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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】ガス分離用炭素膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 71/02 20060101AFI20221018BHJP
   B01D 71/42 20060101ALI20221018BHJP
   B01D 69/00 20060101ALI20221018BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20221018BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20221018BHJP
【FI】
B01D71/02 500
B01D71/42
B01D69/00
B01D69/08
D01F9/22
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018013229
(22)【出願日】2018-01-30
(65)【公開番号】P2018122293
(43)【公開日】2018-08-09
【審査請求日】2021-01-05
(31)【優先権主張番号】P 2017013901
(32)【優先日】2017-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】近藤 大
(72)【発明者】
【氏名】竹内 康作
(72)【発明者】
【氏名】三原 崇晃
(72)【発明者】
【氏名】堀口 智之
【審査官】片山 真紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/013676(WO,A1)
【文献】特開平01-221518(JP,A)
【文献】国際公開第2016/068034(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第1404907(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22、61/00-71/82
D01D 5/24
D01F 9/22
C01B 32/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリルを含む前駆体繊維を不融化処理する不融化工程と、不融化工程を経た不融化繊維を炭化処理する炭化工程とを有するガス分離用炭素膜の製造方法であって、
前記前駆体繊維が、ポリアクリロニトリル系樹脂に消失樹脂を混合させた樹脂混合物からなるものであり、
前記不融化工程において、酸素存在下で、150℃以上350℃以下で、不融化時間1分以上50分未満の熱処理を行うに際し、
1回目の不融化処理温度をT1、不融化時間をS1、2回目の不融化処理温度をT2、不融化時間をS2とした時、150℃≦T1<T2≦350℃かつ、1分≦S1+S2<50分となるように複数回不融化処理を行い、
前記不融化工程において、前記不融化繊維表面の下記により測定されるニトリル消費量指標K1が0.5以上、かつ前記不融化繊維表面から深さ10μmの位置のニトリル消費量指標K2が0.5以上となるよう不融化処理を行うガス分離用炭素膜の製造方法。
ニトリル消費量指標:赤外分光装置を用いた顕微ATR法によって測定されるC-H振動の吸光度(2940cm-1)およびニトリル基の吸光度(2240cm-1)から算出される「2240cm-1の吸光度/2940cm-1の吸光度」
【請求項2】
前記前駆体繊維が、内部に多孔質前駆体構造を有する平均繊維径20~5000μmの繊維である、請求項1に記載のガス分離用炭素膜の製造方法。
【請求項3】
前記前駆体繊維が、膜厚10~500μmの中空断面繊維であるか、または芯部に消失により中空部を形成する消失樹脂を含む芯鞘構造繊維である、請求項1に記載のガス分離用炭素膜の製造方法。
【請求項4】
前記不融化工程において、前記不融化繊維表面のニトリル消費量指標K1が0.6以上0.9以下、かつ前記不融化繊維表面から深さ10μmの位置のニトリル消費量指標K2が0.55以上0.9以下となるよう不融化処理を行う、請求項1~3のいずれかに記載のガス分離用炭素膜の製造方法。
【請求項5】
前記ガス分離用炭素膜が二酸化炭素分離用である、請求項1~のいずれかに記載のガス分離用炭素膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス分離用炭素膜の製造方法の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス分離膜によるガス分離は、圧力差、濃度差、質量差を駆動力とするため、ランニングコストや設備費が安く、所要体積も小さいことから、他の分離法と比較して省エネルギーな手法として注目されている。その中でも、炭素膜は有機膜に比べ高い耐熱性と耐薬品性をもつことから分離環境の適応範囲が広いという特徴を有する。例えば、天然ガスの精製プラントでは、主成分であるメタンガスと二酸化炭素の分離とともに、不純物として含まれる硫化水素による膜の劣化という懸念があった。また、ウランの濃縮では、古くからクヌーセン拡散を利用した膜分離法が行われているが、分離中に発生するフッ化水素による膜の劣化が課題であった。このような分離環境下において、耐薬品性をもつ炭素膜の実用化が期待されている。
【0003】
ガス分離用炭素膜の原料として用いられる樹脂は、ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリイミド(PI)、ポリアクリロニトリル(PAN)等が代表として挙げられるが、その中でもPAN系炭素膜は成形が容易であり、かつ安価であることから経済的な観点で好ましく注目されている。例えば、特許文献1には、共連続多孔構造を有するコア層と、実質的に共連続多孔構造を有しないスキン層とを有するPAN系炭素膜が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/013676号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のガス分離用炭素膜は、良好なガス透過速度を有することが報告されている。しかしながら、ガス分離用炭素膜にはさらなるガス透過速度の向上が求められていた。本発明の課題は、さらにガス透過速度を向上させたガス分離用PAN系炭素膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明は、ポリアクリロニトリルを含む前駆体繊維を不融化処理する不融化工程と、不融化工程を経た不融化繊維を炭化処理する炭化工程とを有するガス分離用炭素膜の製造方法であって、不融化工程において、不融化繊維表面のニトリル消費量指標K1が0.5以上、かつ不融化繊維表面から深さ10μmの位置のニトリル消費量指標K2が0.5以上となるよう不融化処理を行うガス分離用炭素膜の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の製造方法により、ガス分離用のPAN系炭素膜において、ガス透過速度をさらに高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔不融化工程〕
本発明は、PANを含む前駆体繊維を不融化処理する不融化工程において、不融化繊維表面のニトリル消費量指標K1が0.5以上、かつ前記不融化繊維表面から深さ10μmの位置のニトリル消費量指標K2が0.5以上となるよう不融化処理を行うことを特徴とする。
【0009】
PANを含む分離膜の前駆体繊維(以下、「PAN系前駆体繊維」と称する場合がある)とは、ポリアクリロニトリル(PAN)またはその共重合体(PANおよびその共重合体を以下、「PAN系樹脂」と称する場合がある)を含む樹脂を紡糸することにより作製した繊維である。
【0010】
PAN系樹脂としては、アクリロニトリルモノマーと、カルボン酸基を有するモノマー、カルボン酸エステル基を有するモノマーまたはアクリルアミド系モノマー等の共重合成分を共重合させたポリマーが挙げられる。このような共重合ポリマーは不融化工程での環化が進行しやすくなる点で好ましい。
【0011】
カルボン酸基を有するモノマーとしては、例えばアクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸などが上げられる。
【0012】
カルボン酸エステル基を有するモノマーとしては、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、アクリル酸ヒドロキシプロピルなどに代表されるアクリル酸エステル類、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸n-ブチル、メタクリル酸n-ヘキシル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸ラウリル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、メタクリル酸ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ジエチルアミノエチルなどの代表されるメタクリル酸エステル類などが上げられる。
【0013】
アクリルアミド系モノマーとしては、例えばアクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミドが上げられる。
【0014】
PAN系樹脂としては、カルボン酸基を有するモノマー、カルボン酸エステル基を有するモノマー、およびアクリルアミド系モノマーから選ばれる複数種のモノマーをアクリロニトリルモノマーと共重合した樹脂を用いてもよい。
【0015】
また、共重合体のPAN系樹脂には、これら以外にもスチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデンなどの不飽和モノマー類、さらにp-スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属塩などが含まれていても構わない。
【0016】
これら共重合成分の共重合比は0.1~10mol%が好ましい。0.1mol%以上とすることにより環化促進が可能となり、10mol%以下とすることにより不融化に際しての繊維シートの収縮を抑えることができる。これらの目的のために当該共重合成分は0.2~5mol%とすることがより好ましい。
【0017】
PAN系樹脂の重量平均分子量は1~200万であることが、繊維の配向制御および、別工程での不融化の観点から好ましく、10万~50万であることが可紡性の観点からより好ましい。
【0018】
PAN系前駆体繊維は、PAN系樹脂に消失樹脂を混合させた樹脂混合物からなるものであることが好ましい。消失樹脂とは、後の不融化処理または炭化処理による加熱か、あるいはそれらの前後のいずれかの段階における付加的な処理によって選択的に除去し得る樹脂である。消失樹脂が消失し、炭化可能であるPANが炭化することで、消失樹脂部分が空隙部として残り、多孔質の炭素材料が得られる。多孔質構造を有することにより、ガスの流路を空隙部が確保することができる。さらに炭化したPAN由来の枝部がそれぞれお互いに構造体を支えあう効果により、引張、圧縮などの変形に対しても、ある程度耐性を有する材料となる。このような樹脂混合物の場合、PAN系樹脂10~90重量%に対し消失樹脂90~10重量%を混合することが好ましい。
【0019】
樹脂混合物を用いてPAN系前駆体繊維を作製する場合、さらに、樹脂混合物を相分離させて固定化し、多孔質前駆体構造を形成させる工程を行うことが好ましい。混合された炭化可能樹脂と消失樹脂を相分離させる方法は特に限定されず、例えば温度変化によって相分離を誘発する熱誘起相分離法、非溶媒を添加することによって相分離を誘発する非溶媒誘起相分離法が挙げられる。
【0020】
これら相分離法は、単独で、もしくは組み合わせて使用することができる。組み合わせて使用する場合の具体的な方法は、例えば凝固浴を通して非溶媒誘起相分離を起こした後、加熱して熱誘起相分離を起こす方法や、凝固浴の温度を制御して非溶媒誘起相分離と熱誘起相分離を同時に起こす方法、口金から吐出された材料を冷却して熱誘起相分離を起こした後に非溶媒と接触させる方法などが挙げられる。
特に、非溶媒誘起相分離法を用いると、表層の相分離サイズの制御が可能となり、分離対象に適した孔径を有するガス分離炭素膜を形成させやすいことから、好ましい。
【0021】
消失樹脂を除去する方法は、不融化処理または炭化処理時の加熱により熱分解によって低分子量化して除去する方法が好適である。なお、熱分解による消失樹脂の除去は、不融化処理または炭化処理とは別に繊維を加熱する工程によって行ってもよい。
【0022】
炭化時の熱分解により消失樹脂を除去する場合、消失樹脂としては、不融化処理では大きな化学変化を起さず、最も高温となる炭化処理と同時に除去する樹脂を用いることが好ましい。このような樹脂としては、炭化収率が10%未満の樹脂が好ましく、具体的にはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンなどのポリオレフィン、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリアセタール、ポリビニルピロリドン、脂肪族ポリエステル、芳香族ポリエステル、脂肪族ポリアミド、ポリカーボネートなどを挙げることができる。なお、これらの樹脂は単独で用いることも、混合樹脂として用いることもできる。
【0023】
また、不融化処理または炭化処理の前後のいずれかの段階で、薬品を用いて消失樹脂を解重合するなどして化学的に除去したり、消失樹脂を溶解する溶媒を添加して溶解除去したりすることにより消失樹脂を除去してもよい。化学的に除去する方法としては、酸またはアルカリを用いて加水分解する方法が経済性や取り扱い性の観点から好ましい。酸またはアルカリによる加水分解を受けやすい樹脂としては、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリアミドなどが挙げられる。消失樹脂を溶解する溶媒を添加して除去する方法としては、混合されたPAN系樹脂と消失樹脂に対して、連続して溶媒を供給して消失樹脂を溶解、除去する方法や、バッチ式で混合して消失樹脂を溶解、除去する方法などが挙げられる。溶媒を添加して除去する方法に適した消失樹脂の具体的な例としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンなどのポリオレフィン、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリビニルピロリドン、脂肪族ポリエステル、ポリカーボネートなどが挙げられる。中でも溶媒への溶解性から非晶性の樹脂であることがより好ましく、その例としてはポリスチレン、メタクリル樹脂、ポリカーボネートが挙げられる。
【0024】
なお、これらの方法は単独で用いてもよく、また複数の方法を組み合わせて使用してしてもよく、組み合わせて使用する場合にはそれぞれを同時に実施しても別々に実施しても良い。
【0025】
PAN系前駆体繊維は、PAN系樹脂または前述の樹脂混合物を繊維状に紡糸することで得られる。なお、繊維状とは、平均直径に対して平均長さが100倍以上の形態を指すものとする。
【0026】
紡糸方法は特に限定されず、溶融紡糸、乾式紡糸、乾湿式紡糸、湿式紡糸、エレクトロスピニング等が適用できるが、PAN系樹脂の紡糸性や生産性が優れるという点から、湿式紡糸や乾湿式紡糸が好ましい。湿式紡糸や乾湿式紡糸での溶媒はPAN系樹脂と消失樹脂を溶解する溶媒が好ましく、例えばジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0027】
PAN系前駆体繊維は、その断面の形状は何ら制限されず、丸断面でも、三角断面などの多葉断面でも、扁平断面や中空断面でも良く、任意の形状とすることが可能である。
【0028】
中空断面とする場合には、中空部がガス流路として機能するため、PAN系前駆体繊維は前述のような多孔質前駆体構造を有する必要はなく、PAN系樹脂のみからなるものを用いることができる。中空部の形状は特に限定されるものではなく、丸断面、三角断面等の多葉断面、扁平断面や、複数の中空部を有する形状など、任意の形状とすることができる。
【0029】
PAN系前駆体繊維は、平均繊維径を20~5000μmとすることが好ましい。平均繊維径とは、PAN系前駆体繊維の断面積を同面積の円に換算した場合の直径である。繊維径が大きいほど炭化時に繊維内部で多量の熱分解ガスが生じるため、ガス分離用炭素膜の孔を繊維内部から外部に熱分解ガスが拡散、透過する際に孔が拡大して、結果として孔径が拡大するため炭素膜のガス透過速度を向上できる。一方、繊維径が小さいほど曲げ剛性が低下するため、屈曲により折損や破断が生じることを防止することができるため工程通過性に優れる。これらのバランスを考慮して、平均繊維径は40~3000μmの範囲であることが好ましく、50~2000μmの範囲であるとより好ましい。
【0030】
また、中空断面繊維とする場合は、膜厚を10~500μmとすることが好ましい。中空糸の膜厚は、大きいほど耐圧性に優れた分離膜を形成できる点で好ましく、低いほどガス透過速度を向上でき、また欠陥の少ない分離膜を形成できる点で好ましい。これらのバランスを考慮して、特に中空糸の膜厚は20~200μmとすることが好ましい。中空断面繊維の作成方法としては、例えば相溶樹脂混合物または溶媒を加えた相溶樹脂溶液を二重管構造の中空糸紡糸ノズルの外管から押し出し、紡糸ノズルの内管から、空気や窒素などのガス、紡糸原液と同一の溶媒、非溶媒、あるいはそれらの混合物などを押し出す方法が挙げられる。
【0031】
また、前駆体繊維として芯部に消失により中空部を形成する消失樹脂を含む芯鞘構造繊維を用いて中空断面繊維を作製することもできる。この場合、相溶樹脂混合物または溶媒を加えた相溶樹脂溶液を二重管構造の中空糸紡糸ノズルの外管から押し出し、紡糸ノズルの内管から消失樹脂溶液を押し出すことにより、前駆体繊維を作製することが好ましい。この態様においては、紡糸後に凝固した当該消失樹脂を除去することで、中空断面のPAN系前駆体繊維を作製することができる。なお、消失樹脂の種類およびその除去方法は、PAN系樹脂に消失樹脂を相溶させた樹脂混合物について前記した態様に準ずる。
【0032】
不融化処理とは、PAN系前駆体繊維の架橋構造が進行する処理であり、その方法として、PAN系前駆体繊維を酸素雰囲気下(酸素を1%以上含むガス環境下)で熱処理により酸化架橋する方法、電子線、ガンマ線などの高エネルギー線を照射して架橋構造を形成する方法、反応性基を持つ物質を含浸、混合して架橋構造を形成する方法などが挙げられ、中でも酸素雰囲気下で加熱することで酸化架橋を起こす方法が、プロセスが簡便であり製造コストを低く抑えることが可能である点から好ましい。これらの手法は単独もしくは組み合わせて使用しても、それぞれを同時に使用しても別々に使用してもよい。
【0033】
不融化工程においては、PAN系前駆体繊維を、表面のニトリル消費量指標K1が0.5以上であり、かつ表面から深さ10μmでのニトリル消費量指標K2が0.5以上になるよう不融化処理を行う。なお、本明細書においては、PAN系前駆体繊維を不融化して得られる繊維を「不融化繊維」と呼ぶ。
【0034】
ニトリル消費量指標とは、赤外分光装置を用いた顕微ATR法によって不融化反応の進行度を確認する指標である。具体的には、C-H振動の吸光度(2940cm-1)およびニトリル基の吸光度(2240cm-1)を測定し、これらの吸光度から算出される「2240cm-1の吸光度/2940cm-1の吸光度」の値をニトリル消費量指標とする。ニトリル消費量指標は、後述する実施例に記載の方法により測定する。不融化繊維におけるK1の値は小さいほど、分離膜表面の環化反応が進行するため、耐薬品性が向上する。一方、K1の値が大きいほど粗大な孔径が形成され、ガス透過速度が向上する。耐薬品性を保ちつつ、優れたガス透過速度を有する分離膜作製の観点から、不融化工程における不融化処理は、不融化繊維のK1が0.6以上0.9以下となるよう行うことが好ましく、0.65以上0.85以下となるよう行うことがより好ましい。
【0035】
また、不融化工程においては、表面から深さ10μmでのニトリル消費量指標K2もまた0.5以上となるよう不融化処理を行う。
【0036】
不融化繊維のK2の値は、大きいほど炭化工程おいて多量の熱分解ガスが生じ、結果として孔径が拡大、または孔数が増加するため炭素膜のガス透過速度が向上する。一方、K2が小さいほど炭化工程において樹脂の急激な熱分解が抑制されるため糸切れのリスクが低減できる。分離膜の連続生産性の観点から、不融化工程における不融化処理は、不融化繊維のK2が0.55以上0.9以下となるよう行うことが好ましく、0.6以上0.85以下となるよう行うことがより好ましい。
【0037】
本発明においては、K1およびK2の値をこのような範囲とすることで、後の炭化工程において従来のPAN系の不融化繊維と比較して多量の熱分解ガスが生じ、繊維内部で発生した熱分解ガスが外部に拡散する際に孔径を拡大、または孔数が増加して、ガス透過速度に優れた分離膜を得ることができると考えられる。
【0038】
熱処理により不融化処理を行う場合、酸素濃度については特に限定されないが、1%以上の酸素濃度を持つガス、特に空気をそのまま供給することが製造コストを低く抑えることが可能となる。この場合、不融化処理温度は、架橋反応を効率よく進める観点から150℃以上が好ましく、樹脂の熱分解、燃焼などによる重量ロスなく、収率よく繊維を得ることができる観点から、350℃以下が好ましい。
【0039】
また、不融化時間は、1分以上50分未満とすることが好ましい。不融化時間を1分以上とすることにより、架橋が進行しており高温時の変形が抑制されることから断面形状の保持や糸切れ防止の点から好ましい。また不融化時間を50分未満とすることにより、PAN系前駆体繊維の曲げ剛性を低く保てることで工程通過性に優れる点や分離膜のガス透過速度が向上する点で好ましい。この観点から不融化時間は5~45分であることがより好ましい。なお、本明細書において、不融化時間とは、昇温時間および降温時間を除いた加熱時間を指す。また前記の不融化工程は、前述の温度、不融化時間範囲内であれば、例えば、1回目の不融化処理温度をT1、不融化時間をS1、2回目の不融化処理温度をT2、不融化時間をS2とした時、150℃≦T1<T2≦350℃かつ、1分≦S1+S2<50分となるように複数回不融化工程を行ってもよい。昇温速度、降温速度の下限は特に限定されないが、昇温、降温にかかる時間を短縮することで生産性を高めることができるため、1℃/分以上の速度であると好ましい。
【0040】
〔炭化工程〕
上記のような不融化工程を経た不融化繊維を炭化処理することで、ガス分離用炭素膜とすることができる。不融化繊維を充分に炭化させるために、炭化工程における熱処理は、不活性ガス雰囲気で不融化繊維を400℃以上に加熱することにより行うことが好ましい。不活性ガスとは、加熱時に化学的に不活性であるものを言い、具体的には、ヘリウム、ネオン、窒素、アルゴン、クリプトン、キセノン、二酸化炭素などが挙げられる。中でも窒素またはアルゴンを用いることが経済的な観点から好ましい。熱処理時の加熱温度の上限は特に限定されないが、低いほど経済的であるため、1500℃以下が好ましい。
【0041】
炭化工程で得られたガス分離用炭素膜は、膜に開いた孔を利用して物質の透過性の差により分離を可能とする。分離機構としては、分子ふるい、クヌーセン拡散等が知られているが、本発明のガス分離用炭素膜では、特に限定されない。
【0042】
本発明のガス分離用炭素膜は、二酸化炭素の分離用として用いることが特に好ましい。
【実施例
【0043】
(ニトリル消費量指標)
不融化繊維を繊維軸と平行にスライスし、スライスした断面の繊維軸と垂直方向の幅の長さを求め、不融化繊維表面から深さ10μmの位置で繊維軸と平行にスライスし、断面の長手方向の中心線位置が表面から深さ10μmの部分のサンプルを得た。IR測定には、FT-IR装置(日本分光社製、製品名IRT-3000)を用い、積算回数32回の条件にて、以下のように測定を行った。まず測定雰囲気のバックグラウンドスペクトルを測定した。ついで、ATRプリズム面にスライスを行っていない不融化繊維および、上記のように作製した表面から深さ10μmの部分のサンプルを密着させスペクトル測定を5回行った。それぞれの測定結果から2500cm-1の吸収スペクトルを0とした時の各吸収スペクトル(2240,2940cm-1)の吸光度(ピーク強度)を読み取り、2940cm-1の吸光度に対する2240cm-1の吸光度の比率を求めて、「ニトリル消費量指標(K)=2240cm-1の吸光度/2940cm-1の吸光度」を算出し、5回の平均をそれぞれK1、K2とした。
【0044】
(ガス透過速度)
ガス分離用炭素膜を長さ10cmに切断し、これを20本束ねて外径φ6mm、肉厚1mmのステンレス製のケーシング内に収容し、束ねたガス分離膜の端をエポキシ樹脂系接着剤でケーシング内面に固定するとともにケーシングの両端を封止して、ガス分離膜モジュールを作製した。測定ガスは窒素、二酸化炭素およびメタンを用い、JIS K7126-1(2006)の圧力センサ法に準拠して測定温度25℃で外圧式にて窒素、二酸化炭素およびメタンの単位時間当たりの透過側の圧力変化を測定した。ここで、供給側と透過側の圧力差を0.11MPa(82.5cmHg)に設定した。続いて、透過したガスの透過速度Qを下記式により算出し、各成分のガスの透過速度の比として分離係数αを算出した。なお、STPは標準条件を意味する。また、膜面積はガスの透過に寄与する領域においてガス分離膜の外径および長さから算出した。
Q = [ガス透過流量(×10-6 cm・STP)]/[膜面積(cm)×時間(s)×圧力差(cmHg)
なお、以下で実施例1~3、5は参考例1~3、5と読み替える。
[実施例1]
70gのポリサイエンス社製ポリアクリロニトリル(MW15万)と70gのシグマ・アルドリッチ社製ポリビニルピロリドン(MW4万)、及び、溶媒として400gの和研薬製ジメチルスルホキシド(DMSO)をセパラブルフラスコに投入し、3時間攪拌および還流を行いながら均一かつ透明な溶液を調製した。このときポリアクリロニトリルの濃度、ポリビニルピロリドンの濃度はそれぞれ15重量%であった。
【0045】
得られたポリマー溶液を、芯鞘型の二重口金の外管から前記ポリマー溶液を吐出し、内管からはDMSO90重量%水溶液を同時に吐出した後、水100%からなる凝固浴へ導き、ローラーに巻き取り、中空糸状のPAN系前駆体繊維を得た。得られたPAN系前駆体繊維は半透明であり、相分離を起こしていた。得られたPAN系前駆体繊維は水洗した後、乾燥した。
【0046】
その後、空気雰囲気下で、昇温速度10℃/分、240℃、不融化時間30分の不融化処理を行い、不融化繊維を作製した。
【0047】
続いてPAN系前駆体繊維を到達温度600℃、処理時間5分で炭化処理を行うことで分離膜を作製した。作製したガス分離炭素膜は内層に共連続多孔構造、表層に実質的に共連続多孔構造を有しない緻密層とを有するガス分離用炭素膜であった。
[実施例2]
不融化時間を5分とした以外は実施例1と同様の手法で分離膜を作製した。
[実施例3]
不融化時間を45分とした以外は実施例1と同様の手法で分離膜を作製した。
[実施例4]
不融化処理温度240℃、不融化時間20分で熱処理を行った後、次いで不融化処理温度320℃、不融化時間1分間の条件で2回目の熱処理を行った以外は実施例1と同様の手法で分離膜を作製した。
【0048】
[実施例5]
凝固浴を水とDMSOの混合浴に変更し、相分離サイズを拡大した以外は実施例1と同様の手法で分離膜を作製した。作製したガス分離炭素膜は全体に共連続多孔構造を有するガス分離用炭素膜であった。
[比較例1]
不融化時間を60分とした以外は実施例1と同様の手法で分離膜を作製した。
[比較例2]
不融化時間を120分とした以外は実施例5と同様の手法で分離膜を作製した。
【0049】
各実施例、比較例における不融化処理の条件と、不融化繊維の物性、および最終的に得られたガス分離用炭素膜のガス分離性能を表1に示す。
【0050】
【表1】