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特許7162283脂質二分子膜チャネル評価チップ及びその製造方法並びに評価装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】脂質二分子膜チャネル評価チップ及びその製造方法並びに評価装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20221021BHJP
   B81B 1/00 20060101ALI20221021BHJP
   B81C 1/00 20060101ALI20221021BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
B81B1/00
B81C1/00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021522290
(86)(22)【出願日】2020-05-21
(86)【国際出願番号】 JP2020020148
(87)【国際公開番号】W WO2020241453
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-07-30
(31)【優先権主張番号】P 2019098823
(32)【優先日】2019-05-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年2月21日発行の「電子情報通信学会技術研究報告,Vol.118 No.461」の第77~79頁にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月1日に電気通信大学において開催された「電子情報通信学会 電子部品・材料研究会(CPM) 若手ミーティング」にて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度よりの、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「脂質二分子膜電界効果トランジスタの構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101236
【弁理士】
【氏名又は名称】栗原 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100166914
【弁理士】
【氏名又は名称】山▲崎▼ 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 文彦
(72)【発明者】
【氏名】鹿又 健作
(72)【発明者】
【氏名】平野 愛弓
(72)【発明者】
【氏名】但木 大介
【審査官】村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-140478(JP,A)
【文献】特開2013-036865(JP,A)
【文献】特表2015-508896(JP,A)
【文献】特開2017-187443(JP,A)
【文献】米国特許第6863833(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0176601(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00-27/10
G01N 27/14-27/24
G01N 33/48-33/98
B81B 1/00
B81C 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
孔が形成された樹脂フィルムと、
金属薄膜からなり、前記樹脂フィルムの表面に前記孔を臨むように且つ当該孔を挟んで相対向するように設けられた一対の電極と、
前記一対の電極を覆う金属酸化物膜と、を具備する、
ことを特徴とする脂質二分子膜チャネル評価チップ。
【請求項2】
前記金属酸化物膜上には、その表面をシラン化処理したシラン化処理膜が設けられている、
ことを特徴とする請求項1に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップ。
【請求項3】
前記樹脂フィルムの厚さが10~20μmであり、前記孔の直径が100~300μmである、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップ。
【請求項4】
前記樹脂フィルムがポリテトラフルオロエチレンからなる、
ことを特徴とする請求項1~3の何れか一項に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップ。
【請求項5】
樹脂フィルムに孔を形成する工程と、
前記樹脂フィルムの表面に、金属薄膜からなる一対の電極を、前記孔を臨むように且つ当該孔を挟んで相対向するように形成する工程と、
前記一対の電極を覆う金属酸化物膜を形成する工程と、を具備する、
ことを特徴とする脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法。
【請求項6】
前記金属酸化物膜上に、その表面をシラン化処理したシラン化処理膜を形成する工程をさらに具備する、
ことを特徴とする請求項5に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法。
【請求項7】
前記樹脂フィルムの厚さを10~20μmとし、100~200μmの直径で前記孔を形成する、
ことを特徴とする請求項5又は6に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法。
【請求項8】
前記孔を電界放電により形成する、
ことを特徴とする請求項7に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法。
【請求項9】
前記金属酸化物膜を電子ビーム蒸着により、厚さ50~300nmの厚さに形成する、ことを特徴とする請求項5~8の何れか一項に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法。
【請求項10】
請求項1~4の何れか一項に記載の脂質二分子膜チャネル評価チップと、
該脂質二分子膜チャネル評価チップに設けられた前記一対の電極に接続され、当該電極に電圧を印加する電源と、を含んで構成されている、
ことを特徴とする評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質二分子膜に埋め込まれたイオンチャネル(プロテインチャネル)の機能性を評価するための脂質二分子膜チャネル評価チップ及びその製造方法並びに脂質二分子膜チャネル評価チップを備える評価装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脂質二分子膜は、リン脂質分子が二層で反対向きに配列した構造をもっており、生物の細胞膜の基本構造でもある。これは、細胞の機能としては細胞内部と外界との隔壁の役割を担っている。実際の細胞においては、細胞の内外においてイオンや分子輸送をつかさどるタンパク質、すなわちプロテインチャンネルが埋め込まれており、細胞の活動の一部を担っている。膜タンパク質の中でもイオンチャネルと呼ばれるタンパク質は、刺激に反応してイオンを細胞の内外に透過させる機能をもつ。受容体機能を有するイオンチャネルはリガンド依存性チャネルと呼ばれ、細胞外からのシグナルを受け取り、細胞内へのイオン流入を引き起こす。一方、膜電位の変化に鋭敏に反応してイオン流出入を制御するイオンチャネルは電位依存性チャネルと呼ばれる。どちらのチャネルも細胞の活動において重要な働きを担っており、特に神経や筋肉での信号伝搬において、信号伝令媒体として機能している。
【0003】
このような重要な機能を有するイオンチャネルタンパク質であるが、薬物に敏感で、多くの薬物の開発ターゲットであると同時に、予期せぬ副作用の作用点にもなり易いことが知られている。したがって、創薬の領域においては、新規候補化合物のイオンチャネルに対する薬物の効果および副作用のリスクを評価することが必要である。チャネル機能の評価法としては、図9に示されるパッチクランプ法が用いられている。これは電極を内封したガラス管を細胞膜に密着させ、細胞膜中のイオンチャネルを透過するイオン流を電流波形として計測するものである。この方法は、精密操作を駆使した熟練を要する方法であり、測定に時間がかかるのみならず、細胞の状態に依存しやすい等の課題も多い。
【0004】
一方、東北大学の平野らは、特許文献1に示されるような、シリコン基板に貫通孔を開け、端部をテーパー構造とし、脂質二分子膜でSi基板を挟むように据え付け、貫通孔に脂質膜を固定して張る方法を考案している。この方法では、シリコン基板に貫通孔を形成し、貫通孔を覆うようにSiO膜とSi膜を形成し、SiO膜とSi膜に微細孔を設けて、テーパー構造を形成したことを特徴とするチップが用いられている。この構造においては、脂質二分子膜を容易に上記微細孔の部分に形成し保持することができ、そこにイオンチャンネルを埋め込んで、チップを生理食塩水中におくことで、脂質二分子膜越しに電界をかけ、導電性を評価して、膜の形成の有無やイオンチャンネルの有無、そしてその動作を評価することが可能になる。この方法は、パッチクランプ法に比べて評価が簡便であり、イオンチャネルを任意に包埋して評価できるため、対象イオンチャネルのみの評価が可能であり、計測の信頼性を高めることができた。
【0005】
かかる脂質二分子膜のイオンチャンネル評価チップは、微細孔が汚染されると脂質二分子膜の再形成が困難であり、使い捨てで利用するのが実態であり、できる限り低コストなものとする必要があった。
【0006】
しかし上記の方法においては、Si基板に高度な微細加工を施して貫通孔や微細孔を形成する必要があり、その際に高額な半導体製造装置を活用するため、高コストになる問題があった。さらにこの方法では、シリコンウェハを加工して形成した微細構造を使用するため、加工の工程数が多く、高コストになってしまう問題があった。
【0007】
また、脂質二分子膜に平行な方向に電圧をかけることができれば、新規なイオンチャネル機能評価法を構築できる可能性があるが、パッチクランプ法では対応が困難であり、シリコンチップタイプでは加工が容易でないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2018-140478号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述した事情に鑑み、脂質二分子膜を孔に張り付け形成できる脂質二分子膜チャネル評価チップにおいて、低コストで製造できる構造とその製造方法を提供し、さらに脂質二分子膜に埋め込まれたイオンチャンネルの動作を簡易に安価で評価することが可能な評価装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成する本発明の第1の態様は、孔が形成された樹脂フィルムと、金属薄膜からなり、前記樹脂フィルムの表面に前記孔を臨むように且つ当該孔を挟んで相対向して設けられた一対の電極と、前記一対の電極を覆う金属酸化物膜と、を具備することを特徴とする脂質二分子膜チャネル評価チップにある。
【0011】
本発明の第2の態様は、前記金属酸化物膜上には、その表面をシラン化処理したシラン化処理膜が設けられている、ことを特徴とする第1の態様の脂質二分子膜チャネル評価チップにある。
【0012】
本発明の第3の態様は、前記樹脂フィルムの厚さが10~20μmであり、前記孔の直径が100~300μmである、ことを特徴とする第1又は2の態様の脂質二分子膜チャネル評価チップにある。
【0013】
本発明の第4の態様は、前記樹脂フィルムがポリテトラフルオロエチレンからなる、ことを特徴とする第1~3の何れか一つの態様の脂質二分子膜チャネル評価チップにある。
【0014】
本発明の第5の態様は、樹脂フィルムに孔を形成する工程と、前記樹脂フィルムの表面に、金属薄膜からなる一対の電極を、前記孔を臨むように且つ当該孔を挟んで相対向するように形成する工程と、前記一対の電極を覆う金属酸化物膜を形成する工程と、を具備することを特徴とする脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法にある。
【0015】
本発明の第6の態様は、前記金属酸化物膜上に、その表面をシラン化処理したシラン化処理膜を形成する工程をさらに具備する、ことを特徴とする第5の態様の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法にある。
【0016】
本発明の第7の態様は、前記樹脂フィルムの厚さを10~20μmとし、100~200μmの直径で前記孔を形成する、ことを特徴とする第5又は6の態様の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法にある。
【0017】
本発明の第8の態様は、前記孔を電界放電により形成する、ことを特徴とする第7の態様の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法にある。
【0018】
本発明の第9の態様は、前記金属酸化物膜を電子ビーム蒸着により、厚さ50~300nmの厚さに形成する、ことを特徴とする第5~8の何れか一つの態様の脂質二分子膜チャネル評価チップの製造方法にある。
【0019】
本発明の第10の態様は、第1~4の何れか一つの態様の脂質二分子膜チャネル評価チップと、該脂質二分子膜チャネル評価チップに設けられた前記一対の電極に接続され、当該電極に電圧を印加する電源と、を含んで構成されている、ことを特徴とする評価装置にある。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、脂質二分子膜を孔に張り付け形成できる脂質二分子膜チャネル評価チップにおいて、低コストで製造できる構造とその製造方法を提供することができる。さらに、この脂質二分子膜チャネル評価チップを備え、脂質二分子膜に埋め込まれたイオンチャンネルの動作を簡易に安価で評価することが可能な評価装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの概略構成を示す斜視図である。
図2】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの断面図である。
図3】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの変形例を示す平面図である。
図4】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの変形例を示す平面図である。
図5】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの変形例を示す断面図である。
図6】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップを利用した評価装置の概略構成を示す模式図である。
図7】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの作製方法を示す模式図である。
図8】本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップによって記録したイオンチャンネルの動作波形の一例を示す図である。
図9】従来法である、細胞膜中に埋め込まれたイオンチャンネルを評価するパッチクランプ法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は、本発明の一実施形態に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの概念的な斜視図である。図2は、本発明の一実施形態に係る脂質二分子膜チャネル評価チップの断面構造を示す図であり、図1のA-A´線に対応する断面図である。図3は、脂質二分子膜チャネル評価チップの変形例を示す平面図である。また図4は、脂質二分子膜チャネル評価チップの変形例を示す平面図であり、図5は、図4のB-B´線に対応する断面図である。
【0023】
図1及び図2に示すように、本発明に係る脂質二分子膜チャネル評価チップ(以下、イオンチャネル評価チップともいう)10は、孔11aが形成された樹脂フィルム11と、金属薄膜からなり樹脂フィルム11の表面に孔11aに臨むように且つ孔11aを挟んで相対向して設けられた一対の電極12と、一対の電極12を覆う金属酸化物膜13と、を具備する。
【0024】
樹脂フィルム11の材質、厚みは特に限定されないが、好適には、厚み10~20μmのフッ素樹脂フィルム(フッ化炭素樹脂フィルム)が用いられ、より好適には、厚みが12~15μmのポリテトラフルオロエチレンフィルム、特に好適には、テフロン(登録商標)フィルムが用いられる。
【0025】
このような樹脂フィルム11に形成される貫通孔である孔11aは、脂質二分子膜を設けることができるものであれば、その大きさや形状は特に限定されないが、例えば、100~200μm程度の直径を有する。
【0026】
一対の電極12は、この孔11aを挟んで相対向して設けられている。これら一対の電極12は、それぞれL字型に形成されており、各電極12の一方の端部同士が孔11aを挟んで向い合い、且つ一対の電極12の全体が孔11aを挟んで線対称となるように配置されている。また各電極12の一方の端部は、孔11aを臨むように設けられている。「電極12が孔11aを臨むように設けられている」とは、電極12が孔11aの周縁端部ぎりぎりまで又は孔11aの内周面の少なくとも一部まで設けられていることをいう。また、各電極12の他方の端部は、後述する評価装置の電源に接続される接続端子12aとなっている。このような電極12は、樹脂フィルム11の全面に形成された金属薄膜をパターニングしたものでも、パターン形成された金属薄膜であってもよい。
【0027】
一対の電極12は、脂質二分子膜が設けられた孔11aの直径方向に平行な方向に電圧を印加することができるものであればよく、そのパターン形状等は特に限定されない。
【0028】
電極12を形成する金属薄膜の材料としては、アルミニウム(Al)、金(Au)、銀(Ag)、チタン(Ti)などを挙げることができ、特にチタン(Ti)が好ましい。また、金属薄膜の厚さは、例えば、50~300nmである。
【0029】
金属酸化物膜13は、電極12を覆うように設けられている。具体的には、金属酸化物膜13は、各電極12の一端部に設けられる接続端子12aを除いた部分を覆って設けられている。この金属酸化物膜13の材料は、周囲との電気的絶縁を確保することができるものであれば、特に限定されない。金属酸化物膜13の材料としては、例えば、シリコン(Si)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、アルミニウム(Al)などの酸化物を挙げることができ、シリコン酸化物(SiO)が特に好ましい。
【0030】
金属酸化物膜13の厚さは、例えば、50~200nm程度であり、好ましくは、70~120nmである。本実施形態では、孔11aの両側に設けられた一対の電極12の上にシリコン酸化物(SiO)の薄膜である金属酸化物膜13を100nmの厚さで形成している。
【0031】
ここで、金属酸化物膜13の表面には、その表面をシラン化処理したシラン化処理膜14が設けられている。シラン化処理膜14を設けることで、金属酸化物膜13の表面が疎水化され、金属酸化物膜13の表面への脂質膜形成が促される。なおシラン化処理膜14は、必須の構成ではなく、必要に応じて設けられればよい。
【0032】
ところで、電極12の接続端子12aは、本実施形態では、電極12の他の部分と同様に一層の金属薄膜で形成されているが、複数層の金属薄膜で形成されていてもよい。例えば、図3に示すように、接続端子12aは、樹脂フィルム11上に設けられるチタン(Ti)からなる第1層121と、第1層121上に設けられる白金(Pt)又は金(Au)からなる第2層122とで形成されていてもよい。
【0033】
さらに、接続端子12aを複数層で形成する場合、電極12の接続端子12a以外の部分も複数層で形成するようにしてもよい。例えば、図4及び図5に示すように、接続端子12aがチタン(Ti)からなる第1層121と金(Au)からなる第2層122とで形成されている場合、電極12の接続端子12a以外の部分は、第1層121及び第2層122と、チタン(Ti)からなる第3層123とで形成するようにしてもよい。
【0034】
このように接続端子12aを複数層の金属薄膜で形成することで、電極12への電圧印加を繰り返した際に、接続端子12aにおける接触抵抗の上昇を抑制することができる。
【0035】
このような本発明のイオンチャネル評価チップ10の活用法について、図6を用いて説明する。図6は、脂質二分子膜チャネル評価チップ(イオンチャネル評価チップ)を用いる評価装置の概略構成を示す模式図である。
【0036】
イオンチャネル評価チップ10は、例えば、図6に示すような評価装置100の一部として活用される。図示するように、イオンチャネル評価チップ10の表裏面両側から、孔11aを覆うように脂質二分子膜20を形成し、その中にイオンチャネルタンパク質を埋め込む。この脂質二分子膜20を含めて、イオンチャネル評価チップ10を生理食塩水からなるバッファー30に浸す。その際、バッファー30は、イオンチャネル評価チップ10により、図中左右で別室に分離される。また、図中左右の別室のバッファー30にそれぞれ電極40を差し込み、これらの電極40に電位をかける。これにより、イオンチャネル評価チップ10の表裏の両面に形成されている脂質二分子膜20に垂直方向の電界がかかり、イオンチャネル50を通過するイオンを電流のパルスとして計測することができる。
【0037】
また評価装置100は、イオンチャネル評価チップ10に設けられた一対の電極12間に電圧を印加するための電源110を備えている。すなわち評価装置100は、イオンチャネル評価チップ10と共に、イオンチャネル評価チップ10に設けられた一対の電極12に接続されてこれら一対の電極12間に電圧を印加する電源110と、を含んで構成されている。
【0038】
この評価装置100の構成では、電源110によって一対の電極12間に、脂質二分子膜20に平行する方向、すなわち孔11aの直径方向に平行する方向、に電圧が印加される。これにより、イオンチャネル50に対する外部電圧による刺激の効果を比較的容易に確認することができる。
【0039】
なお、評価装置100に用いられるイオンチャネル評価チップ10は、複数のチップがアレイ化されたものであってもよい。これにより、評価装置100のスループットの向上を図ることができる。
【0040】
また、本発明に係るイオンチャネル評価チップ10は、チップ単体、あるいは評価装置100として販売できることはもちろん、イオンチャネル評価チップ10と専用の電源ボックスとをセットにして販売することも可能である。
【0041】
イオンチャネル評価チップの作製方法を図7に示す。イオンチャネル評価チップの作製方法としては、まずは、図7(a)に示すように、樹脂フィルム11としてテフロン(登録商標)フィルムを準備し、図7(b)に示すように、電界放電により直径が約100μmの孔11aを形成する。この後、例えば、ニッケル(Ni)製メタルマスクを用いて、図7(c)に示すように、空間選択的にチタン(Ti)等の金属薄膜からなる一対の電極12を形成する。樹脂フィルム11と金属薄膜の密着性を高めるために、金属薄膜の蒸着方法としては電子ビーム蒸着法を用いるのが好ましい。
【0042】
次に、各電極12の接続端子12aを除いて、図7(d)に示すように、シリコン酸化物(SiO)からなる金属酸化物膜13を電極12上に均一に蒸着する。これにより、電極12と外界の電気的接触が抑制される。さらに、必要に応じて、図7(e)に示すように、シリコン酸化物(SiO)からなる金属酸化物膜13の表面にシラン化処理を行い、シラン化処理膜14を形成する。以上の工程により脂質二分子膜20に埋め込まれたイオンチャンネル評価チップ10は完成する(図7(f)参照)。
【0043】
(実施例1)
イオンチャネル評価チップ10を次のように作製した。樹脂フィルム11として、厚さ12~15μmで広さが32×40mmのテフロン(登録商標)フィルム(YSI Inc. High Sensitivity Membrane Kit)を準備し、電界放電により約100μmの孔11aを形成した。そのときに、樹脂フィルム11を平坦な銅板の上に置き、タングステンニードルを樹脂フィルム11上に接触させ、1.7kHzで振幅3kVの交流を340サイクル分のバースト波として銅板とタングステンニードルとの間にかけることで放電させた。
【0044】
この後、ニッケル(Ni)製メタルマスクを用いて、空間選択的にチタン(Ti)の金属薄膜からなる一対の電極12を形成する。電極12の厚みは200nmである。樹脂フィルム11と電極12との密着性を高めるために、電極12となるチタン薄膜の蒸着方法として電子ビーム蒸着法を用い、この時の樹脂フィルム11の温度は25℃とした。
【0045】
一対の電極12の形状は、それぞれL字型とし、それらが孔11aを挟んで向い合せた形で配置する。電極12のL字の上部分の一部、すなわち接続端子12aを除いて、シリコン酸化物(SiO)の薄膜である金属酸化物膜13を均一に蒸着する。これにより、電極12と外界の電気的接触を抑制している。金属酸化物膜13の厚みは、100nmである。金属酸化物膜13の蒸着方法も電子ビーム蒸着とし、その時の樹脂フィルム11の温度は室温とする。
【0046】
さらに金属酸化物膜13の表面をシラン化処理してシラン化処理膜14を形成する。具体的には、窒素雰囲気化において、tridecafluoro-1,1,2,2-tetrahydrooctyl demethylchloro silane(PFDS)を2%(体積濃度)でトルエンに溶かし、完成したチップを6時間、室温にて浸漬する。これによりチップ表面に対して、脂質二分子膜20の接触を促し、膜張を容易にする。以上の工程で脂質二分子膜20に埋め込まれた実施例1のイオンチャンネル評価チップ10を作製した。
【0047】
(試験例)
実施例1のイオンチャンネル評価チップ10を活用し、脂質二分子膜20にNav1.5チャネルを埋めこみ、評価装置100によって膜越しの電流を評価する試験を行った。その結果を図8に示す。Nav1.5チャネルとは、心筋活動電位の脱分極を担うナトリウムチャネルで、このチャネルは、通常では閉じている。この状態で電流波形を観測すると、図8(b)のような平坦な電流波形となる。
【0048】
電源110によって一対の電極12に電圧を印加し、脂質二分子膜20に平行な電圧(膜平行電圧)がかかると、図8(a)に示すようなパルス波形が観測された。このことから、膜平行電圧がかかると、イオンチャネルが開いてチャネルとして機能することが分かった。つまり、膜平行電圧をトリガとして、イオンチャネルの機能性を評価できることが分かった。
【符号の説明】
【0049】
1 樹脂フィルム
2 電極
10 イオンチャネル評価チップ(脂質二分子膜チャネル評価チップ)
11 樹脂フィルム
11a 孔
12 電極
12a 接続端子
13 金属酸化物膜
14 シラン化処理膜
20 脂質二分子膜
30 バッファー
40 電極
50 イオンチャネル
100 評価装置
110 電源
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9