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特許7156754電子ビーム変調装置及び電子ビーム変調方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】電子ビーム変調装置及び電子ビーム変調方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/10 20060101AFI20221012BHJP
   H01J 37/26 20060101ALI20221012BHJP
   H01J 37/04 20060101ALI20221012BHJP
   G02B 5/30 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
H01J37/10
H01J37/26
H01J37/04 A
G02B5/30
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022548114
(86)(22)【出願日】2022-02-22
(86)【国際出願番号】 JP2022007352
【審査請求日】2022-08-08
(31)【優先権主張番号】P 2021056381
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔1〕 刊行物名 日本物理学会2020年秋季大会 講演概要集 第75巻第2号 発行日 2020年8月28日 <資料> 日本物理学会2020年秋季大会 開催方針 <資料> 日本物理学会2020年秋季大会 概要集(抜粋) 〔2〕 集会名 日本物理学会2020年秋季大会 ビデオ会議システム(Zoom等)を用いたオンライン開催 一般社団法人日本物理学会 主催 開催日(公開日) 2020年9月9日(会期:2020年9月8日~11日) <資料> 日本物理学会2020年秋季大会 プログラム <資料> 日本物理学会2020年秋季大会 発表資料(抜粋) 〔3〕 集会名 日本顕微鏡学会 電子光学設計技術分科会 第7回研究会 オンライン会議システム(Microsoft Teams)を用いたリモート開催 公益社団法人日本顕微鏡学会 主催 開催日(公開日) 2020年10月5日 <資料> 日本顕微鏡学会 電子光学設計技術分科会 第7回研究会 開催案内 <資料> 日本顕微鏡学会 電子光学設計技術分科会 第7回研究会 発表資料(抜粋) 〔4〕 刊行物名 arXiv[physics.optics] 発行日 2021年3月31日 <資料> arXiv,2103.16406v1[physics.optics]掲載論文 〔5〕 刊行物名 arXiv[physics.optics] 発行日 2021年6月4日 <資料> arXiv,2103.16406v2[physics.optics]掲載論文 〔6〕 刊行物名 Physical Review Applied 発行日 2021年7月9日 <資料> Physical Review Applied,Vol.16,Issue 1,L011002 掲載論文 〔7〕 刊行物名 第18回日本加速器学会年会 講演概要集 発行日 2021年8月6日 <資料> 第18回日本加速器学会年会 概要集(抜粋) 〔8〕 集会名 第18回日本加速器学会年会 オンライン開催 日本加速器学会 主催 開催日(公開日) 2021年8月9日(会期:2021年8月9日~12日) <資料> 第18回日本加速器学会年会 プログラム <資料> 第18回日本加速器学会年会 発表資料(抜粋)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔9〕 刊行物名 第82回応用物理学会秋季学術講演会 予稿集 発行日 2021年8月26日 <資料> 第82回応用物理学会秋季学術講演会 予稿集 ログイン頁 <資料> 第82回応用物理学会秋季学術講演会 予稿集(抜粋) 〔10〕 集会名 第82回応用物理学会秋季学術講演会ビデオ会議システム(Zoom)を用いたオンライン開催公益社団法人応用物理学会主催開催日(公開日)2021年9月13日(会期:2021年9月10日~13日)<資料>第82回応用物理学会秋季学術講演会開催案内<資料>第82回応用物理学会秋季学術講演会プログラム<資料>第82回応用物理学会秋季学術講演会発表資料(抜粋)〔11〕刊行物名InternationalConferenceonMaterialsandSystemsforSustainability(ICMaSS)2021Abstracts発行日2021年11月2日<資料>ICMaSS2001Abstracts(抜粋)〔12〕集会名InternationalConferenceonMaterialsandSystemsforSustainability(ICMaSS)2021(Online)ICMaSS2001組織委員会主催開催日(公開日)2021年11月5日(会期:2021年11月4日~6日)<資料>ICMaSS2001プログラム<資料>ICMaSS2001発表資料(抜粋)〔13〕刊行物名科学研究費助成事業令和2(2020)年度実績報告書発行日2021年12月27日<資料>科学研究費助成事業令和2(2020)年度実績報告書掲載報告書(抜粋)〔14〕刊行物名arXiv[physics.optics]発行日2022年1月21日<資料>arXiv,2201.08523v1[physics.optics]掲載論文〔15〕刊行物名第69回応用物理学会春季学術講演会講演概要発行日2022年1月26日<資料>第69回応用物理学会秋季学術講演会講演概要(抜粋)〔16〕刊行物名平成30年度研究助成事業研究助成成果報告書集発行日2022年2月7日<資料>平成30年度研究助成事業研究助成成果報告書集(抜粋)
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】上杉 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊一
(72)【発明者】
【氏名】小澤 祐市
【審査官】後藤 大思
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-288099(JP,A)
【文献】米国特許第5375130(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を出射する光源と、
前記光源から出射された前記レーザ光の偏光の向き及び強度が所定の方向分布及び所定の強度分布を有するように前記偏光の向き及び前記強度を変調する変調面が形成されている偏光変換部と、
前記変調面を通過した前記レーザ光を集光させる集光素子と、
を備え、
前記集光素子の焦点面では、前記レーザ光が前記集光素子で集光されることによって、前記焦点面に入射する電子ビームに含まれる電子を引き寄せる捕捉ポテンシャル領域と、前記電子を弾く斥力ポテンシャル領域とを有し、且つ前記レーザ光の光軸に沿って見たときに前記光軸を中心として回転対称性を有するラウンド光が生成され、
前記所定の方向分布及び前記所定の強度分布は前記焦点面での前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャル領域との分布に応じて決められている、
電子ビーム変調装置。
【請求項2】
前記変調面は、前記レーザ光を前記光軸に沿って見たときに、偏光特異点領域と前記偏光特異点領域の周囲で偏光の向きが前記偏光特異点領域を中心として回転対称性を有して分布する偏光変調領域とが存在するように設計されている、
請求項1に記載の電子ビーム変調装置。
【請求項3】
前記偏光変調領域では、前記偏光の向きが前記偏光特異点領域を中心として径方向に沿っており、
前記焦点面では、前記光軸を中心として環状の最大斥力ポテンシャル領域が形成され、前記最大斥力ポテンシャル領域よりも径方向の外側に向かって前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャル領域とが減衰しつつ交互に形成され、前記光軸を含む中心部で光強度が高い高強度部と前記中心部よりも外周部で光強度が略零である低強度部とが形成される、
請求項2に記載の電子ビーム変調装置。
【請求項4】
前記偏光変調領域では、前記偏光の向きが前記偏光特異点領域を中心として周方向の接線に沿っており、
前記焦点面では、前記光軸を中心として環状の最大斥力ポテンシャル領域が形成され、前記最大斥力ポテンシャル領域よりも径方向の外側に向かって前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャル領域とが減衰しつつ交互に形成され、前記光軸を含む中心部で光強度が略零である低強度部と前記中心部よりも外周部で光強度が前記中心部よりも高い高強度部とが形成される、
請求項2に記載の電子ビーム変調装置。
【請求項5】
前記所定の強度分布は、前記光軸を中心として光強度の高い部分が環状に形成されている分布である、
請求項1から4の何れか一項に記載の電子ビーム変調装置。
【請求項6】
前記集光素子の最外周部によって集光された前記レーザ光と前記光軸とがなす角度が25[deg.]以下である、
請求項1から5の何れか一項に記載の電子ビーム変調装置。
【請求項7】
光源から出射されたレーザ光の偏光の向き及び強度を所定の方向分布及び所定の強度分布に変調し、
変調した前記レーザ光を集光素子で集光することによって、電子を引き寄せる捕捉ポテンシャル領域と、電子を弾く斥力ポテンシャル領域とを有し、且つ前記レーザ光の光軸に沿って見たときに前記光軸を中心として回転対称性を有するラウンド光を生成し、
前記ラウンド光に入射する電子ビームを前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャル領域との分布に応じて変調する、
電子ビーム変調方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電子ビーム変調装置及び電子ビーム変調方法に関する。本願は、2021年3月30日に、日本に出願された特願2021-056381号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡は、電子ビームを用いて測定対象物の拡大像を得ることができる顕微鏡であり、電子ビームが非常に波長の短い波であるために光学顕微鏡等に比べて非常に高い倍率での観察を可能とする。従来、電子顕微鏡で電子ビームを収束又は発散させるために用いられるレンズは、電子レンズと呼ばれる。従来、電子レンズとして、例えば電極板による電界レンズや、磁束コイルによる磁界レンズが用いられている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本国特開2020-123533号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電子顕微鏡では、従来の電子レンズを用いて電子ビームを収束させた場合のみならず、電子を加速させるだけでも、正の球面収差が生じる。正の球面収差が生じると、測定対象物に照射する電子ビームの幅が大きくなり、電子顕微鏡の分解能が低下する。電子顕微鏡で生じる正の球面収差を減らす方法として、例えば複数の非円対称な電子レンズを電子ビームの進行方向を中心として周方向に沿って配置し、これらの電子レンズの位置及び出力等を高精度に制御することによって負の球面収差を発生させ、発生させた負の球面収差で元々生じている正の球面収差を打ち消す方法が知られている。しかしながら、このような組み合わせ電子レンズを用いて球面収差を抑える方法では、複数の電子レンズを精密且つ同時に駆動させるので、制御が難しく、雑音に影響を受けやすく、且つ製造及び設置のコストがかかる等の課題があった。
【0005】
また、走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope;STEM)は、電子顕微鏡の中でも極めて高い分解能を有し、1Åオーダーの観察を可能とする。通常のSTEMにおける電子の加速電圧は80~300kV程度であるが、生体観察等の用途でも使えるようにするため、例えば30kV以下というような加速電圧の低減が進められている。
【0006】
さらに、電子顕微鏡の対物レンズとして強力な磁界を発生する電子レンズを用いると、磁性を有する測定対象物の観察が困難であるという課題もあった。この課題については、互いに逆の方向に磁場を発生させる一対の磁界レンズ(電子レンズ)を用いて、一対の磁界レンズの境界領域を磁界フリーにし、磁界フリーの領域に測定対象物を配置する方法が提案されている。但し、一対の磁界レンズを用いて磁界フリー領域を形成する方法では、磁界フリーになる領域が電子線の進行方向において極めて狭く、磁性を有する測定対象物の形状や配置に対する制約が大きいという課題があった。
【0007】
本発明は、ラウンド光を作用させることによって電子ビームを変調可能であって、構築し易く、ラウンド光の生成条件を容易に制御可能な電子ビーム変調装置及び電子ビーム変調方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る電子ビーム変調装置は、レーザ光を出射する光源と、前記光源から出射された前記レーザ光の偏光の向き及び強度が所定の方向分布及び所定の強度分布を有するように前記偏光の向き及び前記強度を変調する変調面が形成されている偏光変換部と、前記変調面を通過した前記レーザ光を集光させる集光素子と、を備え、前記集光素子の焦点面では、前記レーザ光が前記集光素子で集光されることによって、前記焦点面に入射する電子ビームに含まれる電子を引き寄せる捕捉ポテンシャル領域と、前記電子を弾く斥力ポテンシャル領域とを有し、且つ前記レーザ光の光軸に沿って見たときに前記光軸を中心として回転対称性を有するラウンド光が生成され、前記所定の方向分布及び前記所定の強度分布は前記焦点面での前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャル領域との分布に応じて決められている。
【0009】
上述の電子ビーム変調装置では、前記変調面は、前記レーザ光を前記光軸に沿って見たときに、偏光特異点領域と前記偏光特異点領域の周囲で偏光の向きが前記偏光特異点領域を中心として回転対称性を有して分布する偏光変調領域とが存在するように設計されていてもよい。
【0010】
上述の電子ビーム変調装置において、前記偏光変調領域では、前記偏光の向きが前記偏光特異点を中心として径方向に沿っていてもよい。前記焦点面では、前記光軸を中心として環状の最大斥力ポテンシャル領域が形成され、前記最大斥力ポテンシャル領域よりも径方向外側に向かって前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャル領域とが減衰しつつ交互に形成され、前記光軸を含む中心部で光強度が高い高強度部と前記中心部よりも外周部で光強度が略零である低強度部とが形成されてもよい。
【0011】
上述の電子ビーム変調装置において、前記偏光変調領域では、前記偏光の向きが前記偏光特異点を中心として周方向の接線に沿っていてもよい。前記焦点面では、前記光軸を中心として環状の最大捕捉ポテンシャル領域が形成され、前記最大捕捉ポテンシャル領域よりも径方向外側に向かって前記斥力ポテンシャル領域と前記捕捉ポテンシャル領域とが減衰しつつ交互に形成され、前記光軸を含む中心部で光強度が略零である低強度部と前記中心部よりも外周部で光強度が前記中心部よりも高い高強度部とが形成されてもよい。
【0012】
上述の電子ビーム変調装置では、前記所定の強度分布は、前記光軸に沿って見たときに、前記光軸を中心として光強度の高い部分が環状に形成されている分布であってもよい。
【0013】
上述の電子ビーム変調装置では、前記レーザ光が前記光軸を中心として環状のビーム形状を有し、前記集光素子の最外周部によって集光された前記レーザ光と前記光軸とがなす角度が25[deg.]以下であってもよい。
【0014】
本発明に係る電子ビーム変調方法は、光源から出射されたレーザ光の偏光の向き及び強度を所定の方向分布及び所定の強度分布に変調し、変調した前記レーザ光を集光素子で集光することによって、電子を引き寄せる捕捉ポテンシャル領域と、電子を弾く斥力ポテンシャル領域とを有し、且つ前記レーザ光の光軸に沿って見たときに前記光軸を中心として回転対称性を有するラウンド光を生成し、前記ラウンド光に入射する電子ビームを前記捕捉ポテンシャル領域と前記斥力ポテンシャルとの相対分布に応じて変調する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ラウンド光を作用させることによって電子ビームを変調可能であって、構築し易く、ラウンド光の生成条件を容易に制御可能な電子ビーム変調装置及び電子ビーム変調方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係る一実施形態の電子ビーム変調装置の模式図である。
図2図1に示す電子ビーム変調装置が備える液晶光学素子の正面図である。
図3図1に示す電子ビーム変調装置が備える偏光変換部の斜視図である。
図4図1に示す電子ビーム変調装置におけるレーザ光の第1例の方向分布の模式図である。
図5図1に示す電子ビーム変調装置が備える偏光変換部の斜視図である。
図6図1に示す電子ビーム変調装置におけるレーザ光の第2例の方向分布の模式図である。
図7図1に示す電子ビーム変換装置が備える偏光変換部の斜視図である。
図8図1に示す電子ビーム変調装置が備える集光素子の瞳面から焦点面までの領域の拡大図である。
図9】数値計算例1におけるラウンド光の光強度分布の計算結果を示す図である。
図10】数値計算例1におけるr方向及びz方向での電子に働く力のベクトル場の計算結果を示す図である。
図11】数値計算例1における集光素子の焦点面におけるラウンド光の実効ポテンシャル値の計算結果を示す図である。
図12】数値計算例1における電子ビームの軌跡の計算結果を示す図である。
図13】数値計算例1における集光素子のレンズのNAを変化させたときの実効ポテンシャルの最大値の計算結果を示すグラフである。
図14】数値計算例1における集光素子のレンズのNAを変化させたときのr方向で光軸近傍に沿ってz方向に進行する電子ビームの焦点距離の計算結果を示すグラフである。
図15】数値計算例2におけるラウンド光の光強度分布の計算結果を示す図である。
図16】数値計算例2におけるr方向及びz方向の電子に働く力のベクトル場の計算結果を示す図である。
図17】数値計算例2における集光素子の焦点面における実効ポテンシャル値の計算結果を示す図である。
図18】数値計算例2における電子ビームの軌跡の計算結果を示す図である。
図19】数値計算例3における瞳面でのレーザ光の光強度分布を示す図である。
図20】数値計算例3における電子ビームの軌跡の計算結果を示す図である。
図21】数値計算例3における電子ビームの軌跡の計算結果を示す図である。
図22】数値計算例3における電子ビームが光軸と交差する距離を示すグラフである。
図23】数値計算例3における電子ビームが光軸と交差する距離を示すグラフである。
図24】数値計算例3においてレーザ光の集光角が5[deg.]である場合のラウンド光の光強度分布の計算結果を示すグラフである。
図25】数値計算例3においてレーザ光の集光角が15[deg.]である場合のラウンド光の光強度分布の計算結果を示すグラフである。
図26】数値計算例3においてレーザ光の集光角が30[deg.]である場合のラウンド光の光強度分布の計算結果を示す図である。
図27】数値計算例3においてレーザ光の集光角が45[deg.]である場合のラウンド光の光強度分布の計算結果を示す図である。
図28】数値計算例3においてレーザ光の集光角が60[deg.]である場合のラウンド光の光強度分布の計算結果を示すグラフである。
図29】数値計算例3における集光素子の最外周部から出射されたレーザ光と光軸とがなす角度を変化させたときにr方向で光軸近傍に沿ってz方向に進行する電子ビームの焦点距離の計算結果を示すグラフである。
図30】数値計算例3において集光素子の最外周部から出射されたレーザ光と光軸とがなす角度を変化させたときにr方向で光軸近傍に沿ってz方向に進行する電子ビームの焦点距離の計算結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る実施形態の電子ビーム変調装置及び電子ビーム変調方法を、図面を参照して説明する。なお、以下の説明及び各図面では、互いに同一又は類似の機能を有する構成に互いに同一の符号を付す。
【0018】
図1に示すように、本実施形態の電子ビーム変調装置10は、例えば電子顕微鏡等の電子ビーム源200から加速された状態で射出される電子ビームERを既存の電子レンズ等を用いずに、電界フリー及び磁界フリーな状況下で電子ビームERの軸LXを中心として円対称に操作することによって電子ビームERを変調するために用いられる。具体的には、本実施形態の電子ビーム変調装置10は、電子ビームEXを前述のように軸に対して円対称に操作するためのラウンド光RLを生成する。
【0019】
図1に示すように、本実施形態の電子ビーム変調装置10は、光源20と、コリメートレンズ25と、偏光変換部30と、ビーム整形部40と、ミラー50と、集光素子60と、を備える。光源20は、レーザ光源であり、出射口20eから直線偏光ビームのレーザ光LRを出射する。
【0020】
光源20から出射されてコリメートレンズ25に入射したレーザ光LRは、平行光に変換された後に偏光変換部30に入射して円筒対称偏光ビームに変換される。円筒対称偏光ビームに変換されたレーザ光LRは、ビーム整形部40によって円環状に整形される。コリメートレンズ25の材質は、例えば石英であるが、石英以外にサファイア等であってもよく、任意の屈折率を有してレーザ光LRを透過可能な材質であればよい。
【0021】
偏光変換部30は、例えば波長板31と、液晶素子による液晶光学素子32と、を備える。波長板31の材質は、例えば水晶であるが、水晶以外の複屈折性を有する材質であってもよく、レーザ光LRの偏光を操作可能な材質であれば特に限定されない。偏光変換部30では、光軸LY上に、光源20に近い側から、波長板31と液晶光学素子32が順次配置されている。液晶光学素子32は、2枚のガラス板と、液晶分子と、を有し、入射するレーザ光LRに対して複屈折性を発現する。液晶分子は、軸LYに沿った方向で間隔をあけて配置された2枚のガラス板の間に充填されている。図2に示すように、液晶光学素子32は、レーザ光LRの光軸LYと同芯の中心C32から周方向で所定の角度ごとに小領域33に分割されている。すなわち、液晶光学素子32は、複数の小領域33を有する。各々の小領域33には、複数の液晶分子が軸方向(例えば、長軸方向或いは短軸方向)を揃えた状態で配置されている。複数の小領域33の各々に配置されている液晶分子の軸の向きJRは、周方向に沿って半周先の小領域33に配置されている液晶分子の軸の向きに対して約90°回転している。つまり、複数の小領域33に配置されている液晶分子の軸の向きJRは、小領域33ごとに周方向で順次変化する。
【0022】
図3に示すように、波長板31から出射されたレーザ光LRの偏光方向が鉛直方向に平行である場合、液晶光学素子32の複数の小領域33を透過して液晶光学素子32から出射されたレーザ光LRの光軸LXに直交する平面には、図4に示すように光軸LYが通る偏光特異点領域36と、偏光特異点領域36の周囲に形成される偏光変調領域38とが存在する。偏光特異点領域36では、電場の振動が定義されないため、レーザ光LRの強度が零である。後述するように、偏光特異点領域36は、光軸LYと同軸で電子ビームERが通っても、電子ビームERの振動方向等に何ら作用や影響を与えない領域である。偏光変調領域38は、偏光特異点領域36を中心として回転対称性を有する。偏光変調領域38には、基本的に電子ビームERは通らない。図4に示すように、偏光変調領域38でのレーザ光LRの偏光の向きは、偏光特異点領域36、すなわち光軸LYを中心として径方向に沿っている。このようなレーザ光LRの方向分布を第1例の方向分布(所定の方向分布)とする。第1例の方向分布を有するレーザ光LRは、radially polarized(R-pol) light beamと称される。
【0023】
図5に示すように、波長板31から出射されたレーザ光LRの偏光方向が水平方向に平行である場合、液晶光学素子32の複数の小領域33を透過して液晶光学素子32から出射されたレーザ光LRの光軸LXに直交する平面には、図6に示すように偏光特異点領域36と、偏光特異点領域36の周囲に形成される偏光変調領域38とが存在する。但し、波長板31から出射されたレーザ光LRの偏光方向が水平方向に平行である場合、図6に示すように、偏光変調領域38でのレーザ光LRの偏光の向きは、偏光特異点領域36、すなわち光軸LYを中心として周方向に沿っており、周方向の接線をなす。このようなレーザ光LRの方向分布を第2例の方向分布(所定の方向分布)とする。第2例の方向分布を有するレーザ光LRは、azimuthally polarized(A-pol) light beamと称される。
【0024】
第1例及び第2例以外の第3例の方向分布及び強度分布として、図7に示すように、波長板31から出射されたレーザ光LRの偏光方向が光軸LYに沿って見たときに円である場合、すなわち波長板31から出射されたレーザ光LRが円偏光である場合が挙げられる。この場合、偏光変調領域38でのレーザ光LRは、液晶光学素子32の複数の小領域33ごとに対応した位置に円偏光を有する。
【0025】
波長板31の種類及び要否は、液晶光学素子32から出射するレーザ光LRの方向分布と光源20から出射されるレーザ光LRの直線偏光とに応じて選択される。例えば、図3に示すように、光源20から出射されるレーザ光LRの直線偏光が水平方向に平行であり、且つ液晶光学素子32から第1例のR-polの方向分布を有するレーザ光LRを出射させたい場合、液晶光学素子32に入射する前のレーザ光LRの偏光の向きを鉛直方向に対して平行にするために、波長板31としてλ/2波長板(つまり、半波長板)を用いることができる。図3に示す例において、光源20から出射されるレーザ光LRの直線偏光が鉛直方向に平行であれば、波長板31は省略可能であり、光源20から出射されたレーザ光LRを液晶光学素子32に直接入射させてもよい。
【0026】
同様に、図5に示すように、光源20から出射されるレーザ光LRの直線偏光が鉛直方向に平行であり、且つ液晶光学素子32から第2例のA-polの方向分布を有するレーザ光LRを出射させたい場合、液晶光学素子32に入射する前のレーザ光LRの偏光の向きを水平方向に平行にするために、波長板31としてλ/2波長板を用いることができる。図5に示す例において、光源20から出射されるレーザ光LRの直線偏光が水平方向に平行であれば、波長板31は省略可能であり、光源20から出射されたレーザ光LRを液晶光学素子32に直接入射させてもよい。
【0027】
上述のように、偏光変換部30は、光源20から出射される直線偏光ビームであるレーザ光LRの方向分布を、第1例の方向分布をはじめとした任意の方向分布に変換する。つまり、液晶光学素子32の入射面32aにおいて少なくともレーザ光LRが入射する領域に、液晶が上述のように不均一に配位する変換面(変調面)34が形成されている。光源20から出射されたときに直線偏光ビームであるレーザ光LRの偏光の向きは、変換面34を通ることによって、液晶光学素子32の出射側の空間では所定の方向分布に変換される。すなわち、液晶光学素子32は、レーザ光LRの偏光の向きを所定の方向分布に変換する変換面34を有する。変換面34が例えば上述のように配位方向を制御して設計された液晶分子によって構成されている場合、液晶分子の配位方向は、液晶分子の複屈折性によって入射する偏光ビームを所望の偏光分布(方向分布)を有する偏光ビームに変換するよう設計する。
【0028】
ビーム整形部40は、例えばアキシコンレンズ41と、凸レンズ44と、ミラー50と、集光素子60と、を備える。ビーム整形部40では、光軸LY上で偏光変換部30よりもレーザ光LRの進行方向前方に、光源20に近い側から、波長板31と液晶光学素子32が順次配置されている。ビーム整形部40では、光軸LYを略90°折り返してなる光軸LX上で偏光変換部30よりもレーザ光LRの進行方向前方に、光源20に近い側から、ミラー50と集光素子60が順次配置されている。
【0029】
アキシコンレンズ41は、円錐形に形成され、光軸LYに対して直交する方向から見たときに、光軸LYを頂点として光軸LYから離れるに従って線形的に光源20に近づく傾斜面42を有する。アキシコンレンズ41は、傾斜面42を有することによって、光軸LYに沿って見たときに環状のビームプロファイル(強度分布)を形成する。レーザ光LRの環状のビームプロファイルの直径は、傾斜面42の頂角αに依存し、光軸LY上のアキシコンレンズ41と凸レンズ44との離間距離がベッセルビームの形成領域よりも長くなる程、増大する。また、レーザ光LRの環状のビームプロファイルの径方向の幅は、傾斜面42の頂角α及びアキシコンレンズ41と凸レンズ44との離間距離に依存せず、所定値で一定である。後述するように電子ビームERを光軸LXに沿って見たときの中心部に通すように好適な円環状のレーザ光LRを形成する観点から、アキシコンレンズ41の頂角αは、例えば120°以上150°以下であることが好ましい。
【0030】
凸レンズ44は、アキシコンレンズ41から出射されたレーザ光LRを結像させる。結像面には、光軸LXに沿って見たときに光軸LXに回転対称なビームプロファイルを有するレーザ光LRが形成されている。ミラー50の反射面50rは、凸レンズ44の出射面と結像面との間に配置されている。アキシコンレンズ41及び凸レンズ44の材質は、例えば石英であるが、石英以外にサファイア等であってもよく、任意の屈折率を有してレーザ光LRを透過可能な材質であればよい。
【0031】
ミラー50は、例えば円柱状に形成され、軸線に対して略45°をなす反射面50rを有する。円柱状のミラー50には、軸線、すなわち電子ビームERの軸EXに沿って貫通孔52が形成されている。ミラー50の軸線は、光源20につながる光軸LYと直交し、軸EXと重なっている。反射面50rは、光軸LYとミラー50の軸線とが直交する交点に重なり、光軸LY及び軸EXに対して略45°をなす。反射面50rには、例えば金(Au)やアルミニウム(Al)等の金属反射膜か、或いは誘電体多層膜からなる光学反射膜が設けられている。ミラー50の材質は、帯電を避けるために、例えばステンレス(SUS)や銅(Cu)、或いはAu等の金属膜を表面に蒸着した石英である。また、ミラー50は、電子顕微鏡の筐体に適切に接地される。貫通孔52の直径と長さ、及びその端部の形状は、例えば電子ビームERの電荷によって貫通孔52の内壁に正電荷が誘起される鏡像効果等により電子ビームERの品質が低下しないように、適切に形成されている。
【0032】
円環状に整形された円筒対称偏光ビームのレーザ光LRは、ミラー50の反射面50rによって、軸EX上で電子ビーム源200とは反対側に向かって略90°反射される。以下、反射面50rで反射されたレーザ光LRの光軸を光軸LXと記載する。つまり、反射面50rによって、レーザ光LRの光軸LYは90°屈折され、光軸LXとなる。一方、電子ビームERは、電子ビーム源200から加速された状態で射出され、ミラー50から作用を受けることなく、貫通孔52を通り抜け、直進する。光軸LXは、電子ビームERの軸EXと略重なっている。
【0033】
ビーム整形部40によれば、回転対称偏光ビームがアキシコンレンズ41と、凸レンズ44とを用いて、レーザ光LRは整形される。整形されたレーザ光LRは、ミラー50の反射面50rによって反射され、光軸LXに沿って進行する。このとき、光軸LXに平行な方向からレーザ光LRを見たときに光強度の高い領域が光軸LXを中心として環状に形成されているビームプロファイルに整形される。また、光軸LXを中心とする環状ビームプロファイルの外径が最も小さくなる結像位置(凸レンズ44の焦点面)が集光素子60の瞳面60Pに一致するように、凸レンズ44及び集光素子60が設計される。集光素子60の材質は、凸レンズ44と同様、例えば石英であるが、石英以外にサファイア等であってもよく、任意の屈折率を有してレーザ光LRを透過可能な材質であればよい。
【0034】
集光素子60は、少なくとも凸レンズ44よりもレーザ光LRの出射方向前方の光軸LX上に設けられ、入射瞳の瞳面60Pを凸レンズ44の焦点面に合わせて配置されている。集光素子60は、幾何収差が適度に補正されたレンズである。集光素子60の光軸LX及び軸EXが通る径方向の中心部には、電子ビームERが通る領域として貫通孔62が形成されている。集光素子60は、例えば幾何収差が適度に除去された光学顕微鏡用の対物レンズである。集光素子60の瞳面60Pでのレーザ光LRは、ビーム整形部40によって円環状に整形されて凸レンズ44の焦点面で最小の円環幅をなす強度分布を有する。レーザ光LRは、図1に示すように光軸LXを中心として円対称性を以って瞳面60Pで一旦集光し、円対称性を保ちつつ拡散し、集光素子60に入射する。
【0035】
図8に示すように、光軸LXの周方向に分布する環状のレーザ光LRは、光軸LXに沿って見たときに、貫通孔62の外周に位置する集光素子60に対して円対称に入射し、集光素子60の焦点面60Fに集光する。レーザ光LRが集光素子60によって集光されることによって、光軸LXを中心として回転対称性を有するラウンド光RLが生成される。ラウンド光RLは、光軸LXに沿うz方向において焦点面60Fを略中心に所定のフォーカス長LFを有する。フォーカス長LFは、瞳面60Pにおけるレーザ光LRの円環幅によって決まり、円環幅が小さくなる程長くなる。
【0036】
ラウンド光RLは、集光したレーザ光LRの光場から求まるポンデロモーティブポテンシャルの分布に基づき、捕捉ポテンシャル領域NRと、斥力ポテンシャル領域PRと、を有する。捕捉ポテンシャル領域NRでは、電子ビームERに含まれる電子が光軸LXを中心とするr方向(径方向)の中心側に引き寄せられる。一方、斥力ポテンシャル領域PRでは、電子ビームERに含まれる電子がr方向の外側に弾かれる。これらの原理に基づいて、集光素子60に形成された貫通孔62を通って焦点面60Fに入射する電子ビームERは、ラウンド光RLにおける捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRとの分布に応じて収束或いは拡散され、前述の分布に応じて変調される。
【0037】
捕捉ポテンシャル領域NRのポテンシャルの大きさ、及び斥力ポテンシャル領域PRのポテンシャルの大きさは、集光素子60の開口数(numerical aperture;NA)に依存する。集光素子60のNAが高い程、レーザ光LRは光軸LXに対して広角で強く集められるため、捕捉ポテンシャル領域NR及び斥力ポテンシャル領域PRの各ポテンシャルの大きさが増大する。したがって、集光素子60のNAは、投入可能な入射レーザ光LRのパワーや、変調対象の電子ビームERの速度等を勘案し、少なくとも電子ビームERを所望のパターンで変調するために必要とされるポテンシャルの大きさ以上の捕捉ポテンシャル領域NR及び斥力ポテンシャル領域PRを生成可能なNAに適宜設定されている。入射するレーザ光LRのパワーを抑えて熱損傷等から保護する観点から、集光素子60のNAは、0.7以上であることが望ましく、可能な限り1に近いことが好ましい。
【0038】
本実施形態の電子ビーム変調方法では、例えば上述の電子ビーム変調装置10を用いて、偏光の向きを所定の方向分布に変調すると共に強度を所定の強度分布に変調したレーザ光LRを集光素子60で集光することによって、光軸LXを中心として回転対称性を有するラウンド光RLを生成する。本実施形態の電子ビーム変調方法では、ラウンド光RLの捕捉ポテンシャル領域NR及び斥力ポテンシャル領域PRによって、ラウンド光RLに入射する電子ビームERを変調する。本実施形態の電子ビーム変調方法では、電子ビームERの収束等の変調のために従来用いられてきた電子レンズとは全く異なるラウンド光RLを用い、電子ビームERが進行すると共に電子ビーム変調装置10が配置されている空間100を電場フリー及び磁場フリーな状況として電子ビームERを変調する。空間100は、例えば電子顕微鏡内で電子ビームERが進行する鏡筒内の空間である。
【0039】
(電子ビームの変調に関する数値計算例1)
次に、上述の電子ビーム変調装置10を用いた電子ビームERの変調について第1の数値計算例(以下、数値計算例1という)を示す。数値計算例1では、所定の方向分布及び所定の強度分布として第1例の方向分布及び第1例の強度分布を採用した。すなわち、電子ビーム変調装置10の液晶光学素子32の変換面34を通ったレーザ光LRの偏光の向きが、図3に示すようなR-polに変調されるように設定した。この場合、変換面34を通ったレーザ光LRの強度は、光軸LY、LXに沿った方向から見たときに、光軸LY、LXを中心として環状に(回転対称性を以って)高く分布する。
【0040】
ここで、レーザ光LRが単色光とみなせることをふまえ、レーザ光LRの電場を次に示す(1)式のように定義する。
【0041】
【数1】
【0042】
(1)式において、E0は電場の振幅を表し、ωはレーザ光LRの角振動数を表し、≪u≫inは、空間100を場として捉えたときに振幅、位相及び偏光の空間構造をなす単位ベクトルを表す。なお、数式中の文字上の矢印及び本文中の≪≫は、数式中の文字及び≪≫で囲まれた文字の変数がベクトルであることを表す。電子ビーム変調装置10の集光素子60の瞳面60Pでは、レーザ光LRは平行光であるとみなせるため、集光素子60が凸レンズである場合、瞳面60Pを通った後の波面は光軸LX上の焦点を中心に収束する球面波に変換される。集光素子60の焦点面60Fを含む焦点領域FFの場は、焦点に向かって最大収束角度αの範囲内で収束する平面波の場を積分することによって得られる。最大収束角度αは、sin-1(NA)で表される。(NA)は、集光素子60のNAを表す。
【0043】
ここで、円筒座標系≪r≫=≪r≫(r,φ,z)を導入すると、図6のz方向に沿うz軸に沿って伝搬して集光素子60に入射するR-polのレーザ光LRの単位ベクトル≪u≫inは、次に示す(2)式のように表される。
【0044】
【数2】
【0045】
円筒座標系において、ベクトル回折積分の理論を適用すると、集光素子60によって集光されたレーザ光LRの場は、次に示す(3)-(5)式によって表される。
【0046】
【数3】
【0047】
(3)-(5)式において、C=πf/λであり、fは集光素子60の焦点距離を表し、λはレーザ光LRのピーク波長又は中心波長を表し、Jはn次のベッセル関数を表す。P(θ)は、集光素子60の入射側と出射側との間でエネルギー保存則を満たすように決められるアポダイズ関数を表し、対物レンズ等に適用されるアッベの法則に基づいて次に示す(6)式のように表される。
【0048】
【数4】
【0049】
(6)式におけるp(r)=p(f・sinθ)は、瞳面60Pでの回転対称性な入射場の振幅を表す。集光素子60への入射光の場について、円環状の入射ラウンド光を表現するために、内径が外径の0.9倍である(7)式の入射の場を定義する。
【0050】
【数5】
【0051】
本数値計算例では、λ=1[μm]、f=4[mm]、NA=0.9、Pin=100[W]、E=1[keV]と設定した。上述の原理をふまえ、集光されたレーザ光LRの光強度分布は、強度の径方向の成分と軸方向成分の合計値;|u+|uと、強度の方位角成分;|uΦによって得られる。磁場は0次ベッセル関数に依存するため、軸方向成分は光軸LX上で最大値をとる一方、径方向の成分及び方位角成分は光軸LX上で零である。
【0052】
焦点領域FFにおいて、電子eに作用するポンデロモーティブ力は、次に示す(8)式及び(9)式によって表される。
【0053】
【数6】
【0054】
(8)式及び(9)式において、qは電子eの電荷を表し、mは電子eの質量を表す。Uは、ポンデロモーティブポテンシャル(単に、ポテンシャルと記載する場合がある)の分布の大きさに対応するポンデロモーティブエネルギーを表す。このとき、次に示す(10)式が成り立つ。
【0055】
【数7】
【0056】
(10)式において、ccは複素共役項を表す。ここで、集光素子60のNAが1に近い場合には、(10)式の第2項(u×(∇×u))が支配的になる。この項においては、r方向の力を発生させるためには、≪u≫又は(∇×≪u≫)の何れかを軸方向に向ける必要がある。数値計算例1では、(10)式の第2項に対して相対的に小さな第1項((u・∇)u)を無視して計算を行った。レーザ光LRがR-polで変調されるので、規格化された電場は≪u≫=(u,0,u)で与えられ、規格化された磁場は次に示す(11)式で表される。
【0057】
【数8】
【0058】
上述の(3)式、(4)式及び(11)式から、次に示す(12)-(14)式が得られる。
【0059】
【数9】
【0060】
したがって、レーザ光LRがR-polで変調される数値計算例1において、焦点面60Fでのラウンド光RLのポンデロモーティブ力は、次に示す(15)式で表される。
【0061】
【数10】
【0062】
以上の原理、設計パラメータ及び各式に基づいて、焦点領域FFにおけるラウンド光RLの光強度分布を計算した結果を図9に示す。図9以降の各図において、z=0[μm]は焦点面60Fを表し、r=0[μm]は光軸LXを表す。図9に示すように、R-polで変調されたレーザ光LRによるラウンド光RLの光強度は、光軸LX上(すなわち、z=0[μm])で最も高いことがわかる。また、光軸LX上からr方向に沿って離れると、ラウンド光RLの光強度は、増減しつつ急激に減少することがわかる。
【0063】
続いて、上述の原理、設計パラメータ及び各式に基づいて、焦点領域FFのz=0[μm]におけるラウンド光RLのポンデロモーティブ力を計算した結果を図10に示す。ポンデロモーティブ力は図9に示す光強度の勾配が大きなところで大きな値を示す。また、ポンデロモーティブ力のz方向の成分の大きさはr方向の成分の大きさに比べて100分の1倍程度であり、電子ビームERに含まれる電子eに対する作用はr方向への寄与が支配的である。また、ポンデロモーティブ力のz方向成分は焦点面60Fを中心に集光素子60に近い側と遠い側で符号が反転する性質を有する。そのため、入射する電子ビームERに含まれる電子eに対して、+z方向(すなわち、図8の紙面の右側)に加速する作用と-z方向(すなわち、図8の紙面の左側)に減速する作用は焦点領域FFにわたって打ち消し合い、ポンデロモーティブ力のz方向の成分は電子eに対して正味の作用を与えない。
【0064】
z=0[μm]におけるポンデロモーティブ力の場を無限遠方でゼロとなるようにr方向にわたって積分することで、光軸LXの最も近くに最大値を有する実効的な斥力ポテンシャル領域PRMAXが生じた。また、光軸LX上からr方向に沿って離れると、ポテンシャルの大きさは減少し、斥力ポテンシャル領域PRMAXの外側に、前記最大値よりも小さい捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRとが交互に生じた。斥力ポテンシャル領域PRでは、入射する電子ビームERに含まれる電子eに対してポテンシャル形状の局所的な頂点から離れる方向に力が作用する。一方、捕捉ポテンシャル領域NRでは、電子eに対してポテンシャル形状の局所的な底に近づける方向に力が作用する。図10に示す分布では、斥力ポテンシャル領域PRMAXによって、電子ビームERの電子eが光軸LXから離れる方向に大きく力を受けることがわかる。
【0065】
続いて、焦点面60F(すなわち、z=0[μm])における実効的なポテンシャル分布(実効ポテンシャル)を計算した結果を図11に示す。図11に示すように、光軸LX上のz=0において、斥力ポテンシャル領域PRMAXが現れ、r方向外側に進むと、斥力ポテンシャル領域PR及び捕捉ポテンシャル領域NRの各々のポテンシャル値が急減することが明確にわかる。
【0066】
続いて、焦点領域FFにおける電子ビームERの軌道を計算した結果を図12に示す。斥力ポテンシャル領域PRMAXは、図12に示す計算結果においてrが約0.4以下の領域に生じる。図12に示すように、左側から入射した平行な電子ビームERは、ラウンド光RLに対して主に斥力ポテンシャル領域PRMAXによってr方向外側に向けて発散することを確認した。
【0067】
さらに、集光素子60を構成するレンズのNAを変化させたときの斥力ポテンシャル領域PRMAXの最大値及びr方向で光軸LX近傍に沿ってz方向に進行する電子ビームERの軌道から焦点距離を計算した結果を図13及び図14に示す。光源20から出射されるレーザ光LRのパワーを一定にしても、集光素子60における集光角(すなわち、最大収束角度α)が浅くなる程、光軸LX上の光強度が低下し、z方向の電場の発生が小さくなった。図13図14に示すように、集光素子60のNAが小さくなる程、斥力ポテンシャル領域PRMAXは小さくなり、電子ビームERの焦点距離は長くなり、ラウンド光RLが電子ビームERを変調する機能が弱くなることがわかる。すなわち逆にいえば、集光素子60のNAが大きくなる程、ラウンド光RLが電子ビームERを変調する機能が強くなるといえる。
【0068】
(電子ビームの変調に関する数値計算例2)
次に、上述の電子ビーム変調装置10を用いた電子ビームERの変調について第2の数値計算例(以下、数値計算例2という)を示す。数値計算例2では、所定の方向分布及び所定の強度分布として第2例の方向分布及び第2例の強度分布を採用した。すなわち、電子ビーム変調装置10の液晶光学素子32の変換面34を通ったレーザ光LRの偏光の向きが、図6に示すようなA-polに変調されるように設定した。
【0069】
レーザ光LRの強度分布や場の計算、及びラウンド光RLにおける斥力ポテンシャル領域PR及び捕捉ポテンシャル領域NRの計算等及び原理等は、数値計算例1で説明した内容と概ね同様であるが、以下の点については書き換えられる。
【0070】
レーザ光LRの偏光の向きがA-polである場合、前述の(2)式は次に示す(16)式に替わる。
【0071】
【数11】
【0072】
(16)式及び前述の各式に従えば、前述の(14)式及び(15)式は、次に示す(17)式及び(18)式に替わる。
【0073】
【数12】
【0074】
上述の原理及び各式、数値計算例1と同様の設計パラメータに基づいて、焦点領域FFにおけるラウンド光RLの光強度分布を計算した結果を図15に示す。図15に示すように、A-polで変調されたレーザ光LRによるラウンド光RLの光強度は、光軸LX上(すなわち、z=0[μm])では略零であり、光軸LXに沿って見たときに光軸LXを中心として回転対称性を以って環状且つ円筒状に分布することがわかる。また、光軸LX上からr方向に沿って離れると、ラウンド光RLの光強度は減少することがわかる。
【0075】
続いて、上述の原理、設計パラメータ及び各式に基づいて、焦点領域FFにおけるラウンド光RLのポンデロモーティブ力を計算した結果を図16に示す。数値計算例1と同様に、ポンデロモーティブ力は図15に示す光強度の勾配が大きなところで大きな値を示す。また、ポンデロモーティブ力のz方向の成分の大きさはr方向の成分の大きに比べて1分の100倍程度である。数値計算例2では、数値計算例1と同様に、電子ビームERに含まれる電子eに対する作用はr方向への寄与が支配的であり、z方向の成分は焦点領域FFにわたって打ち消し合い、電子eに対して正味の作用を与えない。
【0076】
図16において、z=0[μm]におけるポンデロモーティブ力の場を無限遠方で零となるようにr方向にわたって積分すると、数値計算例1とは逆に光軸LXの最も近くに最小値を有する捕捉ポテンシャル領域NRMAXが生じた。また、光軸LX上からr方向に沿って離れると、ポテンシャルの大きさは減少し、捕捉ポテンシャル領域NRMAXの外側に、前記最小値よりも大きな斥力ポテンシャル領域PRと捕捉ポテンシャル領域NRとが交互に生じた。図16に示す分布では、捕捉ポテンシャル領域NRMAXによって、電子ビームERの電子eが光軸LXから近づく方向に大きく力を受けることがわかる。
【0077】
続いて、焦点面60F(すなわち、z=0[μm])におけるラウンド光RLのポンデロモーティブ力に基づく実効ポテンシャルを計算した結果を図17に示す。図17に示すように、光軸LX上のz=0において、捕捉ポテンシャル領域NRMAXが現れ、r方向外側に進むと、斥力ポテンシャル領域PR及び捕捉ポテンシャル領域NRの各々のポテンシャル値が急減することが明確にわかる。
【0078】
続いて、焦点領域FFにおける電子ビームERの軌道を計算した結果を図18に示す。捕捉ポテンシャル領域NRMAXは、図18に示す計算結果においてrが約0.4以下の領域に生じる。図18に示すように、左側から入射した平行な電子ビームERは、ラウンド光RLに対して主に捕捉ポテンシャル領域NRMAXによってr方向で光軸LXに向けて収束することを確認した。
【0079】
以上説明した本実施形態の電子ビーム変調装置10は、少なくとも光源20と、偏光変換部30と、集光素子60と、を備える。光源20はレーザ光LRを出射する。偏光変換部30には、光源20から出射されたレーザ光LRの偏光の向き及び強度が所定の方向分布及び所定の強度分布を有するように、レーザ光LRの偏光の向き及び強度を変調する変換面34が形成されている。集光素子60は、変換面34を通過したレーザ光LRを集光する。集光素子60の焦点面60Fでは、レーザ光LRが集光素子60で集光されることによって、焦点面60Fにラウンド光RLが生成される。ラウンド光RLは、入射する電子ビームERに含まれる電子eを引き寄せる捕捉ポテンシャル領域NRと、電子eを弾く斥力ポテンシャル領域PRと、を有し、且つレーザ光LRの光軸LXに沿って見たときに光軸LXを中心として回転対称性を有する。
【0080】
本実施形態の電子ビーム変調装置10によれば、電子ビームERを変調するために従来用いられている電界レンズや磁界レンズに替わり、レーザ光LRを用いたラウンド光RLを生成することができる。本実施形態の電子ビーム変調装置10は、光源20と、偏光変換部30と、集光素子60とを主要構成部品としており、構築し易い。また、変換面34の設計等によってラウンド光RLの生成条件を容易に制御することができる。ラウンド光RLの焦点距離は、レーザ光LRのパワーに正比例し、電子ビームERの加速電圧に反比例する。このような条件を加味して、ラウンド光RLの条件及び集光素子60の設計パラメータを決めることができる。本実施形態の電子ビーム変調装置10は、レーザ光LRのパワーを低くすることができ、例えば30kV以下の低加速電圧の電子顕微鏡等にも適用することができる。また、本実施形態の電子ビーム変調装置10は、電界フリー及び磁界フリーな状況を必要とする測定対象物の測定系における対物レンズや、低加速STEMや低加速SEMの収差補正装置に適用することができる。また、本実施形態の電子ビーム変調装置10は、電子位相イメージング用の回転対称な形状を有する位相板を構成する装置としても有用である。
【0081】
本実施形態の電子ビーム変調装置10では、偏光変換部30をなす液晶光学素子32の変換面34は、変換面34から出射されたレーザ光LRを光軸LY、LXに沿って見たときに、偏光特異点領域36と偏光特異点領域36の周囲の偏光変調領域38とが存在するように回折理論等に基づいて設計されている。偏光特異点領域36では、レーザ光LRの強度は零である。偏光変調領域38の偏光の向きは、偏光特異点領域36を中心として回転対称性を有して分布する。
【0082】
本実施形態の電子ビーム変調装置10によれば、光軸LY、LXを中心として円対称な偏光ビームを変換面34で整形し、整形したレーザ光LRを集光素子60で集光することによって、従来の電子レンズと同様の作用を容易に実現することができる。
【0083】
本実施形態の電子ビーム変調装置10において、偏光変調領域38でのレーザ光LRの偏光の向きは偏光特異点領域36を中心として径方向に沿っている。本実施形態の電子ビーム変調装置10の集光素子60の焦点面60Fでは、光軸LXに沿って見たときに、光軸LXを中心として環状の斥力ポテンシャル領域PRMAX(実効的な斥力ポテンシャル領域)が形成され、斥力ポテンシャル領域PRMAXよりもr方向の外側(径方向の外側)に向かって捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRとが減衰しつつ交互に形成される。また、焦点面60Fでは、光軸LXを含む中心部でレーザ光LRの光強度が外周部よりも高い高強度部と外周部でレーザ光LRの光強度が略零である低強度部とが形成される。
【0084】
本実施形態の電子ビーム変調装置10によれば、光軸LX及び軸EXに沿って焦点領域内のラウンド光RLに入射する電子ビームERに含まれる電子eに対して斥力ポテンシャル領域PRMAXによって光軸LXからr方向外側に弾く方向に作用を与え、凹レンズの作用を実現し、正の球面収差を得ることができる。
【0085】
本実施形態の電子ビーム変調装置10において、偏光変調領域38でのレーザ光LRの偏光の向きは偏光特異点領域36を中心として周方向の接線に沿っている。本実施形態の電子ビーム変調装置10の集光素子60の焦点面60Fでは、光軸LXに沿って見たときに、光軸LXを中心として環状の捕捉ポテンシャル領域NRMAX(実効的な捕捉ポテンシャル領域)が形成され、捕捉ポテンシャル領域NRMAXよりもr方向の外側(径方向の外側)に向かって斥力ポテンシャル領域PRと捕捉ポテンシャル領域NRとが減衰しつつ交互に形成される。また、焦点面60Fでは、光軸LXを含む中心部でレーザ光LRの光強度が略零である低強度部と中心部よりも外周部でレーザ光LRの光強度が中心部よりも高い高強度部とが形成される。
【0086】
本実施形態の電子ビーム変調装置10によれば、光軸LX及び軸EXに沿って焦点領域内のラウンド光RLに入射する電子ビームERに含まれる電子eに対して捕捉ポテンシャル領域NRMAXによってr方向で光軸LXに近づける方向に作用を与え、凸レンズの作用を実現し、負の球面収差を得ることができる。従来の電界レンズや磁界レンズ等の電子レンズでは正の球面収差のみが生じ、負の球面収差は実現し得なかった。本実施形態の電子ビーム変調装置10によって、電子ビームERの加速のみでも発生する正の球面収差をラウンド光RLの負の球面収差によって容易に打ち消し、球面収差を抑えることができる。
【0087】
本実施形態の電子ビーム変調装置10では、レーザ光LRの所定の強度分布は、光軸LY、LXに沿って見たときに、光軸LY、LXを中心として光強度の高い部分が環状に形成されている分布である。
【0088】
本実施形態の電子ビーム変調装置10によれば、光軸LY、LXを中心として円対称な偏光ビームを変換面34で環状に整形し、整形したレーザ光LRを集光素子60で集光することによって、焦点領域FFでのフォーカス長LFを得ることができる。
【0089】
本実施形態の電子ビーム変調方法では、光源20から出射されたレーザ光LRの偏光の向き及び強度を所定の方向分布及び所定の強度分布に変調し、変調したレーザ光LRを集光素子60で集光する。このことによって、電子を引き寄せる捕捉ポテンシャル領域PRと、電子を弾く斥力ポテンシャル領域NRとを有し、且つ光軸LXに沿って見たときに光軸LXを中心として回転対称性を有するラウンド光RLを生成する。本実施形態の電子ビーム変調方法では、ラウンド光RLに入射する電子ビームERを捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRとの相対分布に応じて変調する。
【0090】
本実施形態の電子ビーム変調方法によれば、電子ビームERを変調するために従来用いられている電界レンズや磁界レンズに替わり、レーザ光LRを用いたラウンド光RLを生成し、電場フリー且つ磁界フリーな状況下で電子ビームERを変調することができ、変換面34の設計等によってラウンド光RLの生成条件を容易に制御することができる。
【0091】
上述の数値計算例1及び数値計算例2では、(10)式の第2項に対して相対的に小さな第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視して計算を行った。集光素子60のNAが大きいときの実際の結果は、第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視した結果と殆ど同じである。集光素子60のNAが小さくなると、実際の結果は、第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視した結果とは異なる。電子ビーム変調装置10の液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合、集光素子60のNAが小さくなり、第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視できなくなると、電子ビームERに対する凸レンズの作用が発現する。
【0092】
(電子ビームの変調に関する数値計算例3)
次に、上述の電子ビーム変調装置10を用いた電子ビームERの変調について、(10)式の第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視せずに計算を行った第3の数値計算例(以下、数値計算例3という)を示す。数値計算例3では、集光素子60への入射光の場として、次に示す(19)式で表される瞳面でベッセル・ガウスビーム(Bessel-Gauss(BG) beam)状の強度分布を有する光場を採用した。
【0093】
【数13】
…(19)
【0094】
(19)式において、rは、径方向の変数を表す。fは、集光素子60の焦点距離を表す。θは、BGビームの集光角を表し、集光素子60の最外周部から焦点面60Fに集光する光線と光軸LXがなす角度である。wは、BGビームの円環幅の半値を表す。図19に示すように、BGビームの円環幅は、2wである。数値計算例3では、次の条件;レーザ光LRの波長λ=1[μm]、f=2[mm]、w=50[μm]、θ=60[deg.]、Pin=100[W]、E=1[keV]に設定された。数値計算例3では、集光素子60のNAは、BGビームの集光角θの1.1倍、すなわち1.1×θに設定された。この設定によって、環状のBGビームが漏れなく集光される。
【0095】
液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合に、焦点領域FFにおける電子ビームERの軌道を計算した結果を図20に示す。液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合に、焦点領域FFにおける電子ビームERの軌道を計算した結果を図21に示す。図20及び図21に示す結果と、図12及び図18とを比較するとわかるように、(10)式の第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視せずに(13)式のBGビームを導入した場合の電子ビームERの軌道は、(10)式の第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)を無視した近似的な場合の電子ビームERの軌道と同様である。
【0096】
液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合に、電子ビームERが光軸LXと交差する距離zを計算した結果、すなわち縦球面収差図を図22に示す。図22に示すように、正の球面収差が発現していることがわかる。液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがA-polに変調される場合に、電子ビームERが光軸LXと交差する距離zを計算した結果、すなわち縦球面収差図を図23に示す。図23に示すように、負の球面収差が発現していることがわかる。
【0097】
液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合に、レーザ光LRと光軸LXがなす集光角を5[deg.]、15[deg.]、30[deg.]、45[deg.]、60[deg.]の各々に設定したときの光焦点領域FFにおける光強度分布を計算した結果を図24~28に示す。図27及び図28に示すように、レーザ光LRと光軸LXがなす集光角、すなわちレーザ光LRの光焦点領域FFへの入射角が60[deg.]、45[deg.]である場合、r方向の中心部に光強度の高い高強度部が形成された。図24から図26に示すように、レーザ光LRと光軸LXがなす集光角が30[deg.]、15[deg.]、5[deg.]と減少すると、高強度部がr方向の外側に形成され、r方向の中心に高強度部よりも光強度が低い低強度部が形成された。つまり、レーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合において、レーザ光LRと光軸LXがなす集光角が小さくなるに従って、r方向の中心部が高い高強度部を有する光強度分布から中心部が略零である低強度部とその外周部に高強度部を有する光強度分布に変化する。
【0098】
液晶光学素子32の変調面34から出射されたレーザ光LRの偏光の向きがR-pol、A-polに変調される場合に、レーザ光LRと光軸LXがなす集光角とレーザ光LRによるレンズの焦点距離との関係について計算した結果を図29に示す。レーザ光LRの偏光の向きがR-polに変調される場合では、レーザ光LRと光軸LXがなす集光角が小さくなる、すなわち集光素子60のNAが小さくなると、(10)式の第1項((≪u≫・∇) ≪u≫)が第2項(≪u≫×(∇×≪u≫))に対して無視できない程度に大きくなり、図29に示すように、焦点領域FFに入射する電子ビームERに対してレーザ光LRが凹レンズとして作用する状態から凸レンズとして作用する状態に変化する。数値計算例3では、レーザ光LRが凹レンズとして作用する状態から凸レンズとして作用する状態に切り替わるレーザ光LRの集光角は、30~40[deg.]の範囲内の角度である。凹レンズの作用から凸レンズの作用に切り替わる境界のレーザ光LRの集光角では、レーザ光LRのレンズとしての作用が消失し、実質的なレーザ光LRによるレンズの焦点距離は無限大(∞)である。
【0099】
図29及び図30に示すように、レーザ光LRの集光角が25[deg.]以下であれば、レーザ光LRの偏光の向きがR-pol、A-polの何れに変調された場合でも、r方向の中心部に低強度部を有すると共に外周部に高強度部を有する光強度分布が形成され、レーザ光LRによるレンズの焦点距離が互いに同等であり、レーザ光LRによるレンズが負の球面収差を有する凸レンズとして作用することがわかる。レーザ光LRの偏光の向きがR-pol、A-polの何れに変調された場合でも、レーザ光LRの集光角が十分に小さく、レーザ光LRによるレンズのNAが同程度であれば、焦点領域FFにおける光強度分布が互いに一致する。
【0100】
以上より、ラウンド光RL又はBGビームが凸レンズ作用と凹レンズ作用との切り替わり角度よりも小さい集光角で集光した場合、レーザ光LRによるレンズの焦点距離は一定の入射光パワーを有するレーザ光LRによるレンズの焦点距離よりも短く、レンズの作用が弱いが、レンズの作用は発現する。その場合、電子ビームERに対するラウンド光RL又はBGビームによるレンズの作用は、レーザ光LRの偏光の向きに依存しない。集光素子60の瞳面60Pにおいてレーザ光LRが光軸を中心として環状のビーム形状を有し、集光素子60の最外周部によって集光されたレーザ光LRと光軸LXとがなす角度θが25[deg.]以下である場合、レーザ光LRによるレンズは、負の球面収差を有する凸レンズであり得る。つまり、図19に例示したように環状のビーム形状を有するレーザ光LRを用いれば、25[deg.]よりも大きな角度θでレーザ光LRを集光させなくても、電子ビームERに対してラウンド光RL又はBGビームを負の球面収差を有する凸レンズとして作用させることができる。
【0101】
ラウンド光RL又はBGビームによるレンズの作用は、焦点面60Fにおけるレーザ光LRの光強度分布のみに依存する。したがって、焦点領域FFにおいてr方向の中心部に且つ光軸LXを中心として環状に光強度が略零の低強度部が形成されることによって、ラウンド光RL又はBGビームを含むレーザ光LRの入射時の光強度分布に依らず、凸レンズ作用が発現する。また、焦点領域FFにおいてr方向の中心部に且つ電子ビームERと同軸に光強度が最大の高強度部が形成されることによって、ラウンド光RL又はBGビームを含むレーザ光LRの入射時の光強度分布に依らず、凹レンズ作用が発現する。
【0102】
以上、本発明に係る好ましい実施形態について詳述した。本発明は、上述の実施形態に限定されない。本発明は、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、変更可能である。
【0103】
例えば、上述の電子ビーム変調装置10は、レーザ光LRの波長及びパワーの少なくとも一方を制御する制御部を備えてもよい。
【0104】
例えば、上述の電子ビーム変調装置10は、偏光変換部30は、複数の液晶光学素子や複数の位相板によって構成されてもよい。その場合、複数のレーザ光変調板を通ることによってレーザ光LRの偏光の向きが所定の方向分布を有し、レーザLRの強度が所定の強度分布を有していればよい。
【0105】
なお、電子ビーム変調装置10の変換面34を通過したレーザ光LRの所定の方向分布及び強度分布は、焦点面60Fで電子ビームERを所望の状態に変調するために電子ビームERに作用させる捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRの分布に応じて決められる。電子ビームERに作用させる捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRの分布は、電子ビームERの所望の状態から逆算され、定量的に算出可能である。さらに、変換面34を通過したレーザ光LRの所定の方向分布及び強度分布は、前述の捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRの分布から逆算して定量的に算出可能である。したがって、変換面34を通過したレーザ光LRの所定の方向分布及び強度分布は、上述の実施形態で説明した第1例のR-polの方向分布及び強度分布、第2例のA-polの方向分布及び強度分布、或いは第3例のようにレーザ光LRの偏光方向が光軸LYに沿って見たときに円をなす方向分布及び強度分布に限定されず、これらの例の方向分布及び強度分布とは異なり、且つ前述のように電子ビームERの所望の状態から逆算された捕捉ポテンシャル領域NRと斥力ポテンシャル領域PRの分布に合わせて算出された任意の方向分布及び強度分布であってもよい。
【0106】
なお、上述の電子ビーム変調装置10のコリメートレンズ25、凸レンズ44及び集光素子60として、プリズムや屈折レンズ等の屈折光学素子に替えて回折格子や回折レンズ等の回折光学素子が用いられてもよい。回折レンズとしては、例えばフレネルゾーンプレート(Fresnel Zone Plate;FZP)、マルチレベルゾーンプレート(Multi-level Zone Plate;MLZP)或いはフレネルレンズ(Fresnel lens)が挙げられる。また、電子ビーム変調装置10では、レーザ光LRの偏光を上述説明したように操作する液晶光学素子32に替えてフォトニック結晶、或いはフォトニック結晶以外のレーザ光LRの偏光を操作可能な光学素子が用いられてもよい。
【0107】
10…電子ビーム変調装置、20…光源、30…偏光変換部、60…集光素子、60F…焦点面、LR…レーザ光、RL…ラウンド光
【要約】
本開示の電子ビーム変調装置では、レーザ光を出射する光源と、光源から出射されたレーザ光の偏光の向き及び強度を変調する変調面が形成されている偏光変換部と、変調面を通過したレーザ光を集光させる集光素子と、を備える。集光素子の焦点面では、焦点面に入射する電子ビームに含まれる電子を引き寄せる捕捉ポテンシャル領域と、電子を弾く斥力ポテンシャル領域とを有し、且つレーザ光の光軸に沿って見たときに光軸を中心として回転対称性を有するラウンド光が生成される。
図1
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