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特許7156550転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システム
(51)【国際特許分類】
   C21C 5/30 20060101AFI20221012BHJP
【FI】
C21C5/30 Z
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021557857
(86)(22)【出願日】2021-04-30
(86)【国際出願番号】 JP2021017176
(87)【国際公開番号】W WO2022004117
(87)【国際公開日】2022-01-06
【審査請求日】2021-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2020113971
(32)【優先日】2020-07-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉野 智裕
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】川畑 涼
(72)【発明者】
【氏名】天野 勝太
(72)【発明者】
【氏名】菊池 直樹
(72)【発明者】
【氏名】加瀬 寛人
(72)【発明者】
【氏名】野中 俊輝
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-087345(JP,A)
【文献】特開平07-173516(JP,A)
【文献】特開平01-229943(JP,A)
【文献】特開2019-073799(JP,A)
【文献】特開2015-010267(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 5/00
C21C 5/28- 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転炉での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出し、算出された供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量に基づいて転炉での吹錬を制御する転炉吹錬制御方法であって、
前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉に装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を推定し、推定された前記吹錬開始前溶銑温度を前記熱収支計算における装入溶銑温度として用いる、転炉吹錬制御方法。
【請求項2】
転炉での吹錬開始時及び吹錬中に得られる転炉の操業条件及び計測値に基づいて吹錬中に熱収支計算及び物質収支計算を逐次行うことにより吹錬進行時点での溶湯の温度及び成分濃度を逐次推定し、推定された溶湯の温度及び成分濃度に基づいて転炉での吹錬を制御する転炉吹錬制御方法であって、
前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉に装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を推定し、推定された前記吹錬開始前溶銑温度を前記熱収支計算における装入溶銑温度として用いる、転炉吹錬制御方法。
【請求項3】
前記熱収支計算で用いる装入溶銑温度として、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されている期間中に測定された溶銑の温度である装入中溶銑温度に、転炉への溶銑装入から吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を加えた値を用いる、請求項1又は2に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項4】
前記熱収支計算で用いる装入溶銑温度として、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中に測定された溶銑の温度である装入前溶銑温度に、該装入前溶銑温度の測定から溶銑が前記転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量及び転炉への溶銑装入から吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を、加えた値を用いる、請求項1又は2に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項5】
前記装入後溶銑温度変化量を、過去に行った吹錬の吹錬中溶湯温度の測定値に合うように前記熱収支計算から逆算された装入溶銑温度の逆算値と過去に行った吹錬の装入中溶銑温度との差に基づき定める、請求項4に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項6】
前記装入後溶銑温度変化量を、対象チャージの前チャージの出鋼から対象チャージの溶銑装入までの時間、及び対象チャージの溶銑装入から吹錬開始までの時間のうちの少なくとも一つをさらに考慮して定める、請求項5に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項7】
前記装入前溶銑温度変化量を、過去に行った吹錬の前記装入前溶銑温度と過去に行った
吹錬の装入中溶銑温度との差に基づき定める、請求項4~6のうち、いずれか1項に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項8】
前記装入前溶銑温度変化量を、対象チャージの吹錬に使用する溶銑を受湯する溶銑保持容器において、対象チャージの前チャージの溶銑を払出した時刻から対象チャージの吹錬に使用する溶銑を受湯した受湯時刻までの経過時間、及び前記装入前溶銑温度の測定から転炉装入までの時間のうち少なくとも一つをさらに考慮して定める、請求項7に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項9】
入中溶銑温度を非接触の光学的方法を用いて測定する、請求項3~8のうち、いずれか1項に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項10】
前記非接触の光学的方法が、溶銑から放射される発光スペクトルを測定し、測定された発光スペクトルより選ばれる異なる2波長の放射エネルギー比から溶銑の温度を算出する方法である、請求項9に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項11】
前記異なる2波長をλ1及びλ2(>λ1)としたとき、λ1及びλ2が共に400nmから1000nmの範囲内にあり、λ1とλ2の差の絶対値が50nm以上600nm以下である、請求項10に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項12】
前記異なる2波長をλ1及びλ2(>λ1)としたとき、λ1及びλ2が共に400nmから1000nmの範囲内にあり、λ1とλ2の差の絶対値が200nm以上600nm以下である、請求項10に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項13】
予め定めた前記異なる2波長の発光スペクトルの放射率の比によって溶銑の温度の測定値を補正する、請求項10~12のうち、いずれか1項に記載の転炉吹錬制御方法。
【請求項14】
転炉での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉への供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出する第一計算機と、前記第一計算機によって算出された転炉への供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量に基づいて転炉での吹錬を制御する制御装置と、を備える転炉吹錬制御システムであって、
転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を算出する第二計算機と、
前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されている期間中における溶銑の2色温度情報を用いて前記溶銑の温度を装入中溶銑温度として算出する第三計算機、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中における溶銑の温度である装入前溶銑温度の測定から溶銑が前記転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量を算出する第四計算機、及び前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されてから吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を算出する第五計算機のうちの少なくとも一つと、
を備え、
前記第二計算機は、前記第三計算機によって算出された装入中溶銑温度、前記第四計算機によって算出された装入前溶銑温度変化量、及び前記第五計算機によって算出された装入後溶銑温度変化量のうちの少なくとも一つを用いて前記吹錬開始前溶銑温度を算出し、前記第一計算機は、前記第二計算機によって算出された前記吹錬開始前溶銑温度を装入溶銑温度として用いて、転炉での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉への供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出する、転炉吹錬制御システム。
【請求項15】
転炉での吹錬開始時及び吹錬中に得られる転炉の操業条件及び計測値に基づいて熱収支計算及び物質収支計算を行って吹錬中の溶湯の温度及び成分濃度を逐次算出する第一計算機と、前記第一計算機によって算出された吹錬中の溶湯の温度及び成分濃度に基づいて転炉での吹錬を制御する制御装置と、を備える転炉吹錬制御システムであって、
転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を算出する第二計算機と、
転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されている期間中における溶銑の2色温度情報を用いて前記溶銑の温度を装入中溶銑温度として算出する第三計算機、転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中における溶銑の温度である装入前溶銑温度の測定から溶銑が前記転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量を算出する第四計算機、及び転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されてから吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を算出する第五計算機のうちの少なくとも一つと、
を備え、
前記第二計算機は、前記第三計算機によって算出された装入中溶銑温度、前記第四計算機によって算出された装入前溶銑温度変化量、及び前記第五計算機によって算出された装入後溶銑温度変化量のうちの少なくとも一つを用いて前記吹錬開始前溶銑温度を算出し、前記第一計算機は、前記第二計算機によって算出された前記吹錬開始前溶銑温度を装入溶銑温度として用いて、吹錬中の溶湯の温度を逐次算出する、転炉吹錬制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
転炉操業は、転炉内に装入された溶銑やスクラップ等からなる主原料に酸素を供給して酸化精錬(吹錬)を行うことにより溶鋼を得る製鋼工程である。転炉操業では、吹錬終了時(吹止め)における溶鋼の温度及び炭素濃度等の成分濃度を目標値に制御するために、スタティック制御とダイナミック制御とを組み合わせた吹錬制御が行われる。スタティック制御では、熱収支及び物質収支に基づいた数式モデルを用いて溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するために必要な供給酸素量と冷材又は昇熱材の投入量とを吹錬開始前に決定する。一方、ダイナミック制御では、サブランスを用いて吹錬中に溶湯の温度及び成分濃度を測定し、スタティック制御で決定した供給酸素量や冷材又は昇熱材の投入量を熱収支及び物質収支と反応モデルに基づいた数式モデルに基づき修正する。そして、ダイナミック制御では、吹止めまでの供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を最終的に決定・制御する。
【0003】
スタティック制御とダイナミック制御とを組み合わせた吹錬制御では、スタティック制御における誤差が大きすぎると、ダイナミック制御での修正が困難になり、吹止めにおける溶鋼の温度や成分濃度を目標値に制御することができなくなる場合がある。このため、スタティック制御における誤差をなるべく小さくする必要がある。スタティック制御に用いる数式モデルは、熱収支計算と酸素収支計算との2種類の計算から構成されている。このうち熱収支計算では、転炉内への入熱量の総和と出熱量の総和とが等しくなるように冷材又は昇熱材の投入量を算出する。
【0004】
熱収支計算に用いる数式は、入熱確定項、出熱確定項、冷却項又は昇熱項、誤差項、及びオペレーターによる温度補正項により構成されている。スタティック制御における誤差を小さくするためには、数式を構成する各項に適切な値を与えて熱収支計算を行う必要があり、適切な値を求めるための方法が検討されてきた。例えば特許文献1には、放射温度計によって測定された転炉の内張耐火物の表面温度と時刻情報とから求められた放冷曲線に基づいて、その後の吹錬での溶鋼の温度降下量を予測してスタティック制御における熱収支計算に取り入れる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-87345号公報
【文献】特開2012-117090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示されている方法を適用しても、依然としてスタティック制御における誤差が解消せず、その結果、吹止めにおける溶鋼の温度の制御精度を顕著に向上させるには至らなかった。なお、吹錬中の排ガス情報(排ガス流量や排ガス成分)等、サブランスによる測定の前から吹錬中に逐次得られる情報を活用して転炉操業に反映させることにより、数式モデルによる溶鋼の温度や成分濃度の推定精度を高める手法も提案されている。例えば特許文献2には、排ガス情報を活用して吹錬中の脱炭特性を特徴づける脱炭酸素効率減衰定数及び最大脱炭酸素効率を推定し、推定結果を用いて溶鋼の温度及び炭素濃度を推定する方法が開示されている。特許文献2に開示されている方法によれば、脱炭反応で発生する反応熱が溶鋼の温度の推定に精度よく反映されるので、吹止めにおける溶鋼の温度の制御精度は向上する。しかしながら、溶鋼の温度に影響を及ぼす因子は脱炭反応以外にも存在するため、依然として吹止めにおける溶鋼の温度の制御精度は満足できるレベルには至らなかった。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、吹錬終了時の溶鋼の温度を目標値に精度よく制御可能な転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第一の態様に係る転炉吹錬制御方法は、転炉での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出し、算出された供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量に基づいて転炉での吹錬を制御する転炉吹錬制御方法であって、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉に装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を推定し、推定された前記吹錬開始前溶銑温度を前記熱収支計算における装入溶銑温度として用いる。
【0009】
本発明の第二の態様に係る転炉吹錬制御方法は、転炉での吹錬開始時及び吹錬中に得られる転炉の操業条件及び計測値に基づいて吹錬中に熱収支計算及び物質収支計算を逐次行うことにより吹錬進行時点での溶湯の温度及び成分濃度を逐次推定し、推定された溶湯の温度及び成分濃度に基づいて転炉での吹錬を制御する転炉吹錬制御方法であって、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉に装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を推定し、推定された前記吹錬開始前溶銑温度を前記熱収支計算における装入溶銑温度として用いる。
【0010】
前記熱収支計算で用いる装入溶銑温度として、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されている期間中に測定された溶銑の温度である装入中溶銑温度に、転炉への溶銑装入から吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を加えた値を用いるとよい。
【0011】
前記熱収支計算で用いる装入溶銑温度として、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中に測定された溶銑の温度である装入前溶銑温度に、該装入前溶銑温度の測定から溶銑が前記転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量及び転炉への溶銑装入から吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を加えた値を用いるとよい。
【0012】
前記装入後溶銑温度変化量を、過去に行った吹錬の吹錬中溶湯温度の測定値に合うように前記熱収支計算から逆算された装入溶銑温度の逆算値と過去に行った吹錬の前記装入中溶銑温度との差に基づき定めるとよい。
【0013】
前記装入後溶銑温度変化量を、対象チャージの前チャージの出鋼から対象チャージの溶銑装入までの時間、及び対象チャージの溶銑装入から吹錬開始までの時間のうちの少なくとも一つをさらに考慮して定めるとよい。
【0014】
前記装入前溶銑温度変化量を、過去に行った吹錬の前記装入前溶銑温度と過去に行った吹錬の前記装入中溶銑温度との差に基づき定めるとよい。
【0015】
前記装入前溶銑温度変化量を、対象チャージの吹錬に使用する溶銑を受湯する溶銑保持容器において、対象チャージの前チャージの溶銑を払出した時刻から対象チャージの吹錬に使用する溶銑を受湯した受湯時刻までの経過時間、及び前記装入前溶銑温度の測定から転炉装入までの時間のうち少なくとも一つをさらに考慮して定めるとよい。
【0016】
前記装入中溶銑温度を非接触の光学的方法を用いて測定するとよい。
【0017】
前記非接触の光学的方法が、溶銑から放射される発光スペクトルを測定し、測定された発光スペクトルより選ばれる異なる2波長の放射エネルギー比から溶銑の温度を算出する方法であるとよい。
【0018】
前記異なる2波長をλ1及びλ2(>λ1)としたとき、λ1及びλ2が共に400nmから1000nmの範囲内にあり、λ1とλ2の差の絶対値が50nm以上600nm以下であるとよい。
【0019】
前記異なる2波長をλ1及びλ2(>λ1)としたとき、λ1及びλ2が共に400nmから1000nmの範囲内にあり、λ1とλ2の差の絶対値が200nm以上600nm以下であるとよい。
【0020】
予め定めた前記異なる2波長の発光スペクトルの放射率の比によって溶銑の温度の測定値を補正するとよい。
【0021】
本発明の第一の態様に係る転炉吹錬制御システムは、転炉での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉への供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出する第一計算機と、前記第一計算機によって算出された転炉への供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量に基づいて転炉での吹錬を制御する制御装置と、を備える転炉吹錬制御システムであって、転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を算出する第二計算機と、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されている期間中における溶銑の2色温度情報を用いて前記溶銑の温度を装入中溶銑温度として算出する第三計算機、前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中における溶銑の温度である装入前溶銑温度の測定から溶銑が前記転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量を算出する第四計算機、及び前記熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されてから吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を算出する第五計算機のうちの少なくとも一つと、を備え、前記第二計算機は、前記第三計算機によって算出された装入中溶銑温度、前記第四計算機によって算出された装入前溶銑温度変化量、及び前記第五計算機によって算出された装入後溶銑温度変化量のうちの少なくとも一つを用いて前記吹錬開始前溶銑温度を算出し、前記第一計算機は、前記第二計算機によって算出された前記吹錬開始前溶銑温度を装入溶銑温度として用いて、転炉での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉への供給酸素量及び冷材又は昇熱材の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出する。
【0022】
本発明の第二の態様に係る転炉吹錬制御システムは、転炉での吹錬開始時及び吹錬中に得られる転炉の操業条件及び計測値に基づいて熱収支計算及び物質収支計算を行って吹錬中の溶湯の温度及び成分濃度を逐次算出する第一計算機と、前記第一計算機によって算出された吹錬中の溶湯の温度及び成分濃度に基づいて転炉での吹錬を制御する制御装置と、を備える転炉吹錬制御システムであって、転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を算出する第二計算機と、転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されている期間中における溶銑の2色温度情報を用いて前記溶銑の温度を装入中溶銑温度として算出する第三計算機、転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中における溶銑の温度である装入前溶銑温度の測定から溶銑が前記転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量を算出する第四計算機、及び転炉での吹錬の原料として用いる溶銑が前記転炉へ装入されてから吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を算出する第五計算機のうちの少なくとも一つと、を備え、前記第二計算機は、前記第三計算機によって算出された装入中溶銑温度、前記第四計算機によって算出された装入前溶銑温度変化量、及び前記第五計算機によって算出された装入後溶銑温度変化量のうちの少なくとも一つを用いて前記吹錬開始前溶銑温度を算出し、前記第一計算機は、前記第二計算機によって算出された前記吹錬開始前溶銑温度を装入溶銑温度として用いて、吹錬中の溶湯の温度を逐次算出する。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システムによれば、吹錬終了時の溶鋼の温度を目標値に精度よく制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、本発明の一実施形態である転炉吹錬制御システムの構成を示す模式図である。
図2図2は、吹錬以前の転炉の空炉時間と、吹錬開始温度を装入時に測定した溶銑温度として計算した場合の推定温度から吹錬途中で投入したサブランスから得られる実績温度を引いた温度差との関係を示す図である。
図3図3は、溶銑装入後から吹錬開始までの時間と、吹錬開始温度を装入時に測定した溶銑温度として計算した場合の推定温度から吹錬途中で投入したサブランスから得られる実績温度を引いた温度差との関係を示す図である。
図4図4は、発明例及び比較例1における吹錬終了時における目標値に対する溶銑の温度誤差を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システムについて説明する。
【0026】
〔転炉吹錬制御方法〕
転炉操業では、吹錬終了時(吹止め)における溶鋼の温度及び炭素濃度等の成分濃度を目標値に制御するために、スタティック制御とダイナミック制御とを組み合わせた吹錬制御が行われている。スタティック制御は、熱収支計算及び物質収支計算に基づいた数式モデルを用いて、溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するために必要な供給酸素量及び冷材又は昇熱材(以下、冷材等と表記)の投入量を吹錬開始前に決定する。そして、決定された供給酸素量及び冷材等の投入量に基づいて吹錬を開始、進行させ、一定時間継続した後(例えば、スタティック制御で計算された供給酸素量の80~90%を吹精した時点等)、サブランスを用いて溶湯の温度及び成分濃度を測定する。ダイナミック制御では、サブランスを用いて測定された溶湯の温度及び成分濃度並びに熱収支及び物質収支と反応モデルとに基づいた数式モデルを用いて、スタティック制御で決定した供給酸素量や冷材等の投入量を修正し、吹止めまでの供給酸素量及び冷材等の投入量を最終的に決定する。
【0027】
スタティック制御における熱収支計算の計算式は、例えば入熱確定項、出熱確定項、冷却項又は昇温項、誤差項、及びオペレーターによる温度補正項によって構成されている。このうち、入熱確定項には、装入される溶銑の顕熱を表す項が含まれる。なお、上述した特許文献2に開示されている方法であっても、初期値として装入される溶銑の顕熱を与えなければならない点は、スタティック制御とダイナミック制御とを組み合わせた吹錬制御法と同様である。
【0028】
装入される溶銑の顕熱は、(溶銑の比熱)×(装入される溶銑の質量)×(装入される溶銑の温度)によって算出される。溶銑の比熱は、便覧等に記載されている物性値を用いる。装入される溶銑の質量は、例えば溶銑装入前にロードセル等で測定した溶銑を充填した装入鍋(溶銑保持容器)の重量と溶銑装入後にロードセル等で測定した空の装入鍋の重量との差を用いる。また、装入される溶銑の温度(装入溶銑温度)は、例えば装入鍋に充填された溶銑に熱電対を浸漬させて測定した値を用いる。
【0029】
本発明の発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、吹止めにおける溶鋼の温度の制御精度が向上しない原因として、スタティック制御やダイナミック制御における熱収支計算において、装入される溶銑の顕熱の値が不正確であることを知見した。特に、装入される溶銑の顕熱を計算する際、上述した溶銑の温度の測定値を用いることが必ずしも適当でない場合があることを知見した。
【0030】
一般に、溶銑の温度測定は、溶銑が装入鍋に装入され、除滓が行われた後に行われる。しかしながら、温度測定後、溶銑が転炉に装入されるまでの経過時間は、転炉や転炉よりも後の製鋼工程の操業状況に応じて大きく異なる。例えば、溶銑の温度測定後、すぐに転炉に装入されて吹錬を開始する場合もあれば、溶銑の温度測定後、そのまま装入鍋に充填された状態で、転炉装入まで待機を余儀なくされる場合もある。すなわち、溶銑の温度測定後、転炉装入までの期間の溶銑の温度降下量が異なることにより、実際の装入溶銑温度も異なることになる。
【0031】
特に、転炉装入までの待機時間が長いと、熱対流により装入鍋深さ方向に溶銑の温度分布が生じる。充填量が200トンを超える装入鍋は、溶銑充填時の溶銑浴の深さが数mオーダーであるのに対して、測温時の熱電対の浸漬深さは数十cmである。このため、たとえ転炉装入前に装入鍋で再度溶銑の温度を測定したとしても、測温値に溶銑の温度分布の影響が十分反映されず、誤差が生じる要因となる。また、使用する装入鍋の熱履歴も、溶銑温度の測定後、転炉装入までの期間の溶銑の温度降下量に影響を及ぼす。例えば熱収支計算の対象となるチャージに使用する溶銑を受湯した装入鍋では、溶銑の受湯前に溶銑を払出した時刻から溶銑の受湯までの経過時間(空鍋時間)が短ければ、装入鍋で溶銑が保持されている期間中の溶銑の温度降下量は小さい。逆に空鍋時間が長ければ、装入鍋で溶銑が保持されている期間中の溶銑の温度降下量は大きくなる。また、熱収支計算の対象となるチャージに使用する溶銑の受湯直前の状態のみならず、一定の期間内で溶銑が充填された状態の時間(充鍋時間)の比率が高い装入鍋は溶銑の温度降下量が小さく、逆に充鍋時間の比率が低い装入鍋は溶銑の温度降下量が大きい。
【0032】
さらに、溶銑の温度は、装入鍋での保持中以外にも熱収支計算の精度に影響を及ぼす変動が生じる。具体的には、溶銑が装入鍋から転炉に装入され、吹錬が開始されるまでの期間の温度変動が挙げられる。溶銑の転炉装入には通常5分程度要するが、この装入時間は溶銑が装入される転炉の炉口の状態(地金の付着状況など)により変動し、装入時間が延びればその時間だけ転炉装入後の溶銑温度は低下しているものと考えられる。また、転炉への溶銑装入が完了した後、吹錬が開始されるまでの時間も、工場の操業状況により変動する。例えば、転炉への溶銑装入が完了した後、吹錬が開始されるまで10分以上待機する場合もある。このように、溶銑装入後、吹錬開始までの時間が延びれば、その時間だけ溶銑温度は低下しているものと考えられる。加えて、溶銑が装入される転炉の状態によっても装入後の溶銑温度は変動する。例えば、前チャージの出鋼後から次チャージの装入までの時間(空炉時間)が短いと装入後の溶銑の温度低下は少ないと考えられるが、空炉時間が長い場合には装入後の溶銑の温度低下は大きいと考えられる。
【0033】
このように、現状、装入される溶銑の顕熱の計算に用いている溶銑温度の値が必ずしも適当でない場合があることがわかったが、溶銑温度の測定後、溶銑が転炉に装入されるまでの経過時間、及び装入鍋や転炉の熱履歴等を一定にして操業することは困難である。そこで、本発明の発明者らは、熱収支計算で用いる装入溶銑温度として、転炉に装入され、吹錬の開始直前の状態にある溶銑の温度である吹錬開始前溶銑温度を推定し、推定された吹錬開始前溶銑温度を用いることにした。これにより、従来よりも熱収支計算の精度が向上し、溶鋼の温度を精度よく目標値に制御することが可能となる。
【0034】
なお、吹錬開始前溶銑温度の推定値は、次のようにして求めることができる。
【0035】
(a)熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑が、転炉に装入されている最中に溶銑温度(装入中溶銑温度)の測定を行い、装入中溶銑温度の測定値が得られる場合は、装入中溶銑温度の測定値に、転炉装入中から吹錬開始までの溶銑温度の変化量である装入後溶銑温度変化量を加えた値として吹錬開始前溶銑温度の推定値を求め、熱収支計算に使用する。なお、装入後溶銑温度変化量は、転炉装入中から吹錬開始までの期間に溶銑の温度が低下していると推定される場合は負の値をとる。従って、この場合の吹錬開始前溶銑温度の推定値は装入中溶銑温度の測定値から装入後溶銑温度変化量の絶対値を引いた値となる。ここで、装入後溶銑温度変化量は、装入中溶銑温度の測定を行って実施した過去の吹錬のデータより、次のような計算により求めることができる。
【0036】
まず、装入中溶銑温度の測定を行って実施した過去の吹錬について、実際にサブランスで測定された吹錬中の溶湯温度の実績値に合うように、熱収支計算で装入溶銑温度を逆算する。逆算された装入溶銑温度と過去の同じ吹錬の装入中溶銑温度の測定値との差が装入後溶銑温度変化量に対応するものと考える。例えば、ある過去の吹錬において、装入中溶銑温度の測定値が1350℃、サブランスで測定された溶湯温度が1550℃であったとする。ここで、過去の吹錬について熱収支計算の解が1550℃になるように、装入溶銑温度のみを変数とした熱収支計算の逆算を行う(装入溶銑温度以外の値は全て過去の吹錬の熱収支計算に用いた値と同じ値を用いる)。逆算された装入溶銑温度が仮に1340℃であったとすると、装入後溶銑温度変化量は1340-1350=-10℃と求める。
【0037】
このようにして、装入中溶銑温度の測定を行って実施した過去の吹錬の各々について装入後溶銑温度変化量を求め、これらをデータとして蓄積しておけば、新たに行う吹錬に対する熱収支計算において、装入後溶銑温度変化量を蓄積されたデータに基づき定めることができる。新たに行う吹錬に対する熱収支計算に際し、装入後溶銑温度変化量を定めるにあたっては、蓄積された装入後溶銑温度変化量そのものの算術平均値をとって使用してもよいし、装入後溶銑温度変化量を、対応する過去の吹錬の前チャージの出鋼から過去のチャージの溶銑装入までの時間及び過去のチャージの溶銑装入から過去のチャージの吹錬開始までの時間等を変数とした回帰計算等によって得られた関数として与えてもよい。
【0038】
(b)一方、熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑について、転炉に装入されている最中の溶銑温度の測定を行わない場合、あるいは測定値が得られなかった場合は、溶銑が、転炉へ装入される前に溶銑保持容器で保持されている期間中に測定された溶銑の温度である装入前溶銑温度に、装入前溶銑温度の測定から溶銑が転炉に装入されるまでの期間の溶銑温度の変化量である装入前溶銑温度変化量、及び装入後溶銑温度変化量を加えた値として吹錬開始前溶銑温度を求め、熱収支計算に使用する。なお、装入前溶銑温度変化量は、溶銑保持容器での測温時から転炉装入中までの期間に溶銑の温度が低下していると推定される場合は負の値をとる。従って、この場合の装入中溶銑温度の推定値は溶銑保持容器での測定値から装入前溶銑温度変化量の絶対値を引いた値となる。
【0039】
装入前溶銑温度変化量は、装入中溶銑温度の測定を行って実施した過去の吹錬のデータより、装入鍋での溶銑温度の測温値と装入中溶銑温度の測温値との差に基づき決定するとよい。例えば、ある過去の吹錬において、装入鍋での溶銑温度の測温値が1370℃、装入中溶銑温度の測定値が1350℃であったとすると、装入前溶銑温度変化量は1350-1370=-20℃と求められる。ここで、過去の吹錬に使用した溶銑を受湯した装入鍋について、過去の溶銑の受湯前に溶銑を払出した時刻から過去の溶銑の受湯までの経過時間(空鍋時間)を各吹錬の各々について記録しておき、装入前溶銑温度変化量を、空鍋時間等を変数とした回帰計算等によって得られた関数として与えてもよい。なお、装入後溶銑温度変化量は、上記(a)と同様に求めればよい。
【0040】
装入中溶銑温度の測定は、熱収支計算の対象である吹錬の原料として用いる溶銑が装入鍋から転炉に流入する際に非接触の光学的方法により溶銑の温度を測定する方法を採用することが好ましい。測温の方法としては、溶銑が装入鍋から転炉に流入する際の注入流に熱電対等を浸漬させて測定する方法も考えられるが、注入流に熱電対を浸漬するためには大掛かりな設備が必要となる。このため、より簡便に温度測定が可能な非接触の光学的方法を採用することが好ましい。
【0041】
非接触の光学的方法としては、2色温度計、放射温度計、又はサーモビュア等を用いた測温方法を例示できる。また、非接触の光学的方法で測温を行う場合、装入鍋に充填された静止状態の溶銑では浴面上にスラグが浮遊しているため、正確な測定が難しい場合がある。これに対して、装入鍋から転炉に流入する際の注入流に対して測定を行えば、溶銑面が露出した部位が現れるので、より正確な測定が可能になる。
【0042】
前述した非接触の光学的方法のうち、溶銑から放射される発光スペクトルを測定し、得られた発光スペクトルより選ばれる異なる2波長の放射エネルギー比から温度を算出する方法、すなわち2色温度計を用いる方法がより好ましい。本発明において測温の対象となる、装入鍋から転炉に流入する際の注入流については、測定条件によって放射率が変動する可能性がある。2色温度計を用いる方法では、測温対象の放射率が変動する場合であっても、波長の異なる2つの分光放射率の関係が比例関係を保って変動するならば、2つの分光放射率の比は温度のみに依存するので、放射率の変動によらず正確な温度測定が可能になるからである。
【0043】
なお、上記の異なる2波長をλ1及びλ2(λ1<λ2)とすると、λ1及びλ2が以下の関係を満たすように波長を選ぶことが好ましい。すなわち、λ1及びλ2が共に400nmから1000nmの範囲内にあり、λ1とλ2との差の絶対値が50nm以上600nm以下であることが好ましい。2色温度計を用いる方法でも、波長の異なる2つの発光スペクトルの放射率が互いに比例関係を保って変動しない場合には測定誤差を生じる。高精度な測定を行うためには、波長の異なる2つの発光スペクトルの放射率ελ1,ελ2の比である放射率比R(R=ελ1/ελ2)の変動を小さくする条件を選択することが望まれる。本発明の発明者らの検討によれば、放射率比Rの変動の要因である溶銑表面の酸化膜や炉壁からの迷光は、放射率が比較的小さい長波長側でそれらの影響が大きくなると考えられる。そのため、放射率が大きい短波長側で検出波長を選択することが好ましい。
【0044】
具体的には、λ1及びλ2を共に400nmから1000nmの範囲内で選択することが好ましい。波長が400nm未満である場合、波長が短いために通常の分光カメラでは放射エネルギーの検出が難しくなる。一方、波長が1000nmを超える場合には、波長が長いため放射率比変動の影響が大きくなる。さらに、λ1とλ2の差の絶対値が50nm以上600nm以下であることが好ましい。λ1とλ2の差の絶対値が50nm未満である場合、λ1とλ2の波長が近いため、通常の分光カメラでは分光が難しくなる。一方、λ1とλ2の差の絶対値が600nmを超える場合には、必然的に片方の波長を長波長の条件から選択していることになり、波長が長いため放射率比変動の影響が大きくなる。
【0045】
なお、λ1とλ2の差の絶対値が200nm以上600nm以下であると放射率比Rの変動の影響が小さくなるので、さらに好ましい。また、予め実験や文献値に基づき放射率比Rを定めておき、溶銑の温度の測定値を予め定めた放射率比Rで補正してもよい。
【0046】
〔転炉吹錬制御システム〕
本発明の一実施形態である転炉吹錬制御システム1は、図1に示すように、転炉11での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉11への供給酸素量及び冷材等の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出する第一計算機3と、第一計算機3によって算出された転炉11への供給酸素量及び冷材等の投入量に基づいて転炉11での吹錬を制御する制御装置7と、を備えている。なお、制御装置7は、転炉11に供給する酸素等のガスの流量を制御するガス流量制御装置7a、サブランスを用いた溶湯の温度及び成分濃度の測定動作を制御するサブランス制御装置7b、及び転炉11への副原料の投入動作を制御する副原料投入制御装置7cを備えている。また、転炉吹錬制御システム1は、転炉11での吹錬の原料として用いる溶銑12が装入鍋13から転炉11へ装入され、吹錬の開始直前の状態にあるときの溶銑12の温度である吹錬開始前溶銑温度を算出する第二計算機6を備える。なお、第一計算機3と第二計算機6は、同一の計算機でもよいし、別の計算機でもよい。
【0047】
また、この転炉吹錬制御システム1は、分光カメラ2によって測定された、転炉11での吹錬の原料として用いる溶銑12が装入鍋13から転炉11へ装入されている期間中における溶銑12の2色温度情報を用いて溶銑12の温度を装入中溶銑温度として算出する第三計算機8、熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑12が転炉11へ装入される前に装入鍋13で保持されている期間中における溶銑12の温度である装入前溶銑温度の測定から溶銑12が転炉11に装入されるまでの期間の溶銑温度変化量である装入前溶銑温度変化量を算出する第四計算機9、及び熱収支計算の対象となる吹錬で原料として用いる溶銑12が転炉11へ装入されている期間中における溶銑12の温度である装入中溶銑温度の測定から吹錬開始までの期間の溶銑温度変化量である装入後溶銑温度変化量を算出する第五計算機10を備えている。なお、転炉吹錬制御システム1は、第三計算機8、第四計算機9、及び第五計算機10のうちの少なくとも一つを備えていればよい。
【0048】
そして、第二計算機6は、第三計算機8によって算出された装入中溶銑温度、第四計算機9によって算出された装入前溶銑温度変化量、及び第五計算機10によって算出された装入後溶銑温度変化量のうちの少なくとも一つを用いて吹錬開始前溶銑温度を算出し、第一計算機3は、排ガス流量計4によって計測された排ガスの流量及び排ガス分析計5によって分析された排ガスの組成と共に、第二計算機6によって算出された吹錬開始前溶銑温度を装入溶銑温度として用いて、転炉11での吹錬終了時の溶鋼の温度及び成分濃度を目標値に制御するための転炉11への供給酸素量及び冷材等の投入量を熱収支計算及び物質収支計算により算出する。なお、第一計算機3は、排ガス流量計4によって計測された排ガスの流量及び排ガス分析計5によって分析された排ガスの組成と共に、第二計算機6によって算出された吹錬開始前溶銑温度を装入溶銑温度として用いて、吹錬中の溶湯の温度を逐次算出し、制御装置7は、第一計算機3によって算出された吹錬中の溶湯の温度に基づいて転炉での吹錬を制御するようにしてもよい。
【0049】
ここで、分光カメラ2は、例えば転炉装入側の炉前で、溶銑12が装入鍋13から転炉11に流入する際の注入流が観測できる場所に設置される。注入流を見上げるような角度で分光カメラ2を設置すると、溶銑装入時の発塵の影響を受けにくく好ましい。分光カメラ2では、溶銑装入開始から終了までの間、予め設定されたサンプリングレート(例えば1秒おき)で2色温度情報が採取される。分光カメラ2によって採取された2色温度情報は操作室等に設置された第三計算機8に送信され、第三計算機8で装入中溶銑温度が算出される。
【0050】
第四計算機9は、過去の吹錬における装入鍋13での溶銑温度の測温値、装入中溶銑温度の測温値、及び空鍋時間等のデータを蓄積すると共に、これらのデータを用いて装入前溶銑温度変化量を算出する。装入前溶銑温度変化量の算出にあたっては、第四計算機9内で回帰計算等による装入前溶銑温度変化量を与える関数の導出や、この関数を使用した装入前溶銑温度変化量の算出を行ってもよい。
【0051】
第五計算機10は、過去の吹錬における装入中溶銑温度の測定値、サブランスで測定された吹錬中の溶湯温度の実績値、空炉時間等のデータを蓄積すると共に、これらのデータを用いて装入後溶銑温度変化量を算出する。装入後溶銑温度変化量の算出にあたっては、サブランスで測定された吹錬中の溶湯温度の実績値に合うように、熱収支計算で装入溶銑温度を逆算するが、この逆算及び逆算に必要なデータの読み出しや保存の各機能を第五計算機10内に具備する態様としてもよいし、第五計算機10に保存されたデータを第一計算機3に書き出して第一計算機3で逆算を行い、得られた解を第五計算機10に読み出す態様としてもよい。また、第五計算機10内で回帰計算等による装入後溶銑温度変化量を与える関数の導出や、この関数を使用した装入後溶銑温度変化量の算出を行ってもよい。
【0052】
なお、第三計算機8、第四計算機9、及び第五計算機10は同一の計算機でもよいし、別の計算機でもよい。また、第三計算機8、第四計算機9、及び第五計算機10のうちの少なくとも一つを、第一計算機3又は第二計算機6のいずれかと同一の計算機としてもよい。さらに、第一計算機3、第二計算機6、第三計算機8、第四計算機9、及び第五計算機10の全てを一つの計算機としてもよい。
【実施例
【0053】
図2は、350トンの転炉を用いて、300~350トンの溶銑を吹錬した場合の操業条件と排ガス情報から逐次溶湯温度を推定する熱収支計算において、吹錬以前の転炉の空炉時間と、装入時に測定した装入中溶銑温度が吹錬開始前溶銑温度に等しいとして計算した場合の溶湯の推定温度と吹錬途中で投入したサブランス測定から得られる溶湯の実績温度を引いた温度差との関係を示す図である。図2に示すように、空炉時間の増加に伴い熱収支計算の温度差ΔT(推定温度-実績温度)が大きくなることから、溶銑装入から吹錬開始までの期間の溶銑の温度降下量も増加することが確認できた。
【0054】
図3は、350トンの転炉を用いて、300~350トンの溶銑を吹錬した場合の、操業条件と排ガス情報から逐次溶湯温度を推定する熱収支計算において、溶銑装入後から吹錬開始までの時間と、装入時に測定した装入中溶銑温度が吹錬開始前溶銑温度に等しいとして計算した場合の溶湯の推定温度から吹錬途中で投入したサブランス測定から得られる溶湯の実績温度を引いた温度差との関係を示す図である。図2同様に、溶銑装入後から吹錬開始までの時間の増加に伴い、溶銑の温度降下量も増加することが確認できた。
【0055】
図2及び図3から、装入時に溶銑温度を測定し熱収支計算に反映させることによって、空炉時間及び溶銑装入後から吹錬開始までの時間に応じた溶銑装入から吹錬開始までの期間の溶銑の温度降下量を推定できることがわかる。よって、推定した溶銑の温度降下量を熱収支計算に取り入れることにより、吹錬開始前溶銑温度の推定精度を向上できる。
【0056】
【表1】
【0057】
上記本発明方法の効果を確認するために行った実施結果を表1に示す。表1に示す発明例1は350トンの転炉を用いて、300~350トンの溶銑を吹錬する際に、操業条件と排ガス情報から逐次溶湯温度を推定する熱収支計算に、装入中に測定した装入中溶銑温度と、装入後から吹錬開始までの溶銑の温度降下量である装入後溶銑温度変化量とを取り入れて計算した吹錬開始前溶銑温度を用いた結果(100チャージ)である。ここで、装入中溶銑温度は100チャージの平均で1368℃であった。装入後溶銑温度変化量は、空炉時間及び対象チャージの溶銑装入から吹錬開始までの時間の一次関数として過去チャージから重回帰で係数を求め、計算した。具体的には、装入後溶銑温度変化量(℃)=-0.43×(装入中溶銑温度の測定から吹錬開始までの時間(min))-0.27×(空炉時間(min))の式を用いて計算し、得られた装入後溶銑温度変化量の100チャージの平均は-6℃であった。その結果、吹錬開始前溶銑温度は100チャージの平均で1362℃となり、この値を熱収支計算における装入溶銑温度として用いた。
【0058】
また、表1に示す発明例2は、発明例1と同じ100チャージの吹錬の際に、装入前溶銑温度、装入前溶銑温度変化量、及び装入後溶銑温度変化量から吹錬開始前溶銑温度を推定し、熱収支計算に取り入れた場合のものである。ここで、装入前溶銑温度は100チャージの平均で1374℃であった。装入前溶銑温度変化量は、空鍋時間等を変数とした回帰計算によって得られた一次関数から計算した。具体的には、装入前溶銑温度変化量(℃)=-0.15×(空鍋時間(min))-0.37×(空炉時間(min))の式を用いて求め、100チャージの平均で-8℃であった。装入後溶銑温度変化量は発明例1と同じ値(-6℃)を用いた。その結果、吹錬開始前溶銑温度は、100チャージの平均で1360℃となり、この値を熱収支計算における装入溶銑温度として用いた。
【0059】
一方、比較例1~3は、発明例とは別の100チャージにおいて、装入中溶銑温度及び装入後から吹錬開始までの溶銑の温度降下量である装入後溶銑温度変化量を熱収支計算に取り入れなかった場合のものである。比較例1は、装入前溶銑温度(100チャージの平均で1374℃)をそのまま吹錬開始前溶銑温度として熱収支計算に用いた。比較例2は、装入中溶銑温度の測定値(100チャージの平均で1362℃)をそのまま吹錬開始前溶銑温度として熱収支計算に用いた。比較例3は、装入前溶銑温度(100チャージの平均で1374℃)と装入前溶銑温度変化量(100チャージの平均で-14℃)の和(100チャージの平均で1360℃)を吹錬開始前溶銑温度として熱収支計算に用いた。
【0060】
表1の温度推定精度とは、各条件で測定又は推定した吹錬開始温度を用いて途中サブランス投入時点まで排ガス情報から逐次溶湯温度を推定することにより得られる推定温度と、途中サブランスによって得られる実績温度との誤差の標準偏差の値である。表1及び表1中の発明例1と比較例1を示した図4より明らかなように、比較例に比べて発明例は精度が向上していることがわかる。なお、本発明は操業条件と排ガス情報から逐次溶湯温度を推定する熱収支計算に限らず、スタティック制御にも適用可能である。
【0061】
以上、本発明者らによってなされた発明を適用した実施形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施の形態、実施例、及び運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、吹錬終了時の溶鋼の温度を目標値に精度よく制御可能な転炉吹錬制御方法及び転炉吹錬制御システムを提供することができる。
【符号の説明】
【0063】
1 転炉吹錬制御システム
2 分光カメラ
3 第一計算機
4 排ガス流量計
5 排ガス分析計
6 第二計算機
7 制御装置
7a ガス流量制御装置
7b サブランス制御装置
7c 副原料投入制御装置
8 第三計算機
9 第四計算機
10 第五計算機
11 転炉
12 溶銑
13 装入鍋
図1
図2
図3
図4