(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-12
(45)【発行日】2022-10-20
(54)【発明の名称】衝撃靭性に優れた低温用鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221013BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20221013BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20221013BHJP
【FI】
C22C38/00 302B
C22C38/44
C21D8/02 D
(21)【出願番号】P 2020527087
(86)(22)【出願日】2018-06-26
(86)【国際出願番号】 KR2018007230
(87)【国際公開番号】W WO2019098483
(87)【国際公開日】2019-05-23
【審査請求日】2020-07-14
(31)【優先権主張番号】10-2017-0154084
(32)【優先日】2017-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコ
【氏名又は名称原語表記】POSCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イ,ハク チョル
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-086403(JP,A)
【文献】特開2014-118579(JP,A)
【文献】国際公開第2017/104599(WO,A1)
【文献】特開2014-019936(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.02~0.08%、Ni:6.0~7.5%、Mn:0.5~0.9%、Si:0.03~0.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなり、鋼材の1/4t(t:鋼材の厚さ)の領域における微細組織が、面積%で、10~35%の焼戻し上部ベイナイト及び焼戻し下部ベイナイト、3~15%の残留オーステナイト、及び残りの焼戻しマルテンサイトを含み、焼戻し
下部ベイナイトが10~30%であり、焼戻し
上部ベイナイトが5%未満であり、EBSD法で測定した15度以上の大傾角粒界で囲まれた結晶粒の粒度が10μm(マイクロメートル)以下であり、-196℃における残留オーステナイト分率が面積%で3%以上であることを特徴とする衝撃靭性に優れた低温用鋼材。
【請求項2】
前記鋼材は585MPa以上の降伏強度を有することを特徴とする請求項1に記載の衝撃靭性に優れた低温用鋼材。
【請求項3】
前記鋼材は-196℃以下の衝撃遷移温度を有することを特徴とする請求項1に記載の衝撃靭性に優れた低温用鋼材。
【請求項4】
前記鋼材は5~50mmの厚さを有することを特徴とする請求項1に記載の衝撃靭性に優れた低温用鋼材。
【請求項5】
重量%で、C:0.02~0.08%、Ni:6.0~7.5%、Mn:0.5~0.9%、Si:0.03~0.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなる鋼スラブを1100~1200℃の温度で再加熱する段階と、
前記のように再加熱された鋼スラブを熱間圧延して鋼材を得た後、鋼材を空冷する段階と、
前記鋼材を800~950℃の温度で再加熱した後、水冷するオーステナイト単相域熱処理焼入れ段階と、
前記のようにオーステナイト単相域熱処理焼入れされた鋼材を680~710℃のフェライト及びオーステナイトの2相域温度区間に再加熱した後、10~40℃/secの冷却速度で水冷する2相域熱処理焼入れ段階と、
前記のように2相域熱処理焼入れされた鋼材を570~600℃の温度で再加熱した後、焼戻しを行ってから空冷する段階と、を含み、
前記2相域熱処理焼入れ段階後、焼戻し段階前の鋼材の微細組織が、面積%で、10~30%の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含むことを特徴とする請求項1に記載の衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法。
【請求項6】
前記焼戻しは〔1.9t(tは鋼材の厚さ、mm)+40~80〕分間行われることを特徴とする請求項5に記載の衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法。
【請求項7】
前記鋼材の厚さが5~50mmであることを特徴とする請求項5に記載の衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温タンク用鋼材及びその製造方法に係り、より詳しくは、下部ベイナイトを活用した衝撃靭性に優れた低温用ニッケル(Ni)含有鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、地球温暖化防止など世界的な環境規制の強化により、環境にやさしい燃料に対する関心が高まっている。
代表的な環境にやさしい燃料であるLNG(Liquefied Natural Gas)は、関連技術の発展によりコスト低減及び高効率化により、世界のLNG消費量が着実に増加し、1980年には6カ国で2,300万トンに過ぎなかったLNG消費量の規模は約10年ごとに倍増する状況にある。
【0003】
かかるLNG市場の拡大及び成長に伴い、LNG生産国の間では従来運営されている設備の改造又は増設が進められており、天然ガスの生産国ではLNG市場に新規参入するための生産設備を建設しようとする動きがある。
LNGの貯蔵容器は、設備の目的(貯蔵用タンク、輸送用タンク)、設置位置、内外タンクの形などの様々な基準によって分類される。このうち、内部タンクの形、すなわち、材料及び形状に応じて、9%Ni鋼材の内部タンク、メンブレン内部タンク、コンクリート内部タンクに分けられる。最近では、LNGキャリア(carrier)の安定性を向上させるために、9%Ni鋼材を用いたLNG貯蔵容器の使用が陸上貯蔵用タンクから輸送用タンクの分野にまで拡大するにつれて、9%Ni鋼材に対する世界的な需要が増加している状況にある。
【0004】
一般に、LNG貯蔵容器の材料として用いられるためには、極低温において優れた衝撃靭性を有する必要があり、構造物の安定性のために高強度レベル及び延性が必要である。9%Ni鋼材は、一般的に圧延した後、QT(Quenching-Tempering)もしくはQLT(Quenching-Lamellarizing-Tempering)の工程を介して生産されている。かかる工程を介して微細な結晶粒を有するマルテンサイト生地に軟質相のオーステナイトを二次相として有することにより、極低温において優れた衝撃靭性を示す。
【0005】
しかし、9%Ni鋼材の場合、靭性を確保するために、高いNi含有量を有することによって高コスト元素であるNiの価格変動に応じて鋼材の価格が上昇する。これは、鋼材ユーザーにとって負担となって作用するという問題点がある。
また、Q(Quenching)もしくはL(Lamellarizing)工程時に、非常に速い冷却速度によって薄物板材の形状確保が難しくなり、残留オーステナイトの確保及び残留応力除去のための長時間の焼戻し工程を経る必要があるため、鉄鋼メーカーに対して熱処理/矯正設備の過負荷を誘発するという問題点を有する。
【0006】
かかる欠点を解決するために、9%Ni鋼材の場合、製造工程において焼入れ工程を省略した直接焼入れ焼戻し(DQT:Direct Quenching-Tempering)技術が開発された。これにより、再加熱及び焼入れ工程が省略されて、製造コスト及び熱処理負荷の低減が可能になった。
しかし、一般的な焼入れ工程に比べて直接焼入れ(DQ:Direct Quenching)工程の速い冷却速度により焼入性が増加し、焼戻し(Tempering)工程時における熱処理時間を増加させる必要があるという問題がある。これに加えて、粒度微細化のために圧延時に極低温圧延を行うため、形状の確保の難しさ及び圧延生産の低下に起因するコスト上昇の問題が発生する。
【0007】
一方、従来の9%Ni鋼材に比べて低いNiの含有量を有する7%Ni鋼材の開発及び規格の制定などが一部の鉄鋼メーカーの主導で行われた。Ni低減に伴う靭性の低下の問題を解決するために、QLTもしくはDQLT(Direct Quenching-Lamellarizing-Tempering)工程を活用して、靭性の向上に大きな影響を与えるL(Lamellarizing)工程を含むようにすることで、従来の9%Ni鋼材に比べて2%のNiを低減することができた。
【0008】
しかし、2%のNiを低減する代わりに、硬化能確保のために他の合金元素を添加する必要があるため、合金コストの低減量が大きくない上、一部の鉄鋼メーカーの場合には、QLT工程の代わりにDQLT工程を導入して粒度微細化のための熱処理前圧延時に極低温圧延を適用することにより、圧延生産性が著しく低下するという問題を依然として有する。
また、Q(Quenching)もしくはL(Lamellarizing)工程時に速い冷却速度を適用するため、焼戻し(Tempering)の温度を上げたり、又は長時間の焼戻し処理(Tempering)を適用する必要があり、薄物材の形状の確保が難しくなり、いくつかの矯正を経る必要があるという問題点も有する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的とするところは、低温における衝撃靭性に優れた低温用鋼材を提供することにある。
本発明のまた他の目的とするところは、スラブ再加熱-熱間圧延後の空冷-オーステナイト単相域熱処理焼入れ-2相域熱処理焼入れ-焼戻し後の空冷の段階を含む方法で低温における衝撃靭性に優れた低温用鋼材を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の衝撃靭性に優れた低温用鋼材は、重量%で、C:0.02~0.08%、Ni:6.0~7.5%、Mn:0.5~0.9%、Si:0.03~0.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなり、鋼材の1/4t(t:鋼材の厚さ)の領域における微細組織が、面積%で、10~35%の焼戻しベイナイト、3~15%の残留オーステナイト、及び残りの焼戻しマルテンサイトを含み、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以下であることを特徴とする。
【0011】
上記鋼材は、-196℃における残留オーステナイト分率が面積%で3%以上であることができる。
上記鋼材は、スラブ再加熱-熱間圧延後の空冷-オーステナイト単相域熱処理焼入れ-2相域熱処理焼入れ-焼戻し後の空冷の段階を含む方法で製造される低温用鋼材であって、2相域熱処理焼入れ段階後、焼戻し段階前の鋼材の微細組織が、面積%で、10%以上の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含むことが好ましい。
【0012】
上記鋼材は、上記下部ベイナイトの分率が面積%で10~30%であることがよい。
上記鋼材は、585MPa以上の降伏強度を有することができる。
上記鋼材は、-196℃以下の衝撃遷移温度を有することが好ましい。
上記鋼材の厚さは5~50mmであることがよい。
【0013】
本発明の好ましい他の一側面によると、スラブ再加熱-熱間圧延後の空冷-オーステナイト単相域熱処理焼入れ-2相域熱処理焼入れ-焼戻し後の空冷の段階を含む方法で製造される低温用鋼材であって、重量%で、C:0.02~0.08.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなり、Ni:6.0~7.5%、Mn:0.5~0.9%、Si:0.03~0、2相域熱処理焼入れ段階後、焼戻し段階前の鋼材の微細組織が、面積%で、10%以上の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含み、上記焼戻し段階後の鋼材の1/4t(t:鋼材の厚さ)の領域における微細組織が、面積%で、10~35%の焼戻しベイナイト、3~15%の残留オーステナイト、及び残りの焼戻しマルテンサイトを含み、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以下である衝撃靭性に優れた低温用鋼材が提供される。
【0014】
本発明の衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法は、重量%で、C:0.02~0.08.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなる鋼スラブを1200~1100℃の温度で再加熱する段階と、上記のように再加熱された鋼スラブを熱間圧延して鋼材を得た後、鋼材を空冷する段階と、上記鋼材を800~950℃の温度で再加熱した後、水冷するオーステナイト単相域熱処理焼入れ段階と、上記のようにオーステナイト単相域熱処理焼入れされた鋼材を680~710℃のフェライト及びオーステナイトの2相域温度区間に再加熱した後、10~40℃/secの冷却速度で水冷する2相域熱処理焼入れ段階と、上記のように2相域熱処理焼入れされた鋼材を570~600℃の温度で再加熱した後、焼戻しを行ってから空冷する段階と、を含み、上記2相域熱処理焼入れ段階後、焼戻し段階前の鋼材の微細組織が、面積%で、10%以上の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含むことを特徴とする。
【0015】
上記焼戻しは、1.9t(tは鋼材の厚さ、mm)+40~80分間行われることが好ましい。
上記鋼材の上記下部ベイナイトの分率は面積%で10~30%であることができる。
上記鋼材の厚さは5~50mmであることがよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、低温における衝撃靭性に優れた低温用鋼材をスラブ再加熱-熱間圧延後の空冷-オーステナイト単相域熱処理焼入れ-2相域熱処理焼入れ-焼戻し後の空冷の段階を含む方法で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、スラブ再加熱-熱間圧延後の空冷-オーステナイト単相域熱処理焼入れ-2相域熱処理焼入れ-焼戻し後の空冷の段階を含む方法で低温用鋼材を製造する方法に好ましく適用することができる。
本発明は、特に、2相域熱処理焼入れ(Lamellarizing)時における冷却速度を制御したものである。これにより、下部ベイナイト(Lower bainite)を一部生成させるとともに、粗大な上部ベイナイトの生成を抑制することができる。
上記のように下部ベイナイト(Lower bainite)を一部生成させるとともに、粗大な上部ベイナイトの生成を抑制することにより、最小化された焼戻し(Tempering)時間にも十分な残留オーステナイトが生成されることができる。これにより、-196℃でも優れた衝撃靭性を確保することができ、降伏強度585MPa以上、及び衝撃遷移温度-196℃以下である低温タンク用鋼材及びその製造方法を提供することができる。
【0018】
以下、本発明の好ましい一側面による衝撃靭性に優れた低温用鋼材について説明する。
本発明の衝撃靭性に優れた低温用鋼材は、重量%で、C:0.02~0.08%、Ni:6.0~7.5%、Mn:0.5~0.9%、Si:0.03~0.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなり、鋼材の1/4t(t:鋼材の厚さ)の領域における微細組織が、面積%で、10~35%の焼戻しベイナイト、3~15%の残留オーステナイト、及び残りの焼戻しマルテンサイトを含み、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以下である。
【0019】
C:0.02~0.08重量%(以下、単に「%」とも記する)
Cは、マルテンサイト変態の生成を促進し、Ms温度(マルテンサイト変態温度)を下げて粒度を微細化させ、焼戻し時に粒界及び相境界に拡散して残留オーステナイトを安定化させるのに重要な元素であるため、0.02%以上添加されることが好ましい。しかし、C含有量が増加するほど、靭性が低下し、残留オーステナイトのサイズを増加させて変態安定度を低下させるという問題が発生するため、その含有量の上限は0.08%に限定することが好ましい。
【0020】
Ni:6.0~7.5%
Niは、マルテンサイト/ベイナイト変態を促進して鋼の強度を向上させ、焼戻し時に粒界及び相境界に拡散して残留オーステナイトを安定化させるのに最も重要な役割を果たす元素であるため、本発明で提案するマルテンサイト/ベイナイト分率を確保するために、6.0%以上添加されることが好ましい。しかし、Niが7.5%を超えて添加される場合には、高い硬化能が原因となってベイナイトの生成が難しくなり、強度の上昇による長時間の焼戻しが必要となるため、上記のNi含有量は、6.0~7.5%に制限することが好ましい。
【0021】
Mn:0.5~0.9%
Mnは、C/Niとマルテンサイト/ベイナイト変態を促進して鋼の強度を向上させ、焼戻し時に粒界及び相境界に拡散して残留オーステナイトを安定化させる元素であるため、0.5%以上添加されることが好ましい。しかし、Mn含有量が0.9%を超えると、基地組織の強度が増加して靭性が低下する虞があるため、上記Mn含有量は、0.5~0.9%に制限することが好ましい。
【0022】
Si:0.03~0.15%
Siは、脱酸剤としての役割を果たすとともに、焼戻し時に炭化物の生成を抑制して残留オーステナイトの安定性を向上させるため、0.03%以上含有されることが好ましい。しかし、Si含有量が高いほど、強度を増加させて衝撃靭性を低下させるため、上記Si含有量は、0.03~0.15%に制限することが好ましい。
【0023】
Mo:0.02~0.3%
Moは、硬化能元素として冷却時にマルテンサイト/ベイナイトの生成を促進する元素であって、0.02%以上の添加時に、実際に硬化能を向上させる役割を果たすことができる。しかし、0.3%を超えて添加された場合には、硬化能が上昇しすぎて、ベイナイト未生成、及び強度の上昇による靭性の低下が発生する虞があり、焼戻し時におけるMo炭化物の析出による靭性の低下がさらに発生する虞があるため、上記Mo含有量は、0.02~0.3%に制限することが好ましい。
【0024】
Cr:0.1~0.3%
Crは、硬化能元素として冷却時にマルテンサイト/ベイナイトの生成を促進する元素であって、固溶強化を介した強度の確保に役立つ元素であるため、0.1%以上の添加が必要である。しかし、0.3%を超えて添加された場合には、硬化能が上昇しすぎて、ベイナイト未生成、及び強度の上昇による靭性の低下が発生する虞があり、Cr炭化物の析出による靭性の低下が発生する虞があるため、上記Cr含有量は、0.1~0.3%に制限することが好ましい。
【0025】
P:50ppm以下、及び
S:10ppm以下
P、Sは、結晶粒界に脆性を誘発したり、又は粗大な介在物を形成させて脆性を誘発する元素であって、焼戻し時に衝撃靭性を低下させるという問題を発生する虞があるため、本発明では、P:50ppm以下、及びS:10ppm以下に制限することが好ましい。
【0026】
本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の鉄鋼製造過程では原料又は周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入する可能性があり、これを排除することはできない。かかる不純物は、通常の鉄鋼製造過程における技術者であれば誰でも分かるものであるため、そのすべての内容を本明細書に具体的に記載しない。
【0027】
本発明の好ましい一側面による衝撃靭性に優れた低温用鋼材は、鋼材の1/4t(t:鋼材の厚さ)の領域における微細組織が、面積%で、10~35%の焼戻しベイナイト、3~15%の残留オーステナイト、及び残りの焼戻しマルテンサイトを含み、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以下である。
上記残留オーステナイト分率が3%未満の場合には、衝撃靭性が低下する可能性があり、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)を超えると、有効結晶粒度の低下による衝撃靭性の低下の虞がある。
【0028】
上記鋼材は-196℃における残留オーステナイト分率が面積%で3%以上であることがよい。
上記鋼材は、スラブ再加熱-熱間圧延後の空冷-オーステナイト単相域熱処理焼入れ-2相域熱処理焼入れ-焼戻し後の空冷の段階を含む方法で製造される低温用鋼材であって、2相域熱処理焼入れ段階後、焼戻し段階前の鋼材の微細組織が、面積%で、10%以上の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含むものであることが好ましい。
【0029】
2相域熱処理焼入れ後、焼戻し処理前の鋼材の微細組織が面積%で10%未満の下部ベイナイトを含む場合には、残留オーステナイトが3%未満生成されて衝撃靭性が低下する虞があるため、10%以上の下部ベイナイトを含むことが好ましい。上記下部ベイナイト分率の上限は30%に限定することができる。
これに対し、2相域熱処理焼入れ後、焼戻し処理前の鋼材の微細組織が上部ベイナイトを面積%で5%を超えて含まれる場合には、粒度粗大化による衝撃靭性が低下する虞があるため、5%未満の上部ベイナイトを含むことが好ましい。
【0030】
本発明の鋼材は585MPa以上の降伏強度を有することができる。
本発明の鋼材は-196℃以下の衝撃遷移温度を有することができる。
本発明の鋼材は5~50mmの厚さを有することができる。
以下、本発明の好ましいさらに他の一側面による衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法について説明する。
【0031】
本発明の衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法は、重量%で、C:0.02~0.08%、Ni:6.0~7.5%、Mn:0.5~0.9%、Si:0.03~0.15%、Mo:0.02~0.3%、Cr:0.1~0.3%、P:50ppm以下、S:10ppm以下、残りのFe及びその他の不可避不純物からなる鋼スラブを1200~1100℃の温度で再加熱する段階と、上記のように再加熱された鋼スラブを熱間圧延して鋼材を得た後、鋼材を空冷する段階と、上記鋼材を800~950℃の温度で再加熱した後、水冷するオーステナイト単相域熱処理焼入れ段階と、上記のようにオーステナイト単相域熱処理焼入れされた鋼材を680~710℃のフェライト及びオーステナイトの2相域温度区間に再加熱した後、10~40℃/secの冷却速度で水冷する2相域熱処理焼入れ段階と、上記のように2相域熱処理焼入れされた鋼材を570~600℃の温度で再加熱した後、焼戻してから空冷する段階と、を含み、上記2相域熱処理焼入れ段階後、焼戻し段階前の鋼材の微細組織が、面積%で、10%以上の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含むことを特徴とする。
【0032】
鋼スラブの再加熱、熱間圧延及び空冷段階
上記のように組成される鋼スラブを再加熱する。
上記鋼スラブの再加熱時における加熱温度は、1100~1200℃に設定することが好ましい。これは、鋳造組織の除去及び成分の均質化のためである。
上記のように加熱された鋼スラブを、その形状の調整のために加熱した後、熱間圧延(粗圧延及び仕上げ圧延)して鋼材を得る。熱間圧延により、鋳造中に形成されたデンドライトなどの鋳造組織を破壊させるとともに、粗大なオーステナイトの再結晶を介して粒度を小さくする効果も得ることができる。ここで、熱間圧延は、特に限定されず、通常の熱間圧延工程によって行われることができる。例えば、通常の圧延工程を介して鋼材の厚さを合わせるために行われる。
熱間圧延終了後、上記鋼材を常温まで空冷させる。
【0033】
オーステナイト単相域熱処理焼入れ段階
上記のように空冷された鋼材をオーステナイト単相域まで加熱して熱処理した後、水冷する焼入れを行う。
上記焼入れの目的は、熱処理によってオーステナイト粒度を微細化させるとともに、冷却時に微細なパケットを有するマルテンサイト/ベイナイト組織を得ることである。
ここで、オーステナイト単相域において十分な再結晶を起こし、微細な粒度を維持するために、上記焼入れにおける熱処理温度は800~950℃に設定することが好ましい。
【0034】
2相域熱処理焼入れ段階
上記のようにオーステナイト単相域熱処理焼入れ処理された鋼材をオーステナイト及びフェライトの2相域に再加熱して熱処理した後、焼入れを行う。
上記焼入れの目的は、従来の2相域熱処理時に微細化された組織をさらに微細化してEBSD法を介して測定した15度以上の高境界角を有する粒度が10μm(マイクロメートル)以下のものを得ることであり、焼入れ時における冷却速度を制限してマルテンサイトの他に、10%以上の下部ベイナイト及び5%未満の上部ベイナイトを含む微細組織を得ることである。
【0035】
焼入れ時に10%以上の下部ベイナイトが生成される場合には、下部ベイナイト組織の内部に含まれる炭化物が原因となって焼戻し時に残留オーステナイトの核生成を促進して焼戻し時間を減らす。これにより、安定した残留オーステナイトの生成が促進されて、極低温における衝撃靭性を向上させる。
焼入れ時における冷却速度が非常に速い場合には、下部ベイナイトの代わりにマルテンサイト単相組織が生成されるため、下部ベイナイトを活用した衝撃靭性の向上を期待することができなくなる。
【0036】
これに対し、焼入れ時における冷却速度が遅い場合には、粗大な上部ベイナイトが多量生成されて粒度を増大させる。その結果、極低温衝撃靭性が低下するという問題があるため、冷却速度を制御して上部ベイナイトの生成を5%未満に制御する必要がある。
オーステナイト粒度を微細化してEBSD法を介して測定した15度以上の高境界角を有する粒度が10μm(マイクロメートル)以下のものを得るために、上記2相域熱処理温度は680~710℃に設定することが好ましい。
【0037】
また、焼入れ時に下部ベイナイトの生成を促進し、上部ベイナイトの生成を抑制するために、焼入れ時における冷却速度は10~40℃/secに設定することが好ましい。
上記冷却速度が40℃/secを超えると、マルテンサイトが過度に生成されて、焼戻し時に残留オーステナイトの確保に時間が多くかかり、結果として、靭性が低下する。10℃/sec未満の場合には、粗大な上部ベイナイトが生成されるため、靭性が低下する。
上記2相域熱処理焼入れ段階後の鋼材の微細組織は、10%以上の下部ベイナイト、5%未満の上部ベイナイト、及び残りのマルテンサイトを含むことがよい。
【0038】
焼戻し及び空冷の段階
上記のように2相域熱処理焼入れされた鋼材を570~600℃の温度で再加熱した後、焼戻しを行ってから空冷する。
上記焼戻しは、鋼材の厚さに依存し、〔1.9t(tは鋼材の厚さ、mm)+40~80〕分間行われることができる。
本発明の極低温用鋼は、焼戻し時の基地組織の軟化を介した衝撃靭性の向上に加えて、-196℃でも安定した3%以上のオーステナイトを生成させ、衝撃靭性を向上させる。焼入れ時の速い冷却速度による残留応力が組織内部に多く残っているため、これを除去して基地組織を軟化させるためには、570℃以上の焼戻し温度が好ましい。
600℃を超える温度で焼戻しを行う場合には、微細組織内に生成されるオーステナイトの安定度が低下し、結果として、極低温においてオーステナイトがマルテンサイトに簡単に変態して衝撃靭性が低下する可能性があるため、焼戻し温度は570~600℃に設定することが好ましい。また、生産性の向上のために、1.9t(tは鋼材の厚さ、mm)+40~80分間焼戻しを行うことが好ましい。
【0039】
上記焼戻し段階後の-196℃における残留オーステナイト分率は3%以上、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度は10μm(マイクロメートル)以下である。
本発明の好ましい他の一側面による衝撃靭性に優れた低温用鋼材の製造方法によると、2相域熱処理焼入れ後、下部ベイナイト分率が10%以上、上部ベイナイト分率が5%未満、焼戻し後に-196℃における残留オーステナイト分率が3%以上、及びEBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10マイクロメートル以下である、降伏強度585MPa以上、衝撃遷移温度-196℃以下の低温タンク用鋼材を確保することができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、下記実施例は、本発明を例示して、より詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲を制限するためのものではない点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項と、それから合理的に類推される事項によって決定される。
下記表1の組成を有する厚さ250mmの鋼スラブを1150℃の温度で再加熱した後、粗圧延及び仕上げ圧延を行って厚さ25mmの鋼材を製造した。
【0041】
上記鋼材を820℃の温度で再加熱した後、水冷してオーステナイト単相域熱処理焼入れを行った。
上記のようにオーステナイト単相域熱処理焼入れされた鋼材を710℃のフェライト及びオーステナイトの2相域温度区間に再加熱した後、下記表2の冷却速度で水冷して2相域熱処理焼入れを行った。
【0042】
上記のように2相域熱処理焼入れされた鋼材を下記表2の焼戻し温度で再加熱した後、1.9t(t:鋼材の厚さ、mm)+60分間焼戻しを行ってから空冷した。
上記のように製造された鋼材に対して2相域熱処理焼入れ後の鋼材の下部ベイナイト及び上部ベイナイト分率(面積%)、焼戻し後の鋼材の-196℃における残留オーステナイト分率(面積%)、降伏強度(MPa)、平均CVN エネルギー(Energy)@-196℃(J)、及び衝撃遷移温度(℃)を測定し、その結果を下記表2に示した。
【0043】
【0044】
【0045】
上記表1及び表2に示したとおり、比較例1の場合には、本発明で提示する2相域熱処理後、焼入れ冷却速度が10~40℃/secよりも遅いため、粗大な上部ベイナイトが23.5%と多量生成され、結果として、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以上であり、焼戻し後に-196℃で安定化した残留オーステナイトが3%未満であることから、衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
【0046】
比較例2の場合には、本発明で提示する2相域熱処理後の焼入れ冷却速度が10~40℃/secよりも速いため、下部ベイナイトが生成されなかった。その結果、焼戻し時の残留オーステナイトが十分に生成されず、焼戻し後の-196℃で安定化した残留オーステナイトが3%未満であることから、衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
比較例3の場合には、本発明で提示する焼戻し温度範囲である570~600℃を超えた温度で熱処理され、結果として、降伏強度が過度に低下するようになって降伏強度が585Mpa以下、焼戻し時の残留オーステナイトが十分に安定化せずに粗大に生成されて、焼戻し後に-196℃で生成された残留オーステナイトが3%未満、及び衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
【0047】
比較例4の場合には、C含有量が本発明で提示するCの上限よりも高い値を有することにより、過度な硬化能が原因となって下部ベイナイト組織が生成されず、結果として、焼戻し時の残留オーステナイトが十分に安定化せずに粗大に生成されて、焼戻し後-196℃で生成された残留オーステナイトが3%未満、及び衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
比較例5の場合には、Ni含有量が本発明で提示するNi含有量の下限よりも低い値を有することにより、硬化能が不足して粗大な上部ベイナイトが10%以上多量生成され、結果として、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以上、及び焼戻し後に-196℃で安定化した残留オーステナイトが3%未満であることから、衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。また、硬化能が不足して焼戻し後の降伏強度が過度に低下することにより、降伏強度が585Mpa以下であることが分かる。
【0048】
比較例6の場合には、Mn含有量が本発明で提示するMn含有量の上限よりも高い値を有することにより、過度な硬化能が原因となって下部ベイナイト組織が生成されず、結果として、焼戻し時の残留オーステナイトが十分に安定化せずに粗大に生成されて、焼戻し後に-196℃で生成された残留オーステナイトが3%未満、及び衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
比較例7の場合には、Si含有量が本発明で提示するSi含有量の上限よりも高い値を有することにより、結果として、Siのオーステナイト安定化効果が過度に発生し、焼戻し時の残留オーステナイトが十分に安定化せずに粗大に生成されて、焼戻し後に-196℃で生成された残留オーステナイトが3%未満、及び衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
【0049】
比較例8及び9の場合には、Mo及びCr含有量がそれぞれ本発明で提示するMo及びCr含有量の上限よりも高い値を有することにより、過度な硬化能が原因となって下部ベイナイト組織が生成されず、結果として、焼戻し時の残留オーステナイトが十分に安定化せずに粗大に生成されて、焼戻し後に-196℃で生成された残留オーステナイトが3%未満、及び衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
比較例10の場合には、P及びS含有量が本発明で提示するP及びS含有量の上限よりも高い値を有することにより、焼戻し後に粒界偏析及びMnS介在物が生成されて、微細組織の他の要件をすべて満たすにも関わらず、衝撃遷移温度が-196℃以上であることが分かる。
【0050】
一方、本発明で提示した鋼組成及び製造条件を満たす発明例1~4の場合には、2相域熱処理焼入れ後、下部ベイナイト分率が10%以上、上部ベイナイト分率が5%未満、及び焼戻し後-196℃における残留オーステナイト分率が3%以上であり、EBSD法で測定した15度以上の高境界角の粒度が10μm(マイクロメートル)以下、降伏強度585MPa以上、及び衝撃遷移温度-196℃以下であることが分かる。