(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-19
(45)【発行日】2022-10-27
(54)【発明の名称】糖尿病性腎症の早期病態の特異的な診断を可能とする検査方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20221020BHJP
C07K 16/18 20060101ALN20221020BHJP
【FI】
G01N33/53 N
G01N33/53 D
C07K16/18
(21)【出願番号】P 2021114056
(22)【出願日】2021-07-09
(62)【分割の表示】P 2018543851の分割
【原出願日】2017-09-26
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2016195420
(32)【優先日】2016-10-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501124337
【氏名又は名称】ヒュービットジェノミクス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000238201
【氏名又は名称】扶桑薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】土井 俊夫
(72)【発明者】
【氏名】冨永 辰也
(72)【発明者】
【氏名】一圓 剛
(72)【発明者】
【氏名】山本 啓一
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-533088(JP,A)
【文献】国際公開第2014/055687(WO,A1)
【文献】特開昭55-030655(JP,A)
【文献】国際公開第2005/026344(WO,A1)
【文献】今井裕一,ネフローゼ症候群 膜性腎症[成人],日本医師会雑誌,2007年10月15日,Vol.136 特別号(2),Page.S152-S153
【文献】Akira Mima,Urinary Smad1 Is a Novel Marker to Predict Later Onset of Mesangial Matrix Expansion in Diabetic Nephropathy,DIABETES,2008年06月,Vol.57,Page.1712-1722
【文献】U. Di Mario,New Parameters to Monitor the Progression of Diabetic Nephropathy,American Journal of Kidney Diseases,1989年01月,Vol.13 No.1,Page.45-48
【文献】I. Tyagi,Thickness of glomerular and tubular basement membranes in preclinical and clinical stages of diabetic nephropathy,Indian Journal of Nephrology,2008年04月,Vol.18 No.2,Page.64-69
【文献】安部秀斉,BMP4・Smad1 シグナルと糖尿病性腎症,日腎会誌,2001年,Vol.53 No.7,Page.1000-1005
【文献】土井敏夫,糖尿病性腎症診療の課題とその成因に基づく解析,日児腎誌,2013年,Vol.26 No.2,Page.220-226
【文献】八嶌功,糖尿病性腎症における尿中IgG排泄量測定の意義,日腎会誌,1999年,Vol.41 No.8,Page.787-796
【文献】Abraham Cohen-Bucay,Urinary Markers of Glomerular Injury in Diabetic Nephropathy,International Journal of Nephrology,2012年,Vol.2012,Page.Article ID 146987
【文献】冨永辰也,早期腎症診断における尿中Smad1の有用性,医学検査,2005年04月25日,Vol.54 No.4,Page.642 467
【文献】Takeshi Matsubara,Expression of Smad1 is directly associated with mesangial matrix expansion in rat diabetic nephropathy,Laboratory Investigation,2006年,Vol.86,Page.357-368
【文献】根岸清彦,糖尿病性腎症における尿中total IgG, IgG4排泄について ― 高感度total IgG ,IgG4測定法を用いて―,J.Japan Diab.Soc.,1992年,Vol.35 No.12,Page.1007-1011
【文献】Caroline B. Marshall,Rethinking glomerular basement membrane thickening in diabetic nephropathy: adaptive or pathogenic?,Am J Physiol Renal Physiol,2016年08月31日,Vol.311,Page.F831-F843
【文献】安部秀斉,糖尿病性腎症の発症・進展の分子病態,日内会誌,2008年,Vol.97,Page.820-826
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
C07K 16/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸球体基底膜の肥厚又は肥厚リスク
の指標を得る方法であって、被験者の
尿中のIgG4を測定することを含む前記方法。
【請求項2】
さらに、被験者の
尿中のSmad1を測定し、メサンギウム基質の増生又は増生リスク
の指標を得ることを含む請求項1記載の方法。
【請求項3】
IgG4及び/又はSmad1の濃度を免疫測定法により測定する請求項1又は2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
被験者の
尿中のIgG4濃度が、腎疾患を発症していない健常人の
尿中のIgG4濃度よりも高い
ことが、被験者は糸球体基底膜が肥厚している、又は糸球体基底膜が肥厚するリスクが高い
ことを示す請求項1~
3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
被験者の
尿中のIgG4濃度が、カットオフ値よりも高い
ことが、被験者は糸球体基底膜が肥厚している、又は糸球体基底膜が肥厚するリスクが高い
ことを示す請求項1~
3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
被験者の尿におけるIgG4濃度が39.2μg/gCr以上である
ことが、被験者は糸球体基底膜が肥厚している、又は糸球体基底膜が肥厚するリスクが高い
ことを示す請求項
5記載の方法。
【請求項7】
被験者の
尿中のSmad1濃度が、腎疾患を発症していない健常人の
尿中のSmad1濃度よりも高い
ことが、被験者はメサンギウム基質が増生している、又はメサンギウム基質が増生するリスクが高い
ことを示す請求項2~
6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
被験者の
尿中のSmad1濃度が、カットオフ値よりも高い
ことが、被験者はメサンギウム基質が増生している、又はメサンギウム基質が増生するリスクが高い
ことを示す請求項2~
6のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
被験者の尿におけるSmad1濃度が0.15μg/gCr以上である
ことが、被験者はメサンギウム基質が増生している、又はメサンギウム基質が増生するリスクが高い
ことを示す請求項
8記載の方法。
【請求項10】
糖尿病性腎症の早期診断のために使用される請求項1~
9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
被験者が糖尿病性腎症の早期のステージにある請求項
10記載の方法。
【請求項12】
尿中のIgG4を測定するための試薬を含む、糸球体基底膜の肥厚又は増生リスクを検出するためのキット。
【請求項13】
さらに、
尿中のSmad1を測定するための試薬を含む請求項
12記載のキット。
【請求項14】
糖尿病性腎症が2型糖尿病由来である請求項
10記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病性腎症の早期病態の特異的な診断を可能とする検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界的に糖尿病性腎症は、慢性腎臓病(CKD)の主たる要因であり、末期腎不全(ESRD)1.2 の最も多い原因疾患である(非特許文献1、2)。糖尿病性腎症の自然歴は臨床所見が長い間見られず、その腎病変はアルブミン尿(AER)の増加や糸球体濾過量(GFR)が低下する前に、既に存在し、病変が進展している可能性がある(非特許文献3)。3また、尿蛋白が陽性となる顕性腎症に進展すると、末期腎不全への進展を防ぐことは非常に難しい。従って顕性腎症と診断される以前に腎症を把握することが必要である。糖尿病性腎症に特徴的な所見として糸球体基底膜(GBM)の肥厚とメサンギウム基質の拡大がある。特にメサンギウム基質の拡大とそれに伴う濾過表面の減少などの糸球体構造変化が、アルブミン尿増加及びGFRの減少と相関する。糸球体におけるメサンギウム基質増生の割合は、腎機能変化(低下)の予知因子として重要である(非特許文献4、5)4,5。現時点では微量アルブミン尿(MA)の持続的存在が、糖尿病性腎症リスクにおいて最良の早期バイオマーカーとされているが、1型糖尿病及び2型糖尿病における組織学的病変は微量アルブミン尿が起こる前に進展していると考えられる。即ち、正常アルブミン尿でもメサンギウム基質増生を認めることがあり、微量アルブミン尿ではメサンギウム基質増生やGBM肥厚をとらえることができない。また、微量アルブミン尿が見られる1型糖尿病及び2型糖尿病患者の約35~45%の症例は、6ないし7年の経過で顕性腎症へと進行する(非特許文献6)6。一方、その内の1/3は自然に正常アルブミン尿に戻る。よって、アルブミン尿は腎症進展に特異的ではないので、早期腎症を微量アルブミン尿で診断することが難しい。早期腎症は顕性腎症が起こる相当以前から存在しており、それを正確に反映する特異的なバイオマーカーを明らかにすることは、糖尿病性腎症の診断及び治療が可能となる唯一の方法である。
そのため、尿中アルブミン以外のバイオマーカーの探索が20年以上前から行われており、尿中IV型コラーゲンの測定(磯野元秀、羽田勝計、戸川雅樹、鹿野勉、荒木信一、仲川孝彦、石田猛、猪木健、小幡賢一、吉川隆一 インスリン非依存型糖尿病患者における尿中IV型コラーゲンの解析-糖尿病性腎症の指標として- 糖尿病1996; 39:599-604(非特許文献7)、 家城恭彦、高桜英輔 糖尿病性腎症発症予知における尿中IV型コラーゲン測定の意義 糖尿病1999; 42:859-862(非特許文献8))のみならず、以下に示す結果に基づき、尿中IgG4ではなく、尿中total IgG排泄量の測定は、糖尿病性腎症の早期診断指標として有用であることが示唆されていた。
根岸らは、インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)患者61例および健常人対照36例を対象として尿中IgG、IgG4、アルブミン排泄を比較し、これらの糖尿病性腎症における臨床的意義について検討し、以下の知見を得た。1) 尿中total IgG指数は、対照群に比べ、正常アルブミン尿群で有意に高値(p<0.01)であり、微量アルブミン尿群は正常アルブミン尿群に比べて有意に高値(p<0.01)であった。2) 尿中IgG4指数は、正常アルブミン尿群は対照群とほぼ同様のレベルで、両群間に差は認められなかったが、微量アルブミン尿群は正常アルブミン尿群に比べて有意に高値(p<0.01)であった。(根岸清彦、柴崎智美、石丸安明ら 糖尿病性腎症における尿中total IgG, IgG4排泄について-高感度total IgG, IgG4測定法を用いて- 糖尿病1992; 35:1007-1011(非特許文献9))
八嶌らは、NIDDM患者197例を対象として尿中IgG・IgG4・アルブミン・トランスフェリン排泄量,尿中β2マイクログロブリン濃度,および尿中NAG活性と糸球体病変を対比し,微量アルブミン尿が出現する以前の糸球体基底膜障害の指標として尿中IgG排泄量測定が有用か否かについて検討し、以下の知見を得た。1) 尿中total IgG排泄量は正常アルブミン尿期から増加していたが,尿中IgG4排泄量は増加しなかった。2) 正常アルブミン尿期での尿中total IgG排泄量は糸球体びまん性病変の進展とともに有意に増加したが、尿中アルブミン排泄量と糸球体びまん性病変の進展の問には関連が認められなかった。(八嶌功、平山俊英、椎木英夫、金内雅夫、土肥和紘 糖尿病性腎症における尿中IgG排泄量測定の意義 日本腎臓学会誌 1999; 41:787-96(非特許文献10))
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Krolewski M, Eggers PW, Warram JH. Magnitude of end-stage renal disease in IDDM: a 35 year follow-up study. Kidney Int 1996; 50:2041-2046.
【文献】Bojestig M, Arnqvist HJ, Hermansson G, Karlberg BE, Ludvigsson J. Declining incidence of nephropathy in insulin-dependent diabetes mellitus. N Engl J Med 1994; 330:15-18.
【文献】Parving H-H, Mauer M, Ritz E. Diabetic nephropathy. In: Brenner BM , ed. Brenner & Rector's The Kidney. 7th ed. Philadelphia, USA. Saunders, Elsevier's Health Sciences Department, 2004: 1777-1818.
【文献】Mauer SM, Steffes MW, Ellis EN, Sutherland DE, Brown DM, Goetz FC. Structural-functional relationships in diabetic nephropathy. J Clin Invest 1984; 74:1143-1155.
【文献】Kriz W, Lehir M. Pathways to nephron loss starting from glomerular disease- Insights from animal models. Kidney Int 2005; 67:404-419.
【文献】Caramori ML, Kim Y, Huang C, et al. Cellular basis of diabetic nephropathy: 1. Study design and renal structural-functional relationships in patients with long-standing type 1 diabetes. Diabetes 2002; 51:506-13.
【文献】磯野元秀、羽田勝計、戸川雅樹、鹿野勉、荒木信一、仲川孝彦、石田猛、猪木健、小幡賢一、吉川隆一 インスリン非依存型糖尿病患者における尿中IV型コラーゲンの解析-糖尿病性腎症の指標として- 糖尿病1996; 39:599-604
【文献】家城恭彦、高桜英輔 糖尿病性腎症発症予知における尿中IV型コラーゲン測定の意義 糖尿病1999; 42:859-862
【文献】根岸清彦、柴崎智美、石丸安明ら 糖尿病性腎症における尿中total IgG, IgG4排泄について-高感度total IgG, IgG4測定法を用いて- 糖尿病1992; 35:1007-1011
【文献】八嶌功、平山俊英、椎木英夫、金内雅夫、土肥和紘 糖尿病性腎症における尿中IgG排泄量測定の意義 日本腎臓学会誌 1999; 41:787-96
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、糖尿病性腎症の早期病態の特異的な診断を可能とする検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、TGF-βスーパーファミリー系のレセプターの機能的下流分子であるSmad1が、IV型コラーゲンのα1、α2鎖の重要な転写因子であること、そしてこれらが糖尿病性腎症におけるメサンギウム基質拡大の最も重大な成因分子であることを証明した7,8。Smad1はSTZ(ストレプトゾトシン)誘発糖尿病ラットにおいてメサンギウム基質拡大にとって最も重要な因子であり、メサンギウム拡大はアルブミン尿とではなく尿中Smad1と強い相関を認めた9。さらに、早期の尿中のSmad1の増加が、後で起こってくるメサンギウム基質拡大の予知因子であることを、STZラット及びdb/ dbマウス(インスリン非依存型(2型)糖尿病モデル動物)で確認をした10。糖尿病の動物モデルにおいてSmad1シグナル経路が、その病変形成と強い関連があるということを種々の研究で示した11-17。
【0006】
糖尿病性腎症において、糸球体における電荷(チャージ)選択性の損失は、糸球体濾過機能低下に先行して起こる18。IgG4は陰イオンに荷電し、早期及び顕性腎症のGBMへ選択的に線状に沈着することが確認された19。これらの知見に基づき、本発明者らは、糖尿病性腎症の早期診断指標であることが示唆されている尿中total IgGではなく、尿中のIgG4の排泄が、GBMの機能的及び病理学的な問題と関連しているという仮説を立てた。この仮説は、尿中のIgG4がGBMの病変を検出するために有用なバイオマーカーとなることを示唆している。本発明者らは、この研究において、尿中のIgG4を検出するための高感度かつ高特異的な測定方法を作製した。
【0007】
この研究では、尿中IgG4と尿中Smad1の両方が糖尿病の早期腎症に特徴的である病理学的所見であるGBM病変とメサンギウム基質拡大に特異的なバイオマーカーであり、さらにこれら因子は糖尿病における顕性腎症への予測因子であることを明らかにした。
【0008】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)糖尿病性腎症の発症又は発症リスクを検出する方法であって、被験者由来の生体試料中のIgG4を測定することを含む前記方法。
(2)さらに、被験者由来の生体試料中のSmad1を測定する(1)記載の方法。
(3)生体試料が尿である(1)又は(2)記載の方法。
(4)糖尿病性腎症の早期診断のために使用される(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)IgG4を測定するための試薬を含む、糖尿病性腎症の発症又は発症リスクを検出するためのキット。
(6)さらに、Smad1を測定するための試薬を含む(5)記載のキット。
(7)被験者における糖尿病性腎症の診断方法であって、
a.被験者から生体試料を得ること、
b.被験者の生体試料における、IgG4濃度を測定すること、及び
c. IgG4濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定すること
を含む前記方法。
(8)被験者における糖尿病性腎症の診断及び治療の方法であって、
a.被験者から生体試料を得ること、
b.被験者の生体試料における、IgG4濃度を測定すること、
c. IgG4濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定すること、及び
d. 被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定された被験者に糖尿病性腎症の治療を開始すること
を含む前記方法。
(9)被験者の生体試料中のIgG4濃度が、腎疾患を発症していない健常人の生体試料中の IgG4濃度よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定する(7)又は(8)記載の方法。
(10)被験者の生体試料中のIgG4濃度が、カットオフ値よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定する(7)又は(8)記載の方法。
(11)被験者の生体試料が尿であり、被験者の尿におけるIgG4濃度が39.2μg/gCr以上であるときに、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することを含む(7)又は(8)記載の方法。
(12)さらに、被験者の生体試料における、Smad1濃度を測定すること、及びSmad1濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することを含む(7)又は(8)に記載の方法。
(13)被験者の生体試料中のSmad1濃度が、腎疾患を発症していない健常人の生体試料中の Smad1濃度よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定する(12)記載の方法。
(14)被験者の生体試料中のSmad1濃度が、カットオフ値よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定する(12)記載の方法。
(15)被験者の生体試料が尿であり、被験者の尿におけるSmad1濃度が0.15μg/gCr以上であるときに、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することを含む(14)記載の方法。
(16)糖尿病性腎症の治療が、血糖コントロール及び/又は降圧治療である(8)記載の方法。
(17)被験者が糖尿病性腎症の早期のステージにある(7)又は(8)記載の方法。
(18)糖尿病性腎症の予防及び/又は治療に有効な物質を同定する方法であって、被験物質がIgG4の発現を抑制するか否かを判定することを含む前記方法。
(19)IgG4とSmad1濃度を免疫測定法により測定する(2)記載の方法。
(20)尿試料を測定して糖尿病性腎症発症又は発症リスクを検出する(6)記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、糖尿病性腎症の発症を予測し、早期腎症の治療が可能となる。早期腎症の治療は、糖尿病性腎症の進展を抑止できる可能性がある。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2016-195420の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】被験者の登録とフォローアップ。追跡調査のために871人の2型糖尿病患者が選別され、815人が登録された。最終的に5年のフォローアップ時点で、773人の患者がeGFR試験のために解析された。
【
図2AB】A.ホッケースティック回帰による尿中アルブミンと尿中IgG4のログ値の相関解析。両者の間には2つの異なった分布が存在した。尿中IgG4の高いグループの相関係数は次の通り。r=0.435,p<0.0001。閾値は1.59341,カットオフ値は39.2μg/gCrであった。B.尿中IgG4値39.2μg/gCr以上のグループは、有意な尿中アルブミン高値を示す。データは平均±標準偏差で示している。
【
図2CD】C.尿中IgG4値39.2μg/gCr以上グループは有意に低いeGFRを示す。データは平均±標準偏差で示している。D. 両群間ではHbA1cに関して差はない。データは平均±標準偏差で示している。
【
図2E】E. 尿中アルブミンと尿中total IgGの相関解析。
【
図3AB】A. 尿中IgG4と糸球体基底膜(GBM)分画分の相関。B. 尿中total IgGと糸球体基底膜(GBM)分画分の相関。
【
図3C】C. 尿中Smad1とメサンギウム基質の相関。
【
図4AB】Control群 (0年(開始時)での尿中Smad1 (μg/gCr): 0.15未満 ,尿中IgG4 (μg/gCr): 39.2未満), U-Smad1群 (0年(開始時)での尿中Smad1 (μg/gCr): 0.15以上 ,尿中IgG4 (μg/gCr): 39.2未満), U-IgG4群 (0年(開始時)での尿中Smad1 (μg/gCr): 0.15未満 ,尿中IgG4 (μg/gCr): 39.2以上) Both群(0年(開始時)での両陽性群) (尿中 Smad1 (μg/gCr): 0.15以上 ,尿中 IgG4 (μg/gCr): 39.2以上)。A.2型糖尿病患者のeGFRの5年フォローアップ試験。データは平均値で表示している。B.微量アルブミン陰性患者のeGFRの5年フォローアップ試験。データは平均±標準偏差で示している。Both群はControl群に比べて有意なeGFRの低下を示した(p< 0.001)。
【
図4CD】Control群 (0年(開始時)での尿中Smad1 (μg/gCr): 0.15未満 ,尿中IgG4 (μg/gCr): 39.2未満), U-Smad1群 (0年(開始時)での尿中Smad1 (μg/gCr): 0.15以上 ,尿中IgG4 (μg/gCr): 39.2未満), U-IgG4群 (0年(開始時)での尿中Smad1 (μg/gCr): 0.15未満 ,尿中IgG4 (μg/gCr): 39.2以上) Both群(0年(開始時)での両陽性群) (尿中 Smad1 (μg/gCr): 0.15以上 ,尿中 IgG4 (μg/gCr): 39.2以上)。C.微量アルブミン陰性、Both群の5年フォローアップ試験。NA:正常アルブミン尿, MA: 微量アルブミン尿。D.5年フォローアップ時の各群の微量アルブミン尿陰性患者の尿アルブミン排泄。データは平均±標準偏差で示している。尿中アルブミンは追跡開始時に比べ、5年後には、各群で有意に増加していた(p < 0.001)。そしてBoth群はControl群に比べて有意に高い尿中アルブミン排泄を示した(p < 0.005)。しかし、追跡調査開始時と5年フォローアップ時点の変化率は、各群で差はなかった。
【
図5】データは平均±標準偏差で表示した。傾向はJonckheere-Terpstra testで解析した。A.尿中アルブミンと尿中IgG4の相関(4分位解析)。B.尿中アルブミンと尿中Smad1の相関(4分位解析)。
【
図6AB】ベースラインとの比較における、5年経過時のeGFR低下の進展に対する、尿中IgG4及び尿中Smad1の4分位解析(quantile analysis)。傾向は、Jonckheere-Terpstraテストにより解析した。A.尿中IgG4の4分位解析における5年経過時のアルブミン尿の進展。B. 尿中Smad1の4分位解析における5年経過時のアルブミン尿の進展。
【
図6CD】ベースラインとの比較における、5年経過時のeGFR低下の進展に対する、尿中IgG4及び尿中Smad1の4分位解析(quantile analysis)。傾向は、Jonckheere-Terpstraテストにより解析した。C. 尿中IgG4の4分位解析における5年経過時のeGFR低下の進展。D. 尿中Smad1の4分位解析における5年経過時のeGFR低下の進展。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、糖尿病性腎症の発症又は早期腎症を特異的に検出する方法であって、被験者由来の生体試料中のIgG4を測定することを含む前記方法を提供する。
【0013】
糖尿病性腎症とは、慢性的な高血糖状態により引き起こされる細小血管障害の一つである。病理学的には腎糸球体基底膜の肥厚、メサンギウム領域の拡大、糸球体の硬化病変を呈し、臨床的には蛋白尿(微量アルブミン尿)、高血圧、浮腫などの症候を呈して最終的には腎不全に陥ることが多い。また、糖尿病では糸球体以外の組織にも、細動脈硬化症、尿細管間質の変性・線維化などの異常が認められ、糸球体の病変をより悪化させている。すなわち、一定期間の糖尿病罹患の後、蛋白尿、高血圧、腎機能障害が徐々に進行していく病態を腎症と定義できる。
【0014】
近年、末期腎不全状態となり、新規に透析療法に導入されるケースの原疾患のうち40%以上が糖尿病性腎症であり(http://www.jsdt.or.jp/overview_confirm.html)、2008年以降ほぼ横ばいで推移している(図説 わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在、日本透析医学会発行2015年12月1日)。さらに、透析導入後の予後も必ずしも良好とはいえず、医療上、大きな問題となっている。したがって、糖尿病性腎症の発症・進展の機序を解明し、診断及び治療の開発を行なうことは重要な課題となっている。(日本臨床55巻・1997年増刊号「糖尿病」(1))
【0015】
生体試料は、IgG4が検出されうるいかなる生体試料であってもよい。生体試料の例としては、腎臓組織切片、血液、血清、尿などを挙げることができる。
また、被験者由来の生体試料中のSmad1を測定するとよい。
【0016】
さらに、被験者由来の生体試料中のIgG4とSmad1の両方を測定することが望ましい。
【0017】
IgG4は、免疫グロブリンの一つであるIgGのサブクラスの一つであり、血清中総IgG濃度の3~4%程度を占める。
【0018】
Smadは哺乳類でSmad1からSmad9まで同定されており、Smad1は骨形成タンパク(BMP)シグナル伝達系の一員として知られている。また、Smad1は、内皮細胞及び造血細胞等ではアクチビン受容体様キナーゼ1(ALK1)を介してTGF-βのシグナルを伝達し標的遺伝子の転写調節を行うことも明らかにされている(Goumans MJ. et al., EMBO J., 2002, Apr 2, 21(7), 1743-53)。
【0019】
被験者由来の生体試料中のIgG4及び随意のSmad1は、核酸レベル(すなわち、mRNAの発現)及び/又はタンパク質レベルで測定することができる。
【0020】
核酸レベルでの測定については、生体試料から全RNAを抽出し、適当なプライマー対を用いて、RT-PCRによりIgG4及び随意のSmad1のmRNAの量を測定するとよい。
【0021】
あるいは、生体試料から全RNAを抽出し、適当なプローブを用いて、ノーザンハイブリダイゼーション法によりIgG4及び随意のSmad1のmRNAの量を測定してもよい。プローブは、32Pなどで標識されているとよい。
【0022】
プライマー及びプローブは、公知の核酸データベースに登録されている配列情報に基づき、設計することができる。
【0023】
タンパク質レベルでの測定については、免疫測定法により測定するとよく、例えば、IgG4に対する抗体及び随意のSmad1に対する抗体を用い、酵素免疫測定法(ELISA)、蛍光抗体法(FA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光酵素免疫測定法(FLEIA)、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、電気化学発光免疫測定法(ECLIA)、イムノクロマトグラフィー法(ICA)、ウェスタンブロット法(WB)、イムノブロット法などの方法で、IgG4及び随意のSmad1を測定するとよい。
【0024】
IgG4に対する抗体は、市販されており、入手可能である(例えば、ヒトIgG重鎖に対するマウスモノクローナル抗体)。また、IgG4に対する抗体は、天然あるいはリコンビナントのIgG4を動物に免疫し、公知の方法で、モノクローナル抗体を作製することでも得られる。
【0025】
Smad1に対する抗体は、天然あるいはリコンビナントのSmad1を動物に免疫し、公知の方法で、モノクローナル抗体を作製することで得られる。
【0026】
IgG4に対する抗体及び随意のSmad1に対する抗体は、蛍光色素、酵素、重金属などで標識されていてもよい(直接法)。あるいは、これらの抗体を標識する代わりに、これらの抗体(一次抗体)に特異的な抗体(二次抗体)を蛍光色素、酵素、重金属などで標識したものを用いてもよい(間接法)。抗体は、試験片又はラテックス粒子などの固相担体に固定されていることが好ましい。
【0027】
被験者は、糖尿病(特に、2型糖尿病)患者であるとよく、糖尿病性腎症の早期のステージにあることが好ましい。被験者が顕性腎症でない糖尿病患者であれば、早期腎症の診断あるいは顕性腎症への進行の予測ができ、早期の治療を開始することができる。その結果、糖尿病性腎症を予防する、あるいは、病態の悪化を防止する、若しくは遅らせることが可能となる。
【0028】
被験者の生体試料における、IgG4濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。例えば、被験者の生体試料が尿である場合、被験者の尿におけるIgG4濃度が39.2μg/gCr以上であるときに、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。
【0029】
尿中IgG4のカットオフ値(39.2μg/gCr)は、以下のようにして算出した。
【0030】
横軸に対数変換(底10)した尿中IgG4と縦軸に尿中アルブミンをプロットしたところ、2つの異なる分布が見いだされた。ホッケースティック回帰を行うため、尿中IgG4実測値の10%点及び75%を算出した。また尿中IgG4実測値の整数部分を求め、その値のランク化を行った。10%点から75%点までのデータを走査しランク毎にデータを2分し、それぞれの分布の回帰係数を求め回帰係数の比が最大になるランク値を検出した。そのランク値の分布から再度、対数変換(底10)した尿中IgG4の最小値から最大値までデータを走査し、データ毎に2分した分布から回帰係数の比が最大となるデータを検出した。求められた2つの分布の回帰式(左:尿中アルブミン=-3.52212×Log10(尿中IgG4)+33.35721、右:尿中アルブミン=591.92494×Log10(尿中IgG4)-915.42907)を用い、左の分布は最大値に0.00001ずつ加算、右の分布は最小値に0.00001ずつ減算してそれぞれの尿中アルブミン値を推定し、その差が収束条件0.001未満を満足するまで、試算を繰り返しカットオフ値とした。
【0031】
上記のカットオフ値は、IgG4に対する抗体、あるいは、被験者の食生活、人種、糖尿病の種別 (1型か2型か)、年齢層の違いなどが異なれば、変わる可能性があるが、その場合には、例えば、以下のようにして、較正する。
【0032】
キットの抗体などの構成成分が変更になった場合には、ある糖尿病患者集団について、新旧両方のキットを用いて測定を実施する。そして、新旧測定値の相関分析を行い、強い正の相関関係が認められ、かつ、回帰直線がほぼ原点を通る45°の直線と判断される分布を示す場合、カットオフ値の変更は行わない。
【0033】
それ以外の場合には、旧法と同様、尿中アルブミンと尿中IgG4の分布に基づき、回帰分析等を用いて新しいカットオフ値の推定を行う。
【0034】
また、人種が異なるなど、被験者の集団に大きな変化がある場合には、その人種における健常人の集団と糖尿病性腎症集団との尿中IgG4の分布について調査し、今回の日本人コホートから導き出されたカットオフ値が妥当か否かを検証する必要も考えられる。そして変更の必要がある場合には、その集団における健常人集団と糖尿病性腎症集団の尿中IgG4データを用い、カットオフ値をいろいろと変えて、そのカットオフ値毎の感度、特異度を計算し、横軸に偽陽性率(1-特異度),縦軸に真陽性率(感度)をプロットしたROC曲線を作成、ROC曲線のAUC(曲線下面積:0から1までの値をとり,完全な分類が可能なときの面積は1で,ランダムな分類の場合は0.5、通常判断基準は0.8以上。)で性能を判断し、ROC曲線から最適なカットオフ値を推定する方法も考えられる(ROC解析)。
【0035】
さらに、被験者の生体試料における、Smad1濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。例えば、被験者の生体試料が尿である場合、被験者の尿におけるSmad1濃度が0.15μg/gCr以上であるときに、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。
【0036】
尿中Smad1のカットオフ値(0.15μg/gCr)は、以下のようにして算出した。
【0037】
横軸にメサンギウム領域を縦軸に尿中Smad1をプロットし、回帰式を算出。正常組織の腎組織でのメサンギウム基質の割合は、5.88±1.30%であった。従って、メサンギウム基質の拡大は平均値の2SDにあたる8.5%とした。算出された回帰式(尿中Smad=10.01566×メサンギウム基質+0.02102)に8.5を代入して推定された値をカットオフ値とした。
【0038】
上記のカットオフ値は、Smad1に対する抗体、あるいは、被験者の食生活、人種、糖尿病の種別 (1型か2型か)、年齢層の違いなどが異なれば、変わる可能性がるが、その場合には、例えば、以下のようにして、較正する。
【0039】
キットの抗体などの構成成分が変更になった場合には、ある糖尿病患者集団について、新旧両方のキットを用いて測定を実施する。そして、新旧測定値の相関分析を行い、強い正の相関関係が認められ、かつ、回帰直線がほぼ原点を通る45°の直線と判断される分布を示す場合は、カットオフ値の変更は行わない。
【0040】
それ以外の場合には、旧法と同様、mesangial matrix fractionと尿中Smad1分布の直線回帰よりmesangial matrix fraction 8.5%から再計算を行うことにより、新しいカットオフ値を算出する。
【0041】
また、人種が異なるなど、被験者の集団に大きな変化がある場合には、その人種における健常人の集団と糖尿病性腎症集団との尿中Smad1の分布について調査し、今回の日本人コホートから導き出されたカットオフ値が妥当か否かを検証する必要も考えられる。そして変更の必要がある場合には、その集団における健常人集団と糖尿病性腎症集団の尿中Smad1データを用い、カットオフ値をいろいろと変えて、そのカットオフ値毎の感度、特異度を計算し、横軸に偽陽性率(1-特異度),縦軸に真陽性率(感度)をプロットしたROC曲線を作成、ROC曲線のAUC(曲線下面積:0から1までの値をとり,完全な分類が可能なときの面積は1で,ランダムな分類の場合は0.5、通常判断基準は0.8以上。)で性能を判断し、ROC曲線から最適なカットオフ値を推定する方法も考えられる(ROC解析)。
【0042】
上記の測定により、糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定された被験者に対しては、治療を開始するとよい。糖尿病性腎症の主な治療としては、血糖コントロールと降圧療法がある。血糖コントロールは、低カロリー食、運動療法が基本であるが、糖尿病薬(DPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬、SGLT2阻害薬、SU剤、αグルコシダーゼ阻害薬、ビグアナイド、速攻外インスリン分泌促進薬、インスリン抵抗性改善薬、配合薬など)の服用やインスリンの注射も行われうる。降圧療法としては、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)の投与、場合によっては、カルシウム拮抗薬、利尿薬などの他の種類の降圧薬の投与)などがある。その他、growth hormone(GH)/insulin-like growth factor(IGF1)系阻害薬(Curr Diabetes Rev (2011) 7(1) 50)、Jak/Stat系阻害薬(Diabetologia (2016) 59,1624; Diabetes (2009) 58, 469; Nephrol Dial Transplant (2015) 30, iv54)、CCL2=MCP1/CCR2拮抗薬(Nephrol Dial Transplant (2016) 0,1; Biochem Biophys Res Commun (2007) 360,772; Diabetes Care (2009) 32(3) 465)、Nrf2-Keap1系活性化薬(Nephrol Dial Transplant (2014) 29, 119; N Engl J Med (2013) 369 (26) 2492; Nephrol Dial Transplant (2013) 28, 2841; N Engl J Med (2011) 365 (4) 327; Am J Physiol Renal Physiol (2013) 304, F808)、Notch1系抑制薬(Nephrol Dial Transplant (2015) 30, iv54)、ETAR拮抗薬(Nephrol Dial Transplant (2015) 30, iv54)などによる糖尿病性腎症の治療の報告がなされており、これらの薬を用いてもよい。
【0043】
本発明の方法は、糖尿病性腎症(特に、2型糖尿病)の早期診断のために使用することができる。例えば、糖尿病(特に、2型糖尿病)における早期腎症の診断、顕性腎症への進行の予測に利用することができる。従来、糖尿病性腎症の診断には尿中IV型コラーゲン、尿中アルブミン測定が用いられているが、これらに代わる、あるいは補完する可能性がある。
【0044】
また、本発明は、被験者における糖尿病性腎症の診断方法を提供する。本発明の診断方法は、a.被験者から生体試料を得ること、b.被験者の生体試料における、IgG4濃度を測定すること、及びc. IgG4濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することを含む。
【0045】
さらに、本発明は、被験者における糖尿病性腎症の診断及び治療の方法も提供する。本発明の診断及び治療の方法は、a.被験者から生体試料を得ること、b.被験者の生体試料における、IgG4濃度を測定すること、c. IgG4濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定すること、及びd. 被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定された被験者に糖尿病性腎症の治療を開始することを含む。
【0046】
被験者の生体試料中のIgG4濃度が、腎疾患を発症していない健常人の生体試料中の IgG4濃度よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。
【0047】
判定にあたっては、カットオフ値を用いるとよい。被験者の生体試料中のIgG4濃度が、カットオフ値よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定するとよい。
【0048】
例えば、被験者の生体試料が尿である場合、被験者の尿におけるIgG4濃度が39.2μg/gCr以上であるときに、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。
本発明の診断方法及び診断・治療方法は、さらに、被験者の生体試料における、Smad1濃度を測定すること、及びSmad1濃度に基づき、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することを含んでもよい。
被験者の生体試料中のSmad1濃度が、腎疾患を発症していない健常人の生体試料中のSmad1濃度よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。
判定にあたっては、カットオフ値を用いるとよい。被験者の生体試料中のSmad1濃度が、カットオフ値よりも高い場合に、糖尿病性腎症が発症している、又は発症リスクが高いと判定するとよい。
【0049】
例えば、被験者の生体試料が尿である場合、被験者の尿におけるSmad1濃度が0.15μg/gCr以上であるときに、被験者は糖尿病性腎症を発症している、又は発症リスクが高いと判定することができる。
【0050】
糖尿病性腎症の治療には、血糖コントロールと降圧治療がある(前述)。
【0051】
被験者は、糖尿病(特に、2型糖尿病)患者であるとよく、糖尿病性腎症の早期のステージにあることが好ましい。
【0052】
また、本発明は、IgG4を測定するための試薬を含む、糖尿病性腎症の発症又は発症リスクを検出するためのキットも提供する。本発明のキットは、さらに、Smad1を測定するための試薬を含んでもよい。
本発明のキットの一態様は、尿試料を測定して糖尿病性腎症発症又は発症リスクを検出するものである。
【0053】
IgG4を測定するための試薬の例としては、IgG4のmRNAの塩基配列の特定の領域を特異的に増幅できるプライマー対、IgG4のmRNAの一部又は全部の領域に特異的にハイブリダイズすることができるプローブ、IgG4に対する抗体などを挙げることができる。これらのプライマー対及び抗体は、前述した通りである。
【0054】
Smad1を測定するための試薬の例としては、Smad1のmRNAの塩基配列の特定の領域を特異的に増幅できるプライマー対、Smad1のmRNAの一部又は全部の領域に特異的にハイブリダイズすることができるプローブ、Smad1に対する抗体などを挙げることができる。これらのプライマー対、プローブ及び抗体は、前述した通りである。
【0055】
本発明のキットは、さらに、逆転写酵素、DNAポリメラーゼ、RNase-free water、バッファー、対照mRNA、対照プライマー対、dNTP混合物、キットの使用説明書などを含んでもよい(核酸レベルでプライマー対を用いてIgG4及び随意のSmad1の発現を測定するキットの場合)。
【0056】
あるいはまた、本発明のキットは、さらに、転写用バッファー、ブロッキング試薬、洗浄液、キットの使用説明書などを含んでもよい(ウェスタンブロット法でIgG4及び随意のSmad1の発現を測定するキットの場合)。
【0057】
別の態様において、本発明のキットは、さらに、標識された二次抗体、基質(二次抗体が酵素で標識されている場合)、希釈液、反応停止剤、キットの使用説明書などを含んでもよい(ELISAでIgG4及び随意のSmad1の発現を測定するキットの場合)。
【0058】
さらに別の態様において、本発明のキットは、さらに、発色剤、過酸化水素水、バッファー、カウンター染色用色素、キットの使用説明書などを含んでもよい(免疫組織化学的解析でIgG4及び随意のSmad1の発現を測定するキットの場合)。
【0059】
また、本発明は、糖尿病性腎症の予防及び/又は治療に有効な物質を同定する方法であって、被験物質がIgG4の発現を抑制するか否かを判定することを含む前記方法を提供する。さらに、被験物質がSmad1の発現を抑制するか否かを測定してもよい。
【0060】
本発明の上記方法の一実施態様について説明する。
【0061】
メサンギウム細胞をAGE (advanced glycation end product)存在下で培養すると、BMP4 (bone morphogenetic protein 4)の産生が増加する。さらに、メサンギウム細胞上のALK3受容体に、BMP4が結合すると、Smad1のリン酸化が起こり、2分子のリン酸化Smad1と1分子のSmad4が3量体を形成し、細胞質から核内へ移行し、標的遺伝子の1つであるIV型コラーゲンの転写を開始する。このIV型コラーゲンの産生は、メサンギウム基質拡大の最も重要な要因であることが知られていることから、このBMP4/ALK3シグナル伝達経路を抑制するような化合物は、糖尿病性腎症の予防・治療薬となり得ると考えられる。この考えは、糖尿病の動物モデルにおいて、Smad1シグナル経路が、その病変形成と強い関連があるという種々の知見から支持される。
【0062】
STZ誘発糖尿病ラットにおいて、メサンギウム基質拡大は、尿中Smad1と強い相関を認め、早期の尿中Smad1の増加が、後で起こるメサンギウム拡大の予知因子であることが確認されている。
【0063】
これらの知見に基づき、例えば、以下のような被験物質の評価を実施することが可能である。
【0064】
被験物質の例としては、例えば、ペプチド、タンパク質、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液などが挙げられ、これらの物質は新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。
【0065】
In vitroにおいて、ヒトメサンギウム細胞をAGE存在下で培養すると、BMP4タンパク質の産生が増加する。被験物質存在下及び非存在下でヒトメサンギウム細胞をAGE刺激を加えて培養し、BMP4タンパク質の産生やさらに下流の標的分子であるIV型コラーゲンタンパク質の産生を測定する。
【0066】
次いで、in vitroで、BMP4産生あるいはIV型コラーゲン産生を抑制することができる被験物質を、例えば、STZ誘発糖尿病ラットに投与し、尿中Smad1を測定することにより、その被験物質の糖尿病性腎症進展に対する抑制作用を検討することができる。
【0067】
なお、ラット及びマウスには、IgG4は存在しないことから、尿中IgG4の測定は、IgG4が存在する動物(例えば、イヌ、ブタ、サルなど)で実施するとよい。ヒトでは、糖尿病患者のARBやACE阻害剤などでの治療前と治療後の尿中IgG4を測定することにより、尿中IgG4が薬剤の効果の予測に利用できるかどうか、などを評価することができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
方法
・患者群
871人の2型糖尿病患者を池田病院(日本国、兵庫県、尼崎市)において登録を行った。登録については書面により同意説明(インフォームドコンセント)を行ったうえのものである。研究プロトコルについてはヘルシンキ宣言に準じ、池田病院の倫理審査委員会を経て承認されたものである。患者については、胃切除、肝炎(AST又はALT>100 IU/ L又は異常)、また非糖尿病性腎疾患(激しい変形赤血球、他の検査データ及び臨床症状の他の腎疾患を認める者)を有する患者は除外を行った。すべての患者は、同意取得を得て糖尿病性網膜症の有無を確認した。773人の患者は検査及び臨床データと合わせ5年間の追跡調査を行った(
図1を参照)。
【0069】
・2型糖尿病患者における腎生検
「北里大学腎生検組織」
北里大学(日本国、神奈川県、相模原市)において、正常血圧(130/85mmHg以下)の2型糖尿病患者(3人女性、14人男性 年齢 49.5±11.8 罹患歴14±7年の2型糖尿病患者)、顕性腎症・血尿は無く、血清クレアチニンは<1.2mg/dl以下の患者で腎生検を行った。いずれも明確な糖尿病性腎症以外の腎病変は見られなかった。この研究のためのプロトコルは、北里大学医学部の治験審査委員会によって承認され、全ての患者から書面による説明を行い同意を取得した20,21。
「徳島大学腎生検組織」
正常の腎組織の腎生検については、腎細胞癌患者10人(3人の女性、男性7人、年齢66.8±13.1歳)から得た。これらの患者から腎臓の正常な部分を分析した。このいずれも経口糖負荷試験によって糖尿病ではないと確認し、蛋白尿・腎機能低下・高血圧でないと確認した。これらの患者の腎臓において、腎障害を有する病理学的所見は認められなかった。又、本研究におけるプロトコルの構成については、徳島大学(日本国、徳島県、徳島市)の治験審査委員会によって承認された。
【0070】
・臨床測定
尿サンプルは、15分間遠心分離を行った。上清を -80℃で保存し、それを素早く溶解し、尿酸塩又はリン酸塩を除去するために遠心しアッセイに使用した。
【0071】
推算糸球体濾過量(eGFR)は、体表面積補正を用いて、日本人を対象とした式で計算を行った22。
また、尿中アルブミンは比色混濁法で測定した。クレアチニンは酵素法で測定した。
【0072】
微量アルブミン尿とは、2回連続の測定で、尿中アルブミン/クレアチニン比 (ACR)が > 300 mg/gは尿クレアチニン (Cr)、30 - 300 mg/gを微量アルブミン尿と定義した。
eGFR=194×血清クレアチニン-1.094×年齢-0.287×体表面積/1.73
(女性eGFR = eGFR(男性) × 0.739)
【0073】
・腎生検の画像解析
腎生検は10%の緩衝ホルマリン液で固定し、PAS染色とPASM染色をした。メサンギウム基質領域については、PASM陽性のメサンギウム領域を病理標本画像解析システムにより計測した(IPAP 住化テクノサービス)。メサンギウム領域は糸球体総面積のパーセンテージとして表現した。更に、糸球体硬化、間質の繊維化、糸球体表面積、糸球体細胞数を測定した。それぞれのサンプルにおいて、少なくとも10以上の糸球体より測定した7,13-15,23。
【0074】
電子顕微鏡の組織は、2.5%のグルタルアルデヒドで固定し、オスミウムテトラオキサイドで更に固定し、脱水、包埋した。超薄切片を電子顕微鏡(JEOL CX 100、日本電子)で測定した。GBMの厚さ、糸球体におけるGBM画分はグリッドメッシュにて固定した4,21,24-26。1人の患者については、電顕用のサンプルとして十分で無かったので測定できなかった。
【0075】
・ヒトSmad1に対するモノクローナル抗体の作製
リコンビナントのヒトSmad1をグルタチオンSトランスフェラーゼ法により分離した。そして、6週齢のマウスにリコンビナントのヒトSmad1を免疫し、モノクローナル抗体を確立された方法で作製した27。約3000種類のハイブリドーマのクローンをスクリーニングし、ウェスタンブロット及びELISAにて調べた。SDSでは、Smad1の分子サイズと同じタンパクに反応した。特異的なハイブリドーマのクローンを選択し、Sp125を見出した。
【0076】
・尿中Smad1のELISAによる測定
Sp125のF(ab)2分画をマイクロタイタープレートに固相化した。尿のサンプル及びスタンダード(rhSmad1;0.2ng/mL to 5ng/mL)を反応させ、その後ヤギ抗ヒトSmad1ポリクローナル抗体(R&D,AF2039)にて反応させた。そして、ホースラディッシュペルオキシダーゼと結合した抗ヤギIgG抗体と反応させた。その後、TMB酵素反応基質液を用いて反応させ、450nmにて測定を行った。
【0077】
尿中Smad1のELISAは、duplicateかつ3回測定した平均で行った。リコンビナントのヒトSmad1(濃度0.5ng/mL,0.2ng/mL)のサンプルを用い、添加回収試験を行った。その結果、それぞれ、111%及び112%でアッセイの特性を確認している。最小検出感度についても、mean + 3SD法にて行い、感度を0.2ng/mLと確認した。アッセイの再現性(CV)は、6回の独立したアッセイ系で行い、4.06%であり、再現性の確認を取っている。尿中Smad1濃度については、クレアチニンにて換算を行った。
【0078】
5つの尿中検体をウェスタンブロット法でSp125抗体の特異性の確認を行い、Smad1に対する1本のバンドとして証明を行った。また、このバンドはリコンビナントヒトSmad1による吸収試験で消失した。
【0079】
・尿中IgG4のELISAによる測定
ヒトIgG重鎖に対するマウスのモノクローナル抗体をマイクロタイタープレートに固相化を行った。尿サンプル及びスタンダードタンパクはヒトIgG4 全長タンパク(1.0ng/mL,2000ng/mL)を反応させ、ホースラディッシュペルオキシダーゼと結合したマウス由来抗ヒトIgG4抗体で反応させた。その後、TMB酵素反応基質液を用いて反応させ、450nmにて測定を行った。尿中IgG4のELISAは、duplicateで3回測定した平均で確認を行った。
【0080】
この尿中IgG4測定法は、IgG1,IgG2,IgG3とは交差反応を示さなかった。ヒトIgG4(濃度1000ng/mL,20ng/mL)を用い、添加回収試験を行った。その結果、それぞれ103.8%及び118.4%である。最小検出感度は1.0ng/mLで、アッセイの再現性については1.0~2.1%であった。尿中のIgG4の濃度についてはクレアチニンにより換算した。
【0081】
・統計解析
データは、平均及び標準偏差(SD)で示した。傾向検定はJonckheere-Terpstra検定により行った。値(あたい)の群間比較はMann-Whitney U test, one-way ANOVA, Kruskal-Walls test及びChi-square testによって解析した。病理学的パラメーター及びバイオマーカーを含む2変数間の相関は、Pearson’s product-moment correlation coefficient 及びSpearman’s rank-correlation coefficientを用いた。eGFRのフォローアップ研究でのeGFRの減少率については、群内はウィルコクソン符号付順位検定、群間でスティールの多重比較を用いた。有意水準は、p<0.05(両側)を用いた。
【0082】
結果
・
尿中IgG4及び尿中Smad1の異なるレベルで尿中アルブミンの傾向
2型糖尿病患者の尿中IgG4の4分位を用いた解析においては、アルブミンの排泄は、尿中IgG4に相関して認められた(p<0.0001)(
図5A)。2型糖尿病患者の尿中Smad1が高いものは、アルブミンの排泄の増加と相関を示した(p <0.0001)(
図5B)。
【0083】
この実施例における分布において、IgG4は単一分布ではなかった。そこで、尿中IgG4のログ値とアルブミン値の相関分析を行い、ホッケースティック回帰を用いて解析した。この相関分析において、二つの分布を分離することができる尿中IgG4のカットオフ値を作成した。カットオフ値について、その閾値は1.59341で、尿中IgG4 39.2 μg/gCrであった(
図2A)。次いで、このカットオフ値と糖尿病性腎症の種々のパラメータの関係を分析した。尿中IgG4が39.2 μg/gCr以上のグループ(陽性群)は、39.2 μg/gCr未満のグループ(陰性群)と比較して、有意な尿中アルブミン排泄量の増加(p<0.0001、
図2B)、及び有意なeGFR値の低下 (p<0.0001、
図2C)が認められたが、HbA1cに関しては、差は見られなかった(
図2D)。さらに、この両群間の比較では、糖尿病罹患期間、網膜症の存在、神経症の存在及び尿中Smad1で有意差があった(表1)。以上の結果は、尿中IgG4のカットオフ値は、臨床上も非常に有用であることを示す。
【0084】
尿中total IgG排泄量の測定は、糖尿病性腎症の早期診断指標として有用であることが示唆されていたことから、尿中total IgGと尿中アルブミン排泄の関係についても検討を行ったところ、有意な正の相関関係(p<0.0001、
図2E)が認められ、尿中IgG4の場合のようなカットオフ値を見出すことはできなかった。
【0085】
・腎組織変化と尿中のIgG4と尿のSmad1
病理組織のパラメーターと尿中のバイオマーカーとの相関を表2において示す。
【0086】
この小規模コホートにおいては、尿中アルブミンについては、糸球体細胞数と有意な相関を認めた(p<0.05、表2)。尿中IgG4の増加は、糸球体に占めるGBM画分の割合の増加と有意な正の相関を示した (p<0.0001、
図3A)。一方、尿中total IgGと糸球体に占めるGBM画分の割合の関係を検討したところ、IgG4の場合と異なり、相関関係は認められなかった(
図3B)。この結果は、尿中total IgGではなく、尿中IgG4は、糸球体基底膜の肥厚を反映する良好なバイオマーカーであることを示す。
【0087】
尿中Smad1は、メサンギウムの基質との有意な相関を認めた(p<0.05、
図3C)。正常組織の腎組織でのメサンギウム基質の割合は、5.88±1.30%であった。従って、メサンギウム基質の拡大は平均値の2SDにあたる8.5%とした。尿中Smad1のカットオフ値は、メサンギウム基質の拡大を基準とし、0.15(μg/gCr)とした(
図3C)
【0088】
・
5年間の追跡調査のベースラインデータ
本発明者らは、上記のカットオフ値に従って、4つの異なるグループ(コントロール群、尿Smad1陽性群、尿IgG4陽性群、尿Smad 1・IgG4両陽性群)の追跡データを比較した。
この4群の比較では、糖尿病罹患期間、網膜症の有無、尿中アルブミン、タンパク尿の有無、eGFRの低下、降圧剤の使用有無(特にRAS系阻害剤)、尿酸降下薬使用有無との相関を認めたが、BMI、血圧、HbA1cでの有意差は見られなかった(表3)。
【0089】
性別、網膜症、タンパク尿、薬物療法については比率で表示した。年齢、糖尿病罹患期間、BMI、平均血圧、尿中アルブミン、eGFR、eGFR/1.73m2、HcA1cは、平均±標準偏差で表示した。
【0090】
・
2型糖尿病患者の5年間の追跡調査
図4Aは、4つの異なるグループ(コントロール群、尿Smad1陽性群、尿IgG4陽性群、尿Smad 1・IgG4両陽性群)のeGFRの低下を5年間追跡した結果を示す。コントロール群、尿Smad1陽性群および尿IgG4陽性群においては、ほぼ同様のeGFRの低下傾向が観察され、これらの3グループでは、4年以降にベースライン時に比べて有意なeGFRの低下が観察された。なお、コントロール群のeGFRの低下は、5年間で-4.44±9.78mL/min/であった。
これに対して、Smad 1・IgG4両陽性群では、追跡1年後からベースライン時に比べて有意なeGFRの低下が観察され、5年間の追跡期間のいずれの年度でも有意なeGFRの低下が観察された。この結果は、尿Smad 1およびIgG4の両方が陽性になった場合には、1年後には有意なeGFRの低下が起こる可能性が高いことから、両方が陽性になった場合には、即座に治療を開始すべきであることを示唆している。
【0091】
上述したように、尿中IgG4及びSmad1が2型糖尿病患者における初期の腎特異的構造変化と明らかに相関したことにより、追跡開始時において微量アルブミン尿患者の分析を行った。両陽性群で、5年の追跡期間中に、明らかなeGFRの低下を明らかに示した(
図4B)。
【0092】
また、追跡開始時に両陽性群の微量アルブミン尿を有する患者は、正常アルブミン尿の患者に比べて、5年間に有意なeGFRの低下を認めた(
図4C)。これらの所見は他群では認められなかった。さらに、両陽性群はコントロール群に比べて、有意に高い尿中アルブミン排泄を示しているが(p <0.005)、追跡開始時から5年後の尿中アルブミンの増加率はそれぞれの群で差は認められなかった(
図4D)。
【0093】
尿中IgG4及び尿中Smad1の4分位解析を行ったところ、尿中IgG4高値あるいは、尿中Smad1高値は、5年間の追跡期間において、より強いeGFR低下を示した(
図6CD)。一方、4分位解析では尿中IgG4及び尿中Smad1は、アルブミン尿の進展と相関しなかった(
図6AB)。
【0094】
考察
尿中アルブミンは早期腎症進展のバイオマーカーとして広く使われているが28、糖尿病性腎症において早期腎症に特異的でない。また早期腎症に特徴的な病理学的組織を反映する、高感度で特異的なバイオマーカーは存在しない6。本発明者らは、尿中アルブミンや尿中total IgGではなく6、尿中IgG4及び尿中Smad1の両方が、糖尿病性腎症の早期段階での特異的な病理学的所見を反映することを初めて証明した6。また、追跡開始時に、顕性腎症ではない尿中Smad1・IgG4両陽性群は、1年後に有意なeGFRの低下が認められるなど、その後の5年間における顕性腎症への進展及びeGFRの低下に関してより強いリスクを有することが明らかになった。すなわち、尿中Smad1・IgG4両陽性は、腎症における特異的な組織病変の所見を強く反映し、糖尿病性腎症のリスクを特異的に予知できるバイオマーカーであることを示す。
【0095】
糖尿病は近代社会においてCKDの主な原因になっており、糖尿病患者の20%-30%がCKDに罹患する。糖尿病性腎症は血糖降下剤やRAS系阻害薬が用いられているにも関わらず、その発症頻度は増加している29。その原因の一つが糖尿病性腎症の早期段階での診断が正しく行えないことが原因である。何故ならば、明らかな糖尿病性腎症の病変が、アルブミン尿等の現在の臨床指標が表れる前に、発症及び進行するためである。実際に日本の2型糖尿病患者においては、正常アルブミン尿の長期糖尿病患者の多くに、組織病変の変化がみられたが9,10、メサンギウム基質拡大及びGBM肥厚の程度は、正常及び微量アルブミン尿患者においては有意差が見られなかった21。従って、早期腎症の腎病変を示唆するアルブミンに代わるバイオマーカーを発見することが必要である。
【0096】
本発明では、上昇した尿中IgG4 と Smad1は、それぞれ、糖尿病の早期腎症に特異的なGBM病変(Sv:糸球体におけるGBMの割合)とメサンギウム基質拡大の病変に相関していることを示した。そして、強調すべきことは、これら病変は持続的な微量アルブミン尿や尿中total IgGでは検出することはできなかったということである。すなわち、この尿中IgG4及びSmad1と腎構造変化との有意の相関は、これらのマーカーが、尿中アルブミンと腎組織変化の関係が不明瞭である腎症の早期段階において腎病変を検出できる高感度のバイオマーカーであることを証明している。
【0097】
尿中Smad1・IgG4両陽性とGFRの低下との相関は、マクロアルブミン尿とより悪化した病変との相関を反映すると考えられる。同様に、尿中Smad1・IgG4両陽性と糖尿病の罹患期間及び糖尿病性網膜症との関係性に関する知見も、顕性腎症との関連性を示唆していると考えられる。最近、1型糖尿病患者において、GBMの肥厚が、顕性腎症あるいは末期腎不全への進展のリスク要因の1つであると報告された31。また、2型糖尿病においては、早期段階での腎臓の構造・機能の因果関係については証明されていないものの21、GBMの肥厚及びメサンギウム拡大は、2型糖尿病患者の6年後のアルブミン尿増加を予測することも報告されている32。これらの報告は、尿中Smad1・IgG4両陽性は、糖尿病性腎症の悪化のリスクを特異的に予知できる優れたバイオマーカーであることを支持すると考えられる。
【0098】
上述のように、本発明者らは、Smad1とIgG4が糖尿病性腎症の進展の鍵を握る重要な分子であることを証明し、これらのマーカーが、腎臓の構造変化を反映すると共に、糖尿病性腎症の発症を予測することができる有用なマーカーであることを示した。そして、本発明で得られた尿中Smad1と尿中IgG4は糖尿病性腎症のリスク予測因子であり、また、治療標的である、という知見は、基礎研究に基づく発見を臨床へ応用するトランスレーショナルリサーチの開始を後押しするものである、と考えられる。
【0099】
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【0100】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明は、糖尿病性腎症の早期診断に利用できる。