(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-17
(45)【発行日】2022-10-25
(54)【発明の名称】前駆体、前駆体の製造方法、正極材、正極材の製造方法、および、リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/505 20100101AFI20221018BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20221018BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20221018BHJP
C01G 53/04 20060101ALI20221018BHJP
【FI】
H01M4/505
H01M4/525
H01M4/36 E
C01G53/04
(21)【出願番号】P 2020542028
(86)(22)【出願日】2020-04-07
(86)【国際出願番号】 JP2020015606
(87)【国際公開番号】W WO2020209239
(87)【国際公開日】2020-10-15
【審査請求日】2020-07-31
(31)【優先権主張番号】P 2019075282
(32)【優先日】2019-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000200301
【氏名又は名称】JFEミネラル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】長野 林太郎
(72)【発明者】
【氏名】浜野 嘉昭
(72)【発明者】
【氏名】徳増 宏基
(72)【発明者】
【氏名】依馬 未佳
(72)【発明者】
【氏名】須藤 幹人
(72)【発明者】
【氏名】松崎 晃
(72)【発明者】
【氏名】増岡 弘之
【審査官】福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-099295(JP,A)
【文献】国際公開第2018/169004(WO,A1)
【文献】特開2005-097087(JP,A)
【文献】特開2003-017049(JP,A)
【文献】特開2012-119093(JP,A)
【文献】荒川 正文,粒度測定入門,粉体工学会誌,日本,1980年06月10日,Vol. 17, No. 6,pp. 299-307
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
H01M 10/05-10/0587
C01G 53/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池に用いる正極材の前駆体であって、
ニッケルマンガン複合水酸化物およびニッケルマンガン複合酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
ニッケルおよびマンガンを含有し、
ニッケル含有量とマンガン含有量との合計に対するニッケル含有量の比が、モル比で、0.45以上0.60以下であり、
マンガンの平均価数が4.0未満である、前駆体。
【請求項2】
一次粒子の平均粒子径が0.6μm未満である、請求項1に記載の前駆体。
ただし、一次粒子の平均粒子径は、次のように求める。
まず、走査型電子顕微鏡を用いた観察により、SEM画像を得る。得られたSEM画像から、無作為に200個以上の一次粒子を抽出する。画像解析ソフトを用いて、抽出した一次粒子の投影面積円相当径を得る。得られた投影面積円相当径の個数平均径を、一次粒子の平均粒子径とする。
【請求項3】
大気雰囲気下で室温から1050℃まで加熱したときの質量減少量が16質量%以上である、請求項1または2に記載の前駆体。
【請求項4】
X線回折における[001]方向のピーク強度と[101]方向のピーク強度とのピーク強度比である[001]/[101]ピーク比が、14以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の前駆体。
ただし、前記[001]方向のピーク強度は、回折角2θが17~21°の範囲における最大ピーク強度であり、前記[101]方向のピーク強度は、回折角2θが30~40°の範囲における最大ピーク強度である。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の前駆体を製造する方法であって、
ニッケル源、マンガン源、アンモニウム源、および、アルカリ性水溶液を、pHが9以上12以下である反応槽液に導入して、沈殿物を得る、前駆体の製造方法。
【請求項6】
前記ニッケル源、前記マンガン源、および、前記アンモニウム源を含有する水溶液を原料水溶液とし、
前記原料水溶液と前記アルカリ性水溶液とを前記反応槽液に導入して、前記沈殿物を得る、請求項5に記載の前駆体の製造方法。
【請求項7】
前記原料水溶液において、
前記ニッケル源のニッケル換算の含有量と前記マンガン源のマンガン換算の含有量との合計に対する、前記アンモニウム源のアンモニウム換算の含有量の比が、モル比で、0超1以下である、請求項6に記載の前駆体の製造方法。
【請求項8】
前記原料水溶液のpHが6以下である、請求項6または7に記載の前駆体の製造方法。
【請求項9】
前記沈殿物を、100℃以下の温度で乾燥する、請求項6~8のいずれか1項に記載の前駆体の製造方法。
【請求項10】
前記沈殿物を、非酸化性雰囲気下で乾燥する、請求項6~9のいずれか1項に記載の前駆体の製造方法。
【請求項11】
リチウムイオン二次電池に用いる正極材であって、
リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物であり、
リチウム、ニッケルおよびマンガンを含有し、
請求項1~4のいずれか1項に記載の前駆体を用いて得られる、正極材。
【請求項12】
更に、アルミニウム、ケイ素、チタン、ジルコニウム、カルシウム、カリウム、バリウム、ストロンチウムおよび硫黄からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素Aを含有する、請求項11に記載の正極材。
【請求項13】
マンガン含有量とニッケル含有量とのモル比の相対度数分布において、中央値が0.85以上1.20以下であり、かつ、半値幅が0.90以下である、請求項11または12に記載の正極材。
【請求項14】
温度25℃、湿度60%の大気雰囲気下に240時間放置したときの質量増加量が0.75質量%以下である、請求項11~13のいずれか1項に記載の正極材。
【請求項15】
リチウムイオン二次電池に用いる正極材であって、
リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物であり、
リチウム、ニッケルおよびマンガンを含有し、
式Li
2MnO
3で表わされる複合酸化物の含有量が、0質量%超20質量%以下であ
り、
マンガン含有量とニッケル含有量とのモル比の相対度数分布において、中央値が0.85以上1.20以下であり、かつ、半値幅が0.90以下である、正極材。
【請求項16】
更に、アルミニウム、ケイ素、チタン、ジルコニウム、カルシウム、カリウム、バリウム、ストロンチウムおよび硫黄からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素Aを含有する、請求項
15に記載の正極材。
【請求項17】
温度25℃、湿度60%の大気雰囲気下に240時間放置したときの質量増加量が0.75質量%以下である、請求項
15または16に記載の正極材。
【請求項18】
請求項11~
17のいずれか1項に記載の正極材を製造する方法であって、
請求項1~4のいずれか1項に記載の前駆体と、リチウム含有化合物とを混合し、得られた混合物を焼成して焼成物を得る、正極材の製造方法。
【請求項19】
前記前駆体のニッケル換算の含有量と前記前駆体のマンガン換算の含有量との合計に対する、前記リチウム含有化合物のリチウム換算の含有量の比が、モル比で、1.03超1.10未満である、請求項
18に記載の正極材の製造方法。
【請求項20】
前記混合物を、400℃以上700℃以下の温度で仮焼成し、その後、800℃以上1000℃以下の温度で本焼成して、前記焼成物を得る、請求項
18または
19に記載の正極材の製造方法。
【請求項21】
前記焼成物を水洗する、請求項
18~
20のいずれか1項に記載の正極材の製造方法。
【請求項22】
請求項11~
17のいずれか1項に記載の正極材を含有する正極と、負極と、前記正極と前記負極との間に介在してリチウムイオンを伝導するイオン伝導媒体と、を備えるリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前駆体、前駆体の製造方法、正極材、正極材の製造方法、および、リチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池の正極材(正極活物質)として、コバルト酸リチウムが広く使用されている。
しかし、コバルト酸リチウムに含まれるコバルトは、年産量が20,000t程度しかないレアメタルである。このため、資源量やコスト面の観点から、コバルト酸リチウムに代わる正極材が求められている。
そこで、従来、コバルトを含有しない正極材として、リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のリチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物を正極材として用いたリチウムイオン二次電池は、放電容量およびサイクル特性が不十分な場合がある。
【0005】
そこで、本発明は、放電容量およびサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池が得られる正極材の前駆体およびその製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、放電容量およびサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池が得られる正極材およびその製造方法を提供することを目的とする。
更に、本発明は、放電容量およびサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、下記構成を採用することにより、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[20]を提供する。
[1]リチウムイオン二次電池に用いる正極材の前駆体であって、ニッケルマンガン複合水酸化物およびニッケルマンガン複合酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、ニッケルおよびマンガンを含有し、ニッケル含有量とマンガン含有量との合計に対するニッケル含有量の比が、モル比で、0.45以上0.60以下であり、マンガンの平均価数が4.0未満である、前駆体。
[2]一次粒子の平均粒子径が0.6μm未満である、上記[1]に記載の前駆体。
[3]大気雰囲気下で室温から1050℃まで加熱したときの質量減少量が16質量%以上である、上記[1]または[2]に記載の前駆体。
[4]X線回折における[001]方向のピーク強度と[101]方向のピーク強度とのピーク強度比である[001]/[101]ピーク比が、14以下である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の前駆体。
ただし、上記[001]方向のピーク強度は、回折角2θが17~21°の範囲における最大ピーク強度であり、上記[101]方向のピークは、回折角2θが30~40°の範囲における最大ピーク強度である。
[5]上記[1]~[4]のいずれかに記載の前駆体を製造する方法であって、ニッケル源、マンガン源、アンモニウム源、および、アルカリ性水溶液を、pHが9以上12以下である反応槽液に導入して、沈殿物を得る、前駆体の製造方法。
[6]上記ニッケル源、上記マンガン源、および、上記アンモニウム源を含有する水溶液を原料水溶液とし、上記原料水溶液と上記アルカリ性水溶液とを上記反応槽液に導入して、上記沈殿物を得る、上記[5]に記載の前駆体の製造方法。
[7]上記原料水溶液において、上記ニッケル源のニッケル換算の含有量と上記マンガン源のマンガン換算の含有量との合計に対する、上記アンモニウム源のアンモニウム換算の含有量の比が、モル比で、0超1以下である、上記[6]に記載の前駆体の製造方法。
[8]上記原料水溶液のpHが6以下である、上記[6]または[7]に記載の前駆体の製造方法。
[9]上記沈殿物を、100℃以下の温度で乾燥する、上記[6]~[8]のいずれかに記載の前駆体の製造方法。
[10]上記沈殿物を、非酸化性雰囲気下で乾燥する、上記[6]~[9]のいずれかに記載の前駆体の製造方法。
[11]リチウムイオン二次電池に用いる正極材であって、リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物であり、リチウム、ニッケルおよびマンガンを含有し、上記[1]~[4]のいずれかに記載の前駆体を用いて得られる、正極材。
[12]リチウムイオン二次電池に用いる正極材であって、リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物であり、リチウム、ニッケルおよびマンガンを含有し、式Li2MnO3で表わされる複合酸化物の含有量が、0質量%超20質量%以下である、正極材。
[13]更に、アルミニウム、ケイ素、チタン、ジルコニウム、カルシウム、カリウム、バリウム、ストロンチウムおよび硫黄からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素Aを含有する、上記[11]または[12]に記載の正極材。
[14]マンガン含有量とニッケル含有量とのモル比の相対度数分布において、中央値が0.85以上1.20以下であり、かつ、半値幅が0.90以下である、上記[11]~[13]のいずれかに記載の正極材。
[15]温度25℃、湿度60%の大気雰囲気下に240時間放置したときの質量増加量が0.75質量%以下である、上記[11]~[14]のいずれかに記載の正極材。
[16]上記[11]~[15]のいずれかに記載の正極材を製造する方法であって、上記[1]~[4]のいずれかに記載の前駆体と、リチウム含有化合物とを混合し、得られた混合物を焼成して焼成物を得る、正極材の製造方法。
[17]上記前駆体のニッケル換算の含有量と上記前駆体のマンガン換算の含有量との合計に対する、上記リチウム含有化合物のリチウム換算の含有量の比が、モル比で、1.03超1.10未満である、上記[16]に記載の正極材の製造方法。
[18]上記混合物を、400℃以上700℃以下の温度で仮焼成し、その後、800℃以上1000℃以下の温度で本焼成して、上記焼成物を得る、上記[16]または[17]に記載の正極材の製造方法。
[19]上記焼成物を水洗する、上記[16]~[18]のいずれかに記載の正極材の製造方法。
[20]上記[11]~[15]のいずれかに記載の正極材を含有する正極と、負極と、上記正極と上記負極との間に介在してリチウムイオンを伝導するイオン伝導媒体と、を備えるリチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、放電容量およびサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[前駆体]
本発明の前駆体は、リチウムイオン二次電池に用いる正極材の前駆体であって、ニッケルマンガン複合水酸化物およびニッケルマンガン複合酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、ニッケルおよびマンガンを含有し、ニッケル含有量とマンガン含有量との合計に対するニッケル含有量の比が、モル比で、0.45以上0.60以下であり、マンガンの平均価数が4.0未満である、前駆体である。
【0010】
本発明の前駆体を用いて、後述する正極材(リチウム含有ニッケルマンガン複合水酸化物)を得る。得られた正極材を用いたリチウムイオン二次電池は、放電容量およびサイクル特性に優れる。その理由は、以下のように推測される。
【0011】
例えば、価数の高いマンガン(例えばMn4+)が含まれる前駆体を用いて正極材(リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物)を製造する場合、リチウム(Li+)と前駆体のマンガン(Mn4+)との反発力が大きく、リチウムが前駆体の内部まで均一に拡散できない。このため、放電容量およびサイクル特性が低下する。
これに対して、本発明の前駆体は、マンガンの平均価数が4.0未満と低い。このような前駆体を用いて正極材を製造する場合、リチウムと前駆体のマンガンとの反発力が相対的に小さく(リチウムと前駆体とが反応しやすく)、リチウムが前駆体の内部まで均一に拡散しやすい。このため、放電容量およびサイクル特性に優れる。
【0012】
〈組成〉
本発明の前駆体は、ニッケル(Ni)およびマンガン(Mn)を含有する。
本発明の前駆体において、ニッケル含有量とマンガン含有量との合計に対するニッケル含有量の比(以下、「Ni/(Ni+Mn)」と表記する場合がある)は、モル比で、0.45以上0.60以下であり、0.48以上0.55以下が好ましい。すなわち、本発明の前駆体は、実質的に同比率のニッケルおよびマンガンを含む。
【0013】
本発明の前駆体は、資源量やコスト面の観点から、実質的にコバルト(Co)を含有しないことが好ましい。具体的には、例えば、本発明の前駆体におけるコバルト含有量は、0.1質量%以下が好ましく、0.01質量%以下がより好ましく、0.001質量%以下が更に好ましい。本発明の前駆体は、コバルトを含有しない(コバルトを全く含有しない)ことが特に好ましい。
【0014】
前駆体の組成(金属元素の含有量)は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法により求める。
【0015】
〈マンガンの平均価数〉
上述したように、本発明の前駆体におけるマンガンの平均価数は、4.0未満であり、放電容量およびサイクル特性がより優れるという理由から、3.8以下が好ましく、3.5以下がより好ましく、3.2以下が更に好ましい。
一方、本発明の前駆体におけるマンガンの平均価数は、例えば、2.5以上であり、2.7以上が好ましく、2.9以上がより好ましい。
【0016】
マンガン(Mn)の平均価数は、X線光電子分光法(XPS)により、求める。
具体的には、XPS装置(QuanteraSXM、ULVAC-PHI社製)を用いて、下記条件で、前駆体をナロースキャン分析して、マンガンの3s軌道(Mn3s)の光電子スペクトル(「ナロースペクトル」ともいう)を得る。得られたナロースペクトルの交換分裂幅(ΔE)を計測する。
次に、標準物質として、MnO(価数:2)、Mn2O3(価数:3)およびMnO2(価数:4)を用い、各標準物質のΔEを同様に計測する。
マンガンは、その価数に応じて、3s軌道のナロースペクトルの交換分裂幅(ΔE)が変化することが知られている。
各標準物質のΔEから検量線を作成する。作成した検量線と、前駆体のΔEとから、前駆体のMnの価数を求める。
前駆体ごとにΔEの計測は3回行ない、3回の平均値を、各前駆体のMn平均価数とする。
【0017】
・一次励起源条件
線源:X線モノクロAl-Kα
電圧:15kV
出力:25kW
ビーム径:100μmφ
・分析領域:100μmφ
・ナロースキャン分析条件
Mn3s Pass Energy:55eV
Step Size:0.1eV
【0018】
上述したマンガンの平均価数(4.0未満)を得やすいという理由から、本発明の前駆体のMn3sの交換分裂幅(ΔE)は、4.9eV以上が好ましく、5.0eV以上がより好ましい。
一方、本発明の前駆体のMn3sのΔEは、5.7eV以下が好ましく、5.5eV以下がより好ましい。
【0019】
〈一次粒子の平均粒子径〉
本発明の前駆体は、一次粒子の平均粒子径(「一次粒子径」ともいう)が小さい方が好ましい。一次粒子径が小さい前駆体を用いて正極材を製造することにより、リチウムが前駆体の内部を移動する距離が短く、リチウムを前駆体の内部に均一に拡散しやすくなり、放電容量およびサイクル特性がより優れる。
具体的には、本発明の前駆体における一次粒子の平均粒子径は、0.6μm未満が好ましく、0.1μm以下がより好ましい。下限は特に限定されないが、例えば、0.01μm以上であり、0.03μm以上が好ましい。
【0020】
前駆体の一次粒子径(一次粒子の平均粒子径)は、次のように求める。
まず、前駆体を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察して、SEM画像を得る。得られたSEM画像から、無作為に200個以上の一次粒子を抽出する。画像解析ソフトを用いて、抽出した一次粒子の投影面積円相当径(SEM画像上の粒子の面積と同一の面積の円の直径)を得る。得られた径の個数平均径を、一次粒子の平均粒子径とする。
【0021】
なお、本発明の前駆体は、例えば、複数の一次粒子が凝集して形成された球状の二次粒子である。一次粒子の形状としては、例えば、板状、針状、球状、直方体状などが挙げられ、なかでも、板状が好ましい。
【0022】
〈質量減少量〉
本発明の前駆体は、大気雰囲気下で室温から1050℃まで加熱したときの質量減少量(本段落において、単に「質量減少量」ともいう)が多い方が好ましい。
質量減少量が多い前駆体(ニッケルマンガン複合水酸化物およびニッケルマンガン複合酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種)は、水酸化物が多いことを意味する。水酸化物が多い前駆体を用いて正極材を製造する場合、放電容量およびサイクル特性などがより優れる。これは、詳細は不明であるが、前駆体にヒドロキシ基が複雑に配置されることで、得られる正極材(リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物)の結晶構造が適度に整えられるためと考えられる。
具体的には、本発明の前駆体の質量減少量は、16質量%以上が好ましく、17質量%以上がより好ましく、19質量%以上が更に好ましい。
上限は、特に限定されないが、質量減少量は、例えば、25質量%以下であり、22質量%以下が好ましい。
質量減少量は、以下に説明する強熱減量測定により求める。
まず、ルツボに入れた試料(前駆体)1gを、電気炉を用いて、1050℃まで加熱し、その後、自然冷却する。次いで、自然冷却した試料の質量を測定する。加熱前の試料の質量と加熱後の試料の質量との差から、質量減少量を求める。
【0023】
〈ピーク強度比〉
本発明の前駆体は、X線回折における[001]方向のピーク強度と[101]方向のピーク強度とのピーク強度比である[001]/[101]ピーク比が小さいことが好ましい。[001]方向のピーク強度は、回折角2θが17~21°の範囲における最大ピーク強度である。[101]方向のピークは、回折角2θが30~40°の範囲における最大ピーク強度である。以下、[001]/[101]ピーク比を、単に「ピーク比」と呼ぶ場合がある。
[001]/[101]ピーク比が小さい前駆体は、非晶質性が高い傾向にある。詳細は明らかではないが、非晶質な前駆体を用いて製造した正極材は、リチウムサイトにニッケルが置換しにくいと考えられる。その結果、放電容量およびサイクル特性などがより優れる。このとき、単に非結晶性が高いことのみが要求されるのではなく、ピーク比に適度な範囲があると考えられる。
具体的には、本発明の前駆体の[001]/[101]ピーク比は、14以下が好ましく、10以下がより好ましく、4.5以下が更に好ましく、4以下が特に好ましく、3以下が最も好ましい。
下限は、特に限定されないが、[001]/[101]ピーク比は、例えば、1以上である。
X線回折装置(X線源:CuKα、管電圧:40kV、管電流:40mA)を用いて、前駆体のX線回折(XRD)パターンを得て、[001]方向のピーク強度と、[101]方向のピーク強度とからピーク強度比([001]/[101]ピーク比)を求める。
【0024】
[前駆体の製造方法]
次に、本発明の前駆体の製造方法を説明する。
本発明の前駆体の製造方法は、上述した本発明の前駆体を製造する方法であって、ニッケル源、マンガン源、アンモニウム源、および、アルカリ性水溶液を、pHが9以上12以下である反応槽液に導入して、沈殿物(ニッケルマンガン複合水酸化物およびニッケルマンガン複合酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種)を得る方法である。
得られる沈殿物(より詳細には、例えば、沈殿物を、反応槽液からろ別し乾燥したもの)が、上述した本発明の前駆体となる。
【0025】
〈共沈法〉
本発明の前駆体の製造方法は、いわゆる共沈法である。共沈法を用いることにより、ニッケルとマンガンとを原子レベルで均一に分散できる。
本発明における共沈法では、ニッケル源、マンガン源、および、アンモニウム源を含有する水溶液を原料水溶液とし、この原料水溶液とアルカリ性水溶液とを反応槽液に導入して、沈殿物を得ることが好ましい。
すなわち、ニッケル源およびマンガン源とアンモニウム源とをそれぞれ別々に反応槽液に導入するのではなく、ニッケル源およびマンガン源とアンモニウム源とを予め混合したものを、反応槽液に導入することが好ましい。
これにより、反応槽液において、生成した沈殿物にアンモニウムが作用することが回避され、一次粒子の必要以上の成長が抑制されやすい。
また、原料水溶液において、アンモニウム(NH4
+)がニッケルイオンおよびマンガンイオンに配位して安定化することも、一次粒子の成長を抑制できる理由の1つと考えられる。
【0026】
原料水溶液において、ニッケル源のニッケル換算の含有量とマンガン源のマンガン換算の含有量との合計に対する、アンモニウム源のアンモニウム換算の含有量の比(以下、「NH4/(Ni+Mn)」と表記する場合がある)は、モル比で、0超1以下が好ましく、0.1以上0.8以下がより好ましく、0.2以上0.6以下が更に好ましい。なお、原料水溶液において、ニッケル源のニッケル換算の含有量とマンガン源のマンガン換算の含有量との比(Ni/Mn)は、モル比で、1/1が好ましい。
【0027】
原料水溶液のpHは、6以下が好ましく、5.5以下がより好ましく、5以下が更に好ましい。下限は特に限定されないが、原料水溶液のpHは、例えば、3以上であり、4以上が好ましい。
【0028】
ニッケル源としては、例えば、硫酸ニッケル、炭酸ニッケル、硝酸ニッケル、酢酸ニッケル、塩化ニッケルなどのニッケル塩が挙げられ、硫酸ニッケル(NiSO4)が好ましい。
マンガン源としては、例えば、硫酸マンガン、炭酸マンガン、硝酸マンガン、酢酸マンガン、塩化マンガンなどのマンガン塩が挙げられ、硫酸マンガン(MnSO4)が好ましい。
アンモニウム源としては、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウムなどのアンモニウム塩が挙げられ、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)が好ましい。
ニッケル源、マンガン源およびアンモニウム源は、それぞれ、水溶液の態様が用いられることが好ましい。
各水溶液において、ニッケル源、マンガン源およびアンモニウム源の濃度(含有量)は、それぞれ、上述したモル比となるように調整されることが好ましい。
【0029】
アルカリ性水溶液としては、水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液が好ましい。
【0030】
反応槽液は、反応槽の内容液であり、上述したように、pHが9以上12以下である。反応槽液は、例えば、純水に、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性水溶液を加えて調製される。
沈殿物を得る際に、攪拌棒などを用いて、反応槽液を攪拌することが好ましい。
反応槽液の温度は、30℃以上60℃以下が好ましく、35℃以上45℃以下がより好ましい。
【0031】
後述する本発明の正極材が後述する元素Aを含有する場合、反応槽液に、更に、元素A源を導入してもよい。元素A源は、原料水溶液に含有させることが好ましい。
元素A源としては、例えば、元素Aの硫酸塩、炭酸塩、硝酸塩、酢酸塩などの元素Aの塩が挙げられる。
元素A源の量は、所望する組成に応じて、適宜調整される。
【0032】
〈沈殿物の乾燥〉
共沈法により得られた沈殿物は、反応槽液からろ別(固液分離)し、水洗した後、乾燥することが好ましい。
【0033】
沈殿物を乾燥する際の温度(乾燥温度)は、沈殿物の脱水反応による酸化が抑制されて、上述したマンガンの価数を得やすいという理由から、低温が好ましい。
具体的には、乾燥温度は、100℃以下が好ましく、90℃以下がより好ましく、80℃以下が更に好ましく、70℃以下が特に好ましく、60℃以下が最も好ましい。
下限は特に限定されないが、乾燥温度は、例えば、30℃以上であり、40℃以上が好ましい。
【0034】
沈殿物を乾燥する際の雰囲気(乾燥雰囲気)は、沈殿物の酸化を抑制し、マンガンの価数を小さくしやすいという理由から、非酸化性雰囲気が好ましい。非酸化性雰囲気としては、例えば、酸素濃度が10体積%以下である非酸化性雰囲気が挙げられ、その具体例としては、真空雰囲気(例えば、0.1MPa以下)が好適に挙げられる。
【0035】
沈殿物を乾燥する際の時間(乾燥時間)は、5h以上がより好ましい。
【0036】
[正極材]
次に、本発明の正極材を説明する。正極材は、正極活物質とも呼ばれる。
【0037】
〈第1態様〉
本発明の正極材(第1態様)は、リチウムイオン二次電池に用いる正極材であって、リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物であり、リチウム、ニッケルおよびマンガンを含有し、上述した本発明の前駆体を用いて得られる、正極材である。
本発明の前駆体を用いて得られた正極材を用いたリチウムイオン二次電池は、放電容量およびサイクル特性に優れる。
【0038】
〈第2態様〉
本発明の正極材(第2態様)は、リチウムイオン二次電池に用いる正極材であって、リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物であり、リチウム、ニッケルおよびマンガンを含有し、式Li2MnO3で表わされる複合酸化物の含有量が、0質量%超20質量%以下である、正極材である。ここで、リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物は、六方晶であることが好ましい。
以下、「式Li2MnO3で表わされる複合酸化物」を、「第2相の複合酸化物」または単に「第2相」ともいう。
第2相の含有量が0質量%超20質量%以下である正極材を用いたリチウムイオン二次電池は、放電容量およびサイクル特性に優れる。
放電容量およびサイクル特性がより優れるという理由から、第2相の含有量は、2質量%以上19質量%以下が好ましく、3質量%以上17質量%以下がより好ましい。
【0039】
正極材における第2相の含有量は、次のように求める。
まず、下記条件にて、正極材のX線回折(XRD)パターンを得る。次いで、得られたXRDパターンについて、RIETAN-FP(プロファイル:拡張擬フォークト関数)を用いてリートベルト解析し、パターンフィッティングする。こうして、第2相の含有量を求める。
・装置名:デバイ・シェラー型回折計BL5S2(あいちシンクロトロン光センター)
・X線波長:0.7Å
・検出器:二次元半導体検出器ピラタス
・測定時間:10分/1試料
・試料:リンデマンガラスキャピラリー(0.3mmφ)に試料を充填
・測定方法:透過法
・測定温度:室温
【0040】
第2相の複合酸化物は、単斜晶の複合酸化物であることが好ましい。
より詳細には、本発明の正極材(第2態様)においては、六方晶の複合酸化物に、異相として単斜晶の複合酸化物(第2相の複合酸化物)が混合していることがより好ましい。
【0041】
〈組成〉
本発明の正極材(リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物)は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)およびマンガン(Mn)を含有する。
ニッケルとマンガンとを組み合わせることにより、相互の原子が不均化反応を起こす。これにより、充放電前後の自由エネルギー変化ΔGが大きく高電圧なNiの価数変化を、充放電反応に利用でき、高電圧かつ高容量のリチウムイオン二次電池が得られる。また、充電状態でも安定な結晶構造となるため、得られるリチウムイオン二次電池は、サイクル特性に優れる。
【0042】
本発明の正極材は、更に、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、カルシウム(Ca)、カリウム(K)、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)および硫黄(S)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素Aを含有していてもよい。
【0043】
本発明の正極材(リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物)は、下記式(1)で表わされる複合酸化物を含有することが好ましい。
(1)LiaNixMn1-xAyO2
式(1)中、aは0.95超1.10未満の数であり、xは0.45以上0.60以下の数であり、yは0以上0.020以下の数であり、AはAl、Si、Ti、Zr、Ca、K、Ba、SrおよびSからなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0044】
なお、本発明の正極材が上述した第2態様である場合、式(1)の組成は、第2相(式Li2MnO3で表わされる複合酸化物)を含む組成である。
【0045】
正極材の組成は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法により求める。
【0046】
〈モル比(Mn/Ni)の相対度数分布の中央値および半値幅〉
上述したように、本発明の正極材は、マンガンとニッケルとの組み合わせにより相互の原子が起こす不均化反応を利用している。この反応を十分に進行させるためには、マンガン原子とニッケル原子とが正極材中で隣接し、均一に分布していることが好ましい。
このため、本発明の正極材は、マンガン含有量とニッケル含有量とのモル比(Mn/Ni)の相対度数分布において、中央値が0.85以上1.20以下であり、かつ、半値幅が0.90以下であることが好ましい。中央値は0.90以上1.10以下がより好ましい。半値幅は0.80以下がより好ましい。
これにより、得られるリチウムイオン二次電池は、高電圧となり、放電容量およびサイクル特性がより優れる。
半値幅の下限は特に限定されず、半値幅は小さいほど好ましい。
【0047】
正極材のモル比(Mn/Ni)の相対度数分布の中央値および半値幅は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた観察およびエネルギー分散型X線分析(EDX)により求める。具体的には、以下のとおりである。
まず、正極材の粉末を樹脂に包埋し、その後、集束イオンビーム加工装置を用いて薄片化することにより、TEM観察用の試料を得る。
得られた試料について、TEM(JEM-F200、JEOL社製)を用いて、観察し(観察条件:加速電圧200kV)、HAADF-STEM像を得る。
HAADF-STEM像について、形態観察し、TEMに付属する装置(Dual SDD、JEOL製)を用いてEDXを行ない(分析条件:加速電圧200kV)、元素マッピングする(マップの分解能:1.96nm/ピクセル)。
得られた元素マッピング結果から、正極材部分のみを抜き出し、MnおよびNiの含有量(モル量)の合計が100%となるように、各ピクセルにおいて、簡易定量計算する。 Mn含有量をNi含有量で除して、モル比(Mn/Ni)を求める。横軸にモル比(Mn/Ni)比を0.01ピッチでとり、縦軸に相対度数をとり、相対度数分布を作成する。作成した相対度数分布について、中央値および半値幅を求める。
【0048】
〈質量増加量〉
本発明の正極材(リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物)は、温度25℃、湿度60%の大気雰囲気下に240時間放置したときの質量増加量(本段落において、単に「質量増加量」ともいう)が少ない方が好ましい。
なお、ここで、温度の「25℃」は「25±3℃」を意味し、湿度の「60%」は「60±5%」を意味する。
正極材を大気雰囲気下に放置すると、大気雰囲気中の水分および二酸化炭素と、正極材中のリチウムまたは正極材の表面に残留しているリチウム含有化合物とが反応して、正極材の質量が増加する場合がある。
正極材を大気雰囲気下に放置したときの質量増加量が少ないことは、大気雰囲気中の水分および二酸化炭素との反応による劣化が少ないことを意味する。質量増加量が少ない正極材は、大気雰囲気中での劣化が抑制され、ハンドリング性に優れる。また、電解液の分解を抑制する効果にも優れる。
また、正極材を大気雰囲気下に放置したときの質量増加量が少ないほど、水分および二酸化炭素との反応によって正極材中から引き抜かれるリチウムの量が少ない。この場合、正極材中からリチウムが引き抜かれることによる充放電容量の低下が抑制される。
具体的には、本発明の正極材の質量増加量は、0.75質量%以下が好ましく、0.70質量%以下がより好ましく、0.60質量%以下が更に好ましく、0.50質量%以下が特に好ましい。
質量増加量は、次のように求める。まず、試料(正極材)を所定量秤量してサンプル瓶に入れる。次いで、試料を入れたサンプル瓶を、大気雰囲気下で、温度25℃、湿度60%に保持した恒温恒湿槽に保管し、240時間放置する。放置前の試料の質量と放置後の試料の質量との差から、質量増加量を求める。
【0049】
[正極材の製造方法]
次に、本発明の正極材の製造方法を説明する。
本発明の正極材の製造方法は、上述した本発明の正極材を製造する方法であって、上述した本発明の前駆体と、リチウム含有化合物とを混合し、得られた混合物を焼成して焼成物を得る、正極材の製造方法である。
焼成物(リチウム含有ニッケルマンガン複合酸化物)が、適宜解砕等がなされた後に、上述した本発明の正極材となる。
【0050】
〈混合〉
本発明の前駆体と、リチウム含有化合物とを混合し、混合物を得る。
このとき、前駆体のニッケル換算の含有量と前駆体のマンガン換算の含有量との合計に対する、リチウム含有化合物のリチウム換算の含有量の比(以下、「Li/(Ni+Mn)」と表記する場合がある)は、モル比で、1.03超1.10未満が好ましく、1.04以上1.08以下がより好ましい。
Li/(Ni+Mn)がこの範囲内であれば、得られる本発明の正極材(第2態様)において、第2相の含有量が適量になりやすい。
【0051】
リチウム含有化合物としては、例えば、水酸化リチウム、炭酸リチウムなどが挙げられ、なかでも、反応温度が低いという理由から、水酸化リチウムが好ましい。
【0052】
得られる本発明の正極材が上述した元素Aを含有する場合、混合物に、更に、元素Aを含有する化合物(以下、「A含有化合物」ともいう)を混合してもよい。
A含有化合物としては、例えば、元素Aの水酸化物、酸化物、塩化物、塩(例えば、硫酸塩、炭酸塩、硝酸塩など)などが挙げられるが、これらに限定されない。
A含有化合物の混合量は、所望する組成に応じて、適宜調整される。
【0053】
〈焼成〉
混合により得られた混合物を焼成して、焼成物を得る。
このとき、混合物を、400℃以上700℃以下の温度で仮焼成し、その後、800℃以上1000℃以下の温度で本焼成することが好ましい。
このような焼成条件であれば、得られる本発明の正極材(第2態様)において、第2相の含有量が適量になりやすい。
第2相の含有量がより適量になりやすいという理由から、本焼成の温度は、900℃以上1000℃以下がより好ましく、925℃以上975℃以下が更に好ましい。
【0054】
仮焼成の雰囲気は、特に限定されず、例えば、酸化性雰囲気(例えば、大気雰囲気など)、非酸化性雰囲気などが挙げられ、なかでも、非酸化性雰囲気が好ましい。非酸化性雰囲気は、例えば、酸素濃度が10体積%以下である非酸化性雰囲気(具体的には、例えば、窒素雰囲気など)が挙げられる。非酸化性雰囲気で仮焼成することにより、活性の低いニッケルおよび/またはマンガンの酸化物の生成が抑制され、焼成物においてリチウムが均一に拡散しやすい。
本焼成の雰囲気は、特に限定されず、例えば、酸化性雰囲気(例えば、大気雰囲気など)または非酸化性雰囲気が挙げられる。
【0055】
焼成時間は、特に限定されない。
仮焼成の焼成時間は、6h以上48h以下が好ましく、12h以上36h以下がより好ましい。
本焼成の焼成時間は、5h以上30r以下が好ましく、10h以上25h以下がより好ましい。
【0056】
〈水洗〉
焼成物は、水洗することが好ましい。水洗した焼成物は、その後、適宜乾燥して、正極材となる。水洗することにより、得られる正極材は、内部に入り込んでいない余分なリチウムが洗い流される。このため、充電状態での残留リチウム量が低減し、上述した質量増加量が少なくなる。
水洗および乾燥の後、更に、200℃以上800℃以下で焼成することが好ましい。
【0057】
[リチウムイオン二次電池]
本発明のリチウムイオン二次電池は、上述した本発明の正極材を含有する正極と、負極と、正極と負極との間に介在してリチウムイオンを伝導するイオン伝導媒体と、を備えるリチウムイオン二次電池である。
本発明のリチウムイオン二次電池は、放電容量およびサイクル特性に優れる。
イオン伝導媒体は、例えば、非水電解液などの電解質である。
本発明のリチウムイオン二次電池は、更に、セパレータを備えていてもよい。
そのほか、本発明の正極材を用いること以外は、従来公知のリチウムイオン二次電池の構成を採用できる。
【実施例】
【0058】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0059】
〈前駆体の製造〉
以下のようにして、前駆体No.1~前駆体No.5を製造した。
【0060】
《前駆体No.1》
0.4モル/Lの硫酸ニッケル(NiSO4)水溶液と、0.4モル/Lの硫酸マンガン(MnSO4)水溶液と、0.2モル/Lの硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)水溶液とを混合して、原料水溶液を得た。原料水溶液におけるモル比(NH4/(Ni+Mn))は0.25であった。原料水溶液のpHは4.6であった。
反応槽に、1Lの純水と水酸化ナトリウム水溶液とを加えて、pH11に調整した反応槽液を得た。
反応槽液に、原料水溶液を150mL/hの速度で投入した。原料水溶液の投入中、アルカリ性水溶液(10質量%の水酸化ナトリウム水溶液)を、反応槽液のpHが11になるように制御しながら、反応槽液に投入した。こうして、沈殿物を得た。このとき、攪拌棒によって反応槽液を450rpmで攪拌しつつ、反応槽液の温度を40℃に制御した。
沈殿物を、ろ別し、水洗した。その後、沈殿物を、真空乾燥機を用いて、真空雰囲気下にて、50℃で10h乾燥した。
こうして、前駆体No.1を得た。
【0061】
《前駆体No.2》
沈殿物の乾燥雰囲気を大気雰囲気にした。この点以外は、前駆体No.1と同様にして、前駆体No.2を得た。
【0062】
《前駆体No.3》
原料水溶液に硫酸アンモニウム水溶液を混合しなかった。この原料水溶液のpHは6.5であった。この原料水溶液と、0.06モル/Lのアンモニア水とをそれぞれ150mL/hの速度で反応槽液に投入した。原料水溶液およびアンモニア水の投入中、アルカリ性水溶液(10質量%の水酸化ナトリウム水溶液)を、反応槽液のpHが11になるように制御しながら、反応槽液に投入した。こうして、沈殿物を得た。
これらの点以外は、前駆体No.1と同様にして、前駆体No.3を得た。
【0063】
《前駆体No.4》
沈殿物の乾燥雰囲気を大気雰囲気にした。沈殿物の乾燥温度を110℃にした。
これらの点以外は、前駆体No.1と同様にして、前駆体No.4を得た。
【0064】
《前駆体No.5》
沈殿物の乾燥雰囲気を大気雰囲気にした。沈殿物の乾燥温度を110℃にした。
これらの点以外は、前駆体No.3と同様にして、前駆体No.5を得た。
【0065】
〈前駆体の特性〉
得られた前駆体No.1~前駆体No.5について、それぞれ、モル比(Ni/(Ni+Mn))、Mn3sの交換分裂幅(ΔE)、Mnの平均価数、一次粒子径、質量減少量(大気雰囲気下で室温から1050℃まで加熱したときの質量減少量)、および、[001]/[101]ピーク比を求めた。結果を下記表1に示す。
【0066】
【0067】
〈正極材(第1態様)の製造〉
得られた前駆体No.1~前駆体No.5を用いて、以下のようにして、正極材No.1~正極材No.10を製造した。
【0068】
《正極材No.1》
前駆体No.1と、水酸化リチウムとを混合して混合物を得た。混合の際のモル比(Li/(Ni+Mn))は1.05とした。得られた混合物を焼成して焼成物を得た。より詳細には、混合物を、窒素雰囲気下、650℃で24h仮焼成し、その後、大気雰囲気下、950℃で15h本焼成した。得られた焼成物を、乳鉢を用いて解砕した。焼成物は水洗しなかった。こうして、正極材No.1を得た。
【0069】
《正極材No.2~正極材No.5》
それぞれ前駆体No.2~前駆体No.5を用いた。
この点以外は、正極材No.1と同様にして、それぞれ、正極材No.2~正極材No.5を得た。
【0070】
《正極材No.6~正極材No.10》
混合物に、それぞれ、Al含有化合物(硝酸アルミニウム)、Ti含有化合物(硝酸チタン)、Zr含有化合物(硝酸ジルコニウム)、K含有化合物(硝酸カリウム)、および、Ba含有化合物(硝酸バリウム)を更に混合した。
この点以外は、正極材No.1と同様にして、それぞれ、正極材No.6~正極材No.10を得た。
【0071】
〈正極材(第1態様)の特性および評価〉
得られた正極材No.1~正極材No.10について、組成、質量増加量(温度25℃、湿度60%の大気雰囲気下に240時間放置したときの質量増加量)、放電容量およびサイクル特性を求めた。結果を下記表2に示す。
放電容量およびサイクル特性は、以下のように求めた(後述する第2態様においても同様)。
【0072】
《放電容量》
正極材(90質量%)、アセチレンブラック(5質量%)およびポリフッ化ビニリデン(5質量%)に、N-メチル-2ピロリドンを添加し混練して、混合物を得た。得られた混合物を、アルミニウム集電体に、厚さ320μmで塗布し、塗膜を形成した。塗膜およびアルミニウム集電体の積層体を、隙間を80μmに設定したロールプレスを用いて加圧した。加圧した積層体から、直径14mmの円板を打ち抜いた。打ち抜いた円板を、150℃で15h真空乾燥した。真空乾燥後の円板を正極とした。
負極として、リチウム金属シートを用いた。セパレータとして、ポリプロピレン製の多孔質膜(セルガード#2400)を用いた。
エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)との体積比(EC/DMC)が1/1である混合溶液1Lに、1モルのLiPF6を溶解させて、非水電解液を得た。
これらの正極、負極、セパレータおよび非水電解液を用いて、アルゴンで置換したグローブボックス内で、リチウムイオン二次電池(試験セル)を作製した。作製した試験セルを用いて、電流値を0.2Cの一定値とし、かつ、電圧を2.75~4.4Vの範囲で、充放電して、放電容量[mAh/g]を求めた。
【0073】
《サイクル特性》
上述した充放電を、電流値を0.5Cとして、40回(40サイクル)繰り返した。得られた放電容量[mAh/g]から、下記式を用いて、サイクル特性を計算した。
サイクル特性[%]=(第40サイクルの放電容量/第1サイクルの放電容量)×100
【0074】
【0075】
〈正極材(第1態様)の評価結果まとめ〉
上記表1および表2に示すように、Mnの平均価数が4.0未満である前駆体No.1~前駆体No.3を用いて製造した正極材No.1~正極材No.3および正極材No.6~正極材No.10は、Mnの平均価数が4.0以上である前駆体No.4~前駆体No.5を用いて製造した正極材No.4~正極材No.5よりも、放電容量およびサイクル特性が優れていた。
【0076】
〈正極材(第2態様)の製造〉
得られた前駆体No.1を用いて、以下のようにして、正極材No.11~正極材No.18を製造した。
【0077】
《正極材No.11》
前駆体No.1と、水酸化リチウムとを混合して混合物を得た。混合の際のモル比(Li/(Ni+Mn))は1.05とした。得られた混合物を焼成して焼成物を得た。より詳細には、混合物を、窒素雰囲気下、650℃で24h仮焼成し、その後、大気雰囲気下、1000℃で5h本焼成した。得られた焼成物を、乳鉢を用いて解砕した。焼成物は水洗しなかった。こうして、正極材No.11を得た。
【0078】
《正極材No.12》
本焼成における焼成温度を900℃とし、焼成時間を15hとした。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.12を得た。
【0079】
《正極材No.13》
本焼成における焼成温度を950℃とし、焼成時間を10hとした。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.13を得た。
【0080】
《正極材No.14》
本焼成における焼成温度を950℃とし、焼成時間を15hとした。
焼成物を水洗し、その後、乾燥した。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.14を得た。
【0081】
《正極材No.15》
混合物に、S含有化合物(硫酸リチウム)を更に混合した。
本焼成における焼成温度を950℃とし、焼成時間を15hとした。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.15を得た。
【0082】
《正極材No.16》
混合の際のモル比(Li/(Ni+Mn))を1.20とした。
本焼成における焼成温度を950℃とし、焼成時間を10hとした。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.16を得た。
【0083】
《正極材No.17》
本焼成における焼成温度を780℃とし、焼成時間を15hとした。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.17を得た。
【0084】
《正極材No.18》
本焼成における焼成温度を1080℃とし、焼成時間を15hとした。
これら以外の点は、正極材No.11と同様にして、正極材No.18を得た。
【0085】
〈正極材(第2態様)の特性および評価〉
得られた正極材No.11~正極材No.18について、組成、第2相(Li2MnO3)の含有量、質量増加量(温度25℃、湿度60%の大気雰囲気下に240時間放置したときの質量増加量)、放電容量およびサイクル特性を求めた。結果を下記表3に示す。
【0086】
【0087】
〈正極材(第2態様)の評価結果まとめ〉
上記表3に示すように、第2相(Li2MnO3)の含有量が0質量%超20質量%以下である正極材No.11~正極材No.15は、第2相(Li2MnO3)の含有量が0質量%または20質量%超である正極材No.16~正極材No.18よりも、放電容量およびサイクル特性が優れていた。
【0088】
〈モル比(Mn/Ni)の相対度数分布の中央値および半値幅〉
正極材No.1~正極材No.3および正極材No.11について、上述した方法に従って、モル比(Mn/Ni)の相対度数分布の中央値および半値幅を求めた。放電容量およびサイクル特性の結果と併せて、下記表4に示す。
【0089】
【0090】
上記表4に示すように、正極材No.1~正極材No.3および正極材No.11は、いずれも、モル比(Mn/Ni)の相対度数分布において、中央値が0.85以上1.20以下であり、かつ、半値幅が0.90以下であった。
このとき、中央値が0.90以上1.10以下である正極材No.1および正極材No.2は、これを満たさない正極材No.3および正極材No.11と比較して、放電容量およびサイクル特性がより優れていた。