(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】半導体装置用ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/60 20060101AFI20221012BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
C22C9/00
(21)【出願番号】P 2022542357
(86)(22)【出願日】2022-03-23
(86)【国際出願番号】 JP2022013456
【審査請求日】2022-07-11
(31)【優先権主張番号】P 2021105514
(32)【優先日】2021-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】江藤 基稀
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆
(72)【発明者】
【氏名】榛原 照男
(72)【発明者】
【氏名】大石 良
【審査官】今井 聖和
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-190763(JP,A)
【文献】国際公開第2019/031498(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/163297(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/246094(WO,A1)
【文献】特開2015-119004(JP,A)
【文献】特開2017-092078(JP,A)
【文献】国際公開第2016/204138(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/60
C22C 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
被覆層の厚さが10nm以上130nm以下であり、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度C
Pd(原子%)とNiの濃度C
Ni(原子%)の比C
Pd/C
Niの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上である、半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上である、請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項3】
被覆層の全測定点について、C
Pd又はC
Niを最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が20原子%以下である、請求項1又は2に記載のボンディングワイヤ。
【請求項4】
ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルが、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてAESにより測定して得られる、請求項1~3の何れか1項に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
【請求項5】
ワイヤの表面にAuを含有する、請求項1~4の何れか1項に記載のボンディングワイヤ。
【請求項6】
ワイヤの表面におけるAuの濃度が10原子%以上90原子%以下である、請求項5に記載のボンディングワイヤ。
【請求項7】
ワイヤの表面におけるAuの濃度が、下記<条件>にてAESにより測定される、請求項6に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
【請求項8】
ワイヤを用いてフリーエアボール(FAB:Free Air Ball)を形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上である、請求項1~7の何れか1項に記載のボンディングワイヤ。
【請求項9】
圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が50%以上である、請求項8に記載のボンディングワイヤ。
【請求項10】
B、P及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第1添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、請求項1~9の何れか1項に記載のボンディングワイヤ。
【請求項11】
Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第2添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、請求項1~10の何れか1項に記載のボンディングワイヤ。
【請求項12】
Ga、Ge及びInからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第3添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である、請求項1~11の何れか1項に記載のボンディングワイヤ。
【請求項13】
請求項1~12の何れか1項に記載のボンディングワイヤを含む半導体装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置用ボンディングワイヤに関する。さらには、該ボンディングワイヤを含む半導体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置では、半導体チップ上に形成された電極と、リードフレームや基板上の電極との間をボンディングワイヤによって接続している。ボンディングワイヤの接続プロセスは、半導体チップ上の電極に1st接合し、次にループを形成した後、リードフレームや基板上の外部電極にワイヤ部を2nd接合することで完了する。1st接合は、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりフリーエアボール(FAB:Free Air Ball;以下、単に「ボール」、「FAB」ともいう。)を形成した後に、該ボール部を半導体チップ上の電極に圧着接合(以下、「ボール接合」)する。また、2nd接合は、ボールを形成せずに、ワイヤ部を超音波、荷重を加えることにより外部電極上に圧着接合(以下、「ウェッジ接合」)する。
【0003】
これまでボンディングワイヤの材料は金(Au)が主流であったが、LSI用途を中心に銅(Cu)への代替が進んでおり(例えば、特許文献1~3)、また、近年の電気自動車やハイブリッド自動車の普及を背景に車載用デバイス用途において、さらにはエアコンや太陽光発電システムなどの大電力機器におけるパワーデバイス(パワー半導体装置)用途においても、熱伝導率や溶断電流の高さから、高効率で信頼性も高いCuへの代替が期待されている。
【0004】
CuはAuに比べて酸化され易い欠点があり、Cuボンディングワイヤの表面酸化を防ぐ方法として、Cu芯材の表面をPd等の金属で被覆した構造も提案されている(特許文献4)。また、Cu芯材の表面をPdで被覆し、さらにCu芯材にPd、Ptを添加することにより、1st接合部の接合信頼性を改善したPd被覆Cuボンディングワイヤも提案されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭61-48543号公報
【文献】特表2018-503743号公報
【文献】国際公開第2017/221770号
【文献】特開2005-167020号公報
【文献】国際公開第2017/013796号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
車載用デバイスやパワーデバイスは、作動時に、一般的な電子機器に比べて、より高温にさらされる傾向にあり、用いられるボンディングワイヤに関しては、過酷な高温環境下において良好な接合信頼性を呈することが求められる。
【0007】
本発明者らは、車載用デバイスやパワーデバイスに要求される特性を踏まえて評価を実施したところ、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、ワイヤの接続工程でPd被覆層が部分的に剥離して芯材のCuが露出し、被覆Pd部と露出Cu部の接触領域が高温環境下で封止樹脂から発生する酸素や水蒸気、硫黄化合物系アウトガスを含む環境に曝されることでCuの局部腐食、すなわちガルバニック腐食が発生し、2nd接合部における接合信頼性が十分に得られない場合があることを見出した。他方、Pd被覆層を有していないベアCuボンディングワイヤに関しては、ガルバニック腐食は発生しないものの、FAB形状が不良であり、ひいては1st接合部における接合性が十分でない。
【0008】
本発明は、良好なFAB形状をもたらすと共に、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題につき鋭意検討した結果、下記構成を有することによって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の内容を含む。
[1] Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含む半導体装置用ボンディングワイヤであって、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
被覆層の厚さが10nm以上130nm以下であり、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上である、半導体装置用ボンディングワイヤ。
[2] 被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上である、[1]に記載のボンディングワイヤ。
[3] 被覆層の全測定点について、CPd又はCNiを最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が20原子%以下である、[1]又は[2]に記載のボンディングワイヤ。
[4] ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルが、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向に掘り下げていきながら、下記<条件>にてAESにより測定して得られる、[1]~[3]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
[5] ワイヤの表面にAuを含有する、[1]~[4]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[6] ワイヤの表面におけるAuの濃度が10原子%以上90原子%以下である、[5]に記載のボンディングワイヤ。
[7] ワイヤの表面におけるAuの濃度が、下記<条件>にてAESにより測定される、[6]に記載のボンディングワイヤ。
<条件>ワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下、測定面の長さが測定面の幅の5倍である
[8] ワイヤを用いてフリーエアボール(FAB:Free Air Ball)を形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上である、[1]~[7]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[9] 圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が50%以上である、[8]に記載のボンディングワイヤ。
[10] B、P及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第1添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、[1]~[9]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[11] Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第2添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である、[1]~[10]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[12] Ga、Ge及びInからなる群から選択される1種以上の元素(以下、「第3添加元素」という。)を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である、[1]~[11]の何れかに記載のボンディングワイヤ。
[13] [1]~[12]の何れかに記載のボンディングワイヤを含む半導体装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、良好なFAB形状をもたらすと共に、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、AESによる組成分析を行う際の測定面の位置及び寸法を説明するための概略図である。
【
図2】
図2は、FABの圧着接合方向に垂直な断面を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。説明にあたり図面を参照する場合もあるが、各図面は、発明が理解できる程度に、構成要素の形状、大きさおよび配置が概略的に示されているに過ぎない。本発明は、下記実施形態及び例示物に限定されるものではなく、本発明の特許請求の範囲及びその均等の範囲を逸脱しない範囲において任意に変更して実施され得る。
【0014】
[半導体装置用ボンディングワイヤ]
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤ(以下、単に「本発明のワイヤ」、「ワイヤ」ともいう。)は、
Cu又はCu合金からなる芯材と、
該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
該被覆層の厚さが10nm以上130nm以下であり、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることを特徴とする。
【0015】
先述のとおり、車載用デバイスやパワーデバイスに用いられるボンディングワイヤは、過酷な高温環境下において良好な接合信頼性を呈することが求められる。例えば、車載用デバイスに用いられるボンディングワイヤでは、150℃を超えるような高温環境下での接合信頼性が求められている。本発明者らは、車載用デバイス等で要求される特性を踏まえて評価を実施したところ、従来のPd被覆層を有するCuボンディングワイヤでは、高温環境下においてガルバニック腐食が発生し、2nd接合部における接合信頼性が十分に得られない場合があることを見出した。また、Pd被覆層を有していないベアCuボンディングワイヤに関しては、ガルバニック腐食は発生しないものの、FAB形状が不良であり、ひいては1st接合部の圧着形状に劣り、高密度実装で要求される狭ピッチ接続への対応が十分でない。
【0016】
これに対し、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の厚さが10nm以上130nm以下であり、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であるボンディングワイヤによれば、良好なFAB形状をもたらすと共に、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことを本発明者らは見出した。本発明は、車載用デバイスやパワーデバイスにおけるCuボンディングワイヤの実用化・その促進に著しく寄与するものである。
【0017】
<Cu又はCu合金からなる芯材>
本発明のワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材(以下、単に「Cu芯材」ともいう。)を含む。
【0018】
Cu芯材は、Cu又はCu合金からなる限りにおいて特に限定されず、半導体装置用ボンディングワイヤとして知られている従来のPd被覆Cuワイヤを構成する公知のCu芯材を用いてよい。
【0019】
本発明において、Cu芯材中のCuの濃度は、例えば、Cu芯材の中心(軸芯部)において、97原子%以上、97.5原子%以上、98原子%以上、98.5原子%以上、99原子%以上、99.5原子%以上、99.8原子%以上、99.9原子%以上又は99.99原子%以上などとし得る。
【0020】
Cu芯材は、例えば、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上のドーパントを含有してよい。これらドーパントの好適な含有量は後述のとおりである。
【0021】
一実施形態において、Cu芯材は、Cuと不可避不純物からなる。他の一実施形態において、Cu芯材は、Cuと、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上の元素と、不可避不純物とからなる。なお、Cu芯材についていう用語「不可避不純物」には、後述の被覆層を構成する元素も包含される。
【0022】
<被覆層>
本発明のワイヤは、Cu芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層(以下、単に「被覆層」ともいう。)を含む。
【0023】
良好なFAB形状をもたらすと共に、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすために、本発明のワイヤにおける被覆層は、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイル(以下、単に「ワイヤの深さ方向の濃度プロファイル」ともいう。)において、以下の(1)乃至(3)の条件を全て満たすことが重要である。
(1)該被覆層の厚さが10nm以上130nm以下
(2)被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下
(3)被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上
【0024】
本発明において、AESによりワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、その深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定する。一般にAESによる深さ方向の分析はサブナノオーダーの測定間隔で分析することが可能であるので、本発明が対象とする被覆層の厚さとの関係において測定点を50点以上とすることは比較的容易である。仮に、測定した結果、測定点数が50点に満たない場合には、スパッタ速度を下げたりスパッタ時間を短くしたりする等して測定点数が50点以上になるようにして、再度測定を行う。これにより、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定し、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルを得ることができる。被覆層の厚さにもよるが、被覆層に関する測定点の総数が70点(より好ましくは100点)となるように、AESの測定点間隔を決定することがより好適である。したがって、好適な一実施形態において、本発明のワイヤにおける被覆層は、AESにより深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、上記(1)乃至(3)の条件を全て満たす。
【0025】
-条件(1)-
条件(1)は、被覆層の厚さに関する。条件(2)、(3)との組み合わせにおいて条件(1)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすと共に、良好なFAB形状をもたらし、ひいては良好な1st接合部の圧着形状をもたらすことができる。
【0026】
条件(1)について、被覆層の厚さ(ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルに基づく算出方法は後述する。)は、良好なFAB形状を実現する観点から、10nm以上であり、好ましくは12nm以上、14nm以上、15nm以上、16nm以上、18nm以上又は20nm以上、より好ましくは25nm以上、30nm以上、40nm以上又は50nm以上、さらに好ましくは60nm以上、70nm以上、80nm以上又は90nm以上である。被覆層の厚さが10nm未満であると、FAB形成時に偏芯が発生しFAB形状が悪化すると共に、1st接合部の圧着形状が悪化する傾向にある。また、被覆層の厚さの上限は、良好なFAB形状を実現する観点から、130nm以下であり、好ましくは125nm以下、120nm以下、115nm以下又は110nm以下である。被覆層の厚さが130nm超であると、FAB形成時に異形や溶融不良が発生しFAB形状が悪化すると共に、1st接合部の圧着形状が悪化する傾向にある。
【0027】
-条件(2)-
条件(2)は、上記の被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値Xに関する。条件(1)、(3)に加えて条件(2)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすと共に、良好なFAB形状をもたらし、ひいては良好な1st接合部の圧着形状をもたらすことができる。
【0028】
条件(2)について、平均値Xは、良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点から、35.0以下であり、好ましくは34.0以下、より好ましくは32.0以下、30.0以下、28.0以下、26.0以下、25.0以下、24.0以下、22.0以下又は20.0以下である。比CPd/CNiが35.0超であると、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制できず2nd接合部において十分な高温接合信頼性が得られない傾向にある。また、平均値Xの下限は、良好な2nd接合部における接合性を実現する観点から、0.2以上であり、好ましくは0.4以上、0.5以上、0.6以上、0.8以上、1.0以上又は1.0超、より好ましくは1.5以上、2.0以上、2.5以上又は3.0以上である。平均値Xが0.2未満であると、十分な2nd接合部における接合性(2nd接合部の初期接合性)が得られない傾向にある。
【0029】
-条件(3)-
条件(3)は、被覆層のうち上記平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることに関する。条件(1)、(2)との組み合わせにおいて条件(3)を満たす被覆層を含むことにより、本発明のワイヤは、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすと共に、良好なFAB形状をもたらし、ひいては良好な1st接合部の圧着形状をもたらすことができる。
【0030】
条件(3)は、条件(2)と共に、被覆層の厚さ方向において、被覆層が、PdとNiを所定比率にて含有するPdNi合金をPd/Ni比率の変動を抑えつつ高濃度に含むことを表す。高温環境下においてより良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点、より良好なFAB形状を実現する観点から、被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内(より好ましくは0.18X以内、0.16X以内又は0.15X以内)にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることがより好適である。
【0031】
高温環境下においてよりいっそう良好な2nd接合部の接合信頼性を実現する観点、よりいっそう良好なFAB形状を実現する観点から、被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が所定範囲(好適範囲は先述のとおり)にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し好ましくは55%以上又は60%以上、より好ましくは65%以上、70%以上又は75%以上、さらに好ましくは80%以上である。
【0032】
本発明の効果をさらに享受し得る観点から、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点について、Pdの濃度CPd(原子%)又はNiの濃度CNi(原子%)を最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ(厚さ)範囲における該近似直線の最大値と最小値の差は、好ましくは20原子%以下、より好ましくは15原子%以下、さらに好ましくは10原子%以下、8原子%以下、6原子%以下又は5原子%以下である。中でも、平均値Xが1未満である場合、被覆層の全測定点についてCNi(原子%)を最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が上記範囲にあることが好適であり、また、平均値Xが1以上である場合、被覆層の全測定点についてCPd(原子%)を最小二乗法により直線近似した際に、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差が上記範囲にあることが好適である。
【0033】
条件(1)における被覆層の厚さ、条件(2)、(3)における平均値Xや該平均値Xからの絶対偏差、該絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数、被覆層の測定点の総数に占める絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数の割合は、ワイヤの表面からArスパッタリングにより深さ方向(ワイヤ中心への方向)に掘り下げていきながら、AESにより組成分析を行うことにより確認・決定することができる。詳細には、1)ワイヤ表面の組成分析を行った後、2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで、ワイヤの表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を取得し、該濃度プロファイルに基づき確認・決定することができる。本発明において、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたって、深さの単位はSiO2換算とした。
【0034】
1)ワイヤ表面の組成分析や3)スパッタリング後の表面の組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。なお、以下において、測定面の幅とは、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤの太さ方向)における測定面の寸法をいい、測定面の長さとは、ワイヤ軸の方向(ワイヤの長さ方向)における測定面の寸法をいう。
図1を参照してさらに説明する。
図1は、ワイヤ1の平面視概略図であり、ワイヤ軸の方向(ワイヤの長さ方向)が
図1の垂直方向(上下方向)に、また、ワイヤ軸に垂直な方向(ワイヤの太さ方向)が
図1の水平方向(左右方向)にそれぞれ対応するように示している。
図1には、ワイヤ1との関係において測定面2を示すが、測定面2の幅は、ワイヤ軸に垂直な方向における測定面の寸法w
aであり、測定面2の長さは、ワイヤ軸の方向における測定面の寸法l
aである。
【0035】
ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定する。測定面の長さは、測定面の幅の5倍となるように設定する。
図1において、ワイヤの幅は符号Wで示し、ワイヤの幅の中心を一点鎖線Xで示している。したがって、測定面2は、その幅の中心がワイヤの幅の中心である一点鎖線Xと一致するように位置決めし、かつ、測定面の幅w
aがワイヤ直径(ワイヤの幅Wと同値)の5%以上15%以下、すなわち0.05W以上0.15W以下となるように決定する。また、測定面の長さl
aは、l
a=5w
aの関係を満たす。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、高温環境下において良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすと共に良好なFAB形状を実現するのに好適な、条件(1)~(3)の成否を精度良く測定することができる。また、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について実施し、その算術平均値を採用することが好適である。
【0036】
上記の条件(1)における被覆層の厚さ、条件(2)、(3)における平均値Xや該平均値Xからの絶対偏差、該絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数、被覆層の測定点の総数に占める絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数の割合は、後述の[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0037】
一実施形態に係る本発明のワイヤについて求められた、深さ方向の濃度プロファイルについて、その傾向を以下に説明する。ワイヤの表面から一定の深さ位置までは、PdとNiが一定比率にて高濃度に共存する傾向、すなわちPdとNiの合計濃度が90原子%以上である領域(被覆層)が存在し、該被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点が一定数存在する傾向にある。さらに深さ方向に進むと、PdとNiの濃度が低下すると共にCuの濃度が上昇する傾向にある。このような深さ方向の濃度プロファイルにおいて、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して、PdとNiの合計濃度が90原子%以上である領域の厚さや測定点の総数から被覆層の厚さや被覆層の測定点の総数を求めることができる。また、該被覆層の全測定点に関する比CPd/CNiを算術平均することで平均値Xを、被覆層の全測定点に関し該平均値Xからの絶対偏差を確認することで該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数を求めることができる。なお、後述のとおり、ワイヤの表面にAuをさらに含有する場合、深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤの表面からごく浅い位置にかけて、Au濃度が低下すると共にPdとNiの濃度が上昇する傾向にある。斯かる場合も、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して、その合計が90原子%以上である領域の厚さや測定点の総数から被覆層の厚さや被覆層の測定点の総数を求めることができ、該被覆層の全測定点に関する比CPd/CNiを算術平均することで平均値Xを、被覆層の全測定点に関し該平均値Xからの絶対偏差を確認することで該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数を求めることができる。
【0038】
-被覆層に係る他の好適な条件-
本発明のワイヤにおいて、被覆層は、上記の条件(1)乃至(3)の全てを満たすことに加えて、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルに基づいて、以下の条件(4)及び(5)の一方又は両方を満たすことがより好適である。
(4)被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)の平均値をXPdとしたとき、被覆層のうち該平均値XPdからの絶対偏差が0.1XPd以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上
(5)被覆層の全測定点に関するNiの濃度CNi(原子%)の平均値をXNiとしたとき、被覆層のうち該平均値XNiからの絶対偏差が0.1XNi以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上
なお、条件(4)、(5)において、被覆層、その厚さや測定点の総数に関しては、条件(1)乃至(3)に関連して上述したとおりである。条件(1)乃至(3)に加えて、条件(4)及び(5)の一方又は両方を満たす被覆層を含む場合、本発明のワイヤは、高温環境下において一際良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすと共に一際良好なFAB形状を実現することができる。
【0039】
被覆層は、例えば、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上のドーパントを含有してよい。これらドーパントの好適な含有量は後述のとおりである。
【0040】
本発明のワイヤは、その表面にAuをさらに含有していてもよい。Auをさらに含有することにより、2nd接合部における接合性をさらに改善することができる。
【0041】
2nd接合部における接合性をさらに改善する観点から、本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度は、好ましくは10原子%以上、より好ましくは15原子%以上、さらに好ましくは20原子%以上、22原子%以上、24原子%以上、25原子%以上、26原子%以上、28原子%以上又は30原子%以上である。本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度の上限は、良好なFAB形状を実現する観点、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、好ましくは90原子%以下、より好ましくは85原子%以下、さらに好ましくは80原子%以下、78原子%以下、76原子%以下、75原子%以下、74原子%以下、72原子%以下又は70原子%以下である。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤの表面におけるAuの濃度は10原子%以上90原子%以下である。
【0042】
本発明において、表面におけるAuの濃度は、ワイヤ表面を測定面として、オージェ電子分光法(AES)によりワイヤ表面の組成分析を行って求めることができる。ここで、表面におけるAuの濃度を求めるにあたり、炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)等ガス成分、非金属元素等は考慮しない。
【0043】
ワイヤ表面の組成分析は、深さ方向の濃度プロファイルを取得する方法に関連して説明した、1)ワイヤ表面の組成分析と同様の条件で実施することができる。すなわち、ワイヤ表面についてオージェ電子分光法(AES)により組成分析を行うにあたり、測定面の位置及び寸法は、以下のとおり決定する。
【0044】
ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定する。測定面の長さは、測定面の幅の5倍となるように設定する。測定面の位置及び寸法を上記のとおり決定することにより、2nd接合部における接合性をさらに改善するのに好適な、ワイヤ表面におけるAuの濃度を精度良く測定することができる。また、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した複数箇所(n≧3)の測定面について実施し、その算術平均値を採用することが好適である。
【0045】
上記の表面におけるAuの濃度は、後述の[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]欄に記載の条件にて測定した結果に基づくものである。
【0046】
ワイヤの表面にAuを含有する場合、ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいてAuの最大濃度を示す位置は、Pdの最大濃度を示す位置やNiの最大濃度を示す位置よりもワイヤの表面側にある。
【0047】
本発明のワイヤにおいて、Cu芯材と被覆層との境界は、上記のワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、PdとNiの合計濃度を基準に判定する。PdとNiの合計濃度が90原子%の位置を境界と判定し、PdとNiの合計濃度が90原子%未満の領域をCu芯材、90原子%以上の領域を被覆層とする。本発明においてCu芯材と被覆層との境界は必ずしも結晶粒界である必要はない。被覆層の厚さは、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、PdとNiの合計濃度が90原子%にはじめて達した深さ位置Z1から、PdとNiの合計濃度が90原子%未満にはじめて低下した深さ位置Z2(但しZ2>Z1)までの距離として求めることができる。
【0048】
本発明のワイヤは、上記の条件(1)乃至(3)を満たす被覆層を含むことを特徴とするが、条件(2)及び(3)に係る平均値Xや該平均値Xからの絶対偏差、該絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数、被覆層の測定点の総数に占める絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数の割合は、上記の境界の判定法により決定した被覆層について、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)に着目して決定する。
【0049】
一実施形態において、被覆層は、Pd及びNiと;不可避不純物からなる。他の一実施形態において、被覆層は、Pd及びNiと;Au、後述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素から選択される1種以上の元素と;不可避不純物とからなる。なお、被覆層についていう用語「不可避不純物」には、先述のCu芯材を構成する元素も包含される。
【0050】
本発明のワイヤは、B、P及びMgからなる群から選択される1種以上の元素(「第1添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第1添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度は1質量ppm以上であることが好ましい。これにより、より良好な1st接合部の圧着形状をもたらすボンディングワイヤを実現することができる。ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度は2質量ppm以上であることがより好ましく、3質量ppm以上、5質量ppm以上、8質量ppm以上、10質量ppm以上、15質量ppm以上又は20質量ppm以上であることがさらに好ましい。ワイヤの硬質化を抑え1st接合時のチップ損傷を低減する観点から、第1添加元素の総計濃度は100質量ppm以下であることが好ましく、90質量ppm以下、80質量ppm以下、70質量ppm以下、60質量ppm以下又は50質量ppm以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第1添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第1添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である。
【0051】
本発明のワイヤが第1添加元素を含有する場合、第1添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。本発明のワイヤがその表面にAuを含有する場合は、第1添加元素は、該Auと共に含有されていてもよい。よりいっそう良好な1st接合部の圧着形状をもたらすボンディングワイヤを実現する観点から、第1添加元素は、Cu芯材中に含有されていることが好適である。
【0052】
本発明のワイヤは、Se、Te、As及びSbからなる群から選択される1種以上の元素(「第2添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第2添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度は1質量ppm以上であることが好ましい。これにより、高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性を改善することができる。ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度は2質量ppm以上であることがより好ましく、3質量ppm以上、5質量ppm以上、8質量ppm以上、10質量ppm以上、15質量ppm以上又は20質量ppm以上であることがさらに好ましい。良好なFAB形状を実現する観点、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、第2添加元素の総計濃度は100質量ppm以下であることが好ましく、90質量ppm以下、80質量ppm以下、70質量ppm以下、60質量ppm以下又は50質量ppm以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第2添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第2添加元素の総計濃度が1質量ppm以上100質量ppm以下である。
【0053】
本発明のワイヤが第2添加元素を含有する場合、第2添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。よりいっそう良好な高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすボンディングワイヤを実現する観点から、第2添加元素は、被覆層中に含有されていることが好適である。本発明のワイヤがその表面にAuを含有する場合は、第2添加元素は、該Auと共に含有されていてもよい。
【0054】
本発明のワイヤは、Ga、Ge及びInからなる群から選択される1種以上の元素(「第3添加元素」)をさらに含有してよい。本発明のワイヤが第3添加元素を含有する場合、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度は0.011質量%以上であることが好ましい。これにより、高温環境下での1st接合部の接合信頼性を改善することができる。ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度は0.015質量%以上であることがより好ましく、0.02質量%以上、0.025質量%以上、0.03質量%以上、0.031質量%以上、0.035質量%以上、0.04質量%以上、0.05質量%以上、0.07質量%以上、0.09質量%以上、0.1質量%以上、0.12質量%以上、0.14質量%以上、0.15質量%以上又は0.2質量%以上であることがさらに好ましい。良好なFAB形状を実現する観点、良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点、良好な2nd接合部における接合性を実現する観点から、第3添加元素の総計濃度は1.5質量%以下であることが好ましく、1.4質量%以下、1.3質量%以下又は1.2質量%以下であることがより好ましい。したがって好適な一実施形態において、本発明のワイヤは、第3添加元素を含み、ワイヤ全体に対する第3添加元素の総計濃度が0.011質量%以上1.5質量%以下である。
【0055】
本発明のワイヤが第3添加元素を含有する場合、第3添加元素は、Cu芯材及び被覆層のいずれか一方に含有されていてもよく、その両方に含有されていてもよい。本発明のワイヤがその表面にAuを含有する場合は、第3添加元素は、該Auと共に含有されていてもよい。
【0056】
ワイヤ中の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素の含有量は、後述の[元素含有量の測定]に記載の方法により測定することができる。
【0057】
本発明のワイヤにおいて、Cu、Ni、Au、Pdの総計濃度は、例えば、98.5質量%以上、98.6質量%以上、98.7質量%以上又は98.8質量%以上などとし得る。
【0058】
-その他の好適条件-
以下、本発明のワイヤがさらに満たすことが好適な条件について説明する。
【0059】
本発明のワイヤは、該ワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上であることが好ましい。これにより、一際良好な1st接合部の圧着形状を実現することができる。
【0060】
先述のとおり、ボンディングワイヤによる接続プロセスは、半導体チップ上の電極に1st接合し、次にループを形成した後、リードフレームや基板上の外部電極にワイヤ部を2nd接合することで完了する。1st接合は、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりFABを形成した後に、該FABを半導体チップ上の電極に圧着接合(ボール接合)する。本発明者らは、FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合(以下、単に「FABの断面における<100>結晶方位の割合」ともいう。)が30%以上となるようなワイヤが、一際良好な1st接合部の圧着形状を実現することができることを見出したものである。
【0061】
よりいっそう良好な1st接合部の圧着形状を実現する観点から、FABの断面における<100>結晶方位の割合が、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは40%以上、さらにより好ましくは45%以上、特に好ましくは50%以上、55%以上又は60%となるワイヤが好適である。特にFABの断面における<100>結晶方位の割合が50%以上となるワイヤは、格別良好な1st接合部の圧着形状を実現することができる。したがって好適な一実施形態において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は30%以上であり、より好適には50%以上である。FABの断面における<100>結晶方位の割合の上限は特に限定されず、例えば、100%であってもよく、99.5%以下、99%以下、98%以下などであってもよい。
【0062】
図2を参照して、FABの圧着接合方向に垂直な断面について説明する。
図2には、ワイヤ1の先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりFAB10を形成した際の概略図を示す。形成したFAB10を半導体チップ上の電極(図示せず)に圧着接合する。
図2では、FAB10の圧着接合方向は矢印Zで示された方向(
図2における垂直方向(上下方向))であり、圧着接合方向Zに垂直な断面は、該方向Zに垂直な点線A-Aに沿ってFABを切断して露出する断面である。ここで、断面出しを行う際の基準となる点線A-Aは、露出断面の直径が最大となる位置、すなわちFABの直径をDとしたとき露出断面の直径がDとなる位置に設定する。断面出し作業においては直線A-Aが狙いからズレてしまい露出断面の直径がDよりも小さくなることもあり得るが、露出断面の直径が0.9D以上あれば、そのズレが結晶方位の割合に与える影響は無視できるほど小さい為、許容出来るものとする。
【0063】
FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位は、後方散乱電子線回折(EBSD:Electron Backscattered Diffraction)法を用いて測定することができる。EBSD法に用いる装置は、走査型電子顕微鏡とそれに備え付けた検出器によって構成される。EBSD法は、試料に電子線を照射したときに発生する反射電子の回折パターンを検出器上に投影し、その回折パターンを解析することによって、各測定点の結晶方位を決定する手法である。EBSD法によって得られたデータの解析には専用ソフト(株式会社TSLソリューションズ製 OIM analysis等)を用いることができる。FABの圧着接合方向に垂直な断面を検査面とし、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、特定の結晶方位の割合を算出できる。
【0064】
本発明において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は、測定面積に対する<100>結晶方位の面積を百分率で表したものと定義する。該割合の算出にあたっては、測定面内で、ある信頼度を基準に同定できた結晶方位のみを採用し、結晶方位が測定できない部位、あるいは測定できても方位解析の信頼度が低い部位等は測定面積および<100>結晶方位の面積から除外して計算した。ここで除外されるデータが例えば全体の2割を超えるような場合は、測定対象に何某かの汚染があった可能性が高いため、断面出しから再度実施すべきである。また、本発明において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は、3つ以上のFABについて測定して得られた割合の各値の算術平均とした。
【0065】
FABの断面における<100>結晶方位の割合が30%以上となるワイヤが一際良好な1st接合部の圧着形状を実現することができる理由について、本発明者らは以下のとおり推察している。
【0066】
金属は、特定の結晶面、結晶方向にすべることで(その面、その方向を「すべり面」、「すべり方向」ともいう。)、変形することが知られている。本発明のワイヤを用いて形成されるFABは、主に芯材であるCu又はCu合金から構成され、その結晶構造は面心立方構造である。このような結晶構造をとる場合、圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位が<100>であると、圧着面に対して45度の方向に金属のすべりが発生して変形するため、FABは圧着面に対しては45度方向に、圧着面と平行な平面に対しては放射状に広がりながら変形する。その結果、圧着形状はより真円に近くなるものと推察している。
【0067】
本発明において、FABの断面における<100>結晶方位の割合は、被覆層の厚さや被覆層中のPdとNiの濃度比、芯材のCu純度を調整することにより、所期の範囲となる傾向にある。例えば、被覆層の厚さがFABの断面における<100>結晶方位の割合に影響を与える理由について、本発明者らは次のとおり推察している。すなわち、溶融の段階で被覆層のPdとNiがFAB中心側に向けて適度に拡散混合し、その適度に拡散混合したPdとNiを固溶して含有するCu又はCu合金が、圧着接合方向に対して<100>結晶方位が配向するものと考えられる。そして、被覆層の厚さが所定の範囲にあると溶融時のPdとNiの拡散混合が適度となり圧着接合方向に対して<100>結晶方位が配向し易く、他方、被覆層の厚さが薄すぎると配向性がないランダムな結晶方位となり易く、被覆層の厚さが厚すぎると異なる結晶方位が優先的となり易いものと推察している。
【0068】
本発明のワイヤの直径は、特に限定されず具体的な目的に応じて適宜決定してよいが、好ましくは15μm以上、18μm以上又は20μm以上などとし得る。該直径の上限は、特に限定されず、例えば80μm以下、70μm以下又は50μm以下などとし得る。
【0069】
<ワイヤの製造方法>
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤの製造方法の一例について説明する。
【0070】
まず、高純度(4N~6N;99.99~99.9999質量%以上)の原料銅を連続鋳造により大径(直径約3~6mm)に加工し、インゴットを得る。
【0071】
上述の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素等のドーパントを添加する場合、その添加方法としては、例えば、Cu芯材中に含有させる方法、被覆層中に含有させる方法、Cu芯材の表面に被着させる方法、及び、被覆層の表面に被着させる方法が挙げられ、これらの方法を複数組み合わせてもよい。何れの添加方法を採用しても、本発明の効果を発揮することができる。ドーパントをCu芯材中に含有させる方法では、ドーパントを必要な濃度含有した銅合金を原料として用い、Cu芯材を製造すればよい。原材料であるCuにドーパントを添加して斯かる銅合金を得る場合、Cuに、高純度のドーパント成分を直接添加してもよく、ドーパント成分を1%程度含有する母合金を利用してもよい。ドーパントを被覆層中に含有させる方法では、被覆層を形成する際のPd、Niめっき浴等(湿式めっきの場合)やターゲット材(乾式めっきの場合)中にドーパントを含有させればよい。Cu芯材の表面に被着させる方法や被覆層の表面に被着させる方法では、Cu芯材の表面あるいは被覆層の表面を被着面として、(1)水溶液の塗布⇒乾燥⇒熱処理、(2)めっき法(湿式)、(3)蒸着法(乾式)、から選択される1以上の被着処理を実施すればよい。
【0072】
大径のインゴットを鍛造、圧延、伸線を行って直径約0.7~2.0mmのCu又はCu合金からなるワイヤ(以下、「中間ワイヤ」ともいう。)を作製する。
【0073】
Cu芯材の表面に被覆層を形成する手法としては、電解めっき、無電解めっき、蒸着法等が利用できるが、膜厚を安定的に制御できる電解めっきを利用するのが工業的には好ましい。例えば、中間ワイヤ表面に被覆層を形成してよい。被覆層はまた、大径のインゴットの段階で被着することとしてもよく、あるいは、中間ワイヤを伸線してさらに細線化した後(例えば最終的なCu芯材の直径まで伸線した後)に、該Cu芯材表面に被覆層を形成してよい。被覆層は、例えば、Cu芯材の表面にPdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を設けることにより形成してよく、Cu芯材との密着性に優れる被覆層を形成する観点から、Cu芯材の表面に導電性金属のストライクめっきを施した後で、PdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を設けることにより形成してもよい。また、PdとNiを所定比率で含有するPdNi合金層を形成した後、Pd及びNiの1種以上を含む層(例えば、Pd層、Ni層、PdNi合金層)をさらに設けてもよい。
【0074】
表面にAuを含有するワイヤを形成する場合、上述したものと同様の手法により、被覆層の表面にAu層を設けることにより形成することができる。
【0075】
伸線加工は、ダイヤモンドコーティングされたダイスを複数個セットできる連続伸線装置を用いて実施することができる。必要に応じて、伸線加工の途中段階で熱処理を施してもよい。表面にAuを含有するワイヤを形成する場合、熱処理によりワイヤ表面のAu層と下層のPdNi合金層(設ける場合にはPd層、Ni層、PdNi合金層)との間で構成元素を互いに拡散させて、ワイヤ表面におけるAuの濃度が上記好適範囲となるように、ワイヤの表面にAuを含む領域(例えば、AuとPdとNiを含む合金領域)を形成することができる。その方法としては一定の炉内温度で電気炉中、ワイヤを一定の速度の下で連続的に掃引することで合金化を促す方法が、確実に合金の組成と厚みを制御できるので好ましい。なお、被覆層の表面にAu層を設けた後に熱処理によってAuを含む領域を形成する方法に代えて、最初からAuとPd、Niの1種以上とを含有する合金領域を被着する方法を採用してもよい。
【0076】
本発明のワイヤは、良好なFAB形状をもたらすと共に、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことができる。したがって本発明のボンディングワイヤは、特に車載用デバイスやパワーデバイス用のボンディングワイヤとして好適に使用することができる。
【0077】
[半導体装置の製造方法]
本発明の半導体装置用ボンディングワイヤを用いて、半導体チップ上の電極と、リードフレームや回路基板上の電極とを接続することによって、半導体装置を製造することができる。
【0078】
一実施形態において、本発明の半導体装置は、回路基板、半導体チップ、及び回路基板と半導体チップとを導通させるためのボンディングワイヤを含み、該ボンディングワイヤが本発明のワイヤであることを特徴とする。
【0079】
本発明の半導体装置において、回路基板及び半導体チップは特に限定されず、半導体装置を構成するために使用し得る公知の回路基板及び半導体チップを用いてよい。あるいはまた、回路基板に代えてリードフレームを用いてもよい。例えば、特開2020-150116号公報に記載される半導体装置のように、リードフレームと、該リードフレームに実装された半導体チップとを含む半導体装置の構成としてよい。
【0080】
半導体装置としては、電気製品(例えば、コンピューター、携帯電話、デジタルカメラ、テレビ、エアコン、太陽光発電システム等)及び乗物(例えば、自動二輪車、自動車、電車、船舶及び航空機等)等に供される各種半導体装置が挙げられる。
【実施例】
【0081】
以下、本発明について、実施例を示して具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0082】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。Cu芯材の原材料となるCuは、純度が99.99質量%以上(4N)で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。また、第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素を添加する場合、これらは純度が99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるもの、あるいはCuにこれら添加元素が高濃度で配合された母合金を用いた。
【0083】
芯材のCu合金は、まず、黒鉛るつぼに原料を装填し、高周波炉を用いて、N2ガスやArガス等の不活性雰囲気で1090~1500℃まで加熱して溶解した後、連続鋳造により直径3~6mmのインゴットを製造した。次に、得られたインゴットに対して、引抜加工を行って直径0.7~2.0mmの中間ワイヤを作製し、更にダイスを用いて連続的に伸線加工等を行うことによって、被覆する線径までワイヤを細径化した。伸線加工では、市販の潤滑液を用い、伸線速度は20~150m/分とした。被覆層の形成は、ワイヤ表面の酸化膜を除去するために、塩酸または硫酸による酸洗処理を行った後、芯材のCu合金の表面全体を覆うようにPdとNiを所定比率にて含有するPdNi合金層を形成した。さらに、一部のワイヤ(実施例No.24~29、36、37、48、49、67、68)はPdNi合金層の上にAu層を設けた。PdNi合金層、Au層の形成には電解めっき法を用いた。Pd-Niめっき液、Auめっき液は市販のめっき液を準備し、適宜調製して用いた。
【0084】
その後、さらに伸線加工等を行い、最終線径であるφ20μmまで加工した。必要に応じて、伸線加工の途中において、300~700℃、2~15秒間の中間熱処理を1~2回行った。中間熱処理を行う場合、ワイヤを連続的に掃引し、N2ガスもしくはArガスを流しながら行った。最終線径まで加工後、ワイヤを連続的に掃引し、N2もしくはArガスを流しながら調質熱処理を行った。調質熱処理の熱処理温度は200~600℃とし、ワイヤの送り速度は20~200m/分、熱処理時間は0.2~1.0秒とした。被覆層が薄い場合には熱処理温度を低め、ワイヤの送り速度を速めに設定し、被覆層が厚い場合には熱処理温度を高め、ワイヤの送り速度を遅めに設定した。
【0085】
(試験・評価方法)
以下、試験・評価方法について説明する。
【0086】
[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]
ワイヤの表面にAuを含有するワイヤについて、ワイヤ表面におけるAuの濃度は、ワイヤ表面を測定面として、以下のとおりオージェ電子分光法(AES)により測定して求めた。
まず測定に供するボンディングワイヤを試料ホルダーに直線状に固定した。次いで、ワイヤ軸に垂直な方向におけるワイヤの幅の中心が測定面の幅の中心となるように位置決めし、かつ、測定面の幅がワイヤ直径の5%以上15%以下となるように測定面を決定した。測定面の長さは測定面の幅の5倍とした。そして、AES装置(アルバック・ファイ製PHI-700)を用いて、加速電圧10kVの条件にてワイヤ表面の組成分析を行い、表面Au濃度(原子%)を求めた。
なお、AESによる組成分析は、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施し、その算術平均値を採用した。表面におけるAuの濃度を求めるにあたり、炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)等ガス成分、非金属元素等は考慮しなかった。
【0087】
[オージェ電子分光法(AES)による被覆層の厚さ分析]
被覆層の厚さ分析にはAESによる深さ分析を用いた。AESによる深さ分析とは組成分析とスパッタリングを交互に行うことで深さ方向の組成の変化を分析するものであり、ワイヤ表面から深さ(中心)方向の各元素の濃度変化(所謂、深さ方向の濃度プロファイル)を得ることができる。
具体的には、AESにより、1)ワイヤ表面の組成分析を行った後、さらに2)Arによるスパッタリングと3)スパッタリング後の表面の組成分析とを繰り返すことで深さ方向の濃度プロファイルを取得した。2)のスパッタリングは、Ar+イオン、加速電圧2kVにて行った。また、1)、3)の表面の組成分析において、測定面の寸法やAESによる組成分析の条件は、上記[オージェ電子分光法(AES)によるワイヤ表面の組成分析]欄で説明したものと同じとした。AESにより、深さ方向の濃度プロファイルを取得するにあたり、深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定した。
なお、深さ方向の濃度プロファイルの取得は、ワイヤ軸方向に互いに1mm以上離間した3箇所の測定面について実施した。
【0088】
-被覆層の厚さと該被覆層の測定点の総数-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、ワイヤ表面からワイヤ中心側に向けて濃度プロファイルを確認し、Pdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の合計が90原子%にはじめて達した深さ位置Z1から、CPdとCNiの合計が90原子%未満にはじめて低下した深さ位置Z2(但しZ2>Z1)までの距離を、測定された被覆層の厚さとして求めた。また、深さ位置Z1から深さ位置Z2までの測定点の総数を、被覆層の測定点の総数として求めた。被覆層の厚さは、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。また、実施例のワイヤに関して、被覆層の測定点の総数は50点~100点あることを確認した。
なお、AES分析にて測定される深さは、スパッタリング速度と時間の積として求められる。一般にスパッタリング速度は標準試料であるSiO2を使用して測定されるため、AESで分析された深さはSiO2換算値となる。つまり被覆層の厚さの単位にはSiO2換算値を用いた。
【0089】
-平均値Xと該平均値Xからの絶対偏差が所定範囲にある測定点の総数-
取得した深さ方向の濃度プロファイルにおいて、被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiを算術平均して、平均値Xを求めた。次いで、被覆層の全測定点の比CPd/CNiについて平均値Xからの絶対偏差を算出し、平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数、及び、平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内にある測定点の総数を求めた。平均値Xは、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0090】
-CPd又はCNiの近似直線の傾き(被覆層の深さ範囲における最大値と最小値の差)-
被覆層の全測定点についてCPd(原子%)又はCNi(原子%)を最小二乗法により直線近似し、被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差(原子%)を求めた。ここで、平均値Xが1未満であった場合、被覆層の全測定点についてCNi(原子%)を最小二乗法により直線近似し、平均値Xが1以上であった場合、被覆層の全測定点についてCPd(原子%)を最小二乗法により直線近似した。被覆層の深さ範囲における該近似直線の最大値と最小値の差(原子%)は、3箇所の測定面について取得した数値の算術平均値を採用した。
【0091】
[元素含有量の測定]
ワイヤ中の第1添加元素、第2添加元素、第3添加元素の含有量は、ボンディングワイヤを強酸で溶解した液をICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置を用いて分析し、ワイヤ全体に含まれる元素の濃度として検出した。分析装置として、ICP-OES((株)日立ハイテクサイエンス製「PS3520UVDDII」)又はICP-MS(アジレント・テクノロジーズ(株)製「Agilent 7700x ICP-MS」)を用いた。
【0092】
[FAB形状]
FAB形状の評価は、リードフレームに、市販のワイヤボンダーを用いてFABを作製し、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した(評価数N=100)。なお、FABは電流値30~75mA、EFOのギャップを762μm、テイルの長さを254μmに設定し、N2+5%H2ガスを流量0.4~0.6L/分で流しながら形成し、その径はワイヤ線径に対して1.5~1.9倍の範囲とした。FAB形状の判定は、真球状のものを良好と判定し、偏芯、異形、溶融不良があれば不良と判定した。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0093】
評価基準:
◎:不良5箇所以下
○:不良6~10箇所(実用上問題なし)
×:不良11箇所以上
【0094】
[FABの断面における結晶方位の測定]
市販のワイヤボンダーを用いて、上記[FAB形状]欄に記載の条件でFABを形成し、FABの圧着接合方向に垂直な断面を測定面として結晶方位を測定した。本発明において、FABの圧着接合方向に垂直な断面とは、
図2に示す点線A-Aに沿ってFABを切断して露出する断面を意味し、基準となる点線A-Aは、露出断面の直径が最大となる位置に設定した。測定には、EBSD法を用い、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、前述の手順で<100>結晶方位の割合を算出した。3つのFABについて測定し、得られた割合の各値を算術平均して、FABの断面における<100>結晶方位の割合とした。
【0095】
[2nd接合部の接合信頼性]
2nd接合部の接合信頼性は、高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)により評価した。
【0096】
リードフレームのリード部分に、市販のワイヤボンダーを用いてウェッジ接合したサンプルを、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止し、2nd接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製した。リードフレームは、1~3μmのAgめっきを施したFe-42原子%Ni合金リードフレームを用いた。作製した接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温機を使用し、温度175℃の環境に暴露した。2nd接合部の接合寿命は、500時間毎にウェッジ接合部のプル試験を実施し、プル強度の値が初期に得られたプル強度の1/2となる時間とした。プル強度の値は無作為に選択したウェッジ接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。高温放置試験後のプル試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ウェッジ接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0097】
評価基準:
◎◎:接合寿命3000時間以上
◎:接合寿命2000時間以上3000時間未満
○:接合寿命1000時間以上2000時間未満
×:接合寿命1000時間未満
【0098】
[2nd接合部の接合性]
2nd接合部の接合性は、2nd接合ウィンドウ試験により評価した。2nd接合ウィンドウ試験は、横軸に2nd接合時の超音波電流を30mAから80mAまで10mAごとに6段階設け、縦軸に2nd接合時の荷重を20gfから70gfまで10gfごとに6段階設け、全36の2nd接合条件につき接合可能な条件の数を求める試験である。
【0099】
【0100】
本試験は、実施例及び比較例の各ワイヤについて、市販のワイヤボンダーを用いて、リードフレームのリード部分に、各条件につき200本ずつボンディングを行った。リードフレームには、Agめっきを施したリードフレームを用い、ステージ温度200℃、N2+5%H2ガス0.5L/分流通下にボンディングを行った。そして、不着やボンダの停止の問題なしに連続ボンディングできた条件の数を求め、以下の基準に従って、評価した。
【0101】
評価基準:
◎:33条件以上
○:30~32条件
△:26~29条件
×:25条件以下
【0102】
[1st接合部の接合信頼性]
1st接合部の接合信頼性は、高温放置試験(HTSL:High Temperature Storage Life Test)及び高温高湿試験(HAST;Highly Accelerated Temperature and Humidity Stress Test)の双方により評価した。
【0103】
-HTSL-
一般的な金属フレーム上のシリコン基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に、市販のワイヤボンダーを用いてボール接合したサンプルを、市販の熱硬化性エポキシ樹脂により封止し、1st接合部の接合信頼性試験用のサンプルを作製した。ボールは上記[FAB形状]欄に記載の条件で形成した。作製した接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温機を使用し、温度175℃の環境に暴露した。1st接合部の接合寿命は、500時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。高温放置試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0104】
評価基準:
◎:接合寿命2000時間以上
○:接合寿命1000時間以上2000時間未満
×:接合寿命1000時間未満
【0105】
-HAST-
上記と同様の手順で作製した1st接合部の接合信頼性評価用のサンプルを、不飽和型プレッシャークッカー試験機を使用し、温度130℃、相対湿度85%の高温高湿環境に暴露し、7Vのバイアスをかけた。1st接合部の接合寿命は、48時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の50箇所の測定値の算術平均値を用いた。シェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0106】
評価基準:
◎:接合寿命384時間以上
○:接合寿命240時間以上384時間未満
×:接合寿命240時間未満
【0107】
[圧着形状]
1st接合部の圧着形状(ボールのつぶれ形状)の評価は、市販のワイヤボンダーを用いて、上記[FAB形状]欄に記載の条件でボールを形成し、それをSi基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に圧着接合し、直上から光学顕微鏡で観察した(評価数N=100)。ボールのつぶれ形状の判定は、つぶれ形状が真円に近い場合に良好と判定し、楕円形や花弁状の形状であれば不良と判定した。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0108】
評価基準:
◎:不良なし
○:不良1~3箇所(実用上問題なし)
△:不良4~5箇所(実用上問題なし)
×:不良6箇所以上
【0109】
[チップ損傷]
チップ損傷の評価は、市販のワイヤボンダーを用いて、上記[FAB形状]欄に記載の条件でボールを形成し、それをSi基板に厚さ1.5μmのAl-1.0質量%Si-0.5質量%Cuの合金を成膜して設けた電極に圧着接合した後、ワイヤ及び電極を薬液にて溶解しSi基板を露出し、接合部直下のSi基板を光学顕微鏡で観察することにより行った(評価数N=50)。そして、以下の基準に従って、評価した。
【0110】
評価基準:
○:クラック及びボンディングの痕跡なし
△:クラックは無いもののボンディングの痕跡が確認される箇所あり(3箇所以下)
×:それ以外
【0111】
実施例及び比較例の評価結果を表2~5に示す。
【0112】
【0113】
【0114】
【0115】
【0116】
実施例No.1~68のワイヤはいずれも、本件特定の条件(1)~(3)を全て満たす被覆層を備えており、良好なFAB形状をもたらすと共に、良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。特に、被覆層のうち平均値Xからの絶対偏差が0.2X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上である実施例No.1、3~35、37~39、41~68のワイヤは、特に良好な2nd接合部の接合信頼性を実現し易いことを確認した。なお、実施例No.8、11、17、23、27、28、32、35、58のワイヤは格別優れた2nd接合部の接合信頼を実現したが、少なくともこれらの実施例のワイヤに関しては、被覆層の全測定点に関するCPd(原子%)の平均値をXPdとしたとき、被覆層のうち該平均値XPdからの絶対偏差が0.1XPd以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であること、また、被覆層の全測定点に関するCNi(原子%)の平均値をXNiとしたとき、被覆層のうち該平均値XNiからの絶対偏差が0.1XNi以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることを確認した。
また、表面にAuを含有する実施例No.24~29、36、37、48、49、67、68のワイヤは、2nd接合部の初期接合性に一際優れることを確認した。
さらに、第1添加元素を総計で1質量ppm以上含有する実施例No.30~37、46~49、58~60、64~68のワイヤは、一際良好な1st接合部の圧着形状をもたらすことを確認した。第2添加元素を総計で1質量ppm以上含有する実施例No.38~49、61~68のワイヤは、一際良好な高温高湿環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。第3添加元素を総計で0.011質量%以上含有する実施例No.50~68のワイヤは、一際良好な高温環境下での1st接合部の接合信頼性をもたらすことを確認した。
他方、比較例No.1~6のワイヤは、本件特定の条件(1)~(3)の少なくとも1つを満たさない被覆層を備えており、FAB形状、2nd接合部の接合信頼性のいずれも不良であることを確認した。
【0117】
ワイヤを用いてFABを形成したとき、該FABの圧着接合方向に垂直な断面の結晶方位を測定した結果において、圧着接合方向に対して角度差が15度以下である<100>結晶方位の割合が30%以上であると、良好な1st接合部の圧着形状を実現できることを確認した(実施例No.69、70、72~78)。特に該<100>結晶方位の割合が50%以上であると、格別優れた1st接合部の圧着形状を実現できることを確認した(実施例No.70、72、75、76)。
【要約】
良好なFAB形状をもたらすと共に、高温環境下におけるガルバニック腐食を抑制して良好な2nd接合部の接合信頼性をもたらす新規なCuボンディングワイヤを提供する。該半導体装置用ボンディングワイヤは、Cu又はCu合金からなる芯材と、該芯材の表面に形成されたPdとNiの合計濃度が90原子%以上である被覆層とを含み、
オージェ電子分光法(AES)により深さ方向の測定点が、被覆層において50点以上になるように測定して得られた該ワイヤの深さ方向の濃度プロファイルにおいて、
被覆層の厚さが10nm以上130nm以下であり、
被覆層の全測定点に関するPdの濃度CPd(原子%)とNiの濃度CNi(原子%)の比CPd/CNiの平均値をXとしたとき、該平均値Xが0.2以上35.0以下であり、
被覆層のうち該平均値Xからの絶対偏差が0.3X以内にある測定点の総数が被覆層の測定点の総数に対し50%以上であることを特徴とする。