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特許71565941ステップ発酵による(R)-3-ヒドロキシ酪酸またはその塩の調製
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】1ステップ発酵による(R)-3-ヒドロキシ酪酸またはその塩の調製
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/52 20060101AFI20221012BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20221012BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
C12P7/52
C12N1/21
C12N15/54
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019545910
(86)(22)【出願日】2018-04-03
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-12-19
(86)【国際出願番号】 US2018025879
(87)【国際公開番号】W WO2018187324
(87)【国際公開日】2018-10-11
【審査請求日】2019-04-26
【審判番号】
【審判請求日】2021-03-23
(31)【優先権主張番号】62/481,476
(32)【優先日】2017-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【微生物の受託番号】CGMCC  13111
(73)【特許権者】
【識別番号】519155882
【氏名又は名称】エヌエヌビー ニュートリション ユーエスエー、エルエルシー
(74)【代理人】
【識別番号】100180781
【弁理士】
【氏名又は名称】安達 友和
(72)【発明者】
【氏名】廖 ▲チ▼林
(72)【発明者】
【氏名】範 文超
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】上條 肇
【審判官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-158190(JP,A)
【文献】特開平3-183499(JP,A)
【文献】特開昭64-74999(JP,A)
【文献】国際公開第2014/190251(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0203459(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C12P 7/00 - 7/66
CAPlus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
操作した非病原性微生物を用いて発酵ブロスを発酵させるステップを含む(R)-3-ヒドロキシ酪酸の生成プロセスであって、前記発酵ブロスが、炭素源と、窒素源と、を含み、前記炭素源と窒素源が、前記非病原性微生物を用いた1ステップ発酵によって(R)-3-ヒドロキシ酪酸に直接変換され、前記(R)-3-ヒドロキシ酪酸が、発酵中に排出された後に発酵ブロスから回収され、このとき、前記非病原性微生物が、China General Microbiological Culture Collection Centerに受託番号CGMCC No.13111で寄託されているコリネバクテリウム・グルタミカム菌株であり、前記非病原性微生物が、少なくとも1つの過剰発現させた酵素を有し、かつ前記非病原性微生物が、ピルビン酸と補酵素AをアセチルCoAに変換し、アセチルCoAをアセトアセチルCoAに変換し、アセトアセチルCoAをアセト酢酸に変換し、かつアセト酢酸を(R)-3-ヒドロキシ酪酸に変換する生体内変化能を有しているプロセス。
【請求項2】
前記非病原性微生物を用いて過剰発現させた酵素が、スクシニルCoAトランスフェラーゼ、アセトアセチルCoAシンターゼ、または3-HBデヒドロゲナーゼを含む、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記微生物が、スクシニルCoAトランスフェラーゼと3-HBデヒドロゲナーゼとを過剰発現させる、請求項1または2に記載のプロセス。
【請求項4】
前記炭素源が、グルコース、スクロース、マルトース、糖蜜、デンプン、およびグリセロールから成る群から選択される要素を含む、請求項1~3のうちいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項5】
前記窒素源が、有機窒素源と無機窒素源から成る群から選択される要素を含む、請求項1~3のうちいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項6】
前記有機窒素源が、コーンスティープリカー、糠加水分解物、大豆かす加水分解物、酵母抽出物、酵母粉末、ペプトン、および尿素から成る群から選択される要素を含む、請求項に記載のプロセス。
【請求項7】
前記無機窒素源が、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、およびアンモニア水から成
る群から選択される要素を含む、請求項に記載のプロセス。
【請求項8】
前記(R)-3-ヒドロキシ酪酸が細菌性エンドトキシンを含まず、95%以上の純度を有する、請求項1~7のうちいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項9】
前記(R)-3-ヒドロキシ酪酸が、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩ナトリウム塩、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩カリウム塩、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩マグネシウム塩、または(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩カルシウム塩の形態で調製される、請求項1~8のうちいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項10】
R)-3-ヒドロキシ酪酸がラセミ化されて、ラセミ3-ヒドロキシ酪酸を生成する、請求項8に記載のプロセス。
【請求項11】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩ナトリウム塩、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩カリウム塩、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩マグネシウム塩、または(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩カルシウム塩がラセミ化されて、ラセミ3-ヒドロキシ酪酸を生成する、請求項9に記載のプロセス。
【請求項12】
China General Microbiological Culture Collection Centerに受託番号CGMCC No.13111で寄託されているコリネバクテリウム・グルタミカム菌株である、遺伝子操作した非病原性微生物であって、前記非病原性微生物が、ピルビン酸と補酵素AをアセチルCoAに変換し、アセチルCoAをアセトアセチルCoAに変換し、アセトアセチルCoAをアセト酢酸に変換し、かつアセト酢酸を(R)-3-ヒドロキシ酪酸に変換する生体内変化能を有する、非病原性微生物。
【請求項13】
前記非病原性微生物が、請求項1~9のうちいずれか一項に記載の1ステップ発酵プロセスで(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成する、請求項12に記載の非病原性微生物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体工学の分野、具体的には、微生物発酵による(R)-3-ヒドロキシ酪酸およびその塩の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本出願は、2017年4月4日に出願された米国仮出願第62/481,476号の優先権を主張するものであり、この出願の内容はその全体が参照により本明細書に援用される。
【0003】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩(3-HB)はCAS番号が625-72-9の光学活性キラル化合物である。(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、哺乳類の肝臓における長鎖脂肪酸の代謝によって生成される。また、主要なケトン体として血漿および末梢組織に存在し、体内の大部分の組織でエネルギー源として用いることができる。
【0004】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、多くの疾患の治療や栄養機能にも好ましい影響をもたらす。例えば、ケトン値の上昇によって生じる多くの疾患(てんかんやミオクローヌスなどの神経障害、アルツハイマー病や認知症などの神経変性疾患など)の治療に用いることができる。コエンザイムQの酸化に伴うフリーラジカルによる損傷(虚血など)を低減できる。トレーニング効率と運動能力を改善することにより、代謝効率を高め、担体不良、アンギナ、心筋梗塞などの治療を達成できる。また、脳腫瘍などのがん関連疾患(星細胞腫など)の治療にも使うこともできる。さらに、グルコース代謝疾患(例えば、1型糖尿病、2型糖尿病、ケトン性低血糖症など)の治療によい影響を及ぼす。骨減少症、骨粗鬆症、重度の骨粗鬆症および関連する骨折の管理に用いることができる。こうした機能、治療効果、栄養効果があることから、(R)-3-ヒドロキシ酪酸とその塩は、健康価値や薬効が高い食品添加物や医薬品として用いることができる。
【0005】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸は主に化学的方法で調製されている。これは、直接化学合成によって作成、またはポリ-3-ヒドロキシ酪酸塩とポリ-3-ヒドロキシ酪酸デポリメラーゼとの酵素分解によって調製できる。(R)-3-ヒドロキシ酪酸の化学合成には、高温、高圧、および高価なキラル金属触媒が必要である。ポリ-3-ヒドロキシ酪酸の酵素分解プロセスには、大量の有機溶剤と、出発原料として極めて純粋なポリ-3-ヒドロキシ酪酸塩が必要である。反応時間の長さに加え、反応生成物のラセミ化の制御が難しい。さらにこの方法は、コストが高く効率が悪いため、工業規模での実用化に必要な高い条件を満たすには、研究室でさらに最適化させる必要がある。
【0006】
現在、市販の3-ヒドロキシ酪酸の大部分は、(R)-3-ヒドロキシ酪酸と(S)-3-ヒドロキシ酪酸の比率が約1対1のラセミ混合物である。(S)-3-ヒドロキシ酪酸は生理的に非活性であることが試験で示されているものの、ラセミ3-ヒドロキシ酪酸とその塩、特にナトリウム塩は、なおも主要な商品形態であり、多くの消費者に受け入れられている。単一光学活性(R)-3-ヒドロキシ酪酸とその塩は、将来普及し、ラセミ3-ヒドロキシ酪酸とその塩に置き換わることが予想される。
【0007】
一般に、天然化合物または生体化合物は、化学的に生成された化合物よりも安全(かつ非毒性)だと考えられており、薬剤、食品、化粧品の成分の原料に「天然」または「生物学的」という特徴がある方が好まれる。薬剤、食品、化粧品の製造者は、マーケティング目的で、同じ製品を生産するのに、化学的プロセスから生物学的プロセスに置き換えることに積極的である。そのため、主な方法である化学的方法の代わりに、生物学的方法で(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成することが目指されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
生物学的方法で「安全で非毒性の」(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成するために、本発明者がさまざまな生物学的方法を試験したところ、思いがけず、宿主として非病原性微生物を用いた発酵手順によって、非常に効率的な1ステッププロセスで(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成できることがわかった。最適に操作した有機体を、遺伝子工学技術によってスクリーニングおよび選定し、(R)-3-ヒドロキシ酪酸の主要代謝経路に関連する遺伝子の発現を増強するとともに、分岐代謝経路を減衰させた。そうすることで、発酵プロセスで(R)-3-ヒドロキシ酪酸を効率的に蓄積させることができる。これは工業規模での幅広い利用が見込まれる。
【0009】
したがって本発明は、一態様において、(例えば、1ステップ法で)(R)-3-ヒドロキシ酪酸を効率的に生成する生物学的プロセスを提供する。別の態様において、本発明は食品グレードの(R)-3-ヒドロキシ酪酸とその塩を提供する。さらに別の態様において、本発明は、市場のニーズを満たす食品グレードのラセミ3-ヒドロキシ酪酸とその塩を提供する。またさらに別の態様において、本発明は、(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成する発酵培地を発酵させることのできる細菌をさらに提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
具体的には、本発明の一態様は、非病原性微生物を含む発酵ブロスを発酵させるステップを含む、(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成するプロセスを提供する。このプロセスにおいて、発酵ブロスは、炭素源と、窒素源と、非病原性微生物を用いて過剰発現させた酵素とを含み、炭素源と窒素源は、非病原性微生物を用いた1ステップ発酵によって(R)-3-ヒドロキシ酪酸に直接変換され、(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、発酵中に排出された後に発酵ブロスから回収され、非病原性微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカム、枯草菌、ブレビバクテリウム・ラクトフェルメンタム、ブレビバクテリウム・ディフィシル(Brevibacterium difficile)、ブレビバクテリウム・フラバム、およびブレビバクテリウム・ブレベ(Brevibacterium breve)から成る群から選択される。また、非病原性微生物は、ピルビン酸と補酵素AをアセチルCoAに変換し、アセチルCoAをアセトアセチルCoAに変換し、アセトアセチルCoAをアセト酢酸に変換し、かつアセト酢酸を(R)-3-ヒドロキシ酪酸に変換する生体内変化能を有している。
【0011】
いくつかの実施形態では、非病原性微生物を用いて過剰発現させた酵素は、スクシニルCoAトランスフェラーゼ、アセトアセチルCoAシンターゼ、および3-HBデヒドロゲナーゼから成る群から選択される要素を含む。いくつかの好ましい実施形態では、微生物は、スクシニルCoAトランスフェラーゼと3-HBデヒドロゲナーゼとを過剰発現させる。
【0012】
いくつかの実施形態では、非病原性微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカム、グルタミン酸細菌HR057、枯草菌、ブレビバクテリウム・ラクトフェルメンタム、ブレビバクテリウム・ディフィシル、ブレビバクテリウム・フラバム、またはブレビバクテリウム・ブレベを含む。いくつかの好ましい実施形態では、微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカムまたはグルタミン酸細菌HR057を含む。いくつかのさらに好ましい実施形態では、微生物は(例えば、China General Microbiological Culture Collection Centerに受託番号CGMCC No.13111で寄託されている)コリネバクテリウム・グルタミカムである。
【0013】
いくつかの実施形態では、炭素源は、グルコース、スクロース、マルトース、糖蜜、デンプン、およびグリセロールから成る群から選択される要素を含む。いくつかの別の実施形態では、窒素源は、有機窒素源と無機窒素源から成る群から選択される要素を含む。適切な有機窒素源の例として、コーンスティープリカー、糠加水分解物、大豆かす加水分解物、酵母抽出物、酵母粉末、ペプトン、および尿素が挙げられるがこれに限定されない。また、適切な無機窒素源の例として、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、およびアンモニア水が挙げられるがこれに限定されない。
【0014】
いくつかの実施形態では、本発明のプロセスで生成される(R)-3-ヒドロキシ酪酸は細菌性エンドトキシンを含まず、95%以上の純度を有する。
【0015】
いくつかの実施形態では、本発明のプロセスで生成される(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩ナトリウム塩、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩カリウム塩、(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩マグネシウム塩、または(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩カルシウム塩の形態である。
【0016】
本発明の別の態様では、本発明のプロセスに従って生成される(R)-3-ヒドロキシ酪酸または(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩のラセミ化処理によって調製されるラセミ3-ヒドロキシ酪酸が提供される。
【0017】
本発明の別の態様では、コリネバクテリウム・グルタミカム、グルタミン酸細菌HR057、枯草菌、ブレビバクテリウム・ラクトフェルメンタム、ブレビバクテリウム・ディフィシル、ブレビバクテリウム・フラバム、およびブレビバクテリウム・ブレベから成る群から選択される非病原性微生物が提供される。
【0018】
いくつかの実施形態では、非病原性微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカム菌株またはグルタミン酸細菌HR057菌株である。例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム菌株は、China General Microbiological Culture Collection Centerに受託番号CGMCC No.13111で寄託されている。
【0019】
いくつかの好ましい実施形態では、非病原性微生物は、本発明の1ステップ発酵プロセスで(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成できる。
【0020】
本発明は、以下の技術計画を含む。
【0021】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸の発酵は、非病原性微生物を用いて行い、この非病原性微生物は、炭素源と窒素源を、発酵ブロスに排出されて直接回収できる(R)-3-ヒドロキシ酪酸に直接変換する。微生物は、コリネバクテリウム・グルタミカム、枯草菌、ブレビバクテリウム・ラクトフェルメンタム、ブレビバクテリウム・ディフィシル、ブレビバクテリウム・フラバム、およびブレビバクテリウム・ブレベから成る群から選択される1つまたは複数の要素であってよい。これらの微生物は、ピルビン酸と補酵素AをアセチルCoAに変換し、アセチルCoAをアセトアセチルCoAに変換し、アセトアセチルCoAをアセト酢酸に変換し、次いでアセト酢酸を(R)-3-ヒドロキシ酪酸に変換する生体内変化能を有している。
【0022】
好ましくは、微生物が、スクシニルCoAトランスフェラーゼ、アセトアセチルCoAシンターゼ、および3-HBデヒドロゲナーゼ(3-HBデヒドロゲナーゼ、BDH)から成る群から選択される1つまたは複数の酵素を過剰発現させる。
【0023】
より好ましくは、微生物がスクシニルCoAトランスフェラーゼまたは3-HBデヒドロゲナーゼを過剰発現させる。
【0024】
好ましくは、微生物がβ-ケトチオラーゼの発現を阻害または下方制御する。
【0025】
好ましい実施形態では、微生物はコリネバクテリウム・グルタミカムである。
【0026】
別の好ましい実施形態では、コリネバクテリウム・グルタミカムは、China General Microbiological Culture Collection Centerに受託番号CGMCC No.13111で寄託されているものである。
【0027】
発酵プロセスにおいて、異なる微生物のために異なる培地を用いてもよい。炭素源は、グルコース、スクロース、マルトース、糖蜜、デンプン、およびグリセロールから成る群から選択してよい。発酵培地で、1つまたは複数の有機窒素源または無機窒素源を使用してもよい。有機窒素源は、コーンスティープリカー、糠加水分解物、大豆かす加水分解物、酵母抽出物、酵母粉末、ペプトン、および尿素から成る群から用いてよく、また、無機窒素源は、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、およびアンモニア水から成る群から選択される1つまたは複数の化合物を含んでよい。
【0028】
本発明の好ましい実施形態では、発酵培地はグルコースを75g/L、コーンスティープリカーを25~30g/L、(NH42SO4を20g/L、KH2PO4を1.5g/L、MgSO4・7H2Oを0.5g/L、尿素を1.0g/L、ヒスチジンを30mg/L、糖蜜を25g/L、ビオチンを100μg/Lを含み、コリネバクテリウム・グルタミカムを添加する場合はさらに消泡剤を0.2g/L含む。
【0029】
好ましくは、バッチフィード発酵を行う場合、フィード培地は硫酸アンモニウムを500g/Lとグルコースを650g/Lを含む。
【0030】
本発明の発酵方法によって調製される(R)-3-ヒドロキシ酪酸の純度は、95%より高いか、96%より高いか、97%より高いか、98%より高いか、さらには99%より高い可能性がある。
【0031】
このように調製される純粋な(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、細菌性エンドトキシンや、苦味などの化学臭を含まない。
【0032】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、塩基を含む塩を形成する酸である。別法として、本発明によって調製される(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、またはカルシウム塩の形態で、好ましくはナトリウム塩の形態で存在してよい。これらの塩はすべて、光学活性化合物であってよい。
【0033】
ラセミ3-ヒドロキシ酪酸とそのナトリウム塩は、従来、食品製造業者、製薬会社、および消費者に受け入れられてきたことから、(R)-3-ヒドロキシ酪酸とその塩には、ラセミ3-ヒドロキシ酪酸とその塩を調製するラセミ化処理を行うことができる。例えば、ラセミ化は、水酸化ナトリウム溶液などのアルカリ性溶液中で(R)-3-ヒドロキシ酪酸を一定時間加熱することによって達成できる。
【0034】
ラセミ3-ヒドロキシ酪酸塩は、ナトリウム3-ヒドロキシ酪酸塩、カリウム3-ヒドロキシ酪酸塩、マグネシウム3-ヒドロキシ酪酸塩、またはカルシウム3-ヒドロキシ酪酸塩であってよい。
【0035】
本発明によって調製される(R)-3-ヒドロキシ酪酸とその塩は、細菌性エンドトキシンや有害化学物質を含まず、そのため食品の安全が確保される。さらに、(R)-3-ヒドロキシ酪酸は、化学残留物や化学反応不純物を含んでおらず、苦味などの化学臭もないため、薬剤やヘルスケア製品に直接使用できる。
【0036】
本発明で作成される、遺伝子操作された微生物は、発酵プロセス中に発酵ブロスに(R)-3-ヒドロキシ酪酸を効率的に生成および蓄積でき、また下流プロセスによって、幅広い工業利用の可能性がある食品グレードの(R)体を生み出すことができる。
【0037】
コリネバクテリウム・グルタミカムは、高収率で(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成するよう操作されている。この微生物の菌株は、2016年10月14日にCGMCC No.13111の受託番号で、100101中国北京市朝陽区北辰西路1号院3号、中国科学院微生物研究所に位置するChina General Microbiological Culture Collection Centerに寄託されている(www.cgmee.net)。
【0038】
本明細書で使用する用語「1ステップ発酵」は、所望の生成物を得るために発酵させる発酵培地に、1つまたは複数の発酵剤(例えば、微生物)を添加するステップを含み、2回目の発酵剤を添加して2回目の発酵プロセスを行う必要のない発酵プロセスを指す。
【0039】
本明細書で使用する用語「非病原性微生物」は、一般に別の微生物、生命体、またはヒトに、疾患、危害、死をもたらさない微生物を指す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下に、具体的な実施形態で本発明をさらに詳しく述べる。以下の実施例は、本発明を説明することを目的としており、本発明の範囲を限定するものではない。
【0041】
本発明では、別段の規定、説明、または定義がない限り、複数の物質の添加量、含量、濃度などは、質量百分率で表される。
【0042】
本発明の実施形態では、別段の規定、説明、または指定がない限り、通常は室温(15~30℃)で表される。
【0043】
本発明では、発酵によって(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成できる微生物菌株として、「コリネバクテリウム・グルタミカム」、「コリネバクテリウム・グルタミカム菌株CGMCC No.13111」、または「グルタミン酸細菌HR057」を例示しているが、これに限定されない。
【0044】
本発明では、消費者、製薬会社、および食品製造業者に、「自然化された」または「生物起源である」原料の(R)-3-ヒドロキシ酪酸とその塩を提供するために、微生物による(R)-3-ヒドロキシ酪酸の発酵を調査した。
【0045】
本発明者は、遺伝子操作した菌株を作成するために、種をスクリーニングおよび選定した。大腸菌など病原性を有する可能性のある一般菌株は考慮されない。コリネバクテリウム・グルタミカム、枯草菌、ブレビバクテリウム・ラクトフェルメンタム、ブレビバクテリウム・ディフィシル、ブレビバクテリウム・ブレベ、およびブレビバクテリウム・ブレビカ(Brevibacterium brevica)など、非病原性微生物を発酵菌株として選択し、遺伝子操作した。発酵によって(R)-3-ヒドロキシ酪酸を生成できるいくつかの菌株がスクリーニングで得られた。発酵中、多くの人に害を及ぼす可能性のあるエンドトキシンはまったく産生されなかった。そのため、「非毒性で無害な」デザインと考えられる。
【0046】
発酵中に高収量で(R)-3-ヒドロキシ酪酸を得るには、溶存酸素、温度、pHなどのパラメータを調整および制御する必要がある。
【0047】
発酵中、一定dO2は15~25%に制御される。発酵は以下の条件下で行うことができる。通気量は約1vvmで、このときvvmはタンク内の液体の実体積に対する毎分換気量の比率である(例えば、30Lの発酵ブロスが入った発酵槽では1vvmは30L/分に相当し、5Lの発酵ブロスが入った発酵タンクなら1vvmは5L/分に相当する)。
【0048】
好ましくは、温度はまず発酵の初期に30~32℃に制御し、その後、発酵の後期に、微生物による(R)-3-ヒドロキシ酪酸の合成と排出を促す34~37℃に上昇させる。
【0049】
pHは、全般的にpH6.0~8.0に、好ましくは、発酵の初期にはpH6.5~7.0に制御する。発酵の後期に6.8~7.0に調整し、発酵ブロスからの(R)-3-ヒドロキシ酪酸の合成と排出を促してもよい。
【0050】
上記の用語「発酵の後期」は、微生物増殖の指数期から静止期を指す。例えば、OD600nm値で細胞密度を測定した場合、OD600nm値はこれ以上上昇せず、低下傾向にある。
【0051】
発酵プロセス中、残糖は1.0~3.0%に、より正確には1.5~2.5%に制御される。
【0052】
発酵が終了した後、発酵ブロスを回収する必要があり、そこから(R)-3-ヒドロキシ酪酸を抽出する。例えば、発酵ブロスの上清を遠心分離によって得る。上清は必要に応じて濃縮し、精製および乾燥などの後処理によって、(R)-3-ヒドロキシ酪酸を分離する。
【0053】
発酵培地にある細胞と高分子は、ろ過(限外ろ過、ナノろ過などを含む)によって除去することができる。必要に応じて、濃縮ろ過や、例えば乾燥、精製などその他の後処理手段を用いて(R)-3-ヒドロキシ酪酸を分離してもよい。別法として、発酵ブロスの上清を得る遠心分離によって(R)-3-ヒドロキシ酪酸を分離し、次いで、限外ろ過、ナノろ過などの方法で高分子を除去するか、必要に応じて濃縮ろ過を行い、次いで、乾燥、精製などの後処理手段を用いることができる。
【0054】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩を調製するために、同量の(R)-3-ヒドロキシ酪酸を、対応する塩基または金属酸化物、例えば水酸化ナトリウムと反応させる。反応温度は、30℃以下、好ましくは25℃以下、より好ましくは20℃以下に制御し、それにより、できるだけラセミ反応が避けられる。
【0055】
調製プロセス全体で有機溶剤を必要としない、または用いないため、苦味のような化学臭が生成物(R)-3-ヒドロキシ酪酸から検出されなかったことから、生成物(R)-3-ヒドロキシ酪酸を調剤やヘルスケア製品の製造に直接用いることができる。
【実施例1】
【0056】
前培養と発酵
-80℃で保管しておいたグリセロールストックCGMCC No.13111を解凍し、500mL種培地(75g/Lのグルコース、25~30g/Lのコーンスティープリカー、20g/Lの(NH42SO4、1.5g/LのKH2PO4、0.5g/LのMgSO4・7H2O、1.0g/Lの尿素、30mg/Lのヒスチジン、25g/Lの糖蜜、100μg/Lのビオチン、pH7.0)を入れた5000mLフラスコに接種し、30℃で18時間培養した。OD=0.4~0.5のときに種培養物の培養を終了した。
【0057】
500mLの種培養物を、5Lの培地が入った7Lの発酵槽に接種した。発酵培地の組成は上述の種培地と同じであり、滅菌後、pHは6.4~6.7に制御した。フィード培地は500g/Lの硫酸アンモニウムと650g/Lのグルコースを含んでいる。発酵温度は30℃に設定し、タンク圧は0.05Mpaに維持し、初期換気率を1vvmとした。撹拌速度は600rpmだった。発酵のpHは約pH6.5だった。
【0058】
発酵の後期にpHを6.7に制御し、温度を35℃に上昇させた。換気と撹拌速度を調整し、溶存酸素定数(dO2)を15~25%に制御した。残糖値を制御するために、糖をゆっくり供給しながら、元の糖の濃度を約3.0%に下げ、残糖の濃度を1.5~2.0%に制御した。72時間後に、(R)-3-ヒドロキシ酪酸が11.8g/Lに蓄積した。
【実施例2】
【0059】
発酵ブロスの分離と(R)-3-ヒドロキシ酪酸の抽出
実施例1で得られた5.2Lの発酵ブロスを、4500rpmで遠心分離し、細胞を廃棄した。上清は1%珪藻土でろ過した。1%活性炭を混合して30分間撹拌した後、清澄なろ液を回収した。
【0060】
ろ液はナノろ過膜で濃縮し、得られたろ液を732陽イオン交換樹脂を通して1000g/Lに濃縮したろ液を得た。濃縮回収物は油性で、温かいうちに回収し、92.5%の収率で56.8gの(R)-3-ヒドロキシ酪酸を得た。(R)-3-ヒドロキシ酪酸の純度は高速液体クロマトグラフィーで測定した。クロマトグラフィーカラムはShim-pack Vp-ODSC18カラム(150L×4.6)であった。移動相はアセトニトリル:水(v/v)=15:85から成り、UV検出波長は210nm、注入量は20μL、流量は1mL/分、カラム温度は10℃であった。(R)-3-ヒドロキシ酪酸の純度は98%で、特定光学値は[α]D20=-25°(C=6%、H2O)であった。
【実施例3】
【0061】
ナトリウム(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩の調製
実施例2で得られた5gの(R)-3-ヒドロキシ酪酸と同量の2.0N水酸化ナトリウム溶液とを25℃以下で混合し、中和反応を行った。回転濃縮し、2時間静置してから、吸引ろ過で回収し、60℃で乾燥させて、最終的に81%の収率で4.9gのナトリウム(R)-3-ヒドロキシ酪酸塩粉末を得た。塩の融点は152℃で、特定光学値は[α]D20=-14.1°(C=10%、H2O)であった。
【実施例4】
【0062】
(R)-3-ヒドロキシ酪酸のラセミ化
10gの(R)-3-ヒドロキシ酪酸を100mLの2.0N水酸化ナトリウム溶液にゆっくり添加し、混合物を60℃で4時間加熱した。生成物の光学値は室温で0°であった。塩酸を添加し、混合物のpHを7.0に調整して中和反応を行った。固形物が認められるまで回転蒸発を行い、2時間静置させ、その後ろ過を行って、85%の収率で10.3gのナトリウム3-ヒドロキシ酪酸塩粉末を得た。その結果、ラセミ3-ヒドロキシ酪酸塩が得られることがわかった。
【0063】
まとめると、本発明は、遺伝子組み換えによって操作したコリネバクテリウム・グルタミカムが、1ステッププロセスで高い収率で(R)-3-ヒドロキシ酪酸を発酵させ、これが安全で非毒性食品グレードであることが証明されたことを開示した。本発明で開示した遺伝子操作した菌株と製造プロセスには、幅広い工業利用の可能性がある。