(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-13
(45)【発行日】2022-10-21
(54)【発明の名称】非磁性球状黒鉛鋳鉄の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 5/00 20060101AFI20221014BHJP
C22C 37/04 20060101ALI20221014BHJP
C22C 33/10 20060101ALI20221014BHJP
【FI】
C21D5/00 T
C22C37/04 A
C22C33/10
(21)【出願番号】P 2022063239
(22)【出願日】2022-04-06
【審査請求日】2022-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2021157897
(32)【優先日】2021-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】319010929
【氏名又は名称】株式会社吉年
(74)【代理人】
【識別番号】110003155
【氏名又は名称】特許業務法人バリュープラス
(72)【発明者】
【氏名】村上 竜太
(72)【発明者】
【氏名】奥地 康夫
(72)【発明者】
【氏名】尾鼻 美規
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-328469(JP,A)
【文献】特開昭61-009549(JP,A)
【文献】国際公開第2010/090151(WO,A1)
【文献】特開2004-218027(JP,A)
【文献】特開2020-076115(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00-37/10
C21D 5/00-5/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:2.7~3.5%、Si:2.1~5.0%、Mn:9.0~14.0%、Mg:0.04~0.08%、Ni:0.5~5.0%、Cu:0.4~5.0%を含有し、残部がFe及び不純物からなる球状黒鉛鋳鉄を、1000~1100℃に加熱し、炭化物を分解してオーステナイト中に固溶
させるための必要時間保持後、水、又は油、又はガスにより急速冷却し、これにより炭化物を減少または無くしたオーステナイトを基地組織とする、非磁性球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項2】
前記加熱前におけるSiの含有量を、2.1~3.3重量%とした、請求項1に記載の非磁性球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成分組成としてC、Si、Mn、Mg、Ni、Cuを含み、基地組織をオーステナイトとすることで非磁性化された球状黒鉛鋳鉄を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄は、常温常圧では体心立方格子構造(bcc構造)であり強磁性体である。しかし、温度が上昇すると、面心立方格子構造(fcc構造)となり非磁性体となる。このfcc構造の鉄がγ鉄であり、γ鉄では比較的多くの他の元素を固溶することができる。γ鉄に他の元素が固溶したものがオーステナイトである。
【0003】
高マンガン鋼は、炭素鋼にマンガンを12%前後加えた組成を持つ合金鋼である。一般に炭素鋼は、常温ではフェライト(体心立方格子)相が安定しており、高温(A1変態点以上の温度)ではオーステナイト(面心立方格子)相に変化するが、徐冷すると元のフェライト相に戻ってしまう。これに対し、オーステナイト形成元素であるMn等を添加して鋳鉄を製造し水靭熱処理を施すと、常温でオーステナイト相が安定した高マンガン鋼が得られる。
【0004】
JIS規格では、高マンガン鋼鋳鋼品(JIS G5131:2008)が規定されており、その化学成分及び機械的性質が示されている。この高マンガン鋼鋳鋼品(SCMnH)は、硬さ(HB)が300以下と硬いため被削性が悪く、鋳鉄と比較すると融点が高いため鋳造性に劣り、形状が複雑な製品や肉厚変化が大きい薄肉製品は製造し難い材料である。
【0005】
球状黒鉛鋳鉄(FCD)は、黒鉛の形が球状であるため、基地組織中に分散した黒鉛による強度低下への影響が少なく、片状黒鉛鋳鉄(FC)と比較すれば、引張強さや靱性が大きいため、機械部品などに広く使用されている。
【0006】
JIS規格では、オーステナイト鋳鉄品(JIS G5510:2012)で球状黒鉛系の鋳鉄の化学成分及び機械的性質が示されている。この球状黒鉛鋳鉄(FCDA)は基地組織がオーステナイトであるため低磁性であり、かつ低温靭性に優れた材質である。しかし、Niを12.0~36.0重量%含有するため、低磁性および低温靱性を目的とした構造用材料としてはコスト高となる。また、高コストであるわりには、引張強さが370N/mm2 以上、0.2%耐力が170N/mm2 以上と中強度にとどまるため、更に高強度を求める構造用鋳造品にはなり難い。
【0007】
成分組成としてMnを7.0~18.0重量%含有し、かつ、Mnの含有量が7.0~10.0重量%である場合と10.0~18.0重量%である場合とで、適切なNiの含有量を区分けして規定する高マンガン球状黒鉛鋳鉄については、下記特許文献1で報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述した従来の高マンガン鋼鋳鋼品(JIS G5131:2008)に見られる問題点(被削性が悪い、鋳造性に劣る、薄肉製品が製造し難い)を、鋳鋼品よりも100℃以上融点が低い鋳鉄品を用いることで補うと共に、非磁性であって、かつ、鋳造性、被削性に優れ、従来のオーステナイト鋳鉄品(JIS G5510:2012)の球状黒鉛系よりも高強度な、球状黒鉛鋳鉄を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
重量%で、C:2.7~3.5%、Si:2.1~5.0%、Mn:9.0~14.0%、Mg:0.04~0.08%、Ni:0.5~5.0%、Cu:0.4~5.0%を含有し、残部がFe及び不純物からなる球状黒鉛鋳鉄を、1000~1100℃に加熱し、炭化物を分解してオーステナイト中に固溶させるための必要時間保持後、水、又は油、又はガスにより急速冷却し、これにより炭化物を減少または無くしたオーステナイトを基地組織とする、非磁性球状黒鉛鋳鉄の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
球状黒鉛鋳鉄では切削性が良好となるが、基地組織中の黒鉛自体は殆ど強度を持たないため、鋳鉄全体の強度としては、黒鉛の断面積分の強度低下(概ね8割程度の低下)は避けられない。これに対し、本発明の製造方法によって製造される球状黒鉛鋳鉄は、例えば特許文献1の球状黒鉛鋳鉄とは異なり、成分組成としてNiのみならずCuを含有するものであり、このNi及びCuが合金共晶体を強固にし、黒鉛の断面積分の強度低下を補う効果を発揮する。
【0012】
本発明では、最初に上記成分組成の球状黒鉛鋳鉄を鋳型で鋳造し、次に1000~1100℃に加熱し、粒状炭化物、塊状炭化物等の炭化物を分解し、オーステナイト中に固溶させ、加熱温度と同一の温度を保ちながら必要時間保持し、その後、水、又は油、又はガスによって急速冷却することにより炭化物を減少または消滅させ、オーステナイト単相の基地組織を有する非磁性球状黒鉛鋳鉄を製造する。
【0013】
本発明では、非磁性で、かつ強靱性、鋳造性、被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造が可能となる。本発明により得られる球状黒鉛鋳鉄は、基地組織がオーステナイトであるため非磁性であり、Ni及びCuが合金共晶体を強固にするため強靭性に優れた材質となる。また、球状黒鉛の存在により被削性が向上した材料となる上、鋳鉄の優れた鋳造性により薄肉品の製造も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A】鋳放しの試料(実施例1~2)の組織を示す写真図である。
【
図1B】鋳放しの試料(実施例3~4)の組織を示す写真図である。
【
図1C】鋳放しの試料(実施例5~6)の組織を示す写真図である。
【
図1D】鋳放しの試料(実施例7~8)の組織を示す写真図である。
【
図1E】鋳放しの試料(実施例9~10)の組織を示す写真図である。
【
図1F】鋳放しの試料(実施例11~12)の組織を示す写真図である。
【
図1G】鋳放しの試料(実施例13、比較例1)の組織を示す写真図である。
【
図1H】鋳放しの試料(比較例2~3)の組織を示す写真図である。
【
図1I】鋳放しの試料(実施例14~15)の組織を示す写真図である。
【
図1J】鋳放しの試料(実施例16)の組織を示す写真図である。
【
図2A】熱処理後の試料(実施例1~2)の組織を示す写真図である。
【
図2B】熱処理後の試料(実施例3~4)の組織を示す写真図である。
【
図2C】熱処理後の試料(実施例5~6)の組織を示す写真図である。
【
図2D】熱処理後の試料(実施例7~8)の組織を示す写真図である。
【
図2E】熱処理後の試料(実施例9~10)の組織示す写真図である。
【
図2F】熱処理後の試料(実施例11~12)の組織を示す写真図である。
【
図2G】熱処理後の試料(実施例13、比較例1)の組織を示す写真図である。
【
図2H】熱処理後の試料(比較例2~3)の組織を示す写真図である。
【
図2I】熱処理後の試料(実施例14~15)の組織示す写真図である。
【
図2J】熱処理後の試料(実施例16)の組織を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。以下の実施形態は、本発明の一例を示すものであって、本発明、その適用物、あるいはその用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【0016】
先ず、本発明の非磁性球状黒鉛鋳鉄の製造方法において、各成分元素の含有範囲を限定している理由について説明する。
【0017】
[Cについて]
Cの含有量は、2.7~3.5重量%の範囲とする。
Cは黒鉛を晶出させ、鋳造性を確保するために不可欠な元素である。黒鉛が適切に球状化されず共晶状黒鉛となった場合、黒鉛が連続性を持つものとなり、腐食が材料内部まで侵入し易くなる。Cの含有量は、鋳造する肉厚等を加味しながら黒鉛形状不良が出ない範囲で2.7~3.5重量%の範囲としている。
【0018】
[Siについて]
Siの含有量は、2.1~5.0重量%の範囲とする。
SiはCの黒鉛化を促進する元素である。Siの含有量が不足する場合は黒鉛化が不十分となる。一方、Siの含有量が過剰となる場合は機械的性質を低下させる。Siの含有量は、Cの黒鉛化と強度低下のバランスを考慮して、2.1~5.0重量%の範囲としている。
【0019】
[Mnについて]
Mnの含有量は、9.0~14.0重量%の範囲とする。
本発明の製造方法により得られる非磁性球状黒鉛鋳鉄は、高マンガン鋼鋳鋼品と同程度の量のMnを含有する鋳鉄品である。Mnはオーステナイト形成元素であり、Cとの共存によりオーステナイト域を広げて安定化する役割を担う。一般にオーステナイト形成元素としては、Mn以外にCo、Ni等も用いられるが、市場価格比はMnを1とした場合、Mn:Co:Ni=1:13.5:5程度の開きがあり、Mnはコストパフォーマンスが優れている。本発明では、Mnの含有量は、上述した高マンガン鋼鋳鋼品と同程度とし、9.0~14.0重量%の範囲としている。
【0020】
[Mgについて]
Mgの含有量は、0.04~0.08重量%の範囲とする。
Mgは晶出された黒鉛を球状化する元素である。Mgの含有量が不足すると黒鉛が十分に球状化しない場合があり、更にMg量が不足すると片状となり機械的性質(TS(Tensile Strength:引張強さ)、EL(Elongation:伸び)等)が低下する。一方、必要以上のMgの添加はコストアップに繋がる上、鋳造欠陥を起こす場合がある。以上の理由からMg含有量は、0.04~0.08重量%の範囲としている。
【0021】
[Niについて]
Niの含有量は、0.5~5.0重量%の範囲とする。
Niはオーステナイトの安定化を促進し、共晶体を強固にする。Niの含有量が不足する場合、あるいは過剰になる場合は、オーステナイトの安定化を促進する効果や共晶体を強固にする効果が不十分となる。Niの含有量については、これらの効果が良好に認められた0.5~5.0重量%の範囲としている。
【0022】
[Cuについて]
Cuの含有量は、0.4~5.0重量%の範囲とする。
本発明では、Niと共にCuを所定量含有させることで、従来よりも強靱性に優れた非磁性球状黒点鋳鉄を製造することができる。Cuには、α鉄の結晶(フェライト)と炭化鉄の結晶(セメンタイト)が交互に重なり合った層状組織(パーライト)を安定させる効果、フェライトに固溶されることによりフェライト自身及び共晶体を強固にする効果が認められるところ、本発明者らは、本発明が目的とする非磁性球状黒鉛鋳鉄においても、オーステナイト基地組織を安定させる効果、共晶体を強固にする効果が得られることを知見して本発明を完成させた。Niと共にCuを所定量含有させることで非磁性球状黒鉛鋳鉄を強靭化することは、特許文献1などの従来の技術には見られない知見である。Cuの含有量については、これらの効果が良好に認められた0.4~5.0重量%の範囲としている。
【0023】
[熱処理と急速冷却について]
次に、本発明の非磁性球状黒鉛鋳鉄の製造方法において、鋳放し後、所定の熱処理を行うと共に急速冷却を行う理由について説明する。
【0024】
上述した成分組成からなる鋳鉄を鋳造しても鋳放しの状態では基地組織中に粒界炭化物などの炭化物が存在し、高強度が要求される材料に用いることはできない。また、鋳放しの状態では低磁性ではあるが、非磁性の材料とはならない。
【0025】
そこで、本発明では、上述の成分組成の鋳鉄を鋳造後、所定の熱処理を行う。熱処理による加熱は、基地組織中に存在する炭化物およびオーステナイト粒界に析出した炭化物を分解し、オーステナイト中に固溶させるために行うものである。1100℃よりも高い温度では粒界に液相が出現するおそれがある。また、1000℃より低い温度では炭化物の分解に時間がかかり非効率となる。このため、加熱温度は1000~1100℃の範囲としている。加熱処理は1000~1100℃の範囲で一定の温度を保ちながら行い、例えば90~210分間保持し、基地組織中の塊状炭化物や粒界炭化物を減少もしくは消滅させる。
【0026】
上記温度で所定の時間保持した後、鋳鉄を水又は油(コールド油)からなる冷却媒体に浸漬するか、あるいは、ガス(低温の窒素ガス)と接触させることで、速やかに常温付近まで冷却を行う。水冷、油冷、ガス冷のいずれの場合も、冷却に要する時間は例えば5~30分である。
【0027】
以上の熱処理及び急速冷却処理を行うことにより、炭化物を減少または消滅させたオーステナイト単相の基地組織が得られる。そのため、本発明によって製造される球状黒鉛鋳鉄は、強靱性、鋳造性、被削性に優れた特性を有すると共に、鋳放しの状態よりも透磁率を下げて非磁性化が可能となる。
【実施例】
【0028】
次に、本発明の製造方法により得られる非磁性球状黒鉛鋳鉄の特性を、実施例及び比較例に基づいて説明する。
【0029】
[溶解方法]
本実施形態の製造方法を実施するあたり、まず元湯(黒鉛球状化処理前の成分組成の溶湯)に対し、黒鉛を球状化させるのに必要な接種を施す。
【0030】
元湯の原材料としては一般に流通している銑鉄、鋼材、フェロマンガン、フェロシリコン、純Ni等を用いた。元湯の化学成分が目標の割合となるように原材料を配合し、後記する実施例1~9、13及び比較例4~6については5t高周波誘導炉にて溶解し、実施例10~12及び比較例1~3については30kg高周波誘導炉にて溶解した。実施例14~16については5t高周波誘導炉にて溶解した。浸漬温度計にて元湯温度を測定し、Mg球状化剤にて元湯温度約1500℃で球状化処理を実施した。球状化処理を施した溶湯に、注湯取鍋にて0.3重量%相当のFe-Si系接種剤を加えた(第1段階接種)。なお、さらに注湯流接種(第2段階接種)を行うようにしてもよい。
【0031】
[供試材]
球状化処理および接種後の成分割合が上述した成分組成の目標割合となるように設定して供試材用の鋳型に鋳込んだ。鋳型はノックオフ形(Kb形)シェル鋳型を用い、黒鉛球状化率測定、硬さ測定、透磁率測定、組織観察を行う供試材を製造した。供試材の成分組成については株式会社矢作分析センターに分析を依頼し、実施例1~16及び比較例1~3におけるC、Si、Mn、Mg、Ni、Cuの成分組成が、表1~表4のとおりであることを確認した。なお、残部の大半はFeである。表中に記載しないが、不純物としては例えば0.0042重量%以下程度のごく微量のPが含まれる。
【0032】
鋳放し後の球状黒鉛鋳鉄品は、表1~表4に示す分解温度で加熱し、炭化物及びパーライトを分解しオーステナイト中に固溶させ、各表中に示す保持時間の間、同じ温度を保ちその後、水、油、ガスのうち何れか1つの方法により急速冷却した。各表中に示す冷却時間は、水、油の場合は供試材を浸漬している時間を示す。ガスの場合は所定の温度の気体で供試材が覆われていた時間を示す。この熱処理及び急速冷却によってオーステナイト基地組織を形成後、以下に説明する試験片の形状に加工し、引張試験を実施した。また、熱処理後の試験片についても硬さ測定、透磁率測定、組織観察を実施した。
【0033】
[引張試験]
熱処理後の引張試験は、金属材料引張試験方法(JIS Z 2241:2011)に準拠した試験を行った。試験片は同付属書Dの4号試験片を用いた。引張試験は川重テクノロジー株式会社において外部試験を行った。
【0034】
[黒鉛球状化率測定]
大阪特殊合金株式会社製の鋳鉄組織解析用画像処理装置(JIS G-5502準拠)を使用し、鋳放しの状態の供試材の黒鉛球状化率(%)を測定した。
【0035】
[硬さ測定]
ブリネル硬度計(JIS Z-2243準拠)を使用し、熱処理の前後で供試材及び試験片の硬さ(HB)を測定した。
【0036】
[透磁率測定]
日本フェルスター株式会社製の透磁率測定器(MAGNETOSCOP 1.070)を使用し、熱処理の前後で供試材及び試験片の透磁率(μT)を測定した。
【0037】
[組織写真]
図1A~
図1Jは、実施例1~16、比較例1~3の鋳放しでの組織写真であり、
図2A~
図2Jは、実施例1~16、比較例1~3の熱処理後の組織写真である。
図2I、
図2Jはピクリン酸を3%含有する腐食液で処理した後の写真である。各図を比較することで、熱処理による炭化物の分解状況を確認した。
【0038】
先ず、本実施例の結果に基づいて、鋳放し試料の特性について説明する。実施例1~16、比較例1~3の成分組成、鋳放しでの黒鉛球状化率、硬さ、透磁率の測定結果は表1~表4に示すとおりである。
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
画像解析によって黒鉛球状化率を測定したところ、表1~表3に示すとおり、実施例の鋳放しの状態での黒鉛球状化率は86.5~96.4%となった。また、
図1A~
図1Jの組織写真より、鋳放し組織では、オーステナイト中に球状黒鉛が分散していると共に、炭化物が析出していることが確認された。
【0044】
鋳放し組織は、球状黒鉛、オーステナイト、炭化物等から構成されている。実施例の鋳放し試料について、ブリネル硬度計で測定したブリネル硬さは255~514HB、透磁率測定器で計測した透磁率は1.12~3.90μTであった。
【0045】
次に、熱処理後の試験片の特性について説明する。
図2A~
図2Jの組織写真より、実施例4~11、13~16では、熱処理後には炭化物が殆ど分解され、均一なオーステナイト組織となっていることが確認された。これらの実施例の試験片について、透磁率測定器で計測した透磁率は1.02~1.05μTであり、全てが1.10μT未満で非磁性材料となっていることが確認された。
【0046】
一方、実施例1~3、12では、鋳放しの状態よりも炭化物が減少しているものの、一部で炭化物の残留が見られ、透磁率測定器で計測した透磁率は1.13~1.21μTであった。
【0047】
上記の原因は、実施例1~3のSiの含有量は3.60重量%、実施例12のSiの含有量は4.86重量%であり、他の実施例よりもSiの含有量が多いことによる影響と考えられる。実施例4~11、13では、Siの含有量は、2.18~3.25重量%の範囲である。
【0048】
従って、本発明では、熱処理を行う前のSiの含有量は、2.1~5.0重量%の範囲とすることが可能であるものの、より好ましくは、Siの含有量は、2.1~3.3重量%の範囲とすることが好ましい。
【0049】
熱処理後の試料の表面を目視で確認すると、水による冷却処理を行った実施例1、4、7、10では、表面が赤みの酸化物に覆われた状態であり、生産工程上、次の工程を実施する前に表面の清浄が必要となることが確認された。
【0050】
これに対し、油又はガスにより冷却処理を行った実施例2~3、5~6、8~9、11~16では、無酸化の状態で冷却されるために、目視によれば試料の表面に酸化物は確認されなかった。
【0051】
従って、本発明では、冷却媒体は水、油、ガスの何れかを選択して用いればよいが、より好ましくは、油又はガスによる冷却を行うことが好ましい。酸化物の発生を抑制し、生産工程上、表面清浄がほぼ不要な状態になるからである。また、水による冷却の場合、製品内部に亀裂が発生するリスクが高まることも、油又はガスによる冷却を行う方が好ましい理由の一つである。
【0052】
実施例1~16の熱処理後の試験片について、ブリネル硬度計で測定したブリネル硬さは207~311HBであった。
【0053】
熱処理後の試験片に対して実施した引張試験の結果は、表1~表3に示すとおり、実施例2~3、5~6、8~9では引張強さは528~577N/mm2 であり、実施例10~12では引張強さは405~486N/mm2 であり、実施例14~16では引張強さは534~547N/mm2となった。また、実施例2~3、5~6、8~12における伸びは1.2~3.6%であった。
【0054】
これに対し、実施例14~16における伸びは3.6~5.0%であり、高い伸びを示す傾向が現れた。出願人の知見によれば、3.6%以上の高い伸びを示す材料とするためには、熱処理を行う前の各元素の含有量は、重量%で、C:3.1~3.4重量%、Si:2.4~3.0%、Mn:9.0~14.0%、Mg:0.04~0.08%、Ni:0.9~5.0%、Cu:0.4~5.0%とすることが好ましい。
【0055】
熱処理後の試験片は、球状黒鉛、オーステナイトから構成されている。本発明により製造された鋳鉄は、基地組織がオーステナイトでありながら、実施例2、10~12では、耐力は349~392N/mm2 であり、実施例14~16では、耐力は375~382N/mm2となった。実施例3、5~6、8~9では、耐力は421~427N/mm2 とであり、構造用材料のように引張強さと併せて耐力が要求される用途に好適である。
【0056】
一方、Niの含有量が5.0重量%を超えると共にCuの含有量も5.0重量%を超える比較例4~6では、合金組織が弱くなり、明らかな脆化傾向が認められた。加熱温度が不足している比較例1や、加熱温度が不足していると共に保持時間が他の実施例よりも不足している比較例2~3についても脆化傾向が見られた。なお、表1~表3において、数値が表示されておらず「-」となっている試験片は、引張試験もしくは球状黒鉛化率測定を実施しなかったものである。
【0057】
以上のとおり本発明によれば、従来の高マンガン鋼鋳鋼品に見られる問題点(被削性が悪い、鋳造性に劣る、薄肉製品が製造し難い)が解消されると共に、非磁性であって、かつ、鋳造性、被削性に優れ、従来よりも高強度な球状黒鉛鋳鉄を製造できる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
例えば、病院のMRI施設、リニアモーターカーの設備など磁場を活用する鉄筋コンクリート構造物には非磁性鉄筋が使用されている。本発明は一例として、このような非磁性鉄筋同士を繋ぐ接合部分の機械式継手としての利用が期待される。本発明により製造される非磁性球状黒鉛鋳鉄を用いれば、接合部分も非磁性となる上、鉄筋に匹敵する靭性が得られるからである。
【要約】
【課題】非磁性で、かつ鋳造性、被削性に優れ、高強度な球状黒鉛鋳鉄を製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】重量%で、C:2.7~3.5%、Si:2.1~5.0%、Mn:9.0~14.0%、Mg:0.04~0.08%、Ni:0.5~5.0%、Cu:0.4~5.0%を含有し、残部がFe及び不純物からなる球状黒鉛鋳鉄を鋳造する。その後、1000~1100℃に加熱し、炭化物を分解してオーステナイト中に固溶させる。必要時間保持後、水、又は油、又はガスにより急速冷却を行う。この熱処理及び急速冷却を行うことにより、炭化物を減少または無くしたオーステナイトを基地組織とする非磁性黒鉛鋳鉄を得る。
【選択図】
図2J