(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
G09F 13/20 20060101AFI20221020BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20221020BHJP
G09F 19/22 20060101ALN20221020BHJP
C09K 11/64 20060101ALN20221020BHJP
【FI】
G09F13/20 D
C09K11/08 A
G09F19/22 D
C09K11/64
(21)【出願番号】P 2018033817
(22)【出願日】2018-02-27
【審査請求日】2021-02-04
(73)【特許権者】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】小松 啓志
(72)【発明者】
【氏名】木村 徹郎
(72)【発明者】
【氏名】南部 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】南部 信義
(72)【発明者】
【氏名】中村 淳
【審査官】金田 理香
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-256916(JP,A)
【文献】特開2015-167916(JP,A)
【文献】特開2011-134696(JP,A)
【文献】特開2010-053213(JP,A)
【文献】特開平10-171389(JP,A)
【文献】再公表特許第2012/121161(JP,A1)
【文献】特開2009-298904(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0132135(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/00-11/89
G09F 1/00-27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体の製造方法であって、
金属酸化物蛍光体を構成する金属成分とキレート剤とを含む金属キレート溶液を基材に塗布する工程と、
前記基材の前記金属キレート溶液を塗布した部分に酸水素炎を当てて熱処理し
、これにより前記金属成分が酸化されて前記基材上に金属酸化物蛍光体
が形成する工程とを有することを特徴とする複合体の製造方法。
【請求項2】
前記キレート剤がアミノカルボン酸系キレート剤である請求項1に記載の複合体の製造方法。
【請求項3】
前記アミノカルボン酸系キレート剤が、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、および、ニトリロ三酢酸から選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載の複合体の製造方法。
【請求項4】
前記基材が、金属、セラミック、鉱物、またはアスファルトコンクリートである請求項1~3のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
【請求項5】
前記基材がセメント硬化体である請求項1~3のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
【請求項6】
前記金属成分が少なくともユーロピウムを含む請求項1~5のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
【請求項7】
前記金属酸化物蛍光体が蓄光体である請求項1~6のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
災害時や停電時において、地下鉄や地下街等の地下構造物、トンネル内や夜間の建屋内等での避難経路誘導の重要性が高まっており、暗所でも目立つ蛍光体や蓄光体による避難誘導標識が注目されている。例えば特許文献1には、安定性や耐候性に優れたアルミン酸塩を主成分とするSrAl2O4:Eu,DyやCaAl2O4:Eu,Ndといった蓄光性を有する蛍光体が開示され、特許文献2には、蓄光体粉末を樹脂に混入したインクを用いて基材フィルム上に印刷した情報表示層を備えた蓄光発光シートが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平8-151574号公報
【文献】国際公開第2006/109742号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
蛍光体や蓄光体は比較的高価であることから、蛍光体や蓄光体を避難誘導標識等に用いる場合、その使用量を低減して費用を抑えることが望まれる。特に蓄光体は、励起光が当たる表面近傍に存在するものは蓄光体としての機能を果たすことができるが、表面より内部に存在する蓄光体には励起光が当たらないため、樹脂と混合した塗料やインクとして蓄光体を塗布した場合は、蓄光体の大半はその機能を果たすことができない。そのため、より薄い厚みで蛍光体や蓄光体を形成できれば、効率的に蛍光体や蓄光体としての機能を発揮させることができる。
【0005】
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体の製造方法であって、より薄い厚みで金属酸化物蛍光体を形成することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決することができた本発明の製造方法とは、基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体の製造方法であって、金属酸化物蛍光体を構成する金属成分とキレート剤とを含む金属キレート溶液を基材に塗布する工程と、前記基材の前記金属キレート溶液を塗布した部分に水素炎を当てて熱処理する工程とを有するところに特徴を有する。本発明の製造方法によれば、金属酸化物蛍光体の原料となる金属キレート溶液を基材に塗布し水素炎を当てることにより、基材表面に金属酸化物蛍光体を形成することができるため、金属酸化物蛍光体を非常に薄い厚みで基材上に形成することができる。
【0007】
キレート剤としては、アミノカルボン酸系キレート剤を用いることが好ましい。アミノカルボン酸系キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、および、ニトリロ三酢酸から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。
【0008】
基材としては、金属、セラミック、鉱物、またはアスファルトコンクリートを用いることが好ましい。特に、基材がセメント硬化体であることが好ましい。
【0009】
金属成分は少なくともユーロピウムを含むことが好ましく、これにより青~緑色蛍光体を容易に形成することができる。また、金属酸化物蛍光体が蓄光体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の複合体の製造方法によれば、金属酸化物蛍光体の原料となる金属キレート溶液を基材に塗布し、水素炎を当てることにより、基材表面に金属酸化物蛍光体を非常に薄い厚みで形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1のセメント基材上に形成された金属酸化物蛍光体とセメント基材のX線回折チャートを表す。
【
図2】実施例1のセメント基材上に形成された金属酸化物蛍光体とセメント基材のフォトルミネッセンス測定結果を表す。
【
図3】実施例2の単結晶シリコン基材上に形成された金属酸化物蛍光体のX線回折チャートを表す。
【
図4】実施例2の単結晶シリコン基材上に形成された金属酸化物蛍光体と単結晶シリコン基材のフォトルミネッセンス測定結果を表す。
【
図5】比較例1のセメント基材上に形成された金属酸化物とセメント基材のX線回折チャートを表す。
【
図6】比較例1のセメント基材上に形成された金属酸化物とセメント基材のフォトルミネッセンス測定結果を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体の製造方法に関するものである。本発明の複合体の製造方法は、金属酸化物蛍光体を構成する金属成分とキレート剤とを含む金属キレート溶液を基材に塗布する工程(塗布工程)と、前記基材の前記キレート溶液を塗布した部分に水素炎を当てて熱処理する工程(熱処理工程)とを有する。
【0013】
塗布工程で用いる金属キレート溶液は、金属酸化物蛍光体を構成する金属成分とキレート剤とを含んでいる。金属酸化物蛍光体を構成する金属成分を金属キレート溶液として取り扱うことにより、金属成分が均質に溶解した溶液を容易に調製することができる。金属成分は金属キレート溶液中でイオン化し、キレート剤と錯形成することにより、金属成分が均質に溶解した澄明な溶液が得られる。そのため、金属キレート溶液を基材に塗布した際に、基材上に金属成分をミクロレベルで均一に塗布することが可能となる。
【0014】
金属酸化物蛍光体としては、赤色蛍光体を与えるY2O3:Eu、Y2O2S:Eu、YVO4:Eu、(Y,Gd)BO3:Eu、MgSiO3:Mn、InBO4:Eu、SrTiO3:Prなど;青色蛍光体を与えるBaMgAl14O23:Eu、CaAl2O4:Eu、Sr2P2O7:Eu、BaSO4:Eu、Y2SiO5:Ce、Ca2B5O9Cl:Eu、ZnGa2O4など;緑色蛍光体を与えるZnSiO4:Mn、BaAl12O19:Mn、(Ba,Sr,Mg)O・6Al2O3:Mn、SrAl2O4:Eu、LaPO4:(Ce,Tb)など;さらにはZn(Ga,Al)2O4:Mn、Y3(Al,Ga)5O12,Y2SiO5:Tbなどが示される。金属キレート溶液には、これらの金属酸化物蛍光体を与える金属成分が含まれている。
【0015】
なお、基材中に金属酸化物蛍光体を構成する金属成分の一部が含まれている場合は、金属キレート溶液に当該金属成分が含まれないように構成したり、あるいは当該金属成分の含有量を減らして金属キレート溶液を調製することもできる。従って、金属キレート溶液には、金属酸化物蛍光体を構成する金属成分の一部または全部が含まれていればよい。例えば基材としてセメント硬化体を用いる場合は、金属キレート溶液にCaを加えなくても、セメントからCaが供給されるため、基材上にCaを含む金属酸化物蛍光体を得ることができる。
【0016】
キレート剤としては、溶液中で金属成分とキレート形成できるものであれば特に限定されず、例えば、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、エチレンジアミン二酢酸、1,2-ジアミノプロパン四酢酸、1,3-ジアミノプロパン四酢酸、ヘキサメチレンジアミン四酢酸、1,2-シクロヘキサンジアミン四酢酸、ジアミノプロパノール四酢酸、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、エチレンジアミンジ(o-ヒドロキシフェニル)酢酸、イミノ二酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、ニトリロ三酢酸、メチルグリシン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、ニトリロ三プロピオン酸、エチレンジアミン二こはく酸、1,3-ジアミノプロパン二こはく酸、グルタミン酸-N,N-二酢酸、アスパラギン酸-N,N-二酢酸等のアミノカルボン酸系キレート剤;ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、ニトリロトリスメチレンホスホン酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸、ジエチレントリアミンペンタメチレンホスホン酸、2-ホスホノ-1,2,4-ブタントリカルボン、ホスホノヒドロキシ酢酸、ヒドロキシエチルジメチレンホスホン酸等のホスホン酸系キレート剤;グルコン酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸等のヒドロキシカルボン酸系キレート剤等を用いることができる。キレート剤は水溶性であることが好ましい。これらのキレート剤は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、後段の熱処理工程で水素炎によって加熱されて容易に熱分解しやすい点から、アミノカルボン酸系キレート剤を用いることが好ましい。好ましいアミノカルボン酸系キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、およびニトリロ三酢酸が挙げられる。これらのキレート剤は、低価格であり入手が容易であるとともに、これらキレート剤から形成される金属キレート溶液は、金属成分を安定して溶解し、澄明な金属キレート溶液を容易に調製することができる。
【0017】
金属キレート溶液に用いる溶媒としては、水や、メタノール、エタノール等のアルコール系溶媒を用いることが好ましい。なお、金属キレート溶液の溶媒は少なくとも水を含むことが好ましく、例えば溶媒中の水の濃度が50質量%以上であることが好ましく、70質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましい。溶媒としては実質的に水のみを用いることが特に好ましく、従って、金属キレート溶液は金属キレート水溶液であることが好ましい。
【0018】
金属キレート溶液中の金属成分の含有量は、目的とする金属酸化物蛍光体の金属組成に合わせて各金属イオン量が所望の組成比となるように適宜調整すればよい。金属キレート溶液中のキレート剤の含有量は、金属成分に対してキレート配位する理論量以上となることが好ましく、金属成分の金属イオン量に対して1.0~1.5倍モル含まれるようにすることが好ましい。
【0019】
金属キレート溶液は、塗工性の改善等を目的として、例えば界面活性剤や粘度調整剤等の添加剤を含有していてもよい。ただし、添加剤中にリン、硫黄、ホウ素、ケイ素、ハロゲンなどの元素が含まれると、得られる金属酸化物蛍光体中にこれらの元素が混入するおそれがあるため、金属酸化物蛍光体がこれらの元素を含む場合を除き、添加剤としては、硫黄、ホウ素、ケイ素、ハロゲンなどの元素を含まないものを用いることが好ましい。
【0020】
金属キレート溶液は、金属酸化物蛍光体を構成する金属元素を含む金属化合物とキレート剤を、溶媒に溶かすことにより調製することができる。あるいは、金属酸化物蛍光体を構成する金属元素のキレート錯体を溶媒に溶かすことにより、金属キレート溶液を調製してもよい。
【0021】
金属酸化物蛍光体の原料となる金属化合物としては、酸化物、水酸化物、塩化物塩や臭化物塩等のハロゲン化物塩、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩等を用いることができる。これらの中でも、金属酸化物、金属水酸化物、金属炭酸塩、金属硝酸塩を使用することが好ましい。これらの金属化合物を用いて金属キレート溶液を調製することにより、塗布工程と熱処理工程によって形成された金属酸化物蛍光体中に不要な元素が混入することを抑えることができる。なお、金属酸化物蛍光体がリン、硫黄、ホウ素、ケイ素などの元素を含むものである場合は、塩化物、硫酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩等の金属化合物を使用することも可能である。
【0022】
金属キレート溶液を調製する際に用いるキレート剤としては、上記に説明したキレート剤の遊離酸タイプやその塩を使用することができる。キレート剤の塩としては、アンモニウム塩またはアミン塩を用いることが好ましい。このようなキレート剤を用いれば、金属キレート溶液にアンモニウムイオンやアミン成分が含まれていても、熱処理工程でアンモニウムイオンやアミン成分が容易に分解されて、金属酸化物蛍光体中に不要な元素が混入することを抑えることができる。
【0023】
金属キレート溶液を調製する際の金属化合物の使用量は、目的とする金属酸化物蛍光体に換算して所定の金属組成となるように適宜調整すればよい。キレート剤の使用量は、金属化合物の金属イオンに対してキレート配位する理論量以上とすることが好ましく、金属化合物の金属イオン量に対して1.0~1.5倍モルとすることが好ましい。金属キレート溶液中の金属化合物とキレート剤の合計濃度は、例えば1~60質量%、好ましくは10~40質量%の範囲で調整することが好ましい。金属キレート溶液を調製する際の溶液の温度は、溶媒の融点以上沸点以下であれば特に限定されないが、20℃以上が好ましく、35℃以上がより好ましく、50℃以上がさらに好ましく、また80℃以下が好ましく、70℃以下がより好ましい。キレート剤や金属キレート錯体が完全に溶解しない場合には、アンモニアやアミン等を加えて完全溶解させることが好ましい。また、各金属のキレート溶液を別々に調製しておき、これらを所定の金属成分比率となるように混合し、塗布工程で用いる金属キレート溶液を調製してもよい。
【0024】
金属キレート錯体を金属キレート溶液の原料として用いる場合は、上記のように調製した金属キレート溶液から金属キレート錯体を固体として析出させ、これを金属キレート溶液の原料として用いればよい。金属キレート錯体の析出は、金属キレート溶液への貧溶媒の添加、金属キレート溶液の加熱、濃縮、冷却等により行えばよく、必要に応じて、ろ別、乾燥、洗浄、再結晶等の処理をさらに施してもよい。
【0025】
金属キレート溶液を塗布する基材は、後段の熱処理工程で水素炎にさらされても十分な熱耐性を有するものであれば特に限定されず、主に無機物から構成されることが好ましい。そのような観点から、基材としては、金属、セラミック、鉱物、またはアスファルトコンクリートが好ましく用いられる。基材は、構造物などの不動産であってもよく、持ち運び可能なもの(例えば、板状物など)であってもよい。不動産の基材としては、例えば、トンネル、地下街、港湾等の土木構造物の壁や天井、ビル等の建築物の壁や天井、道路、橋梁、崖などが挙げられる。
【0026】
基材として使用可能な金属としては、鉄、鉄合金(炭素鋼、ステンレス鋼、クロムモリブデン鋼、マンガンモリブデン鋼等)、銅、銅合金(真鍮等)、アルミ合金(ジュラルミン等)、ニッケル合金(ハステロイ、モネル等)、金属シリコンなどが挙げられる。セラミックとしては、セメント、ガラス、石膏、レンガ、金属酸化物(酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化ジルコニウム、酸化チタン等)、金属窒化物、(窒化ケイ素、窒化ホウ素、窒化アルミニウム等)、炭化ケイ素、チタン酸バリウム等が挙げられる。鉱物としては、天然に産出される各種鉱物が挙げられ、岩石であっても、鉱石であってもよい。アスファルトコンクリートは、骨材、フィラー、アスファルト等を配合した材料であり、道路のアスファルト舗装の表層などに用いられる。これらの各材料は、表面に塗装等が施されていてもよい。
【0027】
金属キレート溶液の基材への塗布方法は特に限定されず、例えば塗料による塗装のように刷毛やローラーを用いた塗布や、スプレー塗布などを採用することができる。また、基材の大きさによっては、ディップ法やスピンコート法による塗布も可能である。
【0028】
金属キレート溶液は基材の表面の全部に塗布してもよく、一部のみに塗布してもよい。例えば、金属キレート溶液の塗布部分が文字、記号、模様、イラスト等を表すように、金属キレート溶液を基材に塗布してもよい。また、2種以上の金属キレート溶液を用いそれぞれ異なる部分に塗布することにより、塗布部分の意匠性を高めてもよい。
【0029】
塗布工程に続いて、基材の金属キレート溶液を塗布した部分に水素炎を当てて熱処理する工程を行う。基材の金属キレート溶液を塗布した部分に水素炎を当てることにより、基材上に金属酸化物蛍光体が形成される。金属キレート溶液の塗布部分を水素炎で炙ることにより、キレート剤成分(有機成分)が熱分解して除去され、熱分解後に残る金属成分が酸化されて基材上に金属酸化物蛍光体が生成する。
【0030】
なお、塗布工程後、熱処理工程の前に、金属キレート溶液を塗布した基材を乾燥する乾燥工程を設けてもよい。乾燥工程では、例えば45℃~150℃の範囲で基材を乾燥すればよい。
【0031】
熱処理工程で用いる水素炎は、水素を燃焼して得られる炎であり、バーナーに水素ガスを供給し燃焼させることで形成することができる。水素炎を用いて熱処理することにより、形成される金属酸化物蛍光体の酸化数を調整しやすくなる。例えばEu(ユーロピウム)は2価と3価の酸化数を取ることができるが、Euを賦活剤とする金属酸化物蛍光体では、青~緑色の蛍光体とするためにはEuの酸化数を2価に調整することが必要となる。従って、Euを含む金属酸化物蛍光体を形成する際に還元炎である水素炎を用いることにより、基材の金属キレート溶液を塗布した部分が還元的に熱処理され、Eu2+を賦活剤とする金属酸化物蛍光体を容易に得ることができる。例えば、アセチレンや灯油などの炭化水素系化合物の燃焼炎で熱処理した場合は、金属成分が高酸化状態まで酸化され、このような金属酸化物蛍光体を得ることが難しくなる。
【0032】
水素炎は、燃焼効率を高めるために、酸素ガスや空気とともに燃焼し、酸水素炎として基材の金属キレート溶液の塗布部分に当てることが好ましい。従って、水素炎を発生させるバーナーには、水素ガスとともに、酸素含有ガスも供給することが好ましい。なお、アセチレンなどの炭化水素系ガスは供給しないことが好ましい。
【0033】
基材は、水素炎中または水素炎がのびる先に設置することが好ましい。水素炎を形成するバーナーから基材までの距離は、例えば30mm~300mmの範囲で調整すればよい。熱処理工程は、基材および/またはバーナーを10mm/秒~200mm/秒の相対速度(互いに対する相対速度)で移動させながら基材を水素炎で炙ることが好ましく、これにより基材の破損や劣化を防ぎつつ、基材表面に金属酸化物蛍光体を好適に形成しやすくなる。このように基材および/またはバーナーを移動させる場合、基材を水素炎で炙る処理は1回のみ行ってもよく、複数回行ってもよい。後者の場合、例えば基材および/またはバーナーを往復移動させながら、基材を水素炎で炙ることが簡便である。
【0034】
上記のようにして、基材上に金属酸化物蛍光体が形成された複合体を得ることができる。本発明の製造方法によれば、金属キレート溶液を基材に塗布し、水素炎を当てて熱処理することにより、基材上に金属酸化物蛍光体を簡単に形成することができる。このように形成された金属酸化物蛍光体は、厚みが非常に薄い膜状に形成することができるため、蛍光体の塗布や形成にかかるコストを低減することが可能となる。本発明の製造方法によれば、土木構造物や建築物など容易に動かせない基材であっても、オンサイトで基材上に簡単に金属酸化物蛍光体を形成することができる。
【0035】
金属酸化物蛍光体としては、賦活剤としてユーロピウムを含むものが好ましく用いられる。本発明の製造方法によれば、賦活剤として2価のユーロピウムを含む金属酸化物を形成することができるため、これに由来して青~緑色の蛍光体を容易に得ることができる。なお、賦活剤として機能する金属成分は金属酸化物蛍光体中に微量しか含まれないため、より高輝度の蛍光体を調製するためには、賦活剤として機能する金属成分を蛍光体中にできるだけ均質に存在させることが好ましい。その点、本発明の製造方法によれば、金属成分をキレート剤とともに金属キレート溶液中に存在させ、これを基材に塗布し、水素炎を当てて熱処理することにより、賦活剤として機能する金属成分を金属酸化物蛍光体中にミクロレベルで均一に存在させることが可能となる。従って、塗布工程で用いられる金属キレート溶液には、金属成分として少なくともユーロピウムが含まれることが好ましい。
【0036】
基材上に形成される金属酸化物蛍光体は、蓄光体とすることもできる。本発明の製造方法によれば、土木構造物や建物の壁や天井などに直接金属酸化物蛍光体膜を形成することができるため、金属酸化物蛍光体が蓄光体であれば、地下構造物やトンネル内あるいは夜間の建屋内等での案内表示や明かりとして機能させることができる。案内表示としては、避難経路を示す表示、通行箇所を示す表示、危険箇所を示す表示などが挙げられる。
【0037】
基材としては、セメント硬化体が好ましく用いられる。基材としてセメント硬化体を用いれば、基材上に金属酸化物蛍光体を安定して形成することができるとともに、セメント硬化体由来のCaを金属酸化物蛍光体の金属成分として利用することが可能となる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0039】
(1)金属キレート溶液の調製
(1-1)(Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液の調製
容量100mLのビーカーにエチレンジアミン四酢酸9.7gと水とを入れて総量70gとし、そこにアンモニア水2.3gと酸化ネオジム5.6gを加えて撹拌し、100℃に昇温して2時間撹拌を続けることにより完全に溶解させた。この溶液に水を加えて濃度調整し、青紫色透明のネオジム-エチレンジアミン四酢酸(Nd-EDTA)錯体水溶液を得た。容量1Lのビーカーに、得られたNd-EDTA錯体水溶液20.0g(Nd含量:3.79質量%)、エチレンジアミン四酢酸ユーロピウム水素(EDTA・Eu・H)2.7g(Eu含量:29.27質量%)、エチレンジアミン四酢酸アルミニウムアンモニウム(EDTA・Al・NH4)187.7g(Al含量:7.58質量%)、およびアンモニア水0.5gを加えた後、水を加えて総量600gとした。得られた溶液を30分間撹拌して完全に溶解し、金属成分組成比がAl:Eu:Nd=0.98:0.01:0.01である淡青色透明の(Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液を得た。
【0040】
(1-2)(Ca,Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液の調製
容量1Lのビーカーにエチレンジアミン四酢酸320.8gと水とを入れて総量700gとし、そこにアンモニア水133.4gと炭酸カルシウム109.9gを加えて撹拌し、100℃に昇温して2時間撹拌を続けることにより完全に溶解させた。この溶液に水を加えて濃度調整し、無色透明のカルシウム-エチレンジアミン四酢酸(Ca-EDTA)錯体水溶液を得た。容量1Lのビーカーに、得られたCa-EDTA錯体水溶液228.3g(Ca含量:4.42質量%)、Nd-EDTA錯体水溶液9.80g(Nd含量:3.79質量%)、エチレンジアミン四酢酸ユーロピウム水素(EDTA・Eu・H)1.34g(Eu含量:29.27質量%)、エチレンジアミン四酢酸アルミニウムアンモニウム(EDTA・Al・NH4)91.83g(Al含量:7.58質量%)、およびアンモニア水0.2gを加えた後、水を加えて総量600gとした。得られた溶液を30分間撹拌して完全に溶解し、金属成分組成比がCa:Al:Eu:Nd=0.98:1:0.01:0.01である淡青色透明の(Ca,Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液を得た。
【0041】
(2)基材上に金属酸化物を形成した複合体の製造例
(2-1)実施例1:水素炎を用いてセメント基材上に金属酸化物を形成した複合体の製造
上記(1-1)で得た(Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液を板状のセメント基材(30mm×40mm×5mm)上に1mL滴下してセメント基材表面に自然に広がらせた後、(Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液を塗布したセメント基材を乾燥器に入れ、65℃で40分間乾燥した。乾燥後のセメント基材に、下記に示す条件で水素炎(酸水素炎)を当てて熱処理を行い、セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体を得た。
バーナー:Sulzer Metco社製、6P-II
水素ガス供給量:32.5L/分
酸素ガス供給量:43.0L/分
バーナーと基材間距離:150mm
バーナー操作条件:基材の位置を固定させた状態でバーナーを50mm/秒の移動速度で基材上を2往復
【0042】
上記で得られた複合体の表面をX線回折により構造解析を行った。
図1には、(a)セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体と(b)セメント基材のX線回折測定結果を示した。
図1では、CaAl
4O
7のX線回折ピークが黒丸で表され、セメント(CaO,SiO
2,Al
2O
3,CaCO
3の混合物)のX線回折ピークが白丸で表されている。
図1に示すように、セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体は、基材表面にCaAl
4O
7が存在することが確認された。このことから、セメント基材上に、(Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液由来のAl,Eu,Ndとセメント由来のCaを含む金属酸化物が形成されたと判断された。
【0043】
図2には、(a)セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体と(b)セメント基材のフォトルミネッセンス測定結果を示した。
図2に示すように、水素炎を用いてセメント基材上に金属酸化物を形成した複合体は、基材表面に励起波長325nmの紫外線を照射すると発光ピーク波長440nmの青色の発光が認められた。また、紫外照射を止めた後もしばらく残光が確認された。セメント基材上に形成された金属酸化物は青色蛍光体であり、かつ蓄光体であることが分かった。
【0044】
(2-2)実施例2:水素炎を用いて単結晶シリコン基材上に金属酸化物を形成した複合体の製造
実施例1において、金属キレート溶液として上記(1-2)で得た(Ca,Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液を用い、基材として単結晶シリコン基材(50mm×50mm×1mm)を用いた以外は、実施例1と同様にして、単結晶シリコン基材上に金属酸化物を形成した複合体を得た。得られた複合体の表面をX線回折により構造解析を行った。
図3には、(a)単結晶シリコン基材上に金属酸化物を形成した複合体のX線回折測定結果を示した。
図3では、CaAl
2O
4(単斜晶)、Ca
3Al
2O
6、CaAl
2O
4(斜方晶)のX線回折ピークがそれぞれ黒丸、白丸、白三角で表されている。
図3に示すように、単結晶シリコン基材上に金属酸化物を形成した複合体は、基材表面にCaAl
4O
7が存在することが確認された。このことから、単結晶シリコン基材上に、金属成分としてCa,Al,Eu,Ndを含む金属酸化物が形成されたと判断された。
【0045】
図4には、(a)単結晶シリコン基材上に金属酸化物を形成した複合体と(b)単結晶シリコン基材のフォトルミネッセンス測定結果を示した。
図4に示すように、水素炎を用いて単結晶シリコン基材上に金属酸化物を形成した複合体は、基材表面に励起波長325nmの紫外線を照射すると発光ピーク波長410nmの青色の発光が認められた。また、紫外照射を止めた後もしばらく残光が確認された。単結晶シリコン基材上に形成された金属酸化物は青色蛍光体であり、かつ蓄光体であることが分かった。
【0046】
(2-3)比較例1:アセチレン炎を用いてセメント基材上に金属酸化物を形成した複合体の製造
実施例1において、水素炎を用いる代わりにアセチレン炎(アセチレンガス供給量:23.5L/分、酸素ガス供給量:47.0L/分)を用いた以外は、実施例1と同様にして、セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体を得た。得られた複合体の表面をX線回折により構造解析を行った。
図5には、(a)セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体と(b)セメント基材のX線回折測定結果を示した。
図5では、CaAl
4O
7のX線回折ピークが黒丸で表され、セメントのX線回折ピークが白丸で表されている。
図5に示すように、セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体は、基材表面にCaAl
4O
7が存在することが確認された。このことから、セメント基材上に、(Al,Eu,Nd)-EDTA錯体水溶液由来のAl,Eu,Ndとセメント由来のCaを含む金属酸化物が形成されたと判断された。
【0047】
図6には、(a)セメント基材上に金属酸化物を形成した複合体と(b)セメント基材のフォトルミネッセンス測定結果を示した。
図6に示すように、アセチレン炎を用いてセメント基材上に金属酸化物を形成した複合体は、基材表面に励起波長325nmの紫外線を照射しても発光が認められなかった。このことから、Euが3価で存在していることが推測された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の製造方法によれば、トンネル、地下街、港湾等の土木構造物の壁や天井、ビル等の建築物の壁や天井、道路、橋梁、崖などに金属酸化物蛍光体が形成された複合体を得ることができる。