(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221012BHJP
C22C 38/10 20060101ALI20221012BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221012BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
C22C38/00 302B
C22C38/10
C22C38/60
C21D8/02 D
(21)【出願番号】P 2021507720
(86)(22)【出願日】2020-11-04
(86)【国際出願番号】 JP2020041265
(87)【国際公開番号】W WO2021117382
(87)【国際公開日】2021-06-17
【審査請求日】2021-02-12
(31)【優先権主張番号】P 2019224943
(32)【優先日】2019-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 祐也
(72)【発明者】
【氏名】植田 圭治
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/034576(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/203347(WO,A1)
【文献】特開2016-176141(JP,A)
【文献】国際公開第2019/087318(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第109280848(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0056783(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01%以上0.15%以下、
Si:0.01%以上1.00%以下、
Mn:0.10%以上3.00%以下、
Al:0.002%以上0.100%以下、
Ni:5.0%以上10.0%以下、
N:0.0010%以上0.0080%以下、
Co:
0.05%以上1.50%以下、
P:0.030%以下および
S:0.0050%以下
を含有し、残部Feおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
鋼板の表面から深さが1mmの位置までの組織は、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径が5μm以下、かつ残留オーステナイト粒の最大円相当径が1μm以下である鋼板。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに質量%で、
Nb:0.001%以上0.030%以下、
V:0.01%以上0.10%以下、
Ti:0.003%以上0.050%以下、
B:0.0003%以上0.0100%以下、
Cu:0.01%以上1.00%以下、
Cr:0.01%以上1.50%以下、
Sn:0.01%以上0.50%以下、
Sb:0.01%以上0.50%以下、
Mo:0.03%以上1.00%以下および
W:0.05%以上2.00%以下
から選択される1種または2種以上を含有する請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記成分組成は、さらに質量%で、
Ca:0.0005%以上0.0050%以下、
Zr:0.0005%以上0.0050%以下、
Mg:0.0005%以上0.0050%以下および
REM:0.0010%以上0.0100%以下
から選択される1種または2種以上を含有する請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を加熱し、熱間圧延を施した後に冷却処理を行う鋼板の製造方法において、前記冷却処理における600℃以下200℃以上の平均冷却速度を1℃/s以上とする、
鋼板の表面から深さが1mmの位置までの組織は、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径が5μm以下、かつ残留オーステナイト粒の最大円相当径が1μm以下である鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を加熱し、熱間圧延を施し、さらに熱処理を施した後に冷却処理を行う鋼板の製造方法において、前記冷却処理における600℃以下200℃以上の平均冷却速度を1℃/s以上とする、
鋼板の表面から深さが1mmの位置までの組織は、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径が5μm以下、かつ残留オーステナイト粒の最大円相当径が1μm以下である鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば液化ガス貯槽用タンク等の、極低温環境下で使用される構造用鋼に供して好適な、特に耐応力腐食割れ性に優れる鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液化ガス貯槽用構造物に熱間圧延鋼板が用いられる際には、使用環境が極低温となるため、鋼板の強度のみならず、極低温での靱性が要求される。例えば、液化天然ガスの貯槽に熱間圧延鋼板が使用される場合は、液化天然ガスの沸点である-164℃以下で優れた靱性を確保する必要がある。鋼材の低温靱性が劣ると、極低温貯槽用構造物としての安全性を維持できなくなる虞があるため、適用される鋼板に対する低温靱性向上の要求は強い。この要求に対して、従来は、7%Ni鋼板や9%Ni鋼板が使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1、2および3には、9%より低いNi含有量にて9%Ni鋼板と同等以上の性能を有する低温用鋼板について提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2007/034576号
【文献】国際公開第2007/080646号
【文献】特開2011-241419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2および3に記載のNi含有鋼材は、低温靱性に優れるものの、水素起因の応力腐食割れについて言及されておらず、未だ検討の余地があった。すなわち、例えば船舶用LNGタンクの場合は、その使用環境に硫化物や塩化物が含まれることから、水素起因の応力腐食割れが発生する可能性が高いために、応力腐食割れに対する耐久性である、耐応力腐食割れ性も兼備することが求められている。
【0006】
本発明は係る問題に鑑みなされたものであり、特に低温環境下での使用に適合する、耐応力腐食割れ性に優れる鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋼板の成分組成および組織に関して鋭意研究を行い、以下の知見を得た。
(1)Coを添加することによって、鋼板表面で腐食が進行した際に鋼板表面にCoが濃化し、鋼中への水素侵入を低減し、水素脆化によるき裂進展を低減できる。
【0008】
(2)熱間圧延後の冷却、もしくは熱処理(焼入または2相域焼入)後の冷却における、冷却速度を1℃/s以上とすることによって、鋼板表面下1mmまでの組織は、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の径が5μm以下である微細組織となる。そして、この微細組織が水素のトラップサイトを分散させることにより、水素脆化によるき裂進展を軽減できる。
【0009】
(3)鋼板表層における残留オーステナイトの最大円相当径を1μm以下とすることにより、残留オーステナイトへの水素トラップの局所集中を分散でき、水素脆化によるき裂進展を軽減できる。
【0010】
本発明は、以上の知見にさらに検討を加えてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
1.質量%で、
C:0.01%以上0.15%以下、
Si:0.01%以上1.00%以下、
Mn:0.10%以上3.00%以下、
Al:0.002%以上0.100%以下、
Ni:5.0%以上10.0%以下、
N:0.0010%以上0.0080%以下、
Co:0%超1.50%以下、
P:0.030%以下および
S:0.0050%以下
を含有し、残部Feおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
鋼板の表面から深さが1mmの位置までの組織は、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径が5μm以下、かつ残留オーステナイト粒の最大円相当径が1μm以下である鋼板。
【0011】
2.前記成分組成は、さらに質量%で、
Nb:0.001%以上0.030%以下、
V:0.01%以上0.10%以下、
Ti:0.003%以上0.050%以下、
B:0.0003%以上0.0100%以下、
Cu:0.01%以上1.00%以下、
Cr:0.01%以上1.50%以下、
Sn:0.01%以上0.50%以下、
Sb:0.01%以上0.50%以下、
Mo:0.03%以上1.00%以下および
W:0.05%以上2.00%以下
から選択される1種または2種以上を含有する前記1に記載の鋼板。
【0012】
3.前記成分組成は、さらに質量%で、
Ca:0.0005%以上0.0050%以下、
Zr:0.0005%以上0.0050%以下、
Mg:0.0005%以上0.0050%以下および
REM:0.0010%以上0.0100%以下
から選択される1種または2種以上を含有する前記1または2に記載の鋼板。
【0013】
4.前記1から3のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を加熱し、熱間圧延を施した後に冷却処理を行う鋼板の製造方法において、前記冷却処理における600℃以下200℃以上の温度域での平均冷却速度を1℃/s以上とする、鋼板の製造方法。
【0014】
5.前記1から3のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を加熱し、熱間圧延を施し、さらに熱処理を施した後に冷却処理を行う鋼板の製造方法において、前記冷却処理における600℃以下200℃以上の温度域での平均冷却速度を1℃/s以上とする、鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、水素による応力腐食割れに対して高い耐久性を有する、鋼板を提供することができる。この鋼板を、液化ガス貯槽用タンク等の、低温環境で使用される鋼構造物に供することによって、該鋼構造物の安全性が向上することができ、産業上格段の効果をもたらす。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
[成分組成]
まず、本発明の鋼板の成分組成と、その限定理由について説明する。本発明では、優れた耐食性を確保するため、以下のように鋼板の成分組成を規定する。なお、成分組成における%表示は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0017】
C:0.01%以上0.15%以下
Cは、高強度化に有効であり、その効果を得るためには、Cを0.01%以上にて含有する必要がある。一方、0.15%を超えて含有すると、低温靱性が低下する。このため、Cは0.01%以上0.15%以下とする。好ましくは、0.03%以上とする。好ましくは、0.10%以下とする。
【0018】
Si:0.01%以上1.00%以下
Siは、脱酸剤として作用し、製鋼上必要であるだけでなく、鋼に固溶して固溶強化により鋼板を高強度化する効果を有する。この効果を得るためには、Siを0.01%以上にて含有する必要がある。一方、1.00%を超えて含有すると、低温靱性が劣化する。このため、Siは0.01%以上1.00%以下とする。好ましくは、0.03%以上とする。好ましくは、0.5%以下とする。
【0019】
Mn:0.10%以上3.00%以下
Mnは、鋼の焼き入れ性を高め、鋼板の高強度化に有効な元素である。その効果を得るためには、Mnは0.01%以上の含有を必要とする。一方、3.00%を超えて含有すると、耐腐食割れ性が低下する。このため、Mnは0.10%以上3.00%以下の範囲とする。好ましくは、0.20%以上とする。好ましくは、2.00%以下、より好ましくは1.00%以下とする。
【0020】
Al:0.002%以上0.100%以下
Alは、脱酸剤として作用し、鋼板の溶鋼脱酸プロセスに於いて、もっとも汎用的に使われる。また、鋼中の固溶Nを固定してAlNを形成し固溶N低減による靱性劣化を抑制する効果を有する。一方、0.100%を超えて含有すると、靱性を劣化させるため、0.100%以下とする。好ましくは、0.010%以上とする。好ましくは、0.070%以下とする。より好ましくは0.020%以上とする。より好ましくは、0.060%以下とする。
【0021】
Ni:5.0%以上10.0%以下
Niは、鋼板の低温靭性の向上に極めて有効な元素である。一方で、高価な元素であるため、その含有量が高くなるにつれて鋼板コストが高騰する。従って、本発明においては、Ni含有量を10.0%以下とする。但し、Ni含有量が5.0%未満になると、鋼板強度が低下するほか、低温で安定した残留オーステナイトが得られなくなる結果、鋼板の低温靭性や強度が低下する。従って、Ni含有量を5.0%以上10.0%以下とする。好ましくは、9.5%以下とする。好ましくは、6.0%以上とする。
【0022】
N:0.0010%以上0.0080%以下
Nは、鋼中で析出物を形成し、その含有量が0.0080%を超えると、鋼板を溶接して溶接構造物とした際、母材および溶接熱影響部の靭性低下の原因となる。但し、Nは、AlNを形成することにより母材の細粒化に寄与する元素でもあり、このような効果はN含有量を0.0010%以上とすることにより得られる。したがって、N含有量は0.0010%以上0.0080%以下とする。好ましくは0.0020%以上とする。より好ましくは0.0060%以下とする。
【0023】
Co:0%超1.50%以下
Coは、腐食環境下で鋼板の表層に濃化し、水素の侵入を低減することによって腐食割れを抑制するのに寄与する重要な元素である。従って、0%を超えて含有している必要がある。好ましくは、Co量を0.05%以上、より好ましくは0.1%以上とする。しかし、1.50%を超えて含有しても効果は飽和する上に、Coは高価な元素であることから、最大添加量は1.50%とする。
【0024】
P:0.030%以下
Pは、0.030%を超えて含有すると、耐腐食割れ性を低下させる。そのため、0.030%を上限とし、可能なかぎり低減することが望ましい。したがって、Pは0.030%以下とする。Pは含有量が少ないほど特性が向上するため、好ましくは0.025%以下とし、より好ましくは0.020%以下とする。なお、Pの含有量は0%でよいことは勿論であるが、脱Pには高コストを要するため、コストの観点からは0.002%以上とすることが好ましい。
【0025】
S:0.0050%以下
Sは、鋼中でMnSを形成し低温靭性を著しく劣化させるため、0.0050%を上限とし、可能なかぎり低減することが望ましい。好ましくは0.0020%以下とする。なお、Sの含有量は0%でよいことは勿論であるが、脱Sには高コストを要するため、コストの観点からは0.0005%以上とすることが好ましい。
【0026】
以上の各元素を含み、残部がFeおよび不可避不純物である成分組成を基本とする。
本発明では、強度および低温靱性をさらに向上させることを目的として、上記の必須元素に加えて、必要に応じて下記の元素を含有することができる。
【0027】
Nb:0.001%以上0.030%以下
Nbは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、Nbを0.001%以上で添加することが好ましい。一方、0.030%を超えて含有すると、粗大な炭窒化物が析出し、母材靱性を劣化させることがある。このため、Nbを含有する場合は、0.001%以上0.030%以下とする。好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.007%以上とする。好ましくは0.025%以下、より好ましくは0.022%以下とする。
【0028】
V:0.01%以上0.10%以下
Vは、鋼板の強度向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、Vを0.01%以上で添加することが好ましい。一方、0.10%を超えて含有すると、粗大な炭窒化物が析出し、破壊の起点となることがある。また、析出物が粗大化し、母材靱性を劣化させることがある。このため、Vを含有する場合は、0.01%以上0.10%以下とする。好ましくは0.02%以上、より好ましくは0.03%以上とする。好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下とする。
【0029】
Ti:0.003%以上0.050%以下
Tiは、窒化物もしくは炭窒化物として析出し、鋼板の強度向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、Tiを0.003%以上で添加することが好ましい。一方、0.050%を超えて含有すると、析出物が粗大化し、母材靱性を劣化させることがある。また、粗大な炭窒化物が析出し、破壊の起点となることがある。このため、Tiを含有する場合は、0.003%以上0.050%以下とする。好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.007%以上とする。好ましくは0.035%以下、より好ましくは0.032%以下とする。
【0030】
B:0.0003%以上0.0100%以下
Bは、鋼板の強度向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、Bを0.0003%以上で添加することが好ましい。一方、0.0100%を超えて含有すると、粗大なB析出物を生成し、靭性が低下することがある。このため、Bは0.0003%以上0.0100%以下の範囲とする。好ましくは、0.0030%以下である。
【0031】
Cu:0.01%以上1.00%以下
Cuは、焼入れ性向上により鋼板強度を高めるのに有効な元素であるが、その含有量が1.00%を超えると、鋼板の低温靭性が低下するおそれがある。したがって、Cuを含有させる場合には、その含有量を1.00%以下とすることが好ましい。一方、0.01%未満では、強度を高める効果が得られないため、添加する場合は0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.10%以上0.30%以下とする。
【0032】
Cr:0.01%以上1.50%以下
Crは、高Mn鋼の低温靭性および耐食性向上に寄与する元素である。そのためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Crは圧延中に窒化物、炭化物、炭窒化物等の形態で析出する場合があり、このような析出物の形成により腐食や破壊の起点となって低温靭性が低下するため、上限を1.50%とすることが好ましい。より好ましくは、1.00%以下である。
【0033】
Mo:0.03%以上1.00%以下
Moは、鋼板の焼戻し脆化感受性を抑制するのに有効な元素であり、また、低温靭性を損なうことなく鋼板強度を高める元素でもある。このような効果を得るためには、Mo含有量を0.03%以上とすることが好ましい。一方、Moが1.00%を超えると、低温靭性が低下する、おそれがある。したがって、Moを含有させる場合には、その含有量を0.03%以上1.00%以下とする。より好ましくは0.05%超0.30%以下である。
【0034】
Sn:0.01%以上0.50%以下
Sb:0.01%以上0.50%以下
W:0.05%以上2.00%以下
Sn、SbおよびWは、耐食性向上に有効な元素である。これらの効果は、SnおよびSbが0.01%以上並びにWが0.05%以上にて発現する。しかし、いずれの元素も多く含有させると、溶接性や靱性を劣化させ、コストの観点からも不利になる、おそれがある。従って、Sn量は0.01%以上0.50%以下の範囲、Sb量は0.01%以上0.50%以下の範囲、W量は0.05%以上2.00%以下の範囲とする。好ましくは、Sn量は0.02%以上0.25%以下、Sb量は0.02%以上0.25%以下、W量は0.10%以上1.00%以下である。
【0035】
さらに、本発明では、必要に応じて次の元素を含有することができる。
Ca:0.0005%以上0.0050%以下、Zr:0.0005%以上0.0050%以下、Mg:0.0005%以上0.0050%以下およびREM:0.0010%以上0.0100%以下の1種または2種以上
Ca、Zr、MgおよびREMは、MnS等の介在物の形態制御に有用な元素であり、必要に応じて添加できる。ここで、介在物の形態制御とは、展伸した硫化物系介在物を粒状の介在物とすることをいう。この介在物の形態制御を介して、靭性、耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる。このような効果を得るためには、Ca、ZrおよびMgは0.0005%以上、REMは0.0010%以上にて含有することが好ましい。一方、いずれの元素も多く含有させると、非金属介在物量が増加し、かえって低温靱性が低下する場合がある。このため、Ca、Zr、Mgを含有する場合には、それぞれ0.0005%以上0.0050%以下、REMを含有する場合には、0.0010%以上0.0100%以下とする。より好ましくは、Ca量を0.0010%以上0.0040%以下、Zr量を0.0010%以上0.0040%以下、Mg量を0.0010%以上0.0040%以下、REM量を0.0020%以上0.0100%以下とする。
【0036】
[表層組織]
次に、鋼板の表面から深さが1mmの位置までの組織(以下、表層組織ともいう)は、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径が5μm以下、かつ残留オーステナイト粒の最大円相当径が1μm以下である、ことが肝要である。
まず、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径を5μm以下とする必要がある。なぜなら、水素のトラップサイトとなる方位差15°以上の結晶粒界の量が増え、かつ分散させることになるため、水素脆化によるき裂進展を軽減できるからである。さらに、当該結晶粒の平均円相当径は、4μm以下であることが好ましく、さらに好ましくは3μm以下である。
【0037】
なお、方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の特定並びに、該結晶粒の平均円相当径の特定は、後述する実施例における測定手法によって行うことができる。
【0038】
この方位差15°以上の大角粒界で囲まれた結晶粒の平均円相当径を5μm以下にするには、熱間圧延後または、熱間圧延後に熱処理を施す場合は該熱処理後に、所定温度域での平均冷却速度が1℃/s以上の冷却処理を行う。
【0039】
さらに、表層組織において、残留オーステナイト粒の最大円相当径を1μm以下とする必要がある。なぜなら、前記最大円相当径を1μm以下とすることによって、残留オーステナイトへの水素トラップが分散されて水素トラップの局所集中が回避される結果、水素脆化によるき裂進展を軽減できるからである。なお、表層組織における残留オーステナイト量は、面積率で15%以下であることが好ましく、さらに好ましくは10%以下である。
【0040】
なお、鋼板の組織は、マルテンサイトおよび/またはベイナイトであることが好ましい。その際、マルテンサイトおよび/またはベイナイトの面積率は80%以上であることが好ましい。
【0041】
次に、本発明の鋼板を製造する条件について説明する。すなわち、上記した成分組成を有する鋼素材を加熱し、熱間圧延を施し冷却するか、あるいは熱間圧延後にさらに熱処理を施し冷却する、ことによって製造することができる。その際、熱間圧延後の冷却、あるいは熱間圧延後に熱処理を行う場合は該熱処理後の冷却、において所定温度域の平均冷却速度を1℃/s以上とすることが、上記した表層組織を得るために必要である。以下、製造条件について、工程順に説明する。なお、以下の説明において、温度(℃)は、板厚中心部における温度を意味するものとする。
【0042】
まず、熱間圧延における鋼素材の再加熱温度は、1000℃以上1300℃以下とすることが好ましい。
[鋼素材の再加熱温度:1000℃以上1300℃以下]
鋼素材を1000℃以上に加熱するのは、組織中の析出物を固溶させ、結晶粒径等を均一化するためであり、加熱温度としては、1000℃以上1300℃以下とすることが好ましい。すなわち、加熱温度が900℃未満の場合、析出物が十分に固溶しない場合があるため、所望の特性が得られない、おそれがある。一方、1300℃を超えて加熱すると、結晶粒径の粗大化によって材質が劣化する場合があり、また製造に過剰なエネルギーが必要となり生産性が低下する、おそれがある。より好ましくは1050℃以上1250℃以下、さらには1100℃以上1250℃以下の範囲である。
【0043】
[熱間圧延後の冷却]
鋼板の表層組織を好ましくはマルテンサイトおよび/またはベイナイトの組織とし、かつ該組織に含まれる大角粒界を増加させて、優れた耐応力腐食割れ性を確保するには、熱間圧延後に冷却処理を施し、表層組織における600℃以下200℃以上の温度域での平均冷却速度を1℃/s以上とする。すなわち、この冷却処理における冷却速度が1℃/s未満の場合、表層組織が上部ベイナイト組織となり、組織に含まれる大角粒界が減少し、組織が十分微細化されず、耐応力腐食割れ性を得られない。平均冷却速度の上限は特に制限する必要はない。
なお、熱間圧延後に後述の熱処理を施す場合は、この熱間圧延後の冷却における速度を1℃/s以上とする必要はない。
【0044】
[熱間圧延後の熱処理]
熱間圧延後に冷却せずに以下の熱処理を施してもよい。上述の通り、鋼板の表層組織を好ましくはマルテンサイトおよび/またはベイナイトの組織とし、かつ該組織に含まれる大角粒界を増加させて、優れた耐応力腐食割れ性を確保するには、熱間圧延後に熱処理を施す場合は、熱間圧延後にAc3点以上900℃以下に加熱して焼入れ(一次焼入れ)することが好ましい。すなわち、加熱温度がAc3点未満あるいは900℃を超えると、大角粒界の円相当径が粗大となり、所望の特性が得られない、おそれがある。
【0045】
なお、熱間圧延後に上記した熱処理を施す場合は、この熱処理後の冷却における速度を制御する必要があるのは、上述のとおりである。すなわち、表層組織における600℃以下200℃以上の温度域での平均冷却速度を1℃/s以上とする。
【0046】
さらに、熱間圧延後の熱処理として、上記した焼入れ(一次焼入れ)に替えて、または一次焼入れして冷却した後に、Ac1変態点以上Ac3変態点未満に加熱して冷却する熱処理(二次焼入れ)を施してもよい。この二次焼入れを行うことによって、母材低温靱性を向上させることができる。
なお、上記した熱処理(二次焼入れ)を施す場合は、この熱処理後の冷却における速度を制御する必要があるのは、上述のとおりである。すなわち、表層組織における600℃以下200℃以上の温度域での平均冷却速度を1℃/s以上とする。
【0047】
高強度および優れた低温靭性などの特性を得るには、表層組織における残留オーステナイト粒を径が1μm以下の微細粒とすることが有効である。そのためには、上記の最終の冷却後に500℃以上650℃以下の温度に加熱して焼戻しすることが好ましい。すなわち、焼戻し温度が500℃未満では、低温靭性を確保することが難しくなる、おそれがある。一方、焼戻し温度が650℃を超えると、粗大な残留オーステナイトとなり、所望の特性が得られない、おそれがある。
【実施例】
【0048】
表1に示したA~Wの鋼を溶製し、スラブとした後、表2に示す製造条件により板厚が30~50mmの鋼板(試料No.1~26)を製造し、各試料を以下のシャルピー衝撃試験および応力腐食割れ試験に供した。また、各試料について、表層組織における大角粒界の間隔および残留オーステナイト粒径を調査した。
【0049】
大角粒界は、粒界方位差が15°以上の粒界と定義し、これを、EBSDを用いて特定した。そして、結晶粒径は、鋼板の表面から1mmの深さ位置における任意の500×500μmの範囲を測定し、大角粒界に囲まれる結晶粒の円相当径の平均値を求めた。なお、大角粒界に囲まれている範囲が0.1μm未満のものは計算から除外した。
【0050】
また、残留オーステナイトの最大円相当径は、同様のEBSD測定領域において存在する残留オーステナイト粒を結晶構造から特定し、オーステナイトと認識された結晶粒のうちの最大のものの円相当径とした。
【0051】
[シャルピー衝撃試験(低温靭性)]
各試料について、JIS Z2242に規定のVノッチ試験片を準備し、試験温度:-196℃にてJIS Z2242に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、吸収エネルギーを測定した。各試料につき3本の試験片での試験を実施し、それらの平均値が34J以上である場合を合格とした。
【0052】
[応力腐食割れ試験(耐応力腐食割れ性)]
NACE TM0177-96 2003版に準拠した、DCB( Double-Cantilever-Beam)試験を実施した。試験環境は、NACE TM0177 sol.A(初期pH2.7)×100%H2Sガス飽和(0.1MPa) 浸漬時間は336時間とした。浸漬終了後、Wedge load とcrack lengthからKISSCを導出した。各試料につき3本の試験片での試験を実施し、それらの平均値が25MPa√m以上である場合を合格とした。
以上により得られた結果を、表2に示す。
【0053】
【0054】
【0055】
本発明に従う試料No.1~14、23、および26は、低温靭性が確保されるとともに、優れた耐応力腐食割れ性を有することが確認された。一方、本発明の範囲を外れる比較例(試料No.15~22および24、25)は、吸収エネルギーが34Jより低い、もしくはDCB試験が25MPa√m %未満となっており、上述の目標性能を満足できなかった。