(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-12
(45)【発行日】2022-10-20
(54)【発明の名称】アクロレインとの反応薬、その利用及び新規化合物
(51)【国際特許分類】
C09B 11/28 20060101AFI20221013BHJP
G01N 33/64 20060101ALI20221013BHJP
【FI】
C09B11/28 E CSP
G01N33/64
(21)【出願番号】P 2018129372
(22)【出願日】2018-07-06
【審査請求日】2021-04-02
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】田中 克典
(72)【発明者】
【氏名】プラディプタ アンバラ ラクマット
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】PRADIPTA, A.R. et al.,Uncatalyzed Click Reaction between Phenyl Azides and Acrolein: 4-Formyl-1,2,3-Triazolines as "Clicke,ACS Sensors,2016年04月12日,Vol. 1,pp. 623-632
【文献】PRADIPTA, A.R. et al.,酸化ストレス産物アクロレインの見過ごされていた反応性:インビボ検出から酸化ストレスへの寄与,及び生体,薬学雑誌,2017年,Vol. 137, No. 3,pp. 301-306
【文献】田中克典,酸化ストレス疾患の謎を解く隠された生体反応 -有機反応でアクロレインの挙動を捉え,生体機能を操る,化学,2016年,Vol. 71, No. 8,pp. 38-42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09B 11/28
G01N 33/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される化学構造を持つ化合物を含む、アクロレインとの反応薬。
【化1】
(式(1)中で、
R1及びR2は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、ただし、R1及びR2の少なくとも一方は炭素数1~5のアルキル基であり;
R3、R4及びRは、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、チオール基、置換基を有していてもよいアミノ基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルキルチオ基、又は、炭素数1~5のアルキル基(但し、アルキル基を構成する水素原子は、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び置換基を有していてもよいアミノ基から選択される置換基
に置換されていてもよい)を指し;
nは、1以上5以下の整数であり;
※は、他の化学構造との結合部位である。)
【請求項2】
前記反応薬が、式(1)で表される化学構造を持つ前記化合物を含む、組成物である、請求項1に記載の反応薬。
【請求項3】
前記R1及びR2が、互いに独立に、炭素数1~5のアルキル基である、請求項1又は2に記載の反応薬。
【請求項4】
前記R3、R4及びRが、互いに独立に、水素原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基である、請求項1~3のいずれか1項に記載の反応薬。
【請求項5】
前記nが1又は2である、請求項1~4のいずれか1項に記載の反応薬。
【請求項6】
前記※においてローダミン系色素が結合されている、請求項1~5のいずれか1項に記載の反応薬。
【請求項7】
前記ローダミン系色素は、5-カルボキシテトラメチルローダミン若しくは6-カルボキシテトラメチルローダミン又はその誘導体である、請求項6に記載の反応薬。
【請求項8】
式(10)で表される、化合物。
【化2】
(式(10)中で、
R1及びR2は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、ただし、R1及びR2の少なくとも一方は炭素数1~5のアルキル基であり;
R3、R4及びRは、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、チオール基、置換基を有していてもよいアミノ基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルキルチオ基、又は、炭素数1~5のアルキル基(但し、アルキル基を構成する水素原子は、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び置換基を有していてもよいアミノ基から選択される置換基
に置換されていてもよい)を指し;
nは、1以上5以下の整数であり;
※は、ローダミン系色素が結合されている。)
【請求項9】
アクロレインと、請求項1~7のいずれか1項に記載の反応薬、又は、請求項8に記載の化合物とを接触させる、反応方法。
【請求項10】
アクロレインが含まれうる対象と、請求項1~7のいずれか1項に記載の反応薬、又は、請求項8に記載の化合物とを接触させる接触工程と、
前記接触工程で得られた反応生成物を検出する検出工程とを含
み、
前記接触工程で請求項1~7のいずれか1項に記載の反応薬を使用する場合、前記反応生成物はアクロレインと式(1)で表される化学構造を持つ化合物との反応生成物であり、
前記接触工程で請求項8に記載の化合物を使用する場合、前記反応生成物はアクロレインと式(10)で表される化合物との反応生成物である、アクロレインの検出方法。
【請求項11】
アクロレインが含まれうる上記対象は、細胞を含有した生物由来の試料である、請求項10に記載の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の構造を有する化合物を含む、アクロレインとの反応薬及びその利用等に関する。
【背景技術】
【0002】
アクロレイン(CH2=CHCHO)は、最もサイズが小さい不飽和アルデヒド分子であって、非常に反応性が高い分子である。アクロレインは有機物の燃焼時に発生することが知られている他、例えば、がん、アルツハイマー及び脳梗塞等、酸化ストレスと関わる疾患においては、脂質やポリアミンの代謝産物としてアクロレインが生体内に発生すると考えられている。
また、最近の研究では、これまで酸化ストレスの主要因と考えられてきたヒドロキシラジカルよりも高い毒性を示すことが明らかとなっている。
そのため、特に、細胞で発生するアクロレインを検出することや、酸化ストレスと関わる疾患とアクロレインとの関連性を解明することに関して、近年注目されている。
例えば、非特許文献1には、生体に存在する分子のうち特にアクロレインと選択的に反応をする新規化合物が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】ACS Sens. 2016, 1, 623-632.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に記載の化合物(Figure5の化合物4、以下「TAMRA-PhN3」という)は、アクロレインと穏やかな条件で速やかに反応をするという優れた特性を有しており、アクロレインの検出等にも充分に利用可能である。
しかしながら、TAMRA-PhN3は、例えば、より微量のアクロレインの検出や、アクロレインとのより迅速な反応を実現するという観点では、アクロレインとの反応性において、さらなる改善の余地を残している。
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その課題は、優れた反応性を有する、アクロレインとの新規な反応薬、及びその利用等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下に示す態様を含む。
1) 式(1)で表される化学構造を持つ化合物を含む、アクロレインとの反応薬。
【化1】
(式(1)中で、
R1及びR2は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、ただし、R1及びR2の少なくとも一方は炭素数1~5のアルキル基であり;
R3、R4及びRは、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、チオール基、置換基を有していてもよいアミノ基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルキルチオ基、又は、炭素数1~5のアルキル基(但し、アルキル基を構成する水素原子は、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び置換基を有していてもよいアミノ基から選択される置換基を有していてもよい)を指し;
nは、1以上5以下の整数であり;
※は、他の化学構造との結合部位である。)
2) 前記反応薬が、式(1)で表される化学構造を持つ上記化合物を含む、組成物である、1)に記載の反応薬。
3) 前記R1及びR2が、互いに独立に、炭素数1~5のアルキル基である、1)又は2)に記載の反応薬。
4) 前記R3、R4及びRが、互いに独立に、水素原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基である、1)~3)のいずれかに記載の反応薬。
5) 前記nが1又は2である、1)~4)のいずれかに記載の反応薬。
6) 前記※においてローダミン系色素が結合されている、1)~5)のいずれかに記載の反応薬。
7) 前記ローダミン系色素は、5-カルボキシテトラメチルローダミン若しくは6-カルボキシテトラメチルローダミン又はその誘導体である、6)に記載の反応薬。
8) 式(10)で表される、化合物。
【化2】
(式(10)中で、
R1及びR2は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、ただし、R1及びR2の少なくとも一方は炭素数1~5のアルキル基であり;
R3、R4及びRは、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、チオール基、置換基を有していてもよいアミノ基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルキルチオ基、又は、炭素数1~5のアルキル基(但し、アルキル基を構成する水素原子は、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び置換基を有していてもよいアミノ基から選択される置換基を有していてもよい)を指し;
nは、1以上5以下の整数であり;
※は、ローダミン系色素が結合されている。)
9) アクロレインと、1)~7)のいずれかに記載の反応薬、又は、8)に記載の化合物とを接触させる、反応方法。
10) アクロレインが含まれうる対象と、1)~7)のいずれかに記載の反応薬、又は、8)に記載の化合物とを接触させる接触工程と、式(1)で表される化学構造を持つ化合物又は式(10)で表される化合物と、アクロレインとの反応生成物を検出する検出工程とを含む、アクロレインの検出方法。
11) アクロレインが含まれうる上記対象は、細胞を含有した生物由来の試料である、10)に記載の検出方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の一態様によれば、優れた反応性を有する、アクロレインとの新規な反応薬、及びその利用等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】参考例であり、TAMRA-PhN
3による癌細胞株の染色結果を示す図である。
【
図2】参考例であり、TAMRA-PhN
3による組織の染色結果を示す図である。
【
図3】本発明の一実施例に係るアクロレイン検出用の反応薬、又はTAMRA-PhN
3による正常細胞と癌細胞の染色結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1.アクロレインとの反応薬]
本発明の一実施形態に係るアクロレインとの反応薬(以下、「反応薬」と称する場合もある)は、アクロレインと反応する化合物として、式(1)で表される化学構造を持つ化合物を含んでいる。この化合物は、[2.新規化合物]欄に記載されている式(10)で表される化合物であってもよい。当該反応薬は、式(1)で表される化学構造を持つ化合物のみを実質的に含むものであっても、式(1)で表される化学構造を持つ化合物及び当該化合物以外の物質を含む組成物であってもよい。
【0009】
【0010】
癌細胞等の酸化ストレスが負荷された細胞ではアクロレイン(CH2=CHCHO)が、正常細胞(例えば、酸化ストレスが負荷されていない同種の細胞)よりも多く発生する。式(1)中のアジド基(N3基)とアクロレインとが反応することによりトリアゾリン反応物が生成される。該トリアゾリン反応物を検出することにより、アクロレインを検出することができる。本発明の一実施形態に係る反応薬は、アクロレインに対して優れた反応性を有するため、例えば、より微量のアクロレインの検出や、アクロレインとのより迅速な反応等を実現することが可能となる。
【0011】
なお、上記の反応薬が、アクロレインに対して優れた反応性を有するとは、一例では、式(1)におけるR1及びR2がともに水素原子である化合物(例えば、非特許文献1に記載のTAMRA-PhN3)よりも、アクロレインに対して優れた反応性を有することを指す。アクロレインに対する反応性は、例えば、トリアゾリン反応物の単位時間当たりの生成量等で評価することができる。或いは、トリアゾリン反応物が細胞内に速やかに蓄積する性質に基づいて、トリアゾリン反応物が細胞内に蓄積する程度を、トリアゾリン反応物の単位時間当たりの生成量とみなして評価をすることもできる(実施例も参照)。
【0012】
(R1及びR2について)
式(1)において、R1及びR2は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指す。ただし、R1及びR2の少なくとも一方は炭素数1~5のアルキル基である。
【0013】
ハロゲン原子の例としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、及びアスタチン原子等が挙げられる。なお、フッ素原子、及び、アスタチン原子は、同位体であってもよい。
【0014】
炭素数1~5のアルキル基は、直鎖状又は分岐鎖状のいずれであってもよい。アルキル基は、少なくとも一つの上記したハロゲン原子でその水素原子が置換されていてもよいし、置換されていなくてもよい。水素原子が置換されていない炭素数1~5のアルキル基の例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、tert-ペンチル基、及びsec-ペンチル基が挙げられる。
【0015】
R1及びR2は同じであっても、異なっていてもよいが、アクロレインとの反応性向上の観点では、R1及びR2は何れも、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されているか又は置換されていない炭素数1~5のアルキル基であることが好ましく、互いに同一のアルキル基であることがより好ましい場合がある。なお、アルキル基を構成する炭素数は、1~4個であることが好ましい場合があり、2個、3個、又は4個であることがより好ましい場合がある。
【0016】
他の態様において、R1及びR2の一方が、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されているか又は置換されていない炭素数1~5のアルキル基であり、かつ、R1及びR2の他方がハロゲン原子(特に、フッ素又はアスタチンの同位体)であることが好ましい場合がある。なお、アルキル基を構成する炭素数は、1~4個であることが好ましい場合があり、2個、3個、又は4個であることがより好ましい場合がある。
【0017】
(R3、R4及びRについて)
式(1)において、R3、R4及びRは、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、チオール基、置換基を有していてもよいアミノ基、炭素数1~5のアルコキシ基、炭素数1~5のアルキルチオ基、又は、炭素数1~5のアルキル基である。但し、アルキル基を構成する水素原子は、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び置換基を有していてもよいアミノ基から選択される置換基によって置換されていてもよい。
【0018】
ハロゲン原子の定義及び例示は、R1及びR2において記載したものと同様である。
【0019】
置換基を有していてもよいアミノ基の例としては、非置換のアミノ基、アルキルアミノ基、及び(ヘテロ)アリールアミノ基等が挙げられる。アルキルアミノ基に含まれる各アルキル基を構成する炭素数は、例えば、1~5個である。(ヘテロ)アリールアミノ基とは、アミノ基を構成する少なくとも一つの水素原子が、ヘテロ原子を有していてもよいアリール基(すなわちアリール基又はヘテロアリール基)で置換されている基を指す。(ヘテロ)アリールアミノ基に含まれる各(ヘテロ)アリール基は、例えば、3~20個(好ましくは4~12個または)の原子によって環構造の骨格が形成されているものが挙げられる。なお、ヘテロアリール基に含まれるヘテロ原子としては、例えば、硫黄原子、窒素原子、又は酸素原子が挙げられる。
【0020】
炭素数1~5のアルコキシ基の例としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、及びブトキシ基等が挙げられる。
【0021】
炭素数1~5のアルキルチオ基の例としては、メチルチオ基、エチルチオ基、プロピルチオ基、ブチルチオ基、及びペンチルチオ基等が挙げられる。
【0022】
水素原子が置換されていない炭素数1~5のアルキル基の定義及び例示は、R1及びR2において記載したものと同様である。なお、アルキル基を構成する炭素数は、1~4個であることが好ましい場合があり、1~3個であることがより好ましい場合がある。但し、アルキル基を構成する水素原子の少なくとも一つは、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び置換基を有していてもよいアミノ基から選択される置換基によって置換されていてもよい。ここで、ハロゲン原子、及び、置換基を有していてもよいアミノ基としては、R3、R4、及びRとして記載したものと同一のものが挙げられる。
【0023】
R3及びR4は同じであっても、異なっていてもよいが、R3及びR4が同じであることが好ましい場合がある。また、同じ炭素原子に結合しているR同士は同じであっても、異なっていてもよいが、当該R同士が同じであることが好ましい場合がある。
【0024】
R3、R4及びRは、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基であることが好ましい場合がある。なお、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基の定義及び例示は、R1及びR2において記載したものと同様である。
【0025】
(nについて)
式(1)において、nは1以上5以下の整数であればよいが、nは1又は2であることが好ましい場合があり、1であることがより好ましい場合がある。
【0026】
(同一の環上に位置するR1、R2、R3、及びR4の好ましい組合せの例示)
・組合せの例示<1>: 式(1)において、R1、R2、R3、及びR4は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、ただし、R1及びR2の少なくとも一方は炭素数1~5のアルキル基である。
・組合せの例示<2>: 式(1)において、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、R1及びR2は、炭素数1~5のアルキル基である。
・組合せの例示<3>: 式(1)において、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、ハロゲン原子、又は、少なくとも一つのハロゲン原子で置換されていてもよい炭素数1~5のアルキル基を指し、R1及びR2の一方は炭素数1~5のアルキル基であり、R1及びR2の他方はハロゲン原子である。
・組合せの例示<4>: 上記組合せの例示<1>又は<2>において、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、又はハロゲン原子であり、R1及びR2は、炭素数1~5のアルキル基である。
・組合せの例示<5>: 上記組合せの例示<3>において、R3及びR4は、互いに独立に、水素原子、又はハロゲン原子である。
【0027】
(※について)
式(1)において、※は、上記の通り、他の化学構造との結合部位である。他の化学構造の例としては、色素及びマーカー等の標識化合物等が挙げられる。これら標識化合物は、必要に応じてリンカーを介して※に結合されていてもよい。※には色素が結合されていることが好ましく、ローダミン系色素が結合されていることがより好ましく、5-カルボキシテトラメチルローダミン若しくは6-カルボキシメチルテトラメチルローダミン又はその誘導体であることがさらに好ましい。
【0028】
(ローダミン系色素)
ローダミン系色素とは、ローダミンの基本骨格を有する色素の総称である。ローダミン系色素として、一例では、下記式(2)でその基本骨格が示される色素が挙げられる。
【化4】
【0029】
式(2)において、R10、R11、R12、及びR13は、互いに独立に、水素原子、又は炭素数1~5のアルキル基を指す。炭素数1~5のアルキル基の定義及び例示は、式(1)におけるR1及びR2において記載したものと同様である。なお、アルキル基を構成する炭素数は、1~4個であることが好ましい場合があり、1~3個であることがより好ましい場合がある。R10及びR11がアルキル基である場合、これらアルキル基同士は互いに結合して環構造を形成してもよい。R12及びR13がアルキル基である場合、これらアルキル基同士は互いに結合して環構造を形成してもよい。或いは、R10及びR11の少なくとも一方がアルキル基である場合、このアルキル基は-NR10R11が結合している炭素原子と隣り合う炭素原子(-NR10R11が結合しているアリール環上で隣り合う炭素原子)と結合して環構造を形成してもよい。また、R12及びR13の少なくとも一方がアルキル基である場合、このアルキル基は-NR12R13が結合している炭素原子と隣り合う炭素原子(-NR12R13が結合しているアリール環上で隣り合う炭素原子)と結合して環構造を形成してもよい。
【0030】
式(2)において、R10、R11、R12、及びR13は、互いに同一の基であってもよく、例えば、R10、R11、R12、及びR13全てが水素原子である、又は、全てが炭素数1~5の同一のアルキル基であってもよい。
【0031】
式(2)において、-※は、他の化学構造との結合を指す。例えば、式(1)における※との結合である。
【0032】
なお、式(2)において、水素原子は、例えば、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、及び炭素数1~5のアルキル基等の置換基で置換されていてもよいし、置換されていなくてもよい。ハロゲン原子、及び、炭素数1~5のアルキル基の定義及び例示は、式(1)におけるR1及びR2において記載したものと同様である。
【0033】
(同位体を含む化合物)
式(1)で表される化学構造を持つ化合物においては、上記した通り、R1、R2、R3、R4、及びRがハロゲン原子を含んでいる場合や、式(2)中のR10、R11、R12、及びR13がハロゲン原子を含んでいる場合は、これらハロゲン原子の少なくとも一つはフッ素同位体(18F等)、又は、アスタチン同位体(210At、211At等)であってもよい。さらに、当該化合物が有する炭素原子(好ましくはR1、R2、R3、R4、R、R10、R11、R12、及びR13の何れかが有する炭素原子)の少なくとも一つが炭素同位体(14C等)であってもよい。
【0034】
(反応薬に含まれてもよいその他の成分等)
本発明の一実施形態に係る反応薬は、必要に応じて、式(1)で表される化学構造を持つ化合物を溶解又は分散する液体(溶媒又は分散媒);安定化剤その他の添加剤;等をさらに含んでいてもよい。
なお、上記の反応薬は、必要に応じて容器に格納されていてもよい。反応薬は、さらに、[3.アクロレインとの反応薬の用途]の欄に記載されたような用途や使用手順が記録された使用説明書とともに提供されてもよい。
【0035】
[2.新規化合物]
本発明の一実施形態に係る新規化合物は、下記式(10)で表される化合物である。
【0036】
【0037】
式(10)中のR1、R2、R3、R4、R、及びnの定義及び例示は、式(1)の定義と同様である。
【0038】
※は、上記のローダミン系色素が結合されている。すなわち、本発明の一実施形態に係る新規化合物は、式(1)で表される化学構造を持つ化合物であって、※がローダミン系色素である化合物である。細胞等を含む生物試料との親和性の観点では、ローダミン系色素は、5-カルボキシテトラメチルローダミン若しくは6-カルボキシメチルテトラメチルローダミン又はその誘導体であることが特に好ましい。
【0039】
(同位体を含む化合物)
式(1)で表される化学構造を持つ化合物の場合と同じく、R1、R2、R3、R4、及びRがハロゲン原子を含んでいる場合や、式(2)中のR10、R11、R12、及びR13がハロゲン原子を含んでいる場合は、これらハロゲン原子の少なくとも一つはフッ素同位体(18F等)、又は、アスタチン同位体(210At、211At等)であってもよい。さらに、当該化合物が有する炭素原子(好ましくはR1、R2、R3、R4、R、R10、R11、R12、及びR13の何れかが有する炭素原子)の少なくとも一つが炭素同位体(14C等)であってもよい。
【0040】
(より具体的な化合物の例示)
式(10)で示される化合物の例としては、以下の5-カルボキシメチルローダミン-ジイソプロピルフェニルアジド、又は、6-カルボキシメチルローダミン-ジイソプロピルフェニルアジドが挙げられる(TAMRA-ジイソプロピルフェニルアジドと総称し、前者のみ化学式を示す)。
【0041】
【0042】
(化合物の用途)
本発明の一実施形態に係る新規化合物は、例えば、[1.アクロレインとの反応薬]の欄に記載した、アクロレインと反応する化合物として用いることができる。この新規化合物は、細胞等を含む生物試料との親和性に優れ、アクロレインと反応して生じたトリアゾリン反応物は細胞内に速やかに蓄積し、当該細胞を染色する。その結果として、例えば、正常細胞と比較してアクロレインを多く生成している細胞を、選択的かつ高感度で検出することを可能とする(実施例も参照のこと)。
【0043】
[3.化合物の製造方法]
(化合物の製造方法)
一般式(10)で示される化合物は、例えば、以下の方法によって製造することができる。
第一段階は、式(A)で示す化合物と、式(B)で示す化合物とを、適切な溶媒の存在下で反応させることによって、式(C)で示す化合物を得る。第一段階は、すなわち、式(B)で示す化合物が有する活性化されたカルボキシル基(NHS体)と、式(A)で示す化合物が有するアルキルアミノ基との間でアミド結合を形成する反応である。第一段階に用いる溶媒としては、例えば、ジメチルホルムアミド(DMF)、及びジメチルスルホキシド(DMSO)等の非プロトン性極性溶媒が挙げられる。
次いで、第二段階では、適切な溶媒の存在下で、式(C)で示す化合物が有するアミノ基をアジド基に変換することによって、式(10)で示される化合物を得る。第二段階は、すなわち、一級アミンが有するアミノ基に、亜硝酸又は亜硝酸エステル等を作用させることによってジアゾ化をし、さらにアジ化ナトリウム等を作用させることによってアジド基に変換する反応である。第一段階に用いる溶媒としては、例えば、酢酸水溶液、又は塩酸水溶液等の、酸性の水性溶媒が挙げられる。
化合物の製造方法に関しては、実施例の記載、及び、ACS Sens. 2016, 1, 623-632.(非特許文献1)の記載も参照することができる。また、一般式(1)で表される化学構造を持つ化合物も、これらの記載を参照して製造することができる。
【化7】
【0044】
[3.アクロレインとの反応薬の用途]
本発明の一実施形態に係る反応薬は、アクロレインに対して優れた反応性を有する。それゆえ、例えば、以下の用途に好適に用いることができる。なお、何れの用途に用いる場合にも、本発明の一実施形態に係る反応薬と、アクロレインが含まれうる対象とを接触させる接触工程(アクロレインと、式(1)で表される化学構造を持つ化合物との反応工程)は行われる。また、本発明の一実施形態に係る反応方法は、検出対象(テストサンプル)と本発明の一実施形態に係る反応薬とを接触させる。
【0045】
(1)アクロレインの検出用途
本発明の一実施形態に係るアクロレインの検出方法は、検出対象(テストサンプル)と本発明の一実施形態に係る反応薬とを接触させる接触工程と、式(1)で表される化学構造を持つ化合物とアクロレインとの反応生成物を検出する検出工程とを備える。
【0046】
接触工程は、例えば、式(1)で表される化学構造を持つ化合物を溶解する溶媒中で行うことができる。当該化合物の濃度は、アクロレインの検出が可能な限り特に限定されないが、当該化合物の濃度の下限は、例えば、0.1μM以上であり、0.5μM以上であることが好ましい場合がある。当該化合物の濃度の上限は、バックグラウンドノイズを抑制する観点では、例えば、2μM以下であり、1.5μM以下であることが好ましい場合があり、1.1μM以下であることがより好ましい場合がある。なお、当該化合物とアクロレインとの反応は、例えば、常温・常圧下で進行する。
上記の検出対象は、アクロレインが含まれうる対象であれば特に限定されず、例えば、生細胞、又は、生体由来の組織の一部等の、生物由来の試料が挙げられる。式(1)で表される化学構造を持つ化合物は、酸化ストレスが負荷された細胞が生産する様々な産物(酸化ストレス産物も含む)のうち、アクロレインと選択的にかつ速やかに反応する。
【0047】
検出工程は、例えば、式(1)で表される化学構造を持つ化合物が有する、結合部位※に結合された他の化学構造を用いて行う。例えば、他の化学構造が、色素及びマーカー等の標識化合物であれば、反応したアクロレインはこの標識化合物によって可視化される。検出工程では、例えば、この標識化合物の有無、及び/又は、標識化合物の量的な検出を行う。これによって、上記の検出対象がアクロレインを含んでいるか否か、アクロレインを含んでいる場合にはその量(絶対量又は相対量)を決定することができる。
【0048】
上記の接触工程と、検出工程との間に、必要に応じて、上記の検出対象を洗浄する洗浄工程を行ってもよい。洗浄工程を行うことによって、式(1)で表される化学構造を持つ化合物のうち、アクロレインと反応していないものを除去し得る(例えば、検出対象が細胞を含む試料である場合、アクロレインと反応したものは、細胞内に蓄積する)。
【0049】
(2)酸化ストレスの検査用途、酸化ストレス関連疾患の検査用途
本用途は、生細胞、又は、生組織等の、細胞を含有した生物由来の試料を検出対象とした、上記の「(1)アクロレインの検出用途」の一形態である。がん、アルツハイマー及び脳梗塞等、酸化ストレスと関わる疾患(酸化ストレス関連疾患)では、正常細胞と比較して、酸化ストレスが負荷された細胞からアクロレインが多く発生する。また、疾患の状態に至っていなくとも、酸化ストレスが負荷された細胞からは、酸化ストレス産物であるアクロレインが正常細胞よりも多く発生する。そして、式(1)で表される化学構造を持つ化合物とアクロレインとの反応生成物は、アクロレインが多く発生している細胞に選択的に蓄積する。
本用途では、上記「(1)アクロレインの検出用途」における検出工程で得られた検出結果に基づいて、酸化ストレスの有無やその程度を簡易検査したり、酸化ストレス関連疾患に罹患している可能性の有無等を簡易検査する。これらの検査結果は、医師による診断を下す際の一つの材料として用いることもできる。
【0050】
(3)細胞検査用途
本用途は、生細胞、又は、生組織を検出対象とした、上記の「(1)アクロレインの検出用途」の一形態である。生組織の一例としては、生検試料、又は、外科手術で生じた生組織(外科手術で切除された組織、又は、生体側に残った組織)等が挙げられ、特にがんの生検試料、又は、がんの外科手術で生じた生組織が好ましい。
【0051】
本用途では、上記「(1)アクロレインの検出用途」における検出工程で得られた検出結果に基づいて、正常細胞よりもアクロレインを多く発生している細胞(酸化ストレスが負荷された細胞等)の有無や局在を高精度に簡易検査したり、アクロレインを多く発生している細胞の形態を簡易検査する。これらの検査結果は、医師による診断を下す際の一つの材料として用いることもできる。一例では、がん組織を外科手術で切除する場合において、切除された組織又は生体側に残った組織を、切除を行った都度、がん細胞の有無、局在、及び形態を観察し、病理組織診及び細胞診等(以下、「術中迅速診断」と略記する)に利用することができる。
【0052】
蛍光プローブを用いて選択的に癌組織を発光させることによって癌診断を行う既報はある。例えば、H. Ueo et al.,Sci. Rep. 2015,5,12080には、癌細胞膜表面に高発現している酵素と反応して蛍光を発する特定の蛍光プローブを検体にスプレーすることにより、数分で癌組織を選択的に発光させて、癌組織と正常組織を識別する技術が開示されている。
【0053】
しかしながら、上記蛍光プローブでは、酵素のターンオーバーにより蛍光が経時的に増幅されるため、癌細胞の形態を確認することは困難となる。癌細胞の形態を観察できないことにより、術中迅速診断に該蛍光プローブを適用することは困難である。
【0054】
一方、本発明の一形態に係る反応薬を用いれば、例えば、生組織中の癌細胞の局在及び形態を短時間で確認することができるため、短時間での生組織の観察が望まれる術中迅速診断での検出に適用も可能である(実施例も参照のこと)。
【0055】
(4)細胞への送達用途
本発明の一実施形態に係る細胞への送達方法は、本発明の一実施形態に係る反応薬と細胞(細胞は、組織や個体中に存在するものであってもよい)とを接触させる接触工程を備える。式(1)で表される化学構造を持つ化合物とアクロレインとの反応生成物は、アクロレインが生体内に発生している細胞に選択的かつ速やかに蓄積する。これによって、式(1)で表される化学構造を持つ化合物を、アクロレインが多く発生している細胞に選択的に送達することができる。例えば、式(1)で表される化学構造を持つ化合物は医薬(例えば、当該化合物が医療に用いられる同位体原子を持つか、※に結合する他の化学構造が医薬等)である。
【0056】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0057】
〔実施例1〕TAMRA-ジイソプロピルフェニルアジドの合成
本実施例で合成する5-カルボキシメチルローダミン-ジイソプロピルフェニルアジド(TAMRA-ジイソプロピルフェニルアジド)は、上記式(1)で表される化学構造を持つ化合物であり、R1及びR2がイソプロピル基、R3及びR4が水素原子、Rが水素原子、nが1である。TAMRA-ジイソプロピルフェニルアジドの合成ルートは、以下に示すとおりである。
【0058】
【0059】
2,6-ジイソプロピルアニリン(化合物1)(20.9g、118mmol)のジエチルエーテル溶液(100mL)に対し、ヨウ素(16.7g、130mmol)と飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(300mL)を室温で加えたのち、3時間撹拌した。得られた混合物に対してチオ硫酸ナトリウム五水和物を加え、有機層と水層を分離したのち、ジエチルエーテルで3回抽出を行った。合わせた有機層を水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。ろ過後、溶液を減圧下留去し、得られた残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン)を用いて精製し、2,6-ジイソプロピル-4-ヨードアニリン(化合物2、20g)を収率56%で得た。
【0060】
2,6-ジイソプロピル-4-ヨードアニリン(化合物2)(1.84g、6.07mmol)のDMF溶液(25mL)にシアン化銅(I)(0.67g、7.28mmol)を室温で加えた。得られた混合物を130℃で加熱して12時間撹拌後、室温まで放冷し、水(125mL)を加えた。酢酸エチルで有機物を抽出したのち、飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。ろ過後、溶液を減圧下留去し、得られた残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=25:1→10:1)を用いて精製し、2,6-ジイソプロピル-4-シアノアニリン(化合物3、1.03g)を収率84%で得た。
【0061】
窒素雰囲気下、0℃で2,6-ジイソプロピル-4-シアノアニリン(化合物3)(143mg、0.71mmol)のTHF溶液(7mL)に還元剤であるLiAlH4(LAH、137mg、3.53mmol)を加えた。得られた混合物を80℃の加熱還流下で5時間撹拌後、0℃に冷却した。次に、水(4mL)を滴下してから、10%水酸化ナトリウム(4mL)水溶液を滴下して過剰の還元剤を失活させたのち、酢酸エチル(10mL)で希釈し、セライトろ過を行い、酢酸エチルで洗浄した。有機層を水、次いで飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。ろ過後、溶液を減圧下留去し、得られた残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=10:1→5:1)を用いて精製し、3,5-ジイソプロピル-4-アミノベンジルアミン(化合物4、144mg)を収率99%で得た。
【0062】
窒素雰囲気下、3,5-ジイソプロピル-4-アミノベンジルアミン(化合物4)(10.9mg、0.05mmol)のDMF溶液(1mL)に5-カルボキシメチルローダミンヒドロキシスクシンイミド(TAMRA-OSu、化合物5)(25.0mg、0.05mmol)を室温で加え、12時間撹拌した。その後、減圧下溶媒を留去すると粗精製物(TAMRA-ジイソプロピルフェニルアミン、化合物6)が紫色油状物質として得られた。化合物6を酢酸/水(1mL/0.5mL)に溶解し、アジ化ナトリウム(8.8mg、0.13mmol)と亜硝酸ナトリウム(9.0mg、0.13mmol)を0℃で加え、1時間撹拌した。その後、溶液を減圧下留去し、得られた残渣を超高速分取用逆相カラム(HPLC Cosmosil 5C18-AR-300、20×250mm、流量:10mL/min、検出:UV254nm、移動相=0.1%TFA-水:0.1%TFA-アセトニトリル=15:85→0:100)を用いて精製し、表題化合物であるTAMRA-ジイソプロピルフェニルアジド(化合物7、19.1mg)を収率56%(2工程)で得た。
【0063】
〔参考例1〕アクロレインの選択的検出
以下の11の細胞株を96ウェルに播種し(4×10
4細胞/ウェル)し、処理前に24時間接着させるために静置した。
・正常細胞:TIG3(正常ヒト二倍体繊維芽細胞)、HUVEC(正常ヒト臍帯静脈内皮細胞)、MCF10A(正常ヒト乳腺細胞)
・癌細胞:SKBR3(ヒト乳がん細胞)、MDA-MB-231(ヒト乳がん細胞)、BxPC3(ヒト膵臓がん細胞)、HT29(ヒト結腸がん細胞)、MCF7(ヒト乳がん細胞)、A549(ヒト肺がん細胞)、HeLaS3(ヒト子宮頸がん細胞)、PC3(ヒト前立腺がん細胞)
非特許文献1及び実施例2に記載のTAMRA-PhN
3溶液(2.5μM、7.5μM、12.5μM、17.5μM、22.5μM)を100μL、培地に加えることによって細胞を処理し、室温で30分間インキュベーションした。細胞をパラホルムアルデヒドによって固定し、蛍光をSpectra Max M2e(モルキュラーデバイス社)によって記録した。蛍光強度の測定結果を
図1に示す。
【0064】
図1中、縦軸は相対蛍光強度/任意単位を示し、横軸は各正常又は癌細胞の染色(蛍光)結果を示す。蛍光強度が高い程、アクロレイン量が多いことを示す。TAMRA-PhN
3の濃度が高くなるほど、アクロレインとTAMRA-PhN
3との反応で得られた反応生成物(蛍光強度)が増加することが分かった。
【0065】
〔参考例2〕癌組織の染色
TAMRA-PhN
3溶液(濃度5、10、20μM)に、浸潤性腺管癌陽性組織(IDC-positive)、非浸潤性腺管癌陽性組織(DCIS-positive)、及び癌陰性組織(Cancer-negative)それぞれを浸漬し、5分間室温でインキュベーションした。各組織は生組織の状態で染色を行った。染色結果を
図2に示す。なお、細胞核をDAPIで染色している。
【0066】
図2中、「Eyesight」は染色後の各組織の写真、「Microscopy(×1)、(×200)、(×400)」は、顕微鏡による観察結果(1倍、200倍、400倍)を示す。
【0067】
図2に示すように、短時間のインキュベーションで生組織の状態で癌細胞を直接確認することができた。そして、TAMRA-PhN
3を用いることによって、生組織にて詳細に癌細胞の局在及び形態を確認することができることが分かった。
【0068】
また、短時間のインキュベーションで癌細胞の局在及び形態を確認することができたことから、TAMRA-PhN3が速やかに細胞内に取り込まれ、蓄積されることが示唆された。そして、細胞が生産する様々なストレス産物のうち、アクロレインのみを選択的にイメージングすることに成功した。さらに検討の結果、TAMRA-PhN3はエンドサイトーシス機構でリソソーム又は小胞体に取り込まれることが分かった。
TAMRA-PhN3はアクロレインと反応して、生じたトリアゾリン生成物は細胞内において反応性の高いジアゾ化合物に変換され、近傍のタンパク質に結合して、細胞内及び細胞表面に留まる。
【0069】
〔実施例2〕従来の検出試薬との感度の比較
下記式に示す検出試薬(TAMRA-PhN
3)と、実施例1で調製した化合物7(TAMRA-di-iPr-PhN
3)との検出感度を比較した。検出試薬の濃度が0.25μM、0.75μM、又は1.5μMである水溶液それぞれに、
図3に示す細胞(細胞種の説明は、参考例1も参照)を5分間浸漬させて染色した。染色結果を
図3に示す。
【0070】
【0071】
【化10】
図3に示すように、実施例1で調製した化合物7は、TAMRA-PhN
3と比較して感度が100倍以上だった。また、TAMRA-PhN
3では見分けられなかった濃度で癌細胞の局在及び形態を確認することができた。例えば、TAMRA-PhN
3は細胞から発生するnMレベルの濃度のアクロレインを検出可能であるのに対し、TAMRA-di-iPr-PhN
3はわずかpMレベルの濃度のアクロレインを検出可能であると示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は、例えば、癌及び脳梗塞等の酸化ストレス疾患の検出薬として利用することができ、ライフサイエンス研究及び医療用途等に利用することができる。