(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】網膜組織を含む細胞凝集体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20221021BHJP
C12N 5/0797 20100101ALI20221021BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20221021BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20221021BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20221021BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20221021BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221021BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20221021BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20221021BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20221021BHJP
A61L 27/20 20060101ALI20221021BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20221021BHJP
A61L 27/24 20060101ALI20221021BHJP
A61K 35/545 20150101ALN20221021BHJP
【FI】
C12N5/079
C12N5/0797
C12Q1/06
C12N5/0735
A61P27/02
A61K35/30
A61P43/00 121
A61L27/38 100
A61L27/38 200
A61L27/38 300
A61L27/40
A61L27/36 130
A61L27/20
A61L27/22
A61L27/24
A61K35/545
(21)【出願番号】P 2019541036
(86)(22)【出願日】2018-09-07
(86)【国際出願番号】 JP2018033299
(87)【国際公開番号】W WO2019050015
(87)【国際公開日】2019-03-14
【審査請求日】2021-06-15
(31)【優先権主張番号】P 2017173404
(32)【優先日】2017-09-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】万代 道子
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-128476(JP,A)
【文献】特表2013-502234(JP,A)
【文献】国際公開第2013/183774(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/063985(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/063986(WO,A1)
【文献】Nakano et al.,Cell Stem Cell,2012年06月14日,Vol. 10,p. 771-785
【文献】WANG, Xiaobing, et al.,Biomaterials,2015年,Vol. 53,p. 40-49
【文献】Olaf Strauss,Physical Rev,2005年,Vol. 85,p. 845-881
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12Q
A61K
A61P
A61L
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経網膜を含むコア部と、前記コア部の表面の少なくとも一部を連続的に又は断続的に覆う被覆部とを備える、スフェア状細胞凝集体であって、
(1)前記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、前記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、前記視細胞層に含まれる細胞が前記コア部の表面の接線方向に連続して存在しており、
(2)前記被覆部は、互いに接触する網膜色素上皮細胞を含み、
(3)前記細胞凝集体は、水晶体、硝子体、角膜及び血管を含まず、かつ
(4)前記網膜色素上皮細胞は、前記神経網膜層とともに連続する上皮構造を構成していない
ことを特徴とするスフェア状細胞凝集体。
【請求項2】
(
1)における視細胞層と、該視細胞層の少なくとも一部を覆う網膜色素上皮細胞との間に、さらに細胞外マトリクスが存在する、請求項1に記載のスフェア状細胞凝集体。
【請求項3】
細胞外マトリクスが、ヒアルロン酸、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンからなる群から選択される1又は複数の細胞外マトリックスである、請求項2に記載のスフェア状細胞凝集体。
【請求項4】
神経網膜を含むスフェア状の細胞凝集体(神経網膜の細胞凝集体)であって、
(I)前記神経網膜の細胞凝集体において、前記神経網膜は前記細胞凝集体の表面に存在しており、かつ
(II)前記神経網膜において少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、前記視細胞層には視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1以上の細胞が存在している、神経網膜の細胞凝集体を調製する工程と、
網膜色素上皮細胞を調製する工程と、
前記神経網膜の細胞凝集体及び前記網膜色素上皮細胞を接触させる工程とを含む、
請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集体の製造方法。
【請求項5】
前記神経網膜の細胞凝集体における前記神経網膜におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
接触工程において、接着因子の存在下で接触させる、請求項4又は5に記載の製造方法。
【請求項7】
接着因子が細胞外マトリクスである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
細胞外マトリクスが、ヒアルロン酸、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンからなる群から選択される1又は複数の細胞外マトリクスである、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
神経網膜の細胞凝集体及び網膜色素上皮細胞の少なくとも一方が、多能性幹細胞由来である、請求項4~8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
網膜色素上皮細胞を調製する工程において、網膜色素上皮細胞が、細胞シート又は細胞懸濁液として調製される、請求項4~9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
接触工程の後に、網膜色素上皮細胞が多角形又は敷石状の細胞形態を有するまでさらに培養する、請求項4~10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集
体を含有してなる、被験物質の毒性又は薬効評価用試薬。
【請求項13】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集
体に被験物質を接触させ、被験物質が該スフェア状細胞凝集体又は該スフェア状細胞凝集体に含まれる細胞に及ぼす影響を検定することを含む、被験物質の毒性又は薬効評価方法。
【請求項14】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集
体を含有してなる、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療薬。
【請求項15】
網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療における使用のための請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集
体。
【請求項16】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集
体を有効成分として含有する、医薬組成物。
【請求項17】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスフェア状細胞凝集体の一部を物理的に切り出す工程を含む、スフェア状細胞凝集体の一部の製造方法。
【請求項18】
前記スフェア状細胞凝集体の一部が、網膜色素上皮細胞及び神経網膜を含む細胞シートである、請求項
17に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経網膜を含むスフェア状細胞凝集体及びその製造方法、特に神経網膜を含むコア部と、該コア部の表面の少なくとも一部を連続的に又は断続的に覆い、網膜色素上皮細胞を含む被覆部とを備えるスフェア状細胞凝集体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
進行した加齢黄斑変性症等の視細胞と網膜色素上皮(RPE)細胞が同時に障害される場合には、神経網膜(NR)と網膜色素上皮(RPE)細胞の同時移植が望ましいとされている。
【0003】
一方、網膜色素変性等網膜組織の障害に基づく疾患に対する網膜の移植治療に関連し、多能性幹細胞から神経網膜や、網膜色素上皮(RPE)細胞を製造する方法の研究が活発に行われている。多能性幹細胞から神経網膜を製造する方法として、例えば、多能性幹細胞の凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することにより、神経網膜を得る方法(特許文献1、2及び非特許文献1)が知られている。また、多能性幹細胞からRPE細胞を製造する方法として、例えば、レチノイン酸受容体アンタゴニストを含む培地中で誘導した網膜前駆細胞からRPE細胞を得る方法(特許文献3)が知られている。しかし、NRとRPE細胞の両者が生体網膜における網膜組織と同じ様に方向性をもって正しく局在している状態で、両者を含む網膜組織を製造する方法は知られていない。
【0004】
これまで、網膜前駆細胞とRPE細胞の細胞混合物の移植(非特許文献2)、及び、RPE細胞シートに網膜前駆細胞を接着させたRPE細胞-網膜前駆細胞接着体の移植は報告されていた(特許文献4)。
【0005】
しかしながら、非特許文献2では互いに接着していない細胞の混合物が使われており、特許文献1ではRPE細胞シートに接着されている網膜前駆細胞同士は密に接着しておらず、網膜組織として機能し得る状態ではない。従って、いずれの場合も、移植後の長期生着性がよくないと予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2015/025967号
【文献】国際公開第2016/063986号
【文献】国際公開第2012/173207号
【文献】米国特許出願公開第2016/0331867号明細書
【非特許文献】
【0007】
【文献】Atsushi Kuwaharaら、Nature Communications, 6, 6286 (2015)
【文献】Seilerら、Curr Eye Res.1995 Mar;14(3):199-207
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、移植に適した網膜組織、特に神経網膜及び網膜色素上皮細胞を含む細胞凝集体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、神経網膜を含むスフェア状細胞凝集体にRPE細胞を接触させることによって、当該細胞凝集体にRPE細胞を接着させた本発明にかかるスフェア状細胞凝集体を得ることができ、該凝集体から物理的に切り出した細胞シートを網膜変性ヌードラットに移植したところ良好な生着が認められることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]神経網膜を含むコア部と、上記コア部の表面の少なくとも一部を連続的に又は断続的に覆う被覆部とを備える、スフェア状細胞凝集体であって、
(1)上記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、上記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、上記視細胞層に含まれる細胞が上記コア部の表面の接線方向に連続して存在しており、
(2)上記被覆部は、互いに接触する網膜色素上皮細胞を含み、
(3)上記細胞凝集体は、水晶体、硝子体、角膜及び血管を含まず、かつ
(4)上記網膜色素上皮細胞は、上記神経網膜層とともに連続する上皮構造を構成していない
ことを特徴とするスフェア状細胞凝集体。
[2](2)における視細胞層と、該視細胞層の少なくとも一部を覆う網膜色素上皮細胞との間に、さらに細胞外マトリクスが存在する、[1]のスフェア状細胞凝集体。
[3]細胞外マトリクスが、ヒアルロン酸、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンからなる群から選択される1又は複数の細胞外マトリクスである、[2]のスフェア状細胞凝集体。
[4]神経網膜を含むスフェア状の細胞凝集体(神経網膜の細胞凝集体)であって、
(I)上記神経網膜の細胞凝集体において、上記神経網膜は上記細胞凝集体の表面に存在しており、かつ
(II)上記神経網膜において少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、上記視細胞層には網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1以上の細胞が存在している、神経網膜の細胞凝集体を調製する工程と、
網膜色素上皮細胞を調製する工程と、
上記神経網膜の細胞凝集体及び上記網膜色素上皮細胞を接触させる工程とを含む、
[1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体の製造方法。
[5]上記神経網膜の細胞凝集体における上記神経網膜におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である、[4]の製造方法。
[6]接触工程において、接着因子の存在下で接触させる、[4]又は[5]の製造方法。
[7]接着因子が細胞外マトリクスである、[6]の製造方法。
[8]細胞外マトリクスが、ヒアルロン酸、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンからなる群から選択される1又は複数の細胞外マトリクスである、[7]の製造方法。
[9]神経網膜の細胞凝集体及び網膜色素上皮細胞の少なくとも一方が、多能性幹細胞由来である、[4]~[7]のいずれかの製造方法。
[10]網膜色素上皮細胞を調製する工程において、網膜色素上皮細胞が、細胞シート又は細胞懸濁液として調製される、[4]~[8]のいずれかの製造方法。
[11]接触工程の後に、網膜色素上皮細胞が多角形又は敷石状の細胞形態を有するまでさらに培養する、[4]~[10]のいずれかの製造方法。
[12][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体を含有してなる、被験物質の毒性又は薬効評価用試薬。
[13][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部に被験物質を接触させ、被験物質が該スフェア状細胞凝集体又は該スフェア状細胞凝集体に含まれる細胞に及ぼす影響を検定することを含む、被験物質の毒性又は薬効評価方法。
[14][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部を含有してなる、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療薬。
[15][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部の有効量を、移植を必要とする対象に移植することを含む、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療方法。
[16]網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療における使用のための[1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部。
[17][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部を有効成分として含有する、医薬組成物。
[18][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体から物理的に切り出されてなる、スフェア状細胞凝集体の一部。
[19]網膜色素上皮細胞及び神経網膜を含む細胞シートである、[18]のスフェア状細胞凝集体の一部。
[20][1]~[3]のいずれかのスフェア状細胞凝集体の一部を物理的に切り出す工程を含む、スフェア状細胞凝集体の一部の製造方法。
[21]上記スフェア状細胞凝集体の一部が、網膜色素上皮細胞及び神経網膜を含む細胞シートである、[20]の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生体内において各網膜系細胞が存在すべき適切な位置に、長期間に渡って生着できる、移植に適した網膜組織、特に神経網膜及び網膜色素上皮細胞を含む細胞凝集体及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ヒトES細胞から分化誘導し、網膜色素上皮(RPE)細胞と神経網膜(NR)を作り分けた顕微鏡観察結果(A、B、C、D)及び蛍光顕微鏡観察結果(A′、B′、C′、D′)を示す図である。
【
図2】実施例2のNRとRPE細胞とを接着させる方法(A)、並びに接着1時間後及び接着の翌日の顕微鏡観察結果(B、C、D)及び蛍光顕微鏡観察結果(B′、C′、D′)を示す図である。
【
図3】実施例2でNRとRPE細胞とを接着させた後1日目、6日目、及び45日目の経時変化を顕微鏡で観察した結果(E、F、G)、並びに、45日目におけるNR表面に接着しているRPE細胞の形態を顕微鏡で観察した結果(H)及び蛍光顕微鏡で観察した結果(H′)を示す図である。
【
図4】実施例2でNRとRPE細胞とを接着させた後50日目のNR-RPE細胞の凝集塊を免疫染色し、共焦点蛍光顕微鏡で観察した結果(I、J)を示す図である。
【
図5】実施例3のNRとRPE細胞とを接着させる方法(A)、並びに接着直後及び10分後の顕微鏡観察結果(B)を示す図である。
【
図6】実施例3でNRとRPE細胞とを接着させた直後及び13日目の経時変化を顕微鏡で観察した結果(C、D)及び蛍光顕微鏡で観察した結果(C′、D′)を示す図である。
【
図7】実施例4で作製したNR-RPE細胞シートを接着させてから5日間及び50日間培養し蛍光顕微鏡で観察した結果(A、B、C、D、E、F)、並びに、培養したNR-RPE細胞シートを切り出し、蛍光顕微鏡で観察した結果(A′、B′、C′、D′、E′、F′)を示す図である。
【
図8】実施例4で作製したNR-RPE細胞シートを移植して5か月以上後の眼組織切片を顕微鏡下で観察した結果(G)及び蛍光顕微鏡で観察した結果(G′)を示す図である。
【
図9】実施例4で作製したNR-RPE細胞シートを移植した5か月以上後のグラフトを免疫染色して、共焦点蛍光顕微鏡で観察した結果(H)を示す図である。
【
図10】実施例4で作製したNR-RPE細胞シートを移植した5か月以上後のグラフトを免疫染色して、共焦点蛍光顕微鏡で観察した結果(I)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔スフェア状細胞凝集体〕
本発明の一実施形態のスフェア状細胞凝集体は、神経網膜を含むコア部と、上記コア部の表面の少なくとも一部を連続的に又は断続的に覆う被覆部とを備えるものであり、以下の(1)~(4)の特徴を有する:
(1)上記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、上記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、上記視細胞層に含まれる細胞が上記コア部の表面の接線方向に連続して存在しており、
(2)上記被覆部は、互いに接触する網膜色素上皮細胞を含み、
(3)上記細胞凝集体は、水晶体、硝子体、角膜及び血管を含まず、かつ
(4)上記網膜色素上皮細胞は、上記神経網膜層とともに連続する上皮構造を構成していない。
【0014】
「スフェア(sphere)状細胞凝集体」は、球状に近い立体的な形を有する細胞凝集体を意味する。球状に近い立体的な形とは、三次元構造を有する形であって、二次元面に投影したときに、例えば、円形又は楕円形を示す球状形、及び球状形が複数融合して形成される形状(例えば二次元に投影した場合に2~4個の円形若しくは楕円形が重なりあって形成する形を示す)が挙げられる。一態様において、凝集体のコア部は、小胞性層状構造を有し、明視野顕微鏡の下では、中央部が暗く外縁部分が明るく観察されるという特徴を有する。
【0015】
「細胞凝集体」(Cell Aggregate)とは、複数の細胞同士が接着して立体構造を形成しているものであれば特に限定はなく、例えば、培地等の媒体中に分散していた細胞が集合して形成する塊、又は細胞分裂を経て形成される細胞の塊等をいう。細胞凝集体には、特定の組織を形成している場合も含まれる。
【0016】
上記細胞凝集体のコア部は神経網膜を含む。「網膜組織(Retinal tissue又はRetinal organoid)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する網膜系細胞が一種類又は複数種類、層状で立体的に含まれる組織を意味し、「神経網膜(Neural Retina)」は、網膜組織であって、後述する網膜層のうち網膜色素上皮層を含まない、網膜色素上皮層の内側の神経網膜層を含む組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現の有無又は発現の程度等によって確認できる。
【0017】
上記「細胞凝集体のコア部」の一部の領域には、網膜色素上皮細胞及び/又は毛様体周縁部用構造体を含んでいてもよい。一態様として、細胞凝集体の外環境に対して形成している連続的な境界面(神経網膜により構成される)の一部が網膜色素上皮細胞により構成され、さらに神経網膜と網膜色素上皮細胞の境界領域に毛様体周縁部用構造体が存在する。このような「細胞凝集体のコア部」として、具体的には、WO2013/183774に開示される細胞凝集体が挙げられる(
図12A)。
【0018】
「網膜系細胞(Retinal cell)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する細胞又はその前駆細胞を意味する。具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)、網膜前駆細胞等の細胞が含まれるがこれらに限定されない。上記網膜系細胞のうち、神経網膜層を構成する細胞として、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、及びこれらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)等の細胞が挙げられる。
【0019】
「成熟した網膜系細胞」とは、ヒト成人の網膜組織に含まれ得る細胞を意味し、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体周縁部細胞等の分化した細胞を意味する。「未成熟な網膜系細胞」とは、成熟した網膜系細胞への分化が決定づけられている前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、網膜前駆細胞等)を意味する。
【0020】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0021】
「網膜前駆細胞」とは、視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮前駆細胞等のいずれの未成熟な網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞であって、最終的に、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟した網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0022】
「視細胞(photoreceptor cell)」とは、網膜の視細胞層に存在し、光刺激を吸収し電気信号へと変換する役割を持つ。視細胞には、明所で機能する錐体(cone)と暗所で機能する杆体(又は桿体、rod)の2種類がある。視細胞は視細胞前駆細胞から分化し、成熟する。細胞が視細胞若しくは視細胞前駆細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば後述する細胞マーカー(視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1、視細胞で発現するリカバリン、成熟視細胞で発現するロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin等)の発現、外節構造の形成等により容易に確認できる。一態様において、視細胞前駆細胞はCrx陽性細胞であり、視細胞はロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin陽性細胞である。
【0023】
「網膜色素上皮細胞」とは、生体網膜において神経網膜の外側に存在する上皮細胞を意味する。細胞が網膜色素上皮細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば後述する細胞マーカー(RPE65、Mitf、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現や、メラニン顆粒の存在(黒褐色)、細胞間のタイトジャンクション、多角形・敷石状の特徴的な細胞形態等により容易に確認できる。細胞が網膜色素上皮細胞の機能を有するか否かは、VEGF及びPEDF等のサイトカインの分泌能等により容易に確認できる。一態様において、網膜色素上皮細胞はRPE65陽性細胞、Mitf陽性細胞、又は、RPE65陽性かつMitf陽性細胞である。
【0024】
網膜系細胞の存在は、網膜系細胞のマーカー(以下、「網膜系細胞マーカー」という場合がある。)の発現の有無によって確認することができる。網膜系細胞マーカーの発現の有無、又は細胞集団若しくは組織における網膜系細胞マーカー陽性細胞の割合は、当業者であれば容易に確認することができる。例えば、市販の抗体を用いたフローサイトメトリー、免疫染色等の手法によって、特定の網膜系細胞マーカー陽性細胞の数を全細胞数で除することにより確認することができる。
【0025】
網膜系細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(「Rax」ともいう。)、PAX6及びChx10、視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1、視細胞で発現するリカバリン、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するカルレチニン、水平細胞で発現するカルビンジン、成熟視細胞で発現するロドプシン、桿体視細胞で発現するNrl及びロドプシン、錐体視細胞で発現するRxr-gamma、S-Opsin及びM/L-Opsin、ミュラーグリア細胞で発現するGS及びGFAP、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、毛様体周縁部細胞で発現するRdh10及びSSEA1等が挙げられる。
【0026】
「陽性細胞」とは、特定のマーカーを細胞表面上又は細胞内に発現している細胞を意味する。例えば、「Chx10陽性細胞」とは、Chx10タンパク質を核内に発現している細胞を意味する。
【0027】
(1)スフェア状細胞凝集体のコア部の神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されている。「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。「神経網膜層」とは、神経網膜を構成する各層を意味し、具体的には、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。「視細胞層」とは、網膜層又は神経網膜層の1種であり、神経網膜の最も外側に形成され、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞を多く含む網膜層を意味する。
【0028】
コア部の神経網膜における視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1以上の細胞(以下、「視細胞等」という場合がある)を含み、ここで、視細胞は、桿体視細胞及び錐体視細胞を含み、視細胞層に存在する全細胞に対して、視細胞等は核の数を基準に70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上を占める。コア部の神経網膜における視細胞層は、少なくとも凝集体コア部の最も外側に形成されており、また、内側にも視細胞層が形成されていてもよい。上記視細胞等はコア部表面の接線方向に連続して、すなわち互いに接着して存在しており、視細胞等がコア部表面の接線方向に連続して存在することで、視細胞等を含む視細胞層を形成している。なお、接線方向とは、スフェア状細胞凝集体のコア部(神経網膜)表面に対する接線方向、すなわち視細胞層における視細胞等が並んでいる方向のことをいい、当該神経網膜に対して平行方向又は横方向のことである。
【0029】
コア部の神経網膜の一態様として、さらに網膜色素上皮細胞の塊を同一凝集体内に有し、上述した神経網膜と網膜色素上皮細胞の境界領域に毛様体周縁部様構造体を有する、いわゆるカブラ型の凝集体(非特許文献1)であることもあり得る。
【0030】
毛様体周縁部様構造体とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において神経網膜と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)又は網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞、分化細胞の供給、網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)、Otx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。
【0031】
(2)スフェア状細胞凝集体の被覆部は、細胞凝集体のコア部の表面の少なくとも一部を連続的に又は断続的に覆っており、ここでは、スフェア状細胞凝集体のコア部の表面とは、コア部の神経網膜の表面に存在する最も外側の視細胞層の表面を意味する。被覆部は、好ましくはコア部の表面積の30%以上、より好ましくは50%以上を覆っている。コア部の表面を連続的に覆っていることとは、被覆部はコア部の表面において連続的な1つの塊として存在していることをいい、コア部の表面を断続的に覆うこととは、被覆部はコア部の表面において2以上の連続的な塊又は層として存在し、それぞれの連続的な塊は互いに接続していないことをいう。被覆部がコア部の表面を断続的に覆っている場合において、それぞれの連続的な塊はコア部の表面積の10%以上、又は20%以上を連続的に覆っていることが好ましい。
【0032】
被覆部は、互いに接触する網膜色素上皮(RPE)細胞を含み、ここでRPE細胞は、網膜色素上皮前駆細胞も含む。RPE細胞が「互いに接触する」とは、被覆部において1のRPE細胞が他のRPE細胞と接触している状態を意味し、他のRPE細胞と接触しない独立した単一のRPE細胞は被覆部を構成しない。
【0033】
上記コア部の表面に存在する視細胞層と、該視細胞層の少なくとも一部を覆う網膜色素上皮細胞との間に、被覆部の一部として、さらに1又は複数の細胞外マトリクスが存在してもよい。細胞外マトリクスとは、細胞の外側の空間を構成する生体高分子を意味し、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン等の細胞接着性タンパク質、コラーゲン、エラスチン等の線維性タンパク質、これらのタンパク質のフラグメント、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸等のグルコサミノグリカン又はプロテオグリカン等が挙げられる。好ましくは、ヒアルロン酸、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンからなる群から選択される1又は複数の細胞外マトリクスである。好適な細胞外マトリクスとして、ラミニンのフラグメントを挙げることができる(例:ラミニン511-E8フラグメント、ラミニン521-E8フラグメント)。
【0034】
(3)胎児網膜を含む生体網膜は、水晶体、硝子体、角膜及び血管を含むのに対して、本発明のスフェア状細胞凝集体は、水晶体、硝子体、角膜及び血管を含まないという特徴を有する。
【0035】
「水晶体」とは、外から眼球に入ってきた光を屈折させて、網膜にピントをあわせるレンズの役割を果たす組織である。水晶体の部分構造としては、水晶体上皮、水晶体核、水晶体嚢、等が挙げられる。水晶体の前駆組織としては、水晶体プラコード、水晶体胞等が挙げられる。水晶体プラコードとは、肥厚した表皮外胚葉細胞層からなる水晶体前駆組織である。胚発生においては、眼胞の表皮外胚葉への接触により、当該接触領域が肥厚することにより形成される。水晶体胞とは、水晶体プラコードの陥入により形成される小胞である。水晶体、その部分構造、又はその前駆組織が存在することは、マーカーの発現により確認することができる。水晶体、その部分構造、又はその前駆組織のマーカーとしては、L-Maf(水晶体前駆組織)、α、β及びγクリスタリン(水晶体)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
「硝子体」とは、水晶体の後方にあり、内腔を埋める透明なゼリー状の組織であり、眼球の形を保つと同時に、外力を分散させる作用を持つ。硝子体は、水分及びタンパク質(コラーゲン)からできている。硝子体が存在することは、そのゼリー状の形状により確認することができる。
【0037】
「角膜」とは、眼球壁の外層の前方約1/6を占める透明な時計皿状の組織である。角膜の部分構造としては、角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質、デスメ膜、角膜内皮等が挙げられる。角膜は、通常、体表側から順に、角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質、デスメ膜、及び角膜内皮からなる5つの層から構成される。角膜、その部分構造、又はその前駆組織が存在することは、マーカーの発現により確認することができる。角膜、その部分構造、又はその前駆組織のマーカーとしては、パン-サイトケラチン(角膜上皮前駆組織)、E-カドヘリン(角膜上皮前駆組織)、サイトケラチン3(角膜上皮)、サイトケラチン12(角膜上皮)、サイトケラチン14(角膜上皮)、p63(角膜上皮)、ZO-1(角膜上皮)、PDGFR-α(角膜実質、角膜内皮、又はその前駆組織)、Pitx2(角膜実質及び角膜内皮の前駆組織)、ABCG2(角膜実質及び角膜内皮の前駆組織)等が挙げられる。
【0038】
胎児網膜から水晶体等を取り除くと、その部分に穴が開いてしまい、組織が空隙によって分断される。また、生体網膜に比べて、スフェア状細胞凝集体のコア部の神経網膜層を構成する内層(最も外側の視細胞層を除いた部分)に存在する細胞(例:水平細胞、アマクリン細胞、双極細胞)、及び神経節細胞の数が少ない。具体的には、例えばヒト胎児網膜の内層に存在する細胞数と比べて80%以下、70%以下、60%以下、50%以下である。また、胎児網膜の一部を切り取り培養した場合は、二次元の厚みを持ったシート構造となるが、立体的なスフェア状細胞凝集体とはなり得ない。
【0039】
一方、多能性幹細胞を分化誘導することにより人工的に作られたOptic cup(例:Nature. 2011 Apr 7;472(7341):51-6)が知られているが、このOptic cupは細胞凝集体の一部に穴が開いており、組織が空隙により分断されている。
【0040】
(4)被覆部における網膜色素上皮細胞は、神経網膜層とともに連続する上皮構造を構成していない。「上皮構造」とは、上皮組織が形成している層構造を意味し、上皮構造が連続するとは、上皮構造が1つの連続する上皮組織から形成されていることを意味する。すなわち、スフェア状細胞凝集体の被覆部における網膜色素上皮細胞と、コア部における神経網膜を構成する神経網膜層は、上皮組織としての連続性を有していない。連続する上皮構造であるか否かは、当業者であれば顕微鏡下において組織の状態や細胞の配列の状態を観察することにより確認することができる。
【0041】
生体網膜は、内側が神経網膜、外側が網膜色素上皮細胞からなる、大きく内外2つの上皮組織が重なっている上皮構造を有する。この上皮構造は、1つの連続する上皮組織が折り重なることによって形成されている。具体例として、胎児網膜は一枚の上皮シートとして神経網膜-毛様体-RPEが連続した上皮である。また、人工的に製造したOptic cupも一枚の上皮シートとして神経網膜とRPEが連続している。
【0042】
一態様において、本発明のスフェア状細胞凝集体は、哺乳動物の細胞を含む。本発明スフェア状細胞凝集体は、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の細胞を含み、より好ましくはヒトの細胞を含む。
【0043】
一態様において、本発明のスフェア状細胞凝集体は、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患(特に視細胞網膜色素上皮細胞が同時に障害又は損傷されている重症例)の治療における使用のためのスフェア状細胞凝集体である。
【0044】
一態様において、本発明のスフェア状細胞凝集体は、移植を必要とする対象(例:哺乳動物)に移植することができ、当該移植によって視機能を改善することができる。対象となる哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル等が挙げられる。
【0045】
移植に際して、スフェア状細胞凝集体を該スフェア状細胞凝集体の生存能力を維持するために必要な媒体において保存してもよい。「生存能力を維持するために必要な媒体」としては、培地、生理学的緩衝溶液等が挙げられるが、網膜前駆細胞等の網膜系細胞を含む細胞集団が生存する限りにおいて特に限定されず、当業者であれば適宜選択することができる。一例として、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製した培地が挙げられる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、Neurobasal培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0046】
一態様において、本発明のスフェア状細胞凝集体を、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて適切な大きさに細切した後に移植することもできる。切り出した後の形状は問わないが、神経網膜及び網膜色素上皮細胞を含むシート剤(細胞シート、NR-RPE細胞シートともいう)が挙げられる。例えば、一つの細胞凝集塊から切り出した細胞シート1枚(例えば直径300μm高さ50μm)を視細胞や網膜色素上皮細胞が変性している領域の面積に応じて、1枚から複数枚で移植することが挙げられる。当業者であれば、その変性死している領域に応じて細胞シートの枚数を選択することができる。
【0047】
移植は、例えば、注射針を用いて網膜下に移植する方法や、眼球の一部を切開し、切開部位から損傷部位又は病変部位に移植することで実施される。
【0048】
移植後生着した未成熟な網膜系細胞の少なくとも一部は、対象の生体内(眼内)の環境下において成熟した網膜系細胞に分化誘導される。ここで、「移植後に誘導される視細胞」とは、対象の眼内において、移植後生着した網膜前駆細胞又は視細胞前駆細胞から分化誘導される視細胞を意味する。
【0049】
ここで、本明細書における「生着」とは、移植された細胞が生体内に長期間(例:30日以上、60日以上、90日以上)生存し、臓器内に接着して留まることを意味する。
【0050】
本明細書における「接触率」とは、移植した網膜組織の長径に対する、移植した網膜組織の視細胞層がホスト側の双極細胞を含む網膜層と接触している長さの割合を指す。
【0051】
本明細書における「機能的生着」とは、移植された細胞が生着し、生体内で本来の機能を果たしている状態を意味する。
【0052】
本明細書における「機能的生着率」とは、移植した細胞のうち、機能的生着を果たした細胞の割合を意味する。移植された視細胞の機能的生着率は、例えば上記接触率から求めることができる。
【0053】
上記スフェア状細胞凝集体を移植することによって、移植された視細胞(移植後に誘導される視細胞を含む)の機能的生着率は10%以上、好ましくは20%以上、さらに好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上である。
【0054】
生体網膜は、非常に複雑な層構造を有しており、網膜層に存在する細胞が秩序だって整然と存在していることによってはじめて機能が発揮される。上記スフェア状細胞凝集体は、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層を有し、当該網膜層では視細胞等は接着し連続的に存在しており、さらにその被覆部に網膜色素上皮細胞が存在しているため、生体網膜の構造に非常に類似した構造を有している。従って、本スフェア状細胞凝集体を移植することにより、生体において障害を受けた網膜や網膜色素上皮細胞の代替として、視細胞による光受容機能と網膜色素上皮細胞の視細胞保護機能等の両方を発揮することで、長期間生体に生着することが期待される。従って、スフェア状細胞凝集体は移植に適した細胞凝集体である。また、本スフェア状細胞凝集体は、後述する製造方法により製造することが可能であり、移植が必要な患者に適時に必要量を提供可能な点で生体網膜より優れているといえる。
【0055】
〔スフェア状細胞凝集体の製造方法〕
本発明の一実施形態のスフェア状細胞凝集体の製造方法は、神経網膜を含むスフェア状の細胞凝集体(神経網膜の細胞凝集体)を調製する工程と、網膜色素上皮細胞を調製する工程と、神経網膜の細胞凝集体及び網膜色素上皮細胞を接触させる工程とを含む。
【0056】
(神経網膜の細胞凝集体)
以下、神経網膜の細胞凝集体およびその製造方法について説明する。なお、「神経網膜の細胞凝集体」とは、神経網膜を含むスフェア状の細胞凝集体を意味する。
(I)神経網膜を含むスフェア状の細胞凝集体(神経網膜の細胞凝集体)において、神経網膜は細胞凝集体の表面に存在している。例えば、神経網膜は神経網膜の細胞凝集体の表面に厚みを持って存在しており、外環境に対して連続的な面で境界を形成している。外環境に面している境界面は視細胞が多数を占めており、その内側に内層の細胞や網膜前駆細胞が存在している。これら網膜層を構成する細胞は互いに接着し連続的に存在している。その内部には空洞、若しくは整然と並んだ層構造が形成されていない空間があるため、その境目に明瞭な影が観察され、上皮構造を形成していることが確認される。神経網膜を含むスフェア状の細胞凝集体は、上述したコア部と被覆部とを備えるスフェア状細胞凝集体のコア部に相当する。
【0057】
(II)神経網膜において少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、視細胞層には視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1以上の細胞が存在している。神経網膜におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上である。Chx10陽性細胞としては、網膜前駆細胞及び視細胞前駆細胞が挙げられる。
【0058】
神経網膜の細胞凝集体は、多能性幹細胞由来であることが好ましい。「多能性幹細胞」とは、試験管内において培養することが可能で、かつ、胎盤を除く生体を構成するすべての細胞(三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織)に分化しうる能力(多分化能性(pluripotency))を有する幹細胞をいい、胚性幹細胞もこれに含まれる。
【0059】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)及び生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIF(白血病抑制因子)を含む培地中で培養することによって製造することができる。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関から入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所から入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるRx::GFP株(KhES-1株由来)は、国立研究開発法人理化学研究所から入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞株及びD3細胞株は、それぞれ国立研究開発法人理化学研究所及びATCCから、入手可能である。
【0060】
胚性幹細胞の一つである核移植胚性幹細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0061】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することによって製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0062】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等によって初期化(reprogramming)することで、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞、又は末梢血単核球等の分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現によって初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells,2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0063】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによってマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0064】
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等によって体細胞から人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0065】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手することも可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学から入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞及びFf-I14細胞が、京都大学から入手可能である。
【0066】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)、T細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0067】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現によって初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。上記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)等が挙げられる。
【0068】
人工多能性幹細胞を製造する際には、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地、又はフィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダーフリーで体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0069】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0070】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト又はマウス多能性幹細胞、さらに好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0071】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0072】
神経網膜の細胞凝集体は、多能性幹細胞を分化誘導することによって得ることができる。分化誘導はWO2011/055855、WO2013/077425、WO2015/025967、WO2016/063985、WO2016/063986、WO2017/183732、PLoS One. 2010 Jan 20;5(1):e8763.、Stem Cells. 2011 Aug;29(8):1206-18.、Proc Natl Acad Sci USA. 2014 Jun 10;111(23):8518-23、Nat Commun. 2014 Jun 10;5:4047に開示されている方法が挙げられるが、特に限定されない。
【0073】
具体的な一態様として、下記工程(A)、(B)及び(C)を含む方法によって神経網膜の細胞凝集体を調製することができる。
(A)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(B)無血清培地中で浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C)工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに浮遊培養する工程。
【0074】
本方法は、例えばWO2016/063985、WO2017/183732にも開示されており、より詳細にはWO2016/063985、WO2017/183732を参照することが可能である。
【0075】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーによって伝達される、シグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LY-364947、SB-505124、A-83-01等)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、A-83-01等)及びBMPシグナル伝達経路阻害物質(例:LDN193189、Dorsomorphin等)を挙げることができる。これらの物質は市販されており入手可能である。
【0076】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、「Shh」と記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhによって媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、PMA(Purmorphamine)、SAG(Smoothened Agonist)等が挙げられる。
【0077】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えば、SB431542は、通常0.1~200μM、好ましくは2~50μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50μM、好ましくは0.5~5μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000nM、好ましくは10~300nMの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10~700nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。
【0078】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として未分化維持因子を含む上記フィーダーフリー培地を用いるとよい。
【0079】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28,611-615,(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236,(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974,(2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0080】
工程(A)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(B)において形成される細胞凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間である。一態様において、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、さらに好ましくは12~48時間、よりさらに好ましくは18~28時間(例、24時間)である。
【0081】
無血清培地の準備及び細胞凝集体の形成は、上述と同様に実施することができる。
【0082】
一態様において、工程(B)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを上述の濃度で用いることができる。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は例えば、12時間~6日間である。
【0083】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPによって媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4若しくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチド等が挙げられる。BMP2タンパク質、BMP4タンパク質及びBMP7タンパク質は例えばR&D Systems社から、GDF7タンパク質は例えば和光純薬から入手可能である。
【0084】
用いられる培地は、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)が挙げられる。無血清培地、血清培地は上述の通り準備することができる。
【0085】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4タンパク質の場合は、約0.01nM~約1μM、好ましくは約0.1nM~約100nM、より好ましくは約1nM~約10nM、さらに好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。
【0086】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(A)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1日目~15日目までの間、より好ましくは1日目~9日目までの間、最も好ましくは3日目に培地に添加する。
【0087】
具体的な態様として、例えば、工程(B)の浮遊培養開始後1~9日目、好ましくは1~3日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10 nMに調製し、BMP4の存在下で例えば1~12日、好ましくは2~9日、さらに好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を、同一濃度を維持すべく、1回若しくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又はBMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
【0088】
上記工程(A)~工程(C)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%~約10%、好ましくは約5%である。
【0089】
上記工程(C)における培養期間を変動させることによって、神経網膜の細胞凝集体に含まれる網膜系細胞として、様々な分化段階の網膜系細胞を製造することができる。すなわち、未成熟な網膜系細胞(例:網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞)と成熟した網膜系細胞(例:視細胞)とを様々な割合で含む、神経網膜の細胞凝集体中の網膜系細胞を製造することができる。工程(C)の培養期間を延ばすことによって、成熟した網膜系細胞の割合を増やすことができる。
【0090】
上記工程(B)及び/又は工程(C)は、WO2017/183732に開示された方法を使用することもできる。すなわち、工程(B)及び/又は工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質をさらに含む培地で浮遊培養し、神経網膜の細胞凝集体を形成することができる。
【0091】
工程(B)及び/又は工程(C)に用いる、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、タンパク質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt中和抗体、抗Wnt受容体中和抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberusタンパク質等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo (IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
【0092】
工程(B)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、良好な細胞凝集体の形成を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0093】
工程(B)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、早い方が好ましい。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(B)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(B)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。具体的には、例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した基礎培地の添加や、該基礎培地への一部若しくは全部の培地交換を行う事ができる。工程(A)で得られた細胞を、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時に培地へ添加した後、工程(B)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)まで作用させる。更に好ましくは、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に曝露させる。一態様としては、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させ、網膜組織が形成されるまで作用させてもよい。
【0094】
工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、前述のWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、工程(B)で用いたWntシグナル伝達経路阻害物質と同一の種類のものを工程(C)において使用する。
【0095】
工程(C)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。工程(C)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、工程(B)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を100としたとき、好ましくは50~150、より好ましくは80~120、更に好ましくは90~110であり、第二工程の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度と同等であることが、より好ましい。
【0096】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の培地への添加時期は、網膜系細胞若しくは網膜組織を含む凝集体形成を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が好ましい。好ましくは、工程(C)開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が培地に添加される。より好ましくは、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して(即ち、工程(B)の開始時から)培地中に含まれる。更に好ましくは、工程(B)の浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して培地中に含まれる。例えば、工程(B)で得られた培養物(Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中の凝集体の懸濁液)にBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を添加すればよい。
【0097】
Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、2日間から30日間、より好ましくは6日間から20日間、8日間から18日間、10日間から18日間、又は10日間から17日間(例えば、10日間)である。別の態様において、Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、好ましくは3日間から15日間(例えば、5日間、6日間、7日間)であり、より好ましくは6日間から10日間(例えば、6日間)である。
【0098】
上述した方法で得た神経網膜の細胞凝集体をWntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で3日間から6日間程度の期間培養(工程(D))後、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない無血清培地又は血清培地中で30日間~60日間程度培養する(工程(E))ことによって、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造することもできる。
【0099】
一態様として、工程(A)~(C)で得られた神経網膜の細胞凝集体であって、工程(B)の浮遊培養開始後6~30日目、10~20日目(10日目、11日目、12日目、13日目、14日目、15日目、16日目、17日目、18日目、19日目又は20日目)の神経網膜の細胞凝集体から、上記工程(D)及び工程(E)により、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造できる。
【0100】
Wntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntによって媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)を挙げることができる。例えばCHIR99021の場合には、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μMの範囲を挙げることができる。
【0101】
FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFによって媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398等が挙げられる。例えばSU-5402の場合、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0102】
上述の方法によって、神経網膜の細胞凝集体を製造することができるが、これらに限定されない。
【0103】
(網膜色素上皮細胞)
網膜色素上皮細胞は、多能性幹細胞由来であることが好ましい。多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を調製する方法はWO2012/173207号、WO2015/053375号、WO2015/053376号、WO2015/068505号、WO2017/043605、Stem Cell Reports, 2(2), 205-218 (2014)及びCell Stem Cell, 10(6), 771-785 (2012)に開示されている方法が挙げられるが、特に限定されない。また、上述したWO2016/063985に記載の方法を改良することで網膜色素上皮細胞の凝集体を調製することも可能である。網膜色素上皮細胞は、細胞シート又は細胞懸濁液として調製されてもよい。
【0104】
WO2016/063985に記載の方法の改良法としては、上述した方法のうち、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)分化誘導一日前にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、2)分化誘導開始時にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を処理しない条件で培養する。その後、上述した工程(B)及び(C)を行う。さらに、上記工程(D)の開始時期を早める方が好ましい。具体的には、工程(B)の浮遊培養開始9日前後(例:7日、8日、9日、10日、11日後)に工程(D)を開始する。その後、上述した工程(E)を実施すればよい。
【0105】
網膜色素上皮細胞は、神経網膜の細胞凝集体と接触させる前に、多角形又は敷石状の細胞形態を有するまでさらに培養してもよい。この場合の培地は、特に限定されないが、網膜色素上皮細胞の維持培地(以下、RPE維持培地と記載することもある。)に交換し、さらに培養することもできる。それにより、さらにはっきりとメラニン色素沈着細胞群や基底膜に接着する多角扁平状の形態を有する細胞群を観察することができる。RPE維持培地による培養は、網膜色素上皮細胞のコロニーが形成される限り限定されないが、例えば3日に1回以上の頻度で全量培地交換を行いながら5~20日間程度培養を行う。当業者であれば、当該形態を確認しながら、培養期間を容易に設定することができる。網膜色素上皮細胞の維持培地は、例えばIOVS, March 2004, Vol. 45, No.3、MasatoshiHarutaら、IOVS, November 2011, Vol. 52, No. 12、Okamotoら、Cell Science 122 (17)、Fumitaka Osakadarら、ebruary 2008, Vol. 49, No. 2、Gammらに記載のものを使用することができる。
【0106】
当業者であれば、上述の方法により得られた網膜色素上皮細胞の凝集体又は細胞シートから、ピペッティング等の常法により網膜色素上皮細胞の細胞懸濁液を調製する事もできる。例えば、PBS(Thermo fisher社製)等で凝集体又は細胞シートを洗浄した後、Tryple select(Thermo fisher社製)等の細胞解離酵素により15~30分間程度処理し、ピペッティングすることで細胞懸濁液を調製することができる。セルストレーナー(Cell strainer)等のメッシュを通してもよい。
【0107】
「細胞シート」とは、少なくとも二次元の方向に生物学的結合を有する単一又は複数の細胞から構成される単層又は重層の構造体をいう。細胞シートは、接着培養した細胞又は細胞凝集体から、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて切り出して作製することができる。
【0108】
「細胞懸濁液」とは、同一種類の又は異なる種類の複数の細胞を浮遊状態で含む溶液を意味する。好ましくは、媒体中に存在する細胞の大多数(例えば、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上又は95%以上)が、相互に解離し、持続的な物理的接触をすることなく存在している状態をいう。その他の一部の細胞は、細胞凝集体等として存在していてもよい。
【0109】
網膜色素上皮細胞の細胞懸濁液は、例えば、細胞シートや細胞凝集体として製造された網膜色素上皮細胞を、単一細胞に分散させることにより調製することができる。分散方法は特に限定されないが、当業者に周知の方法、例えば、細胞解離酵素(例:Tryple(商標)select、サーモフィッシャー社)等による化学的処理や、セルスクレイパー等を用いた物理的処理によって分散することができる。
【0110】
(接触工程)
神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞とを接触させる方法は、神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞が接着可能な限り特に限定されないが、例えば、神経網膜の細胞凝集体を網膜色素上皮細胞の懸濁液と共に培養し、プレートの底に沈んだ神経網膜の細胞凝集体に網膜色素上皮細胞を接着させる方法、又は、網膜色素上皮細胞シートに神経網膜の細胞凝集体を接触させる方法、さらに、浸透圧差を利用する方法等が挙げられる。
【0111】
神経網膜の細胞凝集体を網膜色素上皮細胞の細胞懸濁液と共に培養し、プレート等の培養容器の底に沈んだ神経網膜の細胞凝集体に網膜色素上皮細胞を接着させる方法としては、網膜色素上皮細胞が前記培養容器に接着して、それによって細胞凝集体との接着が阻害されないように、低接着性の容器中で行うことが好ましい。使用する容器としては、ウェルの小さなプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0cm2程度のプレート)やマイクロポア等を用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブ等が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35cm2程度)、384ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見た時の底面の形状としては、平底構造でも外周部が高く、内凸部がくぼんだ構造でもよい。底面の形状としては、例えば、U底、V底、M底、平底が挙げられる。ウェルの小さなプレートの底面は細胞非接着面の底面、好ましくはPrime surface(住友ベークライト社製)等が好ましい。細胞非接着性の培養容器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク質低吸着処理等)されたもの等を使用できる。
【0112】
また、バイオリアクター等を用いて撹拌培養で接着させる方法も挙げられる。
【0113】
また、神経網膜の細胞凝集体表面の全体に網膜色素上皮細胞が接着するように、神経網膜の細胞凝集体をウェルの底に沈殿させて接着させる方法で培養することが好ましい。
【0114】
網膜色素上皮細胞の細胞懸濁液の濃度及び接着させるための培養の期間は、RPE細胞の接着、増殖を確認することにより当業者であれば容易に設定することができる。網膜色素上皮細胞が神経網膜の細胞凝集体の表面に接着していることは、例えば、顕微鏡観察や免疫染色により確認できる。また、神経網膜の細胞凝集体の表面に接着した網膜色素上皮細胞が増殖していることは、例えば、顕微鏡観察や免疫染色により確認できる。網膜色素上皮細胞の細胞懸濁液の濃度は、具体的には、1ウェルあたり1×104細胞以上、好ましくは1×105細胞以上である。接着させるための培養の期間は、1日間~60日間、好ましくは3日間~30日間である。
【0115】
神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞とを接触させる前に、神経網膜の細胞凝集体を後述する接着因子(例:細胞外マトリクス)でコーティングしておくことが好ましい。神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞の培養を、接着因子の存在下で行ってもよい。
【0116】
網膜色素上皮細胞シートに神経網膜の細胞凝集体又はその一部である細胞シートを接触させる方法としては、接着培養している網膜色素上皮細胞シート上に神経網膜の細胞凝集体又は神経網膜の細胞凝集体を切り出して得られた神経網膜の細胞シートを自重で又はメッシュを重ねること等を用いて沈ませて張り付ける方法が挙げられる。
【0117】
神経網膜の細胞シートを接触させる前に、網膜色素上皮細胞シート上に後述する接着因子(例:細胞外マトリクス)をコーティングすることが好ましい。
【0118】
浸透圧差を利用する方法は、例えば、メチルセルロースを含む媒体中において、神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞を接触させ培養することにより接着させる。具体的には、0.1%~20%(例:3%)のメチルセルロースを含む培地中に神経網膜を含む神経網膜の細胞凝集体を浮かべ、1000cells/μLから1000000cells/μLになる様に培地に懸濁させた網膜色素上皮細胞を少量(1μL~10μL、例:3μL)、メチルセルロースを含む培地中の神経網膜の細胞凝集体に向かってゆっくり吐き出す。本操作により、神経網膜の細胞凝集体の周囲に網膜色素上皮細胞を含む培地の液滴が形成され、一定時間(例:1時間程度)培養することにより、メチルセルロースを含む培地との浸透圧の違いにより、液滴中の培地のみが外部の液体に拡散し、網膜色素上皮細胞が神経網膜の細胞凝集体の周りに凝集することにより接着が促進される。メチルセルロースの代わりに、ハイドロゲル等を使用することもできる。
【0119】
また、上述した3つの接触させる方法において使用する媒体としては、特に限定されないが、例えば、網膜系細胞、網膜色素上皮細胞又は神経網膜の培養に用いられる培地(例:DMEM/F12培地、Neurobasal培地、これらの混合培地、RPE維持培地等)が挙げられる。また、後述する接着因子を含む方が好ましい。
【0120】
接触工程において、接着因子の存在下で接触させることが好ましい。接着因子とは、細胞同士を接着させる作用を有している物質を意味し、特に限定はないが、例えば、上述した細胞外マトリクスや人工的なハイドロゲル等が挙げられる。接着因子は、単離された単一の物質である必要はなく、例えばマトリゲル、視細胞間マトリクス、血清等の生体や細胞からの調製物も含まれる。マトリゲルは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫由来の基底膜調製物である。マトリゲルは、例えばUS patent No.4829000に開示された方法により調製することができ、市販のものを購入することもできる。マトリゲルの主成分はラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンである。視細胞間マトリクスは、生体網膜における視細胞等の網膜系細胞の間に存在する細胞外マトリクスの総称であり、例えばヒアルロン酸が含まれる。視細胞間マトリクスは、当業者であれば、例えば網膜を蒸留水中に置き、膨張させて分離するという方法により、生体網膜から採取することが可能であり、市販のものを購入することもできる。接着因子としては、細胞外マトリクスであることが好ましく、さらに、細胞外マトリクスが、ヒアルロン酸、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンからなる群から選択される1又は複数の細胞外マトリクスであることが好ましい。また、細胞外マトリクスと共に、EGF等の成長因子等の他の成分の存在下で接触させてもよい。市販の細胞外マトリクスとしては、マトリゲル(登録商標)、iMatrix511(登録商標)等が挙げられる。
【0121】
接触工程における細胞外マトリクスの濃度は、神経網膜の細胞凝集体の大きさや網膜色素上皮細胞の細胞数により異なるが、当業者であればRPE細胞の接着や増殖を確認することにより容易に設定可能である。例えば、Matrigelであれば、既製品(ベクトンディッキンソン(BD)社)を200~10000倍希釈した濃度、iMatrix511であれば、0.1~5ug/mlの濃度で添加するのが好ましい。
【0122】
具体的には、接着因子を含む上記媒体中で、神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞とを接着させるための培養を行えばよい。上述した神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞とを接着させるための培養期間中、継続して接着因子を含む上記媒体中で培養してもよいし、接着因子を含む上記媒体中で一定期間(例:1日~10日間)培養後、接着因子を含まない媒体に交換して培養を継続してもよい。
【0123】
神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞を接着させるための培養を行う前に、神経網膜の細胞凝集体又は網膜色素上皮細胞シートを接着因子でコーティングしてもよい。具体的には、接着因子を含む上記媒体中で、神経網膜の細胞凝集体又は網膜色素上皮細胞シートを培養すればよい。当業者であれば培養時間は適宜設定可能であるが、10分~5時間(例えば、10分~60分)程度培養すればよい。培養後、PBS等の媒体により洗浄してもよい。
【0124】
接触させる神経網膜を含む神経網膜の細胞凝集体及び網膜色素上皮細胞について、上述の製造方法における異なる培養日数の神経網膜の細胞凝集体及び網膜色素上皮細胞を用いる場合、製造を開始する日をずらせばよい。網膜色素上皮細胞が凝集体又は細胞シートである場合、神経網膜の細胞凝集体と接触させる前に、該凝集体又は細胞シートに対して細胞解離酵素処理及び/又はピペッティング操作を行い、細胞を解離させて、網膜色素上皮細胞の細胞懸濁液にしてから接触させればよい。
【0125】
神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞とを接触させることによって、両者が接着して、コア部と被覆部とを備えるスフェア状細胞凝集体を形成する。神経網膜の細胞凝集体と網膜色素上皮細胞とを接触させた後に、両者がより接着するように、網膜色素上皮細胞が神経網膜の細胞凝集体の表面全体を覆うように、及び/又は、網膜色素上皮細胞が多角形又は敷石状の細胞形態を有するように、さらに培養することが好ましい。使用する培地は、上記目的を達成できる範囲において特に限定されないが、網膜系細胞、網膜色素上皮細胞又は神経網膜の培養に用いられる培地(例:DMEM/F12培地、Neurobasal培地、これらの混合培地、RPE維持培地等)が挙げられる。また、当業者であれば、顕微鏡下で細胞の接着の状態及び神経網膜の細胞凝集体表面における網膜色素上皮細胞の存在割合を確認し、また、網膜色素上皮細胞が多角形又は敷石状の細胞形態を示していることを確認することができ、当該形状を確認することで培養日数を設定することができる。上述した接触工程を実施後、例えば、1日~100日(5日~50日)程度の範囲で培養すればよい。
【0126】
〔毒性又は薬効評価用試薬及び被験物質の毒性又は薬効評価方法〕
本発明の一実施形態の被験物質の毒性又は薬効評価用試薬は、本発明の一実施形態のスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部を含有してなり、本発明の一実施形態の被験物質の毒性又は薬効評価方法は、本発明の一実施形態のスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部に被験物質を接触させ、被験物質が該スフェア状細胞凝集体又は該スフェア状細胞凝集体に含まれる細胞に及ぼす影響を検定することを含む。
【0127】
例えば、網膜組織の障害に基づく疾患、特に遺伝性の障害に基づく疾患の人患者から、iPS細胞を作製し、このiPS細胞を用いて本発明の方法により、スフェア状細胞凝集体を製造する。スフェア状細胞凝集体は、その患者が患っている疾患の原因となる網膜組織の障害をインビトロで再現し得る。そこで、本発明は、本発明の製造方法により製造されるスフェア状細胞凝集体に被験物質を接触させ、被験物質が該スフェア状細胞凝集体又は該スフェア状細胞凝集体に含まれる細胞に及ぼす影響を検討することを含む、該物質の毒性又は薬効評価方法を提供する。
【0128】
〔治療薬、治療方法及び医薬組成物〕
本発明の一実施形態の治療薬は、スフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部を含有してなる、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患(特に視細胞及び網膜色素上皮細胞が同時に障害又は損傷されている重症例)の治療薬である。本発明の一実施形態の治療方法は、スフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部の有効量を、移植を必要とする対象に移植することを含む、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患(特に視細胞及び網膜色素上皮細胞が同時に障害又は損傷されている重症例)の治療方法である。本発明の一実施形態の医薬組成物は、本発明に係るスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部を有効成分として含有する。本発明の一実施形態の医薬組成物は、網膜色素上皮細胞、網膜系細胞若しくは網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患(特に視細胞及び網膜色素上皮細胞が同時に障害又は損傷されている重症例)の治療薬として有用である。
【0129】
網膜組織の障害に基づく疾患としては、例えば、眼科疾患である黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、緑内障、角膜疾患、網膜剥離、中心性漿液性網脈絡膜症、錐体ジストロフィー、錐体桿体ジストロフィー等が挙げられる。網膜組織の損傷状態としては、例えは、視細胞が変性死している状態等が挙げられる。
【0130】
本発明の一実施形態の治療薬又は医薬組成物は、スフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部の有効量、及び医薬として許容される担体を含み得る。移植用スフェア状細胞凝集体の有効量は、投与の目的、投与方法、投与対象の状況(性別、年齢、体重、病状等)によって異なるが、例えば、細胞数として、1×105個、1×106個又は1×107個とすることができる。
【0131】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることができる。必要に応じて、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0132】
本発明の一実施形態の治療薬又は医薬組成物は、本発明に係るスフェア状細胞凝集体又は当該細胞凝集体の一部を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することによって、細胞懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いてもよい。
【0133】
一態様において、本発明のスフェア状細胞凝集体を、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて適切な大きさに細切し、凝集体の一部を移植するために切り出して利用できる。切り出し後の形状は特に限定はないが、細胞シートが挙げられる。
【0134】
〔スフェア状細胞凝集体の一部及びその製造方法〕
本発明の一実施形態のスフェア状細胞凝集体の一部は、本発明のスフェア状細胞凝集体の一部であり、例えば本発明のスフェア状細胞凝集体から物理的に切り出すことによって得ることができる。スフェア状細胞凝集体の一部の形状は問わず、スフェア状でなくてもよい。スフェア状細胞凝集体の一部は、神経網膜とその表面の少なくとも一部を連続的に又は断続的に覆う、互いに接触する網膜色素上皮細胞を含む被覆とを備える細胞凝集体であり、例えば網膜色素上皮細胞及び神経網膜を含む細胞シートであってよい。
【0135】
本発明の一実施形態のスフェア状細胞凝集体の一部の製造方法は、本発明のスフェア状細胞凝集体の一部を物理的に切り出す工程を含む。切り出す工程は、通常の方法、例えば、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて適切な大きさに細切する方法により実行することができる。
【実施例】
【0136】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0137】
<実施例1 網膜色素上皮(RPE)細胞と神経網膜(NR)の作り分け>
Crx::Venusレポーター遺伝子を持つように遺伝子改変したヒトES細胞(Kh-ES1株、Cell Stem Cell,10(6),771-785,(2012)を、「Scientific Reports,4,3594(2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件下で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(商品名:AK03N、味の素社製)、フィーダー細胞に代わる足場としてLaminin511-E8(商品名、ニッピ社製)を用いた。
【0138】
具体的なヒトES細胞の維持培養操作は、以下の様に行った。まず、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になったヒトES細胞(KhES-1株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(商品名、Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、単一細胞へ分散されたヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4cm2)を用いた場合、上記単一細胞へ分散されたヒトES細胞の播種細胞数は1ウェルあたり1.2×104細胞とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1~2日ごとに一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレントになる1日前まで培養した。
【0139】
当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、次の二つの条件、(1)SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM)の存在下、又は(2)SAG及びSB431542(TGFβシグナル伝達経路阻害物質、5μM)の存在下で、1日間フィーダーフリー条件下で培養した(以下、Precondition処理と記載する場合もある)。
【0140】
Precondition処理したヒトES細胞をPBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0141】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(ROCK阻害物質、終濃度20μM)を添加した。また、同時にSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30nM)を添加有り無しで検討した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製)を含む培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5nMで含む培地を50μL添加した。
【0142】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後3、6、9、15、及び18日目に、無血清培地(gfCDM+KSR)で半量交換した。当該浮遊培養開始後15又は18日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1%N2 Supplementが添加された培地)で37℃、5%CO
2で、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地(Thermo fisher社製)に10%ウシ胎児血清、1% N2 supplement(Thermo fisher社製)、Taurinが添加された培地:以下、NucT0培地と記載する場合がある)で長期培養した。2~4日に1回上記血清培地にて半量培地交換した。浮遊培養開始後38日目に、顕微鏡及び蛍光顕微鏡を用いて、観察した(
図1)。
【0143】
その結果、SAG及びSB添加によるPrecondition処理を行い、分化誘導開始時にSAGを添加しなかった場合、RPEの作製効率が良かった(
図1B、B’)。上記以外の条件では、CRX陽性の視細胞前駆細胞を有する神経網膜を含む細胞凝集体の作製効率が良かった(
図1A、A’、C、C’、D、D’)。
【0144】
<実施例2 NRとRPE細胞との接着1>
実施例1のようにして作成されたRPE細胞とNRを、それぞれ浮遊培養開始後40日目以降Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達阻害物質を含まない血清培地(NucT0培地とNucT2培地を1:3で混合した培地:以下、NucT1培地と記載する場合がある。なお、NucT2培地とは、Neurobasal Medium(Thermo fisher社製)に10%FBS、B27 supplement w/o V.A.(Thermo fisher社製)、L-Glutamine、Taurin、T3が添加された培地を意味する。)で59日目まで長期培養した。当該浮遊培養開始後60日目以降Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達阻害物質を含まない血清培地(NucT2培地)で長期培養した。
【0145】
浮遊培養開始後80~90日目のRPE細胞及び50~120日目のNRをそれぞれ用意し、それぞれ下記のように処理をした(
図2A)。
RPE細胞:PBS(Thermo fisher社製)で洗浄後、Tryple select(Thermo fisher社製)で酵素処理を15~30分間行い、ピペッティングすることでシングルセル化し、40μmのセルストレーナー(Cell strainer)に通した後、Nuc培地に懸濁させた。
NR:NRをチューブに回収し、iMatrix511(ニッピ社製)又はMatrigel(BD社製)でコーティングを15~60分実施し、PBSで洗浄した。
【0146】
上記のようにして調製したNRとRPE細胞を低接着のPrimeSurface(登録商標)96Vプレート(住友ベークライト社製)に播種した。播種1時間後に顕微鏡及び蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、NRの周りにシングルセル化されたRPE細胞がウェルの底に沈んで集まっていることが確認された(
図2B、B’)。また、翌日にPBSで洗浄して顕微鏡及び蛍光顕微鏡にて観察したところ、NRの表面にRPE細胞が接着していることを確認した(
図2C、C’、D、D’)。
【0147】
接着後1日目、6日目、45日目の経時変化を観察した。その結果、1日目で接着したRPE細胞が6日目では徐々に増殖してNR表面を覆い始め、45日目ではNR表面を覆っていることが蛍光顕微鏡にて確認された(
図3E、F、G)。また、45日目ではNR表面に接着しているRPE細胞は六角形構造を形成することも蛍光顕微鏡にて確認された(
図3H、H’)
【0148】
接着させた後50日目NR-RPE細胞の凝集塊を、4%PFAで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、MITFタンパク質について抗MITF抗体(商品名:Anti MITF Antibody、EX alpha社製)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、共焦点蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、NRとRPE細胞を接着させた凝集体ではCRX陽性の視細胞前駆細胞の表面にMITF陽性のRPE細胞が局在していることを確認した(
図4I、J)。
【0149】
これらの結果から、別々に作り分けたRPE細胞とNRを接着させ、NR上にRPE細胞が局在したNR-RPE細胞シートが作製できることが分かった。
【0150】
<実施例3 NRとRPE細胞との接着2>
実施例1のようにして作製されたRPE細胞とNRを、それぞれ浮遊培養開始後40日目以降Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達阻害物質を含まない血清培地(NucT0培地とNucT2培地を1:3で混合したNucT1培地で培養。NucT2培地:Neurobasal Mediumに10%FBS、B27 supplement w/o V.A.、L-Glutamine、Taurin、T3が添加された培地)で59日目まで長期培養した。当該浮遊培養開始後60日目以降Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達阻害物質を含まない血清培地(NucT2培地)で長期培養した。
【0151】
3%メチルセルロース(Sigma aldrich社製)入りの血清培地中に、浮遊培養開始後50~120日目のNRを、ピペットを用いて添加し、浮遊させた。また、浮遊培養開始後80~90日目のRPE細胞の凝集体を10個程度回収して、PBSで洗浄し、Tryple select(Thermo fisher社製)で酵素処理を15~60分間行い、ピペッティングすることでシングルセル化した。シングルセル化したRPE細胞を40μmのCell strainer(Falcon社製)に通した後、800rpmで遠心し、上清を除去した。培地を10μL添加後、3μl回収し、3%メチルセルロース(Sigma aldrich社製)入りの血清培地中、NRに向けて吐き出した(
図5A、B)。1時間以内に顕微鏡及び蛍光顕微鏡で観察したところ、シングルセル化したRPE細胞がNRに付着していることを確認した(
図6C、C’)。接着13日後、顕微鏡及び蛍光顕微鏡にて観察したところ、NR上に接着していることを確認した(
図6D、D’)。
【0152】
これらの結果から、別々に作り分けたRPE細胞とNRをメチルセルロース入りの培地中に添加することでRPE細胞をNR上に接着させることが可能であることが分かった。
【0153】
<実施例4:NR-RPE細胞シートの移植及び生着確認>
実施例2で作製したNR-RPE細胞シートをNuc T2培地にてコンジュゲートさせてから5日間及び50日間培養した(
図7A、A’、D、D’)。上記培養したNR-RPE細胞シートをNRとRPE細胞を同時に切り出した(
図7B、B’、C、C’、E、E’、F、F’)。顕微鏡及び蛍光顕微鏡で観察したところ、外側から観察するとRPE細胞が接着していることが観察され、内側から観察すると、RPE細胞はほとんど観察されずCRX::Venusの蛍光がよく確認できた。よって、NR-RPE細胞シートにおいて極性をもって切り出すことができた。
【0154】
上記のようにして切り出したNR-RPE細胞シートを、注射器を用いて視細胞変性モデルである網膜変性ラットの網膜下へ移植した。移植5か月以上後に眼組織をパラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。クライオスタットを用いて、組織切片を作製した(
図8G、G’)。切片を顕微鏡及び蛍光顕微鏡下で観察したところ、HostのRPE上にRPE層があり、その上にCRX::Venus陽性の視細胞Rosetteが確認された(
図8G、G’)。
【0155】
免疫染色によって、Rhodopsin抗体(商品名:Anti RetP1抗体、Sigma社製)を用いて、移植後のグラフトを評価した。また、ヒト細胞質マーカー特異的マウスモノクローナル抗体(商品名:Stem121、TaKaRa社製)、抗RPE65抗体(商品名:RPE65 Antibody、Millipore社製)を用いて、それぞれ、組織切片中のヒト細胞、RPE細胞を染色し、移植後のグラフトを評価した。
【0156】
染色した組織を、共焦点顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行った。その結果、視細胞はRhodopsin陽性であることがわかり、RPE細胞と同時移植した視細胞においても、問題なく成熟することが分かった(
図9H)。また、Stem121とRPE65で染色した切片を観察したところ、下側のRPE65陽性のRPE層はStem121陰性であることから、HostのRPE細胞であること、一方でその上側にあるRPE65陽性のRPE層はStem121陽性であったことから、Graft由来のRPE層であることが分かった(
図10I)。また、Graft由来のRPE層のすぐ上側にCRX::Venus陽性の視細胞Rosetteが観察された。
【0157】
上記結果より、NR-RPE細胞シートの同時移植では視細胞は成熟すること及び、NRとRPE細胞は方向性をもって同時移植・生着が可能であることが示された。