(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】ホウ素含有酸化物の付着を抑制する溶射被膜及びこれを備える金属物品
(51)【国際特許分類】
C23C 4/073 20160101AFI20221018BHJP
C23C 4/129 20160101ALN20221018BHJP
【FI】
C23C4/073
C23C4/129
(21)【出願番号】P 2018246510
(22)【出願日】2018-12-28
【審査請求日】2021-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100082887
【氏名又は名称】小川 利春
(74)【代理人】
【識別番号】100090918
【氏名又は名称】泉名 謙治
(74)【代理人】
【識別番号】100181331
【氏名又は名称】金 鎭文
(74)【代理人】
【識別番号】100183597
【氏名又は名称】比企野 健
(74)【代理人】
【識別番号】100161997
【氏名又は名称】横井 大一郎
(72)【発明者】
【氏名】浜島 和雄
(72)【発明者】
【氏名】三嶋 亮洋
【審査官】向井 佑
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-321203(JP,A)
【文献】特開2005-240124(JP,A)
【文献】I.A.Podchernyaeva 他7名,WEAR- AND SCALING-RESISTANT COATINGS BASED ON TiCN,Powder Metallurgy and Metal Ceramics,2001年,Vol.40 Nos.5-6,p.247-257
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素含有酸化物の付着を抑制する溶射被膜であって、
ジルコニウムの炭窒化物又はチタニウムの炭窒化物を含むセラミックス相と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属を含む金属相とを含有することを特徴とする溶射被膜。
【請求項2】
前記ジルコニウムの炭窒化物が、ジルコニウムの窒化物と、ジルコニウムの炭化物と、の共晶体である請求項1に記載の溶射被膜。
【請求項3】
前記チタニウムの炭窒化物が、チタニウムの窒化物と、チタニウムの炭化物と、の共晶体である請求項1に記載の溶射被膜。
【請求項4】
前記セラミックス相に含まれるジルコニウム又はチタニウムの炭窒化物の含有量が、セラミックス相及び金属相の全体に対して、50~90体積%である請求項1~3のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項5】
前記セラミックス相に含まれる窒化物の原子比が、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.3以上である請求項1~4のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項6】
前記セラミックス相に含まれる炭化物の原子比が、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.2以上である請求項1~5のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項7】
前記ホウ素含有酸化物が、更にケイ素を含有する請求項1~6のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項8】
前記ホウ素含有酸化物が、更に、マンガンを含有する請求項1~7のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載の溶射被膜の製造方法であり、
ジルコニウムの炭窒化物粉末又はチタニウムの炭窒化物粉末と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属粉末とから形成された複合物を含む溶射原料を溶射する溶射被膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1~8のいずれか1項に記載の溶射被膜の製造方法であり、
ジルコニウムの窒化物粉末と炭化物粉末の混合粉末、又はチタニウムの窒化物粉末と炭化物粉末の混合粉末と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属粉末とから形成された複合物を含む溶射原料を溶射する溶射被膜の製造方法。
【請求項11】
前記溶射原料が、10~100μmの平均粒径(D50)を有する造粒物である請求項9又は10に記載の溶射被膜の製造方法。
【請求項12】
請求項1~8のいずれかに記載の溶射被膜を表面に有する金属物品。
【請求項13】
熱処理炉内のホウ素含有鋼材の搬送ロールである請求項12に記載の金属物品。
【請求項14】
ホウ素含有ガラスを成形する金型である請求項12に記載の金属物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホウ素含有酸化物の付着を抑制する溶射被膜、その製造方法、及びその溶射被膜を表面に備える金属物品に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板などの製造工程においてビルドアップと呼ばれる問題がある。これは、高温に晒される鋼板の表面には比較的低融点のFeやMnを含む複合酸化物が形成され、搬送ロールなどの表面に押付けられた際にビルドアップと呼ばれる凝着物が付着する問題である。ロール表面にビルドアップが形成されると、その後に搬送される鋼板にキズをつけることになり、製品の品質や歩留まりが低下したり、或いは一時的に操業を中止し、ロール表面の修復やロールの交換を余儀なくされる。
【0003】
このビルドアップを防止するために、種々の対策が提案されており、ロール表面に溶射法などによって種々の合金やセラミックスの被膜を付与することが提案されている。例えば、特許文献1には、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムの被膜、特許文献2には酸化ジルコニウムとムライトから構成される複合セラミックスの被膜をロール表面に施すことが開示されている。
【0004】
更に、特許文献3には、鋼板を焼鈍し搬送するためのロールにおけるビルドアップの抑制のために、その表面にジルコニウム系窒化物あるいはジルコニウム系炭化物原料粉の溶射セラミックス被膜を設けることが提案されている。また、特許文献4には、連続熱処理炉内に配設される鋼板を搬送するハースロールにおけるMnビルドアップを防止するために、その表面に、周期表の3a族などの元素の窒化物と希土類元素などの酸化物と、900℃以上で使用できる耐熱金属からなるマトリックス金属とを含む溶射被膜を形成することが提案されている。
【0005】
また、金属酸化物が生産設備材料に凝着して生じる問題として、ガラス製品の製造では、高温のガラス塊を金属性の金型を用いて成形する工程においては、ガラスの金型への凝着が生じ易く、製品の品質や歩留まり低下の要因となる問題がある。この凝着を防ぐために、金型表面にガラスの凝着を防止するための被膜を付与する方法が提案されている。例えば、特許文献5,6には、希土類金属を含むFe-Cu-Al-Cr合金材料を金型表面に溶射することで、ガラスの離型性を高める技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平06-240369号公報
【文献】特開平05-247622号公報
【文献】特開平05-247621号公報
【文献】特開2007-321203号公報
【文献】特開平08-120435号公報
【文献】特開平08-109460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記生産設備材料に金属酸化物が凝着して生じる問題(以下、ビルドアップともいう。)に対する従来の対策は、それなりに有効であるが、製品組成の多様化や形状などによっては大きな効果を得ることはできない場合がある。特に、近年、溶接性などの改善のために鋼板中にホウ素などの微量元素が添加される場合があるが、その場合の鋼板の製造過程ではビルドアップが従来よりも増加していることが報告されている。これは、ホウ素含有酸化物などの軟化点が、ホウ素を含有しない金属酸化物の軟化点に比べて低いためと考えられる。また、ガラス成形金型の分野でも、熱膨張係数や化学耐久性に変化を与えずに軟化温度を下げるためにホウ素などを含有せしめたホウケイ酸ガラスの成形過程では金型へのガラスの付着が問題になっている。
しかし、これまで、鋼板の製造過程やホウケイ酸ガラスの成形工程において、ホウ素含有酸化物などに起因するビルドアップの対策は知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記ホウ素などの微量元素含有部材と高温で接触した場合に生じるホウ素含有酸化物などに起因するビルドアップを効果的に抑制し得る溶射被膜を見出した。
本発明は、下記の態様を有する。
(1)ホウ素含有酸化物の付着を抑制する溶射被膜であって、
ジルコニウムの炭窒化物又はチタニウムの炭窒化物を含むセラミックス相と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属を含む金属相とを含有することを特徴とする溶射被膜。
(2)前記ジルコニウムの炭窒化物が、ジルコニウムの窒化物と、ジルコニウムの炭化物と、の共晶体である上記(1)に記載の溶射被膜。
(3)前記チタニウムの炭窒化物が、チタニウムの窒化物と、チタニウムの炭化物と、の共晶体である上記(1)に記載の溶射被膜。
(4)前記セラミックス相に含まれるジルコニウム又はチタニウムの炭窒化物の含有量が、セラミックス相及び金属相の全体に対して、50~90体積%である上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【0009】
(5)前記セラミックス相に含まれる窒化物の原子比が、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.3以上である上記(1)~(4)のいずれか1項に記載の溶射被膜。
(6)前記セラミックス相に含まれる炭化物の原子比が、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.2以上である請求項1~5のいずれか1項に記載の溶射被膜。
(7)前記ホウ素含有酸化物が、更にケイ素を含有する上記(1)~(6)のいずれか1項に記載の溶射被膜。
(8)前記ホウ素含有酸化物が、更にマンガンを含有する上記(1)~(7)のいずれか1項に記載の溶射被膜。
【0010】
(9)上記(1)~(8)のいずれか1項に記載の溶射被膜の製造方法であり、
ジルコニウムの炭窒化物粉末又はチタニウムの炭窒化物粉末と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属粉末とから形成された複合物を含む溶射原料を溶射する製造方法。
(10)上記(1)~(8)のいずれか1項に記載の溶射被膜の製造方法であり、
ジルコニウムの窒化物粉末と炭化物粉末の混合粉末、又はチタニウムの窒化物粉末と炭化物粉末の混合粉末と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属粉末とから形成された複合物を含む溶射原料を溶射する製造方法。
【0011】
(11)前記溶射原料が、10~100μmの平均粒径(D50)を有する造粒物である上記(9)又は(10)に記載の溶射被膜の製造方法。
(12)上記(1)~(8)のいずれかに記載の溶射被膜を表面に有する金属物品。
(13)熱処理炉内のホウ素含有鋼材の搬送ロールである上記(12)に記載の金属物品。
(14)ホウ素含有ガラスを成形する金型である上記(12)に記載の金属物品。
【発明の効果】
【0012】
本発明の溶射被膜は、ホウ素などの微量元素含有部材と高温で接触した場合におけるビルドアップを効果的に抑止し得る。例えば、ホウ素含有鋼板を熱処理するロール表面に用いた場合のビルドアップの生成を抑制でき、また、ホウ素含有ガラスを成形する金型表面に用いた場合のガラスの付着を効果的に抑制できる。
また、本発明の溶射被膜は、従来、ビルドアップ対策に使用されていた溶射被膜に比べて被膜の靭性や耐熱衝撃性が高い。また、空孔が少なく耐摩耗性が高く、更には、溶射被膜と金属基材との線熱膨張係数の差が小さいため、被膜の剥離が抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】高温におけるホウ素含有融液のセラミックスに対する濡れ広がり性を試験する態様を示す模式図である。
【
図2】
図1の濡れ広がり性試験で、平板状セラミックスに対する球状のガラス試料の有する接触角を測定する態様の一例を示す。
【
図3】各セラミックスに対するガラス試料の有する接触角の測定結果をまとめて示す。
【
図4】溶射被膜に対するMn-Si-Fe及びB
4Cの複合酸化物粒子の圧着試験方法の模式図である。
【
図5】
図4の圧着試験の実施後に実施例1の溶射被膜表面のMnが強く検出される領域の分布を示したものであり、明色部が当該領域である。
【
図6】
図5の圧着試験を行った結果得られたMnが強く検出される領域の面積率、及び各試験片被膜の金属相体積率を併記したものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、ホウ素含有酸化物などに起因するビルドアップを抑制するため、後記する試験1において記載するように、高温(900℃)におけるホウ素含有融液を使用し、酸化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、窒化ジルコニウム、酸化チタニウム、炭化チタニウム、窒化チタニウムの6種類のセラミックス材料に対する接触角を測定することにより濡れ広がり性を試験した。ビルドアップは、ホウ素などの微量元素含有部材と高温で接触した場合におけるセラミックス材料に対する濡れ広がり性が小さいほど、すなわち、上記接触角が大きいほど抑制できるためである。
【0015】
この結果を示す
図3からわかるように、温度900℃の高温において、窒化ジルコニウム、窒化チタニウムが100°以上の大きい接触角を示し、他の4種の酸化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、酸化チタニウム、炭化チタニウムでは接触角が小さい。このことから、窒化ジルコニウム、窒化チタニウムはホウ素含有溶融ガラスの濡れ広がりを抑制する効果、すなわち、ホウ素含有物に対するビルドアップ抑制性を有していることがわかった。一方、他の4種の酸化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、酸化チタニウム、炭化チタニウムは、溶融ガラスの濡れ広がり性が抑制されず、ホウ素含有物に対するビルドアップ抑制性が小さいことがわかった。
【0016】
上記の知見をもとに、ホウ素含有酸化物などに起因するビルドアップ抑制材料としての窒化ジルコニウムや窒化チタニウムを含有する溶射物について研究を進めたところ、下記するように、窒化ジルコニウムや窒化チタニウムのみでは、そのための材料としてはなお不十分であり、更にこれらの炭化物を複合化させたジルコニウムの炭窒化物又はチタニウムの炭窒化物を含有し、かつ、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属を含有するバインダー金属を含有する本発明の溶射被膜に到達した。
【0017】
(溶射被膜)
本発明の溶射被膜は、ジルコニウムの炭窒化物、又はチタニウムの炭窒化物を含むセラミックス相と、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属を含む金属相とを含有する。
セラミックス相のみの溶射被膜は、靭性や金属基材に対する密着性が不足するため、被覆部材が高温や熱サイクルに晒されると被膜の割れや剥離が生じやすい。セラミックス相と金属相とを共存させることによって被膜の靭性や耐熱サイクル性が向上し、被覆部品の耐久性が飛躍的に向上する。
【0018】
セラミックス相を構成するジルコニウム若しくはチタニウムの炭窒化物は、それぞれ、ジルコニウム若しくはチタニウムの窒化物と、ジルコニウム若しくはチタニウムの炭化物との複合体である。前者の窒化物は、特に、硼素含有物質の濡れを抑止し、その付着を抑制するために必要な成分である。後者の炭化物は、溶射被膜の金属相との結合を強化するとともに、溶射被膜を被覆する金属物品に対する密着強度を増加させる。
ジルコニウムの炭窒化物はジルニウムの窒化物とジルコニウムの炭化物との共晶体であり、また、チタニウムの炭窒化物は、チタニウムの窒化物とチタニウムの炭化物との共晶体であるのが好ましい。
【0019】
溶射被膜における金属相は、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属を含有する。これらの鉄族金属は、ジルコニウム若しくはチタニウムの炭化物と高温において固溶相を形成するため、セラミックス相と金属相との接合強度が十分なものとなる。鉄族金属は、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選択される少なくとも1種の鉄族金属である。なかでも、ニッケル及び/又はコバルトを含むものは、高温耐食性に優れている。
【0020】
金属相を形成する鉄族金属は、上記鉄族金属の単体、混合物、またはそれらを含む合金であってもよい。合金の場合には、被膜の組織が均一化するために好ましい。溶射被膜には、鉄族金属とともに他の金属成分を含有することも可能である。例えば、耐酸化性を向上させるためのクロム(Cr)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)や、機械的強度を向上させるためのイットリウム(Y)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)が効果的である。
【0021】
本発明の溶射被膜におけるセラミックス相と金属相との含有比率は、セラミックス相に含まれるジルコニウム及び/若しくはチタニウムの炭窒化物が、セラミックス相及び金属相の全体に対して、50~90体積%であるのが好ましい。この範囲にすることにより、靭性や金属基材に対する密着性が良好になり、高温や熱サイクルに晒されたときに被膜に割れや剥離が生じにくい。また、高温でのホウ素含有酸化物の付着を抑制することができる。上記含有比率は、60~80体積%がより好ましい。
【0022】
また、溶射被膜のセラミックス相におけるジルコニウム及び/若しくはチタニウムの窒化物と、ジルコニウム及び/若しくはチタニウム炭化物との含有比率については、窒化物の原子比が、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.3以上であるのが好ましい。
ホウ素を含有する酸化物に対する濡れ性を更に低下させてビルドアップを抑制する点からは、上記窒化物の原子比は、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.5以上であることがより好ましく、0.7以上であることが特に好ましい。
【0023】
一方、窒化物のみでは金属相との結合性が十分でなく、ジルコニウム及び/若しくはチタニウムの炭化物を少なくとも一定量含んでいる必要がある。具体的には、炭化物の原子比が、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.2以上であるのが好ましい。このような範囲にすることにより、窒化物及び炭化物のそれぞれの特性が良好に発揮される。
更に、金属相との結合性を強固にする点からは、上記炭化物の原子比は、窒化物と炭化物の合計原子量に対して0.2~0.6であることが好ましく、0.3~0.5であることがより好ましい。
【0024】
(溶射原料)
本発明の溶射被膜の溶射原料は、セラミックス相を形成する原料粉末と、金属相を形成する原料粉末との混合物が使用される。
セラミックス相を形成する原料粉末としては、ジルコニウム若しくはチタニウムの炭窒化物粉末、又は、ジルコニウム若しくはチタニウムの窒化物粉末とジルコニウム若しくはチタニウムの炭化物粉末との混合物が使用できる。これらの窒化物と炭化物とは高温で相互に固溶し、両者が一体化した共晶体からなる炭窒化物として存在することができる。
セラミックス相を形成する原料粉末としては、なかでも、窒化物粉末と炭化物粉末との混合物よりも、窒化物と炭化物が固溶した共晶体である炭窒化物粉末を用いる方が、溶射被膜が有する耐熱性、耐摩耗性、高温耐食性等の特性を長期間維持する点から好ましい。
【0025】
金属相を形成する原料粉末としては、鉄、ニッケル及びコバルトからなる群から選ばれる少なくとも1種の鉄族金属粉末が使用される。鉄族金属粉末は、鉄、ニッケル及びコバルトの1種、又は2種以上の粉末の混合物が使用されるが、混合物よりも含有成分の合金の場合には、ハンドリングが容易であり、また、溶射被膜の組織が均一化するので好ましい。
【0026】
(溶射被膜の製造方法)
本発明の溶射被膜は以下の手順により製造できる。
溶射被膜の上記した溶射原料であるセラミックス粉末、及び金属粉末などをそれぞれ秤量し、回転ボールミルや振動ボールミルなどを用いて、アルコール等の有機溶媒中で混合粉砕する。これらの原料粉末はできるかぎり純度が高く、微細である方が優れた特性の溶射被膜を得る上で好ましい。特に、得られる溶射被膜の均質性を確保するために、セラミックス粉末の粒径は、平均粒径(D50)を10μm以下とするのが好ましく、4μm以下とするのがより好ましい。
【0027】
回転ボールミルや振動ボールミル等で粉砕混合した原料粉末は、そのまま溶射原料としてもよいが、好ましくは有機バインダーを使用し、非酸化性雰囲気中でスプレードライヤー等を用いて造粒処理を行うことが好ましい。有機バインダーとしては、焼結時に除去され易いものを選ぶことが好ましく、アクリル樹脂、ポリエチレングリコール等を用いることができる。
【0028】
造粒処理を行った粉末は、一般に球形であり、流動性は良いが、加圧ガスなどによる搬送に耐える強度をもたせるために、この造粒粉を、アルゴンなどの非酸化性雰囲気中において好ましくは800~1000℃でか焼するのが好ましい。これにより、有機バインダーが除去されるとともに、球形を保ったまま造粒粉内の一次粒子同士が焼結できる。次いで、これを解砕すると概ね球状となり、加圧ガスによる搬送を行っても容易に崩れなくなる。
【0029】
得られた焼結造粒粉は、好ましくは所望の粒径になるよう分級した後、溶射原料として用いられる。溶射原料粉末の好ましい粒径は平均粒径(D50)で10~100μmであり、より好ましくは15~75μmである。
【0030】
本発明で使用する溶射法は、特に限定されないが、高速フレーム溶射法、大気プラズマ溶射法が好ましく、特に、高速フレーム溶射法が好ましい。高速フレーム溶射法としては既知の方法が使用され、例えば、以下の条件が使用される。
溶射装置:TAFA社製の「JP5000」、バレル長さ:8inch
酸素流量:2050scfh、灯油流量:6gph、溶射距離:380mm
【0031】
(溶射被膜を有する金属物品)
本発明の溶射被膜は、ホウ素含有酸化物や、更にケイ素、あるいは更にマンガンを含むホウ素含有酸化物の付着を抑制することができる。この特性は、500℃以上、更には、700℃以上、特には850℃以上でホウ素含有部材と接触した場合により顕著に、ホウ素含有酸化物や、更にケイ素、あるいは更にマンガンを含むホウ素含有酸化物の付着を抑制することができる。
このため、本発明の溶射被膜を、例えば、器具、機具、機械、装置などの金属物品の表面の一部または全面に形成することにより、これらの金属物品に対するホウ素含有酸化物や、更にケイ素、あるいは更にマンガンを含むホウ素含有酸化物の付着を抑制することができる。
【0032】
本発明の溶射被膜を設ける金属物品の具体例としては、ホウ素、ケイ素、及びマンガンを含有する鋼板を高温において連続的に搬送するロールや、ホウケイ酸ガラス(SiO2-B2O3-Al2O3-CaO-R2O、R:アルカリ金属元素)を含むガラス製品の製造設備において高温のガラスと直接的に接触するロールや金型などが挙げられる。これらの場合、Fe-Mn-Si-B-O化合物や、ホウケイ酸ガラスの非凝着性が求められるだけでなく、耐熱性、耐摩耗性、高温耐食性が求められ、上記した本発明の溶射被膜の特性が特に発揮される。
【0033】
本発明の溶射被膜を設ける金属物品の材質としては、主として、鉄鋼、ステンレス鋼などの鉄系金属であるのが好ましい。この場合、金属物品は、その全体が鉄系金属であってもよく、また、溶射被膜を設ける表面の材料のみが鉄系金属であってもよい。後者の場合、溶射被膜を設ける表面以外の材料は、アルミニウム及びアルミニウム合金やマグネシウム及びマグネシウム合金などの軽量金属材料であっても良く、セラミックス材料を用いることもできる。
【0034】
本発明の溶射被膜は、溶射被膜を設ける金属物品の表面に上記した既知の溶射法により直接形成してもよく、また、本発明の溶射被膜を予め形成した金属部材をこれらの金属物品の表面に溶接などにより貼り付けてもよい。この場合の金属部材は、上記した鉄鋼、ステンレス鋼などの鉄系金属であるのが好ましい。
本発明の溶射被膜を設ける金属物品又は金属部材における溶射被膜の厚みは特に限定されないが、0.05~1.5mmが好ましく、0.1~1.0mmがより好ましい。
【実施例】
【0035】
以下に本発明の実施例を挙げて、本発明について具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定して解釈されない。
(試験例1)
酸化ジルコニウム(ZrO2(3YZ))、炭化ジルコニウム(ZrC)、窒化ジルコニウム(ZrN)、酸化チタニウム(TiO2)、炭化チタニウム(TiC)、窒化チタニウム(TiN)の6種類のセラミックスについて、高温におけるホウ素含有ガラスに対する濡れ広がり性を、下記の接触角度の測定を通じて評価した。
【0036】
ホウ素含有ガラスとして、ホウケイ酸ガラス粉末(組成:SiO2-B2O3-10R2O(R:Na,K)、日本フリット社製CY5401)を使用し、これを溶融・固化した塊から直方体(縦5mm、横5mm、高さ10mm)に加工した試料を用いた。また、各セラミックス試料は、平均粒子径:1~3μm(D50)の粉末を準備し、放電プラズマ焼結法を用いて、相対密度98%以上の厚さ5mmの平板状焼結体としたものを用いた。両試料は、その一面をダイヤモンド研磨剤により10点平均粗さ(Ra)が0.05μm以下となるまで研磨し、試験に供した。
【0037】
図1に示すように、平板状セラミックス試料上に、ホウ素含有粉末ガラス試料を載せ、これを電気炉内において、昇温・降温速度を毎分10℃に制御しながら大気中で加熱した。高温になるにしたがって、直方体のガラス試料は、球状化し、900℃に10分間保持した時点で、
図2にその1例(この例における接触角は95度)が示すように接触角を測定した。
図3は、このように測定された各セラミックスに対するガラス試料の有する接触角の測定結果をまとめて示す。
【0038】
図3からわかるように、温度900℃において、窒化ジルコニウム、窒化チタニウムが100°以上の大きい接触角を示し、他の4種の酸化ジルコニウム、炭化ジルコニウム、酸化チタニウム、炭化チタニウムではガラスは接触角が小さい。このことから、窒化ジルコニウム、窒化チタニウムは、濡れ広がりを抑制する効果が大きく、ホウ素含有物に対するビルドアップ抑制性が高いことがわかった。一方、他の4種の材料は、溶融ガラスの濡れ広がり性が抑制されず、ビルドアップ抑制性が小さいことがわかった。
【0039】
(実施例1)
ジルコニウム窒化物粉末(ZrN、粒径:1~2μm、日本新金属社製)、ジルコニウム炭化物粉末(ZrC、粒径:1~4μm、日本新金属社製)及びCo-32質量%Ni-21質量%Cr-8質量%Al-0.5質量%Y合金粉末(粒径:5.5~38μm、エリコンメテコ社製:Amdry9951)を重量比が33:32:35となるように秤量し、回転ボールミルによりエチルアルコール溶媒を用いて混合・粉砕した。この粉砕粉を密閉式のスプレードライヤーによって造粒し、不活性雰囲気中で加熱処理を行った後に解砕・分級し、粒径:10~45μm(D50粒径は28μm)の多孔質球形粉を得て溶射原料粉末とした。
【0040】
この溶射原料粉末を用いて、TAFA社製の「JP5000」を用いた上記条件による高速フレーム溶射法により、縦50mm、横100mm、高さ6mmのSUS304製板材のサンドブラストにより粗面化した片面に、厚みが約0.2mmの溶射被膜(Zr(C0.5・N0.5)-31.5wt%(CoNiCrAlY))を形成した。
【0041】
この溶射被膜を有する板材について、
図4に模式的に示す荷重印加方法により、次のようにして被膜と硼素と珪素を含む複合酸化物粒子との凝着性を評価した。
上記溶射被膜を有する板材から30mm角の小片をダイヤモンドカッターによって切り出し、溶射被膜の表面を湿式エメリー研磨により#1200まで研磨して評価用試験片とした。一方、硼素と珪素を含む複合酸化物粒子としては、シリコンマンガン鉄粉末(66重量%Mn-17重量%Si-Fe、粒度:-45μm)とボロンカーバイド粉末(B
4C、粒度:-45μm)を重量比90:10で混合した後、不活性ガス(Ar)中において900℃で均一化熱処理した粒子を用いた。
【0042】
均一化熱処理を行って得られた複合酸化物粒子を、5質量%メチルセルロース水溶液を用いてペースト化し、試験片の溶射被膜表面に塗布し乾燥させた後、鏡面研磨した縦50mm、横50mm、高さ6mmサイズのSKD61製(HRC45)板上に溶射面が接するように積み重ねた。この積層体を105℃の大気中で十分に乾燥した後、インストロン型万能試験機内に設置された電気炉内に静置し、不活性ガス(Ar)中で950℃に加熱しながら30分間、200Nの荷重を印加した。次いで、
図4における積層体から荷重を取り除き、室温まで冷却した後に電気炉外に取り出した。
【0043】
取り出された積層体の溶射試験片とSKD61製板は容易に剥離させることができ、複合酸化物粒子の殆どはSKD61製板に付着していた。このことから当該溶射被膜には複合酸化物粒子が凝着し難いことが明らかになった。試験後の溶射被膜表面を走査型電子顕微鏡(SEM)のエネルギー分散型X線分析装置(EDS)により分析し、Fe-Mn-Si-B-O化合物中のMnのマッピング分析を行った結果が
図5(a)である。Bは低融点の複合酸化物として接合界面に凝集し表面からは検出し難いことと、EDSによる分析の信頼性が低いことから、Mnの分析によりFe-Mn-Si-B-O化合物の分布調査を行なった。明部で表されるMnの高濃度分布領域面積率を、二値化ソフト(BMP Monochrome)を用いて数値化すると3%であった。
【0044】
(実施例2)
チタニウム炭窒化物粉末(TiC0.5・N0.5、粒径:1.2~1.5μm、日本新金属社製)、モリブデン炭化物粉末(Mo2C,粒径:1~2μm、日本新金属社製)、及びNi粉末(粒径:2.2-2.3μm、ニッコーシ社製:Ni255)を重量比が50:20:30となるように秤量し、回転ボールミルによりエチルアルコール溶媒を用いて混合・粉砕した。
この粉砕粉を密閉式のスプレードライヤーによって造粒し、不活性雰囲気中で加熱処理を行った後に解砕・分級し、粒径が10~45μm(D50粒径は32μm)の多孔質球形粉を得て溶射原料粉末とした。
【0045】
上記の原料粉末を用いて実施例1と同条件の高速フレーム溶射法により、縦50mm、横100mm、高さ6mmのSUS304製板材のサンドブラストにより粗面化した片面に、厚みが約0.2mmのセラミックス・金属複合材料被膜(Ti(C
0.5・N
0.5)-20wt%Mo
2C-30wt%Ni)を形成した。
この溶射被膜を有する板材を用いて、実施例1と同様な方法によって試験片を作製し、同一試験条件で硼素と珪素を含む複合酸化物粒子との凝着性を評価し、Fe-Mn-Si-B-O化合物中のMnのマッピング分析を行った結果が
図5(b)であり、明部で表されるMnの高濃度分布領域面積率を、二値化ソフト(BMP Monochrome)を用いて数値化すると22%であった。
【0046】
(比較例1~3)
比較例1では、溶射原料として、Co-32質量%Ni-21質量%Cr-8質量%Al-0.5質量%Y合金粉末(粒度:22~45μm、エリコンメテコ社製:Diamalloy4454)を用い、比較例2では、Cr3C2-25質量%(Ni-20質量%Cr)粉末(粒度:15~45μm、エリコンメテコ社製、WOKA7202)を用い、比較例3では、Cr3C2-37質量%WC-18質量%金属合金粉末(粒度:15~45μm、エリコンメテコ社製WOKA7502)を用いて、実施例1、2と同様にして、高速フレーム溶射法により、それぞれ、SUS304製板材のサンドブラストにより粗面化した片面に溶射被膜を形成した。
【0047】
この溶射被膜を有する板材について、実施例1、2と同様な方法によって試験片を作製し、同一試験条件で硼素と珪素を含む複合酸化物粒子との凝着性を評価した。比較例1~3のFe-Mn-Si-B-O化合物中のMnのマッピング分析を行った結果が、それぞれ、
図5(c)、
図5(d)及び
図5(e)である。明部で表されるMnの高濃度分布領域面積率を、二値化ソフト(BMP Monochrome)を用いて数値化すると、それぞれ、36%、72%及び88%であった。
【0048】
図6は、実施例1、2及び比較例1~3で実施した複合酸化物粒子との凝着性試験によって得られたMnの高濃度分布領域面積率(折れ線)と、各溶射被膜の金属相面積率(棒グラフ)とを比較したものである。一般的に金属相の面積率が高いと、高温下では酸化物が凝着し易いと考えられるが、実施例1、2では、金属相の比率に拘わらず、ホウ素と珪素を含む複合酸化物粒子の凝着が抑制されていることが示される。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の溶射被膜は、例えば、ホウ素などの微量元素含有鋼板を熱処理するロール表面に用いた場合のビルドアップの生成や、ホウ素含有ガラスを成形する金型表面に用いた場合のガラスの付着を防止するなど、ホウ素などの微量元素含有部材と高温で接触した場合に、ホウ素含有酸化物などの付着の抑止が望まれる分野で広く使用できる。