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特許7160186樹脂被覆金属板並びに樹脂被覆絞りしごき缶およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】樹脂被覆金属板並びに樹脂被覆絞りしごき缶およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 15/09 20060101AFI20221018BHJP
   B65D 25/34 20060101ALI20221018BHJP
【FI】
B32B15/09 A
B65D25/34 C
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021514136
(86)(22)【出願日】2020-12-10
(86)【国際出願番号】 JP2020046170
(87)【国際公開番号】W WO2021131765
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2021-03-12
(31)【優先権主張番号】P 2019231761
(32)【優先日】2019-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】大島 安秀
(72)【発明者】
【氏名】藤本 聡一
(72)【発明者】
【氏名】太田 充紀
【審査官】磯部 洋一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-264260(JP,A)
【文献】特開2003-127277(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 15/09
B65D 25/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板の両面に、ポリエステル樹脂を主成分とする樹脂の被覆層を備える、樹脂被覆金属板であって、前記金属板の両面のいずれか少なくとも一方の面の前記被覆層は、21μm以上38μm以下の厚みを有し、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下である樹脂被覆金属板。
【請求項2】
前記被覆層は、前記ワックス化合物の含有率が異なる、少なくとも2層から構成され、かつ最表層が3μm以上10μm以下の厚みを有し、前記最表層にワックス化合物を0.10質量%以上2.00質量%以下含有する請求項1に記載の樹脂被覆金属板。
【請求項3】
前記金属板の両面のいずれか他方の面の前記被覆層は、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下である請求項1または2に記載の樹脂被覆金属板。
【請求項4】
前記ワックス化合物は、カルナウバワックスを含有する請求項1から3のいずれかに記載の樹脂被覆金属板。
【請求項5】
少なくとも缶の内面にポリエステル樹脂を主成分とする樹脂の被膜層を備える、絞りしごき缶であって、前記被覆層は、21μm以上38μm以下の厚みを有し、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下であり、表面における水との接触角が80°以上100°以下である、樹脂被覆絞りしごき缶。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかに記載の樹脂被覆金属板に、絞り加工を施してカップ状に成形し、該カップ状の成形体にしごき加工を施して缶胴の最小板厚を元板厚の80%以下とする、樹脂被覆絞りしごき缶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂被覆金属板並びに樹脂被覆絞りしごき缶およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、食缶に用いられる金属缶用素材である、ティンフリースチール(TFS)、ぶりきおよびアルミニウム等の金属板には、耐食性並びに耐久性などの向上を目的として塗装が施されている。この塗装を施すには、焼き付け工程が必須である。しかしながら、この焼き付け工程は複雑である上に、多大な処理時間を必要とし、さらには多量の溶剤を排出する、という問題を抱えている。
【0003】
そこで、これらの問題を解決するため、塗装金属板に替わる缶用材として、加熱した金属板の表面に熱可塑性樹脂フィルムを積層してなる樹脂被覆金属板が開発された。現在、食缶、飲料缶用素材を中心として工業的に広く用いられている。
【0004】
しかしながら、樹脂被覆金属板を食品缶詰に使用すると、容器から内容物を取り出す際に、内容物が容器内面に強固に付着してしまい、内容物を取り出しにくいという問題があった。そのような問題に対し、ポリエステル樹脂フィルム中に特定のワックス化合物を添加し、樹脂フィルム表面に存在させることによって、良好な内容物取り出し性を実現する技術が、特許文献1および2にて提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-328204号公報
【文献】国際公開2015/125459号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および2に記載の技術は、絞り缶や絞り再絞り缶(DRD缶)のような低い加工度の缶では十分な内容物取り出し性を得ることができる。しかし、絞りしごき缶(以下、DI缶ともいう)のような、高い加工度の缶では内容物の取り出し性が十分に得られない点に改善の余地があった。
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものである。すなわち、DI缶に適用した際にも、種々の内容物に対して、優れた取り出し性を確保するとともに、容器用素材に要求される各種特性を安定的に満足する樹脂被覆金属板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、上記した従前の技術をDI缶に適用した場合に、内容物の取り出し性が不十分になる原因を調査した。そして、DI缶の製造において、金属板はしごき加工により発熱し、ワックスの融点を超える高温で缶成形されるため、樹脂の被覆層の表面からワックスが脱離し、被覆層表面の潤滑性が低下することを見出した。そこで、樹脂被覆金属板を用いてDI缶を成形した際に缶の内面側になる、樹脂の被覆層に着目し、この被覆層に関して鋭意検討を行った。その結果、最適な厚みの被覆層にワックス化合物を添加し、かつ被覆層表面の機械特性を制御することによって、優れた内容物取り出し性と他の要求特性(密着性、DI成形性、耐食性など)を満足する樹脂被覆金属板が得られることを知見した。
本発明は、以上の知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0009】
[1]金属板の両面に、ポリエステル樹脂を主成分とする樹脂の被覆層を備える、樹脂被覆金属板であって、前記金属板の両面のいずれか少なくとも一方の面の前記被覆層は、21μm以上38μm以下の厚みを有し、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下である樹脂被覆金属板。
【0010】
[2]前記被覆層は、前記ワックス化合物の含有率が異なる、少なくとも2層から構成され、かつ最表層が3μm以上10μm以下の厚みを有し、前記最表層にワックス化合物を0.10質量%以上2.00質量%以下含有する前記[1]に記載の樹脂被覆金属板。
【0011】
[3]前記金属板の両面のいずれか他方の面の前記被覆層は、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下である前記[1]または[2]に記載の樹脂被覆金属板。
【0012】
[4]前記ワックス化合物は、カルナウバワックスを含有する前記[1]から[3]のいずれかに記載の樹脂被覆金属板。
【0013】
[5]少なくとも缶の内面にポリエステル樹脂を主成分とする樹脂の被膜層を備える、絞りしごき缶であって、前記被覆層は、表面における水との接触角が80°以上100°以下である樹脂被覆絞りしごき缶。
【0014】
[6]前記[1]から[4]のいずれかに記載の樹脂被覆金属板に、絞り加工を施してカップ状に成形し、該カップ状の成形体にしごき加工を施して缶胴の最小板厚を元板厚の80%以下とする、樹脂被覆絞りしごき缶の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、加工度の高い絞りしごき成形を行っても、添加したワックス化合物が脱離することのない樹脂被覆金属板を提供することができる。従って、この樹脂被覆金属板を絞りしごき成形して得られる絞りしごき缶は、種々の内容物に対して優れた取り出し性を有するものとなる。さらに、本発明の樹脂被覆金属板は、絞りしごき成形される缶用素材として要求される、多くの特性を安定的に満足することができるものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の樹脂被覆金属板について詳細に説明する。
すなわち、金属板の両面に、ポリエステル樹脂を含む樹脂の内面被覆層を備える、樹脂被覆金属板であって、前記金属板の両面のいずれか少なくとも一方の面の前記被覆層は、21μm以上38μm以下の厚みを有し、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下である。
【0017】
まず、本発明で用いる金属板について説明する。本発明に係る樹脂被覆金属板の金属板には、缶用材料として広く使用されているアルミニウム板や軟鋼板等を用いることができる。特に、レトルト殺菌時の高温湿潤環境下での樹脂密着性の点から、下層が金属クロム、上層がクロム水酸化物からなる二層被膜を有する、クロムめっき鋼板(以下、TFSともいう)が好適に使用できる。ここで、TFSの金属クロム層及びクロム水酸化物層の付着量は、特に限定されない。後述の樹脂の被覆層との密着性や耐食性の観点からは、いずれもCr換算で、金属クロム層は70mg/m以上200mg/m以下、クロム水酸化物層は10mg/m以上30mg/m以下であることが好ましい。
【0018】
上記した金属板の両面に、ポリエステル樹脂を主成分とする樹脂の被覆層を備える。いずれか一方の面の被覆層は、21μm以上38μm以下の厚みを有し、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有し、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下である。この被覆面は、DI缶に成形された際に、該缶の内面を構成することになり、当該面にポリエステル樹脂を主成分とする樹脂の被覆層を備える。以降、前記一方の面(缶内面に相当)に形成する被覆層を内面被覆層とする。
【0019】
[内面被覆層の組成]
被覆層を構成する樹脂は、ポリエステル樹脂を主成分とする。ここで、「ポリエステル樹脂を主成分とする」とは、樹脂中のポリエステル樹脂が90質量%以上であることをいう。すなわち、前述のワックス化合物や衝撃吸収樹脂等のポリエステル樹脂以外の樹脂の合計が10質量%より多くは含まれない。
【0020】
このポリエステル樹脂は、ジカルボン酸成分とグリコール成分からなるポリマーであり、ジカルボン酸成分としてテレフタル酸を90mol%以上含むことが好ましい。テレフタル酸が90mol%以上であれば、耐熱性が十分高く、容器(缶)成型時の摩擦熱に対し、より安定した成形性並びに被覆性を備えることができる。さらには、テレフタル酸を95mol%以上含むことが好ましい。
【0021】
テレフタル酸以外のジカルボン酸成分としては、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルジカルボン酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、フタル酸等の芳香族ジカルボン酸、シュウ酸、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、ダイマー酸、マレイン酸、フマル酸等の脂肪族ジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環族ジカルボン酸、p-オキシ安息香酸等のオキシカルボン酸等を挙げることができる。
【0022】
また、グリコール成分としては、例えば、エチレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール等の脂肪族グリコール、シクロヘキサンジメタノール等の脂環族グリコール、ビスフェノールA、ビスフェノールS等の芳香族グリコール等が挙げられる。中でも、これらのグリコール成分のうちエチレングリコールが好ましい。なお、これらのジカルボン酸成分、グリコール成分は2種以上を併用してもよい。
【0023】
次に、上記した内面被覆層には、適正量のワックス化合物を含有させる必要がある。
[ワックス化合物]
前記内面被覆層は、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有することを特徴とする。ワックス化合物を添加する目的は、樹脂層の表面自由エネルギーを低下させることにある。ワックス化合物を0.01質量%以上で添加することにより、缶としたときの内面被覆層に内容物が付着し難くなり、内容物取り出し性が向上する。一方、ワックス化合物の含有量が2.00質量%を超えると、下地金属との間の密着性が劣化する可能性が高くなる。また、内面被覆層の成膜そのものも困難となり、生産性が低下してしまう。
【0024】
前記内面被覆層は、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有する単層構造であってよいが、ワックス化合物含有率の異なる、少なくとも2層から構成されていてもよい。この複層構造の内面被覆層では、缶としたときに内容物と接する最表層における、ワックス化合物の含有量を0.10質量%以上2.00質量%以下とすることによって、上記した効果を増大することができる。すなわち、内容物取り出し性は被覆層表面の物性が支配的であるため、特に、最表層のワックス量を増加させれば被覆層表面のワックス量が増加し、内容物取り出し性の向上効果が増加する。
【0025】
なお、複層構造の内面被覆層における最表層以外の層は、ワックス化合物を全く含まないか微量であることが好ましい。内容物取り出し性に寄与するワックス化合物はほぼ表層に含まれるもののみであり、最表層以外にワックス化合物を加えることは樹脂コストを上昇させる点で好ましくない。一方、最表層とそれに隣接する層のワックス化合物量が大きく異なると、樹脂物性の差が大きくなり層間の密着性が低下する可能性があるため、該隣接層に0.1質量%以下のワックス化合物を添加することは有効である。ここで、複層構造の内面被覆層における上記ワックス化合物量は、全層の平均である。
【0026】
前記ワックス化合物の成分としては、有機または無機の滑剤が使用可能である。例えば、ポリエチレンワックスやポリプロピレンワックス等のポリオレフィン系ワックスや、ポリアミド系ワックス、ポリエステル系ワックスなどが挙げられるが、天然ワックス、中でも植物蝋の一種であるカルナウバワックスが好適である。なぜなら、カルナウバワックスは、融点が80℃以上と高く、加工の温度で溶融しにくい上に、ポリエステル樹脂の被覆層との親和性が高いためである。ワックスを含有するポリエステル樹脂は、ポリエステルに所定量のワックスを配合した後、通常の製造法により製造できる。
【0027】
ここで、樹脂被覆金属板を絞りしごき加工して得られる缶において、最適な内容物取り出し性を得る指標としては、表面自由エネルギーが適切である。なお、樹脂被覆金属板を絞りしごき加工した缶では、加工により被覆層内に発生した内部応力を低減して該被覆層の密着性を高めるために、通常は熱処理を行う。従って、この熱処理後の表面自由エネルギーを最適にすることが好ましい。最適な熱処理温度や時間は加工程度や樹脂の種類により異なるが、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするポリエステル樹脂フィルムを被覆層に適用する場合は、210~230℃で2分間の熱処理が適当である。そのような熱処理後の缶において内面側に配される内面被覆層は、表面の水との接触角が80°以上100°以下の範囲内であることが好ましい。そのような被覆層としては、上記に示すワックスの中でもカルナウバワックスを上記に示す量で被覆層中に含有させていることが好ましい。
【0028】
[内面被覆層の厚み]
被覆層の厚みは、21μm以上38μm以下とする。この厚みが21μm未満であると、高加工度のしごき加工において、被覆層が薄く延ばされたときに被覆層表面のワックス量が不足する可能性が高くなる。一方、38μmを超えると、内容物取り出し性およびその他食品缶詰用素材に求められる機能に対して、さらなる改善が望めないばかりか、樹脂コストの上昇のみを招いてしまう。よって、被覆層の厚みは、21μm以上38μm以下とする。さらに好ましくは、26μm以上である。さらに好ましくは、32μm以下である。
【0029】
また、被覆層がワックス化合物含有率の異なる2層以上からなる場合の、最表層の厚みは、3μm以上10μm以下が好ましい。ワックス化合物を含有する最表層の厚みが3μm以上であれば、より良好な内容物取り出し性が得られる。一方、最表層の厚みが10μm超となっても、性能は改善しない上に、樹脂コストの上昇のみを招いてしまう。よって、最表層の厚みは、3μm以上10μm以下が好ましい。
【0030】
[内面被覆層表面の機械特性]
さらに、前記被覆層は、表面の押し込み弾性率が2000MPa以上3400MPa以下であることが重要である。上述のとおり、ポリエステル樹脂中にワックスを添加し、樹脂層の表面にワックスを存在させることによって、良好な内容物取り出し性を確保する技術はすでに実用化されている。しかし、そのような技術は絞り缶やDRD缶のような加工度の低い缶が対象であった。これらの缶に比べて加工度の高いDI缶では、しごき加工において金属板表面は非常に高い面圧の下で金型との摺動に晒され、また金属板は加工発熱する。そのため、ワックスの融点を超える高温下で金属板が加工されて缶に成形される。従って、被覆層表面の機械特性が適切でないと、被覆層の表面からワックスが脱離することになる。
【0031】
本発明者らが、鋭意検討した結果、樹脂被覆金属板の被覆層表面の押し込み弾性率を2000MPa以上3400MPa以下に制御することにより、DI缶においても内容物取り出し性を飛躍的に向上できることがわかった。この理由を以下に示す。
【0032】
まず、被覆層表面を押し込み弾性率が3400MPa以下の柔軟な表面にしたところ、しごき加工時にフィルム表面が弾性変形して表面に凹みが発生し、ワックスがその凹みに入り込み脱離しにくくなることが判明した。一方、押し込み弾性率が3400MPaを超えると、しごき加工時の凹みが小さくワックスの脱離を十分に防ぐことが難しくなる。かような効果は、押し込み弾性率が3400MPa以下にて発現するが、さらに、3000MPa以下にて効果が顕著であり、さらに好ましい。また、フィルム表面の凹みは弾性変形の領域で生じるため、しごき加工後には残らない。
【0033】
一方、被覆層表面の押し込み弾性率が2000MPaよりも小さくなると、しごき加工時の凹みが大きくなりすぎて弾性変形を超え、製缶後にも傷となって残りやすくなる。そのため、押し込み弾性率を2000MPa以上に制御する必要がある。好ましくは、2300MPa以上である。
【0034】
なお、このような被覆層表面の機械特性の制御手法は、特に限定されるものではないが、例えば後述の製造方法に従うラミネート処理において、被覆層表面の樹脂の配向を低減させることで達成される。すなわち、ラミネート処理した後に被覆層の樹脂の融点以上に再加熱して樹脂を溶融させることによって、その機械特性を制御することができる。
【0035】
また、上記した金属板の両面のいずれか他方の面は、DI缶に成形された際に、該缶の外面を構成することになり、以降、前記他方の面(缶外面に相当)に形成する被覆層を外面被覆層とする。
【0036】
[外面被覆層の組成]
外面被覆層を構成する樹脂は、ポリエステル樹脂を主成分とする。ここで、「ポリエステル樹脂を主成分とする」とは、樹脂中のポリエステル樹脂が90質量%以上であることをいう。すなわち、前述のワックス化合物や衝撃吸収樹脂等のポリエステル樹脂以外の樹脂の合計が10質量%より多くは含まれない。
【0037】
このポリエステル樹脂は、ジカルボン酸成分とグリコール成分からなるポリマーであり、ジカルボン酸成分としてテレフタル酸を90mol%以上含むことが好ましい。テレフタル酸が90mol%以上であれば、容器成型時の摩擦熱に対し、より安定した特性を備えることができる。また、容器成形後のレトルト殺菌処理における水蒸気による樹脂層へのアタックにも十分耐えることができる。
【0038】
テレフタル酸以外のジカルボン酸成分としては、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルジカルボン酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、フタル酸等の芳香族ジカルボン酸、シュウ酸、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、ダイマー酸、マレイン酸、フマル酸等の脂肪族ジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環族ジカルボン酸、p-オキシ安息香酸等のオキシカルボン酸等を挙げることができる。
グリコール成分としては、例えば、エチレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール等の脂肪族グリコール、シクロヘキサンジメタノール等の脂環族グリコール、ビスフェノールA、ビスフェノールS 等の芳香族グリコール等が挙げられる。なかでもこれらのグリコール成分のうち、エチレングリコール、ブチレングリコールが好ましい。なお、これらのジカルボン酸成分、グリコール成分は2種以上を併用してもよい。
【0039】
さらに、外面被覆層の組成として、ポリエチレンテレフタレートまたは共重合成分の含有率が6mol%未満である共重合ポリエチレンテレフタレート(以下、ポリエステル(1)と記載する場合もある)と、ポリブチレンテレフタレート(以下、ポリエステル(2)と記載する場合もある)とを混合したポリエステル組成物であり、且つ、ポリエステル(1)の比率が60質量%以下、ポリエステル(2)の比率が40質量%以上であることが好ましい。このような樹脂組成とすることにより、食品缶詰用途で必須となるレトルト殺菌処理において、金属板との密着性を維持し、かつ、水蒸気が被覆層内で凝結することによる樹脂変色を抑制することが可能となる。さらに、ポリエステル(2)の比率が、70質量%以下であれば、より良好な樹脂強度・耐食性を備えることができる。従って、ポリエステル(2)の比率は40~70質量%の範囲が好適である。
【0040】
[外面被覆層の厚み]
外面被覆層の厚みは、10μm以上であることが意匠性の観点から好ましい。また、ワックスを添加した場合の効果の点からも10μm以上が好ましく、さらには15μm以上である。一方、30μmを超えると、フィルム厚が厚くなってもこれ以上の性能、外観の向上は見込めないことから製造コストの点で不利であり、30μm以下とすることが好ましい。
【0041】
外面被覆層が、例えば顔料添加層を含む2層以上の樹脂層から構成される場合は、最表層に、顔料を含有していない樹脂層を形成する。最表層の樹脂層の厚みは1.5μm以上が好ましい。また、外面被覆層は3層以上でもよく、金属板と密着する側に金属板との密着性に優れる密着層を外面被覆層と金属板との間に有した3層以上の構造とすることはさらに好ましい。密着層としては、金属板との密着性が良く、密着層上の被覆層に含まれるポリエチレンテレフタレートと相溶性のあるものが好適である。缶外面側では、コスト面、耐食性の点から、密着層にエポキシフェノール等のような接着剤を使用することもできる。
【0042】
次に、上記した外面被覆層には、内面被覆層の場合と同様に適正量のワックス化合物を含有させることが好ましい。
[ワックス化合物]
缶製造における成形性を高めるため、外面被覆層にもワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有させ、外面被覆層表面の押し込み弾性率を2000MPa以上3400MPa以下とすることが好ましい。すなわち、上記した缶内面の場合と同様に、しごき加工時に外面被覆層の表面に生成した窪みにワックスが残留する。それにより、しごき加工における被覆層表面での潤滑性が向上し、該しごき加工による表面傷等の発生を抑制できると考えられる。ワックス化合物の含有量が0.10質量%以上であれば、より良好な潤滑性が得られ、より好ましい。一方、含有量が2.00質量%以下であれば、外面被覆層の強度や製膜性がより良好であり、好ましい。
【0043】
前記外面被覆層は、ワックス化合物を0.01質量%以上2.00質量%以下含有する単層構造であってよいが、ワックス化合物含有率の異なる、少なくとも2層から構成されていてもよい。この複層構造の外面被覆層では、製缶時にしごき金型に接する最表層における、ワックス化合物の含有量を0.10質量%以上2.00質量%以下とすることによって、上記した効果を増大することができる。
【0044】
ここで、ワックス化合物は、特に限定されない。内面被覆層の場合と同様に、有機滑剤および無機滑剤のいずれも使用可能である。内面被覆層と同様のワックス成分が使用可能であるが、しごき加工時に、缶外面側は内面側に比べ、金型との摩擦によって被覆層表面の温度が高くなる傾向にあるため、融点が高いワックス化合物が好ましい。ワックス化合物の融点は80℃以上が好ましく、100℃以上がさらに好ましい。好ましいワックス化合物としては、天然ワックスであるカルナウバワックス、キャンデリラワックス等の脂肪酸エステル、ポリエチレンワックス等のポリオレフィンワックス等が挙げられる。これらのワックス化合物は、単独あるいは2種類以上混合して使うことができる。なお、上述のとおり、外面被覆層も2層以上とすることができ、この場合は最表層にのみワックスを添加させることが好ましい。
【0045】
[外面被覆層表面の機械特性]
外面被覆層の表面の押し込み弾性率も2000MPa以上3400MPa以下であることが好ましい。内面被覆層と同様に、外面被覆層の表面の押し込み弾性率を3400MPa以下にすることにより、しごき加工時に被覆層表面が弾性変形して表面に凹みが発生し、ワックスがその凹みに入り込み脱離しにくくなる。一方、外面被覆層表面の押し込み弾性率を2000MPa以上に制御すれば、より良好な表面性状に保つことができる。より好ましくは、2500MPa以上である。
【0046】
このような外面被覆層表面の機械特性の制御は、内面被覆層と同様に、例えばラミネートした後に樹脂層の融点以上に再加熱して樹脂層を溶融させることによって、その機械特性を制御することができる。
【0047】
また、缶成形後やレトルト殺菌処理後においても缶外面および缶内面の美観を維持するために、外面被覆層及び/または内面被覆層に着色顔料を入れてもよい。白色外観とするためには二酸化チタン、光輝性のある金色外観とするためにはジスアゾ系有機顔料を含有することが好ましい。着色顔料を入れる場合には、外面被覆層または内面被覆層を各々2層以上として、最表層を除く樹脂層に、着色顔料を添加することが好ましい。着色顔料を含まない最表層があることにより、樹脂層表面に着色顔料が析出することを抑制できるからである。
【0048】
前記ジスアゾ系有機顔料としては、C.I.Pigment Yellow180の使用が特に好適である。FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)登録済みの顔料であり、安全性に優れることと、優れた色調を得ることができるためである。発色および樹脂の透明性の観点から、添加量としては、外面被覆層及び/または内面被覆層において、0.1質量%以上20.0質量%以下が好ましい。顔料の粒子径としては、樹脂の透明性の観点から、1μm未満であることが好ましい。また、分散剤として、ステアリン酸マグネシウムなどの高級脂肪酸金属塩を用いことができる。分散剤を用いると、より均一かつ透明性の高い色調を得ることができる。
【0049】
白色顔料を添加することで、下地の金属光沢を隠蔽するとともに、印刷面を鮮映化することができ、良好な外観を得ることができる。白色顔料としては、容器成形後に優れた意匠性を発揮できることが必要であり、かかる観点から、二酸化チタンの使用が好適である。着色力が強く、展延性にも富むため、缶成形後も良好な意匠性を確保できるので好適である。発色や樹脂物性の観点から、添加量としては、外面被覆層及び/または内面被覆層において、10質量%以上30質量%以下が好ましい。
【0050】
さらに、外面被覆層および内面被覆層を構成する樹脂には、公知の酸化防止剤を0.0001質量%以上1.0質量%以下の範囲内で添加することが、耐熱性を向上させる点から好ましい。より好ましくは0.001質量%以上である。より好ましくは1.0質量%以下である。酸化防止剤の種類としては特に限定されるものではないが、例えばヒンダードフェノール類、ヒドラジン類、フォスファイト類等に分類される公知の酸化防止剤を使用できる。
【0051】
本発明に係る樹脂被覆金属板の樹脂層を構成する樹脂には、本発明の効果を阻害しない範囲で上記した酸化防止剤の他にも種々の添加剤、例えば易滑剤、結晶核剤、熱安定剤、帯電防止剤、ブロッキング防止剤、充填剤、粘度調整剤等を含有させてもよい。
【0052】
[製造方法]
次に、本発明に係る樹脂被覆金属板の製造方法の一例を以下に説明するが、必ずしもこれに限定されるものではない。
【0053】
本発明に係る樹脂被覆金属板を製造する際は、まず、被覆層となる上述した熱可塑性樹脂フィルムを製造する。すなわち、熱可塑性樹脂をペレット等の形態で用意する。このペレットは、必要に応じて熱風中又は真空下で乾燥された後、種々の添加剤と共に押出機に供給される。ペレットは、押出機内において融点以上に加熱溶融された樹脂となり、ギアポンプ等で押出量を均一化され、さらにフィルター等を介して異物や変性した樹脂等が取り除かれて押し出される。熱可塑性樹脂フィルムを積層構成とする場合は、上記とは別の押出機を用いて、各層となる樹脂のそれぞれが異なる流路を通り積層装置に送り込まれる。積層装置としては、フィードブロックやマルチマニホールドダイを用いることができる。
【0054】
これらの樹脂はTダイにてシート状に成形された後、吐出される。そして、Tダイから吐出された溶融シートは、キャスティングドラム等の冷却体上に押し出された後、冷却固化されて無延伸フィルムとする。この際、キャスティングドラム等の冷却体と溶融シートとの密着性を高める目的で、ワイヤー状、テープ状、針状、又はナイフ状等の電極を用いて、静電気力によって密着させ急冷固化させることが好ましい。また、スリット状、スポット状、面状の装置からエアーを吹き出して密着させ急冷固化させる方法や、ニップロールにて密着させ急冷固化させる方法、さらにはこれらを組み合わせる方法も好ましい。
【0055】
このようにして得られた無延伸フィルムは、縦方向及び横方向に二軸延伸することが好ましい。二軸延伸させる方法としては、長手方向に延伸後幅方向に延伸、あるいは幅方向に延伸後長手方向に延伸する逐次二軸延伸法、又は長手方向と幅方向を同時に延伸していく同時二軸延伸法等を用いることができる。逐次二軸延伸法の場合は、品質の均一化や設備省スペース化の観点で長手方向に延伸後、幅方向に延伸することが好ましい。
【0056】
次いで、上述の樹脂被覆金属板の製造方法について記述する。すなわち、上記樹脂フィルムを両面または片面にラミネートした金属板(樹脂フィルムラミネート金属板)を、公知の方法で製造した後に、再度加熱して熱処理を施すことにより、樹脂被覆層表面の押し込み弾性率が制御された樹脂被覆金属板を製造できる。
ここで、樹脂フィルムラミネート金属板は、被覆層が熱可塑性樹脂からなる樹脂フィルムを熱圧着により金属板に接着して形成されていることが好ましい。金属板に樹脂被覆層を形成する方法として、金属板を熱可塑性樹脂フィルムの融点を超える温度まで加熱し、圧着ロールを用いて樹脂フィルムを接触させ、熱融着させる方法(熱圧着フィルムラミネート法)がある。この熱圧着フィルムラミネート法は、安価、且つ省エネルギーで製造できる点、被覆層への機能付与を樹脂フィルムに容易に持たせられる点で好ましい。
ラミネートに際し、前記樹脂フィルムが圧着ロールを通過する時間(熱圧着時間)を10msec以上40msec以下の範囲内にすることが好ましく、15msec以上30msec以下の範囲内であるとより好ましい。熱圧着時間が10msec未満である場合、フィルム樹脂の配向が残存しやすいためフィルム樹脂被覆層表面の押し込み弾性率が上述した所期する範囲より高くなる場合がある。一方、熱圧着時間が40msecより長い場合には、フィルム樹脂の配向が崩れやすくなるため、樹脂被覆層表面の押し込み弾性率が上述した所期する範囲より低くなる場合がある。
【0057】
熱処理方法としては、誘導加熱(所謂IH)、赤外線(所謂IR)、熱風オーブンといった、加熱炉内を通過させる方法、或いは、連続して設置された加熱ロールに通す方法等が好ましい。加熱温度は、樹脂層の融点以上、融点+20℃以下の範囲内であることが好ましい。加熱温度が樹脂層の融点未満である場合、フィルム樹脂の配向が崩れないため、フィルム樹脂被覆層表面の押し込み弾性率が上述した所期する範囲より高くなる場合がある。一方、加熱温度が樹脂層の融点+20℃を超える場合には、フィルム樹脂の配向が崩れやすくなるため、樹脂被覆層表面の押し込み弾性率が上述した所期する範囲より低くなる場合がある。
【0058】
上記熱処理は、樹脂フィルムラミネート金属板が上記加熱温度に0.5秒~10秒間かけて達するように昇温させた後に、冷却させることが好ましい。そのための加熱速度は、30℃/秒以上500℃/秒以下の範囲内であることが好ましく、80℃/秒以上300℃/秒以下の範囲内であると特に好ましい。加熱速度が30℃/秒未満である場合、製造効率の面で不利であるだけでなく、フィルム樹脂の配向が崩れやすくなるため被覆層表面の押し込み弾性率が上述した所期する範囲より低くなる場合がある。一方、加熱速度が500℃/秒より速い場合には、加熱温度のコントロールが困難となることがある。そのような条件では製品位置や製造タイミングによって加熱温度のバラツキが発生し易く、被覆層表面の押し込み弾性率にバラツキが発生してしまう場合がある。
【0059】
熱処理された樹脂被膜金属板は、その後直ちに冷却される。加熱された金属板の冷却方法としては、温度調整された水を用いた水冷や空気、窒素、ヘリウム等を用いたガス冷却が好ましいが、設備の簡素化や金属板の冷却斑を抑制できる観点では水冷が好ましい。また、水冷方法としては、水を貯めた水槽へ直接加熱金属板を浸漬させる方法や、ノズルや管等から水を金属板に向かって噴射させる方法が好ましく用いられる。冷却温度は、5℃以上であり、かつ樹脂層のガラス転移温度-10℃以下の範囲内であることが好ましい。20℃以上であり、かつ樹脂のガラス転移温度-25℃以下の範囲内であると特に好ましい。冷却温度が5℃未満である場合、冷却後の樹脂被膜金属板や周辺設備が結露したり、冷却後の樹脂被膜金属板に付着した水分をその後の工程で除去し難くなったりする場合がある。一方、冷却温度が樹脂層のガラス転移温度-10℃より高い場合には、被覆層内部に存在する非晶構造が流動性を持ち続けるために製品位置による物性バラツキが生じる場合がある。
【0060】
[製缶方法]
本発明に係る樹脂被覆金属板を絞りしごき成形することで樹脂被覆DI缶が得られる。このDI缶は、DRD缶同様に、缶胴と底の部分につなぎ目の無い2ピース缶の一つであり、金属板を絞り成形(カッピング)して作製した絞り缶をしごき成形または再絞り・しごき成形による加工が施されて得られる缶である。
ここで、絞り成形とは、カッピングプレスと称される絞り成形機を用いて、円盤状に切り抜いた金属板をしわ押さえ機構により固定し、ポンチとダイスで底付きのカップ状に成形する加工方法である。また、しごき成形とは、絞り成形により得られたカップの側壁を薄く伸ばす加工である。
【0061】
本発明で適用するDI成形は、市販のカッピングプレスおよびDI成形装置が使用可能であり、その仕様による差は問わない。これらの装置において、適切な絞り成形としごき成形とを組み合わせて所望の形状を得る。ここで、絞り成形において、円盤状に切り抜かれた金属板の直径がしごきポンチの直径に比べて大きすぎる場合、1回の絞り成形では所要の形状のカップを得ることが困難である。その場合、2回の絞り成形(絞り-再絞り成形)で所要の形状に成形する。この工程では、カッピングプレスにより比較的直径の大きなカップが製造され、次いでボディメーカー(缶体成形機)において再絞り成形が行われ、その後しごき成形を実施する。
【0062】
なお、本発明で適用するDI成形は、しごき加工を施して缶胴の最小板厚を元板厚の80%以下とするものが好ましい。それよりもしごき量の小さいDI成形では、本発明のような柔軟な表面でなくてもワックスの脱離は起きないため、缶胴の最小板厚を元板厚の80%以下とするDI成形に本発明を適用することがとりわけ有効である。
【0063】
また、DI成形時にクーラントを使用しない加工も可能であるが、DI成形用クーラントを使用する場合には、水または食品安全性の高い成分を含む水溶液が好ましい。このようなクーラントを使用すれば、DI成形装置でのしごき成形(および再絞り成形)において装置内を循環して成形時の冷却を行う時に缶に付着しても簡単な洗浄ですませることができる。一方、カッピングプレスの絞り加工時の潤滑としては、ラミネート金属板表面にワックスを塗布することが好ましい。融点30~80℃のパラフィンや脂肪酸エステル系のワックスを10~500mg/m塗布したものが良好な成形性を示す。
【0064】
DI成形装置での成形後は、洗浄して、もしくは洗浄すること無しにそのまま、その後の乾燥とフィルムの密着性向上のために熱処理を行うことが好ましい。熱処理は、両面または片面の樹脂層の結晶化温度以上融点-10℃以下の温度で1秒~10分間加熱することで達成される。
【0065】
[樹脂被覆絞りしごき缶]
上記した樹脂被覆金属板を用いて、上記した製造条件に従って絞りしごき加工することによって樹脂被覆絞りしごき缶が得られる。缶の内面を構成する被覆層に適切な量のワックスが残存する結果、缶内面側の被覆層表面の水との接触角が80°以上100°以下となり、優れた内容物取り出し性が得られる。この被覆層表面の水との接触角(単に接触角ともいう)が80°以上100°以下であれば、DI缶として優れた内容物取り出し性を具備することになる。すなわち、接触角が80°未満では、内容物取り出し性が十分ではなく、一方、接触角が100°を超えると、フィルム表面のワックス量が過剰のため、ワックスが成形ツールに堆積するなどするため好ましくない。
【0066】
ここで、絞りしごき加工を経た缶において上記した接触角が確保できるのは、以下のメカニズムによる。柔軟なフィルム表面にワックスを含むため、厳しいしごき加工時にフィルム表面が弾性変形して表面に凹みが生成し、その中にワックスが入り込み脱落しにくくなり、表面に残存するワックス量が高く保たれる。この点、上述した特許文献1および2に記載の樹脂被覆金属板では、フィルム表面が固いため、しごき加工時にフィルム表面のワックスが脱離し、表面に残存するワックス量を低減するため接触角が低くなる。
【0067】
さらに、樹脂被覆絞りしごき缶は、しごき加工を施して缶胴の最小板厚を元板厚の80%以下としたものが好ましい。それよりもしごき量の小さいDI成形では、本発明のような柔軟な表面でなくてもワックスの脱離は起きないため、最小板厚を元板厚の80%以下とするしごき缶に本発明を適用することがとりわけ有効である。
前述の樹脂被覆金属板をDI加工して缶成形した後に樹脂層の応力緩和や殺菌処理のために熱処理を行う結果、本発明の缶内面の樹脂被覆層は、10μm以上25μm以下の厚みを有し、表面の押し込み弾性率は2000MPa以上3400MPa以下となる。
【0068】
さらに、樹脂被覆絞りしごき缶は、しごき加工を施して缶胴の最小板厚を元板厚の80%以下としたものが好ましい。それよりもしごき量の小さいDI成形では、本発明のような柔軟な表面でなくてもワックスの脱離は起きないため、最小板厚を元板厚の80%以下とするしごき缶に本発明を適用することがとりわけ有効である。
前述の樹脂被覆金属板をDI加工して缶成形した後に、樹脂層の応力緩和や殺菌処理のために熱処理を行う。その結果、本発明の缶内面の樹脂被覆層は、10μm以上25μm以下の厚みを有し、表面の押し込み弾性率は2000MPa以上3400MPa以下となる。
【実施例
【0069】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。
この実施例では、冷間圧延、焼鈍、および調質圧延を施した厚さ0.20mm、テンパー度T3の鋼板に対し、脱脂、酸洗、およびクロムめっき処理を行い、クロムめっき鋼板(TFS)を製造した。クロムめっき処理では、CrO、F、およびSO 2-を含むクロムめっき浴でクロムめっきを施し、中間リンス後、CrOおよびFを含む化成処理液で電解した。その際、電解条件(電流密度・電気量など)を調整して金属クロムおよびクロム水酸化物の付着量を、両面ともCr換算でそれぞれ120mg/mおよび15mg/mに調整した。
【0070】
次に、金属板への被覆装置を用い、クロムめっき鋼板を加熱し、圧着ロールでクロムめっき鋼板の表裏両面の一方側にポリエステル樹脂層(内面被覆層)および他方側にポリエステル樹脂層(外面被覆層)を形成した。具体的には、以下の表1に示す各条件に従って、樹脂フィルムを熱融着で被覆した後に熱処理を施して樹脂被覆金属板を製造した。圧着ロールは内部水冷式とし、被覆中に冷却水を強制循環し、フィルム接着中の冷却を行った。また、表1におけるPETおよびPET/Iは、それぞれポリエチレンテレフタレートおよびイソフタル酸共重合ポリエチレンテレフタレートを示している。
【0071】
かくして得られた樹脂被覆金属板の両面に融点45℃のパラフィンワックスを50mg/m塗布した後に、123mmφのブランクを打ち抜いた。そのブランクを市販のカッピングプレスで内径71mmφ、高さ36mmのカップに絞り成形した。次いで、このカップを市販のDI成形装置に装入し、缶内径52mm、缶高さ90mmの缶を成形した。ポンチスピード200mm/s、ストローク560mm、再絞り加工および3段階のアイアニング加工で総リダクション率は50%(各段階のリダクション率はそれぞれ30%、19%、23%)であった。なお、DI成形時には、クーラントとして水道水を50℃の温度で循環させた。
【0072】
【表1】
【0073】
樹脂被覆金属板および樹脂被覆金属板上の被覆層の特性、および絞りしごき成形後の缶性能を、以下に示す方法により測定、評価した。
(1)樹脂被覆金属板の被覆層表面の押し込み弾性率
ISO14577-1/JIS Z2255に準拠した、株式会社エリオニクス社製の超微小押し込み硬さ試験機ENT-NEXUSの高荷重ユニットを用いて、樹脂被覆金属板の押込み弾性率を測定した。樹脂被覆金属板をサンプルサイズ10mm×10mmにせん断し、ステージ温度30℃、押込み深さ200nm、最大荷重保持時間1000msecの条件で測定を行った。樹脂被覆金属板の両面に対して、各々無作為に選んだ5か所について測定を行い、各面の平均値を内面被覆層および外面被覆層の押し込み弾性率とした。なお、測定位置は相互に15μm以上離して測定を行った。
【0074】
(2)樹脂被覆金属板の内面被覆層表面の熱処理後の水接触角
樹脂被覆金属板をサンプルサイズ30mm×50mmにせん断後、2分間で220℃となるように熱風乾燥炉にて熱処理を行い、その後室温まで冷却した。次いで、25℃および相対湿度が50%の環境内にて、水の接触角を測定した。接触角の測定は、公知の方法により、測定液として水を使用し、接触角計(協和界面科学(株)製CA-DT型)を用いて、樹脂フィルム表面における水の静的接触角を求めた。
【0075】
(3)樹脂被覆金属板の被覆層の熱特性(融点、結晶化温度、ガラス転移温度)
樹脂被覆金属板をサンプルサイズ10mm×50mmにせん断後、塩酸に浸漬させて金属板のみを溶解し被覆層を単離した。単離した被覆層5mgを試料としてアルミニウム製パンに採取し、TAインスツルメント社製の示差走査熱量計(DSCQ100)を用いて測定した。まず、窒素雰囲気下で-50℃まで冷却し、そこから290℃まで20℃/分で昇温した(1stRun)。1stRun測定にて得られたチャートより融解エンタルピーが5J/g以上の融解ピークのピーク温度を求めた。各試料についてそれぞれ同様の測定を3回行い、その平均値を融点とした。上記測定にて290℃まで昇温した後、液体窒素にて急冷した。その後、再び-50℃から290℃まで20℃/分で昇温した(2ndRun)。2ndRun測定にて得られたチャートより結晶化温度およびガラス転移温度を求めた。各試料についてそれぞれ同様の測定を3回行い、その平均値をそれぞれ結晶化温度とガラス転移温度とした。
【0076】
(4)樹脂被覆金属板の絞りしごき成形性
絞りしごき成形後に破胴発生したものを×、製缶可能なものを○として、成形後の破胴発生の有無により評価した。そして、製缶可能なサンプルについてのみ、以下の(5)~(9)の評価を実施した。なお、評価の前に缶成形による被覆層の残留応力を解放し鋼板との密着性を高めるため、2分間で220℃となるように熱風乾燥炉にて缶の熱処理を行い、室温まで冷却した。
【0077】
(5)絞りしごき缶の内面被覆層表面の水接触角
絞りしごき缶の缶胴中央部をサンプルサイズ30mm×50mmにせん断後、2分間で220℃となるように熱風乾燥炉にて熱処理を行い、室温まで冷却した。その後、25℃および相対湿度が50%の環境内で、水の接触角を測定した。接触角の測定は、公知の方法により、測定液として水を使用し、接触角計(協和界面科学(株)製CA-DT型)を用いて、樹脂フィルム表面における水の静的接触角を求めた。
【0078】
(6)絞りしごき缶の内面被覆層表面の押し込み弾性率
株式会社エリオニクス社製の超微小押し込み硬さ試験機ENT-NEXUSの高荷重ユニットを用いて、絞りしごき缶の押込み弾性率を測定した。絞りしごき缶の缶胴中央部をサンプルサイズ10mm×10mmにせん断し、ステージ温度30℃、押込み深さ200nm、最大荷重保持時間1000msecの条件で測定を行った。各試料につき無作為に選んだ5か所について測定を行い、平均値をその試料の押し込み弾性率とした。なお、測定位置は相互に15μm以上離して測定を行った。
【0079】
(7)絞りしごき缶の内面耐食性(成形後の缶内面フィルム健全性)
成形後の缶内面フィルムの健全性(フィルム欠陥の少ないものが良好)により評価した。具体的には、洗浄、乾燥後の絞りしごき缶について、鋼板部分に通電できるように缶口のフィルムに傷をつけ、缶内に電解液(NaCl:1%溶液、温度25℃)を缶口まで満たし、缶体と電解液との間に6Vの電圧を印加した。その際の電流値に基づいて、以下の基準に従って耐食性を評価した。
×:0.5mA超
○:0.1mA超0.5mA以下
◎:0.01mA超0.1mA以下
◎◎:0.01mA以下
【0080】
(8)絞りしごき缶の外面被覆性(成形後の缶外面フィルム健全性)
成形後の缶外面フィルムの健全性(フィルム欠陥の少ないものが良好)により評価した。具体的には、洗浄、乾燥後の絞りしごき缶について、鋼板部分に通電できるように缶口のフィルムに傷をつけ、上記と同じ電解液を入れた容器の中に缶の底を下にして入れ、缶の外面だけが電解液に接するようにした。その後、以下の基準に従って缶体と電解液との間に6Vの電圧を印加したときに測定される電流値に基づいて、以下の基準に従って外面被覆性を評価した。
△:1mA超
○:0.2mA超1mA以下
◎:0.05mA超0.2mA以下
◎◎:0.05mA以下
【0081】
(9)絞りしごき缶の内容物取り出し性
絞りしごき缶の内部に、ランチョンミート用の塩漬け肉(固形分中のたんぱく質含有率:60質量%)を充填し、缶に蓋を巻き締めた後、レトルト殺菌処理(130℃、90分間)を行った。その後、蓋を取り外し、缶を逆さまにして内容物を取り出したときに、缶内側に残存する内容物の程度を観察することにより、内容物の取り出し易さを以下の基準に従って評価した。
【0082】
(評点について)
◎◎:缶を逆さまにしただけで(手で振ることなく)内容物が取り出せ、取り出し後の缶内面を肉眼で観察した際、付着物がほとんど確認できない状態になるもの。
◎:缶を逆さまにしただけでは缶内側にわずかに内容物が残存(付着した面積が全体の10%未満)するが、缶を上下に振動させる(手で缶を振るなどの動作をする)と、内容物が取り出せる。取り出し後の缶内面を肉眼で観察した際、付着物が殆ど確認できない状態であるもの。
【0083】
○:缶をさかさまにしただけでは缶内側に内容物が残存するが(付着した面積が全体の10%以上)、缶を上下に振動させる(手で缶を振るなどの動作をする)と、内容物が取り出せる。取り出し後の缶内面を肉眼で観察した際、付着物が殆ど確認できない状態であるもの。
【0084】
×:缶を上下に振動させる(手で缶を振るなどの動作をする)だけでは、内容物が取り出し難い。上下に振動させるスピードを極端に増すか、もしくはスプーンなどの器具を用いて内容物を強制的に取り出した後、缶内面を肉眼で観察した際、付着物が明らかに確認できる状態になるもの。
【0085】
〔評価〕
以上の評価結果を表2に示す。表2に示すように、比較例では、絞りしごき缶の各性能のうちの少なくとも一つが×(不可)評価であった。これに対して、発明例では、各性能のいずれもが◎◎、◎または○または△(使用可)評価以上であった。このことから、本発明の缶用樹脂被覆金属板によれば、絞りしごき加工により成形されたDI缶において、種々の内容物に対して、優れた取り出し性を確保することができることが確認された。また、容器用素材に要求される各種特性を安定的に満足することができる缶用の樹脂被覆金属板が製造できることが確認された。
【0086】
【表2】