(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 20/06 20060101AFI20221012BHJP
B01J 20/30 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
B01J20/06 D
B01J20/30
(21)【出願番号】P 2018087765
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2021-03-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年12月4日に長崎県窯業技術センター平成28年度研究報告にて公開 http://www.pref.nagasaki.jp/yogyo/report_kenkyu/pdf/h28/Report_H28_04.pdf
(73)【特許権者】
【識別番号】502374290
【氏名又は名称】株式会社 日本リモナイト
(73)【特許権者】
【識別番号】504117958
【氏名又は名称】独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000214191
【氏名又は名称】長崎県
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【氏名又は名称】宮本 龍
(72)【発明者】
【氏名】辻 誠
(72)【発明者】
【氏名】阿部 久雄
【審査官】壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】韓国登録特許第10-1822411(KR,B1)
【文献】特開2002-154825(JP,A)
【文献】特開平05-015775(JP,A)
【文献】特開昭49-024893(JP,A)
【文献】特開2017-064613(JP,A)
【文献】特開平11-000519(JP,A)
【文献】特開2007-014923(JP,A)
【文献】特開2005-074259(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/28,20/30-20/34
B01D 53/34-53/73,53/74-53/85,53/92,53/96
B01D 53/02-53/12
B01D 53/73,53/86-53/90,53/94,53/96
B01D 53/14-53/18
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱山の坑廃水の中和殿物と、
少なくとも2種以上の無機可塑材
および有機結合材と、パルプ、セルロースのうち少なくとも1つを含む繊維質補強材と、を少なくとも含む混練物の成形体を有することを特徴とする中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【請求項2】
前記中和殿物は、鉄酸化物を少なくとも50%以上含む無機化合物粉体であることを特徴とする請求項1記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【請求項3】
前記無機可塑材は、カオリン、タルクのうち少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1または2記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【請求項4】
前記有機結合材は、ポリビニルアルコール、メチルセルロースのうち少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1ないし3いずれか一項記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【請求項5】
前記混練物は、水分以外の成分として、前記中和殿物を76重量%以上、95重量%以下、前記無機可塑材を合量で5重量%以上、20重量%以下または前記有機結合材を合量で0.2重量%以上、5重量%以下の割合で含むことを特徴とする請求項1ないし4いずれか一項記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【請求項6】
前記繊維質補強材は、前記混練物に対して1重量%以上、2重量%以下の割合で含まれていることを特徴とする請求項1ないし5いずれか一項記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【請求項7】
請求項1ないし6いずれか一項記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤の製造方法であって、
前記混練物をペレット状に成形する成形工程と、前記成形工程で得られた成形体を乾燥させる乾燥工程と、を少なくとも有することを特徴とする中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤の製造方法。
【請求項8】
前記成形工程は、押出成形によって行うことを特徴とする請求項7記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤の製造方法。
【請求項9】
鉄酸化物を少なくとも50%以上含む無機化合物粉体である、鉱山の坑廃水の中和殿物と、無機可塑材または有機結合材と、を少なくとも含む混練物の成形体を有し、
前記混練物は、水分以外の成分として、前記中和殿物を76重量%以上、95重量%以下、少なくとも2種以上の前記無機可塑材を合量で5重量%以上、20重量%以下、かつ前記有機結合材を合量で0.2重量%以上、5重量%以下の割合で含むことを特徴とする中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉱山から排出される坑廃水を中和処理して得られる中和殿物を利用した中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
採掘の終わった休廃止鉱山の一部では、残存する硫化鉱物と地下水が酸素の存在下において反応し、金属を含む酸性の坑廃水が発生している。こうした坑廃水は、休廃止鉱山の下流域において水質汚染などが生じないように、中和処理が行われる。坑廃水を中和処理すると、金属水酸化物を多く含む中和殿物が生じる。そして、中和処理後の上澄み液が河川等に放流されている。
【0003】
こうした坑廃水の中和処理の代表例としては、例えば、まず坑廃水に消石灰を添加して、pH6~7に調整し、坑廃水に含まれる鉄イオンを第2鉄水酸化物(水酸化鉄(III))として析出させる方法が行われている(なお、水酸化鉄(III)は慣用的な名称であり、実際の構造は酸化水酸化鉄(III)とされている)。
【0004】
また、析出させた水酸化鉄の沈降速度を速めるために、懸濁液に高分子凝集剤を添加して水酸化鉄を速やかに凝集させ、これをシックナーによって懸濁液を濃縮し、さらにフィルタープレスで脱水する。そして、得られた脱水ケーキをドライヤーで乾燥させ、フレーク状の中和殿物として回収することも行われている。
【0005】
こうした鉄酸化物を主体にした中和殿物は、例えば、セメント原料として有効に活用されている例もあるが、その殆どは産業廃棄物として処分されており、中和殿物の有効活用の促進が望まれている。
【0006】
一方、坑廃水を中和処理することなく河川等に放流可能にする方法も知られている(例えば、特許文献1参照)。この鉄系坑廃水の処理方法では、曝気によって水酸化鉄を生成し、酸化鉄などと混合してフロックを形成してから固液分離および乾燥することが記載されている。こうして得られた乾燥物は、脱硫化水素剤としても利用できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載された発明は、坑廃水から鉄系成分を回収することが目的であり、脱硫化水素剤としてどのような形態の硫化物が吸着可能であるのか、また、脱硫化水素剤としての具体的な吸着能力なども全く開示されておらず、脱硫化水素剤として利用可能であるか不明である。
【0009】
本発明は、鉱山から排出される坑廃水を有効利用して、硫化水素を吸着除去可能な中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤は、以下の構成を有する。
鉱山の坑廃水の中和殿物と、少なくとも2種以上の無機可塑材および有機結合材と、パルプ、セルロースのうち少なくとも1つを含む繊維質補強材と、を少なくとも含む混練物の成形体を有することを特徴とする。
【0011】
また、本発明では、前記中和殿物は、鉄酸化物を少なくとも50%以上含む無機化合物粉体であることが好ましい。
なお、本発明で言う鉄酸化物は、中和殿物を構成する化学成分のうち、鉄成分を酸化物の形で表記したものであり、化合物として単離できない水酸化鉄の形で中和殿物に存在するものを含んでいる。
【0012】
また、本発明では、前記無機可塑材は、カオリン、タルクのうち少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0013】
また、本発明では、前記有機結合材は、ポリビニルアルコール、メチルセルロースのうち少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0016】
また、本発明では、前記混練物は、水分以外の成分として、前記中和殿物を76重量%以上、95重量%以下、前記無機可塑材を合量で5重量%以上、20重量%以下または前記有機結合材を合量で0.2重量%以上、5重量%以下、の割合で含むことが好ましい。
【0017】
本発明の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤の製造方法は、以下の構成を有する。
前記各項記載の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤の製造方法であって、前記混練物をペレット状に成形する成形工程と、前記成形工程で得られた成形体を乾燥させる乾燥工程と、を少なくとも有することを特徴とする。
【0018】
また、本発明では、前記成形工程は、押出成形によって行うことが好ましい。
本発明の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤は、以下の構成を有する。
鉄酸化物を少なくとも50%以上含む無機化合物粉体である、鉱山の坑廃水の中和殿物と、無機可塑材または有機結合材と、を少なくとも含む混練物の成形体を有し、
前記混練物は、水分以外の成分として、前記中和殿物を76重量%以上、95重量%以下、少なくとも2種以上の前記無機可塑材を合量で5重量%以上、20重量%以下、かつ前記有機結合材を合量で0.2重量%以上、5重量%以下の割合で含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、鉱山から排出される坑廃水を有効利用して、硫化水素を吸着除去可能な中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤の製造方法を段階的に示したフローチャートである。
【
図2】中和殿物の走査型電子顕微鏡(SEM)による観察像である。
【
図3】中和殿物の含水率の変化を示すグラフである。
【
図4】中和殿物の含水率及び相対密度の変化を示すグラフである。
【
図5】カオリン、タルクの金型内での圧力-含水率曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤およびその製造方法について説明する。なお、以下に示す実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0022】
(中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤)
本実施形態の中和殿物を原材料に含む脱硫化水素剤(以下、脱硫化水素剤とのみ記す)は、外形形状が例えば直径5mm~10mm程度の円柱ペレット状に成形されている。本実施形態の脱硫化水素剤は、鉱山の坑廃水を中和処理して得られる中和殿物と、無機可塑材または有機結合材と、繊維質補強材と、水分とを少なくとも含む混練物を成形し、乾燥したものである。
【0023】
中和殿物は、例えば、休廃止鉱山の坑道から流出する坑廃水を用いる。こうした坑廃水は鉄分を多く含み、採掘跡等に残存する硫化鉱物および地下水が酸素の存在下において反応し、pHが4以下の酸性を呈している。この酸性の坑廃水に対して消石灰を添加してpHが6~7程度になるまで中和する。これにより、坑廃水に含まれる無機化合物からなる成分が沈殿した中和殿物が得られる。乾燥した中和殿物は、粉体を成す。
【0024】
中和殿物を構成する化学成分を酸化物の形で表すと、酸化第二鉄(Fe2O3)、酸化アルミニウム(Al2O3)、二酸化ケイ素(SiO2)、酸化カルシウム(CaO)、三酸化硫黄(SO3)、酸化亜鉛(ZnO)などから構成されている。本実施形態の脱硫化水素剤を構成する中和殿物は、鉄酸化物を少なくとも50%以上含んでいる。なお、ここで言う鉄酸化物は、中和殿物を構成する化学成分のうち、化合物として単離できない水酸化鉄の形で中和殿物に存在するものなどを酸化物に換算したものである。
【0025】
無機可塑材や有機結合材は、粉体である中和殿物に水分を加えて混練物を得る際に、可塑性を付与するために添加される。無機可塑材としては、カオリン(Al4Si4O10(OH)8)やタルク(Mg3Si4O10(OH)2)が好ましく用いられる。有機結合材としては、ポリビニルアルコール(PVA)やメチルセルロースが好ましく用いられる。これら無機可塑材や有機結合材は、一種類以上、複数種類を組み合わせて添加することができる。
【0026】
繊維質補強材は、必須ではないが添加することが好ましい。繊維質補強材を添加することによって、成形後の脱硫化水素剤の強度を向上させることができる。繊維質補強材としては、パルプやセルロースが好ましく用いられる。
【0027】
脱硫化水素剤の製造時の中間生成物である混練物は、水分以外の成分として、中和殿物を76重量%以上、95重量%以下、無機可塑材を合量で5重量%以上、20重量%以下または有機結合材を合量で0.2重量%以上、5重量%以下の割合で含むことが好ましい。これに加えて、更に繊維質補強材を1重量%以上、2重量%以下の割合で含むことが好ましい。
【0028】
このような組成の混練物を成形、乾燥させた本実施形態の脱硫化水素剤は、ガス状の硫化水素を効率的に吸着し、分解することができる。即ち、脱硫化水素剤の多孔質組織の空隙にトラップされた硫化水素は、脱硫化水素剤の主成分である水酸化鉄(酸化水酸化鉄)によって、硫黄と水などに分解される。これにより、硫化水素を含むガスなどから、硫化水素を連続して多量に除去することができる。
【0029】
(脱硫化水素剤の製造方法)
図1は、本発明の一実施形態の脱硫化水素剤の製造方法を段階的に示したフローチャートである。
本実施形態の脱硫化水素剤の製造方法は、以下の手順で行われる。
まず、休廃止鉱山の坑道などから発生する坑廃水を回収する。休廃止鉱山の種類は特に限定されないが、例えば、非鉄金属鉱山が挙げられる。坑廃水としては、例えば、水に対する溶解成分のうち、溶解性の鉄成分を酸化鉄換算で50%以上占めるものが挙げられる。
【0030】
次に、回収した坑廃水を中和処理する(中和処理工程S1)。中和処理工程S1では、坑廃水のpHを測定しながら中和剤、例えば消石灰を添加して撹拌し、坑廃水のpHを例えば6~7程度になるように調整する。こうした中和処理の過程で坑廃水に溶解している無機化合物が消石灰と反応し、難溶性ないし不溶性の中和殿物として沈殿する。
【0031】
坑廃水の中和殿物の化学成分を酸化物換算で表すと、例えば、酸化第二鉄(Fe2O3)、酸化アルミニウム(Al2O3)、二酸化ケイ素(SiO2)、酸化カルシウム(CaO)、三酸化硫黄(SO3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化銅(CuO)、酸化マグネシウム(MgO)などである。
【0032】
この中和処理工程S1では、中和殿物の形成を早めるために、中和剤とともに更に高分子凝集剤などを坑廃水に加えることも好ましい。これにより、短時間でより一層効率的に上述した中和殿物を形成することができる。
【0033】
次に、この中和殿物と、坑廃水の残液とを固液分離する(固液分離工程S2)。固液分離の方法としては、例えば、フィルタープレスなどを用いればよい。そして、固液分離によって分離された粘土状の中和殿物(脱水ケーキ)は、更にドライヤーなどを用いて水分を除去する。これにより、水酸化第二鉄を主成分とした粉末状の中和殿物が得られる。
【0034】
なお、固液分離工程S2によって固液分離された後の残液は、坑廃水から金属などの無機化合物が沈殿除去され、かつpHが例えば6~7程度に中和された水分であるから、そのまま河川等に直接放流することができる。
【0035】
次に、粉末状の中和殿物に対して無機可塑材または有機結合材と、繊維質補強材と、水分とを加えて混練し、混練物を形成する(混練工程S3)。本実施形態では、無機可塑材としてカオリン又はタルクを添加する。また、繊維質補強材としてはパルプ又はセルロースを添加する。混練には、例えば、撹拌ブレードを備えたプラネタリミキサーを用いることができる。
【0036】
こうした混練物の好ましい配合割合は、水分以外の成分として、中和殿物を76重量%以上、95重量%以下、無機可塑材を合量で5重量%以上、20重量%以下または有機結合材を合量で0.2重量%以上、5重量%以下の範囲である。
【0037】
次に、混練工程S3で得られた混練物をペレット状に成形する(成形工程S4)。混練物の成形にあたっては、例えば、押出造粒機を用いて、ダイスから混練物を押出すことによって円柱状に成形し、これを所定の長さで切断することで、ペレット状の成形混練物を得ることができる。
【0038】
次に、得られた成形混練物(成形体)を乾燥させ、脱硫化水素剤を得る(乾燥工程S5)。この乾燥工程S5では、ペレット状の成形混練物を、例えば温風式のドライヤーを用いて60℃程度で乾燥させ、ペレット状の成形混練物の含有水分量を低下させ、脱硫化水素剤が必要とされるハンドリング強度を付与する。これにより、本実施形態のペレット状の脱硫化水素剤を製造することができる。
【0039】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の脱硫化水素剤およびその製造方法のより具体的な実施例、およびその効果の検証例を述べる。
【0041】
まず、本発明に用いる中和殿物の基本的な物性を測定した。中和殿物には、国内休廃止鉱山で採取された坑廃水から得られたものを用いた。物性の測定には波長分散型蛍光X線分析装置を用いファンダメンタルパラメータ(FP)法によって測定した。この測定結果を表1に示す。
【0042】
【0043】
表1によれば、中和殿物および一般的な脱硫化水素剤の化学成分を酸化物に換算すると、いずれも主成分は酸化第二鉄(Fe2O3)であり、その他の成分としては、中和殿物は酸化アルミニウム(Al2O3)、二酸化ケイ素(SiO2)、三酸化硫黄(SO3)の順に多くなっている。
【0044】
中和殿物の真比重をヘリウムピクノメーター(Micromeritics社製Acupic1330)により、また、粒度分布をレーザー回折型粒度分布測定装置(CILAS社製850B)により測定したところ、試料の真比重は2.59(σn-1:0.001)であった。
【0045】
中和殿物の平均粒径は3.0μmであり、走査型電子顕微鏡で観察すると、小さな一次粒子から構成される凝集粒子であることが分かった(
図2参照)。すなわち、走査型電子顕微鏡で観察すると、中和殿物の一次粒子100nmに満たない大きさであることが分かった。
【0046】
中和殿物の構成相を粉末X線回折により調べると、そのプロファイルは明確な回折ピークを示さないなだらかな曲線であり、中和殿物が非晶質であり、粒径、密度ともに小さな粒子から構成されていることが分かった。
【0047】
以上のように、坑廃水から得られる中和殿物は、結晶相、真比重、一次粒子の大きさなどにおいて、脱硫化水素剤として利用可能であると推測された。そこで、中和殿物の脱硫化水素剤としての可能性を調べるために、硫化水素の吸着能力の測定を行った。
脱硫化水素剤の能力評価には、パッチ式評価として行われる静的吸着試験と、流通式評価として行われる動的吸着試験がある。中和殿物の硫化水素吸着量を表2に示す。
【0048】
【0049】
表2に示す結果によれば、フィルタープレス後の中和殿物の硫化水素吸着量は、静的吸着の場合、一般的な脱硫化水素剤の3倍であり、中和殿物は一般的な脱硫化水素剤よりも硫化水素の吸着性能が大幅に優れていることが分かる。また、中和殿物を金型で押し固めた加圧成形品の硫化水素吸着量は、静的吸着試験では一般的な脱硫化水素剤の2.5倍、また動的吸着試験では約2倍となり、成形後においても、一般的な脱硫化水素剤よりも脱硫化水素剤としての能力が高いことが確認できる。
【0050】
以上のように、中和殿物は一般的な脱硫化水素剤よりも硫化水素吸着において優れていたが、その原因として次のようなことが考えられる。
坑廃水の中和殿物は一次粒子が小さく非晶質で密度が小さいが、このような粒子の状態は一般的には活性が高い。従って、中和殿物の硫化水素との反応性は一般的な脱硫化水素剤のそれよりも高かったのではないかと思料される(表2参照)。
【0051】
また、中和殿物の硫化水素吸着量が大きかったもう一つの要因として、中和殿物の凝集状態が挙げられる。凝集状態にある粉体は粒子間の隙間が疎らで、ガスの拡散には有利である中和殿物の硫化水素吸着量が優れているのは、中和殿物の凝集構造にもその原因がある。
【0052】
押出成形法によって中和殿物を円柱ペレット状に成形するためには、押出式ペレット製造機の内部において、練土に加わる力によって、練土の軟化や液状化が起こらない状態に練土の含水率を調節する必要がある。中和殿物を、実際の押出成形圧に近い10MPa以下の圧力で圧縮したときの、中和殿物の含水率の変化を
図3に示す。
【0053】
図3に示す含水率の測定は、飽水状態にある中和殿物を金型にとり、万能強度試験機(島津製作所株式会社製AG-2000D)を用いてクロスヘッド速度0.5mm/minで加圧し、中和殿物の粒子間の水を金型の隙間から押し出したときの、練土に掛かる圧力と練土の含水率(%)の変化を記録した。なお、この時の含水率は、中和殿物の粉体が含む水分量を、粉体の乾燥重量で除算した値である。
【0054】
図3に示す測定結果によると、中和殿物の含水率は、加圧開始時の1.8から、圧力0.6MPaの時の1.5に至るまで、圧力に対して含水率が直線的な減少を示しているが、これは飽水状態にある中和殿物から自由水が抜けたことに対応していると考えられる。
【0055】
よって、実際の押出成形に対応する成形圧力は0.6~4MPa程度までと考えられるので、
図3から対応する含水率を読み取ると1.5~1.0となる。この含水率の範囲を水分量に換算すると60~50%であり、押出成形中に非常に多くの水分が中和殿物の練土中に蓄えられていることが分かった。
【0056】
このように、中和殿物が多くの水分を練土中に蓄えられる原因は、中和殿物の粉体が凝集構造を有しているためと考えられ、中和殿物の粒子が疎に繋がった構造の内側に水分が蓄えられているものと推定される。
【0057】
なお、金型内で練土に加わる圧力は、シリンダとピストンによって発生する静水圧と同じ性質のものである。一方、多くの押出成形機の内部では、練土に対して主にスクリューによる剪断応力が加わり、練土の構造の破壊が常に起こっており、このことが、練土が蓄えている水分を凝集構造の外部に浸出させる原因であると推定される。
【0058】
こうした結果に基づいて、次に、剪断応力と性質は異なるが、金型内での圧力をさらに高めていくことによる、練土の含水率と相対密度との変化を測定した。測定は、中和殿物を金型にとり、純水を加えて飽水させた後、10、15、20、50、75、100MPaの圧力で一軸加圧し、円板試料を作製した。作製された円板試料の直径、厚み、重量から、中和殿物の含水状態の嵩密度(以下、含水嵩密度DBWと称する)を求め、さらに以下の式(1)、式(2)に基づいて水分容積率VW(体積分率)、相対密度DR(%)を計算した。なお式(1)中のGsは粒子の真密度を示す。
【0059】
V
W=(Gs-D
BW)/(Gs-1) ・・・(1)
D
R(%)=(1-V
W)×100 ・・・(2)
そして、坑廃水の中和殿物を10~100MPaの範囲の圧力でプレス成形した時の、中和殿物の含水率及び相対密度の変化を
図4に示す。
図4に示す結果によれば、中和殿物の含水率は、成形圧力が15~50MPaの範囲において、0.7から0.45へ急激に減少し、これに伴って、成形体の相対密度も0.36から0.46へと大きく増加している。このことは、通常の成形圧の4~10倍に達するような圧力が中和殿物の成形体に働くと、成形体が保持していた水分が急激に失われていくことを意味しており、中和殿物粒子の凝集構造が破壊されたことを示唆している。通常、押出成形機内の静水圧は0.6~4MPa程度に保たれており、15~50MPaの静水圧が加わることはないが、押出成形機の内部において練土に直接的に押出方向の力を及ぼしているスクリューの近傍では、静水圧を大きく越える剪断力が生じていることは否定できず、そうした剪断力が練土に働くことがあると、中和殿物粒子の凝集構造が破壊されることを意味している。こうした現象への対策について以下に述べる。
【0060】
以上の測定結果のように、飽水状態にある中和殿物の練土には、多くの水分が含まれており、この水分は練土に掛かる圧力が大きくなると徐々に失われ、練土から浸出することが分かった。水分を内包し易い坑廃水の中和殿物の性質は、押出成形時の練土の軟化や液状化を生じさせるため、中和殿物を押出成形する際には、中和殿物の凝集構造がもつこのような性質を補うための成形助剤の配合が求められる。従って、中和殿物の成形にあたって成形助剤(無機可塑材、有機結合材)の配合が必要であることが分かった。
【0061】
次に、坑廃水の中和殿物への成形助剤(無機可塑材、有機結合材)の配合による効果を検証した。
押出成形にあたって、坑廃水の中和殿物に配合する無機可塑材、有機結合材などの成形助剤として以下の材料を用いた。即ち、無機可塑材としてカオリン(SPカオリン:共立窯業原料)、生タルク(中国産:五島鉱山)、また有機結合材としてポリビニルアルコール(ポバール:東レ株式会社製)、カルボキシメチルセルロース(メトローズ:信越化学工業株式会社製)、有機系配合結合材(セランダー:ユケン工業株式会社製)、セルロースパウダー(KCフロック:日本製紙株式会社製)、結晶性セルロース(コロイダルグレード:旭化成株式会社製)を用いた。
表3に、坑廃水の中和殿物を用いた試料P1~P10の成形助剤配合条件を一覧で示す。
【0062】
【0063】
成形助剤の検証にあたって、中和殿物に対して、上記の成形助剤を種々の割合で配合し、これをプラネタリミキサーに分取して、乾式で5分間混合した後、徐々に水を加えつつ撹拌、混合を繰り返した。それぞれの混合物に水を加えて5分間混合する度に混合物を手にとり、原材料に適度な可塑性が発現するような水分添加量を求めた。
【0064】
その後、プラネタリミキサーの撹拌速度を速くして、混合物に対してより強い混練を加えて、それぞれの混合物を練土状態に変化させた。この練土(混練物)を押出成形機(宮崎鉄工株式会社製MV-30型)に分取し、直径12mmの円柱状に成形し、長さ50mmに切断してペレット状にした後、60℃で乾燥させ、中和殿物を用いたペレット状の脱硫化水素剤を得た。
【0065】
表3に示した成形助剤配合条件の試料P0~P10を用いて押出成形を行った試験結果を表4に示す。
【0066】
【0067】
表4において、硬度は、押出直後の含水状態(乾燥前)の円柱状の試料を粘士硬度計(NGK製NGK-01)により測定して得た数値である。嵩密度は、円柱状の試料を1昼夜風乾した後、送風乾燥機で60℃、5時間乾燥し、乾燥試料のノギスによる採寸と重量測定から算出した数値である。また、この試料の強度(硬度)を木屋式硬度計により測定するとともに、万能強度試験機(島津製作所株式会社製)にて曲げ強度(3点曲げ強度:支点間距離30mm)を測定した。
【0068】
表4に示す押出成形試験における成形性状、観察結果を、また以下に成形試験の詳細を説明する。
(坑廃水の中和殿物を用いた試料P0~P10)
中和殿物は粒子の凝集が顕著であり、一般的な押出成形圧である1~4MPaの圧力範囲を含め、100MPaまでの圧力範囲で、含水率の減少と相対密度の増加が継続的に観察された。
【0069】
中和殿物を用いた押出成形体を脱硫化水素剤として用いる場合、粒子の凝集構造は硫化水素の粒内拡散を助けるので、凝集構造を維持して成形することが望ましい。一方、充填密度が低いと押出成形体の強度低下を招くので、その点を成形助剤によって補う必要があると考えられる。
【0070】
試料P0は中和殿物にメトローズを2重量%加えて成形したが、押出口金から成形品が25cm出た時点で押出が停止した。投入した練土は含水率が0.63と高く、NGK硬度は8と軟質であった。押出成形機内を観察すると、練土が押出ノズル内で硬化しており、ノズル手前の押出室で一部が液状化していた。これは、練土が圧縮されて脱水し、その浸出水分によって、後続の練土が水分過多となった結果と考えられる。
【0071】
成形圧力(静水圧)0.05~4MPaに対応する中和殿物の含水率は1.5~1であり、試料P0の含水率0.63はこれよりも十分に低い。既に金型によるプレス成形試験において、中和殿物粒子に大きな力が働くと、中和殿物粒子から水分が浸出することを述べたが、押出成形機内では静水圧以外の強い応力がスクリューによって練土に加えられていると考えられ、実際に液状化が生じたものと考えられる。即ち、練土の可塑性が充分に存在するときは、押出成形機内のスクリューの表面は練土に対し主に押出方向の力を与えている。
【0072】
しかし、一旦、練土の動きがノズル部分で停滞すると、練土がスクリューに押し付けられる。スクリューの表面では押し付けられた練土に対して、摩擦によるずり応力(剪断応力)が繰り返し働くことになり、やがて練土中の中和殿物の凝集構造が壊れ、保持されていた水分が浸出したのではないかと考えられる。
【0073】
従って、中和殿物を配合した練土には、余剰水分を吸収し保水する性質をもった成形助剤の配合が必要となる。また、押出成形機のスクリューによる粒子構造の剪断は、スクリュー表面との摩擦によって生じることから、摩擦を生じにくい成形助剤、すなわち滑材の配合が必要と考えられる。そこで、試料P1~P10は、可塑性、保水性、滑り性を補う成形助剤としてカオリンやタルクを加えている。
【0074】
成形助剤としてカオリンを加えた試料P1と、タルクを加えた試料P2は、カオリンの性質として試料P1の配合水が試料P2よりも0.055(水分%で5.2%)多く、その結果として練土の硬度、嵩密度、曲げ強度のいずれも試料P2の方がより大きくなっている。成形性は試料P1よりも試料P2が優れており、試料P1は押出成形機内への練土の付着が見られるなど、練土の結合性が弱かった。一方、試料P2の練土は軟質で保形性が充分ではない。
図5に、カオリン、タルクの金型内での圧力-含水率曲線を示す。
図5によれば、1MPa未満の成形圧力ではカオリンよりもタルクの保水率が高く、練土の軟化に繋がったものと考えられる。
【0075】
試料P3はカオリン、タルクをいずれも9.5重量%配合し、さらにメトローズを4.5重量%加えた。また、試料P4はカオリンを試料P3の半分の4.8重量%に、タルクを1.5倍の13.3重量%に増やした。試料P3、試料P4の練土の含水率は、それぞれ0.47、0.63と大きいが、練土は硬く(練土硬度は12.9、11.8)、両者とも押出成形が可能ではあったが、押出成形に時間を要した。
【0076】
試料P5はメトローズを4.8重量%配合し、タルクを19重量%まで増やしたが、練土硬度が12.8と、試料P4よりも硬くなり、押出成形機の押出室で練土が液状化した。このように、メトローズ、タルクを併用しても、練土が硬く、保水性に乏しい場合、練土の液状化が起こることが分かった。
【0077】
試料P6は試料P4の配合をベースとして、繊維質補強材である結晶性セルロースを1重量%添加した。練土の含水率は0.58と大きくなり、そのために練土硬度は2段階低く軟らかくなった。また、練土の結合性もよく、押出成形機のスクリューへの付着が無いなど、成形性は大幅に改善した。乾燥後の曲げ強さも5.6N/mm2と充分に大きい。
【0078】
試料P7は、試料P4の配合をベースとして、メトローズをポバールに替えたものである。練土硬度は試料P4の11.8から8.0まで低くなり、成形性は改善したが、一方で、乾燥後の硬度、曲げ強さは低下し、成形品に脆さがあった。実用上の問題は比較的に少ないと考えられる。
【0079】
試料P8は実用上の観点から、試料P7のポバール配合量をさらに半減させ、タルク配合量を3分の1に減らしている。練土硬度は8.0とさらに低くなり、押出成形の障害は少なかったが、成形体の結合力が低く、成形体が長さ10cm程度で若干のヒビが生じた。
【0080】
試料P9は、試料P8のポバールを半減させるとともに、メトローズを同量配合し、押出成形体の強度を改善した。ポバールを減らすことにより配合水分量が大幅に減少し、練土の硬度は13.3まで増加したにも拘らず、押出成形性は良好で、ノズルから押し出された成形体は湾曲することなく真っすぐに成形された。曲げ強さは試料P8より20%改善している。
【0081】
試料P10は試料P9よりもポバール、メトローズをさらに半減させ、カオリン、タルクも半減させている。含水率はさらに少なくなり、練土硬度が13.8に達したものの、成形性は維持されていた。一方、押出成形体はノズルから10cm程度の長さでヒビが入り折れるなど、練土の結合力は弱く、成形体の曲げ強さが1.45MPaまで低下した。
【0082】
以上の結果から、坑廃水の中和殿物を用いた試料P0~P10のうち、試料P6~P10の配合条件が適切であることが分かった。