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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】水素キャリアとその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 3/00 20060101AFI20221020BHJP
   C01B 33/12 20060101ALI20221020BHJP
   B01J 20/10 20060101ALI20221020BHJP
   B01J 20/18 20060101ALI20221020BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20221020BHJP
   C01B 33/18 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
C01B3/00 B
C01B33/12 Z
B01J20/10 A
B01J20/18 B
B01J20/28 Z
C01B33/18
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019539399
(86)(22)【出願日】2018-08-21
(86)【国際出願番号】 JP2018030849
(87)【国際公開番号】W WO2019044596
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-08-05
(31)【優先権主張番号】P 2017165783
(32)【優先日】2017-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 洋
(72)【発明者】
【氏名】菰田 悦之
(72)【発明者】
【氏名】日出間 るり
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-089987(JP,A)
【文献】特開2011-084445(JP,A)
【文献】国際公開第2015/025529(WO,A1)
【文献】特開2015-052361(JP,A)
【文献】特開2012-236740(JP,A)
【文献】特開2009-234848(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 3/00-6/34
C01B 33/00-33/193
B01J 20/00-20/28
B01J 20/30-20/34
C01B 33/20-39/54
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空シリカ粒子または中空ゼオライト粒子と水素ハイドレートを含み、
前記シリカ粒子または中空ゼオライト粒子の直径が3μm以上、1000μm以下であり、
前記中空粒子の外殻が、円相当径で10nm以上、500μm以下の細孔を有し、
前記中空粒子中に前記水素ハイドレートが含まれることを特徴とする水素キャリア。
【請求項2】
前記中空粒子の表面積に対する前記細孔の開孔部面積の合計の割合が0.5%以上、10%以下である請求項1に記載の水素キャリア。
【請求項3】
前記水素ハイドレートが、水と水素に加えてハイドレート形成補助剤を含む請求項1または2に記載の水素キャリア。
【請求項4】
水素キャリアを製造するための方法であって、
外殻が細孔を有する中空シリカ粒子または中空ゼオライト粒子の内部に水またはハイドレート形成補助剤の水溶液を封入する工程、
前記水またはハイドレート形成補助剤水溶液を封入した前記中空シリカ粒子または中空ゼオライト粒子を冷却してハイドレートケージを形成する工程、および、
前記ハイドレートケージに水素を接触させることにより前記ハイドレートケージ中に水素を吸蔵させる工程を含み、
前記シリカ粒子または中空ゼオライト粒子の直径が3μm以上、1000μm以下であり、
前記中空粒子の外殻が、円相当径で10nm以上、500μm以下の細孔を有する方法。
【請求項5】
前記水素の圧力を常圧以上、1000kPa未満とする請求項に記載の方法。
【請求項6】
請求項またはに記載の方法により水素キャリアを製造する工程、および、
前記水素キャリアを運搬する工程を含む水素の運搬方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素の貯蔵特性と放出特性に優れ、且つ安全であることから、特に水素ステーションから末端ユーザーへ水素を届けるための水素ターミナルキャリアとして有用な水素キャリアとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化などの問題が顕在化したことにより、化石燃料に代わる再生エネルギーが注目されている。例えば、ガソリン車に代わって燃料電池車が開発されたり、家庭用の燃料電池が開発されている。
【0003】
ところが、燃料電池の燃料である水素は、反応性が極めて高く危険である上に、常温常圧で気体であるため、ガソリンや灯油など常温常圧で液体である化石燃料に比べて運搬効率が低いという問題がある。
【0004】
水素の運搬効率を高める手段としては、高圧水素ボンベが最も簡単である。しかし高圧水素ボンベには漏洩や爆発などの問題があり、安全性が低い。そこで、水素キャリアとして有機ハイドライドが検討されている。有機ハイドライドとしては、例えば、トルエンやナフタレンを水素で還元して得られたメチルシクロヘキサンやデカリンを挙げることができる。メチルシクロヘキサンやデカリンは水素よりも安全であり、且つ常温常圧で液体であることから取扱性に優れている。しかし、有機ハイドライドを酸化して水素を取り出す場合には、特殊な触媒と高温条件が必要となる。よって有機ハイドライドは、例えば水素ステーションから末端ユーザーへ水素を届けるための水素ターミナルキャリアとしては適さない。
【0005】
また、水素により窒素を還元してアンモニアを製造し、このアンモニアを運搬し、使用時にアンモニアを酸化して水素を取り出すことも検討されている。しかし、アンモニアから水素を取り出すには触媒や高エネルギーが必要であるし、アンモニアは決して安全なものではなく、また、常温常圧で気体であり蒸気圧が高いことから取扱性に優れるものでもない。
【0006】
そこで、水素キャリア、特に水素ターミナルキャリアとして、水素ハイドレートが期待されている。水素ハイドレートは非常に安全性が高く、常温常圧下で放置するのみで容易に水素を放出する。しかし一般的に、水素ハイドレートの形成には、例えば-24℃で100MPaといった低温高圧条件が必要である。そこで特許文献1には、テトラヒドロフランなど、水素ハイドレートの相平衡圧力・温度を常圧・常温側にシフトさせるハイドレート形成補助剤の水溶液に、多孔質フィルタを介して、例えば7℃未満で5MPaの水素を供給することを特徴とする水素ハイドレートの生成方法が開示されている。なお、ハイドレートの形成され易さは、包接されるゲスト分子の種類により異なる。
【0007】
また、水素ハイドレートには、吸蔵すべき水素が常温常圧で気体であることから、水素の貯蔵量が少ないという欠点がある。そこで特許文献2には、アセトンなどの水溶液を用い、-30℃~-1℃、3~20MPaという低温高圧下で水素ハイドレートを製造する方法が記載されている。特許文献3には、カーボンナノチューブビーズ内の空隙に、テトラヒドロフランまたはアセトンの水溶液を吸収させ、氷点以下の温度で120~200気圧の水素をハイドレートケージに吸蔵させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2012-236740号公報
【文献】特開2008-285341号公報
【文献】特開2007-272781号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、水素ハイドレートを製造する方法は種々開発されていたが、一般的に、数十気圧以上(数MPa以上)という高圧の水素をハイドレートケージに吸蔵させるものであった。
そこで本発明は、常圧または比較的常圧に近い水素を用いて製造可能なものであり、水素の貯蔵特性に優れ、また、水素の放出特性にも優れ且つ安全であることから、特に水素ターミナルキャリアとして有用な水素キャリアとその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、外殻に細孔を有する中空粒子を用いれば、多量の水素を常圧または比較的常圧に近い圧力でハイドレートケージに容易に吸蔵させることができることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。なお、以下では、外殻に細孔を有する中空粒子を「有孔中空粒子」と略記する場合がある。
【0011】
[1] 中空粒子と水素ハイドレートを含み、
前記中空粒子の外殻が細孔を有し、
前記中空粒子中に前記水素ハイドレートが含まれることを特徴とする水素キャリア。
【0012】
[2] 前記中空粒子の粒子径が1000μm以下である上記[1]に記載の水素キャリア。
【0013】
[3] 前記中空粒子の表面積に対する前記細孔の開孔部面積の合計の割合が0.5%以上、10%以下である上記[1]または[2]に記載の水素キャリア。
【0014】
[4] 前記中空粒子が中空シリカ粒子または中空ゼオライト粒子である上記[1]~[3]のいずれかに記載の水素キャリア。
【0015】
[5] 前記水素ハイドレートが、水と水素に加えてハイドレート形成補助剤を含む上記[1]~[4]のいずれかに記載の水素キャリア。
【0016】
[6] 水素キャリアを製造するための方法であって、
外殻が細孔を有する中空粒子の内部に水またはハイドレート形成補助剤の水溶液を封入する工程、
前記水またはハイドレート形成補助剤水溶液を封入した前記中空粒子を冷却してハイドレートケージを形成する工程、および、
前記ハイドレートケージに水素を接触させることにより前記ハイドレートケージ中に水素を吸蔵させる工程を含む方法。
【0017】
[7] 前記水素の圧力を常圧以上、1000kPa未満とする上記[6]に記載の方法。
【0018】
[8] 上記[6]または[7]に記載の方法により水素キャリアを製造する工程、および、
前記水素キャリアを運搬する工程を含む水素の運搬方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の水素キャリアは、多量の水素を貯蔵することができ、主な構成成分は無機の有孔中空粒子と水素ハイドレートのみであるので、安全であり且つ環境負荷が小さい上に、常温程度に昇温することにより水素を容易に放出することができるので、特に水素ターミナルキャリアとして有用である。また、本発明の水素キャリアは、極端な低温や高圧の水素を必要とせず、効率的に製造することができる。よって、例えばその製造のために大規模な設備を必要としないため、末端ユーザーに水素を供給するための水素ステーションで製造することも可能である。よって本発明は、燃料電池など水素を主な原料とする再生エネルギー源の実用化を促進するものとして、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、本発明に係る有孔中空粒子の拡大写真である。
図2図2は、本発明に係る水素キャリアを製造するために用いた装置の概略図である。
図3図3は、本発明に係る水素キャリアを製造した際の中空粒子の近傍の温度の冷却曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の水素キャリアは、有孔中空粒子と水素ハイドレートを含む。有孔中空粒子の材質は、安全なものであり、また、粒子が十分に小さく且つ中空のものであれば特に制限されないが、例えばシリカ(SiO2)やゼオライトを挙げることができる。なお、ゼオライトは二酸化ケイ素を主骨格とするものの、一部のケイ素がアルミニウムなどに置換されている結晶構造を有する。
【0022】
有孔中空シリカ粒子は、常法、例えばWO2015/025529号や特開2017-3148号公報に記載の方法により容易に製造することができる。即ち、ケイ酸塩やシランカップリング剤と、ポリ(メタ)アクリル酸塩などの孔形成材の水溶液に、n-ヘキサンなどの親油性有機溶媒と界面活性剤を加え、激しく攪拌することによりW/Oエマルジョンを得る。当該エマルジョン中における液滴の大きさを調整することにより、中空粒子の大きさを調整することができる。液滴の大きさは、例えば、界面活性剤の種類や量、攪拌動力などにより調整可能である。また、中空粒子の表面積に対する孔面積比は、中空粒子原料に対する孔形成材の使用割合により調整することができる。次に、上記W/Oエマルジョンを、炭酸水素アンモニウム水溶液などの水相に加えて激しく攪拌することにより、W/O/Wエマルジョンを調製する。この際、油相において、孔形成材を含むポリシロキサンやシリカが形成される。形成された粒子を液相から分離し、乾燥した後、350℃以上、800℃以下程度で焼成することにより、有孔中空シリカ粒子を製造することができる。
【0023】
有孔中空ゼオライト粒子は、常法、例えば特開2009-269788号公報に記載の方法により容易に製造することができる。即ち、アルミニウムなどの金属を含むコアゼオライトを形成し、前記金属を含まないゼオライトの結晶を成長させてシェルを形成し、前記金属を除去し、更にシリカ分解剤によりコアゼアライトを分解することにより、有孔中空ゼオライト粒子を作製することができる。
【0024】
有孔中空粒子の大きさ、例えば直径は、本発明にとって重要なパラメータである。本発明は、水素の水中での拡散現象により、水素が拡散していった場所に存在するハイドレートケージに吸蔵されることを考慮してなされたものである。即ち、水素の拡散距離を超える直径の中空粒子では、水素吸蔵がそもそも生じない無駄な水の領域があることに鑑みて、本発明は、適切な直径の有孔中空粒子に水を封入することによって、外殻の細孔から進入した水素が拡散可能な距離にハイドレートケージを含む水を無駄なく配置することで効率的な水素吸蔵を実現したものである。水素の水中での拡散係数は、約7.44×10-92/秒であるので、その拡散距離は時間の関数として、具体的に以下のような関係となることが略計算される。
時間 水素拡散距離
1分 94μm
10分 298μm
30分 517μm
即ち、30分程度で517μm程度に拡散するので、直径に換算すると約1000μmとなる。
【0025】
従って、有孔中空粒子の大きさは、水素拡散のための時間を考慮して適宜調整すればよいが、例えば、直径で3μm以上、1000μm以下とすることができる。有孔中空粒子が小さいほどハイドレートケージへの水素の吸蔵が短時間で行えることになり、直径が1000μm以下であれば、水素吸蔵の時間効率は十分に高いといえる。一方、過剰に小さい中空粒子の製造は難しくなる場合があり、また、水素キャリアの重量当たりの水素吸蔵量がかえって小さくなる可能性があり得るため、上記直径としては3μm以上が好ましい。上記直径としては、10μm以上がより好ましく、また、500μm以下または100μm以下がより好ましく、50μm以下または30μm以下がよりさらに好ましく、25μm以下が特に好ましい。なお、中空粒子の直径は、レーザ回折式粒度分布測定装置や走査型電子顕微鏡などにより測定することができる。また、本発明の課題が解決できる範囲であれば、使用する中空粒子に上記の範囲を超える中空粒子が含まれていてもよい。
【0026】
本発明で用いる中空粒子は、その外殻に細孔を有する。かかる細孔を介して、中空粒子内に含まれるハイドレートケージに水素を吸蔵させることができる。かかる細孔径の大きさとしては、例えば、円相当径で10nm以上、500nm以下とすることができる。当該円相当径が500nm以下であれば、細孔の存在にかかわらず中空粒子の強度を十分に保つことができ、10nm以上であれば、水素の吸蔵効率を十分に確保することができる。当該径としては、50nm以上が好ましく、100nm以上がより好ましく、また、400nm以下が好ましい。また、中空粒子の表面積(細孔部分を含む)に対する細孔の開孔部面積の合計の割合としては、0.5%以上、10%以下が好ましい。当該割合が0.5%以上であれば、水素の吸蔵効率を十分に確保することができ、10%以下であれば、中空粒子の強度を十分に保つことができる。上記の細孔の円相当径や細孔の開孔部面積の割合は、常法により求めることができる。例えば、代表的な中空粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)で拡大撮影し、得られた画像データを画像解析ソフトに取り込み、画像解析ソフトにより求めることが可能である。
【0027】
本発明の水素キャリアは、内部に水素ハイドレートを含む有孔中空粒子である。本発明の水素キャリアでは、水素ハイドレートが有孔中空粒子中に内包されていることにより、より穏和な条件で製造できるのみでなく、水素ハイドレートが安定化されている可能性もある。
【0028】
水素ハイドレートは、ハイドレートケージに水素が包接されたものをいう。ハイドレートケージは、水分子によって構築された固体結晶であり、立方晶である構造I型と構造II型、および、六方晶である構造H型の3種類が知られている。各構造にはS-cageが含まれており、S-cageは水分子5個で構成されている正五角形12個を含む12面体である。以下、正x角形のy面体をxyで表す。例えば、S-cageは512で表される。構造I型は、S-cageに加えて、12面の五角形と2面の六角形で構成されているM-cage(5122)を含み、構造II型は、S-cageに加えて、L-cage(5124)を含み、構造H型は、S-cageに加えて、S’-cage(4363)とU-cage(5128)を含む。ハイドレートケージの結晶構造は、主に包接されるゲスト分子のサイズや形状などで決定される他、温度や圧力などによって相転移することが知られている。また、S-cageに2つの水素分子が包接される場合や、L-cageに4つの水素分子が包接される場合があることが報告されている。
【0029】
水素ハイドレートを安定に保持するためには、極低温や100MPa以上といった高圧が必要である。しかし、ハイドレート形成補助剤を用いることにより、ハイドレートケージの形成条件をより比較的高温で且つ比較的低圧にすることが可能になる。ハイドレート形成補助剤としては、特に制限されないが、例えば、テトラヒドロフラン、テトラヒドロフルフリルアルコール、1,3-ジオキソラン、2,5-ジヒドロフラン、テトラヒドロフランスルホン酸など、テトラヒドロフランおよびその誘導体;臭化テトラブチルアンモニウム、塩化テトラブチルアンモニウム、水酸化テトラブチルアンモニウム、フッ化テトラブチルアンモニウム、水酸化テトラメチルアンモニウムなどの第四級アンモニウム塩;テトラフェニルホスホニウムブロマイドなどのリン酸塩;プロパン、メタン、シクロペンタンなどの炭化水素類;アセトンなどのケトン類;プロピレンオキシドなどのエポキシ類などを挙げることができる。
【0030】
ハイドレート形成補助剤の使用量は、適宜調整すればよいが、例えば、ハイドレートケージを形成する水とハイドレート形成補助剤の合計に対して1質量%以上、40質量%以下とすることができる。当該割合が1質量%以上であれば、ハイドレート形成補助剤の作用がより確実に発揮される。一方、当該割合が40質量%以下であれば、水素吸蔵量をより確実に確保することができる。当該割合としては、2質量%以上がより好ましく、5質量%以上がよりさらに好ましく、また、15質量%以下がより好ましい。より具体的には、ハイドレート形成補助剤の水に対する溶解度も考慮して使用量を決定すればよい。例えば、常温における臭化テトラブチルアンモニウムの水に対する溶解度は約40質量%であり、テトラヒドロフランの同溶解度は約19%である。
【0031】
水素ハイドレートにおいては、ハイドレート形成補助剤を用いた場合にはその分だけ水素吸蔵量は減るし、また、全てのハイドレートケージに水素が吸蔵される訳ではない。実際には、100気圧の水素下で得られる水素ハイドレートの水素吸蔵量は0.10質量%程度であった。しかし、本発明者らによる実験的知見によれば、常圧の水素を用いたにもかかわらず約0.60質量%の水素吸蔵量が達成できた。このように本発明では、常圧または比較的常圧に近い水素を用いているにもかかわらず、100気圧の水素を用いて得られた場合の6倍以上の水素吸蔵量が達成された。
【0032】
以下、本発明に係る水素キャリアの製造方法につき説明する。
1.水または水溶液の封入工程
本工程では、上記有孔中空粒子の内部に水またはハイドレートケージ形成補助剤水溶液を封入する。ハイドレートケージ形成補助剤水溶液を用いる場合、ハイドレートケージ形成補助剤水溶液の濃度は、ハイドレートケージを形成する水とハイドレート形成補助剤の合計に対するハイドレート形成補助剤の割合と同様にすればよい。
【0033】
上記有孔中空粒子への水または上記水溶液の具体的な封入方法としては、常法を用いることができる。例えば、上記有孔中空粒子を水または上記水溶液に浸漬した上で、減圧、攪拌、超音波照射、振盪、またはこれら2以上の操作を組み合わせることにより、上記有孔中空粒子内へ水または上記水溶液を簡便に封入することができる。
上記有孔中空粒子内へ水または上記水溶液を封入した後は、濾過や遠心分離などにより、有孔中空粒子を過剰の水または上記水溶液から分離してもよい。
【0034】
2.ハイドレートケージの形成工程
本工程では、上記水または水溶液の封入工程により得られた、水またはハイドレート形成補助剤水溶液が封入された有孔中空粒子を冷却することにより、有孔中空粒子内で水またはハイドレート形成補助剤水溶液からハイドレートケージを形成する。
【0035】
ハイドレート形成補助剤を用いない場合、かなりの低温高圧条件が必要である。具体的には、例えば1気圧の水素下では、約-100℃以下まで温度を下げる必要があり、約-70℃では、水素の圧力を数百気圧まで高める必要がある。一方、ハイドレート形成補助剤を用いた場合には、ハイドレート形成補助剤がハイドレートケージに包接されてハイドレートケージを安定化するため、より常温に近い温度で且つより常圧に近い圧力でハイドレートケージが形成され得る。ハイドレート形成補助剤を用いた場合のハイドレートケージの具体的な形成条件は、使用するハイドレート形成補助剤の種類や量などに依存するので、適宜決定すればよいが、例えば常圧の場合、-10℃以上、35℃以下程度に冷却すればよい。より具体的には、テトラヒドロフランの場合は-10℃以上、33℃以下程度に、臭化テトラブチルアンモニウムの場合は-10℃以上、35℃以下程度に冷却すればよい。
【0036】
ハイドレートケージの形成は、例えば、有孔中空粒子の温度変化により確認することができる。具体的には、水またはハイドレートケージ形成補助剤水溶液が封入された有孔中空粒子を冷却しつつ、有孔中空粒子の温度を測定すると、ハイドレートケージの形成により温度ピークが認められる。かかる温度ピークが認められるまで、水またはハイドレートケージ形成補助剤水溶液が封入された有孔中空粒子を冷却すればよい。なお、有孔中空粒子の温度を直接測定することが難しい場合には、有孔中空粒子間に温度計を挿入し、有孔中空粒子近傍の温度を測定すればよい。
【0037】
3.水素吸蔵工程
本工程では、上記ハイドレートケージ形成工程で形成されたハイドレートケージに水素を接触させることにより、ハイドレートケージ中に水素を吸蔵させることにより水素キャリアを製造する。本発明では、有孔中空粒子中にハイドレートケージを形成しているため、比較的高温で且つ比較的低圧でハイドレートケージに水素を吸蔵させることが可能になる。
【0038】
具体的には、本工程では、ハイドレートケージを内包する有孔中空粒子間に水素ガスを流通させ、有孔中空粒子の細孔を通じて水素を内部に拡散させてハイドレートケージに水素を接触させ、水素をハイドレートケージ内に吸蔵させる。この際、ハイドレートケージの安定化のため、有孔中空粒子を低温に維持し、且つ水素ガスも低温に冷却することが好ましい。有孔中空粒子と水素ガスは、ハイドレートケージの形成温度の±5℃の範囲に調整することが好ましい。より具体的には、有孔中空粒子と水素ガスを-10℃以上、10℃以下に冷却することが好ましく、5℃以下に冷却することがより好ましく、0℃以下に冷却することがより更に好ましい。
【0039】
従来、水素ハイドレートの製造には低温高圧条件が一般的に必要であったが、本発明では、有孔中空粒子の使用により上述したように比較的常温に近い温度でハイドレートケージに水素を吸蔵させることができるし、その際の水素の圧力も常圧または略常圧でよい。但し、有孔中空粒子間に水素を問題無く流通できる程度に水素ガスを加圧してもよい。加圧すると、水素吸蔵のモードがハイドレートケージに1個の水素が入るシングルモードではなく、2個の水素が入るダブルモードになることも期待される。具体的には、水素ガスの圧力を常圧以上、1000kPa未満に調整してもよい。当該圧力としては、500kPa以下が好ましく、200kPa以下がより好ましく、150kPa以下または120kPa以下がより更に好ましい。なお、ここでの水素の圧力の上限値は、絶体圧である。
【0040】
ハイドレートケージへ水素を吸蔵させるには、例えば、ハイドレートケージを内包する有孔中空粒子を冷却しつつ水素を接触させればよい。上述した様に、水またはハイドレートケージ形成補助剤水溶液が封入された有孔中空粒子を冷却しつつ吸熱量を測定すると、ハイドレートケージの形成により温度ピークが認められるが、冷却を継続しつつ水素を接触させることにより、ハイドレートケージ内に水素を吸蔵させることができる。
【0041】
上記ハイドレートケージの形成工程と水素吸蔵工程は、同時に実施してもよい。即ち、水またはハイドレート形成補助剤水溶液が封入された上記有孔中空粒子に冷却した水素ガスを吹き込みつつ、有孔中空粒子を冷却してもよい。この際、上記有孔中空粒子の温度を測定すると、有孔中空粒子の冷却に伴って、ハイドレートケージの形成の際に吸熱ピークが観察される。よって、その後も冷却を継続しつつ水素を接触させることにより、水素が上記有孔中空粒子内のハイドレートケージに吸蔵され、水素ハイドレートが形成される。
【0042】
本発明に係る水素キャリアは、比較的低温で水素を安定的に内包できるため、水素の運搬媒体として利用することができる。即ち、本発明の水素キャリアを運搬することにより、水素を運搬することが可能になる。運搬時における水素キャリアの温度としては、-10℃以上、10℃以下に冷却することが好ましく、5℃以下に冷却することがより好ましく、0℃以下に冷却することがより更に好ましい。当該温度の下限は特に制限されないが、例えば、-20℃以上が好ましく、-15℃以上または-10℃以上がより好ましい。
【0043】
上述したように、本発明に係る水素キャリアは、比較的高温で且つ比較的低濃度で製造することができる。また、水素ハイドレートは、平衡条件から僅かに高温または低圧にすることにより、容易に水素を放出する。よって本発明に係る水素キャリアは、例えば常圧で15℃以上にすることにより容易に水素を放出するため、特に水素ターミナルキャリアとして非常に有用である。水素放出時の温度としては、20℃以上が好ましく、25℃以上がより好ましい。当該温度の上限は特に制限されないが、例えば50℃以下とすることができる。
【0044】
本願は、2017年8月30日に出願された日本国特許出願第2017-165783号に基づく優先権の利益を主張するものである。2017年8月30日に出願された日本国特許出願第2017-165783号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
実施例1: 水素キャリアの製造
(1) 有孔中空粒子の製造
30質量%ケイ酸ナトリウム(Na2SiO3)水溶液30gにポリメタクリル酸ナトリウム(分子量:9500)を10g加え、更に純水を加えて総量を36mLに調整した。以下、得られた水溶液を「水相-1」という。別途、n-ヘキサン72mLに、界面活性剤であるポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレアート(商品名:Tween80)0.5gと、ソルビタンモノオレアート(商品名:Span80)0.25gを添加し、上記水相-1と混合し、ホモジナイザー(「KHM-510S」京都電子工業社製)を用いて8000rpmで1分間撹拌することにより、W/Oエマルジョンを得た。得られたW/Oエマルジョンを2M炭酸水素アンモニウム水溶液500mL(水相-2)に加え、35℃、400rpmで10分間反応させることにより、W/O/Wエマルジョンを作製した。但し、反応の進行に伴って油層は硬化し、エマルジョン状態は解消された。得られた粒子を濾別し、更に100℃で12時間乾燥し、500℃で5時間焼成することにより、ナノサイズの孔を有する中空粒子を作製した。
図1に、作製された有孔中空粒子のSEM拡大写真を示す。得られた拡大写真などを解析したところ、粒子径は18.29μm、外殻厚は2.27μm、表面積に対する開孔部面積の合計の割合は3.2%、平均細孔径は0.34μmであった。
【0047】
(2) 水素キャリアの製造
得られた有孔中空粒子を臭化テトラ-n-ブチルアンモニウム(TBAB)の10質量%水溶液に加え、100hPaに減圧して30分間脱泡し、TBAB10質量%水溶液を中空粒子に内包させた。粒子を吸引ろ過にて分離した。図2に示す装置を用いて、得られた粒子中のTBAB水溶液を冷却してハイドレートケージを形成させつつ、水素を吸蔵させた。詳しくは、上記粒子1.0gを10mL容量容器に入れ、-2℃に冷却した常圧の水素ガスを10mL/minで吹き込みながら、氷水を用いて冷却した。40分後、氷水を-5℃に調整した氷冷塩水に代えて引き続き冷却することで、水素ハイドレートを作製した。図3に、上記粒子間に挿入した温度計で測定した冷却曲線を示す。図3によれば、-5℃での冷却開始から約7分後にハイドレートケージが形成され、その後、約-5℃で温度が安定化していることから、水素が吸蔵されたと考えられる。
【0048】
(3) 水素吸蔵量の算出
上記水素キャリアを別のセルへ移して密閉し、室温(25℃)で1時間放置して水素ハイドレートを融解させた。その後、セル内の気体500μLを採取し、ガスクロマトグラフィーで気体試料中の水素濃度を測定したところ、気体試料の0.644vol%が水素ガスであった。また、水素ハイドレートを融解させたセルの空隙体積が2mLであったので、セル内に存在していた水素ガスの体積は2×0.644/100=0.0129mLと算出され、その質量は、[1×0.0129/(0.0821×298)]×2=0.00105gと算出された。ここで,有孔中空粒子内に内包されたTBAB水溶液の総質量は0.174gなので、TBAB/水素ハイドレート中の水素ガスの質量割合は、0.00105/0.174×100=0.60質量%と算出された。
図1
図2
図3