(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカム、及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20221021BHJP
C12N 9/52 20060101ALI20221021BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12N9/52
(21)【出願番号】P 2021100444
(22)【出願日】2021-06-16
【審査請求日】2021-06-16
(31)【優先権主張番号】202010777051.0
(32)【優先日】2020-08-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【微生物の受託番号】CGMCC 20358
(73)【特許権者】
【識別番号】521264246
【氏名又は名称】曲阜師范大学
【氏名又は名称原語表記】Qufu Normal University
【住所又は居所原語表記】57 Jingxuan West Road, Qufu, Jining, Shandong, China
(74)【代理人】
【識別番号】110002262
【氏名又は名称】TRY国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】楊 革
(72)【発明者】
【氏名】谷 松鶴
【審査官】進士 千尋
(56)【参考文献】
【文献】Journal of Biotechnology, 1999, Vol.70, pp.53-60
【文献】J Ind Microbiol Biotechnol, 2016, Vol.43,pp.829-840
【文献】Biology, 2013, Vol.2, pp.755-783; doi:10.3390/biology2020755
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/48-9/54
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中国微生物菌種寄託管理委員会普通微生物センターに寄託され、寄託番号がCGMCC No.20358
のエキシグオバクテリウム・シビリカムであり、前記エキシグオバクテリウム・シビリカムは、単一の細胞が短い棒状のグラム陽性菌である、ことを特徴とする低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)。
【請求項2】
前記エキシグオバクテリウム・シビリカムは
、16srDNA断片の長さが3500bp程度である、ことを特徴とする請求項1に記載の低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカム。
【請求項3】
請求項1又は2
に記載の前記低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムの、低温プロテアーゼの生産における使用。
【請求項4】
前記低温プロテアーゼはエキシグオバクテリウム・シビリカムを発酵させることにより得られる、ことを特徴とする請求項3に記載の使用。
【請求項5】
前記発酵に使用される発酵温度は10~20℃である、ことを特徴とする請求項3に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物のスクリーニング及び使用の分野に関し、具体的には、低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカム、及びその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素とは、一般的に、常温、さらに低温条件下でペプチド結合の加水分解を触媒できる酵素のことである。低温プロテアーゼとは、最適触媒温度が40℃以下であり、しかも、20~30℃においても高酵素活性(50%以上)を保持できるタンパク質加水分解酵素であり、その最適触媒温度が自然環境の温度に近いため、使用時に加熱又は冷却のプロセスを省略することができ、高温プロテアーゼに比べて、エネルギーを節約して、時間節約などの特徴を有し、食品や洗濯産業において応用の将来性が期待できる。現在発見されている低温プロテアーゼ生産菌株には、氷河永久凍土に由来するバチルス・リケニフォルミスとバチルス・プミルス、南極大陸に由来するクロストリジウムとサイクロバクター、海氷の浮氷に由来するコルウェリア属、寒い砂漠地帯に由来するエグジゴバクテリウム、及び他の寒冷環境に由来するセラチア、ビブリオ、キサントモナス、シェワネラ属のペニシリウム・クリソゲナムなどがある。これらの菌株により生産される低温プロテアーゼの最適触媒温度はほとんどが30~40℃の間であり、最適触媒温度が20℃未満のものはごくわずかであるがが、安定性が劣る。
【0003】
南極の極寒環境で生きている南極オキアミAntarctickrill及びEuphausiasuperbaは、生存温度が-1.7℃~-3℃であり、南極の生態系における重要な種である。巨大なバイオマスを有し、南極海域の生物学的連鎖において細菌、藻類や微小動物プランクトンを餌としつつ、頂点捕食者の獲物でもあり、南極の生態系において重要な役割を果たしている。低温に適している生物は低温での機能の完全性を維持するために専用の酵素を必要とし、一方、好冷性生物の体内の酵素は、好熱性動物よりも、低温で高い活性及び触媒効率を有する。南極オキアミの体内には多種類のタンパク質加水分解酵素が含まれており、従来の研究より、南極オキアミの体内から単離されたタンパク質加水分解酵素は壊死組織に対して分解作用を有し、デブリードマン剤として医療用として有用であることが証明されている。
【0004】
1972年にNabou Katoらが海洋細菌Peseudomoassp.No.548がプロテアーゼを生産することを最初に報告して以来、中国の国内外では、多くの研究グループは、海洋微生物由来のプロテアーゼを研究しており、主に、新しい酵素生産微生物及び新規プロテアーゼ、例えば、低温適応プロテアーゼ、高温プロテアーゼ、アルカリプロテアーゼ、中性プロテアーゼなどに集中している。中国特許CN104818225Aでは、低温プロテアーゼ生産菌であるプラノコッカスPlanococcus sp.が開示されており、このプラノコッカスは、南インド洋の深海堆積物に由来するものである。中国特許CN110724701Aでは、低温での南極オキアミのトリプシンの酵素活性の評価方法が開示されており、この低温トリプシンは、低温でも優れた酵素活性を有する。しかしながら、今まで、南極オキアミから低温プロテアーゼを生産する菌株は単離・抽出されておらず、他の低温環境から単離された低温プロテアーゼは、熱安定性が悪く、加熱すると分解して失活しやすい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
中高温プロテアーゼの低温適応性及び熱安定が劣るという従来技術に存在する問題に対して、本発明は、低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカム、及びその使用を提供する。この低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムは、南極オキアミからスクリーニングしたものであり、その最適成長温度と最適酵素生産温度がどちらも自然環境の温度に近いため、発酵プロセスにおいて加熱又は冷却のプロセスを省略することができる。この菌株により生産されるプロテアーゼは、最適反応温度が37℃程度であり、しかも0~60℃において優れた触媒活性を有し(最高触媒酵素活性の60%以上)、低温適応性、及び優れた熱安定性を有する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の技術解決策により達成される。
【0007】
低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)であって、中国微生物菌種寄託管理委員会普通微生物センターに寄託され、寄託番号がCGMCC No.20358である。
【0008】
さらに、前記エキシグオバクテリウム・シビリカムは短い棒状のグラム陽性菌である。
【0009】
本発明は、前記低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムの、低温プロテアーゼの生産における使用である。
【0010】
さらに、前記低温プロテアーゼは、低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムを発酵させることにより得られる。
【0011】
さらに、前記発酵に使用される発酵温度は10~20℃である。
【発明の効果】
【0012】
1.本発明では、低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムの発酵条件は制御しやすく、この菌株の最適成長温度及び最適酵素生産温度がどちらも自然環境の温度に近いため、発酵プロセスにおいて加熱又は冷却のプロセスを省略することができる。
2.本発明では、低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムにより生産される低温プロテアーゼは、最適触媒温度が人体の正常温度に近い37℃程度であり、30~40℃の間で高い触媒活性を維持することができる。低温プロテアーゼは、0~60℃でも高い酵素活性を維持し、最高触媒酵素活性は60%以上であり、低温環境に適応できるとともに、優れた熱安定性を有するため、適用範囲が広がる。
菌種寄託情報
寄託時間:2020年7月14日
寄託機関:中国微生物菌種寄託管理委員会普通微生物センター(ブダペスト条約に基づく国際寄託当局);
寄託番号:CGMCC No.20358;
寄託機関アドレス:北京市朝陽区北辰西路1号院3号中国科学院微生物研究所、郵便番号:100101;
カテゴリー命名:エキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】スクリーニングした菌株の写真であり、aは平板式加水分解により生成した透明円の図であり、bは精製ストリーク図である。
【
図2】エキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)のグラム染色顕微鏡写真である。
【
図4】本発明のエキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)の系統樹図である。
【
図6】低温プロテアーゼの各温度での相対酵素活性である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施例を詳しく説明する。本実施例は、本発明の技術解決策を基に実施され、詳細な実施形態及び具体的な操作プロセスが記載されているが、本発明の特許範囲は下記の実施例に限定されない。
【0015】
実施例1
本発明の前記低温プロテアーゼを生産するエキシグオバクテリウム・シビリカムは、南極オキアミに由来し、複数回スクリーニングしたものであり、カテゴリー命名はエキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)である。この菌株は、2020年7月14日に中国微生物菌種寄託管理委員会普通微生物センターに寄託され、寄託アドレスは北京市朝陽区北辰西路1号院3号中科院微生物研究所であり、寄託番号はCGMCC No.20358である。
菌株スクリーニング:サンプル収集、サンプル処理、一次スクリーニング、再スクリーニング、酵素活性測定、高収量菌株の同定、菌種寄託。
1)サンプル収集:山東省の某海鮮市場から南極オキアミを購入した。
2)サンプル処理:低温で乳鉢を用いて南極オキアミをすり潰し、3gを秤量し、滅菌水に加えて、30mLまで定容し、原液とし、試験管に分注し、試験管を恒温培養床に入れて固定し、180r/minに設定して、30分間の時間を測定した。
3)一次スクリーニング(平板分離):滅菌水を用いて10
-1~10
-5g/mlの濃度勾配で原液を希釈して管に分注し、準備した分離培養平皿に接種し、温度が15℃に設定された恒温インキュベータに入れて、2週間培養した。成長したコロニーから、コロニー形状が大きく、コロニー周辺の透明円が大きい単一コロニーを選択し、平板分離により、加水分解円が最大である菌株をスクリーニングした。加水分解円の直径とコロニーの直径との比は2.1であり、さらに選択された単一コロニーをクリーンベンチにおいてストリークして精製し、これを3回繰り返し、より純粋な菌株を得た。
図1は、スクリーニングした菌株が平板式加水分解により生じた透明円、及びストリーク精製図である。
前記平板分離時に使用される固体培地は表1の成分と寒天からなり、寒天は20g/Lの割合で添加され、pH7.2~7.4であり、20min滅菌後、平板を逆様にして使用に備えた。
4)再スクリーニング
成分が表1と同じで、pHが7.2~7.4である液体発酵培地を調製し、三角フラスコに分注し、20min滅菌して使用に備えた。
容量250mLの三角フラスコに発酵培地100mLを入れて、121℃で高圧蒸気により30min滅菌し、一次スクリーニングにより得られた菌株を接種した後、15℃の恒温培養床に置いて、180r/minで5日間培養し、再スクリーニングした菌株を得た。
再スクリーニングした菌株の平板における加水分解円の直径とコロニーの直径との直径比は2.2であった。
5)低温プロテアーゼ産生菌株の同定
a)グラム染色
グラム染色方法のステップは、塗抹、固定、一次染色、媒染染色、脱色、再染色であり、最後に、顕微鏡下で観察した。
図2の顕微鏡像に示すように、菌体は青紫色であり、単一の細胞は短い棒状のものであり、不規則に配列されており、グラム陽性菌であると同定された。
b)細菌ゲノムDNAの抽出
細菌ゲノムDNA抽出キッドの原理ステップに従ってゲノムDNAを抽出し、高品質の細菌ゲノムDNAを得た。
c)PCR増幅
DNA増幅反応系(50μL):
Mix 25μL
ddH
2O 20μL
上流プライマー(F) 2μL
下流プライマー(R) 2μL
テンプレート1μL;
PCR反応条件:
94予備変性4min
94変性1min
55アニーリング1min
72伸長2min
30サイクル
72 10minまで補充;
d)PCR産物の電気電気泳動
アガロースゲル電気泳動後、紫外線ランプでバンドを観察した(
図4参照)。この菌株は、16srDNA断片の長さが3500bp程度である。同社でシーケンシングして、16srDNA配列をデータベースと類似性を比較して、系統樹を作成した。本特許のエグジゴバクテリウムの系統樹を
図4に示す。データベースと比較した結果、配列類似性は99.9%であり、配列相同性は99.9%である。それにより、スクリーニングした菌株はエキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)であると同定された。
【0016】
実施例2
低温プロテアーゼ酵素活性の測定
(1)酵素活性測定
アルカリプロテアーゼの酵素活性の測定方法として、一般的にはFolin-フェノール発色法を使用する。1つの酵素活性単位Uは、本実験では、恒温37℃の条件下で1分間あたりカゼインを加水分解してチロシン1μmolを生成するのに必要な酵素量のことであり、以下の式により酵素活性の値を算出した。
U=A*B*C/D
U:プロテアーゼの酵素活性値;
A:サンプル吸光値とブランク吸光値との差であって、標準曲線と比較した後のチロシン放出量(μg/mL);
B:反応拡大倍率;
C:酵素希釈倍率;
D:反応時間。
実施例1の表1に示す液体培地を調製し、容量250mLの三角フラスコに発酵培地100mLを入れて、121℃で高圧蒸気により30min滅菌し、実施例1においてスクリーニングしたエキシグオバクテリウム・シビリカム(Exiguobacterium sibiricum)を接種した後、15℃恒温培養床に置いて、180r/minで5日間培養し、発酵液を得た。
発酵液を処理し、4℃、6000r/minで15min遠心分離し、上清液として酵素液を得た。酵素液をろ過した後、800μLを10倍(希釈液:リン酸塩緩衝液)希釈し、1本あたり1ml分注し、37℃で10min放置した。1本あたり2%カゼイン緩衝液1mlを加え(最初にTCAを加えたものをブランク対照とする)、37℃で10min反応させた後、TCA 2mlを加え、1min遠心分離し、炭酸ナトリウム溶液とフォリンフェノール試薬を加えて、10min発色させ、660nmで値を測定した。
表2は、チロシン標準溶液の調製方法であり、表2にしたがって、4本の試験管を準備して、試験管に下記溶液を徐々に加え、37℃で水浴処理し、30min放置した。次に、吸収値(660nm)を測定し、得られたデータについて標準曲線をプロットし、
図5に示すように、回帰直線方程式を作成する。
Folin発色法によりエグジゴバクテリウムの酵素活性を測定した結果、エキシグオバクテリウム・シビリカムの吸光値は0.531であり、相対酵素活性は8.65であった。
【0017】
実施例3
最適酵素活性の測定
温度勾配(0~60℃、5℃ごとに1回反応)を設定して10min反応させた後、TCA 2mlを加えて、1min遠心分離し、炭酸ナトリウム溶液とフォリンフェノール試薬を加え、10min発色させ、660nmで値を測定した以外、エキシグオバクテリウム・シビリカムの発酵、酵素液処理のステップは実施例2と同様であった。相対酵素活性を以下の
図6に示す。
測定した結果、この菌株は、最適酵素活性温度が37℃であり、0~60℃でも高い活性を有する。これは、この低温プロテアーゼは高温にも低温にも耐えられ、熱安定性に優れることを示している。