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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】細胞取得方法および細胞取得装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20221018BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20221018BHJP
   C12M 1/26 20060101ALI20221018BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221018BHJP
   G01N 1/30 20060101ALI20221018BHJP
   G01N 15/14 20060101ALI20221018BHJP
   C12M 1/33 20060101ALN20221018BHJP
   C12M 1/10 20060101ALN20221018BHJP
【FI】
G01N1/28 J
G01N33/48 M
C12M1/26
C12Q1/02
G01N1/30
G01N15/14 C
C12M1/33
C12M1/10
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2018103847
(22)【出願日】2018-05-30
(65)【公開番号】P2019207201
(43)【公開日】2019-12-05
【審査請求日】2021-04-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医工連携事業化推進事業「分子病理診断の標準化を解決するための癌核解析用医療機器及び前処理試薬の開発・海外展開」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100111383
【弁理士】
【氏名又は名称】芝野 正雅
(74)【代理人】
【識別番号】100170922
【弁理士】
【氏名又は名称】大橋 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100203862
【弁理士】
【氏名又は名称】西谷 香代子
(72)【発明者】
【氏名】河合 正昭
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】柳田 匡俊
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-190922(JP,A)
【文献】特開2010-204086(JP,A)
【文献】特開2014-041018(JP,A)
【文献】特開2015-096847(JP,A)
【文献】特開2013-017458(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0139704(US,A1)
【文献】特開平06-043078(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0104786(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00 - 1/44
G01N 33/48 -33/98
C12M 1/00 - 3/10
C12Q 1/00 - 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルマリン固定パラフィン包埋組織に対して脱パラフィン処理を行って得られた組織を、刃を備えた破砕部材を用いて力学的に破砕することにより、前記組織に含まれ細胞分散させる分散工程と、
前記分散工程によって分散された細胞核内の抗原を抗体染色する染色工程と、
を含む、細胞処理方法。
【請求項2】
前記分散工程において、前記破砕部材を回転させて前記組織を力学的に破砕する、請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項3】
前記組織が、容器に収容され、
前記分散工程における前記組織の力学的な破砕は、前記容器内で行われる、請求項2に記載の細胞処理方法。
【請求項4】
前記容器と前記破砕部材との間に間隙が設けられる、請求項3に記載の細胞処理方法。
【請求項5】
前記破砕部材および前記容器の内面の少なくともいずれか一方が、細胞の吸着を抑制する作用を有するタンパク質および界面活性剤の少なくともいずれか一方で予め処理されている、請求項3または4に記載の細胞処理方法。
【請求項6】
前記破砕部材の回転速度が、5000rpm以下である、請求項2ないし5の何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項7】
前記破砕部材が、回転中心から外側の第1破砕部材と、内側の第2破砕部材を含む、請求項2ないしの何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項8】
前記第1破砕部材と前記第2破砕部材との間に間隙が設けられる、請求項に記載の細胞処理方法。
【請求項9】
前記破砕部材が、ポリマー樹脂を素材として含む、請求項2ないしの何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項10】
前記破砕部材が、ディスポーザブル部品である、請求項2ないしの何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項11】
前記破砕部材に付着した細胞を、遠心により回収する回収工程をさらに含む、請求項2ないし1の何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項12】
前記ホルマリン固定パラフィン包埋組織が、薄切された切片である、請求項1ないし1の何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項13】
前記切片の厚みが、25μm以上100μm以下である、請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項14】
前記細胞核内の抗原は、Ki-S5またはMIB-1である、請求項1ないし13の何れか一項に記載の細胞処理方法。
【請求項15】
請求項1ないし14の何れか一項に記載の細胞処理方法における前記分散工程および前記染色工程と、
前記染色工程により染色された前記細胞の光学的情報をフローサイトメーターにより取得する測定工程と、を含む、細胞分析方法。
【請求項16】
前記測定工程で取得された前記細胞の前記光学的情報に基づいて、前記細胞を解析する解析工程をさらに含む、請求項15に記載の細胞分析方法。
【請求項17】
前記解析工程において、前記細胞の割合を所定の閾値と比較し、前記組織が陽性検体および陰性検体のいずれであるかを判定する、請求項16に記載の細胞分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞取得方法および細胞取得装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体から採取された病変組織などによれば、疾患の鑑別や病状の把握に有用な情報を得ることができる。一般に、生体から採取された組織は、そのままの状態で長く保存できないため、ホルマリンなどの固定剤により固定され、パラフィンなどの包埋剤で包埋される。これにより、採取後に時間が経過した場合でも、固定および包埋された組織から包埋剤を除去し、組織に含まれる細胞を分散することにより、細胞を取得できる。細胞の分散方法として、たとえば、特許文献1に記載の方法を用いることができる。この方法では、包埋剤を除去した病理組織を酵素処理することにより、個々の細胞が分散される。こうして得られた細胞を解析することにより、細胞の形態や細胞における分子マーカーの発現などの情報を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-190922号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
固定および包埋された組織に基づいて細胞を解析するためには、包埋剤を除去した組織から適正に細胞を分散して取得することが重要である。しかしながら、固定および包埋された組織から細胞を取得する方法はまだ少なく、さらなる方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の態様に係る細胞処理方法は、ホルマリン固定パラフィン包埋組織に対して脱パラフィン処理を行って得られた組織を、刃を備えた破砕部材を用いて力学的に破砕することにより、組織に含まれる細胞分散させる分散工程(S1、S14)と、分散工程によって分散された細胞核内の抗原を抗体染色する染色工程(S16)と、を含む。
【0006】
本態様に係る細胞処理方法によれば、組織に含まれる細胞力学的に破砕される。このように力学的な破砕が行われ細胞が分散されると組織に含まれる細胞を適正に取得できる。これにより、酵素処理により細胞が分散される場合に比べて、取得した細胞に基づいて精度よく細胞を解析できる。また、染色工程により、細胞核内の抗原に関して細胞を詳細に解析できる。
【0007】
本態様に係る細胞処理方法において、分散工程において、破砕部材(11)を回転させて組織を力学的に破砕する。こうすると、円滑に力学的な破砕を行うことができる。
【0008】
本態様に係る細胞処理方法において、組織が、容器(110)に収容され、分散工程(S1、S14)における組織の力学的な破砕は、容器(110)内で行われる。こうすると、効率よく力学的な破砕を行うことができる。
【0009】
本態様に係る細胞処理方法において、容器(110)と破砕部材(11)との間に間隙(110a、110b)が設けられる。こうすると、容器と破砕部材との間で細胞が破砕されてしまうことを抑制できる。
【0010】
本態様に係る細胞処理方法において、破砕部材(11)および容器(110)の内面の少なくともいずれか一方が、細胞の吸着を抑制する作用を有するタンパク質および界面活性剤の少なくともいずれか一方で予め処理される。脱パラフィン処理を経て得られた組織は、破砕部材および容器の内面に対する吸着性が高い。破砕部材および容器の内面が細胞の吸着を抑制する作用を有するタンパク質や界面活性剤により予め処理されると、破砕部材および容器の内面に組織が吸着することを抑制できるため、細胞の回収率を高めることができる。
【0011】
本態様に係る細胞処理方法において、破砕部材(11)の回転速度が、5000rpm以下とされる。破砕部材の回転速度を上げ過ぎると、いわゆるキャビテーションの発生により細胞自体が破砕され、細胞の核が破砕されてしまう。回転速度が上記のように規定されると、細胞が壊れない程度に組織が破砕されながら、細胞の不要な破砕を抑制できる。
【0013】
本態様に係る細胞処理方法において、破砕部材(11)が、回転中心から外側の第1破砕部材(11a)と、内側の第2破砕部材(11b)を含むよう構成され得る。こうすると、第1破砕部材と第2破砕部材とを回転軸まわりに相対的に回転させることで、効果的に組織を破砕できる。
【0014】
この場合に、第1破砕部材(11a)と第2破砕部材(11b)との間に間隙(11c)が設けられる。こうすると、第1破砕部材と第2破砕部材との間で細胞が破砕されてしまうことを抑制できる。
【0015】
本態様に係る細胞処理方法において、破砕部材(11)が、ポリマー樹脂を素材として含むよう構成され得る。こうすると、破砕部材の強度を維持しながら、安価に破砕部材を構成できる。
【0016】
本態様に係る細胞処理方法において、破砕部材(11)が、ディスポーザブル部品とされる。こうすると、破砕部材が洗浄されることにより繰り返し用いられる場合とは異なり、破砕部材を介したコンタミネーションを防ぐことができる。
【0017】
本態様に係る細胞処理方法は、破砕部材(11)に付着した細胞を、遠心により回収する回収工程(S15)をさらに含む。こうすると、破砕により泡が生じたとしても、泡に含まれる細胞を回収できるため、細胞の回収率を高めることができる。
【0022】
本態様に係る細胞処理方法において、ホルマリン固定パラフィン包埋組織が、薄切された切片とされる。こうすると、分散工程において円滑に細胞を分散できる。
【0023】
この場合に、切片の厚みが、25μm以上100μm以下とされる。切片の厚みが小さ過ぎると細胞の回収率が低下し、切片の厚みが大き過ぎると貴重な組織の消費が大きくなってしまう。切片の厚みが上記のように規定されると、細胞回収率の低下と、組織の消費とを抑制できる。
【0024】
本発明の第2の態様に係る細胞分析方法は、第1の態様に係る細胞処理方法における分散工程(S14)および染色工程(S16)と、染色工程(S16)により染色された細胞の光学的情報をフローサイトメーター(400)により取得する測定工程(S17)と、を含む。こうすると、多量の細胞を効率よく測定できる。
この場合に、測定工程(S17)で取得された細胞の光学的情報に基づいて、細胞を解析する解析工程(S18)をさらに含む。
また、解析工程(S18)において、細胞の割合を所定の閾値と比較し、組織が陽性検体および陰性検体のいずれであるかを判定する。こうすると、組織が陽性と陰性の何れであるかを取得できるため、組織を採取した被検者に対して適切な治療や投薬を行うことができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、ホルマリン固定パラフィン包埋組織に対して脱パラフィン処理を行って得られた組織に含まれる細胞を適正に取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1図1は、実施形態の概要に係る細胞取得方法を示すフローチャートである。
図2図2は、実施形態の概要に係る細胞取得装置の構成を示すブロック図である。
図3図3は、実施形態に係る細胞分析方法を示すフローチャートである。
図4図4(a)は、実施形態に係る細胞取得装置の外観構成を示す斜視図である。図4(b)は、実施形態に係る破砕部材、回転駆動部、および吸収部の近傍の構成を示す側面図である。
図5図5(a)は、実施形態に係る第1破砕部材および第2破砕部材の構成を示す側面図である。図5(b)は、実施形態に係る破砕部材および容器を回転軸を含む平面で切断したときの構成を示す断面図である。
図6図6(a)は、実施形態に係る破砕部材が最も下方まで移動された状態を示す側面図である。図6(b)は、実施形態に係る破砕部材が分散対象組織に押されて上方に押し返された状態を示す側面図である。
図7図7は、実施形態に係るフローサイトメーターおよび解析装置の構成を示すブロック図である。
図8図8(a)は、実施形態に係る力学的分散と酵素的分散の比較検討において陽性と判定するための閾値を示すグラフである。図8(b)は、実施形態に係る力学的分散と酵素的分散の比較検討において取得された陽性率を示すグラフである。
図9図9(a)は、実施形態に係る力学的分散に用いる装置の検討において取得されたDAPIシグナル強度のヒストグラムである。図9(b)は、実施形態に係る力学的分散に用いる装置の検討において取得された形態の正常な細胞の比率を示すグラフである。
図10図10は、実施形態に係る力学的分散条件の検討において取得された細胞数を示すグラフである。
図11図11は、実施形態に係る容器等への吸着抑制の検討において取得された細胞数を示すグラフである。
図12図12(a)は、実施形態に係る薄切切片の厚みの検討において薄切切片の取得を説明するための模式図である。図12(b)は、実施形態に係る薄切切片の厚みの検討において取得された細胞数を示すグラフである。図12(c)は、実施形態に係る薄切切片の厚みの検討において取得された細胞回収率を示すグラフである。
図13図13は、実施形態に係る診断または検査に必要な細胞数を取得できるか否かの検討において取得された推定細胞数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図1、2を参照して、実施形態の概要について説明する。
【0029】
図1に示すフローチャートは、ホルマリン固定パラフィン包埋組織に対して脱パラフィン処理を行って得られた組織から分散された細胞を取得する処理を示している。ホルマリン固定パラフィン包埋組織は、FFPE組織(Formalin-fixed paraffin-embedded tissue)とも呼ばれる。FFPE組織に対して脱パラフィン処理を行って得られた組織を、以下「分散対象組織」と称する。図1の処理は、図2に示す細胞取得装置10によって実行される。
【0030】
図2に示すように、細胞取得装置10は、破砕部材11と回転駆動部12を備える。破砕部材11は、容器に収容された分散対象組織に接触した状態で回転して分散対象組織を力学的に破砕することにより、フローサイトメーターで測定するために分散対象組織を分散させる。回転駆動部12は、破砕部材11を回転させる。
【0031】
図1に戻り、オペレータは、ステップS1の処理の前に、FFPE組織に対して脱パラフィン処理を行って分散対象組織を取得する。そして、ステップS1の分散工程において、オペレータは、分散対象組織を力学的に破砕することにより、フローサイトメーターで測定するために分散対象組織に含まれる細胞を分散させる。具体的には、ステップS1において、オペレータは、取得した分散対象組織を細胞取得装置10にセットして、細胞取得装置10による処理を開始させる。細胞取得装置10は、開始指示を受け付けると、回転する破砕部材11を用いて分散対象組織を力学的に破砕することにより、フローサイトメーターで測定するために分散対象組織に含まれる細胞を分散させる。これにより、容器内において細胞が取得される。
【0032】
このように力学的な破砕が行われ細胞が分散されると、フローサイトメーターによる測定が可能となるように組織に含まれる細胞を適正に取得できる。これにより、酵素処理により細胞が分散される場合に比べて、取得した細胞に基づいて精度よく細胞を解析できる。
【0033】
なお、分散された細胞とは、複数の細胞が凝集せずに、複数の細胞がそれぞれ分離された状態にあることを意味する。ただし、「分散対象組織に含まれる細胞を分散する」とは、分散対象組織中の細胞全てを分離することに限らず、分散対象組織中の一定数の細胞を分離させることをも含む概念である。
【0034】
IHC法による病理診断でのKi67の評価では、500個~1000個の細胞を評価することが推奨されている。したがって、病理診断と同等以上の精度で細胞を評価するためには、フローサイトメーターによる1回の測定で500個~1000個以上の細胞が検出されるよう、分散工程において力学的な破砕が行われるのが好ましい。
【0035】
力学的な細胞分散は、回転する破砕部材11を用いて行われることに限らない。また、分散工程において、力学的な細胞分散に加えて、酵素的な細胞分散が合わせて行われてもよい。
【0036】
FFPE組織に含まれる組織としては、たとえば、固形腫瘍の組織(腫瘍組織)、非腫瘍病変組織、正常組織などが挙げられる。
【0037】
「固形腫瘍」とは、腫瘍細胞と、線維芽細胞、細胞外基質などとからなる塊を作るものをいう。固形腫瘍の具体例としては、喉頭癌、食道癌、胃癌、結腸癌、大腸癌、直腸癌、小細胞肺癌、非小細胞肺癌、膵臓癌、腎臓癌、肝臓癌、胸腺癌、脾臓癌、甲状腺癌、副甲状腺癌、副腎癌、前立腺癌、膀胱癌、卵巣癌、子宮内膜癌、子宮頚癌、骨癌、皮膚癌、肉腫、骨肉腫、黒色腫、芽細胞腫、扁平細胞癌、非扁平細胞癌、脳腫瘍、口腔癌、癌腫、リンパ腫、線維腫、髄膜腫、胆道癌、褐色細胞腫、膵島細胞癌、リー・フラウメニ(Li-fraumeni)腫瘍、下垂体部腫瘍、多発性神経内分泌I型およびII型腫瘍、頭頸部癌、睾丸癌などが挙げられるが、特に限定されない。
【0038】
「非腫瘍病変組織」とは、腫瘍以外の病変組織をいう。非腫瘍病変組織の具体例としては、良性前立腺肥大、口腔白板症、大腸ポリープ、食道前、癌性増殖、良性病変などが挙げられるが、特に限定されない。「正常組織」とは、腫瘍組織および非腫瘍病変組織以外の組織をいう。正常組織の具体例としては、胃、肝臓、乳房、乳腺、肺、膵臓、膵臓腺、子宮、皮膚食道、喉頭、咽頭、舌、甲状腺などの器官から得られる組織などが挙げられるが、特に限定されない。
【0039】
次に、図3を参照して、実施形態の細胞分析方法について説明する。細胞分析方法は、細胞を取得する工程と、細胞取得の前後に行われる工程とを含む。
【0040】
ステップS11の切片作製工程において、オペレータは、ミクロトームを用いてFFPE組織を薄切し、薄切切片を作製する。薄切切片を作製することにより、後段の分散工程において円滑に細胞を分散できる。薄切切片の厚みは、25μm以上100μmに設定される。なお、薄切切片の厚みとして好ましい範囲については、追って実施形態の条件の検討で説明する。
【0041】
続いて、ステップS12の脱パラフィン処理および親水化工程において、オペレータは、ステップS11で作製したFFPE切片に対して脱パラフィン処理を行って分散対象組織を取得する。さらに、ステップS12において、オペレータは、分散対象組織に対して親水化処理を行う。
【0042】
ステップS13の抗原賦活化工程において、オペレータは、ステップS12の処理を経た分散対象組織に対して抗原賦活化処理を行う。これにより、後段の染色工程において、抗体に対する抗原の反応性が高められる。続いて、ステップS14の分散工程において、オペレータは、細胞取得装置10を用いて、ステップS13の処理を経た分散対象組織に含まれる細胞を分散させる。ステップS14の分散工程は、図1のステップS1の分散工程に対応する。
【0043】
ここで、図4(a)~図6(b)を参照して、細胞取得装置10の詳細な構成について説明する。
【0044】
図4(a)に示すように、細胞取得装置10は、本体101と、カバー102と、保冷庫103と、4つの破砕部材11と、を備える。
【0045】
本体101は、直方体形状を有している。カバー102は、本体101の前面の一部を覆っており、本体101に対して上下にスライド可能である。カバー102が上下にスライドすることにより、本体101の内部が開閉される。図4(a)には、カバー102が開いた状態が図示されている。
【0046】
保冷庫103は、本体101の内部に形成された窪みの底面部分に設けられている。保冷庫103の上面には、4つの開口103aが設けられている。保冷庫103は、4つの開口103aの真下位置において、4つの容器110を保持する。容器110には、細胞取得装置10の処理が開始される前に、あらかじめステップS13で取得された分散対象組織が収容される。破砕部材11は、開口103aの真上位置において、本体101の内部に形成された窪みの天井部分に配置される。
【0047】
容器110は、ディスポーザブルな容器であり、コンタミネーションを防止するために細胞の分散処理ごとに交換される。容器110は、ポリマー樹脂を素材として含み、たとえば、ポリカーボネート、ポリプロピレンなどにより構成される。実施形態の容器110は、ポリプロピレンにより構成される。容器110がポリマー樹脂を素材として含むことにより、容器110の強度を維持しながら、容器110を安価に構成できる。
【0048】
図4(b)に示すように、細胞取得装置10は、破砕部材11と、回転駆動部12と、吸収部13と、取付部121と、軸部122と、ストッパ123と、支持部材124と、支持ブロック125と、昇降機構部126と、昇降用モータ127と、を備える。
【0049】
破砕部材11は、ディスポーザブルな容器であり、コンタミネーションを防止するために分散処理ごとに交換される。これにより、共通の破砕部材が洗浄され繰り返し用いられる場合とは異なり、破砕部材11を介したコンタミネーションを防ぐことができる。破砕部材11は、いわゆるブレンダである。破砕部材11は、二重構造となっており、外側に位置する第1破砕部材11aと、内側に位置する第2破砕部材11bとを備える。破砕部材11は、ポリマー樹脂を素材として含み、たとえば、ポリカーボネート、ポリプロピレンなどにより構成される。実施形態の破砕部材11は、ポリカーボネートにより構成される。破砕部材11がポリマー樹脂を素材として含むことにより、破砕部材11の強度を維持しながら、破砕部材11を安価に構成できる。
【0050】
取付部121は、下端に破砕部材11を着脱可能に構成されている。図4(b)には、取付部121の下端に破砕部材11が装着された状態が示されている。回転駆動部12は、取付部121の上方に設けられている。回転駆動部12は、破砕部材11を回転させるためのモータである。取付部121は、円柱状の軸部122を有している。ストッパ123は、円盤形状を有し、回転駆動部12の下方に設けられている。ストッパ123から下方に延びるように軸部122が設けられている。回転駆動部12が駆動されることにより、取付部121に装着された破砕部材11の第2破砕部材11bが回転する。
【0051】
支持ブロック125は、円環形状を有し、板形状の支持部材124に設置されている。軸部122は、支持ブロック125の中央に設けられた孔を介して、支持ブロック125を上下方向に貫通している。吸収部13は、バネである。吸収部13の上端は支持部材124の下面に設置され、吸収部13の下端は取付部121の上端面に設置されている。昇降機構部126は、ベルトおよびプーリ等から構成されている。支持部材124は、昇降機構部126のベルトに接続されている。昇降用モータ127は、昇降機構部126のプーリを回転させる。昇降用モータ127が駆動されることにより、支持部材124が上下に移動し、破砕部材11が上下に移動する。
【0052】
図5(a)に示すように、第1破砕部材11aは、胴部210と、8つの刃221と、一対の突部222と、鍔部223と、を備える。胴部210は、筒形状を有する。胴部210には、上下方向に貫通する貫通孔211が形成されている。貫通孔211の上部付近の内側面には、段差部211aが設けられている。8つの刃221は、胴部210の下端において周方向に並ぶように設けられている。8つの刃221は、分散対象組織を力学的に破砕する。一対の突部222は、胴部210の上端付近に設けられている。鍔部223は、突部222よりも下方の胴部210の側面に設けられている。
【0053】
径方向に向かい合う2つの刃221の内側面の間隔L1、すなわち貫通孔211の下端部分の直径は、10.0mmである。貫通孔211の周方向における刃221の幅L2は、3.5mmである。貫通孔211の径方向における刃221の厚みは、1.0mmである。
【0054】
第2破砕部材11bは、胴部310と、刃321と、鍔部322、323と、を備える。胴部310は、円柱形状を有する。刃321は、胴部310の下端に設けられている。刃321は、分散対象組織を力学的に破砕する。鍔部322は、胴部310の上端から上方向に突出しており、板形状を有する。鍔部323は、胴部310の上端の側面に設けられている。
【0055】
刃321の幅L3、すなわち刃321を水平面で切断したときの切断面の長手方向の長さは、9.9mmである。刃321の厚み、すなわち刃321を水平面で切断したときの切断面の短手方向の長さは、2.0mmである。
【0056】
破砕部材11が取付部121に装着される場合、まず第1破砕部材11aの貫通孔211の上方から第2破砕部材11bが挿入され、第1破砕部材11aと第2破砕部材11bとが組合わされる。このとき、第2破砕部材11bの鍔部323が、第1破砕部材11aの段差部211aに当たることにより、第2破砕部材11bの下方への移動が制限される。第1破砕部材11aと第2破砕部材11bとが組合わされた状態で、破砕部材11が取付部121に下から装着される。これにより、第1破砕部材11aの突部222が取付部121に支持され、第2破砕部材11bの鍔部322が、軸部122に接続される。
【0057】
図5(b)に示すように、第1破砕部材11aと第2破砕部材11bとが組合わされた状態において、第1破砕部材11aと第2破砕部材11bとの間に間隙11cが設けられるよう、破砕部材11が構成されている。L1が10.0mm、L3が9.9mmであることから、間隙11cの幅は0.05mmである。このように間隙11cが設けられることで、細胞の分散を行いながら、第1破砕部材11aと第2破砕部材11bとの間に細胞が挟まり、細胞が破砕されてしまうことを抑制できる。したがって、細胞の核も破砕されることが抑制されるため、後段の解析工程において適正に細胞を解析できる。
【0058】
なお、間隙11cの幅が0.05mmに設定されている理由は、20μm程度の細胞が破砕されることを防ぎながら、間隙11cにおいて乱流を生じさせて細胞を円滑に分散させるためである。間隙11cが0.05mmより狭い場合には、第1破砕部材11aと第2破砕部材11bに挟まれて細胞の破砕が起こり得るため、間隙11cは0.05mm以上に設定されるのが好ましい。一方、間隙11cが広すぎる場合には、間隙11cにおいて乱流が生じにくくなるため、間隙11cは、第1破砕部材11aの刃221の内側面の間隔L1の20%以下に設定されるのが好ましい。実施形態の場合、L1が10.0mmであることから、間隙11cは、2mm以下に設定されるのが好ましい。
【0059】
また、破砕部材11が容器110に挿入されたとき、破砕部材11の側面と容器110の内側面との間に間隙110aが設けられ、破砕部材11の下端と容器110の底面部分との間に間隙110bが設けられる。これにより、容器110と破砕部材11との間で細胞が破砕されてしまうことを抑制できる。
【0060】
容器110の底面部分には、上方向に突出した突部111が設けられている。破砕部材11が分散対象組織112を力学的に破砕する際には、図5(b)に示すように、破砕部材11の下端と容器110の突部111との間に分散対象組織112が挟まれ、この状態で、第2破砕部材11bのみが回転軸を中心として回転される。これにより、刃221、321により分散対象組織112が効率的に破砕される。このように、分散対象組織112の力学的な破砕が容器110内で行われると、効率よく破砕を行うことができる。また、第1破砕部材11aと第2破砕部材11bとを回転軸まわりに相対的に回転させることで、効果的に組織を破砕できる。
【0061】
なお、破砕部材11の回転速度、すなわち第2破砕部材11bの回転速度は、10000rpm未満であるのが好ましく、5000rpm以下であるのがより好ましい。破砕部材11の回転速度として好ましい範囲については、追って実施形態の条件の検討で説明する。
【0062】
また、容器110および破砕部材11は、分散工程の前に、細胞の吸着を抑制するための試薬により処理されるのが好ましい。こうすると、分散工程において容器110および破砕部材11への細胞の吸着が抑制されるため、細胞の回収率を高めることができる。細胞の吸着を抑制するための試薬による処理は、分散工程の直前に行われてもよく、容器110および破砕部材11の出荷前にあらかじめ行われてもよい。細胞の吸着を抑制するための試薬および処理については、追って実施形態の条件の検討で説明する。
【0063】
図6(a)に示すように、破砕部材11が容器110に挿入されるとき、破砕部材11の鍔部223が容器110の上端に当たることにより、破砕部材11の下端と容器110の底面との間に隙間が設けられる。
【0064】
図6(a)の状態では、吸収部13の伸長しようとする力により、分散対象組織112が破砕部材11により上から押さえ付けられている。一方、図6(b)に示すように、分散対象組織112の大きさなどにより、破砕部材11が上方向に受ける力が大きい場合は、吸収部13が縮められ破砕部材11の下端が上方向に移動する。すなわち、破砕部材11が組織に押し付けられる押付力を吸収部13が吸収するため、破砕部材11が過剰な力で組織に押し付けられることを防止できる。これにより、細胞が壊れることを抑制できるため、解析工程において細胞を適正に解析できる。
【0065】
なお、破砕部材は、回転することにより、分散対象組織をすり潰して分散対象組織を力学的に破砕してもよい。
【0066】
図3に戻り、ステップS15の回収工程において、オペレータは、破砕部材11と容器110とが繋がった状態で、分散工程後の破砕部材11と容器110を、細胞取得装置10から取り外す。そして、オペレータは、破砕部材11と容器110とが繋がった状態で、容器110の底面を外側に向けて破砕部材11と容器110を遠心分離器にセットし、遠心分離を開始させる。これにより、破砕部材11に付着した細胞が、遠心により容器110に回収される。こうすると、破砕により容器110内に泡が生じていたとしても、泡に含まれる細胞をも容器110に回収できるため、細胞の回収率を高めることができる。
【0067】
ステップS16の染色工程において、オペレータは、ステップS15において回収された細胞の所定部位を染色する。所定部位は、たとえば細胞内の核や所定のマーカーである。細胞が染色されることにより、後段の解析工程において所定部位に関して細胞を詳細に解析できる。
【0068】
なお、染色工程における染色は、オペレータにより手動で行われてもよく、装置により自動で行われてもよい。また、染色工程は省略されてもよい。
【0069】
ステップS17の測定工程において、オペレータは、染色工程を経た細胞を、フローサイトメーターにセットし、細胞の光学的情報をフローサイトメーターにより取得する。光学的情報とは、細胞から生じた前方散乱光(FSC)、側方散乱光(SSC)、および蛍光(FL)の強度に関する情報や、細胞および細胞の所定部位を撮像した撮像情報などである。ステップS17において、具体的には、染色された細胞を含む測定試料がフローセルに流され、フローセルを流れる測定試料に対して光が照射される。そして、細胞から生じた光が光検出器により受光されるとともに、カメラにより撮像される。このようにフローサイトメーターを用いて細胞から光学的情報が取得されると、多量の細胞を効率よく測定できる。
【0070】
ステップS18の解析工程において、解析装置は、ステップS17においてフローサイトメーターにより取得された細胞の光学的情報に基づいて、細胞を解析する。具体的には、解析装置は、フローサイトメーターで測定された細胞の数N1と、フローサイトメーターで測定された細胞のうち所定部位が染色された細胞の数N2とを取得する。
【0071】
なお、細胞の数N1は、たとえば、光検出器に基づく前方散乱光の強度が所定値以上の粒子の数や、カメラの撮像画像の解析により細胞と判定された粒子の数として取得される。染色された細胞の数N2は、たとえば、細胞と判定された粒子のうち、光検出器に基づく蛍光の強度が所定値以上の粒子の数や、カメラの撮像画像の解析により蛍光が生じていると判定された粒子の数として取得される。
【0072】
そして、解析装置は、N2/N1により染色された細胞の割合を算出し、算出した細胞の割合を所定の閾値と比較して、組織が陽性検体または陰性検体のいずれであるかを判定する。これにより、染色対象の部位が所定の疾患に関係するマーカーである場合、採取された組織が、所定の疾患に関して陽性検体および陰性検体のいずれであるかを判定できる。よって、組織を採取した被検者に対して適切な治療や投薬を行うことができる。
【0073】
図7に示すように、フローサイトメーター400は、フローセル401と、照射部402と、測定部403と、を備える。フローサイトメーター400は、ステップS17の測定工程における処理を実行する。
【0074】
フローセル401には、ステップS16の染色工程を経た細胞を含む測定試料が流される。照射部402は、フローセル401を流れる測定試料に光を照射する。照射部402は、たとえば、半導体レーザ光源である。測定部403は、複数の光検出器403aと、カメラ403bと、を備える。測定部403は、測定試料中の細胞から生じた前方散乱光(FSC)、側方散乱光(SSC)、および蛍光(FL)を光検出器403aにより受光して、受光強度に応じた検出信号を取得する。光検出器403aは、たとえば、フォトダイオードやアバランシェフォトダイオードである。また、測定部403は、測定試料中の細胞から生じた蛍光(FL)および測定試料中の細胞を透過した光をカメラ403bにより撮像して、撮像信号を取得する。カメラ403bは、たとえば、TDI(Time Delay Integration)カメラである。
【0075】
解析装置500は、制御部501と、記憶部502と、表示部503と、入力部504と、を備える。解析装置500は、ステップS18の解析工程における処理を実行する。
【0076】
制御部501は、たとえば、CPUである。記憶部502は、たとえば、RAM、ROM、ハードディスクなどである。記憶部502は、制御部501に実行させるためのコンピュータのプログラムを記憶している。制御部501は、フローサイトメーター400により取得された細胞の光学的情報に基づいて、細胞を解析する。具体的には、制御部501は、組織が陽性検体または陰性検体のいずれかであるかを判定する。表示部503は、たとえば、液晶ディスプレイである。入力部504は、マウスおよびキーボードである。
【0077】
<実施形態の条件の検討>
発明者らは、図3に示した工程をどのような条件下で行えばよいかを検討した。
【0078】
1.共通の手順
まず、各検討における共通の手順(1)~(8)について説明する。以下の(1)~(8)の工程は、図3のステップS11~S18に対応する。
【0079】
(1)切片作製工程
がんFFPE試料をミクロトームで薄切し、薄切切片を作成した。薄切切片を1.5mLチューブに採取した。
【0080】
(2)脱パラフィンおよび親水化工程
切片作製工程で得られた薄切り切片に対して、下記表1に示す順序と繰り返し回数で、溶液添加、静置、および上清除去を順次行い、脱パラフィン処理および親水化処理を行った。
【0081】
【表1】
【0082】
(3)抗原賦活化工程
98℃に予備加熱した賦活化溶液(1/200イムノセイバー希釈溶液)を添加し、98℃で60分間静置した。室温で10分間除冷したのち、上清を除去した。0.5%BSA/PBSを添加後、1分間静置し上清を除去する工程を2回実施した。
【0083】
(4)分散工程
破砕処理用の容器に試料を移送し、0.5%BSA/PBSを4mL添加した。氷冷しながら所定の回転速度で所定の時間、破砕装置の破砕部材により細胞の分散を行った。
【0084】
(5)回収工程
破砕部材と容器を破砕装置から取り出し、2000gで3分間遠心分離処理を行った。上清を除去して0.5%BSA/PBSに再懸濁する。セルストレイナーII(40μmメッシュ)と卓上遠心機によるメッシュ処理を実施し、未破砕の残渣を除去した。フィルタ通過物を遠心処理し、上清を除去した。4%BSA/PBSを添加して懸濁し、30分間静置した。
【0085】
なお、後述の検討において酵素処理により細胞を分散させる場合には、上記(4)、(5)の工程に代えて、以下の酵素的分散工程を行った。
【0086】
酵素的分散工程において、親水化済みの試料に対して、12.8U/mLのDispaseI+II(GIBCO)溶液を、薄切試料断面積80mmあたり6.4U、4U、1Uとなるように添加し、時折タッピングにより攪拌を行いながら37℃で10分間処理した。終濃度EDTA1mM、0.5%BSA、PBSとなるように調製し反応を停止させた。試料を遠心処理し、上清を除去した。0.5%BSA/PBSを添加後、1分間静置し上清を除去する工程を2回実施した。4%BSA/PBSを添加して懸濁し、30分間静置した。
【0087】
(6)染色工程
はじめに、細胞内の抗原の染色を行った。上記懸濁試料を96ウェルVボトムプレート(染色用容器)に分注した。遠心分離処理を行い、上清を除去した。続いて、1次抗体処理を行った。1次抗体処理において、1次抗体溶液(抗体濃度は1/100、希釈バッファは10% normal goat serum、4%BSA/PBS)を添加して懸濁し、室温で一時間静置した。遠心分離処理を行い、上清を除去した。0.5%BSA/PBSを添加して懸濁し、遠心分離処理を行い、上清を除去した。このような工程を合計2度実施した。続いて2次抗体処理を行った。2次抗体処理において、2次抗体溶液(抗体濃度は1/1000、希釈バッファは5% normal goat serum、4%BSA/PBS)を添加して懸濁し、室温暗所で30分間静置した。遠心分離処理を行い、上清を除去した。0.5%BSA/PBSを添加して懸濁し、遠心分離処理を行い、上清を除去した。このような工程を合計2度実施した。こうして、細胞内の抗原が染色された。
【0088】
続いて、細胞内の核酸の染色を行った。上記試料にDAPI 5μg/mL 0.5%BSA/PBS溶液を添加して懸濁し、3分間静置した。こうして、細胞内の核酸が染色された。
【0089】
(7)測定工程
フローサイトメトリー法に基づいて細胞から生じた光を光検出器またはカメラで受光し、光検出器の検出信号に基づく光強度またはカメラの撮像信号に基づく撮像画像を取得した。光検出器による光強度の取得を行う場合には、フローサイトメーターとしてFACverse(BD)を用いた。この場合のフローサイトメーターを、以下「第1フローサイトメーター」と称する。カメラによる撮像画像の取得を行う場合には、フローサイトメーターとしてAmnis ImageStream(Merck)を用いた。この場合のフローサイトメーターを、以下「第2フローサイトメーター」と称する。
【0090】
(8)解析工程
測定工程において第1フローサイトメーターを用いた場合には、解析装置としてFlowjo(トミーデジタルバイオロジー)を用いた。測定工程において第2フローサイトメーターを用いた場合には、解析装置としてIDEAS Application version 6.0(Merck)を用いた。
【0091】
2.条件の検討
次に、発明者らは、上記共通の手順に対し所定の手順を変更および追加して、条件の検討を行った。
【0092】
(1)力学的分散と酵素的分散の比較検討
この検討では、2つの異なる乳がんFFPE試料を用いた。上記共通の手順の(4)分散工程において力学的な細胞の分散と酵素的な細胞の分散とをそれぞれ別々に行って、Ki67(Ki-S5、MIB-1)染色およびアイソタイプコントロール(IC、mouse G3A1 IgG)染色を実施し、上記共通の手順の(7)測定工程において第1フローサイトメーターによる光強度の取得を行った。そして、FSC、SSC、DAPIの検出信号に基づいて細胞を抽出し、抽出した細胞の抗体染色に基づく検出信号をヒストグラムにより評価した。力学的分散においては、破砕部材を5000rpmで5分間動作させた。酵素的分散においては、DispaseI+II(GIBCO)溶液を6.4U、4U、1Uとなるように添加した。
【0093】
図8(a)に示すように、各FFPE試料において、アイソタイプコントロール(mouse G3A1 IgG)の99パーセンタイルに相当するシグナル強度に閾値を設定し、閾値よりも大きなシグナルを示した細胞を陽性と判定した。そして、陽性細胞数を測定した細胞数で除算して陽性率を算出した。
【0094】
図8(b)において、白および黒の棒グラフは、2つの異なる乳がんFFPE試料に対応する。図8(b)に示すように、Ki-S5染色およびMIB-1染色のいずれにおいても、酵素的分散を行った場合には、1%程度の陽性率にとどまっており、抗体認識由来のシグナルが得られていない。一方、力学的分散を行った場合には、4.9%~6.8%程度の陽性率となり、細胞の標的となる抗原が維持されていると考えられる。
【0095】
以上のことから、力学的な破砕により細胞が分散されると、酵素処理により細胞が分散される場合に比べて、適正な染色が可能になり、上記共通の手順の(8)解析工程において細胞をより適正に解析できることが分かった。
【0096】
なお、このように適正な染色が可能となると、陽性率が所定の閾値より大きい場合に、元となる組織すなわちFFPE試料が陽性検体であると判定でき、陽性率が所定の閾値以下の場合に、元となる組織すなわちFFPE試料が陰性検体であると判定できる。
【0097】
(2)力学的分散に用いる装置の検討
次に、発明者らは、力学的分散に用いる装置の検討を行った。この検討において、発明者らは、以下の表2に示すように2種類の破砕装置を用いて力学的分散を行った。
【0098】
【表2】
【0099】
第1破砕装置は、上記実施形態の細胞取得装置10に対応する。第2破砕装置は、Miltenyi Biotec社のgentleMACSである。第1破砕装置では、上述したように回転刃の回転により分散が行われ、第2破砕装置では、すり潰しにより分散が行われる。
【0100】
発明者らは、市販の肺がんFFPE検体に対して、これらの破砕装置を用いて力学的分散と、Dispaseによる酵素的分散とを並行して行った。第1破砕装置は、破砕部材の回転速度が5000rpmおよび10000rpmとなるよう駆動された。発明者らは、第2フローサイトメーターを用いて、分散工程後の試料から撮像画像を取得し、取得した撮像画像に基づいてDAPIの検出強度を算出し、算出した検出強度をヒストグラムにより評価した。なお、この検討では、上記共通の手順の(6)染色工程において、抗体の染色が省略された。
【0101】
図9(a)は、粒子画像のDAPIシグナル強度のヒストグラムである。図9(a)において、各装置においてヒストグラムは正規化されており、各装置のヒストグラムが、便宜上、縦方向に並べられている。
【0102】
Dispaseによる酵素的分散の場合、分散細胞由来の強度範囲に、分散細胞に由来する明確なピークが確認された。一方、力学的分散の場合、第1破砕装置の分散細胞由来の強度範囲にピークが確認された。第2破砕装置では、分散細胞由来の強度範囲に明確なピークが現れなかった。
【0103】
以上のことから、力学的分散に用いる装置としては、第1破砕装置、すなわち上記実施形態で説明した細胞取得装置10が好適であることが分かった。このように、力学的に細胞の分散を行った場合も、第1破砕装置によれば、酵素的分散と同様に、分散細胞由来の強度範囲においてピークが現れることから、適正に細胞を分散できることが分かった。
【0104】
さらに、発明者らは、上記表2に示した装置を用いた場合に取得した撮像画像を参照して細胞の変形状態を判定し、細胞の分散が適正か否かを検討した。
【0105】
この検討において、発明者らは、核が凝集または変形した状態を判定するために、核画像の核領域のアスペクト比を算出した。アスペクト比は、短径/長径である。そして、発明者らは、算出したアスペクト比が0.6未満である場合に、当該細胞を核が凝集または変形した変形細胞であると判定し、算出したアスペクト比が0.6以上の場合に、当該細胞を正常に分散された正常細胞であると判定した。
【0106】
図9(b)は、全細胞のうち正常細胞の比率を示すグラフである。第1破砕装置の場合に、比率が50%を越えていることから、細胞が凝集および変形せずに正常な形態を維持していると言える。したがって、細胞の形態の観点からも、第1破砕装置が好適であることが分かった。
【0107】
(3)力学的分散条件の検討
次に、発明者らは、力学的分散条件の検討を行った。この検討において、発明者らは、以下のような処理を行った。
【0108】
上記共通の手順の(6)染色工程において、細胞内の抗体の染色を省略し、DAPI染色の際に、濃度既知のカウンティングビーズを添加した。そして、上記第1破砕装置を用いて、図10に示す破砕部材の回転速度および回転時間の条件で、細胞の分散を行い、第1フローサイトメーターを用いて取得したカウンティングビーズの数と、使用したFFPE試料中の細胞数とから、測定した細胞数すなわち検出細胞数を取得した。
【0109】
ここで、FFPE試料中の細胞数を、以下の手順で取得した。第1フローサイトメーターによる測定に用いたFFPE試料の薄切切片と平行な3μmの薄切切片を取得し、取得した薄切切片をスライドガラスに貼付した。貼付状態の薄切切片に、上記共通の手順の(2)脱パラフィンおよび親水化工程を実施した後に、DAPI 5μg/mLによる染色を行った。切片はカバーガラスにより封入した後、NanoZoomer(浜松ホトニクス社製)を用いて、DAPI染色シグナルを40倍の倍率で標本画像として撮像した。試料断面部位より40倍画像を10視野選択し、画像解析により細胞数を計数することで、面積当たりの細胞密度の平均を算出した。そして、同じく画像解析により試料断面積を算出し、上記の算出した細胞密度を乗じて3μmの厚み当たりの細胞数とし、同時に単位厚みあたりの細胞数を算出した。単位厚み当たりの細胞数に、第1フローサイトメーターによる測定で用いた薄切切片の厚みを乗じることで、使用したFFPE試料中の細胞数を取得した。
【0110】
図10は、2つのFFPE試料に対する力学的分散を、10000rpmおよび1分の条件で行う場合と、5000rpmおよび1分の条件で行う場合と、5000rpmおよび5分で行う場合とで検出細胞数を比較した結果である。図10に示すように、1つの条件に対して2回の検出細胞数の取得を行った。また、検討を行ったFFPE試料は全て同一である。
【0111】
10000rpmおよび1分の条件と、5000rpmおよび1分の条件との比較結果から、第1破砕装置の破砕部材の回転速度は、5000rpmの方が好ましいことが分かった。5000rpmに比べて10000rpmにおいて検出細胞数が低下する理由としては、破砕部材の高速回転によるキャビテーションが細胞を粉砕するためと推察される。したがって、破砕部材の回転速度が5000rpm以下に設定されると、細胞が壊れない程度に組織が破砕されながら、細胞の不要な破砕を抑制できる。
【0112】
また、50000rpmおよび1分の条件と、5000rpmおよび5分の条件との比較結果から、第1破砕装置の破砕部材の回転時間は、5分の方が好ましいことが分かった。
【0113】
(4)容器等への吸着抑制の検討
次に、発明者らは、事前の検討により、脱パラフィン処理を経て得られた組織は、破砕部材や容器に対する吸着性が高いことを見いだした。そこで、発明者らは、以下のように容器等への細胞の吸着抑制の検討を行った。この検討において、発明者らは、以下のような処理を行った。
【0114】
上記共通の手順の(3)抗原賦活化工程および(4)分散工程において、条件1~3を設定し、各条件に従って検出細胞数を取得した。条件1では、0.5%BSA/PBSに代えてPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を添加して検出細胞数を取得した。条件2では、上記共通の手順どおりに0.5%BSA/PBSを添加して検出細胞数を取得した。条件3では、上記共通の手順の(3)抗原賦活化工程および(4)分散工程の前に、使用する容器および破砕部材に、Lipidure-BL206によるプレコート処理を行い、上記共通の手順どおりに0.5%BSA/PBSを添加して検出細胞数を取得した。Lipidure-BL206によるプレコート処理では、容器および破砕部材をLipidure-BL206 2.5%水溶液に1分間浸けた後、溶液から取り出し、余分の溶液を除去したのち乾燥させた。
【0115】
いずれの条件でも、力学的分散に用いる第1破砕装置の回転速度および回転時間は、5000rpmおよび1分である。その他の手順は、上記(3)力学的分散条件の検討と同じである。
【0116】
図11は、条件1~3の場合の検出細胞数を比較した結果である。図11に示すように、1つの条件に対して2~3回の検出細胞数の取得を行った。また、検討を行ったFFPE試料は全て同一である。
【0117】
条件1、2を比較すると、条件2の検出細胞数が多いことから、BSAの添加により細胞の回収量を向上できることが分かった。また、条件2、3を比較すると、プレコート処理を実施することで、細胞の回収量を向上できることが分かった。以上の結果から、上記共通の手順の(3)抗原賦活化工程および(4)分散工程において、BSAの添加を行うことが好ましく、BSAの添加およびプレコート処理の両方を行うことがより好ましいことが分かった。このように使用する容器および破砕部材への細胞の吸着を抑制することにより、細胞の回収率を高めることができる。
【0118】
このような細胞の吸着を抑制する処理には、タンパク質および界面活性剤の少なくともいずれか一方が用いられればよい。この場合のタンパク質としては、たとえば、上記のウシ血清アルブミン(bovine serum albumin、BSA)や、スキムミルク、ゼラチンなどが挙げられる。この場合の界面活性剤としては、たとえば、上記のLipidure-BL206や、TritonX-100、Tween 20、NP-10などが挙げられる。
【0119】
なお、条件1では、第1破砕装置の破砕部材に薄切切片が付着し、分散不良となっている例が見られた。したがって、容器や破砕部材に対する吸着を抑制することは、吸着による細胞の損失を低減するだけでなく、吸着による分散不良をも解消できる効果があると考えられる。
【0120】
(5)薄切切片の厚みの検討
次に、発明者らは、薄切切片の厚みの検討を行った。この検討において、発明者らは、以下のような処理を行った。
【0121】
上記共通の手順の(1)切片作製工程において、第1のFFPE試料および第2のFFPE試料から、100μm、50μm、25μmのFFPE試料を薄切した。FFPE試料の薄切においては、図12(a)に示すように、厚みごとに2つの切片を取得した。すなわち、第1の100μm切片、第2の100μm切片、第1の50μm切片、第2の50μm切片、第1の25μm切片、第2の25μm切片を取得した。そして、取得した薄切切片に基づいて検出細胞数を取得した。その他の手順は、上記(3)力学的分散条件の検討と同じである。
【0122】
図12(b)に示すように、検出細胞数は、薄切切片の厚みが小さくなるにしたがって、僅かに低下する傾向が見られた。この理由としては、薄い切片を用いる場合、上記共通の手順の(2)脱パラフィンおよび親水化工程において沈殿性が悪くなり、切片の一部が失われてしまうためと考えられる。
【0123】
続いて、発明者らは、FFPE試料中の細胞数を、上記(3)力学的分散条件の検討において示した手順により取得した。そして、検出細胞数をFFPE試料中の細胞数で除算することにより、細胞回収率を取得した。図12(c)に示すように、細胞回収率は、検出細胞数と同様に、薄切切片の厚みが小さくなるにしたがって、僅かに低下する傾向が見られた。いずれの厚みにおいても、細胞回収率は0.1%~1.0%の範囲の値となり、切片の厚みが25μm、50μm、100μmの平均回収率は、それぞれ0.332%、0.440%、0.518%となった。
【0124】
上記の結果から、切片の厚みが小さ過ぎると、検出細胞数および細胞回収率が低下することが示唆された。一方、切片の厚みが大き過ぎると貴重な組織の消費が大きくなってしまう。これに対し、上記のように薄切切片の厚みが25μm以上100μm以下に設定される場合、検出細胞数および細胞回収率は適正であると考えられる。したがって、切片の厚みが上記のように規定されると、検出細胞数および細胞回収率の低下と、組織の消費とを抑制できる。
【0125】
(6)診断または検査に必要な細胞数を取得できるか否かの検討
次に、発明者らは、実際に第1フローサイトメーターで測定されると推定される推定細胞数を取得し、推定細胞数が診断または検査に必要な細胞数以上であるか否かの検討を行った。この検討において、発明者らは、以下のような処理を行った。
【0126】
共通の手順の(1)切片作製工程において、17個の乳がんFFPE試料と、17個の正常乳房FFPEとを薄切し、それぞれ50μmの薄切切片を作成した。作成した34個の薄切切片を用いて、それぞれ、上記(3)力学的分散条件の検討で説明したように、スライドガラスを用いたFFPE試料中の細胞数の取得を行った。取得した34個のFFPE試料に基づく細胞数に、それぞれ、上記(5)薄切切片の厚みの検討で算出した50μmの薄切切片の平均回収率0.44%を乗算し、実際に第1フローサイトメーターで測定されると推定される推定細胞数を、FFPE試料ごとに取得した。
【0127】
図13は、17個の乳がんFFPE試料と、17個の正常乳房FFPE試料とに基づいて取得した推定細胞数を示すグラフである。IHC法による病理診断でのKi67の評価では、500個~1000個の細胞を評価することが推奨されている。この検討によれば、図13に示すように推定細胞数が推奨値に対して十分に多く、細胞数の観点では、病理診断と同等以上の精度で細胞を評価できると言える。
【符号の説明】
【0128】
10 細胞取得装置
11 破砕部材
11a 第1破砕部材
11b 第2破砕部材
11c 間隙
12 回転駆動部
110 容器
110a、110b 間隙
221、321 刃
400 フローサイトメーター
図1
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図13