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特許7161716インキュベータ装置、細胞培養環境制御システム及び細胞培養環境制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】インキュベータ装置、細胞培養環境制御システム及び細胞培養環境制御方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20221020BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20221020BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20221020BHJP
   C12M 1/36 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
C12M1/34 B
C12M1/00 D
C12M1/36
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018077917
(22)【出願日】2018-04-13
(65)【公開番号】P2019180342
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-04-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、「研究成果展開事業 地域産学バリュープログラム」委託研究、産業技術力強化法第19条の規定の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】中島 雄太
(72)【発明者】
【氏名】森田 金市
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-099377(JP,A)
【文献】特表2005-523717(JP,A)
【文献】特開平07-012712(JP,A)
【文献】国際公開第2016/161155(WO,A2)
【文献】特開平11-089561(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の培養環境を制御するインキュベータ装置であって、
気密性を有する筐体と、
細胞が播種され且つ染色された培地に光を照射する光源部と、
前記培地を通過した光の光強度を測定する光測定部と、
前記培地から前記光測定部に光を導く導光部材と
前記光測定部で測定された光強度を用いて算出された前記培地のpHに基づいて、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を調整する制御部と、を備え、
前記光源部、前記光測定部、及び、前記導光部材は、前記筐体の内部にある、インキュベータ装置。
【請求項2】
前記導光部材は、
光を透過させる導光路と、
前記導光路の周囲に、光を遮光する遮光部とを有し、
前記遮光部は、シリコーン樹脂に吸光粒子が分散されてなる、請求項1記載のインキュベータ装置。
【請求項3】
前記光測定部で測定された光強度を、外部の受信機に向けて送信する信号送信手段をさらに備える、請求項1又は2記載のインキュベータ装置。
【請求項4】
前記光源部は、前記培地が複数並んだマイクロプレートの各培地に対応する複数の光源を有する、請求項1から3のいずれかに記載のインキュベータ装置。
【請求項5】
前記光源部は、白色LED光源であり、
前記光測定部は、RGBカラーセンサであり、前記RGBカラーセンサは、前記白色LED光源からの白色光のうち、波長600nm成分の光学密度を測定し、
前記光測定部が測定する光強度には、前記光密度が含まれる、請求項1から4のいずれかに記載のインキュベータ装置。
【請求項6】
細胞の培養環境を制御する細胞培養環境制御システムであって、
請求項1から5のいずれかに記載のインキュベータ装置と、
前記インキュベータ装置の前記光測定部で測定した光強度から吸光度を算出する吸光度算出部と、
前記吸光度算出部で算出された吸光度からpHを算出するpH算出部と、
前記pH算出部で算出されたpHが、
下限値から上限値以下の範囲内の場合、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を維持し、
前記上限値より大きい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を上昇させ、
前記下限値より小さい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を減少させる二酸化炭素濃度制御部とを備える、細胞培養環境制御システム。
【請求項7】
前記光測定部で測定した光強度から濁度を算出する濁度算出部と、
前記pH算出部で算出されたpHが前記下限値より小さく、前記濁度算出部で算出された濁度がしきい値以上の場合は、培地の廃棄が必要と判定し、
前記pH算出部で算出されたpHが前記下限値より小さく、前記濁度算出部で算出された濁度がしきい値以下の場合は、培地の交換又は継代が必要と判定し、
前記二酸化炭素濃度制御部により前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を上昇させても前記pH算出部で算出されたpHが前記上限値より大きい状態が一定時間続く場合は、培地の交換が必要と判定する培地状態判定部と、
前記培地状態判定部で判定された前記培地の交換、継代又は廃棄の要否を表示する培地情報表示部とをさらに備える、請求項6記載の細胞培養環境制御システム。
【請求項8】
請求項1から5のいずれかに記載のインキュベータ装置と、前記インキュベータ装置に設けられた二酸化炭素供給機構とにより、細胞の培養環境を制御する細胞培養環境制御方法であって、
前記インキュベータ装置を用いて、前記細胞が播種され、かつ、試薬で染色されている培地に光を照射して、前記培地を通過した光の光強度を測定する光強度測定ステップと、
前記インキュベータ装置を用いて、前記光強度測定ステップで測定された光強度から算出された前記培地のpHを取得するpH取得ステップと、
前記二酸化炭素供給機構を用いて、前記pH取得ステップで取得したpHが、
下限値から上限値の範囲内の場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を維持し、
前記上限値より大きい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を上昇させ、
前記下限値より小さい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を減少させる二酸化炭素濃度制御ステップとを含む、細胞培養環境制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用のインキュベータ装置等に関し、特に、細胞の培養状態の観測が可能な細胞培養用インキュベータ装置等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞培養においては、細胞を増殖させるための培養環境を調節する必要がある。具体的には、湿度、pH、浸透圧、酸素分圧および二酸化炭素分圧等の物理化学的環境と、ホルモンおよび栄養素の濃度といった生理学的環境を調節する。このような培養環境は、温度を除いて培地によって制御される。
【0003】
つまり、培地は、細胞成長に必要な栄養素、成長因子およびホルモンを供給し、また培養液のpHおよび浸透圧を制御するものであり、培養環境の調節において重要な調節因子である。
【0004】
一般的な哺乳類細胞系の大部分は、pH7.4で良好に生育する。培養細胞に対する影響を小さくするために、培地のpHは一定に保たれることが望まれる。培地のpHは、溶解している二酸化炭素(CO)および重炭酸塩(HCO )のバランスに依存している。よって、培地のpHは(大気)雰囲気中のCOにより変化する。そのため、培地を使用して細胞培養を行う場合、外来性COを使用することが必須となる。よって、インキュベータ装置内部雰囲気は、細胞培養に最適な温度、湿度に維持されているとともに、CO濃度も所定の濃度に維持されている必要がある。逆に言えば、培地のpHが所定の値からずれた場合、培地を交換する必要がある。
【0005】
一方、一般に細胞の培養過程は、誘導期、対数増殖期を経て定常期に至り、やがて死滅期へ移行する。ここで、対数増殖期においては、接着培養系細胞が培地表面を覆い尽くし、更に増殖可能な場所が無くなった場合、又は、浮遊培養系細胞の細胞数が培地の培養容量を超えた場合は、細胞増殖は大きく減退、又は、完全に停止する。よって、更なる細胞増殖を維持するためには、継代を行う場合がある。
【0006】
培地交換や継代のタイミングを判断するために、通常、培地はフェノールレッド等の色素で染色されている。フェノールレッドは培地のpHを知るための指示薬である。
【0007】
フェノールレッドで染色された培地の色が赤紫色となった場合、当該培地はアルカリ性である。培地がアルカリ性になる状況は、例えば、培養中の細胞の少なくとも一部が死滅していたり、インキュベータ装置内のCO濃度が所定値以下となっていたり、インキュベータ装置内のCOの循環が滞り、培地のpH制御が不十分となっている場合である。
【0008】
この場合、培地を交換して、再度新しい細胞の培養を行うか、インキュベータ装置内のCO供給状態(濃度や循環機構の動作状態)を確認する必要がある。
【0009】
一方、フェノールレッドで染色された培地の色が黄色くなった場合、当該培地は酸性である。培地が酸性になる場合は、対数増殖期の細胞数が増加して細胞の代謝物(主に乳酸)が培地中に溜まった場合である。あるいは、不純物が培地中に混入した場合である。
【0010】
この場合は、培地の交換や継代を行う必要がある。特に、遺伝子研究を行っている研究所において培地に不純物が混入した場合、1か月程度は閉鎖され、24時間連続で実験室は紫外線殺菌される。
【0011】
従来は、培地の色は目視で確認していた。そのため、培地交換等の処置を行うタイミングの判断が作業者の経験や感覚等に左右されてしまい、再現性が低かった。
【0012】
上記事情により、作業者による目視によらず、培地の状態を定量的に自動モニタリングする技術が求められている。ここで、細胞培養状態を測定装置でモニタリングする手法としては、例えば、以下のものが知られている。
【0013】
特許文献1には、培養状態をモニタリングする技術として、細胞液体培養中の培養液の一部を取り出し、センサにより培養液中に含まれる細胞が産生した物質を計測する培養モニタが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2002-148258号公報
【文献】特許5665811号公報
【文献】特願2017-131126号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記の従来技術では、定量的なモニタリングが可能であるものの、培養液の一部が取り出されるため、モニタリングの度に培地の状態を無視できない程大きく変化させてしまう。
【0016】
そこで、本発明は、培地の状態を極力変化させることなく測定できるインキュベータ装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の観点は、細胞の培養環境を制御するインキュベータ装置であって、気密性を有する筐体と、細胞が播種された培地に光を照射する光源部と、前記培地からの光の光強度を測定する光測定部と、前記培地から前記光測定部に光を導く導光部材とを備え、前記光源部、前記光測定部、及び、前記導光部材は、前記筐体の内部にある、インキュベータ装置である。
【0018】
本発明の第2の観点は、第1の観点のインキュベータ装置であって、前記導光部材は、光を透過させる導光路と、前記導光路の周囲に、光を遮光する遮光部とを有し、前記遮光部は、シリコーン樹脂に吸光粒子が分散されてなる、インキュベータ装置である。
【0019】
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点のインキュベータ装置であって、前記光測定部で測定された光強度を、外部の受信機に向けて送信する信号送信手段をさらに備える、インキュベータ装置である。
【0020】
本発明の第4の観点は、第1から第3のいずれかの観点のインキュベータ装置であって、前記光源部は、前記培地が複数並んだマイクロプレートの各培地に対応する複数の光源を有する、インキュベータ装置である。
【0021】
本発明の第5の観点は、第1から第4のいずれかの観点のインキュベータ装置であって、前記光源部は、白色LED光源であり、前記光測定部は、RGBカラーセンサである、インキュベータ装置である。
【0022】
本発明の第6の観点は、細胞の培養環境を制御する細胞培養環境制御システムであって、第1から第5のいずれかの観点のインキュベータ装置と、前記インキュベータ装置の前記光測定部で測定した光強度から吸光度を算出する吸光度算出部と、前記吸光度算出部で算出された吸光度からpHを算出するpH算出部と、前記pH算出部で算出されたpHが、下限値から上限値以下の範囲内の場合、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を維持し、前記上限値より大きい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を上昇させ、前記下限値より小さい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を減少させる二酸化炭素濃度制御部とを備える、細胞培養環境制御システムである。
【0023】
本発明の第7の観点は、第6の観点の細胞培養環境制御システムであって、前記光測定部で測定した光強度から濁度を算出する濁度算出部と、前記pH算出部で算出されたpHが前記下限値より小さく、前記濁度算出部で算出された濁度がしきい値以上の場合は、培地の廃棄が必要と判定し、前記pH算出部で算出されたpHが前記下限値より小さく、前記濁度算出部で算出された濁度がしきい値以下の場合は、培地の交換又は継代が必要と判定し、前記二酸化炭素濃度制御部により前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を上昇させても前記pH算出部で算出されたpHが前記上限値より大きい状態が一定時間続く場合は、培地の交換が必要と判定する培地状態判定部と、前記培地状態判定部で判定された前記培地の交換、継代又は廃棄の要否を表示する培地情報表示部とをさらに備える、細胞培養環境制御システムである。
【0024】
本発明の第8の観点は、細胞の培養環境を制御する細胞培養環境制御方法であって、前記細胞が播種され、かつ、試薬で染色されている培地を密閉空間に入れる密閉ステップと、前記密閉空間を維持したまま、前記培地に光を照射して、前記培地からの光の光強度を測定する光強度測定ステップと、前記光強度測定ステップで測定された光強度から、前記培地のpHを算出するpH算出ステップと、前記pH算出ステップで算出されたpHが、下限値から上限値の範囲内の場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を維持し、前記上限値より大きい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を上昇させ、前記下限値より小さい場合は、前記筐体の内部の二酸化炭素濃度を減少させる二酸化炭素濃度制御ステップとを含む、細胞培養環境制御方法である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の各観点によれば、細胞の培養環境を制御できる状態のまま、培地の状態の指標となるpH又は濁度を定量的に測定することが可能になる。これにより、定量的に培地の状態を判断でき、継代、培地交換等の処置を適切なタイミングで行うことが可能になる。
【0026】
また、従来は、培地の色の確認は、作業者の目視又は採取した培養液の測定により行われていたため、連続的に行うことは困難であり、一定のタイミング毎に断続的に行われていた。そのため、継代のタイミングが遅れてしまうということもあった。本発明の各観点によれば、連続的に培地の状態を自動モニタリングすることが可能になる。
【0027】
さらに、従来は、培地が収容されているシャーレをインキュベータ装置が取り出した後、培地交換等が不要であると判明した場合、上記シャーレを再度インキュベータ装置内部に入れていた。このように培地を収容するシャーレをインキュベータ装置に出し入れする際、培地に不純物が混入する等の不具合が生じる場合があった。本発明の各観点によれば、培養状態の確認のために培地を出し入れする必要がなく、不純物混入の機会を減らすことができる。
【0028】
本発明の第2の観点によれば、遮光部に入射した光は吸光粒子に吸光され、遮光部から導光路に殆ど戻らないため、迷光の複雑な多重反射がほとんど発生せず、不所望な外光や迷光等のノイズ光に対する検出光の比が十分に高い光測定を行うことが可能となる。結果として、外光を遮るために筐体全体を遮光する必要がなくなる。これにより、細胞を目視で観察することとノイズ光の抑制を両立することが可能になる。
【0029】
本発明の第3の観点によれば、インキュベータ装置内の光測定部で測定された測定データを、インキュベータ装置を開閉することなく取り出すことが可能になる。また、細胞の培養環境をリアルタイムに観測することが可能になる。
【0030】
本発明の第4の観点によれば、各培地に対応する光源があるため、光源を移動させる必要がなく、再現性の高い測定が可能になる。また、一般的なマイクロプレートリーダーのような光源又はマイクロプレート等を移動させる構成を設ける場合よりも、装置を小型化することが可能になる。
【0031】
本発明の第5の観点によれば、培地の吸光度及び濁度を同時に測定することが可能になる。また、白色LED光源が発する波長の光は細胞毒性が低く、また、光源自体が高温にはならないため、光測定による細胞の培養環境への影響を抑えることが可能になる。さらに、装置の小型化が可能になる。
【0032】
本発明の第6の観点によれば、二酸化炭素濃度の制御が容易にできる細胞培養環境制御システムを提供することが可能になる。
【0033】
本発明の第7の観点によれば、培地の交換、継代及び廃棄の要否を、定量的に判断可能な細胞培養環境制御システムを提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】実施例1のインキュベータ装置の構成を示す図である。
図2】実施例2のインキュベータ装置の構成を示す図である。
図3】培地の吸光度に対する濁度の散布図である。
図4】実施例2のインキュベータ装置で測定した吸光度を示す図である。
図5】従来の分光光度計で測定した吸光度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照して、本発明のインキュベータ装置の実施例について述べる。
【実施例1】
【0036】
図1に本発明に係るインキュベータ装置1(請求項記載の「インキュベータ装置」の一例)の構成例を示す。インキュベータ装置1は、筐体3(請求項記載の「筐体」の一例)と、LED駆動基板5と、LED7(請求項記載の「光源部」の一例)と、第1のアパーチャ基板9と、第2のアパーチャ基板11と、センサ13(請求項記載の「光測定部」の一例)と、センサ駆動基板15と、支持部17と、電源・制御・通信部19とを備える。LED駆動基板5と、LED7と、第1のアパーチャ基板9と、第2のアパーチャ基板11と、センサ13と、センサ基板15と、支持部17は、筐体3に内包されている。
【0037】
インキュベータ装置1は、培地収容容器21を保持する細胞培養空間23を有し、細胞培養空間23の温度及び湿度を細胞培養に適した条件に制御可能である。また、培地24のpH値を細胞培養に適した値に維持するために、細胞培養空間23の内部のCO濃度を制御する機能も有する。なお、図1において、温度、湿度、CO濃度を制御する温度等制御機構は、図示を省略した。
【0038】
温度等制御機構は、電源・制御・通信部19により、給電及び制御される。図1においては、電源・制御・通信部19は、インキュベータ装置1の筐体3の下側に配置されているが、これに限るものではない。
【0039】
インキュベータ装置1の特徴は、細胞が播種された培地24を収容する培地収容容器21に対して光を投射する光源と、光源から放出され、培地24および培地収容容器21を通過した光を受光し、光強度を測定するセンサ13を有することである。図1は、培地収容容器21として、マイクロプレートを用いる例を示している。
【0040】
筐体3の内部の細胞培養空間23の底面には、複数のセンサ13(例えば、フォトダイオード)が上向きに設けられている。当該センサ13には、給電及び動作制御のためのセンサ駆動基板15が接続されている。センサ駆動基板15上の複数のセンサ13は、マイクロプレート21の各ウエルの数、および位置に対応するように配置される。
【0041】
複数のセンサ13の上部には、マイクロプレート23が配置される。さらに、マイクロプレート23の上部には、複数のLED7がマイクロプレート23やセンサ13に対して対向するように設けられている。LED7には、給電及び動作制御のためのLED駆動基板5が接続されている。
【0042】
LED駆動基板5とセンサ駆動基板15は、センサ13の位置とLED7の位置とが対応する位置となり、かつ、マイクロプレート21の上面とLED7との距離を適切な距離に離間させるために、支持部17により位置決めされる。図1に示す例では、支持部17は途中にフランジ部25を有する円柱状の構造である。フランジ部25により、LED駆動基板5の筐体3の内部の細胞培養空間23の底面からの高さが規定される。また、LED駆動基板5に設けられた貫通穴部に円柱状構造部を貫通させることにより、センサ13の位置とLED7の位置とが対応するように、LED駆動基板5の位置が位置決めされる。ここで、センサ駆動基板15と、センサ駆動基板15上に配置されるマイクロプレート21の位置は、図示を省略した位置決め機構により位置決めされる。
【0043】
なお、マイクロプレート21上部とLED7との間には、マイクロプレート21の各ウエルの位置に対応した複数の開口部を有する第1のアパーチャ基板9が設けられる。第1のアパーチャ基板9は、1つのウエル以外のウエル(例えば、1つのウエルに隣接したウエル)に対応したLED7(光源)からの光が、当該1つのウエルに外光として入射する量を低減するために、設けられている。第1のアパーチャ基板9の複数の開口は、その中心軸がLED7とセンサ13とがなす光軸とほぼ一致するように調整可能な位置に配置されている。
【0044】
一方、マイクロプレート21下部とセンサ13との間には、マイクロプレート21の各ウエルの位置に対応した複数の開口部を有する第2のアパーチャ基板11が設けられる。第2のアパーチャ基板11は、1つのウエル以外のウエル(例えば、1つのウエルに隣接したウエル)に対応したLED7(光源)からの光が当該1つのウエルに外光として入射した場合、この外光が上記した1つのウエルに対応したセンサ13に到達する量を低減するために、設けられている。第2のアパーチャ基板11の複数の開口は、その中心軸がLED7とセンサ13とがなす光軸とほぼ一致するように調整可能な位置に配置されている。
【0045】
上記したセンサ駆動基板15上の各センサ13、LED駆動基板5上の各LED7との間にマイクロプレート21を配置することにより、筐体3内部の細胞培養空間23の内部にマイクロプレートリーダー27が構成される。
【0046】
上記センサ駆動基板15、LED駆動基板5は、図1の電源・制御・通信部19により、給電および制御される。更に、各センサ13により検出されたセンシングデータ信号は、上記した電源・制御・通信部19(請求項記載の「信号送信手段」の一例)により、外部のタブレット、スマートフォン、PC等に送信される。
【0047】
インキュベータ装置1による光学的測定及び培養環境制御は、例えば次の手順で行われる。まず、作業者は、フェノールレッドで染色された培地24を用いるか、あるいは目的の試薬で培地を染色し、筐体3の内部のLED7とセンサ13の間に培地24を設置する(請求項記載の「密閉ステップ」)。そして、筐体3の密閉空間を維持したまま、LED7から培地24に光が照射され、培地24からの光をセンサ13が受光することで光強度が測定される(請求項記載の「光強度測定ステップ」の一例)。この光強度のデータは、電源・制御・通信部19により外部のPC等に送信される。光強度のデータを受信したPC等(請求項記載の「吸光度算出部」、「pH算出部」及び「濁度算出部」の一例)では、光強度から吸光度及び濁度を算出し、さらに吸光度からpHを算出する(請求項記載の「pH算出ステップ」の一例)。この光学的測定は、培地に対して連続的に行われ、作業者は、算出されたpHや濁度等の結果に応じて培地の状態を判断し、継代、培地交換等の処置を行う。
【0048】
このように作業者は、定量的に培地の状態を判断でき、継代、培地交換等の処置を適切なタイミングで行うことが可能になる。作業者の経験や目視による判断ではなく、定量的な判断であるため、インキュベータ装置の筐体内部への培地を収容する容器の出し入れを最小限の回数で行うことができ、培地への不純物混入を抑制し、また、作業の積算時間を大幅に減少させることが可能となる。また、従来のように培養液の採取を行う必要がないため、培養液を取り出す機構は不要になる。このように、リアルタイムでの適切な培地の管理ができるようになれば、将来的には細胞培養のオートメンション化が実現することが可能となる。
【実施例2】
【0049】
図2に本発明に係るインキュベータ装置31の第2の実施例を示す。実施例2に係るインキュベータ装置31は、実施例1のインキュベータ装置1から、第1のアパーチャ基板9、第2のアパーチャ基板11を外し、以下に説明する導光部材33(請求項記載の「導光部材」の一例)をマイクロプレート21の下部とセンサ13との間に設けたものである。つまり、LED駆動基板5と、LED7と、センサ13と、センサ駆動基板15と、導光部材33によりマイクロプレートリーダー39が構成される。
【0050】
導光部材33は、透明の光透過性のシリコーン樹脂からなる導光部35(請求項記載の「導光路」の一例)と、この導光部を包囲する遮光部材37(請求項記載の「遮光部」の一例)とからなる。この遮光部材37は、導光部35と同じ材質の樹脂からなり、光を吸収する顔料(例えば、カーボンブラック)が分散されてなるものである。
【0051】
発明者らは、吸光度法やレーザー誘起蛍光法などの光分析技術を用いた小型の光測定装置を提案した(特許文献2)。導光部材33は、この光学測定装置にて用いられる光学手段の構造を採用したものである。透明な樹脂と、顔料含有樹脂との材質を同じにすることにより、両樹脂の界面での反射・散乱が抑制され、顔料含有樹脂に入射した迷光が当該樹脂で吸収され導光路に殆ど戻らず、迷光の複雑な多重反射がほとんど発生しないという利点を有する。上記したシリコーン樹脂で構築した光学系の技術を、SOT(Silicone Optical Technologies)と呼称することにする。
【0052】
このSOT構造を採用した導光部材33を用いることにより、例えば特許文献3に示すように、導光路35の入射端から出射端までの距離と入射端の面積とを適宜設定することにより、導光路35の入射端に入射する不所望な外光等のノイズ光の影響を抑制し、ノイズ光に対する検出光の比が十分に高い光測定を行うことが可能となる。
【0053】
図2に示すインキュベータ装置31における導光部材33は、上記したSOT構造を採用しており、導光部材33の導光部35は、直進する光のみ透過させる。斜め入射光は遮光部材37により吸収されるため、導光部35を通過しない。よって、1つのウエルに対応したセンサ手段と光源手段(LED7)とがなす光軸と導光部35の光軸とをほぼ一致させることにより、1つのウエル以外のウエル(例えば、1つのウエルに隣接したウエル)に対応したLED7からの光はセンサ13に入射しない。なぜならば、1つのウエル以外のウエルに対応したLED7からの光は、上記光軸外を通過する光であるためである。
【0054】
発明者らの実験によれば、実施例1のインキュベータ装置1における第1のアパーチャ基板9を省略しても測定結果に及ぼす外光の影響は変わらなかった。また、インキュベータ装置1の筐体3内部の細胞培養空間23に培地収容容器21を挿入するための開口を開放した場合と、開口を遮光した場合とを比較したところ、測定結果に及ぼす外光の影響は、0.02%の変化に過ぎなかった。そのため、筐体3は遮光性でなくても良く、又は、遮光性の筐体3の側面に外部から細胞を観察するための窓を設けても良い。実施例2のインキュベータ装置31は、第1のアパーチャ基板が不要であるため、細胞を視認しやすい。そのため、目視による観察とノイズ光の抑制の両立が可能である。
【0055】
図3に、測定結果の判断手順例を説明するための図を示す。縦軸が培地のpH、横軸が濁度である。例として、マイクロプレートの1つのウエルに収容されている、細胞が播種された培地がフェノールレッドで染色されている場合について考える。この培地は、例えば、実施例1又は実施例2に係るインキュベータ装置により光学的測定がされる。
【0056】
具体的には、光学的測定は、吸光度および濁度を測定するものである。まず、吸光度測定により、フェノールレッドで染色されている培地の色、および、培地のpHを算出する。吸光度測定により、培地のpHが例えば、7.4より大きい(アルカリ性)と判断される場合、この状況は、培養中の細胞の少なくとも一部が死滅していたり、インキュベータ装置内のCO濃度が所定値以下となっていたり、インキュベータ装置内のCOの循環が滞り、培地のpH制御が不十分となっていと判断される(図3の点c)。
【0057】
この場合、作業者は、インキュベータ装置のCO供給機構や、インキュベータ装置内のCOの循環機構をメンテナンスする。メンテナンス後も培地のpHがアルカリ性を示す場合、培養中の細胞の少なくとも一部が死滅していると判断される。この場合、培地に培養中の細胞の成長因子を加えて細胞の復活を試みることもあるが、通常は、培地を交換し再度新しい細胞を播種することになる。
【0058】
一方、吸光度測定により、培地のpHが例えば、6.2より小さい(酸性)と判断される場合、濁度測定結果も考慮する。吸光度測定により、培地のpHが酸性と判断され、かつ濁度測定により濁度が許容値より高いと判断される場合、培地は何らかの不純物が混入した状態であると判断される。この場合は、細胞培養が良好に行われていないため、作業者は該当するウエルにおける細胞が播種されている培地を廃棄する(点d)。
【0059】
ここで、吸光度測定により、培地のpHが酸性と判断され、かつ濁度測定により濁度が許容値より低いと判断される場合、細胞培養は良好に行われていると判断し、培地交換もしくは継代を行う(点b)。
【0060】
吸光度測定により、培地のpHが6.2~7.4と判断される場合、細胞培養が順調に進んでおり、インキュベータ装置内部における培地外部のCOの状況も状況であり、培地への不純物混入も殆どなく、培地交換や継代の必要はないと判断される(点a)。
【0061】
なお、吸光度測定により、各培地への成長因子を導入するタイミングを判断することもできる。例えば、マイクロプレートの各ウエルに播種する細胞が互いに相違する場合、各細胞について事前に調査しておけば、各ウエル毎に上記タイミングを判断して、各ウエルそれぞれの培地状態を制御することも可能となる。
【0062】
また、上述の点a~dの培地状態の判断を、作業者ではなくPC等(請求項記載の「二酸化炭素濃度制御部」及び「培地状態判定部」の一例)により自動的に行えば、作業者の作業負担がさらに軽減できる。PC等は、インキュベータ装置のCO供給機構に、電源・制御・通信部19を介して接続していて、算出されたpHに応じて筐体3の内部のCO濃度を調整する。具体的には、pHが、6.2~7.4の場合はCO濃度を維持し、7.2より大きい場合はCO濃度を上昇させ、6.2より小さい場合はCO濃度を減少させる(請求項記載の「二酸化炭素濃度制御ステップ」の一例)。また、PC等のディスプレイ画面(請求項記載の「培地情報表示部」の一例)に、PC等で自動的に判定した培地の交換、継代又は廃棄の要否が表示しても良い。
【0063】
次に、吸光度と濁度を同時に測定可能な光学測定系の構成例を説明する。光源としては白色LED、センサとしては、RGBカラーセンサ(例えば、浜松ホトニクス株式会社製デジタルカラーセンサ:S11059-02DT)を用いる。上記浜松ホトニクス社製のカラーセンサの場合、Blueチャンネルの感度波長レンジが400~540nm、最大感度中心波長が460nm、Greenチャンネルの感度波長レンジが455~630nm、最大感度中心波長が530nm、Redチャンネルの感度波長レンジが575~660nm、最大感度中心波長が615nmである。
【0064】
濁度は、各ウエルに照射される白色光のうち、波長600nm成分の光学密度(Optical Density)をカラーセンサで測定することにより得られる。波長600nm成分の測定は、Greenチャンネル、もしくはRedチャンネルを用いて行われる。具体的には、いずれかのチャンネルを用いて、波長600nm成分の透過率変化を測定することにより、濁度が算出される。
【0065】
一方、吸光度は、上記3チャンネルを用いて測定される。上記3チャンネルの吸光度測定結果(透過率変化)に基づいて培地の色が判断される。培地がフェノールレッドで染色されている場合、培地のpHが6.2~7.4から7.4以上に変化すると、培地の色は赤から赤紫に変化する。また、培地のpHが6.2~7.4から6.2以下に変化すると、培地の色は赤から黄色に変化する。よって、吸光度測定から判定された培地の色に基づいて、培地のpHが求められる。
【0066】
このように、光源として白色LED、センサとしてRGBカラーセンサを用いて、複数の演算処理を同時に行うことにより、濁度、吸光度(培地のpHに相当)を同時に測定することが可能となる。
【0067】
また、本発明のインキュベータ装置を用いれば、マイクロプレートの各ウエルに播種された細胞のうち、代謝活性のある細胞数に相当するパラメータを連続的にモニタリングすることも可能である。以下、上記した代謝活性のある細胞数に相当するパラメータのモニタリング実験例について説明する。
【0068】
24ウエルを有するマイクロプレートの各ウエルに投入した培地に、マウス由来の骨芽細胞を播種密度5×10cells/mlで播種した。更に、培地にテトラゾリウム塩(WST-1)を加え、生細胞中のミトコンドリアの脱水素酵素活性を調べた。すなわち、ミトコンドリアの脱水素酵素によってテトラゾリウム塩が分解されて生じるホルマザン色素の吸光度を測定し、ミトコンドリアの活性状態を判定した。
【0069】
図4は、本実施例のインキュベータ装置31を用いて、24ウエルのうち、3つのウエルに対して測定した吸光度を示すものであり、横軸は時間(h)、縦軸は吸光度(Abs)である。吸光度測定は、24時間、48時間、72時間、120時間、168時間毎に実施した。なお、吸光度測定に用いた波長は、青色波長である。
【0070】
また、市販の分光光度計(Thermo Scientific社製紫外可視分光光度計GENESYSTM 10S)を用いて、上記測定と同様の時間間隔で吸光度測定を行った。図5にその結果を示す。同図において、横軸は時間(h)、縦軸は吸光度(Abs)である。なお、測定は、上記本発明に係るインキュベータ装置を用いて測定に用いた3つのウエルの上澄み液を採取して、キュベットに投入して上記分光光度計にセットすることにより行った。
【0071】
そのため、図4(a)に示す結果が得られたウエルを対象とした実験結果は、図5(a)に示される。同様に、図4(b)に示す結果が得られたウエルを対象とした実験結果は図5(b)に、図4(c)に示す結果が得られたウエルを対象とした実験結果は、図5(c)に示される。なお、分光光度計による吸光度測定に用いた波長は、450nmである。
【0072】
図4図5から明らかなように、本発明に係るインキュベータ装置の測定結果と、分光光度計を用いた際の測定結果は、比較的良好な相関関係がある。また、24時間後、48時間後、72時間後の測定では、吸光度の値は大きくなっている。これはホルマザン色素の産生量が多くなったためであり、ミトコンドリアの脱水素酵素の全体の活性が増加したためである。この活性の増加が生存細胞数の増加に相当すると見なせるような細胞を用いる場合、吸光度の増大は、細胞増殖数の増大と見なすことができる。
【0073】
すなわち、上記測定および細胞の場合、本発明に係るインキュベータ装置により、細胞数の増加を連続的にモニタリングすることが可能となる。なお、図4図5において、72h以降、吸光度の増加が飽和蛍光にあるのは、培地における細胞数がコンフルエント状態になったためと考えられる。
【符号の説明】
【0074】
1 インキュベータ装置、3 筐体、5 LED駆動基板、7 LED、9 第1のアパーチャ基板、11 第2のアパーチャ基板、13 センサ、15 センサ駆動基板、17 支持部、19 電源・制御・通信部、21 培地収容容器(マイクロプレート)、23 細胞培養空間、24 培地、25 フランジ部、27 マイクロプレートリーダー、31 インキュベータ装置、33 導光部材、35 導光部、37 遮光部材、39 マイクロプレートリーダー

図1
図2
図3
図4
図5