(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-13
(45)【発行日】2022-10-21
(54)【発明の名称】量子カスケードレーザー素子
(51)【国際特許分類】
H01S 5/343 20060101AFI20221014BHJP
【FI】
H01S5/343
H01S5/343 610
(21)【出願番号】P 2018037012
(22)【出願日】2018-03-01
【審査請求日】2021-02-12
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100130960
【氏名又は名称】岡本 正之
(72)【発明者】
【氏名】王 利
(72)【発明者】
【氏名】林 宗澤
(72)【発明者】
【氏名】王 科
(72)【発明者】
【氏名】平山 秀樹
【審査官】大西 孝宣
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第08699535(US,B1)
【文献】特開2016-042572(JP,A)
【文献】特開2013-171842(JP,A)
【文献】特開2009-152547(JP,A)
【文献】特開2013-033867(JP,A)
【文献】USHAKOV, D.V. et al.,Study of Methods for Lowering the Lasing Frequency of a Terahertz Quantum-Cascade Laser Based on Two Quantum Wells,Semiconductors,2012年,Vol.46, No.11,p.1402-1406,DOI:10.1134/S106378261211022X
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00 - 5/50
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極に挟まれた半導体超格子構造を有する量子カスケードレーザー素子であって、
該半導体超格子構造が、動作のために該一対の電極を通じ印加される外部電圧の下でTHz領域のある周波数の電磁波を放出する活性領域を有しており、
該活性領域は、繰り返して積層されている複数の単位構造を有しており、
各単位構造は、互いにバリア層で仕切られた第1ウェル層および第2ウェル層からなる2量子井戸構造をもっており、
該第1ウェル層と該第2ウェル層が互いに異なる組成をもっており、
前記外部電圧が印加されていない状態で、該第2ウェル層内の電子に対するポテンシャルエネルギーが該第1ウェル層内のものよりも低くなるようになって
おり、
前記外部電圧の下で、該第2ウェル層中に存在確率の最大値をもち、該第2ウェル層を挟む2つのバリア層のポテンシャルより低いエネルギー値をもつ層厚方向閉じ込め準位が下位レーザー準位となり、
前記外部電圧の下で、該第1ウェル層中に存在確率の最大値をもつ少なくとも2つの層厚方向閉じ込め準位のうちの低エネルギー側のものが上位レーザー準位となり、当該2つの層厚方向閉じ込め準位のうちの高エネルギー側のものが、電子の流れの上流側の単位構造において定まる下位レーザー準位から前記上位レーザー準位に電子を注入するために経由される注入準位となっており、
該第1ウェル層は、前記注入準位にある電子がLOフォノンによる散乱を受けて前記上位レーザー準位に注入されるような厚みをもっている、
量子カスケードレーザー素子。
【請求項2】
前記第1ウェル層の材質がAl
xGa
1.0-xAsの組成をもち、
前記第2ウェル層の材質がAl
yGa
1.0-yAsの組成をもち、
前記バリア層の材質がAl
zGa
1.0-zAsの組成をもつ、
ただし、0≦y<x<z≦1
かつ0.3≦z-yである、
請求項1に記載の量子カスケードレーザー素子。
【請求項3】
前記第2ウェル層の厚みが、前記外部電圧の下で、該第2ウェル層中に存在確率の最大値を
もち、該第2ウェル層を挟む
2つのバリア層のポテンシャルより低いエネルギー値をもつ層厚方向閉じ込め準位が最大1つとなるよう狭められている、
請求項1
または2に記載の量子カスケードレーザー素子。
【請求項4】
一対の電極に挟まれた半導体超格子構造を有する量子カスケードレーザー素子であって、
該半導体超格子構造が、動作のために該一対の電極を通じ印加される外部電圧の下でTHz領域のある周波数の電磁波を放出する活性領域を有しており、
該活性領域は、繰り返して積層されている複数の単位構造を有しており、
各単位構造は、互いにバリア層で仕切られた第1ウェル層および第2ウェル層からなる2量子井戸構造をもっており、
該第1ウェル層と該第2ウェル層が互いに異なる組成をもっており、
前記外部電圧が印加されていない状態で、該第2ウェル層内の電子に対するポテンシャルエネルギーが該第1ウェル層内のものよりも低くなるようになって
おり、
前記第2ウェル層の厚みが、前記外部電圧の下で、該第2ウェル層中に存在確率の最大値をもち、該第2ウェル層を挟む2つのバリア層のポテンシャルより低いエネルギー値をもつ層厚方向閉じ込め準位が最大1つとなるよう狭められている、
量子カスケードレーザー素子。
【請求項5】
前記半導体超格子構造をなす半導体の材質が、AlGaAs-GaAs系、InP-InGaAs-InAlAs系、AlInSb-InSb系、AlInSb-InAsSb系、GaAsSb-InGaAs系、GaAs-InGaAs系、無極性AlGaN-GaN-InGaN系からなる組成群のいずれか一の無極性半導体である
請求項1
または4に記載の量子カスケードレーザー素子。
【請求項6】
前記第1ウェル層の材質がAl
xGa
1.0-xAsの組成をもち、
前記第2ウェル層の材質がAl
yGa
1.0-yAsの組成をもち、
前記バリア層の材質がAl
zGa
1.0-zAsの組成をもつ、
ただし、0≦y<x<z≦1である、
請求項5に記載の量子カスケードレーザー素子。
【請求項7】
前記周波数が2THz以上4THz以下のいずれかの値である、
請求項1
または4に記載の量子カスケードレーザー素子。
【請求項8】
前記周波数が2THz以下のいずれかの値である、
請求項1
または4に記載の量子カスケードレーザー素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は量子カスケードレーザー素子に関する。さらに詳細には本発明は、テラヘルツ領域の電磁波を放出する量子カスケードレーザー素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、中赤外領域やテラヘルツ(THz)領域の電磁波を放出(発光)する固体光源として量子カスケードレーザー(Quantum Cascade Laser、以下「QCL」という)が注目されている。QCL素子は単位構造の繰り返しを含む半導体超格子構造を備えており、その内部の電子に作用するポテンシャルには、一般に、各単位構造にウェル(井戸)およびバリア(障壁)が複数存在している。QCL素子を動作させるために外部電圧を印加すると、半導体超格子構造のウェルおよびバリアのポテンシャルが凹凸となって厚みの位置に応じ全般的に傾斜する。キャリアとなる電子は、傾斜した凹凸のあるポテンシャルに形成されるサブバンドすなわち準位を輸送されながらサブバンド間遷移(intersubband transition)を繰り返し、電磁波を誘導放出(stimulated emission)してレーザー発振する。カスケードとの名称は、サブバンド間遷移を起こしながらエネルギーを失いつつ輸送される電子の挙動にちなんで与えられている。QCL素子においては半導体超格子構造をなす材質のエネルギーギャップと無関係な波長を選択しレーザー発振させること(lasing)が可能である。レーザー波長(lasing wavelength)は半導体超格子構造の設計により変更することができる。そのため、固体光源がかつて得られていない波長域(周波数域)である中赤外領域やテラヘルツ(THz)領域のコヒーレント光源としてQCL素子は注目されている。
【0003】
THz領域の電磁波すなわちTHz波は光と電波の両方の性質を兼ね備えており、例えば透過による物質の特定や人体の透視検査への適用が期待されている。その実用性を高めるため、目的の周波数での誘導放出を目的通りに生じさせることができるTHz波のQCL(THz-QCL)素子が有望視されている。THz-QCL素子では、電界による傾斜や物理機構を考慮に入れてウェル層やバリア層の厚みを精密に設計した半導体超格子構造を実際に作製する、というバンドの作り込み(band engineering)が必要となる。
【0004】
特にTHz-QCLの実用性の指標となるのが、レーザー発振が得られる温度範囲の上限(以下、「上限動作温度」という)である。THz-QCL素子の上限動作温度の世界最高値は、量子井戸を3つもつ3量子井戸(QW)型構造を持つもので達成されているものの、高々199.5K(-73.65℃)にとどまっている(非特許文献1)。3量子井戸構造のものでは、共鳴トンネル注入の動作と、LOフォノン散乱を利用した電子の引き抜き動作との組合せによって反転分布が実現している。しかし、これまでのところ、ペルチェ電子冷却での冷却到達温度(230Kつまり約-43℃またはそれ以上)の範囲やまして室温(例えば300Kつまり約27℃)で発振動作するTHz-QCL素子は実現していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】S. Fathololoumi, et.al, "Terahertz quantum cascade lasers operating up to ~ 200 K with optimized oscillator strength and improved injection tunneling", Optics Express Vol. 20, Issue 4, pp. 3866-3876 (2012), doi:10.1364/OE.20.003866
【文献】Sushil Kumar, "Recent Progress in Terahertz Quantum Cascade Lasers," OSA Technical Digest (CD) (Optical Society of America, 2010), paper CWF1, https://doi.org/10.1364/CLEO.2010.CWF1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願の発明者らは、伝導現象について信頼性の高い予測結果をもたらすNEGF法(非平衡グリーン関数法)と呼ばれる理論計算手法に基づいて、これまでの世界最高の上限動作温度を実現する上記構造のTHz-QCLの動作を詳細に解析することにより、上限動作温度を決定している要因を調査した。その結果、次の2点が動作温度の上限に関連することを見いだした。
(1)注入準位への電子の停滞による反転分布が阻害されること、および
(2)上位レーザー準位から、それよりも高いエネルギーをもち電子の流れの下流側に複数の準位が比較的高い存在確率をもち、電子がリークしやすいこと。
【0007】
本発明は上記問題の少なくともいずれかを解決する。本発明は、THz領域で動作する量子カスケードレーザー素子においてレーザー発振が実現する上限動作温度を高めることにより、THz-QCLを採用する各種の用途の発展に貢献する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願の発明者らは、NEGF法により上記問題点を克服しうる具体的なTHz-QCLの構造を種々検討し、単位構造に量子井戸を2つ持ち(2量子井戸構造)、その二つの量子井戸において材質の対称性すなわちポテンシャル構造の対称性を意図的に低下させる構造の半導体超格子を採用することにより、上記原因が除去または緩和されて上限動作温度を高めうることを見いだし、本出願に係る発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明のある実施態様では、一対の電極に挟まれた半導体超格子構造を有する量子カスケードレーザー素子であって、該半導体超格子構造が、動作のために該一対の電極を通じ印加される外部電圧の下でTHz領域のある周波数の電磁波を放出する活性領域を有しており、該活性領域は、繰り返して積層されている複数の単位構造を有しており、各単位構造は、互いにバリア層で仕切られた第1ウェル層および第2ウェル層からなる2量子井戸構造をもっており、該第1ウェル層と該第2ウェル層が互いに異なる組成をもっており、前記外部電圧が印加されていない状態で、該第2ウェル層内の電子に対するポテンシャルエネルギーが該第1ウェル層内のものよりも低くなるようになっている、量子カスケードレーザー素子が提供される。
【0010】
本発明の上記実施態様においては、好ましくは、前記第2ウェル層の厚みが、前記外部電圧の下で、該第2ウェル層中に存在確率の最大値を持ち、該第2ウェル層を挟む二つのバリア層のポテンシャルより低いエネルギー値をもつ層厚方向閉じ込め準位が最大1つとなるよう狭められている。
【0011】
本出願においてTHz領域の電磁波とは、おおむね0.1THz~30THzの周波数範囲すなわち10μm~3mm程度の波長範囲の電磁波をいう。また低周波のTHz領域とは、上記THz領域のうち2.0THz以下の周波数範囲である。さらに本出願の説明には、可視光や赤外線を対象とする電子デバイスや物理学の分野から転用または借用される技術用語を用いて素子構造や機能を説明することがある。このため、可視光から遠く離れた周波数域または波長域の電磁波に関する説明であっても、量子カスケードレーザーの素子や誘導放出の現象を示すために「レーザー」や「発光」との用語、「光学的-」(optical -)、「光-」(photo -)などの用語を用いる場合がある。
【発明の効果】
【0012】
本発明のいずれかの態様において提供される量子カスケードレーザー素子では、従来よりも高い動作温度でレーザー発振動作が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態のTHz-QCL素子の構成の概要を示す斜視図(
図1A)、拡大断面図(
図1B)、およびさらなる部分拡大断面図(
図1C)である。
【
図2】本発明の実施形態に関連して、THz-QCL素子の伝導帯のポテンシャル構造と電子のサブバンド(準位)ごとの存在確率とを示す説明図であり、従来のRT型3QW構造(
図2A)および本実施形態の非対称2QW構造のもの(
図2B)である。
【
図3】本発明の実施形態に関連して、複数の単位構造を輸送されて生じる現象として理想的なものを示す説明図である。
【
図4】本発明の実施形態における非対称2QW構造の着想を説明する説明図である。
【
図5】本発明の第1実施形態に関連して、キャリア密度の分布を示す分布図(従来のRT型3QW構造のTHz-QCLについて
図5A、実施形態のTHz-QCL素子について
図5B)および電流密度の分布を示す分布図(従来のRT型3QW構造のものについて
図5C、実施形態のTHz-QCL素子について
図5D)である。
【
図6】本発明の第1実施形態に関連して、従来の2QW構造について計算されたポテンシャル構造(
図6A)と電流密度の分布(
図6B)の例である。
【
図7】本発明の第1実施形態に関連して、従来のRT型3QW構造のものと本実施形態のTHzQCL素子についてI-V特性を対比して示すグラフである。
【
図8】本発明の第1実施形態に関連して、従来のRT型3QW構造のものと本実施形態のTHzQCL素子について光利得を対比して示すグラフである。
【
図9】本発明の第1実施形態に関連して、従来のRT型3QW構造のものと非対称2QW構造を採用するTHz-QCL素子との光利得スペクトルを200Kと260Kにおいて計算したグラフである。
【
図10】本発明の第1実施形態に関連して、従来のRT型3QW構造のTHz-QCL素子と、非対称2QW構造のTHz-QCL素子のピーク光利得の動作温度依存性を示すグラフである。
【
図11】本発明の第2実施形態に関連して、4QW構成のTHz-QCL素子と、実施形態の非対称2QW構造のTHz-QCL素子とを対比して示す、ポテンシャル構造および電子のサブバンド構造を示す説明である。
【
図12】本発明の第2実施形態に関連して、従来の4QW構成のTHz-QCL素子(
図12A)と本実施形態のTHz-QCL素子(
図12B)とを対比した電流密度の分布を示す
【
図13】本発明の第2実施形態のTHz-QCL素子においてシミュレーションした動作特性(I-V特性、光利得)を単位構造当たりの電位差に対して示す。
【
図14】本発明の第2実施形態において各温度でNEGF法により求めたTHz波の周波数に対する光利得を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る量子カスケードレーザー素子について説明する。当該説明に際し特に言及がない限り、共通する部分または要素には共通する参照符号が付されている。また、図中、各実施形態の要素のそれぞれは、必ずしも互いの縮尺比を保って示されてはいない。
【0015】
1.第1実施形態
本発明の最初の実施形態として、約3~4THzでの発振動作のためのTHz-QCL素子について詳述する。
【0016】
1-1.実施形態のTHz-QCL素子の構成
図1は、本実施形態のTHz-QCL素子の構成の概要を示す斜視図(
図1A)、拡大断面図(
図1B)、およびさらなる部分拡大断面図(
図1C)である。典型的なTHz-QCL素子1000(
図1A)は、概して、一対の電極20および30と、その間に挟むようにされている半導体超格子構造であるQCL構造100とにより構成されている。電極20および30は、QCL構造100に対し電界を形成するための電圧と電磁波の放出すなわち発光のための電流とを外部から受けるために利用される。また、電極20および30は金属で形成されており、THz領域の電磁波が作用すると表面プラズモンが誘起され、電極20および30がキャビティ構造による光閉じ込めの作用をも発揮する。この構造はダブルメタルウェイブガイド(DMW)構造とも呼ばれる。QCL構造100は活性領域10を備えている。THz-QCL素子1000は、上記電圧が印加された際の活性領域10に形成される電子のポテンシャルの繰り返し構造を、その厚み方向に電子を通過させることにより動作する。その通過の際、サブバンドの間つまり準位間を電子が遷移しながらTHz領域の電磁波2000を放出するように動作する。
図1のTHz-QCL素子1000は、レセプター基板40(以下、「レセプター40」という)に電極30のうちのメタル層30Bが形成され、QCL構造100に形成したメタル層30Aとボンディングされて作製される。
【0017】
活性領域10(
図1B)は交互に積層されたウェル層10Wおよびバリア層10Bを複数含むある厚みの単位構造10Uを複数もっており、各単位構造10Uは厚みの向きに繰り返して積層されている。
図1Bに示す半導体超格子構造100Aにおいて、活性領域10は、単位構造10Uが一般に10~200周期分だけ同一の構造が繰り返して積層されて構成されている。
図1Cは、各単位構造10Uの1単位分(1周期分)の構造を拡大して示す。各単位構造10Uは、2つのウェル層10Wと2つのバリア層10Bとからなり、各ウェル層10Wは各バリア層10Bにより互いに他から仕切られている。個別のウェル層10Wは、基板50側から順に第1ウェル層10W1および第2ウェル層10W2と区別される。個別のバリア層10Bも必要に応じ区別され、基板50側から順に第1バリア層10B1および第2バリア層10B2と呼ぶ。バリア層10B1に接してウェル層10W1が配置され、ウェル層10W1に接しバリア層10B2が配置される。以下同様である。なお、バリア層10B3は、次段の単位構造10Uのバリア層10B1となる。
【0018】
1-2.着想
本実施形態のTHz-QCL素子1000における各単位構造10Uの構成によってこれまでにない高い温度での動作は、第1に間接注入(indirect pumping)タイプの動作を実現すること、第2に電子のリークチャネルを十分に抑制できること、により達成される。これら動作や特性を実現しうる具体的な構造を、GaAs/AlGaAs系の半導体超格子構造のものを例に、その着想とともに詳述する。説明は、従来のTHz-QCL素子であるRT型(Resonant Tunneling、共鳴トンネル型)3QW構造のものと本実施形態のものを対比しながら進める。なお、RT型は、本出願以前において約3.6THzのレーザー発振を最高の上限動作温度(199.5K)で実証した構成である(非特許文献1)。
【0019】
図2は、THz-QCL素子の伝導帯のポテンシャル構造と電子のサブバンド(準位)ごとの存在確率とを示す説明図であり、順に、従来のRT型3QW構造(
図2A)および本実施形態の非対称2QW構造のもの(
図2B)である。各構成において、z方向(
図1B)の各位置にて電子に作用するポテンシャルは伝導帯ポテンシャルであり、相対的にはウェル層は低い値、バリア層は高い値を持つ凹凸構造となる。電極対20および30に動作のための外部電圧が印加されると、その電圧は凹凸構造を全体に傾斜させるバイアス電界となる。
図2BのTHz-QCL素子1000のポテンシャルの各凸部および凹部には、
図1Cに示した単位構造10Uの各層と対応させる符号を付している。
図3は、複数の単位構造を輸送されて生じる現象として理想的なものを示す説明図である。
【0020】
図2Aに示す最高動作温度(199.5K)を実現したRT型3QW構造のTHz-QCLでは、各ウェル層はGaAs、各バリア層は、AlGaAsであり、3つのウェルは、上流側(
図2Aにおいて紙面上左側)から、最も広いフォノンウェルWP、二つの発光ウェルWa1およびWa2となっている。これらのフォノンウェルWP、二つの発光ウェルWa1およびWa2は例えばGaAsのような同組成の材質であるため、外部電圧が印加されない場合には等しい深さをもつ。
【0021】
従来のRT型3QW構造のTHz-QCLでのレーザー発振動作に関与する準位は注入準位i、引き抜き準位e、上位レーザー準位u、下位レーザー準位lの4つである。
図2Aに示すように、注入準位iおよび引き抜き準位eは、ともにフォノンウェルWPに高い存在確率を持ち、それぞれのエネルギー値は低エネルギーおよび高エネルギーである。上位レーザー準位uおよび下位レーザー準位lは、それぞれ、二つの発光ウェルWa1およびWa2に高い存在確率をもつ。電子が輸送される動作を順にみると、
図3Aに示すように、まず、共鳴トンネル(Resonant Tunneling,RT)注入によって、注入準位iから上位レーザー準位uに電子が注入される。ついで,レーザー発光遷移によって、上位レーザー準位uから下位レーザー準位lに誘導放出を伴ってエネルギーを失う。さらに電子は、電子輸送により下位レーザー準位lから引き抜き準位e’に移った後に、LOフォノン散乱電子遷移により引き抜き準位e’から注入準位i’に遷移する。発光の遷移は、二つの発光ウェルWa1およびWa2の間で存在確率の重心が移動するように遷移する対角遷移となる。また、引き抜き準位e’から注入準位iへのLOフォノン散乱による遷移は、フォノンウェルWPで生じる。なお、「’」は、下流側に位置する次の単位構造における準位であることを意味している。この動作は、電子のリークを考慮しない理想的なものであり、
図3Aに示すように、複数の単位構造にわたるサブバンド(準位)間の繰り返しの動作となる。
【0022】
このように、従来のRT型3QW構造のTHz-QCLの動作は、いうなれば、誘導放出の後に下位レーザー準位lに遷移した電子を、引き抜き準位e’および注入準位iを通じてRTとLOフォノン散乱によって抜き取ることにより、上位レーザー準位uと下位レーザー準位lの間に反転分布が実現しやすくする手法である。そしてこの従来のRT型3QW構造のTHz-QCLにおいて上限動作温度が高まらないのは、(1)注入準位iへの電子の停滞による反転分布が阻害されるため、および(2)上位レーザー準位uから、それよりも高いエネルギーをもち電子の流れの下流側に複数の準位が比較的高い存在確率をもち、電子がリークしやすいためである。リークした電子は、
図3Aのような理想的な状態遷移をたどらないため、反転分布の維持に障害となり、また、光利得等の効率を悪化させる。
【0023】
図2Bに示すのが、本実施形態のTHz-QCL素子1000に採用するポテンシャル構造であり、本発明者は本構造を非対称2量子井戸構造(非対称2QW構造)とよぶ。本構造のポテンシャル構造を持つTHz-QCL素子1000は、上記第1および第2の点を改善するものである。
【0024】
THz-QCL素子1000で電子の動作を輸送動作の順にみると、まず、LOフォノン散乱により、注入準位iから上位レーザー準位uに注入される(間接注入)。ついで、レーザー発光遷移によって、上位レーザー準位uから下位レーザー準位lに誘導放出を伴ってエネルギーを失う。さらに、トンネル電子輸送によって、下位レーザー準位lから注入準位iに電子が引き抜かれる。THz-QCL素子1000での間接注入は、第1ウェル10W1内において、上位レーザー準位uよりも高いエネルギーを持つ注入準位iからLOフォノン散乱により効率的に電子が上位レーザー準位uに供給されるため、注入準位iには電子が滞留しにくい。このような動作を
図3Bに状態間の遷移として示している。THz-QCL素子1000の単位構造10Uにおける電子の輸送では、電子がLOフォノンにより高いレートで散乱されるため、上位レーザー準位uへの電子の注入にも停滞が生じにくい(間接注入)。さらに、第2ウェル10W2が狭くかつ深いため、上位レーザー準位uからのリークチャネル、つまり、上位レーザー準位uよりも高いエネルギーをもち上位レーザー準位uから遷移しやすい位置に生じリークを生じさせやすい準位はほとんど形成されない。
【0025】
この非対称2QW構造の着想を説明する説明図が
図4である。簡単のためバイアス電界を省略し、現実の波動関数を簡略化して水平線のみで存在確率の高い範囲のみ示すと、第1ウェル10W1に対応する第1ウェルW1において基底状態GW1と第1励起状態E1W1が形成される。第1励起状態E1W1から基底状態GW1のエネルギー差は、第1ウェルW1の厚みを適宜調整して、LOフォノンによる遷移に適するようにしておく。他方、第2ウェル10W2に対応する第1ウェルW2は、その内部に基底状態GW2が形成されるものの、それより上位には局在するような励起状態が形成されないようにする。これは、第2ウェルW2の厚みを狭くすることによって難なく実現できる。バイアス電界を含まないこの説明は、実際には、バイアス電界を考慮して全体を傾斜させても同様に成り立つ。この様子を
図4Bに示している。
【0026】
ここで、第1ウェルW1でLOフォノンによる高速な引き抜き動作で電子を貯めるのは基底状態GW1であるため、この基底状態GW1の準位を発光の上位となる上位レーザー準位uに対応させる。また、第2ウェルW2に局在する唯一の準位である基底状態GW2は、下位レーザー準位lに対応させる。その場合、仮に第1ウェル層W1と第2ウェル層W2が同じ材質であれば、基底状態GW1のエネルギーよりも基底状態GW2のエネルギーが高まる。これは、各ウェル内で零点振動に対応するエネルギー分だけ基底状態はウェルの伝導帯ポテンシャルから高くなるため、狭い第2ウェルでの基底状態GW2が上昇したエネルギー値となるためである。電子の輸送を一方向(紙面左側から右側に向かう方向)にしつつ発光準位のエネルギー値を合わせるには、基底状態GW1より基底状態GW2のエネルギー値を小さくする必要があるが、この関係をバイアス電界のみで実現することは現実的とは言えない。そこで、本実施形態では、第2ウェルW2の底を、第1ウェル層よりある値Δ1だけ深く(伝導帯ポテンシャルが低く)なるようにして、適切なバイアス電界で動作させるようにしている。その深くしたことに応じて第2ウェルW2の厚みを必要に応じてさらに狭くすれば、高々1つの層厚方向閉じ込め準位だけが第2ウェルW2に位置させることは困難ではない。実際の設計は、これをバイアス電界がある状態(
図4B)で行う。バイアス電界がない場合(
図4A)でウェル層の伝導帯ポテンシャルが異なる値を
もつことは、バイアス電界がある状態にもウェル内のポテンシャルのシフト量Δ2として反映され、通常このシフト量Δ2は値Δ1と同じ値となる。バリアについて、各バリア層のポテンシャルの値は本実施形態の具体的説明としては同一としているが、この点は必須ではない。また、各バリア層の厚みは、各準位のエネルギー値を調整するため等の目的
で適宜調整される。
【0027】
特に高々1つの層厚方向閉じ込め準位だけが第2ウェルW2に位置することは、第2ウェルの上方に不必要な準位を形成させないことにつながり、第1ウェルのリークを低減する上で極めて有効である。
【0028】
THz-QCL素子1000には動作の必要に応じ他の要素も作製される。
図1(a)のQCL構造100は、半導体超格子構造100A(
図1(b))の層構造の広がりの外形をトリミングして形成される。典型的な半導体超格子構造100Aは、例えば(001)面方位の半絶縁性(SI)のGaAs基板50(以下「基板50」と記す)を利用して形成される。この典型例を詳述すると、基板50の表面には、例えば250nmだけAl
0.6Ga
0.4Asを積層したエッチングストッパー層60(「ES層60」)が形成される。そして、ES層60の面に接して高ドープn型GaAs層120(典型的な電子密度約3×10
18cm
-3)が800nm厚に形成され、その後に活性領域10が形成される。活性領域10の詳細な構成については後述する。形成された活性領域10の上面には、高ドープn型GaAs層140(典型的な電子密度約3×10
18cm
-3)が100nm厚に形成される。その後、1nm厚GaAs層とSiのδドープ層の組合せ10セットからなるδドープGaAs層160が形成され、最後に、5nmだけ低温成長させたGaAs層(LTG-GaAs層)180が形成される。なお、
図1(b)では、成膜時に基板50の一方の面に積層される膜構成を積層順に紙面の下方から上方へと並べて示している。
図1(b)に記載の半導体超格子構造100Aは図(a)のQCL構造100と上下反転した関係に図示されている。
【0029】
本実施形態の3~4THzで動作するTHz-QCL素子1000の典型的な設計例を各層のサイズまで含めてより具体的に説明すると、表1のようになる。
【表1】
また、ドーピングは、第1ウェル層10W1に3×10cm
-2となるように設定した。
【0030】
1-3.キャリアおよび電流密度の分布
上述した従来および本実施形態におけるポテンシャル構造にて実現しているキャリア(電子)の密度および電流密度の位置およびエネルギーでの分布をNEGF法によりシミュレーションした結果を説明する。
【0031】
図5に、キャリア密度の分布を従来のRT型3QW構造のTHz-QCLについて(
図5A)および本形態のTHz-QCL素子1000について(
図5B)、また、電流密度の分布を従来のRT型3QW構造のものについて(
図5C)および本形態のTHz-QCL素子1000について(
図5D)について、それぞれ示す。これらの図における分布の値は、明るい位置が大きな値を持つ。なお、位置を理解するためのポテンシャル構造および準位を重ねて記している。それぞれの図を得た計算条件は、温度200K、外部電圧すなわちバイアス電界は、54mV/周期、3.9THzの発振が実現する値とした。
【0032】
キャリア密度の分布については、理想としては、反転分布のために上位レーザー準位uのみに電子が分布しているのが好ましい。従来のRT型3QW構造では、
図5Aに示すとおり、フォノンウェルWPの低いエネルギーの位置に存在する注入準位iに比較的高い電子密度があり、上位レーザー準位uへ電子輸送には停滞が見られる。これに対し、THz-QCL素子1000では、
図5Bに示すとおり、第1ウェル10W1において、上位レーザー準位uのキャリア密度が高いものの注入準位iには電子が滞留していないことがわかる。
【0033】
また、電流密度の分布は、理想としては、意図的に注入や引き抜きの動作をするエネルギー準位の位置のみで高い値を示し、それ以外の位置ではできるだけ小さな値となるのが好ましい。上位レーザー準位uの電子はそれよりもエネルギー値が高い任意の準位に熱的に励起される確率がある。もしその熱励起後に電子を受け取る準位が、連続帯(continuum)となりうるようなものであり、かつ上位レーザー準位uの存在確率が高い位置(第1ウェル層10W1)よりも下流側(紙面上右側)に有意な存在確率を持つものという条件を満たしていれば、その準位からさらに下流に電子が漏れてしまうリークチャネルとなりうる。従来のRT型3QW構造では
図5Cに示すとおりであり、各準位の電子は横方向にリークしやすい。実際、リークチャネルとなり得る準位の最小のエネルギーを持つものは、上位レーザー準位uから42meV上方に位置している。さらに、リークチャネルとなり得る準位を伝って流れるリーク電流が、明るい表示で示されている。つまり、従来のRT型3QW構造では、上位レーザー準位uからリークが生じることが計算で確認された。これに対し、THz-QCL素子1000では、
図5Dに示されるように発振上位準位uのうち電子が多く分布する位置から生じるリークの電流密度は小さく、発光に寄与する準位である下位レーザー準位lから注入準位iによる引き抜きによる電流密度に集中している。このため、反転分布がリークの影響を受けにくい。実際、リークチャネルとなる準位の最低のエネルギーのものが、上位レーザー準位uから90meV上方に位置している。これは、従来のRT型3QW構造での値(42meV)との比較で2倍もの値であり、電子の熱励起も生じにくいことがわかる。
【0034】
本実施形態のものとの比較のため、ウェルの深さが均一で、下位レーザー準位lの存在確率の最大値が位置する第2ウェルW2に、それよりもエネルギー値が高い準位が局在する構成についても同様の計算を行った。
図6は、従来の2QW構造について計算されたポテンシャル構造(
図6A)と電流密度の分布(
図6B)の例であり、両図の紙面左右方向をシフトしてz軸の座標を一致させている。この例は、本実施形態のものと同様の第1ウェルW1内の間接注入によって、上位レーザー準位uへの停滞のない電子輸送を実現している。しかし、第2ウェルW2内には、基底状態に対応する下位レーザー準位lだけでなく、第1励起状態および第2励起状態に対応する準位が、高い存在確率を示している。その結果、第2ウェルW2内で下位レーザー準位lからそれよりもエネルギー値が高い準位までのエネルギー差が近く、また多数のリークチャネルが形成されて電流が流れている。つまり、第1ウェルW1内での間接注入を用いても、本実施形態のTHz-QCL素子1000のように第2ウェルW2を狭く深い井戸となるようにQCL構造100を形成しない場合にはリークが生じてしまい、必ずしも良好な反転分布を期待することはできない。
【0035】
1-4.動作特性
図7および
図8は、200Kの動作におけるI-V特性および光利得を従来のRT型3QW構造のものと本実施形態のTHzQCL素子1000について対比して示すグラフである。
図7では、横軸は外部電圧によって生じる単位構造当たりの電位差つまり
図2Bにおける傾斜に相当する値であり、縦軸は電流密度である。
図8は
図7と同じ横軸の値(ただし範囲は異なる)に対し、光学利得を描いたものである。これらの図において、Resonant-phonon schemeとして示される点線はRT型3QW構造のものであり、実線が非対称2QW構造の本実施形態のTHzQCL素子1000である。
図8の光学利得が0を超えれば理論的にはレーザー発振動作が可能となるので、0と交差する位置の横軸が発振閾値となる。
図8から、従来のRT型3QW構造のものおよび本実施形態のTHz-QCL素子1000では、それぞれ、単位構造当たり43mVおよび44mVより高い電位差となればレーザー発振が可能となる。
図7には、この発振閾値を矢印で示している。また、留意すべきは本実施形態のTHz-QCL素子1000では、単位構造当たりのウェル数が2と少ないにも関わらず、発振閾値では負性抵抗が生じていないことである。このため、外部電圧を0から増やして発振閾値に到達しても、複数の単位構造10Uを含む構成でも動作が不安定とはならない。
図7、8のグラフからは、従来30.8cm
-1であったピーク利得が本実施形態のTHz-QCL素子1000では59cm
-1となって1.9倍になること、および、レーザー発振の電流密度のダイナミックレンジが、従来1040~1390A/cm
2までの350A/cm
2であったところ、本実施形態のTHz-QCL素子1000では1050~1582A/cm
2までの532A/cm
2となって1.52倍となること、といった大幅な性能改善が予測できる。
【0036】
動作可能な温度範囲を探り上限動作温度を予測するため、温度を変更したシミュレーションを実施した。
図9は、従来のRT型3QW構造のものと非対称2QW構造を採用するTHz-QCL素子1000との光利得スペクトルを200Kと260Kにおいて計算したグラフであり、横軸は放射するTHz波の周波数である。また、
図10は、RT型3QW構造のTHz-QCL素子と、非対称2QW構造のTHz-QCL素子のピーク光利得の動作温度依存性を示す。
図9に示すように、光利得は、200Kにおいて、従来のRT型3QW構造では30cm
-1、非対称2QW構造では55cm
-1の光利得が得られ、本実施形態のTHz-QCL素子1000で大幅に向上していることがわかる。また、
図10から、260Kでは、従来型で20cm
-1、THz-QCL素子1000では38cm
-1の光利得が得られた。実際のQCLではある程度の導波路ロス(典型的には20cm
-1)を見込む必要がある。THzQCLのこれらのロスの典型値として20cm
-1を考慮すると、計算により予測される上限動作温度は、従来のRT型3QW構造では約260K程度となる。本実施形態のものは260K程度で、従来のRT型3QW構造のものの200Kと同程度の光利得が実現している。なお、文献によれば従来のRT型3QW構造が実証されている測定値は199.5Kである(非特許文献1)。この値は、THzQCLのこれらのロスを例えば30cm
-1(
図9、
図10には図示しない)と見込むことによっても計算結果の
図9と対比させうる。このロスの値を用いるなら、本実施形態のTHz-QCL素子1000の上限動作温度の計算値は260K程度と予測することもできる。本発明者は、
図2Bの非対称2QW構造をポテンシャル構造にもつTHz-QCL素子1000を実際に作製した場合にも、3.5~4THzの波長では最高260K程度で動作させうるものと考えている。
【0037】
2.第2実施形態:低周波数動作での構成
本発明の非対称2QW構造のさらなる可能性を探るべく、低周波のTHz領域(2.0THz以下の周波数範囲)における動作もNEGF法により調査した。この周波数範囲での最高の上限動作温度が得られる構成は、4つの量子井戸の構成で得られておりその上限動作温度は160Kである(非特許文献2)。以下この四つの量子井戸の構成(4QW構成)のものと対比して本実施形態における構成を説明する。本実施形態の非対称2QW構造のTHzQCLも、
図1に示す構造をもち、材質およびポテンシャル構造の細部(各層の厚み)が変更されるだけである。このため引き続き同様の符号を参照する。
【0038】
図11は、4QW構成のものと、本実施形態の非対称2QW構造のTHz-QCL素子1000とを対比して示す、ポテンシャル構造および電子の準位構造を示す説明である。4QW構成のものはウェルをGaAs、バリアをAl0.15Ga0.85Asにより構成している。これに対し、本実施形態では、第1ウェル層をAl0.05Ga0.95As、第2ウェル層をGaAs、バリアをAl0.35Ga0.65Asにより構成している。なお
図2Bと比較すれば明らかであるように、第1実施形態のものに比べ本実施形態では周期が短くポテンシャルの変調量が大きくなっている。これは、低周波THzでの発振が得られるように各層の材質および厚みを調整した結果である。
【0039】
本実施形態の1.5~1.9THzで動作するTHz-QCL素子1000の典型的な設計例を各層のサイズまで含めてより具体的に説明すると、表2のようになる。
【表2】
また、ドーピングは、第1ウェル層10W1に3×10cm
-2となるように設定した。
【0040】
図12に、4QW構成のもの(
図12A)と本実施形態のもの(
図12B)とを対比した電流密度の分布を示す。4QW構成に比較して本実施形態では、極めて明瞭な、電流の流れが実現しており、リーク電流が生じていないことが示されている。
図13に、本実施形態のTHz-QCL素子1000においてシミュレーションした動作特性(I-V特性、光利得)を単位構造当たりの電位差に対して示す。
図7、
図8に示す第1実施形態のものに比べて比較的大きなバイアス電界(約85mV/周期)が必要となるが、高い光利得が実現し始める低電圧側の領域(70~80mV)においては、負性抵抗が見られない。さらに、ピーク値では十分な光利得(100cm
-1)が実現する。
図14には、各温度で求めたTHz波の周波数に対する光利得を示す。
図14に示されるように、300K(約27℃)もの高温において1.54THzに平行持つような範囲で十分な光利得が得られた。この結果から本発明者は、本実施形態の非対称2QW構造を採用することにより、室温付近で動作1.5~1.9THz程度のレーザー発振が達成されることを示唆しているものと考えている。
【0041】
3.変形例
上述した本発明のいずれの実施形態も上述した例に限られず、種々の変形を行うことができる。
【0042】
3-1.AlGaAs-GaAs系の適用範囲
本発明のいずれの実施形態も、AlGaAs-GaAs系の組成の半導体超格子を利用して実施することができる。その場合の典型例では、0≦y<x<z≦1として、第1ウェル層10W1の材質がAlxGa1.0-xAsの組成をもち、第2ウェル層10W2の材質がAlyGa1.0-yAsの組成をもち、バリア層B1、B2の材質がAlzGa1.0-zAsの組成をもつように選択される。第2ウェル層の伝導帯ポテンシャルエネルギーを第1ウェル層のものより小さくして第2ウェルを相対的に深くするために、y<xとなるように選択されている。表1、2に示した構成はいずれもこれらの関係を満たしている。
【0043】
3-2.他の組成
本発明のいずれの実施形態も、他の材質によって実現することができる。例えば、InP-InGaAs-InAlAs系、AlInSb-InSb系、AlInSb-InAsSb系、GaAsSb-InGaAs系、GaAs-InGaAs系やピエゾ電界を生じない無極性の方位とするAlGaN-GaN-InGaN系も採用することもできる。これらにおいて、
図2Bに示した構造を作製することによって、
図3Bに示したような遷移を伴う電子輸送を実現することは、
図4に基づいて説明した設計手順をそれぞれの材料の条件を用いることにより、計算のみならず実験により実現することができる。
【0044】
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。上述の各実施形態および構成例は、発明を説明するために記載されたものであり、本出願の発明の範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものである。また、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた特許請求の範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の上限動作温度が向上されたTHz-QCLはTHz領域の電磁波の発生源を利用する機器に利用される。
【符号の説明】
【0046】
1000 素子
100 QCL構造(半導体超格子構造)
100A 半導体超格子構造
10 活性領域
10B、10B1~10B3 バリア層
10W、10W1~10W2 ウェル層
10U 単位構造
120、140 高ドープGaAs層
160 δドープGaAs層
20、30 電極
30A、30B メタル層
40 レセプター
50 基板
60 エッチングストッパー層
u 上位レーザー準位
l 下位レーザー準位
i 注入準位
2000 電磁波