(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-14
(45)【発行日】2022-10-24
(54)【発明の名称】めっき層を有するばね用ステンレス鋼線
(51)【国際特許分類】
C25D 5/14 20060101AFI20221017BHJP
C25D 7/06 20060101ALI20221017BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20221017BHJP
C22C 19/03 20060101ALI20221017BHJP
F16F 1/02 20060101ALI20221017BHJP
【FI】
C25D5/14
C25D7/06 R
C25D5/26 L
C22C19/03 G
F16F1/02 A
F16F1/02 Z
(21)【出願番号】P 2018193546
(22)【出願日】2018-10-12
【審査請求日】2021-09-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】西村 隆志
(72)【発明者】
【氏名】中野 元裕
(72)【発明者】
【氏名】下田 恒彦
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-023563(JP,A)
【文献】特開平10-233121(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/03
C25D 5/14,5/26,7/06
F16F 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼線の表面にめっき層を有するばね用ステンレス鋼線であって、
前記めっき層は、ステンレス鋼線側のNiめっき層と、当該Niめっき層表面にNi-P合金めっき層とを有し、
前記Ni-P合金めっき層中におけるP濃度が8~14質量%であり、
前記めっき層全体厚さに対する前記Ni-P合金めっき層の厚さ比率が20~50%であることを特徴とするめっき層を有するばね用ステンレス鋼線。
【請求項2】
前記Niめっき層と前記Ni-P合金めっき層のビッカース硬さ(Hv)の差が、350~650Hvである請求項1に記載のめっき層を有するばね用ステンレス鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼線の表面にめっき層を有するばね用ステンレス鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
JIS G4314:2013に規定される「ばね用ステンレス鋼線」は、様々な形状のばねに加工されて最終製品とされる。このようなばねの加工においては、ばね加工時の伸線加工性およびコイリング性を高めるために、鋼線表面に、例えば樹脂や金属を被覆若しくはめっきした潤滑層を形成することが行われている。このうち金属めっき潤滑層としては、潤滑性に優れているという観点からニッケル(Ni)めっき層が汎用されている。
【0003】
近年、ステンレス鋼線のより高強度化や厳しいばね加工の必要性から、金属めっき潤滑層として通常のNiめっき層では、良好な潤滑性が発揮できなくなっているのが実情である。こうしたことから、Niめっき層の厚さや硬度、めっき後の伸線加工度を調整してめっき表面に凹凸(割れ)を生じさせ、割れの隙間に潤滑剤を保持することで、さらに高い潤滑性を付与する技術が提案されている。
【0004】
このような技術として、例えば特許文献1には、「ニッケルめっきしたばね用ステンレス鋼線の製造において、最終伸線後のワイヤが、ニッケルめっき厚さが0.2~2μm、めっき層の母材に対する硬さ比率が0.2~0.83、潤滑剤付着量が0.05~0.8g/m2の各値を持ち、かつ、之等3要因が、ニッケルめっき厚さとめっき層の母材に対する硬さ比と潤滑剤付着量を変量とする三相相関図において相関関係を有することを特徴とするばね用ステンレス鋼線。」が提案されている。
【0005】
また特許文献2には、「ニッケルめっき層を有するステンレス鋼線において、前記ニッケルめっき層の表面に凹部を有しており、この凹部に硫酸カリウム、硫酸ナトリウムまたは硼砂の少なくとも1種を含有する無機塩が保持されているニッケルめっきステンレス鋼線。」が提案されている。
【0006】
一方、特許文献3には、「引張強さ1500~3000N/mm2の高強度ステンレス鋼線を用いた芯材と、該芯材の表面を覆うニッケルめっき層からなるニッケル被覆鋼線であって、前記ニッケルめっき層は、内めっき層と外めっき層との複数層の層状めっき組織からなり、前記内めっき層は、前記外めっき層と前記芯材との間に介在して両者を結合し、かつ前記芯材の径方向に伸びる柱状組織をなすとともに、前記外めっき層は、前記内めっき層よりも硬質であって、かつ伸線による冷間加工に伴う細径化により微小片に破壊され、前記外めっき層は、該破壊された前記微小片により内めっき層を覆うことを特徴とするばね用ステンレス鋼線。」が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平10-5847号公報
【文献】特開2008-49353号公報
【文献】特許第4944527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1の技術では、上記のような相関関係を規定することによって、ばねのコイリング性能に関して、ばね成形時の自由長の寸法ばらつきを低減し、ばねの寸法不良を最小限にするものである。しかしながら、こうした技術では、ばね鋼線表面に硬質のNiめっきを施し、Niめっき後の伸線加工時にめっき層に割れを生じさせ割れの隙間に伸線潤滑剤を保持させて潤滑性を向上させた場合、Niめっき層に生じた割れがステンレス鋼線の素地にまで伝播し、その結果としてばねとしての特性に悪影響を及ぼすことがある。ステンレス鋼線の表面にまで達する割れは、特にステンレス鋼線の疲労強度を顕著に低下させる。
【0009】
特許文献2の技術は、めっき層に凹部を形成することによって、この凹部に硫酸カリウム、硫酸ナトリウムまたは硼砂などの無機塩を潤滑成分として保持させ、これによってステンレス鋼線の伸線加工時の潤滑性を高めるものである。しかしながらこの技術では、上記のような潤滑成分を保持する凹部の深さについて、伸線加工度が高い場合にはめっき層厚さの100%以上となること、すなわち素地にまで達することが示されている。こうしたことから、Niめっき層形成後の伸線加工時の減面率はせいぜい45%程度までとなっている。その結果、伸線加工時の加工度を高めることによって、鋼線をより高強度にするには限界があり、強伸線加工を施した場合には、Niめっき層を形成したことによる潤滑性付与効果が発揮されない。
【0010】
一方、特許文献3では、めっき層を二層とし、下層に軟質のNiめっき層、上層に硬質のNiめっき層を形成することが提案されている。この技術では下層に軟質のNiめっき層を形成することによって、上層のNiめっき層で生じた微小片が芯材のステンレス鋼線から剥離しないようにした技術である。しかしながら、このような技術においても、下層のめっき層および上層のめっき層の厚さや硬さによっては、上層の硬質めっき層で生じた割れが鋼線素材に伝播することがあり、ばねの疲労特性を良好に確保するためには、不十分である。
【0011】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、めっき層に割れを生じさせることで良好な潤滑性を確保すると共に、めっき層の割れがステンレス鋼線素地に伝播することを抑制し、良好な疲労特性を確保することのできるめっき層を有するばね用ステンレス鋼線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、強伸線加工を施した場合であってもめっき層の割れがステンレス鋼線素地に伝播することを抑制できるめっき層構造を実現するという観点から鋭意検討した。その結果、ステンレス鋼線側のNiめっき層と、当該Niめっき層表面にNi-P合金めっき層を有する二層構造とすれば、強伸線加工を施しても、めっき層の割れがステンレス鋼線素地に伝播することを抑制し、良好な疲労特性を確保できることを見出し、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることによって本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明の一局面は、ステンレス鋼線の表面にめっき層を有するばね用ステンレス鋼線であって、前記めっき層は、ステンレス鋼線側のNiめっき層と、当該Niめっき層表面にNi-P合金めっき層とを有し、前記Ni-P合金めっき層中におけるP濃度が8~14質量%であり、前記めっき層全体厚さに対する前記Ni-P合金めっき層の厚さ比率が20~50%であることを特徴とする。
【0014】
本発明の実施形態として、前記Niめっき層と前記Ni-P合金めっき層のビッカース硬さ(Hv)の差が、350~650Hvであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、Niめっき層と、当該Niめっき層表面にNi-P合金めっき層を有する二層構造のめっき層とし、前記Ni-P合金めっき層中におけるP濃度、前記めっき層全体厚さに対する前記Ni-P合金めっき層の厚さ比率を適切に規定し、めっき層に割れを生じさせることで良好な潤滑性を確保すると共に、めっき層の割れがステンレス鋼線素地に伝播することを抑制し、良好な疲労特性を確保することのできるめっき層を有するばね用ステンレス鋼線が提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、様々な角度から検討した。その結果、めっき層を上記のような二層構造とし、前記Ni-P合金めっき層中におけるP濃度、前記めっき層全体厚さに対する前記Ni-P合金めっき層の厚さ比率を適切に規定することによって、上記目的が見事に達成されることを見出し、本発明を完成した。以下では、めっき層を有するばね用ステンレス鋼線を、「Niめっきステンレス鋼線」と呼ぶことがある。
【0017】
本実施形態のNiめっきステンレス鋼線の芯材となるステンレス鋼線としては、前記JIS G4314:2013で引用するJIS G4308に示されるステンレス鋼線を用いることができる。こうしたステンレス鋼線としては、例えばSUS302、SUS304、SUS304N1、SUS316などのオーステナイト系ステンレス鋼線の他、SUS631J1などの析出硬化系のステンレス鋼線が代表的な例として挙げられる。
【0018】
本実施形態のNiめっきステンレス鋼線は、上記のようなステンレス鋼線芯材表面にNiめっき層とNi-P合金めっき層の二層構造からなるめっき層を有する。
【0019】
本実施形態で、ステンレス鋼線表面のNiめっき層は、電気Niめっき処理により、ステンレス鋼線表面にNiめっき層を所定厚さで形成した後、P含有量が8~14質量%であるNi-P合金めっき層を所定厚さで形成する。
【0020】
最外層となるNi-P合金めっき層におけるP含有量は、8~14質量%とする必要がある。Ni-P合金めっき層におけるP含有量が14質量%を超えると、Ni-P合金めっき層の硬度が低下し、伸線加工時に割れが少なくなり、十分な潤滑性が発揮できなくなる。Ni-P合金めっき層におけるP含有量は、好ましくは12質量%以下である。
【0021】
一方、Ni-P合金めっき層におけるP含有量が8質量%未満になると、Ni-P合金めっき層の硬度が高くなり過ぎて、下層のNiめっき層との密着性が低下する他、素地に達するような深い割れが生じ易くなる。Ni-P合金めっき層におけるP含有量は、好ましくは10質量%以上である。
【0022】
また下層に軟質のNiめっき層が存在することによって、外層のNi-P合金めっき層における割れによる進展が更に抑制される。なお、下層のNiめっき層は、100%Niでなくとも良く、含有する不純物量によって硬度は若干異なるが、ビッカース硬さで概ね200Hv程度である。
【0023】
なお、このようなNi電気めっき層は、一般的に用いられるスルファミン酸浴やワット浴を用いて形成できる。また、Ni-P合金めっき層は、上記のようなスルファミン酸浴やワット浴に亜リン酸を添加した浴を用いることによって形成できる。このとき、電気めっき処理時の電流密度を調整することで、Ni-P合金めっき層中のP含有量を変化させることができる。
【0024】
二層構造のめっき層をステンレス鋼線表面に形成し、上記のような効果を発揮させるためには、内層のNiめっき層と外層のNi-P合金めっき層との硬度差を適切な範囲に調整することが好ましい。
【0025】
電気めっきによって形成されるNiめっき層の硬さは、めっき浴の種類、浴組成、添加剤、pH、電流密度、温度などによって影響されるが、P含有量が8~14質量%であるNi-P合金めっき層は、その硬度がビッカース硬さで550~850Hv程度となる。すなわち、本実施形態のめっき層では、内層であるNiめっき層と外層であるNi-P合金めっき層との硬度差は、350~650Hvであることが好ましい。硬度差の下限は、より好ましくは375Hv以上であり、更に好ましくは400Hv以上である。硬度差の上限は、より好ましくは625Hv以下であり、更に好ましくは600Hv以下である。
【0026】
本発明の効果を有効に発揮させるためには、下層のNiめっき層と上層のNi-P合金めっき層の合計厚さに対して、Ni-P合金めっき層の厚さの比率を20~50%とする必要がある。上層の厚さが上記比率で50%を超えると、相対的に下層に厚さが薄くなり、上層からの割れの進展を下層によって抑止する効果が十分に発揮されず、素地のステンレス鋼線表面に割れが発生し易くなり、疲労特性が低下する。また、上層の厚さが上記比率で20%よりも小さくなると、潤滑性を確保する効果が乏しくなり、コイリング性が悪くなる。なお、本発明における「コイリング特性」とは、後述する方法によって評価されるものであり、基本的にばね形状への成形のし易さを意味する。上記厚さ比率は、30%以上であることが好ましく、40%以下であることが好ましい。
【0027】
電気めっきによって形成されるめっき層の厚さは、めっき時間(すなわち、電解時間)によって制御できるが、本発明における二層構造のめっき層では、内層および外側のいずれにおいても、めっき層厚さは0.5~3.0μm程度であることが好ましい。
【0028】
各めっき層の厚さが0.5μm未満となると、潤滑性付与効果を発揮させにくくなり、3.0μmを超えると、その効果が飽和すると共に、不経済である。
【0029】
上記のような二層構造を有するNiめっきステンレス鋼線は、その後連続的に強伸線加工により所定の線径に調整するとともに、加工硬化によって、引張強度などの機械的特性が付与される。このとき、上層のNi-P合金めっき層には、微細な割れが生じるが、伸線加工時に使用するCa系やNa系の乾式潤滑剤がこれらの割れの内部に保持され、ばねの加工時の潤滑性向上に寄与する。潤滑性が有効に発揮されることによって、強伸線加工による特性付与効果も有効に発揮される。
【0030】
潤滑性向上効果を発揮させつつ強伸線加工による特性付与効果を有効に発揮させるためには、上記のようなめっき層を形成した後の強伸線加工時の加工率は、減面率で60%以上を確保することが好ましい。より好ましくは65%以上である。しかしながら、加工率があまり高くなると、鋼線の強度が高くなりすぎて、ばね成形するときのコイリング性が低下するので、減面率で90%以下であることが好ましい。より好ましくは85%以下である。
【0031】
本実施形態のNiめっきステンレス鋼線によって、疲労特性が向上するメカニズムについては、その全てを解明し得た訳ではないが、おそらく次のように考えることができる。すなわち、本発明に効果を発揮させるためには、上記のように内側のめっき層と外側のめっき層の硬度差が適度な範囲に保持でき、こうした構成が、伸線加工時に素地となるステンレス鋼線表面にき裂を発生させることなく、潤滑性付与に有利な割れを発生させると推定される。したがって、上層のNi-P合金めっき層だけを形成した場合には、ステンレス鋼線表面にき裂を発生させることになって、疲労特性が悪くなる。
【0032】
これに対し、前記特許文献3のように、同種のNiめっき層で二層構造のめっき層とした場合には、外層のめっき層の硬度を内層と比べて高くしても、その硬度差には限界があるものと考えられる。
【0033】
以上、本発明の概要について説明したが、本実施形態のめっき層を有するばね用ステンレス鋼線をまとめると、下記の通りである。
【0034】
本実施形態のめっき層を有するばね用ステンレス鋼線は、ステンレス鋼線の表面にめっき層を有するばね用ステンレス鋼線であって、前記めっき層は、ステンレス鋼線側のNiめっき層と、当該Niめっき層表面にNi-P合金めっき層とを有し、前記Ni-P合金めっき層中におけるP濃度が8~14質量%であり、前記めっき層全体厚さに対する前記Ni-P合金めっき層の厚さ比率が20~50%である。
【0035】
このような構成によって、めっき層に割れを生じさせることで良好な潤滑性を確保すると共に、めっき層の割れがステンレス鋼線素地に伝播することを抑制し、良好な疲労特性を確保することができる。
【0036】
以下、実施例に基づいて、本発明の作用効果をより具体的に示すが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前記および後記の趣旨に徴して設計変更することは、いずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0037】
(実施例1)
素材(芯材)として、JIS G4314:2013で引用するJIS G4308に示されるSUS304ステンレス鋼線材(φ4.2mm)を使用した。このステンレス鋼線材に対して、連続めっきラインにて、硫酸電解洗浄によって表面を清浄化した後、下記表1に浴成分を示すスルファミン酸浴で下層のNiめっき層を2μmの厚さに形成した。続けて、下記表1に示すように、亜リン酸塩を添加したワット浴で上層のNi-P合金めっき層を1μmの厚さに形成し、合計3μmの厚さのめっき層とした。
【0038】
【0039】
このとき、Ni-P合金めっき層を形成するときの電流密度を変化させることによって、Ni-P合金めっき層中のP含有量を5~15質量%の範囲で変化させた。ついで、連続伸線機によって、Ca系乾式潤滑剤を用い、φ4.2mmからφ2.5mmまで伸線加工を行い(減面率:65%)、下記の方法によって、(a)素地割れ深さ、(b)断面割れ個数、(c)潤滑剤付着量、(d)コイリング性および(e)疲労特性を評価した。
【0040】
(a)素地割れ深さ
伸線加工後に鋼線の長さ方向20mm区間の縦断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で観察し、母材とめっき界面より母材側に進展している割れの最大深さを測定した。
【0041】
(b)断面割れ個数
鋼線の長さ方向20mm区間の縦断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、めっき層表面の割れ個数を計測し、長さ1mm当りの割れ個数を算出した。この割れの個数は、潤滑剤の保持を担う箇所の分散度合いを示している。
【0042】
(c)潤滑剤付着量
伸線加工後の鋼線を1m分以上用意し、潤滑剤除去前後の重量と線径を測定し、下記の式(1)に基づいて単位面積当りの重量(潤滑剤付着量)算出する。
[潤滑剤除去方法]
10質量%の水酸化ナトリウム水溶液中に鋼線を浸漬し、超音波洗浄を10分間実施する。その後、水洗、アセトン中に浸漬し、ドライヤー等で乾燥させる。
W={(Z1-Z2)/Z2}×d/4×ρ×106 ・・・(1)
W :潤滑剤付着量(g/m2)
Z1:潤滑剤除去前の重量(g)
Z2:潤滑剤除去後の重量(g)
d :鋼線の直径(m)
ρ :鋼線の密度(g/cm3)(本実施例の場合、7.93g/cm3)
【0043】
(d)コイリング性
コイリング時の潤滑性に寄与する伸線潤滑剤の保持量と分散具合をコイリング性とし、上記(b)、(c)の結果に基づき、下記の基準で評価した。なお、従来技術で生産している単層のNiめっきステンレス鋼線は評価基準の「○」に相当する。
[評価基準]
○:割れ個数が5個/mm以上かつ、潤滑剤付着量が0.40g/m2以上
△:割れ個数が1個/mm以上かつ、潤滑剤付着量が0.30g/m2以上(ただし、基準○の範囲を除く)
×:割れ個数が1個/mm未満もしくは、潤滑剤付着量が0.30g/m2未満
【0044】
(e)疲労特性
伸線加工後のめっきステンレス鋼線を用いて、100mm区間に一定のたわみを与えた状態で回転速度5000rpmで回転曲げ疲労試験をしたときの疲労限応力を測定し、下記の基準で評価した。なお、繰り返し数(回転数)が1千万回を超えた場合は破断無しと判断し、過半数を超えて破断無しとなった応力を疲労限応力とした。
[評価基準]
○:疲労限応力が420MPa以上
△:疲労限応力が360以上、420MPa未満
×:疲労限応力が360MPa未満
その結果を、めっき層構造とともに、下記表2に示す。
【0045】
【0046】
この結果から、次のように考察できる。まず試験No.1は、Ni-P合金めっき層(上層)のP含有量が5質量%と低くなった例である。この例では、めっき層が硬くなり過ぎたために、割れが深くなり、疲労特性が低下している。また、試験No.5は、Ni-P合金めっき層(上層)のP含有量が15質量%と高くなった例である。この例では、めっき層が軟らかいために、割れが浅くなり、良好な疲労特性を発揮しているが、めっき層表面の割れの個数が少なくなって(潤滑性が低下)、コイリング性が低下している。
【0047】
これらに対し、試験No.2~4は、Ni-P合金めっき層中のP含有量が適切な範囲にあって、硬度が適切に調整されており、めっき層構造(めっき厚さ比)も適切に制御されているので、適度な割れ深さと割れ個数となり、コイリング性と疲労特性のいずれも優れていることが分かる。
【0048】
(実施例2)
素材(芯材)として、JIS G4314:2013で引用するJIS G4308に示されるSUS304ステンレス鋼線材(φ4.2mm)を使用した。このステンレス鋼線材に対して、連続めっきラインにて、硫酸電解洗浄によって表面を清浄化した後、前記表1に示したスルファミン酸浴で下層の純Niめっき層を0~3.0μmの厚さに形成した。次いで、上記表1に示した、亜リン酸塩を添加したワット浴で上層のNi-P合金めっき層を0~3.0μmの厚さに形成し、合計3μmの厚さのめっき層とした。
【0049】
このとき、Ni-P合金めっき層を形成するときの電流密度を一定とし、Ni-P合金めっき層中のP含有量を10質量%とした。続いて、連続伸線機によって、Ca系乾式潤滑剤を用い、φ4.2mmからφ2.5mmまで伸線加工を行い(減面率:65%)、実施例1と同様にして、(a)素地割れ深さ、(b)断面割れ個数、(c)潤滑剤付着量、(d)コイリング性および(e)疲労特性を評価した。
【0050】
その結果を、めっき層構造とともに、下記表3に示す。
【0051】
【0052】
この結果から、次のように考察できる。まず試験No.6,7は、上層であるNi-P合金めっき層の厚さ割合が大きくなっている例であり、素地割れの深さが深くなり、疲労特性が劣化している。また試験No.11は、純Niめっき層(下層)のみであり、このめっき層は軟らかくて延性が良好であるため、伸線加工ではその表面に潤滑剤を捕捉できる割れが発生せず、コイリング性が劣化している。
【0053】
これらに対し、試験No.8~10では、Ni-P合金めっき層中のP含有量が適切な範囲にあって、硬度が適切に調整されており、めっき層構造(めっき厚さ比)も適切に制御されているので、適度な割れ深さと割れ個数となり、コイリング性と疲労特性のいずれも優れていることが分かる。