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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】建設車両の障害物検知装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 30/09 20120101AFI20221020BHJP
   B60T 7/12 20060101ALI20221020BHJP
   E01C 19/27 20060101ALI20221020BHJP
   F16H 61/4157 20100101ALI20221020BHJP
   G08G 1/16 20060101ALI20221020BHJP
【FI】
B60W30/09
B60T7/12 C
E01C19/27
F16H61/4157
G08G1/16 C
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019009718
(22)【出願日】2019-01-23
(65)【公開番号】P2020117066
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000182384
【氏名又は名称】酒井重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 涼平
【審査官】楠永 吉孝
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-022804(JP,A)
【文献】特開2000-314104(JP,A)
【文献】特開2017-010483(JP,A)
【文献】特開2015-104997(JP,A)
【文献】特開2005-256478(JP,A)
【文献】特開2013-249047(JP,A)
【文献】特開2018-151008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00~10/30
B60W 30/00~60/00
B60T 7/12
E01C 19/26~19/27
F16H 61/4157
G08G 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油圧の走行系回路を備えた建設車両に搭載される障害物検知装置であって、
障害物までの距離を検出可能な距離センサと、
前記走行系回路の作動油の温度または粘度を検出する作動油センサと、
前記距離センサの検出データに基づいて障害物の有無を判定し、障害物があると判定した場合にブレーキ信号を出力する制御装置と、
前記ブレーキ信号が入力された時に前記油圧の走行系回路に作用するブレーキを介して制動させるブレーキ手段と、
を備え、
前記制御装置が障害物があると判定してから前記ブレーキ信号を出力するまでのタイミングが、前記作動油センサで検出した作動油の温度または粘度に応じて変わり、
作動油の温度が所定の閾値以下の場合または粘度が所定の閾値以上の場合は、作動油の温度が所定の閾値よりも高い場合または粘度が所定の閾値よりも低い場合と比べて前記ブレーキ手段の動作タイミングを早めることを特徴とする建設車両の障害物検知装置。
【請求項2】
車両の走行速度を検出する車速センサを備え、
前記制御装置は、
前記車速センサで検出した車速と前記作動油センサで検出した作動油の温度または粘度とから制動距離E2を算出する制動距離算出部と、
前記距離センサで検出した障害物までの実測距離E1と前記制動距離E2とを比較する距離比較部と、
前記実測距離E1が前記制動距離E2以下となったときに前記ブレーキ信号を出力する制動指令部と、
を備えることを特徴とする請求項に記載の建設車両の障害物検知装置。
【請求項3】
前記制動距離算出部は、
車速と制動距離との相関データからなり、作動油の温度または粘度に応じて異なる複数の制動開始距離を記憶する記憶部と、
前記作動油センサで検出した作動油の温度または粘度を参照して、前記複数の制動開始距離の内から1つの制動開始距離を選択し、当該選択した制動開始距離から前記車速センサで検出した車速に対応する制動距離E2を特定する制動距離特定部と、
を備えることを特徴とする請求項に記載の建設車両の障害物検知装置。
【請求項4】
前記制動距離算出部は、
車速と作動油の温度または粘度とを変数とする計算式により制動距離E2を算出することを特徴とする請求項に記載の建設車両の障害物検知装置。
【請求項5】
前記建設車両は転圧ローラであり、
前記ブレーキ手段が、油圧の走行系回路に作用するHSTブレーキであることを特徴とする請求項1から請求項のいずれか一項に記載の建設車両の障害物検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設車両の障害物検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
転圧ローラにおいて、例えば縁石にぎりぎり寄せて転圧するような場合、運転者は縁石周りの転圧面を注視しながら運転するため、進行方向への注意がおろそかになりやすい。そのため、特に車両の後進時に、周囲の作業者と接触する事故が起きやすい。
【0003】
この問題に対し、電波や超音波を利用し、一定の距離に人や物体を検知したときに警報を出す警報装置或いは自動的に車両を停止させる自動停止装置が知られている(例えば、特許文献1~3参照)。特許文献1には、車両に搭載される磁界発生装置と、作業者に装着されるICタグと、ICタグから発信された電波を検知する検知装置と、検知装置が電波を検知したときに車両を停止させるエンジン停止装置とを備える緊急停止装置が記載されている。特許文献2には、車両に搭載されるトリガー信号出力手段と、作業者に装着されるIDタグと、IDタグが出力したID番号を受信する受信部と、受信部がID番号を受信したときに車両を停止させる停止手段とを備える停止システムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-153558号公報
【文献】特開2017-10483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
障害物を検知してすぐに車両を停止させようとすると、例えば作業員が一時的に検知範囲に入り、その後すぐに検知範囲から外れるという状況でも停止することとなり、無駄な停止回数が多くなって建設車両の作業効率が低下しやすい。
【0006】
本発明はこのような課題を解決するために創作されたものであり、無駄な走行停止の低減を図れる建設車両の障害物検知装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、油圧の走行系回路を備えた建設車両に搭載される障害物検知装置であって、障害物までの距離を検出可能な距離センサと、前記走行系回路の作動油の温度または粘度を検出する作動油センサと、前記距離センサの検出データに基づいて障害物の有無を判定し、障害物があると判定した場合にブレーキ信号を出力する制御装置と、前記ブレーキ信号が入力された時に前記油圧の走行系回路に作用するブレーキを介して制動させるブレーキ手段と、を備え、前記制御装置が障害物があると判定してから前記ブレーキ信号を出力するまでのタイミングが、前記作動油センサで検出した作動油の温度または粘度に応じて変わり、作動油の温度が所定の閾値以下の場合または粘度が所定の閾値以上の場合は、作動油の温度が所定の閾値よりも高い場合または粘度が所定の閾値よりも低い場合と比べて前記ブレーキ手段の動作タイミングを早めることを特徴とする。
【0013】
油圧の走行系回路の作動油の温度が低温になると、作動油の粘度が高くなり、車両の制動距離が長くなる。したがって、作動油センサとしての温度センサで検出した作動油の温度に応じて、または作動油センサとしての粘度センサで検出した作動油の粘度に応じて、前記ブレーキ手段のブレーキの開始タイミングを変えれば、具体的には、低温の場合にブレーキの開始タイミングを早くすれば、作動油の温度に起因する制動距離の変化によらず、車両を適正に停止させることができる。これにより、障害物の衝突を回避しつつ無駄な走行停止を低減できる。
【0014】
また、本発明は、車両の走行速度を検出する車速センサを備え、前記制御装置は、前記車速センサで検出した車速と前記作動油センサで検出した作動油の温度または粘度とから制動距離E2を算出する制動距離算出部と、前記距離センサで検出した障害物までの実測距離E1と前記制動距離E2とを比較する距離比較部と、前記実測距離E1が前記制動距離E2以下となったときに前記ブレーキ信号を出力する制動指令部と、を備えることを特徴とする。
【0015】
本発明によれば、走行系回路の作動油の温度に起因する制動距離の変化に対応するにあたり、制御装置の制御プログラムを簡単にできる。
【0016】
前記制動距離算出部は、車速と制動距離との相関データからなり、作動油の温度または粘度に応じて異なる複数の制動開始距離を記憶する記憶部と、前記作動油センサで検出した作動油の温度または粘度を参照して、前記複数の制動開始距離の内から1つの制動開始距離を選択し、当該選択した制動開始距離から前記車速センサで検出した車速に対応する制動距離E2を特定する制動距離特定部と、を備えることが好ましい。
或いは、前記制動距離算出部は、車速と作動油の温度または粘度とを変数とした計算式により制動距離E2を算出することが好ましい。
【0017】
また、本発明は、前記建設車両は転圧ローラであり、前記ブレーキ手段が、油圧の走行系回路に作用するHSTブレーキであることを特徴とする。
【0018】
本発明によれば、HSTブレーキを利用することにより、過度の急停止を避けることができ、アスファルト舗装の路面のへこみ等の平坦性不良を低減できる。また、車両停止後の走行再開作業も容易となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、障害物の衝突を回避しつつ無駄な走行停止を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】タイヤローラに装着した障害物検知装置の検知範囲を示す説明図であり、(a),(b)はそれぞれ平面図、側面図である。
図2】本発明に係る障害物検知装置の構成ブロック図である。
図3】ブレーキ手段を含む走行系の概略油圧回路図である。
図4】制動開始距離を示すグラフである。
図5】ブレーキ信号の出力フロー図である。
図6】路面の傾斜角度と制動距離との相関データである。
図7】平地の制動開始距離と傾斜時の制動開始距離を示すグラフである。
図8】路面の傾斜角度に対応した場合のブレーキ信号の出力フロー図である。
図9】作動油温度と制動距離との相関データである。
図10】通常時の制動開始距離と低温時の制動開始距離を示すグラフである。
図11】作動油温度に対応した場合のブレーキ信号の出力フロー図である。
図12】路面の傾斜角度と作動油温度の両方に対応した場合の制動開始距離を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1において、本発明の障害物検知装置1は、低速走行しながら作業を行う転圧ローラ等の建設車両に搭載される。図1は、タイヤ11でアスファルト路面等の転圧を行うタイヤローラ10に障害物検知装置1を搭載した場合を示している。図2において、障害物検知装置1は、障害物Gまでの距離を検出可能な距離センサ(距離画像センサ2)と、距離センサの検出データに基づいて障害物Gの有無を判定し、障害物Gがあると判定した場合にブレーキ手段6にブレーキ信号Rを出力する制御装置3と、を備えている。また、障害物検知装置1は、車速センサ7と傾斜センサ8と作動油センサ9とを備えている。
【0022】
「距離センサ」
距離センサは、例えば投射光と反射光との時間差から障害物Gまでの距離を検出可能なTOF(Time Of Flight)方式の距離画像センサ(3D距離センサ)2で構成されている。距離画像センサ2は、赤外線等の投射光を発光する発光部と、投射光が物体に当たった際の反射光を受光する受光部とを備えている。発光部から赤外線を送ってから反射光を受光部で受信するまでの時間を計測することで対象までの距離が測定される。距離画像センサ2からの投射角度は、例えば横方向角度が95°、縦方向角度(図1(b)に示す符号θ1)が32°であり、投射断面が横長矩形状を呈している。画像分解能は、例えば横方向に64ピクセル、縦方向に16ピクセルの計1024ピクセルである。距離画像センサ2は、タイヤローラ10の後部の車幅方向中央部に、投射光が後進方向斜め下に投射されるように取り付けられている。
【0023】
障害物Gの検知範囲に関して、投射光の投射範囲をそのまま検知範囲に設定すると、つまり車幅方向の寸法L1をタイヤローラ10の車幅寸法よりも広く設定すると、衝突のおそれがないにもかかわらず障害物Gがあると認識されて、車両が無駄に停止する事態が生じる。そのため、車幅方向に関する検知範囲(図1に斜線にて示す)4の寸法L1は、タイヤローラ10の車幅寸法と略同じに設定することが好ましい。距離画像センサ2は、障害物Gまでの距離を検出できるため、各ピクセル毎の測定データ、具体的には距離画像センサ2と障害物Gとの車幅方向の距離から、車幅寸法に設定された検知範囲4に障害物Gが存在するか否かを制御装置3で判定できる。このように距離画像センサ2を用いることにより、検知範囲4の寸法L1を車両前後方向にわたって一定に確保できる。つまり、検知範囲4を、図1(a)に示すように平面視で、1辺を寸法L1とした略矩形状の範囲に容易に設定することができる。検知範囲4の車両前後方向の寸法L2は、常用される走行速度に応じて適宜に設定され、本実施形態では例えば3メートル程度に設定される。なお、検知範囲4は、車両の回転半径から算出される推定走行経路に対応するように設定してもよい。
【0024】
また、距離画像センサ2の投射光が後進方向斜め下に投射されるので、平面視したときの投射光の横方向角度θ2は、95°よりも一層大きな範囲となる。したがって、タイヤローラ10の後部両端と検知範囲4との間に形成される非検知範囲5,5について、その車両前後方向の距離L3を小さく抑えることができる。つまり、車両後部の両脇に形成される非検知の死角を小さくできる。
【0025】
距離画像センサ2で検出したデータD1は制御装置3に出力される。なお、本発明で用いる距離センサとしては、障害物Gまでの距離を測定できるものであればTOF方式のセンサに限られず、超音波方式、レーザー光方式、赤外線方式、レーダー方式、ライダー方式、マイクロ波方式、ステレオカメラ方式、単眼カメラ方式等のセンサであってもよい。
【0026】
「車速センサ7」
車速センサ7は、車両の走行速度を検出するセンサであり、タイヤの回転数を検出するロータリエンコーダ等である。車速センサ7のデータD2は制御装置3に出力される。
【0027】
「傾斜センサ8」
傾斜センサ8は、車両の進行方向の傾きを検出する。傾斜センサ8のデータD3は制御装置3に出力される。
【0028】
「作動油センサ9」
作動油センサ9は、油圧の走行系回路の作動油の温度または粘度を検出する。作動油センサ9を温度センサとした場合、後記する走行用モータMに内蔵されたものを利用できる。作動油センサ9のデータD4は制御装置3に出力される。以下では、作動油センサ9を温度センサとした場合について説明する。
【0029】
「ブレーキ手段6」
ブレーキ手段6の一例を説明する。タイヤローラ10(図1)は油圧の走行系回路を備えている。図3において、油圧の走行系回路は、図示しないエンジンにより駆動する走行用ポンプPと、タイヤ11(図1)を回転させる走行用モータMとが直列に接続された油圧の閉回路U1を備えている。走行用ポンプPは、斜板式ポンプからなる。走行用ポンプPには、斜板を作動させるための油路T1と油路T2とが接続されている。油路T1と油路T2との間には、走行用ポンプPと並列に2位置3ポートの電磁バルブV1が介設されている。
【0030】
エンジンがかかっているとき、電磁バルブV1は図3における右位置にあり、油路T1と油路T2とを連通していない状態となる。したがって、エンジンがかかっているときに、運転席周りの前後進レバーを前進位置側に傾けると、斜板作動油が油路T1側から油路T2側に流れて斜板が一方側に傾く。これにより、閉回路U1において圧油が一方向側に流れ、走行用モータMが一方向に回転して車両が前進する。前後進レバーを後進位置側に傾けると、斜板作動油が油路T2側から油路T1側に流れて斜板が他方側に傾く。これにより、閉回路UIにおいて圧油が他方向側に流れ、走行用モータMが他方向に回転して車両が後進する。
【0031】
エンジンがかかっていないとき、電磁バルブV1は図3に図示されるように左位置にあり、油路T1と油路T2とは連通した状態となっている。電磁バルブV1と走行用ポンプPとの間で油圧の閉回路U2が形成され、油路T1と油路T2との間で差圧が生じないことで、斜板はニュートラル位置に位置している。これにより、閉回路U1においてHST(Hydro Static Transmission)ブレーキが作用する。
【0032】
本実施形態のブレーキ手段6は、この電磁バルブV1を利用している。制御装置3は、後記する障害物判定部21で障害物Gがあると判定した場合にブレーキ信号Rを出力し、電磁バルブV1を右位置から左位置に切り換える。これにより、エンジンがかかった状態でかつ前後進レバーが後進位置側に傾いたままであっても、斜板がニュートラル位置に位置し、閉回路U1においてHSTブレーキが作用して、走行用モータMが停止する。なお、走行用ポンプPに内蔵されたチャージポンプP1と走行用モータMに内蔵されたネガティブブレーキM1との間には、パーキング時にネガティブブレーキM1を作動させるための電磁バルブV2が介設されている。
【0033】
ここで、もし障害物Gがあると判定された直後にブレーキ信号Rを出力すると、例えばその障害物Gが作業員であってその後すぐに検知範囲4から外れた場合でも車両が無駄に停止することとなる。本発明者は、ブレーキ手段6による車両の制動距離に着目し、ブレーキ手段6のブレーキの開始タイミング、すなわち、障害物Gがあると判定された時点からブレーキ信号Rを出力するまでのタイミングを変化させることで、障害物Gの衝突回避と無駄な走行停止の低減の両立を図った。以下、具体例について説明する。
【0034】
「制御装置3」
図2に示すように、制御装置3は、障害物判定部21と、制動距離算出部22と、距離比較部23と、制動指令部24と、を備えている。障害物判定部21は、距離画像センサ2のデータD1に基づいて障害物Gの有無を判定する。
【0035】
先ず、車両の走行速度(以下、車速ともいう)のみを考慮した場合を説明する。車両の制動距離は、車速によって変化し、車速が大きいほど制動距離は長くなる。例えば、制動距離算出部22の記憶部25には、図4に示すように、予め設定した制動開始距離データS(以降、単に制動開始距離Sという)が記憶されている。制動開始距離Sは、車速と制動距離との相関データであり、車速が大きいほど制動距離が長い。図2において、障害物判定部21が障害物Gがあると判定すると、距離比較部23は、距離画像センサ2のデータD1で得られた障害物Gまでの実測距離E1と、制動開始距離Sの内で車速センサ7のデータD2で得られた車速に対応する制動距離E2とを比較する。「実測距離E1≦制動距離E2」となったとき、制動指令部24は、電磁バルブV1にブレーキ信号Rを出力する。
【0036】
ブレーキ信号Rの出力フローを図5に示す。制御装置3は、ステップST1でデータD1を取得し、ステップST2で障害物Gがあるか否かの判定を行う。ステップST2でNOの場合はステップST1に戻る。ステップST2でYESの場合、ステップST3でデータD1から実測距離E1を算出し、データD2に基づいて制動開始距離Sの内から制動距離E2を特定する。ステップST4で、実測距離E1が制動距離E2以下であるか否かの判定を行い、NOの場合はステップST1に戻り、YESの場合、ステップST5でブレーキ信号Rを出力する。
【0037】
制動開始距離Sは、車速が大きいほど制動距離が長い。したがって、車速が大きければ、障害物判定部21で障害物Gがあると判定された時点からブレーキ信号Rを出力するまでのタイミング(時間)が早くなる。逆に車速が小さければ、未だ障害物Gとの接触まで時間の余裕があるので、タイミングを遅くしても衝突を回避できる。これにより、車速の大小に拘らず、障害物Gの衝突の回避と無駄な走行停止の低減の両立を図れる。
【0038】
制動開始距離Sは、例えば車両の実測の限界制動距離Tよりも若干余裕を持った距離の値として設定される。図4では、制動開始距離Sは、時速2kmで約0.5m、時速4kmで約1m、時速6kmで約1.6m、時速8kmで約2.4mに設定されている。
【0039】
車速の他に車両の制動距離が変わる因子として、路面の傾斜角度がある。建設車両は特に車重が大きいことから、下り坂では重力の影響により傾斜角度が大きいほど制動距離が長くなる傾向が強い。図6は、車速が時速8kmと時速12kmの場合の、路面の傾斜角度(単位はパーセント)と制動距離との相関データの一例を示している。いずれの車速の場合でも、路面の下りの傾斜角度が大きいほど制動距離が長くなることが判る。特に車速が大きいほど制動距離の増加率は大きくなり、時速12kmの場合、平地すなわち傾斜がゼロのとき3mほどである制動距離が14パーセントの路面では5.6mほどに増加していることが判る。
【0040】
この問題に対し、制御装置3は、図2に示すように、車速センサ7で検出した車速と傾斜センサ8で検出した傾斜角度とから制動距離E2を算出する制動距離算出部22を備えている。以下、制動距離算出部22で制動距離E2を算出する2つの実施例を説明する。
【0041】
「第1実施例(傾斜角度の対応例)」
制動距離算出部22は、記憶部25と制動距離特定部26とを備えている。記憶部25には、車速と制動距離との相関データからなり、車両の進行方向の傾斜角度に応じて異なる複数の制動開始距離S,Saが記憶されている。一例として図7に示すように、平地用の制動開始距離Sと傾斜地用の制動開始距離Saとが記憶されている。制動開始距離S,Saは、車速が大きいほど制動距離が長い。制動開始距離Saは、制動開始距離Sよりも全ての車速において制動距離が長く設定されており、車速が大きくなるにつれて増加幅も大きくなっている。制動開始距離Sは、例えば平地での実測の限界制動距離Tよりも若干余裕を持った距離の値として設定されている。制動開始距離Saも、傾斜地(12パーセントの路面)での実測の限界制動距離Taよりも若干余裕を持った距離の値として設定されている。
【0042】
制動距離特定部26は、傾斜センサ8で検出した傾斜角度を参照して、複数の制動開始距離S,Saの内から1つの制動開始距離を選択し、当該選択した制動開始距離から車速センサ7で検出した車速に対応する制動距離E2を特定する。
【0043】
なお、図7では、傾斜地用として12パーセント程度の下り勾配を想定した制動開始距離Saを1つだけ設定しているが、例えば、登り勾配および0~2パーセント程度までの下り勾配は平地用の制動開始距離Sで対応させ、それ以上の下り勾配では、2~4パーセントの下り勾配用、4~8パーセントの下り勾配用、8パーセント以上の下り勾配用というように、傾斜角度毎に細かく分けて複数の傾斜地用の制動開始距離Saを設定し、記憶部25に記憶させてもよい。
【0044】
「第2実施例(傾斜角度の対応例)」
第1実施例では、予め設定した制動開始距離S,Saから制動距離E2を算出していたのに対し、第2実施例では、車速と傾斜角度とを変数とする計算式(1)「E2=fa(v,α)」により制動距離E2を算出する。計算式(1)は、車速と傾斜角度とが大きくなるほど、制動距離E2が長くなる関係の式である。
E2:制動距離
fa:関数
v:速度
α:傾斜角度
【0045】
図8は、傾斜角度を考慮した場合のブレーキ信号Rの出力フロー図である。制御装置3は、ステップST11でデータD1を取得し、ステップST12で障害物Gがあるか否かの判定を行う。ステップST12でNOの場合はステップST11に戻る。ステップST12でYESの場合、ステップST13でデータD1から実測距離E1を算出する。
【0046】
また、ステップST13で、データD2,D3から制動距離E2を特定する。第1実施例の場合は、データD3で得られた傾斜角度を参照して、制動開始距離Sと制動開始距離Saの内のいずれか一方を選択する。選択方法は、例えば、適宜に設定した閾値とデータD3とを比較し、データD3が閾値以下であれば平地用の制動開始距離Sを選択し、閾値よりも大きければ傾斜地用の制動開始距離Saを選択する。そして、データD2に基づいて、選択された制動開始距離S、Saのいずれかから制動距離E2を特定する。第2実施例の場合は、前記計算式(1)から制動距離E2を特定する。
【0047】
次いでステップST14で、実測距離E1が制動距離E2以下であるか否かの判定を行い、NOの場合はステップST11に戻り、YESの場合、ステップST15でブレーキ信号Rを出力する。
【0048】
傾斜地用の制動開始距離Saの方が平地用の制動開始距離Sよりも制動距離が長く設定されている。したがって、傾斜地においては、障害物判定部21で障害物Gがあると判定された時点からブレーキ信号Rを出力するまでのタイミング(時間)が早くなる。逆に平地においては、傾斜地の場合に比して、要する制動距離は短くなり、障害物Gとの接触まで時間の余裕があるので、タイミングを遅くしても衝突を回避できる。これにより、坂道に起因する制動距離の変化に拘らず、障害物Gの衝突の回避と無駄な走行停止の低減の両立を図れる。第2実施例で算出した制動距離E2の場合も同様である。
【0049】
次に、車両の制動距離が変わる他の因子として、油圧の走行系回路を有する建設車両において本実施形態のようにHSTブレーキを用いる場合、走行系回路の作動油温度(または作動油粘度)が挙げられる。図9は、車速が時速8kmと時速12kmの場合の、作動油温度と制動距離との相関データの一例を示している。時速8kmの場合、作動油温度がおよそ20℃以上ではほぼ一定の制動距離であるが、それよりも低いと低温になるほど制動距離が長くなっている。時速12kmの場合、およそ30℃以上では制動距離はさほど変わらないが、それよりも低いと低温になるほど制動距離が長くなっている。このように、作動油温度が低くなるほど作動油の粘度が高くなり、制動距離が長くなる。
【0050】
この問題に対し、制御装置3は、図2において、車速センサ7で検出した車速と作動油センサ9で検出した作動油の温度または粘度とから制動距離E2を算出する制動距離算出部22を備えている。傾斜角度の場合と同様に、制動距離算出部22で制動距離E2を算出する2つの実施例を説明する。
【0051】
「第1実施例(作動油温度の対応例)」
制動距離算出部22は、記憶部25と制動距離特定部26とを備えている。記憶部25には、車速と制動距離との相関データからなり、走行系回路の作動油温度に応じて異なる複数の制動開始距離S,Sbが記憶されている。一例として図10に示すように、通常時の制動開始距離Sと低温時の制動開始距離Sbとが記憶されている。制動開始距離S,Sbは、車速が大きいほど制動距離が長い。制動開始距離Sbは、制動開始距離Sよりも全ての車速において制動距離が長く設定されており、車速が大きくなるにつれて増加幅も大きくなっている。制動開始距離Sは、例えば通常時(作動油温度が30℃程度)での実測の限界制動距離Tよりも若干余裕を持った距離の値として設定されている。制動開始距離Sbも、低温時(作動油温度が3℃程度)での実測の限界制動距離Tbよりも若干余裕を持った距離の値として設定されている。
【0052】
制動距離特定部26は、作動油センサ9で検出した作動油温度を参照して、複数の制動開始距離S,Sbの内から1つの制動開始距離を選択し、当該選択した制動開始距離から車速センサ7で検出した車速に対応する制動距離E2を特定する。
【0053】
図10では、低温時用として作動油温度が3℃程度の場合を想定した制動開始距離Sbを1つだけ設定しているが、例えば、30℃以上の場合は通常時の制動開始距離Sで対応させ、それよりも低温の場合には、3~10℃の低温時用、10~20℃の低温時用、20~30℃の低温時用というように、低温範囲を細かく分けて複数の低温時用の制動開始距離Sbを設定し、記憶部25に記憶させてもよい。
【0054】
「第2実施例(作動油温度の対応例)」
第1実施例では、予め設定した制動開始距離S,Sbから制動距離E2を算出していたのに対し、第2実施例では、車速と作動油温度とを変数とする計算式(2)「E2=fb1(v,T)」により制動距離E2を算出する。計算式(2)は、車速が大きいほど制動距離E2が長くなり、作動油温度が低いほど制動距離E2が長くなる関係の式である。
E2:制動距離
fb1:関数
v:速度
T:作動油温度
【0055】
作動油粘度の場合は、車速と作動油粘度とを変数とする計算式(3)「E2=fb2(v,μ)」により制動距離E2を算出する。計算式(3)は、車速が大きいほど制動距離E2が長くなり、作動油粘度が高いほど制動距離E2が長くなる関係の式である。
E2:制動距離
fb2:関数
v:速度
μ:作動油粘度
【0056】
図11は、低温時を考慮した場合のブレーキ信号Rの出力フロー図である。制御装置3は、ステップST21でデータD1を取得し、ステップST22で障害物Gがあるか否かの判定を行う。ステップST22でNOの場合はステップST21に戻る。ステップST22でYESの場合、ステップST23でデータD1から実測距離E1を算出する。
【0057】
また、ステップST23で、データD2,D4から制動距離E2を特定する。第1実施例の場合は、データD4で得られた作動油温度を参照して、制動開始距離Sと制動開始距離Saの内のいずれか一方を選択する。選択方法は、例えば、適宜に設定した閾値とデータD4とを比較し、データD4が閾値以上であれば通常時の制動開始距離Sを選択し、閾値よりも小さければ低温時の制動開始距離Sbを選択する。そして、データD2に基づいて、選択された制動開始距離S、Sbのいずれかから制動距離E2を特定する。第2実施例の場合は、前記計算式(2)または(3)から制動距離E2を特定する。
【0058】
次いでステップST24で、実測距離E1が制動距離E2以下であるか否かの判定を行い、NOの場合はステップST21に戻り、YESの場合、ステップST25でブレーキ信号Rを出力する。
【0059】
低温時の制動開始距離Sbの方が通常時の制動開始距離Sよりも制動距離が長く設定されている。したがって、低温時においては、障害物判定部21で障害物Gがあると判定された時点からブレーキ信号Rを出力するまでのタイミング(時間)が早くなる。逆に通常時においては、低温時の場合に比して、要する制動距離は短くなり、障害物Gとの接触まで時間の余裕があるので、タイミングを遅くしても衝突を回避できる。これにより、作動油温度に起因する制動距離の変化に拘らず、障害物Gの衝突の回避と無駄な走行停止の低減の両立を図れる。第2実施例で算出した制動距離E2の場合も同様である。
【0060】
以上、本発明の好適な実施形態を説明した。建設車両がタイヤローラ10のような転圧ローラの場合、ブレーキ手段6を、走行用ポンプPと走行用モータMの閉回路U1に作用するHSTブレーキとすれば、エンジンを停止させる場合等に比して、過度の急停車を避けることができるので、アスファルト舗装の路面のへこみ等の平坦性不良を低減できる。また、走行再開作業も容易となる。
【0061】
また、作動油センサ9としては、作動油の粘度を検出する粘度センサとしてもよい。さらに本実施形態では距離画像センサ2を車両後部に取り付けたが、車両前部に取り付けて車両の前進方向を検知するようにしてもよい。また、ブレーキ手段6は、パーキングブレーキ装置やドラムブレーキ装置等であってもよい。
【0062】
坂道の傾斜角度と作動油温度の両方に対応する場合は、例えば、図12に示すように、低温時の制動開始距離Sbから通常時の制動開始距離Sを引いたものに任意の係数kを掛け、それを傾斜地用の制動開始距離Saに足した値の制動開始距離Scを算出する。つまり、「Sc=Sa+k(Sb-S)」の計算式で制動開始距離Scを算出する。この制動開始距離Scから、車速センサ7で検出した車速に対応する制動距離E3を特定する。そして、実測距離E1が制動距離E3以下であるか否かの判定を行ってブレーキ信号Rを出力するようにすればよい。
【0063】
また、任意の係数を設定し、車速、傾斜角度、作動油温度の3つを変数とする計算式(4)「E3=fc1(v,α,T)」により制動距離E3を算出してもよい。計算式(4)は、車速が大きいほど制動距離E3が長くなり、傾斜角度が大きいほど制動距離E3が長くなり、作動油温度が低いほど制動距離E3が長くなる関係の式である。
E3:制動距離
fc1:関数
v:速度
α:傾斜角度
T:作動油温度
【0064】
作動油粘度の場合は、車速、傾斜角度、作動油粘度の3つを変数とする計算式(5)「E3=fc2(v,α,μ)」により制動距離E3を算出する。計算式(5)は、車速が大きいほど制動距離E3が長くなり、傾斜角度が大きいほど制動距離E3が長くなり、作動油粘度が高いほど制動距離E3が長くなる関係の式である。
E3:制動距離
fc2:関数
v:速度
α:傾斜角度
μ:作動油粘度
【符号の説明】
【0065】
1 障害物検知装置
2 距離画像センサ(距離センサ)
3 制御装置
6 ブレーキ手段
7 車速センサ
8 傾斜センサ
9 作動油センサ
10 タイヤローラ(建設車両)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12