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特許7158444胎児又は小児の鉄欠乏症の治療のための鉄炭水化物複合体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-13
(45)【発行日】2022-10-21
(54)【発明の名称】胎児又は小児の鉄欠乏症の治療のための鉄炭水化物複合体
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/26 20060101AFI20221014BHJP
   A61K 47/61 20170101ALI20221014BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20221014BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20221014BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20221014BHJP
   A61P 25/18 20060101ALI20221014BHJP
【FI】
A61K33/26
A61K47/61
A61K9/08
A61P25/00
A61P25/28
A61P25/18
【請求項の数】 26
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020159251
(22)【出願日】2020-09-24
(62)【分割の表示】P 2017565968の分割
【原出願日】2016-06-22
(65)【公開番号】P2021011487
(43)【公開日】2021-02-04
【審査請求日】2020-10-23
(31)【優先権主張番号】PA201570380
(32)【優先日】2015-06-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DK
(73)【特許権者】
【識別番号】511228241
【氏名又は名称】ファーマコスモス ホールディング エー/エス
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】トムスン, ラース ルゲ
(72)【発明者】
【氏名】クレステンスン, トビーアス エス.
(72)【発明者】
【氏名】アンドレアセン, ハンス
【審査官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-521369(JP,A)
【文献】国際公開第2006/099237(WO,A1)
【文献】Toblli, JE et al,Effects of iron deficiency anemia and its treatment with iron polymaltose complex in pregnant rats,,Placenta,2012年,vol 33, no. 2,81-87
【文献】Myers, B. et al.,Comparative efficacy and safety of intracenous ferric caroxymaltose (Ferinject) and iron (III) hydro,Obsteric Medicine,英国,2012年,vol. 5, no. 3,105-107
【文献】Aslam, N. et al.,Experience with a novel intravenous iron preparation - Monofer in pregnant women with iron deficienc,Archives of Disease in Childhood - Fetal and Neonatal Edition,2014年,vol.99,A148
【文献】Khalafallah, AA et al.,Iron deficiency anaemia in pregnancy and postpartum: pathophysiology and effect of oral versus intra,Journal of Pregnancy,2012年,volume 2012,Article ID 630519
【文献】Keith W. Y. Kwong et al.,Intein mediated hyper-production of authentic human basic fibroblast growth factor in Escherichia co,Scientific Reports,2016年09月22日,Vol.6, Article number 33948
【文献】Bingham, D. et al.,Increased transfer of iron to the fetus after total dose infusion of iron dextran during pregnancy,Journal of Clinical Pathology,1983年,vol. 36, no.8,907-909
【文献】Lozoff, B.,Iron deficiency and child development,Food and Nutrition Bulletin,2007年,vol. 28, no. 4, supp.14,S560-S571
【文献】Pavord, S. et al.,UK guidelines on the management of iron deficiency in pregnancy,British Journal of Haematology,2012年,vol. 156,588-600
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
若しくは小児の、注意欠陥多動障害(ADHD)、注意欠陥障害(ADD)、アブサンス発作、及び自閉症の内の少なくとも1つである障害の治療又は予防のための方法における使用のための、又は胎若しくは小児の認知、精神運動、社会的情緒の発達、又は神経生理学的発達の補助における使用のための、鉄炭水化物複合体を含む薬学的組成物であって、
鉄炭水化物複合体が、妊娠中又は授乳期間中の前記胎児の母親又は前記小児の母親に非経口投与され、かつ鉄炭水化物複合体が、鉄水素化オリゴイソマルトシドである、薬学的組成物。
【請求項2】
鉄炭水化物複合体の投与が、胎児又は小児の脳の異常発達を予防又は治療する、請求項1に記載の薬学的組成物。
【請求項3】
鉄炭水化物複合体の投与が、黒質、視床、被殻、腹側中脳、又は淡蒼球の異常発達を予防又は治療する、請求項1又は2に記載の薬学的組成物。
【請求項4】
前記母親に投与される鉄炭水化物複合体が、胎児又は小児の認知、精神運動、社会的情緒の発達、又は神経生理学的発達を助ける、請求項1から3のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項5】
前記母親に投与される鉄炭水化物複合体が、注意欠陥多動障害(ADHD)、注意欠陥障害(ADD)、アブサンス発作、及び自閉症の内の少なくとも1つを治療又は予防する、請求項1から4のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項6】
障害が胎児又は小児の脳内金属欠乏症により引き起こされ、脳内金属欠乏症が、脳内鉄欠乏症である、請求項1から5のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項7】
障害が脳内鉄欠乏症によって引き起こされ、銅又は亜鉛の不均衡をもたらしている、請求項1から6のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項8】
鉄炭水化物複合体が、妊娠第1三半期の前記母親に投与される、請求項1から7のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項9】
鉄炭水化物複合体が、妊娠第2又は第3三半期の前記母親に投与される、請求項1から7のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項10】
鉄炭水化物複合体が、出産後授乳期の前記母親に投与される、請求項1から7のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項11】
前記母親が、妊娠中又は授乳期間中に鉄炭水化物複合体のさらなる投与を受ける、請求項1から10のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項12】
さらなる投与が、前回投与から1週間から12ヶ月後に実施される、請求項11に記載の薬学的組成物。
【請求項13】
鉄炭水化物複合体の薬物動態学的半減期(t1/2)が10時間以上若しくは12時間以上、又は14時間、16時間、18時間、20時間、22時間、若しくはそれ以上である、請求項1から12のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項14】
前記母親に投与される鉄炭水化物複合体に由来する元素鉄の総用量が300mg以上若しくは400mg以上、又は500mg、600mg、700mg、800mg、900mg、1000mg、若しくはそれ以上の元素鉄であり、かつ、前記母親に投与される鉄炭水化物複合体に由来する元素鉄の総用量が3000mgを超えない、請求項1から13のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項15】
鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量が、500mgから3000mgの元素鉄であり、総容量が、単回の点滴又は注射で前記母親に投与される、請求項1から14のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項16】
鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量が、500mgから3000mgの元素鉄であり、総容量が、複数回の点滴又は注射で前記母親に投与される、請求項1から14のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項17】
鉄炭水化物複合体の炭水化物成分の重量平均分子量(MW)が、800から2,000ダルトンである、請求項1から16のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項18】
デキストラン標準に対して測定される鉄炭水化物複合体の見かけの分子量が、400000ダルトン以下、300000ダルトン以下、又は200000ダルトン以下である、請求項1から17のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項19】
任意選択的に適切に希釈された後での、非経口的注射又は点滴に適切な液体製剤である、請求項1から18のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項20】
液体の薬学的組成物が静脈内(iv)又は筋肉内(im)注射又は点滴に適している、請求項19に記載の薬学的組成物。
【請求項21】
3~30分、5~25分、又は10~20分にわたって前記母親に静脈内注入される、請求項1から20のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項22】
16~30分にわたって前記母親に注入される、請求項1から21のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項23】
前記母親に投与される鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量が、500mgから3000mgの元素鉄であり、鉄炭水化物複合体の薬物動態学的半減期(t1/2)が18時間以上であり、鉄炭水化物複合体の炭水化物成分の重量平均分子量(MW)が、1kDaであり、鉄炭水化物複合体の見かけの分子量が、100kDaから200kDaである、請求項1から22のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項24】
鉄水素化オリゴイソマルトシドが、鉄イソマルトシド1000である、請求項1から23のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項25】
鉄炭水化物複合体が、鉄イソマルトシド1000であり、前記母親に投与される鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量が、500mgから3000mgの元素鉄であり、かつ薬学的組成物が、3~30分の間前記母親に注入される、請求項1から24のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項26】
鉄炭水化物複合体が、鉄イソマルトシド1000であり、前記母親に投与される鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量が、500mgから3000mgの元素鉄であり、かつ薬学的組成物が、複数回の点滴又は注射で前記母親に注入される、請求項1から25のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胎児又は小児の鉄欠乏症の治療又は予防方法における使用のための鉄炭水化物複合体を含む薬学的組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
妊娠可能年齢における母体の鉄欠乏症は、世界的に大きな課題であり、例えば、発展途上国では妊婦の推定52%が貧血症である。先進国においては、例えば英国の十代女性の鉄欠乏症の有病率は21%である。したがって、胎児の脳に十分なレベルの鉄分を確保するための、製薬用鉄製品の送達戦略を開発することは極めて重要である。
【0003】
最近の研究により、多くの発生中枢神経系(CNS)プロセスが、神経伝達物質の合成及びミエリンの形成のような必須機能において、鉄含有酵素及びタンパク質に高度に依存していることが示された。したがって、十分な鉄の供給がない場合、脳の発達が不十分となる可能性がある。胚において、鉄はさらに、ニューロの分裂に不可欠であり、したがってCNSの正常な発達に不可欠であると考えられる。
【0004】
妊娠期間中、母親及び胎児両方において鉄の必要性は高まり、鉄欠乏性貧血は妊娠後期に最も多い。米国の研究では、妊娠の第1三半期、第2三半期及び第3三半期における鉄欠乏性貧血の発生頻度は、それぞれ2%、8%及び27%であった(Scholl et al., Am J Clin Nutr May 2005, vol. 81 no. 5, 1218S-1222S)。
【0005】
Betsy Lozoffは、背景報告(Food and Nutrition Bulletin, vol. 28, n. 4, 2007, S560-S571)において、発達中の脳に対する鉄欠乏性貧血の影響について記載している。げっ歯類モデルにおける研究では、神経伝達の加速を助ける軸索の周囲の脂肪酸シースであるミエリンを形成するオリゴデンドロサイトに、早期鉄欠乏症が直接影響することが示されている。早期鉄欠乏症はまた、脳細胞の代謝及び形態を変性させる。鉄欠乏症のラットの行動の変化は、CNSの影響と一致している。妊娠期間/授乳期間中のげっ歯類モデルにおいて、離乳時に始まる鉄過剰によって脳に逆の変化を生じさせることはできなかった。このことは、鉄欠乏症にもっと早く対処する重要性を示すものである。
【0006】
Betsy Lozoff, et al. The journal of Pediatrics, 2013に開示されるように、乳児期の慢性鉄欠乏症は、成人期の機能に長期にわたる影響を及ぼす。25歳の時点で、乳児期慢性鉄欠乏症を有する33名の対象と、十分な鉄分を有する89名とを、鉄療法の前と後で比較した。その結果、慢性鉄欠乏症群が、高い割合で、中等学校を終了せず、それ以上の教育又は訓練を志さず、独身者であることが示された。それら対象は、情緒的健康が不良であり、比較的ネガティブな感情及び解離/孤独の感覚を有していることが報告された。
【0007】
その後の研究であるBetsy Lozoff et al. The Journal of Nutrition 144:838-845, 2014は、乳児期における鉄の補足が、10歳での適応性の高い行動に貢献することを報告している。生後6カ月において鉄欠乏性貧血のない小児を、6か月から12か月の間、鉄補足又は鉄の付与なしに無作為に割り付けた。10歳において、鉄補足を受けた群は、鉄を与えられなかった群と比較して、協力的であり、自信に満ち、失敗にくじけず、協調性があり、直接的且つ現実的な話し方ができ、褒められた後も勤勉であった。
【0008】
鉄欠乏症は、他の金属、即ち亜鉛及び銅の代謝にも影響する(Bastian et al., Journal of Endocrinology, vol. 151, issue 8; Monnot et al., Toxicology and Applied Pharmacology, Volume 256, Issue 3, 1 November 2011, Pages 249-257; Oladiji 2003, Biokemistri 14 (1): 75- 81)。機能障害性の亜鉛-シグナル伝達は、心血管疾患、糖尿病、がん及びアルツハイマー病といった重篤状態に関連付けられる(Myers et al., Journal of Nutrition and Metabolism Volume 2012 (2012), Article ID 173712, 13 pages)。さらに、亜鉛は、推定3000のヒトタンパク質の補助因子として機能する。銅は多くのタンパク質の補助因子でもあり、それらタンパク質は特に、CNSの正常機能に不可欠なドーパミンベータモノオキシゲナーゼ及びスーパーオキシドジスムターゼである。したがって、これら金属の代謝に何らかの中断が生じることは極めて深刻である。
【0009】
胚、胎児及び小児のために鉄を採ることの重要性は確立された知識であるものの、胎児及び小児は依然として鉄欠乏性貧血に罹患している。問題の一部は、経口投与される鉄の腸摂取率が低いことである;腸Caco-2細胞においてin vitroで試験された7の製品について観察された鉄摂取はわずか30~40%であった(Zariwala et al., International Journal of Pharmaceutics, Vol. 456, Issue 2, 18 November 2013, Pages 400-407)。鉄は、妊婦の循環に到達すると、胎児の循環に到達するために血液胎盤関門を通過しなければならない。脳に到達するためには、胎児の血液脳関門がさらなる課題である。二価金属トランスポーター1(DMT1)によって主に行われる腸での鉄の摂取とは反対に、血液胎盤関門と血液脳関門両方においてトランスフェリン受容体によって媒介される厳密に制御された能動輸送が行われる。
【0010】
in vivoでは、摂取はさらに食物の組成による影響を受け、非ヘム鉄の摂取は、肉及びアスコルビン酸によって増加するが、ポリフェノール、フィチン酸及びカルシウムによって阻害される。問題の別の部分は、経口投与される鉄組成物が容易に血液脳関門を貫通しないことである。
【0011】
本発明の目的は、胚、胎児又は小児の鉄含有量を増加させる、母親の治療のための薬学的製剤を提供することを目的とする。
【発明の概要】
【0012】
本発明は、胎児又は小児の鉄欠乏症の治療又は予防方法における使用のための鉄炭水化物複合体を含み、
鉄炭水化物複合体が胎児又は小児の母親に投与される、薬学的組成物に関する。
【0013】
驚くべきことに、母親に投与された鉄炭水化物複合体由来の鉄が母体の血液胎盤関門を通過して子供に到達することが分かった。
【0014】
本発明の好ましい態様では、鉄炭水化物複合体は、胎児又は小児の母親に非経口投与される。本発明の薬学的組成物は、経口投与経路を含む様々な経路により投与することができるが、母親の消化管を通る経路を避けることにより、母体の血液胎盤関門を通過できる利用可能な鉄炭水化物複合体の量が概ね改善する。
【0015】
本発明の好ましい態様では、本発明による薬学的組成物は、脳の金属欠乏症により引き起こされる障害の治療又は予防のための方法において使用される。本明細書において示されるように、本発明者らは、驚くべきことに、鉄炭水化物複合体由来の鉄が胎児の血液脳関門を通過して胎児又は小児の脳に到達できることを発見した。本治療方法は、幼児期の発達に対する持続的な影響を回避されるように、脳の金属欠乏症を治癒又は軽減するために使用することができる。
【0016】
本明細書において使用される用語「母親」は、子供を持つ母親となるすべての段階を網羅し、受精前の期間、妊娠期間、及び授乳期を含む。
【0017】
本明細書において使用される用語「金属」は、鉄、マグネシウム、リチウム、亜鉛、銅、クロム、ニッケル、コバルト、バナジウム、ヒ素、モリブデン、マンガン、セレン及びその他などの微量金属を網羅する。特に重要な金属には鉄、銅及び亜鉛が含まれる。
【0018】
用語「障害」は、脳の金属欠乏症による影響を受ける、身体的又は精神的健康の機能のあらゆる乱れを網羅する。具体的には、脳の鉄欠乏症は、脳内ドーパミンなどの神経伝達物質に影響し、胎児又は小児の、認知、運動、社会的情緒の発達、又は神経生理学的発達の不良に関連すると考えられる。
【0019】
治療又は予防対象となる具体的に特に好適な障害には、下肢静止不能症候群(RLS)、注意欠陥多動障害(ADHD)、及び注意欠陥障害(ADD)が含まれる。治療又は予防対象として好適な障害には、アブサンス発作、双極性障害、統合失調症、強迫性障害(OCD)、自閉症、及び境界性人格障害(BPD)が含まれる。さらに、アルツハイマー及びパーキンソンといった他のCNS疾患も、本発明によって治療又は予防することができると期待される。
【0020】
用語「脳内金属欠乏症」は、検出可能な臨床的金属欠乏症と、金属の不均衡を網羅する。脳内鉄の欠乏は、胎児又は小児の脳に他の金属の不均衡を引き起こす場合がある。胎児又は小児の脳における金属の不均衡が、一般にCNS疾患のリスクの上昇を引き起こしうると仮定される。関連する金属不均衡の例には、鉄欠乏症、銅欠乏症、及び亜鉛レベルの上昇が含まれる。
【0021】
本明細書において使用される用語「胎児」は、受胎の瞬間から出生の瞬間までの発達のあらゆる段階を網羅する。したがって、胚は用語「胎児」に含まれる。
【0022】
「小児」は、生涯の最も初期における子供を意味する。一般に、小児期は出生時に始まり、約2歳で終わる。したがって、小児段階は授乳期を含む。
【0023】
用語「総用量」又は類似の表現は、各治療過程の間に母親に投与される総用量を意味することを意図している。治療過程は通常、単回の点滴又は注射を含むが、特定の状況においては、二以上の投与に分割されうる。各治療過程の継続期間は、通常5日を超えることはなく、例えば4、3、又は2日を超えない。好ましくは、治療過程は一日の間に実施される。本発明によれば、母親は、受胎に先立って、妊娠中に、又は授乳中に、二以上の治療過程を投与されうる。
【0024】
「胎児又は小児の鉄欠乏症」は、フェリチンの血中濃度が15~30μg/L未満であるとき、又はフェリチンの血中濃度が100μg/L未満であり且つトランスフェリン飽和度(TSAT)が20%未満であるとき、存在しているとみなされる。胎児又は小児は、黒質、視床、内皮、又は淡蒼球といった特定の脳領域における磁気共鳴相イメージングがコントロール群の平均値を0.02ラジアン上回るとき、「脳鉄欠乏症」とみなされる。磁気共鳴相イメージングは、組織の磁化率の差異を用いてスピン密度、T、T、及びT とは異なるコントラストを生成する。T1は、スピン-格子緩和を、T2は、スピン-スピン緩和を、それぞれ表す。この方法は、大脳の鉄含有量を定量化するための感度の高いツールである。方法は、グラディエントエコー画像内の位相シフトをラジアンで測定する。位相シフトは鉄含有量に逆相関している。組織含有常磁性鉄は、直ぐ隣の増加相を有する組織と比較して、複合画像内に陰性相を呈する。適切な装置は1.5 Tesla MRシステムである。
【0025】
理論に縛られるものではないが、現在、鉄又は鉄炭水化物複合体は、主に一日のうちの特定の時間スロットにおいて胎児の脳に入る、即ち脳は鉄又は鉄炭水化物複合体の吸収に日内変化を示すと考えられている。したがって、この理論によれば、薬物動態学的半減期のより長い鉄炭水化物複合体を用いることが、これら複合体が血液又は血漿中により長い期間にわたって残り、したがってより長い期間にわたって脳に鉄を提供するため、望ましい。
【0026】
本発明の好ましい態様では、鉄炭水化物複合体の薬物動態学的半減期(t1/2)は10時間以上であり、脳に十分な量の鉄を24時間にわたって提供する。適切には、鉄炭水化物複合体の薬物動態学的半減期は12時間以上、例えば14時間、16時間、18時間、20時間、又は22時間以上である。しかしながら、鉄炭水化物複合体の薬物動態学的半減期は、鉄の利用可能性を確保するために、100時間超などの高すぎる値とするべきでなく、例えば薬物動態学的半減期は90時間、例えば80時間、60時間、又は40時間を超えてはならない。本発明の特定の実施態様では、薬物動態学的半減期はもっと低くてよく、例えば9時間、8時間、7時間、6時間、又は5時間以上である。低い薬物動態学的半減期の値が選択される場合、一日に2回以上一投薬量を送達することが有益でありうる。各投薬量の投与は、前回投与から少なくとも4時間空けなければならない。実施例4は、好ましい鉄炭水化物複合体であるMonofer(登録商標)の六の試験に基づく薬物動態データを示している。
【0027】
鉄炭水化物複合体の総用量は、例えば患者の体重又は年齢に依存して変わりうる。一般に、母親に投与される鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量は、300mg以上の元素鉄である。子供への長期持続性効果を有する母親の十分な治療を確実に行うために、一般に、母親に投与される鉄炭水化物複合体由来の元素鉄の総用量は、400mg以上の元素鉄、例えば500mg、600mg、700mg、800mg、900mg、又は1000mg以上である。元素鉄の用量は、鉄の過剰ローディングを避けるために、3000mgを超えるべきでない。
【0028】
鉄炭水化物複合体は、鉄を脳へ輸送するためのビヒクルと考えられる。通常、鉄炭水化物複合体は、鉄カルボキシマルトース、鉄ポリグルコースソルビトールカルボキシメチルエーテル複合体、鉄デキストラン、鉄水素化デキストラン、鉄グルコ-オリゴ糖、鉄還元グルコ-オリゴ糖、鉄酸化グルコ-オリゴ糖、鉄カルボキシアルキル化還元オリゴ-及び多糖類、鉄デキストリン、鉄水素化デキストリン、鉄ポリマルトース、鉄水素化ポリマルトース、鉄ポリイソマルトース、鉄水素化ポリイソマルトース、鉄酸化デキストリン、鉄酸化デキストラン、鉄水酸化アジピン酸酒石酸塩、鉄プルラン、鉄水素化プルラン、鉄酸素化プルラン、又はこれらの混合物を含む群より選択される。好ましい態様では、鉄還元グルコ-オリゴ糖は鉄水素化オリゴイソマルトシドである。
【0029】
鉄炭水化物複合体は、様々な供給源に由来してよく、多数の方法に従って処理されうる。いくつかのデキストランの種類は、免疫原性であり、アナフィラキーショックの原因であると疑われている。いくつかの種類のデキストランに観察される免疫原性傾向の原因は、α-1,3グリコシド結合により骨格に結合するグルコース単位の分枝の存在に起因する。したがって、本発明の一実施態様では、鉄炭水化物複合体は、α-1,6グリコシド結合により結合したグルコース単位の骨格、及び任意選択的にα-1,3グリコシド結合により骨格に結合したグルコース単位の分枝を含む炭水化物成分を有する鉄水素化デキストランであり、α-1,3グリコシド結合とα-1,6グリコシド結合との比率は、5:100未満、例えば1:100未満である。α-1,3グリコシド結合により骨格に結合した少量のグルコース単位の分枝は、治療に対して免疫学的応答を引き起こす傾向が低いと思われる。本発明の好ましい態様では、炭水化物成分は、α-1,3グリコシド結合により骨格に結合したグルコース単位の分枝を検出可能なレベルで含まない。理論によれば、検出可能なα-1,3グリコシド結合の非存在下では、体内でデキストラン又はデキストラン様分子に対して産生される抗体に起因するあらゆる免疫学的反応が回避されるはずである。
【0030】
本発明の好ましい実施態様では、鉄炭水化物複合体は、(1→6)-α-D-グルコピラナン-(1→6)-D-グルシトール鉄(III)複合体である。
【0031】
鉄炭水化物複合体は、炭水化物成分の様々な長さを有するように生成される。特定の態様では、鉄炭水化物複合体の炭水化物成分の重量平均分子量(MW)は、800から40,000ダルトン、例えば800から10,000、好ましくは800から2,000ダルトンである。本発明の好ましい態様では、炭水化物成分の重量平均分子量は約1,000MWである。このような特定の炭水化物成分から調製される鉄炭水化物複合体は、高い貯蔵安定性と、適切な薬物動態学的半減期を有する。一般に、デキストラン標準に対して測定される鉄炭水化物複合体の見かけの分子量は、400.000ダルトン以下、例えば300.000ダルトン以下、好ましくは200.000ダルトン以下である。一般に、鉄炭水化物複合体の見かけの分子量は、20.000ダルトンを上回り、例えば50.000ダルトンを上回り、好ましくは100.000ダルトンを上回る。デキストラン標準を用いて見かけの分子量を決定する方法は、Jahn MR, et al, European Journal of Pharmaceutics and Biopharmaceutics 78 (2011) 480-491に開示されている。
【0032】
本発明に使用される鉄炭水化物複合体は、通常一又は複数の鉄心と、複数の炭水化物とを含む。平均的な鉄心のサイズは、適切には約15nmを超えず、通常は1nm以上約15nm以下の範囲、例えば約3nm以上約10nm以下、好ましくは約5nm以上約8nm以下である。複合体は、一の炭水化物につき任意の適切な数の鉄分子、例えば一の炭水化物分子につき1から100の鉄分子、例えば一の炭水化物分子につき5から50又は好ましくは7から20の鉄分子を含みうる。好ましい態様では、鉄炭水化物複合体は、一の炭水化物につき約10±5の鉄分子を含む。
【0033】
動的光錯乱法(DLS)により測定されるシェル径は、鉄心と炭水化物シェルとを含む。流体学的径の中央値は、概ね5から50nmの範囲、例えば7から30nmの範囲である。本発明の一態様では、流体学的径の平均的なサイズの中央値は約10±5nmである。
【0034】
本発明の好ましい態様では、鉄炭水化物複合体はMonofer(登録商標)であり、これは、一の炭水化物分子につき、約150,000ダルトンの見かけの分子量、5~8nmの鉄心、約10nmのシェル径、及び約8の鉄原子を有する鉄水素化オリゴイソマルトシドである。炭水化物成分は、約1,000MWの重量平均分子量を有し、α-1,6グリコシド結合によって結合されたグルコース単位を含み、還元末端基を有するα-1,3グルコース単位の検出可能な分枝を含まない。
【0035】
本発明の一実施態様によれば、薬物学的組成物は、任意選択的に適切に希釈された後での、注射又は点滴といった非経口投与に適した液体製剤である。本発明の別の態様では、薬学的組成物は、ヒト患者に非経口的に送達される医薬の調製のための適切な液体に溶解可能な粉末である。
【0036】
鉄炭水化物複合体はかなり多い量で静脈内投与することができ、これにより短時間の一回の受診時に高用量の鉄を投与することが可能となり、患者及び医療専門家の利益と利便性につながる。本発明に用いられる総投薬量は、単回投薬量として、又は複数回にわたる投薬量で投与されうる。患者コンプライアンス及び一般的な有効な治療への期待を増大するために、通常、単回投薬量で鉄炭水化物複合体を送達することが望ましい。鉄炭水化物複合体は、消化管外の位置を含む任意の適切な方法で送達することができるが、液体の薬学的組成物は通常静脈内(iv)又は筋肉内(im)注射又は点滴として投与される。特定の態様では、薬学的組成物は、3~30分間、例えば5から25分間、好ましくは10~20分間にわたり、母親に静脈内注入される。本発明の別の態様では、薬学的組成物は16から30分間にわたり母親に注入される。
【0037】
以下の実験は、妊娠期間全体にわたって鉄炭水化物複合体が胎児の脳に入りうることを示唆するものである。具体的には、妊娠第1三半期及び第3三半期に入る際の鉄炭水化物複合体の投与が脳に鉄を蓄積させることが示された。妊娠期間全体にわたって胎児が鉄を利用できることが重要であるが、特に前頭前野皮質が発生する妊娠第2及び第3三半期において重要である。
【0038】
本発明の特定の態様では、鉄炭水化物複合体が受胎前の母親に投与されることが有利でありうる。間もなく母親となる者への鉄炭水化物複合体の投与は、主に肝臓に鉄を貯蔵させ、胎児が循環鉄をその初期段階で確実に利用できるようになる。本発明の一態様では、鉄炭水化物複合体は、受胎前一ヶ月内に母親に投与される。特定の実施例では、鉄炭水化物複合体は、受胎の3週前、例えば2週前又は1週前に母親に投与される。
【0039】
母親に非経口投与される鉄炭水化物複合体又はその変換産物は、母乳に入ると予想される。したがって、本発明の一実施態様によれば、鉄炭水化物複合体は、出産後授乳期間中の母親に投与される。
【0040】
母乳中の鉄は通常、他の供給源由来のものより吸収がよい。母乳中のビタミンC及び高ラクトースレベルは鉄の吸収を助けると考えられる。一実施態様では、鉄炭水化物複合体は、小児の出生後6ヶ月以内、例えば出生後5、4、3、2、又は1ヶ月以内に母親に投与される。
【0041】
非経口投与される第1の鉄炭水化物複合体は、特定の期間にわたって母親、胎児、又は小児による吸収のために利用可能であり、この期間は通常、特定の鉄炭水化物複合体の薬物動態学的半減期に応じて決まる。本発明の一実施態様では、母親は、妊娠期間又は授乳期間中に鉄炭水化物複合体のさらなる投与を受ける。
【0042】
さらなる投与により、母親、胎児、又は小児には、鉄の貯蔵を補充するための鉄炭水化物複合体の別のポーションが利用可能となる。本発明の一態様では、さらなる投与は、前回投与の1週間12ヶ月後に実施される。
さらなる投与は、受胎前、妊娠中、及び授乳期間中に、一又は複数回、例えば2、3、4、5、6、7、8、9、又は10回以上実施することができる。
【0043】
本発明によれば、鉄炭水化物複合体の投与は、胎児又は小児の脳の異常な発達を予防又は治療する。胎盤における交換を通して胎児に、及び胃腸管を通して小児に、それぞれ送達される鉄炭水化物複合体が胎児又は小児の全身に導入される間に、驚くべきことに脳を標的とすることとが可能であった。即ち、鉄炭水化物複合体由来の鉄は脳に蓄積される。脳のいくつかの領域は、鉄炭水化物複合体から鉄を吸収する傾向が強いと思われる。したがって、本発明によれば、鉄炭水化物複合体の投与は、黒質、視床、内皮、腹側中脳、又は淡蒼球の異常発達を予防又は治療する。
【0044】
多くの疾患又は障害は、脳の鉄欠乏症に関連付けられる。本発明の一態様によれば、母親に投与される鉄炭水化物複合体は、胎児又は小児の認知、運動、社会的情緒の発達、又は神経生理学的発達を助ける。治療又は予防される具体的な疾患又は障害には、下肢静止不能症候群(RLS)、注意欠陥多動障害(ADHD)、注意欠陥障害(ADD)、アブサンス発作、双極性障害、統合失調症、強迫性障害(OCD)、自閉症、及び境界性人格障害(BPD)が含まれる。
【0045】
鉄欠乏症のラットへの鉄炭水化物複合体の投与は、驚くべきことに、銅及び亜鉛といった他の金属の共摂取を示した。したがって、本発明は、鉄以外の他の金属により引き起こされる障害の治療に用途を見出しうる。このような金属の例には、亜鉛及び銅が含まれる。しかしながら、他の微量金属も同様に共吸収されることが予測される。
【実施例
【0046】
実施例1
6週にわたり鉄含有量5.2mg/kgの低鉄食(Altromin、Ger)を与えた16匹の鉄欠乏症雌Wistarラットを時限妊娠ラットから取得し、無作為に8匹の二群に分けた。第1群のラットには、受胎日に、鉄炭水化物複合体を含む薬学的組成物の様々な投薬量を皮下注射し(E0)、第2群のラットには、受胎の14日後、即ち妊娠第3三半期に入る際に、鉄炭水化物複合体を含む薬学的組成物の様々な投薬量を投与した(E14)。
【0047】
第1及び2群のそれぞれを、鉄炭水化物複合体として鉄イソマルトシド1000(Monofer(登録商標))を含む薬学的組成物の、以下のスキームに特定する投薬量を投与された、2匹一組の雌ラットの四のサブグループ(A~D)に分けた:
A)0mg Fe/kgのMonofer(登録商標)
B)20mg Fe/kgのMonofer(登録商標)
C)40mg Fe/kgのMonofer(登録商標)
D)80mg Fe/kgのMonofer(登録商標)
【0048】
加えて、受精した雌のコントロール群(K)を、実験を通して、食餌1kg当たりFe158mgの鉄含有量を有する鉄含有食(Altromin、Ger)で維持した。
【0049】
出生時(P0)、各母親から生まれた4匹の子の脳内の鉄レベルを測定した。ラットを体重10g当たり0.5mlのHypnorm/Dormicum(Midazolamを混合したFentanyl/Fluanisone)を皮下注射することにより深く麻酔した。その後、開胸し、心臓穿刺により血液試料を採取した。次いで脳幹を解剖し、発光分析検出を用いる誘導結合アルゴンプラズマ(ICP-OES)(ICAP 6300 Duo View,Thermo Scientific)による鉄濃度の検出に使用した。データを投薬量レベルの各々についてプールした。図1に結果を示す。
【0050】
図1は、0mg/kgから80mg Fe/kgにわたる投薬量レベルを使用したときの脳内鉄の投薬量依存関係を示す。脳内鉄の投薬量依存関係は、E0群及びE14群に同様に当てはまる。E0群とE14群の間には有意な差異が存在するようには見えず、このことは、鉄炭水化物複合体が、母体の血液から胎盤を通して胎児血液へ、そして最終的には血液脳関門を通して胎児の脳血管へと比較的速く輸送されることを示唆している。さらに、鉄炭水化物複合体が脳に残る、即ち血流に戻らないと結論付けることができる。
【0051】
データは、80mg Fe/kgの投与を受けた母親から産まれた胎児の脳内鉄レベルがコントロール群に近いことを示す。したがって、鉄が不十分な食餌に維持された母親に投与される80mg Fe/kgの投薬量は、胎児の脳に鉄を補充するために十分である。
【0052】
血中の鉄レベル(ヘマトクリット)を、80mg Fe/kgを投与された群の出生時(PO)の子について測定した。データは、E0群及びE14群について図2に示されている。このデータは、未治療の鉄不足群(Id)が、EO及びE14群と比較して有意に低いヘマトクリットレベルを有していることを示し、このことは、鉄炭水化物複合体が生物学的に処理されて赤血球に変換されることを示す。E0及びE14群のヘマトクリットレベルはコントロール群(K)より低く、このことは、身体が赤血球を生成するために時間が掛かるという事実により説明されうる。
【0053】
実施例2
生後(P)の日数P0日及びP70(成体)のWistarラットを試験した。ラットを時限妊娠ラットから取得し、無作為に群A、B、C、及びK(コントロール)に分けた(受胎日=E0)。鉄欠乏症の試験のため、生後六週の雌ラットに、さらに六週間にわたり鉄含有量5.2mg Fe/kgの低鉄食(Altromin、Ger)を与えた。次いでそれらラットを、ヘマトクリットについて測定し、受精させ、低鉄食に維持した。鉄補充のために、雌ラットに対し、鉄イソマルトシド1000(Pharmacosmos,DKから取得可能なMonofer(登録商標))を、80mg Fe/kgの用量で、E0日目(群A)、E14日目(群B)、又は出生相当日P0(群C)に皮下注射した。P0から、雌ラットを、鉄含有量158mg Fe/kg(Altromin)を有する鉄含有食に移行させ、この食餌に維持した。ラットをそれぞれの食餌にP21まで維持し、P21において若齢の雄ラットを母親から分離し、P70に安楽死させるまで同じ食餌に維持した:ラットを体重10g当たり0.5mlのHypnorm/Dormicum(Midazolamを混合したFentanyl/Fluanisone)を皮下注射することにより深く麻酔した。その後、開胸し、心臓穿刺により血液試料を採取した。血液を、赤血球系に重点をおいて様々な血液学的パラメータについて分析した。次いでラットの脳幹及び肝臓を解剖し、発光分析検出を用いる誘導結合アルゴンプラズマ(ICP-OES)(ICAP 6300 Duo View,Thermo Scientific)による金属Fe、Cu、及びZnの濃度の検出に使用した。様々なP70ラットの金属含有量を、両方の性別のP0ラットと比較した。加えて、雌ラット(母親になるもの)を、受精時に相当するP42に安楽死させ、ヘマトクリット並びにFe、Cu、及びZnの含有量を測定した。
【0054】
妊娠中に鉄療法を受けなかった鉄欠乏母親の子(C)は、P0における脳内鉄レベルが、コントロールの母親の子(K)より有意に低く、三分の一であった(図3A)。対照的に、妊娠の開始時(A)又は三分の二経過時(B)に鉄イソマルトシド1000(Pharmacosmosから入手可能なMonofer(登録商標))を投与された鉄欠乏雌の子は、出生時に正常な量の脳内鉄を有していた。明らかに、貯蔵された鉄を表す肝臓内鉄レベルは、3つの試験群すべてにおいて正常値より有意に低く、P0においてコントロール(K)と比較したとき、群Aで51%低く、群Bで48%低く、群Cで92%低かった。
【0055】
P0から成体(P70)まで、群A、B及びCの子は通常の鉄食を与えられ、P70においてコントロールと比較したとき、正常レベルの脳内鉄を有していた(図3B)。離乳する時点(P0からP21まで)で母乳からの鉄のみを与えられたD群の子は、コントロール群と比較して、依然として三分の一と有意に低い脳内鉄のレベルを有していた。さらに、P70において、肝臓内鉄のレベルは、群A、B及びCにおいて正常化したが、群Dにおけるそれらの対応物は、コントロールと比較して依然として統計的に有意な肝臓内鉄(80%)の減少を有していた。
【0056】
脳内及び肝臓内の銅レベルに対する鉄欠乏症と鉄療法の影響
脳内の銅の量は、P0において、コントロールと比較したとき、鉄欠乏群Cにおいて有意に少ない(16%)ことが判明した(図4A)。鉄療法を受けた群(A及びB)は、P0において、コントロール群と同じレベルの脳内銅を有していた。明らかに、群Cを除くすべての試験群が、P70において脳内に有意に高い量の銅を有していた(それぞれ、A:86%、B:150%、及びD:67%の増加)。群Cは有意でない増加25%を有していた。
【0057】
鉄欠乏群Cにおける肝臓内銅のレベルは、P0においてコントロールより有意に高い(63%)ことが判明した(図4B)。群A及びBにおける銅のレベルは、コントロール群のレベルとの有意な差を有さなかった。鉄の十分なコントロール群と出生から通常の食餌を与えられた群では、P0からP70までに肝臓内銅レベルが平均9の1に低下した。興味深いことに、このような低下は鉄欠乏群Dにおいてはるかに小さく、その量は半分にすぎなかった。これにより、P70における鉄欠乏群Dの肝臓内銅の量とコントロールの間にほぼ8倍の差が生じる。
【0058】
脳内及び肝臓内の亜鉛レベルに対する鉄欠乏症と鉄療法の影響
P0において群Aの子は、コントロール群におけるそれらの対応物より有意に高い亜鉛脳レベル(23%)を有していた(図5)。P0における群B及びCの脳内亜鉛の量は、コントロールの量との差を有さなかった。対照的に、P70における動物は、コントロールと比較したとき、すべての試験群において有意に低いレベルの脳内亜鉛を有していた(群A、B、C、及びDでそれぞれ36%、32%、22%及び18%少ない)。P70では、群Bを除くすべての試験群が、コントロールと比較したとき、P0及びP70の両方において有意に低い肝臓内亜鉛レベルを有していた(群A、C及びDについてそれぞれ8%、12%及び26%少ない)。欠乏症は、P0と、P70の群Dで最も深刻である。
【0059】
上記に提示した結果は、妊娠中の母親の鉄欠乏症が新生児の鉄レベルに影響することを示すものである。胎児の鉄欠乏症はさらに、銅及び亜鉛の代謝に影響する。本発明者らのデータは、胎児の鉄欠乏症が脳内銅及び脳内亜鉛の代謝に与えるいくつかの有害な影響が、初期胎児期又は出生後における正常化した鉄、銅及び亜鉛レベルとは無関係に、成人期になっても続くことを示している。興味深いことに、成体子孫の脳における銅及び亜鉛の代謝は、鉄欠乏母親が交配日に鉄療法を受ける場合も影響を受ける。これは、妊娠前の鉄欠乏症も子孫の金属代謝のパラメータに影響することを示している。これにより、生涯にわたって子供の脳及び身体の代謝に生じる障害を最小に抑えるためには、正常な鉄レベルが、好ましくは妊娠前においても確保されるべきであることが示唆される。
【0060】
本発明者らは、鉄イソマルトシド1000(Monofer(登録商標))が、血液胎盤関門及び血液脳関門の両方を通過して胎児の脳に到達することができることを示す。脳内鉄レベルは、鉄療法が妊娠開始時及び妊娠の三分の二経過時の両方において投与されるとき、新生児において正常である。しかしながら、鉄イソマルトシド1000(Monofer(登録商標))を用いた鉄療法の完全な可能性を明らかにするであろう、鉄欠乏性及び鉄修正動物における脳の発達に対する影響についてさらなる研究が必要である。
【0061】
実施例3
鉄イソマルトシド1000(Monofer(登録商標))の高単回用量の点滴で治療された母親の母乳中の鉄含有量
目的は、分娩後出血の後で、高単回用量の鉄イソマルトシド1000による治療後の母乳中の鉄の濃度を、標準の医療ケアにより治療された女性における母乳中の鉄含有量と比較して測定することであった。
【0062】
本発明者らは、コペンハーゲン大学病院Rigshospitaletの産科で実施された単一施設並行無作為化非盲検治験に含まれる女性の部分試験を実施した。単生児を出産し、出産後48時間以内に700mLを超える分娩後出血のあった健常な女性を、単回用量1200mgの鉄イソマルトシド1000又は標準の医療ケアに割り付けた。無作為化は中央コンピューターシステムにより実施された。2014年2月から2014年9月の間に、本発明者らは、治験参加後三日及び一週間の参加者から母乳試料を収集した。
【0063】
母乳試料は65名の女性から収集された;30名は静脈内鉄群の参加者であり、35名は標準の医療ケア群の参加者であった。治療の三日後の母乳の平均(±SD)鉄含有量は、二つの群においてそれぞれ72.07±27.36mg/Lと39.99±17.78mg/Lであった(P<0.001)。治療の一週間後の母乳の平均鉄分は、それぞれ46.75±16.81mg/Lと44.21±25.23mg/Lであった(P>0.05)。
【0064】
この結果は、授乳期における高単回用量の鉄イソマルトシド1000の安全性に関する情報を提供する。高用量の鉄イソマルトシド1000による治療は、母乳の鉄含有量に一過性の上昇をもたらした。この上昇は治療後一週間で消失した。母乳中の鉄分に測定されたすべての平均は、母乳の鉄含有量の正常範囲内であった。
【0065】
実施例4
四の試験において鉄イソマルトシド1000(Monofer(登録商標))の異なる投薬量(100、200、250、500、1000mg)を用いて薬物動態(PK)試験を実施した。以下の表1は、得られた結果を示している。
【0066】
【図面の簡単な説明】
【0067】
図1】実施例1において、0mg/kgから80mg Fe/kgにわたる投薬量レベルを使用したときの脳内鉄の投薬量依存関係を示す。
図2】実施例1において、80mg Fe/kgを投与された群の出生時(PO)の子について測定された血中の鉄レベル(ヘマトクリット)を示す。
図3】Aは、実施例2において異なる鉄療法を施した鉄欠乏母親の子の脳内鉄及び肝臓内鉄の量を示し、Bは、実施例2において異なる食餌を与えた子の、脳内鉄及び肝臓内鉄の量を示す。
図4】脳内(A)及び肝臓内(B)の銅レベルに対する鉄欠乏症と鉄療法の影響を示すグラフである。
図5】脳内(A)及び肝臓内(B)の亜鉛レベルに対する鉄欠乏症と鉄療法の影響を示すグラフである。
図1
図2
図3
図4
図5