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特許7158993ホスホリルコリン基含有共重合体、および生体用医療基材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-14
(45)【発行日】2022-10-24
(54)【発明の名称】ホスホリルコリン基含有共重合体、および生体用医療基材
(51)【国際特許分類】
   C09D 133/20 20060101AFI20221017BHJP
   A61L 27/16 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 27/34 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 31/10 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 31/12 20060101ALI20221017BHJP
   A61L 33/06 20060101ALI20221017BHJP
   A61M 1/18 20060101ALI20221017BHJP
   A61M 1/36 20060101ALI20221017BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20221017BHJP
   B01D 69/10 20060101ALI20221017BHJP
   B01D 69/12 20060101ALI20221017BHJP
   B01D 71/42 20060101ALI20221017BHJP
   B01D 71/44 20060101ALI20221017BHJP
   B01D 71/82 20060101ALI20221017BHJP
   C08F 220/44 20060101ALI20221017BHJP
   C08F 230/02 20060101ALI20221017BHJP
   C09D 133/14 20060101ALI20221017BHJP
【FI】
C09D133/20
A61L27/16
A61L27/34
A61L27/40
A61L31/04 110
A61L31/10
A61L31/12
A61L33/06 200
A61M1/18 500
A61M1/36 165
B01D69/08
B01D69/10
B01D69/12
B01D71/42
B01D71/44
B01D71/82
C08F220/44
C08F230/02
C09D133/14
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018194092
(22)【出願日】2018-10-15
(65)【公開番号】P2020063318
(43)【公開日】2020-04-23
【審査請求日】2021-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】518364780
【氏名又は名称】東 千秋
(73)【特許権者】
【識別番号】518365341
【氏名又は名称】堀 和芳
(73)【特許権者】
【識別番号】518365352
【氏名又は名称】石田 等
(73)【特許権者】
【識別番号】518365363
【氏名又は名称】株式会社C&A Corporation
(74)【代理人】
【識別番号】100085224
【弁理士】
【氏名又は名称】白井 重隆
(72)【発明者】
【氏名】東 千秋
(72)【発明者】
【氏名】堀 和芳
(72)【発明者】
【氏名】石田 等
(72)【発明者】
【氏名】安池智一
(72)【発明者】
【氏名】並木陽一
【審査官】北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第00/001424(WO,A1)
【文献】特表平07-502053(JP,A)
【文献】特表平07-504459(JP,A)
【文献】特表2004-528060(JP,A)
【文献】特表2004-529674(JP,A)
【文献】特開平10-176021(JP,A)
【文献】特開平08-333421(JP,A)
【文献】特開平08-259628(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101185852(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101979419(CN,A)
【文献】HUANG, Xiao-Jun et al.,Electro-spun nano fibers modified with phospholipid moieties for enzyme immobilization,Macromolecular Rapid Communications,2006年,27,1341-1345,DOI:10.1002/marc.200600266
【文献】HUANG, Xiao-jun et al.,Immobilization and properties of lipase from Candida rugosa on electrospun nanofibrous membranes with biomimetic phospholipid moieties,Chemical Research in Chinese Universities,2008年,24,231-237,DOI:10.1016/S1005-9040(08)60048-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 230/02
C08F 220/42-220/44
C08L 33/18- 33/20
C08L 43/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系重合体から構成される生体用医療基材をコーティングするためのコーティング材であって、
(a)ホスホリルコリン基含有ビニル系モノマーと(b)アクリロニトリル系ビニルモノマーのみを共重合して成るホスホリルコリン基含有共重合体を含む、
コーティング材
【請求項2】
(b)アクリロニトリル系ビニルモノマーが、アクリロニトリル又はメタクリロニトリルである請求項1記載のコーティング材
【請求項3】
ホスホリルコリン基含有共重合体における(a)ホスホリルコリン基含有ビニル系モノマーおよび(b)アクリロニトリル系ビニルモノマーの割合は、(a)のモノマーユニットがモル比で0.2~0.4、(b)のモノマーユニットがモル比で0.8~0.6(ただし、(a)+(b)=1.0)である請求項1又は2記載のコーティング材
【請求項4】
ホスホリルコリン基含有共重合体のポリスチレン換算の重量平均分子量が20,000~40,000である請求項1~3いずれかに記載のコーティング材
【請求項5】
アクリロニトリル系重合体から構成される生体用医療基材の表面に、請求項1~4いずれかに記載のコーティング材をコーティングして成る医療器具。
【請求項6】
コーティング層の厚みが20~50nmである請求項5に記載の医療器具
【請求項7】
急性血液浄化療法用中空糸膜、または人工透析用中空糸膜である、請求項5又は6に記載の医療器具
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性血液浄化療法に使われる中空糸膜や人工透析用中空糸膜、その他生体組織と接触する可能性のある生体用医療基材のための新規な血液適合性コーティング材として、生体適合性に優れたホスホリルコリン基質とポリアクリロニトリル側鎖ニトリル基の陰性荷電によるサイトカインの吸着除去性能とコーティング性能に優れたアクリロニトリル系ポリマーから成る血液適合性コーティング材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、医療用具(例えば、血液浄化用膜、(補助)人工心臓、人工弁、ステント、ペースメーカ、人工血管、血管形成用バルーン、心臓補助装置用バルーンなど)に使用されている材料は、生体適合性(血液適合性を含む)が重要であり、生体の細胞膜に類似した構造を付与できる2-メタクリルロイルオキシエチルオスホリルコリン(以下「MPC」という)とメタクリロオキシアルキル系モノマーとの共重合ポリマーがMPCポリマーとして使われているだけで、アクリロニトリル系モノマーとの共重合体はない。また、血液浄化治療に用いられるヘモダイアフィルタは、陰性荷電によりサイトカインの高い吸着除去性能を有しているものも多いが、血液適合性に問題がある。
一方、ニトリル側鎖基のためポリアクリロニトリル系ポリマーは、強い凝集力を持ち機械的強度に優れたポリマーとして繊維や中空糸などに古くから使われてきた。また、ニトリル側鎖基の陰性荷電により血液から除去すべきサイトカインの吸着除去性能に優れている。しかし、耐熱安定性と生体適合性に問題があるとしてポリアクリロニトリル系ポリマーの医療用具は最近ほとんど見られなくなったが、耐熱安定性の問題は滅菌方法の選択でクリアーできる。
【0003】
現在の医療現場では、医療用具、例えば人工臓器等の表面を抗血栓性とするため、血栓形成を阻害するような生理活性物質を用いる方法が用いられている。これには、例えば生成した血栓を溶解させる働きをもつウロキナーゼ、凝固因子であるトロンビンの働きを阻害するヘパリン、あるいは血小板活性化抑制剤であるプロスタグランジンなどの生理活性物質を材料表面に固定化する方法がある。しかしながら、これらの薬剤による副作用は無視できるものではなく、大きな問題である。また、薬剤の放出速度のコントロールは非常に困難であり、薬剤放出後にはその効果も期待できない。
【0004】
医療用具、例えば人工臓器等の表面を抗血栓性とするため、生体反応を利用する方法も採られている。すなわち、凝固因子及び血小板を材料表面に適度に凝集させて血栓膜を形成させ、この血栓膜を足場にして、血管内壁を形成している内皮細胞を生着させ、さらにそれを増殖させることによって材料表面に薄い新生内膜を形成させる方法である。しかし、医療用具を内皮細胞が覆ってしまうまでの手術後約一ヶ月の間は血栓が発生する虞があり、この間は抗血小板薬の投与が必須となり、薬剤による副作用は無視できない。
【0005】
さらに、生理活性物質や薬剤を用いずに、材料自身の表面特性によって抗血栓性を得る方法も採られている。血栓形成は、血漿タンパク質の吸着とそれに続く血小板の活性化によって起こり、材料表面への血漿タンパク質の吸着は物理化学的に進行する。そのため、材料と血液との相互作用を小さくするために、材料表面を改質して、材料表面をできるだけ血液に近い状態にする必要がある。
【0006】
このような改質の方法として、例えば、「合成高分子からなる中空糸膜の表面に、MPCモノマーとアクリロニトリルモノマー以外の他のビニル重合性モノマーとの共重合体から成る中空糸膜であって、当該共重合体が中空糸膜の内側および/又は外表面に偏在している中空糸膜が提案されている(特許文献1)。このものは、中空糸の膜表面の親水性を向上させることによって、生体成分との相互作用がなく、蛋白非吸着性で性能劣化が起こりにくいというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO 02/09857 A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ポリアクリロニトリル系ポリマーのニトリル側鎖基の強い凝集力と高いサイトカイン除去性能を利用し、生体用医療基材などに極めて良好な血液適合性コーティング材を新規に開発することによって、急性血液浄化療法及び長時間血液透析、長期間生体内で使用しても、生体防御反応を抑制する薬物等の使用を排除しうる血液適合栓の良い材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、下記請求項1~7で構成される。
<請求項1>
(a)ホスホリルコリン基含有ビニル系モノマーと(b)アクリロニトリル系ビニルモノマーを共重合してなるホスホリルコリン基含有共重合体。
<請求項2>
(b)アクリロニトリル系ビニルモノマーが、アクリロニトリル又はメタクリロニトリルである請求項1記載のホスホリルコリン基含有共重合体。
<請求項3>
(a)のモノマーユニットが0.2~0.4、(b)のモノマーユニットが0.8~0.6(ただし、(a)+(b)=1.0)である請求項1又は2記載のホスホリルコリン基含有共重合体。
<請求項4>
ポリスチレン換算の重量平均分子量が20,000~40,000の請求項1~3いずれかに記載のホスホリルコリン基含有共重合体。
<請求項5>
側鎖ニトリル基の強い凝集力を利用するためポリアクリロニトリル系合成樹脂製基材の表面に、請求項1~4いずれかに記載のホスホリルコリン基含有共重合体をコーティングしてなる生体用医療基材。
<請求項6>
コーティング層の厚みが20~50nmである請求項5に記載の生体用医療基材。
<請求項7>
急性血液浄化療法用および人工透析用中空糸膜、人工心臓用血液ポンプ、人工弁、ステント、ペースメーカ、血管形成用バルーン、および心臓補助装置用バルーンなどから選ばれた少なくとも1種の生体組織と接触する可能性のある生体用医療基材に適用される請求項5又は6に記載の生体用医療基材。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアクリロニトリル系モノマーとホスホリルコリン基含有ビニルモノマーとの共重合による血液適合性のホスホリルコリン基含有共重合体は、極めて良好な生体適合性(血液適合性)を示し、また、ポリアクリロニトリル系ポリマーの側鎖ニトリル基の強い凝集力による極めてコーティング性の良い、かつ高いサイトカイン除去性能を持つ新規な血液適合性コーティング材料を与える。
したがって、この医療基材を血液透析及び急性血液浄化用の膜や、長期間生体の中で使用しても血栓等が発生し難い。そして、副作用のおそれがある、例えば生体防御反応を抑制する薬物等を使用する必要がない。また、一般の合成樹脂製基材の表面に積層あるいはコーティングされ保持されているホスホリルコリン基含有共重合体は、はがれ易いという欠点があるが、その欠点もなく抗血栓性及び摺動性に優れる医療用具とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】比較のための24時間血液浸透ノンコートPAN膜のSEM写真である。
図2】24時間血液浸透1%AN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜(実施例1)のSEM写真であり、左の図と右の図は観察場所が異なるものである。
図3】24時間血液浸透3%AN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜(実施例2)のSEM写真であり、左の図と右の図は観察場所が異なるものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、アクリロニトリル系モノマーとMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスフォリルコリン)モノマーとの共重合反応に代表されるホスホリルコリン基を有するビニル系モノマーとの共重合体から成る血液適合性コーティング材の開発について、以下、ホスホリルコリン基含有共重合体、合成樹脂製基材、生体用医療基材などに分けて説明する。
【0013】
<ホスホリルコリン基含有アクリロニトリル系共重合体>
本発明に用いられるホスホリルコリン基含有共重合体は、アクリロニトリル系モノマーと共重合されているので、例えば基材がアクリロニトリル系ポリマーの場合、側鎖ニトリル基の強い凝集力によって、この基材に対して親和性を有し、密着性に優れる。
【0014】
本発明に用いられるホスホリルコリン基含有共重合体は、生来の生体細胞の組織と非常に近い化合物であるホスホリルコリン基含有ビニル系モノマーにより形成されているため、タンパク質吸着、血栓の生成等が引き起こされない。
ここで、ホスホリルコリン基含有ビニル系モノマーとしては、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の他、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、4-メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6-メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、ω-メタクリロイルオキシエチレンホスホリルコリン、4-スチリルオキシブチルホスホリルコリンがあるが、特に、入手や取り扱いの容易さおよび重合性の点でMPCであることが好ましい。
【0015】
一方、この共重合体の合成に用いられるアクリロニトリル系モノマーとしては、アクリロニトリル、メタクリルニトリルなどが挙げられる。
なお、アクリロニトリルの割合は、(b)成分中に70モル%程度以上共重合させることが好ましい。
【0016】
ホスホリルコリン基含有共重合体において、(a)のモノマーユニットと(b)のモノマーユニットの割合は、(a)が0.2~0.4、(b)が0.8~0.6(ただし、(a)+(b)=1.0)である。
(a)のモノマーユニット含有率が低いと、生体適合性や親水性が不足しやすく、一方高すぎると、水に対する溶解性が高くなるが、有機溶剤への溶解性が低くなる。
例えば、透析膜からの水への溶出度が増え、さらに基材との密着性が低下するなどの問題が生じる。
【0017】
上記ホスホリルコリン基含有共重合体は、ホスホリルコリン基含有ビニル系モノマーとアクリロニトリル系モノマーとの組成物を、公知の溶液重合、塊状重合、乳化重合、懸濁重合等の方法を用いてラジカル重合させる方法等により調製することができる。その場合、必要に応じて重合系を、例えば、窒素、二酸化炭素、ヘリウム等の不活性ガスで置換、あるいは真空脱気して、重合温度0~100℃、重合時間10分~48時間の重合条件で重合反応させる方法により調製することができる。
【0018】
重合反応に際しては、通常のラジカル重合反応開始剤を用いることができる。ラジカル重合反応開始剤としては、例えば、2,2-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、2,2-アゾビス(2-アミジノプロピル)二塩酸塩、4,4-アゾビス(4-シアノ吉草酸)、2,2-アゾビス(2-(5-メチル-2-イミダゾリン-2-イル)プロパン)二塩酸塩、2,2-アゾビスイソブチルアミド二水和物、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過酸化ベンゾイル、ジイソプロピルペルオキシジカーボネート、t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルペルオキシピバレート、t-ブチルペルオキシジイソブチレート、過酸化ラウロイル、2,2-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、t-ブチルペルオキシネオデカノエート等が挙げられる。これらのラジカル重合反応開始剤は単独で用いても混合物で用いてもよい。また、前記重合反応開始剤には各種レドックス系の促進剤を用いてもよい。重合開始剤の使用量は、モノマー組成物100重量部に対して0.01~5.0重量部が好ましい。
【0019】
重合溶媒は、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール系溶媒が用いられる。好ましくは、生体用医療基材に用いることと考慮すると、エタノールが最も好ましい。
重合溶媒を用いる場合、トータルモノマー濃度は2モル/L程度である。
【0020】
この共重合では、ランダム共重合、ブロック共重合、あるいはこれらの共重合が混在した状態の重合が考えられるが、本発明の共重合体は、ランダム共重合体であっても、ブロック共重合体であっても、ホスホリルコリン基含有共重合体という点においてはいずれでも構わない。
【0021】
本発明に用いられる上記共重合体は、ポリスチレン換算の重量平均分子量が20,000~40,000程度である。
【0022】
上記共重合体からなる層の厚さは、10~500nm、好まし20~50nmである。このような厚さとすれば、タンパク質吸着、血栓の生成等が引き起こされず、また、基材と接触する組織の損傷を抑制することができる。
なお、層の形成は、下記の生体用医療用基材に、本発明のホスホリルコリン基含有共重合体の有機溶媒溶液をコーティングすることにより形成される。
この場合、生体適合性を考慮して、通常、この溶媒としては特にエタノールが好ましい。
【0023】
<生体医療用合成樹脂製基材>
本発明の生体用医療基材に用いられる合成樹脂製基材は、コーティング材の側鎖ニトリル基の凝集力がコーティング力を高めることになるので、アクリロニトリル系重合体から構成されているものが好ましい。ここで、「アクリロニトリル系重合体」とは、アクリロニトリルの単独重合体だけではなく、共重合体であってもよいことを示しており、共重合成分としては、他のモノマー成分をいずれも使用することができる。
【0024】
本発明に用いられるアクリロニトリル系重合体としては、少なくとも70モル%の共重合成分である。
ここで、他のビニル系モノマーとしては、アクリロニトリルに対して共重合性を有する公知の化合物であれば良く、特に限定されない。
【0025】
ここで、この合成樹脂製基材の具体例としては、人工腎臓膜用として、旭化成社製のアクリロニトリルに疎水性モノマーであるアクリル酸メチルと親水性モノマーであるアクリル酸を共重合したPAN膜や、BAXTER社製のアクリロニトリルに親水性のメタクリルスルホン酸ナトリウムを共重合させたPAN膜(AN69)などが挙げられる。
【0026】
<本発明の生体用医療基材を用いた医療器具>
本発明の生体用医療基材を用いた医療器具の代表例としては、既存の血液透析及び血液浄化療法用の中空糸膜が挙げられる。この中空糸にホスホリルコリン基含有共重合体をコーティングして用いられる。ホスホリルコリン基含量は、通常、0.3モル%程度である。
【0027】
なお、コーティングの際に用いられるホスホリルコリン基含有共重合体用の溶媒としては、上記のように、エタノールが特に好ましい。
【0028】
本発明の生体用医療基材を用いた医療器具としては、血液透析用の中空糸膜で代表される血液透析用膜のほか、人工心臓用血液ポンプ、人工弁、ステント、ペースメーカ、血管形成用バルーン、心臓補助装置用バルーンなどが挙げられる。
これらの場合、本発明のアクリロニトリル系重合体からなる基材の表面に、ホスホリルコリン基含有共重合体の溶液をコーティングしたり、当該溶液に基材を浸漬したりして、共重合体からなる層を基材表面に形成させればよい。
基材への共重合体溶液のコーティングや常温で10分間程度の浸漬後、常温で一晩程度乾燥させることにより、基材表面に共重合体層を固定することができる。
【実施例
【0029】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
なお、以下の例中、平均分子量は、下記の測定条件に従ったGPCによりおこなった。<GPC測定条件>
装置:Waters alliance システム
カラムオーブン:40℃
分離カラム:Asahipak GF-7MHQ 2本直列
検出器:示差屈折計(感度が低いのでUV検出器の使用が望ましかった)
移動相:エタノール
移動速度:1.0 mL/分
試料濃度:0.5 重量%
試料注入量:100 μL
標準物質:ポリ酢酸ビニル(Mn:5000),ポリエチレングリコ―ル(Mn:950~1050)
ビタミンE(分子量:430)
【0030】
[実施例1]
AN-MPCの調製
メタクロイルオキシエチルオスホリルコリン(MPC、日本油脂社製)4.5g、エタノール(和光純薬製)26mL、開始剤AIBN(アゾビスイソブチロニトリル、和光純薬製)0.085gを混合した溶液に、蒸留したアクリロニトリル(AN)を1.9gを混ぜ、シュレンク重合用ガラス反応管に入れた。
実験装置にて真空脱気で酸素を除去し、その後窒素置換を行う工程を3回繰り返した。
次に、オイルバスにて50℃で共重合を開始した。反応時間は60時間であった。
反応後、溶液の20倍量程度のアセトンを加え反応生成物を沈殿静置し回収し、アセトンで洗浄後真空乾燥した。生成のAN-MPCは、白色粉末ポリマーでエタノール可溶であった。反応収率99.7%、重量平均分子量は、30,000~35,000であった。
また、MPCユニットの含有率は、モル比で0.38であった。
【0031】
[実施例2]
血液適合性実験
実施例1のAN-MPCを既存のBaxter社製、ポリアクリロニトリル(PAN)人工腎臓膜を取り出し、被覆法によりコーティングしたものと、コントロールのコーティングしていない人工腎臓PAN膜(比較例1)を実験用ウサギ新鮮血に24時間接触させ、走査型電子顕微鏡(以下SEM)による観察にて血小板、フィブリノーゲンの粘着・凝集を観察し、AN-MPCコーティング材が人工腎臓膜として臨床応用可能であるか検証した。
なお、コーティング膜厚は、溶液濃度で調整し1と3濃度でコーティングして検証した。
【0032】
(1)人工腎臓膜の洗浄・乾燥
未使用Baxter社製、ポリアクリロニトリル(PAN)人工腎臓膜は膜の不可逆的変化の防
止と保存のためにグリセリンにてコーティングされているため、蒸留水1,000mLにて透析
装置の血液ポンプ(200mL/min)を用いて洗浄した。
洗浄した人工腎臓PAN膜を短冊状(2cm×5cm程度に医療用クーパーでカットし、ペアンにて両端を挟み乾燥器にて1週間乾燥させた。
【0033】
(2)人工腎臓PAN膜にAN-MPC溶液の被覆法コーティング
カットしたPAN膜を1と3の溶液に浸した後、取り出し室温で一晩放置して乾燥した。
なお、1の場合、コーティング層の厚さは薄層のため計測不可能であったが3の場合、コーティング層の厚さは約25nmであった。
【0034】
<コーティング膜をウサギ新鮮血にて浸透>
使用血液は、ウサギの新鮮血とした。添加抗凝固剤についてヘパリンとクエン酸があるが、実際の臨床の血液浄化療法で行われるヘパリンはアンチトロンビンIIIと結合し、凝固カスケードをブロックするため血小板凝集には影響を及ぼさない。一方、クエン酸はカルシウムと拮抗し、血小板放出の遊離カルシウムとの相互作用の動態が予想できない。
本実験で使用した日本バイオテスト研究所のウサギ新鮮血はクエン酸ナトリウムが含有されていた。先行研究では同じくクエン酸ナトリウムが使用されており条件は同一であった。
【0035】
(1)血液浸透
1%及び3%AN-MPCコーティングした人工腎臓PAN膜とコントロールのノンコーティング人工腎臓PAN膜をそれぞれ実験用ウサギ新鮮血10mLを入れたビーカーに入れ、それを人体温の36℃の恒温槽に浸し、24時間浸透した。
【0036】
(2)前固定
SEM観察のため血小板やフィブリノーゲンの粘着・凝集をグルタールアルデヒドで固定した。
(i)25%グルタールアルデヒド10mLと0.1%Mol Phosphate Buffer(pH 7.2)50mL、蒸留水40mLをビーカーに入れ混合し、2%グルタールアルデヒド入りリン酸緩衝液100mL(pH7.4)を作成した。
(ii)24時間血液浸透のAN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜及びノンコーティング人工腎臓PAN膜に付着した血液を2%グルタールアルデヒド入りリン酸緩衝液20mLで2回、試験管内で洗浄して固定した。
(iii)2%グルタールアルデヒド入りリン酸緩衝液20mLに1%および、3%のAN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜とコントロールのノンコーティング人工腎臓膜を2時間4℃の恒温槽に浸した。
(iv)試験管内にてAN-MPCコーティング膜が浸るまで2%グルタールアルデヒド入りリン酸緩衝液を注ぎ3回10分間で洗浄(攪拌)した。
【0037】
(3)凍結乾燥
上記の試料を冷蔵冷凍庫に入れ、1週間放置後一晩真空乾燥させた。
<SEM観察>
試料をそれぞれ6箇所から5×5mm角程度に切り出した。切り出した試料を銀ペーストの導電性テープで試料を真鍮製試料台に固定マウントした。用いたSEM(キーエンス社VE-8800)は除電機能付きで蒸着やスパッタリングが不要であった。
観察条件は、血小板2~4μmの大きさのため、倍率1,500~2,000倍を用いた。
【0038】
(i)24時間血液浸透ノンコーティング人工腎臓PAN膜(比較例1)
観察条件は、 1,500倍、加速電圧1kVであった。
図1は、24時間血液浸透ノンコートPAN(比較例1)のSEM写真である。
【0039】
(ii)24時間血液浸透1%AN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜(実施例1)
観察条件は、1,500倍、 加速電圧1kVであった。
図2は、24時間血液浸透1%AN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜(実施例1)のSEM写真である。
図中、左の図と右の図は観察場所が異なるものである。
【0040】
(iii)24時間血液浸透3%AN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜(実施例2)
観察条件は、1,500倍、加速電圧1kVであった。
図3は、24時間血液浸透3%AN-MPCコーティング人工腎臓PAN膜(実施例2)のSEM写真である。図中、左の図と右の図は観察場所が異なるものである。
【0041】
24時間血液浸透の人工腎臓PAN膜はノンコーティング(比較例1)のため血小板の粘着・凝集が認められたのに対し(図1)、1%AN-MPCコーティング(実施例1)は血小板の凝集・粘着が認められない場所が存在した(図2)。3%AN-MPCコーティング(実施例2)は全く血小板凝集、粘着は認められなかった(図3)。サンプルによる偏在をなくすべく6箇所から切り出し広範囲にわたり観察を行ったが、どの部分にもまったく血小板の粘着・凝集が認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のAN-MPCをコーティングした生体用医療基材は、長時間血液浄化療法や、長期間生体内で使用しても血栓等が発生し難い。そのため、例えば生体防御反応を抑制する薬物等の使用を排除し、抗血栓性及び摺動特性に優れる医療用具に用い得る。したがって、本発明の生体用医療基材は、血液透析、血液浄化療法用膜として用いることができ、生体用医療基材のコーティング材として有用である。
図1
図2
図3