(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-21
(45)【発行日】2022-10-31
(54)【発明の名称】グリシンオキシダーゼを用いた物質検出方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/26 20060101AFI20221024BHJP
C12Q 1/28 20060101ALI20221024BHJP
C12Q 1/40 20060101ALI20221024BHJP
C12Q 1/37 20060101ALI20221024BHJP
【FI】
C12Q1/26
C12Q1/28
C12Q1/40
C12Q1/37
(21)【出願番号】P 2018083342
(22)【出願日】2018-04-24
【審査請求日】2021-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】野村 隆臣
(72)【発明者】
【氏名】西矢 芳昭
(72)【発明者】
【氏名】馬場 利明
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-179924(JP,A)
【文献】国際公開第2014/157705(WO,A1)
【文献】特公昭54-016235(JP,B2)
【文献】特公昭53-044834(JP,B1)
【文献】特公昭50-016678(JP,B1)
【文献】特開2013-066390(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出の対象である出発物質を
、酵素により触媒される化学反応
により反応させて、主生成物とともに生成する副生成物を測定することにより物質を定量的に検出する方法であって、
1種類以上の前記出発物質
は、グリシン構造が含まれる
馬尿酸またはメチル馬尿酸であるとともに、前記副生成物がグリシンであり、
前記主生成物が、安息香酸またはメチル安息香酸であり、
前記酵素が、アミノアシラーゼまたはペプチダーゼであり、
副生した前記グリシンを、グリシンオキシダーゼの触媒作用により、酵素サイクリング反応を構成しないダイレクト反応により酸化して、生成する過酸化水素を測定することにより、前記出発物質の存在または前記主生成物の生成を検出することを特徴とする、
物質検出方法。
【請求項2】
前記過酸化水素の測定は、当該過酸化水素とアミノアンチピリンとトリンダー試薬とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、生成するキノン系色素による呈色度を測定することにより行われることを特徴とする、
請求項1に記載の物質検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリシンオキシダーゼを用いた物質検出方法に関し、特に、グリシンそのものを検出するのではなく、出発物質の化学反応により主生成物とともに副生したグリシンを検出することにより、出発物質の存在または主生成物の生成を検出する物質検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリシンは、D体またはL体の立体異性を持たない最も単純な構造を有するアミノ酸であり、タンパク質を構成するアミノ酸の1種であるとともに、種々の生体物質を生合成する際の原料(出発物質)としても知られている。グリシンを測定する方法の一つとしては、質量分析法(MS)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、アミノ酸分析装置等を用いた機械測定法が知られている。ただし、機械測定法では一般に、測定機器が高価かつ維持費用が高コストであるとともに、操作にも熟練を要する。
【0003】
そこで、より低コストかつ簡便な測定方法として、グリシンに作用するグリシンオキシダーゼを用いた酵素測定法等も提案されている。例えば、非特許文献1には、グリシンオキシダーゼが分析用酵素として利用可能性があることが報告されている。ただし、グリシンオキシダーゼは、一般的には、タンパク質に対して活性が低い、基質阻害がある、Km値が低い等の問題があるといわれている。また、特許文献1には、アミノ酸残基の少なくとも1つを変位させて、グリシンオキシダーゼの酵素活性、熱安定性、基質特異性等の特性を改変した改変グリシン酸化酵素と、これを用いたグリシンの分析方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】西矢芳昭、金武秀徳、野村隆臣著、「グリシンオキシダーゼの分析用酵素としての可能性」、生物試料分析、第35巻第1号第97ページ、2012年2月10日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、グリシンは、種々の生体物質の原料となるだけでなく、種々の化学反応において副生成物として生成することがある。また、化学反応によっては、当該化学反応における主生成物を直接測定することが難しい場合もある。そこで、副生したグリシンを検出することで、任意の試料の中に出発物質が存在するか否か、もしくは、出発物質を化学反応させて主生成物が生成しているか否か、を間接的に判定することが可能となる。しかしながら、副生したグリシンの検出を出発物質または主生成物の検出の指標にするような物質検出方法は、今のところ、ほとんど知られていない。
【0007】
例えば、非特許文献1では、生物試料中のグリシンの測定、サイクリングアッセイの構築によるサルコシン(N-メチルグリシン)等の増幅測定、基質特異性の違いによるグリシン以外のD-アミノ酸の測定等について可能性が示唆されている。また、特許文献1でも、改変グリシン酸化酵素を用いたグリシンの測定、グリシン以外のL-α-アミノ酸の測定について開示されている。しかしながら、これら文献では、副生成物であるグリシンをグリシンオキシダーゼで酸化することにより、出発物質または主生成物を検出することに関しては全く開示も示唆もない。
【0008】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、グリシンオキシダーゼを用いてグリシンを酸化することにより、グリシンを副生する化学反応における出発物質または主生成物を検出することが可能な、物質検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題に鑑み鋭意検討した結果、酵素サイクリング反応系を構築せずに、グリシンをダイレクトに反応させて過酸化水素を生成させることで、出発物質の存在または主生成物の生成を検出できることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係る物質検出法は、前記の課題を解決するために、出発物質の化学反応により生成する主生成物とともに副生したグリシンを、グリシンオキシダーゼの触媒作用により、酵素サイクリング反応を構成しないダイレクト反応により酸化して、生成する過酸化水素を測定することにより、前記出発物質の存在または前記主生成物の生成を検出する構成である。
【0011】
前記構成によれば、副生成物であるグリシンを、グリシンオキシダーゼによりダイレクトに酸化して過酸化水素を生成させ、この過酸化水素を測定する。これにより、複数の酵素を利用したサイクリング反応系を構築することなく、酵素としてグリシンオキシダーゼのみを用いた簡素なダイレクト反応系によりグリシンから過酸化水素を生成させることができる。そのため、過酸化水素の測定からグリシンを有効に定量できるとともに、グリシンを副生する化学反応において、グリシンを定量化すれば出発物質または主生成物を定量的に検出することが可能となる。
【0012】
しかも、副生したグリシンをダイレクト反応により酸化して過酸化水素を生成させるため、グリシンの定量化にはエンドポイント法による機械測定を有効に利用することができる。これにより、グリシンの自動測定システムを構築し、グリシンの測定量を自動的に測定することで、化学反応比に基づいて出発物質または主生成物の定量を決定することができる。それゆえ、出発物質または主生成物の自動測定による検出も可能になる。
【0013】
前記構成の物質検出方法においては、前記過酸化水素の測定は、当該過酸化水素とアミノアンチピリンとトリンダー試薬とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、生成するキノン系色素による呈色度を測定することにより行われる構成であってもよい。
【0014】
また、前記構成の物質検出方法においては、前記化学反応が、酵素により触媒される反応である構成であってもよい。
【0015】
また、前記構成の物質検出方法においては、前記酵素が、アミノアシラーゼまたはペプチターゼである構成であってもよい。
【0016】
また、前記構成の物質検出方法においては、前記出発物質が、馬尿酸またはメチル馬尿酸であり、前記主生成物が、安息香酸またはメチル安息香酸である構成であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、以上の構成により、グリシンオキシダーゼを用いてグリシンを酸化することにより、グリシンを副生する化学反応における出発物質または主生成物を検出することが可能な、物質検出方法を提供することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の代表的な一例である、馬尿酸および/またはメチル馬尿酸の検出方法を説明する模式図である。
【
図2】従来の馬尿酸および/またはメチル馬尿酸の検出方法を説明する模式図である。
【
図3】本発明の一実施例である、馬尿酸の経時的な検出結果を示すグラフであるである。
【
図4】本発明の比較例である、馬尿酸の経時的な検出結果を示すグラフであるである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本開示に係る物質検出方法は、出発物質の化学反応により生成する主生成物とともに副生したグリシンを、グリシンオキシダーゼの触媒作用により、酵素サイクリング反応を構成しないダイレクト反応により酸化して、生成する過酸化水素を測定することにより、出発物質の存在または主生成物の生成を検出する方法である。
【0020】
グリシンオキシダーゼ(EC1.4.3.19)は、グリシンの酸化による脱アミノ化を触媒する。下記(1)に示すように、グリシンの酸化により、グリシンからアンモニアが遊離してグリオキシル酸が生成するとともに過酸化水素も生成する。そのため、過酸化水素を検出することによりグリシンの酸化を判定することができる。また、下記式(1)から明らかなように、1モルのグリシンが酸化されることにより1モルの過酸化水素が生じるので、過酸化水素の生成量を定量することにより酸化されたグリシンの量(グリオキシル酸の生成量)を定量することができる。
【0021】
グリシン+H2O +O2 → グリオキシル酸+NH3 +H2O2 ・・・(1)
前記式(1)のダイレクト反応に発生した過酸化水素を検出する方法(過酸化水素の測定方法)は特に限定されないが、一般的には、過酸化水素とアミノアンチピリンとトリンダー試薬とをペルオキシダーゼの触媒作用により反応させ、生成するキノン系色素による呈色度を測定する方法、いわゆるトリンダー(Trinder)反応を好適に用いることができる。
【0022】
トリンダー反応では、試料中の過酸化水素を酸化剤とし、トリンダー試薬を水素供与体として、4-アミノアンチピリン(4-AA)を酸化酵素の触媒反応により反応させる。これにより、試料中に酸化縮合によりキノン系色素が発生するので、当該試料が呈色する。そこで、呈色の程度を吸光度装置等により測定することで、試料中の過酸化水素の量、延いては、酵素反応前に存在するグリシンの量を定量することができる。
【0023】
なお、トリンダー試薬の具体的な種類は特に限定されず、公知の化合物を好適に用いることができる。具体的には、例えば、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン(TOOS)、N-エチル-N-スルホプロピル-3-メトキシアニリン(ADPS)、N-エチル-N-スルホプロピルアニリン(ALPS)、N-エチル-N-スルホプロピル-3-メチルアニリン(TOPS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン(ADOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(DAOS)、N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリン(HDAOS)、N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメチルアニリン(MAOS)等のアニリン誘導体;フェノール、4-クロロフェノール、2,4-ジクロロフェノール、2,6-ジクロロフェノール、3,5-ジクロロフェノール、2,4-ジブロモフェノール、2,4,6-トリクロロフェノール、2,4,6-トリブロモフェノール、3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシベンゼンスルホン酸、または3-ヒドロキシ-2,4,6-トリヨードベンゾイル酸等のフェノール誘導体;トルイジン誘導体;等を挙げることができる。本開示では、特にTOOSが好適に用いられる。
【0024】
グリシンを副生する化学反応とは、例えば、下記式(2)に模式的に示すように、1種以上の出発物質から1種以上の主生成物とともにグリシンが副生成物として生成する反応である。このような化学反応では、出発物質、主生成物、およびグリシンの生成量のモル比が一定になる。そこで、グリシンを定量することで、化学反応比(モル比)から、主生成物の生成量または出発物質の存在量(試料中の含有量または濃度)を容易に定量することができる。
【0025】
出発物質 → 主生成物+グリシン(副生成物) ・・・(2)
前記式(1)に示すように、グリシンオキシダーゼの触媒作用によりグリシンからダイレクトに過酸化水素が生成するので、反応前のグリシンの量と反応後に生成した過酸化水素の量とは等モルである。それゆえ、過酸化水素を検出(定量)することにより、グリシンを検出(定量)することができ、その結果、主生成物の生成または出発物質の存在も検出(定量)することが可能になる。
【0026】
本開示に係る物質検出方法に用いられるグリシンオキシダーゼは特に限定されず、公知のものを好適に用いることができる。具体的には、例えば、Bacillus cereus由来、Bacillus subtilis由来、Geobacillus kaustophilus由来のもの等を挙げることができる。
【0027】
グリシンを副生する化学反応としては特に限定されないが、例えば、酵素により触媒される反応が挙げられる。出発物質からグリシンが副生されるということは、1種以上の出発物質にグリシン構造が含まれていることになる。このような出発物質は、生体中に存在して酵素による触媒作用で代謝されるものであったり、生体由来ではなく化学合成された物質であっても、酵素反応によりグリシンを脱離することが可能な物質であったりすると考えられる。
【0028】
より具体的な化学反応の一例としては、例えば、
図1または
図2に示す、馬尿酸またはメチル馬尿酸のアミノアシラーゼによる加水分解反応が挙げられる。馬尿酸はトルエンの代謝産物として知られ、メチル馬尿酸はキシレンの代謝産物として知られる。つまり、本開示の代表的な具体例としては、出発物質が、馬尿酸またはメチル馬尿酸であり、主生成物が、安息香酸またはメチル安息香酸である化学反応を挙げることができる。
【0029】
馬尿酸は、IUPAC名としては、ベンゾイルアミノ酢酸(Benzoylaminoacetic acid)が挙げられ、別名としてN-ベンゾイルグリシン(N-benzoylglycine)等も知られている。メチル馬尿酸は、馬尿酸のベンゼン環構造のオルト位、メタ位またはパラ位がメチル基で修飾された構造を有する。IUPAC名では、オルト位を例に挙げると、(2-メチルベンゾイルアミノ)酢酸((2-methylbenzoylamino)acetic acid)が挙げられ、別名としては、N-(o-トルオイル)グリシン(N-(o-Toluoyl)glycine)等も知られている。
【0030】
アミノアシラーゼ(EC3.5.1.14)は、馬尿酸またはメチル馬尿酸を、安息香酸またはメチル安息香酸とグリシンとに分解する反応を触媒する。なお、この反応を触媒する酵素(アミノアシラーゼの類縁酵素)としては、馬尿酸ヒドロラーゼ(EC3.5.1.32)またはN-アシル-D-アミノ酸デアシラーゼ(EC3.5.1.81)等も知られている。アミノアシラーゼまたはその類縁酵素の具体的な種類は特に限定されず、市販されている種々の酵素試薬を好適に用いることができる。また、種々の生体由来のもので、生体組織等から精製可能なものを用いることができる。アミノアシラーゼまたはその類縁酵素を用いた場合の反応条件等についても特に限定されない。
【0031】
前記の通り、馬尿酸はトルエンの代謝産物であり、メチル馬尿酸はキシレンの代謝産物である。トルエンまたはキシレンは、これら有機溶媒を取り扱う作業者が吸入すると、大部分が体内で安息香酸またはメチル安息香酸に代謝され、その後にグリシン抱合を受けて、馬尿酸またはメチル馬尿酸となり、尿中に排泄される。それゆえ、馬尿酸またはメチル馬尿酸(以下、適宜「馬尿酸等」と略す。)は、トルエンまたはキシレンの曝露指標として用いられる。したがって、本開示において、グリシンを副生する化学反応の試料としては、馬尿酸等を含む(可能性がある)尿等の生体試料が挙げられる。
【0032】
化学反応の試料としては、尿に限定されず、血液、唾液、骨髄液、細胞間質液等であってもよい。また、試料の由来は、有機溶剤を取り扱う作業者すなわちヒトが挙げられる。それゆえ、本開示に係る物質検出方法は、有機溶媒を取り扱うヒトにおいて、トルエンまたはキシレンの曝露を評価する健康診断等に好適に用いることができる。なお、試料の由来はヒトに限定されず、他の動物(イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ラット、マウス等の哺乳類、もしくは哺乳類以外の脊椎動物等)であってもよい。
【0033】
ここで、馬尿酸等の従来の測定方法としては、
図2の上段に示すように、まず、馬尿酸等を含む(可能性のある)試料を一定量採取し、アミノアシラーゼを添加混合して馬尿酸等を加水分解する。これにより、安息香酸またはメチル安息香酸(安息香酸等)とグリシンとが生成する。さらに、
図2の中段に示すように、当該試料に対して、S-アデノシル-L-メチオニン、グリシン-N-メチルトランスフェラーゼおよびサルコシンオキシダーゼを添加混合すると、酵素サイクリング反応が生じる。このサイクリング反応では、グリシン-N-メチルトランスフェラーゼの触媒作用により、グリシンおよびS-アデノシル-L-メチオニンからサルコシンが生成し、サルコシンオキシダーゼの触媒作用により、サルコシンからグリシンおよび過酸化水素が生成する。
【0034】
そこで、
図2の下段に示すように、サルコシンから生成した過酸化水素に対して、4-アミノアンチピリン(4-AA)、トリンダー試薬(例えば、TOOS(N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン)、およびペルオキシダーゼを添加混合する。これにより、キノン系色素が生じるので、例えば、500~550nmの吸光度でキノン系色素の呈色度を測定すれば、過酸化水素の生成量を定量できる。過酸化水素が定量できれば、グリシンを定量することができる。このようにグリシンを定量することで、馬尿酸等を定量することができる。なお、馬尿酸とメチル馬尿酸とを区別して測定する手法については、公知の手法を適宜用いることができ、特に限定されない。
【0035】
ただし、
図2に示す従来の方法では、グリシン-サルコシンのサイクリング反応により、グリシンが増幅測定されるので、レート法によりグリシンを定量する必要がある。
【0036】
酵素反応を利用して物質を検出(測定)する方法としては、分析手法の違いから、レート法とエンドポイント法との2種類に分類することができる。
【0037】
レート法は、酵素の触媒作用により基質を化学反応させたときに、反応進行中の速度(レート)を測定することにより、物質を定量的に検出する方法である。この方法では、例えば、酵素により触媒される反応が進行している間の速度を、吸光度または濁度等の変化として測定する。
【0038】
エンドポイント法は、酵素の触媒作用により基質を化学反応させ、基質を十分に反応させた後(エンドポイントに達した後)に、反応前後の総変化量を測定することにより、物質を定量的に検出する方法である。この方法では、例えば、基質である出発物質の減少もしくは出発物質から生成物の増加が実質的に停止するまで反応を進行させ、吸光度または濁度等により生成物の生成量を測定する。エンドポイント法では、化学反応による生成物の生成が飽和に漸近するため、レート法に比べて機械測定による自動化に適用させやすいという利点がある。
【0039】
本開示に係る方法では、
図1の中段に示すように、グリシンオキシダーゼを用いてグリシンを酸化することにより、グリオキシル酸およびアンモニアとともに、過酸化水素をダイレクトに生成させる。
【0040】
本開示では、馬尿酸等を含む(可能性のある)試料においてアミノアシラーゼにより安息香酸等とグリシンとを生成させる点、並びに、生成した過酸化水素を酸化剤としてペルオキシダーゼによりキノン系色素を生成させる点は、従来と同様である。しかしながら、
図1の上段、中段および下段の各化学反応式からも明らかなように、馬尿酸等から等モルのグリシンが副生し、グリシンから等モルの過酸化水素が生成し、過酸化水素を酸化剤として、過酸化水素に等モルのキノン系色素を生成することになる。
【0041】
これにより、馬尿酸等から等モルのキノン系色素を生成させることになるので、レート法ではなくエンドポイント法を好適に用いることが可能になる。前記のように、エンドポイント法は、機械測定に適用させやすいため、本開示に係る物質検出方法を用いることで、馬尿酸等の検出(定量)を自動測定することが可能となる。
【0042】
なお、過酸化水素からキノン系色素を生成させる際に用いられるペルオキシダーゼの具体的な種類は特に限定されず、公知のものを好適に用いることができる。また、生成するキノン系色素は、トリンダー試薬となる化合物の種類によりその構造が異なるので、特に限定されない。
【0043】
ここで、本開示に係る物質検出方法が適用可能な化学反応、出発物質、主生成物については、前述した馬尿酸等を安息香酸等およびグリシンに加水分解する反応に限定されない。例えば、出発物質がタンパク質またはペプチドであり、酵素としてペプチターゼを用いて加水分解して、主生成物として新たなペプチドを生成する際にグリシンが副生するような化学反応であってもよい。
【0044】
他にも、例えば、L-スレオニンアルドラーゼは、L-スレオニンからグリシンとアセトアルデヒドとを生成する反応を触媒するので、本開示に係る物質検出方法は、このような化学反応にも適用できる。なお、この化学反応では、出発物質がL-スレオニンであるが、グリシンを副生成物と見なした場合に、アセトアルデヒドが主生成物に相当する。ただし、化学反応における「主生成物」と「副生成物」との関係は相対的なものであり、グリシン以外の物質が生成する場合であれば、グリシンを便宜上「副生成物」と見なし、他の生成物を「主生成物」と見なすことができる。
【0045】
このように、本開示によれば、副生成物であるグリシンを、グリシンオキシダーゼによりダイレクトに酸化して過酸化水素を生成させ、この過酸化水素を測定する。これにより、複数の酵素を利用したサイクリング反応系を構築することなく、酵素としてグリシンオキシダーゼのみを用いた簡素なダイレクト反応系によりグリシンから過酸化水素を生成させることができる。そのため、過酸化水素の測定からグリシンを有効に定量できるとともに、グリシンを副生する化学反応において、グリシンを定量化すれば出発物質または主生成物を定量的に検出することが可能となる。
【0046】
しかも、副生したグリシンをダイレクト反応により酸化して過酸化水素を生成させるため、グリシンの定量化にはエンドポイント法による機械測定を有効に利用することができる。これにより、グリシンの自動測定システムを構築し、グリシンの測定量を自動的に測定することで、化学反応比に基づいて出発物質または主生成物の定量を決定することができる。それゆえ、出発物質または主生成物の自動測定による検出も可能になる。
【実施例】
【0047】
本発明について、実施例および比較例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0048】
(実施例)
1ユニット/mLのグリシンオキシダーゼ、0.02質量%の4-アミノアンチピリン、および50mMのリン酸緩衝液(pH9.0)を含有する第一試薬と、5ユニット/mLの馬尿酸加水分解酵素、10ユニット/mLのペルオキシダーゼ、0.06質量%のN-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メトキシアニリン(TOOS)、および50mMのリン酸緩衝液(pH9.0)を含有する第二試薬とを準備した。
【0049】
また、測定用試料(検体)として、馬尿酸の含有量が0mM(すなわち馬尿酸を含有しないネガティブコントロール)、1mM、5mMおよび10mMの4種類を準備した。
【0050】
これら4種類の測定用試料それぞれに対して、第一試薬540μLを混合して37℃で5分間インキュベーションした後に、さらに第二試薬180μLを添加して混合して37℃で15分間(900秒)反応させた。この15分の反応期間中、550nmの波長で吸光度を測定した。その結果を
図3に示す。
【0051】
(比較例)
第一試薬として、8ユニット/mLのペルオキシダーゼ、5ユニット/mLの馬尿酸加水分解酵素、0.02質量%のTOOS、100mMのトリス塩酸緩衝液(pH7.5)を含有するものを用いるとともに、第二試薬として、4mMのS-アデノシル-L-メチオニン、40ユニット/mLのサルコシンオキシダーゼ、0.06質量%の4-アミノアンチピリン、100mMのトリス塩酸緩衝液(pH7.5)を含有するものを用い、さらに、4種類の測定用試料(検体)の量を6μLとした以外は、実施例と同様にして、37℃で33分間反応させた。この33分の反応期間中、550nmの波長で吸光度を測定した。その結果を
図4に示す。
【0052】
(実施例および比較例の対比)
実施例は、
図1に示す馬尿酸の検出方法すなわち本開示に係る物質検出方法の一例であり、比較例は、
図2に示す馬尿酸の検出方法すなわち従来の検出方法の一例である。
図3および
図4のいずれも、図中菱型のマーカーで示すネガティブコントロール(0mM)では、550nmの吸光度はほぼ0で変化が見られなかった。
【0053】
図3に示すように、本開示に係る検出方法では、図中正方形のマーカーで示す1mM、図中三角形のマーカーで示す5mM、図中Xのマーカーで示す10mMの結果のいずれも、副生したグリシンの生成量の増加はそれぞれ飽和値に漸近した。また、いずれの結果も、グリシンの生成量は、300秒経過する前から増加し始め、600秒(10分)経過すれば飽和値に達していた。
【0054】
これに対して、
図4に示すように、従来の検出方法では、図中正方形のマーカーで示す1mM、図中三角形のマーカーで示す5mM、図中Xのマーカーで示す10mMの結果のいずれも、副生したグリシンの生成量は、反応時間の進行に伴い比例的に増加した。また、いずれの結果も、グリシンの生成量は17分頃から増加し始めた。
【0055】
このように、本開示に係る検出方法であれば、副生したグリシンをダイレクト反応により酸化して過酸化水素を生成させるため、エンドポイント法による機械測定を有効に利用することが可能であることがわかる。それゆえ、グリシンの自動測定システムを構築し、グリシンの測定量を自動的に測定することで、出発物質または主生成物の自動測定による検出が可能になると判断される。
【0056】
なお、本発明は前記実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、グリシンオキシダーゼを用いて、副生したグリシンを検出することにより、出発物質の存在または主生成物の生成を検出する物質検出方法の分野に好適に用いることができる。