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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】リング式紡機のリング/トラベラ系
(51)【国際特許分類】
   D01H 7/60 20060101AFI20221021BHJP
【FI】
D01H7/60 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018137521
(22)【出願日】2018-07-23
(65)【公開番号】P2020015988
(43)【公開日】2020-01-30
【審査請求日】2021-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【弁理士】
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【弁理士】
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100166235
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100179936
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 明日香
(74)【代理人】
【識別番号】100195006
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 勇蔵
(72)【発明者】
【氏名】冨永 直路
(72)【発明者】
【氏名】中野 勉
(72)【発明者】
【氏名】松井 宗久
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
【審査官】住永 知毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-079522(JP,A)
【文献】特開2015-203175(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01H1/00-17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非液潤滑環境下で摺動するリング式紡機のリング/トラベラ系において、トラベラの滑走時における前記トラベラとリングとの摺動面に、それぞれ円形の開口端を有する複数のディンプルが形成され、
前記複数のディンプルは、ディンプル壁面角度が11.3°以上39°以下の条件を満たすとともに、前記摺動面における前記複数のディンプルの配列ピッチをP(μm)、前記円形の開口端の直径をD(μm)としたときに、P/Dの値が2.5以上.5以下の条件を満たし、前記複数のディンプルは、すり鉢状、円錐形、台形のうちのいずれか一つの断面形状を有することを特徴とするリング式紡機のリング/トラベラ系。
【請求項2】
前記複数のディンプルは、前記円形の開口端の直径が10μm以上60μm以下の条件を満たすことを特徴とする請求項1に記載のリング式紡機のリング/トラベラ系。
【請求項3】
前記複数のディンプルは、ディンプル深さが2μm以上20μm以下の条件を満たすことを特徴とする請求項1または2に記載のリング式紡機のリング/トラベラ系。
【請求項4】
前記複数のディンプルは、前記摺動面におけるディンプル面積率が4%以上20%以下の条件を満たすことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のリング式紡機のリング/トラベラ系。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リング式紡機のリング/トラベラ系に関する。
【背景技術】
【0002】
リング式紡機のリング/トラベラ系においては、ボビンに糸を巻き取るときに、リング上をトラベラが摺動(滑走)する。その際、トラベラとリングの摺動面では、摩擦による摩耗や焼き付きなどが起こりやすい。特に近年では、リング式紡機の生産性を向上させるために、リング上におけるトラベラの移動速度が高速化され、これによってトラベラやリングの摩耗が早く進行する傾向にある。トラベラやリングの摩耗が早く進行すると、リング/トラベラ系の寿命が短くなり、トラベラ等の部品を頻繁に交換する必要がある。また一般に、トラベラやリングの摩耗は、両者の摺動面に生じる摩擦力が大きいほど早く進行する。そこで、トラベラやリングの摩耗を抑える方法として、たとえば、オイルなどの潤滑液を使用する方法がある。ただし、この方法では、潤滑液の付着によって糸が汚れてしまう。
【0003】
そこで、特許文献1には、潤滑液を使用せずにリング/トラベラ系の寿命を延ばすために「リング式紡機のリング/トラベラ系において、トラベラの滑走時におけるトラベラとリングとの摺動面に、0.5~8μmの深さで、径が5~30μmの円形の窪みが、面積率が5~16%となる範囲で形成されている」リング式紡機のリング/トラベラ系に関する発明が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-203175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本願の発明者らが、特許文献1に記載の発明について鋭意検討したところ、リング/トラベラ系の寿命を延ばすうえで、トラベラとリングとの摺動面に形成される窪み(以下、「ディンプル」)という。)の形状や配置が必ずしも十分に検討されていないことが分かった。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、糸由来の潤滑成分を含む付着物を摺動面に再供給する機能を有するディンプルの形状や配置について、鋭意検討することにより、トラベラとリングとの摺動面に形成されるディンプルの形状や配置を最適化し、リング/トラベラ系の寿命を更に延ばすことができる、リング式紡機のリング/トラベラ系を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、非液潤滑環境下で摺動するリング式紡機のリング/トラベラ系において、トラベラの滑走時における前記トラベラとリングとの摺動面に、それぞれ円形の開口端を有する複数のディンプルが形成され、前記複数のディンプルは、ディンプル壁面角度が11.3°以上39°以下の条件を満たすとともに、前記摺動面における前記複数のディンプルの配列ピッチをP(μm)、前記円形の開口端の直径をD(μm)としたときに、P/Dの値が2.5以上.5以下の条件を満た前記複数のディンプルは、すり鉢状、円錐形、台形のうちのいずれか一つの断面形状を有する、リング式紡機のリング/トラベラ系である。
【0008】
本発明のリング式紡機のリング/トラベラ系において、前記複数のディンプルは、前記円形の開口端の直径が10μm以上60μm以下の条件を満たすものであってもよい。
【0009】
本発明のリング式紡機のリング/トラベラ系において、前記複数のディンプルは、ディンプル深さが2μm以上20μm以下の条件を満たすものであってもよい。
【0010】
本発明のリング式紡機のリング/トラベラ系において、前記複数のディンプルは、前記摺動面におけるディンプル面積率が4%以上20%以下の条件を満たすものであってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、トラベラとリングとの摺動面に形成されるディンプルの形状や配置を最適化し、リング/トラベラ系の寿命を更に延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】リング式紡機のリング/トラベラ系の構成例を示すもので、(a)はリングの斜視図、(b)はリングの部分拡大斜視図、(c)は紡出中のトラベラとリングの関係を模式的に示す斜視図である。
図2】ディンプルによる周期構造部を示すもので、(a)は正面図、(b)は断面図である。
図3】ディンプルの形状パラメータを説明する模式図である。
図4】ディンプルの断面形状の第1変形例を示す模式図である。
図5】ディンプルの断面形状の第2変形例を示す模式図である。
図6】ディンプル壁面角度およびP/Dの値と、付着物の貯蔵機能および付着物の再供給機能との相互関係を示す模式図である。
図7】リング/トラベラ系の寿命に関する実施例、参考例および比較例の評価結果を示す図である。
図8】(a)は、実施例1の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図9】(a)は、実施例2の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図10】(a)は、実施例3の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図11】(a)は、実施例4の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図12】(a)は、参考例の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図13】(a)は、比較例1の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図14】(a)は、比較例2の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図15】(a)は、比較例3の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
図16】(a)は、比較例4の条件で形成されたディンプルの正面図であり、(b)はそのディンプルの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0014】
図1は、リング式紡機のリング/トラベラ系の構成例を示すもので、(a)はリングの斜視図、(b)はリングの部分拡大斜視図、(c)は紡出中のトラベラとリングの関係を模式的に示す斜視図である。「リング式紡機」とは、リングレールに支持されて昇降するリング上を滑走(摺動)するトラベラを介して糸の巻き取りを行うリング精紡機、リング撚糸機等の紡機を意味する。
【0015】
図1(a)~(c)において、リング11およびトラベラ12は、リング/トラベラ系を構成するものである。リング11は、たとえば、軸受鋼によって構成されている。リング11には、リング11と一体構造でフランジ11aが形成されている。フランジ11aは、断面T字形に形成されている。
一方、トラベラ12は、たとえば、酸化処理したばね鋼によって構成されている。トラベラ12は、C字形に形成されている。トラベラ12は、リング11のフランジ11aに取り付けられている。
【0016】
リング11のフランジ11aの表面にはクロムメッキ層13が形成されている。クロムメッキ層13は、好ましくは硬質クロムメッキ層であって、たとえば厚さが10~20μm程度に形成されている。硬質クロムメッキ層とは、JIS H8615 工業用クロムめっきにおいて規定されるメッキ層をいう。フランジ11aを被覆するクロムメッキ層13のうち、少なくとも、フランジ11aの内周面を被覆するクロムメッキ層13の表層部分には、周期構造部14が形成されている。周期構造部14は、リング11上をトラベラ12が摺動するときに生じる部品の摩耗を低減するための部分である。
【0017】
なお、本実施形態においては、リング11のフランジ11aをクロムメッキ層13で被覆し、このクロムメッキ層13を介してフランジ11aの内面に周期構造部14を形成している。また、クロムメッキ層13のほかにも、クロムメッキ層13と同程度の機械的特性を有するか、トラベラ材よりも高い機械的特性を有する、たとえば硬度がトラベラ材よりも高いニッケルメッキ等の表面処理被膜であれば、代替えが可能である。
【0018】
リング式紡機でボビンに糸を巻き取る場合は、図1(c)に示すように、トラベラ12に糸Yが通される。糸Yは、図示しないドラフト装置から送り出され、トラベラ12を経由してボビン(不図示)に巻き取られる。その際、トラベラ12に通される糸Yには所定の張力が付与される。このため、トラベラ12は、糸Yに引っ張られてリング11のフランジ11aに接触し、その接触状態を維持しながらフランジ11aに沿って周回移動する。このため、ボビンに糸Yを巻き取っている間、すなわち紡出中は、リング11上をトラベラ12が摺動(滑走)する。
【0019】
ここで、トラベラ12の滑走時におけるトラベラ12とリング11との摺動面は、リング11とトラベラ12が互いに接触する面となる。このため、トラベラ12とリング11との摺動面は、リング11とトラベラ12の両方に存在する。本実施形態においては、一例として、トラベラ12に対するリング11の摺動面を周期構造部14としている。具体的には、リング11のフランジ11aの内周面をクロムメッキ層13で被覆し、そのクロムメッキ層13の表面に周期構造部14を形成した構成を採用している。このため、本実施形態では、フランジ11aの内周面を被覆するクロムメッキ層13の周期構造部14が、トラベラ12とリング11との摺動面に相当する。
【0020】
クロムメッキ層13の周期構造部14には、図2(a),(b)に示すように、複数のディンプル15が形成されている。図2(a)は周期構造部の正面図であり、図2(b)は図2(a)のA-A断面図である。
【0021】
周期構造部14は、複数のディンプル15を所定のピッチで周期的に配列することにより構成されている。本実施形態においては、一例として、複数のディンプル15が千鳥状に配置されている。各々のディンプル15は、周期構造部14の主面14aから凹んで形成されている。周期構造部14の主面14aは、ディンプル15による凹み部分を除く面である。複数のディンプル15は、それぞれ円形の開口端15aを有している。各ディンプル15の開口端15aは、周期構造部14の主面14aで円形に開口している。各々のディンプル15は、すり鉢状の断面形状で形成されている。また、各々のディンプル15は、ディンプル15の底部から周期構造部14の主面14aに向かって斜めに立ち上がる壁面15bを有している。
【0022】
本実施形態においては、周期構造部14を構成する複数のディンプル15が、以下の2つの条件を同時に満たすように形成されている。
(条件1)ディンプル壁面角度が10°以上65°以下であること。
(条件2)周期構造部14における複数のディンプル15の配列ピッチをP(μm)、円形の開口端15aの直径をD(μm)としたときに、P/Dの値が1.9以上4.5以下であること。
【0023】
ここで、ディンプル壁面角度、複数のディンプル15の配列ピッチ(以下、「ディンプルピッチ」ともいう。)、円形の開口端15aの直径(以下、「ディンプル径」ともいう。)、ディンプル15の深さ(以下、「ディンプル深さ」ともいう。)の各用語について説明する。
ディンプル壁面角度は、図3に示すように、周期構造部14の主面14aとディンプル15の壁面15bとが接する開口端15aにおいて、主面14aと壁面15bとがなす角度θ(°)で表される。ディンプルピッチは、図2(a),(b)に示すように、周期構造部14の主面14aにおいて隣り合う2つのディンプル15の中心間距離P(μm)で表される。なお、図2においては、ディンプル15の配列ピッチPが全方向で同一である例を示しているが、隣り合うディンプル15の方向によって配列ピッチを変えてもよい。ただし、2つ以上の異なる配列ピッチが存在する場合は、すべての配列ピッチについて、P/Dの値が上記の(条件2)を満たす必要がある。ディンプル径は、図3に示すように、周期構造部14の主面14aで円形に開口するディンプル15の開口端15aの直径D(μm)で表される。ディンプル深さは、図3に示すように、周期構造部14の主面14aを基準とするディンプル15の最大深さS(μm)で表される。
【0024】
なお、図3においては、一例として、すり鉢状の断面形状を有するディンプル15を示しているが、これに限らず、たとえば図4に示すように円錐形の断面形状を有するディンプル15、あるいは図5に示すように台形の断面形状を有するディンプル15を採用してもよい。いずれの断面形状を採用する場合でも、ディンプル15の開口端15aの形状は円形である。
【0025】
開口端15aの開口形状を表す「円形」は、好ましくは真円であるが、これに限らず、たとえば楕円率が0.8以上の楕円であってもよい。その場合、ディンプル壁面角度θに関しては、楕円の長軸方向および短軸方向のうち、少なくともいずれか一方の方向におけるディンプル壁面角度θが10°以上65°以下の条件を満たせばよい。また、ディンプル径に関しては、楕円の長軸および短軸のうち、少なくともいずれか一方の軸の長さをディンプル径D(μm)に当てはめたときに、P/Dの値が1.9以上4.5以下の条件を満たせばよい。
【0026】
複数のディンプル15に関して、ディンプル深さSは2μm以上であることが好ましい。また、ディンプル径Dは10μm以上60μm以下であることが好ましい。また、周期構造部14におけるディンプル面積率は4%以上20%以下であることが好ましい。ディンプル面積率は、トラベラ12とリング11との摺動面全体の面積に対するディンプル15全体の面積の割合を百分率で表した値である。
【0027】
複数のディンプル15は、たとえば、レーザー加工によって形成することが可能である。レーザー加工によってディンプル15を形成する場合は、ピコ秒パルスレーザー光によるピコ秒レーザー加工を適用することが好ましい。ピコ秒レーザー加工では、レーザー発振器が発振するピコ秒パルスレーザー光の向きをガルバノ光学系により制御することで、被加工物に対するレーザー光の照射位置を変化させることができる。このため、リング11に周期構造部14を設ける場合は、リング11の摺動面にガルバノ光学系によってピコ秒パルスレーザー光を照射するとともに、その照射位置をガルバノ光学系によって順にずらすことにより、所望の配列で複数のディンプル15を形成することが可能である。
【0028】
ここで、周期構造部14による摩耗低減のメカニズムについて説明する。
まず、本実施形態においては、リング11とトラベラ12との摺動面が、非液潤滑環境下で摺動する面となっている。非液潤滑とは、液状の潤滑剤が存在しない状態をいう。一般に、非液潤滑環境の下で金属同士を摺動させると、摺動面で激しい摩耗が起こる。特に、リング/トラベラ系では、リング11上をトラベラ12が高速で周回移動するため、両者の摺動面で摩耗が急速に進行し、数分から数時間で焼き付きが起こると予想される。しかし、現実のリング/トラベラ系では、予想に反して摩耗の進行が遅い。たとえば、綿糸紡績では通常、1週間から2週間ほど交換なしでトラベラ12を使用できることが多い。このため、リング11とトラベラ12との摺動面は、トライボロジー的には無潤滑ではなく、境界潤滑状態にあると考えられる。具体的には、リング11上でトラベラ12が滑走する滑走表面に、糸由来の潤滑成分(主に炭素)を含む付着物が付着し、この付着物が均一に薄く広がって潤滑機能を果たすことにより、リング11とトラベラ12の金属同士の固体接触を抑制し、摺動面での摩耗が低減すると推察される。また、付着物は、紡出中にトラベラ12を通過する糸Yからセルロースの繊維が離脱し、この繊維がトラベラ等の摩耗粉と絡み合って生成されるものと推察される。下記の参考文献1によれば、同一の精紡機で紡出したときのリング11とトラベラ12との摩擦力は、紡出しないときの試験機の摩擦力の半分であることが報告されている。下記の参考文献2によれば、紡出による潤滑機能によってトラベラ12の摩耗速度は、紡出していない試験機の摩耗速度よりも低下していることが報告されている。このように、一般的な紡出による潤滑機能は、紡出していない試験機に対して摩擦力を低下し、摩耗を抑制できているが、摩耗を完全には防止できないことから、固体接触を十分に防止できていないことがわかる。本発明では、ディンプルを利用することで一般的なリング/トラベラ系での潤滑機能を大幅に向上させることができる。
(参考文献1)下間頼一,藤井拓蔵,繊維工学,高速リングトラベラー機構の摩擦特性と速度限界,1969年,22巻,11号,P775-P784
(参考文献2)下間頼一,藤井拓蔵,繊維工学,リングトラベラー機構の摩耗特性,1970年,23巻,4号,P267-P277
【0029】
本実施形態のリング/トラベラ系においては、トラベラ12の滑走時におけるリング11とトラベラ12との摺動面に、複数のディンプル15が形成されている。トラベラ12を介してボビンに巻き取られる糸Yは、表面粗さを有するトラベラ12と摺動することで、セルロースの繊維の摩耗粉を生成し、糸Yと一体であった毛羽がせん断されて糸Yから分離する。これら摩耗粉や毛羽等のセルロースの繊維は、リング11とトラベラ12との摺動部位で発生して周辺にも飛散する。このため、糸Yから離脱したセルロースの繊維が、リング11とトラベラ12との摺動面に入り込むと、その一部が摺動面に形成されている各々のディンプル15に流入し、大半の繊維が摺動面内を移動し、その繊維に含まれる糸由来の潤滑成分がリング11とトラベラ12との摺動面およびディンプル15内面に薄く膜状に広がる。すなわち、糸由来の潤滑成分を含むセルロースの繊維は、ディンプル15に一部が付着保持され、リング11とトラベラ12との摺動面に薄く膜状に広がりながら流動しているものと考えられる。その結果、リング11とトラベラ12との摺動面に、セルロースの繊維を含む付着物の被膜が形成され、この被膜の潤滑機能、およびリング11とトラベラ12との直接接触を防止する機能によって摩耗低減効果が得られる。したがって、非液潤滑環境の下でも、リング11やトラベラ12の摩耗を抑えることができる。ディンプル15がない一般的なリング11では、セルロースの繊維を付着保持するための空間が、リング11とトラベラ12との間に両者の表面粗さによって形成されるごく微細な空間のみに限定される。このため、ディンプル15のないリング11を用いる場合は、ディンプル15を有するリング11を用いる場合に比べて、セルロースの繊維を付着保持するための空間の容積は大幅に縮小する。その結果、ディンプル15のないリング11を用いる場合は、ディンプル15を有するリング11を用いる場合に比べて、付着物が引き延ばされて形成すると考えられる被膜面積が非常に狭くなり、リング11とトラベラ12の固体接触する面積が増大しているものと解釈することができる。
【0030】
付着物による潤滑機能を良好に持続させるには、糸由来の潤滑成分を含む付着物を貯蔵する機能と、貯蔵した付着物を摺動面に再供給する機能をディンプル15が果たす必要がある。言い換えると、ディンプル15は、紡出中に生成された付着物を取り込んで貯蔵する一方、貯蔵した付着物を摺動面に再供給することにより、付着物による潤滑機能を持続させる役目を果たす。本発明者らが鋭意検討したところ、図6に示すように、上述したディンプル壁面角度θとP/Dの値が、それぞれ、付着物の貯蔵機能と、付着物の再供給機能に密接に関係していることが分かった。
【0031】
付着物の貯蔵機能と再供給機能を考えるうえでは、トラベラ12とリング11との空間での付着物の流動挙動を理解しなければならない。付着物には、トラベラ12の遠心力がリング11への垂直方向の作用力(以下、「垂直力」という。)として加わり、ボビンへの糸Yの巻き取りによって発生したトラベラ12の回転力がせん断力として加わっている。したがって、付着物には圧縮力とせん断力が同時に加わっている。トラベラ12の摩耗が観察されることから、付着物にはこれらの垂直力やせん断力でリング11とトラベラ12の固体接触を防止するだけの強度がないことが明らかである。したがって、付着物は、トラベラ12の移動によって流動し、その間、トラベラ12とリング11の間に挟まっていることによって固体接触を抑制しているものと考えられる。ディンプル壁面角度θが小さいときには、付着物の流動に対して抵抗が低く、付着物が移動しやすいと考えられる。一方、ディンプル壁面角度θが大きいときには、付着物の流動に対して抵抗が高く、着物が移動しにくいと考えられる。極端に抵抗が高ければ、ディンプルに蓄積したセルロースが停留したままリング11の表面を付着物が流動すると思われる。一方、P/Dの値は、固体接触する面の長さとディンプル15に貯蔵された付着物の長さとの比を示している。トラベラ12の寿命が延びた結果から、固体接触する面の長さPのリング11とトラベラ12の間に付着物が移動しながら空間を形成して、固体接触を抑制する期間があったと推測される。リング11に対してトラベラ12からの垂直力が作用しているが、付着物の流動によって、それ以上の反力が発生したものと考えられる。P/Dの値が小さい場合は、ディンプル内では付着物が流動して十分な反力を発生しないことから、ディンプル以外の面圧が相対的に高くなり、付着物が排除されてリング11とトラベラ12との固体接触が起こりやすくなる。P/Dの値が大きい場合は、反力を生成する長さが大となるが、ディンプル内に貯蔵されたセルロースが少ないので均質に広がるリング11とトラベラ12の空間が僅かなものとなり、固体接触が起こりやすくなる。付着物の貯蔵と再供給に必要な2つの要素であるディンプル壁面角度θとP/Dの値は、付着物の流動に連動している要素であることから、同時に満たすことが必要である。リング式紡機では、下記の参考文献3に示すトラベラ挙動の高速写真や、上記の参考文献1に示すトラベラの接触部位から、トラベラの接触部位が一定でないことから、ディンプル壁面角度θとP/Dの値を計算で求めることができないため、実験的にそれらの数値を求めている。具体的には、ディンプル壁面角度θが大きすぎたり小さすぎたりすると、付着物がディンプルに貯蔵されにくくなったり、付着物が摺動面に再供給されにくくなる。また、P/Dの値が大きすぎたり小さすぎたりしても、付着物がディンプルに貯蔵されにくくなったり、付着物が摺動面に再供給されにくくなる。このため、ディンプル壁面角度θは10°以上65°以下であることが好ましく、P/Dの値は1.9以上4.5以下であることが好ましい。このようにディンプル壁面角度θとP/Dの値を規定することにより、付着物がディンプル15に貯蔵されやすくなるとともに、貯蔵された付着物が摺動面に再供給されやすくなる。このため、付着物による潤滑機能を良好に持続させ、リング/トラベラ系の寿命を更に延ばすことができる。
(参考文献3)下間頼一,藤井拓蔵,繊維工学,高速リングトラベラー機構におけるトラベラーの挙動,1969年,22巻,7号,P493-P499
【実施例
【0032】
本発明らは、周期構造部14による摩耗低減効果を確認するため、ディンプル15の形成条件が異なるリング11を用いて部品の寿命を評価した。その結果を図7に示す。
図7においては、評価の対象品を、実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、参考例、比較例1、比較例2、比較例3、比較例4に分けて記載している。このうち、実施例1~4、比較例1~3は、ディンプル断面形状がすり鉢状となっている。また、参考例はディンプル断面形状が台形となっており、比較例4はディンプル断面形状が矩形となっている。以下、ディンプル15の形成条件について詳述する。
【0033】
(実施例1)
実施例1においては、ディンプル壁面角度=11.3°、P/D=3.5、ディンプル面積率=6%、ディンプル径=20μm、ディンプル深さ=2μm、ディンプルピッチ=70μmの条件でディンプル15を形成している。図8(a)は、実施例1の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図8(b)はそのディンプルの断面図である。
【0034】
(実施例2)
実施例2においては、ディンプル壁面角度=21.8°、P/D=2.5、ディンプル面積率=13%、ディンプル径=40μm、ディンプル深さ=8μm、ディンプルピッチ=100μmの条件でディンプル15を形成している。図9(a)は、実施例2の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図9(b)はそのディンプルの断面図である。
【0035】
(実施例3)
実施例3においては、ディンプル壁面角度=28.1°、P/D=2.5、ディンプル面積率=13%、ディンプル径=30μm、ディンプル深さ=8μm、ディンプルピッチ=75μmの条件でディンプル15を形成している。図10(a)は、実施例3の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図10(b)はそのディンプルの断面図である。
【0036】
(実施例4)
実施例4においては、ディンプル壁面角度=39°、P/D=3、ディンプル面積率=9%、ディンプル径=10μm、ディンプル深さ=4μm、ディンプルピッチ=30μmの条件でディンプル15を形成している。図11(a)は、実施例4の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図11(b)はそのディンプルの断面図である。
【0037】
参考例
参考例においては、ディンプル壁面角度=60°、P/D=3.04、ディンプル面積率=8%、ディンプル径=23μm、ディンプル深さ=10μm、ディンプルピッチ=70μmの条件でディンプル15を形成している。図12(a)は、参考例の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図12(b)はそのディンプルの断面図である。
【0038】
(比較例1)
比較例1においては、ディンプル壁面角度=17.7°、P/D=1.6、ディンプル面積率=31%、ディンプル径=25μm、ディンプル深さ=4μm、ディンプルピッチ=40μmの条件でディンプル15を形成している。図13(a)は、比較例1の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図13(b)はそのディンプルの断面図である。
【0039】
(比較例2)
比較例2においては、ディンプル壁面角度=8.1°、P/D=5、ディンプル面積率=3%、ディンプル径=14μm、ディンプル深さ=2μm、ディンプルピッチ=70μmの条件でディンプル15を形成している。図14(a)は、比較例2の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図14(b)はそのディンプルの断面図である。
【0040】
(比較例3)
比較例3においては、ディンプル壁面角度=11°、P/D=1.75、ディンプル面積率=26%、ディンプル径=40μm、ディンプル深さ=4μm、ディンプルピッチ=70μmの条件でディンプル15を形成している。図15(a)は、比較例3の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図15(b)はそのディンプルの断面図である。
【0041】
(比較例4)
比較例4においては、ディンプル壁面角度=90°、P/D=3.5、ディンプル面積率=6%、ディンプル径=20μm、ディンプル深さ=4μm、ディンプルピッチ=70μmの条件でディンプル15を形成している。図16(a)は、比較例4の条件で形成されたディンプルの正面図であり、図16(b)はそのディンプルの断面図である。
なお、図9図16は、ディンプルの寸法を必ずしも正しい縮尺で表すものではない。
【0042】
寿命の評価では、上述のようにディンプル15の形成条件が異なるリング11にそれぞれ新品のトラベラ12を取り付けて、実機試験によりトラベラ12の寿命を確認した。実機試験は、株式会社豊田自動織機製のリング精紡機(RX240)を使用し、スピンドルの回転数を21000rpmに設定して、ドライ条件環境下で実施した。スピンドルは、ボビンを支持しながらボビンと一体に回転するものである。トラベラ12の寿命は、トラベラ12の摩耗レベルに基づいて判断した。具体的には、トラベラ12の厚みが、実施試験開始時のトラベラ12の初期厚みに比べて半分まで減ったときに、トラベラ12が寿命に達したと判断した。
【0043】
また、寿命の評価については、ディンプル15が形成されていないリング11を用いて実機試験を実施した場合に、トラベラ12が寿命に達するまでのトラベラ滑走距離を基準距離L(km)に設定した。そして、実施例1~4、参考例および比較例1~4の各々についても実機試験を実施し、実施例ごと、および、比較例ごとに求めたトラベラ滑走距離を、上述した基準距離Lで除算した結果を寿命比とした。
【0044】
図7から分かるように、実施例1~実施例4及び参考例は、ディンプル壁面角度θが10°以上65°以下であるという条件1と、P/Dの値が1.9以上4.5以下である条件2を両方とも満たしている。これに対して、比較例1および比較例3は、条件1を満たすものの、条件2を満たしていない。比較例2は、条件1と条件2を両方とも満たしていない。比較例4は、条件2を満たすものの、条件1を満たしていない。
【0045】
一方、寿命に関しては、比較例1~4はいずれも寿命比が1になっている。このため、比較例1~4の条件でディンプル15を形成しても、リング/トラベラ系の寿命を延ばすことはできない。特に、比較例1および比較例3のようにP/Dの値が1.8より小さい場合は、ディンプル壁面角度θが条件1を満たしても、トラベラ12の寿命は延びないことが分かる。また、比較例2のようにP/Dの値が4.5より大きい場合にも、トラベラ12の寿命は延びないことが分かる。このため、トラベラ12の寿命を延ばすには、P/Dの値を1.9以上4.5以下の範囲に収める必要がある。
【0046】
これに対し、実施例1~4及び参考例はいずれも寿命比が2以上になっている。このため、実施例1~4及び参考例の条件でディンプル15を形成すれば、比較例1~4に比べて、リング/トラベラ系の寿命を2倍以上に延ばすことができる。特に、実施例2のようにディンプル壁面角度=21.8°、P/D=2.5の条件でディンプル15を形成した場合は、トラベラ12の寿命が3.3倍まで延びている。なお、実施例1~4及び参考例の条件でディンプル15を形成した場合は、紡出中に生成された付着物が、50%以上の被覆率、さらには80%以上の被覆率で摺動面に薄く広がることにより、リング/トラベラ系の更なる長寿命化が図られたものと推察される。
【0047】
また、紡出中に生成される付着物は一時的にディンプル15に貯蔵されるが、その際にディンプル15の深さが浅すぎると、ディンプル15に貯蔵される付着物の量が不足するおそれがある。このため、ディンプル深さSは、好ましくは2μm以上であり、より好ましくは4μm以上であり、更に好ましくは6μm以上である。ただし、ディンプル15の深さが深すぎると、付着物が摺動面に再供給されにくくなることが懸念される。このため、ディンプル深さSは20μm以下の条件を満たすことが好ましい。
【0048】
一方、実施例1~4及び参考例について、ディンプル径と寿命比の関係をみると、ディンプル径Dが10μm以上60μm以下の条件で、いずれも寿命比が2以上となっており、特に、ディンプル径Dが30μm以上60μm以下の条件を満たす実施例2,3では、寿命比が2.3倍以上となっている。このため、ディンプル径Dは、好ましくは10μm以上60μm以下であり、より好ましくは30μm以上60μm以下である。
【0049】
また、比較例1~4と実施例1~4及び参考例でディンプル面積率を比較すると、比較例1,3のディンプル面積率は20%超、比較例2のディンプル面積率は3%となっているのに対し、実施例1~4及び参考例のディンプル面積率は、4%以上20%以下の条件を満たしている。そして、実施例1~4及び参考例の寿命比は、比較例1~4に比べて2倍以上になっており、特に、実施例2,3の寿命比は2.3倍以上になっている。このため、ディンプル面積率は、好ましくは4%以上20%以下であり、より好ましくは10%以上15%以下である。
【0050】
<実施形態の効果>
本発明の実施形態において、リング11とトラベラ12との摺動面に形成される複数のディンプル15は、ディンプル壁面角度θが10°以上65°以下の条件を満たし、かつ、P/Dの値が1.9以上4.5以下の条件を満たす。これにより、紡出中に生成される付着物がディンプル15に貯蔵されやすくなるとともに、貯蔵された付着物が摺動面に再供給されやすくなる。このため、付着物による潤滑機能を良好に持続し、リング/トラベラ系の部品の摩耗を大幅に低減することができる。したがって、本実施形態によれば、トラベラとリングとの摺動面に形成されるディンプルの形状や配置を最適化し、リング/トラベラ系の寿命を更に延ばすことができる。
【0051】
<変形例等>
本発明の技術的範囲は上述した実施形態に限定されるものではなく、発明の構成要件やその組み合わせによって得られる特定の効果を導き出せる範囲において、種々の変更や改良を加えた形態も含む。
【0052】
たとえば、上記実施形態においては、複数のディンプル15を千鳥状に配置する例を示したが、これに限らず、たとえば複数のディンプル15を格子状に配置してもよい。
【0053】
また、紡出する糸は綿に限らず、たとえば、麻、シルク、ウール、化学繊維(レーヨン、ナイロン、ビニロン、フリース)であってもよく、その中でも摺動面における付着物の広がりやすさを考慮すると、綿や麻が好ましい。
【0054】
また、リング/トラベラ系を構成するリング11は、断面T字形のフランジ11aを有するものに限らず、たとえば、傾斜型のフランジを有するものであってもよい。その場合は、傾斜型のフランジに適合する形状のトラベラを使用することになる。
【0055】
また、上記実施形態においては、複数のディンプル15をレーザー加工によって形成する例を示したが、これに限らず、他の加工方法、たとえば、プレス加工、ドリル加工、エッチング加工などを適用してもよい。
【符号の説明】
【0056】
11 リング、12 トラベラ、14 周期構造部(摺動面)、15 ディンプル、D ディンプル径(開口端の直径)、S ディンプル深さ、θ ディンプル壁面角度。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16