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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】タンパク質の分泌生産法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20221018BHJP
   C12N 15/77 20060101ALI20221018BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20221018BHJP
   C12R 1/15 20060101ALN20221018BHJP
【FI】
C12P21/02 C ZNA
C12N15/77 Z
C12N1/21
C12R1:15
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2018545764
(86)(22)【出願日】2017-10-20
(86)【国際出願番号】 JP2017037956
(87)【国際公開番号】W WO2018074579
(87)【国際公開日】2018-04-26
【審査請求日】2020-10-14
(31)【優先権主張番号】P 2016206728
(32)【優先日】2016-10-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-734
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 悠美
(72)【発明者】
【氏名】松田 吉彦
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/118544(WO,A1)
【文献】特表2014-532424(JP,A)
【文献】国際公開第2013/065772(WO,A1)
【文献】日本農芸化学会2012年度大会講演要旨集,2013年03月05日,Vol. 2012,p. 2C22p15
【文献】日本農芸化学会2013年度大会講演要旨集,2013年03月05日,Vol. 2013,p. 4SY23-8
【文献】Molecular Microbiology,Vol. 96, No. 6,2014年05月21日,pp. 1326-1342
【文献】Appl. Microbiol. Biotechnol.,Vol. 94,2012年,pp. 1131-1150
【文献】J. Bacteriol.,Vol. 193, No. 5,2011年,pp. 1212-1221
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/00-21/08
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
C12R 1/15-1/17
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を有するコリネ型細菌を培養すること、および分泌生産された異種タンパク質を回収することを含む、異種タンパク質の製造方法であって、
前記コリネ型細菌が、HrrSAシステムの細胞当たりの分子数が非改変株と比較して低下
するように改変されており、
前記コリネ型細菌が、コリネバクテリウム属細菌であり、
前記HrrSAシステムが、HrrSタンパク質およびHrrAタンパク質からなり、
前記遺伝子構築物が、5’から3’方向に、コリネ型細菌で機能するプロモーター配列、コリネ型細菌で機能するシグナルペプチドをコードする核酸配列、および異種タンパク質をコードする核酸配列を含み、
前記異種タンパク質が、前記シグナルペプチドとの融合タンパク質として発現し、
前記HrrSタンパク質が、下記(1a)、(1b)、または(1c)に記載のタンパク質であり:
(1a)配列番号63に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(1b)配列番号63に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのセ
ンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質;
(1c)配列番号63に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質

前記HrrAタンパク質が、下記(2a)、(2b)、または(2c)に記載のタンパク質である、方法:
(2a)配列番号65に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(2b)配列番号65に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのレ
スポンスレギュレーターとしての機能を有するタンパク質;
(2c)配列番号65に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有するタ
ンパク質。
【請求項2】
HrrSAシステムの細胞当たりの分子数が、HrrSタンパク質およびHrrAタンパク質の一方
または両方の細胞当たりの分子数を低下させることにより、低下した、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
少なくともHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下した、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
hrrS遺伝子および/またはhrrA遺伝子の発現を低下させることにより、またはhrrS遺伝子および/またはhrrA遺伝子を破壊することにより、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下した、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
hrrS遺伝子および/またはhrrA遺伝子を欠損させることにより、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下した、請求項2~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記コリネ型細菌が、さらに、変異型PhoSタンパク質をコードするphoS遺伝子を保持するように改変されており、
前記変異が、野生型PhoSタンパク質において、配列番号4の302位のトリプトファン残基に相当するアミノ酸残基が芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基に置換される変異であり、
前記野生型PhoSタンパク質が、下記(a)、(b)、又は(c)に記載のタンパク質である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法:
(a)配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列に対し90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PhoRSシステムのセンサーキナーゼ
としての機能を有するタンパク質。
【請求項7】
前記芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基が、リジン残基、アラニン残基、バリン残基、セリン残基、システイン残基、メチオニン残基、アスパラギン酸残基、またはアスパラギン残基である、請求項に記載の方法。
【請求項8】
前記シグナルペプチドがTat系依存シグナルペプチドである、請求項1~のいずれか
1項に記載の方法。
【請求項9】
前記Tat系依存シグナルペプチドが、TorAシグナルペプチド、SufIシグナルペプチド、PhoDシグナルペプチド、LipAシグナルペプチド、およびIMDシグナルペプチドからなる群より選択されるいずれか1つのシグナルペプチドである、請求項に記載の方法。
【請求項10】
前記コリネ型細菌が、さらに、Tat系分泌装置をコードする遺伝子から選択される1ま
たはそれ以上の遺伝子の発現が非改変株と比較して上昇するように改変されている、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記Tat系分泌装置をコードする遺伝子が、tatA遺伝子、tatB遺伝子、tatC遺伝子、お
よびtatE遺伝子からなる、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記シグナルペプチドがSec系依存シグナルペプチドである、請求項1~11のいずれ
か1項に記載の方法。
【請求項13】
前記Sec系依存シグナルペプチドが、PS1シグナルペプチド、PS2シグナルペプチド、お
よびSlpAシグナルペプチドからなる群より選択されるいずれか1つのシグナルペプチドである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記遺伝子構築物が、コリネ型細菌で機能するシグナルペプチドをコードする核酸配列と異種タンパク質をコードする核酸配列との間に、さらに、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸
配列をコードする核酸配列を含む、請求項1~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記遺伝子構築物が、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列をコードする核酸配列と異種タ
ンパク質をコードする核酸配列との間に、さらに、酵素的切断に使用されるアミノ酸配列をコードする核酸配列を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記コリネ型細菌が、コリネバクテリウム・グルタミカムである、請求項1~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記コリネ型細菌が、コリネバクテリウム・グルタミカムAJ12036(FERM BP-734)に由来する改変株またはコリネバクテリウム・グルタミカムATCC 13869に由来する改変株である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記コリネ型細菌が、細胞表層タンパク質CspBをもともと有しないコリネ型細菌であるか、cspB遺伝子の発現を低下させることにより、またはcspB遺伝子を破壊することにより、細胞表層タンパク質CspBの細胞当たりの分子数が非改変株と比較して低下するように改変されたコリネ型細菌である、請求項1~17のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異種タンパク質の分泌生産法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物による異種タンパク質の分泌生産としては、これまでに、バチルス属細菌(非特許文献1)、メタノール資化性酵母Pichia pastoris(非特許文献2)、およびAspergillus属糸状菌(非特許文献3、4)等による異種タンパク質の分泌生産が報告されている。
【0003】
また、コリネ型細菌により異種タンパク質を分泌生産する試みもなされている。コリネ型細菌による異種タンパク質の分泌生産については、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)(以後、C. glutamicumと略すことがある)によるヌクレアーゼ(nuclease)やリパーゼ(lipase)の分泌(特許文献1、非特許文献5)、サチライシン等のプロテアーゼの分泌(非特許文献6)、コリネ型細菌の細胞表層タンパク質PS1やPS2(CspBともいう)のシグナルペプチドを利用したタンパク質の分泌(特許文献2)、PS2(CspB)のシグナルペプチドを利用したフィブロネクチン結合タンパク質の分泌(非特許文献7)、PS2(CspB)やSlpA(CspAともいう)のシグナルペプチドを利用したプロトランスグルタミナーゼの分泌(特許文献3)、変異型分泌装置を利用したタンパク質の分泌(特許文献4)、変異株によるプロトランスグルタミナーゼの分泌(特許文献5)等の報告がある。また、コリネ型細菌による異種タンパク質の分泌生産量を高める技術として、細胞表層タンパク質の活性を低下させること(特許文献6、7)、ペニシリン結合タンパク質の活性を低下させること(特許文献6)、メタロペプチダーゼをコードする遺伝子の発現を増強すること(特許文献7)、リボソームタンパク質S1遺伝子に変異を導入すること(特許文献8)、シグナルペプチドと異種タンパク質との間にGln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列を挿入して異種タンパク質を発現させること(特許文献9)等が知られている。
【0004】
一般的なタンパク質分泌経路は、原核生物から真核生物まで広く存在するSec系と呼ばれる経路であるが、近年、Sec系とは全く異なるタンパク質分泌経路が植物細胞の葉緑体のチラコイド膜において見出された(非特許文献8)。この新規な分泌経路は、それにより分泌されるタンパク質のシグナル配列にアルギニン-アルギニンの配列が共通して存在していることから(非特許文献8)、Tat系(Twin-Arginine Translocation system)と名付けられた。Sec系ではタンパク質が高次構造を形成する前の状態で分泌されるのに対し、Tat系ではタンパク質は細胞内で高次構造を形成した後に細胞膜を通過して分泌されることが知られている(非特許文献9)。コリネ型細菌においても、Tat系依存シグナルペプチドを利用したタンパク質の分泌生産の報告がある(特許文献8、10)。
【0005】
細菌が細胞内外の様々な環境変化に応答するシステムとして、二成分制御系と呼ばれるシグナル伝達経路が知られている。二成分制御系は、環境変化の刺激を感知する役割のセンサーキナーゼと、センサーキナーゼからシグナルを受け取り、さらに下流の遺伝子の発現を制御する役割のレスポンスレギュレーターの2つの成分からなる制御システムである。具体的には、センサーキナーゼが刺激を感知すると特定のヒスチジン残基が自己リン酸化され、そのリン酸基がレスポンスレギュレーターの特定のアスパラギン酸残基に転移することによってシグナルが伝達され、リン酸化により活性化されたレスポンスレギュレーターが転写因子として下流の遺伝子発現を調節する。
【0006】
C. glutamicumの二成分制御系に関する知見は、非特許文献10等に詳しい。C. glutamicumにおいては、二成分制御系としてこれまでに少なくとも13種類のシステムが知られている。二成分制御系として、具体的には、PhoRSシステムやHrrSAシステムが挙げられる。
【0007】
PhoRSシステムは、センサーキナーゼのPhoSタンパク質と、レスポンスレギュレーターのPhoRタンパク質からなる。PhoRS欠損株の解析により、PhoRSシステムは環境中のリン酸欠乏を感知してシグナル伝達を行なう制御系であることが明らかにされている(非特許文献11)。
【0008】
HrrSAシステムは、センサーキナーゼのHrrSタンパク質と、レスポンスレギュレーターのHrrAタンパク質からなる。HrrSA欠損株の解析により、HrrSAシステムは、ヘムの存在下で、ヘムの分解に関与する遺伝子や呼吸鎖中のヘム含有タンパク質をコードする遺伝子の発現を誘導し、ヘムの生合成に関与する遺伝子の発現を抑制することが明らかにされており、ヘムの恒常性維持に関与していると考えられている(非特許文献12)。
【0009】
しかしながら、HrrSAシステムと、異種タンパク質の分泌生産との関係はこれまでに知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】米国特許4965197
【文献】特表平6-502548
【文献】特許第4320769号
【文献】特開平11-169182
【文献】特許第4362651号
【文献】WO2013/065869
【文献】WO2013/065772
【文献】WO2013/118544
【文献】WO2013/062029
【文献】特許第4730302号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Microbiol. rev., 57, 109-137(1993)
【文献】Biotechnol., 11, 905-910(1993)
【文献】Biotechnol., 6, 1419-1422(1988)
【文献】Biotechnol., 9, 976-981(1991)
【文献】J. Bacteriol., 174, 1854-1861(1992)
【文献】Appl. Environ. Microbiol., 61, 1610-1613(1995)
【文献】Appl. Environ. Microbiol., 63, 4392-4400(1997)
【文献】EMBO J., 14, 2715-2722(1995)
【文献】J. Biol. Chem., 25;273(52), 34868-74(1998)
【文献】Appl. Microbiol. Biotechnol., 94, 1131-1150(2012)
【文献】J. Bacteriol., 188, 724-732(2006)
【文献】J. Bacteriol., 193, 1212-1221(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、コリネ型細菌による異種タンパク質の分泌生産を向上させる新規な技術を開発し、コリネ型細菌による異種タンパク質の分泌生産法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、HrrSAシステムの活性が低下するようにコリネ型細菌を改変することにより、コリネ型細菌の異種タンパク質の分泌生産能が向上することを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち、本発明は以下のとおり例示できる。
[1]
異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を有するコリネ型細菌を培養すること、および分泌生産された異種タンパク質を回収することを含む、異種タンパク質の製造方法であって、
前記コリネ型細菌が、HrrSAシステムの細胞当たりの分子数が非改変株と比較して低下するように改変されており、
前記遺伝子構築物が、5’から3’方向に、コリネ型細菌で機能するプロモーター配列、コリネ型細菌で機能するシグナルペプチドをコードする核酸配列、および異種タンパク質をコードする核酸配列を含み、
前記異種タンパク質が、前記シグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する、方法。
[2]
HrrSAシステムの細胞当たりの分子数が、HrrSタンパク質およびHrrAタンパク質の一方または両方の細胞当たりの分子数を低下させることにより、低下した、前記方法。
[3]
少なくともHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下した、前記方法。
[4]
前記HrrSタンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、前記方法:
(a)配列番号63に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号63に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号63に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質。
[5]
前記HrrAタンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、前記方法:
(a)配列番号65に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号65に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号65に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有するタンパク質。
[6]
hrrS遺伝子および/またはhrrA遺伝子の発現を低下させることにより、またはhrrS遺伝子および/またはhrrA遺伝子を破壊することにより、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下した、前記方法。
[7]
hrrS遺伝子および/またはhrrA遺伝子を欠損させることにより、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下した、前記方法。
[8]
前記コリネ型細菌が、さらに、変異型PhoSタンパク質をコードするphoS遺伝子を保持するように改変されている、前記方法。
[9]
前記変異が、野生型PhoSタンパク質において、配列番号4の302位のトリプトファン残基に相当するアミノ酸残基が芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基に置換される変異である、前記方法。
[10]
前記芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基が、リジン残基、アラニン残基、バリン残基、セリン残基、システイン残基、メチオニン残基、アスパラギン酸残基、またはアスパラギン残基である、前記方法。
[11]
前記野生型PhoSタンパク質が、下記(a)、(b)、又は(c)に記載のタンパク質である、前記方法:
(a)配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列に対し90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するタンパク質。
[12]
前記シグナルペプチドがTat系依存シグナルペプチドである、前記方法。
[13]
前記Tat系依存シグナルペプチドが、TorAシグナルペプチド、SufIシグナルペプチド、PhoDシグナルペプチド、LipAシグナルペプチド、およびIMDシグナルペプチドからなる群より選択されるいずれか1つのシグナルペプチドである、前記方法。
[14]
前記コリネ型細菌が、さらに、Tat系分泌装置をコードする遺伝子から選択される1またはそれ以上の遺伝子の発現が非改変株と比較して上昇するように改変されている、前記方法。
[15]
前記Tat系分泌装置をコードする遺伝子が、tatA遺伝子、tatB遺伝子、tatC遺伝子、およびtatE遺伝子からなる、前記方法。
[16]
前記シグナルペプチドがSec系依存シグナルペプチドである、前記方法。
[17]
前記Sec系依存シグナルペプチドが、PS1シグナルペプチド、PS2シグナルペプチド、およびSlpAシグナルペプチドからなる群より選択されるいずれか1つのシグナルペプチドである、前記方法。
[18]
前記遺伝子構築物が、コリネ型細菌で機能するシグナルペプチドをコードする核酸配列と異種タンパク質をコードする核酸配列との間に、さらに、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列をコードする核酸配列を含む、前記方法。
[19]
前記遺伝子構築物が、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列をコードする核酸配列と異種タンパク質をコードする核酸配列との間に、さらに、酵素的切断に使用されるアミノ酸配列をコードする核酸配列を含む、前記方法。
[20]
前記コリネ型細菌が、コリネバクテリウム属細菌である、前記方法。
[21]
前記コリネ型細菌が、コリネバクテリウム・グルタミカムである、前記方法。
[22]
前記コリネ型細菌が、コリネバクテリウム・グルタミカムAJ12036(FERM BP-734)に由来する改変株またはコリネバクテリウム・グルタミカムATCC 13869に由来する改変株である、前記方法。
[23]
前記コリネ型細菌が、細胞表層タンパク質の細胞当たりの分子数が低下しているコリネ型細菌である、前記方法。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】C. glutamicum YDK010株およびそのhrrA遺伝子欠損株でProtein L(CspAのシグナルペプチドを融合したProtein Lの抗体結合ドメイン)を発現させた際のSDS-PAGEの結果を示す写真。
図2】C. glutamicum YDK010::phoS(W302C)株およびそのhrrA遺伝子欠損株でCspB6Xa-LFABP(CspBのシグナルペプチド、成熟CspBのN末端配列、およびFactor Xaプロテアーゼ認識配列を融合したLFABP)を発現させた際のSDS-PAGEの結果を示す写真。
図3】C. glutamicum YDK010::phoS(W302C)株およびそのhrrA遺伝子欠損株でGFP(TorAシグナルペプチドを融合したGFP)を発現させた際のSDS-PAGEの結果を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明の方法は、異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を有するコリネ型細菌を培養すること、および分泌生産された異種タンパク質を回収することを含む、異種タンパク質の製造方法であって、前記コリネ型細菌がHrrSAシステムの活性が低下するように改変されている、方法である。
【0018】
<1>本発明の方法に用いられるコリネ型細菌
本発明の方法に用いられるコリネ型細菌は、異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を有するコリネ型細菌であって、且つ、HrrSAシステムの活性が低下するように改変されたコリネ型細菌である。なお、本発明の方法に用いられるコリネ型細菌を「本発明の細菌」または「本発明のコリネ型細菌」ともいう。また、本発明の細菌が有する異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を「本発明に用いられる遺伝子構築物」ともいう。
【0019】
<1-1>異種タンパク質を分泌生産する能力を有するコリネ型細菌
本発明のコリネ型細菌は、異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物(本発明に用いられる遺伝子構築物)を有することにより、異種タンパク質を分泌生産する能力を有する。
【0020】
本発明において、タンパク質が「分泌」されるとは、タンパク質が細菌菌体外(細胞外)に移送されることをいう。細菌菌体外(細胞外)としては、培地中や菌体表層が挙げられる。すなわち、分泌されたタンパク質分子は、例えば、培地中に存在していてもよく、菌体表層に存在していてもよく、培地中と菌体表層の両方に存在していてもよい。すなわち、タンパク質が「分泌」されることには、最終的にそのタンパク質の全分子が培地中に完全に遊離状態におかれる場合に限られず、例えば、そのタンパク質の全分子が菌体表層に存在している場合や、そのタンパク質の一部の分子が培地中に存在し、残りの分子が菌体表層に存在している場合も包含される。
【0021】
すなわち、本発明において、「異種タンパク質を分泌生産する能力」とは、本発明の細菌を培地中で培養したときに、培地中および/または菌体表層に異種タンパク質を分泌し、培地中および/または菌体表層から回収できる程度に蓄積する能力をいう。蓄積量は、例えば、培地中での蓄積量として、好ましくは10 μg/L以上、より好ましくは1 mg/L以上、特に好ましくは100 mg/L以上、さらに好ましくは1 g/L以上であってよい。また、蓄積量は、例えば、菌体表層での蓄積量として、菌体表層の異種タンパク質を回収し培地と同量の液体に懸濁した場合に懸濁液中での異種タンパク質濃度が好ましくは10 μg/L以上、より好ましくは1 mg/L以上、特に好ましくは100 mg/L以上となるような量であってよい。なお、本発明において分泌生産される「タンパク質」とは、オリゴペプチドやポリペプチド等のペプチドと呼ばれる態様をも包含する概念である。
【0022】
本発明において、「異種タンパク質」(heterologous protein)とは、同タンパク質を発現および分泌させるコリネ型細菌にとって外来性(exogenous)であるタンパク質をいう。異種タンパク質は、例えば、微生物由来のタンパク質であってもよく、植物由来のタンパク質であってもよく、動物由来のタンパク質であってもよく、ウィルス由来のタンパク質であってもよく、さらには人工的にアミノ酸配列をデザインしたタンパク質であってもよい。異種タンパク質は、特に、ヒト由来のタンパク質であってもよい。異種タンパク質は、単量体タンパク質(monomeric protein)であってもよく、多量体タンパク質(multimeric protein)であってもよい。多量体タンパク質とは、2またはそれ以上のサブユニットからなる多量体として存在しうるタンパク質をいう。多量体において、各サブユニットは、ジスルフィド結合等の共有結合で連結されていてもよく、水素結合や疎水性相互作用等の非共有結合で連結されていてもよく、それらの組み合わせにより連結されていてもよい。多量体においては、1またはそれ以上の分子間ジスルフィド結合が含まれるのが好ましい。多量体は、単一の種類のサブユニットからなるホモ多量体であってもよく、2またはそれ以上の種類のサブユニットからなるヘテロ多量体であってもよい。なお、多量体タンパク質がヘテロ多量体である場合には、多量体を構成するサブユニットの内、少なくとも1つのサブユニットが異種タンパク質であればよい。すなわち、全てのサブユニットが異種由来であってもよく、一部のサブユニットのみが異種由来であってもよい。異種タンパク質は、天然で分泌性であるタンパク質であってもよく、天然では非分泌性であるタンパク質であってもよいが、天然で分泌性であるタンパク質であるのが好ましい。また、異種タンパク質は、天然でTat系依存の分泌性タンパク質であってもよく、天然でSec系依存の分泌性タンパク質であってもよい。「異種タンパク質」の具体例は後述する。
【0023】
生産される異種タンパク質は、1種類のみであってもよく、2またはそれ以上の種類であってもよい。また、異種タンパク質がヘテロ多量体である場合には、1種類のサブユニットのみが生産されてもよく、2またはそれ以上の種類のサブユニットが生産されてもよい。すなわち、「異種タンパク質を分泌生産する」ことには、目的の異種タンパク質を構成するサブユニットの内、全てのサブユニットを分泌生産する場合に加えて、一部のサブユニットのみを分泌生産する場合も包含される。
【0024】
コリネ型細菌は、好気性のグラム陽性桿菌である。コリネ型細菌としては、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属細菌、およびミクロバクテリウム(Microbacterium)属細菌等が挙げられる。コリネ型細菌を使用することの利点としては、従来異種タンパク質の分泌生産に利用されている糸状菌、酵母、Bacillus属細菌等と比べ、もともと菌体外に分泌されるタンパク質が極めて少なく、異種タンパク質を分泌生産した場合の精製過程の簡略化や省略化が期待できること、また、糖、アンモニア、および無機塩等を含有するシンプルな培地で良く生育し、培地代や培養方法、培養生産性で優れていること、等が挙げられる。
【0025】
コリネ型細菌としては、具体的には、下記のような種が挙げられる。
コリネバクテリウム・アセトアシドフィラム(Corynebacterium acetoacidophilum)
コリネバクテリウム・アセトグルタミカム(Corynebacterium acetoglutamicum)
コリネバクテリウム・アルカノリティカム(Corynebacterium alkanolyticum)
コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)
コリネバクテリウム・クレナタム(Corynebacterium crenatum)
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)
コリネバクテリウム・リリウム(Corynebacterium lilium)
コリネバクテリウム・メラセコーラ(Corynebacterium melassecola)
コリネバクテリウム・サーモアミノゲネス(コリネバクテリウム・エフィシエンス)(Corynebacterium thermoaminogenes (Corynebacterium efficiens))
コリネバクテリウム・ハーキュリス(Corynebacterium herculis)
ブレビバクテリウム・ディバリカタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium divaricatum (Corynebacterium glutamicum))
ブレビバクテリウム・フラバム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium flavum (Corynebacterium glutamicum))
ブレビバクテリウム・イマリオフィラム(Brevibacterium immariophilum)
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)(Brevibacterium lactofermentum (Corynebacterium glutamicum))
ブレビバクテリウム・ロゼウム(Brevibacterium roseum)
ブレビバクテリウム・サッカロリティカム(Brevibacterium saccharolyticum)
ブレビバクテリウム・チオゲニタリス(Brevibacterium thiogenitalis)
コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(コリネバクテリウム・スタティオニス)(Corynebacterium ammoniagenes (Corynebacterium stationis))
ブレビバクテリウム・アルバム(Brevibacterium album)
ブレビバクテリウム・セリナム(Brevibacterium cerinum)
ミクロバクテリウム・アンモニアフィラム(Microbacterium ammoniaphilum)
【0026】
コリネ型細菌としては、具体的には、下記のような菌株が挙げられる。
Corynebacterium acetoacidophilum ATCC 13870
Corynebacterium acetoglutamicum ATCC 15806
Corynebacterium alkanolyticum ATCC 21511
Corynebacterium callunae ATCC 15991
Corynebacterium crenatum AS1.542
Corynebacterium glutamicum ATCC 13020, ATCC 13032, ATCC 13060, ATCC 13869, FERM BP-734
Corynebacterium lilium ATCC 15990
Corynebacterium melassecola ATCC 17965
Corynebacterium efficiens (Corynebacterium thermoaminogenes) AJ12340 (FERM BP-1539)
Corynebacterium herculis ATCC 13868
Brevibacterium divaricatum (Corynebacterium glutamicum) ATCC 14020
Brevibacterium flavum (Corynebacterium glutamicum) ATCC 13826, ATCC 14067, AJ12418 (FERM BP-2205)
Brevibacterium immariophilum ATCC 14068
Brevibacterium lactofermentum (Corynebacterium glutamicum) ATCC 13869
Brevibacterium roseum ATCC 13825
Brevibacterium saccharolyticum ATCC 14066
Brevibacterium thiogenitalis ATCC 19240
Corynebacterium ammoniagenes (Corynebacterium stationis) ATCC 6871, ATCC 6872
Brevibacterium album ATCC 15111
Brevibacterium cerinum ATCC 15112
Microbacterium ammoniaphilum ATCC 15354
【0027】
なお、コリネバクテリウム属細菌には、従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが、現在コリネバクテリウム属に統合された細菌(Int. J. Syst. Bacteriol., 41, 255(1991))も含まれる。また、コリネバクテリウム・スタティオニスには、従来コリネバクテリウム・アンモニアゲネスに分類されていたが、16S rRNAの塩基配列解析等によりコリネバクテリウム・スタティオニスに再分類された細菌も含まれる(Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 60, 874-879(2010))。
【0028】
これらの菌株は、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852 P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることが出来る。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることが出来る(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。また、これらの菌株は、例えば、各菌株が寄託された寄託機関から入手することができる。
【0029】
とりわけ、野生株C. glutamicum ATCC 13869よりストレプトマイシン(Sm)耐性変異株として分離したC. glutamicum AJ12036 (FERM BP-734) は、その親株(野生株)に比べ、タンパク質の分泌に関わる機能を司る遺伝子に変異が存在することが予測され、タンパク質の分泌生産能が至適培養条件下での蓄積量としておよそ2~3倍と極めて高く、宿主菌として好適である(WO02/081694)。AJ12036は、昭和59年3月26日に工業技術院 微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に国際寄託として原寄託され、受託番号FERM BP-734が付与されている。
【0030】
また、Corynebacterium thermoaminogenes AJ12340 (FERM BP-1539) は、昭和62年3月13日に工業技術院 微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に国際寄託として原寄託され、受託番号FERM BP-1539が付与されている。また、Brevibacterium flavum AJ12418 (FERM BP-2205) は、昭和63年12月24日に工業技術院 微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に国際寄託として原寄託され、受託番号FERM BP-2205が付与されている。
【0031】
また、上述したようなコリネ型細菌を親株として、突然変異法や遺伝子組換え法を利用してタンパク質の分泌生産能が高まった株を選抜し、宿主として利用してもよい。例えば、紫外線照射またはN-メチル-N’-ニトロソグアニジン等の化学変異剤による処理を行なった後、タンパク質の分泌生産能が高まった株を選抜することができる。
【0032】
さらに、このような菌株から細胞表層タンパク質を生産しないように改変した菌株を宿主として使用すれば、培地中または菌体表層に分泌された異種タンパク質の精製が容易となり、特に好ましい。そのような改変は、突然変異法または遺伝子組換え法により染色体上の細胞表層タンパク質のコード領域またはその発現調節領域に変異を導入することにより行うことができる。細胞表層タンパク質を生産しないように改変されたコリネ型細菌としては、C. glutamicum AJ12036 (FERM BP-734)の細胞表層タンパク質PS2の欠損株であるC. glutamicum YDK010株(WO2004/029254)が挙げられる。
【0033】
異種タンパク質を分泌生産する能力を有するコリネ型細菌は、上述したようなコリネ型細菌に、本発明に用いられる遺伝子構築物を導入し保持させることにより得ることができる。すなわち、本発明の細菌は、例えば、上述したようなコリネ型細菌に由来する改変株であってよい。本発明の細菌は、具体的には、例えば、C. glutamicum AJ12036(FERM BP-734)に由来する改変株またはC. glutamicum ATCC 13869に由来する改変株であってもよい。なお、C. glutamicum AJ12036(FERM BP-734)に由来する改変株は、C. glutamicum ATCC 13869に由来する改変株にも該当する。本発明に用いられる遺伝子構築物やその導入法については後述する。
【0034】
<1-2>HrrSAシステムの活性低下
本発明の細菌は、HrrSAシステムの活性が低下するように改変されている。本発明の細菌は、具体的には、HrrSAシステムの活性が非改変株と比較して低下するように改変されている。HrrSAシステムの活性が低下するようにコリネ型細菌を改変することにより、同細菌の異種タンパク質を分泌生産する能力を向上させることができる、すなわち、同細菌による異種タンパク質の分泌生産を増大させることができる。
【0035】
本発明の細菌は、異種タンパク質を分泌生産する能力を有するコリネ型細菌を、HrrSAシステムの活性が低下するように改変することによって得ることができる。また、本発明の細菌は、HrrSAシステムの活性が低下するようにコリネ型細菌を改変した後に、異種タンパク質を分泌生産する能力を付与することによっても得ることができる。本発明において、本発明の細菌を構築するための改変は、任意の順番で行うことができる。なお、本発明の細菌の構築に用いられる、HrrSAシステムの活性が低下するように改変される前の株は、異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を有すると仮定した場合に、異種タンパク質を分泌生産することができてもよく、できなくてもよい。すなわち、本発明の細菌は、例えば、HrrSAシステムの活性が低下するように改変されたことにより異種タンパク質を分泌生産する能力を獲得したものであってもよい。具体的には、例えば、本発明の細菌は、HrrSAシステムの活性が低下するように改変される前には異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物を有していても異種タンパク質を分泌生産することができなかった株から得られたものであって、HrrSAシステムの活性が低下するように改変されることにより異種タンパク質を分泌生産できるようになったものであってもよい。
【0036】
以下、HrrSAシステムおよびそれをコードする遺伝子について説明する。HrrSAシステムは、二成分制御系の1つであり、環境中の刺激(例えばヘムの存在)に対する応答を惹起する。HrrSAシステムは、hrrS遺伝子にコードされるセンサーキナーゼHrrSと、hrrA遺伝子にコードされるレスポンスレギュレーターHrrAとからなる。hrrS遺伝子およびhrrA遺伝子を総称して「hrrSA遺伝子」ともいう。HrrS(HrrSタンパク質)およびHrrA(HrrAタンパク質)を総称して「HrrSAタンパク質」ともいう。
【0037】
コリネ型細菌が有するhrrSA遺伝子の塩基配列およびそれらにコードされるHrrSAタンパク質のアミノ酸配列は、例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)等の公開データベースから取得できる。C. glutamicum ATCC 13869のhrrS遺伝子の塩基配列、及び同遺伝子がコードするHrrSタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号62および63に示す。C. glutamicum ATCC 13869のhrrA遺伝子の塩基配列、及び同遺伝子がコードするHrrAタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号64および65に示す。すなわち、hrrSA遺伝子は、例えば、それぞれ配列番号62および64に示す塩基配列を有する遺伝子であってよい。また、HrrSAタンパク質は、例えば、それぞれ配列番号63および65に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。なお、「(アミノ酸または塩基)配列を有する」という表現は、特記しない限り、当該「(アミノ酸または塩基)配列を含む」ことを意味し、当該「(アミノ酸または塩基)配列からなる」場合も包含する。
【0038】
hrrSA遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したhrrSA遺伝子(例えば配列番号62または64に示す塩基配列を有する遺伝子)のバリアントであってもよい。同様に、HrrSAタンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示したHrrSAタンパク質(例えば配列番号63または65に示すアミノ酸配列を有するタンパク質)のバリアントであってもよい。そのような元の機能が維持されたバリアントを「保存的バリアント」という場合がある。本発明において、「hrrSA遺伝子」という用語は、上記例示したhrrSA遺伝子に限られず、その保存的バリアントを包含するものとする。同様に、「HrrSAタンパク質」という用語は、上記例示したHrrSAタンパク質に限られず、その保存的バリアントを包含するものとする。保存的バリアントとしては、例えば、上記例示したhrrSA遺伝子やHrrSAタンパク質のホモログや人為的な改変体が挙げられる。
【0039】
「元の機能が維持されている」とは、遺伝子またはタンパク質のバリアントが、元の遺伝子またはタンパク質の機能(活性や性質)に対応する機能(活性や性質)を有することをいう。すなわち、「元の機能が維持されている」とは、hrrSA遺伝子にあっては、遺伝子のバリアントが、元の機能が維持されたタンパク質(すなわちHrrSAタンパク質)をコードすることであってよい。また、「元の機能が維持されている」とは、HrrSAタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、HrrSAタンパク質としての機能(例えば、配列番号63または65に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能)を有することであってよい。また、「元の機能が維持されている」とは、HrrSタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有することであってもよい。また、「元の機能が維持されている」とは、HrrAタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有することであってもよい。すなわち、「HrrSAタンパク質としての機能」とは、具体的には、それぞれ、HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能およびHrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能であってよい。「HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能」とは、具体的には、レスポンスレギュレーターであるHrrAタンパク質と共役して環境中の刺激に対する応答を惹起する機能であってよい。「HrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能」とは、より具体的には、環境中の刺激を感知して自己リン酸化され、リン酸基転移によりHrrAタンパク質を活性化させる機能であってもよい。「HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能」とは、具体的には、センサーキナーゼであるHrrSタンパク質と共役して環境中の刺激に対する応答を惹起する機能であってよい。「HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能」とは、より具体的には、環境中の刺激を感知して自己リン酸化されたHrrSタンパク質からのリン酸基転移により活性化され、遺伝子の発現を制御(例えば、誘導または抑制)する機能であってもよい。HrrSAシステムにより発現が誘導される遺伝子としては、ヘムの分解に関与する遺伝子(例えば、hmuO遺伝子)や呼吸鎖中のヘム含有タンパク質をコードする遺伝子(例えば、ctaE-qcrCABオペロン遺伝子やctaD遺伝子)が挙げられる。HrrSAシステムにより発現が抑制される遺伝子としては、ヘムの生合成に関与する遺伝子(例えば、hemE-hemY-hemL-cg0519-ccsX-ccdA-resB-resCオペロン遺伝子、hemA-hemCオペロン遺伝子、およびhemH遺伝子)が挙げられる。
【0040】
HrrSAタンパク質のバリアントがHrrSAシステムのセンサーキナーゼまたはレスポンスレギュレーターとしての機能を有するか否かは、例えば、同バリアントの活性をコリネ型細菌において低下させ、HrrSAシステムにより発現が誘導または抑制される遺伝子の発現がヘムの存在下で低下または増大するか否かを確認することにより、確認できる。また、HrrSタンパク質のバリアントがHrrSAシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するか否かは、例えば、同バリアントをコードする遺伝子をコリネ型細菌のhrrS遺伝子の欠損株に導入し、HrrSAシステムにより発現が誘導または抑制される遺伝子の発現がヘムの存在下で増大または低下するか否かを確認することにより、確認できる。また、HrrAタンパク質のバリアントがHrrSAシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有するか否かは、例えば、同バリアントをコードする遺伝子をコリネ型細菌のhrrA遺伝子の欠損株に導入し、HrrSAシステムにより発現が誘導または抑制される遺伝子の発現がヘムの存在下で増大または低下するか否かを確認することにより、確認できる。コリネ型細菌のhrrS遺伝子またはhrrA遺伝子の欠損株としては、例えば、C. glutamicum YDK010株のhrrS遺伝子またはhrrA遺伝子の欠損株や、C. glutamicum ATCC13032株のhrrS遺伝子またはhrrA遺伝子の欠損株を用いることができる。
【0041】
以下、保存的バリアントについて例示する。
【0042】
hrrSA遺伝子のホモログまたはHrrSAタンパク質のホモログは、例えば、上記例示したhrrSA遺伝子の塩基配列または上記例示したHrrSAタンパク質のアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから容易に取得することができる。また、hrrSA遺伝子のホモログは、例えば、コリネ型細菌の染色体を鋳型にして、これら公知のhrrSA遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
【0043】
hrrSA遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したHrrSAタンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号63または65に示すアミノ酸配列)において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。なお上記「1又は数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1~50個、1~40個、1~30個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
【0044】
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加には、遺伝子が由来する細菌の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
【0045】
また、hrrSA遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したHrrSAタンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号63または65に示すアミノ酸配列)全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。尚、本明細書において、「相同性」(homology)は、「同一性」(identity)を意味する。
【0046】
また、hrrSA遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したhrrSA遺伝子の塩基配列(例えば、配列番号62または64に示す塩基配列)の相補配列又は同相補配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を挙げることができる。
【0047】
上記プローブは、例えば、遺伝子の相補配列の一部であってよい。そのようなプローブは、公知の遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、これらの塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。プローブとしては、例えば、300 bp程度の長さのDNA断片を用いることができる。そのような場合、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
【0048】
また、hrrSA遺伝子は、上記例示したhrrSA遺伝子またはその保存的バリアントの塩基配列において、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換した塩基配列を有するものであってもよい。
【0049】
2つの配列間の配列同一性のパーセンテージは、例えば、数学的アルゴリズムを用いて決定できる。このような数学的アルゴリズムの限定されない例としては、Myers and Miller (1988) CABIOS 4:11-17のアルゴリズム、Smith et al (1981) Adv. Appl. Math. 2:482の局所ホモロジーアルゴリズム、Needleman and Wunsch (1970) J. Mol. Biol. 48:443-453のホモロジーアライメントアルゴリズム、 Pearson and Lipman (1988) Proc. Natl. Acad. Sci. 85:2444-2448の類似性を検索する方法、Karlin and Altschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877に記載されているような、改良された、Karlin and Altschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264のアルゴリズムが挙げられる。
【0050】
これらの数学的アルゴリズムに基づくプログラムを利用して、配列同一性を決定するための配列比較(アラインメント)を行うことができる。プログラムは、適宜、コンピュータにより実行することができる。このようなプログラムとしては、特に限定されないが、PC/GeneプログラムのCLUSTAL(Intelligenetics, Mountain View, Calif.から入手可能)、ALIGNプログラム(Version 2.0)、並びにWisconsin Genetics Software Package, Version 8(Genetics Computer Group (GCG), 575 Science Drive, Madison, Wis., USAから入手可能)のGAP、BESTFIT、BLAST、FASTA、及びTFASTAが挙げられる。これらのプログラムを用いたアライメントは、例えば、初期パラメーターを用いて行うことができる。CLUSTALプログラムについては、Higgins et al. (1988) Gene 73:237-244、Higgins et al. (1989) CABIOS 5:151-153、Corpet et al. (1988) Nucleic Acids Res. 16:10881-90、Huang et al. (1992) CABIOS 8:155-65、及びPearson et al. (1994) Meth. Mol. Biol. 24:307-331によく記載されている。
【0051】
対象のタンパク質をコードするヌクレオチド配列と相同性があるヌクレオチド配列を得るために、具体的には、例えば、BLASTヌクレオチド検索を、BLASTNプログラム、スコア=100、ワード長=12にて行うことができる。対象のタンパク質と相同性があるアミノ酸配列を得るために、具体的には、例えば、BLASTタンパク質検索を、BLASTXプログラム、スコア=50、ワード長=3にて行うことができる。BLASTヌクレオチド検索やBLASTタンパク質検索については、http://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。また、比較を目的としてギャップを加えたアライメントを得るために、Gapped BLAST(BLAST 2.0)を利用できる。また、PSI-BLAST(BLAST 2.0)を、配列間の離間した関係を検出する反復検索を行うのに利用できる。Gapped BLASTおよびPSI-BLASTについては、Altschul et al. (1997) Nucleic Acids Res. 25:3389を参照されたい。BLAST、Gapped BLAST、またはPSI-BLASTを利用する場合、例えば、各プログラム(例えば、ヌクレオチド配列に対してBLASTN、アミノ酸配列に対してBLASTX)の初期パラメーターが用いられ得る。アライメントは、手動にて行われてもよい。
【0052】
2つの配列間の配列同一性は、2つの配列を最大一致となるように整列したときに2つの配列間で一致する残基の比率として算出される。
【0053】
なお、上記の遺伝子やタンパク質のバリアントに関する記載は、PhoRSタンパク質、細胞表層タンパク質、Tat系分泌装置、本発明において分泌生産される異種タンパク質等の任意のタンパク質、およびそれらをコードする遺伝子にも準用できる。
【0054】
「HrrSAシステムの活性が低下する」とは、環境中の刺激に対するHrrSAシステムを介して惹起される応答の程度が低下することを意味してよい。HrrSAシステムの活性は、例えば、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質(すなわちHrrSタンパク質およびHrrAタンパク質の一方または両方)の活性を低下させることにより、低下させることができる。すなわち、「HrrSAシステムの活性が低下する」とは、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の活性が低下することを意味してもよい。本発明においては、例えば、少なくともHrrAタンパク質の活性が低下してよい。「HrrSタンパク質の活性が低下する」とは、HrrSAシステムのセンサーキナーゼの機能が低下することを意味してよい。「HrrAタンパク質の活性が低下する」とは、HrrSAシステムのレスポンスレギュレーターの機能が低下することを意味してよい。よって、HrrSAシステム、HrrSタンパク質、またはHrrAタンパク質の活性の低下は、具体的には、例えば、ヘムの存在下での、HrrSAシステムにより発現が誘導または抑制される遺伝子の発現の低下または増大を指標として測定することができる。また、「HrrSAシステムの活性が低下する」とは、特に、HrrSAシステムの細胞当たりの分子数が低下することを意味してもよい。同様に、「HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の活性が低下する」とは、特に、HrrSタンパク質および/またはHrrAタンパク質の細胞当たりの分子数が低下することを意味してもよい。HrrSAタンパク質等のタンパク質の活性を低下させる方法については後述する。HrrSAタンパク質の活性は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子(hrrSA遺伝子)の発現を低下させることにより、またはhrrSA遺伝子を破壊することにより、低下させることができる。また、二成分制御系においては、センサーキナーゼが刺激を感知すると特定のヒスチジン残基が自己リン酸化され、そのリン酸基がレスポンスレギュレーターの特定のアスパラギン酸残基に転移することによってシグナルが伝達される。よって、HrrSAシステムの活性は、具体的にはHrrSタンパク質の活性は、例えば、HrrSタンパク質の自己リン酸化されるヒスチジン残基を置換または欠失することによっても、低下させることができる。また、HrrSAシステムの活性は、具体的にはHrrAタンパク質の活性は、例えば、HrrSタンパク質の自己リン酸化されたヒスチジン残基からリン酸基が転移する、HrrAタンパク質のアスパラギン酸残基を置換または欠失することによっても、低下させることができる。当該ヒスチジン残基は、HrrSタンパク質の217位のヒスチジン残基(H217)である。「HrrSタンパク質のH217」とは、具体的には、配列番号63のH217に相当するヒスチジン残基を意味する。当該アスパラギン酸残基は、HrrAタンパク質の54位のアスパラギン酸残基(D54)である。「HrrAタンパク質のD54」とは、具体的には、配列番号65のD54に相当するアスパラギン酸残基を意味する。任意のHrrSAタンパク質における「HrrSタンパク質のH217」または「HrrAタンパク質のD54」の位置については、後述する「野生型PhoSタンパク質のX位のアミノ酸残基」の位置についての説明を準用できる。当該ヒスチジン残基またはアスパラギン酸残基は、例えば、単独で、あるいはその周辺の領域と共に、置換または欠失されてよい。すなわち、例えば、当該ヒスチジン残基またはアスパラギン酸残基のみが置換または欠失されてもよいし、当該ヒスチジン残基またはアスパラギン酸残基を含む領域が置換または欠失されてもよい。
【0055】
<1-3>その他の性質
本発明の細菌は、異種タンパク質を分泌生産できる限り、所望の性質を有していてよい。例えば、本発明の細菌は、細胞表層タンパク質の活性が低下していてよい(WO2013/065869、WO2013/065772、WO2013/118544、WO2013/062029)。また、本発明の細菌は、ペニシリン結合タンパク質の活性が低下するように改変されていてよい(WO2013/065869)。また、本発明の細菌は、メタロペプチダーゼをコードする遺伝子の発現が上昇するように改変されていてよい(WO2013/065772)。また、本発明の細菌は、変異型リボソームタンパク質S1遺伝子(変異型rpsA遺伝子)を有するように改変されていてよい(WO2013/118544)。また、本発明の細菌は、変異型phoS遺伝子を有するように改変されていてよい(WO2016/171224)。また、本発明の細菌は、Tat系分泌装置が増強されていてよい。これらの性質または改変は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、利用することができる。
【0056】
<1-3-1>変異型phoS遺伝子の導入
本発明の細菌は、変異型phoS遺伝子を保持するように改変されていてよい。「変異型phoS遺伝子を保持する」ことを、「変異型phoS遺伝子を有する」または「phoS遺伝子に変異を有する」ともいう。また、「変異型phoS遺伝子を保持する」ことを、「変異型PhoSタンパク質を有する」または「PhoSタンパク質に変異を有する」ともいう。
【0057】
以下、phoS遺伝子およびPhoSタンパク質について説明する。phoS遺伝子は、PhoRSシステムのセンサーキナーゼであるPhoSタンパク質をコードする遺伝子である。PhoRSシステムは、二成分制御系の1つであり、環境中のリン酸欠乏に対する応答を惹起する。PhoRSシステムは、phoS遺伝子にコードされるセンサーキナーゼPhoSと、phoR遺伝子にコードされるレスポンスレギュレーターPhoRとからなる。
【0058】
本発明において、「特定の変異」を有するPhoSタンパク質を「変異型PhoSタンパク質」、それをコードする遺伝子を「変異型phoS遺伝子」ともいう。「変異型phoS遺伝子」は、言い換えると、「特定の変異」を有するphoS遺伝子である。また、本発明において、「特定の変異」を有さないPhoSタンパク質を「野生型PhoSタンパク質」、それをコードする遺伝子を「野生型phoS遺伝子」ともいう。「野生型phoS遺伝子」は、言い換えると、「特定の変異」を有さないphoS遺伝子である。なお、ここでいう「野生型」とは、「変異型」と区別するための便宜上の記載であり、「特定の変異」を有しない限り、天然に得られるものには限定されない。「特定の変異」については後述する。
【0059】
野生型phoS遺伝子としては、例えば、コリネ型細菌のphoS遺伝子が挙げられる。コリネ型細菌のphoS遺伝子として、具体的には、例えば、C. glutamicum YDK010株、C. glutamicum ATCC13032株、C. glutamicum ATCC14067株、C. callunae、C. crenatum、およびC. efficiensのphoS遺伝子が挙げられる。C. glutamicum YDK010株のphoS遺伝子の塩基配列を、配列番号3に示す。また、これらのphoS遺伝子がコードする野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号4、26、27、28、29、および30に示す。
【0060】
野生型phoS遺伝子は、「特定の変異」を有さず、且つ、元の機能が維持されている限り、上記例示した野生型phoS遺伝子のバリアントであってもよい。同様に、野生型PhoSタンパク質は、「特定の変異」を有さず、且つ、元の機能が維持されている限り、上記例示した野生型PhoSタンパク質のバリアントであってもよい。すなわち、「野生型phoS遺伝子」という用語は、上記例示した野生型phoS遺伝子に限られず、その保存的バリアントであって「特定の変異」を有さないものを包含するものとする。同様に、「野生型PhoSタンパク質」という用語は、上記例示した野生型PhoSタンパク質に限られず、その保存的バリアントであって「特定の変異」を有さないものを包含するものとする。野生型PhoSタンパク質および野生型phoS遺伝子のバリアントについては、上述したHrrSAタンパク質およびhrrSA遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、野生型phoS遺伝子は、「特定の変異」を有さず、且つ、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0061】
なお、「元の機能が維持されている」とは、野生型PhoSタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、PhoSタンパク質としての機能(例えば、配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能)を有することであってよい。また、「元の機能が維持されている」とは、野生型PhoSタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有することであってもよい。すなわち、「PhoSタンパク質としての機能」とは、具体的には、PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能であってよい。「PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能」とは、具体的には、レスポンスレギュレーターであるPhoRタンパク質と共役して環境中のリン酸欠乏に対する応答を惹起する機能であってよい。「PhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能」とは、より具体的には、環境中のリン酸欠乏を感知して自己リン酸化され、リン酸基転移によりPhoRタンパク質を活性化させる機能であってもよい。
【0062】
PhoSタンパク質のバリアントがPhoRSシステムのセンサーキナーゼとしての機能を有するか否かは、例えば、同バリアントをコードする遺伝子をコリネ型細菌のphoS遺伝子の欠損株に導入し、リン酸欠乏に対する応答性が相補されるか否かを確認することにより、確認できる。リン酸欠乏に対する応答性の相補は、例えば、リン酸欠乏条件での生育の向上として、またはリン酸欠乏条件で発現が誘導されることが知られている遺伝子の発現の誘導として、検出できる(J. Bacteriol., 188, 724-732(2006))。コリネ型細菌のphoS遺伝子の欠損株としては、例えば、C. glutamicum YDK010株のphoS遺伝子欠損株や、C. glutamicum ATCC13032株のphoS遺伝子欠損株を用いることができる。
【0063】
野生型PhoSタンパク質においては、自己リン酸化されるヒスチジン残基が保存されているのが好ましい。すなわち、保存的変異は、自己リン酸化されるヒスチジン残基以外のアミノ酸残基において生じるのが好ましい。「自己リン酸化されるヒスチジン残基」とは、野生型PhoSタンパク質の276位のヒスチジン残基を指す。また、野生型PhoSタンパク質は、例えば、上記例示した野生型PhoSタンパク質の保存配列を有するのが好ましい。すなわち、保存的変異は、例えば、上記例示した野生型PhoSタンパク質において保存されていないアミノ酸残基において生じるのが好ましい。
【0064】
変異型PhoSタンパク質は、上述したような野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列において、「特定の変異」を有する。
【0065】
すなわち、言い換えると、変異型PhoSタンパク質は、「特定の変異」を有する以外は、上記例示した野生型PhoSタンパク質やその保存的バリアントと同一であってよい。具体的には、例えば、変異型PhoSタンパク質は、「特定の変異」を有する以外は、配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。また、具体的には、例えば、変異型PhoSタンパク質は、「特定の変異」を有する以外は、配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加を含むアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。また、具体的には、例えば、変異型PhoSタンパク質は、「特定の変異」を有する以外は、配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。
【0066】
また、言い換えると、変異型PhoSタンパク質は、上記例示した野生型PhoSタンパク質において、「特定の変異」を有し、且つ、当該「特定の変異」以外の箇所にさらに保存的変異を含むバリアントであってよい。具体的には、例えば、変異型PhoSタンパク質は、配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列において、「特定の変異」を有し、且つ、当該「特定の変異」以外の箇所にさらに1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加を含むアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。
【0067】
変異型phoS遺伝子は、上記のような変異型PhoSタンパク質をコードする限り、特に制限されない。
【0068】
以下、変異型PhoSタンパク質が有する「特定の変異」について説明する。
【0069】
「特定の変異」は、上述したような野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列が変化するものであって、且つ、異種タンパク質の分泌生産に有効なものであれば特に制限されない。
【0070】
「特定の変異」は、異種タンパク質の分泌生産量を向上させる変異であるのが好ましい。「異種タンパク質の分泌生産量を向上させる」とは、変異型phoS遺伝子を有するよう改変されたコリネ型細菌(改変株)が、非改変株よりも多い量の異種タンパク質を分泌生産できることをいう。「非改変株」とは、phoS遺伝子に変異を有さない対照株、すなわち変異型phoS遺伝子を有さない対照株をいい、例えば、野生株または親株であってよい。「非改変株よりも多い量の異種タンパク質を分泌生産する」とは、異種タンパク質の分泌生産量が非改変株と比較して増大する限り特に制限されないが、例えば、培地中および/または菌体表層での蓄積量として、非改変株の、好ましくは1.1倍以上、より好ましくは1.2倍以上、さらに好ましくは1.3倍以上、さらに好ましくは2倍以上、特に好ましくは5倍以上の量の異種タンパク質を分泌生産することであってよい。また、「非改変株よりも多い量の異種タンパク質を分泌生産する」とは、濃縮していない非改変株の培養上清をSDS-PAGEに供しCBBで染色した際には異種タンパク質を検出できないが、濃縮していない改変株の培養上清をSDS-PAGEに供しCBBで染色した際には異種タンパク質を検出できることであってもよい。なお、「異種タンパク質の分泌生産量を向上させる」とは、あらゆる異種タンパク質の分泌生産量が向上する必要はなく、分泌生産のターゲットとして設定した異種タンパク質の分泌生産量が向上すれば足りる。「異種タンパク質の分泌生産量を向上させる」とは、具体的には、例えば、実施例に記載の異種タンパク質の分泌生産量を向上させることを意味してもよい。
【0071】
ある変異が異種タンパク質の分泌生産量を向上させる変異であるかどうかは、例えば、コリネ型細菌に属する菌株を基に当該変異を有するPhoSタンパク質をコードする遺伝子を有するよう改変された株を作製し、該改変株を培地で培養した際に分泌生産される異種タンパク質の量を定量し、改変前の株(非改変株)を培地で培養した際に分泌生産される異種タンパク質の量と比較することで確認することができる。
【0072】
アミノ酸配列の変化としては、アミノ酸残基の置換が好ましい。すなわち、「特定の変異」は、野生型PhoSタンパク質のいずれかのアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されるものであるのが好ましい。「特定の変異」により置換が生じるアミノ酸残基は、1残基であってもよく、2残基またはそれ以上の組み合わせであってもよい。「特定の変異」により置換が生じるアミノ酸残基は、好ましくは、自己リン酸化されるヒスチジン残基以外のアミノ酸残基であってよい。「特定の変異」により置換が生じるアミノ酸残基は、より好ましくは、自己リン酸化されるヒスチジン残基以外の、HisKAドメインのアミノ酸残基であってよい。「自己リン酸化されるヒスチジン残基」とは、野生型PhoSタンパク質の276位のヒスチジン残基を指す。「HisKAドメイン」とは、野生型PhoSタンパク質の266~330位のアミノ酸残基からなる領域を指す。「特定の変異」により置換が生じるアミノ酸残基は、特に好ましくは、野生型PhoSタンパク質の302位のトリプトファン残基(W302)であってよい。
【0073】
上記変異において、置換後のアミノ酸残基としては、K(Lys)、R(Arg)、H(His)、A(Ala)、V(Val)、L(Leu)、I(Ile)、G(Gly)、S(Ser)、T(Thr)、P(Pro)、F(Phe)、W(Trp)、Y(Tyr)、C(Cys)、M(Met)、D(Asp)、E(Glu)、N(Asn)、Q(Gln)の内、元のアミノ酸残基以外のものが挙げられる。置換後のアミノ酸残基としては、例えば、異種タンパク質の分泌生産量が向上するものを選択することができる。
【0074】
W302が置換される場合、置換後のアミノ酸残基としては、芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基が挙げられる。「芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基」として、具体的には、K(Lys)、R(Arg)、A(Ala)、V(Val)、L(Leu)、I(Ile)、G(Gly)、S(Ser)、T(Thr)、P(Pro)、C(Cys)、M(Met)、D(Asp)、E(Glu)、N(Asn)、Q(Gln)が挙げられる。「芳香族アミノ酸およびヒスチジン以外のアミノ酸残基」として、より具体的には、K(Lys)、A(Ala)、V(Val)、S(Ser)、C(Cys)、M(Met)、D(Asp)、N(Asn)が挙げられる。
【0075】
なお、phoS遺伝子における「特定の変異」とは、コードするPhoSタンパク質に上記のような「特定の変異」を生じさせる塩基配列上の変異を意味する。
【0076】
本発明において、「野生型PhoSタンパク質のX位のアミノ酸残基」とは、配列番号4のX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基を意味する。例えば、「W302」とは、配列番号4の302位のトリプトファン残基に相当するアミノ酸残基を意味する。上記アミノ酸残基の位置は相対的な位置を示すものであって、アミノ酸の欠失、挿入、付加などによってその絶対的な位置は前後することがある。例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列からなる野生型PhoSタンパク質において、X位よりもN末端側の位置で1アミノ酸残基が欠失した、または挿入された場合、元のX位のアミノ酸残基は、それぞれ、N末端から数えてX-1番目またはX+1番目のアミノ酸残基となるが、「野生型PhoSタンパク質のX位のアミノ酸残基」とみなされる。具体的には、例えば、配列番号4、26、27、28、29、および30に示す野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列において、「W302」とは、それぞれ、302位、302位、302位、321位、275位、および286位のトリプトファン残基を指す。また、配列番号4、26、27、28、29、および30に示す野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列において、「野生型PhoSタンパク質の276位のヒスチジン残基(自己リン酸化されるヒスチジン残基)」とは、それぞれ、276位、276位、276位、295位、249位、および260位のヒスチジン残基を指す。また、また、配列番号4、26、27、28、29、および30に示す野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列において、「野生型PhoSタンパク質の266~330位のアミノ酸残基からなる領域(HisKAドメイン)」とは、それぞれ、266~330位、266~330位、266~330位、285~349位、239~303位、および250~314位のアミノ酸残基からなる領域を指す。
【0077】
なお、ここでいう「W302」は、通常トリプトファン残基であるが、トリプトファン残基でなくてもよい。すなわち、野生型PhoSタンパク質が配列番号4、26、27、28、29、または30に示すアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を有する場合には、「W302」はトリプトファン残基でないことがあり得る。よって、例えば、「W302がシステイン残基に置換される変異」には、「W302」がトリプトファン残基である場合に当該トリプトファン残基がシステイン残基に置換される変異に限られず、「W302」がK(Lys)、R(Arg)、H(His)、A(Ala)、V(Val)、L(Leu)、I(Ile)、G(Gly)、S(Ser)、T(Thr)、P(Pro)、F(Phe)、Y(Tyr)、M(Met)、D(Asp)、E(Glu)、N(Asn)、またはQ(Gln)である場合に当該アミノ酸残基がシステイン残基に置換される変異も包含される。他の変異についても同様である。
【0078】
任意のPhoSタンパク質のアミノ酸配列において、どのアミノ酸残基が「配列番号4におけるX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」であるかは、当該任意のPhoSタンパク質のアミノ酸配列と配列番号4のアミノ酸配列とアライメントを行うことにより決定できる。アライメントは、例えば、公知の遺伝子解析ソフトウェアを利用して行うことができる。具体的なソフトウェアとしては、日立ソリューションズ製のDNASISや、ゼネティックス製のGENETYXなどが挙げられる(Elizabeth C. Tyler et al., Computers and Biomedical Research, 24(1), 72-96, 1991;Barton GJ et al., Journal of molecular biology, 198(2), 327-37. 1987)。
【0079】
変異型phoS遺伝子は、例えば、野生型phoS遺伝子を、コードされるPhoSタンパク質が上述した「特定の変異」を有するよう改変することにより取得できる。改変の元になる野生型phoS遺伝子は、例えば、野生型phoS遺伝子を有する生物からのクローニングにより、または、化学合成により、取得できる。また、変異型phoS遺伝子は、野生型phoS遺伝子を介さずに取得することもできる。例えば、化学合成により変異型phoS遺伝子を直接取得してもよい。取得した変異型phoS遺伝子は、さらに改変して利用してもよい。
【0080】
遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的の部位に目的の変異を導入することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer,W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。
【0081】
以下、変異型phoS遺伝子を有するようにコリネ型細菌を改変する手法について説明する。
【0082】
変異型phoS遺伝子を有するようにコリネ型細菌を改変することは、変異型phoS遺伝子をコリネ型細菌に導入することにより達成できる。また、変異型phoS遺伝子を有するようにコリネ型細菌を改変することは、コリネ型細菌の染色体上のphoS遺伝子に上述した「特定の変異」を導入することによっても達成できる。染色体上の遺伝子への変異導入は、自然変異、変異原処理、または遺伝子工学的手法により達成できる。
【0083】
変異型phoS遺伝子をコリネ型細菌に導入する手法は特に制限されない。本発明の細菌において、変異型phoS遺伝子は、コリネ型細菌で機能するプロモーターの制御下で発現可能に保持されていればよい。プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、phoS遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。本発明の細菌において、変異型phoS遺伝子は、プラスミドのように染色体外で自律増殖するベクター上に存在していてもよく、染色体上に組み込まれていてもよい。本発明の細菌は、変異型phoS遺伝子を1コピーのみ有していてもよく、2またはそれ以上のコピー有していてもよい。本発明の細菌は、1種類の変異型phoS遺伝子のみを有していてもよく、2またはそれ以上の種類の変異型phoS遺伝子を有していてもよい。変異型phoS遺伝子の導入は、例えば、後述する、遺伝子の発現を上昇させる手法における遺伝子の導入や、本発明に用いられる遺伝子構築物の導入と同様に行うことができる。
【0084】
本発明の細菌は、野生型phoS遺伝子を有していてもよく、有していなくともよいが、有していないのが好ましい。
【0085】
野生型phoS遺伝子を有さないコリネ型細菌は、染色体上の野生型phoS遺伝子を破壊することにより取得できる。野生型phoS遺伝子の破壊は公知の手法により行うことができる。具体的には、例えば、野生型phoS遺伝子のプロモーター領域および/またはコード領域の一部または全部を欠損させることにより野生型phoS遺伝子を破壊できる。
【0086】
また、染色体上の野生型phoS遺伝子を変異型phoS遺伝子で置換することにより、野生型phoS遺伝子を有さず、且つ、変異型phoS遺伝子を有するように改変されたコリネ型細菌を取得できる。このような遺伝子置換を行う方法としては、例えば、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などが挙げられる(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。
【0087】
PhoSタンパク質は、レスポンスレギュレーターであるPhoRタンパク質と共役して機能する、すなわち環境中のリン酸欠乏に対する応答を惹起する。したがって、本発明の細菌は、変異型PhoSタンパク質が機能するよう、phoR遺伝子を有する。phoR遺伝子は、PhoRSシステムのレスポンスレギュレーターであるPhoRタンパク質をコードする遺伝子である。「phoR遺伝子を有する」ことを、「PhoRタンパク質を有する」ともいう。通常、本発明の細菌が本来的に有するPhoRタンパク質が変異型PhoSタンパク質と共役して機能すれば足りる。一方、本発明の細菌には、本発明の細菌が本来的に有するphoR遺伝子に加えて、あるいは代えて、適当なphoR遺伝子が導入されていてもよい。導入されるphoR遺伝子は、変異型PhoSタンパク質と共役して機能するPhoRタンパク質をコードするものであれば特に制限されない。
【0088】
phoR遺伝子としては、例えば、コリネ型細菌のphoR遺伝子が挙げられる。コリネ型細菌のphoR遺伝子として、具体的には、例えば、C. glutamicum YDK010株、C. glutamicum ATCC13032株、C. glutamicum ATCC14067株、C. callunae、C. crenatum、およびC. efficiensのphoR遺伝子が挙げられる。C. glutamicum ATCC13032株のphoR遺伝子の塩基配列およびPhoRタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号31および32に示す。
【0089】
phoR遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したphoR遺伝子のバリアントであってもよい。同様に、PhoRタンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示したPhoRタンパク質のバリアントであってもよい。すなわち、「phoR遺伝子」という用語には、上記例示したphoR遺伝子に加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。同様に、「PhoRタンパク質」という用語には、上記例示したPhoRタンパク質に加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。PhoRタンパク質およびphoR遺伝子のバリアントについては、上述したHrrSAタンパク質およびhrrSA遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、phoR遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。なお、「元の機能が維持されている」とは、PhoRタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、PhoRタンパク質としての機能(例えば、配列番号32に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能)を有することであってよい。また、「元の機能が維持されている」とは、PhoRタンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが、PhoRSシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有することであってもよい。すなわち、「PhoRタンパク質としての機能」とは、具体的には、PhoRSシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能であってよい。「PhoRSシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能」とは、具体的には、センサーキナーゼであるPhoSタンパク質と共役して環境中のリン酸欠乏に対する応答を惹起する機能であってよい。「PhoRSシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能」とは、より具体的には、環境中のリン酸欠乏を感知して自己リン酸化されたPhoSタンパク質からのリン酸基転移により活性化され、環境中のリン酸欠乏に応答する遺伝子の発現を制御する機能であってもよい。
【0090】
PhoRタンパク質のバリアントがPhoRSシステムのレスポンスレギュレーターとしての機能を有するか否かは、例えば、同バリアントをコードする遺伝子をコリネ型細菌のphoR遺伝子の欠損株に導入し、リン酸欠乏に対する応答性が相補されるか否かを確認することにより、確認できる。リン酸欠乏に対する応答性の相補は、例えば、リン酸欠乏条件での生育の向上として、またはリン酸欠乏条件で発現が誘導されることが知られている遺伝子の発現の誘導として、検出できる(J. Bacteriol., 188, 724-732(2006))。コリネ型細菌のphoR遺伝子の欠損株としては、例えば、C. glutamicum YDK010株のphoR遺伝子欠損株や、C. glutamicum ATCC13032株のphoR遺伝子欠損株を用いることができる。
【0091】
<1-3-2>細胞表層タンパク質の活性低下
本発明の細菌は、細胞表層タンパク質の活性が低下しているものであってよい。本発明の細菌は、具体的には、細胞表層タンパク質の活性が非改変株と比較して低下しているものであってよい。「細胞表層タンパク質の活性が低下する」とは、特に、細胞表層タンパク質の細胞当たりの分子数が低下することを意味してもよい。以下に、細胞表層タンパク質およびそれをコードする遺伝子について説明する。
【0092】
細胞表層タンパク質は、細菌や古細菌の細胞表層(S層)を構成するタンパク質である。コリネ型細菌の細胞表層タンパク質としては、C. glutamicumのPS1およびPS2(CspB)(特表平6-502548)、ならびにC. stationisのSlpA(CspA)(特開平10-108675)が挙げられる。これらの中では、PS2タンパク質の活性を低下させるのが好ましい。
【0093】
C. glutamicum ATCC13869のcspB遺伝子の塩基配列および同遺伝子がコードするPS2タンパク質(CspBタンパク質)のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号33および34に示す。
【0094】
また、例えば、28株のC. glutamicumについて、CspBホモログのアミノ酸配列が報告されている(J Biotechnol., 112, 177-193(2004))。これら28株のC. glutamicumとcspB遺伝子ホモログのNCBIデータベースのGenBank accessionナンバーを以下に例示する(カッコ内がGenBank accessionナンバーを示す)。
C. glutamicum ATCC13058(AY524990)
C. glutamicum ATCC13744(AY524991)
C. glutamicum ATCC13745(AY524992)
C. glutamicum ATCC14017(AY524993)
C. glutamicum ATCC14020(AY525009)
C. glutamicum ATCC14067(AY524994)
C. glutamicum ATCC14068(AY525010)
C. glutamicum ATCC14747(AY525011)
C. glutamicum ATCC14751(AY524995)
C. glutamicum ATCC14752(AY524996)
C. glutamicum ATCC14915(AY524997)
C. glutamicum ATCC15243(AY524998)
C. glutamicum ATCC15354(AY524999)
C. glutamicum ATCC17965(AY525000)
C. glutamicum ATCC17966(AY525001)
C. glutamicum ATCC19223(AY525002)
C. glutamicum ATCC19240(AY525012)
C. glutamicum ATCC21341(AY525003)
C. glutamicum ATCC21645(AY525004)
C. glutamicum ATCC31808(AY525013)
C. glutamicum ATCC31830(AY525007)
C. glutamicum ATCC31832(AY525008)
C. glutamicum LP-6(AY525014)
C. glutamicum DSM20137(AY525015)
C. glutamicum DSM20598(AY525016)
C. glutamicum DSM46307(AY525017)
C. glutamicum 22220(AY525005)
C. glutamicum 22243(AY525006)
【0095】
コリネ型細菌が属する種又は菌株によって、細胞表層タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列に差異が存在することがあるため、細胞表層タンパク質をコードする遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示した細胞表層タンパク質をコードする遺伝子のバリアントであってもよい。同様に、細胞表層タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示した細胞表層タンパク質のバリアントであってもよい。すなわち、例えば、「cspB遺伝子」という用語には、上記例示したcspB遺伝子に加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。同様に、「CspBタンパク質」という用語には、上記例示したCspBタンパク質に加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。細胞表層タンパク質およびそれをコードする遺伝子のバリアントについては、上述したHrrSAタンパク質およびhrrSA遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、細胞表層タンパク質をコードする遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。なお、「元の機能が維持されている」とは、細胞表層タンパク質にあっては、例えば、コリネ型細菌で活性を低下させたときに異種タンパク質の分泌生産量を非改変株と比べて上昇させる性質を有することであってよい。
【0096】
「コリネ型細菌で活性を低下させたときに異種タンパク質の分泌生産量を非改変株と比べて上昇させる性質」とは、コリネ型細菌で活性を低下させたときに非改変株よりも多い量の異種タンパク質を分泌生産する能力をコリネ型細菌に付与する性質をいう。「非改変株」とは、細胞表層タンパク質の活性が低下していない対照株をいい、例えば、野生株または親株であってよい。「非改変株よりも多い量の異種タンパク質を分泌生産する」とは、異種タンパク質の分泌生産量が非改変株と比較して増大する限り特に制限されないが、例えば、培地中および/または菌体表層での蓄積量として、非改変株の、好ましくは1.1倍以上、より好ましくは1.2倍以上、さらに好ましくは1.3倍以上、特に好ましくは2倍以上の量の異種タンパク質を分泌生産することであってよい。また、「非改変株よりも多い量の異種タンパク質を分泌生産する」とは、濃縮していない非改変株の培養上清をSDS-PAGEに供しCBBで染色した際には異種タンパク質を検出できないが、濃縮していない改変株の培養上清をSDS-PAGEに供しCBBで染色した際には異種タンパク質を検出できることであってもよい。
【0097】
あるタンパク質がコリネ型細菌で活性を低下させたときに異種タンパク質の分泌生産量を非改変株と比べて上昇させる性質を有するかどうかは、コリネ型細菌に属する菌株を基にそのタンパク質の活性が低下するよう改変された株を作製し、該改変株を培地で培養した際に分泌生産される異種タンパク質の量を定量し、改変前の株(非改変株)を培地で培養した際に分泌生産される異種タンパク質の量と比較することで確認することができる。
【0098】
本発明において、「細胞表層タンパク質の活性が低下している」ことには、細胞表層タンパク質の活性が低下するようにコリネ型細菌が改変された場合、および、コリネ型細菌においてもともと細胞表層タンパク質の活性が低下している場合が包含される。「コリネ型細菌においてもともと細胞表層タンパク質の活性が低下している場合」には、コリネ型細菌がもともと細胞表層タンパク質を有さない場合が包含される。すなわち、細胞表層タンパク質の活性が低下しているコリネ型細菌としては、例えば、もともと細胞表層タンパク質を有さないコリネ型細菌が挙げられる。「コリネ型細菌がもともと細胞表層タンパク質を有さない場合」としては、例えば、コリネ型細菌がもともと細胞表層タンパク質をコードする遺伝子を有さない場合が挙げられる。なお、「コリネ型細菌がもともと細胞表層タンパク質を有さない」とは、コリネ型細菌が、当該コリネ型細菌が属する種の他の株に見出される細胞表層タンパク質から選択される1またはそれ以上のタンパク質をもともと有さないことであってよい。例えば、「C. glutamicumがもともと細胞表層タンパク質を有さない」とは、C. glutamicum株が、他のC. glutamicum株に見出される細胞表層タンパク質から選択される1またはそれ以上のタンパク質、すなわち、例えばPS1および/またはPS2(CspB)、をもともと有さないことであってよい。もともと細胞表層タンパク質を有さないコリネ型細菌としては、例えば、もともとcspB遺伝子を有さないC. glutamicum ATCC 13032が挙げられる。
【0099】
<1-3-3>タンパク質の分泌系
本発明の細菌は、タンパク質の分泌系を有する。タンパク質の分泌系は、目的の異種タンパク質を分泌できるものであれば、特に制限されない。タンパク質の分泌系としては、Sec系(Sec系分泌装置)やTat系(Tat系分泌装置)が挙げられる。本発明の細菌は、タンパク質の分泌系が増強されていてもよい。例えば、本発明の細菌は、Tat系分泌装置をコードする遺伝子から選択される1またはそれ以上の遺伝子の発現が上昇するように改変されていてもよい。本発明において、このような改変を「Tat系分泌装置の増強」ともいう。Tat系分泌装置の増強は、特に、Tat系依存シグナルペプチドを利用して異種タンパク質を分泌生産する場合に好適である。Tat系分泌装置をコードする遺伝子の発現を上昇させる手法については特許第4730302号に記載されている。
【0100】
Tat系分泌装置をコードする遺伝子としては、tatA遺伝子、tatB遺伝子、tatC遺伝子、およびtatE遺伝子が挙げられる。
【0101】
Tat系分泌装置をコードする遺伝子として、具体的には、C. glutamicumのtatA遺伝子、tatB遺伝子、およびtatC遺伝子が挙げられる。C. glutamicum ATCC 13032のtatA遺伝子、tatB遺伝子、およびtatC遺伝子は、それぞれ、NCBIデータベースにGenBank accession NC_003450 (VERSION NC_003450.3 GI:58036263)として登録されているゲノム配列中、1571065~1571382位の配列の相補配列、1167110~1167580位の配列、および1569929~1570873位の配列の相補配列に相当する。また、C. glutamicum ATCC 13032のTatAタンパク質、TatBタンパク質、およびTatCタンパク質は、それぞれ、GenBank accession NP_600707 (version NP_600707.1 GI:19552705、locus_tag=”NCgl1434”)、GenBank accession NP_600350 (version NP_600350.1 GI:19552348、locus_tag=”NCgl1077”)、およびGenBank accession NP_600706 (version NP_600706.1 GI:19552704、locus_tag=”NCgl1433”)として登録されている。C. glutamicum ATCC 13032のtatA遺伝子、tatB遺伝子、およびtatC遺伝子の塩基配列ならびにTatAタンパク質、TatBタンパク質、およびTatCタンパク質のアミノ酸配列を配列番号35~40に示す。
【0102】
また、Tat系分泌装置をコードする遺伝子として、具体的には、E. coliのtatA遺伝子、tatB遺伝子、tatC遺伝子、およびtatE遺伝子が挙げられる。E.coli K-12 MG1655のtatA遺伝子、tatB遺伝子、tatC遺伝子、およびtatE遺伝子は、それぞれ、NCBIデータベースにGenBank accession NC_000913(VERSION NC_000913.2 GI:49175990)として登録されているゲノム配列中、4019968~4020237位の配列、4020241~4020756位の配列、4020759~4021535位の配列、658170~658373位の配列に相当する。また、E.coli K-12 MG1655のTatAタンパク質、TatBタンパク質、TatCタンパク質、およびTatEタンパク質は、それぞれ、GenBank accession NP_418280 (version NP_418280.4 GI:90111653、locus_tag=”b3836”)、GenBank accession YP_026270 (version YP_026270.1 GI:49176428、locus_tag=”b3838”)、GenBank accession NP_418282 (versionNP_418282.1 GI:16131687、locus_tag=”b3839”)、およびGenBank accession NP_415160 (versionNP_415160.1 GI:16128610、locus_tag=”b0627”)として登録されている。
【0103】
Tat系分泌装置をコードする遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したTat系分泌装置をコードする遺伝子のバリアントであってもよい。同様に、Tat系分泌装置は、元の機能が維持されている限り、上記例示したTat系分泌装置のバリアントであってもよい。すなわち、例えば、「tatA遺伝子」、「tatB遺伝子」、「tatC遺伝子」、および「tatE遺伝子」という用語には、それぞれ、上記例示したtatA遺伝子、tatB遺伝子、tatC遺伝子、およびtatE遺伝子に加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。同様に、「TatAタンパク質」、「TatBタンパク質」、「TatCタンパク質」、および「TatEタンパク質」という用語には、それぞれ、上記例示したTatAタンパク質、TatBタンパク質、TatCタンパク質、およびTatEタンパク質に加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。Tat系分泌装置およびそれをコードする遺伝子のバリアントについては、上述したHrrSAタンパク質およびhrrSA遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、Tat系分泌装置をコードする遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。なお、「元の機能が維持されている」とは、Tat系分泌装置にあっては、Tat系依存シグナルペプチドがN末端に付加されたタンパク質を細胞外に分泌する機能を有することであってよい。
【0104】
<1-4>タンパク質の活性を低下させる手法
以下に、HrrSAタンパク質等のタンパク質の活性を低下させる手法について説明する。なお、以下に記載するタンパク質の活性を低下させる手法は、野生型PhoSタンパク質の破壊にも利用できる。
【0105】
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して低下することを意味する。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して低下することを意味する。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が低下するように改変されていない対照株を意味する。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、各細菌種の基準株(type strain)が挙げられる。また、非改変株として、具体的には、コリネ型細菌の説明において例示した菌株も挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、基準株(すなわち本発明の細菌が属する種の基準株)と比較して低下してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum ATCC 13032と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum ATCC 13869と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum AJ12036 (FERM BP-734)と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、C. glutamicum YDK010株と比較して低下してもよい。なお、「タンパク質の活性が低下する」ことには、同タンパク質の活性が完全に消失している場合も包含される。「タンパク質の活性が低下する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合も包含される。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合も包含される。タンパク質の活性の低下の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して低下していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0106】
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子の発現が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合も包含される。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0107】
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のプロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。遺伝子の転写効率の低下は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより弱いプロモーターに置換することにより達成できる。「より弱いプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも弱化するプロモーターを意味する。より弱いプロモーターとしては、例えば、誘導型のプロモーターが挙げられる。すなわち、誘導型のプロモーターは、非誘導条件下(例えば、誘導物質の非存在下)でより弱いプロモーターとして機能し得る。また、発現調節配列の一部または全部の領域を欠失(欠損)させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
【0108】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味する。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(活性や性質)が低下又は消失したタンパク質が産生される場合が包含される。
【0109】
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子を欠失(欠損)させることにより達成できる。「遺伝子の欠失」とは、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失をいう。さらには、染色体上の遺伝子のコード領域の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。遺伝子のコード領域の前後の配列には、例えば、遺伝子の発現調節配列が含まれてよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域(タンパク質のN末端側をコードする領域)、内部領域、C末端領域(タンパク質のC末端側をコードする領域)等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。欠失させる領域は、例えば、遺伝子のコード領域全長の10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上の長さの領域であってよい。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、欠失させる領域の下流でフレームシフトが生じ得る。
【0110】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドン(ナンセンス変異)を導入すること、または1~2塩基の付加または欠失(フレームシフト変異)を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839(1991))。
【0111】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の塩基配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する塩基配列は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、挿入部位の下流でフレームシフトが生じ得る。他の塩基配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子や目的物質の生産に有用な遺伝子が挙げられる。
【0112】
遺伝子の破壊は、特に、コードされるタンパク質のアミノ酸配列が欠失(欠損)するように実施してよい。言い換えると、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、タンパク質のアミノ酸配列(アミノ酸配列の一部または全部の領域)を欠失させることにより、具体的には、アミノ酸配列(アミノ酸配列の一部または全部の領域)を欠失したタンパク質をコードするように遺伝子を改変することにより、達成できる。なお、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質のアミノ酸配列の一部または全部の領域の欠失をいう。また、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質において元のアミノ酸配列が存在しなくなることをいい、元のアミノ酸配列が別のアミノ酸配列に変化する場合も包含される。すなわち、例えば、フレームシフトにより別のアミノ酸配列に変化した領域は、欠失した領域とみなしてよい。アミノ酸配列の欠失により、典型的にはタンパク質の全長が短縮されるが、タンパク質の全長が変化しないか、あるいは延長される場合もあり得る。例えば、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該欠失した領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域への終止コドンの導入により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該導入部位より下流の領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域におけるフレームシフトにより、当該フレームシフト部位がコードする領域を欠失させることができる。アミノ酸配列の欠失における欠失させる領域の位置および長さについては、遺伝子の欠失における欠失させる領域の位置および長さの説明を準用できる。
【0113】
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した破壊型遺伝子を作製し、該破壊型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、破壊型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の野生型遺伝子を破壊型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。破壊型遺伝子としては、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域を欠失した遺伝子、ミスセンス変異を導入した遺伝子、ナンセンス変異を導入した遺伝子、フレームシフト変異を導入した遺伝子、トランスポゾンやマーカー遺伝子等の挿入配列を挿入した遺伝子が挙げられる。相同組換えに用いる組換えDNAの構造は、所望の態様で相同組換えが起こるものであれば特に制限されない。例えば、破壊型遺伝子を含む線状DNAであって、両端に染色体上の野生型遺伝子の上流および下流の配列をそれぞれ備える線状DNAで宿主を形質転換して、野生型遺伝子の上流および下流でそれぞれ相同組換えを起こさせることにより、1ステップで野生型遺伝子を破壊型遺伝子に置換することができる。破壊型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などがある(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。
【0114】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
【0115】
上記のようなタンパク質の活性を低下させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0116】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0117】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
【0118】
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR等が挙げられる(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。mRNAの量は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0119】
タンパク質の量が低下したことの確認は、SDS-PAGEを行い、分離されたタンパク質バンドの強度を確認することによって行うことが出来る。また、タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0120】
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
【0121】
<1-5>遺伝子の発現を上昇させる手法
以下に、Tat系分泌装置をコードする遺伝子等の遺伝子の発現を上昇させる手法について説明する。
【0122】
「遺伝子の発現が上昇する」とは、同遺伝子の発現が非改変株と比較して上昇していることを意味する。「遺伝子の発現が上昇する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して上昇していることを意味する。ここでいう「非改変株」とは、標的の遺伝子の発現が上昇するように改変されていない対照株を意味する。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、各細菌種の基準株(type strain)が挙げられる。また、非改変株として、具体的には、コリネ型細菌の説明において例示した菌株も挙げられる。すなわち、一態様において、遺伝子の発現は、基準株(すなわち本発明の細菌が属する種の基準株)と比較して上昇してよい。また、別の態様において、遺伝子の発現は、C. glutamicum ATCC 13032と比較して上昇してもよい。また、別の態様において、遺伝子の発現は、C. glutamicum ATCC 13869と比較して上昇してもよい。また、別の態様において、遺伝子の発現は、C. glutamicum AJ12036 (FERM BP-734)と比較して上昇してもよい。また、別の態様において、遺伝子の発現は、C. glutamicum YDK010株と比較して上昇してもよい。「遺伝子の発現が上昇する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が増大すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が増大することを意味してよい。なお、「遺伝子の発現が上昇する」ことを、「遺伝子の発現が増強される」ともいう。遺伝子の発現の上昇の程度は、遺伝子の発現が非改変株と比較して上昇していれば特に制限されない。遺伝子の発現は、非改変株の、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上に上昇してよい。また、「遺伝子の発現が上昇する」ことには、もともと標的の遺伝子が発現している菌株において同遺伝子の発現量を上昇させることだけでなく、もともと標的の遺伝子が発現していない菌株において同遺伝子を発現させることも包含される。すなわち、「遺伝子の発現が上昇する」ことには、例えば、標的の遺伝子を保持しない菌株に同遺伝子を導入し、同遺伝子を発現させることも包含される。
【0123】
遺伝子の発現の上昇は、例えば、遺伝子のコピー数を増加させることにより達成できる。
【0124】
遺伝子のコピー数の増加は、宿主の染色体へ同遺伝子を導入することにより達成できる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(MillerI, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。相同組み換えを利用する遺伝子導入法としては、例えば、Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))等の直鎖状DNAを用いる方法、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法、ファージを用いたtransduction法が挙げられる。相同組換えに用いる組換えDNAの構造は、所望の態様で相同組換えが起こるものであれば特に制限されない。具体的には、例えば、標的遺伝子を含む線状DNAであって、両端に染色体上の置換対象部位の上流および下流の配列をそれぞれ備える線状DNAでコリネ型細菌を形質転換して、置換対象部位の上流および下流でそれぞれ相同組換えを起こさせることにより、置換対象部位を標的遺伝子に置換することができる。相同組換えに用いる組換えDNAは、形質転換体を選択するためのマーカー遺伝子を備えていてよい。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する配列を標的として相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する配列としては、反復DNA配列(repetitive DNA)、トランスポゾンの両端に存在するインバーテッド・リピートが挙げられる。また、目的物質の生産に不要な遺伝子等の染色体上の適当な配列を標的として相同組み換えを行ってもよい。また、遺伝子は、トランスポゾンやMini-Muを用いて染色体上にランダムに導入することもできる(特開平2-109985号公報、US5,882,888、EP0805867B1)。トランスポゾンとしては、人工トランスポゾンを利用してもよい(特開平9-70291)。
【0125】
染色体上に標的遺伝子が導入されたことの確認は、同遺伝子の全部又は一部と相補的な配列を持つプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、又は同遺伝子の配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCR等によって確認できる。
【0126】
また、遺伝子のコピー数の増加は、同遺伝子を含むベクターを宿主に導入することによっても達成できる。例えば、標的遺伝子を含むDNA断片を、宿主で機能するベクターと連結して同遺伝子の発現ベクターを構築し、当該発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同遺伝子のコピー数を増加させることができる。標的遺伝子を含むDNA断片は、例えば、標的遺伝子を有する微生物のゲノムDNAを鋳型とするPCRにより取得できる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであるのが好ましい。また、形質転換体を選択するために、ベクターは抗生物質耐性遺伝子などのマーカーを有することが好ましい。また、ベクターは、挿入された遺伝子を発現するためのプロモーターやターミネーターを備えていてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミド等であってよい。コリネ型細菌で自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pHM1519(Agric. Biol. Chem., 48, 2901-2903(1984));pAM330(Agric. Biol. Chem., 48, 2901-2903(1984));これらを改良した薬剤耐性遺伝子を有するプラスミド;pCRY30(特開平3-210184);pCRY21、pCRY2KE、pCRY2KX、pCRY31、pCRY3KE、およびpCRY3KX(特開平2-72876、米国特許5,185,262号);pCRY2およびpCRY3(特開平1-191686);pAJ655、pAJ611、およびpAJ1844(特開昭58-192900);pCG1(特開昭57-134500);pCG2(特開昭58-35197);pCG4およびpCG11(特開昭57-183799);pVK7(特開平10-215883);pVK9(US2006-0141588);pVC7(特開平9-070291);pVS7(WO2013/069634)が挙げられる。
【0127】
遺伝子を導入する場合、遺伝子は、発現可能に宿主に保持されていればよい。具体的には、遺伝子は、宿主で機能するプロモーター配列による制御を受けて発現するように保持されていればよい。プロモーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。「宿主において機能するプロモーター」とは、宿主においてプロモーター活性を有するプロモーターをいう。プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、導入する遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。プロモーターとしては、後述するような、コリネ型細菌で機能するプロモーターを利用することができる。
【0128】
遺伝子の下流には、転写終結用のターミネーターを配置することができる。ターミネーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。ターミネーターは、宿主由来のターミネーターであってもよく、異種由来のターミネーターであってもよい。ターミネーターは、導入する遺伝子の固有のターミネーターであってもよく、他の遺伝子のターミネーターであってもよい。
【0129】
各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8 遺伝子工学、共立出版、1987年」に詳細に記載されており、それらを利用することが可能である。
【0130】
また、2またはそれ以上の遺伝子を導入する場合、各遺伝子が、発現可能に宿主に保持されていればよい。例えば、各遺伝子は、全てが単一の発現ベクター上に保持されていてもよく、全てが染色体上に保持されていてもよい。また、各遺伝子は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。また、2またはそれ以上の遺伝子でオペロンを構成して導入してもよい。
【0131】
導入される遺伝子は、宿主で機能するタンパク質をコードするものであれば特に制限されない。導入される遺伝子は、宿主由来の遺伝子であってもよく、異種由来の遺伝子であってもよい。導入される遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用い、同遺伝子を有する生物のゲノムDNAや同遺伝子を搭載するプラスミド等を鋳型として、PCRにより取得することができる。また、導入される遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて全合成してもよい(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。取得した遺伝子は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的の部位に目的の変異を導入することができる。すなわち、例えば、部位特異的変異法により、コードされるタンパク質が特定の部位においてアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むように、遺伝子のコード領域を改変することができる。
【0132】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の転写効率を向上させることにより達成できる。また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の翻訳効率を向上させることにより達成できる。遺伝子の転写効率や翻訳効率の向上は、例えば、発現調節配列の改変により達成できる。「発現調節配列」とは、遺伝子の発現に影響する部位の総称である。発現調節配列としては、例えば、プロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、およびRBSと開始コドンとの間のスペーサー領域が挙げられる。発現調節配列は、プロモーター検索ベクターやGENETYX等の遺伝子解析ソフトを用いて決定することができる。これら発現調節配列の改変は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる。相同組み換えを利用した改変手法としては、温度感受性ベクターを用いた方法や、Redドリブンインテグレーション法(WO2005/010175)が挙げられる。
【0133】
遺伝子の転写効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより強力なプロモーターに置換することにより達成できる。「より強力なプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも向上するプロモーターを意味する。コリネ型細菌で利用できるより強力なプロモーターとしては、人為的に設計変更されたP54-6プロモーター(Appl.Microbiol.Biotechnolo., 53, 674-679(2000))、コリネ型細菌内で酢酸、エタノール、ピルビン酸等で誘導できるpta、aceA、aceB、adh、amyEプロモーター、コリネ型細菌内で発現量が多い強力なプロモーターであるcspB、SOD、tuf(EF-Tu)プロモーター(Journal of Biotechnology 104 (2003) 311-323, Appl Environ Microbiol. 2005 Dec;71(12):8587-96.)、lacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーターが挙げられる。また、より強力なプロモーターとしては、各種レポーター遺伝子を用いることにより、在来のプロモーターの高活性型のものを取得してもよい。例えば、プロモーター領域内の-35、-10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。
【0134】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のシャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)をより強力なSD配列に置換することにより達成できる。「より強力なSD配列」とは、mRNAの翻訳が、もともと存在している野生型のSD配列よりも向上するSD配列を意味する。より強力なSD配列としては、例えば、ファージT7由来の遺伝子10のRBSが挙げられる(Olins P. O. et al, Gene, 1988, 73, 227-235)。さらに、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域、特に開始コドンのすぐ上流の配列(5’-UTR)における数個のヌクレオチドの置換、あるいは挿入、あるいは欠失がmRNAの安定性および翻訳効率に非常に影響を及ぼすことが知られており、これらを改変することによっても遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。
【0135】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、コドンの改変によっても達成できる。例えば、遺伝子中に存在するレアコドンを、より高頻度で利用される同義コドンに置き換えることにより、遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。すなわち、導入される遺伝子は、例えば、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。コドンの置換は、例えば、部位特異的変異法により行うことができる。また、コドンが置換された遺伝子断片を全合成してもよい。種々の生物におけるコドンの使用頻度は、「コドン使用データベース」(http://www.kazusa.or.jp/codon; Nakamura, Y. et al, Nucl. Acids Res., 28, 292 (2000))に開示されている。
【0136】
また、遺伝子の発現の上昇は、標的遺伝子の発現を上昇させるようなレギュレーターを増幅すること、または、標的遺伝子の発現を低下させるようなレギュレーターを欠失または弱化させることによっても達成できる。
【0137】
上記のような遺伝子の発現を上昇させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0138】
形質転換の方法は特に限定されず、従来知られた方法を用いることができる。例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A.,J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)や、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E.., 1997. Gene 1: 153-167)を用いることができる。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類、及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S. and Choen, S. N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978. Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。コリネ型細菌の形質転換は、具体的には、例えば、プロトプラスト法(Gene, 39, 281-286(1985))、エレクトロポレーション法(Bio/Technology, 7, 1067-1070(1989))、電気パルス法(特開平2-207791号公報)等により行うことができる。
【0139】
遺伝子の発現が上昇したことは、例えば、同遺伝子から発現するタンパク質の活性が上昇したことを確認することにより確認できる。タンパク質の活性が上昇したことは、同タンパク質の活性を測定することにより確認できる。例えば、Tat系分泌装置の活性が上昇したことは、例えば、Tat系依存シグナルペプチドがN末端に付加されたタンパク質の分泌生産量が増大したことを確認することにより確認できる。その場合、Tat系依存シグナルペプチドがN末端に付加されたタンパク質の分泌生産量は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇しているのが好ましい。
【0140】
また、遺伝子の発現が上昇したことは、例えば、同遺伝子の転写量が上昇したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が上昇したことを確認することにより確認できる。
【0141】
遺伝子の転写量が上昇したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を野生株または親株等の非改変株と比較することによって行うことができる。mRNAの量を評価する方法としてはノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR等が挙げられる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。mRNAの量は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0142】
タンパク質の量が上昇したことの確認は、SDS-PAGEを行い、分離されたタンパク質バンドの強度を確認することによって行うことが出来る。また、タンパク質の量が上昇したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことができる(Molecular cloning (Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0143】
<1-6>異種タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物とその導入
分泌性タンパク質(secretory protein)は、一般に、プレタンパク質(プレペプチドともいう)またはプレプロタンパク質(プレプロペプチドともいう)として翻訳され、その後、プロセッシングにより成熟タンパク質(mature protein)になることが知られている。具体的には、分泌性タンパク質は、一般に、プレタンパク質またはプレプロタンパク質として翻訳された後、プレ部分であるシグナルペプチドがプロテアーゼ(一般にシグナルペプチダーゼと呼ばれる)によって切断されて成熟タンパク質またはプロタンパク質に変換され、プロタンパク質はプロテアーゼによってさらにプロ部分が切断されて成熟タンパク質になる。よって、本発明の方法においては、異種タンパク質の分泌生産にシグナルペプチドを利用する。なお、本発明において、分泌型タンパク質のプレタンパク質およびプレプロタンパク質を総称して「分泌型タンパク質前駆体」という場合がある。本発明において、「シグナルペプチド」(「シグナル配列」ともいう)とは、分泌性タンパク質前駆体のN末端に存在し、かつ、通常、天然の成熟タンパク質には存在しないアミノ酸配列をいう。
【0144】
本発明に用いられる遺伝子構築物は、5’から3’方向に、コリネ型細菌で機能するプロモーター配列、コリネ型細菌で機能するシグナルペプチドをコードする核酸配列、および異種タンパク質をコードする核酸配列を含む。シグナルペプチドをコードする核酸配列は、プロモーター配列の下流に、同プロモーターによる制御を受けてシグナルペプチドが発現するよう連結されていればよい。異種タンパク質をコードする核酸配列は、シグナルペプチドをコードする核酸配列の下流に、同シグナルペプチドとの融合タンパク質として異種タンパク質が発現するよう連結されていればよい。当該融合タンパク質を「本発明の融合タンパク質」ともいう。なお、本発明の融合タンパク質において、シグナルペプチドと異種タンパク質とは隣接していてもよく、していなくてもよい。すなわち、「異種タンパク質がシグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する」とは、異種タンパク質がシグナルペプチドに隣接して同シグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する場合に限られず、異種タンパク質が他のアミノ酸配列を介してシグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する場合も包含される。例えば、後述するように、本発明の融合タンパク質において、シグナルペプチドと異種タンパク質との間には、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列や酵素的切断に使用されるアミノ酸配列等の挿入配列が含まれ得る。また、後述するように、最終的に得られる異種タンパク質はシグナルペプチドを有さなくてよい。すなわち、「異種タンパク質がシグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する」とは、異種タンパク質が発現時にシグナルペプチドとの融合タンパク質を構成していれば足り、最終的に得られる異種タンパク質がシグナルペプチドとの融合タンパク質を構成していることを要さない。核酸配列は「遺伝子」と読み替えてもよい。例えば、異種タンパク質をコードする核酸配列を「異種タンパク質をコードする遺伝子」または「異種タンパク質遺伝子」ともいう。核酸配列としては、DNAが挙げられる。また、本発明に用いられる遺伝子構築物は、コリネ型細菌で本発明の融合タンパク質を発現させるために有効な制御配列(オペレーター、SD配列、ターミネーター等)を、それらが機能し得るように適切な位置に有していてもよい。
【0145】
本発明で使用されるプロモーターは、コリネ型細菌で機能するプロモーターである限り特に制限されない。プロモーターは、コリネ型細菌由来(例えば宿主由来)のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、異種タンパク質遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。「コリネ型細菌で機能するプロモーター」とは、コリネ型細菌においてプロモーター活性を有するプロモーターをいう。
【0146】
異種由来のプロモーターとして、具体的には、例えば、tacプロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、およびaraBADプロモーター等のE.coli由来のプロモーターが挙げられる。中でも、tacプロモーター等の強力なプロモーターや、araBADプロモーター等の誘導型のプロモーターが好ましい。
【0147】
コリネ型細菌由来のプロモーターとしては、例えば、細胞表層タンパク質であるPS1、PS2(CspBともいう)、SlpA(CspAともいう)の遺伝子のプロモーター、各種アミノ酸生合成系遺伝子のプロモーターが挙げられる。各種アミノ酸生合成系遺伝子のプロモーターとして、具体的には、例えば、グルタミン酸生合成系のグルタミン酸脱水素酵素遺伝子、グルタミン合成系のグルタミン合成酵素遺伝子、リジン生合成系のアスパルトキナーゼ遺伝子、スレオニン生合成系のホモセリン脱水素酵素遺伝子、イソロイシンおよびバリン生合成系のアセトヒドロキシ酸合成酵素遺伝子、ロイシン生合成系の2-イソプロピルリンゴ酸合成酵素遺伝子、プロリンおよびアルギニン生合成系のグルタミン酸キナーゼ遺伝子、ヒスチジン生合成系のホスホリボシル-ATPピロホスホリラーゼ遺伝子、トリプトファン、チロシンおよびフェニルアラニン等の芳香族アミノ酸生合成系のデオキシアラビノヘプツロン酸リン酸(DAHP)合成酵素遺伝子、イノシン酸およびグアニル酸のような核酸生合成系におけるホスホリボシルピロホスフェート(PRPP)アミドトランスフェラーゼ遺伝子、イノシン酸脱水素酵素遺伝子、およびグアニル酸合成酵素遺伝子のプロモーターが挙げられる。
【0148】
また、コリネ型細菌で機能するプロモーターとしては、上述したような、コリネ型細菌で利用できるより強力なプロモーターが挙げられる。また、プロモーターとしては、各種レポーター遺伝子を用いることにより、在来のプロモーターの高活性型のものを取得し利用してもよい。例えば、プロモーター領域内の-35、-10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。さらに、リボソーム結合部位(RBS)と開始コドンとの間のスペーサー領域、特に開始コドンのすぐ上流の配列(5’-UTR)における数個のヌクレオチドの置換、あるいは挿入、あるいは欠失がmRNAの安定性および翻訳効率に非常に影響を及ぼすことが知られており、これらを改変することも可能である。
【0149】
本発明で使用されるシグナルペプチドは、コリネ型細菌で機能するシグナルペプチドである限り特に制限されない。シグナルペプチドは、コリネ型細菌由来(例えば宿主由来)のシグナルペプチドであってもよく、異種由来のシグナルペプチドであってもよい。シグナルペプチドは、異種タンパク質の固有のシグナルペプチドであってもよく、他のタンパク質のシグナルペプチドであってもよい。「コリネ型細菌で機能するシグナルペプチド」とは、目的のタンパク質のN末端に連結した際に、コリネ型細菌が当該タンパク質を分泌することができるペプチドをいう。あるシグナルペプチドがコリネ型細菌で機能するかどうかは、例えば、目的のタンパク質を当該シグナルペプチドと融合させて発現させ、当該タンパク質が分泌されるかを確認することで確認できる。
【0150】
シグナルペプチドとしては、Tat系依存シグナルペプチドやSec系依存シグナルペプチドが挙げられる。
【0151】
「Tat系依存シグナルペプチド」とは、Tat系によって認識されるシグナルペプチドをいう。「Tat系依存シグナルペプチド」とは、具体的には、目的のタンパク質のN末端に連結した際に、Tat系分泌装置により当該タンパク質が分泌されるペプチドであってよい。
【0152】
Tat系依存シグナルペプチドとしては、例えば、E. coliのTorAタンパク質(トリメチルアミン-N-オキシドレダクターゼ)のシグナルペプチド、E. coliのSufIタンパク質(ftsIのサプレッサー)のシグナルペプチド、Bacillus subtilisのPhoDタンパク質(ホスホジエステラーゼ)のシグナルペプチド、Bacillus subtilisのLipAタンパク質(リポ酸シンターゼ)のシグナルペプチド、Arthrobacter globiformisのIMDタンパク質(イソマルトデキストラナーゼ)のシグナルペプチドが挙げられる。これらのシグナルペプチドのアミノ酸配列は以下の通りである。
TorAシグナルペプチド:MNNNDLFQASRRRFLAQLGGLTVAGMLGPSLLTPRRATA(配列番号41)
SufIシグナルペプチド:MSLSRRQFIQASGIALCAGAVPLKASA(配列番号42)
PhoDシグナルペプチド:MAYDSRFDEWVQKLKEESFQNNTFDRRKFIQGAGKIAGLSLGLTIAQS(配列番号43)
LipAシグナルペプチド:MKFVKRRTTALVTTLMLSVTSLFALQPSAKAAEH(配列番号44)
IMDシグナルペプチド:MMNLSRRTLLTTGSAATLAYALGMAGSAQA(配列番号45)
【0153】
Tat系依存シグナルペプチドは、ツイン・アルギニンモチーフを有する。ツイン・アルギニンモチーフとしては、例えば、S/T-R-R-X-F-L-K(配列番号46)やR-R-X-#-#(#:疎水性残基)(配列番号47)が挙げられる。
【0154】
「Sec系依存シグナルペプチド」とは、Sec系によって認識されるシグナルペプチドをいう。「Sec系依存シグナルペプチド」とは、具体的には、目的のタンパク質のN末端に連結した際に、Sec系分泌装置により当該タンパク質が分泌されるペプチドであってよい。
【0155】
Sec系依存シグナルペプチドとしては、例えば、コリネ型細菌の細胞表層タンパク質のシグナルペプチドが挙げられる。コリネ型細菌の細胞表層タンパク質については、上述の通りである。コリネ型細菌の細胞表層タンパク質としては、C. glutamicumに由来するPS1及びPS2(CspB)(特表平6-502548)、及びC. stationisに由来するSlpA(CspA)(特開平10-108675)が挙げられる。C. glutamicumのPS1のシグナルペプチド(PS1シグナルペプチド)のアミノ酸配列を配列番号48に、C. glutamicumのPS2(CspB)のシグナルペプチド(PS2シグナルペプチド)のアミノ酸配列を配列番号49に、C. stationisのSlpA(CspA)のシグナルペプチド(SlpAシグナルペプチド)のアミノ酸配列を配列番号50に示す。
【0156】
Tat系依存シグナルペプチドは、ツイン・アルギニンモチーフを有し、且つ、元の機能が維持されている限り、上記例示したTat系依存シグナルペプチドのバリアントであってもよい。また、Sec系依存シグナルペプチドは、元の機能が維持されている限り、上記例示したSec系依存シグナルペプチドのバリアントであってもよい。シグナルペプチドおよびそれをコードする遺伝子のバリアントについては、上述したHrrSAタンパク質およびhrrSA遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、シグナルペプチドは、上記例示したシグナルペプチドのアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するペプチドであってよい。なお、シグナルペプチドのバリアントにおける上記「1又は数個」とは、具体的には好ましくは1~7個、より好ましくは1~5個、さらに好ましくは1~3個、特に好ましくは1~2個を意味する。なお、本発明において、「TorAシグナルペプチド」、「SufIシグナルペプチド」、「PhoDシグナルペプチド」、「LipAシグナルペプチド」、「IMDシグナルペプチド」、「PS1シグナルペプチド」、「PS2シグナルペプチド」、および「SlpAシグナルペプチド」という用語には、それぞれ、配列番号41~50に記載のペプチドに加え、その保存的バリアントが包含されるものとする。
【0157】
Tat系依存シグナルペプチドについての「元の機能が維持されている」とは、Tat系によって認識されることをいい、具体的には、目的のタンパク質のN末端に連結した際に、Tat系分泌装置により当該タンパク質が分泌される機能を有することであってよい。あるペプチドがTat系依存シグナルペプチドとしての機能を有するかどうかは、例えば、当該ペプチドをN末端に付加したタンパク質の分泌生産量がTat系分泌装置の増強により増大することを確認することや、当該ペプチドをN末端に付加したタンパク質の分泌生産量がTat系分泌装置の欠損により減少することを確認することにより確認できる。
【0158】
Sec系依存シグナルペプチドについての「元の機能が維持されている」とは、Sec系によって認識されることをいい、具体的には、目的のタンパク質のN末端に連結した際に、Sec系分泌装置により当該タンパク質が分泌される機能を有することであってよい。あるペプチドがSec系依存シグナルペプチドとしての機能を有するかどうかは、例えば、当該ペプチドをN末端に付加したタンパク質の分泌生産量がSec系分泌装置の増強により増大することを確認することや、当該ペプチドをN末端に付加したタンパク質の分泌生産量がSec系分泌装置の欠損により減少することを確認することにより確認できる。
【0159】
シグナルペプチドは、一般に、翻訳産物が菌体外に分泌される際にシグナルペプチダーゼによって切断される。すなわち、最終的に得られる異種タンパク質は、シグナルペプチドを有さなくてよい。なお、シグナルペプチドをコードする遺伝子は、天然型のままでも使用できるが、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変してもよい。
【0160】
本発明で用いられる遺伝子構築物においては、シグナルペプチドをコードする核酸配列と異種タンパク質をコードする核酸配列との間に、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列をコードする核酸配列が挿入されていてもよい(WO2013/062029)。なお、当該「Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列」を「本発明で用いられる挿入配列」ともいう。本発明で用いられる挿入配列としては、WO2013/062029に記載されたGln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列が挙げられる。本発明で用いられる挿入配列は、特に、Sec系依存シグナルペプチドと組み合わせて好適に用いることができる。
【0161】
本発明で用いられる挿入配列は、コリネ型細菌の細胞表層タンパク質CspBの成熟タンパク質(以下、「成熟CspB」または「CspB成熟タンパク質」ともいう)のN末端からの3アミノ酸残基またはそれ以上からなる配列であるのが好ましい。「N末端からの3アミノ酸残基またはそれ以上からなる配列」とは、N末端の1位のアミノ酸残基から、3位またはそれ以上のアミノ酸残基までのアミノ酸配列をいう。
【0162】
コリネ型細菌の細胞表層タンパク質CspBについては、上述の通りである。CspBとして、具体的には、例えば、C.glutamicum ATCC13869のCspBや上記例示した28株のC. glutamicumのCspB、およびそれらのバリアントが挙げられる。配列番号34に示すC.glutamicum ATCC13869のCspBのアミノ酸配列中、1~30位のアミノ酸残基がシグナルペプチドに相当し、31~499位のアミノ酸残基がCspB成熟タンパク質に相当する。シグナルペプチド部分30アミノ酸残基を除いた、C.glutamicum ATCC13869のCspB成熟タンパク質のアミノ酸配列を配列番号51に示す。なお、C.glutamicum ATCC13869の成熟CspBにおいて、N末端の1~3位のアミノ酸残基がGln-Glu-Thrに相当する。
【0163】
本発明で用いられる挿入配列は、成熟CspBの1位のアミノ酸残基から、3~50位のいずれかのアミノ酸残基までのアミノ酸配列であるのが好ましい。本発明で用いられる挿入配列は、成熟CspBの1位のアミノ酸残基から、3~8、17、50位のいずれかのアミノ酸残基までのアミノ酸配列であるのがより好ましい。本発明で用いられる挿入配列は、成熟CspBの1位のアミノ酸残基から、4、6、17、50位のいずれかのアミノ酸残基までのアミノ酸配列であるのが特に好ましい。
【0164】
本発明で用いられる挿入配列は、例えば、下記A~Hのアミノ酸配列からなる群より選択されるアミノ酸配列であるのが好ましい。
(A)Gln-Glu-Thr
(B)Gln-Glu-Thr-Xaa1(配列番号52)
(C)Gln-Glu-Thr-Xaa1-Xaa2(配列番号53)
(D)Gln-Glu-Thr-Xaa1-Xaa2-Xaa3(配列番号54)
(E)Gln-Glu-Thrに成熟CspBの4~7位のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列
(F)Gln-Glu-Thrに成熟CspBの4~8位のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列
(G)Gln-Glu-Thrに成熟CspBの4~17位のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列
(H)Gln-Glu-Thrに成熟CspBの4~50位のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列
A~Hのアミノ酸配列において、Xaa1はAsn、Gly、Thr、Pro、またはAlaであり、Xaa2はPro、Thr、またはValであり、Xaa3はThrまたはTyrである。また、A~Hのアミノ酸配列において、「Gln-Glu-Thrに成熟CspBの4~X位のアミノ酸残基が付加された」とは、Gln-Glu-ThrのThrに成熟CspBのN末端の4位からX位までのアミノ酸残基が付加されていることを意味する。なお、通常、成熟CspBのN末端の1~3番目のアミノ酸残基はGln-Glu-Thrであり、その場合、「Gln-Glu-Thrに成熟CspBの4~X位のアミノ酸残基が付加されたアミノ酸配列」とは、成熟CspBの1~X位のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列と同義である。
【0165】
また、本発明で用いられる挿入配列は、具体的には、例えば、Gln-Glu-Thr-Asn-Pro-Thr(配列番号55)、Gln-Glu-Thr-Gly-Thr-Tyr(配列番号56)、Gln-Glu-Thr-Thr-Val-Thr(配列番号57)、Gln-Glu-Thr-Pro-Val-Thr(配列番号58)、およびGln-Glu-Thr-Ala-Val-Thr(配列番号59)からなる群より選択されるアミノ酸配列であるのが好ましい。
【0166】
本発明において、「成熟CspBのX位のアミノ酸残基」とは、配列番号51におけるX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基を意味する。任意の成熟CspBのアミノ酸配列において、どのアミノ酸残基が「配列番号51におけるX位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」であるかは、当該任意の成熟CspBのアミノ酸配列と配列番号51のアミノ酸配列とアライメントを行うことにより決定できる。
【0167】
本発明の方法により分泌生産される異種タンパク質としては、例えば、生理活性タンパク質、レセプタータンパク質、ワクチンとして使用される抗原タンパク質、酵素、その他任意のタンパク質が挙げられる。
【0168】
酵素としては、例えば、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、イソマルトデキストラナーゼ、プロテアーゼ、エンドペプチダーゼ、エキソペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ、カルボキシペプチダーゼ、コラゲナーゼ、およびキチナーゼ等が挙げられる。トランスグルタミナーゼとしては、例えば、Streptoverticillium mobaraense IFO 13819(WO01/23591)、Streptoverticillium cinnamoneum IFO 12852、Streptoverticillium griseocarneum IFO 12776、Streptomyces lydicus(WO9606931)等の放線菌や、Oomycetes(WO9622366)等の糸状菌の分泌型のトランスグルタミナーゼが挙げられる。プロテイングルタミナーゼとしては、例えば、Chryseobacterium proteolyticumのプロテイングルタミナーゼが挙げられる(WO2005/103278)。イソマルトデキストラナーゼとしては、例えば、Arthrobacter globiformisのイソマルトデキストラナーゼが挙げられる(WO2005/103278)。
【0169】
生理活性タンパク質としては、例えば、成長因子(増殖因子)、ホルモン、サイトカイン、抗体関連分子が挙げられる。
【0170】
成長因子(増殖因子)として、具体的には、例えば、上皮成長因子(Epidermal growth factor;EGF)、インスリン様成長因子-1(Insulin-like growth factor-1;IGF-1)、トランスフォーミング成長因子(Transforming growth factor;TGF)、神経成長因子(Nerve growth factor;NGF)、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor;BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(Vesicular endothelial growth factor;VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte-colony stimulating factor;G-CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(Granulocyte-macrophage-colony stimulating factor;GM-CSF)、血小板由来成長因子(Platelet-derived growth factor;PDGF)、エリスロポエチン(Erythropoietin;EPO)、トロンボポエチン(Thrombopoietin;TPO)、酸性線維芽細胞増殖因子(acidic fibroblast growth factor;aFGFまたはFGF1)、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor;bFGFまたはFGF2)、角質細胞増殖因子(keratinocyto growth factor;KGF-1またはFGF7, KGF-2またはFGF10)、肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor;HGF)が挙げられる。
【0171】
ホルモンとして、具体的には、例えば、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン(somatostatin)、ヒト成長ホルモン(human growth hormone;hGH)、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)、カルシトニン(calcitonin)、エキセナチド(exenatide)が挙げられる。
【0172】
サイトカインとして、具体的には、例えば、インターロイキン、インターフェロン、腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor;TNF)が挙げられる。
【0173】
なお、成長因子(増殖因子)、ホルモン、およびサイトカインは互いに厳密に区別されなくともよい。例えば、生理活性タンパク質は、成長因子(増殖因子)、ホルモン、およびサイトカインから選択されるいずれか1つのグループに属するものであってもよく、それらから選択される複数のグループに属するものであってもよい。
【0174】
また、生理活性タンパク質は、タンパク質全体であってもよく、その一部であってもよい。タンパク質の一部としては、例えば、生理活性を有する部分が挙げられる。生理活性を有する部分として、具体的には、例えば、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)の成熟体のN末端34アミノ酸残基からなる生理活性ペプチドTeriparatideが挙げられる。
【0175】
抗体関連分子とは、完全抗体を構成するドメインから選択される単一のドメインまたは2もしくはそれ以上のドメインの組合せからなる分子種を含むタンパク質をいう。完全抗体を構成するドメインとしては、重鎖のドメインであるVH、CH1、CH2、およびCH3、ならびに軽鎖のドメインであるVLおよびCLが挙げられる。抗体関連分子は、上述の分子種を含む限り、単量体タンパク質であってもよく、多量体タンパク質であってもよい。なお、抗体関連分子が多量体タンパク質である場合には、単一の種類のサブユニットからなるホモ多量体であってもよく、2またはそれ以上の種類のサブユニットからなるヘテロ多量体であってもよい。抗体関連分子として、具体的には、例えば、完全抗体、Fab、F(ab’)、F(ab’)、Fc、重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)からなる二量体、Fc融合タンパク質、重鎖(H鎖)、軽鎖(L鎖)、単鎖Fv(scFv)、sc(Fv)、ジスルフィド結合Fv(sdFv)、Diabody、VHHフラグメント(Nanobody(登録商標))が挙げられる。抗体関連分子として、より具体的には、例えば、トラスツズマブが挙げられる。
【0176】
レセプタータンパク質は、特に制限されず、例えば、生理活性タンパク質やその他の生理活性物質に対するレセプタータンパク質であってよい。その他の生理活性物質としては、例えば、ドーパミン等の神経伝達物質が挙げられる。また、レセプタータンパク質は、対応するリガンドが知られていないオーファン受容体であってもよい。
【0177】
ワクチンとして使用される抗原タンパク質は、免疫応答を惹起できるものであれば特に制限されず、想定する免疫応答の対象に応じて適宜選択すればよい。
【0178】
また、その他のタンパク質として、Liver-type fatty acid-binding protein(LFABP)、蛍光タンパク質、イムノグロブリン結合タンパク質、アルブミン、細胞外タンパク質が挙げられる。蛍光タンパク質としては、Green Fluorescent Protein(GFP)が挙げられる。イムノグロブリン結合タンパク質としては、Protein A、Protein G、Protein Lが挙げられる。アルブミンとしては、ヒト血清アルブミンが挙げられる。
【0179】
細胞外タンパク質としては、フィブロネクチン、ビトロネクチン、コラーゲン、オステオポンチン、ラミニン、それらの部分配列が挙げられる。ラミニンは、α鎖、β鎖、およびγ鎖からなるヘテロ三量体構造を有するタンパク質である。ラミニンとしては、哺乳類のラミニンが挙げられる。哺乳類としては、ヒト、サル、チンパンジー等の霊長類、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコ等のその他の各種哺乳類が挙げられる。哺乳類としては、特に、ヒトが挙げられる。ラミニンのサブユニット鎖(すなわち、α鎖、β鎖、およびγ鎖)としては、5種のα鎖(α1~α5)、3種のβ鎖(β1~β3)、3種のγ鎖(γ1~γ3)が挙げられる。ラミニンは、これらサブユニット鎖の組み合わせによって種々のアイソフォームを構成する。ラミニンとして、具体的には、例えば、ラミニン111、ラミニン121、ラミニン211、ラミニン213、ラミニン221、ラミニン311、ラミニン321、ラミニン332、ラミニン411、ラミニン421、ラミニン423、ラミニン511、ラミニン521、ラミニン523が挙げられる。ラミニンの部分配列としては、ラミニンのE8断片であるラミニンE8が挙げられる。ラミニンE8は、具体的には、α鎖のE8断片(α鎖E8)、β鎖のE8断片(β鎖E8)、およびγ鎖のE8断片(γ鎖E8)からなるヘテロ三量体構造を有するタンパク質である。ラミニンE8のサブユニット鎖(すなわち、α鎖E8、β鎖E8、およびγ鎖E8)を総称して、「E8サブユニット鎖」ともいう。E8サブユニット鎖としては、上記例示したラミニンサブユニット鎖のE8断片が挙げられる。ラミニンE8は、これらE8サブユニット鎖の組み合わせによって種々のアイソフォームを構成する。ラミニンE8として、具体的には、例えば、ラミニン111E8、ラミニン121E8、ラミニン211E8、ラミニン221E8、ラミニン332E8、ラミニン421E8、ラミニン411E8、ラミニン511E8、ラミニン521E8が挙げられる。
【0180】
これらのタンパク質等の異種タンパク質をコードする遺伝子は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。異種タンパク質をコードする遺伝子は、例えば、使用する宿主に応じて、および/または望みの活性を得るために、改変することができる。例えば、異種タンパク質をコードする遺伝子は、コードされる異種タンパク質のアミノ酸配列に1又は数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、及び/又は付加が含まれるよう改変されてもよい。上述したHrrSAタンパク質およびhrrSA遺伝子のバリアントに関する記載は、本発明の方法により分泌生産される異種タンパク質およびそれをコードする遺伝子にも準用できる。なお、由来する生物種で特定されるタンパク質は、当該生物種において見出されるタンパク質そのものに限られず、当該生物種において見出されるタンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質およびそれらのバリアントを包含するものとする。それらバリアントは、当該生物種において見出されてもよく、見出されなくてもよい。すなわち、例えば、「ヒト由来タンパク質」とは、ヒトにおいて見出されるタンパク質そのものに限られず、ヒトにおいて見出されるタンパク質のアミノ酸配列を有するタンパク質およびそれらのバリアントを包含するものとする。また、異種タンパク質をコードする遺伝子は、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。例えば、異種タンパク質をコードする遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてもよい。
【0181】
本発明の遺伝子構築物は、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列をコードする核酸配列と異種タンパク質をコードする核酸配列との間に、さらに、酵素的切断に使用されるアミノ酸配列をコードする核酸配列を含んでいてもよい。酵素的切断に使用されるアミノ酸配列を本発明の融合タンパク質に挿入することで、発現した融合タンパク質を酵素的に切断し、目的の異種タンパク質を得ることができる。
【0182】
酵素的切断に使用されるアミノ酸配列は、ペプチド結合を加水分解する酵素により認識され切断される配列であれば特に制限されず、目的の異種タンパク質のアミノ酸配列に応じて使用可能な配列を適宜選択すればよい。酵素的切断に使用されるアミノ酸配列をコードする核酸配列は、同アミノ酸配列に基づいて適宜設計することができる。例えば、酵素的切断に使用されるアミノ酸配列をコードする核酸配列は、宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように設計することができる。
【0183】
酵素的切断に使用されるアミノ酸配列は、基質特異性の高いプロテアーゼの認識配列であるのが好ましい。そのようなアミノ酸配列として、具体的には、例えば、Factor Xaプロテアーゼの認識配列やproTEVプロテアーゼの認識配列が挙げられる。Factor Xaプロテアーゼはタンパク質中のIle-Glu-Gly-Arg(=IEGR)(配列番号60)のアミノ酸配列を、proTEVプロテアーゼはタンパク質中のGlu-Asn-Leu-Tyr-Phe-Gln(=ENLYFQ)(配列番号61)のアミノ酸配列を認識し、各配列のC末端側を特異的に切断する。
【0184】
本発明の方法により最終的に得られる異種タンパク質のN末端領域は、天然のタンパク質と同一であってもよく、天然のタンパク質と同一でなくてもよい。例えば、最終的に得られる異種タンパク質のN末端領域は、天然のタンパク質と比較して、1又は数個のアミノ酸を余分に付加された、あるいは欠失したものであってもよい。なお上記「1又は数個」とは、目的の異種タンパク質の全長や構造等によっても異なるが、具体的には好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
【0185】
また、分泌生産される異種タンパク質は、プロ構造部が付加したタンパク質(プロタンパク質)であってもよい。分泌生産される異種タンパク質がプロタンパク質である場合、最終的に得られる異種タンパク質はプロタンパク質であってもよく、そうでなくてもよい。すなわち、プロタンパク質はプロ構造部を切断されて成熟タンパク質になってもよい。切断は、例えば、プロテアーゼにより行うことができる。プロテアーゼを使用する場合は、最終的に得られるタンパク質の活性という観点から、プロタンパク質は一般には天然のタンパク質とほぼ同じ位置で切断されることが好ましく、天然のタンパク質と完全に同じ位置で切断され天然のものと同一の成熟タンパク質が得られるのがより好ましい。従って、一般には、天然に生じる成熟タンパク質と同一のタンパク質を生じる位置でプロタンパク質を切断する特異的プロテアーゼが最も好ましい。しかしながら、上述の通り、最終的に得られる異種タンパク質のN末端領域は、天然のタンパク質と同一でなくてもよい。例えば、生産される異種タンパク質の種類や使用目的等によっては、天然のタンパク質に比較してN末端がアミノ酸1~数個分長いあるいは短いタンパク質がより適切な活性を有することがある。本発明において使用できるプロテアーゼには、Dispase(ベーリンガーマンハイム社製)のような商業的に入手できるものの他、微生物の培養液、例えば放線菌の培養液等から得られるものが含まれる。そのようなプロテアーゼは未精製状態で使用することもでき、必要に応じて適当な純度まで精製した後に使用してもよい。なお、プロ構造部を切断して成熟タンパク質を得る場合には、挿入したGln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列はプロ構造部とともに切断除去されるため、Gln-Glu-Thrを含むアミノ酸配列の後に酵素的切断に使用されるアミノ酸配列を配位せずとも目的のタンパク質を得ることができる。
【0186】
本発明に用いられる遺伝子構築物をコリネ型細菌に導入する手法は特に制限されない。「本発明に用いられる遺伝子構築物の導入」とは、同遺伝子構築物を宿主に保持させることをいう。「本発明に用いられる遺伝子構築物の導入」には、予め構築した同遺伝子構築物を宿主に一括して導入する場合に限られず、少なくとも異種タンパク質遺伝子が宿主に導入され、且つ宿主内で同遺伝子構築物が構築される場合も含まれる。本発明の細菌において、本発明に用いられる遺伝子構築物は、プラスミドのように染色体外で自律増殖するベクター上に存在していてもよく、染色体上に組み込まれていてもよい。本発明に用いられる遺伝子構築物の導入は、例えば、上述した、遺伝子の発現を上昇させる手法における遺伝子の導入と同様に行うことができる。なお、本発明の細菌を構築するに当たり、本発明に用いられる遺伝的構築物の導入、HrrSAシステムの活性低下、およびその他の改変は、任意の順番で行うことができる。
【0187】
本発明に用いられる遺伝子構築物は、例えば、同遺伝子構築物を含むベクターを用いて宿主に導入できる。例えば、本発明に用いられる遺伝子構築物をベクターと連結して同遺伝子構築物の発現ベクターを構築し、当該発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同遺伝子構築物を宿主に導入することができる。また、例えば、ベクターがコリネ型細菌で機能するプロモーターを備える場合、当該プロモーターの下流に本発明の融合タンパク質をコードする塩基配列を連結することによっても、本発明に用いられる遺伝子構築物の発現ベクターを構築することができる。ベクターは、コリネ型細菌で自律複製可能なものであれば特に制限されない。コリネ型細菌で利用できるベクターについては上述の通りである。
【0188】
また、本発明に用いられる遺伝子構築物は、例えば、人工トランスポゾン等のトランスポゾンを使用して宿主の染色体上に導入できる。トランスポゾンが使用される場合は、相同組換えまたはそれ自身の転移能によって本発明に用いられる遺伝子構築物が染色体上に導入される。また、本発明に用いられる遺伝子構築物は、その他、相同組換えを利用する導入法により宿主の染色体上に導入できる。相同組換えを利用する導入法としては、例えば、直鎖状DNA、温度感受性複製起点を含むプラスミド、接合伝達可能なプラスミド、または宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクター等を用いる方法が挙げられる。また、少なくとも異種タンパク質遺伝子を染色体上に導入し、本発明に用いられる遺伝子構築物を染色体上に構築してもよい。その場合、異種タンパク質遺伝子以外の、本発明に用いられる遺伝子構築物の構成要素の一部または全部は宿主の染色体上にもともと存在するものであってもよい。具体的には、例えば、宿主の染色体上にもともと存在するプロモーター配列と同プロモーター配列の下流に接続されたシグナルペプチドをコードする核酸配列をそのまま利用し、同シグナルペプチドをコードする核酸配列の下流に接続された遺伝子のみを目的の異種タンパク質遺伝子に置換することによっても、染色体上に本発明に用いられる遺伝子構築物が構築され、本発明の細菌を構築できる。異種タンパク質遺伝子等の、本発明に用いられる遺伝子構築物の一部の染色体への導入は、本発明に用いられる遺伝子構築物の染色体への導入と同様に行うことができる。
【0189】
本発明に用いられる遺伝子構築物やその構成要素(プロモーター配列、シグナルペプチドをコードする核酸配列、異種タンパク質をコードする核酸配列、等)は、例えば、クローニングにより取得できる。具体的には、例えば、目的の異種タンパク質を有する生物からのクローニングにより異種タンパク質遺伝子を取得し、シグナルペプチドをコードする塩基配列の導入やプロモーター配列の導入等の改変を行い、本発明に用いられる遺伝子構築物を取得できる。また、本発明に用いられる遺伝子構築物やその構成要素は、化学合成によっても取得できる(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。取得した遺伝子構築物やその構成要素は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。
【0190】
なお、2またはそれ以上の種類のタンパク質を発現する場合、各タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物は、目的の異種タンパク質の分泌発現が達成できるように本発明の細菌に保持されていればよい。具体的には、例えば、各タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物は、全てが単一の発現ベクター上に保持されていてもよく、全てが染色体上に保持されていてもよい。また、各タンパク質の分泌発現用の遺伝子構築物は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。「2またはそれ以上の種類のタンパク質を発現する場合」とは、例えば、2またはそれ以上の種類の異種タンパク質が分泌生産される場合や、ヘテロ多量体タンパク質が分泌生産される場合をいう。
【0191】
本発明に用いられる遺伝子構築物のコリネ型細菌への導入方法は特に限定されず、一般に使用される方法、例えば、プロトプラスト法(Gene, 39, 281-286(1985))、エレクトロポレーション法(Bio/Technology, 7, 1067-1070(1989))、電気パルス法(特開平2-207791号公報)等を使用することができる。
【0192】
<2>異種タンパク質の製造方法
上記のようにして得られる本発明の細菌を培養し、異種タンパク質を発現させることにより、菌体外に分泌された多量の異種タンパク質が得られる。
【0193】
本発明の細菌は通常用いられる方法および条件に従って培養することができる。例えば、本発明の細菌は炭素源、窒素源、無機イオンを含有する通常の培地で培養することができる。さらに高い増殖を得るために、ビタミン、アミノ酸等の有機微量栄養素を必要に応じて添加することもできる。
【0194】
炭素源としてはグルコースおよびスクロースのような炭水化物、酢酸のような有機酸、アルコール類、その他を使用することができる。窒素源としては、アンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩、その他が使用できる。無機イオンとしては、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、リン酸イオン、カリウムイオン、鉄イオン等を必要に応じて適宜使用する。培養はpH5.0~8.5、15℃~37℃の適切な範囲にて好気的条件下で行い、1~7日間程度培養する。また、コリネ型細菌のL-アミノ酸生産における培養条件や、その他Sec系依存、Tat系依存のシグナルペプチドを用いたタンパク質の製造法に記載の条件を用いることが出来る(WO01/23591、WO2005/103278参照)。また、異種タンパク質の発現のために誘導型プロモーターを用いた場合は、培地にプロモーター誘導剤を添加して培養を行うこともできる。このような条件下で本発明の細菌を培養することにより、目的タンパク質は菌体内で多量に生産され効率よく菌体外に分泌される。なお、本発明の方法によれば、生産された異種タンパク質は菌体外に分泌されるため、例えばトランスグルタミナーゼ等の微生物の菌体内で多量に蓄積すると一般に致死的であるタンパク質も、致死的影響を受けることなく連続的に生産できる。
【0195】
本発明の方法によって培地中に分泌されたタンパク質は、当業者によく知られた方法に従って培養後の培地から分離精製することができる。例えば、菌体を遠心分離等により除去した後、塩析、エタノール沈殿、限外濾過、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換カラムクロマトグラフィー、アフィニーティークロマトグラフィー、中高圧液体クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー等の既知の適切な方法、またはこれらを組み合わせることにより分離精製することができる。また、ある場合には、培養物や培養上清をそのまま使用してもよい。本発明の方法によって菌体表層に分泌されたタンパク質も当業者によく知られた方法、例えば塩濃度の上昇、界面活性剤の使用等によって可溶化した後に、培地中に分泌された場合と同様にして分離精製することができる。また、ある場合には、菌体表層に分泌されたタンパク質を可溶化せずに、例えば固定化酵素として使用してもよい。
【0196】
目的の異種タンパク質が分泌生産されたことは、培養上清および/または菌体表層を含む画分を試料として、SDS-PAGEを行い、分離されたタンパク質バンドの分子量を確認することにより確認できる。また、目的の異種タンパク質が分泌生産されたことは、培養上清および/または菌体表層を含む画分を試料として、抗体を用いたウェスタンブロットによって確認できる(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。また、目的の異種タンパク質が分泌生産されたことは、プロテインシークエンサーを用いて目的タンパク質のN末端アミノ酸配列を検出することによって確認できる。また、目的の異種タンパク質が分泌生産されたことは、質量分析計を用いて、目的タンパク質の質量を決定することによって確認できる。また、目的の異種タンパク質が酵素や何らかの測定可能な生理活性を有するものである場合には、目的の異種タンパク質が分泌生産されたことは、培養上清および/または菌体表層を含む画分を試料として、目的の異種タンパク質の酵素活性または生理活性を測定することにより確認できる。
【実施例
【0197】
本発明は以下の実施例によって、更に具体的に説明されるが、これらはいかなる意味でも本発明を限定するものと解してはならない。
【0198】
参考例1:C. glutamicum YDK010株由来のPhoS変異株の取得
(1)phoS遺伝子に変異を有する自然変異株の取得
WO2014/126260に記載の、生理活性ペプチドであるTeriparatideの分泌発現プラスミドpPKK50TEV-Teriを用いて、WO2002/081694に記載のC. glutamicum YDK010株を形質転換した。なお、pPKK50TEV-Teriは生理活性ペプチドであるTeriparatideの分泌発現用ベクターであって、C. glutamicum ATCC13869株のcspB遺伝子のプロモーター領域、同プロモーターの下流に発現可能に連結された同株のCspBシグナルペプチド、同株の成熟CspBのN末端50アミノ酸残基、ProTEVプロテアーゼの認識配列ENLYFQ、およびTeriparatideの融合タンパク質(以下、CspB50TEV-Teriと表記する)をコードする塩基配列を有するプラスミドである(WO2014/126260)。C. glutamicum YDK010株は、C. glutamicum AJ12036(FERM BP-734)の細胞表層タンパク質CspBの欠損株である(WO2002/081694)。得られた形質転換体を、25 mg/lのカナマイシンを含むCM-Dex寒天培地(グルコース 5 g、硫酸マグネシウム七水和物 0.4 g、硫酸鉄七水和物 0.01 g、硫酸マンガン五水和物 0.01 g、リン酸二水素カリウム 1 g、ビオチン 10 μg、DifcoTM Select Soytone(Becton Dickinson)10 g、BactoTM Yeast Extract(Becton Dickinson)10 g、尿素 3 g、大豆塩酸加水分解液(全窒素量 1.2 g)、寒天抹 20 g、水で1 LにしてpH6.5に調整)上で30℃で培養してコロニーを形成させた。
【0199】
培養後、phoS遺伝子に変異が導入された自然変異株を選択し、YDK0107株と命名した。YDK0107株が有する変異型phoS遺伝子の塩基配列、および同遺伝子がコードする変異型PhoSタンパク質のアミノ酸配列を、<配列番号01>および<配列番号02>に示す。YDK0107株の変異型phoS遺伝子では、YDK010株の野生型phoS遺伝子の塩基配列<配列番号03>における906位のGがTに変異している。この変異によって、YDK0107株の変異型PhoSタンパク質では、YDK010株のphoS遺伝子によってコードされる野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列<配列番号04>における302位のトリプトファン残基がシステイン残基に置換されている。この変異をPhoS(W302C)変異と命名した。尚、ゲノムDNAの調製はPurEluteTM Genomic DNA Kit(EdgeBio)を用い、塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0200】
(2)変異型PhoS(W302C)をコードするphoS遺伝子置換用ベクターの構築
<配列番号05>および<配列番号06>に記載のプライマーを用いて、PurEluteTM Genomic DNA Kit(EdgeBio)を用いて調製したC. glutamicum YDK0107株の染色体DNAを鋳型として、変異型PhoS(W302C)をコードするphoS遺伝子(変異型phoS遺伝子または変異型phoS(W302C)遺伝子ともいう)を含む約1.5 kbpの領域をPCR法によって増幅した。PCR反応にはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。
【0201】
次に、増幅した約1.5 kbpのDNA断片をアガロースゲル電気泳動後、目的のバンドを切り出し、Wizard(R) SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いてゲルより回収した。回収したDNA断片をWO2006/057450に記載のpBS5TのSmaI部位に挿入した後、E. coli JM109(Takara Bio)のコンピテントセルに導入した。変異型phoS遺伝子を含むDNA断片がクローン化されたプラスミドを保持する菌株を取得し、これよりプラスミドを回収し、変異型phoS遺伝子がクローン化されたプラスミドpBS5T-phoS(W302C)を得た。挿入断片の塩基配列決定の結果、予想通りの遺伝子がクローン化されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0202】
(3)YDK010株におけるPhoS(W302C)変異置換株の構築
参考例1(2)で構築したプラスミドpBS5T-phoS(W302C)でWO2002/081694に記載のC. glutamicum YDK010株を形質転換した。得られた形質転換体からWO2006/057450に記載の方法に従って菌株の選択を行い、染色体上の野生型phoS遺伝子が変異型phoS遺伝子に置換されたYDK010::phoS(W302C)株を得た。なお、YDK010::phoS(W302C)株は、YDK0107株の染色体DNAを利用せずとも、例えば遺伝子工学的に取得した変異型phoS遺伝子断片等を利用して再現的に構築できる。
【0203】
実施例1:二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAを欠損させたCorynebacterium glutamicumの構築
(1)hrrA遺伝子欠損用ベクターpBS5TΔhrrAの構築
C. glutamicum ATCC13869株のゲノム配列および二成分制御系HrrSAのレスポンスレギュレーターHrrAをコードするhrrA遺伝子の塩基配列は既に決定されている(GenBank Accession No. AP017557, NCBI locus_tag CGBL_0128750)。
【0204】
PurEluteTM Genomic DNA Kit(EdgeBio)を用いて調製したC. glutamicum ATCC13869株の染色体DNAを鋳型として、<配列番号07>と<配列番号08>のプライマーを用いてhrrA遺伝子の5’側上流約1 kbpを、<配列番号09>と<配列番号10>のプライマーを用いてhrrA遺伝子の3’側下流約1 kbpの領域を、それぞれPCR法によって増幅した。PCRにはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。増幅したそれぞれ約1 kbpのDNA断片をアガロースゲル電気泳動後、目的のバンドを切り出し、Wizard(R) SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いてゲルより回収した。回収した2つのDNA断片を、インフュージョン反応によりWO2006/057450に記載のpBS5TのSmaI部位に挿入することによって、hrrA遺伝子欠損用ベクターpBS5TΔhrrAを得た。インフュージョン反応にはIn-Fusion(R) HD Cloning Kit(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。
【0205】
(2)YDK010株およびYDK010::phoS(W302C)株のhrrA遺伝子欠損株の構築
実施例1(1)で構築したpBS5TΔhrrAで、WO2002/081694に記載のC. glutamicum YDK010株および参考例1(3)で構築したYDK010::phoS(W302C)株のそれぞれを形質転換した。得られた形質転換体からWO2006/057450に記載の方法に従って菌株の選択を行い、hrrA遺伝子が欠損したYDK010ΔhrrA株およびYDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株を得た。
【0206】
実施例2:二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAを欠損させたCorynebacterium glutamicumを用いたProtein Lの分泌発現
(1)Protein Lの分泌発現プラスミドの構築
Finegoldia magna由来イムノグロブリン結合タンパク質であるProtein Lのアミノ配列は既に決定されている(GenBank Accession No. AAA25612)。Protein Lは、シグナルペプチド(N末端側1残基目から18残基目)と成熟ペプチド(19残基目から719残基目)から成り、成熟ペプチドのN末端側には5つの抗体結合ドメインが存在する。Protein Lの成熟ペプチド中の5つの抗体結合ドメイン(19残基目から463残基目)のアミノ酸配列を<配列番号11>に示す。C. glutamicumのコドン使用頻度を考慮し、Protein Lの抗体結合ドメインをコードする塩基配列をデザインした。デザインした塩基配列を<配列番号12>に示す。
【0207】
次に、C. glutamicum ATCC13869株由来のcspB遺伝子のプロモーターの下流にC. ammoniagenes ATCC6872株由来のCspA(SlpAともいう)<GenBank Accession No. BAB62413>のシグナルペプチド25アミノ酸残基をコードするDNAおよび<配列番号12>に記載のDNAを連結し、さらに5’-側にKpnIサイトを、3’-側にBamHIサイトを付加した、シグナルペプチドとProtein Lの抗体結合ドメインとの融合タンパク質(以下、単にProtein Lと表記する)の発現カセットを全合成した。全合成したDNA断片を制限酵素KpnIおよびBamHIで処理した後に、特開平9-322774に記載のpPK4のKpnI-BamHI部位に挿入することによって、Protein Lの分泌発現プラスミドであるpPK4_CspAss_ProteinLを構築した。挿入断片の塩基配列決定の結果、予想通りのProtein Lをコードする遺伝子が構築されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0208】
(2)二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAの欠損株を用いたProtein Lの分泌発現
実施例2(1)で得られたProtein Lの分泌発現プラスミドpPK4_CspAss_ProteinLを用いて、WO2002/081694に記載のC. glutamicum YDK010株および実施例1(2)で得られたYDK010ΔhrrA株のそれぞれを形質転換し、YDK010/pPK4_CspAss_ProteinL株およびYDK010ΔhrrA/pPK4_CspAss_ProteinL株を得た。得られた各形質転換体を、25 mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース 120 g、硫酸マグネシウム七水和物 3 g、硫酸アンモニウム 30 g、リン酸二水素カリウム 1.5 g、硫酸鉄七水和物 0.03 g、硫酸マンガン五水和物 0.03 g、チアミン塩酸塩0.45 mg、ビオチン 0.45 mg、DL-メチオニン 0.15 g、大豆塩酸加水分解液(全窒素量 0.2 g)、炭酸カルシウム 50 g、水で1 LにしてpH7.0に調整)でそれぞれ30℃、72時間培養した。培養終了後、各培養液を遠心分離して得られた培養上清3.0 μlを還元SDS-PAGEに供してからSYPRO Ruby(Life technologies)にて染色を行った。その結果、YDK010ΔhrrA株では、YDK010株と比較して、Protein L分泌量が顕著に向上していた(図1)。染色後、画像解析ソフトMulti Gauge(FUJIFILM)を用いてProtein Lのバンド強度の数値化を行い、YDK010ΔhrrA株でProtein Lを発現させた際のバンド強度の平均値を、YDK010株でProtein Lを発現させた際のバンド強度の平均値を1とした時の相対値として算出した。その結果、YDK010ΔhrrA株では、YDK010株と比較して、Protein L分泌量が約2.0倍に向上していることが確認された(表1)。このことから、ΔhrrA変異(hrrA遺伝子の欠損)は、Sec系のCspA分泌シグナルを用いたProtein L分泌生産において、分泌量向上をもたらす有効変異であることが明らかとなった。
【0209】
【表1】
【0210】
実施例3:二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAを欠損させたCorynebacterium glutamicumを用いたLiver-type Fatty acid-binding protein(LFABP)の分泌発現
(1)CspBの成熟タンパク質のN末端6アミノ酸残基を融合したLiver-type Fatty acid-binding protein(LFABP)の分泌発現プラスミドの構築
ヒトのLiver-type fatty acid-binding protein(以下、LFABPと表記する)のアミノ酸配列は既に決定されている(RefSeq Accession No. NP_001434)。このアミノ酸配列を<配列番号13>に示した。C. glutamicumのコドン使用頻度を考慮し、LFABPをコードする塩基配列をデザインした。さらに、C. glutamicum ATCC13869株由来のCspBのシグナルペプチド30アミノ酸残基、同株由来のCspB成熟タンパク質のN末端6アミノ酸残基、Factor Xaプロテアーゼの認識配列IEGR、およびLFABPの融合タンパク質(以下、CspB6Xa-LFABPと表記する)と、その融合タンパク質をコードする塩基配列をデザインした。デザインした融合タンパク質をコードする塩基配列を<配列番号14>に、融合タンパク質のアミノ酸配列を<配列番号15>に示した。
【0211】
次に、<配列番号14>に記載のDNAの上流にC. glutamicum ATCC13869株由来のcspB遺伝子のプロモーターを繋げ、さらに5’-側と3’-側の両端にKpnIサイトを付加した、CspB6Xa-LFABPの発現カセットを全合成した。全合成したDNA断片を制限酵素KpnI処理後に、特開平9-322774に記載のpPK4のKpnI部位に挿入することによって、CspB6Xa-LFABPの分泌発現プラスミドであるpPK4_CspB6Xa-LFABPを構築した。挿入断片の塩基配列決定の結果、予想通りのCspB6Xa-LFABPをコードする遺伝子が構築されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0212】
(2)二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAの欠損株を用いたLiver-type Fatty acid-binding protein(LFABP)の分泌発現
実施例3(1)で得られたCspB6Xa-LFABPの分泌発現プラスミドpPK4_CspB6Xa-LFABPを用いて、参考例1(3)で得られたYDK010::phoS(W302C)株および実施例1(2)で得られたYDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株のそれぞれを形質転換し、YDK010::phoS(W302C)/pPK4_CspB6Xa-LFABP株およびYDK010::phoS(W302C)ΔhrrA/pPK4_CspB6Xa-LFABP株を得た。得られた各形質転換体を、25 mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース 120 g、硫酸マグネシウム七水和物 3 g、硫酸アンモニウム 30 g、リン酸二水素カリウム 1.5 g、硫酸鉄七水和物 0.03 g、硫酸マンガン五水和物 0.03 g、チアミン塩酸塩0.45 mg、ビオチン 0.45 mg、DL-メチオニン 0.15 g、大豆塩酸加水分解液(全窒素量 0.2 g)、炭酸カルシウム 50 g、水で1 LにしてpH7.0に調整)でそれぞれ30℃、72時間培養した。培養終了後、各培養液を遠心分離して得られた培養上清2.0 μlを還元SDS-PAGEに供してからSYPRO Ruby(Life technologies)にて染色を行った。その結果、YDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株では、YDK010::phoS(W302C)株と比較して、CspB6Xa-LFABP分泌量が顕著に向上していた(図2)。染色後、画像解析ソフトMulti Gauge(FUJIFILM)を用いてCspB6Xa-LFABPのバンド強度の数値化を行い、YDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株でCspB6Xa-LFABPを発現させた際のバンド強度の平均値を、YDK010::phoS(W302C)株でCspB6Xa-LFABPを発現させた際のバンド強度の平均値を1とした時の相対値として算出した。その結果、YDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株では、YDK010::phoS(W302C)株と比較して、CspB6Xa-LFABP分泌量が約1.3倍に向上していることが確認された(表2)。このことから、ΔhrrA変異(hrrA遺伝子の欠損)は、Sec系のCspB分泌シグナルを用いた、YDK010::phoS(W302C)株におけるCspB6Xa-LFABP分泌生産においても、分泌量向上をもたらす有効変異であることが明らかとなった。
【0213】
【表2】
【0214】
実施例4:二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAを欠損させたCorynebacterium glutamicumを用いたGreen Fluorescent Protein(GFP)の分泌発現
(1)Tat系分泌装置をコードするtatABC遺伝子とTorAシグナル配列が付加されたGreen Fluorescent Protein(GFP)をコードする遺伝子の共発現プラスミドの構築
(a)pPK4ベクター中のNaeI認識サイトを改変したベクター(pPK5)の構築
特開平9-322774に記載のpPK4の中には、制限酵素NaeIの認識配列が一ヵ所存在する。この配列を改変するため、NaeI認識配列gccggcをgcaggcに改変した配列とpPK4におけるその周辺配列を含む<配列番号16>および<配列番号17>に記載のプライマーを合成した。次に、pPK4を鋳型として、<配列番号16>と<配列番号17>のプライマーを用いて、約5.6 kbpのプラスミド全長をPCR法によって増幅した。PCR反応にはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は95℃ 5分、(95℃ 30秒、55℃ 1分、72℃ 12分)x 12cycleで行った。
【0215】
次に、得られたPCR産物を制限酵素DpnIで処理し、メチル化されている鋳型DNAを消化した。DpnI消化後に得られた非メチル化プラスミドを、E. coli JM109(Takara Bio)のコンピテントセルに導入し、プラスミドを取得した。塩基配列決定の結果、予想通りNaeI認識サイトが改変されたプラスミドが構築されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。こうして得られた、pPK4ベクター中のNaeI認識サイトを改変したベクターをpPK5と名付けた。
【0216】
(b)pPK5ベクターにtatABC遺伝子を搭載したベクター(pPK5-tatABC)の構築
次に、WO2005/103278に記載のTat系分泌装置の増幅プラスミドであるpVtatABCを鋳型にして、<配列番号18>と<配列番号19>のプライマーを用いて、tatABC遺伝子をコードする配列を含む約3.7 kbpのDNA断片をPCR法によって増幅した。<配列番号19>のプライマーには制限酵素KpnIとApaIの認識配列がデザインしてある。PCRにはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。このDNA断片の末端をBKL Kit(Takara Bio)を用いてリン酸化し、別途KpnI処理し、さらにBKL Kit(Takara Bio)を用いて平滑末端化し、さらにCIAP(Takara Bio)を用いて末端を脱リン酸化処理したpPK5ベクターに挿入することによって、tatABC遺伝子搭載ベクターであるpPK5-tatABCを構築した。ライゲーション反応にはDNA Ligation Kit Ver.2.1(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。挿入断片の塩基配列決定の結果、予想通りの遺伝子が挿入されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0217】
(c)pPK5-tatABCベクター中のtatABC遺伝子内のKpnIおよびXbaI認識サイトを改変したベクター(pPK6)の構築
(b)で構築したpPK5-tatABCプラスミド中のtatABC遺伝子領域の中には、制限酵素KpnIおよびXbaIの認識配列が1ヵ所ずつ存在する。これらの配列を改変するため、KpnI認識配列ggtaccをggaaccに改変した配列とpPK5-tatABCにおけるその周辺配列を含む<配列番号20>および<配列番号21>に記載のプライマーと、XbaI認識配列tctagaをtgtagaに改変した配列とpPK5-tatABCにおけるその周辺配列を含む<配列番号22>および<配列番号23>に記載のプライマーを合成した。
【0218】
まず、pPK5-tatABCを鋳型として、<配列番号20>と<配列番号21>のプライマーを用いて、tatABC遺伝子領域内のKpnI認識サイトを改変するよう約9.4 kbpのプラスミド全長をPCR法によって増幅した。PCR反応にはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は95℃ 5分、(95℃ 30秒、55℃ 1分、72℃ 12分)x 12cycleで行った。
【0219】
次に、得られたPCR産物を制限酵素DpnIで処理し、メチル化されている鋳型DNAを消化した。DpnI消化後に得られた非メチル化プラスミドを、E. coli JM109(Takara Bio)のコンピテントセルに導入し、プラスミドを取得した。こうしてtatABC遺伝子領域内のKpnI認識サイトを改変したベクターであるpPK5-tatABCΔKpnIを構築した。
【0220】
次に、pPK5-tatABCΔKpnIを鋳型として、<配列番号22>と<配列番号23>のプライマーを用いて、tatABC遺伝子領域内のXbaI認識サイトを改変するよう約9.4 kbpのプラスミド全長をPCR法によって増幅した。PCR反応にはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は95℃ 5分、(95℃ 30秒、55℃ 1分、72℃ 12分)x 12cycleで行った。
次に、得られたPCR産物を制限酵素DpnIで処理し、メチル化されている鋳型DNAを消化した。DpnI消化後に得られた非メチル化プラスミドを、E. coli JM109(Takara Bio)のコンピテントセルに導入し、プラスミドを取得した。こうしてtatABC遺伝子領域内のXbaI認識配列を改変したベクターであるpPK5-tatABCΔKpnIΔXbaIを取得した。塩基配列決定の結果、予想通りの遺伝子が構築されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0221】
こうして得られた、pPK4ベクターを基にしたtatABC遺伝子搭載ベクターをpPK6と名付けた。
【0222】
(d)pPK6ベクターを用いたGreen Fluorescent Protein(GFP)の分泌発現プラスミドの構築
Appl. Environ. Microbiol., 72, 7183-7192(2006)に記載のpPTGFPを鋳型として、<配列番号24>と<配列番号25>のプライマーを用いて、C. glutamicum ATCC13869株由来のcspB遺伝子のプロモーター領域、E. coli由来のTorAシグナル配列をコードする塩基配列、GFPをコードする塩基配列を含む約1.4 kbpのDNA断片をPCR法によって増幅した。PCRにはPyrobest(R) DNA polymerase(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。増幅したDNA断片をアガロースゲル電気泳動後、目的のバンドを切り出し、Wizard(R) SV Gel and PCR Clean-Up System(Promega)を用いてゲルより回収した。回収したDNA断片を、インフュージョン反応により実施例3(1)(c)に記載のpPK6のKpnI部位に挿入することによってGreen Fluorescent Protein(GFP)の分泌発現プラスミドpPK6_T_GFPを得た。インフュージョン反応にはIn-Fusion(R) HD Cloning Kit(Takara Bio)を用い、反応条件は業者の推奨するプロトコルに従った。挿入断片の塩基配列決定の結果、予想通りのGFPをコードする遺伝子が構築されていることを確認した。塩基配列の決定はBigDye(R) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)と3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0223】
(2)二成分制御系レスポンスレギュレーター遺伝子hrrAの欠損株を用いたGreen Fluorescent Protein(GFP)の分泌発現
実施例4(1)で得られたGFPの分泌発現プラスミドpPK6_T_GFPを用いて、参考例1(3)で得られたYDK010::phoS(W302C)株および実施例1(2)で得られたYDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株のそれぞれを形質転換し、YDK010::phoS(W302C)/pPK6_T_GFP株およびYDK010::phoS(W302C)ΔhrrA/pPK6_T_GFP株を得た。得られた各形質転換体を、25 mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース 120 g、硫酸マグネシウム七水和物 3 g、硫酸アンモニウム 30 g、リン酸二水素カリウム 1.5 g、硫酸鉄七水和物 0.03 g、硫酸マンガン五水和物 0.03 g、チアミン塩酸塩0.45 mg、ビオチン 0.45 mg、DL-メチオニン 0.15 g、大豆塩酸加水分解液(全窒素量 0.2 g)、炭酸カルシウム 50 g、水で1 LにしてpH7.0に調整)でそれぞれ30℃、72時間培養した。培養終了後、各培養液を遠心分離して得られた培養上清5.0 μlを還元SDS-PAGEに供してからSYPRO Orange(Life technologies)にて染色を行った。その結果、YDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株では、YDK010::phoS(W302C)株と比較して、GFP分泌量が向上していた(図3)。染色後、画像解析ソフトMulti Gauge(FUJIFILM)を用いてGFPのバンド強度の数値化を行い、YDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株でGFPを発現させた際のバンド強度の平均値を、YDK010::phoS(W302C)株でGFPを発現させた際のバンド強度の平均値を1とした時の相対値として算出した。その結果、YDK010::phoS(W302C)ΔhrrA株では、YDK010::phoS(W302C)株と比較して、GFP分泌量が約1.6倍に向上していることが確認された(表3)。このことから、ΔhrrA変異(hrrA遺伝子の欠損)は、Tat系のTorA分泌シグナルを用いた、YDK010::phoS(W302C)株におけるGFP分泌生産においても、分泌量向上をもたらす有効変異であることが明らかとなった。
【0224】
ここまでの結果から、ΔhrrA変異は、Sec系分泌経路に限られず、Tat系分泌経路でも、異種タンパク質分泌量を有意に向上できる変異であることが分かった。
【0225】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0226】
本発明により、異種タンパク質を効率よく分泌生産することができる。
【0227】
〔配列表の説明〕
配列番号1:C. glutamicum YDK0107の変異型phoS遺伝子の塩基配列
配列番号2:C. glutamicum YDK0107の変異型PhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号3:C. glutamicum YDK010の野生型phoS遺伝子の塩基配列
配列番号4:C. glutamicum YDK010の野生型PhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号5~10:プライマー
配列番号11:Protein Lの抗体結合ドメインのアミノ酸配列
配列番号12:Protein Lの抗体結合ドメインをコードする塩基配列
配列番号13:LFABPのアミノ酸配列
配列番号14:CspB6Xa-LFABPをコードする塩基配列
配列番号15:CspB6Xa-LFABPのアミノ酸配列
配列番号16~25:プライマー
配列番号26:C. glutamicum ATCC 13032のPhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号27:C. glutamicum ATCC 14067のPhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号28:C. callunaeのPhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号29:C. crenatumのPhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号30:C. efficiensのPhoSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号31:C. glutamicum ATCC 13032のphoR遺伝子の塩基配列
配列番号32:C. glutamicum ATCC 13032のPhoRタンパク質のアミノ酸配列
配列番号33:C. glutamicum ATCC 13869のcspB遺伝子の塩基配列
配列番号34:C. glutamicum ATCC 13869のCspBタンパク質のアミノ酸配列
配列番号35:C. glutamicum ATCC 13032のtatA遺伝子の塩基配列
配列番号36:C. glutamicum ATCC 13032のTatAタンパク質のアミノ酸配列
配列番号37:C. glutamicum ATCC 13032のtatB遺伝子の塩基配列
配列番号38:C. glutamicum ATCC 13032のTatBタンパク質のアミノ酸配列
配列番号39:C. glutamicum ATCC 13032のtatC遺伝子の塩基配列
配列番号40:C. glutamicum ATCC 13032のTatCタンパク質のアミノ酸配列
配列番号41:TorAシグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号42:SufIシグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号43:PhoDシグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号44:LipAシグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号45:IMDシグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号46、47:ツイン・アルギニンモチーフのアミノ酸配列
配列番号48:PS1シグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号49:PS2シグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号50:SlpAシグナルペプチドのアミノ酸配列
配列番号51:C. glutamicum ATCC 13869のCspB成熟タンパク質のアミノ酸配列
配列番号52~59:本発明で用いられる挿入配列の一態様のアミノ酸配列
配列番号60:Factor Xaプロテアーゼの認識配列
配列番号61:ProTEVプロテアーゼの認識配列
配列番号62:C. glutamicum ATCC 13869のhrrS遺伝子の塩基配列
配列番号63:C. glutamicum ATCC 13869のHrrSタンパク質のアミノ酸配列
配列番号64:C. glutamicum ATCC 13869のhrrA遺伝子の塩基配列
配列番号65:C. glutamicum ATCC 13869のHrrAタンパク質のアミノ酸配列
図1
図2
図3
【配列表】
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