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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】炭素膜およびその成膜方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/186 20170101AFI20221018BHJP
   C23C 16/26 20060101ALI20221018BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20221018BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20221018BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALN20221018BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20221018BHJP
   H01M 8/12 20160101ALN20221018BHJP
【FI】
C01B32/186
C23C16/26
H01M8/0213
H01M8/0228
H01M8/0206
H01M8/10 101
H01M8/12 101
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020000654
(22)【出願日】2020-01-07
(65)【公開番号】P2021109787
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2021-04-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】太田 理一郎
(72)【発明者】
【氏名】中西 和之
(72)【発明者】
【氏名】小澤 康弘
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-066506(JP,A)
【文献】特開2004-352599(JP,A)
【文献】特開2017-188241(JP,A)
【文献】特開2012-251209(JP,A)
【文献】特開2015-151298(JP,A)
【文献】特表2016-538690(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/186
C23C 16/26
H01M 8/0213
H01M 8/0228
H01M 8/0206
H01M 8/10
H01M 8/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平状のグラフェンを含む第1層と、
該第1層上に形成され、表面側に開口した弧状のグラフェンを含む第2層と、
を有する炭素膜。
【請求項2】
結晶子サイズが15nm以上であるグラファイトを含む請求項1に記載の炭素膜。
【請求項3】
前記第2層は、開口した湾曲状の窪みが分布してできた凹凸状の表面を有する請求項1または2に記載の炭素膜。
【請求項4】
前記窪みの端部は、前記第1層に向かって縦立している請求項3に記載の炭素膜。
【請求項5】
燃料電池用セパレータの少なくとも電極側表面に形成される請求項1~4のいずれかに記載の炭素膜。
【請求項6】
大気圧付近の環境下にあり300~700℃に加熱された被処理面へ、炭化水素ガスを含む原料ガスのプラズマを噴出させて、該被処理面に請求項1~5のいずれかに記載の炭素膜を成膜する方法。
【請求項7】
前記原料ガスは、さらに希ガスを含む請求項6に記載の炭素膜の成膜方法。
【請求項8】
前記原料ガスが供給される導入部と、
該導入部の下流側に配設され、上流側から順に積層された第1絶縁体、第1電極、第2絶縁体および第2電極を有する生成部と、
該第1絶縁体、該第1電極、該第2絶縁体および該第2電極を上流側から下流側に貫通する連通孔とを備え、
該第1電極と該第2電極へ電圧を印加して、該連通孔から該原料ガスのプラズマを噴出させるプラズマ装置を用いてなされる請求項6または7に記載の炭素膜の成膜方法。
【請求項9】
基材と、
基材表面を被覆する請求項1~5のいずれかに記載の炭素膜と、
を有する被覆部材。
【請求項10】
燃料電池用セパレータである請求項9に記載の被覆部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素膜等に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材料は、炭素(C)の結合状態と配列構造により、様々な形態をとり、各形態に応じた特有の物性(特性)を発現する。適切な形態の炭素材料を用いれば、部材に所望の特性や機能等を付与できる。特に、部材の特性等は表面性状に依るところが大きいため、部材表面に所定の炭素膜が形成されることが多い。
【0003】
その一例として、燃料電池用のメタルセパレータの電極側表面に、導電性および耐食性に優れた炭素膜が形成される。これに関連する記載が特許文献1にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5217243号公報
【文献】特許第3962420号公報
【文献】特開2005-97113号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】L.G. Cancado, K. Takai, T. Enoki, M. Endo, Y. A. Kim, H. Mizusaki, A. Jorio, L. N. Coelho, R. Magalhaes-Paniago and M. A. Pimenta, Applied Physics Letters, 88, 163106 (2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、導電性を有する非晶質炭素膜(単に「DLC(Diamond-like Carbon)膜」ともいう。)を提案している。DLC膜は、一般的に、sp混成軌道の炭素(Csp)がσ結合してなり、ダイヤモンドに近くて硬質であるが、電気伝導率が低い。このため特許文献1のDLC膜では、sp混成軌道の炭素(Csp)によるπ結合を増加させて、導電性を確保している。但し、特許文献1は、DLC膜の具体的な形態やナノサイズレベルの構造等に関して言及していない。なお、特許文献1のDLC膜は、高真空下におけるプラズマCVD法により成膜されている。
【0007】
特許文献2、3には、用途が明確ではないが、カーボンナノウォールに関する記載がある。カーボンナノウォールは、基材の表面からほぼ垂直に立ち上がった二次元的な広がりをもつ壁状のカーボンナノ構造体である(特許文献2の[0006]、特許文献3の[0006]等)。
【0008】
特許文献2、3のカーボンナノウォールは、金属触媒を介さず、基材表面に直接的に立設されている点に特徴がある。このようなカーボンナノウォールを図示すると、図6に示すようになる。
【0009】
しかし、基材表面に直接的に立設しているカーボンナノウォールでは、腐食性液が隣接する壁間(隙間)を通じて基材側へ浸入し、基材表面を腐食させ得る。このため、そのようなカーボンナノウォールからなる炭素膜は、少なくとも、腐食環境で使用される燃料電池用セパレータの電極側表面を被覆する導電性炭素膜として適切ではない。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは構造が異なる新たな炭素膜等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、領域(層)毎に含まれるグラフェンの形態が異なる新たな構造の炭素膜を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0012】
《炭素膜》
本発明は、平状のグラフェンを含む第1層と、該第1層上に形成され、弧状のグラフェンを含む第2層と、を有する炭素膜である。
【0013】
本発明の炭素膜は、Cspが結合されてなるグラフェンを含み、それ自体が耐食性や導電性に優れる。また、本発明の炭素膜は、成膜された基材の耐食性や導電性等も向上させ得る。これは次のような理由に依ると考えられる。
【0014】
下層側(基材側)にある第1層は、平状なグラフェンにより、基材表面に沿って形成される。このため第1層は、基材表面と腐食物質の接触を阻害するバリア層となり、基材の腐食や酸化(不動態膜の生成等を含む)を抑止する。
【0015】
上層側(表面側)の第2層は、弧状なグラフェンにより、炭素膜の(比)表面積を増加させる。このため第2層は、他部材(ガス拡散層等)や反応物質(反応ガス等)と接触したとき、両者の接触面積の増加やそれに伴う接触導電性の向上等に寄与する。
【0016】
《炭素膜の成膜方法》
(1)上述した炭素膜は、その成膜方法を問わないが、例えば、大気圧付近の環境下にある被処理面へ、炭化水素ガスを含む原料ガスのプラズマを噴出させて、該被処理面に上述した炭素膜を成膜する方法によっても得られる。本発明は、このような炭素膜の成膜方法としても把握される。
【0017】
この場合、高真空な雰囲気等を用意するまでもなく成膜が可能となり、被処理面に炭素膜を成膜した被覆部材(例えば燃料電池用セパレータ)を、低コストで効率的に生産できる。なお、この成膜方法によれば、電気伝導性(導電性)でない基材(樹脂、セラミックス等の非金属材)にも炭素膜を付与できる。
【0018】
(2)上述した成膜方法は、例えば、次のようなプラズマ装置を用いてなされてもよい。すなわち、前記原料ガスが供給される導入部と、該導入部の下流側に配設され、上流側から順に積層された第1絶縁体、第1電極、第2絶縁体および第2電極を有する生成部と、該第1絶縁体、該第1電極、該第2絶縁体および該第2電極を上流側から下流側に貫通する連通孔とを備え、該第1電極と該第2電極へ電圧を印加して、該連通孔から該原料ガスのプラズマを噴出させるプラズマ装置である。
【0019】
《被覆部材》
本発明は、基材と基材の少なくとも一部の表面を被覆する炭素膜とを有する被覆部材(導電性部材)、または上述した方法により基材の被処理面に炭素膜を成膜した被覆部材としても把握される。このような被覆部材は、炭素膜により、導電性や耐食性等が向上し得る。
【0020】
被覆部材の一例として、燃料電池用セパレータがある。その基材は、例えば、チタン(合金)、ステンレス鋼等の金属基材である。その基材上(電極側、ガス拡散層側)に形成される炭素膜は、例えば、膜厚が10~1000nm、25~300nmさらには50~100nmである。
【0021】
《その他》
(1)本明細書でいう「炭素膜」は、主成分がCであればよい。敢えていうと、例えば、炭素膜全体に対してCが70原子%(at%)以上、80at%以上さらには90at%以上含まれるとよい。なお、原料ガスにも依るが、炭素膜はC以外に、例えば、H等を含む。
【0022】
(2)炭素膜の「導電性」は、例えば、接触抵抗率により指標される。接触抵抗率は、敢えていうと、500mΩ/cm以下、50mΩ/cm以下、10mΩ/cm以下さらには5mΩ/cm以下であるとよい。
【0023】
(3)本明細書でいう「大気圧付近」は、敢えていうと、大気圧(P)に対して、0.01P≦P≦1.1Pを満たす気圧(P)の範囲である。
【0024】
(4)本明細書でいう「x~y」は、特に断らない限り、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。本明細書でいう「x~ynm」は、特に断らない限り、xnm~ynmを意味する。他の単位系(mΩ/cm、kHz、sccm、mm等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の炭素膜の一例を示す模式図である。
図2A】一例であるプラズマ装置の概要を要部断面で示す斜視図である。
図2B】そのプラズマ装置により実際に発生させたプラズマを示す写真である。
図3】試料1に係る膜のラマンスペクトルである。
図4】試料1に係る膜断面を観察したHRTEM像である。
図5】接触抵抗の測定方法を模式的に示す説明図である。
図6】従来の炭素膜(カーボンナノウォール)を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、炭素膜やその成膜方法のみならず、被覆部材またはその製造方法等にも適宜該当する。方法的な構成要素であっても物に関する構成要素となり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0027】
《グラフェン/グラファイト》
グラフェン(graphene)は、グラファイト(graphite)の構成単位であり、Cspが六角形格子状に結合した六員環構造を基本構造とする一原子厚さのシート状物質である。
【0028】
(1)グラフェンの有無は、炭素膜のラマンスペクトルからわかる。ラマンスペクトル(Raman spectrum)は、ラマン分光法により得られ、入射光(励起光、レイリー散乱光)とラマン散乱光の波数差であるラマンシフト(Raman shift)を横軸(cm-1)、散乱強度(Raman intensity)を縦軸とした線図である。
【0029】
グラフェンが存在するとき、ラマンスペクトル上の1580cm-1付近に、Gバンド(G-band)と呼ばれるピークが現れる。グラフェンの積層数は、例えば、Gバンドのピーク位置のシフト量により指標される。散乱強度の強いストークス線側を観ると(以下同様)、積層数の増加によりピーク位置は、低周波数側(ラマンシフトの波数が増加する側)へシフトする。なお、グラフェンの積層数は、2700cm-1付近に現れるピークである2Dバンド(G’:Gプライム)から把握されてもよい。
【0030】
グラフェンは、基本構造中に、Cspが五角形や七角形の格子状に結合した格子欠陥等を含んでもよい。その構造の乱れ(Disorder)や欠陥(Defect)は、それらに由来してラマンスペクトル上の1360cm-1付近に現れるピークであるDバンド(D-band)からわかる。
【0031】
なお、各バンド域を敢えていうなら、例えば、Gバンド:1570~1620cm-1、Dバンド:1340~1380cm-1としてもよい。
【0032】
(2)グラフェンの形態は、炭素膜の断面を電子顕微鏡等で観察することにより把握され得る。電子顕微鏡には、例えば、透過電子顕微鏡(TEM)さらには高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM:high-resolution transmission electron microscopy)を用いるとよい。
【0033】
炭素膜の断面において、直線状(線分状)に観えるグラフェンを本明細書では「平状」のグラフェンといい、曲線状(弓状)に観えるグラフェンを本明細書では「弧状」のグラフェンという。3次元空間でいうと、平状のグラフェンは略平面状、弧状のグラフェンは曲面状(湾曲面状)になり得る。
【0034】
《炭素膜》
(1)結晶子サイズ
炭素膜に含まれるグラフェンは、通常、積層状態にあり、グラファイトの結晶を形成していると考えられる。各結晶の大きさは、次式(式1)により定義される結晶子サイズ(La/nm)により評価される。
La=560・(I/I-1/E (式1)
ここで、 E : 励起レーザのエネルギー(eV)
: Dバンドのピーク値
: Gバンドのピーク値
なお、I、Iには、ラマンスペクトル(励起光の波長:532.05nm)のストークス線側におけるピーク値である。
【0035】
各層に含まれるグラファイトは、例えば、結晶子サイズが10nm以上、15nm以上さらには20nm以上であるとよい。なお、結晶子サイズの上限値は、例えば、100nm以下さらには50nm以下としてもよい。結晶子サイズが大きいほど、炭素膜が被覆される基材の耐腐食性(耐酸化性、不動態膜生成等を含む。)や接触導電性が高まる。但し、結晶子サイズが過大になると、弧状のグラフェンが減少し、比表面積も減少して、接触導電性が低下し得る。
【0036】
本明細書では、HRTEM等により直接観察されるグラファイトの結晶サイズとは関係なく、上述した式1により、その結晶子サイズを評価する。式1については、既述した非特許文献1に詳述されている。
【0037】
(2)ラマンスペクトル
炭素膜中に含まれるグラファイトの結晶性に応じて、Gバンドの半値幅は、例えば、100cm-1以下、80cm-1以下さらには65cm-1以下となる。その下限値を敢えていえば、半値幅は、例えば、20cm-1以上さらには40cm-1以上でもよい。なお、本明細書でいう「半値幅」は、ラマンスペクトルに基づいて定まる半値全幅である。本発明の炭素膜は、結晶子サイズや半値幅から、従来の導電性DLC膜よりも結晶性が高いと考えられる。但し、本発明の炭素膜は、一般的にいわれる結晶質か非晶質を問わない。
【0038】
炭素膜は、完全なグラフェンのみからなるとは限らず、そのラマンスペクトル上には、Gバンド以外のピーク(Dバンド、2Dバンド等)も現れ得る。このとき、Gバンドのピーク値(I)に対するDバンドのピーク値(I)の比率である強度比(I/I)は、例えば、0.6~1.4、1~1.3さらには1.1~1.2となる。
【0039】
(3)各層
炭素膜を構成する各層の形態を模式的に図1に示した。以下、各層について説明する。なお、図1には、説明の便宜上、本発明に係る代表的な層のみを示したが、本発明の炭素膜は、さらに別な層を有してもよい。
【0040】
第1層は、平状のグラフェンを含み、基材表面に沿って延在する平面状または曲面状であるとよい。第1層が基材表面を緻密に被覆することにより、腐食物質(例えば酸性腐食液、腐食性ガス等)と基材表面の接触が阻止され、基材表面における化学変化(変質)が抑止される。第1層の厚さは、例えば、1~100nmさらには3~20nmである。
【0041】
第2層は、弧状のグラフェンを含み、その表面(基材側(第1層側)が裏面)は、例えば、開口した湾曲状の窪みが分布してできた凹凸状となる。第2層により、炭素膜の比表面積が増加し、炭素膜と他部材または反応物質との接触性が向上し得る。
【0042】
その窪みは、具体的な形態は問わず、例えば、略半球面状、略有底筒状等のいずれでもよい。窪みの中央は、平面状でも曲面状でもよい。逆に、窪みの端部は、第1層に向かって縦立しているとよい。これにより、炭素膜の表面から基材への電子移動性が高まる。なお、敢えていうと、「縦立」は、窪みの最表面端における接線と第1層(基材表面)のなす角度が略垂直(30°~150°、45°~135°さらには60°~120°)であるとよい。
【0043】
窪みの開口サイズ(表面側の開口幅の最大値)は、例えば、1~100nmさらには3~20nmである。第2層の厚さは、例えば、1~500nm、5~100nmさらには10~50nmである。
【0044】
なお、第1層から第2層への遷移域(例えば、第1層の上面側から第2層の窪みの下面側へ至る接続域)には、平状のグラフェンおよび/または弧状のグラフェン、またはそれらの積層体(グラファイト)からなる中間層(接続層、充填層)があってもよい(図1参照)。
【0045】
《成膜方法》
プラズマ装置を用いて炭素膜を成膜する場合を例にとり、以下説明する。
【0046】
(1)プラズマ装置は、例えば、上流側から順に積層された第1絶縁体、第1電極、第2絶縁体および第2電極を、貫通する連通孔からプラズマを噴出する。プラズマは、連通孔内に露出した第1電極の内周面と第2電極の内周面の間の放電により生じる。連通孔内に生じたプラズマ(気体分子が電離してできた電子、ラジカル、イオン等)は、連通孔の上流端口から導入された原料ガスの流れ(気流)に押し出されて、連通孔の下流端口から導出(噴出)される。このようなプラズマ装置によれば、誘電体バリア放電装置等と異なり、放電電流の大きい高電流密度なプラズマの生成も可能となる。このため、大気圧近傍の雰囲気下にあるワーク(基材)の被処理面に対しても、効率的なプラズマ処理が可能となる。なお、本明細書でいう上流と下流は、原料ガスまたはプラズマの流れる方向に沿う。
【0047】
各電極は、例えば、ステンレス鋼、鉄、銅、チタン、タングステン、アルミニウム等の金属材からなる。絶縁体は、例えば、セラミックス、石英、ガラス、ポリテトラフルオロエチレン、ポリイミド(例えばカプトン)等からなる。セラミックスには、例えば、耐熱性にも優れたアルミナ(Al)窒化アルミニウム(AlN)、窒化ボロン(BN)等を用いることができる。
【0048】
各電極の厚さは、例えば、1~30mmさらには5~15mmである。各絶縁体の厚さは、例えば、0.1~20mmさらには1~10mmである。特に、第1絶縁体の厚さ(第1電極と第2電極の間隔)は0.1~5mmさらには0.5~3mmとするとよい。この厚さが過小では絶縁体が部分的に絶縁破壊して放電が不安定となる。その厚さは大きくてもよいが、過大になると放電電圧が大きくなり電源の装置コストが増加する。
【0049】
第2電極は、ワーク(またはそれを載置するステージ)と同電位でもよいし、それらに対してバイアス電位が付与されてもよい。両者間の電位差が適切なら、第2電極の下面とワークの間で放電が生じずに、プラズマはワークの被処理面へ効率的に誘導される。なお、第2電極の下面側(ワーク側)は絶縁体(膜)で覆われていてもよい。バイアス電位を付与しないとき、第2電極、ステージ(またはワーク)、それらを囲う筐体(チャンバー)等は共に接地されていてもよい。
【0050】
連通孔の形態や配置等は適宜、調整される。連通孔の断面は、例えば、丸孔状でも、スリット状(楕円状、長円状、方形状等)でもよい。丸孔状の孔径は、例えば、φ0.1~10mmさらにはφ0.5~5mmとするとよい。スリット状の孔サイズは、例えば、最大幅0.1~10mmさらには0.5~5mm、最大長20~200mmさらには40~120mmとするとよい。過小な連通孔は、長時間の成膜により詰まるおそれがある。過大な連通孔はプラズマの吹出長が小さくなる。
【0051】
連通孔は、一つもでも複数でもよい。連通孔が複数あると、各連通孔の配置は、規則的でも不規則でもよい。
【0052】
(2)原料ガスは、少なくとも炭素源ガスを含む。炭素源ガスは、例えば、メタン、エタン、プロパン、エチレン、アセチレン等の一種以上を含む炭化水素ガスである。原料ガスは、炭素源ガスに加えて、窒素ガスや希ガス(He、Ne、Ar、Kr、Xe等)等を含んでもよい。特に原料ガスは、炭素源ガス(メタン等)と希ガス(Ar等)の混合ガスを用いるとよい。
【0053】
原料ガスの流量は、成膜条件(膜厚、印加電圧、連通孔のサイズ等)に応じて、適宜調整され得る。炭素源ガスの流量は、例えば、合計で30~2000sccm(標準条件:1気圧×0℃/以下同様)、さらには50~300sccmとするとよい。希ガスの流量は、例えば、100~3000sccmさらには200~1000sccmとするとよい。炭素源ガスが過少では、成膜性が低下する。各ガスは多くてもよいが、余剰なガスが増加する。なお、原料ガス中には、少量の不純物(酸素等)が含まれてもよい。
【0054】
(3)プラズマ発生に必要な電圧が電源から各電極間に印加される。印加電圧は、直流電圧でも、交流電圧でも、パルス電圧でもよい。交流電圧またはパルス電圧は、例えば、周波数を1k~50kHzさらには5k~20kHzとするとよい。
【0055】
印加電圧(最大値から最小値までの電圧差/peak to peak value)は、例えば、200~2000Vさらには400~1000Vとするとよい。通常、第2電極に対して第1電極に、正または負の高圧電圧が印加される。第2電極は、例えば、接地されているとよい。
【0056】
(4)連通孔の下端開口からワークまでの距離(間隔)は、例えば、0.1~20mmさらには0.5~10mmとするとよい。その間隔を適切に調整することにより、所望の炭素膜を安定して成膜できる。
【0057】
大気圧下にあるワークの被処理面に対しても炭素膜の成膜が可能であるが、少なくともワーク周辺を準大気圧としてもよい。これにより、処理に用いた原料ガスやプラズマ等の外部への漏出や拡散を防止でき、好適な作業環境の維持が図られる。従って、ドラフト装置、真空ポンプ等により排気された収容室(チャンバー等)内で、炭素膜の成膜がなされるとよい。
【0058】
被処理面は、例えば、300~700℃さらには350~650℃に加熱されていると、Hの少ない緻密な炭素膜が形成され得る。加熱温度が過小であるとその効果が乏しく、加熱温度が過大であると基材の変質、炭素膜と基材との反応等が生じ得る。
【0059】
被処理面の温度調整は、例えば、ワークを載置したステージに内蔵したヒーター等によりなされる。またワークの面方向に沿って、ステージを連通孔に対して相対移動させると、広範囲で炭素膜を効率的に成膜し得る。
【0060】
被処理面は、炭素膜の成膜前に、浄化や粗面化等の前処理等がなされていてもよい。前処理は、上述したプラズマ装置を用いてなされてもよい。例えば、炭素源ガスを含まないプラズマを被処理面へ噴出させる前処理を行ってもよい。
【0061】
《被覆部材》
基材の被処理面に炭素膜が成膜された被覆部材は、電気・電子分野に限らず、機械分野、化学分野等でも用いられる。被覆部材の基材は適宜選択され、例えば、金属の他、樹脂等でもよい。
【0062】
本発明に係る被覆部材の代表例として、電極側表面に炭素膜を設けた金属基材からなる燃料電池用セパレータ(「メタルセパレータ」または単に「セパレータ」ともいう。)がある。メタルセパレータは、従来のカーボンセパレータよりも高強度で、導電性、ガス遮蔽性、ガス流路(溝)の成形性等に優れ、燃料電池の低コスト化や小型化等に寄与する。
【0063】
金属基材には、不動態膜(酸化膜)等の保護膜が生成される高耐食性の金属(ステンレス鋼系基材、チタン系基材、アルミニウム系基材等)が用いられる。但し、メタルセパレータの表面に形成される保護膜は、一般的に、ガス拡散層(GDL)との接触抵抗を増加させ、ひいては燃料電池の発電効率(出力)を低下させ得る。
【0064】
本発明の炭素膜(特に第1層)は、そのような保護膜を生成または成長させる酸性腐食液と金属基材表面との接触を抑止し、セパレータとガス拡散層との接触抵抗の低減や安定化に寄与し得る。なお、酸性腐食液は、主に、燃料電池の電解質へ供給される加湿水や燃料電池の稼働中に生じる水(副生成)が酸性液となって生じる。
【0065】
また本発明の炭素膜(特に第2層)は、表面積が大きいため、ガス拡散層(GDL)との接触面積も大きくなり易い。この点でも本発明の炭素膜は、セパレータとガス拡散層との接触抵抗の低減や安定化に寄与し得る。こうして、少なくとも電極側表面が本発明の炭素膜で被覆されたメタルセパレータを用いれば、燃料電池の低コスト化や出力の安定化等が可能となり得る。
【0066】
燃料電池は、その型式を問わない。燃料電池には、固体高分子型燃料電池(PEFC)、りん酸型燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC)、固体酸化物型燃料電池(SOFC)などがある。固体高分子型燃料電池は、高効率で低温作動でき、小型化が可能なため、自動車用等で利用されている。
【0067】
ちなみに固体高分子型燃料電池は、各セル毎に、その略中央に配設された固体高分子電解質膜と、その一方側にあるアノード(負極、燃料極)と、その他方側にあるカソード(正極、酸素(空気)極)とを備える。各極はそれぞれ、電解質膜側から順に、触媒層と、ガス拡散層と、セパレータが積層されてなる。触媒層は、例えば、カーボン微粒子にPt-Ru(アノード側)またはPt(カソード側)を担持させてなる。ガス拡散層は、例えば、(PAN系)炭素繊維不織布等からなる。セパレータは、ガス供給、集電体、外壁構造体等として機能する。
【実施例
【0068】
大気圧雰囲気下にある基材表面に炭素膜を成膜した試料(被覆部材)を製作し、その炭素膜のラマン分光分析、断面観察および接触抵抗率の測定を行った。このような具体例を示しつつ、以下に、本発明より具体的に説明する。
【0069】
《プラズマ装置》
炭素膜の成膜に用いたプラズマ装置S(単に「装置S」という。)の概要(要部断面)を図2Aに示した。なお、説明の便宜上、上下、前後または左右の各方向は、図中に示した矢印方向とする。
【0070】
装置Sは、原料ガスの導入部1と、プラズマの生成部2と、電源6を備える。図2Aには、ヒータを内蔵したステージ3上に載置されたワークwも併せて示した。
【0071】
生成部2は、上方から順に、絶縁板211(第1絶縁体)、電極板221(第1電極)、絶縁板212(第2絶縁体)、電極板222(第2電極)が積層されてなる。また生成部2は、それら上下方向に貫通したノズル20(連通孔)を有する。ノズル20は、生成部2の前後方向(幅方向)の略中央で、左右方向(長手方向)に延在した細長状(スリット状)である。
【0072】
電極板221と電極板222の間に電源6から高電圧が印加されると、ノズル20の内周面221aと内周面222aとの間で放電が生じて、ノズル20内にプラズマpが発生する。プラズマpは、上流から下流に向かうノズル20内の気流(原料ガスの流れ)に押されて、ノズル20の下端開口20bから噴出する。
【0073】
《プラズマ生成》
次のような装置Sを実際に試作した。電極板221、222にはステンレス鋼(SUS304)の圧延板を、絶縁板211、212にはアルミナ(Al)の焼成体を用いた。電極板221の厚みは2mm、電極板222の厚みは1mm、絶縁板211の厚みは2mm、絶縁板212の厚みは1mmとした。ノズル20の開口は、1mm×25mmとした。電源にはパルス電源を用いた。
【0074】
導入部1へ窒素ガスを供給し、電極板221と電極板222の間にパルス電圧(600V(Peak to Peak 値)、周波数6kHz、矩形波)を印加した。電極板222の下面側を観察したところ、図2Bに示すように、ノズル20の下端開口20bに紫色のグロー放電が観られ、プラズマpの発生(噴出)が確認された。
【0075】
《試料の製作》
試作した装置Sを用いて、表1に示す条件下で成膜を行った。
【0076】
ワークwには、純チタン板(100mm×110mm×t0.1 mm)を用いた。ワークwはステージ3の内蔵ヒータで加熱した。
【0077】
原料ガスには、メタンガス(炭化水素ガス)とアルゴンガス(希ガス)の混合ガスを用いた。ワークwの加熱温度は500℃とした。電極板222の下面(ノズル20の下端開口20b)とワークwの被処理面waとの距離は4mmとした。
【0078】
こうして装置Sを用いて生成した原料ガスのプラズマpを、大気圧付近の環境下にあるワークwの被処理面waへ30分間照射した。このとき、ノズル20の下端開口20bを被処理面waに対して、相対速度0.06mm/秒で36mmの範囲を往復動(走査)させた。
【0079】
《分析・観察》
(1)膜構造
試料1の膜をラマン分光装置(日本分光株式会社製NRS-3200/励起光の波長:532.05nm)を用いて分析した。得られたラマンスペクトルを図3に示した。
【0080】
各試料に係るラマンスペクトルから、GバンドとDバンドについて、各ピーク値の波数と、それらピーク値の比率(I/I)とをそれぞれ求めた。また、Gバンドについては、ピークの半値幅も求めた。これらの結果を表1にまとめて示した。
【0081】
(2)TEM
試料1に係る膜断面を、電界放出型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEM-2100F)で観察し、図4に示すTEM像およびHRTEM像を取得した。なお、断面観察は、集束イオンビーム複合加工観察装置(FIB-SEM/株式会社日立ハイテクノロジーズ製NB5000)により製作したTEM試料を、低エネルギーイオンミリング装置(有限会社日本フィジテック製Gentle Mill)でさらに極薄片化した試料を用いて行った。
【0082】
《測定》
(1)試料1の膜について、初期(腐食試験前)の接触抵抗率を次のようにして求めた。図5に示すように、試料の上面側(被膜側)にカーボンペーパーを載置する。それらを2枚の銅板で挟持する。このとき、銅板間を1.47MPaで垂直方向に加圧した。また、試料およびカーボンペーパーと接触する銅板の各表面には金めっきを施しておいた。
【0083】
直流電源から1Aの定電流(I)を銅板間に供給した。銅板間の加圧開始から60秒後に、試料の基材とカーボンペーパーの間の電位差(V)を測定した。こうして算出された両者間の電気抵抗値(R=V/I)を、試料とカーボンペーパーの接触面積4cm(2cm×2cm)で除して、接触抵抗率を求めた。その接触抵抗率を表1に併せて示した。なお、成膜前の基材のみ(ワークw)の接触抵抗率は3mΩ・cmであった。
【0084】
(2)腐食試験後の試料1の膜についても同様に接触抵抗率を測定した。その接触抵抗率も表1に併せて示した。なお、腐食試験は、F:30ppmとCl:10ppmを含んだ硫酸水溶液(pH3)中に試料(4cm:2cm×2cm)を浸漬し、定電位(0.9V)を印加した状態で8時間保持して行った。接触抵抗率の測定は、腐食試験後の試料を水洗、乾燥させてから行った。
【0085】
《評価》
(1)膜構造
図3に示したラマンスペクトルおよび表1から、各試料に係る膜は、Gバンドを有する炭素膜であることが確認された。
【0086】
図3から明らかなように、試料1の炭素膜はピークがシャープであり、結晶性が高いこともわかった。
【0087】
図4から明らかなように、試料1の炭素膜は、基材界面に沿って平行に延びた平状のグラフェンを含むグラファイト層(第1層)と、その上に形成された弧状のグラフェンを含むグラファイト層(第2層/破線の囲み領域)と備えることが確認された。
【0088】
(2)結晶子サイズ
ラマンスペクトルから求まる強度比(I/I):1.16と、励起レーザのエネルギー(E):2.33(eV)を既述した式1に代入すると、結晶子サイズ(La)は約16.3nmとなった。
【0089】
(3)接触抵抗率
表1から明らかなように、試料1の炭素膜は接触抵抗率が小さく、その接触抵抗率は腐食試験後でも殆ど変化しなかった。
【0090】
以上から、本発明の炭素膜は新たな膜構造を有し、腐食環境下にある基材に対しても、安定した導電性を付与し得ることが確認された。
【0091】
【表1】
【符号の説明】
【0092】
S プラズマ装置
1 導入部
2 生成部
20 ノズル(連通孔)
211 絶縁板(第1絶縁体)
212 絶縁板(第2絶縁体)
221 電極板(第1電極)
222 電極板(第2電極)
w ワーク
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6