(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-14
(45)【発行日】2022-10-24
(54)【発明の名称】表面修飾炭素材料及び表面修飾炭素材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 32/21 20170101AFI20221017BHJP
【FI】
C01B32/21
(21)【出願番号】P 2020503675
(86)(22)【出願日】2019-02-28
(86)【国際出願番号】 JP2019010720
(87)【国際公開番号】W WO2019168206
(87)【国際公開日】2019-09-06
【審査請求日】2020-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2018036704
(32)【優先日】2018-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(73)【特許権者】
【識別番号】510190635
【氏名又は名称】ルーヴァン・カトリック大学
【氏名又は名称原語表記】KATHOLIEKE UNIVERSITEIT LEUVEN
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田原 一邦
(72)【発明者】
【氏名】戸部 義人
(72)【発明者】
【氏名】石川 透
(72)【発明者】
【氏名】久保 有輝
(72)【発明者】
【氏名】デ フェイター スティーブン ウィリー ニコラス
(72)【発明者】
【氏名】ハース ブランドン エドワード
(72)【発明者】
【氏名】リー ツィー
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-048094(JP,A)
【文献】特表2015-525184(JP,A)
【文献】特表2017-515263(JP,A)
【文献】特表2017-513793(JP,A)
【文献】特表2017-512741(JP,A)
【文献】国際公開第2015/146779(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれた炭素材料の少なくとも一部の表面に多数の化学修飾基が備えられた表面修飾炭素材料であって、
前記表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、前記化学修飾基の多数の付加位置に対応した一次元周期性が観察され得ることを特徴とする表面修飾炭素材料。
【請求項2】
前記一次元周期性に対応するピッチが2~10nmである請求項1に記載の表面修飾炭素材料。
【請求項3】
前記炭素材料がグラフェンであって、前記表面に対するラマンスペクトルにおけるGバンドの強度IgとDバンドの強度IdとのId/Igが0.2~5.0である請求項1または2に記載の表面修飾炭素材料。
【請求項4】
前記炭素材料がグラファイトであって、前記表面に対するラマンスペクトルにおけるGバンドの強度IgとDバンドの強度IdとのId/Igが0.01~0.11である請求項1または2に記載の表面修飾炭素材料。
【請求項5】
前記化学修飾基はアリール基である請求項1~4のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料。
【請求項6】
前記アリール基は下記式(1)で表わされる請求項5に記載の表面修飾炭素材料。
【化1】
式(1)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、COOH、SOOH、SOONH
2、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、NR
2、CN、CONHRまたはCOHである(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である)。
【請求項7】
炭素材料と薄膜と溶媒とが備えられた、有機化合物-炭素材料複合体であって、前記炭素材料は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれ、前記薄膜は一次元周期構造を備え、前記炭素材料の表面が前記薄膜によって被覆され、前記溶媒は非極性有機溶媒または低極性有機溶媒であって、前記溶媒は前記薄膜上に配置されたことを特徴とする有機化合物-炭素材料複合体。
【請求項8】
前記薄膜は、炭素数15~80の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体が並列配置され一次元周期構造を備えた薄膜である請求項7に記載の有機化合物-炭素材料複合体。
【請求項9】
炭素材料と薄膜と溶媒とが備えられた、有機化合物-炭素材料複合体であって、前記炭素材料は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれ、前記薄膜は二次元周期構造を備え、前記炭素材料の表面が前記薄膜によって被覆され、前記溶媒は非極性有機溶媒または低極性有機溶媒であって、前記溶媒は前記薄膜上に配置されたことを特徴とする有機化合物-炭素材料複合体。
【請求項10】
炭素材料の表面に有機化合物を用いて薄膜を生成させる第1の工程、および前記薄膜をマスクとしてアリール化合物を前記炭素材料の表面に反応させる第2の工程を有する表面修飾炭素材料の製造方法であって、
前記有機化合物は、炭素数15~80の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体であり、
前記炭素材料はグラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選択される炭素材料であり、
前記第1の工程において、前記直鎖のアルカンまたは前記直鎖のアルカン誘導体を前記グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選択される炭素材料の表面に付着させて、一次元周期構造を備えた薄膜を生成し、
前記第2の工程において、第2の工程は前記アリール化合物を還元処理してアリールラジカルを発生させる工程を含み、前記一次元周期構造を備えた薄膜の間隙の位置で前記アリールラジカルを前記グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選択される炭素材料の表面に反応させることを特徴とする表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項11】
前記直鎖のアルカンまたは直鎖のアルカン誘導体は、下記式(2)で表される化合物である請求項10に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【化2】
式(2)において、Xは、H、CH
3、CF
3、CH=CH
2、C≡CH、アリール基、F、Cl、Br、I、OH、SH、NH
2、COHまたはCOOHを表わし、Yは、CH
2、CF
2、CH=CH、C≡C、芳香族炭化水素から2個の水素原子を除去して形成される2価の原子団、O、S、NH、CO、COO、CONH、NHCOまたはNHCHXを表わし、Zは、H、CH
3、アリール基、OH、SH、NH
2、COH、COOH、COOX、CONH、NHCOXまたはNHCHXを表わし、nは、式(2)中の炭素原子数が、アルカンにおいては15~80、アルカン誘導体においては10~80となる条件を満たす整数である。
【請求項12】
前記一次元周期構造を備えた薄膜はラメラ型の単分子膜である請求項10または11に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項13】
前記アリール化合物は下記式(3)で表わされる化合物である請求項10~12のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【化3】
式(3)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、COOH、SOOH、SOONH
2、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、CN、CONHRまたはCOHであり(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基またはアリール基である。)、Zはハロゲン原子、BF
4、BR
4またはPF
6である(
Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。)。
【請求項14】
作用極、カウンター電極、参照電極及び電解質水溶液を備えた電気化学セルを用いて化学修飾用化合物を炭素材料に電気化学的に反応させて製造する表面修飾炭素材料の製造方法であって、
前記作用極として前記炭素材料を使用し、前記炭素材料はグラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料であり、
前記電解質水溶液として、前記化学修飾用化合物を含む水溶液を使用し、
前記作用極と前記電解質水溶液との間に、一次元的な周期性を持って自己集合する化合物又は二次元的な周期性を持って自己集合する化合物を含む液媒体を配置し、前記電解質水溶液と前記液媒体とは相互に非混和性であることを特徴とする表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項15】
前記一次元的な周期性を持って自己集合する化合物は、炭素数15~80の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体である請求項14に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項16】
前記直鎖のアルカンまたは直鎖のアルカン誘導体は、下記式(2)で表される化合物である請求項15に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【化4】
式(2)において、Xは、H、CH
3、CF
3、CH=CH
2、C≡CH、アリール基、F、Cl、Br、I、OH、SH、NH
2、COHまたはCOOHを表わし、Yは、CH
2、CF
2、CH=CH、C≡C、芳香族炭化水素から2個の水素原子を除去して形成される2価の原子団、O、S、NH、CO、COO、CONH、NHCOまたはNHCHXを表わし、Zは、H、CH
3、アリール基、OH、SH、NH
2、COH、COOH、COOX、CONH、NHCOXまたはNHCHXを表わし、nは、式(2)中の炭素原子数が、アルカンにおいては15~80、アルカン誘導体においては10~80となる条件を満たす整数である。
【請求項17】
前記液媒体における前記アルカンまたは直鎖のアルカン誘導体の濃度が1マイクロモル/L以上である請求項15または16に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項18】
前記二次元的な周期性を持って自己集合する化合物は、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体である請求項14に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項19】
前記液媒体は、前記一次元的な周期性を持って自己集合する化合物又は二次元的な周期性を持って自己集合する化合物を非極性有機溶媒、または低極性有機溶媒に溶解して得られる請求項14~18のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項20】
前記非極性有機溶媒または低極性有機溶媒は、脂肪酸、アルキル置換ベンゼン、炭素数20未満のアルカン、アルカノール、ジアルキルエーテル、ハロゲン化炭化水素または芳香族炭化水素である請求項19に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項21】
前記電解質水溶液における前記化学修飾用化合物の濃度は0.2~10.0ミリモル/Lである請求項14~20のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【請求項22】
前記化学修飾用化合物は下記式(3)で表わされる化合物である請求項
14~21のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【化5】
式(3)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、COOH、SOOH、SOONH
2、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、CN、CONHRまたはCOHであり(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基またはアリール基である。)、Zはハロゲン原子、BF
4、BR
4またはPF
6である(
Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。)。
【請求項23】
グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれた炭素材料の少なくとも一部の表面に多数の化学修飾基が備えられた表面修飾炭素材料であって、
前記表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、前記化学修飾基の多数の付加位置に対応した二次元周期性が備えられ、
前記表面を5~15nm
2の面積を有する一つの区画によって分画した場合に、化学修飾基が存在する区画の総数と全ての区画数との比率が70%以上であることを特徴とする表面修飾炭素材料。
【請求項24】
前記比率が90%以上である請求項23に記載の表面修飾炭素材料。
【請求項25】
請求項1~6、23または24のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料を含む電界効果トランジスタ。
【請求項26】
請求項1~6、23または24のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料を含むセンサ。
【請求項27】
請求項1~6、23または24のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料を含む発光素子。
【請求項28】
請求項1~6、23または24のいずれか1項に記載の表面修飾炭素材料を含む触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面修飾炭素材料及び表面修飾炭素材料の製造方法に関する。詳しくは、本発明は、グラフェン等の表面に化学修飾基が周期性をもって付加されてなる表面修飾炭素材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハニカム状にsp2炭素が並んだグラフェンは、その優れた電気特性、機械特性、光学特性や熱特性から様々な用途に使用されることが期待されている。グラフェンは、中でもその高い導電性からエレクトロニクス分野における利用が考えられている。そのため、大学や研究機関、企業等におけるグラフェン関連の研究は活況を呈している。
【0003】
グラフェンは半金属性を示す物質であり、かつゼロバンドギャップ半導体である。そのため、そのままではエレクトロニクス材料としての用途が限定される。しかし、グラフェンにバンドギャップを適切に導入することができれば、室温で高速動作する高性能の電界効果トランジスタや、小型で高感度な分子センサへの利用が可能となる。
【0004】
そのため、グラフェンにバンドギャップを導入する数多くの方法が報告されている。例えば、支持基板からグラフェンに対する電子またはホールのドーピング、光やイオンプラズマによるグラフェンのリソグラフィー加工、SPM探針による微細加工、及び活性化学種を用いた化学修飾による欠陥(sp3炭素)の導入などがあげられる。
【0005】
これらの方法のうち、グラフェンに化学修飾を施すことは、グラフェンへのバンドギャップ導入に加えて、グラフェンに付加する有機基の電子的または化学的性質によりフェルミ準位制御や表面特性制御も可能となるという利点を有する。そのためグラフェンの化学修飾は盛んに研究されている。
【0006】
なお、グラフェン等の化学的修飾では面内部分よりもエッジ部分の方が化学修飾されやすいことが知られている。グラフェンの化学修飾にあたっては、グラフェンの面内部分における多数の活性化学種の付加位置を制御し、所定の秩序性を保つことが重要となる。何故なら、所定の秩序性を保ちながら面内部分を化学修飾することができれば、キャリアの移動の仕方、即ち電流の制御を実現できるなどの利点があり好ましいからである。
【0007】
まず、特許文献1は、流体を基板に接触させる方法に関する発明を開示する。この発明では、基板と接触した流体の表面に、中心部と少なくとも一つの側方アームとを有する有機分子のネットワークが設けられている。そして、シリコン、金属や熱分解黒鉛(HOPG)等の表面にネットワーク分子が吸着されて形成された二次元モレキュラーシーブが開示されている。
図13に、炭素材料の6員環の平面配列102の上に有機化合物の基本骨格105aと枝部105bが連続して相互作用し形成された二次元状構造100を示す。
【0008】
次に、
図14(a)は特許文献2に係わる従来技術の模式的断面図である。特許文献2に係わる従来技術は、ステンレス、セラミクス又は樹脂等の基材113の表面に修飾炭素質膜を形成する発明である。即ち、特許文献2には、sp
2結合した炭素及びsp
3結合した炭素を含む炭素質膜とその表面(6員環の平面配列112)に水素原子と酸素原子とを含む官能基を有し、炭素質膜の表面に化学的に結合された有機物成分(グラフト鎖111)を備えた修飾炭素質膜110が開示されている。
【0009】
図14(b)は特許文献3に係わる従来技術を模式的に示すものである。電子デバイス120は、基板上にエッジが修飾されたグラフェン膜(6員環の平面配列122)をチャネルとし、そのチャネルにソース電極124とドレイン電極125とが電気的に接合された構造を有している。この電子デバイス120では、グラフェン膜のエッジに被検知物質種を吸着または被検知物質種と結合する官能基121が付加され、エッジ修飾型のグラフェンセンサが構成されている。また、グラフェン等の炭素材料のエッジではなく、6員環の平面配列の面内に化学修飾を施す方法も、多数の化学修飾基について試みがなされている。
図14(c)はグラファイトの表面をランダムに化学修飾した後、STM探針で化学修飾基を機械的に除去し、炭素表面を所望の形状に暴露する方法を示す写真である。この方法は、ナノシェービング法と呼ばれている。
【0010】
図15に、NBDを化学修飾基として炭素材料の表面に付加した様子を模式的に示す。この事例では、炭素材料の表面の6員環の平面配列に対して付加したアリール基へアリールラジカルの置換反応が縦続することで多層状態を形成する。その結果、炭素材料に対する、多数の化学修飾基の平面内での高密度修飾や付加位置制御が未達成であった。
【0011】
このように、従来の方法では、グラフェンへの活性化学種の付加は無秩序に起こり、特に面内での付加位置(sp3炭素位置)を制御することは事実上不可能である。また、付加物の修飾率を厳密に制御することも困難であった。このような問題の解決に向けた研究が幾つか報告されている。
【0012】
例えば、非特許文献1においては、Ru(0001)上の単層グラフェンに対して、シアノメチルラジカルが金属とグラフェンの相互作用に起因して、位置選択的に付加することが報告されている。しかし、この方法では次元性や周期(ピッチ)の制御が不可能である。
【0013】
また、非特許文献2では、長鎖アルキル基を持つアリールジアゾニウム塩を自己集合によりグラフェン上に配列させて、電気化学的に還元しアリールラジカルを発生させることで、グラフェンに付加が起こることが報告されている。そして、周期的な修飾の可能性が議論されている。
【0014】
これら非特許文献1と非特許文献2の方法は、周期的な化学修飾に対する魅力的なアプローチではある。しかし、どちらも炭素材料に対する化学的な表面修飾の精密制御には程遠い。化学修飾基を付加させる場合における高精度な付加位置の制御と、修飾率の制御が不十分と思われる。
【0015】
それに対して、非特許文献3においては、固体基板上や溶液中の化学反応を利用して、ボトムアップ的にナノグラフェンやグラフェンナノリボン(GNR)を合成する方法が報告されている。この方法では、設計された前駆体から適切なサイズのグラフェンやGNRが得られる利点がある。そのため、本方法に関する研究が近年盛んに行われている。しかし、それらの電子的または磁気的な性質はエッジ構造に大きく依存し、グラフェンそのものとは大きく性質が異なる。また、リボン幅をある程度以上に広げることも不可能である。
【0016】
一方、有機分子の物理吸着による自己集合単分子膜形成を利用してグラファイトやグラフェンの表面にナノパターンを形成する方法が報告されている。
例えば、非特許文献4においては、有機溶媒とグラファイトの界面において、直鎖のアルカンが自己集合によりラメラ型の単分子膜を形成することが報告されている。しかし、この非特許文献4においては、付加位置を周期的に制御しながら化学修飾を行うといった考え方は何ら開示されていない。
【0017】
非特許文献5と非特許文献6においては、新規に合成したデヒドロベンゾ[12]アヌレン(DBA)誘導体を用いた、固液界面における有機分子の物理吸着による自己集合単分子膜形成を利用して、グラファイトやグラフェンの表面にナノパターン形成を簡便に行う方法が報告されている。DBA誘導体は有機溶媒とグラファイトまたはグラフェンとの界面においてハニカム型の分子配列を形成することがSTM観測によって確認された。
【0018】
非特許文献7においては、上記の非特許文献5または非特許文献6の手法を利用し、6回対称の周期性構造をグラファイト上に形成した後、化学修飾を施した実験結果が報告されている。
【0019】
非特許文献8においては、SiCスパッタ成膜法を利用したグラフェンの製造方法が報告されている。非特許文献9においては、SiO基板上でグラフェンを形成する方法が報告されている。
【0020】
非特許文献10においては、グラフェンに対して、sp3炭素の欠陥を一次元周期的に導入した場合における、グラフェンのバンドギャップを制御し得る手法について計算予測が試みられた。
【0021】
非特許文献11においては、グラフェンまたはグラファイトの表面に、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)、または、4-ニトロベンゼンジアゾニウムクロライド(NBD)を化学修飾基として付加する方法が報告されている。そのFig.13においては、炭素材料の表面に付加されたアリール基の層を、STMの探針で部分的に除去することで、矩形の領域の炭素表面を露出させる手法が示された(
図14(c)参照)。さらに露出された当該矩形の領域をテンプレートとして、ペンタコンタンの分子を自己集合させて二つのブロックを形成する手法が示された。この先行技術において、炭素材料の表面上に自己集合したペンタコンタンは、隣接する数カ所のブロックで整列状態が観察し得るが、より大きな面積サイズにおいては、ブロックがモザイク状に配置されたものであった。このように、この非特許文献11はSTM探針によるナノシェービング法を利用するものであり、電子デバイスに使用できるように、付加物(化学修飾基)を所定の配列状態に形成することは未達成であった。
【0022】
最後に、非特許文献12においては、グラフェンにおける欠陥を異なる励起エネルギーのラマンスペクトル解析によって定量的に分析できることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【文献】WO2007/118976A2
【文献】特開2009-61725号公報
【文献】特開2012-247189号公報
【非特許文献】
【0024】
【文献】Navarro,J.J.;Leret,S.;Calleja,F.;Stradi,D.;Black,A.;Bernardo-Gavito,R.;Garnica,M.;Granados,D.;Vazquez de Parga,A.L.;Perez,E.M.;Miranda,R.Organic Covalent Patterning of Nanostructured Graphene with Selectivity at the Atomic Level.Nano Lett.2016,16,355361.
【文献】Xia,Z.;Leonardi,F.;Gobbi,M.;Liu,Y.;Bellani,V.;Liscio,A.;Kovtun,A.;Li,R.;Feng,X.;Orgiu,E.;Samori,P.;Treossi,E.;Palermo,V.Electrochemical Functionalization of Graphene at the Nanoscale with Self-Assembling Diazonium Salts.ACS Nano 2016,10,7125-7134.
【文献】Cai,J.;Ruffieux,P.;Jaafar,R.;Bieri,M.;Braun,T.;Blankenburg,S.;Muoth,M.;Seitsonen,A.P.;Saleh,M.;Feng,X.;Mullen,K.;Fasel,R.Atomically Precise Bottom-Up Fabrication of Graphene Nanoribbons.Nature 2010,466,470-473.
【文献】Rabe,J.P.;Buchholz,S.Commensurability and Mobility in Two-Dimensional Molecular Patterns on Graphite.Science 1991,253,424-427.
【文献】Li,B.;Tahara,K.;Adisoejoso,J.;Vanderlinden,W.;Mali,K.S.;De Gendt,S.;Tobe,Y.;De Feyter,S.Self-Assembled Air-Stable Supramolecular Porous Networks on Graphene.ACS Nano 2013,7,10764-10772.
【文献】Tahara,K.;Adisoejoso,J.;Inukai,K.;Lei,S.;Noguchi,A.;Li,B.;Vanderlinden,W.;De Feyter,S.;Tobe,Y.Harnessing by a Diacetylene Unit:a Molecular Design for Porous Two-Dimensional Network Formation at the Liquid/Solid Interface.Chem.Commun.2014,50,2831-2833.
【文献】田原一邦、反応性分子の自己集合による精密グラフェン化学修飾技術の開発、日本化学会 第95春季年会 2015年3月27日
【文献】三橋史典、岡田政也、舘野泰範、上野昌紀、中林隆志、テラヘルツ帯で動作するトランジスタ実現に向けた均一性に優れるグラフェン作成法 2017年7月 SEIテクニカルレビュー 第191号 53-58.
【文献】Novoselov,K.S.;Geim,A.K.;Morozov,S.V.;Jiang,D.;Zhang,Y.;Dubonos,S.V.;Grigorieva,I.V.;Firsov,A.A.Electric Field Effect in Atomically Thin Carbon Films.Science 2004,306,666-669.
【文献】Lian,J.X.;Lherbier,A.;Wang L.J.;Charlier,J.-C.;Beljonne,D.;Olivier,Y.Electronic Structure and Charge Transport in Nanostripped Graphene.J.Phys.Chem.C 2016,120,20024-20032
【文献】Greenwood,J.;Phan,T.H.;Fujita,Y.;Li,Z.;Ivasenko,O.;Vanderlinden,W.;Van Gorp,H.;Frederickx,W.;Lu,G.;Tahara,K.;Tobe,Y.;Uji-i H.;Mertens,S.F.L.;De Feyter,S.Covalent Modification of Graphene and Graphite Using Diazonium Chemistry:Tunable Grafting and Nanomanipulation.ACS Nano 2015,5,5520-5535.
【文献】Cancado,L.G.;Jorio,A.;Martins Ferreira,E.H.;Stavale,F.;Achete,C.A.;Capaz,R.B.;Moutinho,M.V.O.;Lombardo,A.;Kulmala,T.S.;Ferrari,A.C.Quantifying Defects in Graphene via Raman Spectroscopy at Different Excitation Energies.Nano Lett.2011,11,3190-3196.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
上記の従来技術においては、比較的容易にできる炭素材料のエッジ部分の化学修飾や、斑点状の化学修飾、あるいは炭素材料の表面内部をランダムに化学修飾することが実施できた程度であった。
【0026】
言い換えると、新世代のデバイス化に必要となる、高度な化学修飾を遂行するための新たな技術が未達成であった。つまり炭素材料の表面に対して化学修飾基を秩序だって付加させることが困難であった。より詳しくは、化学修飾基を炭素材料の表面に対して高密度に付加しながら、それらの面内での位置を精度よく制御することが極めて困難であった。あるいは、一定以上の面積に対して化学修飾を所望の修飾率で行うことが難しかったのである。このように、グラフェン等に対する化学ドーピングでは、高度な制御をすることが達成できず、デバイスへの利用に適した材料を作成し難いという知見が一般的であった。
【0027】
本発明の目的は、炭素材料の表面に化学修飾基が付加されてなる表面修飾炭素材料であって、多数の化学修飾基の付加位置が面内で制御された表面修飾炭素材料を提供することにある。具体的には、炭素材料の表面における付加位置について、所定の秩序性を与えた表面修飾炭素材料とその製造方法を提供することである。また、前記表面修飾炭素材料を製造するための中間体となる、有機化合物-炭素材料複合体とその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本共同発明者らは、炭素材料、例えばグラフェンまたはグラファイトの表面上に、アルカン等の自己集合により形成された膜をマスクとした化学修飾について、付加物の種別や反応条件等について鋭意検討を行った。
そして、実験結果及び理論的考察に基づいて、炭素材料の表面にマスクを載置した状態で、ジアゾニウム塩等から発生させたラジカルの付加反応を生じさせることで、その付加位置を、一次元周期性または二次元周期性を持つように制御することができることを見出したものである。
【0029】
即ち、本発明は下記[態様1]~[態様28]に関する。
[態様1]
グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の表面の少なくとも一部に、多数の化学修飾基が備えられた表面修飾炭素材料であって、
前記表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、前記化学修飾基の多数の付加位置に対応した一次元周期性が観察され得ることを特徴とする表面修飾炭素材料。
【0030】
[態様2]
前記一次元周期性に対応するピッチが2~10nmである[態様1]に記載の表面修飾炭素材料。
【0031】
[態様3]
前記炭素材料がグラフェンであって、前記表面に対するラマンスペクトルにおけるGバンドの強度IgとDバンドの強度IdとのId/Igが0.2~5.0である態様1または2に記載の表面修飾炭素材料
【0032】
[態様4]
前記炭素材料がグラファイトであって、前記表面に対するラマンスペクトルにおけるGバンドの強度IgとDバンドの強度IdとのId/Igが0.01~0.11である[態様1]または[態様2]に記載の表面修飾炭素材料。
【0033】
[態様5]
前記化学修飾基はアリール基である[態様1]~[態様4]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料。
【0034】
[態様6]
前記アリール基は下記式(1)で表わされる[態様5]に記載の表面修飾炭素材料。
【0035】
【化1】
式(1)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、COOH、SOOH、SOONH
2、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、NR
2、CN、CONHRまたはCOHである(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。)。
【0036】
[態様7]
炭素材料と、薄膜と、溶媒が備えられた有機化合物-炭素材料複合体であって、前記炭素材料は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれ、前記薄膜は有機化合物の周期性集合体によって構成され、前記炭素材料の表面が前記薄膜によって被覆され、前記溶媒は非極性有機溶媒または低極性有機溶媒であって、前記溶媒は前記薄膜上に配置されたことを特徴とする有機化合物-炭素材料複合体。
【0037】
[態様8]
前記薄膜は、炭素数15~80の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体が並列配置された前記有機化合物の周期性集合体が備えられた[態様7]に記載の有機化合物-炭素材料複合体。
【0038】
[態様9]
前記有機化合物の周期性集合体は多角形状の空孔を有する[態様8]に記載の有機化合物-炭素材料複合体。
【0039】
[態様10]
炭素材料の表面に有機化合物を用いて薄膜を生成させる第1の工程、および前記薄膜をマスクとして化学修飾用化合物を前記炭素材料の表面に反応させる第2の工程を有する表面修飾炭素材料の製造方法であって、
前記有機化合物は、炭素数15~80の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体であり、
前記炭素材料はグラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選択し、
前記第1の工程において、前記有機化合物を炭素材料の表面に自己集合させて、一次元周期性を示す薄膜状の周期性集合体である薄膜を生成し、
前記第2の工程において、前記周期性集合体の間隙の位置で前記化学修飾用化合物を前記炭素材料の表面に反応させることを特徴とする表面修飾炭素材料の製造方法。
【0040】
[態様11]
前記直鎖のアルカンまたは直鎖のアルカン誘導体は、下記式(2)で表される化合物である[態様10]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0041】
【化2】
式(2)において、Xは、H、CH
3、CF
3、CH=CH
2、C≡CH、アリール基、F、Cl、Br、I、OH、SH、NH
2、COHまたはCOOHを表わし、Yは、CH
2、CF
2、CH=CH、C≡C、芳香族炭化水素から2個の水素原子を除去して形成される2価の原子団、O、S、NH、CO、COO、CONH、NHCOまたはNHCHXを表わし、Zは、H、CH
3、アリール基、OH、SH、NH
2、COH、COOH、COOX、CONH、NHCOXまたはNHCHXを表わし、nは、式(2)中の炭素原子数が、アルカンにおいては15~80、アルカン誘導体においては10~80となる条件を満たす整数である。
【0042】
[態様12]
前記薄膜はラメラ型の単分子膜である[態様10]または[態様11]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0043】
[態様13]
前記化学修飾用化合物は下記式(3)で表わされる化合物である[態様10]~[態様12]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0044】
【化3】
式(3)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、SOOH、SOONH
2、COOH、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、CN、CONHRまたはCOHであり(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基またはアリール基である。)、Zはハロゲン原子、BF
4、BR
4またはPF
6である(
Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。)。
【0045】
[態様14]
作用極、カウンター電極、参照電極及び電解質水溶液を備えた電気化学セルを用いて化学修飾用化合物を炭素材料に電気化学的に反応させて製造する表面修飾炭素材料の製造方法であって、
前記作用極として前記炭素材料を使用し、前記炭素材料はグラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれ、
前記電解質水溶液として、前記化学修飾用化合物を含む水溶液を使用し、
前記作用極と前記電解質水溶液との間に、周期的な自己集合性を示す化合物を含む液媒体を配置し、前記電解質水溶液と前記液媒体とは相互に非混和性であることを特徴とする表面修飾炭素材料の製造方法。
【0046】
[態様15]
前記周期的な自己集合性を示す化合物は、炭素数15~80の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体である[態様14]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0047】
[態様16]
前記直鎖のアルカンまたは直鎖のアルカン誘導体は、下記式(2)で表される化合物である[態様15]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0048】
【化4】
式(2)において、Xは、H、CH
3、CF
3、CH=CH
2、C≡CH、アリール基、F、Cl、Br、I、OH、SH、NH
2、COHまたはCOOHを表わし、Yは、CH
2、CF
2、CH=CH、C≡C、芳香族炭化水素から2個の水素原子を除去して形成される2価の原子団、O、S、NH、CO、COO、CONH、NHCOまたはNHCHXを表わし、Zは、H、CH
3、アリール基、OH、SH、NH
2、COH、COOH、COOX、CONH、NHCOXまたはNHCHXを表わし、nは、式(2)中の炭素原子数が、アルカンにおいては15~80、アルカン誘導体においては10~80となる条件を満たす整数である。
【0049】
[態様17]
前記液媒体における前記アルカンまたは直鎖のアルカン誘導体の濃度が1マイクロモル/L以上である[態様15]または[態様16]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0050】
[態様18]
前記周期的な自己集合性を示す化合物は、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体である[態様14]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0051】
[態様19]
前記液媒体は、前記周期的な自己集合性を示す化合物を非極性有機溶媒、または低極性有機溶媒に溶解して得られる[態様14]~「態様18」のいずれかに記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0052】
[態様20]
前記非極性有機溶媒または低極性有機溶媒は、脂肪酸、アルキル置換ベンゼン、炭素数20未満のアルカン、アルカノール、ジアルキルエーテル、ハロゲン化炭化水素または芳香族炭化水素からなる群より選ばれる1種以上の物質である[態様19]に記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0053】
[態様21]
前記電解質水溶液における前記化学修飾用化合物の濃度は0.2~10.0ミリモル/Lである[態様14]~[態様20]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0054】
[態様22]
前記化学修飾用化合物は下記式(3)で表わされる化合物である[態様10]~[態様21]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料の製造方法。
【0055】
【化5】
式(3)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、SOOH、SOONH
2、COOH、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、CN、CONHRまたはCOHである(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基またはアリール基である。)、Zはハロゲン原子、BF
4、BR
4またはPF
6である(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。)。
【0056】
[態様23]
グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の表面の少なくとも一部の表面に多数の化学修飾基が備えられた表面修飾炭素材料であって、
前記表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、前記化学修飾基の多数の付加位置に対応した二次元周期性が備えられ、前記表面を5~15nm2の面積を有する一つの区画によって分画した場合に、化学修飾基が存在する区画の総数と全ての区画数との比率が70%以上であることを特徴とする表面修飾炭素材料。
【0057】
[態様24]
前記比率が90%以上である[態様23]に記載の表面修飾炭素材料。
【0058】
[態様25]
[態様1]~[態様6]、[態様23]または[態様24]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料を含む電界効果トランジスタ。
【0059】
[態様26]
[態様1]~[態様6]、[態様23]または[態様24]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料を含むセンサ。
【0060】
[態様27]
[態様1]~[態様6]、[態様23]または[態様24]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料を含む発光素子。
【0061】
[態様28]
[態様1]~[態様6]、[態様23]または[態様24]のいずれかに記載の表面修飾炭素材料を含む触媒。
【発明の効果】
【0062】
本発明は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の表面の少なくとも一部に、化学修飾基が付加されてなる表面修飾炭素材料であって、その化学修飾基の多数の付加位置が全体として所定の周期性を有している。このため、本発明の表面修飾炭素材料は、キャリアの移動、即ち、電流を制御できるなど多岐にわたる利点を有する。あるいは、電子デバイスを形成した場合、外部環境の変動に応じたキャリアの移動の変化を間接的に感知することができる。
【0063】
本発明の表面修飾炭素材料の製造方法は、炭素材料の表面に化学修飾基を制御しながら付加させることができ、多数の化学修飾基の付加位置に周期性がある表面修飾炭素材料を製造することができる。ガラス状炭素膜とはガラスとセラミックの性質を有する物質の膜状物体であり、その構成物質は全てsp2炭素であると言われている。熱分解炭素膜としては、例えば、1000℃程度の高温で分解されて形成された数μm程度の膜厚の炭素膜があげられる。その層構造や内部構造を、製造プロセスを変更して調整し得ることが知られている。以下、本発明における炭素材料の代表例として、グラフェンまたはグラファイトを材料として用いて実施例の実験等を行った。
【0064】
本発明の表面修飾炭素材料の製造方法において、マスクとして用いるアルカン等の分子長さや形状を適宜調整することにより、所定の周期、例えば、一次元周期性あるいは二次元周期性等を持つように配置されたsp3炭素をグラフェン等に導入することができる。
本発明の表面修飾炭素材料の製造方法は、従来のリソグラフィー法による微細加工の限界を打ち破るものである。分子レベルに近い極微細加工を実現するものであり、マスクとして用いるアルカン等の分子長により様々な幅でsp3炭素をグラフェン等に導入できる新技術である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【
図1(a)】
図1(a)は、本発明に係わる一次元周期性を示す薄膜を用いて形成した表面修飾炭素材料のSTM観測像である。各STM観測像(四角枠)の右下部の画像はSTM観測像のフーリエ変換像である。写真AはC
50H
102の場合、写真BはC
40H
82の場合、写真CはC
30H
62の場合である。
【
図1(b)】
図1(b)は、液体中におけるSTM観測の説明図である。
【
図1(c)】
図1(c)は、炭素材料の表面を、有機化合物の一例として、アルカンで構成した薄膜で覆った状態を示す模式図である。
【
図1(d)】
図1(d)は、炭素材料の表面を覆った有機化合物の配列の溝に付加物を付加させて表面修飾炭素材料を形成した状態を示す模式図である。
【
図1(e)】
図1(e)は、本発明に係わる表面修飾炭素材料の表面を示す写真(低倍率)である。
【
図2(a)】
図2(a)は、従来の表面修飾炭素材料の製造方法によって得られた表面修飾炭素材料を示す模式図である。
【
図2(b)】
図2(b)は、本発明の表面修飾炭素材料の製造方法によって得られた表面修飾炭素材料を示す模式図である。
【
図2(c)】
図2(c)は、本発明の表面修飾炭素材料の製造方法によって得られた表面修飾炭素材料(高密度型)を示す模式図である。
【
図3(a)】
図3(a)は、本発明の表面修飾炭素材料の製造方法で使用される電気化学セルの一例の外観写真である。分図(O)は斜め上方から見た写真、分図(S)は横方向から見た写真、分図(T)は直上方向から見た写真である。
【
図3(b)】
図3(b)は、実施例及び比較例で使用した電気化学セルの使用状態を示す模式断面図である。
【
図3(c)】
図3(c)は電気化学セルの各部の寸法を示すための模式断面図である。
【
図3(d)】
図3(d)は、従来技術(非特許文献11からの引用図)に係わる実験結果であり、化学修飾基としてNBDとTBDを用いた場合のCV法による電圧-電流特性のグラフである。分図(1)がNBDの場合、分図(2)がTBDの場合である。下から第一掃引波、第二掃引波となっている。
【
図3(e)】
図3(e)は、従来技術(非特許文献11からの引用図)に係わる実験結果であり、化学修飾基としてNBDを用いた場合のラマンスペクトルのグラフである。
【
図3(f)】
図3(f)は、従来技術(非特許文献11からの引用図)に係わる実験結果であり、化学修飾基としてTBDを用いた場合のラマンスペクトルのグラフである。
【
図3(g)】
図3(g)は、従来技術(非特許文献11からの引用図)に係わる実験結果であり、サイクリックボルタンメトリーによる炭素材料の表面化学修飾の方法を示す説明図である。分図(1)は、CV法の掃引時の印加電圧波形を示すグラフである。分図(2)は、CV法による掃引前のラマンスペクトルを示すグラフである。分図(3)は、CV法による掃引後のラマンスペクトルのグラフである。下から第一掃引波、第二掃引波および第三掃引波となっている。
【
図4(a)】
図4(a)は、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体の構造を模式的に示した説明図である。
【
図4(b)】
図4(b)は、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体6分子からなる6角形状の周期性構造(集合体)を示す説明図である。
【
図4(c)】
図4(c)は、多くのデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体分子が6角形状構造を連続させるように集合して形成された薄膜が炭素材料の表面に付着した状態を示す説明図である。
【
図4(d)】
図4(d)は、化学修飾基が炭素材料の表面に対して二次元方向への周期性を持って付加して得られた表面修飾炭素材料を示す説明図である。
【
図4(e)】
図4(e)は、本発明の製造方法における、[A]電気化学処理、[B]自己集合単分子膜(アルカンの薄膜)、[C]共有結合形成によるナノパターニング、[D]付加物による表面修飾の各工程の関係の説明図である。
【
図5(a)】
図5(a)は、本発明に係わる二次元周期性構造を持つ集合体の基本的形態(一例)の模式平面図である。
【
図5(b)】
図5(b)は、STM観測像における炭素材料の表面のデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体の集合体単一ユニットの相対的な大きさを示す説明図である。
【
図5(c)】
図5(c)は、 本発明の表面修飾炭素材料を製造する工程を示すフローチャートである。
【
図5(d)】
図5(d)は、 本発明による表面修飾炭素材料の他の構成例1を用いた電子デバイス90F(均一ピッチ型)の模式的平面図である。
【
図5(e)】
図5(e)は、 本発明による表面修飾炭素材料の他の構成例2を用いた電子デバイス90P(異ピッチ型)の模式的平面図である。
【
図6(a)】
図6(a)は、炭素材料の表面に化学修飾基が一次元周期性を持って配列した場合を示す模式図である。
【
図6(b)】
図6(b)は、炭素材料の表面に化学修飾基が二次元周期性(四角形格子状配列)を持って配列した場合を示す模式図である。
【
図6(c)】
図6(c)は、炭素材料の表面に化学修飾基が二次元周期性(ハニカム状構造)を持って配列した場合を示す模式図である。
【
図6(d)】
図6(d)は、細片状に加工した炭素材料(GNR)を、一次元周期性を持つ表面修飾基で修飾した炭素材料の両端に電極を形成し、電子デバイス300として使用する基本形態の模式平面図である。
【
図6(e)】
図6(e)は、細片状に加工した炭素材料(GNR)を、二次元周期性を持つ表面修飾基で修飾した表面修飾炭素材料の両端に電極を形成し、電子デバイス400として使用する基本形態の模式平面図である。
【
図6(f)】
図6(f)は、本発明の表面修飾炭素材料の両端に電極を形成しセンサとして使用する電子デバイス500の模式断面図である。
【
図6(g)】
図6(g)は、本発明の表面修飾炭素材料の両端に電極を形成しボトムゲートを有する素子構造として使用する電子デバイス600の模式断面図である。
【
図7】分図(a)は、実施例1-1において得られたサイクリックボルタモグラムである。下から第一掃引波、第二掃引波、第三掃引波、第四掃引波および第五掃引波となっている。分図(b)及び(c)は、実施例1-1において得られたSTM観測像であり、分図(b)の右上部の画像はSTM観測像のフーリエ変換像である。分図(d)は、実施例1-1において得られたラマンスペクトルである。分図(e)は、フーリエ変換像を拡大した図である。
【
図8】分図(a)は、実施例1-2において得られたSTM観測像である。分図(b)は、実施例1-2において得られたSTM観測像のフーリエ変換像である。
【
図9】分図(a)は、実施例1-3において得られたSTM観測像である。分図(a)の右上部の画像はSTM観測像のフーリエ変換像であり、分図(b)は、そのフーリエ変換像を拡大した図である。
【
図10】分図(a)は、実施例1-4において得られたサイクリックボルタモグラムである。下から第一掃引波、第二掃引波、第三掃引波、第四掃引波および第五掃引波となっている。分図(b)、(c)及び(f)は、実施例1-4において得られたSTM観測像である。分図(d)及び(e)は、実施例1-4において得られたラマンスペクトルである。分図(g)は、実施例1-4において得られたSTM観測像のフーリエ変換像である。
【
図11】
図11は、実施例1-5に対応するデータであって、分図(a)は実施例1-5において得られたサイクリックボルタモグラムであり、分図(b)、分図(c)及び分図(d)は、実施例1-5において得られたSTM観測像である。分図(a)の、下から第一掃引波、第二掃引波、第三掃引波、第四掃引波および第五掃引波となっている。分図(b)の右上部の画像はSTM観測像のフーリエ変換像である。
【
図12】分図(a)は、比較例1-1において得られたサイクリックボルタモグラムである。下から第一掃引波、第二掃引波、第三掃引波、第四掃引波および第五掃引波となっている。分図(b)は、比較例1-1において得られたSTM観測像である。分図(b)の右上部の画像はSTM観測像のフーリエ変換像である。分図(c)は、比較例1-1において得られたラマンスペクトルであり、分図(d)は、フーリエ変換像を拡大した図である。
【
図13】
図13は、特許文献1に係わる従来技術であって、グラファイト上に有機化合物の集合体が形成された様子を示す模式平面図である。
【
図14(a)】
図14(a)は、特許文献2に係わる従来技術であって、炭素質膜上にグラフト鎖が形成された様子を示す模式断面図である。
【
図14(b)】
図14(b)は、特許文献3に係わる従来技術であって、全体形状がジグザク状であるグラフェンをセンシング部位として用いたグラフェンセンサであり、グラフェンのエッジを化学修飾した様子を示す模式平面図である。
【
図14(c)】
図14(c)は、非特許文献11からの引用であって、STMの探針を用いて、多数の3,5-TBDで予めランダムに化学修飾しておいたHOPG表面をナノシェービングすることにより、所定の領域を暴露した事例の写真及び説明図である。
【
図15】
図15は、従来技術であって、炭素材料の表面に化学修飾基としてNBDが多層をなすように付加された様子を示す模式図である。
【
図16】
図16は、本発明に適用し得る、公知の有機化合物(H3BTB)を用いた単一ユニットの一例の構造模式図である。
【
図17(a)】
図17(a)は、H3BTBを用いて炭素材料の表面を化学修飾した後のSTM観測像である(分図(a))。分図(b)はサイクリックボルタモグラムである。下から第一掃引波と第二掃引波となっている。分図(c)はラマンスペクトルデータ、分図(d)はフーリエ変換像である。
【
図17(b)】
図17(b)は、DBAOC6を用いて炭素材料の表面を化学修飾した後のSTM観測像(分図(a))とフーリエ変換像(分図(b))である。
【
図18】
図18は、6角形の空孔を持つ集合体の単一ユニットとなるDBAのアルキル側鎖の長さの変形例の説明図である。
【
図19】
図19は、集合体を形成し得るDBAOC4~DBAOC10の構造模式図である。
【
図20】
図20は、周期性が発現したDBAOC10、DBAOC8及びDABOC6のSTM観測像とフーリエ変換像である。
【
図21】
図21は、本発明に適用し得る、公知の有機化合物群の構造を示す模式図である。分図(a)は、上記のDBAOCn以外の有機化合物の例として、DBA-DA化合物群において、その枝の長さが異なる単一ユニットの名称と化学式を示す説明図である。分図(b)~(e)は、DBA-DA12,12~DBA-DA32,33における、4種類の有機化合物の構造模式図である。
【
図22】分図(a)は、広域のSTM観測像である。分図(b)は、STM観測像である。分図(c)は六つの有機化合物(単一ユニット)を集合させて形成される集合体の構造模式図である。
【
図23】
図23は、二次元周期性構造を形成することができる、その他の有機化合物群の構造を示す説明図である。構造式中のnは任意の整数とする。
【
図24】
図24は、二次元周期性構造の一例として、星型正6角形の場合の説明図である。分図(a)は単一ユニットを構成する有機化合物の化学構造式を示し、分図(b)は薄膜のSTM観測像を示し、分図(c)は、STM観測像中のカゴメ構造の位置を示す説明図である。
【
図25】
図25は、二重の環状構造を有する二次元周期性構造の集合体を形成し得る化合物を示す説明図である。
【
図26】
図26(a)は、DBAOC6が表面上で6分子集合して形成される集合体における右巻き(CW)構造を示す図であり、
図26(b)は、DBAOC6が表面上で6分子集合して形成される集合体における左巻き(CCW)構造を示す図である。
【
図27】
図27(a)は、DBAOC6が形成するハニカム構造のドメイン境界近傍におけるSTM像であり、
図27(b)は、DBAOC6が形成するハニカム構造のドメイン境界近傍におけるSTM像のフーリエ変換像である。
【
図28】
図28(a)は、DBAOC6をテンプレートとして用いてグラファイトをアリール基で化学修飾して得られた修飾グラファイト表面のSTM像であり、
図28(b)は、DBAOC6をテンプレートとして用いてグラファイトをアリール基で化学修飾して得られた修飾グラファイト表面のフーリエ変換像である。
【
図29】
図29は、2分子のDBAOC6の表面上における相対的な配置態様を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0066】
本発明の表面修飾炭素材料は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の少なくとも一部の表面に多数の化学修飾基が付加されてなる表面修飾炭素材料であって、前記表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、前記化学修飾基の多数の付加位置に対応した一次元周期性が観察される表面修飾炭素材料である。一般的に、フーリエ変換像に周期性が存在しない場合とは、フーリ変換像が特徴の無いハローパターンになる場合であることが知られている。
【0067】
本発明の表面修飾炭素材料は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料を用いる。そして、グラフェン等の表面の少なくとも一部に多数の化学修飾基が所定の周期性を示すように付加されてなる炭素材料である。
グラフェン及びグラファイトは、sp2結合炭素原子がハニカム状に結合した6角形格子構造を有する炭素材料である。即ち、本発明の表面修飾炭素材料は、上記の炭素材料を構成するsp2結合炭素原子に化学修飾基を結合することにより得られる新しい炭素材料である。なお、炭素材料の下地膜として、例えば、SiO2やSiCなどの基板を用いることもできる。
【0068】
本発明の表面修飾炭素材料においては、化学修飾基が結合している炭素原子はsp3結合炭素原子となっている。換言すれば、本発明の表面修飾炭素材料は、sp2結合炭素原子からなるグラフェン等の炭素材料の表面にsp3結合炭素原子を導入して得られる炭素材料である。表面が化学修飾されるグラフェン及びグラファイトから見れば、sp3結合炭素原子という「欠陥」を含む炭素材料である。
【0069】
本発明の表面修飾炭素材料においては、その表面に対する走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)の観測像のフーリエ変換像の中に、多数の前記化学修飾基の付加位置に基づいた周期性、換言すれば、sp
3結合炭素原子または欠陥に対応した周期性が一次元方向に観察される(
図1(a)参照)。
【0070】
「周期性が一次元方向に観察される」とは、フーリエ変換像において、周期性が出現するベクトル方向が一方向のみであり、二方向以上ではないことを意味する。また、本発明において「周期性が二次元方向に観察される」とは、フーリエ変換像において、周期性が出現するベクトル方向が二方向以上であることを意味する。本発明において、周期性を定める際の方向の基準には、例えば、表面化学修飾をした炭素材料を電子デバイスとして形成した際のチャネルの長さ方向を用いることが考えられる。
【0071】
STM観測像をフーリエ変換した画像においては、サンプルにおける周期性に対応した光点が現れる。例えば、サンプルにおける化学修飾が一次元周期性のものであれば、フーリエ変換像の基準軸として、画像のX軸、Y軸の何れでもよいが仮にX軸と仮定すれば、その原点に対してX軸上の対称な位置に強い光点を観察することになる。加えて輝度が低い光点が現れる場合には、フーリエ変換像の原点から輝度の高い光点を結ぶベクトル方向であって、原点からより遠い位置に2倍、3倍の周期が発現することとなる。
【0072】
また、二次元周期性の場合は、一般的に原点を中心として、X軸上及びY軸上にそれぞれ対称性のある光点群を観察することになる。周期性集合体を単位として平面上で連続配列せしめたテンプレートを用いて炭素材料を表面修飾した場合、そのSTM画像のフーリエ変換像においては、原点を中心とした回転対称性の光点を観察することになる。例えば、テンプレートがハニカム状であって、それに対応して表面修飾を施した炭素材料のSTM観測像のフーリエ変換像においては、その基本単位として、少なくとも原点を中心とした6角形の頂点に位置する光点を必ず観察する。
【0073】
また、X軸上の二つの交点が強く発現していて、その他に、2次元周期性の位置に薄い交点が観察される場合は、全体として二次元周期性のものに該当すると判断する。最も基本的な事例を以下の表1に模式的に示す。なお、ハニカム状の2次元周期性配列の場合は、フーリエ変換像の光点群は60度の回転対称性を有するが、チャネルに沿って炭素材料の六員環配列をアームチェア構造かジグザグ構造に設定するかで、フーリエ変換像における光点の現れ方が30度異なることになる。表1中の破線の矢印はチャネルの方向を意味する。
【0074】
【0075】
本発明において、適用し得る走査型プローブ顕微鏡としては、特に制限はなく、走査型トンネル顕微鏡(STM:Scanning Tunneling Microscope)及び原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)等を挙げることができる。後述する実施例においては、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて炭素材料の表面を観測した。
【0076】
STMは、探針-試料間の至近距離で働くトンネル効果により、非接触でも流れるトンネル電流を検出するSPMの一種である。
図1(b)に、その概略構成を示す。導電性基板161の上に載置した試料162に電圧を印加し、その表面をプローブ160によって三次元的に観察することができる。用いる探針が鋭いほど、分解能が向上する。原子レベルの観測には単原子または単分子探針を用いることが通常である。
【0077】
STM観測では、超高真空中で原子分解能を得ることができ、大気中や液体中でも分子分解能が得られる。本発明においては、炭素材料の表面状態や原子構造などの実空間像を高い空間分解能で得るため、さらには炭素材料の表面における付加物の場所を特定し、表面全体における付加物の配列状態を検出するためにSTMを用いた。
【0078】
本発明において、炭素材料の表面を化学修飾するため、その表面を被覆する有機化合物で形成した薄膜を用いる。その薄膜をマスクとして使用し、薄膜の空孔の位置で化学修飾基を炭素材料の表面と反応させる。その結果、化学修飾基の付加位置を面内で制御することができる。本発明において、面内に存在する空隙(溝)または多数の空孔の配列が一次元周期性、または二次元周期性を呈する薄膜を用いることができる。
【0079】
一次元周期性では、STM観測像から読み取ることができるように、薄膜が構成する分子列間の周期が一次元周期に対応している。それに対して、分子列と平行方向の周期はランダムとなっている。つまり、一つのベクトル方向のみに周期が存在している。一方で、二次元周期性には二つ以上のベクトル方向に周期性が発現するものである。
【0080】
前記フーリエ変換像は、表面修飾炭素材料の表面に対してSTM観測を行い、得られた観測像をフーリエ変換することにより得られた像である。フーリエ変換像により、表面修飾炭素材料における、多数の化学修飾基の付加位置に対応した周期性を確認することが可能である。
【0081】
STM観測は以下の手法によって行った。後述する電気化学法で用いる有機溶剤とグラファイト(炭素材料)の界面において、グラファイトの一段(ステップ)を約100pmから500pmの範囲で観測することができるスキャナを用いて、表面修飾したサンプルをSTM観測した。得られたSTM画像についてSPIPイメージ解析ソフトウェア(登録商標)により、傾き補正を施した後に、FFT処理を行って付加物の周期性を評価した。このFFT処理では、光点の検出のための閾値の設定が不要である。何故なら、上記の相対的な高さが高い部分、つまり、炭素材料の表面に付加せしめたアリール基の部分の周期を確実に検出するからである。
【0082】
この場合、後述する実施例では、テンプレートとして用いるアルカンの高さが約50pm、アリール基の高さが約200~250pmとして観測される。また、他の実施例でテンプレートとして用いるDBAの場合も、DBAの高さを約50pm、アリール基の高さを約200~250pmとして計測することができる。
【0083】
あるいは、個々の付加物を検出することが必要な場合には、アルカンやDBAなどのテンプレート分子の高さよりも、炭素材料の表面よりも高い位置の成分を検出する手法が考えられる。さらに、化学修飾基とテンプレートとの高さの差の有効数値が必要となる場合には、例えば、上記校正済みのスキャナで、計測の際の閾値となる見かけ高さを100pm以上に設定することもできる。また、後述するシェービング法を用いて表面修飾を施す場合には、炭素材料(グラファイト)自体の表面との高さの差ということになる。例えば、校正済みのスキャナで、500pm~2000pm程度が想定される(参照:非特許文献11)。
【0084】
フーリエ変換像の中に観察された前記周期性は、例えば、一次元周期性構造であれば、2~10nmのピッチである。
図1(a)は、本発明に係わる一次元周期性構造を持つ、3種類のアルカンを用いて形成した薄膜のSTM観測像と、各STM観測像(四角枠)の右下部の画像はSTM観測像のフーリエ変換像を対比的に示すものである。
【0085】
図1(a)において、STM観測像Aは、用いた有機化合物がC
50H
102の場合である。STM観測像BはC
40H
82の場合である。STM観測像CはC
30H
62の場合である。
また、それぞれのSTM観測像における周期性は、STM観測像A、B、Cの順に、それぞれ6.8nm、5.8nm及び4.1nmである。つまり、用いた有機化合物(アルカン)の炭素数及び直鎖の物理的寸法(分子長)によって、膜単位(ブロック)の一辺の長さがまず決定されることになる。次に、このブロックの配列と溝の位置に連動して、多数の化学修飾基の配列における一次元周期性が形成されたものと考えられる。
【0086】
つまり、本発明の表面修飾炭素材料の一態様においては、表面修飾炭素材料における多数の化学修飾基の付加位置、換言すればsp3結合炭素原子または欠陥が、フーリエ変換像において、一次元方向に2~10nmの周期で観察される。前記周期性は好ましくは2~9nmである。フーリエ変換像による周期性の確認については実施例において詳述する。
【0087】
このような周期性を有する表面修飾炭素材料を製造する方法については後述する。
化学修飾基としては、グラフェン等の炭素材料の表面に付加することが可能な基であれば特に制限はないが、前記周期性を確認する上での利便性から、アリール基が好ましい。アリール基としては、例えば下記式(1)で表わされる基を挙げることができる。
【0088】
【化6】
式(1)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、SOOH、SOONH
2、COOH、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、CN、CONHRまたはCOHであり、Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等が挙げられる。
【0089】
本発明の表面修飾炭素材料においては、その表面に対するラマンスペクトルにおいて、Gバンド及びDバンドが現れることが好ましい。さらに、グラフェンの少なくとも一部の表面に化学修飾基が付加された表面修飾炭素材料においては、Gバンドの強度IgとDバンドの強度IdとのId/Igが好ましくは0.2~5.0、より好ましくは0.3~4.0、さらに好ましくは0.5~3.0である。
【0090】
なお、上記の非特許文献10においては、グラフェンにおけるsp3炭素の密度(距離)とId/Igの値との関係が説明されている。例えば、sp3炭素間の距離が5nmであるとすると、Id/Igの値が2.9になるとしている。また、ある密度以上に修飾すると、Id/Igの値の増大が止まるとも説明がなされている。
【0091】
次に、グラファイトの少なくとも一部の表面に化学修飾基が付加された表面修飾炭素材料においては、Gバンドの強度IgとDバンドの強度IdとのId/Igが好ましくは0.01~0.11、より好ましくは0.01~0.08、さらに好ましくは0.01~0.06である。Id/Igが前記範囲内である表面修飾炭素材料は、十分な化学修飾基を有しており、新たな炭素材料として有効利用し得る。また、本発明における炭素材料の表面に付加された化学修飾基(付加物)200℃程度の周囲温度においても、その付加状態を保持し維持することができる。
【0092】
本発明の表面修飾炭素材料の製造方法の一例として、アルカンまたはアルカン誘導体を、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の少なくとも一部の表面に、一次元周期構造を備えた薄膜として付着させ、該薄膜をマスクとして化学修飾用化合物を前記炭素材料に反応させ、前記表面に化学修飾基を付加する方法を挙げることができる。
前記アルカンまたはアルカン誘導体としては、炭素数15~80、好ましくは16~60の直鎖のアルカンまたは炭素数10~80、好ましくは12~60の直鎖のアルカン誘導体を用いることが好ましい。
【0093】
なお、本発明における化学修飾用化合物とは、6員環平面配列を構成する炭素と共有結合する反応基を持つ化合物の一群を意味する。かつ、化学修飾用化合物同士が層をなすような化学結合を生じないことが重要である。稠密な化学修飾を達成するには、化学修飾用化合物は、構造が複雑ではなく空間的に対称性を持つ比較的小さな分子構造であることが好ましい。後述する実施例や比較例では、それぞれ一種の有機化合物を用いたが、目的とする化学修飾の作用・効果を失うことが無い限り、同時に複数の化合物を併用することもできる。
【0094】
「一次元周期構造を備えた薄膜」とは、直鎖のアルカンまたはアルカン誘導体の分子が平行に配列して形成される三つ以上の膜単位(ブロック)からなる薄膜である。この薄膜においては、それぞれのブロックに含まれるアルカン等の分子鎖が、隣り合うブロックに含まれるアルカン等の分子鎖と直列的に並ぶ。
【0095】
そして、その際、それぞれのブロックは間隔をあけて配置されるように形成される。このように、アルカン等の分子鎖が分子鎖方向に、即ち一次元方向に周期的に配列されていることになる。前記薄膜は、アルカンまたはアルカン誘導体の単分子膜でもよく、この単分子膜が二層以上積層された多分子膜でもよい。化学修飾用化合物と炭素材料との反応のしやすさの点から、単分子膜であることが好ましい。前記薄膜は、例えばラメラ型の単分子膜である。
【0096】
なお、アルカン等の直鎖状分子を所定の配列で整列させるには、アルカン等を含む溶液に僅かな流れを生じさせることで、その流れ方向に沿って自己整合し得る分子鎖の配列を自然に生じるようにすればよい。または、形成しようとする領域の外側に、物理的方法により矩形等に表面形状を加工して、テンプレートを予め形成することで、そのテンプレートの内側形状に沿って、分子鎖のブロックの形成を誘導することもできる。
【0097】
本発明に用いることができる炭素数15~80の直鎖のアルカンとしては、特に制限はなく、いずれのアルカンも使用することができる。具体的には、炭素数30のトリアコンタン、炭素数40のテトラコンタン、炭素数50のペンタコンタンなどである。炭素数14以下の直鎖アルカンであると、吸着力が弱く、その単分子膜をマスクとして用いることは適当でない場合が多く、周期的な修飾が起こることはあまり期待できない。炭素数81以上の直鎖アルカンであると、吸着力が強すぎて修飾率の低下を引き起こす場合が多い。
【0098】
アルカン誘導体では、炭素数が15より小さくても、官能基の種類によっては強い分子間力が得られ、マスクとして適した単分子膜を作ることが可能であるので、炭素数10以上であれば使用し得る化合物が存在する。炭素数15~80の直鎖のアルカン及び炭素数10~80の直鎖のアルカン誘導体は、例えば、下記式(2)で表すことができる。
【0099】
【化7】
Xは、H、CH
3、CF
3、CH=CH
2、C≡CH、アリール基、F、Cl、Br、I、OH、SH、NH
2、COHまたはCOOHを表わし、Yは、分子中に一つまたは複数存在するCH
2、CF
2、CH=CH、C≡C、アリール基、O、S、NH、CO、COO、CONH、NHCOまたはNHCHXを表わし、Zは、分子中に一つまたは複数存在するH、CH
3、アリール基、OH、SH、NH
2、COH、COOH、COOX、CONH、NHCOXまたはNHCHXを表わす。
【0100】
nは、式(2)中の炭素原子数が、アルカンにおいては15~80、アルカン誘導体においては10~80となる条件を満たす整数である。式(2)において、n個あるYはそれぞれ同じであっても異なっていてもよく、n個あるZもそれぞれ同じであっても異なっていてもよい。
【0101】
前記化学修飾用化合物は、グラフェン等の炭素材料の表面と反応し、その表面に付加する前記化学修飾基を誘導する化合物である。前記化学修飾用化合物としては、グラフェン等の炭素材料と反応し、グラフェン等の炭素材料の表面に前記化学修飾基を付加することができれば特に制限はない。その際、付加した化学修飾基の周期性を確認する上での利便性の観点から、アリール化合物が好ましい。アリール化合物としては、例えば下記式(3)で表わされる化合物を挙げることができる。
【0102】
【化8】
式(3)において、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、OR、SOOH、SOONH
2、COOH、NO
2、COOR、SiR
3、H、F、Cl、Br、I、OH、NH
2、NHR、CN、CONHRまたはCOHであり(Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基またはアリール基である。)、Zはハロゲン原子、BF
4、BR
4またはPF
6である(
Rはアルキル基、アルケニル基、アルキニル基もしくはアリール基またはそれらのハロゲン置換体である。)。
【0103】
上記式(3)で表わされる化合物としては、具体的には、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)、3,4,5-トリアルコキシベンゼンジアゾニウムクロライド,4-ニトロベンゼンジアゾニウムクロライド(NBD)等を挙げることができる。
【0104】
TBDとグラフェン及びグラファイトとの反応は、例えば次のように進行する。
【0105】
【0106】
まず、TBDが還元されてアリールラジカルが発生する。このアリールラジカルがグラフェン等の炭素材料の表面に付加する。この反応により、グラフェン等の炭素材料の表面に、TBDから誘導された化学修飾基が付加した表面修飾炭素材料が得られる。TBDから誘導された化学修飾基が付加した炭素原子はsp3結合炭素原子となる。
【0107】
図1(c)と(d)は、前記表面修飾炭素材料の製造方法を示す模式図である。
図1(c)に、グラフェンまたはグラファイトである炭素材料1の表面に、直鎖状アルカン2が、一次元周期構造を備えた薄膜3として付着した状態を示す。
【0108】
図1(c)においては、薄膜3は、三つのブロック(膜単位)から構成されている。薄膜3においては、直鎖状アルカン2は平行に配列してブロックを形成している。そして、各ブロックに含まれる直鎖状アルカン2の分子鎖が、隣り合うブロックに含まれる直鎖状アルカン2の分子鎖と直列的に並ぶように、各ブロックが間隔をあけて配置されている。つまり、薄膜3においては、平行に配列した直鎖状アルカン2が分子鎖方向に、即ち一次元方向に周期的に配列されている。
【0109】
図1(c)に示した炭素材料1に、化学修飾用化合物として前記アリール化合物を反応させると、薄膜3がマスクとして機能する。そして、前記アリール化合物から派生したアリールラジカルは、
図1(d)で示すように、直鎖状アルカン2からなるブロックを挟むように、ブロック間の溝部分で炭素材料1の表面に付加する。この反応により、炭素材料1の表面に化学修飾用化合物から誘導された化学修飾基4が付加してなる表面修飾炭素材料5が得られる。
【0110】
図1(d)から読み取ることができるように、この表面修飾炭素材料の製造方法において、多数の化学修飾基4の付加位置はマスクとして用いられた薄膜3によって制御され得る。化学修飾基4は、薄膜3を構成する直鎖状アルカン2を挟むように付加する。このことによって、化学修飾基4は直鎖状アルカン2の分子長に対応する間隔をおいて、直線状に2列または3列以上の列をなして炭素材料1に付加することになる。即ち、化学修飾基4の付加位置は、マスクとして用いた薄膜3の分子鎖方向、即ち一次元方向に周期性を有する。
【0111】
このように、多数の化学修飾基の付加位置が表面上において所定の周期性を有している。そのため、表面修飾炭素材料5の表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像において、多数の化学修飾基4の付加位置に対応した一次元周期性が観察されることになる。また、
図1(e)に、本発明に係わる表面修飾炭素材料の表面を示す写真を示す。その視野のサイズは、X方向が200nm、Y方向が200nmである。
【0112】
以上説明したとおり、この表面修飾炭素材料の製造方法においては、使用した直鎖のアルカンまたはアルカン誘導体の分子長に対応した周期性が得られる。つまり、分子長の長いアルカンまたはアルカン誘導体を使用すれば長い周期性が得られ、分子長の短いアルカンまたはアルカン誘導体を使用すれば短い周期性が得られる。
【0113】
例えば、炭素数30のトリアコンタンを使用した場合には3.5~4.5nm程度の周期性が得られ、炭素数40のテトラコンタンを使用した場合には5.0~6.0nm程度の周期性が得られ、炭素数50のペンタコンタンを使用した場合には6.5~7.5nm程度の周期性が得られる(
図1(a)を参照)。
【0114】
この表面修飾炭素材料の製造方法において、グラフェン等に付加される化学修飾基の量は、グラフェン等に反応させる化学修飾用化合物の量を増減することにより調整することができる。炭素材料であるグラフェン等の表面は平面であることが、周期性の高い修飾が起こりやすい点で好ましい。表面に凹凸があっても周期的な修飾は可能である。しかし、凹凸を有する表面に化学修飾用化合物を反応させると、化学修飾用化合物は凹凸の大きな部分に先に反応する。そして、表面の凹凸が大きくなりすぎると周期的な修飾が起こりにくくなる。
【0115】
図2(a)、(b)及び(c)は、表面修飾炭素材料の模式図である。
図2(a)は、従来技術に係わる表面修飾炭素材料に係わるものであって、アルカン等の薄膜をマスクとして用いずに得られた表面修飾炭素材料15aを示す。化学修飾基14が炭素材料の表面にランダムに付加されていることがわかる。
【0116】
本発明に係わる表面修飾炭素材料に係わる
図2(b)及び
図2(c)は、アルカン等の薄膜をマスクとして用いて製造した表面修飾炭素材料を示す。これらの
図2(a)、(b)及び(c)に示した表面修飾炭素材料は、いずれもグラフェンまたはグラファイトにTBDを反応させて製造した表面修飾炭素材料を示す。
【0117】
図2(a)に示した表面修飾炭素材料15aは、多数の化学修飾基14を有するが、その付加位置が制御されておらず、化学修飾基14の面内方向における付加位置はランダムであり、周期性を有しない。このため、表面修飾炭素材料15aの表面に対する走査型トンネル顕微鏡像のフーリエ変換像において、化学修飾基14の付加位置に対応した周期性が観察されることはない。
【0118】
図2(b)に示した表面修飾炭素材料15b及び
図2(c)に示した表面修飾炭素材料15cは、いずれも直鎖状アルカン12が平行に配列して形成された薄膜13をマスクとして用いて製造した最も理想的なものであり、多数の化学修飾基14は直鎖状アルカン12を挟むように、薄膜13を構成する直鎖状アルカン12のブロック間の溝に沿って直線状に付加されている。
【0119】
つまり、多数の化学修飾基14は直鎖状アルカン12の分子長に対応した間隔をおいて付加されている。その結果として、多数の化学修飾基14の付加位置は制御されている。
図2(b)及び(c)においては、―つのブロック(膜単位)のみを表示する。
図1(c)と(d)では、薄膜13は炭素材料の表面に配置された三つのブロックを有するものとして模式的に示している。
【0120】
このため、表面修飾炭素材料15b及び15cの表面に対する走査型トンネル顕微鏡像のフーリエ変換像には、多数の化学修飾基14の付加位置に対応した周期性が観察される。その周期は、直鎖状アルカン12の分子長に対応した長さになる。表面修飾炭素材料15cは、表面修飾炭素材料15bより高密度に化学修飾基14が付加されている。
図2(b)及び(c)の中に表記されている点線は、薄膜13を構成する直鎖状アルカン12の配列を示している。
【0121】
本発明において、化学修飾基の配列は、STM観測像上でほぼ直線状に並んでいると視認できる場合に限られない。本発明は、例えば、多数の化学修飾基が付加された位置が、周期性を示す所定の方向において、例えば、2~3nm、好ましくは、1~2nm程度の幅の帯状領域内に配置されたかのような場合を含むものである。化学修飾基が付加された箇所が、巨視的に周期性の配列を示すものであれば、当然、本発明に含まれると考えられる。”マスク”の隙間に相当する帯状領域は、いわば不安定領域であるが、その面上における形状は、周期性の条件を逸脱しない限り直線的でも曲線的であってもよい。
【0122】
また、周期性を示す所定の方向に対して垂直方向、すなわちアルカンの長軸方向に対して垂直方向には、付加された化学修飾基間の間隔は1nm程度より大きく、周期性は示されない。このような一次元周期性は、最大でアルカン等の薄膜のグレイン全体に広がる。なお、典型的なグレインの面積は1μm2程度より大きい。
【0123】
なお、
図1(d)並びに
図2(b)及び
図2(c)の表面修飾炭素材料は、マスクとして用いたアルカン等の薄膜が炭素材料の表面に付着したままの状態を示している。しかし、この薄膜は表面修飾炭素材料の表面から除去することが可能である。場合によっては、素子特性に影響を与えないことを前提とすれば、薄膜は炭素材料の表面を保護する保護層として、除去することなく、そのまま残すことも可能である。
【0124】
上記の表面修飾炭素材料の製造方法の一具体例として、電気化学セルを用いた方法が挙げられる(以下、電気化学法とも呼ぶ。)。この電気化学セルを用いた方法を、
図3(a)~(g)を、参照しながら説明する。上記の電気化学セルを用いて化学修飾用化合物を炭素材料に電気化学的に反応させて表面修飾炭素材料を製造する。電解質水溶液としては、化学修飾用化合物を含む水溶液を使用し、作用極と電解質水溶液との間に、周期的な自己集合性を示す化合物を含む液媒体を配置する。その際、電解質水溶液と前記液媒体とは相互に非混和性である。
【0125】
まず、
図3(a)は、本表面修飾炭素材料の製造方法で使用される電気化学セルの一例の外観写真である。電気化学セルの本体の材料は例えばPTFEである。
図3(b)、(c)は、電気化学セルの模式断面図である。
図3(d)~3(g)は上記の非特許文献11からの引用であり、
図3(d)は、炭素材料に対する表面修飾を、NBDまたはTBDを用いてCV法を適用した場合の電圧-電流特性のグラフを示す。
図3(e)と(f)は、NBDとTBDで表面修飾した後のラマンスペクトルの結果を対比的に示すグラフである。これらの手法は本発明において、製造上の基本要素として直接的にまたは間接的に利用しているものである。
【0126】
図3(g)は、TBDを用いた化学修飾を行うため、サイクリックボルタンメトリー(CV法)で還元処理を行った際の電圧-電流特性を示すグラフと、CV法による処置の前後におけるラマンスペクトルを示すグラフである。
【0127】
図3(g)の分図(1)は3回の掃引時の電圧・電流特性を示しており、縦軸に交わる曲線の下側から順に1回目、2回目、及び3回目の掃引の場合を示している。1回目の掃引で電気化学反応、すなわちアリールジアゾニウム塩の還元反応のほとんどが進行しており、掃引回数が増すごとに電流が減ることから、反応が終了する傾向にあることを意味している。分図(2)と(3)は修飾前と修飾後のラマンスペクトルを示している。
【0128】
図3(b)、(c)に示す電気化学セル20は、作用極21、カウンター電極22及び参照電極23を備えている。作用極21はグラフェンまたはグラファイトである。この表面修飾炭素材料の製造方法においては、作用極となるグラフェンまたはグラファイトに対して電気化学的に化学修飾用化合物を反応させることにより表面修飾炭素材料を製造する。カウンター電極22は、例えば白金電極であり、参照電極23は、例えば銀/塩化銀電極である。一例として、
図3(c)において、装置の円筒部の高さ方向における上部のH
1は35mm、下部のH
2は3mmである。φ
1およびφ
2は内部の反応槽の内径であって、例えば、上部のφ
1は20.4mm、下部のφ
2は7mmである。
【0129】
電気化学セル20内において、作用極21の上に、周期的な自己集合性を示す化合物を含む液媒体24が配置され、液媒体24の上に電解質水溶液25が配置される。液媒体24は、電解質水溶液25から分離し得る性質を有し、電解質水溶液25と相互に混ざり合わない。
【0130】
炭素材料としてのグラファイトの大きさは、例えば、縦:12mm×横:12mm×厚み:2mmである。厚みに下限はなく、薄くても処理することができる。厚みの上限も数cmまで設置することができる。グラフェンの場合は、例えば、縦:10mm×横:10mm×厚み:1mmである。本実施例では、プラスチック基板上の銅フィルム(厚み35μm)に載置された市販製品の単層グラフェンを用いた。あるいは、シリコン基板上に電極等をあらかじめ端子形成したグラフェンリボンを対象として電気化学処理することも可能である。
【0131】
本発明に係る表面修飾炭素材料の製造方法においては、作用極と電解質水溶液との間に、周期的な自己集合性を示す化合物であるアルカン等を含む液媒体が配置されることに特徴を有する。従来の電気化学セルを用いた表面修飾炭素材料の製造方法においては、作用極となるグラフェンまたはグラファイトと電解質水溶液との間に前述のような液媒体が配置されることはなかった。
【0132】
本発明に用いるサイクリックボルメタンメトリー(CV)には、任意の電圧発生装置(ファンクションジェネレータ)や精密電圧源(ポテンショスタット)、電気化学セル、X-Yレコーダ、波形観測装置(オシロスコープ)などを準備すればよい。スキャン速度は0.01V~0.50V/秒に設定し、ボルタモグラムをX-Yレコーダに記録することができる。作用電極の電極上では、目的とするサンプルに対する電気化学作用を生じさせる。反応槽内で電位を負方向に掃引して還元波を生じさせる。印加した電位を横軸、応答電流値を縦軸とするサイクリックボルタモグラム(cyclic voltammogram)をそれぞれのサンプルについて記録することができる。サイクリックボルメタンメトリーとしては、例えば、Autolab社のPGSTATION101ポテンショスタット、ALS/CH instruments社のALS電気化学アナライザーシリーズ(600シリーズ)などがあげられる。
【0133】
本発明において、電気化学セル中の電解質水溶液25は、化学修飾用化合物を含む水溶液である。電解質水溶液25は、化学修飾用化合物以外に、亜硝酸ナトリウムや塩酸等の電解質を含有する。
【0134】
電気化学セル20において電極電位を掃引すると、電解質水溶液25に含まれていた化学修飾用化合物が、作用極21であるグラフェン、グラファイト等の炭素材料と反応し、化学修飾基が作用極21であるグラフェン等の表面に付加される。化学修飾用化合物が上記式(3)で表わされる化合物である場合には、化学修飾用化合物が還元されてアリールラジカルが発生し、このアリールラジカルが作用極21であるグラフェン等の表面に付加する。このような電気化学反応機構を用いて、炭素材料の表面に化学修飾基を制御して付加させている。
【0135】
本発明を見出すに至った重要な要素は、誘電率の小さい非極性の有機溶剤に、マスクとなる有機化合物の分子を溶解し、グラファイト等の炭素材料の表面上に配置し、さらにその上にアリールジアゾニウム塩を含む電解質水溶液を配置したことである。
従来、全く知られていない、この新規な手法を構築したことにより、有機溶剤によってマスク(有機化合物の分子)となる薄膜の形成を、炭素材料の表面上で制御しながら促進させることができた。
【0136】
そして、炭素材料の表面に化学修飾基を付加する際に、如何にして周期性が発現しているのかは完全に解明することができてはいない。想定し得る一つの作用・機構として、化学反応が進行するにつれて、マスクに対して動的なゆらぎを引き起こすことが出来たことが考えられる。本発明の構成により、化学修飾基(付加物)を炭素材料の表面において、確実に周期性を発現するように形成できるのである。このように、薄膜と有機溶剤とを組み合わせた構成を採用することを着眼できた点に大きな意義がある。
【0137】
図3(d)に、CV法による還元処理を行う際に、化学修飾基としてNBDを用いた場合と、TBDを用いた場合を対比して示した。いずれの場合もグラフの縦軸の下側から1回目の掃引を行ったものである。化学修飾基がTBDの場合には、CV法の処置の結果、電圧-電流特性が徐々に変わっていく様子を読み取ることができる。
【0138】
次に、化学修飾基としてNBDを用いた場合とTBDを用いた場合とを対比するために、
図3(e)に化学修飾基としてNBDを用いた場合のラマンスペクトルの一例を、
図3(f)にTBDを用いた場合のラマンスペクトルの一例を示す。
図3(e)のNBDの場合にはId/Igに目立った変化が起きなかったことがわかる。
それに対して、
図3(f)のTBDを用いた場合には、TBDの含有量に応じて、Id/Igに大きな変化が生ずることを確認することができる。TBDの含有量が5mMの場合に、ラマンスペクトルのId/Igが約0.10となっている。
【0139】
本発明において、後述する実施例では電気化学法としてサイクリックボルタンメトリー法(CV法)を用いている。しかし、本発明はCV法に限定されることはなく、微分パルスボルタンメトリー法、クロノアンペアメトリー法及びクロノクーロメトリー法など、還元反応を生起できる方法であれば基本的に適用することができる。
【0140】
本発明の製造方法において用いる薄膜の形成に際し、液媒体24に含まれている前記周期的な自己集合性を示す化合物は、周期的に自己集合して、作用極21であるグラフェン等の表面に周期構造、即ち一次元周期性または二次元周期性を備えた薄膜として付着する。この薄膜が、化学修飾用化合物と作用極21であるグラフェン等の表面との反応においてマスクとして機能し、前述したように、化学修飾基が作用極21であるグラフェンまたはグラファイトに周期性をもって付加される。本発明に係る有機化合物-炭素材料複合体26は、このプロセス内において存在する。
【0141】
本発明で用いる化合物は、周期的に自己集合して周期構造を備えた薄膜を形成でき、その周期性に従って化学修飾用化合物がグラフェン等の表面に周期的に結合できるものであればよい。このような性質を発現する化合物であれば特に制限はない。本発明において、前記周期的な自己集合性を示す化合物には、一次元的な周期性を持って集合する化合物、及び二次元的な周期性を持って集合する化合物が存在する(後で詳述する
図4(e)の「A 電気化学処理」を参照)。
【0142】
したがって、前記周期的な自己集合性を示す化合物として、一次元的な周期性を持って集合する化合物を使用すれば、多数の化学修飾基の付加位置に対応した周期性が一次元方向に観察される表面修飾炭素材料が得られる。また、二次元的な周期性を持って集合する化合物を使用すれば、多数の化学修飾基の付加位置に対応した周期性が二次元方向に観察される表面修飾炭素材料が得られる。
【0143】
一次元的な周期性を持って集合する化合物としては、例えば、前述した炭素数15~80、好ましくは16~60の直鎖のアルカン及び炭素数10~80、好ましくは12~60の直鎖のアルカン誘導体等を挙げることができる。
【0144】
本発明において、これらの直鎖のアルカンまたは直鎖のアルカン誘導体を用いると、これらの有機化合物が周期的に自己集合して、前述の一次元周期構造を備えた薄膜、例えばラメラ型の単分子膜として、作用極21であるグラフェン等の炭素材料の表面に付着する。
【0145】
このハニカム構造はグラフェン等の炭素材料を構成する炭素の主軸方向に沿って一定の周期性配列を備えることになる。表面全体を覆うものではなく、およそ一定の領域に亘って周期性を示すものであればよい。このように周期的な自己集合性を示す化合物として直鎖のアルカンまたは直鎖のアルカン誘導体を用いることができる。すると、前述したように、表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、多数の化学修飾基の付加位置に対応した周期性が一次元方向に観察される表面修飾炭素材料が得られる。
【0146】
二次元的な周期性を持って集合する化合物としては、例えば、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体等を挙げることができる。
デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体を用いると、これらが周期的に6角形状に自己集合して、6角形が連続した構造、いわゆるハニカム構造を備えた薄膜として、電気化学セルの作用極21であるグラフェン等の炭素材料の表面に付着する。したがって、前記周期的な自己集合性を示す化合物としてデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体を用いると、表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、多数の化学修飾基の付加位置に対応した周期性が二次元方向に観察される表面修飾炭素材料が得られる。
【0147】
デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体は、例えば下記式(4)で表わされる。
【0148】
【化10】
式(4)において、nは4~30の整数である。
デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体の周期的な自己集合を、
図4(a)~(d)を用いて説明する。
図4(a)は、基本骨格30の一例となり得るデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体の構造を模式的に示した図である。
【0149】
上記の式(4)における三つのベンゼン環が結合して形成される三角形状の構造は、
図4(a)の中央部の三角形に相当する。各ベンゼン環に結合したアルキル鎖またはアルコキシ基であるRは、三角形の部分から枝のように延びている6本の細長い長方形で示している。そして、
図4(b)に示すように、液媒体24に含まれていたデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体の6分子が集合し、相互のアルキル鎖またはアルコキシ基が並列させられ、6角形状の周期性構造33Uを形成する。
【0150】
さらに、
図4(c)に示すように、多くの分子が連続した6角形状構造を形成するように集合する。その結果、炭素材料41の表面においてハニカム構造の集合体33Uが集合し形成されたような薄膜43を形成する。このようにして、作用極として働く、グラフェン等の炭素材料41の表面に薄膜43が付着する。この状態で化学修飾用化合物を炭素材料41に反応させると、薄膜43はマスクとして機能し、化学修飾用化合物は薄膜43の6角形状を持つ集合体33Uの空隙部(空孔)において炭素材料41の表面と反応する。
【0151】
すると、
図4(d)に示すように、化学修飾基44が、薄膜が有する連続した6角形構造(集合体33U)の周期性に応じた二次元方向への周期性を持って付加した表面修飾炭素材料45が得られる。この
図4(d)においては、七つの6角形状の空孔の中に、それぞれ化学修飾基44が付加された様子を示している。デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体が有する六つのアルキル鎖またはアルコキシ基が長いほど、薄膜に大きな6角形状の空隙が形成され、より大きな化学修飾用化合物が炭素材料に反応し得るようになる。しかし、6角形状の空隙が大きくなりすぎると、薄膜のマスクとしての機能が弱まり、化学修飾基の付加位置を十分に制御できなくなるので、多数の化学修飾基の付加位置の周期性が低下する。
【0152】
一方、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体が有する六つのアルキル鎖またはアルコキシ基が短いほど、薄膜に小さな6角形状の空隙が形成され、多数の化学修飾基の付加位置を制御しやすくなる。そのため、表面全体における化学修飾基の付加位置の周期性が向上する。しかし、短い周期を有する表面修飾炭素材料は得られやすいが、長い周期を有する表面修飾炭素材料は得られにくくなる。また、6角形状の空隙が小さくなりすぎると、大きな化学修飾用化合物は炭素材料に反応し得ず、小さな化学修飾用化合物しか炭素材料に反応できなくなる。
【0153】
以上のような理由から、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体が有する六つのアルキル鎖またはアルコキシ基の長さは、求められる周期性や付加する化学修飾基に応じて適宜決定される。式(4)において、nは好ましくは5~30の整数であり、より好ましくは6~14の整数である。例えば、化学修飾用化合物としてTBDを用いる場合には、式(4)におけるnが6~10の整数、好ましくは6~8の整数であるデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体を用いると、高い周期性を有する表面修飾炭素材料を得ることができる。
【0154】
デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体が有する六つのアルキル鎖またはアルコキシ基は同じ長さである必要はなく、上記の性質が得られる限り、それぞれ異なる長さであっても差し支えない。式(4)におけるRはそれぞれ同じでも異なってもよい。
また、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体としては、式(4)で示され、Rが三重結合や二重結合、分岐鎖や官能基を含む基である化合物であっても差し支えない。
【0155】
次に、
図4(e)は、本発明に係わる製造方法における[A]電気化学処理、[B]自己集合単分子膜、[C]共有結合形成によるナノパターニング、[D]付加物による表面修飾、の各工程の流れと関係を統合的に示した説明図である。電気化学セル20内に、作用極21、液媒体24、電解質水溶液25、及び、有機化合物-炭素材料複合体26が内部に設けられている。本発明に係わる製造方法は、自己集合単分子膜を形成する第1の工程と、その自己集合単分子膜をマスクとして用いて炭素材料の表面の化学修飾を行う第2の工程を必須条件として含むものである。
【0156】
さらに、本発明において二次元的な周期性構造を持って集合し得る有機化合物を用いる態様について説明する。上記したように、化学修飾基の周期的な付加が可能な限り、デヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体のような6角形状の周期性構造を形成する化合物の他、3角形、4角形、8角形状、または星形多角形形状(カゴメ構造のような正星形多角形形状を含む)等の、平面上に連続した対称性構造を持つ薄膜を形成し得る化合物であってもよい。
【0157】
つまり、単一ユニットを基にして平面方向に連続して集合し、全体として周期性構造を有する薄膜を形成する化合物であってもよい。基本的には、炭素材料の表面において、連続的に集合して周期性構造を発現できる、対称性を有する環状構造の化合物を用いることが好ましい。
【0158】
つまり、前記有機化合物の集合体は、一つの有機化合物を単位とし、その中央構造部と周辺構造部が分子間相互作用により連結され、全体として周期性構造を発現するものであればよい。上記のデヒドロベンゾ[12]アヌレン誘導体以外に、例えば、1,3,5-トリス(4-カルボキシフェニル)ベンゼン(H3BTB)がハニカム状に集合され、二次元周期構造が備えられてなる態様も好ましい。
【0159】
図5(a)に、本発明における二次元周期性を有する表面修飾炭素材料を製造する際に用いる二次元周期性マスクで被覆された炭素材料200の基本形態の一例を示す。炭素材料の6員環平面配列202の表面に薄膜203が形成されている。その薄膜203は、有機化合物からなる多数の基本骨格205aが枝部205bで連結し、表面を覆うように構成された集合体によって構成されている。多数の集合体が面上で周期性構造を有するように配列されている。空孔の大きさは、それに内接する多角形200Sで近似することができる。例えば、集合体中の空孔のサイズとして2.6~12.3nm
2程度に設定することが好ましい。その際、空孔の形状は、好ましくは、6角形であり、より好ましくは正6角形である。
【0160】
あるいは、集合体における空孔の大きさは、所定の方向、例えば炭素材料の主軸方向などを基準として、空孔のX方向・Y方向の長さで近似することもできる(十字符号200XY)。炭素材料の表面修飾を行う際、付加物が秩序性を有する配列状態に保ち、かつ高密度に配置するには、例えば、集合体中の空孔のX方向の長さが1.6~3.5nm、かつY方向の長さが1.6~3.5nmの範囲に設定することが好ましい。
【0161】
また、単一ユニットの集合体からなる二次元周期性構造における空孔サイズは5nm以下とする。5nm以下にすることにより空孔が小さくなり、炭素材料の表面の単位面積当たりの付加物の発現が高密度になるからである。より好ましくは3nm以下とする(
図5(b)を参照)。例えば、空孔の形態が多角形状または星型多角形状である場合に、空孔サイズとは、内接する形状における最長の対角線が5nm以下の場合が該当する。
【0162】
本発明においては、そのような空孔サイズを有する二次元周期性構造の薄膜をマスクとして、付加物を炭素材料の表面に修飾する。その際、空孔の所定のサイズに対して、空孔の位置に入り得る付加物の数が変化すると考えられる。小さい空孔の場合は、DBA-OC4では1から2個、DBA-OC10では1~4個程度と考えてられる。つまり、空孔のサイズと付加物(化学修飾基)との相対的な関係で、付加物の表面積における所定の単位面積に対応する区画に付加する比率が変化し得るのである。
【0163】
本発明において、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の少なくとも一部の表面に化学修飾基が付加されてなる表面修飾炭素材料であって、前記表面に対する走査型プローブ顕微鏡像のフーリエ変換像に、多数の前記化学修飾基の付加位置に対応した二次元周期性が備えられ、前記表面の所定の単位面積5~15nm2に対する1個以上の付加物(光点)が存在する割合、すなわち面方向における付加物の比率が70%以上である表面修飾炭素材料が好ましい。前記比率は、より好ましくは75%以上、さらに好ましくは90%以上である。
【0164】
面方向における付加物の比率は、STM観測像において、その視野の中に数十個の付加物(表面化学修飾基)が存在している場合に、その視野の全体面積を所定の単位面積に分割し、その単位面積毎に1個以上の付加物(光点)が存在するかどうかを確認することで求めることができる。例えば、所定の単位面積を5~10nm2、5~15nm2程度に想定した場合における付加物の総個数をカウントすればよい。このように、対象とする表面積に対してほぼ平均的に付加物が形成されている場合は、そのSTM観測像における付加物の総個数(面積当たりの個数)でほぼ代替することもできる。
【0165】
本発明において付加物の面内密度や修飾率などを評価する方法の一例を以下に説明する。具体的には、STM観測像における多数の光点を、画像解析用ソフトウェアを用いて近似的に解析する方法である。
【0166】
上記したDBA-OC6をマスクとして、炭素材料の表面に化学修飾基が二次元周期性を示すように付加したグラファイトについて、一枚のSTM観測像(200nm×200nm、40,000nm2)の視野に現れた光点の個数を、画像解析用ソフトウェアを用いて分析する。ここで光点とは、炭材料の表面に付加された多数の付加物(アリール基)の位置に相当するものと考えられる。
【0167】
このSTM観測像について、SPIPイメージ解析ソフトウェア(Image Metorology社製)の粒子・孔解析モジュールを適用し、グラフェンの表面を基礎平面と仮定し、高さ150pm以上を基準値として光点の存在を検出する。その結果、対象領域内で約3,500個の光点が検出されたとする。
【0168】
一つの光点あたりの単位面積は40,000nm2/3,500個=11.4nm2となる。なお、DBA-OC6のハニカム構造の単位格子の面積は8.87nm2なので、これを所定の単位面積とみなして、二次元周期性(面方向におけるハニカム状の配列)が完全に存在すると仮定すると、その比率は8.87nm2/11.4nm2=78%となる。
比率を90%以上にするには、薄膜の集合体の空孔のサイズと付加物の空間的サイズを調整するとともに、平面内で化学修飾基が高効率で付加されるよう、CV法による化学反応を繰り返し進行させればよい。
【0169】
このように、電気化学セルを用いて炭素材料の表面に対して電気化学処理で化学修飾を行い、表面に自己集合単分子膜を形成し、化学修飾基を共有結合形成によってナノパターニングをほどこす。付加物によって炭素材料の表面が化学修飾される際の各工程における変化の様子を、上述した
図4(a)~(e)に示している。
【0170】
DBAが集合して形成される前記集合体においては、相互に隣接する2分子のDBAはそれぞれが有する2本のアルキル基を交互に並列させている。
図29に、2分子のDBAOC6の表面上での相対的な配置態様を示す。
図29の左図が-型、右図が+型を示す。この2分子の相対的な配置様態の違いにより、前記集合体は、相互にキラルな関係を有する2種類の構造、すなわち右巻き(CW、Clockwise)構造と左巻き(CCW、Counterclockwise)構造とを有し得る。CCW構造とCW構造とはそれぞれ、異なる2分子間の相互作用で構成されている。CW構造は-型で相互作用した6分子のみで、CCW構造は+型で相互作用した6分子のみでそれぞれ構成されている。+型と-型が一つの六角構造に混在した歪んだ六角構造も考えられるが、それらは表面分子密度や分子間の相互作用の観点から不利な構造となる。DBAOC6が6分子集合して形成される集合体におけるCW構造を
図26(a)に、CCW構造を
図26(b)に示す。
図26(a)および(b)の集合体内部に示した矢印は、CW(Clockwise)およびCCW(Counterclockwise)に対応する回転方向を示す。CW構造とCCW構造は異なるドメインをそれぞれ形成し、等しい確率で表面に出現する。そのため、表面全体ではCW構造とCCW構造のそれぞれのドメインの面積は等しくなる。
DBAが集合して形成されるハニカム構造の単位格子のベクトルは、それと最も近いグラファイト主軸(main symmetric axes)に対して、CCW構造では反時計回り方向に傾き、CW構造では時計回り方向に傾く。すなわち、CCW構造とCW構造ではグラファイト基板に対する相対角度が異なる。
DBAOC6が形成するハニカム構造(テンプレート)のドメインバウンダリー近傍におけるSTM観測像を
図27(a)に、フーリエ変換像を
図27(b)に示す。
図27(a)のSTM観測像に示された白線はドメインバウンダリーに対応する。この白線は、画像上で明るい点の配列のグレインが切り換わる境界を肉眼で定め、その境界に引かれた線である。この白線の左側の領域ではCW構造が形成され、左側の領域ではCCW構造が形成されている。
図27(b)のフーリエ変換像において、2種類の六回対称の周期が観測される。その一つは、点線の円で囲まれた、CW構造のハニカム構造に起因する光点により表される周期であり、もう一つは、実線の円で囲まれた、CCW構造のハニカム構造に起因する光点により表される周期である。CW構造とCCW構造との周期の角度差は約13°である。
また、DBAOC6をテンプレートとして用いてグラファイトをアリール基で化学修飾して得られた修飾グラファイトの表面のSTM観測像を
図28(a)に、フーリエ変換像を
図28(b)に示す。
図28(a)のSTM観測像に示された白線を境にして、
図28(b)のフーリエ変換像では2種類の六回対称の周期が観測される。この白線は、画像上で明るい点の配列のグレインが切り換わる境界を肉眼で定め、その境界に引かれた線である。その周期の一つは、点線の円に囲った光点によって表される周期であり、もう一つの周期は、実線の円に囲った光点によって表される周期である。二つの周期の角度差は、約14°である。
この表面修飾グラファイトにおいて観測された二つの周期の角度差約14°は、前記DBAOC6のテンプレートにおけるCW構造とCCW構造との周期の角度差約13°に近似している。いくつかの実験値の平均から、標準偏差を算出すると、最大で2°となり、二つの値に差異はないと評価できる。
このことから、修飾後のグラファイト表面で観察された2種類の周期は、DBAOC6が形成するキラルな構造、つまりCW構造およびCCW構造に起因していることが強く示唆される。すなわち、DBAOC6のキラルなハニカム構造の情報が、グラファイトに付加したアリール基の位置へ伝播したことになる。これは、グラファイト表面にキラルな位置関係で欠陥(sp
3炭素)を導入したことに相当する。
さらにフーリエ変換像のシグナルの位置関係を基にして、
図28(a)のSTM観測像に示した白線の上側の領域ではテンプレートのCCW構造の周期を反映した化学修飾が起こり、下側の領域ではCW構造の周期を反映した化学修飾が起こっていると考えられる。
以上のとおり、DBA等をテンプレートとして用いた炭素材料の表面修飾では、DBA等の集合体が有するキラリティに基づいて化学修飾基の周期性を制御することも可能である。
【0171】
[比較考察例]
次に、電気化学処理の工程において、液媒体を適用しない場合について比較説明をする。作用極と電解質水溶液との間に前記液媒体を配置せず、作用極となるグラフェン等の炭素材料の表面を、予め作製しておいた乾燥したアルカン等の単分子膜で被覆した条件において、上記と同様の操作を行った。すると、グラフェンやグラファイトへの化学修飾用化合物の付加反応は抑制されるが、多数の化学修飾基の付加位置に周期性は得られなかった。
【0172】
[作用]
これに対して、作用極と電解質水溶液との間に前記液媒体を配置して上記の操作を行うと、多数の化学修飾基の付加位置に周期性が得られる。これは、予め作製しておいたアルカン等の単分子膜で被覆する方法では、被覆されたアルカン等の薄膜ではアルカン分子が動的に揺らぐことがないのに対し、作用極と電解質水溶液との間に前記液媒体を配置する方法では、グラフェン等の表面に付着するアルカン等の薄膜においてアルカン分子が動的に揺らぐことができるためであると考えられる。
【0173】
作用極と電解質水溶液との間に前記液媒体を配置する方法において、一次元周期構造を備えたアルカン等の薄膜が得られるのは以下の作用が発現するためと考えられる。
本発明においては、液媒体が作用極と電解質水溶液との間に配置されることにより、形成されるアルカン等の単分子膜が動的な状態になり、揺らぎが生じ、ポテンシャル障壁が低い隙間が単分子膜中に生じると考えられる。
【0174】
液媒体24は、例えば前記アルカン等を非極性有機溶媒または低極性有機溶媒に溶解して得られる。液媒体24に含まれる前記アルカン等については前述のとおりである。前記非極性有機溶媒または低極性有機溶媒としては、前記アルカン等を溶解することができ、前記アルカン等を溶解して得られる液媒体24が電解質水溶液25と相互に非混和性であれば特に制限はない。例えば1-オクタン酸、1-フェニルオクタン、テトラデカン、1-オクタノール及び1,2,4-トリクロロベンゼン等を好適に使用することができる。
【0175】
液媒体24における前記アルカン等の濃度は、1マイクロモル/L以上であることが好ましく、1ミリモル/L以上であることがより好ましい。前記アルカン等の濃度が前記範囲であると、前述の一次元周期構造を備えた薄膜が形成されやすく、周期性を有する表面修飾炭素材料を製造する上で好適である。前記アルカン等の濃度の上限値には特に制限はないが、例えば1モル/Lである。
【0176】
本発明に用いる電気化学セルで処理する際(
図3(a)~(c)を参照)、液媒体24の量は、前述の一次元周期構造を備えた薄膜が形成される限り特に制限はなく、電気化学セル20の大きさ等に応じて適宜決定することができる。
【0177】
電解質水溶液24に含まれる化学修飾用化合物については前述のとおりである。電解質水溶液24における化学修飾用化合物の濃度は0.1~20ミリモル/Lであることが好ましく、0.2~10ミリモル/Lであることがより好ましい。化学修飾用化合物の濃度が前記範囲内であると、化学修飾用化合物と作用極21であるグラフェン等の炭素材料との反応が好適に進行し、周期性が発現するのに十分な量の化学修飾基が、グラフェン等の炭素材料の表面に付加されやすい。
【0178】
さらには、この濃度は、1~5ミリモル/Lであることがより好ましい。化学修飾用化合物の濃度が前記範囲内であると、化学修飾用化合物と作用極21であるグラフェン等の炭素材料の表面との反応が好適に進行し、周期性が発現しながら十分な量の化学修飾基が、グラフェン等の表面に付加されやすい。
【0179】
本発明の製造方法に係わる発明の一例について、そのフローチャートを
図5(c)に示す(工程:S
START~S
END)。まず、相互作用により集合して単分子膜を形成し得る単一化合物を選択する。その集合体の全体構造の中に、基本的な構造単位と周期構造を持つことができる有機化合物を準備する(工程:S
1)。次に、炭素材料の表面に前記有機化合物の薄膜を形成する(工程:S
2)。前記薄膜は前記炭素材料の表面の少なくとも一部を覆うように形成し配置する。
【0180】
前記薄膜が、炭素材料の表面に配置された後、引き続く工程においてマスクとして機能する。まず、一次元周期構造の形成には、前記薄膜を構成する有機化合物の配列構造に揺らぎが生じ、薄膜の一部にポテンシャル障壁が低い隙間が生じる。そのため、前記炭素材料の面方向において前記周期構造に由来する一次元周期構造が形成されると考えられる。二次元周期構造の形成には、前記薄膜にポテンシャル障壁が低い空孔があらかじめ含まれているため、前記炭素材料の面方向において前記二次元周期構造に由来する二次元周期性を発現すると考えられる。
【0181】
次に、前記薄膜をマスクとして、炭素材料の表面側から化学修飾用化合物を付加させる(工程:S3)。その際、化学修飾用化合物は表面の面全体に対して前記隙間や空孔に対応して配置され得る。次に、前記化学修飾用化合物を前記炭素材料に反応させて、前記表面に化学修飾基を付加し固定する。その結果、面全体において付加物が所定の周期性構造を持つように配置される(工程:S4)。
最後にマスクして用いた前記薄膜を溶剤等によって除去する(工程:S5)。このようにして炭素材料の表面に所定の周期性構造を備えた付加物による化学修飾を施すことができる(工程:SEND)。
【0182】
再度、
図4(e)を参照しつつ、本発明の要旨を再度説明する。電気化学セルの底部に溶液二重層を形成し、一旦有機化合物-炭素材料複合体26を形成する。その後、アルカン等の有機化合物の薄膜を炭素材料の表面に形成する。その薄膜においては、アルカンの分子長を単位とするブロック(膜単位)が形成されており、複数のブロックの間に溝が形成される。アルカンの分子長の差に応じて隣り合って存在する溝の間の長さ、即ちピッチが異なるようになる。さらに、その溝部分には有機化合物が存在しておらず、炭素材料の表面が露出している。すると、炭素材料に対する共有結合形成による付加物の化学修飾が起こり、炭素材料の表面に対するナノパターニングが生成される。
【0183】
最終的に、炭素材料の表面全体から薄膜が除去された後、平面方向に所定の秩序性を持つ多数の付加物(化学修飾基)が炭素材料の表面に形成される。炭素材料の表面のSTM観測像における集合体(単一ユニット)の相対的な大きさを
図5(b)に示した。
【0184】
本発明に係わる表面修飾炭素材料の製造方法においては、前述のとおり、作用極である炭素材料の上に、化合物が周期的な自己集合性を示すことにより薄膜が形成され、この薄膜上に非極性有機溶媒または低極性有機溶媒が配置される。即ち、グラフェン等の炭素材料と、この炭素材料の表面を被覆する、化合物が周期的な自己集合性を示すことにより形成された薄膜と、この薄膜上に存在する非極性有機溶媒または低極性有機溶媒とを有してなる有機化合物-炭素材料複合体が形成される。
【0185】
この有機化合物-炭素材料複合体において、炭素材料は、後に化学修飾基の付加を受けて表面修飾炭素材料となる部位であり、薄膜は、前述のとおりマスクとして機能する部位である。非極性有機溶媒または低極性有機溶媒は、炭素材料に化学修飾基を供給する化学修飾化合物を含み得る部位である。つまり、この有機化合物-炭素材料複合体は、表面修飾炭素材料の製造に使用する材料であるととらえることができる。
【0186】
次に、本発明に係わる表面修飾炭素材料の他の構成例1(
図5(d):均一ピッチ型の電子デバイス90F)、構成例2(
図5(e):異ピッチ型の電子デバイス90P)について図面を参照しつつ説明する。これらは、上述したマスクを利用した付加工程を使用することなく、所望の構成を持つ表面修飾炭素材料を作成できる手法である。上述した電気化学法において、分子長が異なる複数の分子を混在させたテンプレートであれば、異なるピッチを持つ一次元周期性を呈する表面化学修飾された炭素材料を形成することかできると考えられる。例えば、3nmと5nmの分子長のものが混合する場合には、ピッチ長が3,5,3,5や3,3,5,5(単位:nm)などの形態のものを実現できると考えられる。
【0187】
まず、あらかじめ炭素材料の表面の全体をランダムに化学修飾し、その後、STMの探針を用いて、数nm程度以内の位置精度で化学修飾基を徐々に除去し、炭素材料の表面の一部を暴露し空隙区間92を作成する。また、チャネル両端に電極95、96を事前に形成しておく。このようにして炭素材料の表面において、6員環の炭素位置に付加された多数の化学修飾基94が所望の位置に残存される。空隙区間92を矩形に加工する以外に、例えば、円状、楕円状、長円状あるいは直線部以外に曲線を一部含む任意の形状に加工することができる。または、チャネルに対して両方の電極から櫛歯が相互に噛み合った形態に形成することもできる。
【0188】
化学修飾基が除去された領域は、矩形の形状を有する複数の空隙区域92となっている。上述したように、STM探針の操作によって、狙った位置の化学修飾基を除去することができるからである。その除去操作の結果、チャネル方向における空隙区域92のピッチは、均一のピッチサイズ(WF)である場合と、異なるピッチサイズ(WP)である場合とを任意に作り分けることができる。また、周期性構造を自由に形成することができる。このようにして、化学修飾基の付加位置を高精度で設計し作成することができるので、炭素材料のバンドギャップの大きさを制御出来ると考えられる。
【0189】
本構成例はナノシェービング法を用いる手法であって、大面積を有するチャネルを直接作成するには相当の時間を要することになる。しかし、チャネルサイズが10~30nm×20~60nm程度であれば、問題なく、所望のピッチの一次元周期性を呈する表面修飾炭素材料を容易に作成することができる。さらに、二次元周期性を有する化学修飾基の配列も理論的には可能であるが、一次元周期性の場合より、作業時間が増大すると考えられる。また、マスクを用いて周期性構造を有する化学修飾を施した後に、ナノシェービング法を適用して、微細な2次加工を行う手法も適用し得る。
【0190】
なお、本発明において、ナノシェービング法を用いるとしても、非常に細長い一列の付加物、例えば、―つのアリール基の大きさを幅の単位とした表面加工は難しいと思われる。何故なら、ナノシェービング法はSTMやAFMの微細な探針(頂点部分のサイズは必ずしも原子サイズで無い)を使って物理的に付加物(化学修飾基)を削ることになるので、細い一列のみを確実に残すように表面加工することは極めて高度な実験技術が必要となり、定常的に確実に作成することは一般的に難しいからである。
【0191】
次に、本発明における周期性構造の捉え方について説明を行う。
図6(a)は、炭素材料の表面に化学修飾基が一次元周期性を持って配列された場合を示す模式図である。所定の視野サイズ60でSTM観測像を観察した場合に相当する。化学修飾基が一次元周期性を持って配列されているか否かは、一つの単位大きさが長方形である一次元配列61を想定し、それを一種のゲージとして捉えて、複数の付加物64の配列状態が一次元配列61に対応し得るかどうかを判定すればよい。複数の付加物64が、概ねピッチ63を有する一次元配列をなしていると読み取ることができた場合、化学修飾が一次元配列でなされたと判断することができる。
【0192】
その際、炭素材料の表面に対する付加物の接続点は、若干の幅を持つスペース62の中にはいっていればよい。本事例における化学修飾基の配列密度は、一次元配列の列数で特定することができる。例えば、炭素材料でチャネルを形成した場合に、その一定の長さにおいて何列の化学修飾基が形成されているかで、化学修飾基の配列密度を評価することができる。チャネル長全体における配列の数が、50以上、100以上、200以上のものを容易に製造することができる。本発明において、所定のチャネル長に対して、少なくとも10列以上の配列を有するものが好ましい。
【0193】
次に、
図6(b)は、炭素材料の表面に化学修飾基が二次元周期性(格子状配列)を持って配列された場合を示す模式図である。所定の視野サイズ70でSTM観測像を観察した場合に相当する。
図6(b)は、一つの単位面積が長方形の形状72からなっており、二次元配列の一形態をなすものである。複数の付加物74は、長方形の区画の中に一つずつ、または二つ存在することを模式的に示している。あるいは付加物74の不存在によって当該区画が空席になっていることを模式的に示している。付加物が存在する箇所が存在区画73である。これに対して、付加物が存在しない箇所が空白区画76である。
【0194】
本事例における面方向における付加物の比率は、13カ所/16カ所であるので約82%である。好ましくは85%以上であり、より好ましくは90%以上である。付加物が存在する当該13カ所のうち3カ所は付加物が二つ存在する重複付加区域75となっている。つまり、本発明において、面方向における付加物の比率とは表面修飾の対象となる全表面積に対して、少なくとも、5~15nm2のサイズを有する一区画に付加された付加物の比率を意味するものである。
【0195】
図6(c)は、炭素材料の表面に化学修飾基が二次元周期性(ハニカム状配列)に配列された場合を示す模式図である。所定の視野サイズ80でSTM観測像を観察した場合に相当する。―つの単位面積が6角形の形状82からなっている。この事例も二次元周期性配列の一形態をなすものである。本図においても、複数の付加物84は6角形形状82の区画の中に一つずつ、または二つ存在することを模式的に示している。あるいは、付加物84の不存在によって当該区画が空席になっていることを模式的に示している。付加物が存在する単位面積が存在区画83である。
【0196】
本事例における面方向における付加物の比率は、31カ所/42カ所であるので約74%である。好ましくは80%以上であり、より好ましくは90%以上である。付加物が存在する当該31カ所のうち、4カ所は付加物が二つ存在する重複付加区域85となっている。
【0197】
上記の
図6(b)と
図6(c)の何れの場合においても、所定の単位面積当たりに付加する付加物(表面化学修飾基)の個数は、マスクとして機能する薄膜における空孔の大きさと付加物として用いる有機化合物の大きさ等との相対的関係で決まると考えられる。
【0198】
そして本発明においては、炭素材料の表面を巧みに位置制御し化学修飾することで、グラフェン等の炭素材料に対して所望の物性を与えることができると考えられる(非特許文献10を参照)。本発明に係わる表面修飾炭素材料を用いて回路を構成した場合に、電圧等で制御し得るような、ゼロ値ではないバンドギャップを備えた新しい電子デバイスを提供できると考えられる(非特許文献9を参照)。
【0199】
このようにして、本発明の表面修飾炭素材料は、従来のグラフェン等の炭素材料にはない新規な電気特性、機械特性、光学特性や熱特性等を有する。このことから、電界効果トランジスタ(FET)、センサ、発光素子及び触媒等の様々な用途に使用することができる。
【0200】
例えば、本発明の表面修飾炭素材料をSiO2基板やSiC基板等の上に形成することにより、本発明の表面修飾炭素材料を含むデバイスの製造が可能になる。あらかじめSiO2基板やSiC基板等に設置されたグラフェン(上記の非特許文献8,9を参照)に対して、上記方法により化学修飾を行い、表面修飾炭素材料を作成することができる。
【0201】
このように、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、及び膜状熱分解炭素からなる群より選ばれる炭素材料の表面を付加物で表面修飾する手法を利用して新規の電子デバイスを形成することができる。これは、即ち、数層以内の炭素化合物の表面が化学修飾された物質を形成し新たな物性を獲得しデバイス化を試みるものである。本発明においてグラフェンとは、単層のグラフェン以外に2層以上の多層グラフェンをも含むものとする。例えば、2層グラフェンは、CVD法で形成した膜材料を、基板上に転写して製造したものが市販されている。
特に、好適には、所定の周期性を持つように化学修飾された単層のグラフェンを用いてチャネルを形成し、電子デバイスとしての構成を構築しようとするものである。
【0202】
図6(d)は、基板307上に載置された細片状に加工した炭素材料(グラフェンナノリボン)の表面に化学修飾基304が一次元周期性を持つように配置された表面修飾炭素材料の6員環平面配列302の両端に、電極305、306が形成された電子デバイス300の基本形態の模式平面図である。電子デバイス300のチャネル長はL、チャネル幅はWで表される。
【0203】
本図の構成において、両側の電極の間に、チャネル方向に平行配列した付加物の配列(一次元周期性)を10列、20列・・・100列、200列、等々を設けることができる。また、付加物304の配列をチャネル長と有機化合物(アルカン)の分子長の相対的な比率関係に応じて、所望の数に設定することができる。また、グラフェンナノリボンの幅も調整することができる。なお、本図においては、マスクとして用いた薄膜が除去された状態を示している。
【0204】
図6(e)は、本発明の他の一例として、基板407上に載置された細片状の炭素材料(グラフェンナノリボン)の表面に化学修飾基404が周期性を持つように配置された表面修飾炭素材料の6員環平面配列402の両端に、電極405、406が形成された電子デバイス400の基本形態の模式平面図である。
【0205】
本図の構成において、両側の電極の間に、二次元状に周期性を持つ薄膜に対して付加された付加物404がチャネル面積に対する所定の単位面積(90nm2)に対して、面内でほぼ平均的に配列されている様子を示す。本図においては、化学修飾基404を付加させた際にマスクとして用いた二次元周期性を示す周期性集合体403を、相互の位置関係を示すために6員環平面配列402に重ねて表示している。本図の例において、エッジ側部分を除き、マスクによって覆われた有効領域における比率は、46カ所/48カ所=約96%である。また、―つの単位面積に2個の化学修飾基が付加された箇所が四つ存在している。
【0206】
図6(f)に本発明の一例として、センサ用の電子デバイス500の模式断面図を示す。絶縁基板としてシリコン基板570を用い、その表面にグラフェン560を転写し載置する。その後、上記の製造方法によってグラフェン560の表面を化学修飾する。面方向におけるグラフェンの形状、サイズを加工・調整し、チャネルとするグラフェン部の両端に電極510、520をコンタクト抵抗が十分小さくなるように形成する。あるいは、シリコン基板570上でグラフェン560を直接形成することもできる。
【0207】
化学修飾基540は、気体中の化学物質に反応するよう、予め反応基を付加しておけばよい。ただし、化学修飾基は所定以上の外力に耐えることが難しい。そのため、チャネルとなるグラフェン部の上部には物理特性に影響をほぼ与えない物質を保護層550として設けて、付加物とグラフェンを保持するようにすることもできる。例えば、炭素材料の表面をある程度保護し得る材料として、絶縁性を示すアルカンの層をあげることができる。
【0208】
そして、電極に制御回路を接続し、チャネル部の表面に付加された化学修飾基540に反応する化学物質を検出することができる。検出することができるのは、チャネルにおける電気特性に変化を生ずるからである。
【0209】
次に、
図6(g)にボトムゲート型の電子デバイス600の基本形態を示す。この電子デバイス600は3端子構造であって、電極610、電極620、チャネルとなるグラフェン660の下側に、絶縁膜650及びゲート電極と基板を兼ねる低抵抗性のドープトSiを用いた基板630、及びゲート電位を与える端子630Tを備えている。
【0210】
電子デバイス600のチャネルを電極間に配置する場合に、チャネル方向におけるグラフェンの端部構造を、所望の半導体特性を得るべくジグザク構造またはアームチェア構造のいずれかになるよう、予め面内での主軸方向の配置を定めればよい。また、チャネルとして用いる表面化学修飾された炭素材料をハーメチックシールによって保護して、外気等から遮断する手法を適用することもできる。
【0211】
また、グラフェンの表面の付加物に対してコバルト・マンガン・鉄などの金属ナノ粒子を担持させて、触媒として用いることができると考えられる。例えば、化学修飾基に酸性または塩基性の官能基を予め含有させ、それらを周期的に炭素材料表面に導入することで、基質選択的かつ効率的な触媒作用を示す材料となることが期待される。また、化学修飾基へ金属などに配位する部位を導入しておき、この配位部位への金属イオンやナノ粒子の固定により、多様な触媒作用を示す材料となると期待される。この際、炭素材料と触媒との立体構造や電子的な相互作用による反応の効率化や触媒寿命の向上も期待できる。
【実施例】
【0212】
以下に、本発明の第1の実施の形態について説明する。第1の実施の形態とは、薄膜が「一次元周期性」を有する場合である。後述する第2の実施の形態は、薄膜が「二次元周期性」を有する場合である。
まず、実施例1-1~1-5により、第1の実施の形態を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0213】
[第1の実施の形態]
以下の実施例及び比較例において使用した電気化学セルの構造及び寸法を示す。PTFEで構成されたセルの高さは「上部:35mm」及び「下部:3mm」、「上部の内径:20.4mmφ」及び「下部の内径:7mmφ」である。下部に作用極21(炭素材料)、上部にカウンター電極22及び参照電極23を備えた電気化学セル20である(
図3(a)~(c)を参照)。また、実施例及び比較例における各種測定は下記の方法により行った。
【0214】
(1)走査型トンネル顕微鏡(STM)による観察
走査型トンネル顕微鏡(STM)による観察は、Nanoscope V(Bruker AXS社製)を用いて行った。STM探針には田中貴金属株式会社から購入したPt/Ir(組成比8:2)合金を機械的に切断したもの用いた。多くの画像は、トンネル電流It(30pA~60pA)及びバイアス電圧Vb(-600mV)で取得し、サンプルの高さ情報を記録した。
【0215】
STM観測像のFFT処理は、イメージメトロロジー社(Image Metrology A/S)のSPIPイメージ解析ソフトウェア(登録商標)を用いて行った。
図1(b)に、本発明に係わる炭素材料の表面の化学修飾の状態を検証するために採用したSTM観測の概略を示す説明図を示す。
なお、STM観察では、被検査物を大気中においても一定の結果を得ることができる。しかし、被検査物を液体中に設置した方が、解像度が良くなることが一般的に知られている。従って、後述する実施例等のSTM観察においては、被検査物をテトラデカンやフェニルオクタンの液体中に置いてSTM観察を行った。
【0216】
(2)ラマン分光測定
ラマン分光測定は、HORIBA社製のXploRA(登録商標)Plus Confocal Raman Microscopeを用いて行った。Nd-YAGレーザー(532nm)を50倍の対物レンズで集光し乾燥させたサンプル表面に照射した。ラマン散乱は同じ対物レンズを通じて集め、CCD検出器で検出した。同一サンプルの異なる16箇所において得られたラマンスペクトルから、Dバンド及びGバンドの積分強度をそれぞれ算出し、そのId/Igを算出した。16箇所のId/Igの平均値をサンプルのId/Igとした(上述した
図3(g)を参照)。
【0217】
なお、化学修飾された炭素材料表面に対するラマンペクトルの1590cm-1付近に出現するGバンドのピーク強度(IG)と、1350cm-1付近に出現するDバンドのピーク強度(ID)の比(ID/IG)を用いている。Gバンドは炭素材料の構造に由来する振動モードである。結晶性が高いほどピーク強度が強くなる。また、DバンドはGバンドと同様に炭素材料の構造に由来するが、本来の振動モードではなく、表面修飾による修飾基の存在による欠陥などを反映する。欠陥の程度に応じてスペクトル強度が強くなる。以下の操作はすべて室温で行った。
【0218】
[実施例1-1]
高配向性熱分解グラファイト(HOPG,ZYB grade,Momentive Performance Materials社製)をジクロロメタンとヘキサンに浸して洗浄し、粘着テープ(Nittotape、No.3800K)で劈開した後、電気化学セル20に作用極21として取り付けた。ペンタコンタン(C50H102)濃度が1.0×10-5Mであるテトラデカン溶液20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内のHOPG上に加えた。10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に入れて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。この溶液500μLをHOPG上のテトラデカン層の上に、テトラデカン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。
【0219】
混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引し、サイクリックボルタモグラムを測定した。
掃引後、マイクロピペットで水層を除き、テトラデカン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後、超純水を除いてテトラデカン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0220】
電気化学セル20からHOPGを取り外し、表面に残ったテトラデカン溶液とHOPGとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面のテトラデカンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。
得られたサイクリックボルタモグラムを
図7(a)に示す。第一掃引(最も下側のグラフ)では-340mV及び-460mVにおいて不可逆な還元波が観測された。このことから、アリールジアゾニウム塩が還元されてラジカル種が発生していることが明らかとなった。
【0221】
得られたSTM観測像(V
bias=-600mV,I
set=30pA)を、
図7-(b)及び(c)に示す。画像中の光点はHOPGに付加したアリール基に起因している。複数の光点が線状に並んでいるかのように観察される部位は、HOPGに薄膜として付着したペンタコンタンのラメラ構造に対応する(
図7-(c))。複数の光点はペンタコンタンの分子列に沿い、直線上に配置されていることがわかった(
図7-(b))。この
図7-(b)の右上部に示した画像は、このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像である。このフーリエ変換像を拡大したのが
図7(e)である。このフーリエ変換像から、複数の光点の存在位置が6.8nmのピッチを示す周期性を有するように配列されていることがわかった。
【0222】
以上から、上記処理後のHOPGは、グラファイトの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料であって、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像に、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性が一次元方向に観察されることが確認された。
得られたラマンスペクトルを
図7(d)に示す。このラマンスペクトルにおいて、グラファイト格子中にsp
3炭素が存在することに起因するDバンドが観測され、Id/Igは0.036であった。
【0223】
[実施例1-2]
高配向性熱分解グラファイト(HOPG,ZYB grade,Momentive Performance Materials社製)をジクロロメタンとヘキサンに浸して洗浄し、粘着テープ(Nittotape、No.3800K)で劈開した後、電気化学セル20に作用極21として取り付けた。テトラコンタン(C40H82)濃度が3.5×10-5Mであるテトラデカン溶液20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内のHOPG上に加えた。
【0224】
10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に入れて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。この溶液500μLをHOPG上のテトラデカン層の上に、テトラデカン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。
【0225】
混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引した。
【0226】
掃引後、マイクロピペットで水層を除き、テトラデカン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後超純水を除いてテトラデカン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0227】
電気化学セル20からHOPGを取り外し、表面に残ったテトラデカン溶液とHOPGとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面のテトラデカンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。
【0228】
得られたSTM観測像(V
bias=-600mV,I
set=50pA)を
図8-(a)に示す。ペンタコンタンを用いた実施例1-1の場合と同様に、複数の光点がテトラコンタンのラメラ構造の隙間に配置されることが
図8-(a)から確かめられた。
図8-(b)は、このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像である。このフーリエ変換像から、光点の存在位置が5.8nmのピッチを示す周期性を有するように配列されていることがわかった。
【0229】
以上から、上記処理後のHOPGは、グラファイトの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料である。そして、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像に、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性が一次元方向に観察されることが確認された。得られたラマンスペクトルにDバンドが観測され、Id/Igは0.029であった。
【0230】
[実施例1-3]
高配向性熱分解グラファイト(HOPG,ZYB grade,Momentive Performance Materials社製)をジクロロメタンとヘキサンに浸して洗浄し、粘着テープ(Nittotape、No.3800K)で劈開した後、電気化学セル20に作用極21として取り付けた。
【0231】
トリアコンタン(C30H62)濃度が1.2×10-2Mであるテトラデカン溶液20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内のHOPG上に加えた。10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に入れて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。この溶液500μLをHOPG上のテトラデカン層の上に、テトラデカン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。
【0232】
混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引した。
【0233】
掃引後、マイクロピペットで水層を除き、テトラデカン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後超純水を除いてテトラデカン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0234】
電気化学セル20からHOPGを取り外し、表面に残ったテトラデカン溶液とHOPGとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面のテトラデカンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。
【0235】
得られたSTM観測像(V
bias=-600mV,I
set=20pA)を
図9-(a)に示す。ペンタコンタンを用いた実施例1-1の場合と同様に、複数の光点がトリアコンタンのラメラ構造の隙間に配置されることが
図9-(a)から確かめられた。
図9-(a)の右上部に示した画像は、このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像である。このフーリエ変換像を拡大したのが
図9-(b)である。このフーリエ変換像から、複数の光点の存在位置が4.1nmのピッチを示す周期性を有するように配列されていることがわかった。
【0236】
以上のことから、上記処理後のHOPGは、グラファイトの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料であって、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像に、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性が一次元方向に観察されることが確認された。得られたラマンスペクトルにDバンドが観測され、Id/Igは0.029であった。
【0237】
[実施例1-4]
銅箔上にCVD法により作られた単層グラフェン(グラフェンプラットフォーム社製)のラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトルの測定後、この単層グラフェンを電気化学セル20に作用極21として、銅箔とともに取り付けた。トリアコンタン(C30H62)濃度が1.2×10-2Mであるテトラデカン溶液20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内の単層グラフェン上に加えた。
【0238】
10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に入れて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。この溶液500μLを単層グラフェン上のテトラデカン層の上に、テトラデカン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。
【0239】
混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引し、サイクリックボルタモグラムを測定した。
掃引後、マイクロピペットで水層を除き、テトラデカン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後超純水を除いてテトラデカン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0240】
電気化学セル20から銅箔及び単層グラフェンを取り外し、表面に残ったテトラデカン溶液と単層グラフェンとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面のテトラデカンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。
得られたサイクリックボルタモグラムを
図10-(a)に示す。第一掃引(最も下側のグラフ)では-420mVにおいて不可逆な還元波が観測された。
【0241】
得られたSTM観測像(V
bias=-600mV,I
set=30pA)を
図10-(b)、-(c)及び(f)に示す。HOPGを用いた実施例1-3の場合と同様に、複数の光点がトリアコンタンのラメラ構造の隙間に配置されることが
図10-(b)、-(c)及び-(f)から確かめられた。
【0242】
図10-(g)に示した画像は、このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像である。このフーリエ変換像から、複数の光点の配列について、4.6nmのピッチを示す周期性を有することがわかった。以上から、上記処理後の単層グラフェンは、グラフェンの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料となっていることがわかった。そして、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像において、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性が一次元方向に発現していることを確認することができた。
【0243】
電気化学セルによる処理前の単層グラフェンに対して得られたラマンスペクトルを
図10-(d)に、電気化学セルによる処理後の単層グラフェンに対して得られたラマンスペクトルを
図10-(e)に示す。
図10-(e)に示すラマンスペクトルにおいてDバンドが観測され、Id/Igは1.9であった。
【0244】
[実施例1-5]
上記の実施例1-4と同様に処理を行った。まず、表面修飾を行なう前にCVD法で作成したCu基板上の単層グラフェンのラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトル測定後、この単層グラフェンを電気化学セルに取り付けた。ペンタコンタンのテトラデカン溶液(20μL、1.0×10-5M)をマイクロピペットで電気化学セル内の単層グラフェン上に加えた。
【0245】
10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリン(1mM)の塩酸(50mM、4.9mL)溶液と亜硝酸ナトリウム水溶液(0.1M、0.1mL)をサンプル管に加えて30秒間振り混ぜて攪拌した。単層グラフェン上のテトラデカン層の上に、テトラデカン層を乱さないようにこの溶液の一部(500μL)をマイクロピペットから慎重に加えた。
【0246】
その後、残りの溶液をすべて電気化学セルに加えた。混合し始めてから3分後にサイクリックボルタモグラムを測定した。測定後、マイクロピペットで水層を除き、テトラデカン層を乱さないように電気化学セル内にマイクロピペットで超純水(5.0mL)を加え、その後超純水を除いてテトラデカン層の表面を洗浄した。
【0247】
この洗浄操作は合計二回行った(計10mL)。電気化学セルから単層グラフェンを取り外し、表面に残ったテトラデカン溶液と単層グラフェン界面でのSTM観測を行った。
図11は、本例に対応するデータであって、
図11-(a)は、本例のサイクリックボルタモグラムであり、
図11-(b)、-(c)及び-(d)は、本例において得られたSTM観測像である。
【0248】
[比較例1-1]
高配向性熱分解グラファイト(HOPG,ZYB grade,Momentive Performance Materials社製)をジクロロメタンとヘキサンに浸して洗浄し、粘着テープ(Nittotape,No.3800K)で劈開した後、電気化学セル20に作用極21として取り付けた。
【0249】
1-フェニルオクタン20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内のHOPG上に加えた。10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に加えて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。この溶液500μLをHOPG上の1-フェニルオクタン層の上に、1-フェニルオクタン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。
【0250】
混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引し、サイクリックボルタモグラムを測定した。
【0251】
掃引後、マイクロピペットで水層を除き、1-フェニルオクタン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後超純水を除いて1-フェニルオクタン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0252】
電気化学セル20からHOPGを取り外し、表面に残った1-フェニルオクタンとHOPGとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面の1-フェニルオクタンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。得られたサイクリックボルタモグラムを
図12-(a)に示す。第一掃引(最も下側のグラフ)において-140mV(Ag/Ag
+)をピークトップとする不可逆な還元波が観測された。
【0253】
得られたSTM観測像(V
bias=-600mV,I
set=30pA)を
図12-(b)に示す。画像中の光点はHOPGに付加したアリール基に起因するものであり、HOPGにアリール基が付加していることが確認された。しかし、画像に現れた複数の光点の存在位置に規則性は見られなかった。
図12-(b)の右上部に示した画像は、このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像である。このフーリエ変換像を拡大したのが
図12-(d)である。このフーリエ変換像について、光点の存在位置に周期性は確認されなかった。
【0254】
以上のことから、上記処理後のHOPGは、グラファイトの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料であるが、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像に、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性は観察されないことが確認された。得られたラマンスペクトルを
図12-(c)に示す。Dバンドが観測され、Id/Igは0.11であった。
【0255】
[比較例1-2]
高配向性熱分解グラファイト(HOPG,ZYB grade,Momentive Performance Materials社製)をジクロロメタンとヘキサンに浸して洗浄し、粘着テープ(Nittotape,No.3800K)で劈開した後、電気化学セル20に作用極21として取り付けた。
【0256】
1,2,4-トリクロロベンゼン20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内のHOPG上に加えた。10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に加えて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。この溶液500μLをHOPG上の1,2,4-トリクロロベンゼン層の上に、1,2,4-トリクロロベンゼン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。
【0257】
混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引し、サイクリックボルタモグラムを測定した。掃引後、マイクロピペットで水層を除き、1,2,4-トリクロロベンゼン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後超純水を除いて1,2,4-トリクロロベンゼン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0258】
電気化学セル20からHOPGを取り外し、表面に残った1,2,4-トリクロロベンゼンとHOPGとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面の1,2,4-トリクロロベンゼンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。
得られたサイクリックボルタモグラムより、-140mV(Ag/Ag+)をピークトップとする不可逆な還元波が観測された。
【0259】
得られたSTM観測像より、比較例1-1と同様に、アリール基に起因する光点が確認された。しかし、複数の光点の存在位置に規則性は見られなかった。このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像から、複数の光点の配列に周期性は確認されなかった。
【0260】
以上から、上記処理後のHOPGは、グラファイトの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料であるが、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像に、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性は観察されないことが確認された。得られたラマンスペクトルにDバンドが観測され、Id/Igは0.13であった。
【0261】
[比較例1-3]
高配向性熱分解グラファイト(HOPG,ZYB grade,Momentive Performance Materials社製)をジクロロメタンとヘキサンに浸して洗浄し、粘着テープ(Nittotape,No.3800K)で劈開した後、電気化学セル20に作用極21として取り付けた。
【0262】
テトラデカン20μLをマイクロピペットで電気化学セル20内のHOPG上に加えた。10分後、3,5-ジ-tert-ブチルアニリンの濃度が1mMである50mM塩酸溶液4.9mLと0.1M亜硝酸ナトリウム水溶液0.1mLをサンプル管に加えて30秒間振り混ぜて、3,5-ジ-tert-ブチルベンゼンジアゾニウムクロライド(TBD)を調製した。
【0263】
この溶液500μLをHOPG上のテトラデカン層の上に、テトラデカン層を乱さないようにマイクロピペットにより慎重に加えた。その後、前記溶液の残りすべてを電気化学セル20に加えた。混合し始めてから3分後に、サイクリックボルタンメトリー(612 DA Electrochemical Analyzer、ALS/CH instruments社製)を用いて、-0.7Vから+0.1V(Ag/Ag+)の電位幅で5回繰り返して掃引し、サイクリックボルタモグラムを測定した。
【0264】
掃引後、マイクロピペットで水層を除き、テトラデカン層を乱さないように電気化学セル20内にマイクロピペットで超純水5.0mLを加え、その後超純水を除いてテトラデカン層の表面を洗浄した。この洗浄操作は合計二回行った。
【0265】
電気化学セル20からHOPGを取り外し、表面に残ったテトラデカンとHOPGとの界面でのSTM観測を行った。STM観測後、表面のテトラデカンをドライヤーの温風で乾燥除去し、ラマンスペクトルを測定した。得られたサイクリックボルタモグラムより、-140mV(Ag/Ag+)をピークトップとする不可逆な還元波が観測された。
【0266】
得られたSTM観測像より、比較例1-1と同様に、アリール基に起因する光点が確認された。しかし、複数の光点の存在位置に規則性は見られなかった。このSTM観測像をフーリエ処理(FFT)して得られたフーリエ変換像について、複数の光点の位置に周期性は確認されなかった。
【0267】
以上から、上記処理後のHOPGは、グラファイトの表面にアリール基が付加された表面修飾炭素材料であるが、前記表面に対するSTM観測像のフーリエ変換像に、多数のアリール基の付加位置に対応した周期性は観察されないことが確認された。得られたラマンスペクトルにDバンドが観測され、Id/Igは0.13であった。以上の結果を以下の表2に示す。これらの実施例において、用いたアルカンの分子長に対応して周期性のピッチが連動しているものと考えられる。
【0268】
【0269】
次に、本発明の第1の実施の形態に好適に用い得るアルカンを以下の表3に示す。
【0270】
【0271】
本発明の第1の実施の形態に適用し得る有機化合物の例として、上記の表3に掲げたアルカンは直鎖飽和炭化水素であり炭素数は15~80のものである。アルカン誘導体についても炭素数が10~80のものであってよい。有機溶媒は、前記のアルカンまたはアルカン誘導体を溶かす化合物であればよい。
【0272】
例えば、炭素数が5のペンタン、6のヘキサン、7のヘプタン、8のオクタン、9のノナン、10のデカン、11のウンデカン、12のドデカン、13のトリデカン、あるいは14のテトラデカンなど、炭素数が相対的に少ないアルカンを有機溶媒として好適に用いることができる。
【0273】
好ましくは、薄膜を構成するためのアルカンより相対的に炭素数の差が4以上であり、沸点が高いアルカンを選択し用いる。なお、この溶液中には、マスクとなるアルカンの単分子膜へ影響を及ぼさない範囲で、アルカン以外の化合物が含まれていてもよい。
【0274】
以上、実施例1-1~1-5を含む第1の実施の形態は、一次元周期構造を持つ付加物によって表面修飾される態様のものである。次に、本発明に係わる二次元周期構造を持つ付加物によって表面修飾される第2の実施の形態について説明を行う。
【0275】
[第2の実施の形態]
図16に、本実施の形態に用いることができる有機化合物である1,3,5-トリス(4-カルボキシフェニル)ベンゼン(H3BTB)の構造模式図を示す。
【0276】
本実施の形態に用いることができるかどうかを検証するために、単純な集合体のSTM観測像の観察を行った。また、H3BTBの構造を元にして分子力学計算(MM計算)により、空孔を中心とする集合体構造の最適化を行った。その結果、空孔の直径が約3.4nmとなることが予測された。この空孔サイズはアリールラジカルの付加反応が起こるのに十分な大きさである。
【0277】
そして、H3BTBを用いて周期性構造を形成できるか試作したところ、一部では欠陥構造も見られるが比較的大きなドメインサイズを有していた。(200nm×200nm以上)。そして、単一ユニットの空孔の大きさは、空孔に内接する6角形の長さ(a=b)が3.2nm、空孔を形成する6角形について、隣接する辺の挟角は60度であった。
【0278】
以下、二次元周期性を持つ薄膜を形成できるH3BTBを用いて、炭素表面の化学修飾の実験を行った。上記の実施例1-1~1-5と同様に、薄膜を炭素質膜の上に形成しSTM観測を行った。実験条件は、溶媒としてノナン酸(n-nonanoic acid(NA))、2.5%の飽和溶液を用い、温度は室温で行った。
【0279】
【0280】
[実験条件]
ジクロロメタン(CH2Cl2)およびヘキサンで洗浄した後、劈開したHOPGをECセルに取り付けた。そこにH3BTB/NA溶液(2.5%飽和度)を20μL加え、10分静置した。さらに3,4,5-トリメトキシアニリン(TMA)塩酸水溶液(3mM,4.9mL)とNaNO2水溶液(0.1M,0.3mL)を混合し、30秒後、マイクロピペットを用いてこの水溶液を少しずつECセルに加えた。
【0281】
混合してから3分後にCVを用いた還元操作を行った。スキャン範囲は+0.20V~-0.70V、スキャン速度は0.1V/秒、スキャン回数は1回とした。このように、TMAもTBDと同様に、多層化することなく、炭素材料の表面をほぼ均一に化学修飾することができる化合物である。
【0282】
この還元操作の終了後、マイクロピペットを用いて水溶液を取り除き、超純水でECセル内を二度洗浄した。HOPGをECセルから取り外し、そのままSTM観測を行った
【0283】
図17(a)の分図(a)と分図(c)は、STM観測像と電気化学処理後のラマンスペクトルデータを示す。分図(b)は得られたサイクリックボルタモグラムである。下から第一掃引波、第二掃引波に相当する。
【0284】
比較例2-1と比較例2-2は、化学修飾基がTBDであって、液媒体中の含有量が低い場合である。形成した薄膜が二次元周期性を発現していないことから、TBDが必要となる含有量の条件を満たしていないことがわかる。
これに対して実施例2-1においては、3mMのTMAを用いたことにより、周期性集合体と認められる薄膜を形成することができた。また、上記の手法で算出したところ、HOPGに対する化学修飾の比率として70%以上という結果を得ることができた。
【0285】
次に、実施例2-2では、1-フェニルオクタン(PO)に溶解したDBA-OC6をマスクとして用い、化学修飾物質としてTMAを用いた。DBA-OC6の濃度は2.0×10
-5Mとした。TMA塩酸水溶液(2mM,4.8mL、塩酸:50mM中)とNaNO
2水溶液(0.1M,0.2mL)を混合し、30秒間撹拌した後、マイクロピペットを用いてこの水溶液を少しずつECセルに加えた。
化学修飾を行ったHOPGをSTM観測したところ(
図17(b)の分図(a))、STM観測像のフーリエ変換像に6角形の周期が存在することがわかった(
図17(b))。また、Id/Igは0.085及び比率は78%が得られた。
【0286】
本実施例において、電解質水溶液24に含まれる化学修飾用化合物の濃度は0.2~10ミリモル/Lの範囲に設定する。化学修飾用化合物と薄膜材料との組み合わせ性や化学修飾基と周期性構造におけるサイズの相関性等がパラメータとして関係し得る。70%以上の比率を得るに際して、所定の反応速度で化学修飾を進行させるには、化学修飾用化合物の濃度を2~7ミリモル/Lとすることが好ましい。さらには3~6ミリモル/Lとすることがより好ましい。化学修飾用化合物の濃度が前記範囲内であると、化学修飾用化合物と作用極21であるグラフェン等またはグラファイトを代表例とする炭素材料の表面との反応が好適に進行し、周期性が発現しながら十分な量の化学修飾基が、グラフェン等の炭素材料の表面に付加されやすい。次の表4に本例の実験結果を示す。
【0287】
【0288】
次に、集合体を形成し得る単一ユニットとして、DBAを用いた他の具体例を説明する。まず、
図18、
図19に空孔のサイズが異なるDBA-OC4~DBA-OC10を示す。4種類の有機化合物について、空孔のサイズはそれぞれ1.4nm、1.6nm、2.1nm、2.7nmである。それぞれ空孔の大きさが異なっているが、単一ユニットを形成することができる。
【0289】
これらの4種類のうち、DBA-OC10~OC6の三つについては、周期性構造が発現することを確認することができた。また、ラマンスペクトルにおけるId/Igの値を検証することもできる。周期性構造を有する薄膜を形成するためのDBA、H3BTB等の溶液中の濃度は、1マイクロモル/L以上、1ミリモル/L以下であることがより好ましい。
【0290】
図20は、DBAOC10、DBAOC8及びDBAOC6のSTM観測像とフーリエ変換像を示す。フーリエ変換像から周期性構造が発現していることが確認できた。
【0291】
図21は上記の非特許文献6からの図面の引用であり、本発明に適用し得る、DBAを中心骨格とする有機化合物群を示す。枝の長さが異なる有機化合物を単一ユニットとして使用すると(
図21-(a))、出来上がった集合体における空孔のサイズを制御することができる(
図21(b)~(e)を参照)。
【0292】
基本的には同一の有機化合物同士を用いて集合体を形成すればよい。出来上がった集合体における空孔は、概して多角形状を示し、好ましくは6角形状となる。6角形状は炭素材料の表面に、均一で安定した集合体を形成しやすいからである。さらに好ましくは、集合体の空孔の形状が正6角形状となる形態の場合である。
【0293】
図22の分図(a)は、上記の非特許文献6からの図面の引用であり、表面観察写真である。分図(b)は、STM画像である。分図(c)は有機化合物で形成した単一ユニットの構造模式図である。
図23は、二次元周期性構造を形成することができる、その他の有機化合物群の構造を示す説明図である。
【0294】
最後に、薄膜における二次元の周期性構造が星型の配列構造を示す場合を説明する。有機化合物が二次元の表面上に多数配列する場合、所定の多角形または星型多角形となることが知られている。その中でも星型正6角形、いわゆるカゴメ構造を呈する集合体の基となる有機化合物の例を
図24に示す。
【0295】
具体的には、菱形の縮環型デヒドロベンゾ[12]アヌレン(bisDBA)誘導体(R=C
10H
21、C
12H
25、C
14H
29及びC
16H
33)の化学構造式を
図24の分図(a)に、STM観測像を分図(b)に示す。分図(b)における星型6角形の相対的な位置を分図(c)に示す。上述した
図5(a)と同様に、
図24の分図(c)において、空孔サイズを200S、空孔の縦横方向のサイズを十字符号200XYで示す。
【0296】
最後に、
図25に二重の環状構造を有する場合の二次元周期性を示す集合体を形成し得る化合物を示す説明図を示す。相対的にサイズの大きな集合体を形成し、本発明に用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0297】
本発明の表面修飾炭素材料には、完全でないがグラフェンナノリボン型の共役系がグラファイトやグラフェンを代表例とする炭素材料の表面部位に存在すると考えられる。そのため、この表面修飾炭素材料ではバンドギャップを制御することができるだけでなく、異方的な電気伝導性(共役系に沿った電気伝導)を示す可能性がある。
【0298】
従って、本発明の表面修飾炭素材料は、電界効果トランジスタ(FET)や分子エレクトロニクス材料としての用途が可能である。例えば、グラフェンやグラファイトに周期的に導入された化学修飾基(官能基)を利用した、高選択かつ高感度な分子センサへの応用や、金属ナノ粒子の表面配列制御による触媒や情報記憶媒体への応用が可能となる。
【0299】
また、本発明は、グラフェン、グラファイト、ガラス状炭素膜、または膜状熱分解炭素の他に、カーボンナノチューブなどの炭素材料に適用できることは言うまでもない。その場合は、曲面を有する炭素材料の局所領域に化学修飾を行うことが考えられる。または、曲面を有する炭素材料に対して、上記の化学反応を実行できるように電気化学セルの構造を設計変更すればよい。
【符号の説明】
【0300】
1、41 炭素材料
2、12 直鎖状アルカン
3、13、43 薄膜
30、105a、205a 基本骨格
33U 集合体(DBAを用いた6角状構造体)
4、14、44 化学修飾基
5、15a、15b、15c、45 表面修飾炭素材料
20 電気化学セル
21 作用極
22 カウンター電極
23 参照電極
24 液媒体
25 電解質水溶液
26 有機化合物-炭素材料複合体
100 二次元周期性を有する化合物に覆われた炭素材料(従来例)
102、112、122 6員環平面配列(炭素材料の表面部)
105b、205b 枝部
110、120 電子デバイス(従来例)
200 二次元周期性マスクで被覆された炭素材料
203、403 周期性集合体
300、400、500 電子デバイス(本発明)
305、306、405、406、510、520、610、620 電極
550 保護層
560、660 グラフェン
630 基板(高ドープトSi基板)
650 ゲート絶縁膜