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特許7160921硝子体液に進入する易滑性マイクロプロペラ
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】硝子体液に進入する易滑性マイクロプロペラ
(51)【国際特許分類】
   A61F 9/007 20060101AFI20221018BHJP
   A61K 9/00 20060101ALI20221018BHJP
   A61K 51/00 20060101ALI20221018BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20221018BHJP
   A61B 3/10 20060101ALI20221018BHJP
【FI】
A61F9/007 170
A61K9/00
A61K51/00 200
A61P27/02
A61B3/10 100
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020531813
(86)(22)【出願日】2018-08-21
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-11-05
(86)【国際出願番号】 EP2018072501
(87)【国際公開番号】W WO2019038258
(87)【国際公開日】2019-02-28
【審査請求日】2020-04-21
(31)【優先権主張番号】17187924.0
(32)【優先日】2017-08-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506011249
【氏名又は名称】マックス‐プランク‐ゲゼルシャフト・ツア・フェルデルンク・デア・ヴィッセンシャフテン・アインゲトラーゲナー・フェライン
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【弁理士】
【氏名又は名称】徳本 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【弁理士】
【氏名又は名称】水島 亜希子
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】ウー,ヂーグァン
(72)【発明者】
【氏名】チウ,ティエン
(72)【発明者】
【氏名】フィッシャー,ペール
【審査官】望月 寛
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-540745(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0228237(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0270434(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 9/007
A61K 9/00
A61K 51/00
A61P 27/02
A61B 3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質媒体を介する粒子の拡散または能動輸送を容易にするための粒子であって、前記粒子が多孔質媒体に粘着するのを回避するために、前記粒子が当該粒子の表面に連結した少なくとも1つの固体層および前記固体層を取り囲む少なくとも1つの液体層でコーティングされた粒子であって
前記多孔質媒体が生体高分子メッシュ構造であり、
前記粒子の特徴的サイズが、前記多孔質媒体の平均細孔径よりも大きく、かつ、平均細孔径の10倍以下であり、
前記固体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ヒアルロン酸、ポロキサマー、酵素、アルブミン、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有し、または、
前記液体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、ポリエチレングリコール、シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ポロキサマー、酵素、アルブミン、多糖類、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有する、粒子
【請求項2】
粒子が多孔質媒体に粘着するのを回避するために、前記粒子を、前記粒子の表面に連結した少なくとも1つの固体層および前記固体層を取り囲む少なくとも1つの液体層でコーティングすることを特徴とし、
前記多孔質媒体が生体高分子メッシュ構造であり、
前記粒子の特徴的サイズが、前記多孔質媒体の平均細孔径よりも大きく、かつ、平均細孔径の10倍以下であり、
前記固体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ヒアルロン酸、ポロキサマー、酵素、アルブミン、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有する、または、
前記液体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、ポリエチレングリコール、シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ポロキサマー、酵素、アルブミン、多糖類、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有する粒子。
【請求項3】
前記固体層が、0.2nm~20μmの間の厚さを有しており、かつ/もしくは前記液体層が、0.5nm~500μmの間の厚さを有していることを特徴とする、請求項1または2に記載の粒子。
【請求項4】
前記多孔質媒体に適用する前に水溶液に分散されることを特徴とし、かつ/または、前記多孔質媒体に直接適用されることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の粒子
【請求項5】
少なくとも1つの安定剤が、前記粒子を分散させておくために前記水溶液に添加され、前記安定剤が、ポリ(ビニルアルコール)、ポリビニルピロリドン、ポリ(エチレンオキシド)、ポリエチレングリコール、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、ヒアルロン酸、ポロキサマー、デンプン、デキストリン、キトサン、アルギネート、単離ダイズタンパク質、ゼラチン、カタラーゼ、乳清タンパク質、アルブミン、ヒストン、カラゲニン、キサンタンガム、フェニルプロパンアミド、ベンゼンスルホン酸ナトリウムの少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする、請求項に記載の粒子
【請求項6】
前記粒子が、放射性であり、もしくは外部刺激の下で熱もしくは光放射を生じることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の粒子。
【請求項7】
前記粒子が、キラルもしくは変性キラル部分を有することを特徴とし、かつ/または前記粒子が、らせん形状の一部を有することを特徴とし、かつ/または前記粒子が、磁気モーメントを有することを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の粒子。
【請求項8】
トもしくは動物の硝子体液、粘液、滑液、リンパ液、細胞、結合組織;脳、神経、心臓、肺、腎臓、血管、肝臓、膵臓、胆嚢、胃腸管、尿路、精巣、陰茎、女性生殖器系、乳房、前立腺、耳、鼻、虫垂、関節および骨の組織を含む、生物学的に関連する媒体中に拡散するための、トまたは動物の硝子体液、粘液、滑液、リンパ液、細胞、結合組織;脳、神経、心臓、肺、腎臓、血管、肝臓、膵臓、胆嚢、胃腸管、尿路、精巣、陰茎、女性生殖器系、乳房、前立腺、耳、鼻、虫垂、関節および骨の組織を含む、生物学的に関連する媒体中、外部力もしくはトルクの印加による輸送を受けるための、治療のための、または生物医学的画像化もしくは診断画像化の補助のための請求項1~7のいずれか1項に記載の粒子。
【請求項9】
前記粒子の動作が、磁場を用いることによって遠隔で誘導されることを特徴とする、請求項4または5に記載の粒子
【請求項10】
コーティングを用いて多孔質媒体を介する粒子の拡散または能動輸送を容易にするための粒子を生成するための方法であって、
前記多孔質媒体が生体高分子メッシュ構造であり、
前記粒子の特徴的サイズが、前記多孔質媒体の平均細孔径よりも大きく、かつ、平均細孔径の10倍以下であり、
画定された形状の前記粒子を製作するステップと、
前記粒子の表面に連結する固体層をコーティングするステップと、
前記固体層と融合する液体層をコーティングするステップと
を含み、
前記固体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ヒアルロン酸、ポロキサマー、酵素、アルブミン、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有する、または、
前記液体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、ポリエチレングリコール、シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ポロキサマー、酵素、アルブミン、多糖類、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有することを特徴とする、方法。
【請求項11】
記粒子を水溶液に懸濁させるステップと、
懸濁液を多孔質媒体に注射するステップと、
前記粒子の運動を誘導するために磁場を印加するステップと、
画像化技術を用いて前記運動を観測するステップと
を含む方法に用いるための請求項1または2に記載の粒子。
【請求項12】
記粒子を多孔質媒体に分散させるステップと、
前記粒子の運動を誘導するために磁場を印加するステップと、
画像化技術を用いて前記運動を観測するステップと
を含む方法に用いるための請求項1または2に記載の粒子。
【請求項13】
前記方法において、前記磁場が、画像化の結果のフィードバックに基づいて変えられ、前記粒子が、前記多孔質媒体における標的位置に導かれることを特徴とする、請求項11または12に記載の粒子
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、媒体を介する粒子の拡散または能動輸送を容易にする方法に関する。本発明はさらに、新しい粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
治療的な画像化ナノ粒子の硝子体内送達は、眼科医薬分野において適用される潜在性が高いとの見込みがあり、硝子体における粒子の緩慢でランダムな受動拡散は、眼の後部の標的部位に急速送達するための新規な戦略を促進する。
【0003】
糖尿病性網膜症、緑内障、および糖尿病性黄斑浮腫などの多様な疾患を処置するように、眼科薬物の送達は眼科学において重要な役割を演じている。現在、角膜、毛様体および水晶体を含む眼球前部の疾患を処置するためには、局所投与が利用可能であるが、眼表面、涙液-眼関門、および網膜-血液関門からの薬物喪失に起因して、局所または系統的投与による眼の後部への送達は、非常に効果が低く、困難である3、4。この問題を解決するために、硝子体内注射および網膜への受動拡散について、様々な生物医学的ナノ粒子が研究されてきた5~7。受動拡散は、拡散時間が長く、生物医学的薬剤の活性が低下するという欠点があり、さらに、標的部位を優先することができない系統的な手法であり、副作用の危険性も増大する。したがって、硝子体内投与によって薬物を急速に標的送達することは、まだ難易度が高い。
【0004】
硝子体における生物医学的粒子の従来の受動拡散とは対照的に、能動的マイクロ/ナノプロペラは、ヒトの体内への標的薬物送達のための新規な経路を提供する10~13。生物模倣型マイクロ/ナノプロペラは、自然から学習して多様なエネルギーを機械運動に変換することによって、様々な流体における自己動力による自発運動を実証した14、15。in vivo条件のための合成モーターの最初のステップとなる18、ラット胃における酸を動力とするマイクロロケットの推進およびマイクロロボット鞭毛の磁気による群れ運動について調査されて以来16、17、近年ではin vivoでの推進を探求することにより、生体臨床医学のための合成プロペラがいくつか現れてきた19。様々なプロペラの中でも、細菌鞭毛の運動挙動を模倣する、磁気を動力とするプロペラでは、外部燃料または高コスト装置を必要としない、速度および方向が正確に制御される有効な推進を実証している20~25
【0005】
眼の硝子体などの実際の生体組織におけるマイクロ/ナノプロペラの運動を達成するために、相当な努力が注がれてきた。例えば、ネルソンのチームは、直径200μmを超える円筒マイクロロボットの外部磁場上での200μmの並進運動を報告した26。しかし、コラーゲン原線維メッシュ構造の強力な妨害により、硝子体におけるマイクロプロペラの長距離変位は、まだ実現していない。能動的マイクロレオロジー研究では、ブタ硝子体のメッシュサイズが約500nmであることが示されたが、このことは、この閾値よりも十分に小さいサイズのナノ粒子は妨げられずに運動できることを示唆している27。さらに、本発明者らは、直径120nmおよび長さ400nmの磁気らせん状ナノプロペラが、硝子体を模倣するモデル流体である多孔質ヒアルロナン溶液中で推進できることを報告した25。これらの結果は、プロペラのサイズが、複雑なメッシュ構造のメッシュサイズよりもはるかに小さい場合、プロペラとメッシュ構造との相互作用が最小限に抑えられ、したがってナノ多孔性媒体中では、マイクロプロペラではなくナノプロペラの推進が可能であることを示している。しかし、ナノプロペラの推進速度および積載容量は、共にそれらのサイズが小さいことにより制限される。したがって、プロペラのサイズを可能な限り大きく、例えばマイクロメータサイズにすると同時に、生物学的多孔質媒体にも進入できるようにすることが有益である。
【0006】
易滑性表面は、米国特許第9,121,306B2号から、および該特許の同じ著者による刊行物であるWong,T.-S.et al.Bioinspired self-repairing slippery surfaces with pressure-stable omniphobicityから公知である。眼内に治療剤を標的送達するための方法は、米国特許第2004/0086572A1号から公知である。
【発明の概要】
【0007】
本発明が対処する課題
本発明は、媒体を介する粒子の拡散または能動輸送を容易にする新しい方法を提供する課題に対処する。本発明はさらに、新しい粒子を提供する課題に対処する。
【0008】
本発明による解決法および好ましい実施形態
その課題は、請求項1に記載の方法を提供することによって解決される。また、請求項2に記載の粒子を提供することによって解決される。好ましくは、粒子は、粒子の表面に連結した少なくとも1つの固体層および固体層を取り囲む少なくとも1つの液体層でコーティングされる。本発明の他の好ましい実施形態は、従属請求項および以下の説明に提供される。単独または組合せで適用することができる本発明の好ましい特色は、従属請求項、以下の説明および図において論じられる。本発明をその様々な実施形態で実現するために、本説明、特許請求の範囲および図に開示される特色は、個々に、ならびに任意の組合せにより関連付けることができる。
【0009】
本発明の文脈において、粒子の「特徴的サイズ」は、粒子の運動方向に対して垂直であり、粒子と交わる、任意の横断面の最大長である。
【0010】
本発明の文脈において、媒体の「メッシュサイズ」は、多孔質媒体の平均細孔径である。
【0011】
用語「粒子」および「マイクロ粒子」は、本文では同義に使用される。接頭辞「マイクロ」は、一部の適用で粒子が、何らかの意味で、例えば粒子が運動する体積と比較して小さくてよいことを示すことを単に意味する。
【0012】
好ましい粒子は、プロペラである。用語「プロペラ」および「マイクロプロペラ」は、本文では同義に使用される。接頭辞「マイクロ」は、一部の適用でプロペラが、何らかの意味で、例えばプロペラが運動する体積と比較して小さくてよいことを示すことを単に意味する。
【0013】
好ましい粒子は、らせんである。用語「らせん」および「マイクロらせん」は、本文では同義に使用される。接頭辞「マイクロ」は、一部の適用でプロペラが、何らかの意味で、例えばプロペラが運動する体積と比較して小さくてよいことを示すことを単に意味する。
【0014】
本発明の文脈において、「易滑性」は、特に以下にさらに詳説される通り媒体との粘着を回避するために、粒子に自発運動を容易にする少なくとも1つのコーティングを提供することを意味する。
【0015】
未公開欧州特許出願第17166356号として2017年4月12日に提出された以前の発明「プロペラおよびプロペラを動作させる方法(Propeller and method in which a propeller is set into motion)」は、本発明の一部であり、したがって、後半の出願の説明は、本説明に含まれており(見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」で始まる)、後半の出願の図は、本発明の図に完全に含まれている。このことは、以下に提供される定義において、見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」が、本出願全体に適用されるものであることを意味する。さらに、本発明は、見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」の前に開示された特色と、見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」の後に開示された特色の任意の組合せを包含する。同じく、図および特許請求の範囲、ならびに記載の説明のいずれかの部分、図のいずれか、および特許請求の範囲のいずれかの組合せにも準用される。
【0016】
特に、本発明の一部の実施形態では、本発明によるプロペラは、見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」後の本文に記載されている方法を用いることによって、自発運動させられる。また、本発明の一部の実施形態では、本発明によるプロペラは、見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」後の本文に記載されているプロペラである。さらに、本発明の一部の実施形態では、本発明によるプロペラは、見出し「プロペラおよびプロペラを動作させる方法」後の本文に記載されている方法の1つによって製造される。
【0017】
ここで本発明者らは、ブタの眼の硝子体液中を能動的に推進し、網膜に到達する、最初のマイクロ粒子を報告する。好ましいマイクロ粒子は、硝子体液に進入する易滑性マイクロプロペラである。好ましいマイクロ粒子は、らせん状である。マイクロ粒子は、好ましくは視射角蒸着技術および易滑性液体層の融合の組合せによって構築される。硝子体液における磁気による推進は、硝子体のコラーゲンメッシュ構造に一致するプロペラのサイズ、およびコラーゲン線維束の抗粘着コーティングに依存する。臨床的光干渉断層計では、硝子体を通って網膜の黄斑領域まで易滑性マイクロプロペラが変位したことが観測された。易滑性マイクロプロペラは、1センチメートルを超える移動距離を伴いながら、30分以内に網膜への制御可能な大規模運動(massive movement)を実現した。したがって、易滑性マイクロプロペラの注射、硝子体における磁気を動力とする制御可能な推進、および光干渉断層計による画像化技術は、眼を標的とする急速送達のための未開拓の方法を構成して、眼科適用に有望な手法を提供する。
【0018】
本発明者らは、硝子体液中を能動的に推進し、網膜に到達する、最初のマイクロ粒子を報告する。粒子は、硝子体の生体高分子メッシュ構造のメッシュサイズに一致する直径を有するらせん形状であり、粒子上の易滑性表面コーティングは、コラーゲン束との相互作用を最小限に抑える。後者は、それらの囲口部に易滑性液体層を作り出すことによって昆虫を落とし込むウツボカズラに着想を得ている28~30。易滑性液体層の自然機序は、バイオマスに粘着するのを防止する、液体の固有の動態および自己治癒性質を利用して、主に非毒性シリコーン油およびフルオロカーボンに基づく人造の易滑性液体層の開発を促進している31、32。粒子は、有限磁気モーメントを備える磁気部分を有する。外部磁場が無線で作動すると、易滑性マイクロプロペラは、制御可能な推進を示すだけでなく、膨大な量が眼球全体にわたる長距離自発運動を示し、網膜に到達することが、光干渉断層計(OCT)画像化によって観測された。眼内の移動距離は、30分以内にセンチメートルスケールを超える。本発明者らは、硝子体内注射、急速長距離自己推進、および臨床的に承認されている機器による非侵襲的モニタリングを含めた操作手順全体(図1)が、眼科治療のための標的送達手法の一ステップをさらにもたらすと期待している。
【0019】
本発明を、模式図を利用しながらより詳細に示す。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、1)硝子体へのマイクロプロペラの注射、2)硝子体内で網膜に向かう、磁気により駆動されるマイクロプロペラの長距離推進、3)網膜上の標的領域におけるマイクロプロペラのOCTによる観測の3つのステップによる、硝子体液を介する易滑性マイクロプロペラの標的送達手順の模式図。
図2図2は、易滑性マイクロプロペラの製作および特徴付け。(a)製作プロセスの模式図。(bおよびc)易滑性マイクロプロペラの走査電子顕微鏡(SEM)画像。(d)コーティングなし(上)および易滑性コーティングあり(下)のマイクロプロペラのフーリエ変換赤外分光法(FTIR)。挿入画像は、それぞれ裸のマイクロらせんアレイおよびコーティングされたマイクロらせんアレイを有するウエハの接触角を示す。
図3図3は、硝子体液における易滑性マイクロプロペラの制御可能な運動。(a)硝子体における裸のマイクロプロペラの1サイクルについて不完全な回転を示すタイムラプス顕微鏡画像。(b)硝子体における裸のマイクロプロペラの1回転について完全な回転を示すタイムラプス画像。各フレーム内の点は、らせんのピーク位置を示す。(c)硝子体における裸のシリカ粒子および易滑性層官能化粒子の受動拡散係数。(d)磁場の下での硝子体における易滑性マイクロプロペラの制御可能な推進。線は、プロペラの軌道を示す。(e)硝子体および水における磁場の駆動周波数への易滑性マイクロプロペラの推進速度の依存。
図4図4は、硝子体における易滑性マイクロプロペラの運動の特徴付け。(a)マイクロプロペラの2つの典型的な軌道およびそれらの対応する動的速度(挿入図)。(b)硝子体および25%グリセロールにおけるマイクロらせんの動的速度のヒストグラム。(c)硝子体における易滑性マイクロプロペラの軌道は、推進方向の振動を示す。挿入図は、それぞれ硝子体(暗色)および25%グリセロール(白色)における、マイクロプロペラの100μm距離にわたるスイング角度の分布を示す(n>60)。
図5図5は、眼球全体における易滑性マイクロプロペラの運動。(a)硝子体における易滑性マイクロプロペラの大規模運動を示す模式図。受動的蛍光性粒子は、注射位置に印を付けるために、マイクロプロペラと一緒に注射される。(b)受動的粒子を示す蛍光画像は、硝子体における注射スポットに残っている。(c)黄斑近くの網膜の自家蛍光画像。(d)(c)の対応する破線で標識された領域におけるマイクロプロペラの分布を示す、OCT走査の3D再構築による粒子カウント。(eおよびf)それぞれ、プロペラ着陸帯域近くのxおよびy走査のOCT画像。破線は、網膜近くのマイクロプロペラを円で囲んでいる。走査平面は、(c)に長い矢印として示されている。(g)プロペラ着陸帯域から離れたy走査のOCT画像。
図6】補足図1は、裸のマイクロプロペラの走査電子画像。
図7】補足図2は、硝子体におけるプロペラの運動を確認するための実験方法の模式図。顕微鏡によって観測された部位は、初期注射スポットから3mm離れている。
図8】補足図3は、(a)顕微鏡画像は、ごくわずかなペルフルオロカーボン分子官能化マイクロプロペラが、硝子体において運動できることを示している。(b)顕微鏡画像は、易滑性マイクロプロペラの大集団が、緩衝液と硝子体の境界を横断し、硝子体において継続的に運動することを示している。色付きの線は、マイクロプロペラの軌道を示している。(c)緩衝液溶液から硝子体に推進するマイクロプロペラの軌道。
図9】補足図4は、(a)グリセロール溶液における易滑性マイクロプロペラの軌道。(b)硝子体(ハッシュ付き)および25%グリセロールにおける易滑性マイクロプロペラの運動についての過渡的スイング角度の比較。
図10】補足図5は、眼の硝子体における量子ドットで官能化された易滑性マイクロプロペラの、垂直(a)および水平(b)大量運動(mass movement)を示すタイムラプス蛍光画像。
図11】補足図6は、眼の中心に易滑性プロペラを注射し、周波数70Hzおよび強度8mTの外部回転磁場の下で網膜に向かって1時間にわたって運動した後の、網膜近傍のプロペラの位置を示す組織学的検査画像。
図12】補足図7は、生体材料中を運動する本発明による易滑性マイクロプロペラの模式図。少なくとも1つの固体層(2)および少なくとも1つの液体層(3)でコーティングされた粒子(1)は、媒体(4)を介して拡散または能動輸送される。安定剤(5)は、粒子(1)を分散させたままにするために溶液に添加することができる。
図13】追加図1(a)は、斜視図による本発明によるプロペラの実施形態の斜視図であり、追加図1(b)は、図1(a)のプロペラの横断面図である。
図14】追加図2は、磁石が取り付けられ、軟組織に包埋された本発明によるプロペラの光学顕微鏡画像である。
図15】追加図3は、Matrigel(登録商標)に進入する図2のプロペラの2つの光学顕微鏡画像を示しており、下の画像は上の画像の18秒後に撮影したものである。
図16】追加図4(a)-(d)は、図4(a)に示されている本発明によるプロペラの断面形状を、図4(b)~4(d)に示されている従来技術のプロペラの断面形状と模式的に比較する。
図17】追加図5は、本発明によるプロペラと、プロペラと共回転する媒体の模式的断面表示である。
図18】追加図6(a)は、媒体の変形を視覚化するために媒体に包埋されたトレーサー粒子を用いる、粘弾性媒体におけるプロペラの映像のフレームを示し、追加図6(b)は、プロペラの多数回転期間にわたる1つのトレーサー粒子の軌道を示す。正規化変形が大きいと、軸推進力が大きくなる。
図19】追加図7は、粘弾性媒体において回転する本発明によるプロペラの横断面図を示しており、プロペラの回転によって誘導された媒体の有効に変形した領域を、斜線で標識する。
図20】追加図8は、粘弾性媒体において回転する従来技術のプロペラ設計の横断面図を示しており、プロペラの回転によって誘導された媒体の有効に変形した領域を、斜線で標識する。
図21】追加図9は、粘弾性媒体において回転する別の従来技術のプロペラ設計の横断面図を示しており、プロペラの回転によって誘導された媒体の有効に変形した領域を、斜線で標識する。
図22】追加図10は、本発明によるプロペラのエッジに対する、短い部分の示力図である。
図23】追加図11は、ブタ脳組織に進入する図2のプロペラの2つの光学顕微鏡画像を示しており、下の画像は上の画像の300秒後に撮影したものである。
図24】追加図12は、本発明によるプロペラを生成する方法を示す。
図25】追加図13は、本発明によるプロペラを生成する別の方法を示す。
図26】追加図14は、両端に順テーパーを有する本発明による2つのプロペラの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
結果
易滑性マイクロプロペラの製作および表面コーティング
易滑性マイクロプロペラの製作は、らせん状マイクロ構造を調製し、マイクロらせん上に易滑性層をコーティングする2つの主なステップからなる(図2a)。らせん状マイクロ構造を、既に記載されている通り、視射角蒸着(GLAD)技術によって製作した33。らせんは、構造的セグメントとしてのシリカおよび磁気セグメントとしてのニッケルからなる(詳細については方法のセクションを参照されたい)。得られたマイクロらせんを、気相蒸着によって分子ペルフルオロカーボン層で官能化し、その後、易滑性ペルフルオロカーボン液体層と融合させた34。最後に、易滑性マイクロらせんを、ウエハから放出させ、水性媒体に十分に分散させた。ペルフルオロカーボン分子官能化マイクロらせん上へのペルフルオロカーボン液体の融合によって、潤滑液表面の完全な被覆性および耐久性が保持された。
【0022】
図2bの走査電子顕微鏡画像により、GLAD法に基づくマイクロらせんの高忠実度の大量生成が確認される。図2cの拡大SEM画像は、硝子体のメッシュ構造のメッシュサイズに一致する直径500nmのシリカヘッドを有する、長さが2μmの典型的ならせん幾何構造を示している。補足図1の裸のらせんと比較すると、易滑性液体層の固定化によって、裸のマイクロらせんの幾何構造が維持されて、外部回転磁場で効率的な推進が確保される。マイクロらせんの表面エネルギーを評価するために、水接触角の測定を、マイクロらせんアレイを伴うウエハで実施した。図2dの挿入画像は、裸のマイクロらせんアレイおよびペルフルオロカーボン液体層官能化マイクロらせんの接触角が、それぞれ7°および145°であることを示している。水接触角の大幅な増大は、マイクロプロペラの疎水性が有効に増強され、表面エネルギーが低減することを立証する。さらに、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)による裸のマイクロらせんのスペクトルと比較すると、図2dの易滑性マイクロらせんのスペクトルでは、1199cm-1においてCF基の特徴的ピークが明らかになっており35、ペルフルオロカーボン材料の官能化が確認される。
【0023】
硝子体における推進制御
ブタの眼は、硝子体の解剖学的構造および特性がヒトの眼に類似しているため、ブタの眼をヒトの眼のモデルとして使用した36。マイクロプロペラを、8mTの均質な大きさの回転磁場によって無線で駆動した。硝子体のメッシュサイズと同等のサイズ(500nmのシリカヘッド)のマイクロプロペラは、硝子体のメッシュ構造を通り抜けて運動することができる。さらに、易滑性液体層によって、マイクロプロペラが硝子体の粘着に対して容易に反発し、それら両方の効果が、硝子体のメッシュ構造を通り抜ける易滑性プロペラの硝子体内推進を高める。硝子体において生じた推進を確認するために、補足図2に示される通り、観測戦略を設計した。易滑性マイクロプロペラおよび参照としてのシリカマイクロ粒子を、水溶液に懸濁させた。混合物懸濁液を硝子体に注射し、注射した水溶液以外の硝子体における推進を確認するために、参照粒子から少なくとも3mm離れた領域で観測を実施した。一方、回転磁場での裸のマイクロプロペラおよびペルフルオロカーボン分子官能化プロペラの硝子体における挙動も、対照として調査した。図3aのタイムラプス画像は、裸のマイクロプロペラの1サイクルの回転を示しており、裸のプロペラは、完全に回転することができず、揺動動作を示し、不整合角度で軸回りを回転したが(図3a、補足映像1)、このことは、ペルフルオロカーボンによる官能化が、マイクロらせんと媒体のポリマー性メッシュ構造との間の粘着を低減することによって、硝子体における推進に必須であることを示している。
【0024】
それとは対照的に、ペルフルオロカーボンで官能化されたマイクロプロペラは、完全に回転し、マイクロらせんのピッチに基本的に合致する1サイクル平均200nmの明らかな変位を示している(図3b)。さらに、ペルフルオロカーボン分子だけによって官能化されたごく小さい比率のマイクロプロペラが、硝子体における推進を達成した(補足図3a)。易滑性フルオロカーボン液体層の官能化は、フルオロカーボン分子コーティングだけで官能化したものと比較して、硝子体における推進特性の向上を示した。粒子の表面上を、固体層および液体層の両方でコーティングすると、それらの粒子は、高いパーセンテージで効率的な推進を達成しただけでなく、眼内でセンチメートルスケールの変位の長距離推進を示した。このことは、欠陥がない被覆性、相当高い圧力安定性、および自己治癒効果を含めた、易滑性フルオロカーボン液体官能化の利点を明らかに示唆している29。補足映像2からキャプチャーした補足図3bのタイムラプス画像は、強度8mTおよび周波数70Hzの磁場で、易滑性マイクロプロペラの大集団が、水性緩衝液から境界を横断して硝子体内に運動することを示している。光学顕微鏡で観測された移動距離は、5mmを超えている。補足図3cの対応する追跡線は、水性緩衝液から硝子体に易滑性プロペラが運動する間に振動が悪化することを示している。さらに、ペルフルオロカーボン液体層は、耐久性がかなり高く、易滑性マイクロプロペラは、1カ月間以上保存した後も硝子体において運動することができる。
【0025】
易滑性マイクロプロペラの運動方向性は、ヘルムホルツコイルからの磁場を操作することによって制御することができる。図3dのタイムラプス画像は、易滑性マイクロプロペラが硝子体内の所定の通路をたどるようにする可逆的磁気ナビゲーションを示している。外部磁気周波数に対する、硝子体および水における易滑性マイクロプロペラの速度の依存性も調査した。図3eに示される通り、水中の易滑性マイクロプロペラの平均速度は、10Hzで1.4μm/sから、100Hzで11.4μm/sに上昇する。硝子体における推進は、10~70Hzの範囲にわたって0.7μm/sから10.6μm/sへの類似の傾向を示し、周期外れ周波数は70Hzであった。周期外れ周波数を超えると、易滑性プロペラの速度は劇的に低下した。これらの結果は、硝子体の高粘度が、易滑性マイクロプロペラの周期外れ周波数に対して大きな影響を及ぼすことを暗示している。磁気周波数へのこのような依存により、外部磁気周波数をモジュレーションすると易滑性プロペラの速度を要望に応じて変えられる、潜在可能性が得られる。
【0026】
硝子体における推進挙動
硝子体の不均質性は、他の粘弾性媒体モデルにおける挙動と比較して、マイクロプロペラの独特な自発運動挙動をもたらす。例えば、硝子体における易滑性マイクロプロペラの2つの典型的な軌道である直線動作および揺動動作が見出された(図4a)。特に本発明者らは、プロペラが、硝子体において揺動動作中には運動を止め、再開するという現象を観測したが、この現象は、他の均質な粘弾性媒体におけるらせん形状プロペラにとって異常な運動挙動である25。2つの軌道の動的速度を分析すると、易滑性マイクロプロペラは、硝子体内を推進中に0μm/sの過渡的速度で存在する。
【0027】
硝子体における易滑性マイクロプロペラの自発運動挙動を調査するために、硝子体と同じ動的粘度のグリセロール溶液を、粘性媒体モデルとして用いた。グリセロール溶液におけるらせんプロペラの軌道は、同じ回転磁場の硝子体における軌道よりも少ない揺動を示す(補足図4a)。これらの観測をさらに分析するために、推進中の動的スイング角度の静力学を実施して、硝子体における推進挙動を定量したが、補足図4bの結果は、グリセロール溶液におけるスイング角度の75%が、-10°~10°の範囲にあり、-30°未満および30°超のスイング角度が、ちょうど16%であり、硝子体における推進では、-30°未満および30°超のスイング角度が40%であることを示している。このようなほぼ3倍の角度増大は、硝子体の不均質性を実証している。硝子体における集中的動的スイング角度について、ワイセンベルグ数による、粘弾性流体における光を動力とするJanusプロペラの回転拡散の著しい増大が報告されたが37、その理論に基づいて硝子体の推進を説明することが可能である。
【0028】
硝子体およびグリセロールにおける動的速度も、易滑性マイクロプロペラの硝子体内運動挙動を調査するために比較した。図4bのヒストグラム表示に示される通り、グリセロール溶液における動的速度は、5~20μm/sの範囲の狭い分布を示す。それとは対照的に、硝子体における動的速度では、0~40μm/sの広い分布が観測された。さらに興味深いことに、動的速度の5%超が0μm/sであり、このことは、マイクロプロペラが媒体内に留まることを示唆しているが、これは任意のニュートン流体でも多くの粘弾性流体モデルでも一般には観測されない、マイクロプロペラの異常な運動挙動である。
【0029】
硝子体において集中的スイング角度が生じるにもかかわらず、易滑性マイクロプロペラは、それらの通路全体を進む間、スイング角度のランダム分布および外部磁場の固定回転方向に起因し得る逸脱が無視できるほどであることを実証する。図4cの軌道は、硝子体における3つの易滑性マイクロプロペラの、全移動距離100μmの水平推進(X方向)を示しており、一方、それらの垂直変位(Y方向)は5μm未満である。図4cの破線は、移動運動中のプロペラの最終的な方向を示しており、その定量化も実施した。図4cの白色領域は、偏差角の定量化を示しており、ほぼ90%が-5°~5°の範囲に含まれている。これらのデータにより、易滑性マイクロプロペラの磁気推進が、集中的回転拡散が生じるにもかかわらず、硝子体において高指向性であることが確認される。
【0030】
OCT系による易滑性マイクロプロペラの観測
実用的な臨床ルーチンへの人工マイクロ/ナノプロペラの適用を妨げる主な障害の1つは、in vivoでの適切な画像化技術が欠如していることである38。眼球全体にわたる大量推進を調査するために、本発明者らは、最初に、蛍光画像化を利用することによって硝子体における易滑性マイクロプロペラの制御可能な大量運動を観測することを試みる。易滑性マイクロらせんプロペラ(propelller)を、量子ドット(QD)で官能化し、次に易滑性マイクロプロペラの高濃縮懸濁液を、ブタの眼の中心に注射した。補足図5のタイムラプス画像は、強度8mTおよび周波数70Hzのヘルムホルツコイルの下での、硝子体における蛍光性易滑性マイクロプロペラの20分間にわたる大規模運動を示している。雲のような領域は、マイクロプロペラの濃縮懸濁液を示しており、補足図5aおよび5bの蛍光雲は、外部回転磁場の操作につれて眼の軸に対して垂直および水平にそれらの形状を変化させたが、このことは、硝子体において制御可能に推進する易滑性マイクロらせんの有効な集団が存在することを示している。易滑性マイクロプロペラの濃縮懸濁液は、十分な画像化蛍光シグナルを得るために注射したものであり、それによってプロペラの集中的凝集も生じ、したがってプロペラ速度が低下し得ることに留意されたい。
【0031】
眼球全体におけるマイクロプロペラの長距離推進を調査するために、本発明者らは、臨床眼科学の標準技術である光干渉断層計(OCT)を利用した。図5aに示される通り、易滑性マイクロプロペラおよび受動的蛍光マイクロ粒子を含有する混合物を、ブタの眼の中心に注射し、その後ブタの眼に、網膜に向けて1時間、回転磁場をかけた。ここで、易滑性マイクロプロペラの推進を確認するために、注射スポットのためのラベルとして蛍光性シリカ粒子を用いた。図5bのOCTで取り込んだ蛍光画像は、受動的蛍光性粒子が、まだ眼の硝子体領域に位置していることを示している。それとは対照的に、3D再構築の結果は、眼内の易滑性マイクロプロペラが、回転磁場の下で網膜の黄斑領域に集中的に位置していることを示している(図5c~5g)。図5cは、網膜のxy水平方向を示しており、黄斑は、画像の左上に位置している。図5fの対応するyz直交断面は、黄斑からかなり離れた、対照として働く網膜が、網膜近くに無視できるほどのスポットを示したことを示している。しかし、網膜の黄斑領域のxzおよびyz直交断面の両方が、網膜近くに多数の暗色スポットを示しており、このことは、外部磁場の操作の下で易滑性マイクロプロペラの運動が制御されて、網膜の黄斑領域に到達したことを暗示している。本発明者らはさらに、プロペラの分布を定量するために、走査画像のスポットの数を計算した。走査領域のスポットの対応する分布は、図5dに示されており、直径6mm未満の黄斑領域に大きなスポットが位置したことを示している。OCTの結果以外に、補足図6の組織学的検査画像によっても、外部磁場の下で1時間推進させた易滑性プロペラの網膜における位置を検証する。
【0032】
眼の中心から眼の網膜までは1cmを超えており、このことは、眼内の易滑性マイクロプロペラの全移動距離がセンチメートルであることを示している。硝子体部分片における速度と比較してより緩慢な速度(5μm/sに等しい)は、眼内の高粘度を反映し得る17。無傷の眼における類似の推進挙動は、硝子体の小片における推進挙動と類似している。これらの先のデータは、易滑性マイクロプロペラが、眼内および潜在的に他の多孔質生体組織内の所定位置に向かうように操作できることを明らかに示唆している。OCTは、プロペラを非侵襲的に追跡するための最適化された戦略を提供し、このことは、潜在的に臨床眼科学適用のためにマイクロ粒子を適用し、モニタリングできることを示唆している。
【0033】
議論
つまり、本発明者らは最初に、多孔質生体組織を介するマイクロ粒子の能動的な長距離推進を報告する。推進は、媒体のメッシュサイズと類似の直径を有する磁気らせん状マイクロプロペラ、および媒体との吸着を最小限に抑えるための易滑性コーティングによって可能になる。具体的には、長さ2μmのらせん状マイクロプロペラとほぼ1μmの表面コーティングは、ブタ硝子体において10μm・s-1超の最大速度で推進することができる。臨床標準OCT系では、粒子の運動をモニタリングし、それらが30分で網膜に到着することを確認することができる。眼の硝子体内の急速な長距離推進は、臨床的に承認された非侵襲的な方法によるモニタリングと共に、能動的マイクロ粒子の臨床適用に光を投じるものである。
【0034】
眼の臨床治療へのプロペラの将来的有望性は、先進的なプロペラ設計と多様な医学的プロトコールを組み合わせることによって達成することができる。例えば、ヒトまたは動物の体内の標的化された到達しにくい領域に急速送達するために、薬物、誘導加熱材料、放射性材料、ならびに画像コントラスト強調剤およびフルオロフォアを含めた造影剤などの様々な治療剤を、易滑性マイクロプロペラに積載することが可能となり得る。大集団のプロペラによる駆動力は、組織に対してマクロスケールの機械力を与え得るが、これは低侵襲手術にしては十分に大きい場合がある。注射可能な送達およびリアルタイムのモニタリングおよびフィードバックプラットフォームと共に、易滑性マイクロプロペラのこれらの現在の能力および潜在的な有望性が期待されるはずであり、それによって、将来の医薬にとって新しい可能性を生み出すことができる。
【0035】
方法
易滑性マイクロプロペラの製作プロセス
裸のマイクロらせんを、本発明者らの過去の報告通り、GLAD蒸着によって調製した。平均サイズ500nmのシリカ粒子のラングミュア-ブロジェット単層を、まず、シード層として働くシリコンウエハ上に噴霧した。最初に、ニッケルをシリカ粒子シードの表面上に蒸着させ、その後、シリカをマイクロらせんのニッケルセグメント上に蒸発させた。
【0036】
この場合、粒子は、らせん形状を有する。キラル構造が回転すると、媒体中、低レイノルズ数の推進が得られる。しかし粒子は、その形状だけを考慮する場合にはキラルではあり得ないが、粒子の磁気モーメントを考慮する場合にはキラルである。この状況は、現在の適用では「変性(modified)キラル」と定義される。
【0037】
易滑性液体層でマイクロらせんを装飾するために、マイクロらせんパターンを含有するウエハを、200mWの酸素プラズマで15秒間処理し、次に活性化ウエハを、ペルフルオロカーボンシラン20μLと共に真空下で20分間インキュベートした後、大気圧において85℃で1時間加熱した。次に、マイクロらせんを、機械的に振とうしながらペルフルオロカーボン液体に一晩浸漬させた。アセトンで1回樹脂加工した後、ウエハ上の液体がなくなるまで、ウエハに窒素ガスを吹き付けた。
【0038】
QD官能化易滑性マイクロプロペラを調製するために、酸素プラズマで処理したマイクロらせんを、トルエン溶液中1.5%(v/v)APTES(95%、Sigma-Aldrich)に浸漬させた。次に、ウエハを、トルエン中0.25mg/mLのCdSe 560(Sigma-Aldrich)と共に一晩インキュベートした。その後ウエハを、トルエン、アセトン、および水を用いて順次樹脂加工した。次の酸素プラズマ処理における酸化からマイクロらせんのQDを保護するために、厚さ10nmのAl粘着層を、100の間、原子層蒸着(ALD)によってマイクロらせんウエハ上に蒸着させた。マイクロらせんパターンを有するALDおよびQD官能化ウエハを、裸のマイクロらせんウエハと同じ手順に通した。
【0039】
マイクロらせんの磁気特性を、Quantum Design MPMS磁力計を使用することによって、SQUID法によって300Kにおいてマイクロらせんウエハに対して試験した。硝子体における動作実験の前に、易滑性マイクロプロペラを有するウエハを、強度1.7Tの電磁石によって磁化した。
【0040】
特徴付け技術
接触角を、Dataphysics OCAH 230で実施した。試料を、裸のウエハ、マイクロらせんパターンを有する裸のウエハ、易滑性ウエハ、および易滑性マイクロらせんパターンを有するウエハを含む異なる試料を水滴3μLに浸すことによって調製した。結果は、試料に対して三滴の平均値として示した。走査電子顕微鏡(SEM)による特徴付けを、Zeiss Ultra 55機器により作動電圧5keVで実施した。一滴の試料懸濁液を、易滑性マイクロプロペラの試験のためにシリコンウエハ上に滴下した。フーリエ変換赤外減衰全反射(FTIR-ATR)分析を、Bruker Vertex 70Vを用いて単一反射モード45°で実施した。
【0041】
硝子体の調製および顕微鏡下での推進実験
易滑性マイクロプロペラのマイクロスケールでの推進のための硝子体を、ブタの眼から切断することによって直接得た。試料を調製するために、まず、体積およそ10μLの硝子体を、geneframe(Thermo Scientific)を用いて1枚のガラススリップ上に置いた。次にその後、マイクロプロペラを含有するPBS緩衝液2μLを硝子体に注射した。その後、試料を、磁気ヘルムホルツコイルを取り付けた顕微鏡(Zeiss Observer)の中心に置いた。硝子体における推進を確実にするために、受動的シリカ粒子からかなり離れた部位で観測を実施した。Image Jを用いて、すべての映像フレームを抽出し、様々な軌道、異なる操作パラメータの下での平均速度、動的速度、スイング角度、および偏差角を含めた、硝子体における易滑性マイクロプロペラの運動挙動を分析した。
【0042】
マクロスケールでの硝子体における蛍光大量運動および実験設定(set up)
マクロスケールでの硝子体における大量運動の特徴付けには、ヘルムホルツコイルの組立ておよび蛍光立体鏡の設定、ブタの眼の処理、ならびに濃縮易滑性マイクロプロペラの注射が伴う。眼内での易滑性マイクロプロペラのマクロスケールの大量運動を誘発し、観測するために、水冷ヘルムホルツコイル、蛍光フィルタを設置した立体鏡、およびUV光を、一緒に組み立てた。ヘルムホルツコイルを、立体鏡のプレートに固定し、フィルタおよびカメラを、ヘルムホルツコイルの上に垂直にし、ランプからのUV光を、ヘルムホルツコイルの中心に水平に照射した。
【0043】
ブタの眼を処理するために、まず、ブタの眼をプラスチックプレートに置いて水晶体を曝露し、ほぼ45℃の温度の1%寒天懸濁液をプレートに注ぎ、冷却手順に従って眼をプレートに固定した。強膜上部、プラスチックプレートの一部および水晶体に近い寒天ゲルを、メスで切断して、硝子体を蛍光立体鏡に曝露し、水晶体に向けたUV光に水晶体を曝露した。プロペラ懸濁液を硝子体に注射するために、大まかな全体のサイズが36mmのマイクロらせんウエハを、小片に切断し、水溶液50μL中に放出し、3分間の超音波処理の直後、懸濁液25μLを眼の中心に注射した。次に、眼を固定したプレートを、すぐにヘルムホルツコイルに移し、UV光を操作して、水晶体を通して眼の硝子体に照射した。最後に、ヘルムホルツコイルを始動して、易滑性マイクロプロペラの運動に動力を与え、立体鏡のカメラにより、曝露時間10秒で大規模運動を記録した。
【0044】
光干渉断層計
大まかな全体のサイズが15mmのマイクロらせんウエハを、水溶液100μL中、20μmの受動的シリカマイクロ粒子(sicastar(登録商標)-greenF、micromod Partikeltechnologie GmbH)と共にインキュベートし、その後、3分間超音波処理した。すぐに、ピペットを使用することによって、混合物100μLをブタの眼の中心に注射した。次に、眼を、網膜に向かう方向にした強度8mTおよび周波数70Hzのヘルムホルツコイルの中心に、1時間置いた。得られたブタの眼を棚に固定し、OCT機器を使用して、網膜における蛍光シリカ粒子および易滑性マイクロプロペラを画像化した。
【0045】
本発明の一実施形態では、硝子体におけるマイクロプロペラ(micropeller)を、強度8mTおよび周波数6Hzの回転磁場に曝露する。別の実施形態では、硝子体におけるマイクロプロペラを、強度8mTおよび周波数70Hzの回転磁場に曝露する。本発明によるマイクロプロペラは、強度8mTおよび周波数70Hzの回転磁場の下で、硝子体において制御された動作を示すことができる。マイクロプロペラの方向転換は、外部回転磁場の操作によって実施することができる。
【0046】
参考文献
【表1A】
【表1B】
【表1C】
【表1D】
【0047】
プロペラおよびプロペラを動作させる方法
説明
技術分野
本発明は、プロペラを少なくとも部分的に取り囲む媒体に対してプロペラを自発運動させる方法であって、作動装置が、媒体に対する、プロペラの回転軸回りのプロペラの回転を誘導し、プロペラが、その回転運動を、媒体に対するプロペラの自発運動に変換する、方法に関する。本発明はさらに、プロペラの回転運動を、媒体に対するプロペラの自発運動に変換するための、らせん状または変性(modifiedly)らせん状プロペラに関する。さらに、本発明は、プロペラを生成するための方法に関する。
【0048】
背景技術
医薬および生物学における多くの適用では、生体液および軟組織を含めた生物学的媒体に進入できることは利点となり得る。例えば、物質の標的送達または低侵襲性外科手技などの低侵襲性手順では、このような方法は侵襲性が潜在的に低く、より大きいまたは係留(tethered)デバイスを使用する方法よりも良好に制御できるので、小型の非係留デバイスを、媒体に進入するように運動させることが望ましい場合がある。
【0049】
小型の非係留デバイスは、文献で報告されている。例えば、A Ghosh and P Fischer in’’Controlled Propulsion of Artificial Magnetic Nanostructured Propellers,’’Nano Letters,vol 9,pp2243 to 2245,2009およびこの文献と共に公開された裏付け情報は、コルクスクリューのような形状が回転することにより、流体内で前方推進が生じ得ることを実証している。回転は、回転磁場によってもたらされる。この概念は、米国特許第8 768 501B2号にも記載されている。わずかに異なる形状の遊泳体(swimmer)が、L Zhang,J J Abbott,L X Dong,B E Kratochvil,D Bell,and B J Nelson,’’Artificial bacterial flagella:Fabrication and magnetic control,’’Applied Physics Letters,vol 94,p064107,2009に開示されている。この遊泳体も、回転磁場によって駆動される。K Ishiyama,M Sendoh,A Yamazaki,and K I Arai in’’Swimming micro-machine driven by magnetic torque,’’Sensors and Actuators A:Physical,vol 91,pp 141 to 144,2001は、回転磁場によって回転するときにウシ組織(肉)試料に進入する、長さ数ミリメートルのスクリューを記載している。
【0050】
T Qiu,J Gibbs,D Schamel,A Mark,U Choudhury,and P Fischer in’’From Nanohelices to Magnetically Actuated Microdrills:A Universal Platform for Some of the Smallest Untethered Microrobotic Systems for Low Reynolds Number and Biological Environments,’’Small-Scale Robotics,From Nano-to-Millimeter-Sized Robotic Systems and Applications,vol 8336,I Paprotny and S Bergbreiter,1st ed Berlin:Springer,pp 53 to 65,2014は、視射角蒸着法(GLAD)を用いることによってコルクスクリューのようなプロペラを製造すること、およびマイクロ射出成型を用いることによって従来のスクリューにより類似しているプロペラを製造することを記載している。その文献はまた、プロペラが回転磁場を用いることによって作動する場合の、アガロースゲルにおけるプロペラの自発運動を記載している。
【0051】
先の開示のすべてにおいて、プロペラは、その長軸に直行する永久磁気モーメントを伴う一部を有しており、またはプロペラは、永久磁石に取り付けられている。外部回転磁場を印加するとトルクが働き、それが非係留プロペラをスピンさせ、媒体中を並進させる。
【0052】
国際公開第2008/090549A2号は、外部磁場によって反復動作させることができる、患者の器官に挿入するための医療デバイスを開示している。国際公開第2016/025768A1号は、永久磁石または電磁石から生じる磁場勾配に沿って運動することができるナノ粒子を開示している。そのナノ粒子は、標的細胞に付着する傾向が高く、電場をナノ粒子に印加すると、標的細胞を死滅させるのに十分な作用を生じることができる。国際公開第2011/073725A1号は、穿孔器のような先端を有するハンドヘルド型自動生検デバイスを開示している。そのデバイスは、作動装置によって回転させることができる。
【0053】
欧州特許第2674192A1号は、ヒトまたは動物の体内に埋め込むことができる医療用埋込み型デバイスを開示している。そのデバイスは、絡み合ったらせん状ワイヤーを含み、その1つは、回転時に組織にねじ込まれる。米国特許第2012/0010598A1号は、外部の糸が提供され、回転を用いることによって体内通路に前進することができるカテーテル系を開示している。米国特許第2009/0248055A1号は、組織進入性外科手術デバイスを開示している。デバイスの遠位端は、織物によって少なくとも部分的に被覆されており、デバイスは、織物を回転させることによって組織に穴を開けて挿入することができる。
【0054】
既存のデバイスをさらに小型化することは、難易度が高い場合がある。さらに、既存のデバイスを用いて粘弾性媒体において推進させることは、困難であることが証明されている。公知のコルクスクリューのような形状は、水およびグリセロールなどの粘性液体中でも、アガロースおよび肉などの弾性固体中でも十分に働く。しかし、生物医学的領域において重要な多くの組織は、高純度の粘性流体でも、高純度の弾性固体でもない。むしろ組織は、液体および固体の両方が組み合わさった特性を示す粘弾性媒体である。本発明者らは、公知のプロペラ形状が、粘弾性媒体においては非効率的となり得ることを見出した。
【0055】
本発明によって解決される課題
本発明の目的は、プロペラを少なくとも部分的に取り囲む媒体に対してプロペラを自発運動させる改善された方法であって、作動装置が、媒体に対する、プロペラの回転軸回りのプロペラの回転を誘導し、プロペラが、その回転運動を、媒体に対するプロペラの自発運動に変換する、方法を提供することである。本発明の別の目的は、プロペラの回転運動を、媒体に対するプロペラの自発運動に変換するための、改善されたらせん状または変性らせん状プロペラを提供することである。また、本発明の目的は、改善されたプロペラを提供することである。本発明のさらなる目的は、プロペラを生成する改善された方法を提供することである。本発明を用いることにより、従来技術における前述の困難の1つまたは複数に対処することが達成可能である。
【0056】
本発明による解決法
本発明の一態様では、課題は、プロペラを少なくとも部分的に取り囲む媒体に対してプロペラを自発運動させる方法を提供することによって解決される。作動装置は、媒体に対する、プロペラの回転軸回りのプロペラの回転を誘導し、プロペラは、その回転運動を、媒体に対するプロペラの自発運動に変換する。プロペラの少なくとも1つの横断面の縦横比は、3以上であり、横断面は、プロペラの回転軸に関係する横断面である。
【0057】
本発明者らは、このように大きい縦横比が、特に粘弾性媒体における推進を著しく増大し得ることを見出した。特定の理論に拘泥するものではないが、本発明者らは、本発明により、プロペラ回転による媒体の弾性変形を用いる新しく発見された推進機序を活用することを考える。大きい縦横比は、大きい変形を誘導し、したがって強力な推進を誘導することができる。
【0058】
本発明の文脈において、用語「プロペラ」は、媒体に対するプロペラ自体の自発運動またはプロペラ自体に取り付けられる積載に影響することができる推進構造を指す。本発明の文脈において、横断面の「縦横比」は、横断面の最大半径を横断面の最小半径によって割ったものであり、半径は、横断面の中心から横断面の外周の一点まで延びる。横断面の中心は、横断面が「関係」する軸が、横断面を貫く点である。さらに、横断面は、横断面が「関係」する軸に対して垂直である。横断面の外周は、横断面の外側の境界である。したがって、横断面が、プロペラの回転軸に関係する場合、縦横比を決定するための半径は、回転軸が横断面を垂直に貫く点から、横断面の外周の一点まで延びる。同様に、プロペラがらせんであり(以下参照)、横断面がプロペラのらせん軸に関係する場合、縦横比を決定するための半径は、らせん軸が横断面を垂直に貫く点から、横断面の外周の一点まで延びる。
【0059】
本発明の別の態様では、課題は、プロペラを少なくとも部分的に取り囲む媒体に対してプロペラを自発運動させる方法を提供することによって、やはり解決される。作動装置は、媒体に対する、プロペラの回転軸回りのプロペラの回転を誘導し、プロペラは、その回転運動を、媒体に対するプロペラの自発運動に変換する。本発明のこの態様では、プロペラ、およびプロペラの回転に起因して媒体の残部から離され、プロペラと共に回転する媒体の一部を含む回転体の少なくとも1つの横断面の縦横比は、3以上であり、横断面は、回転体の回転軸に関係する横断面である。有利には、本発明のこの態様では、プロペラの回転に起因して媒体の残部から離された媒体の一部は、プロペラと同じ速度で回転することが達成可能である。
【0060】
本発明のこの実施形態は、媒体の一部が、プロペラと共に回転した結果として、例えば粘着性に起因して媒体の残部から離され得るという本発明者らの発見に基づく。本発明者らは、このような共回転によって、推進が著しく妨げられる場合があるが、それにもかかわらず、プロペラおよび媒体の共回転部分を含む高い縦横比の回転体を用いることによって、強力な推進が達成され得ることを見出した。やはり特定の理論に拘泥するものではないが、本発明者らは、新しく発見した推進機序では、推進は、プロペラと共回転しない媒体の弾性変形から主に生じ、その結果、プロペラおよび媒体の共回転部分を含む回転体の縦横比は、強力な推進を達成するために非常に重要であると考える。
【0061】
本発明のさらに別の態様では、課題は、プロペラの回転運動を、プロペラを少なくとも部分的に取り囲む媒体に対するプロペラの自発運動に変換するための、らせん状または変性らせん状プロペラによって解決される。プロペラの少なくとも1つの横断面の縦横比は、3以上であり、横断面は、プロペラのらせん軸に関係する横断面である。
【0062】
本発明者らの実験では、らせん形状および変性らせん形状は、推進を達成するのに特に適していることが証明されている。さらに、らせん形状および変性らせん形状は、製造しやすいことが証明されている。
【0063】
本発明の文脈において、プロペラは、その三次元形状が、二次元形状を回転させながら曲線に沿って二次元形状を延長することによって得ることができる場合、「らせん状」(以下、さらに「らせん」とも呼ばれる)である。二次元形状は、曲線が横断面を貫く点で各横断面が曲線に対して垂直である場合、プロペラの任意の2つの横断面が二次元形状と一致し得るように、曲線に沿って延長される(以下、さらに「らせん軸」とも呼ばれる)。らせん軸は、二次元形状をそれに沿って延長する曲線である。らせんは、キラルである。本発明の文脈において、プロペラは、その形状がその鏡像形状と区別できる場合には「キラル」であり、換言すれば、プロペラは、理想的に実現された平面鏡におけるその画像が、それ自体と一致できない場合には、キラリティーを有する。プロペラは、その磁気モーメントをプロペラ本体に対して配向することによってキラルになることもでき、このようなプロペラは、本発明の文脈では「一般化キラル」と定義される。これは、アキラルの本体形状を有するが、プロペラをキラルにするために適切に配向された磁気モーメントを有する物体を含む。
【0064】
本発明の文脈において、「変性らせん状」(以下、さらに「変性らせん」とも呼ばれる)は、二次元形状が同じままでないが曲線に沿って延長するにつれて変化するらせん状とは異なる。二次元形状の展開は、連続的に微分可能である(数学的意味で非連続的または微分不可能であるものとは対照的に)。例えば、二次元形状は、ある寸法に延伸もしくは圧縮することができ、曲げることができ、または両方の寸法を比例的に縮小もしくは拡大することができる。例えば後者の結果として、プロペラの一部またはさらにはプロペラ全体が、先細形状を有することができる。
【0065】
本発明のさらなる態様では、課題は、プロペラを生成する方法によって解決され、その方法は、(1)直線らせん軸を画定するステップと、(2)そのらせん軸に沿って延長するプレートであって、プレートの少なくとも1つの横断面(好ましくはすべての横断面)の縦横比が3以上であり、横断面が、らせん軸に関係する横断面である、プレートを提供するステップと、(3)らせん軸に沿ってプレートにトルクを印加し、それによってプレートをねじってらせん形状にするステップとを含む。
【0066】
この方法は、プレートの定義において固有である、厚さに対する幅または長さの比が大きいことが、らせんがトルクの印加によってねじられる場合のらせんの縦横比に変換され得るという本発明者らの洞察を活用する。本発明者らは、これによって、高い縦横比を有するらせん状プロペラの、簡単で確実な製造方法が得られることを発見した。
【0067】
本発明のまたさらなる態様では、課題は、プロペラを生成する方法によって解決され、その方法は、(1)画定された幾何構造を有する第1の構造を提供するステップと、(2)第1の構造を第2の材料内で成型し、第1の構造を第2の材料から取り出して、第1の構造の陰性複製物を作製するステップと、(3)1つまたは複数の成型材料を陰性モデル型(negative mould)内に射出し、その成型材料を、所与の物理的および化学的条件下で硬化させて、第2の固体構造を形成するステップと、(4)第2の固体構造を陰性モデル型から放出し、それによって画定されたプロペラを得るステップとを含む。
【0068】
本発明は、有利なことには、内視鏡検査、生検、薬物またはインプラントまたは放射性物質の送達、局所発熱を含めた、医学的診断および治療に用いることができる。例えば、プロペラは、プロペラに取り付けられたペイロードを担持し、疾患位置で薬物を放出することができる。腫瘍治療では、プロペラは、正常組織を通って腫瘍組織へと推進することができ、プロペラが金属製の磁気材料から作製されるかまたはそれを含む場合には、誘導加熱によって材料に熱を生じさせて、腫瘍細胞を死滅させることができる。また、プロペラは、可撓性の細管を腫瘍部位に引き込むことができ、その管を介して薬物を腫瘍に継続的に送達することができる。同様に、プロペラは、電線が接続された電極を脳の特定領域に引き入れて、ニューロン電気シグナルを測定し、または電気刺激を印加することができる。
【0069】
本発明の好ましい実施形態
単独または組合せで適用することができる、本発明のさらに好ましい特色は、従属請求項、以下の説明および図において論じられる。
【0070】
本発明の好ましい実施形態では、プロペラの少なくとも1つの横断面、好ましくはすべての横断面の縦横比は、2以上、より好ましくは3以上、より好ましくは5以上、より好ましくは10以上、より好ましくは20以上、より好ましくは50以上、より好ましくは100以上であり、横断面は、プロペラの回転軸またはプロペラのらせん軸に関係する。本発明のこの実施形態は、特に高い縦横比には、必然的に特に強力な推進が伴い得るという本発明者らの知見を活用する。横断面は、好ましくは連続的形状である。
【0071】
プロペラの回転軸に関係する、プロペラの好ましくは少なくとも1つの横断面、より好ましくはすべての横断面は、プロペラの回転に起因して媒体の残部から離され、プロペラと共に回転する媒体の一部の、同じ横断平面における断面積の少なくとも50%、より好ましくは100%、より好ましくは300%、より好ましくは1000%である断面積を有する。この実施形態は、共回転媒体が推進を妨げる場合があり、共回転材料の量を制限することによって、このような妨害を制限できるという本発明者らの知見を活用する。
【0072】
プロペラの好ましくは少なくとも1つの横断面の場合、より好ましくはすべての横断面の場合、プロペラの回転軸は、横断面領域を、すなわち横断面の外周の内側を通り、横断面は、プロペラの回転軸またはプロペラのらせん軸に関係する。換言すれば、本発明の好ましい実施形態では、回転軸またはらせん軸は、プロペラを少なくとも部分的に通る。
【0073】
プロペラの表面積の好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも50%、より好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも95%は、3.2μm未満、より好ましくは1.6μm未満、より好ましくは0.4μm未満、より好ましくは0.025μm未満、より好ましくは0.006μm未満の表面粗さRaを有する(ドイツ規格協会DIN4760に従う)。本発明のこの実施形態を用いると、有利なことには、プロペラに対する生体組織などの媒体の、自発運動を妨げるおそれがある粘着性の低減を達成することができる。プロペラの表面粗さは、プロペラ表面に対する媒体の粘着を最小限に抑えるために小さい。
【0074】
好ましくは、粘着を最小限に抑えるために、プロペラの材料、少なくともプロペラの表面の材料は、金属、抗粘着ポリマーおよび/または生体適合性ポリマーである。プロペラ表面への媒体の粘着を最小限に抑えるために、プロペラ表面にコーティングを塗布することができる。媒体の付着を最小限に抑えるために、表面に対して大きいせん断を誘導する特別な作動方法、例えば大角度回転、大角度振動の急速な開始または停止を適用することができる。例えば、プロペラの振動は、プロペラが完全に回転する前に、振幅を10°から300°に徐々に増大し、かつ/または周波数を0.1Hzから10Hzに徐々に増大して適用することができる。媒体の粘弾性、例えばせん断減粘効果に起因して、その作動方法では、プロペラを完全に回転させるために必要な出発トルクを下げる。
【0075】
本発明の特に好ましい実施形態では、小さい表面粗さは、プロペラ表面を少なくとも部分的にコーティングすることによって達成される。より好ましくは、プロペラ表面全体がコーティングされる。好ましいコーティング材料には、Teflon、PEG(ポリエチレングリコール)、チタンまたはそれらの組合せが含まれる。
【0076】
本発明の好ましい実施形態では、プロペラ、およびプロペラの回転に起因して媒体の残部から離され、プロペラと共に回転する媒体の一部を含む回転体の少なくとも1つの横断面、好ましくはすべての横断面の縦横比は、2以上、より好ましくは3以上、より好ましくは5以上、より好ましくは10以上、より好ましくは20以上、より好ましくは50以上、より好ましくは100以上であり、横断面は、回転体の回転軸に関係する横断面である。本発明のこの実施形態は、共回転によって推進が妨げられる場合があるが、それにもかかわらず、プロペラおよび媒体の共回転部分を含む回転体の縦横比を大きくすることによって、強力な推進が達成され得るという本発明者らの知見を活用する。回転体の横断面は、好ましくは連続的形状である。
【0077】
好ましいプロペラは、キラルである。より好ましくはプロペラは、らせん状または変性らせん状である。本発明のこの実施形態は、キラル、特にらせん状および変性らせん形状が、推進を達成するのに特に有効となり得るという本発明者らの知見に基づく。さらに、らせん形状および変性らせん形状は、製造しやすいことが証明されている。好ましくは、らせん軸は、直線である。プロペラまたはプロペラが、らせんまたは変性らせんである場合、回転軸は、好ましくはらせん軸と一致する。好ましいらせん状または変性らせん状プロペラは、一定のピッチを有する。
【0078】
好ましいプロペラは、少なくとも1つの端部、より好ましくは2つの反対端に順テーパーを有する。本発明の文脈において、「順テーパー」は、プロペラがその端部に向かって徐々に小さくまたは細くなっていることを意味する。好ましくは、プロペラの前端には、順テーパーが提供される。本願の文脈では、「前端」は、自発運動の方向に対するプロペラの先導側である。本発明のこの実施形態の達成可能な利点は、テーパーによって、プロペラの前端における媒体との接触面積を低減できるということである。特に、媒体が粘弾性の特性を有する場合、プロペラが媒体にかける圧力を、媒体の引張強度よりも大きくすることを達成することができる。
【0079】
一実施形態では、テーパーの先端は、プロペラがらせんであるという条件で、プロペラの回転軸および/またはらせん軸上に位置する。別の実施形態では、先端は、プロペラがらせんであるという条件で、偏心して、すなわち回転軸および/またはらせん軸から離れて位置する。特に好ましくは、先端は、プロペラの回転軸またはらせん軸に対して外周近くに位置する。この実施形態は、多くの媒体がせん断減粘特性を有しており、したがってせん断速度が大きいことが、プロペラの前方推進の一助になり得ることを活用することができる。速度は、プロペラの外周において最も大きいので、そこに位置している先端は、最大せん断速度を達成することができる。
【0080】
プロペラの回転軸またはらせん軸に対して垂直なプロペラの任意の横断面の最大半径は、好ましくは5mm以下、より好ましくは3mm以下、より好ましくは1mm以下、より好ましくは500μm以下、より好ましくは300μm以下、より好ましくは100μm、以下、より好ましくは50μm以下、より好ましくは30μm以下である。
【0081】
プロペラの回転軸またはらせん軸に対して垂直なプロペラの任意の横断面の最小半径は、好ましくは300μm以下、より好ましくは100μm以下、より好ましくは50μm以下、より好ましくは30μm以下、より好ましくは10μm以下、より好ましくは5μm以下、より好ましくは3μm以下である。
【0082】
プロペラの回転軸またはらせん軸に対して垂直なプロペラの任意の横断面の最大半径によって割ったプロペラの長さは、好ましくは0.5以上、より好ましくは1以上、より好ましくは3以上、より好ましくは5以上である。
【0083】
好ましくは、プロペラは、非係留である。本発明の文脈において、「非係留」は、プロペラを少なくとも部分的に、好ましくは完全に取り囲む媒体の外側空間との、例えばワイヤー、管またはロッドの形状の接続材料(material connection)を、プロペラが有していないことを意味する。あるいは、プロペラは、最小限に係留されており、プロペラのための駆動トルクが無線で印加されるが、プロペラは、例えば管および/またはワイヤーの端部を媒体内側の特定の位置に引き入れるための受動的要素に接続されており、他方の端部は媒体の外側にある。材料輸送、シグナル測定または刺激のために係留体(tether)を使用することができるが、その係留体は、能動的駆動力またはトルクをプロペラに提供しない受動的なものである。あるいは、プロペラは係留されており、例えばプロペラの駆動トルクは、ストリング、ワイヤーまたはロッドによって入力され、その回転は、プロペラを係留体と一緒に自発運動させる。
【0084】
プロペラの回転は、好ましくは遠隔で誘導される。本発明の文脈において「遠隔で行われる」は、プロペラの回転を誘導する手段が、プロペラから、任意の寸法のプロペラの最大直径の少なくとも5倍離れた距離に位置することを意味する。本発明の好ましい実施形態では、プロペラの回転は、磁場を用いることによって遠隔で誘導される。したがって、磁場の供給源は、プロペラから、任意の寸法のプロペラの最大直径の少なくとも5倍離れた距離に位置し、磁場の供給源は、プロペラの回転を誘導するための作動装置として作用する。好ましくは、磁場の供給源は、プロペラを少なくとも部分的に、好ましくは完全に取り囲む媒体の外側にある。
【0085】
磁場は、好ましくは回転し、それによってプロペラの回転を誘導する。プロペラの磁気モーメントは、外部磁場と整列する傾向があり、プロペラは、最小限の抵抗性を示す軸に沿って回転するので、プロペラの配向は、回転外部磁場によって決定される。磁場は、例えば一組の電気コイル、例えばヘルムホルツコイルまたは永久磁石によって印加することができる。
【0086】
好ましくは、磁場が、プロペラに対して自発運動の方向に磁気勾配力をかける場合、この力は、単独ではプロペラを自発運動させることができないほど弱い。より好ましくは、磁場は、自発運動の方向には勾配成分を有していない。好ましい磁場は、1G(ガウス)よりも強力であり、より好ましくは10Gよりも強力であり、より好ましくは50Gよりも強力である。好ましい磁場は、10000Gよりも弱く、より好ましくは1000Gよりも弱く、より好ましくは500Gよりも弱く、例えば100Gである。
【0087】
好ましくは、磁場を用いて回転を誘導するために、プロペラを、少なくとも部分的に磁化し、またはプロペラと実質的に接続された成分を、少なくとも部分的に磁化する。磁化は、好ましくは永久的である。この目的では、プロペラは、磁化材料または磁化可能な材料を含み、例えばプロペラは、磁化材料もしくは磁化可能な材料からなり、または磁化材料もしくは磁化可能な材料を含有し、または磁化材料もしくは磁化可能な材料でコーティングされる。適切な材料には、Fe、Co、Ni、または磁気合金が含まれ、好ましくは前述の金属の一部またはすべてを含む。プロペラの好ましい磁化可能な材料は、プロペラの横断面の最大長の方向に磁化される。
【0088】
さらにまたは代替として、プロペラのように、媒体によって少なくとも部分的に、好ましくは完全に取り囲まれ、プロペラと実質的に接続されている作動装置が提供される。例えば、作動装置は、電気モーターまたは分子モーターであってよく、接続材料は、駆動シャフトを含むことができる。この作動装置のためのエネルギーリザーバー、例えば電気バッテリーも同様に、媒体によって少なくとも部分的に、好ましくは完全に取り囲まれてよく、好ましくはこの場合、接続材料、例えばワイヤーまたは管は、エネルギー供給源、例えばエネルギーリザーバーに保存された電気または化学物質を作動装置に提供するために、リザーバーと作動装置の間に提供される。さらにまたは代替として、作動装置には、好ましくは、媒体の外側空間に位置するエネルギー伝達装置から非係留的にエネルギーを受け取るためのエネルギー受信装置が提供され、すなわちエネルギー伝達装置とエネルギー受信装置の間に接続材料は存在しない。
【0089】
好ましくは、プロペラの回転を誘導するときにプロペラに印加されるトルクは、100mN・mm(ミリニュートンミリメートル)よりも小さく、好ましくは50mN・mmよりも小さく、10mN・mmよりも小さく、5mN・mmよりも小さく、1mN・mmよりも小さい。
【0090】
好ましくはプロペラは、その周期外れ周波数の0.9倍未満、より好ましくはプロペラの周期外れ周波数の0.8倍未満、より好ましくは0.7倍未満、より好ましくは0.5倍未満の速度で操作される。好ましくはプロペラは、その周期外れ周波数の0.05倍を超え、より好ましくはプロペラの周期外れ周波数の0.1倍を超え、より好ましくは0.2倍を超え、より好ましくは0.3倍を超える速度で操作される。本発明の文脈において、「周期外れ周波数」は、トルクが媒体の抗力を克服するほど十分には強力にならない周波数である。周期外れ周波数は、例えば、回転磁場を用いてプロペラを駆動することによって測定することができ、磁場がプロペラを十分にゆっくり回転させる場合、プロペラは、その磁場と同期して回転する。しかし、印加された磁気トルクが、プロペラを磁場と同期させ続けるのに十分に強力ではない値を超える、磁場回転数が存在する。これが、周期外れ周波数である。
【0091】
本発明による好ましい方法では、プロペラは、媒体によって完全に取り囲まれる。本発明のこの実施形態を用いると、プロペラのすべての部分が媒体と永久的に接触するので、特に強力な推進を達成することができる。
【0092】
好ましい媒体は、粘弾性である。本発明の文脈において「粘弾性」は、変形を受けると粘性および弾性の特徴の両方を示す媒体を指す。特に好ましい媒体は、その粘性特性が、適用されたせん断周波数(またはせん断応力)において弾性特性よりも優位である粘弾性流体、例えば滑液、硝子体液、粘液である。別の特に好ましい媒体は、その弾性特性が、適用されたせん断周波数(またはせん断応力)において粘性特性よりも優位である粘弾性固体、例えば結合組織、脳組織、Matrigel(登録商標)である。
【0093】
好ましい媒体は、生体組織である。特に好ましい生体組織は、脳、腎臓、前立腺、膀胱、血管、肝臓、膵臓、乳房、肺、皮膚の組織;脂肪組織、結合組織、硝子体液、粘液、または腫瘍組織である。
【0094】
好ましくは、プロペラの回転は、媒体にひずみを誘導し、それによってそのひずみが媒体の弾性エネルギーを変化させ、それによって前記プロペラの並進を引き起こす。
【0095】
本発明の好ましい実施形態では、プロペラによって媒体に対して運動するために、プロペラに積載物が取り付けられる。好ましい積載物は、プロペラに取り付けられる、分子、ナノ粒子、多孔質ポリマーマトリックス、多孔質ケイ素、および/または1つもしくは複数の電気回路を含むことができる。有利には、電気回路によって、プロペラの動作を制御することができる。あるいはまたはさらに、媒体の外側から内側に引き入れられる1つまたは複数の管および/またはワイヤーを、プロペラに取り付けることができる。
【0096】
自発運動の軌道は、好ましくは、例えば磁場の方向および/もしくは回転数を変化させることによって、または媒体によって少なくとも部分的に取り囲まれた作動装置の方向、回転軸、回転方向および/もしくは回転数を変化させることによって、遠隔で制御される。また、本発明による複数のプロペラは、1つのデバイスに組み合わせることができ、このような場合、プロペラの回転数の個々の変化を使用して、デバイスの推進方向を制御することができる。好ましくは制御装置、例えば適切に装備されプログラム化されたPCを、作動装置(例えば、磁場の供給源または媒体によって少なくとも部分的に取り囲まれた作動装置)と接続して、自発運動の軌道を制御する。
【0097】
自発運動の軌道は、好ましくは、例えば以下の画像化方法、光学顕微鏡法、蛍光画像化、X線画像化、コンピューター断層撮影法(CT)、磁気共鳴画像(MRI)、陽電子放出断層撮影(PET)、赤外画像化、超音波画像化の1つまたは複数によって画像化され、かつ/または測定される。
【0098】
プロペラは、例えば、1つまたは複数の金属、例えば銅、金、コバルト、ニッケル、鉄、鋼、チタン、およびまたは1つもしくは複数のポリマー、例えばTeflon、PLA、PMMA、PC、およびまたは1つもしくは複数の半導体、例えばケイ素、またはこのような材料の組合せから作製することができ、またはそれらを含むことができる。本発明の特に好ましい実施形態では、プロペラは、生分解性材料から作製することができる。本発明のこの実施形態の達成可能な利点は、組織内に配置した後、身体によって分解され、吸収され得るので、回収する必要がないということである。プロペラは、例えば推進のための1つの剛性部分、および薬物を担持し放出するための1つの生体適合性部分の、2つ以上の部分からなることができる。
【0099】
プロペラの適切な製造方法には、成型、特に射出成型、電極配置、直接描画、3Dプリンティングおよび機械加工が含まれる。好ましい製造方法は、(1)直線らせん軸を画定するステップと、(2)そのらせん軸に沿って延長するプレートであって、プレートの少なくとも1つの横断面、好ましくはすべての横断面の縦横比が2以上であり、横断面がらせん軸に関係する、プレートを提供するステップと、(3)らせん軸に沿ってプレートにトルクを印加し、それによってプレートをねじってらせん形状にするステップとを含む。次のステップでは、らせんは、所望の長さの1つまたは複数の個々のプロペラに切断することができる。この方法の達成可能な利点は、プロペラが、容易に確実に製造できることである。
【0100】
別の特に好ましい製造方法は、(1)画定された幾何構造を有する第1の構造を提供するステップと、(2)第1の構造を第2の材料内で成型し、第1の構造を第2の材料から取り出して、第1の構造の陰性複製物を作製するステップと、(3)成型材料を陰性モデル型内に射出し、その成型材料を、所与の物理的および化学的条件下で硬化させて、第2の固体構造を形成するステップと、(4)第2の固体構造を陰性モデル型から放出し、それによって画定されたプロペラを得るステップとを含み、成型材料は、少なくとも2つの成分材料の混合物である。好ましい成分材料には、ポリマー材料、磁性材料、薬物分子、放射性材料が含まれる。したがって、成型材料は、例えば、ポリマー材料および磁気材料からなり得る。
【0101】
硬化条件には、好ましくは以下の、温度、pH、磁場、電場、音場、光照射野および放射線の少なくとも1つが含まれる。例えば、混合物は、強磁性粒子と混合されたエポキシ樹脂であり、そのポリマーは、らせん軸に対して垂直方向の磁場内で、室温で硬化される。
【0102】
薬物は、先のステップ(3)で混合物に組み込むことができ、または先のステップ(4)で放出した後に、プロペラ材料に吸収させることができる。この方法を用いると、プロペラの構造化、磁化および官能化は、単一プロセスで達成することができる。
【0103】
本発明を、模式図を利用しながらより詳細に示す。
図面の簡単な説明
【0104】
[追加図1(a)]斜視図による本発明によるプロペラの実施形態の斜視図である。
[追加図1(b)]図1(a)のプロペラの横断面図である。
[追加図2]磁石が取り付けられ、軟組織に包埋された本発明によるプロペラの光学顕微鏡画像である。
[追加図3]Matrigel(登録商標)に進入する図2のプロペラの2つの光学顕微鏡画像を示しており、下の画像は上の画像の18秒後に撮影したものである。
[追加図4(a)-(d)]図4(a)に示されている本発明によるプロペラの断面形状を、図4(b)~4(d)に示されている従来技術のプロペラの断面形状と模式的に比較する。
[追加図5]本発明によるプロペラと、プロペラと共回転する媒体の模式的断面表示である。
[追加図6(a)]媒体の変形を視覚化するために媒体に包埋されたトレーサー粒子を用いる、粘弾性媒体におけるプロペラの映像のフレームを示す。
[追加図6(b)]プロペラの多数回転期間にわたる1つのトレーサー粒子の軌道を示す。正規化変形が大きいと、軸推進力が大きくなる。
[追加図7]粘弾性媒体において回転する本発明によるプロペラの横断面図を示しており、プロペラの回転によって誘導された媒体の有効に変形した領域を、斜線で標識する。
[追加図8]粘弾性媒体において回転する従来技術のプロペラ設計の横断面図を示しており、プロペラの回転によって誘導された媒体の有効に変形した領域を、斜線で標識する。
[追加図9]粘弾性媒体において回転する別の従来技術のプロペラ設計の横断面図を示しており、プロペラの回転によって誘導された媒体の有効に変形した領域を、斜線で標識する。
[追加図10]本発明によるプロペラのエッジに対する、短い部分の示力図である。
[追加図11]ブタ脳組織に進入する図2のプロペラの2つの光学顕微鏡画像を示しており、下の画像は上の画像の300秒後に撮影したものである。
[追加図12]本発明によるプロペラを生成する方法を示す。
[追加図13]本発明によるプロペラを生成する別の方法を示す。
[追加図14]両端に順テーパーを有する本発明による2つのプロペラの斜視図である。
【0105】
以下、これらの追加図を、「図」と呼ぶ。
【0106】
本発明の詳細な説明
組織モデル内で運動するプロペラ
本発明によるプロペラ1の達成可能な利点は、粘弾性媒体、例えば生体組織を介して効率的に自己推進できることである。図2では、プロペラを検証するための組織モデルとして使用されるヒドロゲルである、Matrigel(登録商標)のゲル媒体2に完全に包埋されている、本発明によるプロペラ1が示されている。gibco(登録商標)、Life Technologies(登録商標)から利用可能なMatrigel(登録商標)は、マウス肉腫細胞によって分泌されたゼラチン質タンパク質混合物の商標名である。これは、多くの組織に見出される複雑な細胞外マトリックス(ECM)に似ており、細胞3D培養、腫瘍細胞転移研究およびがん薬物スクリーニングのためのin vitroモデルとして広く許容されている。ここで、Matrigel(登録商標)は、プロペラ1が進入する結合組織のためのゲル媒体2モデルとして働く。Matrigel(登録商標)溶液を受け取ったまま使用し、氷上で解凍し、インキュベーター内で37℃において1時間ゲル化した。
【0107】
プロペラ1を、ピンセットを用いてゲル媒体2に挿入した。均質な大きさ(50~1000ガウスで調整可能)および連続的な回転方向(1~100Hz(ヘルツ)の範囲の周波数)の磁場を印加し、磁場を、速度10Hzで回転させた。プロペラ1の一端に、直径200μm(マイクロメートル)および長さ400μmの、直径方向に磁化したネオジム、鉄およびホウ素(NdFeB)材料の円筒磁石3を、トルクを通さない方式で取り付ける。磁石は永久磁気モーメントを有しており、外部回転磁場と一緒に回転する。プロペラの特別形状設計に起因して、回転が並進動作(前方または後方推進)と共役し、ゲル媒体2または生体組織において正味の変位が達成される。
【0108】
図1(a)に最も良好に示され得る通り、プロペラ1は、キラル、より正確にはらせん形状を有している。プロペラ1は左回りであるが、当然のことながら、右回り設計も同様に適する場合がある。図1のプロペラでは、回転軸4とらせん軸は一致している。自発運動の方向vは、右向きの矢印vとして示されている。回転方向は、半円形の矢印ωとして示されている。図1(b)の横断面図でわかる通り、らせん軸に対して垂直なプロペラ1の任意の横断面5の縦横比は、5よりも著しく大きい。縦横比は、横断面の最大半径6を横断面5の最小半径7で割ることによって得られる。半径6、7は、回転軸4が横断面5を垂直に貫く点8から、横断面の外周9の一点まで延びる。
【0109】
図3の画像から、プロペラ1がどのようにしてMatrigel(登録商標)ゲル媒体2内を進むかがわかる。下の画像は、上の画像の18秒後に撮影したものである。点線は、磁石3の初期位置を示す。プロペラのらせん軸に沿って、回転数10Hzでおよそ45μm/s(1秒当たりのマイクロメートル)の速度が観測された。時計回りまたは反時計回りの回転方向を選択することによって、プロペラ1は、前方または後方のいずれかに運動することができる。
【0110】
図4(a)~(d)では、本発明によるプロペラ1の模式的断面形状を、L Zhang、J J Abbott、L X Dong、B E Kratochvil、D BellおよびB J Nelson、図4(b)、A GhoshおよびP Fischer、図4(c)、ならびにT Qiu、J Gibbs、D Schamel、A Mark、U ChoudhuryおよびP Fischer、図4(d)の、前述の刊行物から公知のプロペラの断面形状と比較する。上列には3Dビューが提供され、下列には断面形状が示されている。本発明のプロペラの横断面5は、従来技術のプロペラ1’の半径6’および7’に基づくと、従来技術のプロペラ1’の横断面5’よりも著しく大きい縦横比を有していることがわかる。
【0111】
さらにプロペラ1は、粘弾性媒体2内で回転し、粘弾性媒体2を介して運動するので、媒体2の一部10は、プロペラ1の表面に付着し、その表面と一緒に回転することができる。これは、図5に模式的に示されている。図5の例では、プロペラ1、およびプロペラ1と共に回転する媒体2の一部10を含む回転体の横断面の縦横比は、やはり3よりも大きい。この場合の縦横比は、回転体の横断面の最大半径11を回転体の横断面の最小半径12で割ることによって得られる。半径11、12は、回転軸4が横断面を垂直に貫く点8から、回転体の横断面の外周9の一点まで延びる。
【0112】
プロペラの推進機序
本発明者らは、本発明によるプロペラ1が、粘弾性媒体において使用される場合、過去に公開されている粘性流体における推進機序とは異なる新しい推進機序を、権利を侵害することなく活用すると考える。図6(a)および6(b)は、粒子画像化速度測定(PIV)実験の結果を示している。実験では、直径15μmの蛍光性ポリスチレンビーズ(FluoSpheres(登録商標)、Life Technologies)を、トレーサー粒子として使用し、Matrigel(登録商標)ゲル媒体2に混合して、ゲル媒体2の運動、特に変形を示した。波長532nm(ナノメートル)の緑色レーザー光線を、円筒水晶体によってレーザーシートに拡大し、Matrigel(登録商標)ゲル媒体2の薄シート上に向けた。プロペラ1およびトレーサー粒子の動作を、ロングパスフィルタ(OD4-550nm、Edmund Optics)および映像カメラを備えた顕微鏡によって記録した。トレーサー粒子の位置を、Matlabの特注スクリプト(R2014b、Mathworks)によって分析し、映像のすべてのフレームにおいて円で囲んだ。円は、図6(a)および拡大図6(b)の両方に見ることができる。図6(b)では、1つのトレーサー粒子13の軌道が示されている。粒子13は、プロペラ1の多数回転期間にわたって、本質的に楕円の閉鎖軌道14をたどる。正規化変形は、半径方向変位dおよび回転軸からの距離rの商として計算することができる。
【0113】
実験は、粘弾性媒体2の運動(変形)が、粘性流体におけるプロペラ周辺の流れとは明らかに異なることを示唆している。流体において、粒子は、完全な回転をプロペラと一緒に回転し、低レイノルズ数の2つの垂直方向における流体力学的抗力の差異によって前方推進力が生じるが、それについては文献で説明された。しかし、ここで開示されるプロペラ1では、粒子の異なる動作軌道が観測されており、そのことは、プロペラ1の新しい設計によって、過去に報告されてこなかった粘弾性媒体における新しい推進機序が可能となることを示唆している。
【0114】
ほとんどの生体組織を含めた粘弾性固体の緩和時間は、しばしば分のオーダーであり、一方プロペラは、典型的に周波数1~10Hzで回転する。したがって、プロペラの1回転のサイクル時間(0.1~1秒)は、緩和時間よりもかなり短いので、ゲルの弾性応答だけを考慮すればよい。図7に示される例として、プロペラ1の横断面5は、四角形の固体としてモデル化されており、これは、媒体2の最初は四角形である孔15の中で回転する。図7(b)では、媒体2は流れていないが、プロペラ1が回転するにつれて変形することに留意されたい。媒体2の大きい変形(ひずみ)は、プロペラ1の回転によって誘導される。プロペラ1周辺の媒体2の有効に変形した体積は、従来技術のプロペラ設計よりも劇的に大きい(対応する要素が、従来技術で報告されたスクリュー形態のプロペラ1’である図8、および対応する要素が、従来のスクリュー形態のプロペラ1’である図9に例示的に示される通り。媒体2’、間隙15’およびハッチ内の有効な変形領域も、図に示されている)。媒体2は、弾性であるとみなされ、すなわち反跳力が変形に正相関するバネであるとみなされる。したがって、媒体2の大きい変形には、回転のためのより大きいトルクが必要であり、その変形によってより大きい前方推進力が発揮される。これらの2つの現象の両方を、実験で観測した。
【0115】
さらに例示するために、図10には、プロペラ1の小断面の示力図(プロペラの正面エッジは、右に運動するために上方に、左回りに回転する)が示されている。回転方向は、上向きの矢印vとして示されている。示力図から、右を指し示す推進力成分F_pが存在することが明らかである。図7に示されている状況と同様に、変形が大きいほど、前方推進力が大きくなる。したがって、本発明によるプロペラ1の提案される推進機序は、以下の3つの態様にまとめることができる。第1に、プロペラ1の回転によって、ゲル媒体2の大きい変形が誘導される。より具体的には、プロペラ1の横断面5の大きい縦横比によって、ゲル媒体2の大きい変形が誘導され、それによって大きい前方推進力F_pが得られる。第2に、プロペラ1の先端16にかかる圧力は、ゲル媒体2の引張強度を破壊するために、その引張強度よりも大きくすべきである。それには、先端16の面積を可能な限り小さくする必要があり、例えば、尖った先端16が好ましい。さらに図7(a)の白色領域として示されている四角形形状などの、プロペラの先端16の前方動作によって媒体2の新しく切断された領域(間隙)15も、高い縦横比を有しており、それによって、やはりプロペラ1が回転するときに媒体12の大きい変形が可能になる。これは、間隙15’がほぼ環状であり(図9(a)を参照されたい)、従来のプロペラ1’によって誘導された媒体2’の変形が小さい、従来のプロペラの1’の設計とは異なっている。第3に、図5などの、プロペラ1周辺に可能な媒体2が付着した後も、先の2つの条件が満たされるべきである。この基準によって、組織におけるプロペラ1の連続運動が保証される。
【0116】
図4(b)および図4(c)に示されている、公開された設計などの、真ん中に中空の開口部を有する従来のプロペラ1’の設計は、粘弾性媒体において効率的に推進しない。その理由は、プロペラの回転中、およびプロペラと一緒に媒体が回転することを考慮する場合、開口部が粘弾性媒体で充填され、構造全体が、図8(b)に示される通り、任意の横断面に対して高い縦横比を有していないことにある。換言すれば、ゲルのプラグが、従来のプロペラ形状をほぼ円筒形に変化させて、プロペラ周辺の媒体の非常に制限された変形を誘導し、したがって従来のプロペラは、粘弾性媒体において同じ位置でしか回転できず、正味の変位を達成することができない。本発明は、好ましい実施形態では、プロペラのらせん軸に対して垂直である少なくとも1つの横断面、好ましくはすべての横断面で、軸がプロペラを通っているという点で、従来技術設計とは明らかに異なっている。または換言すれば、少なくとも1つの横断面、好ましくはすべての横断面で、回転中心はプロペラの内側にある。
【0117】
降伏応力流体などの一部の特定の種類の粘弾性媒体では、プロペラは、プロペラの回転によって誘導されたせん断応力に起因して、媒体の一部を破壊(または液化)することができる。さらに、破壊された(または液化された)媒体の一部が後方に輸送されることによっても、プロペラが前方推進することができる。
【0118】
好ましくは、プロペラ1を作動するために、最高推進速度をもたらす回転速度が使用されるべきである。プロペラ1の幾何構造と媒体のレオロジーの両方に依存するこの値は、周波数を掃引し、推進速度を測定することによって、実験的に決定することができる。ここで開示されたプロペラ1の粘弾性媒体2における最適な周波数は、周期外れ周波数よりもかなり小さくてよいことが判明した。周波数が最適値を超えて増大すると、プロペラ1は回転し続けるが、推進速度は、0に到達するまで劇的に低下する。それとは対照的に、低レイノルズ数の粘性流体においては、プロペラ1の最適な周波数は、周期外れ周波数に非常に近く、推進速度は、周期外れに到達する前に、駆動周波数に直線的に上昇する。この観測もまた、本発明のプロペラ1が粘弾性媒体において新しい推進機序を可能にすることを示唆している。
【0119】
脳試料において運動するプロペラ
図11の光学顕微鏡写真は、本発明によるプロペラ1が、ブタの脳組織に進入して、実際の生物学的軟組織中で運動する能力を実証することを示している。新鮮なブタの脳を氷上で保存し、地方の屠殺場から受け取った。体積約25×25×8mm(立方ミリメートル)の脳を解剖し、プロペラ1をピンセットで挿入した。組織は相対的に薄かったので、明るい白色光の背景照明を使用し、脳組織内のプロペラの運動を観測した。点線は、プロペラ1の初期位置を示す。回転数約1Hzで、平均推進速度およそ35μm/sを測定した。プロペラ1の形状に起因して、プロペラ1の回転は、磁気トルクを制限して作動することができる。実験では、プロペラ1を脳組織試料中で駆動させるのに、100~300Gの大きさの磁場で十分であった。この磁場は、さらに以下でより詳細に論じられる通り、電気コイルまたは永久磁石装置(setup)などの一般的な磁場発生装置を用いて印加することができる。
【0120】
プロペラの製作
本発明によるプロペラ1を生成する方法は、図12に示されている。プロペラ1を、機械加工手法によって銅から作製した。直径50μmの銅ワイヤーを、幅255μmおよび厚さ13μmの平らなプレート17に機械で圧延した。図12に示される通り、プレート17を、互いに対して回転することができる2つの同心クランプ18と19の間に搭載した。クランプの一方18を回転させると同時に他方19を固定させたままにすることによって、プレート17をねじってキラル構造にした。ねじる間、軸方向vには通常の力が生じ、したがって2つのクランプ18と19の間の距離をそれに応じて調整した。このプロセス中の力およびトルクを測定するためにセンサーを使用することができ、クランプの距離および角度位置は、コンピューターを用いてモーターによって制御することができる。プロペラのピッチ寸法およびキラリティーは、このようにして制御することができる。その後、ねじった長いプレート17を、2mmの望ましい長さを有する個々のプロペラ1に切断した。最後に、直径200μmおよび長さ400μmの小型磁石を、プロペラ1の一方の先端に取り付けた。
【0121】
切断手順は、機械加工、レーザーエッチング、(集束)イオンエッチング、または化学的エッチングによって行うことができる。エッチングのためのマスクは、ねじるプロセスの前に、プレートの2つの側面上にフォトリソグラフィーによって製作することができる。このようにして、プロペラの大量生成を達成することができる。
【0122】
本発明によるプロペラ1を生成する別の方法は、図13に示されている。最初に、プロペラ1の構造を、例えば前述の方法または3Dプリンティングによって銅材料で得る(図13(a))。次に、その構造を、第2の材料、例えば軟質ポリマー、例えばPDMS内で成型する(図13(b))。第1の構造を、例えばプロペラ1を右方向に回転させ、推進させて型20から出すことによって、または軟質ポリマー型20を展開することによって、陰性モデル型20から取り出す(図13(c))。液体ポリマー材料または混合物、例えばエポキシ樹脂および強磁性粒子(平均直径40μm)の混合物を、陰性モデル型20内に射出し(図13(d))、図13(d)の矢印によって示される外部磁場の存在下で、ポリマーを室温で硬化する。最後に、型20を破壊することによって、またはプロペラ1を右方向に回転させ、推進させて型20から出すことによって、陰性モデル型20から放出させることによってプロペラ1を得る(図13(e))。構造における磁気粒子は、外部磁場Bが印加されるときに右方向に整列するので、プロペラ1は、右向き磁気モーメントMを有する(図13(f)の矢印によって示される通り)。薬物は、先の成型ステップでポリマー混合物に組み込むことができ、または先の最後のステップで放出した後に、プロペラ材料に吸収させることができる。
【0123】
図14は、プロペラ1の2つの先端16が、設計された形状、好ましくは尖った先端にどのように切断またはエッチングまたは成型され得るかを示す。このようにして、接触面積を低減することによって、先端16にかかる圧力を増大することができ、また、プロペラ正面の媒体2におけるせん断速度を増大することができる。多くの生物学的媒体は、せん断減粘性なので、せん断速度がより大きいことが、プロペラの前方推進の一助にもなる。この場合、プロペラの尖った先端は、好ましくはプロペラ先端16のエッジにあり、回転軸から大きく離れている。
【0124】
プロペラの作動
回転磁場を用いてプロペラの回転を誘導するのに適した装置は、例えば、T Qiu、J Gibbs、D Schamel、A Mark、U Choudhury、およびP Fischerの前述の刊行物から公知である。この文書の関連部分は、参照によって本開示に組み込まれる。
【0125】
磁場は、空間的に均質であってよく、または空間内に磁気勾配を伴ってよいが、好ましくは、磁気勾配によって生じるプロペラに作用する引張力は、プロペラ1の自己推進力の方向と同じ方向である。磁場は、電気コイルを用いて発生させることができる。例えば、3対のヘルムホルツコイルによって、異なるコイルの電流の位相および大きさを変化させることによって、三次元空間におけるプロペラの動作制御を達成することができる。磁場は、永久磁石の回転を用いて発生させることもでき、その磁石は、空間内に特別に配置したいくつかの磁石であってよく、またはプロペラから必要な距離を隔てられた1つだけの磁石であってよい。永久磁石装置を用いて推進軌道を制御するためには、装置の回転軸は変えられるべきである。
【0126】
本発明をその様々な実施形態で実現するために、本説明、特許請求の範囲および図に開示される特色は、個々に、ならびに任意の組合せにより関連付けることができる。
符号の説明
1 プロペラ
1’ プロペラ
2 媒体
2’ 媒体
3 磁石
4 回転軸
5 横断面
6 半径
6’ 半径
7 半径
7’ 半径
8 点
9 外周
10 媒体の部分
11 半径
12 半径
13 粒子
14 軌道
15 孔
15 間隙
15’ 間隙
16 先端
17 プレート
18 クランプ
19 クランプ
20 型

出願時の特許請求の範囲は以下の通り。
[請求項1]
媒体を介する粒子の拡散または能動輸送を容易にする方法であって、前記粒子が前記媒体に粘着するのを回避するために、前記粒子を、前記粒子の表面に連結した少なくとも1つの固体層および/または前記固体層を取り囲む少なくとも1つの液体層でコーティングすることを特徴とする、方法。
[請求項2]
粒子が前記媒体に粘着するのを回避するために、前記粒子を、前記粒子の表面に連結した少なくとも1つの固体層および/または前記固体層を取り囲む少なくとも1つの液体層でコーティングすることを特徴とする、粒子。
[請求項3]
前記粒子の特徴的サイズが、前記媒体のメッシュサイズと等しい、またはそれよりも小さいことを特徴とする、請求項1に記載の方法または請求項2に記載の粒子。
[請求項4]
前記粒子の特徴的サイズが、前記媒体のメッシュサイズよりも大きく、前記メッシュサイズの好ましくは1000倍以下であり、より好ましくは10倍以下であることを特徴とし、かつ/または前記固体層が、0.2nm~20μmの間の厚さを有しており、かつ/もしくは前記液体層が、0.5nm~500μmの間の厚さを有していることを特徴とする、請求項1に記載の方法または請求項2に記載の粒子。
[請求項5]
前記固体層または前記液体層のコーティング材料が、ポリ(エチレンオキシド)、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、ポリエチレングリコール、シロキサン、ペルフルオロカーボン、負電荷高分子電解質、ヒアルロン酸、ポロキサマー、酵素、アルブミン、多糖類、ポリ(酢酸ビニル)、ポリ(ビニルピロリドン)を含む成分の群の1つまたは複数の成分を含有することを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項6]
粒子を、前記媒体に適用する前に水溶液に分散させることを特徴とし、かつ/または粒子を、前記媒体に直接適用することを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項7]
少なくとも1つの安定剤が、前記粒子を分散させておくために前記水溶液に添加され、前記安定剤が、ポリ(ビニルアルコール)、ポリビニルピロリドン、ポリ(エチレンオキシド)、ポリエチレングリコール、ポリ(4-スチレンスルホン酸)、ポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)、ヒアルロン酸、ポロキサマー、デンプン、デキストリン、キトサン、アルギネート、単離ダイズタンパク質、ゼラチン、カタラーゼ、乳清タンパク質、アルブミン、ヒストン、カラゲニン、キサンタンガム、フェニルプロパンアミド、ベンゼンスルホン酸ナトリウムの少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項8]
前記粒子が、治療機能を有することを特徴とし、かつ/または前記粒子が、生物医学的画像化もしくは診断画像化を補助するために使用されることを特徴とし、かつ/または粒子が、放射性であり、もしくは外部刺激の下で熱もしくは光放射を生じることを特徴とし、かつ/または前記粒子が、治療剤と関連付けられ、もしくは接触させられることを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項9]
前記粒子が、キラルもしくは変性キラル部分を有することを特徴とし、かつ/または前記粒子が、らせん形状の一部を有することを特徴とし、かつ/または前記粒子が、磁気モーメントを有することを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項10]
前記粒子が、ヒトもしくは動物の硝子体液、粘液、滑液、リンパ液、細胞、結合組織;脳、神経、心臓、肺、腎臓、血管、肝臓、膵臓、胆嚢、胃腸管、尿路、精巣、陰茎、女性生殖器系、乳房、前立腺、耳、鼻、虫垂、関節および骨の組織を含む、生物学的に関連する媒体中に拡散することを特徴とし、または前記粒子が、ヒトまたは動物の硝子体液、粘液、滑液、リンパ液、細胞、結合組織;脳、神経、心臓、肺、腎臓、血管、肝臓、膵臓、胆嚢、胃腸管、尿路、精巣、陰茎、女性生殖器系、乳房、前立腺、耳、鼻、虫垂、関節および骨の組織を含む、生物学的に関連する媒体中に、外部力もしくはトルクの印加によって輸送されることを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項11]
前記粒子の動作が、磁場を用いることによって遠隔で誘導されることを特徴とする、前記請求項のいずれか1項に記載の方法または粒子。
[請求項12]
コーティングを用いて粒子を生成するための方法であって、
画定された形状の前記粒子を製作するステップと、
前記粒子の表面に連結する固体層をコーティングするステップと、
前記固体層と融合する液体層をコーティングするステップと
を含むことを特徴とする、方法。
[請求項13]
コーティングを有する粒子を利用するための方法であって、
前記粒子を水溶液に懸濁させるステップと、
懸濁液を媒体に注射するステップと、
前記粒子の運動を誘導するために磁場を印加するステップと、
画像化技術を用いて前記運動を観測するステップと
を含むことを特徴とする、方法。
[請求項14]
コーティングを有する粒子を利用するための方法であって、
前記粒子を媒体に分散させるステップと、
前記粒子の運動を誘導するために磁場を印加するステップと、
画像化技術を用いて前記運動を観測するステップと
を含むことを特徴とする、方法。
[請求項15]
前記磁場が、画像化の結果のフィードバックに基づいて変えられ、前記粒子が、前記媒体における標的位置に導かれることを特徴とする、請求項13または14に記載の方法。
図1
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