(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-18
(45)【発行日】2022-10-26
(54)【発明の名称】積層コーティング層、積層コーティング層を形成する方法及び積層構造の判定方法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/40 20060101AFI20221019BHJP
C23C 16/42 20060101ALI20221019BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20221019BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20221019BHJP
C23C 28/04 20060101ALI20221019BHJP
G01J 4/04 20060101ALI20221019BHJP
【FI】
C23C16/40
C23C16/42
B32B9/00 A
C23C28/00 Z
C23C28/04
G01J4/04 A
(21)【出願番号】P 2018235833
(22)【出願日】2018-12-17
【審査請求日】2021-11-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、大学発新産業創出プログラム事業「室温原子層堆積法による金属酸化物ナノコーティング技術の事業化」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願」
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101236
【氏名又は名称】栗原 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100166914
【氏名又は名称】山▲崎▼ 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 文彦
(72)【発明者】
【氏名】三浦 正範
(72)【発明者】
【氏名】鹿又 健作
(72)【発明者】
【氏名】久保田 繁
(72)【発明者】
【氏名】吉田 一樹
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/111586(WO,A1)
【文献】特開2011-018707(JP,A)
【文献】特開2015-166170(JP,A)
【文献】国際公開第2017/057775(WO,A1)
【文献】特表2018-506859(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/40
C23C 16/42
B32B 9/00
C23C 28/00
C23C 28/04
G01J 4/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が親水性表面である
被処理対象物上に低温原子層堆積膜で構成された金属酸化膜を含むコーティング層であり、前記コーティング層において被処理対象物の表面から密着層、防湿層、及び防水層の少なくとも2層を少なくとも1組具備し、
前記密着層は、
シリカ膜からなり、
前記防湿層は、アルミナを主成分とする膜であり、
前記防水層は、シリカ膜、酸化ニオブ膜及び酸化ジルコニウム膜から選択される金属酸化膜、及び樹脂膜の少なくとも1種の膜からなる、
積層コーティング層。
【請求項2】
表面が非平坦表面である被処理対象物上に低温原子層堆積膜で構成された金属酸化膜を含むコーティング層であり、前記コーティング層において被処理対象物の表面から密着層、防湿層、及び防水層の少なくとも2層を少なくとも1組具備し、
前記密着層は、樹脂膜からなり、
前記防湿層は、アルミナを主成分とする膜であり、
前記防水層は、シリカ膜、酸化ニオブ膜及び酸化ジルコニウム膜から選択される金属酸化膜、及び樹脂膜の少なくとも1種の膜からなる、
積層コーティング層。
【請求項3】
請求項1
又は2において、前記防湿層が、50nm以下の膜厚のアルミナ膜の単一層であるか、又は50nm以下の膜厚のアルミナ膜と歪緩和膜とを交互に多層積層した構造を含む、
積層コーティング層。
【請求項4】
被処理対象物上に低温原子層堆積膜で構成された金属酸化膜を含むコーティング層であり、前記コーティング層において被処理対象物の表面から密着層、防湿層、及び防水層の少なくとも2層を少なくとも1組具備し、
前記密着層は、金属酸化膜、及び樹脂膜から選択される少なくとも1種の膜からなり、
前記防湿層は、アルミナを主成分とする膜であり、且つ50nm以下の膜厚のアルミナ膜の単一層であるか、又は50nm以下の膜厚のアルミナ膜と歪緩和膜とを交互に多層積層した構造を含むものであり、
前記防水層は、シリカ膜、酸化ニオブ膜及び酸化ジルコニウム膜から選択される金属酸化膜、及び樹脂膜の少なくとも1種の膜からなる、
積層コーティング層。
【請求項5】
請求項
3又は4において、前記歪緩和膜が、III属ではない金属の酸化物を含有する膜、又は不純物として炭素を含有する膜、又は樹脂膜である、
積層コーティング層。
【請求項6】
請求項
1~5の何れか一項に記載の積層コーティング層を形成する方法であって、
被処理対象物を格納できる処理容器を備える真空容器を用意し、前記処理容器内のガスを排気できる排気手段と、前記処理容器内に有機金属ガスを導入して充満させる有機金属ガス導入手段と、前記処理容器内に励起された加湿ガスを導入して充満させる加湿ガス導入手段とを前記真空容器に連結し、
(1)前記有機金属ガス導入手段により、前記被処理対象物に前記有機金属ガスを導入する工程と、
(2)前記排気手段により、前記被処理対象物周囲の有機金属ガスを排気する工程と、
(3)前記加湿ガス導入手段により、前記被処理対象物に前記励起された加湿ガスを導入する工程と、
(4)前記排気手段により、前記被処理対象物周囲の加湿ガスを排気する工程と、
を実行し、(1)~(4)の工程を繰り返すことで、前記金属酸化膜を形成する、
積層コーティング層を形成する方法。
【請求項7】
請求項1~5の何れか一項に記載の積層コーティング層が設けられた基材に、S偏光の光とP偏光の光を同振幅で、表面に対して照射し、得られた反射光において、S偏光の反射光とP偏光の反射光の強度比をtanΨとし、S偏光の反射光とP偏光の反射光の位相差をΔとし、これらのΨとΔを300~800nmの範囲で実測して、Ψ
1とΔ
1とし、想定した積層構造に基づいて、前記防湿層の膜厚を変数d
Aとして、マトリクス法によりΨ
2とΔ
2の理論値を300~800nmの範囲で計算し、実測値と計算値の合致度を評価する関数として、次の関数φを定義し、
【数1】
この計算をする上で、数式(1)のφはd
Aを変化させたときの最小を与える関数であり
、波長λ
iは300nm~800nmの範囲とし、この合致度を関数φをつかって、閾値を決め、前記基材の前記積層コーティング層が、前記想定した積層構造であるかどうかを判定する、
積層構造の判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子部品、金属部品、樹脂部品の耐腐食性および防湿性を持たせる保護膜の形成方法と評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精密部品や真空部品においては、その部品に防腐食膜を施して長寿命化させたいニーズがある。上記部品において、アルミニウムやステンレスなどの部材が用いられるが、金属酸化膜をコーティングすることで、酸やアルカリなどの溶液やハロゲンなどの腐食性ガスからの腐食、さび付きを防止したいニーズがある。電子部品、例えばディスクリート型トランジスタやダイオードにおいては、半導体チップを樹脂で梱包し、リード線で結線される構造になっているが、このような半導体電子部品は湿度透過による半導体やリード線の酸化を抑える必要がある。
【0003】
半導体に限らず、コンデンサーやインダクターなどの電子部品においても、水分による酸化により中の抵抗体の特性が変化してしまう問題があるため、部品表面での防湿性能が求められている。レンズなどの光学部品は樹脂で成形されることが多いが、水分や酸素の浸透を抑えることで、レンズの曇りをおさえ、長寿命化させたいニーズがある。
【0004】
このため、金属酸化膜をコーティングすることが必要であるが、電子部品、樹脂部品、精密部品の多くが高温に耐えないため、コーティング手法が限られていた。さらに、近年急速に発展が進む有機エレクトロニクス電子回路においては、樹脂フィルム上に有機半導体や抵抗体からなる電子回路が配置させているが、このような電子回路においても、耐腐食・防湿性能が求められているが、全く加熱をしない室温でのプロセスが求められていた。
【0005】
金属酸化膜、例えばSiO2、Al2O3、ZrO2、TiO2のコーティングについて様々な方法が提案されている。金属酸化膜を堆積させるには、溶射法がある。この方法は加熱されて溶融状態に近い粒子を対象に吹き付けて被膜する方法であるが、この方法は高温粒子の吹付けを原理とするもので、複雑な表面構造を持つ部品の外面にむらなく施工することが困難である事情がある。さらに、高温粒子を吹き付けるため、対象物の温度が上がり、高温により形状変形する樹脂を含有する部品には施工が困難である事情がある。また、この方法は0.1mmから1mmの厚い膜の施工に好適であり、フランジ等微細構造を有する容器に施工する場合、施工後に寸法誤差が生じる問題があった。
【0006】
真空容器や金属配管の表面に金属酸化膜をコーティングする方法として、処理対象物を真空容器にいれて行う、化学気層堆積法(CVD)が用いられている。金属酸化膜としてAl2O3、SiO2、TiO2などが用いられる。Al2O3には、原料ガスとしてトリメチルアルミニウム、TiO2にはチタンテトライソプロポオキシドやテトラキスジメチルアミノチタニウム、SiO2にはトリジメチルアミノシランなどの有機金属ガスが用いられ、真空容器のなかに、上記有機金属ガスとともに、酸素などの酸化ガスを導入し、真空容器の中で数百℃の高温加熱を行うことで、金属酸化被膜を形成する方法である。しかし、この方法においても加熱が必要であり、温度によって形状変形をともなう微細構造を持つ電子部品や、樹脂部品を含有する部品には適用できない事情がある。
【0007】
低温で金属酸化膜を形成する技術として、スパッタ法がある。この方法は真空容器中でアルゴンのプラズマを発生させ、プラズマ中のイオンを原料金属に照射し、はじき出された金属を酸素雰囲気で酸化させて対象物に付着させる方法である。この方法では室温域でも薄膜形成が可能であるが、この方法では表面に複雑な形状をもつ部品では、陰になる部分に回り込んで被覆することが困難である。
【0008】
電子部品の表面に金属酸化膜を付ける方法として、CVDの他に原子層堆積法も利用されている。たとえば、特許文献1における固体基板上に酸化薄膜を形成する方法において、反応容器内に固体基板を設置し、固体基板の温度を、0℃より高く、150℃以下、好ましくは100℃以下に保持し、反応容器内にトリメチルアミノシラン、ビスジメチルアミノシラン、メチルエチルアミノハフニウムなどの有機金属ガスを充満させる工程と、それを排気するか反応容器内を窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムなどの不活性ガスを充満させる工程と、活性度が高められた酸化ガス、たとえばプラズマ化された水蒸気や酸素を導入する工程、それを排気するか反応容器内を窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムなどの不活性ガスを充満させる工程とからなる、一連の工程を繰り返すことを特徴とする薄膜堆積方法が提示されている。この方法においては、無加熱の状態で処理対象となる固体を真空容器にいれることによって、対象物に無機酸化物であるシリカが室温で形成される事例が紹介されている。
【0009】
しかし、当該技術を用いて耐腐食性のある緻密膜を形成するためには、下地にはがれがないよう密着した状態で、膜の歪を蓄積しないような膜の構造設計が必要である。すなわち、下地の基材の表面構造や濡れ性の違いによって、密着性を確保する必要がある。また、一般的に非特許文献1にあるように、耐食性防湿膜としてアルミナ(Al2O3)膜が活用される。この膜は膜厚が100nmを超えると、膜自体が固く、柔軟性がないために、剥がれの問題がある。またアルミナ膜は水に潮解する性質があり、そのままでは高温湿潤な環境には持たない問題がある。このような室温域で形成される金属酸化物膜において、密着性を確保して、水への潮解を抑えた膜の構造は明らかにされていなかった。
【0010】
上記技術を用いて防湿特性を得る場合も上記と同様である。すなわち、アルミナは防食膜としてのほかに水蒸気の透過を抑えるのに優れた膜であるが、その性能を発揮させるために、適切な下地層となる密着層が必要である。防水膜を要して、水に潮解することを抑えなければならない。
【0011】
上記の問題を解決するには、最適な膜構造をもった機能膜を活用するが、その膜が設計通りの構造であるかどうかを判断する適切な方法がない。
【0012】
一般的には、酸化膜の構造を評価するには分光エリプソメトリーが用いられる。この方法においては、測定対象にS偏光の光とP偏光の光を同振幅で照射したときの、反射された光のS偏光の光とP偏光の光の強度比をtanΨとし、S偏光の光とP偏光の光の位相差をΔとする。ΨとΔを適度な波長範囲で実測し、スペクトルとして表示する。あらかじめ想定した構造(モデル)をもとに、ΨとΔの理論値を計算しておき、検査者が目視で実測値と合致しているかどうかを検討する。モデルを変化させながらΨとΔの理論値と実測値を一致させるモデルを見出し、測定対象の膜の構造を推定する。
【0013】
しかしながら、このような膜構造の推定は、極めて感覚的であり、例えば最適化された構造であるかどうかを自動的に判定する手法がなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【非特許文献】
【0015】
【文献】応用物理 第86巻 9号,pp.796-800,2017年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明では、電子部品に防食性及び防湿性のある膜を、室温原子層堆積法を用いて作製し、防食性・耐湿性のある積層コーティング層を提供し、さらに、積層コーティング層が簡易に適切であるかどうかを判断する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記目的を達成する本発明の態様は、被処理対象物上に低温原子層堆積膜で構成された金属酸化膜を含むコーティング層であり、前記コーティング層において被処理対象物の表面から密着層、防湿層、及び防水層の少なくとも2層を少なくとも1組具備し、前記密着層は、金属酸化膜、及び樹脂膜から選択される少なくとも1種の膜からなり、前記防湿層は、アルミナを主成分とする膜であり、前記防水層は、シリカ膜、酸化ニオブ膜及び酸化ジルコニウム膜から選択される金属酸化膜、及び樹脂膜の少なくとも1種の膜からなる、積層コーティング層にある。
【0018】
ここで、前記処理対象物の表面が親水性表面であり、前記密着層が、前記シリカ膜からなる、ことが好ましい。
また、前記処理対象物の表面が非平坦表面であり、前記密着層が、前記樹脂膜からなる、ことが好ましい。
また、前記防湿層が、50nm以下の膜厚のアルミナ膜の単一層であるか、又は50nm以下の膜厚のアルミナ膜と歪緩和膜とを交互に多層積層した構造を含む、ことが好ましい。
また、前記歪緩和膜が、III属ではない金属の酸化物を含有する膜、又は不純物として炭素を含有する膜、又は樹脂膜である、ことが好ましい。
【0019】
本発明の他の態様は、上記態様の積層コーティング層を形成する方法であって、被処理対象物を格納できる処理容器を備える真空容器を用意し、前記処理容器内のガスを排気できる排気手段と、前記処理容器内に有機金属ガスを導入して充満させる有機金属ガス導入手段と、前記処理容器内に励起された加湿ガスを導入して充満させる励起加湿ガス導入手段とを前記真空容器に連結し、
(1)前記有機金属ガス導入手段により、前記被処理対象物に前記有機金属ガスを導入する工程と、
(2)前記排気手段により、前記被処理対象物周囲の有機金属ガスを排気する工程と、
(3)前記励起加湿ガス導入手段により、前記被処理対象物に前記励起された加湿ガスを導入する工程と、
(4)前記排気手段により、前記被処理対象物周囲の加湿ガスを排気する工程と、
を実行し、(1)~(4)の工程を繰り返すことで、前記金属酸化膜を形成する、
積層コーティング層を形成する方法にある。
【0020】
また、本発明の他の態様は、上記態様の積層コーティング層が設けられた基材に、S偏光の光とP偏光の光を同振幅で、表面に対して照射し、得られた反射光において、S偏光の反射光とP偏光の反射光の強度比をtanΨとし、S偏光の反射光とP偏光の反射光の位相差をΔとし、これらのΨとΔを300~800nmの範囲で実測して、それらをΨ1とΔ1とし、想定した積層構造に基づいて、前記防湿層の膜厚を変数dAとして、マトリクス法によりΨ2とΔ2の理論値を300~800nmの範囲で計算し、実測値と計算値の合致度を評価する関数として、次の関数φを定義する。
【0021】
【0022】
数式(1)は、dAを変化させたときの数式(2)の最小値を求める式である。ここでMは実測した波長の点数である。この計算をする上で、波長λiは300nm~800nmの範囲とし、この合致度を関数φをつかって、閾値を決め、前記基材の前記積層コーティング層が、前記想定した積層構造であるかどうかを判定する、積層構造の判定方法にある。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、電子部品や樹脂部品に耐腐食・防食性を与える保護膜となる積層コーティング層及びその形成方法が提供され、その効果を最適化させる膜の構造が示されることで、上記耐腐食・防食の効果を高めることが可能である。
【0024】
また、積層コーティング層が適正な膜構造であることを簡便に判定できる積層コーティング層の判定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の実施形態に係るコーティング膜の構造概略図。
【
図2】本発明の一実施例としてのコーティング膜の断面TEM像と構造モデル。
【
図3】本発明の一比較例として、基材SUS430材に単層のアルミナを20nmで室温原子層堆積法で形成したときのコーティング膜の断面TEM画像。
【
図4】本発明の一実施例である、アルミニウム金属を下地として、アルミナ膜を約70nmで形成した場合、アルミナ層とアルミナ炭素含有層の交互積層の場合と、アルミナ単層膜の濃塩酸腐食テストの結果。
【
図5】本発明の一実施例として、亜鉛メッキ板に防湿層であるアルミナ層を形成したときの、密着層であるPMMA(アクリル樹脂膜)を挿入したときの、濃塩酸60秒浸漬による腐食の度合いを調べた結果。
【
図6】本発明の一実施例として、S304材に単純アルミナ層を30nmでコーティングしたものと、アルミナ層の全膜厚は一緒で、PMMAの歪緩和層を挿入した場合の濃塩酸腐食実験の結果。
【
図7】本発明の一実施例として、SUS304材に防湿層のアルミナを形成したときの、表面に酸化ニオブの防水層があるときとないときの、濃塩酸腐食実験の結果。
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本発明の積層コーティング層を実現するための低温原子層堆積法について説明する。ここで、低温原子層堆積法とは、0℃より高く、150℃以下、好ましくは100℃以下、より好ましくは、15℃~35℃程度の室温である、低温環境で金属酸化膜の形成が実現できる原子層堆積法であり、具体的には以下の通りである。
【0027】
まず、被処理対象物を格納できる処理容器を備えた真空容器を用意し、前記真空容器は、前記処理容器内のガスを排気できる排気手段と、前記処理容器内に有機金属ガスを導入して充満させる有機金属ガス導入手段と、前記処理容器内に励起された加湿ガスを導入して充満させる励起加湿ガス導入手段とを具備するものとし、
(1)前記有機金属ガス導入手段により、前記処理容器内に前記有機金属ガスを導入する工程と、
(2)前記排気手段により、前記処理容器内の有機金属ガスを排気する工程と、
(3)前記加湿ガス導入手段により、前記処理容器内に前記励起された加湿ガスを導入する工程と、
(4)前記排気手段により、前記処理容器内の加湿ガスを排気する工程と、
を実行し、(1)~(4)の工程を繰り返すことで、前記被処理対象物の表面に酸化膜を形成するものである。
【0028】
ここで、前記処理容器内に不活性ガスを導入して充満させる不活性ガス導入手段を連結し、前記(2)の工程の際に、前記不活性ガス導入手段により、前記処理容器内に不活性ガスを導入し、また、前記(4)の工程の際に、前記不活性ガス導入手段により、前記処理容器内に不活性ガスを導入することが好ましい。これによれば、工程(3)では有機金属ガスが完全に不活性ガスに置換されているので、加湿ガスを導入する際に残留物の少ない膜が形成できる。
【0029】
また、前記励起加湿ガス導入手段は、水蒸気を含有させた、アルゴン又はヘリウムをガラス管に導入し、その周りから高周波磁界を印加して、ガラス管内部にプラズマを発生させ、前記プラズマにより励起された加湿ガスを生成し、これを導入するものであることが好ましい。これによれば、励起された加湿ガスを比較的容易に導入できる。
【0030】
また、前記(3)の工程では、被処理対象物の表面に吸着した有機金属ガス分子を酸化、分解して金属酸化物とするとともに、表面に吸着サイトを形成することが望ましい。この工程は安定的に膜厚量を確保する効果がある。
【0031】
また、有機金属ガスとして、例えばAl2O3膜をつくるのであれば、有機アルミニウム例えば、トリメチルアルミニウムを用いる。塩化アルミニウムは、室温原子層堆積の反応工程の腐食性ガスである塩化水素が発生するために、金属製電子部品をコーティングした場合かえって対象物を腐食により破損させてしまうので、適さない。シリカを形成する場合は、有機アミノシリコン、たとえばテトラキスアミノシリコンが適当である。酸化チタンを形成する場合は、有機アミノチタン、例えばテトラキスジメチルアミノチタンが適当である。酸化ジルコニウムを製膜する場合は、有機アミノジルコニウム例えばテトラキスエチルメチルアミノジルコニウムが適当である。また、酸化ニオブを用いる場合は有機アミノニオブである、ターシャルブチルイミドトリスエチルメチルアミドニオブが適当である。
【0032】
本発明の積層コーティング層は、低温原子層堆積法で形成される金属酸化膜を具備する積層構造を有するものであり、積層構造を
図1を用いて説明する。
【0033】
図1に示すように、積層コーティング層は、処理対象物の一例として例示する基材1の上に、基材1との密着を図るための密着層2と、その上に形成される、外界から水蒸気の透過を抑える防湿層3と、防湿層3の上に形成される、防湿層の湿潤による潮解を防ぐための防水層4と具備する。
【0034】
図1に示す構造は、密着層2と、防湿層3と、防水層4の3層構造を示したが、これは最も好ましい構造であり、目的や要求される耐腐食性の度合いに応じて、密着層2と、防湿層3と、防水層4の3層の内から2層選択して設けてもよい。
【0035】
下地の密着層2として、下地が金属で、親水性の酸化層で覆われている場合は、それ自身が親水性の金属酸化物膜、例えば酸化チタン、あるいはシリカが適当である。これを形成することで、下地の浸水表面に存在するハイドロキシルと、密着層2が化学結合をなし、密着性が向上する。また、基材が亀裂や孔、微粒子が表面に存在する素材であるなら、表面平滑化に効果がある塗布形成される樹脂膜が密着層2として適当である。原子層堆積の場合はナノメートル幅程度の穴や亀裂がある場合、また微粒子の付着がある場合、そこを被覆したときに、膜に欠陥が発生し、はがれの原因となり、防食性や防湿性の劣化につながる。樹脂膜はナノメートル程度の凹凸に対して、塗装することで表面を効果的に平滑化され、その上に形成される防湿層3、防水層4は剥がれ難くなる。樹脂膜としてポリメチルメタクリレート膜(PMMA膜)や、ポリイミド膜が活用できる。
【0036】
防湿層3としてはアルミナを主成分とする層が望ましい。上述した低温原子層堆積法で形成される。アルミナは室温原子層堆積法で形成される場合、0.1nm程度の薄膜が繰り返し積層される過程で膜内の残留反応物の脱離があり、その過程で膜は収縮し、それが膜歪となり膜の剥がれにつながる。また、金属酸化物のコーティング膜が200℃程度の温度変化を受けると、基材1と防湿層3との熱膨張係数により剥がれがおきる。これは50~100nmを超えると顕著になるために、膜厚をそれ以下に抑える必要がある。防湿層3の膜厚が大きくなればなるほど、水蒸気の透過性は抑えられることが期待されるが、上記膜厚を超えると、剥がれの問題でかえって透過性は増加してしまう。そのため、それ以上の膜厚とするならば、アルミナ層と歪緩和層を繰り返す多層構造とすることが望ましい。歪緩和層として、アルミナに炭素不純物を含ませて密度を低下させた膜、IV属金属の酸化物膜が好ましい。IV属金属としては、チタン、ジルコニウム、ハフニウムが挙げられる。これらは四価金属であり、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウムなどの四価金属の酸化物膜が好ましい。アルミナに含まれるアルミニウムは三価の金属であり、四価金属の酸化物とは異なる結晶構造であり、膜の歪が上層に伝わるのを抑制する働きがある。
【0037】
防水層4としては、水に潮解しにくい酸化物、たとえばSiO2、酸化ジルコニウム、酸化ニオブが適当である。この層により、防湿層3としてのアルミナ膜の潮解を防ぎ、湿潤した環境での、アルミナ膜の防湿性能の劣化を抑える効果がある。
【0038】
上記構造の評価は次の通り行われる。検知対象とするのは、金属基材上に、密着層2として酸化チタン、防湿層3としてAl2O3膜、さらに防水層4として、表面にSiO2のある構造の三層構造とする。密着層2は3nmから5nmの酸化チタン、防湿層3としてアルミナ層は10nmから100nm、防水層4としてSiO2が3nmから10nmである膜構造を検知する方法を提示する。
【0039】
三層構造の検知は分光エリプソメトリー法を活用する。測定対象にS偏光の光とP偏光の光を同振幅で試料表面の法線に対して75°で照射したときの、S偏光の光とP偏光の光の強度比をtanΨとし、S偏光の光とP偏光の光の位相差をΔとする。ΨとΔを300~800nmの範囲で実測し、Ψ1とΔ1とする。想定した三層構造をもとに、アルミナ膜厚を変数dAとして、マトリクス法によりΨ2とΔ2の理論値を300~800nmの範囲で計算する。実測値と計算値の合致度を評価する関数として、次の関数φを定義する。
【0040】
【0041】
関数φは、dAを変化させたときの数式(2)の最小値を求める式である。この計算を
する上で、波長λiは300nm~800nmの範囲とし、隣り合う波長の間隔は1nmとしている(波長の総数はM=501となる)。この合致度を示すφをつかって、経験的に閾値を決め、コピーを判定する。ここではその閾値を3.5°未満、できれば2.0°とする。この閾値は、発明者の調査により、3層膜の内の任意の2層を入れ替えた場合、合致度関数が3.5°より大きくなることを経験的に見いだしており、3.5°以下にすることで膜が入れ替わった時の不良が検出できることによる。また、2°という数値は安全係数を考えて、2°と設定した。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
本発明に係るコーティング膜の構造と実施方法を示す。
【0043】
(実施例1)
本実施例として、基材1としてのステンレス板(SUS430材)にコーティング膜を形成した事例を
図2に示す。このとき、コーティング膜の積層において室温原子層堆積法を活用した。
【0044】
図2は、膜の断面のTEM写真(
図2(a))と、断面を概念的に示す断面図(
図2(b)
)とからなる。
【0045】
膜の構造として、基材となるステンレス板の上に、密着層2としては、ステンレスをプラズマガスで酸化させて形成した金属酸化層を密着層2とし、その上にアルミナを主成分とした防湿層3を形成したものである。アルミナを主成分とする防湿層3はアルミナとTiO2をそれぞれ12層、交互に積層したもので、総膜厚は70nmである。一層あたりのアルミナ及びTiO2の膜厚はそれぞれ4nm、2nmである。
【0046】
本実施例におけるアルミナとTiO2の積層するための原料ガスは、それぞれトリメチルアルミニウム、テトラキスジメチルアミノチタニウムである。室温原子層堆積のための酸化の工程では、プラズマ励起した加湿アルゴンガスを用いており、これは純アルゴンを60℃の純水中でバブリングし加湿させ、RFコイルで13.56MHzの高周波磁場でプラズマ化させたものを使用した。
【0047】
製膜は、コーティング対象となるアルミニウムのサンプルを真空容器に入れ、アルミナ膜を形成する場合は、トリメチルアルミニウムを真空容器に20万ラングミュアー程度導入し、次に30秒排気し、プラズマ励起した加湿アルゴンプラズマを10sccmで2分導入し、その後排気を30秒行い、以上を所定回繰り返して、膜形成を行った。酸化チタンを形成する場合では、トリメチルアルミニウムに代わり、テトラキスジメチルアミノチタニウムを使う以外は条件は同じである。
【0048】
図2のTEM写真(
図2(a))の防湿層3のうち濃いグレーに見える部分がアルミナであり、白い部分が歪緩和層のTiO
2である。写真から自明なようにこれら層構造に剥離がみられない。これら膜は耐腐食膜として活用されるほか、基材1をフィルムに代えた場合、10
-4g/m
2dayの高度な水蒸気透過阻止能力を持つバリア膜として活用できる。これらは有機ELの保護膜として、活用できる。
【0049】
(比較例1)
実施例1の比較例として、基材1のステンレス材(SUS430)に、直接、アルミナを20nmで室温原子層堆積法で形成した事例のTEM写真を
図3に示す。膜の製造方法は実施例1と同じである。膜厚は実施例1より少ない20nmであるが、アルミナ膜の応力で、膜の浮き上がりが観測され、剥がれが起きていることが分かる。
【0050】
(実施例2)
アルミニウム金属を基材として用い、アルミナ層とアルミナ炭素含有と層の交互積層を、室温原子層堆積法により、総膜厚70nmで形成した。この場合の密着層は、数nmの自然酸化により形成された酸化アルミニウムである。アルミナ層とアルミナ炭素含有層との交互積層において、アルミナ層とアルミナ炭素含有層とはそれぞれ4nm、2nmであり、層の数もそれぞれ12とした。
【0051】
アルミナ炭素含有層は、室温原子層堆積の酸化工程において、酸化時間を1/4程度に縮小して作製したもので、結果的に炭素濃度を15%から20%程度に高めたものとなっている。この場合、炭素含有アルミナ層は純アルミナ層に比べ、緻密度が低く、純アルミナで蓄積された膜歪を上に伝えない働きがある。なお、本実施例では、防水層を省略している。
【0052】
(比較例2)
アルミナ層とアルミナ炭素含有層との交互積層の代わりに、アルミナ単層膜とした以外は、実施例2と同様に実施した。アルミナ層は単層で、約70nmの膜とした。
【0053】
(試験例1)
実施例2及び比較例2のサンプルを、質量パーセント濃度35%の濃塩酸中に、温度22℃で浸漬させたときの腐食の度合いを評価した。この結果は、
図4に示す。
【0054】
実施例2の交互積層の場合は15分で腐食のよるシミが出始めるのに対して、比較例2の単純アルミナ層では10分で腐食によるシミが観測された。これにより、単層含有層よりも、交互積層の防湿層の方が、塩酸に腐食されにくく、膜が安定であることが示された。
【0055】
(実施例3)
基材として亜鉛メッキ板を用い、これに密着層としてPMMA(アクリル樹脂膜)を形成し、この上に、実施例1と同様に、アルミナを主成分とする防湿層を形成した。
【0056】
(比較例3)
密着層としてPMMA(アクリル樹脂膜)を形成しない以外は、実施例3と同様に実施した。
【0057】
(試験例2)
実施例3及び比較例3のサンプルについて、質量パーセント濃度35%の濃塩酸60秒浸漬による腐食の度合いを調べた。この結果は、
図5に示す。
実施例3では、腐食はほとんど見られなかったが、比較例3では、腐食が観察された。
【0058】
基材の亜鉛メッキ板は表面の平滑性が悪いが、防湿層のアルミナ層との間に密着層としてPMMAを入れることで、表面を平滑化して、防湿層のアルミナの剥離を抑え、腐食が抑えられたと考えられる。
【0059】
(実施例4)
本実施例では、基材としてステンレス材(SUS304)を用い、密着層として酸化膜を形成した後、単純アルミナ層15nmを室温原子層堆積法で形成し、その後、PMMA樹脂層を歪緩和層として3μmの厚さで形成し、その上に単純アルミナ層15nmを室温原子層堆積法で形成し、防湿層とした。
【0060】
(比較例4)
密着層としてPMMA樹脂層を設けない以外は、実施例4と同様に実施した。
【0061】
(試験例3)
実施例4及び比較例4のサンプルについて、質量パーセント濃度35%の濃塩酸20分浸漬による腐食の度合いを調べた。この結果は、
図6に示す。
【0062】
濃塩酸への浸漬時間は20分であるが、比較例4では腐食が観察されたのに対し、歪緩和層を挿入した実施例4では、腐食が進まず、コーティング膜の耐腐食性能が向上していることが確認できた。これはPMMAがアルミナ層の歪を緩和したことで、膜自体の剥がれが抑制できたためと考えられる。
【0063】
(実施例5)
本実施例は、基材としてステンレス材(SUS304)を用い、単純アルミナ層を30nm形成して、その上に防水層である酸化ニオブ(Nb2O5)を5nmで形成した積層コーティング層とした。密着層は、SUS304の自然酸化層である。
【0064】
(比較例5)
防水層として酸化ニオブ(Nb2O5)層を設けない以外は、実施例5と同様に実施した。
【0065】
(試験例4)
実施例5及び比較例5のサンプルについて、質量パーセント濃度35%の濃塩酸30分浸漬による腐食の度合いを調べた。この結果は、
図7に示す。
【0066】
この結果、比較例5は、腐食が観察されたのに対し、5nmの酸化ニオブの防水層が表面に存在する実施例5では、濃塩酸への耐腐食性能が明らかに向上していることがわかった。
【0067】
(実施例6)
金属基材である鉄の上に、密着層としてTiO2を4nm、その上に防湿層のアルミナが10から100nmであり、さらに防水層としてSiO2層を6.5nmである膜構造を検査した。
【0068】
測定対象に、S偏光の光とP偏光の光を同振幅で、表面に対して角度75°で照射し、得られた反射光において、S偏光の反射光とP偏光の反射光の強度比をtanΨ1とし、S偏光の反射光とP偏光の反射光の位相差をΔ1とする。また、上記構造を仮定し、300~800nmの範囲でマトリックス法を用いて計算した値をΨ2とΔ2とする。実測のΨ1とΔ1と、計算によるΨ2とΔ2の合致により、試料の表面の構造が想定される上記構造と合致するかをシミュレーションで検討した。
【0069】
アルミナの膜厚dAとし、合致度関数φを次のように定義して、φが最小になるdAを求める。
【0070】
【0071】
この計算をする上で、波長λiは300nm~800nmの範囲とし、隣り合う波長の間隔は1nmとしている(波長の総数はM=501となる)。
【0072】
ここで、dAを10、55、100nmとし、マトリックス法で求めたΨ2とΔ2を実測したΨ1とΔ1とみたてて、当然のことながら合致度関数を計算するとゼロになった。このときdAは計算の前提とした値と完全に一致したが、dAが複数の値をとる、一意に求められない問題はなかった。スペクトルの合致度関数を使うことで、アルミナ層の膜厚を正しく求めると同時に、密着層として、TiO2、次にアルミナ、その上SiO2層の三層構造がついていることが判定できることが分かった。
【0073】
さらに、上記構造において、SiO2層とAl2O3層を入れ替えた場合には合致度関数φは3.58°、Al2O3層の材料をHfO2に変更した場合には合致度関数φは21.1°となった。つまり隣接する2層を交換した場合、アルミナ層を異なる材料にした場合、合致度関数が上記の値をとり、仮に閾値を3.5°以下、安全をみて2.0°以下とすることで、測定対象における膜が、TiO2、アルミナ、SiO2の順についていることを検出することができることがわかった。
【符号の説明】
【0074】
1 基材
2 密着層
3 防湿層
4 防水層