(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】変速制御方法及び変速制御システム
(51)【国際特許分類】
F16H 61/02 20060101AFI20221012BHJP
F16H 59/14 20060101ALI20221012BHJP
F16H 61/684 20060101ALI20221012BHJP
F16H 63/50 20060101ALI20221012BHJP
B60K 17/356 20060101ALI20221012BHJP
B60K 17/354 20060101ALI20221012BHJP
B60T 8/17 20060101ALI20221012BHJP
B60L 15/20 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
F16H61/02
F16H59/14
F16H61/684
F16H63/50
B60K17/356 B
B60K17/354
B60T8/17 C
B60L15/20 S
B60L15/20 K
B60L15/20 Y
(21)【出願番号】P 2021536586
(86)(22)【出願日】2019-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2019030322
(87)【国際公開番号】W WO2021019780
(87)【国際公開日】2021-02-04
【審査請求日】2021-10-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 晴輝
(72)【発明者】
【氏名】荻野 崇
(72)【発明者】
【氏名】中野 智普
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-067018(JP,A)
【文献】特開2011-230542(JP,A)
【文献】特開2007-037217(JP,A)
【文献】特開2008-238836(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 59/00-61/12
F16H 61/66-61/70
F16H 63/40-63/50
B60K 17/354-17/356
B60T 8/17
B60L 15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪を駆動する前輪駆動モータ及び前輪側変速機を有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータ及び後輪側変速機を有する後輪駆動システムと、を備えた車両において、前記前輪側変速機による変速である前輪変速、及び前記後輪側変速機による変速である後輪変速をそれぞれ実行し、
前記前輪変速中における前記前輪の駆動力抜け及び前記後輪変速中における前記後輪の駆動力抜けを、それぞれ前記後輪の駆動力及び前記前輪の駆動力で補填する変速制御方法であって、
前記車両の加速時において、前記後輪駆動モータの回転数の変化に対して該後輪駆動モータのトルクが一定の上限駆動力をとる後輪モータトルク一定回転数領域から前記前輪変速を完了させる車速を定めるための第1後輪駆動モータ回転数を設定し、
前記第1後輪駆動モータ回転数及び後輪変速前に前記後輪側変速機に設定される後輪変速比に基づいて第1前輪変速上限車速を演算し、
前記前輪変速を実行する車速としての前輪変速車速を、前記第1前輪変速上限車速以下に設定することにより、前記後輪変速を実行する車速としての後輪変速車速よりも低く設定する、
変速制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の変速制御方法であって、
前記前輪変速車速を、前記第1前輪変速上限車速以下の領域における所定の変速線に基づいて定める、
変速制御方法。
【請求項3】
請求項2に記載の変速制御方法であって、
前記車両に対する要求駆動力が前記後輪駆動モータの上限駆動力以下である場合には、前記前輪変速車速を前記第1前輪変速上限車速未満に設定し、
前記要求駆動力が前記後輪駆動モータの上限駆動力を超える場合には、
前記前輪駆動モータの回転数の変化に対して出力が一定となる前輪モータ出力一定回転数領域から前記前輪変速を完了させる車速を定めるための第1前輪駆動モータ回転数を設定し、
前記第1前輪駆動モータ回転数及び前記前輪変速後に前記前輪側変速機に設定される前輪変速比に基づいて第2前輪変速上限車速を演算し、
前記前輪変速車速を前記第2前輪変速上限車速以下に設定する、
変速制御方法。
【請求項4】
請求項1~3の何れか1項に記載の変速制御方法であって、
前記後輪駆動モータの回転数の変化に対して出力が一定となる後輪モータ出力一定回転数領域から前記後輪変速を完了させる車速を定めるための第2後輪駆動モータ回転数を抽出し、
前記第2後輪駆動モータ回転数及び前記後輪変速前に前記後輪側変速機に設定される後輪変速比に基づいて第1後輪変速上限車速を演算し、
前記後輪変速車速を前記第1後輪変速上限車速以上に設定する、
変速制御方法。
【請求項5】
請求項4に記載の変速制御方法であって、
前記車両に対する要求駆動力が前記前輪駆動モータの上限駆動力以下である場合には、
前記後輪変速車速を前記第1後輪変速上限車速以上に設定し、
前記要求駆動力が前記前輪駆動モータの上限駆動力を超える場合には、
前記後輪変速車速を、前記前輪駆動モータ及び前記後輪駆動モータの少なくとも何れか一方の出力上限となる車速よりも低い第2後輪変速上限車速以下に設定する、
変速制御方法。
【請求項6】
車両の前輪を駆動する前輪駆動モータ及び前輪側変速機を有する前輪駆動システムと、
前記車両の後輪を駆動する後輪駆動モータ及び後輪側変速機を有する後輪駆動システムと、
前記前輪側変速機による変速である前輪変速及び前記後輪側変速機による変速である後輪変速を実行する変速制御装置と、を有する変速制御システムであって、
前記変速制御装置は、
前記前輪変速中における前記前輪の駆動力抜け及び前記後輪変速中における前記後輪の駆動力抜けを、それぞれ前記後輪駆動モータの駆動力及び前記前輪駆動モータの駆動力で補填する駆動力抜け補填部と、
前記車両の加速時において、前記後輪駆動モータの回転数の変化に対して該後輪駆動モータのトルクが一定の上限駆動力をとる後輪モータトルク一定回転数領域から前記前輪変速を完了させる車速を定めるための第1後輪駆動モータ回転数を設定し、前記第1後輪駆動モータ回転数及び後輪変速前に前記後輪側変速機に設定される後輪変速比に基づいて第1前輪変速上限車速を演算し、前記前輪変速を実行する車速としての前輪変速車速を、前記第1前輪変速上限車速以下に設定することにより、前記後輪変速を実行する車速としての後輪変速車速よりも低く設定する変速車速設定部と、を有する、
変速制御システム。
【請求項7】
前輪を駆動する前輪駆動モータを有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータを有する後輪駆動システムと、を備え、前記前輪駆動システム及び前記後輪駆動システムの少なくとも一方に変速機が設けられた車両において、前記変速機が設けられる一方の駆動輪における駆動力抜けを他方の駆動輪からの補填駆動力により補填する駆動力補填処理を、前記一方の変速機における変速中に実行する変速制御方法であって、
前記補填駆動力の上限の基本値として、前記駆動力補填処理中の前記車両に対する要求駆動力と前記他方の駆動輪の駆動力との差を最小とする観点から定まる基本上限補填駆動力を設定し、
前記変速中に前記他方の駆動輪のスリップが検出されるか又は該スリップの発生が予測される場合に、前記補填駆動力の上限を前記基本上限補填駆動力から該基本上限補填駆動力よりも小さい制限上限補填駆動力に変更し、
前記制限上限補填駆動力は、前記駆動輪のスリップが検出又は予測されたときの前記補填駆動力として定められ、
前記変速の前に、前記変速中における前記駆動力抜けを擬似的に発生させて前記駆動力補填処理を行いつつ、前記他方の駆動輪のスリップが発生するか否かを検知する第1変速前スリップ検知処理を実行し、
前記第1変速前スリップ検知処理により前記他方の駆動輪のスリップが検知されると、当該検知時における前記補填駆動力を第1スリップ限界駆動力として抽出し、
前記他方の駆動輪のスリップが検知される場合に前記制限上限補填駆動力は、前記第1スリップ限界駆動力に定められる、
変速制御方法。
【請求項8】
請求項7に記載の変速制御方法であって、
前記車両の走行路面が滑りやすいか否かに関する情報を少なくとも含む外部情報を取得し、
前記走行路面が滑りやすいと判断される場合に、前記制限上限補填駆動力として外部情報制限駆動力を設定する、
変速制御方法。
【請求項9】
請求項8に記載の変速制御方法であって、
前記走行路面の滑りやすさの度合が大きいほど、前記外部情報制限駆動力を小さくする、
変速制御方法。
【請求項10】
請求項7~9の何れか1項に記載の変速制御方法であって、
前記補填駆動力の上限を前記制限上限補填駆動力に設定した場合に、前記補填駆動力の上限を前記基本上限補填駆動力に設定した場合と比べて前記駆動力補填処理中における前記補填駆動力の変化率を小さくする、
変速制御方法。
【請求項11】
請求項7~10の何れか1項に記載の変速制御方法であって、
前記車両の直線路面の走行時の前記変速中において、
前記補填駆動力の上限が前記制限上限補填駆動力に設定される場合の前記駆動力補填処理の実行時間を、前記基本上限補填駆動力が設定される場合の前記駆動力補填処理の実行時間よりも長くする、
変速制御方法。
【請求項12】
請求項7~11の何れか1項に記載の変速制御方法であって、
前記車両の旋回時の前記変速中における前記補填駆動力の上限を前記制限上限補填駆動力に設定する場合の前記駆動力補填処理の実行時間を、
前記車両の非旋回時において前記補填駆動力の上限が前記基本上限補填駆動力に設定される場合の前記駆動力補填処理の実行時間よりも長く、且つ
前記車両の非旋回時において前記補填駆動力の上限が前記制限上限補填駆動力に設定される場合の前記駆動力補填処理の実行時間よりも短く設定する、
変速制御方法。
【請求項13】
請求項7~12の何れか1項に記載の変速制御方法であって、
前記補填駆動力の上限が前記制限上限補填駆動力に変更されている場合に、前記補填駆動力の上限を前記基本上限補填駆動力に復帰させるべきか否かを判定する復帰判定処理と、
前記復帰判定処理による判定結果が肯定的である場合の復帰判断がなされると実行され、前記補填駆動力の上限を所定の変化率で前記基本上限補填駆動力に近づける復帰時変化率調節処理と、をさらに含む、
変速制御方法。
【請求項14】
請求項13に記載の変速制御方法であって、
前記復帰判定処理において、
前記変速の前に、前記変速中における前記駆動力抜けを擬似的に発生させて前記駆動力補填処理を行いつつ、前記他方の駆動輪のスリップが発生するか否かを検知する第2変速前スリップ検知処理を実行し、
前記第2変速前スリップ検知処理において、前記補填駆動力が前記基本上限補填駆動力に到達するまでに前記他方の駆動輪のスリップを検知しないときに前記復帰判断を行う、
変速制御方法。
【請求項15】
請求項13に記載の変速制御方法であって、
前記復帰判定処理において、前記補填駆動力の上限を前記制限上限補填駆動力に設定した時点から所定時間が経過したときに前記復帰判断を行う、
変速制御方法。
【請求項16】
請求項8又は9に記載の変速制御方法であって、
前記補填駆動力の上限が前記外部情報制限駆動力に設定されている場合に、前記走行路面が滑りやすいという判断が解除されると、前記補填駆動力の上限を前記基本上限補填駆動力に復帰させる基本上限復帰処理を実行する、
変速制御方法。
【請求項17】
前輪を駆動する前輪駆動モータを有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータを有する後輪駆動システムと、を備え、前記前輪駆動システム及び前記後輪駆動システムがそれぞれ前輪側変速機及び後輪側変速機を有する車両において、前記変速機が設けられる一方の駆動輪における駆動力抜けを他方の駆動輪からの補填駆動力により補填する駆動力補填処理を、前記一方の変速機における変速中に実行する変速制御方法であって、
前記補填駆動力の上限の基本値として、前記駆動力補填処理中の前記車両に対する要求駆動力と前記他方の駆動輪の駆動力との差を最小とする観点から定まる基本上限補填駆動力を設定し、
前記変速中に前記他方の駆動輪のスリップが検出されるか又は該スリップの発生が予測される場合に、前記補填駆動力の上限を前記基本上限補填駆動力から該基本上限補填駆動力よりも小さい制限上限補填駆動力に変更し、
前記制限上限補填駆動力は、前記駆動輪のスリップが検出又は予測されたときの前記補填駆動力として定められ、
前記駆動力補填処理では、
前記前輪側変速機による変速における前記前輪の駆動力抜け及び前記後輪側変速機による変速における前記後輪の駆動力抜けを、それぞれ前記後輪からの前記補填駆動力及び前記前輪からの前記補填駆動力で補填し、
前記車両の旋回時には、前記前輪側変速機による変速を実行させないように制御する、
変速制御方法。
【請求項18】
車両の前輪を駆動する前輪駆動モータを有する前輪駆動システムと、
後輪を駆動する後輪駆動モータを有する後輪駆動システムと、
前記前輪駆動システム及び前記後輪駆動システムの少なくとも一方に設けられた変速機による変速を実行する変速制御装置と、を有する変速制御システムであって、
前記変速制御装置は、
前記変速機が設けられる一方の駆動輪における駆動力抜けを他方の駆動輪からの補填駆動力により補填する駆動力補填処理を変速中に実行する駆動力補填処理部と、
前記補填駆動力の上限の基本値として、前記駆動力補填処理中の前記車両に対する要求駆動力と前記他方の駆動輪の駆動力との差を最小とする観点から定まる基本上限補填駆動力を設定する基本上限補填駆動力設定部と、
前記変速中の前記他方の駆動輪のスリップが検出されるか又は該スリップの発生が予測される場合に、前記補填駆動力の上限を前記基本上限補填駆動力から該基本上限補填駆動力よりも小さい制限上限補填駆動力に変更する上限変更部と、
前記制限上限補填駆動力を、前記駆動輪のスリップが検出又は予測されたときの前記補填駆動力として定める制限上限設定部と、を有し、
前記上限変更部は、前記変速の前に、前記変速中における前記駆動力抜けを擬似的に発生させて前記駆動力補填処理を行いつつ、前記他方の駆動輪のスリップが発生するか否かを検知し、前記他方の駆動輪のスリップが検知されると、当該検知時における前記補填駆動力を第1スリップ限界駆動力として抽出し、
前記他方の駆動輪のスリップが検知される場合に前記制限上限補填駆動力を、前記第1スリップ限界駆動力に定める、
変速制御システム。
【請求項19】
前輪を駆動する前輪駆動モータ及び前輪側変速機を有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータ及び後輪側変速機を有する後輪駆動システムと、を備えた車両において、前記前輪駆動モータ及び前記後輪駆動モータの少なくとも一方を回生させる回生制動中に前記前輪側変速機によるダウン変速である前輪ダウン変速、及び前記後輪側変速機によるダウン変速である後輪ダウン変速をそれぞれ実行する変速制御方法であって、
前記車両の制動時における要求制動力が所定閾値以上である場合に実行される摩擦制動中に前記前輪ダウン変速の変速条件及び前記後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると、前記前輪ダウン変速及び前記後輪ダウン変速を並行して実行し、
前記要求制動力が前記所定閾値未満である場合に実行される前記回生制動中に前記前輪ダウン変速の変速条件及び前記後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると、
前記前輪ダウン変速の完了後に前記後輪ダウン変速を実行するか、又は前記後輪ダウン変速の完了後に前記前輪ダウン変速を実行し、
前記前輪ダウン変速中における前記前輪の制動力抜けを前記後輪の回生制動力で補填し、
前記後輪ダウン変速中における前記後輪の制動力抜けを前記前輪の回生制動力で補填する、
変速制御方法。
【請求項20】
請求項19に記載の変速制御方法であって、
前記前輪ダウン変速は、前記前輪駆動モータと前記前輪との間の動力伝達を遮断する前輪側動力遮断処理と、前記前輪側動力遮断処理中における前記前輪側変速機の入出力の差回転数の調節を前記前輪駆動モータの駆動力を用いて行う前輪側回転数同期と、を含み、
前記後輪ダウン変速は、前記後輪駆動モータと前記後輪との間の動力伝達を遮断する後輪側動力遮断処理と、前記後輪側動力遮断処理中における前記後輪側変速機の入出力の差回転数の調節を前記後輪駆動モータの駆動力を用いて行う後輪側回転数同期と、を含み、
前記前輪側回転数同期において要求される前記前輪駆動モータの駆動電力及び前記後輪側回転数同期において要求される前記後輪駆動モータの駆動電力を同一のバッテリから供給し、
前記摩擦制動中に前記前輪ダウン変速及び前記後輪ダウン変速を並行して実行する場合に、前記前輪側回転数同期の開始タイミングと前記後輪側回転数同期の開始タイミングをずらす、
変速制御方法。
【請求項21】
請求項20に記載の変速制御方法であって、
前記前輪側回転数同期及び前記後輪側回転数同期の開始タイミングの時間差を、
前記前輪駆動モータ及び前記後輪駆動モータの合計駆動電力の最大値が前記バッテリの出力可能電力以下となるように設定する、
変速制御方法。
【請求項22】
請求項21に記載の変速制御方法であって、
前記時間差を、
前記前輪駆動モータ及び前記後輪駆動モータの合計駆動電力のトータル回転数同期時間あたりの平均値が前記バッテリの出力可能電力と略一致するように設定する、
変速制御方法。
【請求項23】
請求項21に記載の変速制御方法であって、
前記前輪側回転数同期の開始タイミングを前記後輪側回転数同期の開始タイミングよりも先に設定する場合に、
前記時間差を、前記前輪側回転数同期の開始タイミングから前記前輪駆動モータの駆動電力が当該前輪側回転数同期の進行に伴い低下し始めるまでの間の時間に設定し、
前記後輪側回転数同期の開始タイミングを前記前輪側回転数同期の開始タイミングよりも先に設定する場合に、
前記時間差を、前記後輪側回転数同期の開始タイミングから前記後輪駆動モータの駆動電力が当該後輪側回転数同期の進行に伴い低下し始めるまでの間の時間に設定する、
変速制御方法。
【請求項24】
車両の前輪を駆動する前輪駆動モータ及び前輪側変速機を有する前輪駆動システムと、
前記車両の後輪を駆動する後輪駆動モータ及び後輪側変速機を有する後輪駆動システムと、
前記前輪駆動モータ及び前記後輪駆動モータの少なくとも一方を回生させる回生制動の実行中に前記前輪側変速機によるダウン変速である前輪ダウン変速及び前記後輪側変速機によるダウン変速である後輪ダウン変速を実行する変速制御装置と、を有する変速制御システムであって、
前記変速制御装置は、
前記車両の制動時における要求制動力が所定閾値以上である場合に実行される摩擦制動中に前記前輪ダウン変速の変速条件及び前記後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると、前記前輪ダウン変速及び前記後輪ダウン変速を並行して実行する急制動時変速制御部と、
前記要求制動力が前記所定閾値未満である場合に実行される前記回生制動中に前記前輪ダウン変速の変速条件及び前記後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると、前記前輪ダウン変速の完了後に前記後輪ダウン変速を実行するか、又は前記後輪ダウン変速の完了後に前記前輪ダウン変速を実行する回生制動時変速制御部と、を有し、
前記回生制動時変速制御部は、
前記前輪ダウン変速中における前記前輪の制動力抜けを前記後輪の回生制動力で補填し、
前記後輪ダウン変速中における前記後輪の制動力抜けを前記前輪の回生制動力で補填する、
変速制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変速制御方法及び変速制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
JP2006-027383Aでは、複数のドグクラッチと、所望の変速比に応じてドグクラッチを変位させることで入力軸との動力伝達が切り替えられる複数のギア列と、を備える四輪駆動車両の変速機が提案されている。
【0003】
特に、JP2006-027383Aの四輪駆動車両には、駆動源(エンジン又はモータ)から前輪に伝達する動力を調節する変速機と、後輪に伝達する動力を調節する変速機と、が配されている。そのため、一方の変速機の変速中においてドグクラッチがギア列と噛合しない状態(ニュートラル状態)では、当該変速機を介して駆動輪に所望の動力が伝達されない駆動力抜けが生じる。
【0004】
これに対して、JP2006-027383Aで提案されている変速制御方法では、一方の変速機の変速中の駆動力抜けが生じるシーンにおいて、他方の駆動輪の駆動力を増大させて当該駆動力抜けを補填する処理(駆動力補填処理)を行っている。
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、車両の走行シーンによっては、上記駆動力補填処理によって他方の駆動輪の駆動力が不足し、当該駆動輪のスリップが生じる恐れがある。
【0006】
したがって、本発明の目的は、変速時の駆動力補填処理における駆動輪のスリップの発生を抑制することのできる変速制御方法及び変速制御システムを提供することにある。
【0007】
一方で、JP2006-027383Aで提案されている変速制御方法では、車両の急制動時などの双方の変速機に対してほぼ同時にダウンシフト変速の条件が満たされた場合、一方の変速機における駆動力抜け(制動力抜け)を他方の駆動輪に与えられる駆動力(回生制動力)で補填する必要がある。このため、双方の変速機の変速タイミングをずらす必要があり、変速時間が長くなる。
【0008】
したがって、本発明の他の目的は、前輪側変速機と後輪側変速機を有する車両の制動時において変速をより速やかに完了させることのできる変速制御方法及び変速制御システムを提供することにある。
【0009】
本発明のある態様によれば、前輪を駆動する前輪駆動モータ及び前輪側変速機を有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータ及び後輪側変速機を有する後輪駆動システムと、を備えた車両において、前輪側変速機による変速である前輪変速、及び後輪側変速機による変速である後輪変速をそれぞれ実行する変速制御方法が提供される。この変速制御方法では、前輪変速中における前輪の駆動力抜け及び後輪変速中における後輪の駆動力抜けを、それぞれ後輪の駆動力及び前輪の駆動力で補填する。そして、車両の加速時において、前輪変速を実行する車速としての前輪変速車速を、後輪変速を実行する車速としての後輪変速車速よりも低く設定する。
【0010】
また、本発明の他の態様によれば、前輪を駆動する前輪駆動モータを有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータを有する後輪駆動システムと、を備え、前輪駆動システム及び後輪駆動システムの少なくとも一方に変速機が設けられた車両において、変速機が設けられる一方の駆動輪における駆動力抜けを他方の駆動輪からの補填駆動力により補填する駆動力補填処理を、一方の変速機における変速中に実行する変速制御方法が提供される。この変速制御方法では、補填駆動力の上限の基本値として、駆動力補填処理中の車両に対する要求駆動力と他方の駆動輪の駆動力との差を最小とする観点から定まる基本上限補填駆動力を設定し、変速中に他方の駆動輪のスリップが検出されるか又は該スリップの発生が予測される場合に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力から該基本上限補填駆動力よりも小さい制限上限補填駆動力に変更し、制限上限補填駆動力は、駆動輪のスリップが検出又は予測されたときの補填駆動力として定められる。
【0011】
さらに、本発明の他の態様によれば、前輪を駆動する前輪駆動モータ及び前輪側変速機を有する前輪駆動システムと、後輪を駆動する後輪駆動モータ及び後輪側変速機を有する後輪駆動システムと、を備えた車両において、前輪駆動モータ及び後輪駆動モータの少なくとも一方を回生させる回生制動の実行中に前輪側変速機によるダウン変速である前輪ダウン変速、及び後輪側変速機によるダウン変速である後輪ダウン変速をそれぞれ実行する変速制御方法が提供される。この変速制御方法では、車両の制動時における要求制動力が所定閾値以上である場合に実行される摩擦制動中に前輪ダウン変速の変速条件及び後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行する。また、要求制動力が上記所定閾値未満である場合に実行される回生制動中に前輪ダウン変速の変速条件及び後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると、前輪ダウン変速の完了後に後輪ダウン変速を実行するか、又は後輪ダウン変速の完了後に前記前輪ダウン変速を実行する。そして、前輪ダウン変速中における前輪の制動力抜けを前記後輪の回生制動力で補填し、後輪ダウン変速中における後輪の制動力抜けを前輪の回生制動力で補填する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の第1~第10実施形態の変速制御方法が実行される共通の電動車両構成を説明する図である。
【
図2】
図2は、第1及び第2実施形態の変速制御方法を実行するための制御構成を説明するブロック図である。
【
図3】
図3は、第1実施形態の変速制御方法を説明するフローチャートである。
【
図4】
図4は、第1実施形態の変速制御方法における変速マップである。
【
図6】
図6は、第1実施形態の変速制御方法による制御結果の一例を説明するタイミングチャートである。
【
図7】
図7は、第2実施形態の変速制御方法における変速マップである。
【
図8】
図8は、第3~第10実施形態の変速制御方法を実行するための制御構成を説明するブロック図である。
【
図9】
図9は、第3実施形態の変速制御方法を説明するフローチャートである。
【
図10】
図10は、第3実施形態の変速制御方法による制御結果の一例を説明するタイミングチャートである。
【
図11】
図11は、第4実施形態の変速制御方法を説明するためのタイミングチャートである。
【
図12】
図12は、第5実施形態の変速制御方法を説明するためのタイミングチャートである。
【
図13】
図13は、第6実施形態の変速制御方法を説明するためのタイミングチャートである。
【
図14】
図14は、第7実施形態の変速制御方法を説明するフローチャートである。
【
図15】
図15は、第7実施形態の復帰判定処理及び復帰時変化率調節処理を実行した結果を示すタイミングチャートである。
【
図16】
図16は、第7実施形態の変形例1を説明するためのタイミングチャートである。
【
図17】
図17は、第7実施形態の変形例2を説明するためのタイミングチャートである。
【
図18】
図18は、第8実施形態の基本上限復帰処理を説明するためのタイミングチャートである。
【
図19】
図19は、第10実施形態における電動車両構成を説明する図である。
【
図20】
図20は、第11及び12実施形態の変速制御方法が実行される共通の電動車両構成を説明する図である。
【
図21】
図21は、第11実施形態の変速制御方法を実行するための制御構成を説明するブロック図である。
【
図22】
図22は、第11実施形態における急制動処理中の変速を説明するタイミングチャートである。
【
図23】
図23は、第11実施形態における通常制動処理中の変速を説明するタイミングチャートである。
【
図24】
図24は、第12実施形態における急制動処理中の変速を説明するタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の各実施形態を、図面を参照して詳細に説明する。
【0014】
[第1実施形態]
以下、第1実施形態について説明する。
【0015】
(第1実施形態の車両構成)
図1は、本実施形態の変速制御方法が実行される車両100の主要な構成を説明する図である。
【0016】
なお、
図1の車両100は、駆動源としての駆動モータ10を備え、当該駆動モータ10の駆動力により走行可能な自動車のことであり、電気自動車や、ハイブリッド自動車が含まれる。
【0017】
特に、
図1に示す車両100には、車両100において相対的に前方の位置(以下、「前輪側」と称する)に配置される前輪駆動システムfds、及び車両100において相対的に後方の位置(以下、「後輪側」と称する)に配置される後輪駆動システムrdsが搭載されている。
【0018】
前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsは、それぞれ前輪側駆動源としてのフロントモータ10f及び後輪側駆動源としてのリアモータ10rを備えている。フロントモータ10f及びリアモータ10rは、それぞれフロント駆動輪11f(左フロント駆動輪11fL及び右フロント駆動輪11fR)及びリア駆動輪11r(左リア駆動輪11rL及び左リア駆動輪11rR)を駆動する動力を生成する。
【0019】
すなわち、車両100は、駆動モータ10の動力をフロント駆動輪11f及びリア駆動輪11rに伝達させる四輪駆動車両として構成される。前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsの詳細について説明する。
【0020】
前輪駆動システムfdsは、上記フロントモータ10f及びフロント駆動輪11fに加え、フロントインバータ14fと、フロント変速機16fと、を備える。
【0021】
フロントモータ10fは、三相交流モータとして構成される。フロントモータ10fは、電源としてのバッテリ15(
図2参照)からの電力の供給を受けて駆動力を発生する。フロントモータ10fで生成される駆動力はフロント変速機16f及びフロントドライブシャフト21fを介してフロント駆動輪11fに伝達される。
【0022】
また、フロントモータ10fは、車両100の走行時にフロント駆動輪11fに連れ回されて回転する際に発生する回生駆動力を交流電力に変換する。
【0023】
フロントインバータ14fは、バッテリ15からの電力を三相交流に変換するためのスイッチングを行うスイッチング回路を備える。また、フロントインバータ14fは、上述したフロントモータ10fの回生駆動力に基づいて得られた交流電力を上記スイッチングによって直流電力に変換してバッテリ15に供給する。
【0024】
フロント変速機16fは、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fとの間の伝達動力に対する変速(以下、「前輪変速」とも称する)を実行する装置である。
【0025】
特に、フロント変速機16fは、上記前輪変速として、フロントモータ10fのロータシャフト(以下、「入力軸20f」とも称する)からフロントドライブシャフト21fまでの動力伝達経路において、相対的にギア比が低いHighギア及び相対的にギア比が高いLowギアの2つの変速段の切り替えを行う。フロント変速機16fの構成をより詳細に説明する。
【0026】
フロント変速機16fは、主として、Lowギア列22fと、Highギア列24fと、ドグクラッチ26fと、ファイナルギア30fと、を備えている。
【0027】
Lowギア列22fは、相互に歯噛するドライブギア40f及びドリブンギア41fを備えている。ドライブギア40fは入力軸20f上において固定されずに回転可能に設けられている。また、ドリブンギア41fは出力軸32fに固定されている。さらに、Lowギア列22fでは、ドライブギア40fの歯数に対してドリブンギア41fの歯数が大きく構成される。すなわち、Lowギア列22fを介して入力軸20fから出力軸32fに伝達される場合(変速段ShがLowである場合)の変速比γ(以下、「フロント変速比γf」とも称する)は1より大きくなる。
【0028】
Highギア列24fは、相互に歯噛するドライブギア42f及びドリブンギア43fを備えている。ドライブギア42fは入力軸20f上において固定されずに回転可能に設けられている。また、ドリブンギア43fは出力軸32fに固定されている。さらに、Highギア列24fでは、ドライブギア42fの歯数とドリブンギア43fの歯数が略等しく構成される。すなわち、Highギア列24fを介して入力軸20fから出力軸32fに伝達される場合(変速段ShがHighである場合)のフロント変速比γfは略1となる。
【0029】
ドグクラッチ26fは、後述するシフトコントローラ54からの指令に基づいてLowギア列22fとHighギア列24fの間において
図1の左右方向でスライド移動するシフトフォーク44f、及びシフトフォーク44fと一体に設けられ入力軸20f上を摺動可能なセレクタギア45fから構成される。なお、ドグクラッチ26fのスライド移動は、油圧又は専用のモータを用いて実行することができる。
【0030】
このドグクラッチ26fが、セレクタギア45fとLowギア列22fが締結する位置とされると、入力軸20fから、セレクタギア45f及びLowギア列22fを介して出力軸32fへ動力が伝達される状態となる。
【0031】
一方、ドグクラッチ26fが、セレクタギア45fとHighギア列24fが締結する位置とされると、入力軸20fから、セレクタギア45f及びHighギア列24fを介して出力軸32fへ動力が伝達される状態となる。
【0032】
なお、ドグクラッチ26fが、セレクタギア45fとLowギア列22f又はHighギア列24fが締結されない位置にあるときがニュートラル状態となる。
【0033】
さらに、ファイナルギア30fは、出力軸32fの動力を左フロント駆動輪11fL及び右フロント駆動輪11fRに分配するためのギア構造を有する。
【0034】
一方、後輪駆動システムrdsは、上記リアモータ10r及びリア駆動輪11rに加え、リアインバータ14rと、リア変速機16rと、を備える。なお、後輪駆動システムrdsの各要素の機能は、前輪駆動システムfdsの各要素の機能と同様であるので、その詳細な説明を省略する。
【0035】
(第1実施形態の制御構成)
以下、前輪駆動システムfdsの各要素と後輪駆動システムrdsの各要素において、共通する事項に関しては、適宜、「駆動システムds」などのフロントであることを示す「f」及びリアであることを示す「r」などの文字を省いた符号を用いて包括的に説明する。
【0036】
図2は、車両100の制御系を説明するためのブロック図である。図示のように、車両100の制御系は、シフトアクチェータとして機能するドグクラッチ26及びモータアクチェータとして機能するインバータ14を制御するコントローラ50を有する。
【0037】
コントローラ50は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたコンピュータ、特にマイクロコンピュータで構成される。コントローラ50は、以下で説明する変速制御及びモータ制御における各処理を実行できるようにプログラムされている。
【0038】
コントローラ50は、入力情報としてのアクセル開度α及び車速Vを取得する。そして、コントローラ50は、アクセル開度α及び車速Vに基づいて変速機16の変速段Sh(フロント変速段Shf及びリア変速段Shr)、並びに駆動モータ10のモータトルクTm(フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrm)を定める。
【0039】
特に、コントローラ50は、アクセル開度センサ60の検出値をアクセル開度α(要求駆動力DFreq)として取得する。また、コントローラ50は、図示しない回転数センサなどにより取得した駆動モータ10のモータ回転数Nm(入力軸20の回転速度に相当)を算出し、このモータ回転数Nmに現在の変速比γ及びタイヤ動半径Rを考慮した所定の車速算出ゲインKv(=2πR/γ)を乗じることで車速Vを演算する。なお、コントローラ50が車速Vを演算する態様に代えて、車速センサを設けて、その検出値を車速Vとして取得しても良い。
【0040】
また、車速Vを演算するためのモータ回転数Nmとしては、フロントモータ10fの回転数であるフロントモータ回転数Nfmとリアモータ10rの回転数であるリアモータ回転数Nrmの何れを用いても良いが、車両100の仕様及び走行シーンに応じて、スリップ(空転)がより発生し難い側の駆動輪11を駆動させる駆動モータ10のモータ回転数Nmを用いることが好ましい。
【0041】
(変速制御)
コントローラ50は、アクセル開度α(要求駆動力DFreq)及び車速Vに基づき、所定の変速マップに基づいて変速段Sh(フロント変速段Shf及びリア変速段Shr)を定める。そして、コントローラ50は、定められた変速段Shを実現するようにドグクラッチ26を操作する。
【0042】
(モータ制御)
コントローラ50は、アクセル開度α及び上記変速段Shに基づいて車両100に要求される総駆動力、すなわち駆動源としてのフロントモータ10f及びリアモータ10rの双方に要求されるトルクの合計である総モータトルクTfrmを定める。
【0043】
また、コントローラ50は、上記総モータトルクTfrmから、フロント駆動輪11f及びリア駆動輪11rのスリップを抑制するなどの観点から適宜定められる前後駆動力配分ゲインを用いて、フロントモータトルク基本値及びリアモータトルク基本値を演算する。
【0044】
さらに、コントローラ50は、フロントモータトルク基本値に対して、リア変速機16rが変速中であるか否か(後輪変速中であるか否か)に基づいてフロントモータトルク基本値を補正し、フロントモータトルクTfmを定める。
【0045】
また、コントローラ50は、リアモータトルク基本値に対して、フロント変速機16fが変速中であるか否か(前輪変速中であるか否か)に基づいてリアモータトルク基本値を補正して、リアモータトルクTrmを定める。
【0046】
特に、コントローラ50は、アクセル開度α又は車速Vが予め定められたフロント変速閾値を跨いだ場合にフロント変速段ShfをLowからHigh又はHighからLowに切り替える。なお、このとき、コントローラ50は、ドグクラッチ26fを変速先のギアにスムーズに締結するために、入力軸20fと出力軸32fの差回転数が変速先のフロント変速比γfに応じた所定回転数内となるようにフロントモータトルク基本値を補正する。
【0047】
同様に、コントローラ50は、リア変速段ShrをLowからHigh又はHighからLowに切り替える際には、入力軸20rと出力軸32rの差回転数が変速先のリア変速比γrに応じた所定回転数内となるようにリアモータトルク基本値を補正する。
【0048】
さらに、コントローラ50は、後輪変速中(特に、ドグクラッチ26rがニュートラル状態であるとき)に、リア駆動輪11rの駆動力抜けを補填する駆動力補填処理を実行する。より詳細には、コントローラ50は、リアモータ10rからリア駆動輪11rへの駆動力の伝達が遮断されていることに起因するリア駆動輪11rの駆動力抜けを補填するように、上記フロントモータトルク基本値を増加側に補正してフロントモータトルクTfmを定める。すなわち、フロントモータトルクTfmの増加補正分が後輪変速中の補填駆動力となる。
【0049】
一方、コントローラ50は、前輪変速中(特に、ドグクラッチ26fがニュートラル状態であるとき)に、フロント駆動輪11fの駆動力抜けを補填する駆動力補填処理を実行する。より詳細には、コントローラ50は、フロントモータ10fからフロント駆動輪11fへの駆動力の伝達が遮断されていることに起因するフロント駆動輪11fの駆動力抜けを補填するように、上記リアモータトルク基本値を増加側に補正してリアモータトルクTrmを定める。すなわち、リアモータトルクTrmの増加補正分が前輪変速中の補填駆動力となる。
【0050】
そして、モータコントローラ52は、フロントモータ10f及びリアモータ10rのそれぞれの実トルクが、定めたフロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmになるように、フロントインバータ14f及びリアインバータ14rに対するスイッチング操作を実行する。
【0051】
以下、本実施形態の変速制御方法についてより説明する。
【0052】
図3は、本実施形態の変速制御方法を説明するフローチャートである。なお、
図3で説明する処理は、車両100が停車状態(車速V=0、且つフロント変速段Sh
f及びリア変速段Sh
rがともにLowの状態)から発進したタイミング(車速Vの増加が検出されたタイミング)で開始される。また、コントローラ50は、
図3に示すルーチンを所定の演算周期で繰り返し実行する。
【0053】
また、
図4は、車速V及び要求駆動力DF
reqと設定される変速段Shの関係を説明する変速マップである。
【0054】
先ず、ステップS110において、コントローラ50は、車両100に対する要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrm以下であるか否かを判定する。
【0055】
ここで、リア最大駆動力DFrmとは、リアモータ10rが単体で車両100に与えることのできる実駆動力の上限値である。リア最大駆動力DFrmは、リアモータ10rの特性及びリア変速段Shr(リア変速比γr)に応じて定まる。
【0056】
特に、リアモータ10rの特性上、当該リアモータ10rが発揮できる駆動力は車速Vが一定値以上となると(すなわち、リアモータ回転数Nrmが一定値以上となると)、当該車速Vの増加に応じて減少する。したがって、リア最大駆動力DFrmは車速V及びリア変速段Shrの関数となる。
【0057】
具体的に、リア変速段Sh
rがHighである場合、リア最大駆動力DF
rmは、
図4の変速マップの破線グラフで表される。一方、リア変速段Sh
rがLowである場合、リア最大駆動力DF
rmは、
図4の変速マップの一点二短鎖線で表される。
【0058】
一方、本実施形態においては、リア最大駆動力DFrmと同様に、フロントモータ10fが単体で車両100に与えることのできる実駆動力の上限値であるフロント最大駆動力DFfmが設定される。
【0059】
フロント最大駆動力DFfmも、リア最大駆動力DFrmと同様に、フロントモータ10fの仕様及びフロント変速比γfに応じて定まり、車速Vの増加に応じて減少する。すなわち、フロント最大駆動力DFfmも車速V及びフロント変速段Shf(フロント変速比γf)の関数となる。
【0060】
具体的に、フロント変速段Sh
fがHighである場合、フロント最大駆動力DF
fmは、
図4の変速マップの破線グラフで表される。一方、フロント変速段Sh
fがLowである場合、フロント最大駆動力DF
fmは、
図4の変速マップの一点二短鎖線で表される。
【0061】
図3に戻り、コントローラ50は、ステップS110の判定結果が否定的である場合(DF
req>DF
rmの場合)にはステップS120の判定に移行する。一方、コントローラ50は、ステップS110の判定結果が肯定的である場合(DF
req≦DF
rmの場合)にはステップS130の判定に移行する。
【0062】
ステップS120において、コントローラ50は、車速Vが第2前輪変速上限車速Vf_lim2以上であるか否かを判定する。ここで、第2前輪変速上限車速Vf_lim2は、変速前後における駆動力の段差を抑制する観点から、前輪変速(より詳細には、フロント変速機16fのLowからHighへのアップ変速)が完了していない状態が許容される車速Vの上限値として定められる。
【0063】
より詳細には、本実施形態における第2前輪変速上限車速Vf_lim2は、フロントモータ10fの出力(以下、「フロントモータ出力Pfm」とも称する)及びリアモータ10rの出力(以下、「リアモータ出力Prm」とも称する)が双方とも車速Vの変化に対して略一定となる領域内の車速Vの値に設定される。
【0064】
特に、本実施形態では、
図4に示すように、第2前輪変速上限車速V
f_lim2は、破線で示すフロント最大駆動力DF
fmが車速Vの増加に伴い二次的に減少し始める車速Vに設定される。
【0065】
以下では、駆動モータ10の特性に応じて車速Vの変化に対してモータ出力Pmが略一定となる領域(以下、単に「モータ出力一定領域」とも称する)、及び車速Vの変化に対してモータトルクTmが略一定となる領域(以下、単に「モータトルク一定領域」とも称する)の詳細について説明する。
【0066】
図5(A)は駆動モータ10におけるモータ回転数N
mとモータトルクT
mの関係を表すグラフであり、
図5(B)は駆動モータ10におけるモータ回転数N
mとモータ出力P
m(≒モータトルクT
m×モータ回転数N
m)の関係を表すグラフである。
【0067】
なお、本実施形態においては、説明の簡略化のため、フロントモータ10fの特性とリアモータ10rの特性が相互に略同一であるものとして、これらを包括して駆動モータ10の特性として説明する。
【0068】
図示のように、モータ回転数N
mが第1モータ回転数N
m1以下の低回転数領域では、モータ回転数N
mの変化に対してモータトルクT
mが略一定値(トルク最大値T
m_m)をとる。したがって、この領域がモータトルク一定領域となる(
図5(A)参照)。
【0069】
また、モータ回転数N
mが第1モータ回転数N
m1から第2モータ回転数N
m2の間の中回転数領域が、モータ回転数N
mの変化に対してモータ出力P
mが略一定値(出力最大値P
m_m)をとる。したがって、この領域がモータ出力一定領域となる(
図5(B)参照)。
【0070】
なお、モータ回転数Nmが第2モータ回転数Nm2を越える領域では、当該モータ回転数Nmの変化に対してモータトルクTm及びモータ出力Pmが急激に減少する。すなわち、第2モータ回転数Nm2が駆動モータ10の実用上の性能を発揮させることのできる上限回転数に相当する。
【0071】
本実施形態では、コントローラ50は、フロントモータ10fにおける第1モータ回転数Nm1(以下、「第1フロントモータ回転数Nfm1」)にHighギア時のフロント変速比γfを乗じることで第2前輪変速上限車速Vf_lim2を定める。すなわち、本実施形態の第2前輪変速上限車速Vf_lim2は、フロントモータ回転数Nfmがフロントモータ10fのモータトルク一定領域(以下、単に「フロントモータトルク一定領域」とも称する)における最大値をとるときの車速Vとして定められる。言い換えると、フロントモータ回転数Nfmがフロントモータ10fの出力一定領域(以下、単に「フロントモータ出力一定領域」)に突入するときの車速Vとして定められる。
【0072】
図3に戻り、コントローラ50は、ステップS120の判定結果が否定的である場合(車速Vが第2前輪変速上限車速V
f_lim2未満である場合)にはステップS110の判定に戻る。一方、コントローラ50は、当該判定結果が肯定的である場合(車速Vが第2前輪変速上限車速V
f_lim2以上である場合)にはステップS140の処理に移行する。
【0073】
一方、コントローラ50は、上記ステップS110における判定(要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrm以下であるかの判定)が肯定的結果である場合に移行するステップS130において、車速Vが変速開始車速V0以上且つ第1前輪変速上限車速Vf_lim1以下であるか否かを判定する。
【0074】
ここで、変速開始車速V0は、車速Vが変速機16による前輪変速を開始するための最低限の値に達しているか否かという観点で定められる。すなわち、車両100の発進直後の車速Vが0に近い状態において前輪変速(より詳細にはフロント変速機16fのアップ変速)が実行されると、加速感が悪化するため、これを抑制する観点から適切な変速開始車速V0の値が設定される。
【0075】
また、第1前輪変速上限車速Vf_lim1は、車両100の加速感を悪化させない観点からフロント変速段ShfをLowに維持することが許容される車速Vの上限値である。
【0076】
特に、コントローラ50は、リアモータ10rにおける第1モータ回転数Nm1(以下、「第1リアモータ回転数Nrm1」)にLowギア時のリア変速比γrを乗じることで第1前輪変速上限車速Vf_lim1を定める。すなわち、本実施形態の第1前輪変速上限車速Vf_lim1は、リアモータ回転数Nrmがリアモータ10rのモータトルク一定領域(以下、単に「リアモータトルク一定領域」とも称する)における最大値をとるときの車速Vとして定められる。
【0077】
そして、コントローラ50は、ステップS130の判定結果が否定的である場合にはステップS110に戻る。一方、コントローラ50は、ステップS130の判定が肯定的である場合に、ステップS140における前輪変速を実行する。
【0078】
すなわち、本実施形態において、コントローラ50は、上記ステップS110の判定結果が否定的且つステップS120の判定結果が肯定的である場合(DFreq>DFrm且つV≧Vf_lim2の場合)、又は上記ステップS110の判定結果が肯定的且つ上記ステップS130の判定結果が肯定的である場合(DFreq≦DFrm且つV0≦V≦Vf_lim1の場合)に、前輪変速を実行することとなる。
【0079】
なお、
図4において、上記DF
req≦DF
rm且つV
0≦V≦V
f_lim1で画定される前輪変速領域A1を破線で示す。特に、
図4を参照すれば理解されるように、この前輪変速領域A1は、フロントモータ10f及びリアモータ10rが何れも最大の駆動力を発揮することのできる領域(フロントモータトルク一定領域且つリアモータトルク一定領域)である。
【0080】
特に、本実施形態のコントローラ50は、車速Vが前輪変速領域A1内の所定車速又は第2前輪変速上限車速Vf_lim2に到達すると、前輪変速を実行する。すなわち、本実施形態では、要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrm以下の場合には、前輪変速領域A1内で適宜設定される所定車速が前輪変速車速Vfsとして設定される。一方、要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrmを超える場合には、第2前輪変速上限車速Vf_lim2が前輪変速車速Vfsとして定められる。
【0081】
そして、コントローラ50は、前輪変速を開始すると、変速の進行に応じて入力軸20と出力軸32fの間の差回転数が所定範囲に収まるようにフロントモータ回転数Nfm(すなわち、フロントモータトルクTfm)を調節しつつ、ドグクラッチ26fをLowギア列22fからHighギア列24fに切り替える。一方で、コントローラ50は、ドグクラッチ26fがニュートラル状態のとき(フロント駆動輪11fの駆動力抜けが生じているとき)には、当該駆動力抜けを補填するべくリアモータトルクTrmを増大させる。
【0082】
なお、加速感の悪化を抑制する観点から、前輪変速車速Vfsを前輪変速領域A1内における最大値(すなわち、第1前輪変速上限車速Vf_lim1)、又は第2前輪変速上限車速Vf_lim2に対して、変速時間を考慮した若干低い値に設定しても良い。
【0083】
そして、コントローラ50は、ステップS140における前輪変速を完了すると、ステップS150の処理(後輪変速に係る処理)に進む。
【0084】
ステップS150において、コントローラ50は、要求駆動力DFreqがフロント最大駆動力DFfm以下であるか否かを判定する。
【0085】
そして、コントローラ50は、ステップS150の判定結果が否定的である場合(DFreq>DFfm)にはステップS160の判定に移行する。一方、コントローラ50は、ステップS150の判定結果が肯定的である場合(DFreq≦DFfmの場合)にはステップS170の判定に移行する。
【0086】
ステップS160において、コントローラ50は、車速Vが第2後輪変速上限車速Vr_lim2以上であるか否かを判定する。
【0087】
ここで、第2後輪変速上限車速Vr_lim2は、駆動モータ10の上限回転数(第2モータ回転数Nm2)に相当する車速V(モータ上限車速Vmax)から所定値β分低い値である。
【0088】
より詳細には、第2後輪変速上限車速Vr_lim2は、フロントモータ回転数Nfmが第2フロントモータ回転数Nfm2に到達するか、或いはリアモータ回転数Nrmが第2リアモータ回転数Nrm2に到達するときの車速Vの値であるモータ上限車速Vmaxから上記所定値βを減じた値に設定される。
【0089】
コントローラ50は、ステップS160の判定結果が否定的である場合(車速Vが第2後輪変速上限車速Vr_lim2未満である場合)にはステップS150の判定に戻る。一方、コントローラ50は、当該判定結果が肯定的である場合(車速Vが第2後輪変速上限車速Vr_lim2以上である場合)にはステップS180における後輪変速を実行する。
【0090】
一方、コントローラ50は、上記ステップS150における判定が肯定的結果である場合(要求駆動力DFreqがフロント最大駆動力DFfm以下である場合)に移行するステップS170において、車速Vが第1後輪変速上限車速Vr_lim1以上であるか否かを判定する。
【0091】
ここで、第1後輪変速上限車速Vr_lim1は、電費などを考慮してリア変速段ShrをLowからHighに切り替える適切な車速Vの値に設定される。
【0092】
特に、コントローラ50は、第2リアモータ回転数Nrm2にLowギア時のリア変速比γrを乗じることで第1後輪変速上限車速Vr_limlを定める。
【0093】
そして、コントローラ50は、ステップS170の判定結果が否定的である場合にはステップS150に戻る。一方、コントローラ50は、ステップS170の判定が肯定的である場合に、ステップS180における後輪変速を実行する。
【0094】
すなわち、本実施形態において、コントローラ50は、上記ステップS150の判定結果が否定的且つステップS160の判定結果が肯定的である場合(DFreq>DFfm且つV≧Vr_lim2の場合)、又は上記ステップS150の判定結果が肯定的且つ上記ステップS170の判定結果が肯定的である場合(DFreq≦DFfm且つV≧Vr_lim1の場合)に、後輪変速を実行することとなる。
【0095】
なお、
図4において、上記DF
req≦DF
rm且つV
r_lim1≦V≦V
f_lim2で画定される後輪変速領域A2を破線で示す。特に、本実施形態の後輪変速領域A2は、フロントモータ出力P
fmが車速Vの変化に対して略一定となるフロントモータ出力一定領域及びリアモータ出力P
rmが車速Vの変化に対して略一定となる領域(リアモータ出力一定領域)の共通部分として定められる。
【0096】
特に、本実施形態のコントローラ50は、車速Vが後輪変速領域A2内で定められる後輪変速車速Vrsに到達すると、後輪変速を実行する。
【0097】
具体的に、コントローラ50は、後輪変速を開始すると、変速の進行に応じて入出力軸の間の差回転数が所定範囲に収まるようにリアモータ回転数Nrm(すなわち、リアモータトルクTrm)を調節しつつ、ドグクラッチ26rをLowギア列22rからHighギア列24rに切り替える。
【0098】
一方で、コントローラ50は、ドグクラッチ26rがニュートラル状態のとき(リア駆動輪11rの駆動力抜けが生じているとき)には、当該駆動力抜けを補填するべくフロントモータトルクTfmを増大させる。
【0099】
以上説明した本実施形態のように、後輪変速車速Vrsを後輪変速領域A2内に設定することで、モータ出力Pmが大きく減少する車速V域に突入する前に後輪変速を完了させることができる。
【0100】
なお、後輪変速領域A2内において、後輪変速車速Vrsを具体的にどの値に定めるかは、電費等を考慮して適宜設定することができる。
【0101】
例えば、前輪変速が第2前輪変速上限車速Vf_lim2において実行される場合(前輪変速車速Vfsが第2前輪変速上限車速Vf_lim2である場合)において前輪変速に係る処理(回転数同期及びドグクラッチ26fの遮断・締結など)が完了すると推定される車速Vの値を後輪変速車速Vrsとして設定することができる。
【0102】
これにより、後輪変速車速Vrsが、前輪変速に係る処理中に後輪変速が開始される恐れのある程度に前輪変速車速Vfsに近い値に設定されることにより想定される事態を好適に回避することができる。より詳細には、前輪変速のプロセスが完了していない状態でドライバがアクセル操作量を減少させるなどして要求駆動力DFreqが減少するシーンにおいて、後輪変速が実行されることで、前輪変速における駆動力抜けと後輪変速における駆動力抜けが同時に発生する事態を回避することができる。
【0103】
また、上述のように、後輪変速車速Vrsが前輪変速に係る処理が完了する車速Vに設定されることで、次のような作用効果を奏する。具体的に、本実施形態の変速制御方法においては、要求駆動力DFreqが比較的高い状態で車両100が加速しており且つ車速Vが第2前輪変速上限車速Vf_lim2よりも小さいシーンにおいて、車両100の運転点が上記後輪変速領域A2内に突入する程度に要求駆動力DFreqが減少すると、上記ステップS140、ステップS150、及びステップS170のロジックにしたがい後輪変速(後輪ダウン変速)が実行されることとなる。したがって、この状態で再び要求駆動力DFreqが高くなった場合(再加速時)においては、リア変速段ShrがLowの状態のまま、再度の後輪変速を経ることなく車両100の加速にシームレスに移行することができる。これにより、車両100の再加速時に再び後輪変速が実行されることに起因する駆動力の応答レスポンスの低下を好適に抑制することができる。
【0104】
以上説明した本実施形態の変速制御方法によれば、車両100が発進して加速するシーンにおいて、車速Vが前輪変速車速Vfsに到達すると前輪変速が実行される。その後、車速Vが増加して後輪変速車速Vrsに到達すると後輪変速が実行されることとなる。したがって、要求駆動力DFreqが比較的高い低車速領域(前輪変速領域A1)における前輪変速中の駆動力抜けを、リアモータ10rによりリア駆動輪11rに与えられる駆動力で補填することができる。
【0105】
すなわち、要求駆動力DFreqが比較的高い前輪変速領域A1においては、フロント駆動輪11fの駆動力抜けを、より大きい荷重が作用するリア駆動輪11rの駆動力で補うので、フロント駆動輪11fの駆動力抜けの補填によるスリップの発生をより好適に抑制することができる。
【0106】
一方、要求駆動力DFreqが比較的低い高車速領域(後輪変速領域A2)における後輪変速中の駆動力抜けは、フロントモータ10fによりフロント駆動輪11fに与えられる駆動力で補填することができる。
【0107】
すなわち、要求駆動力DFreqが比較的低い後輪変速領域A2においては、変速中の駆動力抜けを補填するために要求される駆動力の大きさが小さくなるところ、このときに後輪変速を実行することで、後輪変速中の駆動力抜けを補填するフロント駆動輪11fに要求される駆動力が比較的小さくなる。このため、リア駆動輪11rに比べて作用する荷重が小さいフロント駆動輪11fが補填する駆動力を小さくすることができるので、リア駆動輪11rの駆動力抜けを補うことによるスリップの発生も好適に抑制することができる。
【0108】
次に、本実施形態の変速制御方法による制御結果について説明する。
【0109】
図6は、本実施形態の変速制御方法による制御結果を示すタイミングチャートである。
【0110】
図6から明らかなように、時刻t1~時刻t2の前輪変速(前輪アップ変速)を実行する車速V(前輪変速車速V
fs)は、後の時刻t3~時刻t4の後輪変速(後輪アップ変速)を実行する車速V(後輪変速車速V
rs)より小さく設定される。
【0111】
すなわち、本実施形態の変速制御方法によれば、車両100が停止状態から加速するシーンにおいて、後輪アップ変速が実行される前に、前輪アップ変速が実行される。特に、後輪アップ変速が開始される前に前輪アップ変速が完了する。
【0112】
以下、上述した本実施形態の構成による作用効果についてより詳細に説明する。
【0113】
本実施形態の変速制御方法は、前輪(フロント駆動輪11f)を駆動する前輪駆動モータ(フロントモータ10f)及び前輪側変速機(フロント変速機16f)を有する前輪駆動システムfdsと、後輪(リア駆動輪11r)を駆動する後輪駆動モータ(リアモータ10r)及び後輪側変速機(リア変速機16r)を有する後輪駆動システムrdsと、を備えた車両100において実行される。
【0114】
この変速制御方法では、前輪変速中におけるフロント駆動輪11fの駆動力抜け及び後輪変速中におけるリア駆動輪11rの駆動力抜けを、それぞれリア駆動輪11rの駆動力及びフロント駆動輪11fの駆動力で補填する。
【0115】
そして、車両100の加速時において、前輪変速を実行する車速Vとしての前輪変速車速V
fsを、後輪変速を実行する車速Vとしての後輪変速車速V
rsよりも低く設定する(
図4及び
図6参照)。
【0116】
ここで、駆動モータ10は、低回転数領域(低車速領域)において相対的にトルク(駆動力)が大きく、高回転数領域において相対的にトルクが小さい特性を有する。すなわち、低車速領域においては、要求駆動力DFreqに対してフロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmの双方がそれぞれ、モータ特性に応じて定まる上限に対して比較的余裕がある。
【0117】
このため、本実施形態の変速制御方法のように、前輪変速を行うべき前輪変速車速Vfsを相対的に低車速の領域に設定することで、前輪変速中のフロント駆動輪11fの駆動力抜けを、リアモータ10rからリア駆動輪11rに与えられる駆動力によって好適に補填することができる。
【0118】
特に、車両100の加速時においては、当該加速による慣性力の作用でフロント駆動輪11fと比べてリア駆動輪11rにより大きい荷重が作用する傾向にある。このため、リア駆動輪11rの路面に対するグリップ力がより高くなる。すなわち、要求駆動力DFreqに対してリア駆動輪11rの駆動力に比較的余裕がある。したがって、前輪変速中におけるフロント駆動輪11fの駆動力抜けを十分に補填できる程度にリア駆動輪11rから駆動力を与えたとしても、当該リア駆動輪11rの駆動力が不足するという事態が生じにくい。すなわち、前輪変速中におけるフロント駆動輪11fの駆動力抜けの補填時において、フロント駆動輪11fのスリップ及びリア駆動輪11rのスリップの双方を好適に抑制することができる。
【0119】
さらに、本実施形態の変速制御方法では、後輪変速を行うべき後輪車速を相対的に高車速の領域に設定している。すなわち、後輪変速は、要求駆動力DFreqが比較的低いシーンにおいて実行されることとなる。このため、後輪変速中に発生する駆動力抜けを補填するためにフロント駆動輪11fに要求される駆動力が比較的低くなる。
【0120】
すなわち、加速時に作用する荷重が相対的に小さいフロント駆動輪11fによる駆動力抜けの補填が、要求駆動力DFreqが比較的低いシーンで実行されることとなる。したがって、後輪変速中におけるリア駆動輪11rの駆動力抜けの補填時において、フロント駆動輪11fのスリップ及びリア駆動輪11rのスリップの双方を好適に抑制することができる。
【0121】
また、本実施形態の変速制御方法では、リアモータ10rの回転数(リアモータ回転数N
rm)の変化に対して該リアモータ10rのトルク(リアモータトルクT
rm)が一定の上限駆動力をとる後輪モータトルク一定回転数領域(リアモータトルク一定領域)から前輪変速を完了させる車速Vを定めるための第1後輪駆動モータ回転数としての第1リアモータ回転数N
rm1を設定する(
図5(A)参照)。
【0122】
そして、第1リアモータ回転数Nrm1及び後輪変速前にリア変速機16rに設定されている後輪変速比(リア変速比γr)に基づいて第1前輪変速上限車速Vf_limlを演算し、前輪変速車速Vfsを第1前輪変速上限車速Vf_liml以下に設定する(ステップS130)。
【0123】
これにより、リアモータ回転数Nrmが第1リアモータ回転数Nrm1(リアモータトルクTrmが低下し始める回転数)に到達する前段階で前輪変速が実行されることとなる。すなわち、リアモータ10rの駆動力に比較的余裕がある段階で前輪変速を実行することができるので、前輪変速の際の駆動力抜けをより確実に補填することができるとともに、この駆動力抜けの補填の際におけるリア駆動輪11rの駆動力不足の発生も抑制される。
【0124】
さらに、本実施形態の変速制御方法では、車両100に対する要求駆動力DFreqがリアモータ10rの上限駆動力であるリア最大駆動力DFrm以下である場合には、前輪変速車速Vfsを第1前輪変速上限車速Vf_liml以下に設定する(ステップS110のYes及びステップS130)。
【0125】
一方、要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrmを超える場合には、フロントモータ回転数Nfmの変化に対してフロントモータ出力が一定となる前輪モータ出力一定回転数領域(フロントモータ出力一定領域)から前輪変速を完了させる車速Vを定めるための第1前輪駆動モータ回転数である第1フロントモータ回転数Nfm1を設定する。そして、第1フロントモータ回転数Nfm1及び前輪変速後にフロント変速機16fに設定されている前輪変速比(フロント変速比γf)に基づいて第2前輪変速上限車速Vf_lim2を演算し、前輪変速車速Vfsを第2前輪変速上限車速Vf_lim2以下に設定する(ステップS110のNo及びステップS120)。
【0126】
これにより、要求駆動力DFreqがリアモータ10r単体による駆動力の上限を超えるか否かに応じて前輪変速の実行タイミングがより好適に調節される。特に、要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrmを超える場合には、前輪変速のタイミングを後輪変速の開始までの間においてできるだけ遅らせることで、フロント変速機16fをLowに維持する時間を長くすることができる。すなわち、前輪変速を実行した後に後輪変速を実行するという前提としつつも、高い要求駆動力DFreqをより確実に満たすことができる。
【0127】
特に、本実施形態では、要求駆動力DF
reqがリア最大駆動力DFrmを超える場合の前輪変速車速V
fsを第2前輪変速上限車速V
f_lim2に設定している。これにより、車速Vが、フロントモータ出力一定領域に突入するタイミング(フロントモータ10fの回転数が第2フロントモータ回転数N
fm2となるタイミング)に合わせて前輪変速が実行されることとなる。すなわち、フロント変速段Sh
fがLowである場合のフロント最大駆動力DF
fm(
図4の一点二鎖線参照)と、フロント変速段Sh
fがHighである場合のフロント最大駆動力DF
fm(
図4の破線参照)と、が滑らかに連続する車速Vにおいて前輪変速が実行されるので、当該変速前後におけるトルク段差の発生を好適に抑制することができる。
【0128】
さらに、本実施形態の変速制御方法では、リアモータ回転数Nrmの変化に対して出力(リアモータ出力Prm)が一定となる後輪モータ出力一定回転数領域(リアモータ出力一定領域)から後輪変速を完了させる車速Vを定めるための第2後輪駆動モータ回転数(第2リアモータ回転数Nrm2)を設定する。そして、第2リアモータ回転数Nrm2及び後輪変速前にリア変速機16rに設定されている後輪変速比(リア変速比γr)に基づいて第1後輪変速上限車速r_limlを演算し、後輪変速車速Vrsを第1後輪変速上限車速Vr_liml以上に設定する(ステップS160)。
【0129】
これにより、より確実に前輪変速が完了したタイミング以降に後輪変速を実行することができる。すなわち、フロントモータ10fからフロント駆動輪11fへの動力伝達が確保されているタイミングにおいて、後輪変速を実行することができる。したがって、フロント駆動輪11fの駆動力を用いた後輪変速中のリア駆動輪11rの駆動力抜けの補填を、より安定して実行することができる。
【0130】
特に、本実施形態では、車両100に対する要求駆動力DFreqがフロントモータ10fの上限駆動力であるフロント最大駆動力DFfm以下である場合には、後輪変速車速Vrsを第1後輪変速上限車速r_liml以上に設定する(ステップS150のYes及びステップS170のYes)。一方、要求駆動力DFreqがフロント最大駆動力DFfmを超える場合には、後輪変速車速Vrsを、フロントモータ10f及びリアモータ10rの少なくとも何れか一方の出力上限となる車速V(モータ上限車速Vmax)よりも低い第2後輪変速上限車速Vr_lim2以下に設定する(ステップS150のNo及びステップS170)。
【0131】
これにより、前輪変速の後に実行される後輪変速を、駆動モータ10の出力上限に到達する前により確実に実行することができる。
【0132】
さらに、本実施形態では、上記変速制御方法を実行するための変速制御システムSが提供される。
【0133】
この変速制御システムSは、車両100の前輪(フロント駆動輪11f)を駆動する前輪駆動モータ(フロントモータ10f)及び前輪側変速機(フロント変速機16f)を有する前輪駆動システムfdsと、車両100の後輪(リア駆動輪11r)を駆動する後輪駆動モータ(リアモータ10r)及び後輪側変速機(リア変速機16r)を有する後輪駆動システムrdsと、フロント変速機16fによる変速である前輪変速及びリア変速機16rによる変速である後輪変速を実行する変速制御装置としてのコントローラ50と、を有する。
【0134】
そして、コントローラ50は、前輪変速中におけるフロント駆動輪11fの駆動力抜け及び後輪変速中におけるリア駆動輪11rの駆動力抜けを、それぞれリア駆動輪11rの駆動力及びフロント駆動輪11fの駆動力で補填する駆動力抜け補填部と、車両100の加速時において、前輪変速を実行する車速Vとしての前輪変速車速Vfsを、後輪変速を実行する車速Vとしての後輪変速車速Vrsよりも低く設定する変速車速設定部として機能する。
【0135】
これにより、上記変速制御方法を実行するために好適なシステム構成が実現されることとなる。
【0136】
[第2実施形態]
以下、第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0137】
図7は、本実施形態において、車速V及び要求駆動力DF
reqと設定される変速段Shの関係を説明する変速マップである。
【0138】
特に、本実施形態では、コントローラ50は、
図3のステップS130の判断が肯定的である場合、すなわち、要求駆動力DF
reqがリア最大駆動力DF
rm以下であって、車速Vが変速開始車速V
0以上且つ第1前輪変速上限車速V
f_lim1以下である場合に、車速Vが所定の変速線Cを跨いだか否かを判定する。すなわち、前輪変速車速V
fsを前輪変速領域A1内の変速線C上に設定する。
【0139】
特に、変速線Cは、車両100の走行におけるエネルギー効率(電費)及び変速による加速感などを考慮して、実験等により予め定められる。すなわち、本実施形態では、特に、要求駆動力DFreqがリア最大駆動力DFrm以下の領域において前輪変速車速Vfsが変速線Cとして設定される。
【0140】
上述した本実施形態の構成による作用効果についてより詳細に説明する。
【0141】
本実施形態の変速制御方法では、前輪変速車速Vfsを、第1前輪変速上限車速Vf_liml以下の車速領域における所定の変速線Cに基づいて定める。
【0142】
これにより、リアモータトルクTrmが低下し始める前のリアモータ10rの駆動力に比較的余裕があるときに実行する前輪変速において、さらに、エネルギー消費効率の改善及び変速ショックの抑制の観点から前輪変速車速Vfsを好適に定めることができる。
【0143】
[第3実施形態]
以下、第3実施形態について説明する。なお、第1実施形態及び第2実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、必要に応じてその説明を省略する。
【0144】
(第3実施形態の車両構成)
本実施形態の車両100の構成は、
図1に示す第1実施形態の構成と同様である。
【0145】
(第3実施形態の制御構成)
以下、前輪駆動システムfdsの各要素と後輪駆動システムrdsの各要素において、共通する事項に関しては、適宜、「駆動システムds」などのフロントであることを示す「f」及びリアであることを示す「r」などの文字を省いた符号を用いて包括的に説明する。
【0146】
図8は、車両100の制御系を説明するためのブロック図である。図示のように、車両100の制御系は、シフトアクチェータとして機能するドグクラッチ26及びモータアクチェータとして機能するインバータ14を制御するコントローラ50を有する。
【0147】
コントローラ50は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたコンピュータ、特にマイクロコンピュータで構成される。コントローラ50は、以下で説明する変速制御及びモータ制御における各処理を実行できるようにプログラムされている。
【0148】
コントローラ50は、入力情報としてのアクセル開度α及び車速Vを取得する。そして、コントローラ50は、アクセル開度α及び車速Vに基づいて変速機16の変速段Sh(フロント変速段Shf及びリア変速段Shr)、並びに駆動モータ10のモータトルクTm(フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrm)を定める。
【0149】
特に、コントローラ50は、アクセル開度センサ60の検出値をアクセル開度α(要求駆動力DFreq)として取得する。また、コントローラ50は、図示しない回転数センサなどにより取得した駆動モータ10のモータ回転数Nm(入力軸20の回転速度に相当)を算出し、このモータ回転数Nmに現在の変速比γ及びタイヤ動半径Rを考慮した所定の車速算出ゲインKv(=2πR/γ)を乗じることで車速Vを演算する。なお、コントローラ50が車速Vを演算する態様に代えて、車速センサを設けて、その検出値を車速Vとして取得しても良い。
【0150】
また、車速Vを演算するためのモータ回転数Nmとしては、フロントモータ10fの回転数であるフロントモータ回転数Nfmとリアモータ10rの回転数であるリアモータ回転数Nrmの何れを用いても良いが、車両100の仕様及び走行シーンに応じて、スリップ(空転)がより発生し難い側の駆動輪11を駆動させる駆動モータ10のモータ回転数Nmを用いることが好ましい。
【0151】
さらに、コントローラ50は、車両100の外部に設置される外部サーバから、車両100の走行路面に関する外部情報を取得する。
【0152】
(変速制御)
コントローラ50は、アクセル開度α(要求駆動力DFreq)及び車速Vに基づき、所定の変速マップに基づいて変速段Sh(フロント変速段Shf及びリア変速段Shr)を定める。そして、コントローラ50は、定められた変速段Shを実現するようにドグクラッチ26を操作する。
【0153】
(モータ制御)
コントローラ50は、アクセル開度α及び上記変速段Shに基づいて車両100に要求される総駆動力、すなわち駆動源としてのフロントモータ10f及びリアモータ10rの双方に要求されるトルクの合計である総モータトルクTfrmを定める。
【0154】
また、コントローラ50は、上記総モータトルクTfrmから、フロント駆動輪11f及びリア駆動輪11rのスリップを抑制するなどの観点から適宜定められる前後駆動力配分ゲインを用いて、フロントモータトルク基本値及びリアモータトルク基本値を演算する。
【0155】
さらに、コントローラ50は、フロントモータトルク基本値に対して、リア変速機16rが変速中であるか否か(後輪変速中であるか否か)に基づいてフロントモータトルク基本値を補正し、フロントモータトルクTfmを定める。
【0156】
また、コントローラ50は、リアモータトルク基本値に対して、フロント変速機16fが変速中であるか否か(前輪変速中であるか否か)に基づいてリアモータトルク基本値を補正して、リアモータトルクTrmを定める。
【0157】
特に、コントローラ50は、アクセル開度α又は車速Vが予め定められたフロント変速閾値を跨いだ場合にフロント変速段ShfをLowからHigh又はHighからLowに切り替える。なお、このとき、コントローラ50は、ドグクラッチ26fを変速先のギアにスムーズに締結するために、入力軸20fと出力軸32fの差回転数が変速先のフロント変速比γfに応じた所定回転数内となるようにフロントモータトルク基本値を補正する。
【0158】
同様に、コントローラ50は、リア変速段ShrをLowからHigh又はHighからLowに切り替える際には、入力軸20rと出力軸32rの差回転数が変速先のリア変速比γrに応じた所定回転数内となるようにリアモータトルク基本値を補正する。
【0159】
さらに、コントローラ50は、後輪変速中には、リア駆動輪11rの駆動力抜けを補填する駆動力補填処理を実行する。一方、コントローラ50は、前輪変速中には、フロント駆動輪11fの駆動力抜けを補填する駆動力補填処理を実行する。
【0160】
ここで、本実施形態における駆動力補填処理とは、一方のドグクラッチ26(26f又は26r)の動作に伴い、一方の駆動モータ10(フロントモータ10f又はリアモータ10r)から一方の駆動輪11(フロント駆動輪11f又はリア駆動輪11r)の駆動力伝達の少なくとも一部が遮断される状態において発生する当該一方の駆動輪11の駆動力不足(駆動力抜け)を、他方の駆動モータ10(リアモータ10r又はフロントモータ10f)の駆動力により補填する処理を意味する。
【0161】
特に、コントローラ50は、上記一方のドグクラッチ26をニュートラル状態に移行すべく変速前のギアとの締結を解除する準備フェーズ、ニュートラル状態となっているイナーシャフェーズ、及び変速後のギアと締結する処理を行うフェーズの過程において、駆動力補填処理を実行する。
【0162】
より詳細には、コントローラ50は、後輪変速中の上記駆動力補填処理において、リア駆動輪11rの駆動力抜けを補填するように、上記フロントモータトルク基本値を増加側に補正してフロントモータトルクTfmを定める。すなわち、フロントモータトルクTfmの増加補正分が後輪変速中の補填駆動力となる。特に、本実施形態のコントローラ50は、リア駆動輪11rの駆動力抜けを補填する駆動力補填処理時おいて、上記外部情報などに基づいて後述する補填駆動力の制限を行う。
【0163】
一方、コントローラ50は、前輪変速中の上記駆動力補填処理において、フロント駆動輪11fの駆動力抜けを補填するように、上記リアモータトルク基本値を増加側に補正してリアモータトルクTrmを定める。すなわち、リアモータトルクTrmの増加補正分が前輪変速中の補填駆動力となる。特に、本実施形態のコントローラ50は、フロント駆動輪11fの駆動力抜けを補填する駆動力補填処理時おいて、上記外部情報などに基づいて後述する補填駆動力の制限を行う。
【0164】
そして、モータコントローラ52は、フロントモータ10f及びリアモータ10rのそれぞれの実トルクが、定めたフロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmになるように、フロントインバータ14f及びリアインバータ14rに対するスイッチング操作を実行する。
【0165】
なお、以下では、便宜上、本実施形態の変速制御方法における各処理をリア駆動輪11rによる駆動力の補填が行われる前輪変速に適用することを想定して説明する。しかしながら、フロント駆動輪11fによる駆動力の補填が行われる後輪変速にも同様に適用可能である。
【0166】
図9は、第3実施形態の変速制御方法を説明するフローチャートである。なお、本実施形態において、コントローラ50は、
図9に示すルーチンを所定の演算周期で繰り返し実行する。
【0167】
図9に示す各処理を実行する前提として、コントローラ50は、前輪変速時におけるリア駆動輪11rの補填駆動力の上限値としての基本上限補填駆動力を設定する。また、以下の説明において、補填駆動力とは、前輪変速中のフロント駆動輪11fの駆動力抜けの補填分を含めて設定されたリア駆動輪11rの駆動力から、本来の前後駆動力配分ゲインに応じて定まるリア駆動輪11rに対する要求駆動力分を差し引いた駆動力を意味する。
【0168】
また、本実施形態において、基本上限補填駆動力は、車両に対する要求駆動力(要求駆動力DFreq)と、上記補填駆動力を含むリア駆動輪11rの駆動力と、の差を最小とする観点から定まる駆動力として定められる。すなわち、基本上限補填駆動力は、車両に対する要求駆動力をリア駆動輪11rの駆動力で全て補填する観点から定まる補填駆動力の値である。
【0169】
また、車両に対する要求駆動力とは、一方の駆動輪における駆動力と他方の駆動輪における駆動力を合算した値(変速前の総モータトルクTfrmに相当)を意味する。すなわち、基本上限補填駆動力は、車両100の走行挙動を好適に維持する観点から、静止摩擦μが比較的大きい平坦路を直進している際の変速中において、リア駆動輪11rの路面に対するスリップが生じないように設定される補填駆動力の基本的な上限値である。
【0170】
先ず、
図9に示すステップS200において、コントローラ50は、外部情報に基づいて車両100が走行する路面が滑りやすい路面であるか否かを判定する。
【0171】
具体的に、コントローラ50は、車両100の走行路面が滑りやすいか否かを特定できる情報を少なくとも含む外部情報を、車両100に搭載される図示しない通信機能(いわゆるコネクテッド機能)を介して外部サーバから取得する。
【0172】
そして、コントローラ50は、取得した路面情報から、車両100の走行路面が滑りやすいか否かを特定する情報を抽出し、当該情報に基づいて路面が滑りやすいか否かを判断する。
【0173】
例えば、コントローラ50は、路面が低μ路又は登坂路である場合には滑りやすいと判断する一方で、そうでない場合には滑りやすくないと判断する。なお、本ステップS200において、滑りやすい路面であるか否かを分ける基準(閾値)は、路面が上記駆動力補填処理において現実的に車両100のスリップが生じる可能性があるか否かという観点から予め実験等により定めることができる。
【0174】
そして、コントローラ50は、車両100の走行する路面が滑りやすい路面ではないと判断すると、補填駆動力の上限を上記基本上限補填駆動力に維持する(ステップS210)。
【0175】
一方、コントローラ50は、上記ステップS200において車両100の走行する路面が滑りやすい路面であると判断すると、ステップS220の処理を実行する。
【0176】
ステップS220において、コントローラ50は、補填駆動力の上限として、外部情報制限駆動力を設定する。
【0177】
ここで、外部情報制限駆動力は、車両100の走行環境(雨や雪等の天候など)及び走行路面の状態(低μ路であるか否か、又は統計的にスリップが生じ易い路面か否かなど)に応じた補正量により基本上限補填駆動力を補正して得られる値である。
【0178】
すなわち、車両100が滑りやすい路面を走行する場合には、補填駆動力の上限を通常の路面と同じに設定すると、リア駆動輪11rの駆動力が路面とのグリップを維持するために必要な値を下回る可能性(タイヤ摩擦円を超える可能性)がある。そのため、本実施形態では、車両100の走行する路面が滑りやすい路面であると判断すると、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力よりも小さい外部情報制限駆動力に変更する。
【0179】
特に、コントローラ50は、車両100の走行時(特に変速時)においてリア駆動輪11rのスリップの発生し易さの度合が大きいほど、外部情報制限駆動力を小さく設定する。
【0180】
これにより、変速の前段階において、変速時のリア駆動輪11rのスリップが発生し易いか否かを予測して、当該スリップの発生をより好適に抑制するように変速時の補填駆動力の上限を調節することができる。
【0181】
次に、ステップS230において、コントローラ50は、第1変速前スリップ検知処理を実行して、スリップ検知があるか否かを判定する。なお、この第1変速前スリップ検知処理は、変速を行う前に、変速中にスリップの発生を予測する趣旨で実行するものである。第1変速前スリップ検知処理の詳細について説明する。
【0182】
(第1変速前スリップ検知処理)
コントローラ50は、前輪変速中と同様の処理を実行して、車両100のスリップが発生するか否かを検知する第1変速前スリップ検知処理を実行する。
【0183】
すなわち、第1変速前スリップ検知処理は、補填駆動力の上限が当該処理前に設定された基本上限補填駆動力又は外部情報制限駆動力となる前提において、前輪変速中と同様のフロント駆動輪11fの駆動力抜けが生じる状態を擬似的に作り出し、この状態において車両100のスリップが発生するか否かを判断する処理である。なお、フロント駆動輪11fの駆動力抜け状態が長時間に亘る状態を避ける観点から、第1変速前スリップ検知処理の継続時間を変速中の駆動力補填処理のそれよりも短くすることが好ましい。
【0184】
そして、コントローラ50は、リアモータトルクTrmが基本上限補填駆動力に近づいて増加する過程において車両100のスリップが発生するか否かを判定する。
【0185】
具体的に、コントローラ50は、フロント駆動輪11fの回転数とリア駆動輪11rの回転数の間の(タイヤ差回転数)、当該タイヤ差回転数の時間変化、GPSなどの外部情報に基づいて観測される車両100の速度と検出される車速Vの差、ABS作動時のブレーキ力、操舵装置(ステアリング)の切り角と横Gの関係などのスリップ判定パラメータが所定の閾値を越えるかに基づいて車両100のスリップが発生しているか否かを判断する。
【0186】
さらに、コントローラ50は、車両100のスリップが発生していると判断した場合に、そのときのリア駆動輪11rの駆動力を第1スリップ限界駆動力として記録する。
【0187】
そして、コントローラ50は、上記第1変速前スリップ検知処理においてスリップを検知しなかった場合には、補填駆動力の上限をそのまま維持する(ステップS240)。一方、コントローラ50は、上記第1変速前スリップ検知処理においてスリップを検知した場合には、ステップS250の処理に移行する。
【0188】
ステップS250において、コントローラ50は、上記第1スリップ限界駆動力を補填駆動力の上限として設定する。これにより、後の前輪変速中における車両100のスリップの発生がより好適に特定される。特に、路面情報に基づいて補填駆動力の上限を外部情報制限駆動力に制限した場合(ステップS210)であってもなお、前輪変速中のスリップが発生し得る状況において、当該スリップの発生をより確実に抑制することができる。
【0189】
ステップS260において、コントローラ50は前輪変速を開始する。具体的にコントローラ50は、前輪変速を開始すると、変速の進行に応じて入力軸20と出力軸32fの間の差回転数が所定範囲に収まるようにフロントモータ回転数Nfm(すなわち、フロントモータトルクTfm)を調節しつつ、ドグクラッチ26fをLowギア列22fからHighギア列24fに切り替える。そして、コントローラ50は、フロント駆動輪11fの駆動力抜けが生じているときには、当該駆動力抜けを補填するべくリアモータトルクTrmを増大させる。すなわち、このリアモータトルクTrmの増大分が補填駆動力に相当する。
【0190】
ステップS270において、コントローラ50は、変速中スリップ検知処理を実行して、スリップ検知があるか否かを判定する。具体的に、コントローラ50は、上記第1変速前スリップ検知処理におけるスリップの判定と同様の観点で、車両100のスリップが発生しているか否かを判定する。
【0191】
さらに、コントローラ50は、変速中スリップ検知処理により車両100のスリップを検知した場合に、そのときのリア駆動輪11rの駆動力を第2スリップ限界駆動力として記録する。
【0192】
そして、コントローラ50は、変速中スリップ検知処理においてスリップを検知しなかった場合には、補填駆動力の上限をそのまま維持する(ステップS280)。一方、コントローラ50は、変速中スリップ検知処理においてスリップを検知した場合には、ステップS290の処理に移行する。
【0193】
ステップS290において、コントローラ50は、上記第2スリップ限界駆動力を補填駆動力の上限として設定する。これにより、前輪変速中における車両100のスリップの発生がより好適に特定される。特に、第1変速前スリップ検知処理に基づく制限を経てもなお、前輪変速中にスリップが発生した場合に、補填駆動力の上限を第2スリップ限界駆動力に設定することで、変速中においてできるだけ補填駆動力を制限しない状態として駆動力抜けを抑制する効果を発揮させつつ、当該前輪変速中のスリップを好適に抑制することができる。
【0194】
次に、本実施形態の変速制御方法による制御結果について説明する。
【0195】
図10は、本実施形態の変速制御方法による制御結果の一例を説明するタイミングチャートである。
【0196】
図10に示す例では、予め、補填駆動力の上限として基本上限補填駆動力が設定されている。そして、時刻t1において、路面情報に基づく判定に基づいて走行路面が滑りやすい路面であると判断され、補填駆動力の上限が外部情報制限駆動力に変更される(
図9のステップS200のYes及びステップS220)。
【0197】
次に、時刻t2~時刻t3において、第1変速前スリップ検知処理が実行される。そして、第1変速前スリップ検知処理においてスリップが検知されて、補填駆動力の上限が当該検知時の補填駆動力である第1スリップ限界駆動力に変更される(
図9のステップS230のYes及びステップS250)。
【0198】
次に、時刻t4~時刻t5において、変速が実行される。そして、時刻t4における変速の開始と略同一タイミングで、駆動力補填処理及び変速中スリップ検知処理が開始される。そして、変速中スリップ検知処理においてスリップが検知されて、補填駆動力の上限が当該検知時の補填駆動力である第2スリップ限界駆動力に変更される(
図9のステップS230のYes及びステップS250)。
【0199】
以下、上述した本実施形態の構成による作用効果についてより詳細に説明する。
【0200】
本実施形態の変速制御方法は、前輪(フロント駆動輪11f)を駆動する前輪駆動モータ(フロントモータ10f)を有する前輪駆動システムfdsと、後輪(リア駆動輪11r)を駆動する後輪駆動モータ(リアモータ10r)を有する後輪駆動システムrdsと、を備え、前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsにそれぞれフロント変速機16f及びリア変速機16rが設けられた車両100において実行される。
【0201】
この変速制御方法では、フロント変速機16fが設けられる一方の駆動輪であるフロント駆動輪11fにおける駆動力抜けを、他方の駆動輪であるリア駆動輪11rからの補填駆動力により補填する駆動力補填処理を、フロント変速機16fにおける変速中(前輪変速中)に実行する。
【0202】
そして、補填駆動力の上限の基本値として、駆動力補填処理中の車両100に対する要求駆動力(要求駆動力DF
req)とリア駆動輪11rの駆動力との差を最小とする観点から定まる基本上限補填駆動力を設定する(
図9のステップS200のYes及びステップS210)。さらに、変速中にリア駆動輪11rのスリップが検出されるか(ステップS270のYes)又は変速前にスリップの発生が予測される場合(ステップS230のYes)に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力から該基本上限補填駆動力よりも小さい制限上限補填駆動力(第1スリップ限界駆動力又は第2スリップ限界駆動力)に変更する(ステップS250又はステップS290)。また、制限上限補填駆動力は、リア駆動輪11rのスリップが検出又は予測されたときの補填駆動力(第1スリップ限界駆動力又は第2スリップ限界駆動力)として定められる(
図10参照)。
【0203】
これにより、前輪中に駆動力補填処理を実行することでリア駆動輪11rからの補填駆動力がフロント駆動輪11fに供給されても、リア駆動輪11rのスリップが発生することを好適に抑制することができる。したがって、変速中のスリップの発生によって車両100の乗員に違和感を与えるという事態を抑制することができる。
【0204】
また、本実施形態の変速制御方法では、車両100の走行路面が滑りやすいか否かに関する情報を少なくとも含む外部情報を取得し(ステップS200)、外部情報に基づいて走行路面が滑りやすいと判断した場合(ステップS200のYes)に、制限上限補填駆動力として外部情報制限駆動力を設定する(ステップS220)。
【0205】
これにより、変速前の段階で変速中にスリップの蓋然性を高め得る情報を外部から取得し、これに基づいて基本上限補填駆動力に代えてより小さい値の外部情報制限駆動力に設定するので、後の変速中のスリップの発生をより好適に抑制することができる。
【0206】
特に、本実施形態の変速制御方法では、走行路面の滑りやすさの度合が大きいほど、外部情報制限駆動力を小さくする。
【0207】
これにより、後の変速中のスリップ発生の蓋然性の程度に応じて外部情報制限駆動力が決まるため、変速中においてスリップの発生を抑制し得る観点からより好適に補填駆動力を制限することができる。
【0208】
さらに、本実施形態の変速制御方法では、変速の前に、変速中における駆動力抜けを擬似的に発生させて駆動力補填処理を行いつつ、リア駆動輪11rのスリップが発生するか否かを検知する第1変速前スリップ検知処理を実行し(ステップS230)、第1変速前スリップ検知処理によりリア駆動輪11rのスリップが検知されると(ステップS230のYes)、当該検知時における補填駆動力を第1スリップ限界駆動力として抽出し、制限上限補填駆動力を第1スリップ限界駆動力に定める(ステップS250)。
【0209】
これにより、変速の前に、変速中と同様の状態で第1変速前スリップ検知処理を実行してスリップが検知されたときの第1スリップ限界駆動力によって補填駆動力の上限が制限される。このため、後の変速時においてできるだけ補填駆動力を制限しない状態として駆動力抜けを抑制する効果を発揮させつつ、リア駆動輪11rのスリップの発生をより確実に抑制することができる。
【0210】
さらに、本実施形態では、上記変速制御方法を実行するための変速制御システムSが提供される。
【0211】
この変速制御システムSは、前輪(フロント駆動輪11f)を駆動する前輪駆動モータ(フロントモータ10f)を有する前輪駆動システムfdsと、後輪(リア駆動輪11r)を駆動する後輪駆動モータ(リアモータ10r)を有する後輪駆動システムrdsと、前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsにそれぞれ設けられたフロント変速機16f及びリア変速機16rによる変速を実行する変速制御装置としてのコントローラ50と、を有する。
【0212】
そして、コントローラ50は、フロント変速機16fが設けられる一方の駆動輪であるフロント駆動輪11fにおける変速中(前輪変速中)の駆動力抜けを、他方の駆動輪であるリア駆動輪11rからの補填駆動力により補填する駆動力補填処理を実行する駆動力補填処理部と、補填駆動力の上限の基本値として、駆動力補填処理中の車両100に対する要求駆動力と駆動力補填処理中のリア駆動輪11rの駆動力との差を最小とする観点から定まる基本上限補填駆動力を設定する基本上限補填駆動力設定部(
図9のステップS200のYes及びステップS210)と、変速中にリア駆動輪11rのスリップが検出されるか(ステップS270のYes)又は変速前にスリップの発生が予測される場合(ステップS230のYes)に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力から制限上限補填駆動力(第1スリップ限界駆動力又は第2スリップ限界駆動力)に変更する上限変更部(ステップS250又はステップS290)と、制限上限補填駆動力を、リア駆動輪11rのスリップが検出又は予測されたときの補填駆動力として定める制限上限設定部(
図10参照)として機能する。
【0213】
これにより、上記変速制御方法を実行するために好適なシステム構成が実現されることとなる。
【0214】
なお、上記実施形態では、コントローラ50が、車両100の走行路面が滑りやすいか否かに関する情報を含む外部情報を取得し、当該外部情報から走行路面の滑りやすさの度合を定め、それに応じて外部情報制限駆動力を設定する例を説明した。しかしながら、これに代えて、コントローラ50が、走行路面の滑りやすさの度合に応じて設定すべき外部情報制限駆動力も含む外部情報を取得し、この外部情報から当該外部情報制限駆動力を抽出して設定する態様を採用しても良い。
【0215】
[第4実施形態]
以下、第4実施形態について説明する。なお、第3実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、補填駆動力の上限を第3実施形態で説明した制限上限補填駆動力(すなわち、外部情報制限駆動力、第1スリップ限界駆動力、又は第2スリップ限界駆動力)に設定した場合(
図9のステップS250又はステップS290)に、駆動力補填処理中の実際のリア駆動輪11rの補填駆動力(すなわち、実補填駆動力)を制限上限補填駆動力に近づける速度(実補填駆動力の変化率)を調節する一例を示す。
【0216】
図11は、本実施形態の変速制御方法を説明するためのタイミングチャートである。なお、
図11においては、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定した場合における実補填駆動力の変化を実線グラフで示し、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に設定した場合の実補填駆動力の変化を基本上限補填駆動力に設定した場合における実補填駆動力の変化を破線グラフで示す。
【0217】
特に、本実施形態のコントローラ50は、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定した場合には、これを基本上限補填駆動力に設定した場合と比べ、変速中の実補填駆動力の変化率を小さくするように制御する。
【0218】
なお、本実施形態において、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定した場合の実補填駆動力の変化率とは、
図11の実線グラフにおける時刻t4~時刻t4´(準備フェーズ)における傾き及び時刻t5´~時刻t5(完了フェーズ)における傾きを意味する。一方で、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に設定した場合の実補填駆動力の変化率とは、
図11の破線グラフにおける時刻t4~時刻t4´(準備フェーズ)における傾き及び時刻t5´~時刻t5(完了フェーズ)における傾きを意味する。
【0219】
より詳細には、本実施形態のコントローラ50は、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定した場合に、上述した変速中の実補填駆動力の変化率を相対的に小さくするように、フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmを設定する。
【0220】
すなわち、本実施形態の変速制御方法では、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定した場合に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に設定した場合と比べて変速中における補填駆動力の変化率を小さくする。
【0221】
これにより、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定したことに起因して車両100の乗員に感じさせる恐れのある変速ショックを抑制することができる。すなわち、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定したことで、駆動力補填処理中の実補填駆動力が本来設定されるべき上限(基本上限補填駆動力)まで増加せずに制限上限補填駆動力においてカットされることにより乗員が感じるショックを緩和することができる。
【0222】
[第5実施形態]
以下、第5実施形態について説明する。なお、第3実施形態又は第4実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、車両100の走行路面が直線路面である場合に、当該走行路面が滑りやすいか否かの判定の結果に応じて、駆動力補填処理の実行時間を変える例を説明する。
【0223】
図12は、本実施形態の変速制御方法を説明するためのタイミングチャートである。
【0224】
図12に示すように、本実施形態のコントローラ50は、車両100の直線路面の走行時の変速中において、車両100の走行路面が滑りやすいと判断した場合(すなわち、外部情報制限駆動力、第1スリップ限界駆動力、又は第2スリップ限界駆動力が設定された場合)の駆動力補填処理の実行時間Δt1を、車両100の走行路面が滑りやすくないと判断した場合(基本上限補填駆動力が設定される場合)の駆動力補填処理の実行時間Δt2よりも長く設定する。
【0225】
具体的に、コントローラ50は、車両100が滑りやすい直線路面を走行する場合の駆動力補填処理中の実補填駆動力の変化率を車両100が滑りやすくない直線路面を走行する場合におけるそれよりも小さくするように制御することで、実行時間Δt1を実行時間Δt2より長くする。
【0226】
なお、コントローラ50は、例えば、フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmを適宜補正することで、上記駆動力補填処理中の実補填駆動力の変化率の調節を実現することができる。
【0227】
すなわち、本実施形態の変速制御方法では、車両100の直線路面の走行時の変速中において、補填駆動力の上限が制限上限補填駆動力に設定されている場合(
図9のステップS230及びステップS270の少なくとも一方の判定がYesの場合)の駆動力補填処理の実行時間Δt1を、基本上限補填駆動力が設定される場合(
図9のステップS200、ステップS230、及びステップS27が何れもNoの場合)の駆動力補填処理の実行時間Δt2よりも長くする。
【0228】
これにより、車両100が滑りやすい直線路面を走行する場合であって補填駆動力の上限が制限上限補填駆動力に設定された場合には、車両100が滑りやすくない直線路面を走行する場合と比べて実補填駆動力の変化率を小さくすることができる。これにより、変速時において駆動力の急変化に起因して車両100の乗員が感じる違和感を抑制することができる。すなわち、車両100の乗員に感じさせる恐れのある変速ショックを抑制することができる。したがって、車両100が滑りやすい路面を走行するシーンにおいても、変速ショックが好適に抑制された変速制御を実現することができる。なお、車両100の走行路面が滑りやすくないと判断した場合には、補填駆動力の上限が基本上限補填駆動力に設定されるか、たとえ第1スリップ限界駆動力又は第2スリップ限界駆動力に設定されたとしても当該制限上限補填駆動力が比較的、基本上限補填駆動力に近い値となることが想定される。すなわち、車両100の走行路面が滑りやすくないと判断された場合には、補填駆動力の上限が制限されることに起因した変速中の車両100の駆動力に対する制限が小さくなり、変速前後における車両100の駆動力変化が小さくなる。このため、補填駆動力の変化率が比較的大きい場合であっても、車両100の乗員が感じる変速ショックが比較的小さくなる。そのため、車両100の走行路面が滑りやすくないと判断した場合には、補填駆動力の変化率を維持することで、車両100の乗員に与える変速ショックを抑制しながら変速時間の短縮も図ることができる。
【0229】
[第6実施形態]
以下、第6実施形態について説明する。なお、第3実施形態~第5実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、車両100の旋回時において、補填駆動力の上限が基本上限補填駆動力に設定されているか、制限上限補填駆動力に設定されているかに応じて、駆動力補填処理の実行時間を変える例を説明する。
【0230】
図13は、本実施形態の変速制御方法を説明するためのタイミングチャートである。
【0231】
先ず、本実施形態のコントローラ50は、車両100の操舵装置(ステアリング)の切り角などの入力情報に基づいて、車両100が旋回中である否かを判定し、旋回中であると判断したことを前提に以下で説明する制御を実行する。
【0232】
図13に示すように、車両100の旋回時であって補填駆動力の上限が制限上限補填駆動力に設定に設定されている場合の駆動力補填処理の実行時間Δt3を、非旋回時であって基本上限補填駆動力が設定される場合(
図3のステップS200、ステップS230及びステップS270の判定結果が何れもNoの場合)の駆動力補填処理の実行時間Δt2よりも長く、非旋回時であって制限上限補填駆動力が設定される場合(
図3のステップS200、ステップS230、及びステップS270の少なくとも何れかかがYes判定の場合)における駆動力補填処理の実行時間Δt1よりも短く設定する。
【0233】
具体的に、コントローラ50は、車両100の旋回時且つ制限上限補填駆動力の設定時における駆動力補填処理中の実補填駆動力の変化率(実線グラフの傾きの大きさ)を、非旋回時且つ基本上限補填駆動力が設定される場合の実補填駆動力の変化率(点線グラフの傾きの大きさ)よりも小さく、さらに非旋回時且つ制限上限補填駆動力が設定される場合の実補填駆動力の変化率よりも大きくする。
【0234】
なお、コントローラ50は、例えば、フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmを適宜補正することで、上記駆動力補填処理中の実補填駆動力の変化率の調節を実現することができる。
【0235】
すなわち、本実施形態の変速制御方法では、車両100の旋回時の変速中において制限上限補填駆動力が設定される場合の駆動力補填処理の実行時間Δt3を、車両100の非旋回時において基本上限補填駆動力に設定される場合の駆動力補填処理の実行時間Δt2よりも長く設定する。
【0236】
このように、車両100の旋回時の変速中に補填駆動力の上限が制限上限補填駆動力に設定された場合において、車両100の乗員に感じさせる恐れのある変速ショックを抑制することができる。
【0237】
さらに、上記実行時間Δt3を、車両100の非旋回時において制限上限補填駆動力が設定される場合の駆動力補填処理の実行時間Δt1よりも短く設定する。
【0238】
これにより、変速中のスリップを好適に抑制しつつ、駆動力補填処理の実行時間Δt3を過剰に長くすることに起因する変速時間の長期化も防ぐことができる。
【0239】
特に、車両100の旋回時は、乗員が遠心力の作用を感じるため、非旋回時と比べて変速時におけるトルク段差を認識しづらい。そのため、車両100の乗員に与える変速ショックを抑制しつつ、旋回時の駆動力補填処理の実行時間Δt3を非旋回時における駆動力補填処理の実行時間Δt1よりも短くすることができる。
【0240】
[第7実施形態]
以下、第7実施形態について説明する。なお、第3実施形態~第6実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力(外部情報制限駆動力、第1スリップ限界駆動力、又は第2スリップ限界駆動力が設定されている場合)から基本上限補填駆動力に復帰させる制限駆動力復帰処理について説明する。
【0241】
図14は、本実施形態の変速制御方法を説明するフローチャートである。
【0242】
図示のように、先ず、ステップS300においてコントローラ50は、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に維持すべきか否かを判断するための復帰判定処理を実行する。
【0243】
具体的に、コントローラ50は、第3実施形態で説明した変速中スリップ検知処理において、リア駆動輪11rのスリップが検知されるか否かを判定する。
【0244】
そして、コントローラ50は、上記判定結果が否定的である場合には制限上限補填駆動力を維持すべきと判断して(ステップS310のYes判定)、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力から変更せずに維持(ステップS320)して本ルーチンを終了する。
【0245】
一方、コントローラ50は上記判定結果が肯定的である場合には、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に近づける復帰時変化率調節処理を実行する。
【0246】
図15は、本実施形態の復帰判定処理及び復帰時変化率調節処理を実行した結果を示すタイミングチャートである。
【0247】
図示のように、コントローラ50は、変速中の実補填駆動力が基本上限補填駆動力に到達するまでに変速中スリップ検知処理においてリア駆動輪11rのスリップが検知されない場合には、上記復帰判断を行い、復帰時変化率調節処理にしたがって補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力から基本上限補填駆動力に近づけるように変化させる。
【0248】
特に本実施形態では、コントローラ50は、この復帰時変化率調節処理時における補填駆動力の上限の変化率を、車両100の乗員に変速ショックを感じさせない程度の大きさに調節する。
【0249】
すなわち、本実施形態の変速制御方法は、補填駆動力の上限が制限上限補填駆動力に変更されている場合(
図9のステップS200、ステップS230、及びステップS270の少なくとも何れかかがYes判定の場合)に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に復帰させるべきか否かを判定する復帰判定処理(
図14のステップS300)と、復帰判定処理による判定結果が肯定的である場合の復帰判断がなされると(ステップS310がYes判定であると)実行され、補填駆動力の上限を所定の変化率で基本上限補填駆動力に近づける復帰時変化率調節処理(ステップS330)と、をさらに含む。
【0250】
これにより、補填駆動力の上限に対する制限を解除すべきシーンにおいて好適に、当該上限を基本上限補填駆動力に復帰させることができる。特に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に復帰させる際には、その変化率の大きさ適切に調整するので、当該復帰時において車両100の乗員が感じる変速ショックを抑制することができる。
【0251】
(変形例)
以下、第7実施形態の変形例について説明する。
【0252】
図16及び
図17は、それぞれ、本実施形態の変形例1及び2を説明するためのタイミングチャートである。
【0253】
図16で示す変形例1では、コントローラ50は、第3実施形態で説明した変速前スリップ検知処理において、補填駆動力が基本上限補填駆動力に到達するまでにリア駆動輪11rのスリップを検知しないときに復帰判断を行う。そして、復帰判断がなされると、上記復帰時変化率調節処理(
図14のステップS330)を開始する。
【0254】
すなわち、変形例1では、変速の前に、駆動力補填処理を行いつつ、他方の駆動輪であるリア駆動輪11rのスリップが発生するか否かを検知する第2変速前スリップ検知処理(本変形例では
図9のステップS230の変速前スリップ検知処理)を実行し、変速前スリップ検知処理において、補填駆動力が基本上限補填駆動力に到達するまでリア駆動輪11rのスリップを検知しないときに復帰判断を行う(
図14のステップS310のYes判定)。
【0255】
変形例1によれば、補填駆動力の上限の制限を解除するタイミングを設定するための具体的な態様が提供される。
【0256】
図17で示す変形例2では、コントローラ50は、第3実施形態で説明した変速中スリップ検知処理によりスリップが検出されたタイミング(時刻t6)から、予め定められる上限駆動力制限時間が経過したときに復帰判断を行う。そして、復帰判断がなされると、上記復帰時変化率調節処理(ステップS330)を開始する。
【0257】
すなわち、変形例2では、復帰判定処理(ステップS300)において、補填駆動力の上限を制限上限補填駆動力に設定した時点(時刻t6)から、所定経過時間である上限駆動力制限時間が経過したとき(時刻t7)に復帰判断を行う(
図14のステップS310のYes判定)。
【0258】
変形例2によれば、補填駆動力の上限の制限を解除するタイミングを設定するための具体的な態様が提供される。
【0259】
なお、各変形例1及び2において、復帰時変化率調節処理による補填駆動力の上限の実値の変化率(増加率)を破線で示すグラフCのように所定の大きさ(傾き)以下にすることができる。
【0260】
また、上記復帰判定処理及び上記復帰時変化率調節処理の具体的な態様は、本実施形態及び各変形例で説明したものに限定されない。
【0261】
[第8実施形態]
以下、第8実施形態について説明する。なお、第3実施形態~第7実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0262】
本実施形態では、特に、
図9のステップS200において車両100の走行路面が滑りやすいと判断された場合、すなわち、補填駆動力の上限が外部情報制限駆動力に設定されている場合を前提として、上記走行路面が滑りやすいという判断が解除された場合に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に復帰させる基本上限復帰処理を実行する。
【0263】
図18は、本実施形態の基本上限復帰処理を説明するためのタイミングチャートである。
図18から理解されるように、本実施形態におけるコントローラ50は、外部情報に基づく車両100の走行路面が滑りやすいという判断の解除を検出すると(時刻t8)、補填駆動力の上限を外部情報制限駆動力から基本上限補填駆動力に復帰させる。
【0264】
ここで、この復帰時に、コントローラ50が補填駆動力の上限の実値の変化率(増加率)を破線グラフで示すグラフCのように所定の大きさ(傾き)以下に制御しても良い。これにより、当該復帰時において車両100の乗員が感じる変速ショックを抑制することができる。
【0265】
なお、本実施形態の基本上限復帰処理は、補填駆動力の上限が外部情報制限駆動力に設定されている場合であれば、変速前及び変速中を問わず実行することができる。
【0266】
すなわち、本実施形態の変速制御方法では、補填駆動力の上限が外部情報制限駆動力に設定されている場合(
図9のステップS200におけるYes判定の場合)に、走行路面が滑りやすいという判断が解除されると、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に復帰させる基本上限復帰処理を実行する。
【0267】
これにより、車両100の走行路面が滑りやすいという判断に起因して補填駆動力の上限に一定の制限(外部情報制限駆動力)が課されている場合であっても、当該制限を解除すべきシーンにおいて好適に、補填駆動力の上限を基本上限補填駆動力に復帰させることができる。
【0268】
[第9実施形態]
以下、第9実施形態について説明する。なお、第3実施形態~第8実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0269】
本実施形態では、
図1の車両100において、コントローラ50は、車両100の旋回時には、フロント変速機16fによる変速を実行しないように制御する。
【0270】
すなわち、本実施形態では、前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsがそれぞれフロント変速機16f及びリア変速機16rを有する車両100において実行される変速制御方法が提供される。
【0271】
この変速制御方法における駆動力補填処理では、フロント変速機16fによる変速におけるフロント駆動輪11fの駆動力抜け及びリア変速機16rによる変速におけるリア駆動輪11rの駆動力抜けを、それぞれリア駆動輪11rからの補填駆動力及びフロント駆動輪11fからの補填駆動力で補填する。
【0272】
そして、車両100の旋回時には、フロント変速機16fによる変速を実行させないように制御する。
【0273】
これにより、車両100の旋回時にフロント駆動輪11fの駆動力抜けが生じることに起因して、いわゆるオーバーステア状態に類するスリップの発生を好適に抑制することができる。
【0274】
[第10実施形態]
以下、第10実施形態について説明する。なお、第3実施形態~第9実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態では、
図1で説明した車両100と異なる構成を有する車両100´で実行される変速制御方法を説明する。
【0275】
図19は、本実施形態の変速制御方法が実行される車両100´の構成を説明する図である。図示のように、車両100´は、変速機16としてフロント変速機16fのみが搭載されている。
【0276】
すなわち、本実施形態の車両100´では、前輪駆動システムfdsに、変速時に駆動力抜けが発生する機構(Lowギア列22f、Highギア列24f、及びドグクラッチ26f等)を含むフロント変速機16fが搭載されている一方で、後輪駆動システムrdsにはそのような変速機16が搭載されていない。
【0277】
したがって、本実施形態の車両100´では、駆動力補填処理において、フロント変速機16fによる前輪変速におけるフロント駆動輪11fの駆動力抜けが、リア駆動輪11rからの補填駆動力で補填されることとなる。
【0278】
[第11実施形態]
以下、第11実施形態について説明する。なお、第1実施形態~第10実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、必要に応じてその説明を省略する。
【0279】
(第11実施形態の車両構成)
図20は、以下の各実施形態の変速制御方法が実行される車両100の主要な構成を説明する図である。
【0280】
なお、
図20の車両100は、駆動源としての駆動モータ10を備え、当該駆動モータ10の駆動力により走行可能な自動車のことであり、電気自動車や、ハイブリッド自動車が含まれる。
【0281】
特に、
図20に示す車両100には、車両100において相対的に前方の位置(以下、「前輪側」と称する)に配置される前輪駆動システムfds、及び車両100において相対的に後方の位置(以下、「後輪側」と称する)に配置される後輪駆動システムrdsが搭載されている。
【0282】
前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsは、それぞれ前輪側駆動源としてのフロントモータ10f及び後輪側駆動源としてのリアモータ10rを備えている。フロントモータ10f及びリアモータ10rは、それぞれフロント駆動輪11f(左フロント駆動輪11fL及び右フロント駆動輪11fR)及びリア駆動輪11r(左リア駆動輪11rL及び左リア駆動輪11rR)を駆動する動力を生成する。
【0283】
すなわち、車両100は、駆動モータ10の動力をフロント駆動輪11f及びリア駆動輪11rに伝達させる四輪駆動車両として構成される。前輪駆動システムfds及び後輪駆動システムrdsの詳細について説明する。
【0284】
前輪駆動システムfdsは、上記フロントモータ10f及びフロント駆動輪11fに加え、フロントインバータ14fと、フロント変速機16fと、を備える。
【0285】
フロントモータ10fは、三相交流モータとして構成される。フロントモータ10fは、電源としてのバッテリ15(
図2参照)からの電力の供給を受けて駆動力を発生する。フロントモータ10fで生成される駆動力はフロント変速機16f及びフロントドライブシャフト21fを介してフロント駆動輪11fに伝達される。
【0286】
また、フロントモータ10fは、車両100の走行時にフロント駆動輪11fに連れ回されて回転する際に発生する回生駆動力を交流電力に変換する。
【0287】
フロントインバータ14fは、バッテリ15からの電力を三相交流に変換するためのスイッチングを行うスイッチング回路を備える。また、フロントインバータ14fは、上述したフロントモータ10fの回生駆動力に基づいて得られた交流電力を上記スイッチングによって直流電力に変換してバッテリ15に供給する。
【0288】
フロント変速機16fは、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fとの間の伝達動力に対する変速(以下、「前輪変速」とも称する)を実行する装置である。
【0289】
特に、フロント変速機16fは、上記前輪変速として、フロントモータ10fのロータシャフト(以下、「入力軸20f」とも称する)からフロントドライブシャフト21fまでの動力伝達経路において、相対的にギア比が低いHighギア及び相対的にギア比が高いLowギアの2つの変速段の切り替えを行う。フロント変速機16fの構成をより詳細に説明する。
【0290】
フロント変速機16fは、主として、Lowギア列22fと、Highギア列24fと、ドグクラッチ26fと、ファイナルギア30fと、を備えている。
【0291】
Lowギア列22fは、相互に歯噛するドライブギア40f及びドリブンギア41fを備えている。ドライブギア40fは入力軸20f上において固定されずに回転可能に設けられている。また、ドリブンギア41fは出力軸32fに固定されている。さらに、Lowギア列22fでは、ドライブギア40fの歯数に対してドリブンギア41fの歯数が大きく構成される。すなわち、Lowギア列22fを介して入力軸20fから出力軸32fに伝達される場合(変速段ShがLowである場合)の変速比γ(以下、「フロント変速比γf」とも称する)は1より大きくなる。
【0292】
Highギア列24fは、相互に歯噛するドライブギア42f及びドリブンギア43fを備えている。ドライブギア42fは入力軸20f上において固定されずに回転可能に設けられている。また、ドリブンギア43fは出力軸32fに固定されている。さらに、Highギア列24fでは、ドライブギア42fの歯数とドリブンギア43fの歯数が略等しく構成される。すなわち、Highギア列24fを介して入力軸20fから出力軸32fに伝達される場合(変速段ShがHighである場合)のフロント変速比γfは略1となる。
【0293】
ドグクラッチ26fは、後述するシフトコントローラ54からの指令に基づいてLowギア列22fとHighギア列24fの間において
図1の左右方向でスライド移動するシフトフォーク44f、及びシフトフォーク44fと一体に設けられ入力軸20f上を摺動可能なセレクタギア45fから構成される。なお、ドグクラッチ26fのスライド移動は、油圧又は専用のモータを用いて実行することができる。
【0294】
このドグクラッチ26fが、セレクタギア45fとLowギア列22fが締結する位置とされると、入力軸20fから、セレクタギア45f及びLowギア列22fを介して出力軸32fへ動力が伝達される状態となる。
【0295】
一方、ドグクラッチ26fが、セレクタギア45fとHighギア列24fが締結する位置とされると、入力軸20fから、セレクタギア45f及びHighギア列24fを介して出力軸32fへ動力が伝達される状態となる。
【0296】
なお、ドグクラッチ26fが、セレクタギア45fとLowギア列22f又はHighギア列24fが締結されない位置にあるときがニュートラル状態となる。
【0297】
さらに、ファイナルギア30fは、出力軸32fの動力を左フロント駆動輪11fL及び右フロント駆動輪11fRに分配するためのギア構造を有する。
【0298】
一方、後輪駆動システムrdsは、上記リアモータ10r及びリア駆動輪11rに加え、リアインバータ14rと、リア変速機16rと、を備える。なお、後輪駆動システムrdsの各要素の機能は、前輪駆動システムfdsの各要素の機能と同様であるので、その詳細な説明を省略する。
【0299】
また、車両100は、制動装置として、駆動モータ10の回生運転により実現される回生ブレーキに加え、機械式の摩擦ブレーキ48を備えている。
【0300】
(第11実施形態の制御構成)
以下、前輪駆動システムfdsの各要素と後輪駆動システムrdsの各要素において、共通する事項に関しては、適宜、「駆動システムds」などのフロントであることを示す「f」及びリアであることを示す「r」などの文字を省いた符号を用いて包括的に説明する。
【0301】
図21は、車両100の制御系を説明するためのブロック図である。図示のように、車両100の制御系は、シフトアクチェータとして機能するドグクラッチ26及びモータアクチェータとして機能するインバータ14を制御するコントローラ50を有する。
【0302】
コントローラ50は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたコンピュータ、特にマイクロコンピュータで構成される。コントローラ50は、以下で説明する変速制御及びモータ制御における各処理を実行できるようにプログラムされている。
【0303】
コントローラ50は、入力情報としてのアクセル開度α(要求駆動力DFreq)、車速V、バッテリ出力可能電力Pc、及びブレーキペダル操作量(要求制動力Bfreq)を取得する。そして、コントローラ50は、これら入力情報に基づいて変速機16の変速段Sh(フロント変速段Shf及びリア変速段Shr)、駆動モータ10のモータトルクTm(フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrm)、及び摩擦ブレーキ48の摩擦制動力Bfを定める。
【0304】
特に、コントローラ50は、アクセル開度センサ60の検出値をアクセル開度αとして取得する。また、コントローラ50は、図示しない回転数センサなどにより取得した駆動モータ10のモータ回転数Nm(入力軸20の回転速度に相当)を算出し、このモータ回転数Nmに現在の変速比γ及びタイヤ動半径Rを考慮した所定の車速算出ゲインKv(=2πR/γ)を乗じることで車速Vを演算する。なお、コントローラ50が車速Vを演算する態様に代えて、車速センサを設けて、その検出値を車速Vとして取得しても良い。
【0305】
また、車速Vを演算するためのモータ回転数Nmとしては、フロントモータ10fの回転数であるフロントモータ回転数Nfmとリアモータ10rの回転数であるリアモータ回転数Nrmの何れを用いても良いが、車両100の仕様及び走行シーンに応じて、スリップ(空転)がより発生し難い側の駆動輪11を駆動させる駆動モータ10のモータ回転数Nmを用いることが好ましい。
【0306】
(変速制御)
コントローラ50は、アクセル開度α(要求駆動力DFreq)及び車速Vに基づき、所定の変速マップに基づいて変速段Sh(フロント変速段Shf及びリア変速段Shr)を定める。そして、コントローラ50は、定められた変速段Shを実現するようにドグクラッチ26を操作する。さらに、コントローラ50は、バッテリ出力可能電力Pc及び制動指令信号に基づいて、前輪変速及び後輪変速の進行を制御する。
【0307】
特に、コントローラ50は、制動時等の車両100の減速シーンなどにおいて、上記変速マップに基づいて定まるフロント変速機16fのダウン変速の条件を満たすと、フロント変速段ShfをHighからLowに切り替える前輪ダウン変速を実行する。同様に、コントローラ50は、車両100の制動時であって、上記変速マップに基づいて定まるリア変速機16rのダウン変速の条件を満たすと、リア変速段ShrをHighからLowに切り替える後輪ダウン変速を実行する。
【0308】
(モータ制御)
コントローラ50は、アクセル開度α、及び上記変速段Shに基づいて車両100に要求される総駆動力、すなわち駆動源としてのフロントモータ10f及びリアモータ10rの双方に要求されるトルクの合計である総モータトルクTfrmを定める。
【0309】
また、コントローラ50は、上記総モータトルクTfrmから、フロント駆動輪11f及びリア駆動輪11rのスリップを抑制するなどの観点から適宜定められる前後駆動力配分ゲインを用いて、フロントモータトルク基本値及びリアモータトルク基本値を演算する。
【0310】
さらに、コントローラ50は、フロントモータトルク基本値に対して、リア変速機16rが変速中であるか否か(後輪変速中であるか否か)に基づいてフロントモータトルク基本値を補正し、フロントモータトルクTfmを定める。
【0311】
また、コントローラ50は、リアモータトルク基本値に対して、フロント変速機16fが変速中であるか否か(前輪変速中であるか否か)に基づいてリアモータトルク基本値を補正して、リアモータトルクTrmを定める。
【0312】
特に、コントローラ50は、アクセル開度α又は車速Vが予め定められたフロント変速閾値を跨いだ場合(フロント変速機16fの変速条件が満たされた場合)にフロント変速段ShfをLowからHigh又はHighからLowに切り替える。
【0313】
なお、フロント変速機16fの変速条件を定めるフロント変速閾値は、車両100の電費の最適化及び要求駆動力DFreqの実現の観点から定まる適切な値に適宜設定される。例えば、フロント変速閾値を、フロント変速段ShfがHighに設定される場合の回生効率とLowに設定される場合される場合の回生効率の大小関係が入れ替わる閾値車速に設定することができる。このようにフロント変速閾値を設定しておくことで、車両100の制動時(減速時)において、車速が減少してこの閾値車速を跨いだ場合に、回生効率を好適に維持するようにフロント変速段ShfをHighからLowに切り替えることができる。
【0314】
また、フロント変速閾値を、車両100の制動時においてフロント変速段ShfがHighに設定されている状態では要求される回生制動力を十分に発揮できなくなる車速に設定しても良い。さらに、車両100の制動シーンにおいて、車両100に対する加速要求(アクセルペダル操作量の増加)があった場合に、Highギア時における力行側の最大駆動力が当該加速要求に係る要求駆動力を下回る車速に設定しても良い。
【0315】
また、以下では、このフロント変速機16fのギア段の切り替えの際に、ドグクラッチ26fをスライドさせる処理(すなわち、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fとの間の動力伝達を遮断する処理)を、「前輪側動力遮断処理」と称する。
【0316】
また、コントローラ50は、ドグクラッチ26fを変速先のギアにスムーズに締結するために、入力軸20fと出力軸32fの差回転数が変速先のフロント変速比γfに応じた所定回転数内となるようにフロントモータトルク基本値を補正する。以下、この処理を「前輪側回転数同期」と称する。
【0317】
同様に、コントローラ50は、アクセル開度α又は車速Vが予め定められたリア変速閾値を跨いだ場合(リア変速機16rの変速条件が満たされた場合)にリア変速段ShrをLowからHigh又はHighからLowに切り替える。なお、以下では、このリア変速機16rのギア段の切り替えの際に、ドグクラッチ26rをスライドさせる処理(すなわち、リアモータ10rとリア駆動輪11rとの間の動力伝達を遮断する処理)を、「後輪側動力遮断処理」と称する。
【0318】
また、コントローラ50は、ドグクラッチ26rを変速先のギアにスムーズに締結するために、入力軸20rと出力軸32rの差回転数が変速先のリア変速比γrに応じた所定回転数内となるようにリアモータトルク基本値を補正する。以下、この処理を「後輪側回転数同期」と称する。
【0319】
さらに、コントローラ50は、後輪変速中(特に、ドグクラッチ26rがニュートラル状態であるとき)に、駆動力補填処理(制動力補填処理)を実行する。より詳細には、コントローラ50は、リアモータ10rとリア駆動輪11rの間の駆動力(制動力)の伝達が遮断されていることに起因するリア駆動輪11rの駆動力抜け(制動力抜け)を補填するように、上記フロントモータトルク基本値を増加側(力行時)又は減少側(回生時)に補正してフロントモータトルクTfmを定める。すなわち、フロントモータトルクTfmの補正分が後輪変速中の補填駆動力(補填制動力)となる。
【0320】
一方、コントローラ50は、前輪変速中(特に、ドグクラッチ26fがニュートラル状態であるとき)に、駆動力補填処理(制動力補填処理)を実行する。より詳細には、コントローラ50は、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fの間の駆動力(制動力)の伝達が遮断されていることに起因するフロント駆動輪11fの駆動力抜け(制動力抜け)を補填するように、上記リアモータトルク基本値を増加側(力行時)又は減少側(回生時)に補正してリアモータトルクTrmを定める。すなわち、リアモータトルクTrmの補正分が前輪変速中の補填駆動力(補填制動力)となる。
【0321】
そして、モータコントローラ52は、フロントモータ10f及びリアモータ10rのそれぞれの実トルクが、定めたフロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmになるように、フロントインバータ14f及びリアインバータ14rに対するスイッチング操作を実行する。
【0322】
(制動制御)
コントローラ50は、アクセル開度αの減少又はブレーキペダルに対する操作を検出すると、車両100の制動を実行する。
【0323】
特に、コントローラ50は、ブレーキペダル操作量又はその変化率が一定値以上である場合、すなわち、要求制動力Bfreqが予め定められる所定閾値Bfreq_th以上である場合には、摩擦ブレーキ48を用いた摩擦制動による急制動処理を実行する。一方、要求制動力Bfreqが所定閾値Bfreq_th未満である場合には、駆動モータ10を用いた回生制動による通常制動処理を実行する。ここで、所定閾値Bfreq_thは、ドライバが緊急時等において車両100の急減速を意図していると判断できる程度にブレーキペダル操作量が大きいかという観点から適宜設定される。
【0324】
特に、所定閾値Bfreq_thは、前輪変速中又は後輪変速中に実行される制動力補填処理において、駆動輪11の制動力抜けを全て補填することが可能なモータトルクTmによる制動力の最大値として設定される。
【0325】
すなわち、所定閾値Bfreq_thは、制動力補填処理において駆動輪11の制動力抜けを全て補填することができずに、変速中に車両100の要求制動力Bfreqを満たすことができないことで変速前後に車両100の減速度が変動する程度に要求制動力Bfreqが大きいか否かという観点から設定される。
【0326】
なお、後に詳細に説明するが、本実施形態における通常制動処理においては、前輪変速を実行した後に後輪変速を実行する。したがって、通常制動処理においては、回生制動の下において、後の後輪変速が完了する前に車両100が停止すると推測される制動力を上記所定閾値Bfreq_thに設定することもできる。
【0327】
コントローラ50は、急制動処理において、要求制動力Bfreqを満たすように、摩擦ブレーキ48を用いた摩擦制動を行うことで車両100を急減速させる。一方、コントローラ50は、通常制動処理において、要求制動力Bfreqを満たすように、駆動モータ10を用いた回生制動を行うことで車両100を減速させる。なお、車両100の制動シーンによっては、摩擦ブレーキ48を用いた摩擦制動及び駆動モータ10を用いた回生制動を併用することも可能である。この場合、コントローラ50は、摩擦制動に係る摩擦制動力と回生制動に係る回生制動力を所望の比としつつこれらの和が要求制動力Bfreqに近づくように、各アクチュエータを制御する。
【0328】
以下、本実施形態の変速制御方法、特に急制動処理中の変速及び通常制動処理中の変速についてより詳細に説明する。
【0329】
図22は、本実施形態における急制動処理中の変速を説明するタイミングチャートである。
【0330】
図示のように、コントローラ50は、ブレーキペダルに対する操作を検出し、ブレーキペダル操作量が一定値以上(すなわち、要求制動力Bfreqが所定閾値Bfreq_th以上)であると判断すると、急制動処理のための摩擦制動を開始する(時刻t1)。なお、本実施形態の急制動処理では、要求制動力Bfreq(図中の一点鎖線参照)が全て摩擦制動力(図中の二点鎖線参照)により賄われている。
【0331】
次に、コントローラ50は、この摩擦制動の開始後に、車速Vが減少することでフロント変速機16fのHighからLowへの変速に係る変速条件及びリア変速機16rのHighからLowへの変速に係る変速条件の双方が成立したことを検出すると、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を同時に開始する(時刻t2)。
【0332】
そして、コントローラ50は、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速におけるそれぞれのプロセスを経て、前輪側シフト位置(ドグクラッチ26fの位置)及び後輪側シフト位置(ドグクラッチ26rの位置)をHighからLowに切り替え終えると、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を完了させる(時刻t3)。
【0333】
その後、コントローラ50は、ブレーキペダル操作量が減少して要求制動力Bfreqが略0になったことを検出すると、摩擦ブレーキ48による制動状態を解除して急制動処理を完了する(時刻t4)。
【0334】
一方、
図23は、本実施形態における通常制動処理中の変速を説明するタイミングチャートである。
【0335】
図示のように、コントローラ50は、アクセル開度αの減少を検出すると、アクセル開度αの大きさに応じた回生制動力による回生制動を開始する(時刻t1)。なお、本実施形態の急制動処理では、要求制動力Bfreq(図中の一点鎖線参照)が全て回生制動力により賄われる。
【0336】
次に、コントローラ50は、回生制動の開始及び補助的な摩擦制動の結果、車速Vが減少することでフロント変速機16fのHighからLowへの変速に係る変速条件及びリア変速機16rのHighからLowへの変速に係る変速条件の双方が成立したことを検出すると、先ず、前輪ダウン変速を開始する(時刻t2)。
【0337】
ここで、前輪ダウン変速中はフロント駆動輪11fの制動力抜けが発生するので、回生制動のために要求される回生トルクは主にリアモータトルクTrmをマイナス側に増大させることでリア駆動輪11rにより補填される。
【0338】
そして、コントローラ50は、前輪ダウン変速におけるプロセスを経て、前輪側シフト位置(ドグクラッチ26fの位置)をHighからLowに切り替え、リアモータトルクTrmによる回生力補填処理を完了させると、前輪ダウン変速を完了する(時刻t3)。
【0339】
さらに、コントローラ50は、前輪ダウン変速の完了と略同時かその直後に後輪ダウン変速を開始する。
【0340】
ここで、後輪ダウン変速中はリア駆動輪11rの制動力抜けが発生するので、回生制動のために要求される回生トルクは主にフロントモータトルクTfmをマイナス側に増大させることでフロント駆動輪11fから補填される。
【0341】
そして、コントローラ50は、後輪ダウン変速におけるプロセスを経て、後輪側シフト位置(ドグクラッチ26rの位置)をHighからLowに切り替え、フロントモータトルクTfmによる制動力補填処理を完了させると、後輪ダウン変速を完了する(時刻t4)。
【0342】
その後、コントローラ50は、アクセル開度αの増加又はブレーキペダル操作量が略0になったことを検出すると、回生制動を完了する(時刻t5)。
【0343】
なお、本実施形態では、通常制動処理中において、フロント変速機16f及びリア変速機16rの双方の変速条件が成立した場合において、前輪ダウン変速を開始した後に後輪ダウン変速を開始する例を説明した。しかしながら、車両100の走行シーン又は仕様に応じて、後輪ダウン変速を開始した後に前輪ダウン変速を開始する場合において、前輪ダウン変速に係る処理と後輪ダウン変速に係る処理を適宜、入れ替えることで上記通常制動処理を同様に適用することができる。
【0344】
また、回生制動中のフロント変速機16fの変速条件の成立タイミングとリア変速機16rの変速条件の成立タイミングがずれる場合には、先に変速条件が成立した変速機16によるダウン変速を開始して、上述した本実施形態の通常制動処理を適用することができる。
【0345】
上述した本実施形態の構成による作用効果についてより詳細に説明する。
【0346】
本実施形態の変速制御方法は、前輪(フロント駆動輪11f)を駆動する前輪駆動モータ(フロントモータ10f)及び前輪側変速機(フロント変速機16f)を有する前輪駆動システムfdsと、後輪(リア駆動輪11r)を駆動する後輪駆動モータ(リアモータ10r)及び後輪側変速機(リア変速機16r)を有する後輪駆動システムrdsと、を備えた車両100において、フロントモータ10f及びリアモータ10rの少なくとも一方を回生させる回生制動中にフロント変速機16fによるダウン変速である前輪ダウン変速、及びリア変速機16rによるダウン変速である後輪ダウン変速をそれぞれ実行する。
【0347】
そして、本実施形態の変速制御方法では、車両100の制動時における要求制動力Bf
reqが所定閾値Bf
req_th以上である場合に実行される摩擦制動中(
図22の時刻t1~時刻t4)に前輪ダウン変速の変速条件及び後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると(時刻t2)、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行する(時刻t2~時刻t3)。
【0348】
さらに、本実施形態の変速制御方法では、要求制動力Bf
reqが所定閾値Bf
req_th未満である場合に実行される回生制動中(
図23の時刻t1~時刻t5)に前輪ダウン変速の変速条件及び後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると(時刻t2)、前輪ダウン変速の完了後に後輪ダウン変速を実行する(時刻t2~時刻t4)。
【0349】
そして、前輪ダウン変速中におけるフロント駆動輪11fの制動力抜け及び後輪ダウン変速中におけるリア駆動輪11rの制動力抜けを、それぞれリア駆動輪11rの回生制動力及びフロント駆動輪11fの回生制動力で補填する。
【0350】
このように、前輪側及び後輪側の双方に変速機16を有する車両100において、急制動時(急減速時)において前輪変速及び後輪変速の双方の変速条件が成立する場合には、主に回生制動を行う通常制動処理時とは異なり、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行することで、前輪ダウン変速と後輪ダウン変速から構成される全体の変速プロセスを速やかに完了させることができる。
【0351】
したがって、後に制動要求が解除されて再度の加速要求が生じた際に、変速プロセスが終了していないことによる駆動力不足の発生を抑制できる。すなわち、再加速時の駆動力の応答性が向上するので、駆動力不足に起因して車両100の乗員に与える違和感を低減することができる。
【0352】
なお、上述のように、急制動時において前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行することにより、前輪ダウン変速中におけるフロント駆動輪11fの制動力抜け及び後輪ダウン変速中におけるリア駆動輪11rの制動力抜けが同時に発生することが想定される。このように、双方の駆動輪11において制動力抜けが生じる場合には、上述した一方の駆動輪11により他方の駆動輪11の回生制動力を補填する制動力補填処理を実行することができなくなる。しかしながら、急制動時においては、このような制動力補填処理を実行することができないシーンにおいても、摩擦ブレーキ48による摩擦制動力によって、フロント駆動輪11f及びリア駆動輪11rの双方の制動力抜けを好適に補うことができる。
【0353】
すなわち、本実施形態の変速制御方法であれば、急制動時の変速中において車両100の要求制動力Bfreqを好適に実現しつつ、変速プロセスを速やかに完了させることができる。
【0354】
また、本実施形態の変速制御方法では、要求制動力Bfreqが所定閾値Bfreq_th未満である場合に実行される回生制動時(通常制動処理時)には、前輪ダウン変速の完了後に後輪ダウン変速を実行する。
【0355】
すなわち、車両100の急減速を要求しない通常制動処理においては、前輪ダウン変速が完了してから後輪ダウンシフトを実行するようにして、それぞれの変速中に制動力補填処理を行うようにする。
【0356】
これにより、通常制動処理時には、各駆動輪11fにおいて制動力補填処理のタイミングがずれることとなるので、前輪ダウン変速中及び後輪ダウン変速中の双方において、各駆動輪11の制動力抜けを好適に抑制することができる。また、前輪ダウン変速と後輪ダウンシフトの実行タイミングをずらすことにより、前輪側回転数同期のためのフロントモータトルクT
fmのピーク(
図23における時刻t2~時刻t3の間のピーク)のタイミングと、後輪側回転数同期のためのリアモータトルクT
rmのピーク(
図23における時刻t3~時刻t4の間のピーク)のタイミングが重なることを防ぐことができる。
【0357】
したがって、駆動電力のピークが重なることによる瞬間的なフロントモータ10f及びリアモータ10rの要求電力の大幅な増大を防止することができる。
【0358】
また、本実施形態の変速制御方法では、前輪ダウン変速は、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fとの間の動力伝達を遮断する前輪側動力遮断処理と、前輪側動力遮断処理中におけるフロント変速機16fの入出力の差回転数の調節をフロントモータ10fの駆動力を用いて行う前輪側回転数同期と、を含む。また、後輪ダウン変速は、リアモータ10rとリア駆動輪11rとの間の動力伝達を遮断する後輪側動力遮断処理と、後輪側動力遮断処理中におけるリア変速機16rの入出力の差回転数の調節をリアモータ10rの駆動力を用いて行う後輪側回転数同期と、を含む。
【0359】
そして、前輪側回転数同期において要求されるフロントモータ10fの駆動電力及び後輪側回転数同期において要求されるリアモータ10rの駆動電力を同一のバッテリ15から供給する。
【0360】
このため、上述のように、通常制動処理において、フロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmのそれぞれのピークを相互にずらすことで、より確実に同一のバッテリ出力可能電力Pcの範囲内で、フロントモータ10f及びリアモータ10rの要求駆動電力を満たすことができる。
【0361】
さらに、本実施形態では、上記変速制御方法を実行するための変速制御システムSが提供される。
【0362】
この変速制御システムSは、車両100の前輪(フロント駆動輪11f)を駆動する前輪駆動モータ(フロントモータ10f)及び前輪側変速機(フロント変速機16f)を有する前輪駆動システムfdsと、車両100の後輪(リア駆動輪11r)を駆動する後輪駆動モータ(リアモータ10r)及び後輪側変速機(リア変速機16r)を有する後輪駆動システムrdsと、フロントモータ10f及びリアモータ10rの少なくとも一方を回生させる回生制動中にフロント変速機16fによるダウン変速である前輪ダウン変速、及びリア変速機16rによるダウン変速である後輪ダウン変速をそれぞれ実行する変速制御装置としてのコントローラ50と、を有する。
【0363】
そして、変速制御装置としてのコントローラ50は、車両100の制動時における要求制動力Bf
reqが所定閾値Bf
req_th以上である場合に実行される摩擦制動中(
図22の時刻t1~時刻t4)に前輪ダウン変速の変速条件及び後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると(時刻t2)、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行する急制動時変速制御部(時刻t2~時刻t3)として機能する。
【0364】
また、コントローラ50は、要求制動力Bf
reqが所定閾値Bf
req_th未満である場合に実行される回生制動中(
図23の時刻t1~時刻t5)に前輪ダウン変速の変速条件及び後輪ダウン変速の変速条件の双方が成立すると(時刻t2)、前輪ダウン変速の完了後に後輪ダウン変速を実行する回生制動時変速制御部(時刻t2~時刻t4)として機能する。
【0365】
そして、回生制動時変速制御部として機能するコントローラ50は、前輪ダウン変速中におけるフロント駆動輪11fの制動力抜け及び後輪ダウン変速中におけるリア駆動輪11rの制動力抜けを、それぞれリア駆動輪11rの回生制動力及びフロント駆動輪11fの回生制動力で補填する。
【0366】
これにより、上記変速制御方法を実行するために好適なシステム構成が実現されることとなる。
【0367】
なお、上記
図22に示す例においては、急制動処理中の前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を相互に略同一のタイミングで開始及び完了させる例を説明した。しかしながら、これに限られず、前輪ダウン変速と後輪ダウン変速が一定時間以上重複していれば、それらの開始タイミング及び完了タイミングがずれていても良い。
【0368】
すなわち、急制動処理中の前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速が一定時間以上重複していれば、少なくとも前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を時間的に重複させることなく実行する場合に比べて全体の変速時間を短くする一定の効果を発揮させることができる。
【0369】
また、本実施形態では、通常制動処理において、前輪ダウン変速が完了してから後輪ダウンシフトを開始する例を説明した。しかしながら、車両100の仕様などに応じて、通常制動処理において後輪ダウン変速が完了してから前輪ダウンシフトを開始する場合においても、本実施形態の変速制御を同様に適用することができる。
【0370】
さらに、本実施形態のように、車両100の急制動時において、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を略同時に実行することに加え、例えば、車両100が下り坂をフェーリングしている場合など、要求駆動力DFreqが負の値になって前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速の双方の変速条件が成立する場合に、同様の方法で前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を略同時に実行するようにしても良い。
【0371】
[第12実施形態]
以下、第12実施形態について説明する。なお、第11実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0372】
図24は、本実施形態の急制動処理中の変速を説明するタイミングチャートである。
【0373】
本実施形態では、
図24(A)に示すように、コントローラ50が、急制動処理中の前輪側回転数同期の開始タイミングt
sf1と後輪側回転数同期の開始タイミングt
sr1をずらすように制御する。特に、前輪側回転数同期の開始タイミングt
sf1から同期オフセット時間τの経過後に後輪側回転数同期の開始タイミングt
sr1を設定する。
【0374】
ここで、上記同期オフセット時間τは、前輪側回転数同期のためのフロントモータ10fの駆動電力と後輪側回転数同期のためのリアモータ10rの駆動電力の和である合計駆動電力の最大値が、バッテリ15が出力可能な最大の電力であるバッテリ出力可能電力Pc以下となるように設定される。
【0375】
すなわち、本実施形態の同期オフセット時間τは、フロントモータ10fの駆動電力のピークとリアモータ10rの駆動電力のピークが重なって合計駆動電力がバッテリ出力可能電力Pcを超えてしまう状況が生じないように、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期の相互の進行度合をずらす観点から設定される。
【0376】
より詳細には、本実施形態では、同期オフセット時間τを、合計駆動電力のトータル回転数同期時間ΔTsあたりの平均値がバッテリ出力可能電力Pcと略一致するように設定する。すなわち、上記同期オフセット時間τは、合計駆動電力をバッテリ出力可能電力Pcによる制限を満たしつつ、できるだけ大きく設定する観点から定められる。
【0377】
本実施形態の制御による効果について説明する。
【0378】
比較例として、
図24(B)に、急制動処理中の前輪側回転数同期の開始タイミングt
sf1と後輪側回転数同期の開始タイミングt
sr1を略同時に制御した場合のタイミングチャートを示す。
【0379】
この比較例の制御においては、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期が開始タイミングtsf1,tsr1から略同一の進行度合で進行することとなる。このため、回転数同期のためのフロントモータ10f及びリアモータ10rのそれぞれの駆動電力のピークが略重なることとなり、合計駆動電力が大きく増大する。その一方、バッテリ出力可能電力Pcに基づく制限により、少なくとも瞬間的にこの増大した合計駆動電力を満たすことのできない状態が生じ、十分なフロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmが確保できず、トータルの回転数同期に係る処理時間が長くなる。
【0380】
これに対して、
図24(A)に示す本実施形態の制御であれば、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期のそれぞれの開始のタイミングが異なるので、回転数同期のためのフロントモータ10f及びリアモータ10rのそれぞれの駆動電力のピークをずらすことができる。結果として、上記比較例の場合と比べて回転数同期のための合計駆動電力のピークを小さくすることができる。
【0381】
その結果、本実施形態における前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1から後輪側回転数同期の完了タイミングtsr2までの時間であるトータル回転数同期時間ΔTsが、比較例におけるトータル回転数同期時間ΔTs´よりも短くなる。
【0382】
上述した本実施形態の構成による作用効果についてより詳細に説明する。
【0383】
本実施形態の変速制御方法では、前輪ダウン変速は、フロントモータ10fとフロント駆動輪11fとの間の動力伝達を遮断する前輪側動力遮断処理と、前輪側動力遮断処理中におけるフロント変速機16fの入出力の差回転数の調節をフロントモータ10fの駆動力を用いて行う前輪側回転数同期と、を含む。また、後輪ダウン変速は、リアモータ10rとリア駆動輪11rとの間の動力伝達を遮断する後輪側動力遮断処理と、後輪側動力遮断処理中におけるリア変速機16rの入出力の差回転数の調節をリアモータ10rの駆動力を用いて行う後輪側回転数同期と、を含む。また、前輪側回転数同期において要求されるフロントモータ10fの駆動電力及び後輪側回転数同期において要求されるリアモータ10rの駆動電力を同一のバッテリ15から供給する。
【0384】
そして、摩擦制動中に前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行する場合に、前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1と後輪側回転数同期の開始タイミングtsr1をずらす。
【0385】
これにより、急制動処理中において前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行する場合であっても、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期の相互の開始から完了までのプロセスが時間的に一致してしまう状態を回避することができる。このため、前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して行う場合であっても、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期におけるフロントモータ10f及びリアモータ10rのそれぞれの駆動電力のピークをずらすができる。結果として、同一のバッテリ15におけるバッテリ出力可能電力Pcによる制限の下であっても、前輪変速及び後輪変速において要求されるフロントモータトルクTfm及びリアモータトルクTrmをより好適に実現することができる。
【0386】
また、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期の開始タイミングの時間差としての同期オフセット時間τを、フロントモータ10f及びリアモータ10rの合計駆動電力の最大値がバッテリ15の出力可能電力であるバッテリ出力可能電力Pc以下となるように設定する。
【0387】
これにより、急制動処理中に前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速を並行して実行するシーンにおいて、双方の変速プロセスが並行することによって想定される最大の電力を、共通の電力源であるバッテリ15の出力上限以下に調節することができる。すなわち、急制動処理中において、上記合計駆動電力がバッテリ出力可能電力Pcに到達するという事態をより確実に防止することができる。
【0388】
特に、本実施形態の変速制御方法では、上記同期オフセット時間τを、フロントモータ10f及びリアモータ10rの合計駆動電力のトータル回転数同期時間ΔTsあたりの平均がバッテリ出力可能電力Pcと略一致するように設定する。
【0389】
これにより、前輪側回転数同期及び後輪側回転数同期をバッテリ出力可能電力Pcの範囲内においてより速やかに完了させることができる。結果として、変速時間のさらなる短縮に資することとなる。
【0390】
以下、第2実施形態の変形例について説明する。なお、下記の変形例では、上記同期オフセット時間τを、フロントモータ10f及びリアモータ10rの合計駆動電力の最大値がバッテリ出力可能電力Pc以下となるように設定するための他の形態が提供される。
【0391】
(変形例)
本変形例では、上述のように、前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1を後輪側回転数同期の開始タイミングtsr1よりも先に設定する場合において、上記同期オフセット時間τを前輪側回転数同期のためのフロントモータ10fの駆動電力に基づいて設定する。
【0392】
より詳細には、上記同期オフセット時間τを、前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1からフロントモータ10fの駆動電力が当該同期の進行に伴って低下し始めるまで(フロントモータトルクTfmのピークに到達するまで)の間の時間として設定する。すなわち、この場合、後輪側回転数同期が、フロントモータ10fの駆動電力の低下開始タイミングと略同時に開始されることとなる。
【0393】
このように同期オフセット時間τを設定することで、後輪側回転数同期が、少なくとも、前輪側回転数同期中におけるフロントモータ10fの駆動電力のピークの後に開始されることとなる。したがって、上記合計駆動電力の過剰に高いピーク(最大値)が生じることを抑制することができるので、当該合計駆動電力の最大値を好適にバッテリ出力可能電力Pc以下に調節することができる。
【0394】
なお、上記第2実施形態及び本変形例においては、同期オフセット時間τを実験等により予め定められた値を図示しないメモリに記憶させ、コントローラ50が急制動処理時に適宜、メモリに記憶された同期オフセット時間τを参照する構成を採用することができる。
【0395】
一方で、この同期オフセット時間τを予めメモリに記憶させておく構成に代えて、コントローラ50が同期オフセット時間τを種々の検出値からリアルタイムに演算する構成を採用しても良い。例えば、コントローラ50が、前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1から同期オフセット時間τの経過のトリガとなる上述した事象(フロントモータ10fの駆動電力が低下し始める等)を検出し、上記開始タイミングtsf1と当該検出タイミングの間の時間差をリアルタイムに演算してこれを同期オフセット時間τに設定する構成(プログラム)を採用しても良い。
【0396】
また、本変形例では、急制動処理中において前輪ダウン変速及び後輪ダウン変速の双方が成立した場合に、前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1が後輪側回転数同期の開始タイミングtsr1よりも先に設定することを前提としている。しかしながら、後輪側回転数同期の開始タイミングtsr1を前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1よりも先に設定し、変形例1又は2における同期オフセット時間τの設定方法を、「前輪側回転数同期の開始タイミングtsf1」を「後輪側回転数同期の開始タイミングtsf1」、及び「フロントモータ10fの駆動電力」を「リアモータ10rの駆動電力」に置き換えて実行することが可能である。
【0397】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0398】
上記各実施形態では、各種制御を実行する制御装置として一台のコントローラ50を用いる例について説明した。しかしながら、複数台のコントローラ50を設置して、各種制御における処理を分散させるようにしても良い。例えば、コントローラ50として、モータ制御に係る処理を実行するモータコントローラ、変速制御に係る処理を実行するシフトコントローラ、及びこのモータ制御と変速制御を統括しつつ他の制御を実行する統合コントローラを設けても良い。
【0399】
また、上記各実施形態においては、説明の簡略化のため、フロントモータ10fの仕様(特性)とリアモータ10rの仕様(特性)が相互に略同一であることを前提としている。しかしながら、これらは、上記各実施形態の変速制御方法の実行を阻害しない範囲で相互に異なっていても良い。
【0400】
さらに、上記各実施形態は、矛盾しない範囲で相互に組み合わせが可能である。