(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】初期なじみ剤組成物および当該組成物を含む初期なじみシステム
(51)【国際特許分類】
C10M 173/02 20060101AFI20221021BHJP
C10M 125/02 20060101ALN20221021BHJP
C10M 103/02 20060101ALN20221021BHJP
C10N 80/00 20060101ALN20221021BHJP
【FI】
C10M173/02 ZNM
C10M125/02
C10M103/02 Z
C10N80:00
(21)【出願番号】P 2019552707
(86)(22)【出願日】2018-10-25
(86)【国際出願番号】 JP2018039646
(87)【国際公開番号】W WO2019093141
(87)【国際公開日】2019-05-16
【審査請求日】2021-08-16
(31)【優先権主張番号】P 2017216442
(32)【優先日】2017-11-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】弁理士法人G-chemical
(72)【発明者】
【氏名】木本 訓弘
(72)【発明者】
【氏名】後藤 友尋
(72)【発明者】
【氏名】足立 幸志
(72)【発明者】
【氏名】高橋 翼
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-255682(JP,A)
【文献】国際公開第2015/163389(WO,A1)
【文献】特表2013-538274(JP,A)
【文献】特許第3936724(JP,B1)
【文献】特開平09-025110(JP,A)
【文献】米国特許第05614477(US,A)
【文献】MOCHALIN, Vadym N. et al.,The properties and applications of nanodiamonds,Nature Nanotechnology [Online],2011年12月18日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M101/00-177/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑基剤としての水と、ナノダイヤモンド粒子とを含有する初期なじみ剤組成物
と、DLC部材とを含む、初期なじみシステム。
【請求項2】
前記水の含有率は99質量%以上であり、且つ、前記ナノダイヤモンド粒子の含有率は1.0質量%以下である、請求項1に記載の初期なじみ
システム。
【請求項3】
前記ナノダイヤモンド粒子の含有率は0.5~2000質量ppmである、請求項1または2に記載の初期なじみ
システム。
【請求項4】
前記ナノダイヤモンド粒子は、爆轟法ナノダイヤモンド粒子の酸素酸化処理物である、請求項1から3のいずれか一つに記載の初期なじみ
システム。
【請求項5】
前記ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位はネガティブである、請求項1から4のいずれか一つに記載の初期なじみ
システム。
【請求項6】
前記ナノダイヤモンド粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1以上である、請求項1から5のいずれか一つに記載の初期なじみ
システム。
【請求項7】
前記ナノダイヤモンド粒子は、爆轟法ナノダイヤモンド粒子の水素還元処理物である、請求項1から3のいずれか一つに記載の初期なじみ
システム。
【請求項8】
前記ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位はポジティブである、請求項1~3、7のいずれか一つに記載の初期なじみ
システム。
【請求項9】
前記ナノダイヤモンド粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1未満である、請求項1~3、7、8のいずれか一つに記載の初期なじみ
システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、初期なじみ剤組成物および当該組成物を含む初期なじみシステムに関する。本願は、2017年11月9日付の日本出願である特願2017-216442号に基づく優先権を主張し、これら出願に記載されている全ての内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
相対的に擦れあいながら滑り合う部分(摺動部)を有する機械では、初期において、摺動部における摩擦面をしだいに塑性変形させ、平滑化(受圧面積の拡大化)させ、摺動部に摩耗に適したなじみ面を形成させるために初期なじみ剤が用いられている。
【0003】
現在、摺動部に用いられる部品におけるトライボロジー特性を向上させる手法として、表面改質技術が注目されており、摺動部の摩擦・摩耗低減対策として、金属以外の各種硬質膜が検討されている。その中でも硬質炭素(ダイヤモンドライクカーボン;DLC)膜は、高硬度および耐摩擦性を有し、摩擦係数低減にも優れていることから、摺動部を有する機械部品への応用が期待されている。このような硬質炭素膜を摺動部材に用いることについては、例えば下記の特許文献1に記載されている。
【0004】
DLC等の硬質炭素膜における潤滑剤としては、主に水が用いられている。硬質炭素膜では、潤滑剤として水を使用することにより、非常に低い摩擦を実現することが期待されている。また、潤滑剤として水を使用することは、環境への影響の観点からも好ましい。このようにDLC等の硬質炭素膜の摺動部材の潤滑剤として水を用いることについては、例えば下記の非特許文献1に記載されている。非特許文献1では、DLC膜において、低摩擦面(なじみ面)を形成するため、予め大気中において摩耗(予すべり)を与えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】トライボロジー会議2015春 姫路 予稿集 「水中におけるDLC膜の低摩擦発現に及ぼすなじみの影響」 288-289ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような事情のもとで考え出されたものであり、潤滑剤として水を用いたシステムにおける硬質炭素膜などの摺動部材において、低摩擦面(なじみ面)を形成するのに好適な初期なじみ剤組成物、および、当該組成物を用いた初期なじみシステムを、提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の側面によると初期なじみ剤組成物が提供される。この初期なじみ剤組成物は、潤滑基剤としての水と、ナノダイヤモンド粒子(以下、「ND粒子」と称する場合がある)を含有する。第1の側面による初期なじみ剤組成物は、摺動部材を有する機械の初期において、低摩擦面(なじみ面)を形成するために用いられる。低摩擦面(なじみ面)の形成後には、初期なじみ剤組成物は取り除かれ、主に水を用いた摺動(摩耗)が行われる。本発明者らは、ND粒子を含む初期なじみ剤組成物を用いて、所定の摺動部材間の摩擦係数について検証したところ、摩擦係数が大幅に低減することを見出した。これは例えば後記の実施例の示すとおりである。摩擦係数が大幅に低減した理由は、摺動部材におけるND粒子が存在する系でのトライボ化学反応によって、平滑性と濡れ性とを兼ね備えた表面が形成されることに起因するものと考えられる。本発明は、例えばダイヤモンドライクカーボン(DLC)等の硬質炭素膜を摺動部に有する部材間において、低摩擦面(なじみ面)の形成と、摩擦面の濡れ性向上により、早期に当該部材間の低摩擦を達成するのに好適である。
【0009】
本発明は、水の含有率が99質量%以上であり、且つ、ND粒子の含有率が1.0質量%以下であることが好ましい。さらに、ND粒子の含有率は0.5~2000質量ppmであることが特に好ましい。本発明は、配合されるND粒子についてその配合量を抑制しつつ効率よく低摩擦を実現するのに適する。ND粒子の配合量の抑制は、初期なじみ剤組成物の製造コスト抑制の観点から特に好ましい。
【0010】
本発明は、ND粒子が爆轟法ナノダイヤモンド粒子の酸素酸化処理物であってもよい。爆轟法によると、一次粒子の粒径が10nm以下のNDを適切に生じさせることが可能である。また、酸素酸化処理物であることで低摩擦面(なじみ面)の形成と、摩擦面の濡れ性向上により、早期に当該部材間の低摩擦を達成するのに好適である。
【0011】
本発明は、NDのゼータ電位がネガティブであってもよい。
【0012】
本発明は、ND粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1以上であってもよい。
【0013】
本発明は、ND粒子が爆轟法ナノダイヤモンド粒子の水素還元処理物であってもよい。爆轟法によると、一次粒子の粒径が10nm以下のNDを適切に生じさせることが可能である。また、水素還元処理物であることで摩擦に適したなじみ面の形成と、摩擦面の濡れ性向上により、早期に当該部材間の低摩擦を達成するのに好適である。
【0014】
本発明は、NDのゼータ電位がポジティブであってもよい。
【0015】
本発明は、ND粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1未満であってもよい。
【0016】
本発明は、DLC部材の潤滑用であることが好ましい。本発明は、DLC部材間において、摩擦に適したなじみ面の形成と、摩擦面の濡れ性向上により、当該部材間の低摩擦を達成するのに好適である。
【0017】
本発明の第2の側面によると初期なじみシステムが提供される。この初期なじみシステムは、前記初期なじみ剤組成物を用いたDLC部材間の初期なじみシステムである。このような構成の初期なじみシステムは、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)摺動部材の潤滑において低摩擦を実現するのに適する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一の実施形態に係る初期なじみ剤組成物の拡大模式図である。
【
図2】本発明の一の実施形態に係るND分散液の製造方法の一例の工程図である。
【
図3】本発明の一の実施形態に係る初期なじみシステムの概念模式図である。
【
図4】水のみを用いたとき(比較例1)の摩擦試験の結果を示すグラフである。
【
図5】実施例1の初期なじみ剤組成物を用いたときの摩擦試験の結果を示すグラフである。
【
図6】実施例2の初期なじみ剤組成物を用いたときの摩擦試験の結果を示すグラフである。
【
図7】実施例3の初期なじみ剤組成物を用いたときの摩擦試験の結果を示すグラフである。
【
図8】実施例のND水分散液X1の作製における酸素酸化処理後のND粒子のFT-IRスペクトルである。
【
図9】実施例のND水分散液Y1の作製における水素還元処理後のND粒子のFT-IRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、本発明の一の実施形態に係る初期なじみ剤組成物10の拡大模式図である。初期なじみ剤組成物10は、潤滑基剤としての水11と、ND粒子12と、必要に応じて加えられる他の成分とを含有する。初期なじみ剤組成物10は、例えばDLCなどの硬質炭素膜を摺動部に有する部材間において、低摩擦(なじみ)面を形成するための初期の摩擦(摺動)に用いる。
【0020】
初期なじみ剤組成物10における水11の含有率は、本実施形態では例えば99質量%以上であり、好ましくは99.5質量%以上、より好ましくは99.9質量%以上、より好ましくは99.99質量%以上である。
【0021】
初期なじみ剤組成物10におけるND粒子12の含有率ないし濃度は、本実施形態では、1.0質量%(10000質量ppm)以下であり、好ましくは0.00005~0.5質量%、より好ましくは0.0001~0.4質量%、より好ましくは0.0005~0.3質量%、より好ましくは0.001~0.2質量%である。また、ND粒子12の含有率は0.5~2000質量ppmであることが好ましい。ND粒子12の含有率が上記範囲であると、配合されるND粒子についてその配合量を抑制しつつ効率よく低摩擦を実現するのに適する。
【0022】
初期なじみ剤組成物10に含有されるND粒子12は、一次粒子として、初期なじみ剤組成物10中にて互いに離隔して分散している。ナノダイヤモンドの一次粒子の粒径は、例えば10nm以下である。ナノダイヤモンドの一次粒子の粒径の下限は、例えば1nmである。初期なじみ剤組成物10中のND粒子12の粒径D50(メディアン径)は、例えば10nm以下、好ましくは9nm以下、より好ましくは8nm以下、より好ましくは7nm以下、より好ましくは6nm以下である。ND粒子12の粒径D50は、例えば動的光散乱法によって測定することが可能である。
【0023】
初期なじみ剤組成物10に含有されるND粒子12は、好ましくは、爆轟法ND粒子(爆轟法によって生成したND粒子)である。爆轟法によると、一次粒子の粒径が10nm以下のNDを適切に生じさせることが可能である。
【0024】
初期なじみ剤組成物10に含有されるND粒子12は、爆轟法ND粒子の酸素酸化処理物であってもよい。当該酸素酸化処理物の場合、ND粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1以上となる傾向があり、このときのND粒子のゼータ電位はネガティブとなる傾向がある。爆轟法ND粒子の酸素酸化処理については、後記の製造過程における酸素酸化工程に記載のとおりである。
【0025】
また、初期なじみ剤組成物10に含有されるND粒子12は、爆轟法ND粒子の水素還元処理物であってもよい。当該水素還元処理物である場合、ND粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1未満となる傾向があり、このときのND粒子のゼータ電位はポジティブとなる傾向がある。爆轟法ND粒子の水素還元処理については、後記の製造過程における水素還元処理工程に記載のとおりである。
【0026】
初期なじみ剤組成物10に含有されるND粒子12のいわゆるゼータ電位がネガティブの場合の値は、例えば-60~-30mVである。例えば、製造過程において、後記のように酸素酸化処理の温度条件を比較的に高温(例えば400~450℃)とすることで、ND粒子12についてネガティブのゼータ電位とすることができる。また、ゼータ電位がポジティブの場合の値は、例えば30~60mVである。例えば、製造過程において、後記のように酸素酸化工程の後に水素還元処理工程を行うことで、ND粒子12についてポジティブのゼータ電位とすることができる。
【0027】
初期なじみ剤組成物10は、上述のように、水11およびND粒子12に加えて他の成分を含有してもよい。他の成分としては、例えば、界面活性剤、増粘剤、カップリング剤、潤滑対象部材たる金属部材の錆止めのための防錆剤、潤滑対象部材たる非金属部材の腐食抑制のための腐食防止剤、凝固点降下剤、消泡剤、耐摩耗添加剤、防腐剤、着色料、および、ND粒子12以外の固体潤滑剤が挙げられる。
【0028】
以上のような初期なじみ剤組成物10は、後記の方法で得られたND分散液と、水などの所望の成分とを混合することで製造することができる。上記ND分散液は、例えば、下記の生成工程S1と、精製工程S2と、酸素酸化工程S3と、解砕工程S4とを含む過程を経て作製することができる。
【0029】
生成工程S1では、例えば爆轟法によって、ナノダイヤモンドを生じさせる。具体的には、まず、成形された爆薬に電気雷管が装着されたものを爆轟用の耐圧性容器の内部に設置し、容器内において所定の気体と使用爆薬とが共存する状態で、容器を密閉する。容器は例えば鉄製で、容器の容積は、例えば0.5~40m3である。爆薬としては、トリニトロトルエン(TNT)とシクロトリメチレントリニトロアミンすなわちヘキソーゲン(RDX)との混合物を使用することができる。TNTとRDXの質量比(TNT/RDX)は、例えば40/60~60/40の範囲とされる。爆薬の使用量は、例えば0.05~2.0kgである。使用爆薬とともに容器内に密閉される上記の気体は、大気組成を有してもよいし、不活性ガスであってもよい。一次粒子表面の官能基量の少ないナノダイヤモンドを生じさせるという観点からは、使用爆薬とともに容器内に密閉される上記気体は、不活性ガスであるのが好ましい。すなわち、一次粒子表面の官能基量の少ないナノダイヤモンドを生じさせるという観点からは、ナノダイヤモンドを生じさせるための爆轟法は不活性ガス雰囲気下で行われるのが好ましい。当該不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素、およびヘリウムから選択される少なくとも一つを用いることができる。
【0030】
生成工程S1では、次に、電気雷管を起爆させ、容器内で爆薬を爆轟させる。爆轟とは、化学反応に伴う爆発のうち反応の生じる火炎面が音速を超えた高速で移動するものをいう。爆轟の際、使用爆薬が部分的に不完全燃焼を起こして遊離した炭素を原料として、爆発で生じた衝撃波の圧力とエネルギーの作用によってナノダイヤモンドが生成する。爆轟法によると、上述のように、一次粒子の粒径が10nm以下のナノダイヤモンドを適切に生じさせることが可能である。ナノダイヤモンドは、爆轟法により得られる生成物にて先ずは、隣接する一次粒子ないし結晶子の間がファンデルワールス力の作用に加えて結晶面間クーロン相互作用が寄与して非常に強固に集成し、凝着体をなす。
【0031】
生成工程S1では、次に、室温での例えば24時間の放置により、容器およびその内部を降温させる。この放冷の後、ナノダイヤモンド粗生成物を回収する。例えば、容器の内壁に付着しているナノダイヤモンド粗生成物(上述のようにして生成したナノダイヤモンドの凝着体と煤を含む)をヘラで掻き取る作業によって、ナノダイヤモンド粗生成物を回収することができる。以上のような爆轟法によって、ナノダイヤモンド粒子の粗生成物を得ることができる。また、以上のような生成工程S1を必要回数行うことによって、所望量のナノダイヤモンド粗生成物を取得することが可能である。
【0032】
精製工程S2は、本実施形態では、原料たるナノダイヤモンド粗生成物に例えば水溶媒中で強酸を作用させる酸処理を含む。爆轟法で得られるナノダイヤモンド粗生成物には金属酸化物が含まれやすいところ、この金属酸化物は、爆轟法に使用される容器等に由来するFe,Co,Ni等の酸化物である。例えば水溶媒中で所定の強酸を作用させることにより、ナノダイヤモンド粗生成物から金属酸化物を溶解・除去することができる(酸処理)。この酸処理に用いられる強酸としては、鉱酸が好ましく、例えば、塩酸、フッ化水素酸、硫酸、硝酸、および王水が挙げられる。酸処理では、一種類の強酸を用いてもよいし、二種類以上の強酸を用いてもよい。酸処理で使用される強酸の濃度は例えば1~50質量%である。酸処理温度は例えば70~150℃である。酸処理時間は例えば0.1~24時間である。また、酸処理は、減圧下、常圧下、または加圧下で行うことが可能である。このような酸処理の後、例えばデカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行う。沈殿液のpHが例えば2~3に至るまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行うのが好ましい。爆轟法で得られるナノダイヤモンド粗生成物における金属酸化物の含有量が少ない場合には、以上のような酸処理を省略してもよい。
【0033】
精製工程S2は、本実施形態では、酸化剤を用いてナノダイヤモンド粗生成物(精製終了前のナノダイヤモンド凝着体)からグラファイトやアモルファス炭素等の非ダイヤモンド炭素を除去するための溶液酸化処理を含む。爆轟法で得られるナノダイヤモンド粗生成物にはグラファイト(黒鉛)やアモルファス炭素等の非ダイヤモンド炭素が含まれているところ、この非ダイヤモンド炭素は、使用爆薬が部分的に不完全燃焼を起こして遊離した炭素のうちナノダイヤモンド結晶を形成しなかった炭素に由来する。例えば上記の酸処理を経た後に、水溶媒中で所定の酸化剤などを作用させることにより、ナノダイヤモンド粗生成物から非ダイヤモンド炭素を除去することができる(溶液酸化処理)。この溶液酸化処理に用いられる酸化剤としては、例えば、クロム酸、無水クロム酸、二クロム酸、過マンガン酸、過塩素酸、及びこれらの塩、硝酸、並びに混酸(硫酸と硝酸の混合物)が挙げられる。溶液酸化処理では、一種類の酸化剤を用いてもよいし、二種類以上の酸化剤を用いてもよい。溶液酸化処理で使用される酸化剤の濃度は、例えば3~50質量%である。溶液酸化処理における酸化剤の使用量は、溶液酸化処理に付されるナノダイヤモンド粗生成物100質量部に対して例えば300~2000質量部である。溶液酸化処理温度は例えば50~250℃である。溶液酸化処理時間は、例えば1~72時間である。溶液酸化処理は、減圧下、常圧下、または加圧下で行うことが可能である。このような溶液酸化処理の後、例えばデカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行う。水洗当初の上澄み液は着色しているところ、上澄み液が目視で透明になるまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行うのが好ましい。
【0034】
本処理を経たナノダイヤモンド含有溶液から、例えばデカンテーションによって上澄みが除かれた後、残留画分について乾燥処理に付して乾燥粉体を得る。乾燥処理の手法としては、例えば、噴霧乾燥装置を使用して行う噴霧乾燥や、エバポレーターを使用して行う蒸発乾固が挙げられる。
【0035】
次の酸素酸化工程S3では、精製工程S2を経たナノダイヤモンドの粉体について、ガス雰囲気炉を使用して、酸素を含有する所定組成のガス雰囲気下にて加熱する。具体的には、ガス雰囲気炉内にナノダイヤモンド粉体が配され、当該炉に対して酸素含有ガスが供給ないし通流され、加熱温度として設定された温度条件まで当該炉内が昇温されて、酸素酸化処理が実施される。この酸素酸化処理の温度条件は、例えば250~500℃である。作製されるND分散液に含まれるND粒子について、ネガティブのゼータ電位を実現するためには、この酸素酸化処理の温度条件は、比較的に高温であるのが好ましく、例えば400~450℃である。また、本実施形態で用いられる酸素含有ガスは、酸素に加えて不活性ガスを含有する混合ガスである。不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素、およびヘリウムが挙げられる。当該混合ガスの酸素濃度は、例えば1~35体積%である。
【0036】
作製されるND分散液に含まれるND粒子についてポジティブのゼータ電位を実現するためには、好ましくは、上述の酸素酸化工程S3の後に水素還元処理工程S3’を行う。水素還元処理工程S3’では、酸素酸化工程S3を経たナノダイヤモンドの粉体について、ガス雰囲気炉を使用して、水素を含有する所定組成のガス雰囲気下にて加熱する。具体的には、ナノダイヤモンド粉体が内部に配されているガス雰囲気炉に対して水素含有ガスが供給ないし通流され、加熱温度として設定された温度条件まで当該炉内が昇温されて、水素還元処理が実施される。この水素還元処理の温度条件は、例えば400~800℃である。また、本実施形態で用いられる水素含有ガスは、水素に加えて不活性ガスを含有する混合ガスである。不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素、およびヘリウムが挙げられる。当該混合ガスの水素濃度は、例えば1~50体積%である。作製されるND分散液に含まれるND粒子について、ネガティブのゼータ電位を実現するためには、このような水素還元処理工程を行わずに下記の解砕工程S4を行ってもよい。
【0037】
以上のような一連の過程を経て精製等された後であっても、爆轟法ナノダイヤモンドは、凝着体(二次粒子)の形態をとる場合があり、更に凝着体から一次粒子を分離させるために、次に解砕工程S4が行われる。具体的には、まず、酸素酸化工程S3またはその後の水素還元処理工程S3’を経たナノダイヤモンドを純水に懸濁し、ナノダイヤモンドを含有するスラリーが調製される。スラリーの調製にあたっては、比較的に大きな集成体をナノダイヤモンド懸濁液から除去するために遠心分離処理を行ってもよいし、ナノダイヤモンド懸濁液に超音波処理を施してもよい。そして、当該スラリーが湿式の解砕処理に付される。解砕処理は、例えば、高剪断ミキサー、ハイシアーミキサー、ホモミキサー、ボールミル、ビーズミル、高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、またはコロイドミルを使用して行うことができる。これらを組み合わせて解砕処理を実施してもよい。効率性の観点からはビーズミルを使用するのが好ましい。
【0038】
粉砕装置ないし分散機たるビーズミルは、例えば、円筒形状のミル容器と、ローターピンと、遠心分離機構と、原料タンクと、ポンプとを具備する。ローターピンは、ミル容器と共通の軸心を有してミル容器内部で高速回転可能に構成されている。遠心分離機構は、ミル容器内の上部に配されている。解砕工程におけるビーズミルによるビーズミリングでは、ミル容器内に所定量のビーズが充填され且つローターピンが当該ビーズを撹拌している状態で、ポンプの作用によって原料タンクからミル容器の下部に原料としての上記スラリー(ナノダイヤモンド凝着体を含む)が投入される。スラリーは、ミル容器内でビーズが高速撹拌されている中を通ってミル容器内の上部に到達する。この過程で、スラリーに含まれているナノダイヤモンド凝着体は、激しく運動しているビーズとの接触によって粉砕ないし分散化の作用を受ける。これにより、ナノダイヤモンドの凝着体(二次粒子)から一次粒子への解砕が進む。ミル容器内の上部の遠心分離機構に到達したスラリーとビーズは、稼働する遠心分離機構によって比重差を利用した遠心分離がなされ、ビーズはミル容器内に留まり、スラリーは、遠心分離機構に対して摺動可能に連結された中空ラインを経由してミル容器外に排出される。排出されたスラリーは、原料タンクに戻され、その後、ポンプの作用によって再びミル容器に投入される(循環運転)。このようなビーズミリングにおいて、使用される解砕メディアは例えばジルコニアビーズであり、ビーズの直径は、例えば15~500μmである。ミル容器内に充填されるビーズの量(見掛け体積)は、ミル容器の容積に対して、例えば50~80%である。ローターピンの周速は、例えば8~12m/分である。循環させるスラリーの量は例えば200~600mLであり、スラリーの流速は例えば5~15L/時間である。また、処理時間(循環運転時間)は、例えば30~300分間である。本実施形態においては、以上のような連続式のビーズミルに代えてバッチ式のビーズミルを使用してもよい。
【0039】
このような解砕工程S4を経ることによって、ナノダイヤモンド一次粒子を含有するND分散液を得ることができる。解砕工程S4を経て得られる分散液については、粗大粒子を除去するための分級操作を行ってもよい。例えば分級装置を使用して、遠心分離を利用した分級操作によって分散液から粗大粒子を除去することができる。これにより、ナノダイヤモンドの一次粒子がコロイド粒子として分散する例えば黒色透明のND分散液が得られる。
【0040】
初期なじみ剤組成物10におけるND粒子12の含有率ないし濃度は、本実施形態では、組成物全体に対して、1.0質量%(10000質量ppm)以下であり、好ましくは0.00005~0.5質量%、より好ましくは0.0001~0.4質量%、より好ましくは0.0005~0.3質量%、より好ましくは0.001~0.2質量%である。初期なじみ剤組成物10は、水11と配合されるND粒子12についてその配合量を抑制しつつ効率よく低摩擦を実現するのに適する。ND粒子12の配合量の抑制は、初期なじみ剤組成物10の製造コスト抑制の観点から好ましい。
【0041】
図3は、本発明の一の実施形態に係る初期なじみシステム20の概念模式図である。初期なじみシステム20は、初期なじみ剤組成物10が初期なじみ剤として用いられている。
図3において、初期なじみシステム20は、部材21および初期なじみ剤組成物10を含む構成を具備する。部材21は、摺動表面を有する。DLC膜は、ダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)の両方の炭素-炭素結合を併せ持つ炭素を主成分とした物質で作られた薄膜(硬質炭素薄膜)の総称をいうものとする。DLC摺動部材とは、上記DLC膜を部材の摺動表面に有する部材をいうものとする。初期なじみ剤組成物10は、通常、初期の摩擦(初期なじみ)に用いた後は、これを取り除き、水などの潤滑剤に置き換えられる。このような構成の初期なじみシステム20は、部材21間の低摩擦(特に、DLC摺動部材間の低摩擦)を実現するのに適する。
【0042】
DLCは、耐摩耗性と摺動性に優れた性質を有し、摺動部材等の部材へのコーティング材として好適に用いられる物質である。DLCは、水素含有量の多少と、含まれる結晶質の電子軌道がダイヤモンド寄りかグラファイト寄りかによって、その性質を区別することができる。DLCとしては、例えば、アモルファス水素化カーボンであるa-C:H、アモルファスカーボンであるa-C、テトラヘドラルアモルファスカーボンであるta-C:H、および水素化テトラヘドラルアモルファスカーボンであるta-Cが挙げられる。
【実施例】
【0043】
〈ナノダイヤモンド水分散液X1の作製〉
以下のような生成工程、精製工程、酸素酸化工程、および解砕工程を経て、ナノダイヤモンド水分散液X1(ND水分散液X1)を作製した。
【0044】
生成工程では、まず、成形された爆薬に電気雷管が装着されたものを爆轟用の耐圧性容器の内部に設置して容器を密閉した。容器は鉄製で、容器の容積は15m3である。爆薬としては、トリニトロトルエン(TNT)とシクロトリメチレントリニトロアミンすなわちヘキソーゲン(RDX)との混合物0.50kgを使用した。当該爆薬におけるTNTとRDXの質量比(TNT/RDX)は、50/50である。次に、電気雷管を起爆させ、容器内で爆薬を爆轟させた。次に、室温での24時間の放置により、容器およびその内部を降温させた。この放冷の後、容器の内壁に付着しているナノダイヤモンド粗生成物(上記爆轟法で生成したナノダイヤモンド粒子の凝着体と煤を含む)を回収した。上述の生成工程を複数回行うことによってナノダイヤモンド粗生成物を得た。
【0045】
次に、上記生成工程で得たナノダイヤモンド粗生成物に対して、精製工程の酸処理を行った。具体的には、当該ナノダイヤモンド粗生成物200gに6Lの10質量%塩酸を加えて得られたスラリーに対し、常圧条件での還流下で1時間の加熱処理を行った。この酸処理における加熱温度は85~100℃である。次に、冷却後、デカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体と煤を含む)の水洗を行った。沈殿液のpHが低pH側から2に至るまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行った。次に、精製工程の溶液酸化処理としての混酸処理を行った。具体的には、酸処理後のデカンテーションを経て得た沈殿液(ナノダイヤモンド凝着体を含む)に、6Lの98質量%硫酸水溶液と1Lの69質量%硝酸水溶液とを加えてスラリーとした後、このスラリーに対し、常圧条件での還流下で48時間の加熱処理を行った。この酸化処理における加熱温度は、140~160℃である。次に、冷却後、デカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行った。水洗当初の上澄み液は着色しているところ、上澄み液が目視で透明になるまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行った。次に、乾燥工程を行った。具体的には、上述の水洗処理を経て得られたナノダイヤモンド含有液1000mLを、噴霧乾燥装置(商品名「スプレードライヤー B-290」,日本ビュッヒ株式会社製)を使用して噴霧乾燥に付した。これにより、50gのナノダイヤモンド粉体を得た。
【0046】
次に、ガス雰囲気炉(商品名「ガス雰囲気チューブ炉 KTF045N1」,光洋サーモシステム株式会社製)を使用して酸素酸化工程を行った。具体的には、上述のようにして得られたナノダイヤモンド粉体4.5gをガス雰囲気炉の炉心管内に静置し、炉心管に窒素ガスを流速1L/分で30分間通流させ続けた後、通流ガスを窒素から酸素と窒素との混合ガスへと切り替えて当該混合ガスを流速1L/分で炉心管に通流させ続けた。混合ガス中の酸素濃度は4体積%である。混合ガスへの切り替えの後、炉内を加熱設定温度たる400℃まで昇温させた。昇温速度については、加熱設定温度より20℃低い380℃までは10℃/分とし、その後の380℃から400℃までは1℃/分とした。そして、炉内の温度条件を400℃に維持しつつ、炉内のナノダイヤモンド粉体について酸素酸化処理を行った。処理時間は3時間とした。
【0047】
酸素酸化処理後、後記の方法でFT-IR分析により、ND粒子におけるカルボキシ基等の含酸素官能基の評価を行った。この分析で得られたスペクトルを
図8に示す。
図8より、C=O伸縮振動に帰属される1780cm
-1付近に吸収P
1がメインピークとして検出された。このピーク位置が1750cm
-1以上になっていることで、ゼータ電位がネガティブのナノダイヤ分散液の原料になりうる。
【0048】
次に、解砕工程を行った。具体的には、まず、酸素酸化工程を経たナノダイヤモンド粉体1.8gと純水28.2mLとを50mLのサンプル瓶内で混合し、スラリー約30mLを得た。次に、当該スラリーについて、1Mの水酸化ナトリウム水溶液の添加によりpHを調整した後、超音波処理を施した。超音波処理においては、超音波照射器(商品名「超音波洗浄機 AS-3」,アズワン(AS ONE)社製)を使用して、当該スラリーに対して2時間の超音波照射を行った。この後、ビーズミリング装置(商品名「並列四筒式サンドグラインダー LSG-4U-2L型」,アイメックス株式会社製)を使用してビーズミリングを行った。具体的には、100mLのミル容器たるベッセル(アイメックス株式会社製)に対して超音波照射後のスラリー30mLと直径30μmのジルコニアビーズとを投入して封入し、装置を駆動させてビーズミリングを実行した。このビーズミリングにおいて、ジルコニアビーズの投入量は、ミル容器の容積に対して約33%であり、ミル容器の回転速度は2570rpmであり、ミリング時間は2時間である。次に、このような解砕工程を経たスラリーないし懸濁液について、遠心分離装置を使用して遠心分離処理を行った(分級操作)。この遠心分離処理における遠心力は20000×gとし、遠心時間は10分間とした。次に、当該遠心分離処理を経たナノダイヤモンド含有溶液の上清10mLを回収した。このようにして、初期なじみ剤組成物の原液である、ナノダイヤモンドが純水に分散するND水分散液X1を得た。このND水分散液X1について、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度は59.1g/L、pHは9.33であった。粒径D50(メディアン径)は3.97nm、粒径D90は7.20nm、ゼータ電位は-42mVであった。
【0049】
〈ナノダイヤモンド水分散液Y1の作製〉
上記ND水分散液X1における生成工程、精製工程、および酸素酸化工程を経て得られたナノダイヤモンド粉体に対して、更に以下のような水素還元処理工程、解砕前処理工程、解砕処理工程、および分級工程を経て、ナノダイヤモンド水分散液Y1(ND水分散液Y1)を作製した。
【0050】
ガス雰囲気炉(商品名「ガス雰囲気チューブ炉 KTF045N1」,光洋サーモシステム株式会社製)を使用して水素還元処理工程を行った。具体的には、ナノダイヤモンド粉体50gをガス雰囲気炉の管状炉内に静置し、管状炉内を減圧し、10分間放置した後、アルゴンガスを用いて管状炉内をパージした。前記の減圧操作からアルゴンパージまでの過程を繰り返して合計3回行い、アルゴンガスを管状炉内に通流させ続けた。このようにして、炉内をアルゴン雰囲気に置換した。この後、通流ガスをアルゴンから水素(純度99.99体積%以上)へと切り替えて当該水素ガスの流量を4L/分とし、30分間、水素ガスを管状炉内に通流させ続けた。そして、炉内を、2時間かけて600℃まで昇温した後、5時間にわたり600℃に保持した。加熱を停止した後は、自然冷却した。炉内温度が室温に至った後、通流ガスを水素からアルゴンに切り替え、アルゴンガスを管状炉内に10時間通流させた。アルゴンガスの通流を停止し、30分間静置した後、炉内からナノダイヤモンド粉体を回収した。回収されたナノダイヤモンド粉体は44gであった。
【0051】
水素還元処理後、後記の方法でFT-IR分析により、ND粒子におけるカルボキシ基等の含酸素官能基の評価を行った。この分析で得られたスペクトルを
図9に示す。
図9より、
図8で見られた酸素酸化処理によって検出されたC=O伸縮振動に帰属される1780cm
-1付近の吸収P
1は、水素還元処理を経ることによって消失していることが判る。吸収P
1のこのような消失により、C=C伸縮振動に帰属される1730cm
-1付近の吸収P
2が明確に確認可能となっている。更に、
図9より、メチレン基のC-H伸縮振動に帰属される2870cm
-1付近の吸収P
3および2940cm
-1付近の吸収P
4は、ナノダイヤモンド粒子が水素還元処理を経ることによって特徴的な吸収として現れることとなったことが判る。これらより、上述の水素還元処理工程においては、ナノダイヤモンド表面において充分に水素還元が進行したこと、即ち、ナノダイヤモンド表面に存在し得るカルボキシ基等の含酸素官能基が還元されて水素終端構造の形成が充分に進行したことが判る。この状態により、ゼータ電位がポジティブのナノダイヤ分散液の原料になりうる。
【0052】
次に、解砕前処理工程を行った。具体的には、まず、水素還元処理工程を経て得られた水素還元ナノダイヤモンド粉体8.4gに超純水を加えて280gの懸濁液を得て、当該懸濁液を室温にてスターラーによって1時間撹拌することによってスラリーを得た。次に、1M塩酸を加えて、pHを4に調整した。次に、超音波照射器(商品名「超音波洗浄機 AS-3」,アズワン(AS ONE)社製)を使用して、当該スラリーに対して2時間の超音波洗浄処理を行った。
【0053】
次に、上述の解砕前処理工程にて得られたスラリー280gについて、ビーズミリング装置(商品名「ビーズミルRMB」,アイメックス株式会社製)を使用して、ビーズミリングによる解砕工程を行った。本工程においては、解砕メディアとして直径30μmのジルコニアビーズを用い、ミル容器内のスラリー280gへのジルコニアビーズ投入量は280mlとし、ミル容器内で回転駆動される回転翼の周速は8m/秒であり、ミリング時間は2時間とした。
【0054】
次に、分級工程を行った。具体的には、上述の解砕処理工程を経たスラリーから、遠心分離を利用した分級操作(20000×g,10分間)によって粗大粒子を除去した。以上のようにして、潤滑基剤としての水に水素還元処理ナノダイヤモンド粒子が分散する初期なじみ剤組成物の原液である、ナノダイヤモンドが純水に分散するND水分散液Y1を得た。このND水分散液Y1における、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度は3.1質量%、粒径D50(メディアン径)は6.0nm、電気伝導度は70μS/cm、pHは4.5、ゼータ電位は+48mVであった。
【0055】
〈ナノダイヤモンド濃度〉
得られたND水分散液X1およびY1のナノダイヤモンド含有量(ND濃度)は、秤量した分散液3~5gの当該秤量値と、当該秤量分散液から加熱によって水分を蒸発させた後に残留する乾燥物(粉体)について精密天秤によって秤量した値とに基づき、算出した。
【0056】
〈粒径〉
得られたND水分散液X1およびY1に含まれるナノダイヤモンド粒子の粒径(メディアン径、D50ないしD90)は、Malvern社製の装置(商品名「ゼータサイザー ナノZS」)を使用して、動的光散乱法(非接触後方散乱法)によって測定した。測定に付されたND水分散液X1およびY1は、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度が0.5~2.0質量%となるように超純水で希釈された後に超音波洗浄機による超音波照射を経たものである。
【0057】
〈pH〉
得られたND水分散液X1およびY1のpHは、pH試験紙(商品名「スリーバンドpH試験紙」、アズワン株式会社製)を使用して測定した。
【0058】
〈ゼータ電位〉
得られたND水分散液X1およびY1に含まれるナノダイヤモンド粒子のゼータ電位は、Malvern社製の装置(商品名「ゼータサイザー ナノZS」)を使用して、レーザードップラー式電気泳動法によって測定した。測定に付されたND水分散液X1およびY1は、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度が0.2質量%となるように超純水で希釈された後に超音波洗浄機による超音波照射を経たものであり、ゼータ電位測定温度は25℃である。
【0059】
〈FT-IR分析〉
上述の酸素酸化処理後、および、水素還元処理後のナノダイヤモンド試料のそれぞれについて、FT-IR装置(商品名「Spectrum400型FT-IR」,株式会社パーキンエルマージャパン製)を使用して、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)を行った。本測定においては、測定対象たる試料を真空雰囲気下で150℃に加熱しつつ赤外吸収スペクトルを測定した。真空雰囲気下の加熱は、エス・ティ・ジャパン社製のModel-HC900型Heat ChamberとTC-100WA型Thermo Controllerとを併用して実現した。
【0060】
〔実施例1〕
上記で得られたND水分散液X1と、超純水とを混合して濃度調整することで、ナノダイヤモンド粒子を0.1質量%含む初期なじみ剤組成物(ND粒子0.1質量%含有水溶液)を作製した。
【0061】
〔実施例2〕
上記で得られたND水分散液X1と、超純水とを混合して濃度調整することで、ナノダイヤモンド粒子を0.001質量%含む初期なじみ剤組成物(ND粒子0.001質量%含有水溶液)を作製した。
【0062】
〔実施例3〕
上記で得られたND水分散液Y1と、超純水とを混合して濃度調整することで、ナノダイヤモンド粒子を0.001質量%含む初期なじみ剤組成物(ND粒子0.001質量%含有水溶液)を作製した。
【0063】
〔比較例1〕
ナノダイヤモンド粒子を含まない水(超純水)のみとした。
【0064】
[摩擦試験]
摩擦試験には、ボールオンディスク型すべり摩擦試験機を用いた。直径8mmのSUJ2製のボール、および、直径30mm,厚さ4mmのSUJ2製のディスクを母材として、ボールおよびディスクの摺動面に東研サーモテック社のDLC膜を約3μm成膜した。初期なじみ剤組成物として、実施例1(X1粒子0.1質量%含有水溶液)、実施例2(X1粒子0.001質量%含有水溶液)、および実施例3(Y1粒子0.001質量%含有水溶液)を用いた。試験開始時にディスク表面の摺動面に初期なじみ剤組成物を1mL滴下し、室温にて試験を行った。試験条件は、すべり速度10mm/s、荷重10N、すべり距離100mとした。また、比較例1(水のみ)でも同様に試験を行った。実施例1~3では、初期なじみ(予すべり)として、初期なじみ剤組成物により、初めに10mすべらせた後、ボールとディスクを摩擦試験機から取り外し、15分間精製水中で超音波洗浄を行った。洗浄後、水滴を除去し、潤滑液として水を使用し試験を再開し、90mすべらせた。
図4は比較例1(水のみ)、
図5は実施例1(ND粒子0.1質量%含有水溶液)、
図6は実施例2(ND粒子0.001質量%含有水溶液)、
図7は実施例3(ND粒子0.001質量%含有水溶液)の結果を示す。
図4~7の横軸はすべり距離[m]、縦軸は摩擦係数[μ]である。
【0065】
図4~7より、比較例1(
図4)の水のみでは、すべり距離が増すにつれて徐々に摩擦係数が上昇したのに対し、初期なじみ(予すべり)を行った実施例1~3(
図5~7)では、すべり距離100mにおいて摩擦係数の上昇が見られず、低摩擦を維持していることが分かった。また、10mという短い予すべりで、早期に低摩擦面(なじみ面)を形成することができた。よって、本発明の初期なじみ剤組成物は、摺動部において、早期に低摩擦面(なじみ面)の形成することができ、その後の摺動部材間における低摩擦を達成することができる。
【0066】
以上のまとめとして、本発明の構成およびそのバリエーションを以下に付記として列記する。
【0067】
〔付記1〕
潤滑基剤としての水と、ナノダイヤモンド粒子とを含有する初期なじみ剤組成物。
〔付記2〕
前記水の含有率は99質量%以上であり、且つ、前記ナノダイヤモンド粒子の含有率は1.0質量%以下である、付記1に記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記3〕
前記ナノダイヤモンド粒子の含有率は0.5~2000質量ppmである、付記1または2に記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記4〕
前記ナノダイヤモンド粒子の一次粒子の粒径は10nm以下である、付記1から3のいずれか一つに記載の潤滑システム
〔付記5〕
前記ナノダイヤモンド粒子は、爆轟法ナノダイヤモンド粒子の酸素酸化処理物である、付記1から4のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記6〕
前記ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位はネガティブである、付記1から5のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記7〕
前記ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位は-60~-30mVである、付記6に記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記8〕
前記ナノダイヤモンド粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1以上である、付記1から7のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記9〕
前記ナノダイヤモンド粒子は、爆轟法ナノダイヤモンド粒子の水素還元処理物である、付記1から4のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記10〕
前記ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位はポジティブである、付記1から4および9のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記11〕
前記ナノダイヤモンド粒子のゼータ電位は30~60mVである、付記10に記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記12〕
前記ナノダイヤモンド粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1未満である、付記1から4および9から11のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記13〕
DLC部材の潤滑用である付記1から12のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物。
〔付記14〕
付記1から13のいずれか一つに記載の初期なじみ剤組成物と、DLC部材とを含む、初期なじみシステム。
〔付記15〕
前記DLC部材におけるDLCは、アモルファス水素化カーボン(a-C:H)、アモルファスカーボン(a-C)、テトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C:H)、および水素化テトラヘドラルアモルファスカーボン(ta-C)からなる群より選択される少なくとも1つである、付記14に記載の初期なじみシステム。
【符号の説明】
【0068】
10 初期なじみ剤組成物
11 水
12 ナノダイヤモンド粒子
20 初期なじみシステム
21 DLC部材
S1 生成工程
S2 精製工程
S3 酸素酸化工程
S3’ 水素還元処理工程
S4 解砕工程