(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】酸化物イオン伝導体及び電気化学デバイス
(51)【国際特許分類】
C04B 35/01 20060101AFI20221012BHJP
C04B 35/50 20060101ALI20221012BHJP
H01B 1/06 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
C04B35/01
C04B35/50
H01B1/06 A
(21)【出願番号】P 2018180928
(22)【出願日】2018-09-26
【審査請求日】2021-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2018034030
(32)【優先日】2018-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】大庭 伸子
(72)【発明者】
【氏名】梶田 晴司
(72)【発明者】
【氏名】鈴村 彰敏
(72)【発明者】
【氏名】田島 伸
(72)【発明者】
【氏名】旭 良司
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-248312(JP,A)
【文献】特表2017-529645(JP,A)
【文献】特開平10-255832(JP,A)
【文献】特開2005-166397(JP,A)
【文献】P. L. CHEN,Synthesis, crystal structure, magnetic and luminescence properties of KEuGe2O6: a europium cyclogermanate containing infinite chains of edge-sharing Eu-O polyhedra,Dalton Transactions,2008年02月26日,p.1721-1726
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/01
C04B 35/50
H01B 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
AMX
2O
6構造(但し、Aは1価の金属元素、Mは3価の金属元素、Xは4価の金属元素)を備えた酸化物からな
り、
K(Eu
1-y
C
y
)Ge
2
O
6±δ
で表される組成を有する酸化物イオン伝導体。
但し、
前記Cは、Sr、及び/又は、Ca、
0≦y≦0.2、
δは、電気的中性が保たれる値。
【請求項2】
前記酸化物は、三員環(Ge
3O
9)
6-を単位胞に含む
請求項1に記載の酸化物イオン伝導体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の酸化物イオン伝導体を用いた電気化学デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物イオン伝導体及び電気化学デバイスに関し、さらに詳しくは、AMX2O6構造(但し、Aは1価の金属元素、Mは3価の金属元素、Xは4価の金属元素)を備えた酸化物からなる新規な酸化物イオン伝導体、及びこれを用いた電気化学デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
「酸化物イオン伝導体」とは、酸化物イオン(O2-)が固体中を優先的に拡散する材料をいう。酸化物イオン伝導体は、固体酸化物形燃料電池(SOFC)、酸素ガスセンサ、電気化学反応を用いた排ガス浄化用素子などの電気化学デバイスの固体電解質として利用されている。現在、酸化物イオン伝導体として、Y2O3を8mol%程度添加したイットリア安定化ジルコニア(YSZ)が広く用いられている。
【0003】
YSZは、高温(700℃以上)で10-2S/cm以上の高い酸化物イオン伝導度を示し(非特許文献1)、1000℃付近の作動温度で使用されている。しかし、周辺部材の劣化抑制やエネルギー利用効率向上の観点から、電気化学デバイスの作動温度を低温化させることが求められている。特に、300℃から500℃の中温領域において、酸化物イオン伝導度の高い材料が求められている。
【0004】
SOFCの低温作動化を可能にする電解質として、スカンジア(Sc2O3)安定化ジルコニア(ScSZ)の検討例がある。また、ランタンガレート(LaGaO3)系電解質は、強度的にはジルコニアよりもかなり劣るが、大幅な低温作動化が可能な電解質として、家庭用燃料電池で採用されている。さらに、セリア系電解質の使用も試みられている。しかし、YSZ以外の電解質は、強度、酸化還元耐性、価格などに問題があり、十分な成功を見ていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】P. J. Gellings and H. Bouwmeester, Handbook of solid state electrochemistry (CRC press, 1997), pp. 196
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、低温において作動させることが可能な、新規な酸化物イオン伝導体を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このような酸化物イオン伝導体を用いた電気化学デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明に係る酸化物イオン伝導体は、
AMX2O6構造(但し、Aは1価の金属元素、Mは3価の金属元素、Xは4価の金属元素)を備えた酸化物からなり、
次の式(1)で表される組成を有するものからなる。
(A1-xBx)(M1-yCy)(X1-zDz)2O6±δ ・・・(1)
但し、
前記Aは、Li、Na、K、Rb、及びCsからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Mは、Al、Ga、In、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Sc、及びYからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Xは、Ge、Si、及びSnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Bは、前記Aとは異なる元素であって、Li、Na、K、Rb、Cs、Cu、及びBaからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Cは、前記Mとは異なる元素であって、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Al、Ga、In、Sc、Y、Ba、Sr、及びCaからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Dは、前記Xとは異なる元素であって、Ge、Si、Al、Ga、及びSnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
0≦x≦0.2、0≦y≦0.2、0≦z≦0.2、
δは、電気的中性が保たれる値。
【0008】
本発明に係る電気化学デバイスは、本発明に係る酸化物イオン伝導体を用いたことを要旨とする。
【発明の効果】
【0009】
AMX2O6構造を持つ酸化物イオン伝導体は、400~700℃におけるイオン伝導度が相対的に高く、組成によってはYSZとほぼ同等のイオン伝導度を示す。そのため、これをSOFCなどの電気化学デバイスに適用することができる。また、周辺部材に使用される材料の選択の幅が広がる。そのため、電気化学デバイスの性能向上、低コスト化、耐久性の向上などが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 酸化物イオン伝導体]
本発明に係る酸化物イオン伝導体は、AMX2O6構造(但し、Aは1価の金属元素、Mは3価の金属元素、Xは4価の金属元素)を備えた酸化物からなる。
【0012】
[1.1. 結晶構造]
図1に、AMX
2O
6構造を備えた酸化物の一種であるKEuGe
2O
6の結晶構造を示す。KEuGe
2O
6は、三員環(Ge
3O
9)
6-を備えている。Ge
4+は三員環を構成する[GeO
4]四面体の中心に位置し、K
+及びEu
3+は三員環の間に位置する(参考文献1参照)。三員環は頂点にある酸素を介して連結しており、三員環を伝って酸化物イオンが伝導することで、イオン伝導が生じていると考えられる。また、K
+などのアルカリ金属イオンは、一般に伝導しやすいイオンであるが、KEuGe
2O
6では、K
+は伝導せず、酸化物イオンが伝導する特徴を有している。これらの点は、KEuGe
2O
6以外のAMX
2O
6も同様である。
AMX
2O
6構造を持つ種々の酸化物は知られているが、これらが酸化物イオン伝導体として機能する点については知られていない。また、AMX
2O
6構造を持つ酸化物に対して適切なドーパント(元素B、C、D)を添加すると、イオン伝導度が向上する点も知られていない。
[参考文献1]Pei-Lin Chen et. al., Dalton Trans., 2008, 1721-1726
【0013】
[1.2. 組成(1)]
本発明に係る酸化物イオン伝導体は、次の式(1)で表される組成を有する。
(A1-xBx)(M1-yCy)(X1-zDz)2O6±δ ・・・(1)
但し、
前記Aは、Li、Na、K、Rb、及びCsからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Mは、Al、Ga、In、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Sc、及びYからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Xは、Ge、Si、及びSnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Bは、前記Aとは異なる元素であって、Li、Na、K、Rb、Cs、Cu、及びBaからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Cは、前記Mとは異なる元素であって、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Al、Ga、In、Sc、Y、Ba、Sr、及びCaからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Dは、前記Xとは異なる元素であって、Ge、Si、Al、Ga、及びSnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
0≦x≦0.2、0≦y≦0.2、0≦z≦0.2、
δは、電気的中性が保たれる値。
【0014】
[1.2.1. 元素A]
元素Aは、
図1に示したKEuGe
2O
6構造において、Kが占めるサイトに位置する元素である。本発明において、元素Aは、1価の金属元素であって、Li、Na、K、Rb、又はCsからなる。これらの元素はいずれも当該サイトを占有することができ、元素Aとして好適である。酸化物イオン伝導体は、これらのいずれか1種の元素Aを含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
なお、本発明において「金属元素」というときは、SiやGeなどの半金属も含まれる。
【0015】
[1.2.2. 元素M]
元素Mは、
図1に示したKEuGe
2O
6構造において、Euが占めるサイトに位置する元素である。本発明において、元素Mは、3価の金属元素であって、Al、Ga、In、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Sc、又はYからなる。これらの元素はいずれも当該サイトを占有することができ、元素Mとして好適である。酸化物イオン伝導体は、これらのいずれか1種の元素Mを含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
【0016】
[1.2.3. 元素X]
元素Xは、
図1に示したKEuGe
2O
6構造において、Geが占めるサイトに位置する元素である。本発明において、元素Xは、4価の金属元素であって、Ge、Si、又はSnからなる。これらの元素はいずれも当該サイトを占有することができ、元素Xとして好適である。酸化物イオン伝導体は、これらのいずれか1種の元素Xを含むものでも良く、あるいは、双方を含むものでも良い。
【0017】
[1.2.4. 元素B]
元素Bは、元素Aを置換するドーパントである。本発明において、元素Bは、元素Aとは異なる元素であって、Li、Na、K、Rb、Cs、Cu、又はBaからなる。酸化物イオン伝導体は、これらのいずれか1種の元素Bを含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
これらの元素Bは、いずれもイオン半径が元素Aに近いため、元素Aを置換することができる。また、元素Bと元素Aの価数が異なる時には、結晶格子内に酸素空孔又は格子間酸素が導入されるため、元素Bを含まない材料に比べて高いイオン伝導度を示す。
【0018】
元素Bは、元素Aとのイオン半径差が15%以下であるものが好ましい(ヒューム・ロザリーの法則)。イオン半径差は、好ましくは、12%以下、さらに好ましくは、10%以下である。
ここで、「元素Bと元素Aとのイオン半径差(ΔRB-A)」とは、次の(2.1)式で表される値をいう。
ΔRB-A(%)=|RB-RA|×100/RA ・・・(2.1)
但し、
RBは、元素Bのイオン半径、
RAは、元素Aのイオン半径。
【0019】
[1.2.5. 元素C]
元素Cは、元素Mを置換するドーパントである。本発明において、元素Cは、元素Mとは異なる元素であって、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Al、Ga、In、Sc、Y、Ba、Sr、又はCaからなる。酸化物イオン伝導体は、これらのいずれか1種の元素Cを含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
これらの元素Cは、いずれもイオン半径が元素Mに近いため、元素Mを置換することができる。また、元素Cと元素Mの価数が異なる時には、結晶格子内に酸素空孔又は格子間酸素が導入されるため、元素Cを含まない材料に比べて高いイオン伝導度を示す。
【0020】
元素Cは、元素Mとのイオン半径差が15%以下であるものが好ましい(ヒューム・ロザリーの法則)。イオン半径差は、好ましくは、12%以下、さらに好ましくは、10%以下である。
ここで、「元素Cと元素Mとのイオン半径差(ΔRC-M)」とは、次の(2.2)式で表される値をいう。
ΔRC-M(%)=|RC-RM|×100/RM ・・・(2.2)
但し、
RCは、元素Cのイオン半径、
RMは、元素Mのイオン半径。
【0021】
[1.2.6. 元素D]
元素Dは、元素Xを置換するドーパントである。本発明において、元素Dは、元素Xとは異なる元素であって、Ge、Si、Al、Ga、又はSnからなる。酸化物イオン伝導体は、これらのいずれか1種の元素Dを含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
これらの元素Dは、いずれもイオン半径が元素Xに近いため、元素Xを置換することができる。また、元素Dと元素Xの価数が異なる時には、結晶格子内に酸素空孔又は格子間酸素が導入されるため、元素Cを含まない材料に比べて高いイオン伝導度を示す。
【0022】
元素Dは、元素Xとのイオン半径差が15%以下であるものが好ましい(ヒューム・ロザリーの法則)。イオン半径差は、好ましくは、12%以下、さらに好ましくは、10%以下である。
ここで、「元素Dと元素Xとのイオン半径差(ΔRD-X)」とは、次の(2.3)式で表される値をいう。
ΔRD-X(%)=|RD-RX|×100/RX ・・・(2.3)
但し、
RDは、元素Dのイオン半径、
RXは、元素Xのイオン半径。
【0023】
[1.2.7. x]
xは、元素Aを置換する元素Bの量を表す。本発明に係る酸化物イオン伝導体は、元素Bを含まない場合であっても、相対的に高いイオン伝導度を示す。すなわち、xは、ゼロであっても良い。一般に、xが大きくなるほど、イオン伝導度が高くなる。このような効果を得るためには、xは、0.01以上が好ましい。xは、好ましくは、0.03以上、さらに好ましくは、0.05以上である。
一方、xが大きくなりすぎると、元素Bのすべてが元素Aを置換せず、異相として析出する場合がある。従って、xは、0.2以下が好ましい。xは、好ましくは、0.15以下、さらに好ましくは、0.1以下である。
【0024】
[1.2.8. y]
yは、元素Mを置換する元素Cの量を表す。本発明に係る酸化物イオン伝導体は、元素Cを含まない場合であっても、相対的に高いイオン伝導度を示す。すなわち、yは、ゼロであっても良い。一般に、yが大きくなるほど、イオン伝導度が高くなる。このような効果を得るためには、yは、0.01以上が好ましい。yは、好ましくは、0.03以上、さらに好ましくは、0.05以上である。
一方、yが大きくなりすぎると、元素Cのすべてが元素Mを置換せず、異相として析出する場合がある。従って、yは、0.2以下が好ましい。yは、好ましくは、0.15以下、さらに好ましくは、0.1以下である。
【0025】
[1.2.9. z]
zは、元素Xを置換する元素Dの量を表す。本発明に係る酸化物イオン伝導体は、元素Dを含まない場合であっても、相対的に高いイオン伝導度を示す。すなわち、zは、ゼロであっても良い。一般に、zが大きくなるほど、イオン伝導度が高くなる。このような効果を得るためには、zは、0.01以上が好ましい。zは、好ましくは、0.03以上、さらに好ましくは、0.05以上である。
一方、zが大きくなりすぎると、元素Dのすべてが元素Xを置換せず、異相として析出する場合がある。従って、zは、0.2以下が好ましい。zは、好ましくは、0.15以下、さらに好ましくは、0.1以下である。
【0026】
[1.2.10. δ]
ドーパント(元素B、C、D)を含まない場合、δは理想的にはゼロとなる。しかし、実際には、ドーパントを含まない場合であっても、酸素空孔や格子間酸素が生成することがある。また、主構成元素(元素A、M、X)とは価数が異なるドーパント(元素B、C、D)を添加した場合、通常、電気的中性が保たれるように、酸素空孔や格子間酸素が生成する。元素B、C、Dの価数を、それぞれ、b、c、dとした場合、形式的には、2δ=(b-1)x+(c-3)y+2(d-4)zと表せる。
【0027】
[1.3. 組成(2)]
本発明に係る酸化物イオン伝導体は、特に、次の式(1.1)で表される組成を有するものが好ましい。
(K1-xBx)(Eu1-yCy)(Ge1-zDz)2O6±δ ・・・(1.1)
但し、
前記Bは、Li、Na、Rb、Cs、Cu、及びBaからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Cは、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Al、Ga、In、Sc、Y、Ba、Sr、及びCaからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
前記Dは、Si、Al、Ga、及びSnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素、
0≦x≦0.2、0≦y≦0.2、0≦z≦0.2、
δは、電気的中性が保たれる値。
【0028】
(1.1)式中、B、C、D、x、y、z、及びδの詳細については、(1)式と同様であるので、説明を省略する。
(1.1)式で表される組成物は、大気中高温(~900℃)において安定であり、高い酸化物イオン伝導度を示す。特に、K、Eu、Geといった比較的酸化物イオンに比べて動きにくい元素を主体に構成されているため、酸化物イオン以外の元素が動くことにより構造が壊れる心配がない。
【0029】
[1.4. 用途]
本発明に係る酸化物イオン伝導体は、各種の電気化学デバイスの固体電解質に用いることができる。本発明が適用される電気化学デバイスとしては、例えば、
(a)固体酸化物形燃料電池(SOFC)、
(b)酸素ガスセンサ、
(c)排ガス浄化用素子、
(d)固体酸化物形電解セル(SOEC)、
などがある。
【0030】
[2. 酸化物イオン伝導体の製造方法]
本発明に係る酸化物イオン伝導体は、
(a)所定の組成となるように原料を混合し、
(b)原料混合物を所定の条件下で仮焼し、
(c)仮焼粉を適度に粉砕した後、仮焼粉を成形・焼結する
ことにより製造することができる。
製造条件は、特に限定されるものではなく、目的とする組成に応じて、最適な条件を選択するのが好ましい。
【0031】
[3. 作用]
SOFCなどの電気化学デバイスに用いられる固体電解質には、現在、YSZが広く用いられている。しかし、YSZは、
(a)イオン伝導度が未だ不十分である、
(b)伝導の活性化エネルギーが比較的高く(約100kJ/mol)、温度が700℃未満になると急激にイオン伝導度が低下する、
(c)通常、800~1000℃程度の高温で使用されるため、YSZの周辺部材には、耐熱性が高く、かつ、作動温度域においてYSZと反応しない材料を用いる必要がある、
(d)酸化物としては密度が高いため、使用装置が重くなる、
などの問題がある。
【0032】
この問題を解決するために、電気化学デバイスの作動温度を低温化させる方法が提案されている。例えば、SOFCの場合、作動温度を低温化させる方法としては、
(a)電解質を極めて薄い膜にする方法、
(b)高性能な電極を用いて過電圧を低減する方法、
(c)高イオン伝導性を持つ新規な材料を開発する方法
などが提案されている。
【0033】
これらの内、電解質膜を薄くする方法や電極材料を探索する方法は、本質的な解決策ではない。また、YSZ以外の電解質として、スカンジア(Sc2O3)安定化ジルコニア(ScSZ)、ランタンガレート(LaGaO3)系電解質、セリア系電解質などが提案されているが、これらはいずれも、強度、酸化還元耐性、価格などに問題があり、十分な成功を見ていない。
【0034】
これに対し、AMX2O6構造を持つ酸化物イオン伝導体は、400~700℃におけるイオン伝導度が相対的に高く、組成によってはYSZとほぼ同等のイオン伝導度を示す。具体的には、700℃におけるYSZの伝導度は、10-2~10-3S/cm@700℃である。一方、本発明に係る酸化物イオン伝導体の一種であるKEu0.8Ca0.2Ge2O6の700℃におけるイオン伝導度は、0.18×10-2S/cm@700℃となる。
【0035】
また、AMX2O6構造を持つ酸化物イオン伝導体は、400~500℃の低温域におけるイオン伝導度も相対的に高く、組成によってはYSZとほぼ同等のイオン伝導度を示す。具体的には、500℃及び400℃におけるYSZの伝導度は、それぞれ、5.0×10-4S/cm@500℃、及び3.0×10-5S/cm@400℃である。一方、本発明に係る酸化物イオン伝導体の一種であるKEu0.8Ca0.2Ge2O6の500℃及び400℃における伝導度は、それぞれ、7.6×10-5S/cm@500℃、及び1.8×10-5S/cm@400℃となる。
また、AMX2O6構造を持つ酸化物イオン伝導体は、イオン伝導度の温度変化がYSZよりも緩やかであり、400~500℃の低温領域でも良好なイオン伝導度を示す。
【0036】
そのため、これをSOFCなどの電気化学デバイスに適用することができる。また、周辺部材に使用される材料の選択の幅が広がる。そのため、電気化学デバイスの性能向上、低コスト化、耐久性の向上などが期待できる。
【0037】
AMX2O6構造を持つ酸化物であって、元素A、M、Xが特定の元素からなるものは、高いイオン伝導性を示す。これは、原子配置や物性値、及びイオン伝導経路が既知の酸化物イオン伝導体と類似した特徴を有するためである。具体的な評価方法としては、
(a)原子配列の類似性をはかる記述子として、smooth overlap of atomic positions(参考文献2)を使用し、カーネルリッジ回帰で伝導度を評価する方法、
(b)物性値として、伝導度との相関が重要であると考えられる密度や融点を記述子として使用し、偏最小2乗回帰で伝導度を評価する方法、
(c)イオン伝導度経路の類似性を測るreciprocal 3D voxel space(参考文献3)を記述子として、convolutional neural networksで伝導度を評価する方法、
などがある。
上記3つのイオン伝導度の回帰結果から、AMX2O6構造を持つ酸化物がYSZ等の既存の酸化物イオン伝導体と同等の伝導度を示す特徴を有することが示された。
[参考文献2] S. De. A. P. Bartok, G. Csanyi, and M. Ceriotti, Phys. Chem. Chem. Phys. 18, 13754(2016)
[参考文献3] Kajita, S., Ohba, N., Jinnouchi, R., & Asahi, R., (2017), Scientific reports, 7(1), 16991
【実施例】
【0038】
(実施例1~2、比較例1)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1~2]
試料は、通常の固相反応法により合成した。原料は、市販試薬の酸化物又は炭酸塩を使用した。仕込み組成は、以下の通りである。今回は、ストイキ組成、及び、酸素侵入型又は酸素欠損型になるような組成で合成した。
(a)KEuGe2O6(実施例1)
(b)KEu0.8Ca0.2Ge2O6(実施例2)
【0039】
原料を総量で10gになるように計量して、250mLのポリポットに入れた。さらにφ5mmのジルコニアボールを80mL、溶媒としてエタノールを80mL加えて、ボールミル装置で20h混合した。混合後、スラリーを回収して、ロータリーエバポレータでエタノールを蒸発させ、粉末を回収した。得られた粉末をマッフル炉で大気中、900℃で5hの仮焼を行った。
【0040】
その仮焼粉末をアルミナ乳鉢で粗粉末がなくなるまで(粒径が数μm以下となるまで)粉砕した。この粉末を金型成形し(φ12×t2mm程度)、アルミナボートに載せて箱型炉で焼結した。焼結雰囲気は、酸素中とした。焼結時間は1時間、焼結温度は1000℃~1100℃とした。
【0041】
[1.2. 比較例1]
市販のYSZ(8mol%Y2O3)をそのまま試験に供した。
【0042】
[2. 試験方法]
[2.1. 密度]
焼結体の密度は、かさ密度で評価した。
[2.2. XRD]
試料の結晶相は、X線回折法(XRD)で同定した。
[2.3. 組成分析]
詳細な組成は、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)法で測定した。簡易的な組成分析は、蛍光X線法(XRF)で行った。
【0043】
[2.4. イオン伝導度]
イオン伝導度は、インピーダンス法(Cole-Coleプロット)で測定した。得られた焼結体の表面を#500~#1000の紙やすりで研磨して表面層の除去と平滑化を行った。その後、500nmの厚さのPt電極をスパッタで成膜した。Pt成膜後、大気中において、950℃、1hの熱処理を行い、Pt線をPtペーストで貼り付けた。
【0044】
その試料を大気雰囲気の管状炉に設置した。電極にLCRメータ(日置電機(株)製、LCRハイテスタ 3532-50)を繋げて、所定の温度に昇温後、インピーダンス測定を行った。測定周波数は、5MHz~40Hzであった。また、測定温度は、400℃、500℃、600℃、700℃とし、各温度で約15分保持後に測定を行った。さらに、測定は16回行い、その平均値を測定値とした。
【0045】
[3. 結果]
表1に、仮焼温度、焼結温度、かさ密度、及びイオン伝導度を示す。表1より、以下のことがわかる。
(1)各温度から見積もられたドーパントを含まないKEuGe2O6(実施例1)の活性化エネルギーは、80kJ/molであり、YSZの活性化エネルギー(106kJ/mol)より小さい。そのため、実施例1は、伝導度の温度変化が小さい特徴を有する。また、大気中の伝導度と窒素フロー中(酸素濃度:10ppm)の伝導度に違いがないことから、実施例1の伝導度には電子伝導の寄与はない。
(2)各温度から見積もられたKEu0.8Ca0.2Ge2O6(実施例2)の活性化エネルギーは、85kJ/molであり、YSZの活性化エネルギー(106kJ/mol)より小さい。そのため、実施例2の伝導度は、動作温度によってはYSZのそれを上回る。また、大気中の伝導度と窒素フロー中(酸素濃度:10ppm)の伝導度に違いがないことから、実施例2の伝導度には電子伝導の寄与はない。
(3)焼結体密度が3.5Mg/m3(実施例1)、3.9Mg/m3(実施例2)と、YSZのおよそ70%であり、デバイスが軽量化できる。
(4)焼結温度が1000~1100℃とYSZよりも500~400℃低い温度で製造可能であり、製造の低コスト化が期待できる。
【0046】
【0047】
(実施例3)
[1. 量子力学計算によるベース組成の検討]
AMX2O6構造の酸化物の合成可能性を量子力学計算によるエネルギー安定性で検討した。元素A(+1価)には、Li、Na、K、Rb、Cs、及びCuを選択した。元素M(+3価)には、Al、Ga、In、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuを選択した。元素X(+4価)には、Si、Ge、及びSnを選択した。
【0048】
合成反応として次の式(2)を想定し、量子力学計算により、その際の生成熱を式(3)により評価した。
1/2A2O+1/2M2O3+2XO2 → AMX2O6 ・・・(2)
生成熱=E(AMX2O6)-1/2E(A2O)-1/2E(M2O3)-2E(XO2)
・・・(3)
【0049】
[2. 結果]
今回、酸化物イオン伝導体としての機能が見出されたKEuGe2O6を元に、K、Eu、Geのいずれか1つの元素を他の元素で全置換した。表2に、そのときの生成熱を示す。生成熱が負である場合、その酸化物AMX2O6は安定であり、合成できることを示している。すなわち、全置換が可能な当該元素は、酸化物AMX2O6の主構成元素(A、M、X)となり得ることを示している。表2より、以下のことが分かる。
【0050】
(1)元素A(+1価)に関し、Li、Na、Rb、及びCsは、それぞれ、Kを全置換することができるが、CuはKを全置換することができない。
(2)元素M(+3価)に関し、Al、Ga、In、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuは、それぞれ、Euを全置換することができる。
(3)元素X(+4価)に関し、Si及びSnはGeを全置換することができる。
(4)A=Kを(1-s)モル、A=Cuをsモル混ぜた場合の生成熱(式(3))は、-2.52(1-s)+0.14sと見積もられる。従って、s≦0.95では生成熱は負となるため、95%以下であればCuはKを置換することが可能である。
【0051】
【0052】
(実施例4~7)
[1. 試料の作製]
実施例1と同様にして、試料を作製した。仕込み組成は、以下の通りである。
KEu0.9Ca0.1Ge2O6(実施例4)
KEu0.8Ca0.2Ge2O6(実施例5)
KEu0.9Sr0.1Ge2O6(実施例6)
KEu0.8Sr0.2Ge2O6(実施例7)
【0053】
[2. 試験方法]
[2.1. 密度]
焼結体の密度は、焼結体密度D及び相対密度Drで評価した。
[2.2. イオン伝導度]
実施例1と同様にして、イオン伝導度を測定した。また、得られたイオン伝導度から、活性化エネルギーEa及びO2-輸率を求めた。
【0054】
[3. 結果]
表3に、焼結体密度D、相対密度Dr、イオン伝導度、活性化エネルギーEa、及びO2-輸率を示す。表3より、以下のことがわかる。
(1)実施例4~7で得られた試料のイオン伝導度は、ドーパントを含まないKEuGeO6(実施例1)のそれと同等以上であった。
(2)酸素濃淡電池による起電力測定から得られた酸化物イオン(O2-)輸率は90%以上であり、実施例4~7で得られた試料は、ほぼ純粋な酸化物イオン伝導体である。
【0055】
【0056】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係る酸化物イオン伝導体は、固体酸化物形燃料電池(SOFC)、酸素ガスセンサ、排ガス浄化用素子などに用いられる固体電解質として使用することができる。