を混合して本実施形態の液組成物を製造することをいう。
【0039】
Biの原料とNaの原料とKの原料とMgの原料とZnの原料とNiの原料とTiの原料の混合は、Aサイトイオン:Bサイトイオンの比が125:100~105:100となることが望ましい。これは、主たるAサイトイオンであるBi、Na、Kが焼成中に蒸発し、焼成後の膜組成が仕込み組成とずれるためである。
【0040】
本実施形態の特徴あるアミン系安定化剤の添加量は、Tiの原料に対してモル比(Ti:アミン系安定化剤)で1:0.5~1:4、好ましくは1:1~1:2である。アミン系安定化剤のモル比が1:0.5未満では、液組成物の保存安定性が悪く、沈殿やゲル化を生じる。このモル比が1:4を超えると、液組成物を基板に塗布した後の熱処理時に液組成物の熱分解温度が上がり、膜中のカーボンの残留が多くなり、緻密な圧電体膜を形成することができない。
【0041】
また、本実施形態において、ジオールは液組成物を100質量%としたときに、5質量%~35質量%含むことが好ましい。5質量%未満では安定化効果が弱く沈殿が生じやすく、35質量%を超えると膜厚が厚くなりすぎてボイドを生成しやすくなる。
【0042】
〔圧電体膜の形成方法〕
本実施形態の圧電体膜は上記組成物を原料溶液として用いたゾルゲル法により形成される。先ず、上記組成物を基板上にスピンコート、ディップコート、LSMCD(Liquid Source Misted Chemical Deposition)法又は静電スプレー法などにより塗布し、所望の厚さを有する塗膜(ゲル膜)を形成する。圧電体膜を形成する基板には、下部電極が形成されたシリコン基板やサファイア基板等の耐熱性基板が用いられる。
【0043】
基板上に塗膜を形成した後、この塗膜を仮焼成し、更に焼成して結晶化させる。仮焼成は、ホットプレート又は急速加熱処理(RTA)等を用いて、所定の条件で行う。仮焼成は、溶媒を除去するとともに金属化合物を熱分解又は加水分解してペロブスカイト構造の複合酸化物に転化させるために行うことから、空気(大気)中、酸化雰囲気中、又は含水蒸気雰囲気中で行うのが望ましい。空気中での加熱でも、加水分解に必要な水分は空気中の湿気により十分に確保される。なお、仮焼成前に、特に低沸点溶媒や吸着した水分子を除去するため、ホットプレート等を用いて70℃~90℃の温度で、0.5分~5分間低温加熱(乾燥)を行ってもよい。
【0044】
仮焼成は280~320℃の温度で行い、好ましくは1分~5分間当該温度で保持することにより行う。仮焼成の際の温度が下限値未満では、溶媒等を十分に除去できず、ボイドやクラックの抑制効果が低下する。一方、上限値を超えると生産性が低下する。また、仮焼成の際の保持時間が短すぎると、同様に、溶媒等を十分に除去できない、或いは溶媒を十分に除去するために仮焼成温度を必要以上に高い温度に設定しなければならなくなる場合がある。一方、仮焼成の際の保持時間が長すぎる生産性が低下する場合がある。
【0045】
焼成は、仮焼成後の塗膜を結晶化温度以上の温度で焼成して結晶化させるための工程であり、これにより圧電体膜が得られる。この結晶化工程における焼成雰囲気としてはO2、N2、Ar、H2等或いはこれらの混合ガス雰囲気等が挙げられるが、O2とN2の混合ガス雰囲気(O2:N2=1:0.3~0.7)が特に好適である。この混合ガス雰囲気が特に好ましい理由は、パイロクロア相等の異相の生成が抑制される結果、高い圧電特性の膜が得られやすいためである。
【0046】
焼成は、好ましくは600℃~700℃で1分~5分間程度行われる。焼成は、急速加熱処理(RTA)で行ってもよい。急速加熱処理(RTA)で焼成する場合、その昇温速度を10℃/秒~100℃/秒とすることが好ましい。なお、上述の組成物の塗布から仮焼成、焼成までの工程を複数回繰り返すことにより、更に厚みのある圧電体膜に形成してもよい。
【0047】
〔圧電体膜の特性〕
本実施形態の圧電体膜は、Bi、Na及びTiを少なくとも含み、ペロブスカイト型構造の金属酸化物からなる圧電体膜である。また本実施形態の圧電体膜は、Bi、Na又はTiに加えて、Ba、K、Mg、Zn、Niのいずれかを更に含んでもよい。この圧電体膜は、SEMで測定したときの圧電体膜の膜密度が所望の圧電特性を得るために、84%~99%である特徴がある。好ましい膜密度は88%~99%である。
【0048】
上記金属酸化物の組成として、(Bi,Na)TiO3、(Bi,Na)TiO3-BaTiO3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3、(Bi,Na)TiO3-Bi(Mg,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-Bi(Zn,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-Bi(Ni,Ti)O3、(Bi,Na)TiO3-SrZrO3、(Bi,Na)TiO3-(Bi,K)TiO3-SrZrO3等が挙げられる。(Bi,Na)TiO3には、(Bi0.5Na0.5)TiO3の組成が例示される。
【実施例】
【0049】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。以下に示す実施例10及び実施例11は参考例である。
【0050】
〔7種類の安定化剤〕
本発明の実施例1~15及び比較例1~5の液組成物に用いられる7種類の安定化剤を以下の表1及び表2に示す。表1には、5種類のアミン系安定化剤(No.1~No.5)を、表2には、2種類のその他の安定化剤(No.6~No.7)を示す。更に表3には、3種類のジオール(No.8~No.10)を示す。
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
<実施例1>
フラスコにエタノールとナトリウムエトキシドを入れ、室温で30分間撹拌することにより、赤褐色の懸濁液を得た。この懸濁液にテトラチタンイソプロポキシドを添加し、30分間還流して第1溶液を調製した。この第1溶液に2-エチルヘキサン酸ビスマスとプロピレングリコール(表3のNo.8)を添加し、30分間還流して第2溶液を調製した。第2溶液に安定化剤としてアセチルアセトン(表2のNo.6)を添加し、30分間還流して第3溶液を調製した。続いて第3溶液から溶媒を脱離して、エタノール及び反応副生成物を除去した。得られた溶液にプロピレングリコール(表3のNo.8)を添加し、酸化物換算で15質量%まで希釈した。更にこの希釈した液に安定化剤として、2-ジメチルアミノエタノール(表1のNo.1)をTi:安定化剤がモル比で1:1となるように添加し、続けて1-ブタノールで液を酸化物換算で8質量%まで希釈した。得られた液をフィルターでろ過することによりゴミを取り除き、液組成物を得た。
【0055】
ここでエタノールの添加量は、Tiの原料に対してモル比(Ti:エタノール)で1:12であった。ナトリウムエトキシドの添加量は、Tiの原料に対してモル比(Ti:ナトリウムエトキシド)で1:0.58であった。2-エチルヘキサン酸ビスマスの添加量は、Tiの原料に対してモル比(Ti:2-エチルヘキサン酸ビスマス)で1:0.54であった。プロピレングリコールの添加量は、Tiの原料に対してモル比(Ti:プロピレングリコール)で1:7であった。液組成物におけるBiの原料、Naの原料、Tiの原料、その他の金属原料、安定化剤及び溶媒であるジオールの種類を表4に示し、液組成物におけるBiの原料とNaの原料とTiの原料とその他の金属原料との各混合モル%、金属酸化物の質量割合、アミン系安定化剤のTiの原料に対するモル比及びジオールの質量割合を表5に示す。表4では、原料の種類は、具体的な化合物名は記載せず、アルコキシドでないものは「非アルコキシド」と記載した。
【0056】
【0057】
【0058】
<実施例2~15>
表4及び表5に示すように、原料及び安定化剤を選定し、各原料の混合モル%、金属酸化物濃度、アミン系安定化剤のTiの原料に対するモル比を決めて、実施例1と同様にして、実施例2~15の液組成物を得た。実施例1~15では、安定化剤として表1に示すNo.1~No.5のいずれかのアミン系安定化剤と、表2に示すNo.6のアセチルアセトンと、溶媒として表3に示すNo.8~No.10のいずれかのジオールを併用した。またBiの原料、Naの原料、Tiの原料の他の金属原料として、実施例6では、Baの原料として2-エチルヘキサン酸バリウムをTiの原料に対してモル比で0.15となるように2-エチルヘキサン酸ビスマスと一緒に添加した。また実施例12では、Kの原料として酢酸カリウムをTiの原料に対してモル比で0.24となるように2-エチルヘキサン酸ビスマスと一緒に添加した。また実施例13では、Mgの原料として酢酸マグネシウムをTiの原料に対してモル比で0.3となるように2-エチルヘキサン酸ビスマスと一緒に添加した。また実施例14では、Znの原料として酢酸亜鉛をTiの原料に対してモル比で0.3となるように2-エチルヘキサン酸ビスマスと一緒に添加した。更に実施例15では、Niの原料として酢酸ニッケルをTiの原料に対してモル比で0.3となるように2-エチルヘキサン酸ビスマスと一緒に添加した。
【0059】
<実施例16>
フラスコにエタノールとナトリウムエトキシド、カリウムエトキシドを入れ、室温で30分間撹拌することにより、赤褐色の懸濁液を得た。この懸濁液にテトラチタンイソプロポキシド、ジルコニウムブトキシドを添加し、30分間還流して第1溶液を調製した。この第1溶液に2-エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ストロンチウム0.5水和物、プロピレングリコールを添加し、30分間還流して第2溶液を調製した。第2溶液に安定化剤としてアセチルアセトンを添加し、30分間還流して第3溶液を調製した。続いて第3溶液から溶媒を脱離して、エタノール及び反応副生成物を除去した。得られた溶液にプロピレングリコールを添加し、酸化物換算で15質量%まで希釈した。更にこの希釈した液に安定化剤として、2-ジメチルアミノエタノール(表1のNo.1)をTi:安定化剤がモル比で1:1となるように添加し、続けて1-ブタノールで液を酸化物換算で8質量%まで希釈した。得られた液をフィルターでろ過することによりゴミを取り除き、液組成物を得た。なお、エタノールの添加量、ナトリウムエトキシドの添加量、2-エチルヘキサン酸ビスマスの添加量、及びプロピレングリコールの添加量は、実施例1の液組成物と同一であった。また、液組成物におけるBiの原料、Naの原料、Tiの原料、その他の金属原料、安定化剤及び溶媒であるジオールの種類を表4に示し、液組成物におけるBiの原料とNaの原料とTiの原料とその他の金属原料との各混合モル%、金属酸化物の質量割合、アミン系安定化剤のTiの原料に対するモル比及びジオールの質量割合を表5に示す。
【0060】
<実施例17~19>
表4及び表5に示すように、Naの原料及びKの原料の添加量以外は、実施例16の液組成物と同様にして実施例17~19の液組成物を得た。なお、実施例19はKの原料を添加していない。
【0061】
<比較例1>
安定化剤として、酢酸(表2のNo.7)のみを用い、酢酸と1-ブタノールで酢酸:1-ブタノールを1:9のモル比にして、液を酸化物換算で8質量%まで希釈した。それ以外は、実施例1と同様にして、液組成物を得た。
【0062】
<比較例2>
Naの原料として、Naアルコキシドの代わりに、酢酸ナトリウム三水和物を用いた以外は、実施例1と同様にして、液組成物を得た。
【0063】
<比較例3>
安定化剤として、アミン系安定化剤もその他の安定化剤も用いなかった。それ以外は、実施例1と同様にして、液組成物を得た。
【0064】
<比較例4>
アミン系安定化剤のTiの原料に対するモル比を1:0.1にした以外は、実施例1と同様にして、液組成物を得た。
【0065】
<比較例5>
アミン系安定化剤のTiの原料に対するモル比を1:7にした以外は、実施例1と同様にして、液組成物を得た。
【0066】
<比較評価試験>
実施例1~19及び比較例1~5で得られた液組成物の保存安定性を確かめるため、得られた液組成物を容器に密封した状態で1か月間5℃の冷蔵庫で保管した後、目視により液組成物の沈殿の有無とゲル化の有無を調べた。
【0067】
また膜組成と膜密度を調べるため、次の方法で圧電体膜を形成した。先ず4インチのSi基板を熱酸化して、その表面に500nmの酸化膜を形成した。酸化膜上にTiをスパッタリング法により20nmの厚さで形成し、続いて赤外線急速加熱(RTA)炉にて酸素雰囲気下、700℃で1分間焼成することにより酸化チタン膜を形成した。酸化チタン膜上にスパッタリング法により100nmの厚さの(111)配向のPt下部電極を形成した。
【0068】
実施例1~19及び比較例1~5で得られた液組成物をそれぞれ別々に上記基板のPt下部電極上に500μL滴下し、4000rpmで15秒間スピンコートを行った。更に300℃のホットプレートで5分間仮焼を行った。この操作を3回繰り返した後、赤外線急速加熱炉にて700℃、酸素雰囲気、昇温速度10℃毎秒、保持時間1分で焼成を行った。得られた膜の膜密度(%)をSEMで測定した。膜の断面をSEMにて観察し、その断面像を画像解析することにより膜の面積及び膜中のボイド部分の面積を算出し、[(膜の面積-ボイド部分の面積)/膜の面積]×100という計算を行うことにより膜密度(%)を算出した。その結果を表6に示す。更に実施例1の圧電体膜の断面写真図を
図1(a)に、比較例2の圧電体膜の断面写真図を
図1(b)にそれぞれ示す。実施例1の膜の組成を蛍光X線分析装置(リガク社製 型式名:Primus III+)を用いた蛍光X線分析により、分析したところ、(Bi
0.5Na
0.5)TiO
3であった。
【0069】
【0070】
表6から明らかなように、比較例1では、アミン系安定化剤の代わりに、酢酸を用いたため、液組成物が不安定でスピンコート中に膜荒れが生じた。また液組成物の保存中に液の沈殿やゲル化を生じた。
【0071】
比較例2では、Naの原料として、Naアルコキシドの代わりに、酢酸ナトリウム三水和物を用いたため、液組成物の熱分解温度が低下せず、膜中のカーボンの残留量が多かった。液組成物の液の沈殿やゲル化は無く保存安定性は良好であったが、
図1(b)に示すように、緻密な圧電体膜が形成されず、膜密度が78%と低かった。
【0072】
比較例3では、安定化剤を全く用いないため、また比較例4では、アミン系安定化剤を用いたが、そのモル比が少な過ぎたため、それぞれ比較例3と同じ結果となった。
【0073】
比較例5では、アミン系安定化剤を用いたが、そのモル比が多過ぎたため、液組成物の液の沈殿やゲル化は無く保存安定性は良好であったが、膜密度が75%と低かった。
【0074】
これに対して、実施例1~19の液組成物では、アミン系安定化剤を所定のモル比で含むため、液組成物の沈殿やゲル化は無く保存安定性は良好であったうえ、Naの原料がNaアルコキシドであり、Tiの原料がTiアルコキシドであって、アミン系安定化剤を所定のモル比で含むため、得られた圧電体膜の膜密度は84%~99%と高かった。特に実施例1では、
図1(a)に示すように、緻密な圧電体膜が形成された。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の液組成物は、振動発電素子、焦電センサ、アクチュエータ、インクジェットヘッド、オートフォーカスなどMEMSアプリケーション用の圧電体膜を形成するために用いることができる。