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特許7162801流体のシール構造、シール部品、シール部品を備えた装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-21
(45)【発行日】2022-10-31
(54)【発明の名称】流体のシール構造、シール部品、シール部品を備えた装置
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/06 20060101AFI20221024BHJP
【FI】
F16J15/06 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018091262
(22)【出願日】2018-05-10
(65)【公開番号】P2019196806
(43)【公開日】2019-11-14
【審査請求日】2021-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】591029699
【氏名又は名称】日本アイ・ティ・エフ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100099933
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 敏
(72)【発明者】
【氏名】福谷 友佳子
(72)【発明者】
【氏名】奈良 篤史
(72)【発明者】
【氏名】三宅 浩二
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-528117(JP,A)
【文献】特開2014-211190(JP,A)
【文献】特開2005-048801(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/00-15/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質部材のシール面と弾性部材のシール面とを接触させて流体をシールする流体のシール構造であって、
前記硬質炭素膜が、表面が粒状の突起で覆われ、前記粒状の突起の粒径が、400~800nmであり、
前記硬質部材のシール面が、二乗平均平方根粗さが15~35nmの面粗度を有する硬質炭素膜で被覆されていることを特徴とする流体のシール構造。
【請求項2】
前記硬質部材における基材の面粗度Rzが、3.2μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の流体のシール構造。
【請求項3】
前記硬質炭素膜の下に下地中間層を有し、前記下地中間層の面粗度Sqが、4~30nmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の流体のシール構造。
【請求項4】
前記下地中間層が、Ti、Cr、W、Si、Geから選択された金属の金属層、金属窒化物層または金属炭化物層で構成されていることを特徴とする請求項に記載の流体のシール構造。
【請求項5】
前記流体が、ガスであることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の流体のシール構造。
【請求項6】
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の流体のシール構造が設けられていることを特徴とするシール部品。
【請求項7】
請求項に記載のシール部品を備えていることを特徴とするシール部品を備えた装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質部材と弾性部材とを接触させて流体をシールする流体のシール構造、シール部品、シール部品を備えた装置に関する。
【背景技術】
【0002】
流体制御弁、開閉弁等の弁装置(バルブ)や開閉自在な密閉容器、流体圧シリンダ等においては、金属等の硬質部材とパッキンと称されるゴム等の弾性部材とを接触させることで液体や気体等の通過を封止するシール構造が用いられている。
【0003】
上記シール構造では、一般的に硬質部材と弾性部材(以下、総称して「シール部材」ともいう)とを圧接し、弾性部材を弾性変形させることによってシール面に隙間が生じないようにして、流体の通過をシールしている。
【0004】
しかし、シール部材が長時間圧接したままの状態で置かれた場合、シール面で弾性部材が硬質部材に貼り付いてしまって離れなくなる場合があり、弁が機能しなくなる、あるいは密閉容器が開かなくなる等の支障が生じる。また、無理に引き剥がした場合には、弾性部材が破損してしまう。
【0005】
このような状況の下、硬質炭素(DLC:ダイヤモンドライクカーボン)は、耐剥離性に優れる上、耐久性にも優れているため、上記のような貼り付きを防止すると共に、長期に亘ってシール機能を維持できる耐久性が要求されるシール構造の構成材料として注目されており、シール部材のシール面を硬質炭素膜で被覆する技術が開発されている。
【0006】
具体的には、ステンレス鋼のバルブシート部とフッ素ゴム等のシールゴムとから構成されるシール部材を備える流体制御弁において、シールゴムのシール面をビッカース硬さ(Hv)が100~200のDLC膜で被覆した流体制御弁が開発されている(例えば特許文献1)。
【0007】
また、半導体ウェーハ等からなる基板を収納する密閉容器において、硬質部材である容器本体と弾性変形可能なガスケットとのシール面を平滑性が高い硬質炭素膜で被覆するシール技術(例えば特許文献2)や、弾性体からなるシール部材と硬質部材とが摺接する摺動部品において、硬質部材の摺接面を平滑性が高い硬質炭素膜で被覆する技術(例えば特許文献3)が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-258283号公報
【文献】特許第4891939号公報
【文献】特許第5412402号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載されているシール技術では、弾性部材が硬質炭素膜で被覆されているため耐貼り付き性は十分な性能を有するが、圧接によって変形して硬質炭素膜にクラックが発生することがあり、この場合、液体や揮発蒸気はある程度シールすることはできるものの、窒素(N)やエア等のガスは高いレベルでシールすることができなくなる。
【0010】
また、特許文献2、3に記載されているシール技術では、硬質部材のシール面にDLC膜が被覆されていることによってシール機能を維持することはできるものの、弾性部材への貼り付き発生の抑制に関しては未だ十分とは言えなかった。
【0011】
このように、従来のシール技術においては、十分な貼り付き発生の抑制と十分なシール機能の確保とを両立できているとは言えず、さらなる改良が求められていた。
【0012】
そこで、本発明は、貼り付きの発生を十分に抑制し、さらに気体に対しても十分なシール機能を確保することができる流体のシール技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題の解決について、種々の実験と検討を行った。その結果、硬質部材のシール面に微小な凹凸、具体的には、二乗平均平方根粗さが11~35nm、より好ましくは15~35nm、特に好ましくは26~35nmの面粗度で硬質炭素膜を形成させた場合、貼り付きの発生を十分に抑制し、さらに液体や揮発蒸気だけでなく窒素(N)やエア等のガスに対しても十分なシール機能を確保したシール構造を提供できることが分かった。
【0014】
このような知見は、シール機能を確保するにはシール部材のシール面をできるだけ平滑性の高い面にする必要があると考えられており、硬質炭素膜の形成に際しても同様に考えられていた従来の常識とは、全く異なっている。
【0015】
そして、さらに、実験と検討を行ったところ、上記した微小な凹凸は、硬質炭素膜の表面を粒状の突起で覆うことにより形成させてもよいことが分かり、具体的な、この突起の粒径としては400~800nmであると好ましいことが分かった。
【0016】
請求項1および請求項に記載の発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、請求項1に記載の発明は、
硬質部材のシール面と弾性部材のシール面とを接触させて流体をシールする流体のシール構造であって、
前記硬質炭素膜が、表面が粒状の突起で覆われ、前記粒状の突起の粒径が、400~800nmであり、
前記硬質部材のシール面が、二乗平均平方根粗さが15~35nmの面粗度を有する硬質炭素膜で被覆されていることを特徴とする流体のシール構造である。
【0020】
次に、請求項に記載の発明は、
前記硬質部材における基材の面粗度Rzが、3.2μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の流体のシール構造である。
【0021】
基材の面粗度が非常に大きい場合、基材の凹部では粒状の硬質薄膜を形成できなくなるため、貼りつきが発生する恐れがある。一方、基材の面粗度が適切な範囲であれば、基材上のコート部全面にわたって十分な大きさの粒状成長物を有する硬質薄膜を形成することができる。具体的には、面粗度Rzが3.2μm以下の基材上であれば、上記した二乗平均平方根粗さの硬質炭素膜を容易に形成させることができる。
【0022】
請求項に記載の発明は、
前記硬質炭素膜の下に下地中間層を有し、前記下地中間層の面粗度Sqが、4~30nmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の流体のシール構造である。
【0023】
そして、請求項に記載の発明は、
前記下地中間層が、Ti、Cr、W、Si、Geから選択された金属の金属層、金属窒化物層または金属炭化物層で構成されていることを特徴とする請求項に記載の流体のシール構造である。
【0024】
基材上に硬質炭素膜を形成する際、基材と硬質炭素膜との間の密着性を確保するために、金属層、金属窒化物層または金属炭化物層を下地中間層として設けることが好ましいが、この下地中間層を設けた場合、硬質炭素膜は、下地中間層の表面粗さを引き継いで成長するため、下地中間層の面粗度を適切に制御して形成させることにより、適切な表面粗さの硬質炭素膜を形成させることができる。具体的には、面粗度Sqが4~30nmの下地中間層上であれば、上記した二乗平均平方根粗さの硬質炭素膜を容易に形成させることができる。また、下地中間層は、Ti、Cr、W、Si、Geから選択された金属の金属層、金属窒化物層または金属炭化物層で構成されていることが好ましい。
【0025】
請求項に記載の発明は、
前記流体が、ガスであることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の流体のシール構造である。
【0026】
請求項に記載の発明は、
請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の流体のシール構造が設けられていることを特徴とするシール部品である。
【0027】
請求項に記載の発明は、
請求項に記載のシール部品を備えていることを特徴とするシール部品を備えた装置である。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、貼り付きの発生を十分に抑制し、さらに気体に対しても十分なシール機能を確保することができる流体のシール技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1A】本発明の一実施の形態のシール構造を説明する模式図である。
図1B】本発明の一実施の形態のシール構造を説明する模式図である。
図2】本実施の形態のシール構造が用いられた電磁式開閉弁の一例を示す模式図である。
図3】本発明の一実施の形態のシール構造の硬質部材の構成を示す模式図である。
図4A】本発明の一実施の形態のシール構造の硬質炭素膜のSEM画像である。
図4B】本発明の一実施の形態のシール構造の硬質炭素膜のSEM画像である。
図5A】本発明の一実施の形態のシール構造の硬質炭素膜のSPM画像である。
図5B】本発明の一実施の形態のシール構造の硬質炭素膜のSPM画像である。
図6】本発明の一実施の形態のシール構造の硬質炭素膜のSEM画像である。
図7】硬質炭素膜の成膜装置の構成を示す模式図である。
図8】シール機能試験装置を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施の形態に基づき、図面を用いて説明する。
【0031】
[1]本実施の形態のシール構造
1.シール構造の概略構成
はじめにシール構造の概略構成について説明する。図1Aおよび図1Bは本実施の形態のシール構造を説明する模式図であり、図1Aは硬質部材と弾性部材とが離反している状態、即ちシール部が開状態となっている場合を示しており、図1Bは硬質部材と弾性部材とが圧接されて接触している状態、即ちシール部が閉状態となっている場合を示している。
【0032】
なお、図1Aおよび図1Bにおいて、1はシール構造であり、11は硬質部材であり、11Aは基材であり、11Bは硬質炭素膜であり、12は弾性部材である。図1Aおよび図1Bに示すように、シール構造1は、硬質部材11と弾性部材12とを有しており、硬質部材11と弾性部材12とがシール面で接触、離反することによってシール部が開閉する。
【0033】
図2は、本実施の形態のシール構造が用いられた電磁式開閉弁の一例を示す模式図である。図2に示すように、電磁式開閉弁4において、硬質部材11は中央部にガスを通過させる貫通孔を有する円板状の金属製のワッシャであり、その表面に硬質炭素膜11Bが被覆されている。電磁コイル41に通電ON/OFFすることにより、弾性部材12であるゴムパッキンを硬質炭素膜11Bが被覆されたワッシャに接触、離反して、開閉し、閉時にはシール機能が発揮されるように構成されている。
【0034】
2.シール構造の具体的な構成
次に、シール構造の具体的な構成について、個々に説明する。
【0035】
(1)硬質部材
(a)硬質部材の概要
図1Aおよび図1Bに示すように、硬質部材11は、基材11Aのシール面が硬質炭素膜11Bで被覆されることにより形成されている。硬質部材11は、弾性部材12と圧接されても変形しないため、硬質炭素膜11Bにクラックが発生することがない。また、硬質炭素膜は硬度が高く耐摩耗性に優れるため、弾性部材12との接触、離反が繰り返し行われる条件下においても長期間の使用に耐えて、長期間に亘ってシール機能を維持することができる。
【0036】
(b)硬質炭素膜
本実施の形態の硬質炭素膜11Bは表面が平滑ではなく微小な凹凸が形成されて、二乗平均平方根粗さ(Sq)が11~35nmというミクロな面粗度を有している。硬質炭素膜11Bをこのようにミクロな面粗度を有する構造とすることにより、貼り付き抑制機能と気体に対するシール機能とを両立させることができる。
【0037】
即ち、Sqが11nm以上の面粗度を有する表面に弾性部材12を圧接した場合、弾性部材12は、凹部には入り込まず硬質炭素膜11Bの凸部とだけ接触する。このため、硬質炭素膜11Bと弾性部材12の接触面積が小さくなり、その結果硬質炭素膜11Bと弾性部材12の貼り付きが抑制される。また、Sqが15nm以上である場合、貼り付きがより一層抑制されるため、より好ましく、26nm以上が特に好ましい。
【0038】
一方、Sqが35nm以下の凹凸の場合、前記のように弾性部材12は、凹部には入り込まないが、凹部のサイズが十分に小さいため、Nやエアなどの気体は、硬質炭素膜11Bと弾性部材12とのシール面を通過することができず、気体に対しても十分なシール機能が発揮される。
【0039】
なお、二乗平均平方根粗さSq(nm)は、硬質炭素膜の表面をSPM(走査型プローブ顕微鏡)を用いて1辺が5μmの正方形(5×5μm)の領域を測定し、その測定結果からJIS B0601:2001に準拠して求めることができる。
【0040】
微小な凹凸は、前記したように、硬質炭素膜11Bの表面を粒状の突起で覆うことにより形成させてもよく、突起の粒径を適切な値とすることにより、流体のシール機能を確保しつつ突起によって貼り付き抑制機能がより一層向上する。この突起の粒径としては、400~800nmであることが好ましい。
【0041】
なお、この粒状の突起の存在は、SEM(走査型電子顕微鏡)やSPMを用いて硬質炭素膜の表面を観察することによって確認することができる。
【0042】
(c)基材
また、前記したように、硬質炭素膜11Bは、その成長に際して基材11Aの表面粗さを引き継いで(トレースして)成長する性質を有しているため、基材の表面粗さを適切に制御することにより、硬質炭素膜11Bの表面粗さを制御することができる。
【0043】
基材11Aの材質は特に限定されず、シール構造の用途に応じて適宜決定されるが、鉄系の他、非鉄系の金属あるいはセラミックス、硬質複合材料等の基材を使用することができる。例えば、クロムモリブテン鋼、炭素鋼、合金鋼、焼入れ鋼、高速度工具鋼、鋳鉄、アルミ合金、Mg合金や超硬合金等を挙げることができるが、弁装置、流体圧シリンダ等には機械的強度に優れ、耐腐食性にも優れるステンレス鋼などの金属が好ましい。
【0044】
また、基材11Aの表面の面粗度は、上記したようにその上層である硬質炭素膜の表面のSqなどの粗さに影響を与える。基材11Aの表面の面粗度Rzが3.2μm以下である場合、硬質炭素膜のSqなどの粗さが適切な値となるため好ましい。基材の表面粗さはショットブラストなどの機械加工を施すことにより制御することができる。なお、Rzは、JISB0601、2001で規定されている「最大高さ」である。
【0045】
なお、基材11Aの面粗度Rzは、触針式の表面粗さ計を用いて公知の計測方法により計測される。
【0046】
(d)下地中間層
本実施の形態のシール構造においては、基材層と硬質炭素層の間に下地中間層を設けることが好ましい。図3は本実施の形態のシール構造の硬質部材の構成を示す模式図である。図3において11Cは下地中間層である。下地中間層11CはTi、Cr、W、Si、Geから選択された金属の金属層、金属窒化物層または金属炭化物層で形成され、これらの層を2層以上積層してもよい。下地中間層の形成にこれらの材料を使用した場合、硬質炭素膜11Bと下地中間層11Cの界面、および下地中間層11Cと基材11Aの界面において十分な密着力を発揮するため好ましい。下地中間層11Cは基材11Aの表面にスパッタリングまたはアーク蒸着法により形成される。
【0047】
また、下地中間層11Cの表面の面粗度(Sq)は、上記したようにその上層である硬質炭素膜の表面のSqなどの粗さに影響を与える。Sqが4~30nmである場合、硬質炭素膜のSqなどの粗さが適切な値となるため好ましい。なお、下地中間層11Cの面粗度Sqは、硬質炭素膜と同様、SPMを用いて公知の計測方法により計測される。
【0048】
下地中間層の面粗度は、膜厚が厚くなるほど高くなる傾向があるため、上記のような面粗度が得られるよう、層厚が調整される。上記のようなSqとするためには下地中間層の膜厚は0.4~1.0μm程度であることが好ましい。
【0049】
(2)弾性部材
弾性部材12には、従来のシール構造に使用される各種ゴム材料、各種エラストマーなどが使用できる。このような弾性体としては、例えば、ゴム、フッ素ゴム、シリコンゴム、NBRゴム、ウレタンゴム、EPTゴム、CRゴムなどが挙げられる。これらの中でも、フッ化ビニリデン系ゴム(FKM)などのフッ素ゴムが、耐食性・耐久性が高いため好ましい。
【0050】
[2]硬質炭素膜の製造方法
本実施の形態の硬質炭素膜11Bは、CVDなどの気相成長法を用いて成膜されるが、硬質炭素膜はその成長に際して基材や下地中間層の表面粗さを引き継いで(トレースして)成長する性質を有しているため、基材や下地中間層の表面粗さを適切に制御することにより、硬質炭素膜11Bの表面粗さも制御することができる。また、硬質炭素膜の成長に伴って表面粗さが大きくなる性質を有しているため、硬質炭素膜の膜厚を制御することによっても表面粗さが制御された硬質炭素膜11Bを得ることができる。
【0051】
このような硬質炭素膜は、硬質炭素膜11Bの形成に先立って、基材11Aの表面にスパッタリング法を用いて下地中間層を形成させた後、この下地中間層の上にPIG(Penning Ionization Gauge)プラズマ成膜法を用いて形成させた場合、短時間で、所望する表面粗さと膜硬度を有する硬質炭素膜11Bをコストの上昇を招くことなく容易に形成することができる。
【0052】
即ち、スパッタリング法を用いた下地中間層11Cの形成は、短時間での成膜が可能であると共に、成膜時間や層厚などの単純なパラメータにより表面粗さを制御することができる。このように容易に微細な凹凸に粒状成長された好ましい表面粗さの下地中間層11Cを形成させることができるため、ショットブラストなどの機械加工を行う必要がない。
【0053】
そして、スパッタリング法を用いて微細な凹凸に粒状成長させることにより表面粗さを制御した下地中間層上に硬質炭素膜を形成させると、前記したように、硬質炭素膜11Bは基材11Aや下地中間層11Cの表面粗さをトレースしてそれらの凸部を核として粒状に成長する。また、このような粒状の突起は硬質炭素層は膜厚を厚くするほどその粒径は大きくなっていく。このため、粒径を好ましく制御することにより、硬質炭素膜11Bの表面粗さが適切に制御されたシール構造を得ることができる。
【0054】
図4Aおよび図4Bは本実施の形態のシール構造の硬質炭素膜11BのSEM画像であり、図5Aおよび図5BはSPM画像である。また、図4Aおよび図5Aは膜厚1.5μmの硬質炭素膜、図4Bおよび図5Bは膜厚3.0μmの硬質炭素膜の画像である。これらの画像から、膜厚1.5μm、3.0μmの両方とも表面が粒状の突起で覆われており、硬質炭素膜の膜厚が厚い図4Bの粒状の突起の粒径がより大きいことが分かる。
【0055】
このように膜厚1.5μmの硬質炭素膜に対しては、Sqが8.0nm、粒状突起の粒径が100~200nm、また、膜厚3.0μmの硬質炭素膜に対しては、Sqが12.0nm、粒状突起の粒径が400~500nmと計測され、膜厚を調整することによってSqおよび粒径を制御して、高いシール性を発揮させることができる。
【0056】
また、図6は、本実施の形態のシール構造の硬質炭素膜のSEM画像である。図6では、図3Bに示す硬質炭素膜の形成と比較してTi製の下地中間層11Cを2倍の厚さとし適切な面粗度に調整して硬質炭素膜を形成することにより、粒状の突起が図3Bと比較して大きな粒径となっている。このことは上記したように下地中間層の膜厚により硬質炭素膜の粒状の突起の粒径が制御できることを示している。
【0057】
硬質炭素膜11Bの成膜装置には陰極PIG型プラズマCVD装置が好適である。即ち、陰極PIG型CVD装置は、下地中間層をスパッタリング法により形成する際にも使用することができるため、より効率的に硬質部材11を製造することができる。
【0058】
図7は、硬質炭素膜の成膜装置2、具体的には、上記した陰極PIG型プラズマCVD装置の構成を示す模式図である。なお、図7において、21は真空チャンバであり、22はPIGガンであり、23はスパッタガンであり、Mは基材11Aをセットする保持台を公転させるためのモータである。また、PはArプラズマである。
【0059】
この陰極PIG型プラズマCVD装置を用いた硬質炭素膜の形成は、以下の工程に従って行うことができる。なお、ここでは、下地中間層としてTi膜をスパッタし、その上にSi含有硬質炭素膜からなる第2下地中間層を形成する場合の工程を例に挙げて説明する。
【0060】
最初に、図示しない真空ポンプにより、真空チャンバ21内を1×10-4Pa以下に真空排気する。
【0061】
次に、PIGガン22にArガスを導入し、熱フィラメント(図示せず)を通電加熱して熱電子を放出し、放電電圧を印加することによってPIGガン22内にArプラズマPを形成する。
【0062】
次に、電磁コイルに通電することによって軸方向に磁力線を形成する。これにより、PIGガン22内に生成されたArプラズマPが成膜室内に輸送される。そして、基材11Aに負のパルス電圧を印加することによって、基材11AにArプラズマPが引き付けられて衝突し、基材11Aの表面をエッチングによってクリーニングする。
【0063】
クリーニング終了後、スパッタガン23によりスパッタ源に電圧を印加し、マグネトロン放電することでスパッタ源の物質をスパッタし、基板表面に付着させてスパッタ膜を形成する。このスパッタ膜が、硬質炭素層の密着力を向上する下地中間層となる。
【0064】
このスパッタ時、成膜室内のプラズマ密度を低くし、さらに、基材11Aに印加する負電圧を下げることにより、Arイオンの基板表面への衝突数・エネルギーが低減して、Tiスパッタ膜などの下地中間層の表面が粗大化する。このため、スパッタ時の電磁コイル通電をOFFとしてArイオンの積極的な輸送を停止し、基材11Aのパルス電圧もOFFとすることが好ましい。
【0065】
次に、下地中間層と硬質炭素膜の密着力を向上させるために、必要に応じて、下地中間層上にSi含有硬質炭素膜などの第2下地中間層を形成させる。具体的には、原料ガスとして成膜室に、例えば、TMSガス(テトラメチルシラン)とCガス(アセチレン)を混合導入し、電磁コイルに通電してArプラズマPを成膜室に輸送する。これにより、原料ガスが解離・電離して基板上に堆積して、Si含有硬質炭素膜がTiスパッタ膜上に形成される。
【0066】
最後に、原料ガスとして成膜室に、例えば、Cガスを導入し、電磁コイルに通電してArプラズマPを成膜室に輸送する。これにより、原料ガスが解離・電離して下地中間層または第2下地中間層上に堆積して、硬質炭素膜が形成される。
【0067】
[3]シール部品と装置
本実施の形態のシール部品は、上記した気体に対しても優れたシール機能を有するシール構造を用いた部品である。そして本実施の形態の装置は、本実施の形態のシール部品が備えられた装置である。従来のシール構造の場合、硬質部材11と弾性部材12とが例えば1時間程度圧接されると貼り付いてしまい引き剥がし時に弾性部材が破損することがあったが、本実施の形態のシール構造は、貼り付きが抑制されているため、長時間圧接されても貼り付くことがない。また、気体に対しても十分なシール機能を確保することができる。
【0068】
このため、例えば、流体制御弁、開閉弁等の弁装置(バルブ)、開閉自在な密閉容器、流体圧シリンダ等、特にNやエアなどの気体の流れを制御する制御弁や開閉弁等の弁装置、気体の圧力を駆動源とする流体圧シリンダあるいは高い気密性を要求される開閉自在な密封容器などに好適である。
【実施例
【0069】
以下、実施例に基づき、本発明をより具体的に説明する。
【0070】
本実施例では金属ディスクを基材とし、Sq、粒状の突起の粒径、膜厚の異なる硬質炭素膜をシール面とする硬質部材を用意し、硬質部材とゴム材を弾性部材とするシール構造を形成させて、貼り付き抑制機能およびNガスに対するシール機能を評価した。
【0071】
[1]実験1
1.硬質部材の製造
硬質部材の下地中間層及び硬質炭素膜の成膜には図7に示す陰極PIG型プラズマCVD装置を成膜装置として用いて、表1に示すNo.2~11、およびNo.13~16、計14種類の硬質炭素膜の成膜を行った。なお、本実験においては、スパッタによりTi膜を下地中間層として設けると共に、その上にSi含有硬質炭素膜を第2下地中間層として設けた。なお、基材としては、面粗度Rzが異なる3種類のSCM415製の金属ディスク、具体的には、面粗度Rzが、0.4μm、3.2μm、6.3μmの金属ディスクを用いた。
【0072】
各工程における条件を以下に示す。
【0073】
(a)クリーニング工程(共通)
Arガス:流量50ccm、圧力0.1Pa
放電電流:20A
電磁コイル通電電流:5A
基板バイアス電圧:500V
時間:20分
【0074】
(b)スパッタ工程
Arガス:流量:50ccm、圧力0.3Pa
放電電流:20A
電磁コイル通電電流:0A
基板バイアス電圧:0V
時間:20分(Ti膜厚0.25μm)、40分(Ti膜厚0.5μm)、
80分(Ti膜厚1.0μm)
【0075】
(c)Si含有硬質炭素成膜工程(共通)
Arガス流量:50ccm
TMS流量:100ccm
流量:100ccm
圧力:0.1Pa
放電電流:20A
電磁コイル通電電流:5A
基板バイアス電圧:500V
時間:20分
【0076】
(d)硬質炭素膜成膜工程
Arガス流量:50ccm
流量:100ccm
圧力:0.1Pa
放電電流:20A
電磁コイル通電電流:5A
基板バイアス電圧:500V
時間:20分(膜厚1μm)、60分(膜厚3μm)、100分(膜厚5μm)
【0077】
2.評価試験
上記の製造方法で硬質部材上に成膜されたそれぞれの膜厚のTi膜と硬質炭素膜の面粗度と粒状の突起の粒径を以下のように評価した。評価結果を表1に示す。なお、表1においては、硬質炭素膜が形成されていないが下記のシール機能の計測に使用されている硬質部材を、No.1、12、17~19として併せて記載している。
【0078】
(1)基材の面粗度Rz
基材の面粗度Rzは、触針式表面粗さ計を用いて計測した。
【0079】
(2)Ti層および硬質炭素膜の面粗度Sqと硬質炭素膜の粒状の突起の粒径
Ti層および硬質炭素膜の面粗度Sqと硬質炭素膜の粒状の突起の粒径(粒径)は、硬質炭素膜の表面の1辺が5μmの正方形(5×5μm)の領域を対象としてSPMを用いて計測した。
【0080】
【表1】
【0081】
3.シール機能の計測
各硬質部材を用いて、以下に示す方法でシール機能(引き離し荷重、リークの有無)を試験した。なお、No.17~19では、従来技術における評価として、弾性部材側に1μmの硬質炭素膜を被覆して、試験を行った。
【0082】
(1)試験装置
図8は、シール機能試験装置を説明する模式図である。図8において、31はニードルであり、32はノズル穴である。試験装置3は、開閉弁であって、弁の内側は外部と区画されており、下面には硬質部材11が用いられている。上面にはNガスの流入口が設けられており、弁内にNガスが供給される(圧力:250kPa)。硬質部材11の中央には外部に通じるノズル穴32が設けられており、内側の面がシール面を形成している。ニードル31は、上下方向に移動可能であって、下端には板状の弾性部材12が取り付けられており弁体を形成している。ニードル31が下降することによって、弾性部材12が硬質部材11のシール面に圧接され、弁が閉じられる。ノズル穴の外側にはNのリークをチェックするリークディテクターを備えている。硬質部材としは、製造した表1の硬質部材11を使用した。なお、弾性部材12にはFKM80(フッ化ビニリデン系ゴム)製のゴム材を用いた。
【0083】
(2)試験方法
弁を閉じた後、常温で5時間放置した。この間リークチェックを行い、シール機能を評価した。具体的にはリーク量が0.2ml/min未満の場合を可、0.2ml/min以上の場合を不可とした。
【0084】
また、5時間経過後、開弁して開弁時の硬質部材11と弾性部材12の引き離し荷重を測定し、引き離し荷重の大きさから貼り付き抑制機能を評価した。具体的には基材のRzが0.4μmで弾性部材12および硬質部材11のシール面に硬質炭素膜を形成していないNo.1の引き剥がし荷重を基準値(0N)として基準値からの低減の大きさ(変化量)で評価し、変化量が3.0N未満を不可とし、3.0N以上を可とした。なお、変化量に-の符号をつけて基準値から低減していることを示した。
【0085】
各試験サンプルの評価結果をまとめて表2に示す。また、従来のシール構造、即ち弾性部材12のシール面を硬質炭素膜で被覆した構造(No.17~19)の結果を併せて示す。
【0086】
【表2】
【0087】
表1と表2から硬質部材に硬質炭素膜を形成し、さらにSqが11~35nmであるNo.4~7、10、および13では貼り付き抑制機能、シール機能共に良好であり、中でもSqが15~35nmであるNo.6、7、10および13は引き離し荷重が一層低減されるため好ましく、Sqが26~35nmであるNo.6、7が特に好ましいことが分かった。一方、硬質部材側に硬質炭素膜を形成せず、ゴムのシール面に硬質炭素を形成したNo.17~19は、貼り付き抑制機能は良好であるもののシール機能が劣っていることが確認された。
【0088】
以上、本発明を実施の形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0089】
1 シール構造
2 成膜装置
3 試験装置
4 電磁式開閉弁
11 硬質部材
11A 基材
11B 硬質炭素膜
11C 下地中間層
12 弾性部材
21 真空チャンバ
22 PIGガン
23 スパッタガン
31 ニードル
32 ノズル穴
41 電磁コイル
M モータ
P Arプラズマ
図1A
図1B
図2
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
図7
図8