(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】潤滑油の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 19/02 20060101AFI20221012BHJP
C10M 169/00 20060101ALI20221012BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20221012BHJP
C10N 40/06 20060101ALN20221012BHJP
【FI】
G01N19/02 A
C10M169/00
G01N19/02 C
C10N30:06
C10N40:06
(21)【出願番号】P 2018201825
(22)【出願日】2018-10-26
【審査請求日】2021-04-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000929
【氏名又は名称】KYB株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 慎治
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-255683(JP,A)
【文献】特開2016-037528(JP,A)
【文献】特開2008-163166(JP,A)
【文献】特開2006-265345(JP,A)
【文献】米国特許第06112573(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 19/02
C10M 169/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
静止直前および/または摺動開始直後の潤滑油の摩擦特性
と、滑り状態の潤滑油の摩擦特性
とに基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法
であって、
往復摺動のうち一方向の摺動における摩擦特性を正の値で表し、多方向の摺動における摩擦特性を負の値で表すことで、潤滑油の摩擦特性を循環図形で表し、
摺動開始直後から滑り状態となるまでの摩擦係数の速度勾配、および/または、滑り状態から静止直前までの摩擦係数の速度勾配に基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法。
【請求項2】
静止直前および/または摺動開始直後の潤滑油の摩擦特性と、滑り状態の潤滑油の摩擦特性とに基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法であって、
往復摺動のうち一方向の摺動における摩擦特性を正の値で表し、多方向の摺動における摩擦特性を負の値で表すことで、潤滑油の摩擦特性を循環図形で表し、
前記循環図形を複数のパターンに分類することで、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法。
【請求項3】
微振幅時における潤滑油の摩擦特性を示す循環図形と、通常振幅時における潤滑油の摩擦特性を示す循環図形と
を作成し、作成した2つの循環図形を重ねて表記する、請求項
1または2に記載の潤滑油の評価方法。
【請求項4】
微振幅時における潤滑油の摩擦特性および通常振幅時における潤滑油の摩擦特性に基づいて、振幅に応じた摩擦特性の変化度合を求めることで、潤滑油の摩擦特性を評価する、請求項1ないし3のいずれかに記載の潤滑油の評価方法。
【請求項5】
微振幅時における潤滑油の摩擦係数と通常振幅時における潤滑油の摩擦係数との比または差に基づいて、前記振幅に応じた摩擦特性の変化度合を算出する、請求項4に記載の潤滑油の評価方法。
【請求項6】
静止直前または摺動開始直後の潤滑油の摩擦係数に基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、請求項1ないし5のいずれかに記載の潤滑油の評価方法。
【請求項7】
静止直前または摺動開始直後の潤滑油の摩擦係数と、滑り状態における潤滑油の摩擦係数との比または差に基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、請求項6に記載の潤滑油の評価方法。
【請求項8】
前記潤滑油は緩衝器用潤滑油である、請求項1ないし
7のいずれかに記載の潤滑油の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油の摩擦特性を評価する評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、緩衝器用潤滑油の摩擦特性は、緩衝器を往復摺動させた場合の緩衝器用潤滑油の摩擦係数の平均値を摩擦速度ごとにプロットすることで、各摩擦速度の摩擦係数をμ‐V特性として求めることで評価していた(たとえば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
緩衝器は往復運動により制振力を発揮するが、油圧減衰力が立ち上がるまでは一定時間がかかる一方、摩擦力は応答性が高いため、静止状態から滑り状態に移行する際や微振幅時には、摩擦力が、緩衝器の制振力の重要なファクターとなる。しかしながら、従来技術では、緩衝器用潤滑油の摩擦特性が、静止状態から滑り状態に移行する際や微振幅時である場合と、滑り状態や通常振幅時である場合とで異なることなどに着目しておらず、そのため、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を適正に評価することができない場合があった。
【0005】
本発明は、潤滑油の摩擦特性を適正に評価することができる、潤滑油の評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は下記(1)ないし(8)の潤滑油の評価方法を要旨とする。
(1)静止直前および/または摺動開始直後の潤滑油の摩擦特性と、滑り状態の潤滑油の摩擦特性とに基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法であって、往復摺動のうち一方向の摺動における摩擦特性を正の値で表し、多方向の摺動における摩擦特性を負の値で表すことで、潤滑油の摩擦特性を循環図形で表し、摺動開始直後から滑り状態となるまでの摩擦係数の速度勾配、および/または、滑り状態から静止直前までの摩擦係数の速度勾配に基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法。
(2)静止直前および/または摺動開始直後の潤滑油の摩擦特性と、滑り状態の潤滑油の摩擦特性とに基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法であって、往復摺動のうち一方向の摺動における摩擦特性を正の値で表し、多方向の摺動における摩擦特性を負の値で表すことで、潤滑油の摩擦特性を循環図形で表し、前記循環図形を複数のパターンに分類することで、潤滑油の摩擦特性を評価する、潤滑油の評価方法。
(3)微振幅時における潤滑油の摩擦特性を示す循環図形と、通常振幅時における潤滑油の摩擦特性を示す循環図形とを作成し、作成した2つの循環図形を重ねて表記する、(2)に記載の潤滑油の評価方法。
(4)前記微振幅時の潤滑油の摩擦特性および前記通常振幅時の潤滑油の摩擦特性に基づいて、振幅に応じた摩擦特性の変化度合を求めることで、潤滑油の摩擦特性を評価する、(1)ないし(3)のいずれかに記載の潤滑油の評価方法。
(5)微振幅時における潤滑油の摩擦係数と通常振幅時における潤滑油の摩擦係数との比または差に基づいて、前記振幅に応じた摩擦特性の変化度合を算出する、(4)に記載の潤滑油の評価方法。
(6)静止直前または摺動開始直後の潤滑油の摩擦係数に基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、(1)ないし(5)のいずれかに記載の潤滑油の評価方法。
(7)静止直前または摺動開始直後の潤滑油の摩擦係数と、滑り状態における潤滑油の摩擦係数との比または差に基づいて、潤滑油の摩擦特性を評価する、(6)に記載の潤滑油の評価方法。
(8)前記潤滑油は緩衝器用潤滑油である、(1)ないし(7)のいずれかに記載の潤滑油の評価方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、潤滑油の摩擦特性を適正に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】従来の緩衝器用潤滑油の摩擦特性の評価方法を説明するための図である。
【
図2】本実施形態に係る摩擦試験装置の一例を示す図である。
【
図3】本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の摩擦特性を示す循環図形の一例である。
【
図5】異なる振幅で得られた循環図形を重ね合わせた図である。
【
図9】本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の評価方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に係る潤滑油の評価方法を、図に基づいて説明する。本発明に係る潤滑油の評価方法では、静止直後、摺動開始直後または微振幅時の潤滑油の摩擦力と、滑り状態や通常振幅時の潤滑油の摩擦力との違いを考慮し、潤滑油の摩擦特性を評価することを目的とする。なお、以下においては、緩衝器用潤滑油を例示して本発明に係る潤滑油の評価方法を説明するが、本発明は緩衝器用潤滑油に限定されず、種々の潤滑油の評価に用いることができる。また、以下においては、「微振幅時」や「通常振幅時」との文言を用いて説明するが、本発明において「微振幅時」とは±1.0mm以下の振幅を称し、「通常振幅時」とは±1.0mmよりも大きい振幅を称すものとする。
【0010】
従来では、
図1(A)に示すように、速度ごとに摩擦係数を測定し、速度ごとの摩擦係数の平均値を求めることで、
図1(B)に示すように、μ‐V特性を算出し、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を評価していた。しかしながら、緩衝器用潤滑油では、基油の種類、添加剤の種類などの組成に応じて、摩擦特性が、静止直後、摺動開始直後または微振幅時である場合と、滑り状態や通常振幅時である場合とで異なり、
図1に示すような評価方法では、静止直後、摺動開始直後または微振幅時である場合の摩擦特性や、滑り状態や通常振幅時である場合の摩擦特性など、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を適切に評価することができなかった。本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の摩擦特性の評価方法では、以下に説明するように、静止直後、摺動開始直後または微振幅時である場合の緩衝器用潤滑油の摩擦特性と、滑り状態や通常振幅時である場合の緩衝器用潤滑油の摩擦特性との違いを考慮することで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を適切に評価することができる。
【0011】
図2は、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の摩擦特性の評価方法に用いる、摩擦試験装置10の一例を示す図である。
図2に示す摩擦試験装置10は、ピン・オン・ディスク型の摩擦試験装置であり、スライドベアリング1上に固定したディスク試験片2を電磁加振機3により往復運動させ、これにピン試験片4を押し当てて摺動させて生じた摩擦力を、ピン試験片4の固定軸5に取り付けたひずみゲージ6を用いて計測する。また、緩衝器の摩擦特性に影響する要素として緩衝器用潤滑油とオイルシールとの組み合わせがあるため、
図2に示す摩擦試験装置10では、緩衝器においてオイルシールとして使用されるアクリロニトリル・ブタジエンゴム(NBR)をピン試験片4に用い、オイルリップ形状を模してピン試験片4の先端を140°の角度となるようにカットした。また、ディスク試験片2には、ピストンロッド表面に使用する硬質クロムめっき膜を用い、研磨仕上げを施して表面粗さをRa0.01μm以下とした。なお、本実施例では、NBRのピン試験片4とクロムめっきされたディスク試験片2との間の摩擦力(摩擦係数)を測定しているが、銅ボールとクロムめっきされたディスク試験片2との間の摩擦力(摩擦係数)を測定してもよい。
【0012】
本実施形態では、
図3に示すように、緩衝器の往復摺動のうち、往方向の摺動における緩衝器用潤滑油の摩擦力および緩衝器の振幅を正の値で表し、復方向の摺動における緩衝器用潤滑油の摩擦力および緩衝器の振幅を負の値で表すことで、従来、
図1(A),(B)に示すように表示していた緩衝器用潤滑油の摩擦特性を、
図3に示すように、循環図形として表記する。なお、
図3に示す例では、組成の異なる(a)~(d)の4つ緩衝器用潤滑油について摩擦試験を行った(なお、以下、
図5~9においても同様に、(a)~(d)の4つ緩衝器用潤滑油について摩擦試験を行った。)。また、
図3に示す例では、振幅±2.5mm、300回(50Hz)で予備摩耗試験を行い、緩衝器用潤滑油を摩擦面に馴染ませた後、振幅±2.0mm、周波数50Hz、加重20Nで本摩擦試験を行った。なお、(a)~(d)の緩衝器用潤滑油は、全て同じ荷重(20N)で摩擦試験を行っているため、摩擦力で表されている摩擦試験の結果は、摩擦係数により表すこともできる。なお、(a)~(d)の緩衝器用潤滑油の組成は、下記表1に示すとおりである。
【表1】
【0013】
図4は、
図3に示す(a)の緩衝器用潤滑油の摩擦特性の循環図形であり、循環図形を説明するための図である。
図4において、P1は、緩衝器を往方向に摺動させ静止させる直前の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表し、P2は、緩衝器を復方向に摺動させた直後の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表し、P3は、緩衝器を復方向に摺動させ静止させる直前の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表し、P4は、緩衝器を往方向に摺動させた直後の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表す。また、本摩擦試験では、摺動開始直後から加速し、振幅がゼロの位置において最高速度となり、振幅ゼロから静止するまで減速する。そのため、P5は、ピン試験片4を加速させながら往方向に摺動させている滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表し、P6は、ピン試験片4を減速しながら往方向に摺動させている滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表し、P7は、ピン試験片4を復方向に加速しながら摺動させている滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表し、P8は、ピン試験片4を復方向に加速しながら摺動させている滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力を表すこととなる。
【0014】
図3に示すように、(a)の緩衝器用潤滑油では、摩擦力(摩擦係数)が、他の緩衝器用潤滑油よりも小さいと一目で評価することができる。また、(a)の緩衝器用潤滑油では、他の緩衝器用潤滑油と比べて、静止直前および摺動開始直後の緩衝器用潤滑油の摩擦力と、滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力とが同程度であると一目で評価することができる。加えて、(a)の緩衝器用潤滑油では、他の緩衝器用潤滑油と比べて、滑り状態において緩衝器用潤滑油の摩擦力に変化が少ないと一目で評価することができる。
【0015】
一方、
図3に示すように、(b)の緩衝器用潤滑油では、(a)および(d)の緩衝器用潤滑油と比べて、摺動直後の緩衝器用潤滑油の摩擦力が、滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力と比べて、大きくなっていると一目で評価することができる。さらに、(c)の緩衝器用潤滑油では、他の緩衝器用潤滑油と比べて、静止直前、および、摺動開始直後の緩衝器用潤滑油の摩擦力が、滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力と比べて大きくなっていると一目で評価することができる。本実施形態では、このように静止直前、および、摺動直後の緩衝器用潤滑油の摩擦力が、滑り状態の緩衝器用潤滑油の摩擦力と比べて大きくなる摩擦特性を「スパイク特性」と称して評価する。なお、スパイク特性の詳細な評価方法は後述する。
【0016】
さらに、
図3に示すように、(d)の緩衝器用潤滑油では、他の緩衝器用潤滑油(特に、(a)の緩衝器用潤滑油)と比べて、滑り状態における緩衝器用潤滑油の摩擦力が速度に応じて変化している。より具体的には、最高速度となる振幅ゼロ付近で摩擦力が高く、速度が低くなるほど摩擦力が低くなっていると一目で評価することができる。本実施形態では、このように、滑り状態における緩衝器用潤滑油の摩擦力の速度に応じた変化(速度勾配)を「丸さ特性」と称して評価する。なお、丸さ特性の詳細な評価方法についても後述する。
【0017】
また、本実施形態では、
図5に示すように、振幅±0.1mm,±0.2mm,±0.5mm,±1.0mm,±2.0mmにおける循環図形を重ねて表記することで、振幅に応じた緩衝器用潤滑油の摩擦特性を評価することもできる。なお、本実施形態では、振幅を変えても、同じ周波数(50Hz)で摺動を行うため、
図5に示す例は、摺動速度ごとの循環図形を重ね合わせて表記したものと理解することもできる。このように、振幅(摺動速度)ごとの測定結果を重ねることで、緩衝器用潤滑油の組成の違いによる、振幅(摺動速度)に応じた摩擦特性の違いを把握することが容易になる。
【0018】
たとえば、
図5に示すように、(a)の緩衝器用潤滑油では、他の緩衝器用潤滑油と比べて、振幅に応じた摩擦力の違いが小さいと評価することができる。一方、(b)の緩衝器用潤滑油では、振幅±0.5mm,±1.0mmにおいて摩擦力が高くなることが分かり、(c)の緩衝器用潤滑油では振幅が小さいほど摩擦力が高くなると評価することができ、反対に(d)の緩衝器用潤滑油では振幅が大きいほど摩擦力が高くなると評価することができる。本実施形態では、このように、緩衝器用潤滑油の振幅(速度)に応じた摩擦特性を「振幅依存特性」と称して評価する。なお、振幅依存特性の詳細な評価方法についても後述する。
【0019】
このように、緩衝器用潤滑油の組成に応じて、静止直後、摺動開始直後または微振幅時である場合の緩衝器用潤滑油の摩擦特性や、滑り状態や通常振幅時である場合の緩衝器用潤滑油の摩擦特性が異なる。そのため、本実施形態では、このような緩衝器用潤滑油の摩擦特性(スパイク特性、丸さ特性、振幅依存特性)を評価するため、スパイク指標、丸さ指標、および振幅依存指標の3つの指標を設けた。以下に、各指標について詳しく説明する。
【0020】
まず、スパイク指標について説明する。スパイク指標とは、本発明で新たに採用した操作安定性および乗り心地を評価するための目じるしとなるものである。ここで、
図3および
図4に示すように、スパイク特性は、
図4のP1,P3で表す、滑り状態から静止状態に移行する減速時と、
図4のP2,P4で表す、静止状態から滑り状態に移行する加速時における摩擦特性である。また、
図3に示す(b)の緩衝器用潤滑油のように、加速時と減速時とでスパイク特性が異なる場合があるため、本実施形態では加速時のスパイク特性をスパイク指標SI
aとして求め、減速時のスパイク特性をスパイク指標SI
bとして求める。
【0021】
ここで、
図6は、スパイク指標を説明するための図である。
図6および後述する
図7に示す例においては、摩擦試験装置10の往復摺動において、ディスク試験片2に対するピン試験片4の初期位置を位相0とし、ピン試験片4の復方向から往方向への折り返し位置(一時静止状態となる位置)を位相π/2とし、ピン試験片4が往方向に摺動し初期位置に戻った時点を位相πとし、ピン試験片4の往方向から復方向への折り返し位置(一時静止状態となる位置)を位相3π/2とし、ピン試験片4が復方向に摺動し初期位置に戻った時点を位相2πとする。また、破線は、ピン試験片4を振幅±2.0で往復摺動させた場合の振幅を位相に合わせて表示しており、その軌跡は、
図6に示すようにサイン波形で表示されることとなる。また、実線は、緩衝器用潤滑油の摩擦力を位相に合わせて表示しており、往方向における摩擦力を正の値、復方向における摩擦力を負の値で表している。
【0022】
加速時のスパイク指標SI
aは、下記式1に示すように、π/2~3π/4までの位相における摩擦係数の最大値F
saと、3π/4~5π/4までの位相における摩擦係数の平均値F
aveとに基づいて算出される。また、減速時のスパイク指標SI
bは、下記式2に示すように、5π/4~3π/2までの位相における摩擦係数の最大値F
sbと、3π/4~5π/4までの位相における摩擦係数の平均値F
aveとに基づいて算出される。
【数1】
【0023】
スパイク指標SI
a,SI
bが0よりも大きい値である場合には、
図3に示す(c)の緩衝器用潤滑油のように、滑り状態から静止状態に移行する際や、静止状態から滑り状態に移行する際に摩擦係数が高くなる緩衝器用潤滑油であると評価することができる。これに対して、スパイク指標SI
a,SI
bが0よりも小さい値である場合には、
図3に示す(d)の緩衝器用潤滑油のように、滑り状態から静止状態に移行する際や、静止状態から滑り状態に移行する際に摩擦係数が小さくなる緩衝器用潤滑油であると評価することができる。
【0024】
次いで、丸さ指標について説明する。丸さ指標とは、滑り状態における摩擦速度に応じた摩擦係数の変化を示す指標であり、本発明で新たに採用した操作安定性および乗り心地を評価するための目じるしとなるものである。たとえば、
図3に示す(d)の緩衝器潤滑油では、最高速度となる振幅ゼロに向けて摺動する加速時(たとえば
図4のP5,P7)では摩擦係数は次第に高くなり、振幅ゼロの位置から静止状態となる位置に向かう減速時(たとえば
図4のP6,P7)では摩擦係数は次第に小さくなっている。このように、丸さ指標は、加速時と減速時とで異なる場合があるため、本実施形態では加速時の丸さ指数SI
aと減速時の丸さ指標SI
bとを算出する。
【0025】
具体的には、本実施形態では、位相3π/4~π間における摩擦係数Fの勾配を、加速時の丸さ指標RI
aとして算出する。同様に、位相5π/4~3π/2間における摩擦係数Fの勾配を、減速時における丸さ指標RI
bとして算出する。より具体的には、加速時の丸さ指標RI
aは、下記式3に示すように、3π/4~πまでの位相における各位相θの摩擦係数Fの勾配を最小二乗法により求めることで得られる。同様に、減速時の丸さ指標RI
bは、下記式4に示すように、5π/4~3π/2までの位相における各位相θの摩擦係数Fの勾配を最小二乗法により求めることで得られる。なお、本実施形態では、下記式4に示すように、減速時の丸さ指標RI
bは正負符号が反対となるように算出する。
【数2】
【0026】
加速時の丸さ指標RI
aおよび減速時の丸さ指標RI
bが正の値の場合、
図3に示す(d)の緩衝器用潤滑油のように、滑り状態においては、速度が速いほど摩擦係数が高くなる緩衝器用潤滑油であると評価することができる。反対に、加速時の丸さ指標RI
aおよび減速時の丸さ指標RI
bが負の場合、
図3に示す(c)の緩衝器用潤滑油のように、滑り状態においては、速度が遅いほど摩擦係数が高くなる緩衝器用潤滑油であると評価することができる。さらに、加速時の丸さ指標RI
aおよび減速時の丸さ指標RI
bがほぼゼロの場合、
図3に示す(a)の緩衝器用潤滑油のように、滑り状態においては速度に応じて摩擦係数が変わらない緩衝器用潤滑油であると評価することができる。
【0027】
次に、振幅依存指標について説明する。振幅依存指標とは、本発明で新たに採用した乗り心地を評価するための目じるしとなるものであり、
図8に示すように、同一の周波数での「微振幅時の摩擦係数μ2/通常振幅時の摩擦係数μ1」で表される指標である。なお、上記「微振幅時の摩擦係数」とは±1.0mm以下の振幅時の摩擦係数であり、「通常振幅時の摩擦係数」とは±1.0mmよりも大きい振幅時の摩擦係数をいう。ただし、微振幅時と通常振幅時を両方とも±1.0mmに近付けてしまうと、振幅依存指標の値は1に近付き緩衝器用潤滑油の摩擦特性を適切に評価することができない場合があるため、「微振幅時の摩擦係数」は±0.2mm以下の振幅における摩擦係数が好ましく、また、「通常振幅時の摩擦係数」は±2.0mm以上の振幅における摩擦係数が好ましい。なお、摩擦係数μ1,μ2は、所定時間内における摩擦係数の平均値でもよいし最大値でもよい。振幅依存指標は、1に近い値ほど、微振幅時の摩擦係数と通常振幅時との摩擦係数の差が小さく、乗り心地が良いと評価することができ、0.3~3.0の範囲内であることが好ましく、0.5~2.0の範囲内であることがより好ましい。
【0028】
たとえば、
図5に示す例において、(a)の緩衝器用潤滑油では、他の緩衝器用潤滑油と比べて、微振動時の摩擦係数μ2と通常振動時の摩擦係数μ1との差が小さいため振幅依存指標が1に近くなり、乗り心地が良いと評価することができる。また、(c)や(d)の緩衝器用潤滑油では、(a)の緩衝器用潤滑油と比べて、微振動時の摩擦係数μ2と通常振動時の摩擦係数μ1との差が大きいため振幅依存指標が1から離れた値となり、この点から、乗り心地が悪いと評価することができる。なお、(c)の緩衝器用潤滑油では、微振動時の摩擦係数μ2が通常振動時の摩擦係数μ1よりも大きいため振幅依存指標は1よりも大きくなり、(d)の緩衝器用潤滑油では、微振動時の摩擦係数μ2が通常振動時の摩擦係数μ1よりも小さいため振幅依存指標は1よりも小さくなる(ただし0よりも大きい値となる)。
【0029】
また、上述した実施例では、振幅依存指標を、同一の周波数での「微振幅時の摩擦係数μ2/通常振幅時の摩擦係数μ1」で算出する例を説明したが、これに限定されず、たとえば、以下に説明するように、振幅依存指標を算出してもよい。すなわち、振幅依存指標(AI)を、下記式5に示すように、微振幅時の摩擦力の最大値F
lmと、通常振幅時の摩擦力の平均値F
haとに基づいて、振幅依存指標を算出する構成としてもよい。
【数3】
【0030】
この場合、振幅依存指標AIは、ゼロに近いほど、振幅(速度)に応じた変化が少なく、乗り心地が良いと評価することができる。また、振幅依存指標AIは、(c)の緩衝器用潤滑油のように、微振動時の摩擦力の最大値Flmが通常振動時の摩擦力の平均値Fhaよりも大きい場合は正の値となり、(d)の緩衝器用潤滑油のように、微振動時の摩擦力の最大値Flmが通常振動時の摩擦力の平均値Fhaよりも小さい場合は負の値となる。これにより、振幅依存指標AIの正負により、振幅(速度)に応じて摩擦力がどのように変化するかを評価することができる。
【0031】
このように、静止直後、摺動開始直後または微振幅時である場合の緩衝器用潤滑油の摩擦特性や、滑り状態や通常振幅時である場合の緩衝器用潤滑油の摩擦特性の違いを、スパイク指標、丸さ指標、および振幅依存指標を用いて表示することで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を数値的に評価することができる。さらに、
図9に示すように、2種以上の緩衝器用潤滑油を指標ごとにまとめて評価することで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を容易に比較することもできる。ここで、
図9は、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の評価方法を説明するための図である。
【0032】
たとえば、
図9(A)~(D)では、通常振幅時の平均摩擦係数を横軸とし、(A)では微振幅時の平均摩擦係数を縦軸に、(B)では振幅依存指標を縦軸に、(C)では丸さ指標を縦軸に、(D)ではスパイク指標を縦軸にしている。なお、
図9(B)に示すグラフでは、上記式5に基づいて、振幅依存指標を算出している。また、
図9(C)のグラフにおいては、加速時の丸さ指標RI
aを◆で示し、減速時の丸さ指標RI
bを□で示している。同様に、また、
図9(D)のグラフにおいても、加速時のスパイク指標SI
aを◆で示し、減速時のスパイク指標SI
bを□で示している。
【0033】
図9(A)に示すように、(c)の緩衝器用潤滑油では、通常振幅時の平均摩擦係数と微振幅時の平均摩擦係数とが同程度であることが一目で評価することができる。また、(a),(b),(d)の緩衝器用潤滑油では通常振幅時の平均摩擦係数に対して微振幅時の平均摩擦係数が小さく、特に、(d)の緩衝器用潤滑油では通常振幅時の平均摩擦係数に対して微振幅時の平均摩擦係数が著しく小さいことが分かる。
【0034】
また、
図9(B)に示すように、振幅依存指標は、(a),(b)の緩衝器用潤滑油に比べて、(c),(d)の緩衝器用潤滑油がゼロから離れた値となっている。具体的には、(c)の緩衝器用潤滑油では、振幅依存指標は正方向にゼロから大きくは外れているため、微振幅時の摩擦係数が通常振幅時の摩擦係数よりも大幅に高くなる摩擦特性を有すると評価することができる。また、(d)の緩衝器用潤滑油では、振幅依存指標は負方向にゼロから大きくは外れているため、微振幅時の摩擦係数が通常振幅時の摩擦係数よりも大幅に低くなる摩擦特性を有すると評価することができる。
【0035】
さらに、
図9(C)に示すように、丸さ指標については、(a),(b)の緩衝器用潤滑油がほぼゼロとなり、滑り状態における摩擦係数の速度依存は少ないと評価することができる。一方、(c)の緩衝器用潤滑油は、加速時において丸さ指標が低くなり、滑り状態においては速度が速いほど摩擦係数が小さくなる摩擦特性を有すると評価することができる。また、(d)の緩衝器用潤滑油では、加速時および減速時において丸さ指標が高く、滑り状態において速度が速いほど摩擦係数が大きくなる摩擦特性を有すると評価することができる。
【0036】
加えて、
図9(D)に示すように、スパイク指標については、(a),(d)の緩衝器用潤滑油がほぼゼロであるため、滑り状態から静止状態に移行する際や、静止状態から滑り状態に移行する際も摩擦係数があまり変わらない摩擦特性を有すると評価することができる。これに対して、(b)の緩衝器用潤滑油は、加速時においてスパイク指標が高く、静止状態から滑り状態に移行する際に摩擦係数が高くなる摩擦特性を有すると評価することができる。さらに、(c)の緩衝器用潤滑油では、加速時および減速時においてスパイク指標が高く、滑り状態から静止状態に移行する際や静止状態から滑り状態に移行する際も摩擦係数が高くなり、特に、加速時においてはスパイク指標が大幅に大きいため、特に、静止状態から滑り状態に移行する際に摩擦係数が高くなるという摩擦特性を有すると評価することができる。
【0037】
以上のように、本実施形態では、静止直後、摺動開始直後または微振幅時の緩衝器用潤滑油の摩擦特性、および/または、滑り状態または通常振幅時の緩衝器用潤滑油の摩擦特性に基づいて緩衝器用潤滑油の摩擦特性を評価することで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を適切に評価することができる。特に、往復摺動のうち一方向の摺動における摩擦特性を正の値で表し、多方向の摺動における摩擦特性を負の値で表すことで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性を循環図形で表すことで、一目で摩擦特性を評価することが容易となる。さらに、微振幅時における潤滑油の摩擦特性の循環図形と、通常振幅における潤滑油の摩擦特性の循環図形とを重ねて表記することで、振幅に応じた摩擦特性の違いをより容易に評価することができる。
【0038】
また、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の摩擦特性の評価方法では、微振幅時における緩衝器用潤滑油の摩擦係数と通常振幅時における緩衝器用潤滑油の摩擦係数との比または差に基づいて振幅依存指標を算出することで、振幅(速度)に応じた緩衝器用潤滑油の摩擦特性を評価することができる。さらに、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の摩擦特性の評価方法では、静止直前または摺動開始直後の緩衝器用潤滑油の摩擦係数と、滑り状態における平均摩擦力との比に基づいてスパイク指標を算出することで、静止直前または摺動開始直後の緩衝器用潤滑油の摩擦特性を評価することができる。加えて、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油の摩擦特性の評価方法では、摺動開始直後から滑り状態となるまでの摩擦係数の速度勾配、および/または、滑り状態から静止直前までの摩擦係数の速度勾配に基づいて丸さ指標を算出することで、滑り状態における速度に応じた緩衝器用潤滑油の摩擦特性を評価することもできる。
【0039】
以上、本発明の好ましい実施形態例について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態の記載に限定されるものではない。上記実施形態例には様々な変更・改良を加えることが可能であり、そのような変更または改良を加えた形態のものも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0040】
たとえば、上述した実施形態では、
図4に示すように、緩衝器の往復摺動のうち、往方向の摺動における緩衝器用潤滑油の摩擦力および緩衝器の振幅を正の値で表し、復方向の摺動における緩衝器用潤滑油の摩擦力および緩衝器の振幅を負の値で表すことで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性の循環図形を表記する例を例示したが、これに限定されず、たとえば、往方向の摺動における緩衝器用潤滑油の摩擦力および緩衝器の振幅を負の値で表し、復方向の摺動における緩衝器用潤滑油の摩擦力および緩衝器の振幅を正の値で表すことで、緩衝器用潤滑油の摩擦特性の循環図形を表記してもよい。