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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】電極触媒及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/091 20210101AFI20221021BHJP
   H01M 8/0656 20160101ALI20221021BHJP
   C25B 1/04 20210101ALN20221021BHJP
【FI】
C25B11/091
H01M8/0656
C25B1/04
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018202781
(22)【出願日】2018-10-29
(65)【公開番号】P2020070450
(43)【公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】301029388
【氏名又は名称】時空化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】李 莎莎
(72)【発明者】
【氏名】官 国清
(72)【発明者】
【氏名】シリソムブンチャイ スチャダ
(72)【発明者】
【氏名】吉田 曉弘
(72)【発明者】
【氏名】関 和治
(72)【発明者】
【氏名】阿布 里提
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-183362(JP,A)
【文献】特許第6315532(JP,B1)
【文献】中国特許出願公開第107904620(CN,A)
【文献】特表2018-519414(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極基材上に触媒を備え、
前記触媒は、Moの硫化物と、Mo以外の遷移金属Mの硫化物とを含み、
前記遷移金属Mは、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
前記触媒は、前記遷移金属Mの硫化物の表面に、前記Moの硫化物が形成された構造を有する、電極触媒。
【請求項2】
Mo以外の遷移金属Mを含有する化合物及び水系溶媒を含む第1の原料に電極基材を浸漬して水熱合成した後、前記電極基材を取り出して焼成することで遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を得る第1工程と、
前記遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び水系溶媒を含む第2の原料に浸漬して水熱合成をすることで、Moの硫化物及び前記遷移金属Mの硫化物を含む触媒が形成された電極基材を得る第2工程と、
を備え
前記遷移金属Mは、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である、電極触媒の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の電極触媒を使用して、若しくは、請求項2に記載の製造方法で得られた電極触媒を使用して電解処理を行う工程を含む、水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極触媒及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は燃焼時にCO排出がゼロであり、化石燃料に代わるクリーンなエネルギー源として期待されている。特に、太陽光、風力、水力等の再生可能なエネルギーを電力とする水の電気分解法による水素製造方法は一切COを排出しないことから、クリーンな水素の製造方法として大きな期待が寄せられている。
【0003】
水の電気分解用の電極としては、炭素基材等の電極基材上に白金粒子触媒を固定したものが知られている。しかしながら、白金は価格が高く、資源量にも限りがあるため、白金の使用量を低減する技術や白金代替触媒及び/又は電極の開発が求められている。
【0004】
この観点から、水の電気分解用の電極として、ナノサイズの微細化構造を有する遷移金属(例えば、Co、Ni、Mn等)の硫化物又は酸化物等の新規な材料が注目されており、盛んにその研究が進められている(例えば、特許文献1)。これらの材料は良好な活性を示す反面、繰り返し使用によってナノ構造が崩壊していくことも多いため、電極の長期安定性という点に改善の余地が残されている。
【0005】
また、最近では、独自の物理的および化学的特性を活かして、遷移金属カルコゲナイド、遷移金属の炭化物、リン化物、リン硫化物、窒化物、ホウ化物、セレン化物等の非貴金属系電極触媒が水素発生電極触媒として研究されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2000-000470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来から提案されている電極触媒は、その性能が十分に発揮されるのは特定の条件のみでの使用に限られ、例えば、特定範囲のpHを有する電解液を使用したときのみに、その電極触媒の性能が発揮されるものであった。つまり、あるpHで使用した場合には優れた水素発生効率及び耐久性が発揮されるが、電解液のpHが異なる範囲となると水素発生効率及び耐久性の低下が起こり得るという問題を有するものであった。特に、電解液が中性付近になると、従来の電極触媒では水素発生効率が低下しやすく、また、耐久性も低下しやすいものであった。このような観点から、幅広いpH領域で水素を効率よく発生させることができ、しかも、耐久性にも優れる電極触媒の開発が望まれていた。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、幅広いpH領域で水素を効率よく発生させることができ、しかも、耐久性にも優れる電極触媒及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の金属の硫化物を少なくとも2種含む触媒を電極基材上に形成することにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
項1
電極基材上に触媒を備え、
前記触媒は、Moの硫化物と、Mo以外の遷移金属Mの硫化物とを含む、電極触媒。
項2
前記遷移金属Mは、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である、項1に記載の電極触媒。
項3
Mo以外の遷移金属Mを含有する化合物及び水系溶媒を含む第1の原料に電極基材を浸漬して加熱処理した後、前記電極基材を取り出して焼成することで遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を得る第1工程と、
前記遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び水系溶媒を含む第2の原料に浸漬して加熱処理をすることで、Moの硫化物及び前記遷移金属Mの硫化物を含む触媒が形成された電極基材を得る第2工程と、
を備える、電極触媒の製造方法。
項4
前記遷移金属Mは、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種である、項3に記載の電極触媒。
項5
項1又は2に記載の電極触媒を使用して、若しくは、項3又は4に記載の製造方法で得られた電極触媒を使用して電解処理を行う工程を含む、水素の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る電極触媒は、幅広いpH領域(pH0~14)で水素を効率よく発生させることができ、しかも、耐久性にも優れる。
【0012】
本発明に係る電極触媒の製造方法は、幅広いpH領域(pH0~14)で水素を効率よく発生させることができ、しかも、耐久性にも優れる電極触媒を簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】各実施例及び比較例で得られた電極のSEM画像である。
図2】実施例1で得られた電極触媒における触媒(MoS/CoS)のX線回折解析の結果を示す。
図3】実施例1で得られたMoS/CoS/CP電極を使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示す。
図4】実施例1~3で得られたMoS/CoS/CP電極を使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示す。
図5】(a)は実施例1で得られたMoS/CoS/CP電極を使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線(pH=0,7,14)を、(b)は(a)に示すリニアスイープボルタンメトリー曲線から算出したターフェル勾配を示している。
図6】実施例1で得られたMoS/CoS/CP電極のサイクリックボルタンメトリー試験(CV試験)を3000サイクル行った後のリニアスイープボルタンメトリー曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0015】
(電極触媒)
本発明の電極触媒は、電極基材上に触媒を備える。特に、前記触媒は、Moの硫化物と、Mo以外の遷移金属Mの硫化物とを含む。
【0016】
前記電極触媒は、特定の組成を有する触媒が電極基材上に形成されていることで、pH0~14といった幅広いpH領域にわたって水素を効率よく発生させることができる。しかも、前記電極触媒は、繰り返し使用したとしても性能が低下しにくく、耐久性に優れる。
【0017】
電極触媒において、電極基材の種類は特に限定されず、例えば、公知の導電性の基材を広く採用することができる。
【0018】
電極基材としては、例えば、水の電気分解用の電極として使用されている基材を挙げることができ、具体例として、炭素基材、金属基材、ガラス基材等を挙げることができる。炭素基材としては、カーボンペーパー、炭素棒等が例示される。金属基材としては、ニッケル、チタン、鉄、銅等の金属単体の基材、又は、ニッケル-リン合金、ニッケル-タングステン合金、ステンレス合金等の基材等が例示される。ガラス基材としては、導電ガラス等が例示される。中でも、電極触媒をより容易に製造しやすいという観点から、電極基材は炭素基材であることが好ましく、カーボンペーパーであることが特に好ましい。
【0019】
電極基材は、例えば、公知の製造方法で得ることができ、あるいは、市販品等から入手することもできる。
【0020】
電極基材の形状及び大きさは特に制限されず、使用目的や要求される性能により適宜選択することができる。例えば、電極基材の形状は、シート状、板状、棒状、メッシュ状等とすることができる。
【0021】
前記触媒は、Mo(モリブデン)の硫化物を含む。Moの硫化物は、化学式MoSで表すことができる化合物である。
【0022】
前記触媒は、Mo以外の遷移金属Mの硫化物を含む。例えば、遷移金属MがCo(コバルト)である場合、Coの硫化物は、化学式CoSで表すことができる化合物である。
【0023】
遷移金属Mは、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。この場合、電極触媒の製造が容易であり、また、電極触媒は、水素発生効率に優れ、耐久性も向上しやすい。Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnは、それらの硫化物の性質が互いに共通又は類似していること、及び、それらの金属硫化物が、Mo(モリブデン)の硫化物の電子分布に与える影響が共通又は類似している。このため、遷移金属Mが、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnのいずれの金属であっても、電極触媒は、水素発生効率及び耐久性をより向上させるという特性を示すことができる。
【0024】
遷移金属Mは、電極触媒の水素発生効率及び耐久性が特に向上しやすいという観点から、Co、Fe及びNiからなる群より選ばれる少なくとも1種であることがより好ましく、Coであることが特に好ましい。
【0025】
前記触媒は、Moの硫化物と遷移金属Mの硫化物を含む限り、他の金属又は他の化合物等のその他成分を含むことができる。前記触媒がその他成分を含む場合、前記触媒の全質量に対して、その他成分は10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、1質量%以下であることが特に好ましい。前記触媒は、Moの硫化物と遷移金属Mの硫化物のみで形成されていてもよい。
【0026】
前記触媒の形状は特に限定されず、例えば、粒子状、ワイヤー状、繊維状、針状、棒状、鱗片状等の種々の形状を挙げることができる。製造が容易であり、また、優れた性能を発揮しやすいという観点から、前記触媒は粒子状及びワイヤー状であることが好ましい。前記触媒が粒子状である場合、例えば、球状、花びら状、不定形状等の粒子を挙げることができる。粒子の表面は平滑であってもよいし、針状等の突起を有していてもよい。
【0027】
前記触媒が粒子状である場合、その大きさも特に制限はなく、例えば、触媒の平均粒子径は0.01~500μm、好ましくは1~100μmとすることができる。なお、ここでいう粒子の平均粒子径は、電極触媒の走査型電子顕微鏡による直接観察によって無作為に50個の粒子を選択し、これらの円相当径を計測して算術平均した値をいう。
【0028】
前記触媒は、Moの硫化物と遷移金属Mの硫化物を含む限り、その構造に特に制限はない。つまりは、前記触媒において、Moの硫化物と遷移金属Mの硫化物との存在状態に特に制限はない。電極触媒の水素発生効率及び耐久性がより向上しやすいという観点から、前記触媒は、遷移金属Mの硫化物の表面にMoの硫化物が形成された構造を有していることが好ましい。
【0029】
特に、前記触媒は、遷移金属Mの硫化物の表面をMoの硫化物が被覆して形成されていることが好ましい。このような構造として、コアシェル構造を挙げることができる。
【0030】
前記触媒がコアシェル構造に形成されている場合、電極触媒の水素発生効率及び耐久性が特に向上しやすい。コアシェル構造としては、具体的にコアシェル粒子を挙げることができる。
【0031】
前記触媒がコアシェル構造に形成されている場合、例えば、該コアシェル構造のコアは前記遷移金属Mの硫化物を含むことができ、シェルはMoの硫化物を含むことができる。もちろん、その逆であってもよい。コアは前記遷移金属Mの硫化物のみで形成することもでき、また、シェルはMoの硫化物のみで形成することもできる。
【0032】
前記触媒において、Moの硫化物と、遷移金属Mの硫化物とのモル比は特に限定されない。例えば、前記触媒は、Moの硫化物1モルあたり、遷移金属Mの硫化物を0.01~100モル含むことができ、0.01~10モル含むことが好ましく、0.01~1モル含むことが特に好ましい。
【0033】
電極触媒は、本発明の効果が阻害されない限り、触媒以外の成分が含まれていてもよく、また、電極触媒は、電極基材及び触媒のみで形成されていてもよい。
【0034】
電極触媒は、例えば、電極基材上に直接(他の層等を介さずに)触媒が形成され得る。特に、電極触媒は、電極基材上に遷移金属Mの硫化物が直接担持されており、この遷移金属Mの硫化物に直接、Moの硫化物が形成され得る。電極触媒において、触媒上には何らの層も形成されていないことが好ましい。
【0035】
本発明の電極触媒の優れた性能は、Moの硫化物への遷移金属Mと酸素の共ドーピング効果、それに伴う反応活性な欠陥サイトの形成、並びに、遷移金属Mの硫化物の高い導電性と特異的三次元構造による電解液への高い接触表面積等によってもたらされ得る。
【0036】
本発明の電極触媒は、各種電気分解の電極への使用に適しており、特に、水の電気分解用の電極として使用した場合、優れた水素発生効率をもたらすことができることから、水素発生用のカソードへの使用に適している。
【0037】
本発明の電極触媒を製造する方法は特に限定されず、種々の製造方法を採用することができる。特に、後記する工程1及び工程2を含む製造方法によって、本発明の電極触媒を製造することができる。
【0038】
(電極触媒の製造方法)
本発明の電極触媒の製造方法は、下記の第1工程及び第2工程を少なくとも備える。
第1工程;Mo以外の遷移金属Mを含有する化合物及び水系溶媒を含む第1の原料に電極基材を浸漬して加熱処理した後、前記電極基材を取り出して焼成することで遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を得る工程。
第2工程;前記遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び水系溶媒を含む第2の原料に浸漬して加熱処理をすることで、Moの硫化物及び前記遷移金属Mの硫化物を含む触媒が形成された電極基材を得る工程。
【0039】
第1工程では、遷移金属Mを含有する化合物及び水系溶媒を含む第1の原料を容器内に収容し、この第1の原料に電極基材を浸漬して加熱処理する。この加熱処理後、容器から前記電極基材を取り出し、さらに焼成して遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を得る。従って、第1工程は、電極基材上に遷移金属Mの酸化物を形成するための工程である。
【0040】
第1工程において、遷移金属Mは、前記同様、Mo以外である。電極触媒を製造しやすく、水素発生効率及び耐久性が特に向上しやすいという観点から、遷移金属Mは、Co、Fe、Ni、Cu、W及びMnからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、Co、Fe及びNiからなる群より選ばれる少なくとも1種であることがさらに好ましく、Coであることが特に好ましい。
【0041】
第1工程において、遷移金属Mを含有する化合物の種類は特に限定されない。例えば、遷移金属Mを含む化合物としては、遷移金属Mの無機酸塩、遷移金属Mの有機酸塩、遷移金属Mの水酸化物及び遷移金属Mのハロゲン化物等を広く使用することができる。
【0042】
遷移金属Mの無機酸塩としては、公知の化合物を広く採用することができ、例えば、遷移金属Mの硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩及びリン酸水素塩等からなる群より選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0043】
遷移金属Mの有機酸塩としては、公知の化合物を広く採用することができ、例えば、遷移金属Mの酢酸塩、シュウ酸塩、蟻酸塩、コハク酸塩等からなる群より選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0044】
遷移金属Mを含有する化合物は、水系溶媒に溶解して溶液を形成しやすいという観点から、遷移金属Mの硝酸塩又は塩酸塩であることが好ましい。遷移金属Mを含有する化合物は水和物であってもよい。
【0045】
第1工程で使用する遷移金属Mを含有する化合物は1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用することもできる。遷移金属Mを含む化合物は、公知の製造方法で得ることができ、あるいは、市販の遷移金属Mを含有する化合物を使用することもできる。
【0046】
第1工程で使用する水系溶媒は、水、あるいは、水と低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール等の炭素数1~4のアルコール)との混合物を使用することができ、特に好ましくは水である。水は、蒸留水、水道水、工業用水、イオン交換水、脱イオン水、純水、電解水などの各種の水を用いることができる。水系溶媒は、本発明の効果が阻害されない限り、pH調整剤、粘度調整剤、防かび剤等を含有していてもよい。
【0047】
第1工程で使用する第1の原料は、前記遷移金属Mを含有する化合物及び前記水系溶媒を含む。例えば、第1の原料は、前記遷移金属Mが前記水系溶媒に溶解した溶液である。
【0048】
第1の原料において、遷移金属Mを含有する化合物の濃度は特に限定されない。例えば、第1の原料において、水系溶媒100mLあたり、遷移金属Mを含有する化合物が1~100mmol含まれることが好ましい。この場合、構造が安定な遷移金属Mの酸化物を容易に形成することができる。
【0049】
第1工程で使用する第1の原料は、前記遷移金属Mを含有する化合物及び前記水系溶媒を含む他、他の添加剤を含むこともできる。他の添加剤としては、例えば、pH調整剤を挙げることができる。pH調整剤としては、尿素(CO(NH)、NHF、水酸化アンモニウム等を挙げることができる。pH調整剤は1種のみ又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0050】
第1工程で使用する第1の原料が尿素を含む場合、水系溶媒100mLあたり、尿素が10~50mmol溶解していることが好ましい。この場合、第1の原料がアルカリ領域のpHを有しやすく、これにより第1工程で形成される遷移金属Mの酸化物が所望の形状に形成されやすくなる。
【0051】
第1工程で使用する第1の原料がNHFを含む場合、水系溶媒100mLあたり、NHFが10~50mmol溶解していることが好ましい。この場合、第1の原料がアルカリ領域のpHを有しやすく、これにより第1工程で形成される遷移金属Mの酸化物が所望の形状に形成されやすくなる。
【0052】
第1の原料は、遷移金属Mを含む化合物、pH調整剤及び水系溶媒のみからなるものであってもよい。
【0053】
第1の原料に電極基材を浸漬する方法は特に限定されず、通常は、電極基材の全体が第1の原料に浸されるように行うことができる。電極基材の浸漬は、例えば、後記する水熱合成が可能な容器内で行うことができる。このような容器として、耐圧式のオートクレーブを挙げることができる。オートクレーブの内面は、例えば、テフロン(登録商標)等のフッ素樹脂でコーティングすることができる。
【0054】
電極基材を第1の原料に浸漬する前にあらかじめ電極基材を洗浄処理することもできる。洗浄処理の方法は特に限定されず、公知の方法を広く採用することができる。例えば、電極基材を硫酸等の無機酸で洗浄する方法が挙げられる。酸洗浄するにあたっては、超音波処理を組み合わせることもできる。酸洗浄後は、アルコール及び水等の溶媒でさらに洗浄してもよい。
【0055】
本発明の製造方法において、電極基材の種類は特に限定されず、前述の電極触媒で使用する電極基材と同様である。
【0056】
第1工程では、電極基材を第1の原料に浸漬した状態で加熱処理を行う。第1工程の加熱処理としては、水熱合成法を挙げることができる。ここでいう水熱合成法は、電極基材を第1の原料に浸漬した状態で容器を密閉し、該容器内を加熱する方法である。この水熱合成により、電極基材上に遷移金属Mの水酸化物が形成され得る。
【0057】
水熱合成における容器内の温度は、遷移金属Mの水酸化物が形成される条件である限りは特に制限されず、例えば、110~200℃とすることができる。この温度にて容器を保持する時間も特に限定されず、例えば、8~24時間とすることができる。水熱合成における容器内の圧力も適宜設定することができる。
【0058】
水熱合成において、第1の原料はアルカリ領域であることが好ましく、例えば、pHが7~14であることが好ましく、8~10であることがより好ましく、9程度であることが特に好ましい。この場合、水熱合成において、水酸化物がより形成しやすくなり、また、最終的に第1工程で形成される酸化物を所望の形状に制御しやすい。
【0059】
第1工程において、加熱処理(水熱合成)の後は、容器から電極基材を取り出して焼成を行う。
【0060】
第1工程において、焼成の方法は特に限定されず、例えば、公知の焼成方法を広く採用することができる。
【0061】
焼成温度は、例えば、300~400℃とすることができ、340~380℃とすることが好ましい。焼成時間は、焼成温度によって適宜選択すればよく、例えば、1.5~5時間とすることができる。第1工程において、焼成を行う際の昇温速度も特に限定されず、所望の酸化物が形成される程度に適宜設定することができる。
【0062】
焼成は、空気中及び不活性ガス雰囲気中のいずれで行ってもよい。好ましくは、空気中で焼成を行うことである。焼成は、例えば、市販の加熱炉等の公知の加熱装置を使用することができる。
【0063】
上記焼成によって、電極基材上の水酸化物が酸化物へと変化し、遷移金属Mの酸化物(例えば、酸化コバルト)で修飾された電極基材を得ることができる。
【0064】
第2工程では、第1工程で得た遷移金属Mの酸化物が形成された電極基材を、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び水系溶媒を含む第2の原料に浸漬して加熱処理をする。これにより、Moの硫化物及び前記遷移金属Mの硫化物を含む触媒が形成された電極基材が得られる。従って、第2工程は、Moの硫化物及び前記遷移金属Mの硫化物を含む触媒を形成するための工程である。
【0065】
第2工程において、Moを含有する化合物の種類は特に限定されない。例えば、Moを含有する化合物としては、モリブデン酸の金属塩、Moの無機酸塩、Moの有機酸塩、遷Moの水酸化物及びMoのハロゲン化物等を広く使用することができる。
【0066】
モリブデン酸の金属塩としては、モリブデン酸のアルカリ金属及びアンモニウム塩等を挙げることができる。より具体的には、モリブデン酸の金属塩として、モリブデン酸ナトリウム(NaMoO)、モリブデン酸カリウム(KMoO)、モリブデン酸アンモニア((NHMoO)を挙げることができる。
【0067】
Moの無機酸塩としては、公知の化合物を広く採用することができ、例えば、Moの硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩及びリン酸水素塩等からなる群より選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0068】
Moの有機酸塩としては、公知の化合物を広く採用することができ、例えば、Moの酢酸塩、シュウ酸塩、蟻酸塩、コハク酸塩等からなる群より選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0069】
Moを含有する化合物としては、水系溶媒に溶解して溶液を形成しやすいという観点から、モリブデン酸の金属塩、Moの硝酸塩又は塩酸塩であることが好ましい。Moを含有する化合物は水和物であってもよい。
【0070】
第1工程で使用するMoを含有する化合物は1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用することもできる。Moを含有する化合物は、公知の製造方法で得ることができ、あるいは、市販のMoを含有する化合物を含有する化合物を使用することもできる。
【0071】
硫黄を含有する化合物は特に限定されず、Mo及び遷移金属Mの硫化物を形成することができる限りは、その種類は限定されない。例えば、硫黄を含有する化合物は、硫黄の単体でもよいし、あるいは、硫黄を含む無機化合物及び有機化合物のいずれでもよい。Mo及び遷移金属Mの硫化物を形成させやすいという点で、硫黄を含有する化合物は、硫黄を含む有機化合物であることが好ましい。
【0072】
硫黄を含有する化合物は、具体的にチオアセトアミド(CNS)、チオ尿素(CHS)、硫黄等を挙げることができる。
【0073】
第2工程で使用する硫黄を含有する化合物は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用することもできる。
【0074】
第2工程で使用する水系溶媒は、水、あるいは、水と低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール等の炭素数1~4のアルコール)との混合物を使用することができ、特に好ましくは水である。水は、蒸留水、水道水、工業用水、イオン交換水、脱イオン水、純水、電解水などの各種の水を用いることができる。水系溶媒は、本発明の効果が阻害されない限り、pH調整剤、粘度調整剤、防かび剤等を含有していてもよい。
【0075】
第2工程で使用する第2の原料は、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び前記水系溶媒を含む。例えば、第2の原料は、Moを含有する化合物が前記水系溶媒に溶解した溶液である。
【0076】
第2の原料において、Moを含有する化合物の濃度は特に限定されない。例えば、第2の原料において、水系溶媒100mLあたり、Moを含有する化合物が1~100mmol含まれることが好ましい。この場合、構造が安定なMoの硫化物を容易に形成することができる。
【0077】
第2の原料において、硫黄を含有する化合物の濃度は特に限定されない。例えば、第2の原料において、水系溶媒100mLあたり、硫黄を含有する化合物が1~100mmol含まれることが好ましい。この場合、構造が安定なMoの硫化物を容易に形成することができる。
【0078】
第2の原料において、Moを含有する化合物と硫黄を含有する化合物との含有割合は特に限定されない。例えば、1モルのMoに対して、硫黄原子が1~10モル含まれるように、Moを含有する化合物と硫黄を含有する化合物との含有割合を調節することができる。より好ましくは、1モルのMoに対して、硫黄原子が2~8モル含まれるように、Moを含有する化合物と硫黄を含有する化合物との含有割合を調節することである。特に好ましくは、1モルのMoに対して、硫黄原子が3~4モル含まれるように、Moを含有する化合物と硫黄を含有する化合物との含有割合を調節することである。
【0079】
第2工程で使用する第2の原料は、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び前記水系溶媒を含む他、他の添加剤を含むこともできる。
【0080】
第2の原料は、Moを含有する化合物、硫黄を含有する化合物及び水系溶媒のみからなるものであってもよい。
【0081】
第2の原料に、第1工程で得た電極基材を浸漬する方法は特に限定されず、通常は、電極基材の全体が第2の原料に浸されるように行うことができる。第2工程において、電極基材の浸漬は、例えば、第1工程で使用した容器と同種類の容器内で行うことができる。
【0082】
第2工程では、電極基材を第2の原料に浸漬した状態で加熱処理を行う。第2工程の加熱処理としては、第1工程同様、水熱合成法を挙げることができる。水熱合成法は、第1工程と同様の手順で行うことができる。
【0083】
第2工程において、水熱合成における容器内の温度は、所望の硫化物が形成される条件である限りは特に制限されず、例えば、120~250℃とすることができる。この温度にて容器を保持する時間も特に限定されず、例えば、8~24時間とすることができる。水熱合成における容器内の圧力も適宜設定することができる。
【0084】
第2工程での加熱処理によって、第2の原料中のMo及びSイオンは遷移金属Mの酸化物と反応し、まず遷移金属Mの硫化物を形成する。この遷移金属Mの硫化物は、ナノワイヤを形成し得る。このように形成された遷移金属Mの硫化物は、Moの硫化物のナノシートの成長を誘導する構造的バックボーンとしての役割を果たし得る。
【0085】
第2工程において、加熱処理(水熱合成)の後は、容器内を冷却して電極基材を取り出すことができる。この加熱処理により、電極基材には、Moの硫化物及び遷移金属の硫化物を含む触媒が形成されており、電極触媒として得られる。得られた電極触媒は、必要に応じて、水及びエタノール等で洗浄して乾燥する。この乾燥は、例えば、真空乾燥を採用することができる。
【0086】
本発明の製造方法において、Moの硫化物と遷移金属Mの硫化物の生成量の調節は、例えば、第2工程においてMoを含む化合物の使用量を調節することで行うことができる。
【0087】
本発明の製造方法によれば、得られる電極触媒は、Moの硫化物と、Mo以外の遷移金属Mの硫化物とを含む触媒が電極基材に形成されている。このため、本発明の製造方法で得られる電極触媒は、幅広いpH領域(pH0~14)で水素を効率よく発生させることができ、しかも、耐久性にも優れる電極触媒を簡便に製造することができる。
【0088】
(水素の製造方法)
本発明の水素の製造方法は、前述の本発明の電極触媒を使用して電解処理を行う工程を含む。あるいは、本発明の水素の製造方法は、前述の本発明の電極触媒の製造方法で得られた電極触媒を使用して電解処理を行う工程を含む。
【0089】
本発明の水素の製造方法は、電極触媒を、例えば、カソードとして使用することができる。
【0090】
一方、本発明の水素の製造方法において、アノードとしては、一般に水の電気分解においてアノードとして用いられる電極を使用することができる。例えば、炭素、白金、金などの貴金属などを素材とする電極をカソードとして用いることができる。
【0091】
本発明の水素の製造方法において、電気分解で使用する水溶液としては、一般に水の電気分解において用いられる成分を含む水溶液を使用することができる。水溶液は、ヨウ素、臭素などのハロゲン、硫酸イオンなどを含むこともできる。なお、ヨウ素を含む水溶液を用いる場合、アノードにおいてヨウ素酸イオンが生成される。
【0092】
特に本発明の水素の製造方法で使用する電極触媒は、前述のように幅広いpHで使用しても優れた水素発生効率をもたらすことができることから、種々のpHの水溶液を使用することができる。例えば、アルカリ領域では、KOH,NaOH等の水溶液を使用することができ、酸性領域では、塩酸、硫酸等の水溶液を使用することができ、中性領域では、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)等を使用することができる。
【0093】
水素の製造方法の具体的な例を挙げると、本発明の電極触媒をカソード、白金板をアノードとし、KOH、HSO又はPBS水溶液を電解液として、電圧を印加する。これにより、カソードにおいて水素を生成させることができる。また、印加電圧を増加させることにより、水素の生成速度を上昇させることができる。
【0094】
水素の製造方法により製造された水素は、燃料電池や水素エンジンなどの燃料として好ましく使用することができる。
【0095】
本発明の水素の製造方法では、前記電極触媒を電極として使用することから、過電圧の上昇が起こりにくく、水素を効率よく製造することができ、また、電極触媒の耐久性に優れることから、繰り返し使用しても性能の低下が起こりにくい。
【実施例
【0096】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0097】
(実施例1)
50mL容量のテフロン(登録商標)内張りステンレスオートクレーブに2mmolのCo(NO・6HOと、8mmolのNHFと、10mmolのCO(NHと、36mLの脱イオン水とを加え、30分間激しく攪拌しながら溶解させて、第1の原料を得た。次いで、オートクレーブ内の第1の原料に、2.0cm×2.0cmの大きさのカーボンペーパー(以下、「CP」略記する)を浸漬した。なお、CPは事前に硫酸、エタノール及び水の順にそれぞれ20分間超音波洗浄を行った。そのオートクレーブをシールして密閉状態にした後、該オートクレーブを電気オーブン内にて120℃で12時間保持して、水熱合成を行った。これにより、CP上にCo(OH)ナノワイヤを担持した。その後、オートクレーブを室温まで冷却した後、電極基材を取り出し、これを大気中350℃で2時間焼成し、Co(OH)をCoに変化させてCP上にCoを形成させた。以下、これを「Co/CP」と表記した。
【0098】
次いで、50mL容量のテフロン(登録商標)内張りステンレスオートクレーブに、1.0mmolのNaMoO・2HOと、4.0mmolのCNSと、30mLの脱イオン水とを加え、30分間激しく攪拌しながら溶解させて、第2の原料を得た。この第2の原料に、前記Co/CPを浸漬した。オートクレーブをシールして密閉状態にした後、このオートクレーブを電気オーブン内にて200℃で18時間保持して、水熱合成を行った。これにより、CP上のCoを硫化物(CoS)に変化させると共に、CoS上にMoSを形成させた。得られた電極触媒を「MoS/CoS/CP電極」と表記した。得られたMoS/CoS/CP電極を水及び無水エタノールで数回洗浄した後、真空下、60℃で乾燥させて、電極触媒を得た。
【0099】
(実施例2)
NSの使用量を2.0mmolに変更したこと以外は実施例1と同様の方法でMoS/CoS/CP電極を得た。
【0100】
(実施例3)
NSの使用量を6.0mmolに変更したこと以外は実施例1と同様の方法でMoS/CoS/CP電極を得た。
【0101】
(比較例1)
50mL容量のテフロン(登録商標)内張りステンレスオートクレーブに、4.0mmolのCNSと、36mLの脱イオン水とを加えて溶液を調製し、この溶液に、実施例1で使用した「Co/CP」を浸漬させた。オートクレーブをシールして密閉状態にした後、このオートクレーブを電気オーブン内にて200℃で18時間保持して、水熱合成を行った。これにより、CP上のCoをCoSに変化させて電極を得た。この電極を「CoS/CP電極」と表記した。
【0102】
(比較例2)
50mL容量のテフロン(登録商標)内張りステンレスオートクレーブに、1.0mmolのNaMoO・2HOと、4.0mmolのCNSと、30mLの脱イオン水とを加え、30分間激しく攪拌しながら溶液を得た。次いで、この溶液に2.0cm×2.0cmの大きさのCPを浸漬した。なお、CPは事前に硫酸、エタノール及び水の順にそれぞれ20分間超音波洗浄を行った。オートクレーブをシールして密閉状態にした後、このオートクレーブを電気オーブン内にて200℃で18時間保持して、水熱合成を行った。これにより、CP上にMoSを形成させた。得られた電極触媒を「MoS/CP電極」と表記した。得られたMoS/CP電極を水及び無水エタノールで数回洗浄した後、真空下、60℃で乾燥させた。
【0103】
(評価結果)
図1は、電極のSEM画像を示しており、aは実施例1の電極触媒を製造する工程で作製した「Co/CP」電極、bは比較例1で得られたCoS/CP電極、cは実施例1で得られたMoS/CoS/CP電極のSEM画像である。
【0104】
図1から、実施例1で得られたMoS/CoS/CP電極は、電極基材(CP)上に、表面に針状突起を有する粒子形状である触媒が形成されていることがわかる。実施例1において、第2の原料中のMo及びSイオンは遷移金属Coの酸化物と反応し、まずCoの硫化物(CoS)を形成していると考えられる。この遷移金属Mの硫化物は、ナノワイヤを形成し得る。このように形成されたCoSは、Moの硫化物のナノシートの成長を誘導する構造的バックボーンとしての役割を果たしていると考えられ、実施例1において、CP上に形成された触媒はコアシェル構造を形成していると推察される。特に、コアであるCoSナノワイヤは、広い表面積と良好な導電性を示すものであり、このCoSナノワイヤ表面上にMoSが形成されていると考えることができる。
【0105】
図2は、実施例1で得られた電極触媒における触媒(MoS/CoS)のX線回折(XRD)スペクトルを示す。また、図2には、比較として、Co、CoS、MoSのX線回折スペクトルも示している。なお、X線回折測定には、Rigaku社製の「SmartLab」を使用した。
【0106】
図2に示される標準CoSパターン(JCPDS no.19‐0362)との比較より、実施例1で得られた電極触媒ではCoSの(200)、(210)、(211)及び(311)面に対応する2θ=32.3、36.2、39.8および55.1°の4つの鋭いピークが明確に観測されていることがわかる。なお、実施例1で得られた電極触媒において、MoSはCoSに対して含有量が低いこと、あるいは積層厚が少ないことに起因してMoSの回折ピークはわずかに認められる程度であった。
【0107】
図3は、実施例1で得られた「MoS/CoS/CP電極」を陽極として使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示し、(a)は電解液として0.5MHSO水溶液、(b)は電解液として1.0MPBS水溶液、(c)は電解液として1.0MKOH水溶液を使用した場合の結果である。また、図3には比較として、触媒を形成していないカーボンペーパー(図3中「CP」と表記)、比較例1で得た「CoS/CP電極」、比較例2で得た電極触媒を「MoS/CP電極」、前記「Co/CP」電極、及び、従来品のカーボン/Pt電極(白金重量20%(図3中「20wt%Pt/C」と表記)を使用して同様の試験を行った結果を示している。リニアスイープボルタンメトリー曲線は、陰極として白金板、参照電極としてAg/AgCl電極を使用した水素発生(HER)試験により得た。リニアスイープボルタンメトリー曲線を得るための測定装置は、標準3電極セルと共に米国VersaSTAT4 ポテンションスタットガルバノスタット電気化学ワークステーションを用いた。
【0108】
図3から、実施例1で得られた「MoS/CoS/CP電極」は、酸性、中性及びアルカリ性のいずれの水溶液中においても優れた水素発生効率を示すことがわかる。これは、MoSへのCoおよびOの同時ドーピングによる相乗効果に起因するものと考えられ、構造欠陥の形成によってさらに新しい活性部位が生成するためであると推察される。
【0109】
図4は、実施例1~3で得られた「MoS/CoS/CP電極」を陽極として使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示し、(a)は電解液として0.5MHSO水溶液、(b)は電解液として1.0MKOHを使用した場合の結果である。このリニアスイープボルタンメトリー曲線は図3と同様の装置及び条件で行った。なお、図4において示すMoとSとの比(Mo:S)は、電極触媒の製造時に使用する第2の原料中のMoとSとのモル比を示している。従って、Mo:S=1:4は実施例1、Mo:S=1:2は実施例2、Mo:S=1:6は実施例3を表す。
【0110】
図4から、MoとSとの比率によらず、実施例1~3で得られた電極触媒は、酸性及びアルカリ性のいずれの水溶液中においても優れた水素発生効率を示すことがわかる。
【0111】
図5(a)は、実施例1で得られた「MoS/CoS/CP電極」を陽極として使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示し、pH=0,7,14のそれぞれで試験を行ったときの結果を示している。なお、pH=0では0.5MHSO水溶液を、pH=7では1.0MPBSを、pH=14では1.0MKOH水溶液を使用した。また、図5(b)は、図5(a)に示すリニアスイープボルタンメトリー曲線から算出したターフェル勾配を示している。
【0112】
図5の結果から、同一の電流密度(10mA/cm)で比較すると、実施例1で得られた「MoS/CoS/CP電極」は、いずれも過電圧が低く、特に酸性水溶液中で最も低い過電圧を示すことがわかった(酸性水溶液:69mV、中性水溶液:145mV、アルカリ性水溶液:81mV)。
【0113】
図6は、実施例1で得られた「MoS/CoS/CP電極」のサイクリックボルタンメトリー試験(CV試験)を3000サイクル行った後、この電極を陽極として使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示し、(a)は電解液として0.5MHSO水溶液、(b)は電解液として1.0MPBS水溶液、(c)は電解液として1.0MKOH水溶液を使用した場合の結果である。図6には比較として、実施例1で得られた直後の「MoS/CoS/CP電極」を陽極として使用したリニアスイープボルタンメトリー曲線を示している。
【0114】
また、図6(a)、(b)及び(c)のそれぞれには、実施例1で得られた電極を陽極に用いた場合の水の定電流電解の結果であって、電流密度が100mA/cm及び10mA/cmそれぞれにおける電位-時間グラフを挿入図として示している。
【0115】
なお、図6の測定において、CV測定は、標準3電極セルと共に米国VersaSTAT4 ポテンションスタットガルバノスタット電気化学ワークステーションを用いて行った。CV試験の条件は下記の通りとした。
・0.5MHSO水溶液の場合:0.05~-0.3V(vs.RHE)
・1.0MKOH水溶液の場合:0.6~-0.6V(vs.RHE)
・1.0MPBS水溶液の場合:0.05~-0.3V(vs.RHE)
・スキャン速度:50mV/s
【0116】
図6から、実施例1で得られた「MoS/CoS/CP電極」は、3000サイクルのCV試験後においても初期(CV試験前)と同様の電極性能を有していることがわかり、「MoS/CoS/CP電極は耐久性に優れることも示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6