(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】動脈閉塞判定装置及び動脈閉塞判定装置として機能させるためのプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/02 20060101AFI20221012BHJP
【FI】
A61B5/02 310Z
A61B5/02 310M
(21)【出願番号】P 2018082391
(22)【出願日】2018-04-23
【審査請求日】2021-04-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 超音波エレクトロニクスの基礎と応用に関するシンポジウム論文集(USB) 講演番号第3P2-4 超音波エレクトロニクス協会USEシンポジウム運営委員会発行 平成29年10月25日 第38回超音波エレクトロニクスの基礎と応用に関するシンポジウム 平成29年10月27日 日本音響学会2018年春季研究発表会 研究発表会 論文集 第141頁 一般社団法人 日本音響学会 発行 平成30年2月27日 http://www.asj.gr.jp/annualmeeting/index.html http://www.asj.gr.jp/annualmeeting/pdf/2018spring_onkyo_web_03.pdf 平成30年2月28日 日本音響学会 2018年春季研究発表会 平成30年3月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】304030497
【氏名又は名称】株式会社プロアシスト
(74)【代理人】
【識別番号】100102048
【氏名又は名称】北村 光司
(74)【代理人】
【識別番号】100146503
【氏名又は名称】高尾 俊雄
(74)【代理人】
【識別番号】100203068
【氏名又は名称】浅尾 遼
(72)【発明者】
【氏名】松川 真美
(72)【発明者】
【氏名】津留崎 凌
(72)【発明者】
【氏名】長束 一行
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 こずえ
(72)【発明者】
【氏名】山上 宏
(72)【発明者】
【氏名】橋本 英樹
(72)【発明者】
【氏名】香川 敏也
(72)【発明者】
【氏名】樋ノ上 和貴
(72)【発明者】
【氏名】笹井 俊博
(72)【発明者】
【氏名】阪野 孝雄
【審査官】▲瀬▼戸井 綾菜
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-504936(JP,A)
【文献】特表2016-522730(JP,A)
【文献】特表2012-507341(JP,A)
【文献】特開2007-117481(JP,A)
【文献】特開2002-291709(JP,A)
【文献】特開2002-10986(JP,A)
【文献】特開2008-73088(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00-5/03
A61B 5/06-5/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体の頚動脈の脈波を計測する計測手段と、
前記脈波の計測結果に基づいて前記頚動脈及びこの頚動脈から分岐する脳動脈における閉塞の有無を判定する判定手段とを備え、
前記脈波は、心臓の拍動に伴う血管系内の圧力・体積の変化によるものであり、心臓から躯出された血液による入射波と前記入射波が血管床で反射された反射波による圧力波の合成波形であり、
前記計測手段は、前記人体の首部の左右の総頚動脈において前記脈波によって変化する皮膚変位を計測して血管壁の変位を脈波データとして出力し、
前記判定手段は、前記計測手段により出力された左の総頚動脈の左脈波データと右の総頚動脈の右脈波データとを比較し、その比較結果に基づいて前記閉塞の有無を判定する動脈閉塞判定装置。
【請求項2】
前記判定手段は、前記左脈波データ及び前記右脈波データから相互相関関数の最大値を算出し、その最大値を基準値と比較して前記閉塞の有無を判定する請求項1記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項3】
前記判定手段は、さらに、前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で第一の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第一の値と第二の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第二の値との比を求め、前記左脈波データの比と前記右脈波データの比とを比較する請求項2記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項4】
前記判定手段は、所定の時間領域において前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で第一の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第一の値と第二の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第二の値との比を求め、前記左脈波データの比と前記右脈波データの比とを比較して前記閉塞の有無を判定する請求項1記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項5】
前記第二の周波数帯域は、前記第一の周波数帯域の内の所定の周波数以上の高周波帯域である請求項3又は4記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項6】
前記第一の値は、前記第一の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根であり、前記第二の値は、前記第二の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根である請求項3~5のいずれかに記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項7】
前記判定手段は、前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で所定の周波数成分における特徴量を求め、前記左脈波データの特徴量と前記右脈波データの特徴量とを比較して前記閉塞の有無を判定する請求項1記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項8】
前記判定手段は、さらに、前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で所定の周波数成分における特徴量を求め、前記左脈波データの特徴量と前記右脈波データの特徴量とを比較する請求項2記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項9】
前記脈波データは、脈波波形の微分波形である請求項1~8のいずれかに記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項10】
前記判定手段は、前記脈波波形又は前記微分波形から所定の波数分の波形を抽出し、抽出した波形を加算平均して加算平均波形を生成する請求項9記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項11】
前記計測手段は、圧電トランスデューサである請求項1~10のいずれかに記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項12】
前記計測手段で計測された脈波データを受信し増幅する増幅部と、増幅された脈波データをデジタルデータに変換するA/D変換部と、変換された脈波データを前記判定手段に送信する送信部とを有するデータ変換手段をさらに備える請求項1~11のいずれかに記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項13】
前記データ変換手段は、前記脈波データを表示する表示部を有する請求項12記載の動脈閉塞判定装置。
【請求項14】
コンピュータを、
人体の首部の左右の総頚動脈において脈波によって変化する皮膚変位を計測して血管壁の変位を脈波データとして出力する計測手段によって計測された人体の左の総頚動脈の左脈波データと右の総頚動脈の右脈波データとを比較し、その比較結果に基づいて、頚動脈及びこの頚動脈から分岐する脳動脈における閉塞の有無を判定する判定手段として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈閉塞判定装置及び動脈閉塞判定装置として機能させるためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より動脈硬化などの血管機能を評価するものとして、例えば、特許文献1に記載の如き動脈硬化評価装置が知られている。この装置は、動脈を伝わる脈波と動脈の血流速度とに着目し、動脈の血流速度に基づく第1の波形及び脈波から第1の波形を差し引いた第2の波形の各振幅強度から動脈硬化度を評価している。脈波は年齢、性別、健康状態等によって、個人差が非常に大きく、一般的に正常な脈波と判定するための共通の基準を設定するのが困難である。この装置では、動脈血流速度を用いて脈波を入射波と反射波とに分離して、血管の状態を判定している。
【0003】
一方で、脳梗塞などで倒れた患者に対する緊急医療の現場においては、脳細胞が酸素及び栄養不足に陥る疾患である虚血性脳血管疾患に対する素早い対応が求められている。虚血性脳血管疾患の主要因は、脳動脈の狭窄や閉塞であるため、簡便且つ迅速に脳動脈等の閉塞を評価し得る装置や方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
かかる従来の実情に鑑みて、本発明は、脈波を用いて簡便且つ迅速に脳動脈の閉塞等を評価することが可能な動脈閉塞判定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明に係る動脈閉塞判定装置の特徴は、人体の頚動脈の脈波を計測する計測手段と、前記脈波の計測結果に基づいて前記頚動脈及びこの頚動脈から分岐する脳動脈における閉塞の有無を判定する判定手段とを備え、前記脈波は、心臓の拍動に伴う血管系内の圧力・体積の変化によるものであり、心臓から躯出された血液による入射波と前記入射波が血管床で反射された反射波による圧力波の合成波形であり、前記計測手段は、前記人体の首部の左右の総頚動脈において前記脈波によって変化する皮膚変位を計測して血管壁の変位を脈波データとして出力し、前記判定手段は、前記計測手段により出力された左の総頚動脈の左脈波データと右の総頚動脈の右脈波データとを比較し、その比較結果に基づいて前記閉塞の有無を判定することにある。
【0007】
ここで、発明者らの実験によれば、同一人の左右の脈波データを比較することで、動脈の閉塞の有無を判定可能であることを見いだした。よって、上記構成によれば、計測手段により計測された左脈波データと右脈波データとを比較し、その比較結果に基づいて閉塞の有無を判定するので、計測されたデータを比較するだけでよく、上述の特許文献1の如く入射波と反射波とに分離する必要もなく、簡便且つ迅速に頚動脈及びこの頚動脈から分岐する脳動脈における閉塞の有無を判定することができる。
【0008】
上記構成において、前記判定手段は、前記左脈波データ及び前記右脈波データから相互相関関数の最大値を算出し、その最大値を基準値と比較して前記閉塞の有無を判定するとよい。これにより、定量的な比較が可能となり、閉塞の有無の判定精度が向上する。
【0009】
係る場合、前記判定手段は、さらに、前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で第一の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第一の値と第二の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第二の値との比を求め、前記左脈波データの比と前記右脈波データの比とを比較するとよい。相互相関関数を用いた場合、頚動脈及び脳動脈における閉塞の有無は判定可能であるものの、閉塞箇所が左右のどちらの動脈に有るかまでは判定できない。そこで、閉塞の有無を判定した上で、左脈波データと右脈波データのそれぞれにおいて、第一の周波数帯域と第二の周波数帯域にわけて解析した結果の比を比較すれば、例えば、頚動脈及び脳動脈の閉塞に由来する周波数帯域の特徴を比較でき、左右のどちらに閉塞が存在するかを精度よく判定することができる。
【0010】
一方、前記判定手段は、所定の時間領域において前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で第一の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第一の値と第二の周波数帯域の振幅スペクトルより算出される第二の値との比を求め、前記左脈波データの比と前記右脈波データの比とを比較して前記閉塞の有無を判定してもよい。これにより、左脈波データと右脈波データのそれぞれにおいて、第一の周波数帯域と第二の周波数帯域にわけて解析した結果の比を比較するので、例えば、頚動脈及び脳動脈の閉塞に由来する周波数帯域の特徴を比較でき、左右のどちらに閉塞が存在するかを精度よく判定することができる。
【0011】
さらに、係る場合、前記第二の周波数帯域は、前記第一の周波数帯域の内の所定周波数以上の高周波帯域であるとよい。発明者らの実験によれば、閉塞に由来する脈波の周波数帯域は、高周波帯域であることが多いことが判明した。よって、例えば、第一の周波数帯域を受信した脈波の全周波数帯域とし、第二の周波数帯域を当該全周波数帯域の内の高周波数帯域とすることで、閉塞の有無の判定精度をさらに向上させることができる。
【0012】
さらに、係る場合、前記第一の値は、前記第一の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根であり、前記第二の値は、前記第二の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根であるとよい。
【0013】
また、前記判定手段は、前記左脈波データ及び前記右脈波データの周波数解析を行い、前記左脈波データ及び前記右脈波データの各々で所定の周波数成分における特徴量を求め、前記左脈波データの特徴量と前記右脈波データの特徴量とを比較して前記閉塞の有無を判定することも可能である。上述のように、閉塞に由来する脈波の反射波の周波数帯域は高周波帯域であることが多いため、例えば、特徴量として高周波帯域の振幅スペクトルを比較することで、閉塞の有無を判定することが可能であり、左右のどちらに閉塞が存在するかを判定することも可能である。
【0014】
前記脈波データは、脈波波形の微分波形であるとよい。また、前記判定手段は、前記脈波波形又は前記微分波形から所定の波数分の波形を抽出し、抽出した波形を加算平均して加算平均波形を生成してもよい。抽出した波形を加算平均すると、ランダムに発生するノイズが互いに打ち消し合うこととなるので、ノイズの影響が低減され、閉塞の有無の判定精度がさらに向上する。
【0015】
前記計測手段は、例えば、圧電トランスデューサが用いられる。圧電トランスデューサを用いて、脈波データとして、頚動脈等の血管壁の変位の時間変化を示す脈波波形の微分波形を計測することで、測定時の呼吸、体のゆらぎ等に起因するノイズを軽減でき、閉塞の有無の判定精度をさらに向上させることができる。
【0016】
上記いずれかの構成において、前記計測手段で計測された脈波データを受信し増幅する増幅部と、増幅された脈波データをデジタルデータに変換するA/D変換部と、変換された脈波データを前記判定手段に送信する送信部とを有するデータ変換手段をさらに備えるとよい。係る場合、前記データ変換手段は、前記脈波データを表示する表示部を有するとよい。これにより、例えば、緊急医療の現場で脈波データが適切に計測されているか容易に判断でき、閉塞の有無の判定精度がさらに向上する。
【0017】
上記目的を達成するため、本発明に係る動脈閉塞判定装置として機能させるためのプログラムの特徴は、コンピュータを、人体の首部の左右の総頚動脈において脈波によって変化する皮膚変位を計測して血管壁の変位を脈波データとして出力する計測手段によって計測された人体の左の総頚動脈の左脈波データと右の総頚動脈の右脈波データとを比較し、その比較結果に基づいて、頚動脈及びこの頚動脈から分岐する脳動脈における閉塞の有無を判定する判定手段として機能させることにある。
【発明の効果】
【0018】
上記本発明に係る動脈閉塞判定装置及び動脈閉塞判定装置として機能させるためのプログラムの特徴によれば、脈波を用いて簡便且つ迅速に脳動脈の閉塞等を評価することが可能となった。
【0019】
本発明の他の目的、構成及び効果については、以下の発明の実施の形態の項から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明に係る動脈閉塞評価装置を示す図である。
【
図2】脳動脈及び頚動脈と脈波の計測位置との位置関係を説明する図である。
【
図3】脈波を構成する入射圧力波と反射圧力波とを説明する図である。
【
図5】計測手段で得られた脈波の微分波形の一例を示す図である。
【
図6】計測装置で得られた波形と、加算平均処理を説明する図である。
【
図7】脈波の微分波形の時間変化を示す図であり、(a)が健常者の脈波、(b)が閉塞患者の脈波である。
【
図8】健常者と閉塞患者の脈波の微分波形をそれぞれ相互相関処理して解析した結果を示す図である。
【
図9】閉塞患者の左右の各脈波の微分波形とその波形を時間周波数解析した結果の一例を示す図であり、(a)が閉塞のない左脈波の微分波形の解析結果、(b)が閉塞のある右脈波の微分波形の解析結果である。
【
図10】健常者と閉塞患者の左右の各脈波の微分波形を時間周波数解析して、振幅スペクトルの2乗和の平方根の比の左右差をプロットした図である。
【
図11】健常者の左右の脈波の微分波形を周波数解析した結果の一例を示す図である。
【
図12】閉塞患者の左右の脈波の微分波形を周波数解析した結果の一例を示す図である。
【
図13】計測手段で得られた脈波の微分波形を積分した脈波波形の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、
図1~10を参照しながら、本発明の第一実施形態をさらに詳しく説明する。
本発明に係る動脈閉塞判定装置1は、
図1及び
図2に示すように、大略、人体Hの動脈における脈波Pを計測する計測手段2と、計測された脈波Pを判定手段4へ送信するデータ変換手段3と、脈波データに基づいて頚動脈110及びこの頚動脈110から分岐する脳動脈120における閉塞Ocの有無を判定する判定手段4とを備える。なお、同図の例では、データ変換手段3と判定手段4との通信は有線にてデータ通信を行っているが、Bluetooth(登録商標)等の無線通信手段を用いても構わない。
【0022】
ところで、
図2に例示する脳動脈120の閉塞Ocや、
図3に例示する内頚動脈113の閉塞Oc等が主な原因とされる虚血性脳血管疾患は、症状が現れた場合、速やかな治療が求められるため、例えば、救急医療の現場において、搬送中にこのような閉塞Ocの有無等の判断が求められている。本発明では、脳動脈120のみならず、脳動脈120へ分岐する頚動脈110も対象とする。頚動脈110は、総頚動脈111と、総頚動脈111から分岐する外頚動脈112、内頚動脈113を含む。以下、検査対象としての頚動脈110及びこの頚動脈110から分岐する脳動脈120を「脳動脈等100」と称する。また、閉塞Ocとは、動脈が何らかの原因で狭窄する場合も含み、血管Bvの一部または全部が狭くなった(閉じられる)場合をいう。
【0023】
ここで、脈波Pとは、
図3で示すように、心臓hの拍動に伴う血管系内の血圧・体積の変化であり、入射波Piと反射波Prとの合成波形である。入射波Piは、前進波であり、心臓hから躯出された血液による圧力波によるものである。反射波Prは、後退波であり、入射波Piが血管床(毛細血管等の微小血管とその周囲の組織から構成される領域)で反射した圧力波によるものである。血管床までの血管に閉塞Ocや狭窄がある場合、その地点でも反射する。特に、頚動脈110で計測される脈波Pには、脳動脈120の末端130等の血管床等で反射した波が含まれており、頚動脈110及びこの頚動脈110から分岐する脳動脈120の情報を反映することが知られている。よって、頚動脈110で計測された脈波Pを用いることにより、脳動脈等100の閉塞Ocの有無を判定することができる。
【0024】
本実施形態において、計測手段2として、
図4に示すように、脈波Pの圧力によって変化する皮膚変位を出力する圧電トランスデューサ20を用いている。本実施形態では、皮膚変位を計測し、血管壁Vwの変位としている。この圧電トランスデューサ20で出力される波形は、
図5に示すように、脈波Pによる血管壁Vwの変位波形の微分波形(速度波形)であり、本実施形態では、この微分波形(速度波形)を解析対象とする。以下、脈波データPdとは、圧電トランスデューサ20で出力された速度波形を示すこととする。計測された脈波データPdは、データ変換手段3に送られる。
【0025】
なお、圧電トランスデューサ20は、速度波形を出力するのみならず、血管壁Vwの変位を変位波形として出力することも可能である。微分波形は変位波形の勾配であるので、変位波形の変化を鋭敏に反映する。よって、上述の如く、速度変化を表す微分波形をそのまま用いることが好ましい。
【0026】
データ変換手段3は、
図4に示すように、計測された脈波データPdを受信して増幅する増幅部30と、増幅された脈波データPdをデジタルデータに変換するA/D変換部31と、変換された脈波データPdを後述の判定手段4に送信する送信部32とを備える。また、計測された脈波データPdまたは計測状況等を表示する表示出力部34をさらに備えていてもよい。緊急医療の現場等で脈波データPdを確認できるため、計測ミスに起因する閉塞Ocの有無の誤判定等を防止できる。
【0027】
判定手段4は、
図4に示すように、送信部32からの脈波データPdを受信する受信部40と、受信した脈波データPdを正規化する正規化処理部41と、脈波データPdを積分する積分処理部42と、脈波データPdを加算平均処理する加算平均処理部43と、脈波データPdを解析して閉塞Ocの有無を判定する判定部44と、解析結果及び判定結果等を表示する表示部45と、脈波データPd、解析結果及び判定結果等を記憶する記憶部46を備える。
【0028】
この判定手段4としては、例えば、パーソナルコンピュータ(PC)や、タブレットやスマートフォン等の携帯端末を用いることができ、これらで実行されるプログラム(アプリケーション)として実装されてもよい。また、この判定手段4は、緊急医療現場の医療従事者が携帯していてもよく、病院などの緊急搬送先等に配置されていてもよい。係る場合、データ変換手段3の送信部32からインターネット等の通信手段を介してデータ送信される。
【0029】
受信部40は、
図5に示す如き脈波データPdを送信部32から受信する。正規化処理部41は、受信部40で受信した脈波データPdを正規化する。正規化とは、脈波データPdの最大振幅値に一定の値を掛けて例えば1とし、さらに、脈波データPdに含まれる全てのデータに、同じ一定の値を掛けて、左右の脈波データPdの最大振幅値をそれぞれ1として波形形状を比較可能とする処理である。
【0030】
加算平均処理部43は、
図6に示すように、脈波データPdから所定の波数分の波形Pd1~4を抽出し、抽出した波形を加算平均処理する。具体的には、波形の起点となる時間をそろえて、各波形を加え、波数で除することによって加算平均する。同図の例では、脈波データPdから4波数分の波形Pd1~4を抽出し、この波形Pd1~4を加算平均し、加算平均波形Pd’とする。この加算平均処理を左右それぞれのデータで行う。加算平均処理を実行することにより、脈波データの計測時に含まれるランダムなノイズを互いに打ち消し合うことで、脈波データからノイズを除去できるので、閉塞の有無の判定精度が向上する。もちろん、波数は4つに限られず、適宜設定可能である。
【0031】
本実施形態において、判定部44は、
図4に示すように、相互相関解析部44a及び時間周波数解析部44bを有する。判定部44にて解析され判定される脈波データの一例を
図7に示す。(a)は健常者の左脈波データに右脈波データを重ね合わせたものであり、(b)は閉塞患者の左脈波データに右脈波データ(閉塞側)を重ね合わせたものである。この図に示されるように、健常者の左右の脈波データは略一致している一方で、閉塞患者の脈波データは、一致していないことがわかる。このように、左右の脈波データの重なり具合で、脳動脈等100の閉塞Ocの有無が判定可能である。
【0032】
そこで、本実施形態では、相互相関解析部44aにおいて、左右の脈波データPdから相互相関関数の最大値を算出し、その最大値を基準値と比較して基準値より小さい場合に、脳動脈等100において閉塞Ocがあると判定する。
【0033】
発明者らは、左右の脈波データPdの重なりを検証するべく、健常者と閉塞患者の脈波データから相互相関関数の最大値を算出した。その結果を
図8に示す。この図の例では、健常者の最大値は最低でも0.85を超えている。一方で、閉塞患者の最大値は最高でも0.75程度である。よって、例えば、基準値を0.75~0.80程度に設定することで、定量的に脳動脈等100の閉塞Ocの有無を判定することが可能である。
【0034】
時間周波数解析部44bでは、所定の時間領域において左脈波データ及び右脈波データの時間周波数解析を行って、各周波数における振幅スペクトルを算出し、各周波数における左脈波データ及び右脈波データの各々で第一の周波数帯域の振幅スペクトルから算出される第一の値と、第二の周波数帯域の振幅スペクトルから算出される第二の値との比を求め、左脈波データの比と右脈波データの比とを比較して、所定量(値)以上に左右差がある場合に、大きい値の方に脳動脈等100の閉塞Ocが有ると判定する。時間周波数解析として、短時間フーリエ変換(STFT)を行っている。また、本実施形態では、第一の値は、第一の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根であり、第二の値は、第二の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根である。
【0035】
脳動脈等100に閉塞Ocを有する閉塞患者の左右の脈波データPdを時間周波数解析した結果を
図9に示す。なお、実線は計測された脈波データを示す。(a)が閉塞のない左脈波波形で、(b)が閉塞のある右脈波波形である。この図では、閉塞のない左脈波波形に比べて、閉塞のある右脈波波形では、反射波Prが重畳する時間領域(波頭から約100ms以降)において、色が濃くなっており、高周波成分が多く含まれていることがわかる。
【0036】
入射波Piの速度を一定とすると、閉塞箇所は、測定箇所から脳動脈の末端130等の血管床までの血管Bvのどこかであるので、反射波Prが測定箇所に返ってくる時間は、閉塞Ocがある場合の方が短くなる。すなわち、閉塞Ocがある場合の方が、反射波Prが入射波Piに重畳するまでの時間も短くなる。従って、脈波Pのうち、反射波Prによる成分では、高周波成分の割合が大きくなる。
【0037】
そこで、発明者らはその有効性を確認するべく、解析を行った。解析では、高周波成分が脳動脈等100の閉塞Ocに由来するものであるとして、第一の周波数帯域を1~100Hzとし、第一の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根を算出すると共に、第二の周波数帯域を1~100Hzのうち高周波帯域(10~100Hz)とし、第二の周波数帯域の振幅スペクトルの2乗和の平方根を算出した。そして、第二の周波数帯域の平方根を第一の周波数帯域の平方根で除した数値(以下、スペクトル比と称する)を左右で比較した。
【0038】
健常者と閉塞患者の脈波データからそれぞれ算出したスペクトル比を
図10に示す。この図から明らかなように、健常者では、左右それぞれのスペクトル比はほぼ同じであり、左右差は最大でも0.07程度である。一方、閉塞患者では、閉塞側と非閉塞側で大きな差があり、最低でも0.11程度である。よって、例えば、基準値を0.08~0.10程度に設定することで、定量的に脳動脈等100の閉塞Ocの有無を判定することが可能である。そして、さらに、閉塞側のスペクトル比が大きくなるので、左右のどちらの脳動脈等100に閉塞Ocが有るかを判定することも可能である。
【0039】
次に、本実施形態の動脈閉塞判定装置1を用いて脳動脈等100の閉塞の有無を判定する手順を説明する。
まず、圧電トランスデューサ20を左側の総頚動脈111に当てることで、脈波データPdが測定され、脈波データPdはデータ変換手段3へ送られる。脈波データPdは、データ変換手段3にて、脈波データPdが測定されていれば、増幅部30によって増幅され、A/D変換部31によって変換され、変換された脈波データPdが送信部32によって判定手段4へ送信される。その後、右側の総頚動脈111に圧電トランスデューサ20を当て、同様に脈波データPdを計測し、データ処理される。
【0040】
ここで、脈波測定箇所を左右の総頚動脈111としたが、これに限られず、例えば、外頚動脈112または内頚動脈113等でもよい。しかし、計測の容易性と、閉塞Ocの有無を判定できる範囲を考慮すると、分岐後の内頚動脈113よりも分岐前の総頚動脈111で脈波Pを計測することが望ましい。なお、左側の総頚動脈111の脈波Pを計測してから、右側の総頚動脈111の脈波Pを計測したが、脈波Pを計測する順番は、左右のどちらが先でも良い。
【0041】
送信された脈波データPdは、受信部40に受信され、受信された脈波データPdは正規化処理部41にて正規化され、加算平均処理部43にて加算平均され、判定部44に送られる。
【0042】
加算平均された脈波データPdは判定部44に送られ、相互相関解析部44aにて相互相関処理が行われ、相互相関関数の最大値を基準値と比較されることで、閉塞Ocの有無を判定される。相互相関解析部44aが閉塞Ocが有ると判定した場合、次に、脈波データPdは時間周波数解析部44bにて時間周波数解析が行われ、スペクトル比を左右で比較されることで、閉塞Ocが左右のどちらにあるかが判定される。相互相関解析部44aが閉塞Ocが無いと判定した場合、時間周波数解析を行う必要はない。その後、閉塞Ocの有無と、閉塞Ocが有った場合に、左右のどちらに閉塞Ocが有るか等を含む結果が表示部45に出力され、記憶部46に記憶される。
【0043】
最後に、本発明の他の実施形態の可能性について言及する。なお、上述の実施形態と同様の部材には同一の符号を附してある。
上記実施形態において、判定部44において、相互相関解析部44aにて相互相関解析を行った後に時間周波数解析部44bにて時間周波数解析を行った。しかし、これに限らず、どちらか一方のみでもよい。ただし、相互相関処理のみの場合では、左右のどちらに閉塞があるか判定できないため、上記実施形態の如く、相互相関解析部44a及び時間周波数解析部44bを設けるのがよい。
【0044】
上記実施形態では、時間周波数解析部44bにおいて、第一,二の周波数帯域の振幅スペクトルから算出される第一,二の値として振幅スペクトルの2乗和の平方根を用いた。振幅スペクトルの2乗和の平方根は、振幅の実効値に相当する。しかし、これに限らず、例えば、振幅スペクトルの2乗和や、周波数帯域の振幅スペクトルの総和を用いても構わない。振幅スペクトルの2乗和は、脈波のエネルギーに相当する。
【0045】
また、上記実施形態において、判定部44は、相互相関解析部44a及び時間周波数解析部44bより構成した。しかし、例えば、時間周波数解析部44bにかえて、周波数解析部44cとしてもよい。周波数解析部44cでは、左脈波データ及び右脈波データに対してそれぞれ周波数解析を行い、各周波数における振幅スペクトルを算出し、これを特徴量とする。特定の周波数帯域に含まれる振幅スペクトルを左右で比較して、所定量以上に左右差が有る場合に、振幅スペクトルが多い方に、脳動脈等100の閉塞Ocがあると判定できる。例えば、周波数解析の手法として、高速フーリエ変換(FFT)を行う。なお、相互相関解析部44a及び時間周波数解析部44bにかえて周波数解析部44c単独でもかまわない。
【0046】
ここで、健常者の脈波データを周波数解析した結果を
図11に示す。同様に、閉塞患者の脈波データを周波数解析した結果を
図12に示す。これらの図から明らかなように、健常者の脈波データは、左右で大きな違いが無いが、閉塞患者の脈波データは、特に、閉塞側において10Hzより高周波の成分が多くなっている。上述のように、閉塞側の脈波データでは高周波成分が多い傾向にある。よって、例えば、10Hzより高周波の周波数成分の特徴量を比較することで、閉塞Ocが左右のどちらにあるか判定することができる。
【0047】
さらに、判定部44において、
図8に示すように、左右の脈波データPdの重なり具合によって閉塞Ocの有無を判定することも可能である。また、時間周波数解析部44bまたは周波数解析部44cと組み合わせることで、左右のどちらにOcが有るかを判定させるとよい。
【0048】
上述の実施形態では、時間周波数解析部44bの時間周波数解析の手法として短時間フーリエ変換(STFT)を用いた。また、周波数解析部44cの周波数解析の手法として高速フーリエ変換(FFT)を用いた。しかし、これらに限定されるものではなく、例えば、ウェーブレット変換等を用いてもよい。なお、FFTの方が処理時間を短くすることができる。
【0049】
上記実施形態において、脈波Pを圧電トランスデューサ20で計測した微分波形のまま取り扱うため、
図4に破線で示す積分処理部42にて行う積分処理を省略した。しかし、正規化処理された脈波データPdに対し、積分処理部42にて、積分処理を行ってもよい。この場合、脈波データPdは、
図13に示すように、血管壁の変位を表す波形データとなる。そして、微分波形とは別に表示部45に出力させてもよく、記憶部46に記憶させて、他の用途に利用可能としてもよい。さらに、データ変換部3の波形積分部33において積分処理を行い、表示出力部34に表示させることで、計測された脈波Pの確認を容易とすることも可能である。
【0050】
また、上記実施形態において、計測手段2として圧電トランスデューサ20を用いた。しかし、計測手段2はこれに限られるものではなく、脈波P(血管壁の変位)を計測できるものであれば、圧電トランスデューサ20に限られない。血管壁Vwの変位波形を計測する計測手段2に用いられる他のセンサ等の例として、磁気センサや、光センサ等がある。また、計測手段2として、超音波センサを搭載する超音波診断装置を用いて頚動脈波の変位波形を計測することも可能である。しかし、圧電トランスデューサ20に比べて、機器が大きくなり、緊急医療の現場などへの持ち運びが困難であるので、上記実施形態が優れている。
【0051】
なお、上記実施形態において、脈波データPdを圧電トランスデューサ20で計測される微分波形とした。しかし、例えば、計測手段2によっては、脈波Pによる血管壁Vwの変位波形の2回微分波形信号を出力することも可能であり、この2回微分波形信号を脈波データPdとしてもよい。この場合、2回微分波形を変位波形とするために、波形積分部33や積分処理部42にて、積分処理を二度行ってもよい。また、圧電トランスデューサ20で計測された微分波形をさらに微分処理した2回微分波形を脈波データPdとして用いてもよい。
【0052】
上記実施形態において、計測手段2とデータ変換手段3は有線にて接続されているが、データ変換手段3を省略し、計測手段2から判定手段4へと送信してもよい。係る場合、判定手段4に、脈波データPdを増幅する増幅部と、A/D変換するA/D変換部とを設けるとよい。また、計測手段2とデータ変換手段3は一体の装置としてもよい。
【0053】
上記実施形態において、1つの計測手段2を用いて、左右の脈波Pをそれぞれ計測した。しかし、一対の計測手段2を用いて、左右の脈波Pを同時に計測しても良い。係る場合、データ変換手段3を計測手段2にあわせて一対設ける。1つの計測手段2では、脈波Pを発生させる心臓の拍動が左右でそれぞれ異なるのに対して、一対の計測手段2を用いると、脈波Pを発生させる心臓の拍動が左右で同じである。そのため、閉塞Ocの有無を判定する精度がさらに向上する。
【0054】
なお、一方の脈波Pを計測し、判定手段4へ送信する前に、もう一方の脈波Pを計測し、左右の脈波データPdを同時に判定手段4へ送信してもよい。例えば、データ変換手段3に判定手段4へ左右の脈波データPdを送信する送信ボタンを備え、ボタン操作により、データ送信を行うようにすることもできる。
【0055】
また、上記実施形態において、脈波データPdに左右のどちらの脈波Pであるかという情報を含めてもよい。これにより、左右のどちらの脈波Pを計測した脈波データPdであるかが明確となり、特に、閉塞Ocが左右のどちらにあるか判定する場合に、誤診の可能性を減少させることができる。例えば、データ変換手段3に、圧電トランスデューサ20を左右のどちらの総頚動脈111に当てているかを指定するスイッチを設けるとよい。
【0056】
図4では、正規化処理部41、積分処理部42、加算平均処理部43の順番で記載しているが、これに限られるものではない。例えば、脈波データPdを加算平均処理してから正規化処理し、積分処理を行ったうえで、判定部44へ脈波データPdを送り閉塞Ocの有無を判定してもよい。また、積分処理部42と同様に、正規化処理部41と加算平均処理部43での各処理を省略してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、緊急医療の現場において脳動脈等の閉塞の有無を判定する動脈閉塞判定装置として利用できる。また、閉塞患者の治療や術後の経過状況の評価においてや、脳動脈等の閉塞のリスクが高い人が自宅で日常的に閉塞状況をモニターすることに利用できる。
【符号の説明】
【0058】
1:脳動脈閉塞判定装置、2:計測手段(圧電トランスデューサ)、3:データ変換手段(データロガー)、4:判定手段(スマートフォン、PC)、20:センサ、30:増幅部、31:A/D変換部、32:送信部、33:波形積分部、34:表示出力部、40:受信部、41:正規化処理部、42:積分処理部、43:加算平均処理部、44:判定部、44a:相互相関解析部、44b:時間周波数解析部、44c:周波数解析部、45:表示部、46:記憶部、100:脳動脈等(検査対象部位)、110:頚動脈、111:総頚動脈、112:外頚動脈、113:内頚動脈、120:脳動脈、130:脳動脈の末端、P:脈波、Pi:入射波、Pr:反射波、Pd:脈波データ、Pd1~Pd4:抽出された脈波データ、Pd’:加算平均脈波データ、Bv:血管、h:心臓、Vw:血管壁、H:人体