(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】ホログラフィック撮像装置および同装置に用いるデータ処理方法
(51)【国際特許分類】
G03H 1/08 20060101AFI20221020BHJP
G02B 21/06 20060101ALI20221020BHJP
G02B 21/18 20060101ALI20221020BHJP
G03H 1/16 20060101ALI20221020BHJP
G03H 1/22 20060101ALI20221020BHJP
G03H 1/28 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
G03H1/08
G02B21/06
G02B21/18
G03H1/16
G03H1/22
G03H1/28
(21)【出願番号】P 2019539100
(86)(22)【出願日】2018-07-31
(86)【国際出願番号】 JP2018028725
(87)【国際公開番号】W WO2019044336
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2017166256
(32)【優先日】2017-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100084375
【氏名又は名称】板谷 康夫
(74)【代理人】
【識別番号】100125221
【氏名又は名称】水田 愼一
(74)【代理人】
【識別番号】100142077
【氏名又は名称】板谷 真之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 邦弘
【審査官】森内 正明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/064088(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/054776(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/099220(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/005315(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/089820(WO,A1)
【文献】特開2017-122890(JP,A)
【文献】特表2014-507645(JP,A)
【文献】特表2005-537516(JP,A)
【文献】国際公開第2008/037007(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0320485(US,A1)
【文献】国際公開第2008/020083(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 21/00 - 21/36
G03H 1/00 - 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
照明光(Q)で照明された物体から放たれる物体光(O)のホログラムを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部によって取得されたホログラムから前記物体の画像を再生する画像再生部と、を備え、
前記データ取得部は、
光源が放射するコヒーレント光から前記照明光(Q)、前記物体光(O)に対してインラインとなるインライン球面波参照光(L)、および前記物体光(O)に対してオフアクシスとなるオフアクシス球面波参照光(R)を生成し、これらの光と、前記物体光(O)とを伝播させ、さらに前記物体に対する前記照明光(Q)の入射方向を変える光学系と、
光強度を電気信号に変換して出力する受光素子と、
前記光学系を用いて互いに入射方向(θ
j,j=1,・・,N)が異なる平行光となるように前記照明光(Q
j,j=1,・・,N)を生成し、前記平行光である照明光(Q
j,j=1,・・,N)で前記物体を照明することにより放射される前記物体光(O
j,j=1,・・,N)と前記オフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである前記各入射方向毎の物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のデータ、および前記インライン球面波参照光(L)と前記オフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである参照光ホログラム(I
LR)のデータを前記受光素子を介してそれぞれ取得して保存する保存部と、を備え、
前記画像再生部は、
前記参照光ホログラム(I
LR)と前記物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のデータを用いて、前記各入射方向(θ
j,j=1,・・,N)毎に前記物体光(O
j,j=1,・・,N)の光波を表す物体光波ホログラム(
g
j(x,y),j=1,・・,N)を
ホログラム取得面(z=0)において生成する光波生成部と、
前記物体光波ホログラム(
g
j(x,y),j=1,・・,N)の各々をフーリエ変換して
前記ホログラム取得面(z=0)における空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)を生成し、前記ホログラム取得面(z=0)における前記空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)のそれぞれを前記物体の位置(z=z
m
)まで伝播させて前記物体の位置(z=z
m
)における物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)をそれぞれ生成するスペクトル生成部と、
前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)の各々を、相互相関関数の計算に基づき、空間周波数空間(u,v)の2次元空間において
これらの前記物体光空間周波数スペクトルの各々の互いに振幅および位相の変化が共通する領域が重なるように移動して配置し、かつ、前記重なり領域を形成する前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)の相互の振幅と位相を補正するための補正係数(a
αβ,α≠β,α,β=1,・・,N)を求めて前記補正係数(a
αβ)を用いて前記重なり領域において整合させ、より広い周波数空間を占有するように拡大された合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))を生成するスペクトル合成部と、を備え、
前記スペクトル合成部によって生成された前記合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))を逆フーリエ変換して、前記物体の画像の再生に用いられる合成物体光波ホログラム(h
T(x,y))を生成する、ことを特徴とするホログラフィック撮像装置。
【請求項2】
前記光学系は、前記物体光(O
j,j=1,・・,N)に対する前記受光素子の開口数(NA
O)がゼロに近い値となる構成とされ、多数枚の前記物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のデータを用いて前記合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))を生成することにより前記合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))によって定まる合成開口数
(NA
S
)が1に近づく、ことを特徴とする請求項1に記載のホログラフィック撮像装置。
【請求項3】
前記光学系は、前記物体光(O
j,j=1,・・,N)に対する前記受光素子の開口数(NA
O)が1に近い値となる構成とされ、前記合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))によって定まる合成開口数
(NA
S
)が1を超える、ことを特徴とする請求項1に記載のホログラフィック撮像装置。
【請求項4】
前記ホログラフィック撮像装置が反射型の顕微鏡として用いられる場合に、
前記受光素子と前記物体との間であって前記物体の前記照明光(Q)によって照明される表面に近い位置に微小球面体を備え、
前記微小球面体の球面からの反射光が前記オフアクシス球面波参照光(R)として用いられる、ことを特徴とする請求項3に記載のホログラフィック撮像装置。
【請求項5】
前記ホログラフィック撮像装置が透過型の顕微鏡として用いられる場合に、
前記受光素子の手前に配置される前記物体のさらに手前に、前記物体の前記照明光(Q)によって照明される表面の位置に焦点を有するように配置された集光レンズを備え、
前記インライン球面波参照光(L)は、前記物体がない状態で前記集光レンズを通して生成され、
前記オフアクシス球面波参照光(R)は、前記集光レンズに光軸を傾けて入射した平行光が、前記物体の前記照明光(Q)によって照明される表面に近い位置に集光するように生成される、ことを特徴とする請求項3に記載のホログラフィック撮像装置。
【請求項6】
前記光学系は、
シャッタを持つ円形の中心開口と偏芯位置に設けられた偏芯開口とを有し、前記受光素子の中心に向かう光学的な中心軸を中心としてコーン状に広がる光を受けて、前記中心軸の回りに間欠的に回転することにより前記コーン状に広がる光を前記照明光(Q)とするために振り分ける回転板と、
前記回転板によって振り分けられた光の各々を平行光にする複数のレンズを前記中心軸の回りに配置して有するレンズ組体と、
前記レンズ組体からの前記平行光の各々が前記中心軸上の一点を通過するように前記平行光の向きを変えるプリズムまたは回折格子を有する偏向素子組体と、を備えて前記物体に対する前記照明光(Q)の入射方向を変える角度変更部を構成する、ことを特徴とする請求項2に記載のホログラフィック撮像装置。
【請求項7】
前記光学系は、
シャッタを持つ円形の中心開口と偏芯位置に設けられた偏芯開口とを有し、前記受光素子の中心に向かう光学的な中心軸を中心としてコーン状に広がる光を受けて、前記中心軸の回りに間欠的に回転することにより前記コーン状に広がる光を前記照明光(Q)とするために振り分ける回転板と、
前記回転板によって振り分けられた光の各々を平行光にする複数のレンズを前記中心軸の回りに配置して有するレンズ組体と、
前記レンズ組体からの前記平行光の各々が前記中心軸上の一点を通過するように前記平行光の向きを変える反射鏡を有する反射鏡組体と、を備えて前記物体に対する前記照明光(Q)の入射方向を変える角度変更部を構成する、ことを特徴とする請求項3乃至請求項5のいずれか一項に記載のホログラフィック撮像装置。
【請求項8】
ホログラフィック撮像装置に用いるデータ処理方法であって、
物体に対する入射方向(θ
j,j=1,・・,N)を変えた平行光からなる照明光(Q
j,j=1,・・,N)によって前記物体を順次照明し、前記物体から放射される物体光(O
j,j=1,・・,N)と前記物体光(O
j,j=1,・・,N)に対してオフアクシスとなるオフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである、前記各入射方向毎の
、複数の物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のデータを取得し、
前記物体光(O
j,j=1,・・,N)に対してインラインとなるインライン球面波参照光(L)と前記オフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである参照光ホログラム(I
LR)のデータを取得し、
前記参照光ホログラム(I
LR)と前記物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のデータを用いて、前記各入射方向毎に、
ホログラム取得面(z=0)における前記物体光(O
j,j=1,・・,N)の光波を表す物体光波ホログラム(
g
j(x,y),j=1,・・,N)を生成し、
前記物体光波ホログラム(
g
j(x,y),j=1,・・,N)の各々をフーリエ変換して
前記ホログラム取得面(z=0)における空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)を生成し、前記ホログラム取得面(z=0)における前記空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)のそれぞれを前記物体の位置(z=z
m
)まで伝播させて前記物体の位置(z=z
m
)における物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)を生成し、
前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)の各々を、相互相関関数の計算に基づき、空間周波数空間(u,v)の2次元空間において
これらの前記物体光空間周波数スペクトルの各々の互いに振幅および位相の変化が共通する領域が重なるように移動して配置し、かつ、前記重なり領域を形成する前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)の相互の振幅と位相を補正するための補正係数(a
αβ,α≠β,α,β=1,・・,N)を求めて前記補正係数(a
αβ)を用いて前記重なり領域において整合させ、より広い周波数空間を占有するように拡大された合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))を生成し、
前記合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))を逆フーリエ変換して、前記物体の画像の再生に用いられる合成物体光波ホログラム(h
T(x,y))を生成する、ことを特徴とするデータ処理方法。
【請求項9】
前記補正係数(a
αβ,α≠β,α,β=1,・・,N)は、互いに前記重なり領域を形成する前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)の2つから成る対スペクトル(H
α,H
β,α≠β)において、前記重なり領域に含まれる各点(u,v)における互いのスペクトル値の比の平均値として求められ、前記対スペクトル(H
α,H
β)の一方が各点の振幅値と位相値を補正されて他方に整合される、ことを特徴とする請求項8に記載のデータ処理方法。
【請求項10】
前記物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のうち、前記照明光(Q
j,j=1,・・,N)の何れかである特定照明光(Q
k)の情報を含む特定物体光ホログラム(I
k
OR)と前記参照光ホログラム(I
LR)とを用いて、前記物体の位置(z=z
m)における、前記特定照明光(Q
k)の光波を表す照明光波ホログラム(d(x,y))を生成し、
前記照明光波ホログラム(d(x,y))を用いて前記特定照明光(Q
k)についての照明光波位相成分(ξ(x,y)=d(x,y)/|d(x,y)|)を算出し、
前記合成物体光波ホログラム(h
T(x,y))を前記照明光波位相成分(ξ(x、y))で割り算して位相を調整した合成物体光波ホログラム(h
T(x,y)/ξ(x,y))を生成する、ことを特徴とする請求項8または請求項9に記載のデータ処理方法。
【請求項11】
前記物体を正面から非平行光である正面照明光(Q
f)によって照明することにより放射される物体光(O
f)、前記正面照明光(Q
f)、および前記オフアクシス球面波参照光(R)の干渉縞のオフアクシスホログラムである正面照明物体光ホログラム(I
f
OR)のデータを取得し、
前記参照光ホログラム(I
LR)と前記正面照明物体光ホログラム(I
f
OR)のデータを用いて、前記物体の位置(z=z
m)における、前記正面照明
光(Q
f
)による物体光(O
f)の光波を表す正面照明物体光波ホログラム(h
f(x,y))と前記正面照明光(Q
f)の光波を表す照明光波ホログラム(d(x,y))とを生成し、
前記照明光波ホログラム(d(x,y))を用いて前記正面照明光(Q
f)についての照明光波位相成分(ξ(x,y)=d(x,y)/|d(x,y)|)を算出し、
前記正面照明物体光波ホログラム(h
f(x,y))を前記照明光波位相成分(ξ(x,y))で割り算して位相を調整した正面照明物体光波ホログラム(h
f(x,y)/ξ(x,y))を生成し、
前記正面照明物体光波ホログラム(h
f(x,y)/ξ(x,y))をフーリエ変換して前記正面照明
光(Q
f
)による物体光(O
f)の物体光空間周波数スペクトル(H
f(u,v))を生成し、
前記正面照明
光(Q
f
)による
前記物体光空間周波数スペクトル(H
f(u,v))を基準にして、相互相関関数の計算に基づき前記複数の物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)を順次配置し、前記合成物体光空間周波数スペクトル(H
T(u,v))を生成する、ことを特徴とする請求項8または請求項9に記載のデータ処理方法。
【請求項12】
前記物体の位置(z=z
m)における前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)を任意の位置(z=z
a)における物体光空間周波数スペクトル(H
j
a(u,v),j=1,・・,N)とした上で、前記物体の位置(z=z
m)において前記物体光空間周波数スペクトル(H
j(u,v),j=1,・・,N)の各々を移動して前記補正係数(a
αβ)による補正をして整合させた処理と同じ処理を適用して、前記任意の位置(z=z
a)における合成物体光空間周波数スペクトル(H
Ta(u,v))を生成し、
前記任意の位置(z=z
a)における合成物体光空間周波数スペクトル(H
Ta(u,v))を逆フーリエ変換して前記任意の位置(z=z
a)における合成物体光波ホログラム(h
Ta(x,y)=F
-1(H
Ta(u,v))を生成する、ことを特徴とする請求項8乃至請求項10のいずれか一項に記載のデータ処理方法。
【請求項13】
前記物体光ホログラム(I
j
OR,j=1,・・,N)のデータの取得は、前記物体の前方または透光性の前記物体の後方に標識パターンを配置して行い、
前記相互相関関数の計算は、前記標識パターンに対応する空間周波数スペクトルに基づいて行う、ことを特徴とする請求項8乃至請求項12のいずれか一項に記載のデータ処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デジタルホログラフィに関し、分解能の向上を図るホログラフィック撮像装置および同装置に用いるデータ処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、反射光や透過光などの光波を解析する技術に、光の強度と位相のデータを併せてホログラムと呼ばれる写真乾板などの記録媒体に記録して解析するホログラフィがある。近年のホログラフィは、受光素子と半導体メモリなどを用いて、光波の強度と位相をデジタルデータとして取得したり、計算機上でホログラムを生成したりして、解析することが行われている。このようなホログラフィは、デジタルホログラフィと呼ばれる。
【0003】
デジタルホログラフィにおいて、ホログラムデータの取得や処理の高速化と高精度化を達成するための種々の技術が提案され、撮像に応用されている。例えば、ワンショットで取得したホログラムデータに空間周波数フィルタリングと空間ヘテロダイン変調とを適用して、物体像再生用の複素振幅インラインホログラムを高速かつ正確に生成するデジタルホログラフィが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
従来の光学顕微鏡の問題を解決するために、ホログラフィを用いて結像レンズを用いることなく大開口数の物体光を正確にワンショット取得する方法、および物体光を平面波展開して高分解能3次元像を正確に計算機再生する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。この方法によれば、無歪な高分解能3次元動画像を取得し再生できるレンズレス3次元顕微鏡が実現される。このような顕微鏡は、結像レンズを用いないので、従来の光学顕微鏡が有する、媒質や結像レンズの影響を受ける問題を解決できる。
【0005】
また、培養液中細胞や生体組織の内部構造を高分解能で計測するために、反射型レンズレスホログラフィック顕微鏡と波長掃引レーザ光を用いる高分解能断層撮像法が知られている(例えば、特許文献3参照)。
【0006】
さらに、入射方向の異なる光を照射した物体から放射される大開口数の物体光を入射方向毎に複数のホログラムデータとして取得し、これらのデータを用いて複数の大開口数物体光を合成して1を超える合成開口数のもとで物体光を再生する方法が知られている(例えば、特許文献4参照)。この方法によれば、回折限界を超える分解能を持つ超高分解能3次元顕微鏡が実現できる。
【0007】
また、照明光とオフアクシス参照光の光路差を少なくして光路中のノイズをコモンノイズに限定するため、光路中にピンホールから成る空間フィルタを配置した光学系を有する透過型のホログラフィック顕微鏡が知られている(例えば、特許文献5参照)。
【0008】
また、撮像用のCCDをホログラム面に沿って移動して複数位置で得たホログラムを合成して開口数を大きくすることにより分解能を上げることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0009】
また、斜め入射照明光の下で試料を回転させて得た多数のホログラムを空間周波数空間において互いの重なり部分を接続して合成し、単一ホログラムによる開口数の25倍となる合成開口数0.93を得たホログラフィック顕微鏡が知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2011/089820号
【文献】国際公開第2012/005315号
【文献】国際公開第2014/054776号
【文献】国際公開第2015/064088号
【文献】米国特許第9360423号
【非特許文献】
【0011】
【文献】マルティネス-レオン・ルイス(MARTINEZ-LEON Lluis)、ジャビディ・バーラム(JAVIDI Bahram)著 「インプルーブド レゾルーション シンセティック アパチャー ホログライック イメージング(Improved resolution synthetic aperture holographic imaging)」、プロシーディング・スパイ(Proc SPIE)、Vol.6778,pp67780A.l-67780A.8(2007)
【文献】トーマス・グツラー他(Thomas GUTZLER et al.)著、「コヒーレント アパチャー-シンセシス、ワイド-フィールド、ハイ-レゾルーション ホログラフィック マイクロスコピー(Coherent aperture-Synthesis,Wide-field,high-resolution holographic microscopy of biological tissue)」、オプティックス・レターズ(Opt Lett)、Vol.35,No.8,pp1136-1138(2010)
【発明の開示】
【0012】
しかしながら、上述した特許文献1,2,3に示されるような撮像技術や顕微鏡においては、分解能が、従来の光学顕微鏡と同様に光の半波長を超えることはできない。また、上述した特許文献4に示されるような超高分解能3次元顕微鏡は、分解能が光の半波長を超えることができるが、光波の合成のために物体光と照明光を一枚のホログラムとして同時記録する必要がある。この同時記録の条件は、この技術を用いる顕微鏡にとって大きな制限となり、性能向上や機能向上を難しくしている。
【0013】
また、上述した特許文献5に示されるような顕微鏡はノイズを減らすことができても分解能を上げるものではない。非特許文献1に示される方法は、小さなCCDを移動させて大きなCCDとして機能させるものであり、従来の光学顕微鏡における光の半波長という分解能の限界を越えることはできない。
【0014】
上述した非特許文献2に示されるような顕微鏡は、撮影対象が撮影時に回転できる試料に限定されるという問題があり、試料の回転による位置変動に伴うノイズが分解能の向上を難しくすると考えられる。この非特許文献2の顕微鏡は、物体光を平行光にしてオフアクシスホログラムを記録するために対物レンズを用いているので、深度がとれない、媒質中の物体に適用できない、CCDの開口数を大きくできない、画像に歪が生じるなどの問題を有している。この顕微鏡は、高精度な回転支持機構が必須で高価なものとなる。
【0015】
通常の光顕微鏡の分解能は、光の回折限界である光半波長を超えることはできない。このような分解能限界を超える顕微鏡として、モアレ効果を利用する構造化照明顕微鏡(SIM)がある。SIMは、レンズレスホログラフィック顕微鏡と比べて、対物レンズの使用に伴う多くの問題を有する。また、SIMは、高価であり、構造が複雑で取扱いが容易ではなく、さらに、モアレ効果は、透過型の顕微鏡に適用することは困難である。
【0016】
本発明は、上記課題を解消するものであって、簡単な構成により、透過型と反射型のいずれも実現でき、長作動距離広視野または超高分解能を実現できるホログラフィック撮像装置および同装置に用いるデータ処理方法を提供することを目的とする。
【0017】
上記課題を達成するために、本発明のホログラフィック撮像装置は、照明光(Q)で照明された物体から放たれる物体光(O)のホログラムを取得するデータ取得部と、データ取得部によって取得されたホログラムから物体の画像を再生する画像再生部と、を備え、データ取得部は、光源が放射するコヒーレント光から照明光(Q)、物体光(O)に対してインラインとなるインライン球面波参照光(L)、および物体光(O)に対してオフアクシスとなるオフアクシス球面波参照光(R)を生成し、これらの光と、物体光(O)とを伝播させ、さらに物体に対する照明光(Q)の入射方向を変える光学系と、光強度を電気信号に変換して出力する受光素子と、光学系を用いて互いに入射方向(θj,j=1,・・,N)が異なる平行光となるように照明光(Qj,j=1,・・,N)を生成し、平行光である照明光(Qj,j=1,・・,N)で物体を照明することにより放射される物体光(Oj,j=1,・・,N)とオフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである各入射方向毎の物体光ホログラム(Ij
OR,j=1,・・,N)のデータ、およびインライン球面波参照光(L)とオフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである参照光ホログラム(ILR)のデータを受光素子を介してそれぞれ取得して保存する保存部と、を備え、画像再生部は、参照光ホログラム(ILR)と物体光ホログラム(Ij
OR,j=1,・・,N)のデータを用いて、各入射方向(θj,j=1,・・,N)毎に物体光(Oj,j=1,・・,N)の光波を表す物体光波ホログラム(g
j(x,y),j=1,・・,N)をホログラム取得面(z=0)において生成する光波生成部と、物体光波ホログラム(g
j(x,y),j=1,・・,N)の各々をフーリエ変換してホログラム取得面(z=0)における空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)を生成し、ホログラム取得面(z=0)における空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)のそれぞれを物体の位置(z=z
m
)まで伝播させて物体の位置(z=z
m
)における物体光空間周波数スペクトル(Hj(u,v),j=1,・・,N)をそれぞれ生成するスペクトル生成部と、物体光空間周波数スペクトル(Hj(u,v),j=1,・・,N)の各々を、相互相関関数の計算に基づき、空間周波数空間(u,v)の2次元空間においてこれらの物体光空間周波数スペクトルの各々の互いに振幅および位相の変化が共通する領域が重なる
ように移動して配置し、かつ、重なり領域を形成する物体光空間周波数スペクトル(Hj(u,v),j=1,・・,N)の相互の振幅と位相を補正するための補正係数(aαβ,α≠β,α,β=1,・・,N)を求めて補正係数(aαβ)を用いて重なり領域において整合させ、より広い周波数空間を占有するように拡大された合成物体光空間周波数スペクトル(HT(u,v))を生成するスペクトル合成部と、を備え、スペクトル合成部によって生成された合成物体光空間周波数スペクトル(HT(u,v))を逆フーリエ変換して、物体の画像の再生に用いられる合成物体光波ホログラム(hT(x,y))を生成する、ことを特徴とする。
【0018】
また、本発明のデータ処理方法は、ホログラフィック撮像装置に用いるデータ処理方法であって、物体に対する入射方向(θj,j=1,・・,N)を変えた平行光からなる照明光(Qj,j=1,・・,N)によって物体を順次照明し、物体から放射される物体光(Oj,j=1,・・,N)と物体光(Oj,j=1,・・,N)に対してオフアクシスとなるオフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである、各入射方向毎の、複数の物体光ホログラム(Ij
OR,j=1,・・,N)のデータを取得し、物体光(Oj,j=1,・・,N)に対してインラインとなるインライン球面波参照光(L)とオフアクシス球面波参照光(R)との干渉縞のオフアクシスホログラムである参照光ホログラム(ILR)のデータを取得し、参照光ホログラム(ILR)と物体光ホログラム(Ij
OR,j=1,・・,N)のデータを用いて、各入射方向毎に、ホログラム取得面(z=0)における物体光(Oj,j=1,・・,N)の光波を表す物体光波ホログラム(g
j(x,y),j=1,・・,N)を生成し、物体光波ホログラム(g
j(x,y),j=1,・・,N)の各々をフーリエ変換してホログラム取得面(z=0)における空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)を生成し、ホログラム取得面(z=0)における空間周波数スペクトル(G
j
(u,v),j=1,・・,N)のそれぞれを物体の位置(z=z
m
)まで伝播させて物体の位置(z=z
m
)における物体光空間周波数スペクトル(Hj(u,v),j=1,・・,N)を生成し、物体光空間周波数スペクトル(Hj(u,v),j=1,・・,N)の各々を、相互相関関数の計算に基づき、空間周波数空間(u,v)の2次元空間においてこれらの物体光空間周波数スペクトルの各々の互いに振幅および位相の変化が共通する領域が重なるように移動して配置し、かつ、重なり領域を形成する物体光空間周波数スペクトル(Hj(u,v),j=1,・・,N)の相互の振幅と位相を補正するための補正係数(aαβ,α≠β,α,β=1,・・,N)を求めて補正係数(aαβ)を用いて重なり領域において整合させ、より広い周波数空間を占有するように拡大された合成物体光空間周波数スペクトル(HT(u,v))を生成し、合成物体光空間周波数スペクトル(HT(u,v))を逆フーリエ変換して、物体の画像の再生に用いられる合成物体光波ホログラム(hT(x,y))を生成する、ことを特徴とする。
【0019】
本発明のホログラフィック撮像装置および同装置に用いるデータ処理方法によれば、透過型と反射型のいずれも実現でき、長作動距離広視野または超高分解能を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係るホログラフィック撮像装置に用いるデータ処理方法のフローチャート。
【
図2】
図1の相互相関工程から合成工程までの処理を説明するための空間周波数空間における空間周波数スペクトルの模式図。
【
図3】
図1の光波再生工程の詳細を示すフローチャート。
【
図4】(a)は第2の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置の模式的構成を示す側面図、(b)は同装置における正面照明を説明する部分側面図、(c)は同装置における参照光ホログラムの記録を説明する部分側面図。
【
図5】(a)は同装置の角度変更部の照明光の振り分け用の回転板の平面図、(b)は同角度変更部のレンズ組体の平面図、(c)は同角度変更部の偏向素子組体の平面図。
【
図6】(a)は同装置を用いて得られるホログラムデータから生成される空間周波数スペクトルを空間周波数空間に配置した模式図、(b)は同装置の変形例によって得られるホログラムデータから生成される空間周波数スペクトルを配置した模式図。
【
図7】(a)は同装置によるホログラム記録時に、物体と共に撮像される標識パターンの平面図、(b)(c)は同標識パターンの変形例。
【
図8】第3の実施形態に係るデータ処理方法における位相調整の処理を説明するフローチャート。
【
図9】第4の実施形態に係るデータ処理方法における任意位置での画像再生の処理を説明するフローチャート。
【
図10】第5の実施形態に係るデータ処理方法における正面照明光の位相を用いた位相調整の処理を説明するフローチャート。
【
図11】第6の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置の角度変更部の模式的構成を示す側面図。
【
図12】同装置を用いて得られるホログラムデータから生成される空間周波数スペクトルを空間周波数空間に配置した例を示す模式図。
【
図13】(a)は第7の実施形態に係る反射型のホログラフィック撮像装置の模式的構成を示す側面図、(b)は同装置における正面照明を説明する部分側面図。
【
図14】同装置における参照光ホログラムの記録を説明する部分側面図。
【
図15】(a)は第8の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置の模式的構成を示す側面図、(b)は同装置における正面照明を説明する部分側面図。
【
図16】(a)は同装置における参照光ホログラムの記録を説明する部分側面図、(b)は(a)の要部詳細図。
【
図17】(a)は同装置による物体光ホログラムの記録の際に用いられるマスクの平面図、(b)は同装置による参照光ホログラムの記録の際に用いられるマスクの平面図。
【
図18】第9の実施形態に係る反射型のホログラフィック撮像装置の模式的構成を示す側面図。
【
図19】同装置における正面照明を説明する側面図。
【
図20】同装置におけるオフアクシス球面波参照光の生成と照射を説明する要部側面図。
【
図21】同装置における参照光ホログラムの記録を説明する部分側面図。
【
図22】(a)は第10の実施形態に係るホログラフィック撮像装置に用いるデータ処理方法の処理の対象となるホログラムの部分図、(b)は(a)のホログラムにおける空間サンプリング間隔を増やす様子を示す図。
【
図23】(a)はホログラムを高速に処理する方法が適用されるホログラムの概念図、(b)は同ホログラムを分割して重ね合わせた概念図、(c)は(b)のホログラムを合成したホログラムの概念図。
【
図24】(a)は単一のホログラムと再生像の概念図、(b)はホログラムを高速に処理する方法の原理を説明するために複数の再生用ホログラムと再生された複数の像とを示す概念図。
【
図25】第11の実施形態に係るホログラフィック撮像装置のブロック構成図。
【
図26】(実施例結果1-1)正面照明光によって得られた物体光の空間周波数スペクトルを示す画像。
【
図27】(a)は
図26に示した1枚の空間周波数スペクトルから再生された画像、(b)は(a)の部分拡大図。
【
図28】(実施例結果1-2)物体光を9方向からの照明光の各々によって得て、各物体光の空間周波数スペクトルを合成した合成空間周波数スペクトルを示す画像。
【
図29】(a)は
図28に示した合成空間周波数スペクトルから再生された画像、(b)は(a)の部分拡大図。
【
図30】(実施例結果1-3)(a)は物体光を49方向からの照明光の各々によって得て、各物体光の空間周波数スペクトルを合成した合成空間周波数スペクトルを示す画像、(b)は(a)の合成空間周波数スペクトルから得られた合成物体光の照明光に対する位相差画像。
【
図31】(a)は
図30(a)に示した合成空間周波数スペクトルから再生された画像、(b)は(a)の部分拡大図。
【
図32】(実施例結果2-1)(a)は正面から球面波照明光によって照明して得られた物体光の空間周波数スペクトルを示す画像、(b)は(a)の空間周波数スペクトルから得られた物体光の照明光に対する位相差画像。
【
図33】(a)は
図32(a)に示した1枚の空間周波数スペクトルから再生された画像、(b)は(a)の部分拡大図。
【
図34】(実施例結果2-2)(a)は物体光を5方向からの照明光の各々によって得て、各物体光の空間周波数スペクトルを合成した合成空間周波数スペクトルを示す画像、(b)は(a)の合成空間周波数スペクトルから得られた合成物体光の照明光に対する位相差画像。
【
図35】(a)は
図34(a)に示した合成空間周波数スペクトルから再生された画像、(b)は(a)の部分拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態に係るホログラフィック撮像装置およびホログラフィック撮像装置に用いるデータ処理方法について、図面を参照して説明する。
【0022】
(第1の実施形態:データ処理方法)
図1、
図2、
図3は、第1の実施形態に係るデータ処理方法を示す。このデータ処理方法は、
図1に示すように、データ取得工程(S1)、光波再生工程(S2)、初期化工程(S3)、さらに、入射角方向ループLPs,LPe間の処理に含まれる相互相関工程(S4)、補正係数算出工程(S5)、合成工程(S6)、およびループ処理後の合成光波再生工程(S7)を備えている。
【0023】
本データ処理方法は、斜め入射する平行光による照明光Qによって物体を照明し、物体から放射される光である物体光Oを参照光Rを用いて物体光オフアクシスホログラムIORとして記録すると、その物体光Oの空間周波数スペクトルH(u,v)が、照明光Qの入射角度θに応じて、空間周波数空間(u,v)においてシフトする、という原理を用いて、ホログラムデータの合成を行う。本実施形態のデータ処理方法は、空間周波数空間(u,v)におけるホログラムデータIORの合成により、単一のホログラムデータから得られる開口数NAOよりも大きな値を有する開口数(合成開口数NASという)を有するホログラムデータを実現して、分解能の向上を図る。以下、各工程を説明する。
【0024】
データ取得工程(S1)では、物体に対する入射方向θj,j=1,・・,Nを変えた平行光からなる照明光Qj,j=1,・・,Nによって物体を順次照明し、物体から放射される物体光Oj,j=1,・・,Nと物体光Oj,j=1,・・,Nに対してオフアクシスとなるオフアクシス球面波参照光Rとの干渉縞のオフアクシスホログラムである、各入射方向毎の複数の物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,Nのデータが取得される。また、物体光Oj,j=1,・・,Nに対してインラインとなるインライン球面波参照光Lとオフアクシス球面波参照光Rとの干渉縞のオフアクシスホログラムである参照光ホログラムILRのデータが取得される。
【0025】
ここで、ホログラムが形成されるホログラム面と物体とを記述する座標系について説明する。ホログラムは、デジタルホログラフィにおいて、CCDなどの撮像素子の受光面の位置に形成され、受光面がホログラム面となる。そこで、受光面にxy軸、受光面の法線にz軸を設定して、受光面の中央に原点を有する直交座標系xyzを設定する。受光面は、z=0であり、物体の位置、例えば平らな表面を有する物体の表面の位置は、z=zmと表される。これは、受光面と物体が、互いに光学的に正対していることを想定している。受光面と物体が光学的に斜めに対向している場合は、必要に応じて、面間の回転角度に基づく補正処理を追加すればよい。
【0026】
光波再生工程(S2)では、参照光ホログラムI
LRと物体光ホログラムI
j
OR,j=1,・・,Nのデータを用いて、各入射方向毎に、物体の位置z=z
mにおける物体光O
j,j=1,・・,Nの物体光空間周波数スペクトルH
j(u,v),j=1,・・,Nが生成される。光波再生工程(S2)のより詳細な説明は後述される(
図3)。
【0027】
初期化工程(S3)では、各物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nを合成する処理を行う入射角方向ループLPs,LPeに先だって、j=1の場合の物体光空間周波数スペクトルH1(u,v)が、合成空間周波数スペクトルHT(u,v)に設定される。ここで、j=1の場合、入射方向θ1=0が想定されており、物体をその正面から平行照明光Q1によって照射する正面照射が想定されている。平行照明光とは、平行光である照明光のことである。
【0028】
次の一連の入射角方向ループLPs,LPeでは、物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nの各々を、空間周波数空間(u,v)の2次元空間において互いに振幅および位相の変化が共通する領域が重なるように所定のシフト量だけ移動して配置し、かつ、各スペクトルHjの相互の振幅と位相を補正して重なり領域において整合させ、より広い周波数空間を占有するように拡大された合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)を生成する。逆に言えば、物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,Nの各々は、このような重なり領域が存在するように、照明光の入射方向θjを設定して取得されている。
【0029】
相互相関工程(S4)は、照明光の入射方向θjを識別するパラメータjを2からNまで変化させて順次処理を行う入射角方向ループLPs,LPeの最初の処理である。相互相関工程(S4)では、下式(1)に示す合成空間周波数スペクトルHT(u,v)と物体光空間周波数スペクトルHj(u,v)との相互相関関数CF(us,vs)が計算される。下式(1)に示す相互相関関数CF(us,vs)の計算は、畳み込みの計算である。従って、相互相関関数CF(us,vs)の計算は、各スペクトルHT
*(u,v),Hj(u,v)に対応する各物体光波ホログラムの積hT(x,y)・hj*(x,y)のフーリエ変換によって求めることができる。
【0030】
【0031】
図2(a)に示すように、空間(u
s,v
s)において相互相関関数CF(u
s,v
s)の絶対値が最大値となる点の座標として、シフト量(u
j
s,v
j
s)が検出される。点(u
j
s,v
j
s)の位置に、絶対値|CF(u
s,v
s)|のピークが現れる。なお、本例では、ピークの点(u
j
s,v
j
s)がu
s軸上に現れているが、物体光ホログラムI
j
ORを取得したときの条件に従って、ピークは任意の位置に現れる。相互相関関数CF(u
s,v
s)の絶対値は、2つの関数の振幅および位相の変化が共通する領域を重ねるための指標である。スペクトルH
j(u,v)をシフト量(u
j
s,v
j
s)だけ平行移動させたスペクトルH
j(u-u
j
s,v-v
j
s)は、H
T(u,v)に対して共通領域を重ねた配置となる。なお、図中のuv軸における±a=±NA
O/λで囲まれる領域は、正方形の受光素子、例えばCCDによって、受光される物体光Oの取り得る空間周波数帯域を示す。この空間周波数帯域は、受光素子の物体光に対する開口数NA
Oと光波長λによって決まる。
【0032】
相互相関工程(S4)の次の工程では、重なり領域を形成する物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nの相互の振幅と位相を補正するための補正係数aαβ,α≠β,α,β=1,・・,Nが求められ、その補正係数aαβを用いて重なり領域における振幅と位相がそれぞれ互いに整合される。より具体的には、補正係数aαβ,α≠β,α,β=1,・・,Nは、互いに重なり領域を形成する物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nの2つから成る対スペクトルHα,Hβ,α≠βにおいて、重なり領域に含まれる各点(u,v)における互いのスペクトル値の比の平均値として求められ、対スペクトルHα,Hβの一方が各点の振幅値と位相値を補正されて他方に整合される。
【0033】
本実施形態の補正係数算出工程(S5)では、スペクトルHT(u,v)に対してHj(u-uj
s,v-vj
s)の振幅、位相を整合させる補正係数ajが求められる。補正係数ajは、重なり領域の各点(u,v)における、HT(u,v)に対するHj(u-uj
s,v-vj
s)の比の平均値、として算出される。すなわち、<>によって平均値演算を表すと、補正係数aj=<Hj(u-uj
s,v-vj
s)/HT(u,v)>である。補正の結果、補正後のスペクトルHj(u-uj
s,v-vj
s)/ajが得られる。多数の比の平均値として補正係数ajを設定することにより、ノイズなどによる異常値の影響を排除することができる。
【0034】
合成工程(S6)では、HT(u,v)とHj(u-uj
s,v-vj
s)/ajとを合成して、新たな合成空間周波数スペクトルHT(u,v)が生成される。ここで、合成は、HT(u,v)の構成点の集合と、共通領域以外のHj(u-uj
s,v-vj
s)/ajの構成点の集合との和集合を得る処理である。
【0035】
図2(b)は、j=2の場合に、空間周波数空間(u,v)において、スペクトルH
1に、j=2のスペクトルH
2を移動配置して、重なり領域Hxを介して互いに合成され、新たな合成物体光空間周波数スペクトルH
T(u,v)が設定される様子を示す。新たなH
T(u,v)は、次のj=3のスペクトルH
3(u,v)との相互相関関数の計算に用いられる。
【0036】
上述のループ処理が終了すると、各物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nを互いに合成し、かつj=2,・・,NのスペクトルHj(u,v)の各々の振幅と位相が、正面照明の場合のj=1のスペクトルH1(u,v)の振幅と位相に対して整合された合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)が得られる。合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)は、単一スペクトルの場合に比べて、空間周波数大域が拡張されており、より大きな開口数を有するスペクトルとなっている。
【0037】
合成光波再生工程(S7)では、合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)が逆フーリエ変換され、物体の画像の再生に用いられる合成物体光波ホログラムhT(x,y)が生成される。すなわち、F-1(*)によって、*の逆フーリエ変換を表すと、hT(x,y)=F-1(HT(u,v))である。合成物体光波ホログラムhT(x,y)によって、高分解能の画像が再生される。
【0038】
次に、
図3を参照して、上述の光波再生工程(S2)を説明する。光波再生工程(S2)は、複素振幅ホログラム生成工程(S21)、インライン化工程(S22)、光波ホログラム生成工程(S23)、平面波展開工程(S24)、および光波伝搬工程(S25)を備えている。以下に概要を示した後、ホログラムデータとその処理の詳細を、数式を用いて説明する。
【0039】
複素振幅ホログラム生成工程(S21)では、ホログラムIOR,ILR,j=1,・・,Nに空間周波数フィルタリング、を適用して複素振幅ホログラムJOR,JLR,J=1,・・,Nが生成される。
【0040】
インライン化工程(S22)では、複素振幅ホログラムJOR,JLR,j=1,・・,Nからオフアクシス参照光Rの成分を除去し、複素振幅インラインホログラムJOL,j=1,・・,Nが生成される。
【0041】
光波ホログラム生成工程(S23)では、複素振幅インラインホログラムJOL,j=1,・・,Nからインライン参照光Lの成分を除去し、物体光Oj,j=1,・・,Nのみの物体光波ホログラムgj(x,y),j=1,・・,Nが生成される。
【0042】
平面波展開工程(S24)では、物体光gj(x,y),j=1,・・,Nを平面波展開(フーリエ変換)して、ホログラム面の位置z=0における空間周波数スペクトルGj(u,v),j=1,・・,Nが生成される。
【0043】
光波伝搬工程(S25)では、空間周波数スペクトルGj(u,v),j=1,・・,Nをz方向に伝搬させ、物体の位置z=zmにおける空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nが生成される。光波の伝搬は、z方向の波数wを用いて実行でき、Hj(u,v)=Gj(u,v)・exp{i2πw・zm}となる。
【0044】
(ホログラムデータとその処理)
ホログラムデータとその処理を数式表現に基づいて説明する。ホログラムには、オフアクシス参照光R、インライン球面波参照光L、物体光Oなどが関与する。ここで、xyz右手系直交座標系がホログラム面(受光素子の受光面)の中央に設定されている。位置座標(x,y)を用いて、物体光O(x,y,t)、オフアクシス参照光R(x,y,t)、およびインライン球面波参照光L(x,y,t)を、それぞれ一般的な形で、下式(2)(3)(4)で表す。これらの光は互いにコヒーレントな角周波数ωの光である。各式中の係数、引数、添え字などは、一般的な表現と意味に解釈される。以下の各式において、位置座標(x,y,z)、空間周波数(u,v,w)の明示などは、適宜省略される。
【0045】
【0046】
上式におけるO(x,y,t)とR(x,y,t)が作る合成光の光強度IOR(x,y)、およびL(x,y,t)とR(x,y,t)が作る合成光の光強度ILR(x,y)は、それぞれ下式(5)(6)で表される。これらの光強度IOR,ILRが、受光素子5を通して、ホログラムのデータとして取得される。
【0047】
【0048】
上式(5)(6)において、右辺の第1項は物体光Oまたはインライン球面波参照光Lの光強度成分、第2項はオフアクシス参照光Rの光強度成分である。また、各式の第3項と第4項は、それぞれ物体光Oまたはインライン球面波参照光Lがオフアクシス参照光Rによって変調されて作られる、直接像成分と共役像成分である。
【0049】
なお、上記第3項の直接像成分が、必要な物体光Oまたは参照光Lの情報すなわち上式(2)(4)のO0exp(iφO)とL0exp(iφL)を含む項である。この第3項の直接像成分は、その物体光Oまたは参照光Lの位相部分[iφO],[iφL]が、これらの光を定義している上式(2)(4)の位相部分[iφO],[iφL]と同じである。他方、第4項の物体光Oまたは参照光Lの位相部分[-iφO],[-iφL]は、これらの光を定義している上式(2)(4)の位相部分[iφO],[iφL]の複素共役になっており、このことにより、第4項が共役像成分と呼ばれる。
【0050】
オフアクシス参照光Rを用いることにより、そのオフアクシスの効果によって、ホログラムを空間周波数空間において表現したときに直接像成分(第3項)が光強度成分(第1,2項)および共役像成分(第4項)から分離するホログラムを取得できる。空間周波数フィルタリングを適用して上式(5)(6)の第3項のみを取り出すことにより、物体光Oを記録した物体光複素振幅ホログラムJORと、インライン球面波参照光Lを記録した複素振幅ホログラムJLRが、それぞれ下式(7)(8)のように得られる。これらの複素振幅ホログラムは、オフアクシス参照光Rの成分を含んでいるホログラムである。
【0051】
【0052】
空間周波数フィルタリングは、上式(5)(6)を空間周波数空間における表現に変換するフーリエ変換と、バンドパスフィルタによるフィルタリングと、その後の、逆フーリエ変換とによって行われる。なお、受光素子における画素が画素ピッチdで2次元配列されているとすると、受光素子を用いて記録可能なホログラムの最高空間周波数は、空間周波数fs=1/dとなる。
【0053】
上記の式(7)を式(8)で割る除算処理を行うと、式(7)からオフアクシス参照光Rの振幅R0と位相φRとを取り除くことができる。この処理は、位相の引き算を行う処理、すなわち周波数変換を行う処理であり、ヘテロダイン変調の処理である。これにより、インライン球面波参照光Lに対する物体光Oの複素振幅インラインホログラムJOLが下式(9)のように得られる。
【0054】
【0055】
ホログラフィック撮像装置に用いるデータ処理方法において、物体に対する入射方向θj,j=1,・・,Nを変えた照明光Qj,j=1,・・,Nによって、各入射方向毎の複数の物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,Nのデータを取得する場合、これらのホログラムIj
ORに対して共通のホログラムILRを用いて上式(9)の処理をすることができる。つまり、インライン球面波参照光Lについては、1枚のオフアクシスホログラムILRに記録し、1枚の複素振幅ホログラムJLRを作成しておけばよい。
【0056】
式(9)にL0(x,y)exp(i(φL(x,y))を乗じることにより、上式(9)からインライン球面波参照光Lの成分を除去することができ、物体光Oの光波だけを含んでいるホログラムが得られる。このホログラムの用語は、光波を再生するために必要なデータを全て含んでいるという意味で用いられている。インライン球面波参照光Lの振幅L0(x,y)は、一定値であると見做して残しておくこともできる。位相成分exp(i(φL(x,y))は、参照光Lが球面波であることから、その集光点の位置を受光素子に対して求めておくことにより、容易に関数式の形に求めることができる。
【0057】
インライン球面波参照光Lは、参照光Rのデータをオフアクシスホログラムである参照光ホログラムILRとして取得して保存するための参照光であり、かつ、ホログラムデータのディジタル処理における基準光としての役割を有する。インライン球面波参照光Lは、参照光Rのデータを含まないホログラムである複素振幅インラインホログラムJOLを生成するために用いられる。インライン球面波参照光Lは、その球面波としての特性により、集光点の位置と波長または周波数とを決めることにより、数式で表現して、ディジタル処理に用いることができる。
【0058】
インライン球面波参照光Lの集光点の位置(ホログラム面からの距離)の情報は、インライン球面波参照光Lを照明光として用いて寸法既知パターンを有する目盛板などの物体を照明し、その目盛の画像をホログラムISRとして取得することによって得られる。ホログラムISRから目盛板の画像を再生する際に、ホログラム面から参照光Lの集光点までの距離がパラメータとして用いられる。再生画像が原寸大の大きさに再生できるパラメータの値が、参照光Lの集光点までの距離となる。画像再生面における再生画像の寸法は、受光素子(例えばCCD)の既知の画素ピッチによって測定できる。
【0059】
式(9)にL0(x,y)exp(i(φL(x,y))を乗じることにより、振幅因子L0(x,y)による振幅変調と、位相因子exp(i(φL(x,y))によるヘテロダイン変調が実行され、受光素子5の表面(ホログラム面、xy平面、または面z=0)における物体光Oの光波を表す光波ホログラムg(x,y)が下式(10)のように得られる。光波ホログラムg(x,y)を生成する工程は、物体光Oを再生する工程である。光波ホログラムg(x,y)の絶対値の2乗|g(x,y)|2をディスプレイに表示して、物体光Oを画像として見ることができる。
【0060】
【0061】
(物体光の平面波展開)
電磁波に関するヘルムホルツ方程式の厳密解として平面波がある。この厳密解である平面波を用いて物体光Oの光波を展開することができる。この平面波展開は、上式(10)の光波ホログラムg(x,y)をフーリエ変換することにより実行される。すなわち、フーリエ変換が平面波展開である。平面波展開の結果、物体光Oについての空間周波数スペクトルG(u,v)が下式(11)のように得られる。空間周波数スペクトルG(u,v)は、波数ベクトル(u,v)を有する平面波の複素振幅であり、複素振幅G(u,v)とも称される。
【0062】
【0063】
上式(11)中のu,vは、それぞれx方向とy方向のフーリエ空間周波数である。z方向のフーリエ空間周波数wは、下式(12)のように、平面波の分散式(波数と波長の関係式)から求められる。分散式は、(n/λ)2の形で屈折率nを含む。下式(12)はn=1の場合を示し、λは光波長である。
【0064】
【0065】
(開口数と合成開口数)
ここで、光波合成によるホログラフィック撮像装置の高分解能化について説明する。波長λの垂直入射平行照明光、つまり入射角θi=0の平行照明光を間隔dの回折縞に入射させると、回折角θrと波長λおよび間隔dとの関係式として下式(13)が成り立つ。回折縞の空間周波数uは下式(14)である。開口数がNAOである正方形の受光素子で回折光を記録する場合、記録可能な回折縞の空間周波数帯域は下式(15)と表せる。この空間周波数帯域幅に対する理論分解能δは下式(16)となる。
【0066】
【0067】
受光素子の開口数はNAO<1であるので、光学的な解像限界はλ/2となる。これは、伝搬する物体光を開口数NAOのホログラムとして記録したときの解像限界を表す。
【0068】
入射角θiの斜め平行照明光の場合には、上式(13)の関係式は下式(17)となる。回折縞の空間周波数uは下式(18)となるので、開口数NAOの正方形受光素子で記録する場合、記録可能な回折縞の空間周波数帯域は下式(19)と表すことができ、斜め平行照明光によって空間周波数帯域はシフトする。照明光の入射角θiを-NAQ<sinθi<NAQの範囲で変化させると、記録可能な回折縞の空間周波数帯域を下式(20)の範囲まで拡大することができる。
【0069】
【0070】
入射角θi=0の垂直照明の場合、空間周波数uが-(1/λ)以下および(1/λ)以上の回折縞成分によって発生する波は伝搬できないエバネッセント波となる。斜め照明の場合には、このエバネッセント波の一部が斜め照明によって伝搬可能な波に変化する。式(20)中のNAQ+NAOは、照明光の入射角変化によって拡大された開口数を表す。開口数はNAO<1およびNAQ<1であるので、照明光の方向を変えながら物体光を記録すると開口数NAS=NAQ+NAOを最大2まで大きくできる。また、記録可能な最大の空間周波数帯域は下式(21)となる。
【0071】
【0072】
(第2の実施形態:透過型の長作動距離広視野撮像装置)
図4乃至
図7を参照して、第2の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置1を説明する。ホログラフィック撮像装置1は、第1の実施形態のデータ処理方法を用いる装置であり、長作動距離を有し、かつ広視野撮像を実現できる装置である。
【0073】
図4(a)(b)(c)に示すように、ホログラフィック撮像装置1は、照明光Qで照明された透光性の物体4から放たれる物体光Oのホログラムを取得するデータ取得部10と、データ取得部10によって取得されたホログラムから物体4の画像を再生する画像再生部12と、を備えている。データ取得部10は、光を成形し伝搬させる光学系2と光強度を電気信号に変換して出力する受光素子5と、オフアクシスホログラムのデータを受光素子5を介して取得してメモリに保存する保存部6と、を備えている。ホログラフィック撮像装置1は、コンピュータから成る制御部11によって制御され、保存部6と画像再生部12とは制御部11に備えられている。以下、各部を説明する。
【0074】
光学系2は、光源20が放射するコヒーレント光20aから照明光Q、物体光Oに対してインラインとなるインライン球面波参照光L、および物体光Oに対してオフアクシスとなるオフアクシス球面波参照光Rを生成し、これらの光と、物体光Oとを伝播させる。光学系2は、ビームスプリッタBSを備えて、コヒーレント光20aを、照明光Q、インライン球面波参照光L、およびオフアクシス球面波参照光Rを生成するための光に分岐する。また、光学系2は、物体4に対する照明光Qの入射方向を変える角度変更部3を備えている。
【0075】
ここで、照明光の光軸Axを、受光素子5の中心に向かう、受光素子5の光学的な中心軸によって定義する。光軸Axは、ホログラム面に定義されるz軸に一致する。照明光Q用の光学系2は、光軸Axに沿って、コヒーレント光20aをコーン状に広げるレンズ21と、角度変更部3と、45°配置された反射鏡M1と、45°配置されたハーフミラーHMとを有する。反射鏡M1とハーフミラーHMとの間に透光性の物体4が配置される。ハーフミラーHMは、受光素子5に45°の角度で対向している。レンズ21によってコーン状に広げられた光は、角度変更部3に入射される。
【0076】
角度変更部3は、構成部品として、回転板3aと、レンズ組体3bと、偏向素子組体3cを備えている(
図5を参照)。回転板3a、レンズ組体3b、および偏向素子組体3cは、照明光の光軸Axを共通の中心軸としている。回転板3aは光軸Ax回りに回転自在とされている。レンズ組体3bと偏向素子組体3cは、ホログラフィック撮像装置1に固定されている。回転板3aは、シャッタ32を持つ円形の中心開口30と偏芯位置に設けられた偏芯開口31とを有し、コーン状に広がる光を受けて、光軸Axの回りに間欠的に回転することによりコーン状に広がる光を照明光Qとするために振り分ける。シャッタ32を開けることにより、物体4を正面から照明する照明光Q
j,j=1が、中心開口30から放射される。この正面照明の場合、シャッタ32は、偏芯開口31を閉じるために用いられる。
【0077】
レンズ組体3bは、回転板3aによって振り分けられた光の各々を平行光にするための、光軸Axの回りに配置された複数のレンズ22と、正面照明光を平行光にするため光軸Ax上に配置されたレンズ22とを有している。各レンズ22は、支持板22aに固定されている。偏向素子組体3cは、レンズ組体3bからの平行光の各々が照明光の光軸Ax上の一点を通過するように平行光の向きを変えるプリズム23を有している。各プリズム23は、光軸Axの回りに配置されるように、支持板23aに固定されている。支持板23aは、正面照明光を透過させるための中心開口30aを有している。
【0078】
本実施形態の角度変更部3は、レンズ組体3bが円周状に配列されたレンズ22を8個有し、偏向素子組体3cが、レンズ組体3bの円周状に配列されたレンズ22に対応させて、円周状に配列されたプリズム23を8個有している。回転板3aは、間欠的に回転して、その偏芯開口31がレンズ組体3bの円周状に配列されたレンズ22の1つに対応する位置毎に停止する。円周上のレンズ22およびそのレンズと対になるプリズム23は、偏芯開口31からの光を受けて、光軸Axに対して所定の角度で交わる平行光からなる照明光Qj,j=2,・・,9を生成する。なお、本実施形態において、レンズ22とプリズム23の対が8個とされているが、8個に限られず、任意個数の対とすることができる。また、偏向素子組体3cは、プリズム23に替えて回折格子を備える構成としてもよい。
【0079】
角度変更部3の前方の反射鏡M1は、照明光の光軸Axを直角に曲げて物体4に向かわせる。角度変更部3を通して生成される照明光Qj,j=1,・・,9は、物体4の位置で、照明光の光軸Ax上の一点を通過する。すなわち、照明光Qj,j=1,・・,9は、物体4の位置に集光点を有する。
【0080】
オフアクシス球面波参照光R用の光学系は、コヒーレント光20aから球面波を生成する集光レンズ24を有する。集光レンズ24を通過した光は、集光点P1を形成した後、広がりながら受光素子5の前方のハーフミラーHMを透過して、受光素子5に入射する。集光レンズ24の光軸は、参照光Rをオフアクシスとするために受光素子5の法線に対して傾斜している。
【0081】
インライン球面波参照光L用の光学系は、コヒーレント光20aから球面波を生成する集光レンズ25を有する。集光レンズ25の光軸は、照明光の光軸Ax、すなわち受光素子5の中心に向かう光学的な中心軸に一致している。集光レンズ25を通過した光は、物体4が配置される位置で、集光点P2を形成した後、広がりながら受光素子5の前方のハーフミラーHMで反射して、受光素子5に入射する。
【0082】
インライン球面波参照光Lは、その光波が、解析的に表されてデータ処理に用いられることを前提にしている。球面波を解析的に表わすには、球面波の波長と球面波の中心位置が把握されていればよい。逆に、インライン球面波参照光Lそのものも、解析的なデータ処理に対応できるように、歪のない球面波として生成される。そこで、インライン球面波参照光L用の光学系は、集光点P2の位置にピンホールを有するマスクMskを備えることにより、インライン球面波参照光Lを、歪やノイズのない球面波として生成する。
【0083】
集光点P2は、照明光の光軸Ax上にあることから、インライン球面波参照光Lは、物体光ホログラムと参照光ホログラムとを互いに重ねたときに、物体光Oとインライン関係となる。また、オフアクシス球面波参照光Rは、物体光Oに対してオフアクシスの関係に設定されており、同様に、インライン球面波参照光Lに対してオフアクシスの関係にある。また、集光点P1とP2とは、光学的に互いに近接するように設定されている。この設定により、参照光ホログラムILRの空間周波数帯域を狭くすることができる。
【0084】
本実施形態のホログラフィック撮像装置1の光学系2は、物体光Oj,j=1,・・,Nに対する受光素子5の開口数NAOがゼロに近い値となる構成とされている。このホログラフィック撮像装置1は、多数枚の物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,Nのデータを用いて合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)を生成することにより合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)によって定まる合成開口数が1に近づく。この光学系では、受光素子5から被写体(物体4)までの距離を大きく取ることができ、サイズの大きい被写体を撮像することができる。
【0085】
次に、ホログラフィック撮像装置1の動作を説明する。光学系2の角度変更部3を用いて互いに入射方向θj,j=1,・・,9が異なる平行光である照明光Qj,j=1,・・,9が生成される。照明光Qj,j=1,・・,9で透光性の物体4を照明することにより、物体4から放射される物体光Oj,j=1,・・,9とオフアクシス球面波参照光Rとの干渉縞のオフアクシスホログラムである各入射方向毎の物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,9のデータが受光素子5を介して取得され保存部6に保存される。
【0086】
物体光ホログラムIj
ORは、j=1の正面照明の場合だけ、物体4を透過した照明光Qの情報を有している。他の斜め照明光Qj,j=2,・・,9の場合、照明光Qが受光素子5に入射することはなく、従って、物体光ホログラムIj
ORは、照明光Qの情報を含まない。
【0087】
参照光ホログラムILRのデータは、インライン球面波参照光Lとオフアクシス球面波参照光Rとの干渉縞のオフアクシスホログラムとして、受光素子5を介して取得され保存部6に保存される。参照光ホログラムILRは、オフアクシス球面波参照光Rのデータを記録し保存するものである。参照光ホログラムILRは、物体光複素振幅ホログラムJj
ORからオフアクシス球面波参照光Rの成分を除去するために用いられる。従って、物体光ホログラムIj
ORを取得する際のオフアクシス球面波参照光Rが一定の状態に保たれている限り、そのオフアクシス球面波参照光Rによる参照光ホログラムILRが1枚だけあればよい。
【0088】
図6(a)は、ホログラフィック撮像装置1で得られたホログラムのデータを、第1の実施形態で説明したデータ処理方法によって処理して生成される空間周波数スペクトルを空間周波数空間に配置して得た合成空間周波数スペクトルH
Tを示す。回転対称の角度変更部3を用いて生成した照明光Q
j,j=1,・・,9を用いたことにより、空間周波数スペクトルH
j、j=2,・・,9が円周上に配置されている。
図6(b)は、角度変更部3の変形例を用いて物体光ホログラムI
j
OR,j=1,・・,21を取得して合成空間周波数スペクトルH
Tを生成した例を示す。この変形例は、角度変更部3の外周円上に、レンズ22とプリズム23の対を12個追加したものである。
【0089】
図7(a)(b)(c)は、ホログラフィック撮像装置1で物体光ホログラムI
j
OR,のデータを取得する際に、物体4と共に撮像される標識パターンMPを示す。このような標識パターンMPは、透光性の物体4の前方または後方に、物体4に密着させて、または離間させて配置することができる。標識パターンMPは、例えば、透明ガラスに成膜した金属膜をエッチング処理して形成したものである。ここに示した標識パターンMPは、回転対称の図形パターンであり、空間周波数空間において放射状の特徴的なパターンとなる。相互相関関数の計算の際に、標識パターンMPに対応する空間周波数スペクトルに基づいて相関関数の計算を、計算誤差を低減して行うことができる。
【0090】
本実施形態のホログラフィック撮像装置1によれば、照明光の伝播方向を切り替えながら多数枚の物体光を記録することにより、多数枚の小開口数物体光から大開口数物体光を合成でき、合成物体光から高分解能な広視野画像を再生することが可能になる。記録枚数を増やして合成物体光の開口数を1に近い値まで大きくすると、再生画像のサイズを変えないで画像の解像度を光波長の2分の1まで高めることができる。ホログラフィック撮像装置1によれば、被写体から遠い位置で高分解能な広視野3次元像を記録再生できる長作動距離広視野ホログラフィック顕微鏡が実現される。
【0091】
本実施形態のホログラフィック撮像装置1によれば、長い作動距離と広い視野を持つ3次元顕微鏡を実現でき、体積の大きい溶液中の培養細胞の顕微観察や広い物体表面上の微小なキズやホコリの検出・検査を高速に行う手段とすることができる。他方、従来の高分解能光学顕微鏡の作動距離は通常1センチ以下であり、観察可能な視野の広さは光学系の分解能と受光素子の画像数から定まっている。また、従来の光学顕微鏡技術を使って長い作動距離と広い視野を持つ光学顕微鏡を開発するには、径の大きい対物レンズや膨大な画素数を持つ受光素子が必要であり、実用化は困難である。
【0092】
(第3の実施形態:データ処理方法)
図8を参照して、第3の実施形態に係るデータ処理方法における位相調整の処理を説明する。本実施形態は、照明光の位相による物体光の位相調整の方法を示すものであり、この処理により、位相差画像の観察が可能となる。この処理は、第1の実施形態におけるフローチャートに示した処理の継続として実施することができる。
【0093】
照明光抽出工程(S8)では、物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,Nのうち、照明光Qj,j=1,・・,Nの何れかである特定照明光Qkの情報を含む特定物体光ホログラムIk
ORから、照明光データが抽出される。特定照明光Qkは、例えば、物体を正面から照明する平行照明光である。特定照明光Qkのデータは、参照光ホログラムILRを用いて、適宜の位置z=zpで、抽出される。参照光ホログラムILRは、物体光ホログラムIk
OR,から、複素振幅インラインホログラムJk
OLを生成するために用いられる。続いて、複素振幅インラインホログラムJk
OLから球面波参照光Lの成分が除去された物体光波ホログラムgk(x,y)が生成される。これらの処理は、ホログラム面z=0で行われる。この物体光波ホログラムgk(x,y)は、特定照明光Qkのデータを含むホログラムである。
【0094】
物体光波ホログラムgk(x,y)から特定照明光Qkのデータを抽出するために、物体光波ホログラムgk(x,y)すなわち物体光波が、適宜の位置z=zpに伝搬される。適宜の位置z=zpは、空間周波数空間において物体光Okと特定照明光Qkとが分離でき、フィルタリングによって特定照明光Qkだけを取り出すことができる位置であり、例えば、特定照明光Qkが集光点を有する場合はその集光点の位置である。平行光の照明光の場合は、数値レンズ(ニューメリカルレンズ)を用いる数値処理によって特定照明光Qkを任意の位置に集光させて特定照明光Qkを取り出し、集光した特定照明光Qkを再び数値処理して平行光に戻せばよい。なお、照明光Qを取り出すこのような手法は、他の物体光Oj,j=1,・・,Nにノイズとして照明光Qが混入した場合に、ノイズ除去の方法として用いることができる。
【0095】
第1の実施形態の場合、照明光は全て平行光と想定されているが、特定照明光Qkは、平行光ではない、例えば適宜の位置z=zpに集光点を有する照明光が特定照明光Qkとして記録されている場合、位置z=zpにおいて、分散する物体光から局在する照明光を、より純粋な状態で抽出することができる。適宜の位置z=zpで抽出された特定照明光Qkの光波は、物体の位置z=zmに伝搬されて、物体の位置z=zmにおける照明光波ホログラムd(x,y)とされる。
【0096】
照明光位相計算工程(S9)では、照明光波ホログラムd(x,y)を用いて、特定照明光Qkについての照明光波位相成分ξ(x,y)=d(x,y)/|d(x,y)|が算出される。
【0097】
位相調整工程(S10)では、合成物体光波ホログラムhT(x,y)を照明光波位相成分ξ(x、y)で割り算して位相を調整した合成物体光波ホログラムhT(x,y)/ξ(x,y)が生成される。
【0098】
(第4の実施形態:データ処理方法)
図9を参照して、第4の実施形態に係るデータ処理方法における任意位置z
aでの合成物体光波ホログラムの生成を説明する。
【0099】
スペクトル生成整合工程(#1)では、まず、物体の位置z=zmにおける物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,Nを任意の位置z=zaにおける物体光空間周波数スペクトルHj
a(u,v),j=1,・・,Nとする。得られた任意位置z=zaにおける空間周波数スペクトルHj
a(u,v),j=1,・・,Nを、物体位置z=zmで求めたaj,uj
s,vj
sを用いて、シフトおよび補正する。このシフトおよび補正の処理は、第1の実施形態における相互相関工程(S4)のシフト量(uj
s,vj
s)、および補正係数算出工程(S5)の補正係数ajを用いる。この処理により、空間周波数空間における所定の位置に移動配置され、振幅および位相が調整された変換スペクトルKj
a(u,v)=Hj
a(u-uj
s,v-vj
s)/aj,j=1,・・,Nが生成される。
【0100】
合成工程(#2)では、第1の実施形態における合成工程(S6)と同様に、変換スペクトルKj
a(u,v),j=1,・・,Nを合成して、任意位置z=zaにおける、合成空間周波数スペクトルHTa(u,v)が生成される。空間周波数スペクトルHTa(u,v)は、変換スペクトルの和集合、すなわち、HTa(u,v)={Kj
a(u,v),j=1,・・,N}である。
【0101】
合成光波生成工程(#3)では、第1の実施形態における工程(S7)と同様に、合成空間周波数スペクトルHTa(u,v)を逆フーリエ変換して、任意位置z=zaにおける、合成物体光波ホログラムhTa(x,y)=F-1(HTa(u,v))が生成される。
【0102】
(第5の実施形態:データ処理方法)
図10を参照して、第5の実施形態に係るデータ処理方法における正面照明光の位相を用いた位相調整の処理を説明する。この実施形態のデータ処理は、物体を正面から非平行光である正面照明光Q
fによって照明した場合において、正面照明光の位相を用いた位相調整の処理に適用できる一般的な処理であり、平行光である正面照明光によって照明した場合にも適用できる。この実施形態のデータ処理(S31~S34)は、第1の実施形態におけるj=1のデータのみが非平行光である正面照明光Q
1の場合に、初期化工程(S3)に取って代わることにより、他の処理は第1の実施形態の処理をそのまま用いて、合成光波h
T(x,y)を生成可能とする処理である。
【0103】
照明光抽出工程(S31)では、参照光ホログラムILRと、正面照明光Q1の情報を含む物体光ホログラムI1
ORとから、適宜の位置z=zpで、照明光データを抽出し、物体の位置z=zmにおける照明光波ホログラムd(x,y)が生成される。ここで、j=1の照明光Q1が正面照明光とされているが、jによる番号付け任意であり、以下では、j=1の代わりにfが用いられる。
【0104】
そこで、より一般的に述べると、まず、物体を正面から非平行光である正面照明光Qfによって照明することにより放射される物体光Of、正面照明光Qf、およびオフアクシス球面波参照光Rの干渉縞のオフアクシスホログラムである正面照明物体光ホログラムIf
ORのデータを取得する。取得された参照光ホログラムILRと正面照明物体光ホログラムIf
ORのデータを用いて、物体の位置z=zmにおける、正面照明による物体光Ofの光波を表す正面照明物体光波ホログラムhf(x,y)と、正面照明光Qfの光波を表す照明光波ホログラムd(x,y)とが生成される。このホログラムhf(x,y)とd(x,y)を生成する処理は、第3の実施形態における照明光抽出工程(S8)で説明したフィルタリング処理を用いて行われる。
【0105】
照明光位相計算工程(S32)では、照明光波ホログラムd(x,y)を用いて正面照明光Qfについての照明光波位相成分ξ(x,y)=d(x,y)/|d(x,y)|を算出し、正面照明物体光波ホログラムhf(x,y)を照明光波位相成分ξ(x,y)で割り算して位相を調整した正面照明物体光波ホログラムhf(x,y)/ξ(x,y)が生成される。第3の実施形態における照明光位相計算工程(S9)では位相調整処理が、最終の合成物体光波ホログラムhT(x,y)に対して行われているが、本実施形態では合成前のホログラムに対して行われている。
【0106】
位相調整工程(S33)では、位相調整物体光波hf(x,y)/ξ(x,y)をフーリエ変換して正面照明による物体光Ofの物体光空間周波数スペクトルHf(u,v)が生成される。
【0107】
初期化工程(S34)では、位相調整後のHf(u,v)を、Hj(u,v),j=1としてjによる符号付けを行い、第1の実施形態における初期化工程(S3)と同様に、Hf(u,v)=Hj(u,v),j=1を、合成空間周波数スペクトルHT(u,v)とする。合成物体光波ホログラムhT(x,y)を得る処理は、第1の実施形態の処理と同様である。
【0108】
第1の実施形態とは切り離して述べると、正面照明による物体光空間周波数スペクトルHf(u,v)を基準にして、相互相関関数の計算に基づき複数の物体光空間周波数スペクトルHj(u,v),j=1,・・,N)を順次を配置し、合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)が生成される。各スペクトルHj(u,v)間の振幅と位相の補正処理は、第1の実施形態と同様にスペクトルHjを順次を配置する際に逐次行ってもよく、配置完了後に行ってもよい。
【0109】
(第6の実施形態:透過型の長作動距離広視野撮像装置)
図11、
図12を参照して、第6の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置の角度変更部の模式的構成を説明する。
図11に示すように、本実施形態の角度変更部3は、平行光である照明光Qを任意方向に偏向させる2軸回転反射鏡MVと、2つのレンズ22を組み合わせた4fレンズ系とを備えて構成されている。4fレンズ系は、ある放射点から任意方向に伝搬される平行光を、放射点から離れた収束点を通過するように、伝搬させる光学系である。本実施形態では、2軸回転反射鏡MVの位置に放射点、物体4の位置に収束点が設定される。
【0110】
図12に示すように、この角度変更部3を用いて、1つの正面照明光と、8つの斜入射照明光とを生成して物体光ホログラムを得て生成した物体光波の合成空間周波数スペクトルH
Tは、各スペクトルH
jを格子状に配列した形状と成る。なお、図中に記載の空間周波数帯域の用語は、空間周波数スペクトルと同じ意味合いで用いられている。
【0111】
本実施形態における角度変更部3の機械的動作部は2軸回転反射鏡MVであり、上述の
図4、
図5に示した第2の実施形態における機械的動作部は回転板3aである。いずれの角度変更部3も安定的に再現性良く角度変更した照明光Qを生成することができる。
【0112】
(第7の実施形態:反射型の長作動距離広視野撮像装置)
図13、
図14を参照して、第7の実施形態に係る反射型のホログラフィック撮像装置を説明する。本実施形態のホログラフィック撮像装置1は、第2の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置1を反射型に構成したものである。この反射型のホログラフィック撮像装置1は、透過型の装置と同様に、長作動距離を有し、かつ広視野撮像を実現できる。
【0113】
図13(a)(b)に示すように、ホログラフィック撮像装置1は、第2の実施形態における角度変更部3と同様の角度変更部3を備えている。角度変更部3を通して生成された平行光である照明光Qは、そのまま直進して物体4を照明する。照明された物体4の表面から放射される物体光Oは、照明光Qに対して逆進し、受光素子5の前面に置かれたハーフミラーHMで反射されて受光素子5に入射する。
【0114】
オフアクシス球面波参照光Rは、集光レンズ24を通って集光点P1を形成した後、広がりながら反射鏡M2で反射されて受光素子5に向い、受光沿い5の前方のハーフミラーHMを透過して、受光素子5に入射する。
【0115】
インライン球面波参照光Lは、
図14に示すように、球面波を生成する集光レンズ25を通って集光点P2を形成した後、広がりながら受光素子5の前方のハーフミラーHMで反射して、受光素子5に入射する。インライン球面波参照光Lの光学系は、集光点P2の位置にピンホールを有するマスクMskを有する。
【0116】
(第8の実施形態:透過型の超高分解能顕微鏡)
図15、
図16、
図17を参照して、第8の実施形態に係る透過型のホログラフィック撮像装置を説明する。本実施形態のホログラフィック撮像装置1は、第1の実施形態のデータ処理方法を用いる装置であり、超高分解能を有する透過型の顕微鏡を実現できる。
【0117】
図15(a)(b)に示すように、ホログラフィック撮像装置1は、透過型の超高分解能顕微鏡を実現するために、物体4に対する照明光Qの入射方向を変える角度変更部3と、大開口数の受光部5と、大開口数のオフアクシス球面波参照光Rおよびインライン球面波参照光Lを生成するための集光レンズ29と、を備えている。集光レンズ29は、受光素子5の手前に配置される物体4のさらに手前に、物体4の照明光Qによって照明される表面の位置に焦点を有するように配置されている。集光レンズ29を含む光学系2は、物体光O
j,j=1,・・,Nに対する受光素子5の開口数NA
Oが1に近い値となる構成とされ、合成物体光空間周波数スペクトルH
T(u,v)によって定まる合成開口数が1を超える。
【0118】
角度変更部3は、回転板3aと、レンズ組体3bと、反射鏡組体3dと、を備える。回転板3aは、第2の実施形態の回転板3aと同様に、シャッタを持つ円形の中心開口30と偏芯位置に設けられた偏芯開口31とを有している。回転板3aは、光軸Axを中心としてコーン状に広がる光を受けて、光軸Axの回りに間欠的に回転することによりコーン状に広がる光を照明光Qとするために偏芯開口31によって振り分ける。回転板3aの中心開口30の光軸Ax上には、正面照明用の光を集光レンズ29に入射させるためのレンズ28を備えている。
【0119】
レンズ組体3bは、回転板3aによって振り分けられた光の各々を顕微観察に適したサイズのビームスポットを形成する細い平行光にする複数のレンズ26,27を光軸Axの回りに配置して有する。反射鏡組体3dは、レンズ組体3bからの平行光の各々が光軸Ax上の一点を通過するように平行光の向きを変える反射鏡M3を有する。
【0120】
オフアクシス球面波参照光Rは、集光レンズ29に光軸を傾けて入射した平行光が、物体4の照明光Qによって照明される表面に近い位置に集光するように生成される。集光レンズ29の入口には、ハーフミラーHMが設けられている。ハーフミラーHMは、光軸Axの側方から入射されるオフアクシス球面波参照光Rを反射して集光レンズ29に入射させる。オフアクシス球面波参照光Rは、光軸Axを外れた位置に焦点を結んだ後、広がりながら受光素子5に入射する。ハーフミラーHMは、正面照明用の光を透過させて集光レンズ29に入射させる。
【0121】
集光レンズ29と受光素子5の間であって、斜め入射の各照明光Qが集光する位置に、集光レンズ29によって集光する正面照明光Qも集光し、その集光位置に透光性の物体4が配置される。このような照明光Qj,j=1,・・,Nが物体4を通過することによって、物体光Oj,j=1,・・,Nが発生する。物体4を透過する斜め照明光Qは受光素子5に入射しないが、正面照明光Qは受光素子5に入射する。正面照明光Qと物体光Oは、物体光ホログラムIORに共に記録されているが、ホログラムデータの後処理によって、互いに分離することができる。すなわち、正面照明光Qは、集光レンズ29によって焦点を結んだ後の光であり、その焦点の位置で、拡がった物体光Oと分離できる。
【0122】
照明光Qの集光位置に隣接、従って物体光Oが発生する位置に隣接するオフアクシスとなる位置に、オフアクシス球面波参照光Rが集光する。物体4の裏面側、すなわち受光素子5に面する側には、オフアクシス球面波参照光Rと物体光Oとが、それぞれ分離された状態で通過する窓を有するマスクMsk1が配置される。マスクMsk1は、例えば、ガラス基板に積層した金属薄膜で形成され、物体4を下方から支持する支持体として用いることができる。
図17(a)は、マスクMsk1の例を示す。窓Rwは焦点を結ぶオフアクシス球面波参照光Rが通過する窓、四角の窓Owは物体光Oが通過する窓である。
【0123】
図16(a)(b)は、参照光ホログラムI
LRを取得する際の光学系を示す。インライン球面波参照光Lは、物体4がない状態で集光レンズ29を通して生成される。インライン球面波参照光L用の光は、正面照明光Qと同じである。参照光L用の光は、回転板3aの中央から、レンズ28、ハーフミラーHM、集光レンズ29を通して、物体が配置される位置に集光し、球面波となって広がりながら受光素子5に入射する。また、オフアクシス球面波参照光R用の光は、物体光ホログラムI
ORを取得するときと同じ状態で、ハーフミラHMで反射され、集光レンズ29を通してオフアクシスの状態で集光され、球面波となって広がりながら受光素子5に入射する。
【0124】
図16(b)は、オフアクシス球面波参照光Rの焦点P1、インライン球面波参照光Lの焦点P2、および参照光ホログラムI
LR測定時に用いられるマスクMsk2の位置関係を示す。焦点P1,P2は、互いにオフアクシスの関係にある。また、インライン球面波参照光Lの焦点P2の位置は、物体光Oに対してインラインの関係になる。
図17(b)に示すマスクMsk2におけるピンホールLphは、インライン球面波参照光Lを通過させるピンホールである。マスクMsk1,Msk2を互いに重ねると、両者の窓Rwは一致し、物体光O用の窓Owの中心に参照光L用のピンホールLphが来る。
【0125】
この実施形態のホログラフィック撮像装置1は、物体光Oに対する受光素子5の開口数NAOが1に近い値となる構成とされ、また、斜め入射される照明光Qによる物体光Oのデータを用いるので照明光による開口数の寄与を加算することができ、超高分解能を有する透過型の顕微鏡を実現できる。
【0126】
(第9の実施形態:反射型の超高分解能顕微鏡)
図18乃至
図21を参照して、第9の実施形態に係る反射型のホログラフィック撮像装置を説明する。本実施形態のホログラフィック撮像装置1は、第1の実施形態のデータ処理方法を用いる装置であり、超高分解能を有する反射型の顕微鏡を実現できる。
【0127】
図18に示すように、ホログラフィック撮像装置1は、反射型の超高分解能顕微鏡を実現するために、物体4に対する照明光Qの入射方向を変える角度変更部3と、大開口数の受光部5と、大開口数のオフアクシス球面波参照光Rを生成するための微小球面体MBとを備えている。角度変更部3は、第8の実施形態における角度変更部3と同様の回転板3aと、レンズ組体3bと、反射鏡組体3dと、を備える。
【0128】
図19に示すように、光学系2は、回転板3aの中央開口30からの光を、顕微観察に適した細いビーム状とするレンズ26,27と、ビーム状の照明光Qを受光素子5の中央前方に導く反射鏡M4,M5,M6と、受光素子5の中央前方にあって正面照明光Qを物体4に垂直入射させる反射鏡M7とを備えている。反射鏡M7は、物体光Oの伝搬をできるだけ乱さないように、小さなハーフミラーとされている。
【0129】
図20に示すように、微小球面体MBは、受光素子5と物体4との間であって物体4の照明光Qによって照明される物体4の表面に近い位置に、支持棒や支持板などに固定されて配置されている。オフアクシス球面波参照光Rの光は、細いビーム状の光とされて、物体4の表面に近い位置に配置された反射鏡M8と、受光素子5の中央表面近くに配置された反射鏡M9とによって反射伝搬して、微小球面体MBを照射する。微小球面体MBの球面からの反射光がオフアクシス球面波参照光Rとして受光素子5に向けて放射される。微小球面体MBの中心が、球面波参照光Rの焦点P1となる。
【0130】
図21に示すように、インライン球面波参照光Lは、物体4がない状態で、受光素子5の中央正面に位置して物体4の位置に対応する位置に焦点P2を有する集光レンズ29によって、平行光から生成される。焦点P2には、マスクMskによって、ピンホールが配置される。インライン球面波参照光Lの焦点P2は、物体光Oが発生する位置とは、インライン関係にあり、オフアクシス球面波参照光Rの焦点P1は焦点P2に対してオフアクシスの関係にある。
【0131】
物体光ホログラムI
ORは、斜め照明光Qの場合は
図18の光学系2を用いて、入射方向を切り替えながら取得され、正面照明光Qの場合は
図19の光学系2を用いて取得される。また、参照光ホログラムI
LRは、
図21の光学系2を用いて取得される。照明光Qの伝播方向を切り替えながら大開口数物体光を複数枚のホログラムとして記録すると、ホログラムから再生した物体光を計算機合成して開口数が2に近い大開口数物体光を作成することができ、通常の光学顕微鏡の解像限界を超える超高分解能ホログラフィック顕微鏡を実現できる。
【0132】
(第10の実施形態:データ処理)
図22乃至
図24を参照して、光波ホログラムgと空間サンプリング間隔δについて説明する。上述の各ホログラフィック撮像装置は、球面波状に広がる物体光Oの発生点に近い位置に焦点P1がある球面波参照光Rを用いて、物体光Oを記録している。従って、物体光Oと参照光Rの干渉縞のホログラムは、空間周波数帯域が狭められている。このようなホログラムから、物体光Oのみのホログラムを単独で取り出すと、空間周波数帯域が広くなる。このことから、物体光Oの波面を表す上式(10)の光波ホログラムg(x,y)は、上式(9)の複素振幅インラインホログラムJ
OL(x,y)に比べて、より広い空間周波数帯域を有することがわかる。
【0133】
光波ホログラムg(x,y)の空間変化は、ホログラム中心から離れるにつれて大きくなりホログラムの端で最大になる。ホログラムの開口数をNAO、光波長をλとすると光波ホログラムg(x,y)の最大空間周波数fMは、fM=NAO/λで表される。そして、この広帯域の光波ホログラムg(x,y)を離散値で表すためには、サンプリング定理の制約から、空間サンプリング間隔δを、例えばデータ補間を用いて、δ=1/(2fM)=λ/(2NAO)以下の値に設定する必要がある。サンプリング定理の制約を打開するために、サンプリング点増加とデータ補完が行われる。狭い帯域の複素振幅インラインホログラムJOLは、受光素子5の画素ピッチdで緩やかに変化するので、データ補間においては3次式を用いた高速計算が可能である。
【0134】
図22(a)(b)は、光波ホログラムg(x,y)を得るために、データ補間を用いてホログラムの空間サンプリング間隔δを小さくする方法を示す。複素振幅インラインホログラムJ
OLは、結像レンズを用いることなく得られている。従って、空間サンプリング間隔を細分化して光波長程度まで小さくしても歪みは発生しない。そこで、実質的に画素数を増やす画素数増大工程によってサンプリング間隔を小さくすることができる。
【0135】
画素数増大工程において、受光素子5の画素ピッチdに対応する空間サンプリング間隔dを有する複素振幅インラインホログラムJOLに対して、空間サンプリング間隔dを細分化して空間サンプリング間隔δとする。その後、細分化によって生じた新たなサンプリング点に対してデータ補間を行って実質的に画素数を増やす。データ補間の方法として、画像処理における周知の3次式によるデータ補間やsinc関数によるデータ補間を用いることができる。データ補間としてsinc補間を用いれば、3次式を用いた補間に比べて数値計算に時間がかかるが、より正確な結果を得ることができる。
【0136】
複素振幅インラインホログラムJOLに対してデータ補間によって画素数を増やした結果を、改めて複素振幅インラインホログラムJOLとする。なお、受光素子5の画素ピッチdは、画素の配列方向(xy方向)で互いに異なってもよく、空間サンプリング間隔δも画素の配列方向で互いに異なるものとすることができる。画素数を増やした複素振幅インラインホログラムJOLは、画素数増大工程の処理を行わない場合のホログラムに較べて、上述の画素ピッチdと空間サンプリング間隔δとの比に基づいて、歪みなしで倍率d/δ倍に拡大された像、すなわち分解能を高めた像を記録したホログラムとなる。
【0137】
(高速処理)
図23(a)(b)、
図24(a)(b)は、光波ホログラムg(x,y)を高速に処理する方法を示す。高速フーリエ変換(FFT)を用いてホログラムデータを処理する場合、必要なサンプリング点数が大きくなりすぎると、光波ホログラムg(x,y)の処理が困難になる。ところで、異なる周波数帯域に記録されたそれぞれの情報は空間的に重ねても失われずに保存される。このことを利用すると、広帯域の大開口数物体光である光波ホログラムg(x,y)を重ねて、広帯域の微小ホログラム(データ点数の少ないホログラム)を作成することができる。また、ホログラムは、分割した各領域の各々に、光波を再生するための情報を保持している。
【0138】
そこで、
図23(a)に示すように、光波ホログラムg(x,y)を幅dx,dyの複数枚の微小ホログラムg
iに分割し、
図23(b)(c)に示すように、各微小ホログラムg
iを互いに重ね合わせて合成微小ホログラムΣを生成する。この合成微小ホログラムΣに対して、上式(11)に基づく計算を行えば、計算時間を短縮して複素振幅G(u,v)が得られる。
図24(a)は、幅Dの光波ホログラムg(x,y)を幅dx,dyの微小ホログラムg
1,g
2,g
3に分割する様子を示す。この光波ホログラムg(x,y)は、1枚で光波(再生像9)を再生する。
【0139】
このような光波ホログラムg(x,y)を、
図24(b)に示すように、例えばx方向に幅dxだけずらしながら重ねたホログラムは、幅dxの周期的なホログラムになり、多数の同じ再生像9を幅dxの間隔ごとに再生できる。計算点数は、重ね合わせた微小ホログラムg
iの枚数の逆数分に圧縮される。つまり、n枚重ねると、計算量は、1/nになる。
【0140】
(離散フーリエ変換による高速処理)
上記の複素振幅G(u,v)の算出は、空間サンプリング間隔の細分化とデータ補間、ホログラムの分割と重ね合せによる合成微小ホログラムΣの作成、およびホログラムΣのフーリエ変換による平面波展開処理を経ている。この算出方法は、サンプリング間隔の細分化とデータ補間およびホログラムの重ね合せの計算に時間を要する。データ補間を行わずに微小分割ホログラムgiから直接的に複素振幅G(u,v)を求めることができれば、算出の高速化が図られる。
【0141】
上式(10)で表される光波ホログラムgは、中央部から端に行くほどその空間周波数が高くなる。球面波参照光Lの焦光点zLから各分割ホログラムgiの中心に向けて照射した平行光Liを考えると、物体光Oと平行光Liとのなす角度は小さくなる。平行光Liの位相をφi(x,y)で表し、ホログラムgiに位相因子exp(-iφi)を乗じると、giexp(-iφi)の空間周波数は低くなる。
【0142】
下式(22)に示すように、画素数N×Nのホログラムgiにおける画素(k,l)の座標(x,y)を、(x,y)=(kd,ld)で表す。また、下式(23)に示すように、整数値の組(miC,niC)を導入する。これにより、下式(24)に示すように、画素(k,l)における位相φi(k,l)を、整数化した値(miC,niC)を用いて表す。
【0143】
【0144】
ここに、θxとθyはそれぞれホログラムgiへ入射する平行光Liのx方向とy方向の入射角を表す。サンプリング点k=0,1,2,..,N-1と、l=0,1,2,..,N-1における値gi(k,l)exp(-iφi(k,l))、および、その離散フーリエ変換Gi’(m,n)は、それぞれ下式(26)(27)で与えられる。
【0145】
【0146】
上式(25)から分かるようにGi’(m,n)は、m,nに対して周期Nの周期関数になる。空間周波数の低い関数giexp(-iφi)の最大空間周波数fMは不等式fM<1/(2d)を満たすのでサンプリング定理に従って、区間-N/2<m<N/2と-N/2<n<N/2における空間周波数成分Gi’(m,n)を用いて、周期関数giexp(iφi)を正確に記述できる。つまり、周期関数giexp(-iφi)の空間周波数成分としてGi’(m,n)が得られる。また、周波数の高い関数giの空間周波数成分として、上式(26)よりGi’(m+mic,n+nic)が得られる。
【0147】
各ホログラムgiの周波数成分Gi’(m+mic,n+nic)はお互いに重なり合わないので、広い周波数帯域に亘ってGi’(m+mic,n+nic)を足し合わせることによって合成微小ホログラムΣの複素振幅Gを求めることができる。この方法では、サンプリング間隔の細分化やホログラムのデータ補間を行う必要がなく、複素振幅Gを高速に計算することが可能になる。
【0148】
(他の高速処理)
空間周波数成分Gi’(m,n)を計算する際には、不等式fM<1/(2d)を満足させるために高周波数の関数giを低周波数の関数giexp(-iφi)に変換した。ここでは、関数giのサンプリング値gi(k,l)に対する、下式(27)の離散フーリエ変換を考える。
【0149】
【0150】
高周波数の関数giの最大空間周波数fMは不等式fM<1/(2d)を満たさないので、区間-N/2<m<N/2、-N/2<n<N/2における空間周波数成分Gi(m,n)を用いて周期関数giを正確に表すことはできない。しかしながら、Gi(m,n)は上式(27)から分かるように、m,nに対して周期Nの周期関数となり、この周期性および上式(25)(27)を使ってGi(m,n)=Gi’(m+mic,n+nic)が得られる。従って、高周波数の関数giを区間mic-N/2<m<mic+N/2とnic-N/2<n<nic+N/2における周波数成分Gi(m,n)を用いて正確に表すことが可能になる。周波数fMが不等式fM<1/(2d)を満たさない場合においても、Gi(m,n)の周期性と上式(28)を使って関数giの周波数成分Gi(m,n)を直接的に求めることができる。上式(27)は式(25)と比較して簡単であり、式(27)を用いると空間周波数成分をより高速に計算することができる。
【0151】
(第11の実施形態:撮像装置)
図25は、第11の実施形態に係るホログラフィック撮像装置1を示す。ホログラフィック撮像装置1は、入射方向を変えた照明光Qを用いて物体4のホログラムを取得するデータ取得部10と、データ取得部10によって取得されたホログラムから画像を再生する画像再生部12と、を備えている。ホログラフィック撮像装置1は、さらに、データ取得部10および画像再生部12を制御する制御部11と、FFT等の計算用プログラム、制御用データ等を記憶するメモリ11aとを備えている。
【0152】
データ取得部10は、光源20と、光学系2と、受光素子5と、保存部6とを備えている。光源20は、コヒーレント光を放射するレーザである。光学系2は、物体に対する照明光Qの入射方向θj,j=1,・・,Nを順次、または任意の方法で変更する角度変更部3を備えている。
【0153】
光学系2は、角度変更部3を用いて、光源20が放射する光から照明光Qj,j=1,・・,N、オフアクシス球面波参照光R、およびインライン球面波参照光Lを構成し、これらの光と照明光Qjによって照明される物体4から放たれる物体光Ojとを伝搬させる。受光素子5は、光強度を電気信号に変換して保存部6に出力する。保存部6は、受光素子5を介して得られたホログラムILR,Ij
OR,j=1,・・,Nを保存するための処理を行う。ホログラムのデータは、メモリ11aに保存される。
【0154】
画像再生部12は、
図1、
図3、
図8、
図9、
図10に示した各工程の処理を行う。これらの処理を行うため、画像再生部12は、光波生成部13,スペクトル生成部14、スペクトル合成部15、画像計算部16、表示部17を備えている。光波生成部13は、フィルタリング部13a、インライン化部13b、照明光分離部13cを備えている。フィルタリング部13aは、保存部6に保存されたホログラムI
j
OR,I
LR等に空間周波数フィルタリングを適用して、それぞれ、複素振幅オフアクシスホログラムJ
j
OR,J
LR等を生成する。
【0155】
インライン化部13bは、フィルタリング部13aによって生成された各複素振幅オフアクシスホログラムJj
OR等のデータを、フィルタリング部13aによって生成された複素振幅オフアクシスホログラムJLRのデータでそれぞれ除算することにより、参照光R成分を除去した複素振幅インラインホログラムJj
OLを生成する。照明光分離部13cは、物体光Oと照明光Qの混合光のホログラムから照明光波ホログラムd(x,y)を分離する。
【0156】
スペクトル生成部14は、物体光波ホログラムg,h等から、空間周波数スペクトルG,H等を生成する。スペクトル合成部15は、相互相関関数の計算を行って、空間周波数スペクトルHjから合成空間周波スペクトルHTを生成する。
【0157】
画像計算部16は、合成物体光ホログラムhTから画像|hT|2を求める。表示部17は、液晶表示装置などのFPDであり、画像等を表示する。画像再生部12の各部は、表示部17を除いて、コンピュータ上で動作するプログラムとそのサブルーティン群を含むソフトウエアを用いて構成される。
【0158】
(実施例1:長作動距離、広視野、透過型の撮像装置の構成)
第6の実施形態(
図11)に示した角度変更部3を有するホログラフィック撮像装置を用いて、USAFテストターゲットを被写体(物体4)として撮像試験を行った。光源はグリーンの半導体励起固体レーザ(波長532nm、出力50mW)を使用し、オフアクシス球面波参照光Rの生成は開口数0.28の対物レンズを使用した。受光素子5はモノクロカメラリンクCCDカメラを使用した。CCDからターゲットまでの距離と開口数および記録可能な視野サイズWはそれぞれz
m=52.4cm,NA
O=0.019,W=25mmである。開口数NA
O=0.019から決まる理論分解能は14.0μmになる。
【0159】
この開口数NAO=0.019を有するホログラフィック撮像装置の光学系の構成は、物体光Oj,j=1,・・,Nに対する受光素子5の開口数NAOがゼロに近い値の構成と見做すことができ、長作動距離広視野撮像装置の構成になる。このような撮像装置によると、多数枚の物体光ホログラムIj
OR,j=1,・・,Nのデータを用いて合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)を生成することにより合成物体光空間周波数スペクトルHT(u,v)によって定まる合成開口数が1に近づく。
【0160】
(結果1-1)
図26は正面照明で得られた1枚の物体光ホログラムの空間周波数スペクトルを示し、
図27(a)(b)はCCDから距離z
m=52.4cmの位置において
図26の空間周波数スペクトルを用いて再生された画像とその部分拡大図を示す。
【0161】
図26より開口数NA
O=0.019が読み取れる。
図27(a)においてはっきりと識別可能な線幅(矢印Aで示す)は13.9μmであり、この値は理論分解能の値14.0μmとよく一致している。
図27(b)の再生画像の拡大図から分かるように、6グループと7グループの全ての線は不明瞭で識別不可能である。
【0162】
(結果1-2)
図28は照明方向の異なる9枚の物体光ホログラムを使って合成した合成空間周波数スペクトルを示し、
図29(a)(b)はCCDから距離z
m=52.4cmの位置において
図28の合成空間周波数スペクトルを用いて再生された画像とその部分拡大図を示す。
【0163】
図28から、合成物体光の合成開口数NA
S=0.049が求まり、開口数0.049に対する理論分解能は5.43μmとなる。
図29(b)の拡大画像においてはっきりと分解可能な線幅(矢印Bで示す)は5.52μmであり、この値は理論分解能の値5.43μmとよく一致している。
【0164】
(結果1-3)
図30(a)は物体光を49方向からの照明光の各々によって得て、各物体光の空間周波数スペクトルを合成した合成空間周波数スペクトルを示す画像を示し、
図30(b)は(a)の合成空間周波数スペクトルから得られた合成物体光の照明光に対する位相差画像を示し、
図31(a)(b)はCCDから距離z
o=52.4cmの位置において
図30(a)に示した合成空間周波数スペクトルから再生された画像とその部分拡大図を示す。
【0165】
図30(a)から合成物体光の縦方向と横方向の各合成開口数はNA
S=0.142と求まり、開口数0.142に対する理論分解能は1.83μmとなる。
【0166】
図31(b)の拡大図から分かるように、7グループのすべての線が識別可能である。物体光の合成によって高い空間周波数を持つ物体光波が加算され、これによって高分解能化が実現されている。
図30(b)の位相差画像および
図31(a)(b)における矩形領域の外形には歪が見られない。すなわち、各矩形領域の外形が角が欠けることなく直線で構成されていることが確認でき、再生画像に全く歪が生じていないことが分かる。
図30(b)の位相差画像は、合成物体光から求めた物体光と照明光との間の位相差分布を表す画像である。位相差を求めることにより、光が物体を透過中に生じる位相差を数値として正確に評価することができる。
【0167】
受光素子5(CCD)から物体4(被写体)までの距離を大きくして記録ホログラム(物体光ホログラム)の枚数を増やせば、さらに大きい視野サイズの高分解能画像を記録できる。以上の結果は、本発明の光波合成方法により長作動距離広視野ホログラフィック撮像装置の有効性を示している。
【0168】
(実施例2:超高分解能、反射型の撮像装置の構成による撮像例)
第9の実施形態(
図16乃至
図21)に示した光学系2を有するホログラフィック撮像装置を用いて、USAFテストターゲットを被写体として撮像試験を行った。光源はグリーンの半導体励起固体レーザ(波長532nm、出力50mW)を使用し、オフアクシス参照光Rとインライン球面波参照光Lは開口数0.8の対物レンズを用いて生成した。このインライン球面波参照光Lは、ターゲットを正面から照明するための球面波光としても使用した。
(結果2-1)
図32(a)(b)は正面から球面波照明光によって照明して得られた1枚の物体光ホログラムの空間周波数スペクトルを示す画像と同空間周波数スペクトルから得られた物体光の照明光に対する位相差画像を示し、
図33(a)(b)は
図32(a)の空間周波数スペクトルから再生された画像とその部分拡大図を示す。
【0169】
図32(a)から記録物体光の開口数はNA
O=0.61と求まり、開口数0.61に対する理論分解能は0.436μmとなる。
【0170】
(結果2-2)
図34(a)(b)は5方向からの照明光の各々によって得た物体光ホログラムの各々の空間周波数スペクトルを合成した合成空間周波数スペクトルと、その合成空間周波数スペクトルから得られた合成物体光の照明光に対する位相差画像を示し、
図35(a)(b)はその合成空間周波数スペクトルから再生された画像とその部分拡大図を示す。
【0171】
図34(a)より記録物体光の合成開口数は、通常の光学顕微鏡の開口数の理論限界値である1を超えて、NA
S=1.55と求まる。この実施例に用いたホログラフィック撮像装置は、光学系2が、物体光O
j,j=1,・・,Nに対する受光素子5の開口数NA
Oが1に近い値となる構成とされており、従って、合成物体光空間周波数スペクトルH
T(u,v)によって定まる合成開口数が1を超える装置となっている。合成開口数1.55に対する理論分解能は0.172μmとなる。
図33(b)の画像と
図35(b)の画像を比較すると、
図35(b)では光波合成により線の輪郭が鮮明になっていることが分かる。
【0172】
開口数0.61と合成開口数1.55に対する理論分解能は9グループの最小線幅0.78μmより小さく、
図33(b)と
図35(b)のいずれの再生画像においても全ての線が識別できる。
図33(a)と
図35(a)における矩形領域の外形には歪が見られなく、再生画像に歪が生じていないことが分かる。
【0173】
対物レンズの開口数をさらに大きくし、かつ、照明光の入射角を90°に近づけることにより、合成物体光による合成開口数の値を2に近づけることができる。なお、この実施例2において、インライン球面波参照光Lの焦点P2におけるピンホールによるマスクは用いていない。そのピンホールマスクを用いれば、さらにきれいな画像が得られる。
【0174】
なお、本発明は、上記構成に限られることなく種々の変形が可能である。例えば、上述した各実施形態の構成を互いに組み合わせた構成とすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0175】
本発明に係る長作動距離かつ広視野のホログラフィック撮像装置、または超高分解能のホログラフィック撮像装置、および同装置に用いる光波合成による高分解能化のデータ処理方法は、以下の多くのことを可能とする:結像レンズを用いない透過物体光または反射物体光の正確な記録;波動方程式の厳密解を用いた無歪物体光の再生;受光面から遠い場所に置かれた被写体の高分解能広視野3次元画像の記録と再生;多数枚ホログラム記録による大量物体光情報の取得;大開口数物体光の合成による超高分解能3次元画像の記録と再生;位相差画像を用いた光透過物体の定量的解析。
【0176】
従って、本発明は、精密光計測分野、細胞分化・組織形成分野、再生医療分野、バイオテクノロジ分野、医療診断分野などにおいて広い用途に適用できる。例えば、大量画像情報を活かした大面積表面の微小キズやホコリなどの高精度検出と計測、体積中微粒子の精密光計測、培養液中の生体組織や生体細胞の長作動距離広視野高分解能計測または超高分解能計測、低エネルギー照明による生きた生体組織の超高分解能計測、光位相画像を使った透明生体組織の超高分解能計測、反射物体光を使った超高分解能な3次元光計測の用途に適用できる。
【0177】
本発明のホログラフィック撮像装置とデータ処理方法は、原理と技術の観点から、光学、デジタルホログラフィ、光計測、応用光情報、顕微鏡の分野に属し、技術応用の観点から、精密計測、ナノテクノロジ、細胞分化・組織形成、生体光計測、バイオテクノロジ、医療診断などの分野に属する。
【符号の説明】
【0178】
1 ホログラフィック撮像装置
2 光学系
20 光源
29 集光レンズ
20a コヒーレント光
22,26,27 レンズ
3 角度変更部
3a 回転板
3b レンズ組体
3c 偏向素子組体
3d 反射鏡組体
30 中心開口
31 偏芯開口
4 物体
5 受光素子
10 データ取得部
12 画像再生部
13 光波生成部
14 スペクトル生成部
15 スペクトル合成部
Ax 光軸(中心軸)
CF(us,vs) 相互相関関数
Hj(u,v),Hf(u,v) 物体光空間周波数スペクトル
HT(u,v) 合成物体光空間周波数スペクトル
Hαβ 対スペクトル
ILR 参照光ホログラム
Ij
OR 物体光ホログラム
If
OR 正面照明物体光ホログラム
M3 反射鏡
MB 微小球面体
MP 標識パターン
NAO 物体光(受光素子)の開口数
NAQ 照明光の開口数
NAS 合成開口数
O,Oj,Of 物体光
Q,Qj 照明光
Qf 正面照明光
Qk 特定照明光
R オフアクシス球面波参照光
L インライン球面波参照光
aαβ 補正係数
d(x,y) 照明光波ホログラム
hj(x,y) 物体光波ホログラム
hf(x,y) 正面照明物体光波ホログラム
hT(u,v) 合成物体光波ホログラム
za 任意の位置
zm 物体の位置
θj 入射方向
ξ(x,y) 照明光波位相成分