(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】熱交換方法,熱交換媒体および熱交換装置,ならびにパテンティング方法および炭素鋼線
(51)【国際特許分類】
C21D 1/48 20060101AFI20221020BHJP
C21D 9/64 20060101ALI20221020BHJP
C22C 23/00 20060101ALI20221020BHJP
C22C 23/02 20060101ALI20221020BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
C21D1/48
C21D9/64
C22C23/00
C22C23/02
C22C30/00
(21)【出願番号】P 2020569632
(86)(22)【出願日】2020-01-28
(86)【国際出願番号】 JP2020002904
(87)【国際公開番号】W WO2020158704
(87)【国際公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2019015517
(32)【優先日】2019-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003528
【氏名又は名称】東京製綱株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001830
【氏名又は名称】東京UIT国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】石本 和弘
(72)【発明者】
【氏名】河村 能人
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108467927(CN,A)
【文献】特開2016-023334(JP,A)
【文献】特許第164161(JP,C1)
【文献】特表2011-522113(JP,A)
【文献】平井伸治ほか,“Mg-Al合金浴浸漬法による鋼材表面への低Al濃度Fe-Al合金層の形成”,日本金属学会誌,第59巻,第3号,日本,1995年,p.284-289
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/48
C21D 9/64
C22C 23/00
C22C 23/02
C22C 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物を,Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金であって,Al:8.3~43.7wt%,Ca:4.4~21.65wt%を含有し,残部がMgであり,Mgの含有量がAlおよびCaのそれぞれの含有量を超えているMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金に接触させまたは近接させ,
上記対象物と上記液相Mg-Al-Ca合金の間で熱エネルギーを交換する,
熱交換方法。
【請求項2】
上記液相Mg-Al-Ca合金が上記対象物を冷却する冷却媒体である,
請求項1に記載の熱交換方法。
【請求項3】
上記液相Mg-Al-Ca合金が上記対象物を加熱する加熱媒体である,
請求項1に記載の熱交換方法。
【請求項4】
上記液相Mg-Al-Ca合金が1000℃以上の発火温度を持つ,
請求項1から3のいずれか一項に記載の熱交換方法。
【請求項5】
上記液相Mg-Al-Ca合金が640℃以下の液相線温度を持つ,
請求項1から4のいずれか一項に記載の熱交換方法。
【請求項6】
上記液相Mg-Al-Ca合金が550℃以下の液相線温度を持つ,
請求項1から4のいずれか一項に記載の熱交換方法。
【請求項7】
上記液相Mg-Al-Ca合金のMgの元素比をx(at%)としたときに,Caの元素比がx×0.015(at%)以上である,
請求項1から6のいずれか一項に記載の熱交換方法。
【請求項8】
上記液相Mg-Al-Ca合金のMgの元素比をx(at%)としたときに,Caの元素比がx×0.1+10(at%)以下である,
請求項1から7のいずれか一項に記載の熱交換方法。
【請求項9】
上記対象物が炭素鋼である,
請求項1から8のいずれか一項に記載の熱交換方法。
【請求項10】
Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金であって,Al:8.3~43.7wt%,Ca:4.4~21.65wt%を含有し,残部がMgであり,Mgの含有量がAlおよびCaのそれぞれの含有量を超えているMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金を含む,熱交換媒体。
【請求項11】
Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金であって,Al:8.3~43.7wt%,Ca:4.4~21.65wt%を含有し,残部がMgであり,Mgの含有量がAlおよびCaのそれぞれの含有量を超えているMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金が溜められた浴槽を備えている,
熱交換装置。
【請求項12】
上記浴槽に溜められた液相Mg-Al-Ca合金の表面に皮膜が形成されている,
請求項11に記載の熱交換装置。
【請求項13】
加熱された炭素鋼を,Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金であって,Al:8.3~43.7wt%,Ca:4.4~21.65wt%を含有し,残部がMgであり,Mgの含有量がAlおよびCaのそれぞれの含有量を超えているMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金を溜めた浴槽に通過させ,
上記浴槽を通過するときに加熱された炭素鋼を冷却する,
パテンティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,熱交換方法,熱交換媒体および熱交換装置に関する。この発明はまた,パテンティング方法および炭素鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
均一かつ微細なパーライト組織を析出させた炭素鋼線を伸線加工することによって,伸線加工後の炭素鋼線に高い強度と靭性とを持たせることができる。均一かつ微細なパーライト組織は,加熱炉において炭素鋼線を加熱しこれを冷却槽(冷却炉)において冷却することによって析出される(いわゆるパテンティング)。一例として炭素鋼線は成分によって異なるが加熱炉において約 900~1000℃に加熱され,その後冷却槽において約500~600℃に冷却される。
【0003】
炭素鋼線を冷却するための媒体として,鉛(溶融鉛),流動床,水等が採用されている(流動床を用いたパテンティングについて特許文献1を,水を用いたパテンティングについて特許文献2を,それぞれ参照)。しかしながら流動床は冷却能力が低く,水は過冷却を生じさせる欠点を持つ。これに対して鉛は,沸点が1749℃,融点が 327.5℃であり,パテンティングに必要とされる温度範囲(加熱された炭素鋼線を適切に冷却し,パーライト組織を析出するための温度範囲)において安定した液相状態にあることから,現在でも広く用いられている。
【0004】
上述のように,鉛(Pb)は炭素鋼線のパテンティングにおける冷却媒体として適するが,毒性を持つことからその使用が規制されることがある。たとえばEU加盟国において発効されているRoHS(Restriction of Hazardous Substances)指令では 1,000ppmを超える鉛を含む電子電気機器のEU加盟国における上市が制限されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2002-507662号公報
【文献】特表2005-529235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は,鉛に代わる新たな熱交換媒体,およびこれを利用する熱交換方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明による熱交換方法は,対象物を,Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金に接触させまたは近接させ,上記対象物と上記液相Mg-Al-Ca合金の間で熱エネルギーを交換(移動)することを特徴とする。
【0008】
この発明による熱交換媒体は,Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金を含むものであることを特徴とする。いわゆる不可避不純物,すなわち,原料中に存在したり,製造工程において不可避的に混入したりするもので,本来は不要なものであるが,微量であり,製品の特性に影響を及ぼさないため,許容されている不純物が,Mg-Al-Ca合金ないしこれを溶融した液相Mg-Al-Caに含まれることがあるのは言うまでもない。
【0009】
この発明は熱交換装置も提供する。この発明による熱交換装置はMg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金が溜められた浴槽を備えている。
【0010】
この発明は,加熱された炭素鋼,一例として炭素鋼線(炭素鋼ワイヤ)を冷却するパテンティング方法も提供する。この発明によるパテンティング方法は,加熱された炭素鋼を,Mg,AlおよびCaを主要成分元素とするMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金を溜めた浴槽に通過させ,上記浴槽を通過するときに加熱された炭素鋼を冷却するものである。
【0011】
この発明によると,常温において固体であるMg-Al-Ca合金を加熱し溶融することで液相にした液相Mg-Al-Ca合金が,対象物に熱を加える(加熱)または対象物から熱を奪う(冷却)ための熱交換媒体(加熱媒体または冷却媒体)として用いられる。対象物を液相Mg-Al-Ca合金に直接に接触させることで,対象物を加熱または冷却してもよいし,液相Mg-Al-Ca合金を対象物に直接に接触させずに近接させて,対象物を非接触に加熱または冷却することもできる。たとえばパイプ中に液相Mg-Al-Ca合金を流動させてパイプ周囲を加熱または冷却する。液相Mg-Al-Ca合金を加熱媒体として用いる場合には,たとえばブルーイング処理,脱脂処理,炭素の球状化処理に利用することが考えられる。液相Mg-Al-Ca合金を冷却媒体として用いる場合には,パテンティング(鋼材の焼きなまし),燃料棒の冷却,鋼材の段階冷却に利用することが考えられる。
【0012】
Mg-Al-Ca合金は,Mg(マグネシウム),Al(アルミニウム)およびCa(カルシウム)を主要成分元素とする3元合金である。これらの元素のうち,マグネシウム(純マグネシウム)は沸点(約1090℃)よりも発火点(約 470℃)が低いものの,Ca,さらにはAlと融合させることで,常温はもちろんのこと,比較的高い温度環境下においても燃えないまたは燃えにくいものとなる。不燃性を向上させる(発火温度をより高温域にする)ために,希土類元素(レアアース),たとえばMn(マンガン),Zr(ジルコニウム),Ag(銀),Y(イットリウム),Nd(ネオジウム)等を添加してもよい。
【0013】
また,Mg-Al-Ca合金は,その液相線温度を,マグネシウムの融点( 650℃),アルミニウムの融点(660℃),カルシウムの融点(842℃)よりも下げることができる。さらに液相Mg-Al-Ca合金は溶融鉛よりも速く熱移動できることも分かってきた。液相Mg-Al-Ca合金は,溶融鉛に代わる加熱媒体または冷却媒体として好適に用いることができる。液相Mg-Al-Ca合金の主要成分元素であるMg,AlおよびCaはいずれも無害な金属元素であり,環境負荷もない。
【0014】
対象物を液相Mg-Al-Ca合金に直接に接触させることで対象物と液相Mg-Al-Ca合金との間で熱交換(熱移動)を行う場合には,液相Mg-Al-Ca合金中に対象物を単に浸してもよいし,対象物を移動させつつ液相Mg-Al-Ca合金中を通過させてもよい。
【0015】
液相Mg-Al-Ca合金を浴槽に溜めると,液相Mg-Al-Ca合金の表面(液面表層)に薄い皮膜が形成される。浴槽に溜められた液相Mg-Al-Ca合金の表面に形成される皮膜によって,浴槽に溜められた液相Mg-Al-Ca合金を直接に空気(酸素)に触れないようにする,または触れにくくすることができ,これによって浴槽に溜められた液相Mg-Al-Ca合金を燃えにくくすることができる。もっとも,この発明において用いられるMg-Al-Ca合金は液相状態のものであるから,固相(粉末状を含む)に比べて燃えにくい状態で用いられる。
【0016】
WO2015/060459は,マグネシウムにカルシウムおよびアルミニウムを添加した合金(Mg,Al)2Caに,その他の元素(Mn,Zn,Zr,Ag,Y,Ndなど)を添加したマグネシウム合金を開示する。この発明において熱交換媒体に用いられる液相Mg-Al-Ca合金として,WO2015/060459に開示されたマグネシウム合金を溶融したものを好適に用いることができる。もっとも,この発明において,Mg-Al-Ca合金は固相ではなく液相で用いられるから,固相において必要とされる機械的強さおよび靱性は必要とされず,また耐食性も考慮する必要はない。
【0017】
液相Mg-Al-Ca合金を炭素鋼線のパテンティングにおける冷却媒体に用いるとすると,液相Mg-Al-Ca合金に浸漬されるときの炭素鋼線の温度が約 900~1000℃であることから,この発明において用いられる液相Mg-Al-Ca合金は 900℃以上,安全性をみれば1000℃以上の発火温度を持つのが好ましい。上述したWO2015/060459には1000℃以上の発火温度を持つマグネシウム合金が開示されている。
【0018】
上述したように,この発明においてMg-Al-Ca合金は固相ではなく液相で用いられ,空気に直接に触れないように用いることができる。すなわち,固相(粉末状)のMg-Al-Ca合金に比べて確実に燃えにくい状態で用いられる。このため,たとえば固相(粉末状)のMg-Al-Ca合金の発火温度が1000℃以下であり,それを溶融した液相Mg-Al-Ca合金に1000℃に加熱された炭素鋼線が浸漬されたとしても,液相Mg-Al-Ca合金は即座には発火しにくい。もっとも,安全性を考慮すれば,この発明において用いられる液相Mg-Al-Ca合金は固相のときにおいてもその発火温度が1000℃以上であることが好ましい。
【0019】
Mg,Al,Caの組成比を様々に変えたMg-Al-Ca合金を試作したところ,Mg-Al-Ca合金を占めるCaが少なすぎると発火温度が1000℃に近くなることが確認された。また,Mg-Al-Ca合金を占めるAlが増えるとCaが少なくても発火しにくくなる。安全性を考慮すれば,Mgをx(at%)としたときにCaがx×0.015(at%)以上であることが好ましい。
【0020】
Mg-Al-Ca合金について,上述したマグネシウムの融点( 650℃),アルミニウムの融点(660℃),カルシウムの融点(842℃)よりも低い液相線温度を達成するには,Mgをx(at%)としたときにCaをx×0.1 +10(at%)以下とすればよい。Mg-Al-Ca合金の液相線温度を, 640℃程度を上限とすることができる。なお,Mg-Al-Ca合金を占めるMg,AlおよびCaの組成比を調整することによって,Mg-Al-Ca合金の液相線温度は550℃以下(計算上460℃程度)にまで下げることができ,溶融鉛に代えてパテンティングに好適に用いることができる。いずれにしても,この発明において熱交換媒体として用いられる液相Mg-Al-Ca合金は,約1000℃から約 460℃の温度範囲において安定した液相状態とすることが可能である。
【0021】
溶融鉛に代えて液相Mg-Al-Ca合金を冷却媒体に用いてパテンティングを行い,その後に伸線加工した炭素鋼線を実際に作成したところ,溶融鉛を冷却媒体に用いてパテンティングした炭素鋼線に比べて引張強さが高いことが確認された。また,伸線加工を繰り返して直径を小さくしたときに,溶融鉛を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線に比べて,液相Mg-Al-Ca合金を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線は,デラミネーション(脆性破壊)の発生が抑制されることも確認された。パテンティング直後の金属組織を電子顕微鏡で確認したところ,液相Mg-Al-Ca合金を冷却媒体に用いたものではベイナイトが若干確認されるのに対し,溶融鉛を冷却媒体に用いたものではベイナイトがほとんど確認されなかった。これらは液相Mg-Al-Ca合金の方が溶融鉛に比べて冷却速度が速いことに起因すると推察される。
【0022】
いずれにしても,液相Mg-Al-Ca合金を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線は,細線加工したときに,溶融鉛を冷却媒体として用いて作成した炭素鋼線に比べてデラミネーションが発生しにくいまたは発生せず,すなわち限界加工度が高くなる。また,上述したように,液相Mg-Al-Ca合金を冷却媒体に用いてパテンティングを行い,その後に伸線加工した炭素鋼線は,溶融鉛を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線に比べて引張強さが高くなる。
【0023】
液相Mg-Al-Ca合金をパテンティング処理における冷却媒体として用いて作成した炭素鋼線には鉛が付着しない。環境負荷の少ない炭素鋼線が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】炭素鋼線のパテンティング処理を示すブロック図である。
【
図3】Mg,AlおよびCaを成分元素とするMg-Al-Ca合金の液相面図を,横軸をMgおよびAlの重量比,縦軸をCaの重量比とする直交座標系で示すものである。
【
図4】作成したサンプルI~Vに含まれるMg,AlおよびCaのそれぞれの重量比および元素比,ならびに550℃における相状態および1000℃における燃焼状態を示す。
【
図5】
図3に示す液相面図中に,
図4に示す作成したサンプルI~Vの組成比をプロットしたものである。
【
図6】作成したサンプルI~V,および
図3に示される共晶点E1~E3,U4~U6に対応する共晶合金のそれぞれの組成比を,横軸をMgおよびAlの元素比,縦軸をCaの元素比とする直交座標系にプロットしたものである。
【
図7】炭素鋼線の引張試験および捻回試験の結果を示す。
【
図8】他の炭素鋼線の引張試験および捻回試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1はこの発明の実施例を示すもので,炭素鋼線のパテンティング処理を概略的に示すブロック図である。
図2は炭素鋼線の伸線工程を概略的に示す断面図である。パテンティング工程および伸線工程を得た複数本の炭素鋼線を束にしかつ撚り合わせることによって,ワイヤロープ,スチールコード等が作られる。
【0026】
熱間圧延によって製造された断面円形の炭素鋼線(出発線材)1Aが複数台の繰り出しリール10にそれぞれ巻き回されている。複数台の繰り出しリール10のそれぞれから繰り出された炭素鋼線1Aは加熱炉11に進み,ここで所定温度,たとえば約 950℃に加熱される。
【0027】
加熱された炭素鋼線1Aは次に冷却槽(冷却炉)12に進む。冷却槽12は液相Mg-Al-Ca合金20が溜められた浴槽12Aを含み,浴槽12Aが加熱されている。Mg-Al-Ca合金は常温では固体であり,浴槽12Aにおいて加熱されることで溶融し,液相となる。浴槽12AはMg-Al-Ca合金を液相にするために必要な温度(液相線温度)以上にまで加熱されるのは言うまでもない。この発明において用いられるMg-Al-Ca合金の液相線温度は,後述するように,460℃~640℃程度である。Mg-Al-Ca合金の液相線温度は,Mg-Al-Ca合金に含まれるMg,Al,Caのそれぞれの重量比ないし元素比(組成比)によって変動する。
【0028】
たとえば浴槽12A内の液相Mg-Al-Ca合金20は約550℃ の温度に保たれる。浴槽12Aを通過するときに,加熱炉11において加熱された炭素鋼線1Aは約950℃から約550℃に冷却される。
【0029】
浴槽12Aに溜められた液相Mg-Al-Ca合金20の表面には,空気に触れることで薄い皮膜(酸化膜等)21が形成される。このため,浴槽12Aに溜められた液相Mg-Al-Ca合金20(皮膜21によって覆われる浴槽12A内の液相部分)は空気にほとんど触れることがない。
【0030】
液相Mg-Al-Ca合金20によって冷却された炭素鋼線1Aは,次に水が溜められた浴槽13でさらに冷却された後,塩酸水が溜められた浴槽14に進み,ここで炭素鋼線1Aの表面のスケール(鉄の酸化皮膜)が除去される。スケールが除去された炭素鋼線1Aは水が溜められた浴槽15で水洗いされ,最後にリン酸亜鉛(zinc phosphate)が溜められた浴槽16に進み,ここで防錆および潤滑のためにリン酸亜鉛が表面に皮膜される。リン酸亜鉛が皮膜された炭素鋼線1Bが複数台の巻き取りリール17に巻き取られる。
【0031】
巻き取りリール17によって巻き取られた炭素鋼線1Bは次に伸線工程に進む。
図2を参照して,超硬合金ダイス31を装着した伸線機によって炭素鋼線1Bは所定の直径まで伸線される(伸線後の炭素鋼線を符号1Cで示す)。細径の炭素鋼線1Cを製造する場合には,中間の直径を持つ炭素鋼線を製造し,これを出発線材として上述の伸線工程が繰り返される。
【0032】
図3は,上述したパテンティング処理において冷却媒体として用いられるMg-Al-Ca合金(3元合金)について,状態図計算ソフトウェアを用いて作成した液相面図である。
【0033】
図3は,Mg(マグネシウム),Al(アルミニウム)およびCa(カルシウム)を成分元素とする3元合金の液相面図を,横軸をMgおよびAlの重量比,縦軸をCaの重量比とする直交座標系で示すものである。
図3において,横軸はMg-Al-Ca合金を占めるAlの重量パーセント濃度(wt%)を示しており,左側に行くほどMg-Al-Ca合金を占めるMgの重量比が大きく,右側にいくほどMg-Al-Ca合金を占めるAlの重量比が大きいことを示す。縦軸はMg-Al-Ca合金を占めるCaの重量パーセント濃度である。
図3において,Alの重量パーセント濃度(横軸)およびCaの重量パーセント濃度(縦軸)の残部がMgの重量パーセント濃度を表す。
【0034】
また,
図3に示す液相面図には,3桁の数字によって温度(液相線温度)を表す数値が示された20℃きざみの複数の等温度線が細線によって示されている。さらに
図3に示す液相面図には,晶出する初晶名(C14,C36,C15,(Mg),Al4Ca,(Al),βおよびγ)が示されるとともに,異なる初晶を区分する境界線が太線によって示されている。
【0035】
図3に示す液相面図には,6つの共晶点E1,E2,E3,U4,U5およびU6が示されている。これらの6つの共晶点の組成比を有するMg-Al-Ca合金の液相線温度,ならびにMg,AlおよびCaの重量比(元素比)は次のとおりである。
【0036】
共晶点E1:液相線温度515℃,76.1wt%Mg,9.4wt%Al,14.5wt%Ca
(81.51at%Mg,9.07at%Al,9.42at%Ca)
共晶点E2:液相線温度446℃,32.5wt%Mg,66.2wt%Al,1.3wt%Ca
(34.98at%Mg,64.18at%Al,0.85at%Ca)
共晶点E3:液相線温度445℃,37.7wt%Mg,60.9wt%Al,1.4wt%Ca
(40.36at%Mg,58.73at%Al,0.91at%Ca)
共晶点U4:液相線温度468℃,49.6wt%Mg,46.9wt%Al,3.5wt%Ca
(52.78at%Mg,44.96at%Al,2.26at%Ca)
共晶点U5:液相線温度477℃,48.7wt%Mg,47.9wt%Al,3.4wt%Ca
(51.86at%Mg,45.95at%Al,2.20at%Ca)
共晶点U6:液相線温度458℃,66.5wt%Mg,30.2wt%Al,3.3wt%Ca
(69.48at%Mg,28.42at%Al,2.09at%Ca)
【0037】
6つの共晶点のうち液相線温度(融点)が最も高いのは共晶点E1であり 515℃である。理想的なMg-Al-Ca合金(共晶点で示される組成比を持つMg-Al-Ca合金)であれば, 515℃以上にMg-Al-Ca合金を加熱することによって,Mg-Al-Ca合金は溶融し,液相となることが計算上確認される。
【0038】
発明者は,Mg,AlおよびCaの組成比をそれぞれ異ならせた5つのMg-Al-Ca合金のサンプルを実際に作成し,合金サンプルのそれぞれについて,ICP(Inductively Coupled Plasma)(高周波誘導結合プラズマ)分析装置を用いて成分元素ごとの重量比(元素比)を分析するとともに, 550℃において液相であるかどうかおよび1000℃において燃焼するかどうかを確認した。また,5つの合金サンプルのうちの一つ(後述するサンプルI)を溶融して液相にしたものを上述したパテンティング処理(加熱された炭素鋼線1Aを冷却するために浴槽12Aに溜められる液相Mg-Al-Ca合金20)に用い,かつ伸線加工することによって炭素鋼線を製造し,製造した炭素鋼線に対して引張試験および捻回試験を行った。以下,分析結果,確認結果および試験結果を説明する。
【0039】
図4は,作成した5つのMg-Al-Ca合金のサンプルI~Vのそれぞれについて,ICP分析装置を用いて分析した成分元素ごとの組成比(wt%およびat%の両方)を示すとともに, 550℃に加熱したときの相状態の確認結果,および1000℃に加熱したときの燃焼状態の確認結果を示している。
図5は,
図3に示す液相面図上に重ね合わせて,サンプルI~Vのそれぞれについて,Mg,AlおよびCaの組成比をプロット(△印で示す)したものである。プロットのそれぞれの近傍にサンプル特定符号(I)~(V)を示す。
【0040】
図5を参照して,サンプルI~サンプルVはいずれも共晶点から外れた組成比を有するMg-Al-Ca合金ではあるが,
図4を参照して,サンプルI~サンプルVのいずれについても 550℃において完全に液相でありかつ1000℃において不燃であることが確認されたことから,パテンティング処理における冷却媒体として用いることに支障はないことが分かる。たとえばサンプルIは,
図5にしたがうと,計算上, 580℃付近の液相線温度を持ち, 550℃では固相(液相と固相が混じり合った状態)が確認されると考えられるものの,固相を確認することができなかったものである。
【0041】
サンプルI~IVについては燃焼する様子は全く確認できなかったが,サンプルVについては,上述した表面に形成される皮膜21を破ると燃焼が確認された。サンプルVは液相Mg-Al-Ca合金20に1000℃における不燃性を与えるためのCaの元素比ないし重量比が限界値に近いものであることが推察される。
【0042】
サンプルVはMgの元素比が比較的大きくかつCaの元素比が比較的小さいMg-Al-Ca合金である。Mg-Al-Ca合金の燃焼のしやすさはMg-Al-Ca合金を占めるMgの元素比に関連し,Mgの元素比が大きいほど,合金を燃焼しにくくするためにCaの元素比を大きくすることが考えられる。逆にMg-Al-Ca合金を占めるAlの元素比を増やせば,合金を燃焼しにくくするためのCaの元素比は小さくてもよい。
【0043】
図6は,作成したサンプルI~V,および
図3に示す共晶点E1~E3,U4~U6に相当する共晶合金のそれぞれについて,Mg,AlおよびCaの組成比を,横軸をMgおよびAlの元素比,縦軸をCaの元素比とする直交座標系にプロットしたものである(単位はat%)。
図6において,サンプルI~Vを■印によって,共晶点E1~E3,U4~U6を×印によって示し,プロットのそれぞれの近傍にサンプル特定符号(I)~(V)および共晶点特定符号(E1~E3,U4~U6)を示す。サンプルVが1000℃を発火温度とするために添加すべきCaの限界値(下限値)付近であること,またMg-Al-Ca合金を占めるAlの元素比を増やせばMg-Al-Ca合金を燃焼しにくくするためのCaの元素比が小さくてもよいとすると,
図6に示す一点鎖線が,液相Mg-Al-Ca合金20の発火温度を1000℃以上とするためのCaのおおよその下限値になることが推察される。
図6に示す一点鎖線は,液相Mg-Al-Ca合金20を占めるMg(その元素比)(at%)を基準として「Mg×0.015」によって表される。
【0044】
また,
図6を参照して,
図6に示す実線は「Mg×0.1+10 」によって表される直線を示すもので,Mg-Al-Ca合金の液相線温度を620~640℃程度以下にするためのCaの上限値を示している。液相面図に基づいて算出したものであり,液相Mg-Al-Ca合金20を占めるCaの元素比(at%)を「Mg×0.1+10 」以下とすれば,液相Mg-Al-Ca合金20の液相線温度が620~640℃を超えることはなく,液相Mg-Al-Ca合金20の液相線温度を,マグネシウムの融点(650℃),アルミニウムの融点(660℃),カルシウムの融点(842℃)以下とすることができると考えられる。
【0045】
図7は,サンプルIのMg-Al-Ca合金を溶融して液相にしたものを上述したパテンティング処理に用いて製造した炭素鋼線の引張強さ試験および捻回試験の結果,ならびに破面観察結果を示している。比較のために,溶融鉛をパテンティング処理に用いて製造した炭素鋼線についても同様の試験をした。
【0046】
直径5.500mmの線径の炭素鋼線(SWRH72A)を約950℃に加熱し,次にサンプルIのMg-Al-Ca合金を溶融させた液相Mg-Al-Ca合金20( 550℃)中に1分間浸漬し,その後水冷した。塩酸水でスケールを除去し,水洗いをした後,リン酸亜鉛を皮膜した。
【0047】
複数回の伸線工程によって炭素鋼線の線径を次第に細くしていき,1.748mm,1.553mm,1.408mmおよび1.248mmの線径のものについて,それぞれ引張試験および捻回試験を行った。
【0048】
同様にして,液相Mg-Al-Ca合金20に代えて 550℃に加熱した溶融鉛に1分間浸漬させた炭素鋼線も作成し,1.748mm,1.553mm,1.408mmおよび1.248mmの線径のものについて,それぞれ引張試験および捻回試験を行った。
【0049】
引張試験では,破断に至るまで徐々に炭素鋼線を引っ張り,破断したときの応力を計測した。
図7の引張強さ(単位はMpa )欄には,冷却媒体に液相Mg-Al-Ca合金20および溶融鉛をそれぞれ用いた,線径1.748mm,1.553mm,1.408mmおよび1.248mmの炭素鋼線についての引張強さが示されている。
【0050】
捻回試験では,炭素鋼線を捻回試験機にセットし,両端を炭素鋼線の線径の 100倍の掴み間隔をあけて掴み,一方を所定の回転速度で一方向に回転させた。
図7には,冷却媒体に液相Mg-Al-Ca合金20を用いた線径1.748mm,1.553mm,1.408mmおよび1.248mmの炭素鋼線についての捻回値(破断に至ったときのねじり回数)および破面(破断面)の観察結果と,冷却媒体に溶融鉛を用いた線径1.748mm,1.553mm,1.408mmおよび1.248mmの炭素鋼線についての捻回値および破面の観察結果が示されている。
【0051】
図7の引張強さを参照して,1.748mm~1.248mmのいずれの線径の炭素鋼線についても,溶融鉛を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線に比べて,液相Mg-Al-Ca合金20を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線の方が,引張強さが高いことが確認される。伸線前(パテンティング直後)の金属組織を電子顕微鏡で確認したところ,液相Mg-Al-Ca合金20を冷却媒体に用いた炭素鋼線はベイナイトが若干確認されるのに対し,溶融鉛を冷却媒体に用いた炭素鋼線ではベイナイトがほとんど確認されなかった。このことから,液相Mg-Al-Ca合金20を冷却媒体に用いると,溶融鉛を冷却媒体に用いるよりも冷却速度が速いことが推察され,これが引張強さに影響したものと考えられる。
【0052】
図7の「破面」欄を参照して,一番細い直径 1.248mmの炭素鋼線について,液相Mg-Al-Ca合金20を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線は破面が正常であったのに対し,溶融鉛を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線ではデラミネーションの発生が確認された。溶融鉛を冷却媒体に用いる場合に比べて,液相Mg-Al-Ca合金20を冷却媒体に用いることによって限界加工度が高まることが確認される。限界加工度の上昇についても,液相Mg-Al-Ca合金の方が溶融鉛に比べて冷却速度が速いことに起因すると推察される。
【0053】
捻回値については,冷却媒体として液相Mg-Al-Ca合金を用いても,溶融鉛を用いても,ほぼ同等であった。
【0054】
図8は,試験条件を変更して行った他の試験結果を示している。
図8は,サンプルIと異なるMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金をパテンティング処理に用いて製造した,直径のより細い炭素鋼線についての引張強さ試験および捻回試験の結果を示している。比較のために,液相Mg-Al-Ca合金に代えて溶融鉛をパテンティング処理に用いて製造した炭素鋼線についての試験結果も示されている。
【0055】
直径1.060mmの線径の炭素鋼線(SWRH62A)を用意し,これを約950℃に加熱した。その後にMg=76.1wt%(81.51at%),Al=9.40wt%(9.07at%),Ca=14.5wt%(9.42at%)の組成比を持つMg-Al-Ca合金を溶融した液相Mg-Al-Ca合金20(約600℃)中に炭素鋼線を1分間浸漬した。その後に炭素鋼線を水冷し,塩酸水でスケールを除去し,水洗いをした後,リン酸亜鉛を皮膜した。複数回の伸線工程によって炭素鋼線の線径を次第に細くしていき,約0.360mmまで線径を細くした炭素鋼線について,引張試験および捻回試験,ならびに破面観察を行った。約600℃に加熱することで上述した組成比を持つMg-Al-Ca合金は安定した液相となり,燃えることはなかった。
【0056】
線径がより細い出発線材から製造した線径のより細い炭素鋼線についても,溶融鉛を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線に比べて,液相Mg-Al-Ca合金20を冷却媒体に用いて作成した炭素鋼線の方が,引張強さが高いことが確認される。
【0057】
上述した実施例では,液相Mg-Al-Ca合金20を,加熱された炭素鋼線1Aを冷却するための冷却媒体として用いる例を説明したが,液相Mg-Al-Ca合金20は,対象物を加熱する加熱媒体として用いることもできるのは言うまでもない。
【0058】
また,上述した実施例では,加熱された炭素鋼線1Aを液相Mg-Al-Ca合金20に直接に接触させている(浸漬させている)が,たとえば液相Mg-Al-Ca合金20を対象物に直接に接触させずに近接させるにとどめ,対象物を非接触に加熱または冷却することもできる。たとえばパイプ中に液相Mg-Al-Ca合金20を流動させることで,パイプ周囲を加熱または冷却することができる。
【符号の説明】
【0059】
1A,1B,1C 炭素鋼線
11 加熱炉
12 冷却槽(冷却炉)
12A 浴槽
20 液相Mg-Al-Ca合金
21 皮膜
31 超硬合金ダイス