(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】有機高分子結晶製造装置
(51)【国際特許分類】
C30B 29/58 20060101AFI20221018BHJP
C07K 1/14 20060101ALI20221018BHJP
C08L 89/00 20060101ALI20221018BHJP
【FI】
C30B29/58
C07K1/14
C08L89/00
(21)【出願番号】P 2021080061
(22)【出願日】2021-05-10
【審査請求日】2022-02-07
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(73)【特許権者】
【識別番号】390003609
【氏名又は名称】株式会社クニムネ
(74)【代理人】
【識別番号】100085316
【氏名又は名称】福島 三雄
(74)【代理人】
【識別番号】100171572
【氏名又は名称】塩田 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100213425
【氏名又は名称】福島 正憲
(74)【代理人】
【識別番号】100221707
【氏名又は名称】宮崎 洋介
(74)【代理人】
【識別番号】100221718
【氏名又は名称】藤原 誠悟
(72)【発明者】
【氏名】杉山 成
(72)【発明者】
【氏名】国宗 範彰
(72)【発明者】
【氏名】成瀬 太智
【審査官】篠原 法子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/131847(WO,A1)
【文献】SUGIYAMA S., et al,Japanese Journal of Applied Physics,Growth of protein crystals in high-strength hydrogels with the dialysis membrane,2020年12月18日,Vol. 60
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
C07K 1/00-19/00
C08K89/00
G01N 1/00- 1/44
B01D 9/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上端が試料供給口として開口されてなると共に、下端が物質を選択的に透過させるための透過口としてそれぞれ開口されてなる筒状体の容体と、
前記透過口を被覆し、多数の微細孔を有する透過膜と、を備え、
前記容体の内壁面が、上下方向中央部分において前記容体の内部空間を縮径させるように張出部を形成してなる
ことを特徴とする有機高分子結晶製造装置。
【請求項2】
前記張出部が、前記容体の内壁面の全周にわたって形成されてなることを特徴とする請求項1に記載の有機高分子結晶製造装置。
【請求項3】
前記張出部の下面が、前記容体の内壁面に対して垂直面となることを特徴とする請求項1または2に記載の有機高分子結晶製造装置。
【請求項4】
前記張出部の上面が、前記容体の内壁面に対して下方に傾斜してなることを特徴とする請求項1~3のいずれか1つに記載の有機高分子結晶製造装置。
【請求項5】
前記容体の内部空間における前記張出部の上面と下面との境界から下部分にゲル体が収容されてなることを特徴とする請求項1~4のいずれか1つに記載の有機高分子結晶製造装置。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載の容体の内部空間における前記張出部の上面と下面との境界から下部分にゲル体を収容し、
前記ゲル体上に積層するように有機高分子を溶解した有機高分子溶液を添加し、
前記ゲル体及び有機高分子溶液と共に前記容体に遠心力を付加することにより前記ゲル体中に前記有機高分子溶液を拡散させ、
前記ゲル体中において前記有機高分子の結晶を析出させる
ことを特徴とする有機高分子結晶の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の有機高分子結晶の製造方法により得られた
、ゲル体中に包含されてなると共に分子量60kDa以上の有機高分子を含む有機高分子結晶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質一般、特に分子量10kDaから1000kDaに至るまでのタンパク質を含む有機高分子の結晶を作製するのに好適な有機高分子結晶製造装置、当該装置を用いた有機高分子結晶の製造方法、および当該方法で製造された結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品の研究開発現場では、新規リード化合物を迅速に見つける手段として、SBDD(構造に基づいたドラッグデザイン)とFBDD(小さな化合物構造に基づいたドラッグデザイン)といった化合物の構造に基づいた手段が広く利用されている。従って、医薬品開発において各種化合物の構造解析は重要であり、また、X線回折等による構造解析に資するタンパク質を始めとした有機高分子の結晶(以下、有機高分子結晶という。)の作製も、医薬品開発に重要である。そこで、X線回折等による構造解析が可能な結晶を作製できる、タンパク質一般に汎用化された結晶作製技術が望まれていた。
【0003】
従来、有機高分子結晶を製造するためには、特許文献2の
図11に示すように、互いに隔壁104を隔てて離隔された貯留室102、103を備え、蓋体108で封止された有機高分子結晶生成容器101中に、有機高分子溶液105と結晶化誘発液106とを互いに離隔して貯留し、有機高分子溶液105中の溶媒が空間107を介して結晶化誘発液106に蒸気拡散することにより、有機高分子溶液105中において有機高分子結晶を生成(結晶化)させる装置が用いられていた。
【0004】
しかし、このような従来装置では、有機高分子結晶、特にタンパク質、核酸、ペプチド等の生体由来の結晶は物理的衝撃に対して脆く、生じた有機高分子結晶を運搬する際や、有機高分子溶液から有機高分子結晶を取り出す際に、結晶が損傷する恐れがあった。
【0005】
そこで、特許文献2に示すように、有機高分子をゲル中で結晶化させることを特徴とする有機高分子結晶の製造方法が開発された。特許文献2の結晶製造方法は、
図8(a)に示した容体511中に収容したゲル体G1上に有機高分子溶液P1を注ぎ入れ、当該容体に対して遠心操作を行うことで、有機高分子溶液P1をゲル体中に拡散させ、次いで結晶化誘発液Rを透過膜514から浸透させ、有機高分子をゲル中で結晶化させるものである。ここで、特許文献2の方法に使用する結晶製造装置の容体511中で、有機高分子溶液P1の下端面とゲル体G1の上端面とは同一であった。また、容体511の内面は上端から下端にわたって滑らかに傾斜して形成されており、容体511中におけるゲル体G1の側面と溶液Pの側面とは、前記境界面を介して滑らかに連続する面を形成していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-307335
【文献】WO2009/091053
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、本発明者らは、リゾチーム(分子量:14kDa)のように比較的分子量が小さな有機高分子では、特許文献2の装置で、ゲルに包接された結晶を得ることが可能であったが、分子量60kDa以上の大きなタンパク質などの有機高分子では、ゲル外で結晶が析出し、ゲルに包接された有機高分子の結晶が得られないという課題があることを見出した。
【0008】
すなわち、牛血清アルブミン(分子量66.4kDa)が溶解された有機高分子溶液を用いて、特許文献2の結晶化装置の容体と同様の容体でゲル中での結晶化を試みたところ、牛血清アルブミンが上手くゲル体中に拡散せず、
図8(b)に示したように、牛血清アルブミンの結晶がゲル体と容体の内壁面との間で析出し、ゲルにより包接された結晶を得ることができないことが分かった。上述したとおり、有機高分子結晶は物理的衝撃に対して脆いため、結晶がゲル体に包接されていないと、運搬の際などに結晶が損傷する恐れがある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、上記課題を解決する手段として、上端が試料供給口として開口されてなると共に、下端が物質を選択的に透過させるための透過口としてそれぞれ開口されてなる筒状体の容体と、前記透過口を被覆し、多数の微細孔を有する透過膜と、を備え、前記容体の内壁面が、上下方向中央部分において前記容体の内部空間を縮径させるように張出部を形成してなることを特徴とする、本発明の有機高分子結晶製造装置を開発した。
【0010】
前記内部空間には、前記内壁面における前記張出部の上面と下面との境界から下部分にゲル体を収容し、前記境界から上部分に有機高分子溶液を収容することができる。張出部が形成されてなることによって、遠心操作の際に、容体の内壁とゲル体との間に有機高分子溶液が進入することを防止することができる。
なお、前記張出部は内壁面の全周にわたって形成されてなることが好ましい。全周にわたって張出部が形成されていれば、容体の内壁とゲル体との間に有機高分子溶液が進入することを全周にわたって防止することができ、有機高分子溶液を効果的にゲル体内へ拡散させることができるためである。
【0011】
また、前記張出部の下面は、前記容体の内壁面に対して垂直面となるように形成されてなることが好ましい。張出部の下面が容体の内壁面に対して垂直面であると、容体の下端に対して垂直方向に遠心力が作用する遠心操作を行う際に、張出部の下面が遠心力の作用方向に対して垂直となるため、有機高分子溶液が張出部の下面とゲル体との間に進入することを、より効果的に防止することができるためである。
【0012】
さらに、前記張出部の上面は、前記容体の内壁面に対して下方に傾斜して形成されてなることが好ましい。この傾斜があると、遠心操作によって有機高分子溶液を張出部が内部空間を縮径して形成する容体上半部と容体下半部との境界を構成する連通孔に集約し易くなり、有機高分子溶液が張出部より容体下半部の容体内壁とゲル体との界面間隙への侵入を防止して、なおかつ有機高分子溶液のゲル体中への拡散を促進することができるためである。
【0013】
前記有機高分子結晶製造装置は、有底の容器であって、前記容体の下部を嵌め込むことができる結晶化誘発液貯留具を備えることが好ましい。
結晶化誘発液は、ゲル体中に浸透したとき、ゲル体中に拡散した有機高分子溶液に作用して有機高分子の結晶化を促すものである。当該結晶化誘発液が貯留された結晶化誘発液貯留具に、容体を嵌め込むことで、透過口を被覆する透過膜を結晶化誘発液に浸漬することができる。
【0014】
有機高分子は、本明細書において、生体由来であっても生体由来でなくてもよいが、好ましくは生体由来の有機高分子であり、例えばタンパク質、核酸、ペプチドであり、さらに好ましくはタンパク質である。
【0015】
有機高分子溶液は、本明細書において、前記有機高分子の溶液である。有機高分子溶液の溶媒は、有機高分子が溶解可能な溶媒であり、好ましくは水または緩衝液である。有機高分子が難水溶性であるとき、有機高分子溶液の溶媒は、水と混和可能な有機溶媒を含んでもよい。水と混和可能な有機溶媒は、例えばDMSO、または、t-ブタノールなどのアルコール類である。
有機高分子溶液は、さらに、pH緩衝剤、張力調整剤、糖類などを含んでいてもよい。
有機高分子溶液の濃度は、例えば1mg/ml~100mg/mlであり、好ましくは5mg/ml~70mg/mlであり、さらに好ましくは10mg/ml~50mg/mlである。
本発明の有機高分子結晶製造装置に使用する有機高分子溶液の量は、例えば0.5~20μlであり、好ましくは0.5~10μlであり、さらに好ましくは1~5μlである。
【0016】
結晶化誘発液貯留具は、その貯留空間に、結晶化誘発液を貯留するものである。
結晶化誘発液貯留具は、樹脂製のプラスチック容器であることが好ましい。結晶化誘発液貯留具を形成する樹脂は、熱可塑性樹脂であり、好ましくはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレンまたはポリカーボネート(PC)であり、特に好ましくはPETである。PETは、射出成形に適している点、および、透明性に優れるため結晶化誘発液貯留具に貯留された結晶化誘発液の量を容易に視認することができる点で好ましい。
結晶化誘発液貯留具は、好ましくは射出成形法により成形される。
【0017】
結晶化誘発液は、結晶化誘発剤を溶媒に溶解させた溶液である。
結晶化誘発剤は、結晶化したい有機高分子の種類に応じて選択され、1種類のみであっても複数種類の混合物であってもよい。結晶化誘発剤は、例えば、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、酢酸ナトリウム、酢酸カルシウム、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、酒石酸カリウムナトリウム、クエン酸ナトリウム、PEG(ポリエチレングリコール)(例えばPEG1000、PEG4000)、塩化マグネシウム、カコジル酸ナトリウム、グリシン塩酸塩、HEPES(2-〔4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル〕エタンスルホン酸)、HEPES-NaOH、MES-NaOH(MES:2-モルホリノエタンスルホン酸)、MPD(2-メチル-2,4-ペンタンジオール)、Tris-HCl(塩酸トリスヒドロキシメチルアミノメタン)、トリエチレングリコール、および、1,6-ヘキサンジオール、ならびにこれらの2種以上の混合物から選択される。
【0018】
結晶化誘発液に使用される溶媒は、例えば、水、エタノール、メタノール、アセトニトリル、アセトン、アニソール、イソプロパノール、酢酸エチル、酢酸ブチル、クロロホルム、シクロヘキサン、ジエチルアミン、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、トルエン、ブタノール、ブチルメチルエーテル、ヘキサン、ベンゼンおよびメチルエチルケトン、ならびにこれらの2種以上の混合物から選択される。結晶化誘発液に使用される溶媒は、好ましくは水である。
また、結晶化誘発液は、さらに、pH調整剤等を含んでいてもよい。
【0019】
結晶化誘発液における結晶化誘発剤の濃度は、結晶化したい有機高分子、有機高分子の溶媒、結晶化誘発剤を2種以上使用する場合はその組み合わせに依存して変動する。
結晶化誘発液中に、例えば塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、グリシン塩酸塩、MES-NaOHなどの無機塩または有機塩が存在するとき、これらの結晶化誘発液中の濃度は、それぞれ、例えば0.01M~10.0Mであり、好ましくは0.03M~5.0Mであり、より好ましくは0.05~3.0Mである。
結晶化誘発液中に、例えばPEG1000またはPEG4000が存在するとき、これらの結晶化誘発液中の濃度は、それぞれ、例えば10~70%であり、好ましくは15~60%であり、より好ましくは20~50%である。
結晶化誘発液中に、例えばトリエチレングリコールが存在するとき、その結晶化誘発液中の濃度は、例えば1~10%であり、好ましくは1~5%である。
結晶化誘発液中に、例えば1,6-ヘキサンジオールが存在するとき、その結晶化誘発液中の濃度は、例えば10~300mMであり、好ましくは100~200mMである。
【0020】
容体は、樹脂で形成され、好ましくは透明な樹脂で形成される。
容体を形成する樹脂は、熱可塑性樹脂であり、好ましくはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン、またはポリカーボネート(PC)であり、特に好ましくはPETである。PETは射出成形に適している点、及び、透明性に優れるため容体内で生成された有機高分子結晶を上方から顕微鏡で観察して結晶の品質等を確認することが容易である点で好ましい。
容体の形状は、円筒形であっても角筒形であってもよく、好ましくは円筒形である。
容体は、好ましくは射出成形法により成形される。
【0021】
容体には、試料供給口の外周縁からは水平方向に延出して形成される平板部が形成されていることが好ましい。さらに、平板部は、前記試料供給口の外周縁の全周に形成されていることが好ましい。平板部が前記試料供給口の外周縁の全周に形成されていると、結晶化誘発液貯留具に容体を安定に懸吊することができるからである。また、平板部が外周縁の一部に形成されている場合は、平板部が容体の高さ方向の軸を対称中心に一対以上形成されることが好ましい。軸対称に形成されていると、結晶化誘発液貯留具に容体を安定に懸吊することができるからである。
【0022】
容体の上端の試料供給口は、容体にゲル体および有機高分子溶液を入れた後、蓋体で密閉される。蓋体は、有機高分子結晶を生成させる間にゲル体に含まれる水分が蒸散してしまうことを防止するために、水蒸気を通しにくい物質で形成されていることが好ましい。従って、蓋体は、例えばガラス製の薄板または樹脂薄膜で形成される。
蓋体には、試料供給口を密閉できるよう、試料供給口と接触する面に接着剤を塗布してもよい。蓋体に使用する接着剤は、着脱可能な程度の弱い接着力を有するものが好ましい。
【0023】
容体の下端に形成される透過口は、容体を貫通して形成されてなり、透過口を被覆して透過膜が貼着されてなる。透過口に透過膜を貼り付ける手法は、超音波溶着が好ましい。超音波溶着によれば、例えば1.0~4.0mmの小さな開口幅を有する透過口にも強固に透過膜を貼付けることができる。超音波溶着は、例えば縦振動超音波溶着またはねじり振動超音波溶着である。縦振動超音波溶着とは、透過口の周縁部の外面に対して垂直方向に加圧振動する溶着方法である。ねじり振動超音波溶着とは、透過膜を透過口の周縁部に加圧密着させながら、透過口の周方向に往復振動するねじり超音波を伝導しながら溶着する溶着方法である。好ましくは、超音波溶着はねじり振動超音波溶着である。ねじり振動超音波溶着を用いれば、1.0~3.0mmの開口幅を有する透過口にも透過膜をより強固に貼付けることができる。透過口に透過膜を強固に貼付けることができれば、有機高分子溶液をゲル体中に拡散させるために遠心操作を行った場合にも、透過膜が剥がれにくいという利点がある。
【0024】
超音波溶着を行う場合には、透過膜が貼付けられる透過口の周縁部の外面に、予め透過口の周縁に沿って微小な突起部が離隔して複数個形成されていることが好ましい。該微小な突起部が形成された透過口の周縁部の外面に透過膜を加圧密着させて超音波溶着を行えば、透過膜の密着性を向上させることができる。特に微小な突起部の形成は、縦振動あるいはねじり振動音波溶着による透過膜の密着性を十分得るのに有効である。
【0025】
透過膜は、樹脂で形成されていることが好ましい。透過膜を形成する樹脂は、例えば熱可塑性樹脂であり、好ましくはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレンまたはポリカーボネート(PC)である。
【0026】
透過膜を構成する樹脂と、容体を構成する樹脂は、同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。透過膜を構成する樹脂と容体を構成する樹脂とが同一であれば、異なる場合と比べて、透過膜を透過口に強固に貼付けることが容易である。透過膜が透過口に強固に張り付けられていれば、遠心操作などを行っても透過膜が剥がれにくいという利点がある。従って、例えば容体がPETで構成されている場合には、透過膜もPETで構成されていることが好ましい。
【0027】
透過膜に形成される微細孔の平均直径は、例えば0.1~0.8μmであり、好ましくは0.3~0.8μmである。また、微細孔の存在密度は103~107cm-2であり、好ましくは1×105~5×105cm-2である。透過膜の微細孔の平均直径が0.3~0.8μmであり、かつ存在密度が103~107cm-2の範囲であるとき、ゲル体中に浸透する結晶化誘発液の浸透速度が、良質な結晶を得るために好適な速度、すなわち有機高分子が結晶化する速度よりも結晶化誘発液の浸透速度が遅い速度となるため、好ましい。
【0028】
試料供給口からゲル体の上に有機高分子溶液を入れ、容体の下端を遠心方向とした遠心操作を行った際には、前記透過口及び透過口を被覆した透過膜を通して、ゲル体中に最初から含まれていた含有水分の一部が排出され、その排出された含有水分に置き換わるように、有機高分子溶液がゲル体中に効率的に拡散する。
【0029】
また、透過口が容体の下端に形成されてなることによって、生成した有機高分子結晶を、容体の下端に貼付けられた透過膜を剥がして透過口を通して取り出すこともできる。透過口が容体の下端にあれば、有機高分子結晶が下端付近で生成された場合に取り出し易いという利点がある。
透過口の形状は、円形であってもスリット状であってもよい。また、透過口は、一つであっても複数であってもよい。
【0030】
本発明の有機高分子結晶製造装置を使用すれば、少ない有機高分子溶液を用いて結晶の製造を行うことができる。内部空間の容量がより小さい容体を用いれば、有機高分子溶液の量もより少量で結晶製造ができる。
【0031】
なお、容体は、
図7に示すように、複数の容体が格子状に配置されて、平板部を介して全体として一体に成形されたプレートとして成形されていてもよい。容体を複数備えることによって、有機高分子結晶を量産できる。あるいは、容体を複数備えることによって、複数の種類の有機高分子結晶を同時に生成することができる。
容体が複数成形されているとき、結晶化誘発液貯留具も、それぞれ容体の位置に合わせて格子状に複数成形されてもよい。複数の結晶化誘発液貯留具が一体に成形されることにより、同じく複数の容体を備えた容体と組み合わせて有機高分子結晶を量産できる。あるいは、複数の種類の有機高分子結晶を同時に生成することができる。
さらに、複数の結晶化誘発液貯留具を一体に成形した場合、結晶化誘発液貯留具のそれぞれが、複数の容体のそれぞれに一対一で対応して組み合わせ可能に成形されることが好ましい。そのように成形されていると、結晶化誘発液貯留具のそれぞれに、異なる濃度・異なる種類の結晶化誘発液を使用して、有機高分子結晶の結晶化条件をスクリーニングすることも可能であるからである。
【0032】
本発明の有機高分子結晶製造装置に使用されるゲル体は、有機高分子結晶を生成させるために用いられ、容体の内部空間のうち、透過口から張出部の下面に接する位置まで収容される。
【0033】
本発明の有機高分子結晶製造装置に使用されるゲル体は、例えば多糖類、増粘多糖類、タンパク質から構成されるか、または、昇温時ゲル化型ゲル(例えば昇温時ゲル化型ポリアクリルアミドゲル)である。ゲル体は、好ましくはアガロース、寒天、カラギーナン、ゼラチン、コラーゲン、または、アクリルアミドから構成され、特に好ましくはアガロースから構成される。
【0034】
ゲル体中のゲルを構成する物質の濃度(ゲル濃度)は、例えば0.3%~10%である。有機高分子はまず、容体中においてゲル体状に有機高分子溶液が積層された状態で遠心操作がなされてゲル中に拡散させるが、有機高分子の分子量が大きくなるにつれ拡散速度は遅くなる。そのため、有機高分子の分子量が大きくなるほど、拡散にはより高い遠心力、より長い時間での遠心操作が必要となる。しかし、ゲル濃度が高いとゲルの粘度が上がるため有機高分子のゲル内での拡散速度が低下し、一方、ゲル濃度が低いと高い遠心力で長時間遠心操作を行った際にゲルが変形する。従ってゲル濃度は0.5%(w/v)~5%(w/v)が好ましい。
ゲル体がアガロースゲルである場合には、ゲル体中のアガロース濃度は、例えば0.5%(w/v)~5%(w/v)であり、好ましくは1.0%(w/v)~3%(w/v)であり、特に好ましくは1.5%(w/v)~2.0%(w/v)である。
【0035】
ゲル体の量は、例えば5μl~100μlである。有機高分子溶液の量に対してゲル体の量が多すぎると、ゲル体に拡散した有機高分子の濃度が下がるため、ゲル中に生じる結晶が小さく数が少なくなる。従って、有機高分子溶液の量が1μl~10μlであるとき、ゲル体の量は、好ましくは10μl~80μlであり、より好ましくは15μl~20μlであり、最も好ましくは17μlである。
【0036】
本発明はまた、本発明の有機高分子結晶製造装置を用いて、有機高分子結晶を製造する方法に関する。当該製造方法は、容体の試料供給口から張出部の上面と下面との境界から下部分にゲル体を収容し、次に、ゲル体上に積層するよう有機高分子溶液を添加し、容体に遠心操作を行う。当該遠心操作によって有機高分子をゲル体中に拡散させた後、容体を結晶化誘発液貯留具に懸吊して、透過膜を結晶化誘発液に浸漬する。結晶化誘発液は、透過膜を透過して、容体に収容されたゲル体中に徐々に浸透する。結晶化誘発液の浸透に伴って、ゲル体中に拡散している有機高分子の過飽和度は少しずつ低下する。その結果、ゲル体中に拡散していた有機高分子はゆっくりと結晶化し、有機高分子結晶となる。
本発明はさらに、本発明の有機高分子結晶を製造する方法により得られた有機高分子結晶に関する。本発明の製造方法で得られた有機高分子結晶の大きさは、例えば0.1mm~1.0mmである。
【0037】
本発明の有機高分子結晶製造装置を用いた結晶製造方法において、遠心操作で使用する遠心力は、例えば70G~4000Gであり、好ましくは80G~3000Gであり、さらに好ましくは100G~2000Gである。また、遠心時間は、例えば2分~150分であり、好ましくは5分~120分である。なお、有機高分子の分子量が大きい程ゲル体への拡散速度は遅くなるため、有機高分子量の分子量が大きい程、拡散のために高い遠心力と長い遠心時間が必要となる。
【発明の効果】
【0038】
本発明の有機高分子結晶製造装置では、遠心操作によって有機高分子溶液がゲル体と容体内壁との間に進入してゲル外で有機高分子の結晶が生じることを防止することができる。これにより、効率的にゲル体中に包含された状態の有機高分子結晶を製造することができる。
【0039】
また、本発明の有機高分子結晶製造装置を使用すれば、分子量10kDaの低分子量のタンパク質から、従来は困難な分子量60kDa以上のタンパク質、例えば分子量1000kDaであるバクテリオロドプリン-バイセル複合体などの結晶化が難しい膜タンパク質に至るまで、タンパク質一般を対象としてゲル体に包含された状態の結晶を製造することができる。
【0040】
ゲル体中に包接された有機高分子結晶は、周囲のゲル体ごと運搬することができるため、一般的に壊れやすいとされる生体由来の結晶であっても、損傷させずに運搬することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図2】容体21を結晶化誘発液貯留具3に懸吊した状態を、容体21の中央で切断した縦断面図である。
【
図3】容体21の容体下半部23にゲル体G1が収容され、ゲル体G1上に有機高分子溶液P1が収容された容体の様子を示す、容体21の中央で切断した縦断面図である。
【
図4】遠心操作によりゲル体G1中に有機高分子溶液P1が拡散された後の容体21の様子を示す、容体21の中央で切断した縦断面図である。
【
図5】結晶化誘発液Rが貯留された結晶化誘発液貯留具3に懸吊した容体21の様子を示す、容体21の中央で切断した縦断面図である。
【
図6】ゲル体G1中に有機高分子結晶Cが生成した容体21の様子を示す、容体21の中央で切断した縦断面図である。
【
図7】複数の容体21と、複数の結晶化誘発液貯留具3とを組み合わせた場合の有機高分子結晶製造装置1の構成の概略を示す図である。
【
図8】(a)ゲルGと有機高分子溶液P1を入れた状態の先行技術の有機高分子結晶製造装置と、(b)遠心操作および結晶化誘発液を浸透させた後に有機高分子結晶がゲル外に析出する様子を示した概略図である。
【
図9】有機高分子結晶製造装置1の全体構造を示す写真である。有機高分子結晶製造装置1を上斜め方向からみた全体写真(a)、有機高分子結晶製造装置1を側面から見た全体写真(b)、1つの容体21を拡大して側面から見た写真(c)である。
【
図10】比較例の装置を用いた(a)チトクロムcおよび(b)ヘモグロビンの予備実験1の結果を示す写真である。
【
図11】本発明の装置を用いた(a)チトクロムcおよび(b)ヘモグロビンの予備実験1の結果を示す写真である。
【
図12】(a)チトクロムc、(b)ヘモグロビン、(c)フェリチン、および、(d)バクテリオロドプシン-バイセル複合体がゲル体中に拡散する過程を観察した様子を示す写真である。
【
図13】(a)チトクロムc、(b)リゾチーム、(c)ストレプトアビジン、および、(d)ヘモグロビンがゲル体中に拡散する速度を示すグラフである。
【
図14】(e)ウシ血清アルブミン、(f)グルコースイソメラーゼ、および、(g)バクテリオロドプシン-バイセル複合体がゲル体中に拡散する速度を示すグラフである。
【
図15】ゲル体中に析出したタンパク質結晶(a)チトクロムc、(b)リゾチーム、(c)ストレプトアビジン、(d)ヘモグロビン、e)ウシ血清アルブミン、(f)グルコースイソメラーゼ、および、(g)バクテリオロドプシン-バイセル複合体を容体21の上面から観察した写真である。
【
図16】本発明の有機高分子結晶製造装置のゲル体G2内に生成したバクテリオロドプシン-バイセル複合体の板状結晶を示す写真である。
【
図17】構造解析により解析した、(a)リゾチーム、(b)ストレプトアビジン、(c)グルコースイソメラーゼ、(d)バクテリオロドプシン-バイセル複合体の電気密度図である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下、本発明に係る実施の形態を、図を参照しながら詳しく説明する。
【0043】
図1は、本発明の有機高分子結晶製造装置1の容体21の断面図である。
容体21は円筒形の筒状体に形成されてなり、その上端に、円形の試料供給口201を有し、その下端に、円形の透過口203を有する。透過口203は、多数の微細孔を有する透過膜204で被覆されており、物質を選択的に透過させ得る。
また、容体21は、試料供給口201の外周縁から周方向外方に水平に延出して形成された平板部24を有する。
【0044】
容体21の内壁面25の上下方向中央部分において、容体内部の内部空間を縮径させるように張出部202が成形されてなる。なお、張出部202より下側の内壁面25は、下端面に対して垂直に形成されてなる。
張出部202は内壁面25の全周にわたって形成される。張出部202の上面202aは、容体21の軸中心に向かって傾斜した面に形成されている。一方、張出部202の下面202bは、容体21の内壁面25に対して垂直となるように形成される。
【0045】
ここで、容体21の内部空間について、張出部202の上面202aと下面202bとの境界に形成されてなる連通孔202cから上を容体上半部22、境界から下を容体下半部23とする。容体下半部23には、ゲル体G1が収容される。容体上半部22には、有機高分子溶液P1がゲル体G1上に積層して収容される。
また、
図3に示したように、容体21の試料供給口201は、容体下半部23に充填してゲル体G1、及び容体上半部22においてゲル体G1上に積層するように添加した有機高分子溶液P1を入れた後、蓋体4で密閉してもよい。なお、ゲル体G1は連通孔202cに合わせて充填されることが好ましいが、わずかに容体上半部22側にゲル体G1の上面があることは発明の実施において許容される。なお、下面202bは、容体の内壁面25に対して傾斜していてもよい。
【0046】
容体21は、
図2に示したように、その下部を、結晶化誘発液貯留具3に嵌め込むことができる。容体21を結晶化誘発液貯留具3に嵌め込んでいるとき、平板部24は結晶化誘発液貯留具3の開口端31に係止され、容体21を懸吊する。
結晶化誘発液貯留具3は、有底の円筒形に成形され、円筒の内部に、貯留空間32を有している。貯留空間32には、
図5に示したように、結晶化誘発液Rが貯留される。なお、貯留空間32の上端に形成された開口端31の内径は、容体21の外径よりもわずかに大きい。
【0047】
容体21、透過膜204及び結晶化誘発液貯留具3は、透明なPET樹脂から、射出成形法により成形される。透過口203には、透過膜204をねじり振動超音波溶着によって貼り付けられている。本発明に係る有機高分子結晶製造装置1の全体構造を
図9の写真に示す。有機高分子結晶製造装置1を上斜め方向からみた全体写真が
図9(a)であり、有機高分子結晶製造装置1を側面から見た全体写真が
図9(b)であり、1つの容体21を拡大して側面から見た写真が
図9(c)である。
【0048】
本発明の結晶化製造装置を使用して有機高分子結晶Cを製造する方法を以下に説明する。
【0049】
始めに、容体21の容体下半部23に、張出部202の連通孔202cまでゲル体G1を収容する。次に、試料供給口201から、ゲル体G1の上に積層するように、有機高分子溶液P1を添加する。
図3に示したように試料供給口201を蓋体4で密閉した後、容体21を遠心分離機(トミー精工製 CAX-371)に設置し、容体21の下端を遠心方向として遠心操作を行う。この操作により、有機高分子溶液P1は、張出部202の間を通過して、ゲル体G1中に拡散する(
図4参照)。以下、有機高分子溶液P1が拡散したゲル体をゲル体G2という。なお、有機高分子溶液P1のうち、遠心操作後もゲル体G2上に残存したものを有機高分子溶液P2とする。
【0050】
次に、
図5に示したように、容体21を結晶化誘発液Rが貯留された結晶誘発液貯留部3に懸吊する。このとき、容体21の下部は、結晶誘発液Rに浸漬しており、透過膜204を通して、結晶誘発液Rがゲル体G2中に徐々に浸透する。ゲル体G2中に浸透した結晶誘発液Rは、ゲル体G2中に拡散している有機高分子をゆっくりと結晶化させる(
図6参照)。
【0051】
なお、結晶化誘発液Rは、ゲル体G2中に浸透しながら徐々に有機高分子溶液に接するため、有機高分子溶液から一気に有機高分子が析出することなく、ゆっくりと結晶化するため、良好な有機高分子結晶Cを生成することができる。
【0052】
〔予備実験1〕
色素タンパク質のゲルへの拡散実験1
本発明の有機高分子結晶製造装置を用いて、色素タンパク質であるチトクロムc(分子量12.4kDa)およびヘモグロビン(分子量64.5kDa)のいずれかが溶解されてなるタンパク質水溶液(タンパク質濃度は表2を参照)を用いた。それぞれ別個に容体21中へのアガロースゲル上に積層させた状態で収容した。その後、それぞれの有機高分子溶液を収容した容体に対して遠心操作(遠心力80G、遠心時間15分、120分)を行い、チトクロムcおよびヘモグロビンのそれぞれにおけるゲル(アガロース1.5%(w/v)中の拡散状態を、色素タンパク質による発色の拡散状況を視認することにより確認した。本発明の有機高分子結晶製造装置に対する色素タンパク質の拡散の様子を
図11に示す。また、比較例として、特許文献2(WO2009/091053)の装置を用いて、
図11と同じ色素タンパク質を用いて同様の実験を行った。比較例における色素タンパク質の拡散の様子を
図10に示す。
【0053】
比較例の有機高分子結晶製造装置においては、
図10の写真から分かる通り、遠心力80G、遠心時間120分の遠心操作で、チトクロムcはゲル体G1全体に拡散したが、ヘモグロビンは十分に拡散せず、容体511の内壁とゲル体G1との間隙にヘモグロビン溶液が偏在している様子が確認された(ヘモグロビン60分遠心後写真の丸印)。このようなヘモグロビン溶液の容体内壁付近への偏在は、容体内壁とゲルの間隙に有機高分子溶液が入り込んでいる可能性を示唆しており、ゲル体G1の外側で有機高分子溶液が結晶化誘発剤と接触し、その結果、
図8(b)に示すように、ゲルに包接されていない有機高分子結晶が生じることとなる。
【0054】
それに対して、本発明の有機高分子結晶製造装置においては、
図11の写真から分かる通り、チトクロムcは比較例と同様にゲル全体に拡散した。さらにヘモグロビンについても、ヘモグロビン溶液は連通孔202cを通じてゲルG1の中央から容体21の内壁面25に偏在することなく拡散しており、容体21の内壁面25とゲル体G1との間隙にヘモグロビン溶液が入り込むのを防止できることが確認された。
また、この予備実験1の結果から、分子量が大きなタンパク質、例えば分子量が60kDa以上のタンパク質をゲルに十分に拡散させるには、80Gよりも高い遠心力が望ましいことが分かった。
【0055】
〔予備実験2〕
アガロースゲルの遠心操作に対する耐久性実験
本発明の有機高分子結晶製造装置に、アガロース濃度1.0%(w/v)、1.5%(w/v)または2.0%(w/v)のゲルを入れ、容体にタンパク質溶液の代わりに純水を10μlを入れて、遠心力 1000G、2000Gまたは3000G、遠心時間 60分または120分の遠心操作を行った後の、ゲルの状態を視認した。
【0056】
【0057】
上記の表の結果から、アガロースゲルは、ゲル濃度2.0%であれば、遠心力3000G、遠心時間120分の遠心操作にも耐えられることが分かった。さらに、ゲル濃度1.5%であれば遠心力2000Gを超えない範囲、ゲル濃度1.0%であれば遠心力1000Gを超えない範囲で使用することが望ましいことが分かった。
【0058】
〔予備実験3〕
色素タンパク質のゲルへの拡散実験2
予備実験2の結果をふまえて遠心操作における遠心力1000G、アガロース濃度1.5%(w/v)および2.0%(w/v)の条件下で、タンパク質溶液がゲル体中にどのように拡散していくかを検証するため、分子量の異なる4種類の色素タンパク質を用いてゲル中拡散過程を観察した。ここで、4種の色素タンパク質は、(a)チトクロムc(12.4kDa)、(b)ヘモグロビン(64.5kDa)、(c)フェリチン(440kDa)、(d)バクテリオロドプシン-バイセル複合体(1000kDa)である(これらのタンパク質溶液の濃度は表2を参照)。その結果、4種全ての色素タンパク質において、容体の内壁とゲル体との隙間にタンパク質溶液が入り込む様子は観察されなかった(
図12)。
【0059】
また、
図12の結果から、本発明に係る有機高分子結晶製造装置を用いたチトクロムc(12.4kDa)周辺の分子量を持つタンパク質の場合、遠心力1000Gでの遠心時間は10~20分間が好ましいと考えられる。ヘモグロビン(64.5kDa)周辺の分子量を持つタンパク質の場合には,遠心力1000Gでの遠心時間は30~45分間が好ましいと考えられる。フェリチン(440kDa)周辺の分子量を持つタンパク質の場合には、遠心力1000Gでの遠心時間は60~120分間、バクテリオロドプシン-バイセル複合体(平均分子量1000kDa)周辺の分子量を持つタンパク質の場合には、遠心力1000Gでの遠心時間は120~180分間が好ましいと考えられる。
【0060】
〔予備試験4〕
色素タンパク質のゲル体への拡散実験3
さらに、(a)チトクロムc(12.4kDa)、(b)リゾチーム(14kDa)、(c)ストレプトアビジン(53kDa)、(d)ヘモグロビン(64.5kDa)、(e)ウシ血清アルブミン(66.4kDa)、(f)グルコースイソメラーゼ(144kDa)、(g)バクテリオロドプシン-バイセル複合体(1000kDa)のいずれかが溶解されてなるタンパク質溶液(タンパク質濃度は表2を参照)を、ゲル体として1.5%(w/v)アガロースゲルまたは2%(w/v)アガロースゲルを収容した本発明の有機高分子結晶製造装置の容体に添加して、遠心力を1000G、遠心時間を15分~180分として遠心操作を行った。遠心操作後のゲル体の吸光度から、ゲル体中に拡散したタンパク質量の割合を見積り、拡散の程度を確認した結果が
図13および14のグラフである。
図13および14のグラフより、チトクロムcは、遠心5分後でタンパク質量の80%以上がゲル体中へ拡散していることが分かった。チトクロムcに分子量の近いリゾチームは、チトクロムcと同様の結果を示した。ヘモグロビンは、遠心20分後でタンパク質量の80%以上ゲル中へ拡散していることが分かった。ヘモグロビンに分子量の近いストレプトアビジンやウシ血清アルブミンもまた、ヘモグロビンと同様の結果を示した。グルコースイソメラーゼは遠心60分後でタンパク質量の約70%がゲル中へ拡散していることが分かった。高分子量タンパク質であるバクテリオロドプシン-バイセル複合体においても、遠心30分後でタンパク質量の約50%がゲル中へ拡散していることが分かった。
また、1.5%(w/v)アガロースゲルを使用した場合と、2%(w/v)アガロースゲルを使用した場合で、各タンパク質の拡散速度にほとんど差は見られなかった。
【実施例】
【0061】
実施例1-1:タンパク質の結晶化
表2に示す試料1~7のタンパク質について、表2に記載したタンパク質濃度の有機高分子結晶溶液を作成し、2%(w/v) アガロースゲルをゲル体として使用した本発明の有機高分子結晶製造装置により、表2に記載した結晶化誘発剤を浸透させて、表2に記載した結晶化温度下で5日~2週間静置してタンパク質結晶の作製を試みた。遠心力は1000G、遠心時間は試料1~6において30分間、試料7において120分間である。その結果、いずれのタンパク質でも
図15(a)~(g)に示すようにゲル体中に包接された状態で、良好な結晶が得られることがわかった。特に、試料7の膜タンパク質であるバクテリオロドプシン-バイセル複合体の結晶がゲル体中に析出した様子を本発明の有機高分子結晶製造装置の側面から観察した
図16によれば、
図16(c)に示すように、膜タンパク質の板状結晶を、連通孔202c直下においてゲル体中に包接して作製することができた。
【0062】
【0063】
実施例1-2:タンパク質結晶の結晶品質の確認
実施例1-1で得られた試料1~7のタンパク質結晶のうち、試料2(リゾチーム)、試料3(ストレプトアビジン)、試料6(グルコースイソメラーゼ)、及び試料7(バクテリオロドプシン-バイセル複合体)の結晶のX線回折強度データの統計値を、シンクロトロン放射光施設SPring-8(BL44XU BL41XU BL45XU 兵庫県佐用郡佐用町光都一丁目1番1号、播磨科学公園都市)におけるX線回折を用いて取得した。得られたデータを表2に示す。
【0064】
【0065】
表3に示したX線回折強度データの統計値から、試料2、3、6及び7の結晶が、解像度が高く、モザイク性が低く、X線構造解析に利用可能な良質な結晶であることが分かった。
【0066】
実施例1-3:電気密度図の作成
実施例1-2で取得した4種のタンパク質結晶の回折強度データを用いて作成した電子密度図(構造解析プログラムCCP4)を
図16(a)~(d)に示す。4種の結晶の回折強度データからは、
図17(a)~(d)に示した通り、はっきりとした電子密度図が作成されており、従って、4種のたんぱく質結晶は、十分にタンパク質構造解析可能な良質な結晶であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の有機高分子結晶製造装置は、低分子量から高分子量のタンパク質について、構造解析に利用可能な高品質のゲル体に包接されたタンパク質結晶を製造可能である。
さらに、本発明の有機高分子結晶製造装置は、従来は結晶化が困難であった膜タンパク質についてまで、構造解析に利用可能な高品質のゲル体に包接されたタンパク質結晶を製造可能である。
また、本発明の有機高分子結晶製造方法は、難水溶性であるバクテリオロドプシン-バイセル複合体についても良質な結晶を製造可能であったことから、難水溶性化合物-タンパク質の複合体構造解析や、将来的には難水溶性化合物を含む新しい創薬スクリーニング法の開発への利用が期待される。
【符号の説明】
【0068】
1 有機高分子結晶製造装置
3 結晶化誘発液貯留具
21 容体
22 容体上半部
23 容体下半部
24 平板部
201 試料供給口
202 張出部
203 透過口
204 透過膜
31 貯留具開口端
32 貯留空間
4 蓋体
P 有機高分子溶液
G ゲル体
R 結晶化誘発液
C 有機高分子結晶
511 特許文献2の装置の容体
512 特許文献2の装置の底板
513 特許文献2の装置の透過膜貼付孔
514 特許文献2の装置の透過膜
【要約】
【課題】 従来の装置では、高分子量の有機高分子においては、ゲル外で結晶が析出し、ゲルに包接された有機高分子の結晶が得られないという課題があった。
【解決手段】 容体の内壁面が、上下方向中央部分において容体内部の内部空間を縮径させるように張出部を形成してなることを特徴とする、低分子量から高分子量の有機高分子にまで使用可能な有機高分子結晶製造装置を提供する。
【選択図】
図6