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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-14
(45)【発行日】2022-10-24
(54)【発明の名称】骨補填材および骨補填材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/46 20060101AFI20221017BHJP
   A61L 27/12 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 27/24 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20221017BHJP
【FI】
A61L27/46
A61L27/12
A61L27/24
A61L27/50
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2017231331
(22)【出願日】2017-12-01
(65)【公開番号】P2018094401
(43)【公開日】2018-06-21
【審査請求日】2020-11-20
(31)【優先権主張番号】P 2016240135
(32)【優先日】2016-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304050912
【氏名又は名称】オリンパステルモバイオマテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118913
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 邦生
(74)【代理人】
【識別番号】100142789
【弁理士】
【氏名又は名称】柳 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100163050
【弁理士】
【氏名又は名称】小栗 眞由美
(74)【代理人】
【識別番号】100201466
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】本島 怜
(72)【発明者】
【氏名】山田 真也
【審査官】一宮 里枝
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第106823008(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103055352(CN,A)
【文献】国際公開第2013/005778(WO,A1)
【文献】SARIKAYA, B., AYDIN, H. M.,Collagen/Beta-Tricalcium Phosphate Based Synthetic Bone Grafts via Dehydrothermal Processing,BioMed Research International,2015年,VOL. 2015, Article ID 576532,PAGES 1-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸カルシウムとコラーゲンとを80:20よりも大きく96.8:3.2以下の質量比で含み、
前記コラーゲンが、線維化されており、
線維化された前記コラーゲンが、化学架橋されている骨補填材。
【請求項2】
コラゲナーゼによる分解反応によって産生されるペプチドおよび生体温度で緩衝液中に溶出するタンパク質の総量の濃度が、100μg/mL以下である請求項1に記載の骨補填材。
【請求項3】
前記リン酸カルシウムが、100μm以上の最頻径を有する顆粒である請求項1または請求項2に記載の骨補填材。
【請求項4】
前記コラーゲン中の反応可能なアミノ基の50%以上が化学架橋されている請求項1から請求項3のいずれかに記載の骨補填材。
【請求項5】
前記リン酸カルシウムが、低結晶性ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損アパタイト、β型-リン酸三カルシウム、α型-リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、および炭酸含有ハイドロキシアパタイトから選択される請求項1から請求項4のいずれかに記載の骨補填材。
【請求項6】
前記化学架橋が、アミド結合を有する請求項1から請求項5のいずれかに記載の骨補填材。
【請求項7】
前記化学架橋が、前記コラーゲンのアミノ基とカルボキシル基とが直接結合することで形成されたアミド結合である請求項6に記載の骨補填材。
【請求項8】
リン酸カルシウムとコラーゲンとを80:20よりも大きく96.8:3.2以下の質量比で混合する混合工程と、
コラーゲンを線維化する線維化工程と、
該線維化工程の後、リン酸カルシウムと線維化されたコラーゲンとが混合された懸濁液に化学架橋剤を添加してコラーゲンを化学架橋する化学架橋工程とをむ骨補填材の製造方法。
【請求項9】
前記化学架橋剤が、カルボジイミド化合物である請求項8に記載の骨補填材の製造方法。
【請求項10】
前記化学架橋工程において、コラーゲン1gに対して0.13mmol以上のカルボジイミド化合物を添加する請求項9に記載の骨補填材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨補填材および骨補填材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、リン酸カルシウムとコラーゲンの複合材からなり、コラーゲンに架橋が導入された生体吸収性の骨補填材が知られている(例えば、特許文献1参照。)。骨補填材を体内に移植して新生骨の形成を期待するとき、骨補填材の生体内での安定性が重要となる。すなわち、移植後の骨補填材の吸収および分解が速過ぎる場合、骨補填材は、新生骨形成の促進等の機能を、期待される新生骨形成が達成されるまで発揮し続けることができない。
【0003】
特許文献1では、コラーゲン中のアミノ基に架橋を導入することで、骨補填材の生体内での分解速度を制御して骨補填材の安定性の向上を図っている。コラーゲンの熱脱水架橋は、安全性が高い架橋処理として知られるものの、酵素分解、加水分解等の影響を受けやすく、生体内での安定性が懸念される。一方、グルタルアルデヒド、エポキシ系化合物、カルボジイミド化合物のような化学架橋剤を使用する化学架橋は、熱脱水架橋に比べて骨補填材の生体内での安定性をより向上することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-260124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
骨補填材には、生体内での安定性に加えて柔軟性および骨形成能が要求される。骨補填材の柔軟性および骨形成能はリン酸カルシウムとコラーゲンとの比率によって影響されるが、特許文献1では、コラーゲンとリン酸カルシウムとの比率と、柔軟性および骨形成能との関係について考慮されていないという問題がある。
【0006】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、良好な柔軟性および骨形成能を有し、かつ、生体内で高い安定性を有する骨補填材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明は以下の手段を提供する。
本発明の一態様は、リン酸カルシウムとコラーゲンとを80:20よりも大きく96.8:3.2以下の質量比で含み、前記コラーゲンが、線維化されており、線維化された前記コラーゲンが、化学架橋されている骨補填材である。
骨補填材の柔軟性および骨形成能は、リン酸カルシウムとコラーゲンとの質量比によって影響される。すなわち、コラーゲンに対してリン酸カルシウムが少な過ぎる場合には、期待される骨形成能を得ることが難しい。一方、コラーゲンに対してリン酸カルシウムが多過ぎる場合には、骨補填材の柔軟性が低下して移植時の操作性が悪くなるとともに骨補填材が脆くなる。
【0008】
本態様によれば、リン酸カルシウムとコラーゲンとの質量比が80:20よりも大きく96.8:3.2以下に規定されているので、良好な柔軟性を有しつつ、生体内で良好な骨形成能を発揮することができる。また、コラーゲンが化学架橋されているので、生体内においてコラゲナーゼ等の酵素によるコラーゲンの分解が抑制され高い安定性を発揮することができる。
【0009】
上記態様においては、コラゲナーゼによる分解反応によって産生されるペプチドおよび生体温度で緩衝液中に溶出するタンパク質の総量の濃度が、100μg/mL以下であることが好ましい。
このようにすることで、生体内での酵素耐性および安定性をさらに向上することができる。
【0010】
上記態様においては、前記リン酸カルシウムが、100μm以上の最頻径を有する顆粒であることが好ましい。
生体内でのマクロファージによるリン酸カルシウムの貪食および分解の速度は、リン酸カルシウムの粒子径に依存する。最頻径が100μm以上であるリン酸カルシウムの顆粒を使用することで、期待される新生骨形成が達成されるまでリン酸カルシウムが移植部位に残存することができる。100μm未満のリン酸カルシウムの顆粒は、マクロファージによる貪食および分解を受け易いため、期待される新生骨形成が達成されるまで移植部位に残存することが難しい。
【0011】
上記態様においては、前記コラーゲン中の反応可能なアミノ基の50%以上が化学架橋されていることが好ましい。
このようにすることで、生体内での酵素耐性および安定性をさらに向上することができる。
【0012】
上記態様においては、前記リン酸カルシウムが、低結晶性ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損アパタイト、β型-リン酸三カルシウム、α型-リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム二水和物、および炭酸含有ハイドロキシアパタイトから選択されることが好ましい。
このように生体吸収性のリン酸カルシウムを用いることで、生体吸収性の骨補填材を提供することができる。
【0013】
上記態様においては、前記化学架橋が、アミド結合を有していてもよい。
上記態様においては、前記化学架橋が、前記コラーゲンのアミノ基とカルボキシル基とが直接結合することで形成されたアミド結合であることが好ましい。
このようにアミノ基とカルボキシル基とが直接結合したアミド結合によって化学架橋することで、アミノ基とカルボキシル基との間に化学架橋剤が介在する化学架橋に比べて、骨補填材の生体親和性をより高めることができる。
【0014】
本発明の他の態様は、リン酸カルシウムとコラーゲンとを80:20よりも大きく96.8:3.2以下の質量比で混合する混合工程と、コラーゲンを線維化する線維化工程と、該線維化工程の後、リン酸カルシウムと線維化されたコラーゲンとが混合された懸濁液に化学架橋剤を添加してコラーゲンを化学架橋する化学架橋工程とを含む骨補填材の製造方法である。
本態様によれば、リン酸カルシウムとコラーゲンとの質量比が80:20よりも大きく96.8:3.2以下であり、コラーゲンが化学架橋された骨補填材が製造される。したがって、良好な柔軟性および骨形成能を有し、かつ、生体内で高い安定性を有する骨補填材を製造することができる。
【0015】
上記態様においては、コラーゲンを線維化する線維化工程を含み、前記化学架橋工程が、前記線維化工程の後に行われる。
このようにすることで、生体内においてより高い酵素耐性および安定性を発揮する骨補填材を製造することができる。
【0016】
上記態様においては、前記化学架橋剤が、カルボジイミド化合物であることが好ましい。
このようにすることで、カルボジイミド化合物によってコラーゲンのアミノ基とカルボキシル基とが脱水縮合により直接結合されることで、コラーゲンはアミド結合により化学架橋される。これにより、生体親和性がより高い骨補填材を製造することができる。カルボジイミド化合物は、EDC(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド)、EDC塩酸塩、およびDCC(N、N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド)から選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0017】
上記態様においては、前記化学架橋工程において、コラーゲン1gに対して0.13mmol以上のカルボジイミド化合物を添加することが好ましい。
このようにすることで、コラーゲンに含まれる反応可能なアミノ基の50%以上がカルボジイミド化合物によって化学架橋され生体内においてより高い酵素耐性および安定性を発揮する骨補填材を製造することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、良好な柔軟性および骨形成能を有し、かつ、生体内で高い安定性を有するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る骨補填材の構造を模式的に示す断面図である。
図2】本発明の一実施形態に係る骨補填材の製造方法を示すフローチャートである。
図3】コラーゲンへの化学架橋の導入位置を説明する図であり、(a)コラーゲン分子内、(b)コラーゲン分子間および(c)コラーゲン線維間の化学架橋を示す模式図である。
図4】実施例1における骨補填材の移植部位を説明する図である。
図5】実施例1において使用した骨補填材のサンプルA,B,C,Dの製造条件を示す図表である。
図6】実施例1において撮影された移植部位のμCT画像である。
図7】μCT画像に基づくサンプルA,B,C,Dの骨性架橋の進行度の評価結果を示すグラフである。
図8】実施例1において撮影された移植部位のHE染色画像である。
図9】HE染色画像に基づくサンプルA,B,C,Dの骨性架橋の進行度の評価結果を示すグラフである。
図10】実施例2において測定された、骨補填材のサンプルA,B,C,Dから溶出したタンパク質の濃度を示すグラフである。
図11】実施例3において測定された、コラーゲン1gに対するEDCの添加量と、コラーゲンのアミノ基の架橋反応率との関係を示すグラフである。
図12】実施例4において使用した骨補填材のサンプルA,B,C,Dのβ-TCPとコラーゲンの配合質量比および形状回復率を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の一実施形態に係る骨補填材およびその製造方法について図面を参照して説明する。
本実施形態に係る骨補填材1は、図1に示されるように、コラーゲンを主成分とする多孔質のコラーゲンマトリクス2と、コラーゲンマトリクス2に担持されたβ-TCP(β型-リン酸三カルシウム)顆粒3とからなるコラーゲン/β-TCP複合材から形成された多孔体である。
【0021】
コラーゲンマトリクス2は、相互に化学架橋されたコラーゲン分子からなる。β-TCP顆粒3は、コラーゲンマトリクス2の気孔に取り込まれる形でコラーゲンマトリクス2と複合化されており、コラーゲンマトリクス2全体に分散している。
【0022】
コラーゲンマトリクス2を構成するコラーゲン分子は、化学架橋剤を使用した架橋処理によって相互に化学架橋されている。より具体的には、コラーゲン分子のアミノ基とカルボキシル基とが化学架橋されている。化学架橋は、コラーゲン中の反応可能なアミノ基の50%以上に導入されている。
【0023】
化学架橋剤としては、カルボジイミド化合物、エポキシ系化合物またはグルタルアルデヒドが使用される。架橋反応のしやすさや骨補填材1の生体適合性等を考慮して、カルボジイミド化合物およびエポキシ系化合物が好ましく、EDC塩酸塩(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩)がより好ましい。カルボジイミド化合物およびエポキシ系化合物を使用した場合には、アミド結合を有する化学架橋が形成される。特に、EDC塩酸塩のようなカルボジイミド化合物を使用した場合には、コラーゲン分子のアミノ基とカルボキシル基とが脱水縮合によって直接結合することで形成されたアミド結合によりコラーゲン同士が化学架橋される。
【0024】
β-TCP顆粒3の体積粒度分布における最頻径は、100μm以上である。β-TCPの粒子径は、生体内でのβ-TCPの分解速度に影響する。すなわち、粒子径(直径)が100μm以上であるβ-TCP顆粒3は、マクロファージによる貪食および分解を受け難いため、長期間にわたって生体内に残存する。一方、粒子径が100μm未満であるβ-TCP顆粒3は、マクロファージによって貪食および分解され易いため、期待される新生骨形成が達成されるまで生体内に残存することが難しい。
【0025】
骨補填材1におけるβ-TCPとコラーゲンとの質量比は、80:20から96.8:3.2までである。β-TCPとコラーゲンとの質量比を上記範囲に制御することで、骨補填材1は、良好な柔軟性を有するとともに、生体内において良好な骨形成能を発揮することができる。
骨補填材1に対するβ-TCPの質量比が80%未満である場合、期待される骨形成能を得ることが難しい。一方、骨補填材1に対するβ-TCPの質量比が96.8%よりも高い場合、良好な骨形成能を期待することができるが、コラーゲンの含有率が低くなり過ぎることで骨補填材1の柔軟性が低下し骨欠損部への充填時の骨補填材1の操作性が低下し得る。
【0026】
次に、骨補填材1の製造方法について説明する。
本実施形態に係る骨補填材1の製造方法は、図2(a)~(c)に示されるように、β-TCP顆粒3を製造するβ-TCP顆粒製造工程SA1,SA2と、熱変性コラーゲンを製造する熱変性コラーゲン製造工程SB1~SB3と、β-TCP顆粒製造工程により得られたβ-TCP顆粒3およびアテロコラーゲン酸性溶液からコラーゲン/β-TCP複合材からなる骨補填材1を製造する骨補填材製造工程SC1~SC11と、を含む。
【0027】
β-TCP顆粒製造工程は、図2(a)に示されるように、β-TCPの前駆体を合成する工程SA1と、合成されたβ-TCPの前駆体からβ-TCP顆粒3を作製する工程SA2とを含む。
工程SA1は、例えば、カルシウム供給物質とリン酸供給物質とから合成されたβ-TCPの前駆物質を含むスラリーを乾燥することにより行われる。工程SA1によりβ-TCPの前駆体が得られる。
工程SA2は、工程SA1により得られたβ-TCPの前駆体を焼成および粉砕することにより行われる。粉砕の方法は特に限定されない。
【0028】
熱変性コラーゲン製造工程は、図2(b)に示されるように、ペプシン処理によりアテロ化されたアテロコラーゲンを、酸性溶媒に溶解してアテロコラーゲン酸性溶液を調製する工程SB1と、工程SB1により得られたアテロコラーゲン酸性溶液を凍結乾燥させる工程SB2と、工程SB2により得られたコラーゲンスポンジに適量のリン酸緩衝溶液を加えて調製し、加熱処理を施してコラーゲンを変性させ熱変性コラーゲンを得る工程SB3と、を含む。
【0029】
骨補填材製造工程は、図2(c)に示されるように、ペプシン処理によりアテロ化されたアテロコラーゲンを、酸性溶媒に溶解してアテロコラーゲン酸性溶液を調製する工程SC1と、β-TCP顆粒製造工程により得られたβ-TCP顆粒3と、工程SC1により得られたアテロコラーゲン酸性溶液とを混合して撹拌する工程(混合工程)SC2と、工程SC2により得られた混合液に適量のリン酸緩衝溶液を加えて中和し、生体温度近傍(37℃)にて保温することでアテロコラーゲンを線維化してコラーゲン/β-TCP複合材ゲルを得る工程(線維化工程)SC3と、コラーゲン/β-TCP複合材ゲルを撹拌してゲルを崩し、懸濁させる工程SC4と、工程SC4により得られた成果物にリン酸緩衝溶液を添加しコラーゲン/β-TCP複合材懸濁液を調製する工程SC5と、工程SC5により得られたコラーゲン/β-TCP複合材懸濁液に工程SB3で得られた熱変性コラーゲンを添加して混合する工程(混合工程)SC6と、工程SC6により得られた混合物に化学架橋剤を添加してコラーゲンに架橋処理を施す工程(化学架橋工程)SC7と、架橋処理されたコラーゲン/β-TCP複合材懸濁液を凍結乾燥する工程SC8と、工程SC8により得られたコラーゲン/β-TCP複合材から未反応の架橋剤および反応副生成物を洗浄する工程SC9と、洗浄後のコラーゲン/β-TCP複合材を凍結乾燥させる工程SC10と、乾燥されたスポンジ状のコラーゲン/β-TCP複合材を加工して任意形状の骨補填材1を生成する工程SC11と、を含む。
【0030】
混合工程SC2,SC6では、工程SC2でのβ-TCP顆粒3の質量と、工程SC2および工程SC6でのコラーゲンの合計の質量との比が、80:20から96.8:3.2までとなるように、β-TCP顆粒3およびコラーゲンが混合される。
化学架橋工程SC7では、コラーゲン中の反応可能なアミノ基の50%以上が化学架橋さるように、化学架橋剤の添加量が制御される。例えば、カルボジイミド化合物の場合には、コラーゲン1gに対して0.13mmol以上のカルボジイミド化合物が添加される。
【0031】
このようにして製造された本実施形態に係る骨補填材1は、骨欠損部の治療のために生体内の骨欠損部に移植される。移植された骨補填材1の内部には、周辺組織から気孔を通じて新生血管や骨形成細胞が侵入し、骨補填材1は骨形成細胞による骨欠損修復の足場となる。これにより、骨欠損部を治癒することができる。
【0032】
この場合に、本実施形態によれば、β-TCPとコラーゲンとの質量比が80:20から96.8:3.2までである骨補填材1は、良好な柔軟性を有する。したがって、骨補填材1を骨欠損部に隙間なく移植することができる。
【0033】
また、骨補填材1の移植部位において期待される新生骨形成を達成するためには、骨補填材1に含まれるコラーゲンの生分解速度が十分に遅く移植部位に骨補填材1が安定して存在し続ける必要がある。コラーゲンの生分解が速過ぎる場合、コラーゲンによって固定されていたβ-TCP顆粒3が移植部位に安定して存在することができない。特に、脊椎領域における椎体間固定やオンレイグラフト(骨外補填)等では、骨癒合に要する期間が長いため、使用する骨補填材1には生体内に長期間存在し続けることができる高い安定性が要求される。
【0034】
本実施形態によれば、コラーゲンマトリクス2を構成するコラーゲン分子の反応可能なアミノ基の50%以上に化学架橋が導入されてコラーゲン同士が化学架橋されていることで、骨補填材1は、コラゲナーゼ等の酵素に対して高い耐性を示し生体内において高い安定性を発揮する。特に、コラーゲンを化学架橋する化学架橋工程SC7を、コラーゲンを線維化する線維化工程SC3の後に行うことで、製造される骨補填材1の酵素耐性が大幅に向上する。具体的には、生体温度(37℃)で骨補填材1から緩衝液中に溶出するタンパク質と、コラゲナーゼによる骨補填材1中のコラーゲンの分解反応によって産生されるペプチドとの総量の濃度が、100μg/mL以下まで抑制される。これにより、骨補填材1は、新生骨形成のための足場として移植部位に長期間にわたって残存することができ、高い骨形成能を発揮することができるという利点がある。
【0035】
さらに、β-TCP顆粒3の最頻径が100μm以上であるので、β-TCP顆粒3はマクロファージによって容易に貪食および分解されることなく、長期間にわたって残存する。これにより、骨補填材1は、長期間にわたって骨伝導能を発揮し続けることができ、さらに高い骨形成能を発揮することができるという利点がある。
【0036】
なお、化学架橋工程SC7を線維化工程SC3の後に行うことで骨補填材1の生体内での酵素耐性および安定性が向上するのは、以下の理由によるものと考察される。
図3(a)~(c)に示されるように、1つのコラーゲン分子5は3重螺旋構造を形成する3本のポリペプチド鎖4からなり、複数のコラーゲン分子5が自己集束してコラーゲン線維6を形成する。化学架橋剤によるアミノ基とカルボキシル基との化学架橋7は、コラーゲン分子5の内部(図3(a)参照。)、コラーゲン分子5間(図3(b)参照。)、およびコラーゲン線維6間(図3(c)参照。)に形成され得る。
工程SC3で線維化と同時に化学架橋処理を行った場合、コラーゲン分子の自己集束(すなわち線維化)が、コラーゲン分子間に作用する架橋反応によって阻害され得る。一方、線維化後に化学架橋処理を行った場合、コラーゲン線維6が形成された後にコラーゲン線維6間に化学架橋7が形成されるため、骨補填材1の生体内での安定性が向上すると考えられる。
【0037】
タンパク質分解酵素は、ポリペプチド鎖の特定部位を切断する。特定部位に化学架橋7が形成されている場合には、ポリペプチド鎖は酵素によって切断され難い。また、コラーゲン線維6間に化学架橋7が形成されていない場合には、分解されたポリペプチド鎖が容易に溶出するが、コラーゲン線維6間に化学架橋7が形成されている場合には、ポリペプチド鎖が切断されたとしても溶出し難い。したがって、コラーゲン線維6間に多くの化学架橋7が形成されることで、酵素によってポリペプチド鎖が切断されたとしてもポリペプチド鎖が溶出し難く、コラーゲンマトリクス2の酵素耐性および生体内での安定性が向上すると考えられる。
【0038】
本実施形態においては、リン酸カルシウムとしてβ-TCPを含む骨補填材1について説明したが、他の種類のリン酸カルシウム、例えば、低結晶性ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損アパタイト、α型-リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム(OCP)、リン酸水素カルシウム二水和物(DCPD)、炭酸含有ハイドロキシアパタイトのいずれか、またはこれらの組み合わせを使用してもよい。
【実施例
【0039】
次に、上述した本実施形態の実施例について説明する。
〔実施例1〕
(ウサギPLF埋植試験)
本発明の骨補填材1を使用してウサギの腰椎に後側方固定術(PLF)を行い、横突起間の骨性架橋の進行度を評価した。
図4に示されるように、第4腰椎L4および第5腰椎L5の横突起Tに、骨補填材1への血行および骨形成に関与する細胞の移動を促すための直径0.5mm~1mmのデコルチケーション領域(小孔)Pを形成し、腰椎L4,L5の横突起T間に短冊状(30mm×10mm×5mm)の骨補填材1を埋植した。骨補填材1として、図5に示されるように、β-TCPの粒子径および化学架橋工程のタイミングが異なる4種類のサンプルA,B,C,Dを使用した。
埋植から12週間後、腰椎L4,L5を含む骨補填材1の埋植部位を切り出し、埋植部位における骨形成をμCT画像およびHE染色画像に基づいて以下の通り評価した。
【0040】
μCT画像に基づいて、横突起T間の新生骨の連続性を以下のグレード0~3の4段階で評価した。図6に、本実施例において撮影された一部のμCT画像を示す。
グレード0:骨形成が認められず、移植塊に変化がないか、または吸収されて消失している状態。
グレード1:横突起付近を中心に骨形成の進行が認められるが、横突起間の移植塊に連続性がなく、明確なギャップや移植塊を分断する透亮線が見られる状態。
グレード2:移植部位の骨形成が進行し、移植塊は横突起間を架橋して横突起、椎弓または椎体と癒合しているが、一塊ではなく横突起間の連続性が一部だけ、あるいは移植塊の一部にギャップや透亮線が認められる状態。
グレード3:移植部位の骨形成が進行し、移植塊は横突起間を架橋して均一な連続性を持って横突起、椎弓または椎体と癒合している状態。
【0041】
サンプルA,B,C,Dのスコア(グレードの平均値)を図7に示す。
サンプルA,B,Cの比較から分かるように、β-TCP顆粒の粒子径が大きい程、高いスコアが得られた。また、サンプルA,Dの比較から分かるように、コラーゲンの線維化の後にEDC塩酸塩を添加した場合には、コラーゲンの線維化と同時にEDC塩酸塩を添加する場合に比べて、高いスコアが得られた。
【0042】
腰椎L4,L5の横突起Tを縦割し、割断面にHE染色を施した。HE染色画像に基づいて、横突起T間における骨形成を以下の評価値0~5の6段階で評価した。図8に、本実施例において撮影された一部のHE画像を示す。
0:異常・変化なし
1:きわめて軽度
2:軽度
3:中程度
4:やや重度
5:重度
【0043】
サンプルA,B,C,Dのスコア(評価値の平均値)を図9に示す。
サンプルA,B,Cの比較から分かるように、β-TCP顆粒の粒子径が大きい程、高いスコアが得られた。また、サンプルA,Dの比較から分かるように、コラーゲンの線維化の後にEDC塩酸塩を添加した場合には、コラーゲンの線維化と同時にEDC塩酸塩を添加する場合に比べて、高いスコアが得られた。
【0044】
以上の実験結果から、β-TCP顆粒の粒子径および化学架橋工程のタイミングが骨補填材1の骨形成能に寄与し、β-TCP顆粒の最頻径を100μm以上とすることで、また、コラーゲンの化学架橋を線維化後に行うことで、骨補填材1の骨形成能が向上することが確認された。
【0045】
〔実施例2〕
(コラゲナーゼ分解性試験)
骨補填材1のサンプルA,B,C,Dの酵素耐性をin vitroで評価した。
酵素としては、細菌(Clostridium Histolyticum)由来のコラゲナーゼを使用した。コラゲナーゼ溶液にサンプルA,B,C,Dを一定時間浸漬し、コラゲナーゼによるサンプルA,B,C,Dの分解後、緩衝液中に溶出したタンパク質(ペプチド)の濃度を測定した。サンプルA,B,C,Dのタンパク質の濃度の測定結果を図10に示す。
【0046】
サンプルA,B,CとサンプルDとの比較から分かるように、化学架橋をコラーゲンの線維化と同時に行ったサンプルDのタンパク質の溶出量は、100μg/mLを超えていたのに対し、化学架橋をコラーゲンの線維化後に行ったサンプルA,B,Cのタンパク質の溶出量は、100μg/mL以下であった。この実験結果から、化学架橋工程のタイミングが骨補填材1の酵素耐性に寄与し、コラーゲンの化学架橋を線維化後に行うことで、骨補填材1の酵素耐性が大幅に向上することが確認された。
【0047】
〔実施例3〕
(架橋反応率試験)
EDC塩酸塩の添加量と、コラーゲンのアミノ基の架橋反応率との関係を調べた。
化学架橋工程における、コラーゲン1gに対するEDC塩酸塩の添加量が異なる骨補填材1の複数のサンプルを製造し、各サンプルにおける化学架橋に寄与していない残留アミノ基の量を、トリニトロベンゼンスルホン酸ナトリウム(TNBS)を用いたTNBS法によって測定した。また、化学架橋工程を行わずに製造した未架橋の骨補填材1のサンプルを製造し、未架橋のサンプルについても同様にアミノ基の量を測定した。
TNBSは、リシン残基中のε-アミノ基との反応によって黄から橙を呈する物質を生成する。したがって、各サンプルをTNBSと反応させ、345nmまたはその近傍の波長で吸光度を測定することで、それぞれの残留アミノ基の量が測定される。
【0048】
図11は、コラーゲン1gに対するEDC塩酸塩の添加量と、コラーゲンのアミノ基の架橋反応率との関係を示すグラフである。架橋反応率は、下式によって定義される。
【数1】
【0049】
図11に示されるように、コラーゲン1gに対してEDC塩酸塩を0.13mmol以上を添加することで、コラーゲンのアミノ基の50%以上が架橋された骨補填材1が製造されることが確認された。
【0050】
〔実施例4〕
(形状回復性評価)
β-TCPとコラーゲンの配合質量比が異なる3つの骨補填材1のサンプルE,F,Gを作製し、作製した各サンプルE,F,Gの形状回復性を以下の手順により評価した。また、比較例として、β-TCPとコラーゲンの配合質量比のみがサンプルE,F,Gとは異なるサンプルHを作製し、サンプルE,F,Gと同様に形状回復性を評価した。図12に、各サンプルE,F,G,Hの配合質量比と形状回復性の評価結果とを示す。サンプルE,F,G,Hは全て、1cmの立方体に加工された。
【0051】
サンプルE,F,G,Hの形状回復性を、以下の実験により評価した。
まず、サンプルE,F,G,Hのそれぞれの寸法(高さ)を測定した。次に、サンプルE,F,G,Hのそれぞれに、最大吸水可能量を超えて吸水不可となるまで精製水を滴下した。次に、十分吸水させたサンプルE,F,G,Hにオートグラフを用いて荷重をかけ、サンプルE,F,G,Hを高さが2mmになるまで圧縮した。次に、圧縮されたサンプルE,F,G,Hを除圧して形状を回復させ、回復したサンプルE,F,G,Hの高さを測定した。そして、サンプルE,F,G,Hの形状回復率(%)(=(除圧後に測定された高さ/圧縮前に測定された高さ)×100)を算出した。
【0052】
図12に示されるように、コラーゲンに対するβ-TCPの配合率(質量比)と、形状回復率との間には相関関係が存在することが確認され、コラーゲンに対するβ-TCPの配合率(質量比)が小さいほど形状回復率が高くなるという知見が得られた。具体的には、本発明のサンプルE,F,Gでは95%を超える高い形状回復率が確保できることが確認された。一方、比較例のサンプルHの形状回復率は70%未満であり、サンプルE,F,Gと比較して顕著に低かった。
【0053】
以上の結果から、β-TCPとコラーゲンとの質量比を80:20から96.8:3.2までとすることにより骨補填材の形状回復性を向上することができ、それにより、骨欠損部に隙間なくかつ密に骨補填材を充填させた場合にも、骨補填材内部への血液や骨芽細胞の侵入を促し、新生骨形成を促進することができることが示唆された。
【符号の説明】
【0054】
1 骨補填材
2 コラーゲンマトリクス
3 β-TCP顆粒
4 ポリペプチド鎖
5 コラーゲン分子
6 コラーゲン線維
7 化学架橋
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12