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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】表面処理鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20221025BHJP
   C09D 201/00 20060101ALI20221025BHJP
   C09D 7/65 20180101ALI20221025BHJP
   B32B 15/18 20060101ALI20221025BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20221025BHJP
【FI】
C23C26/00 A
C09D201/00
C09D7/65
B32B15/18
B32B15/08
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020196570
(22)【出願日】2020-11-27
(65)【公開番号】P2021091964
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2021-06-23
(31)【優先権主張番号】P 2019214888
(32)【優先日】2019-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】中原 佳子
(72)【発明者】
【氏名】安藤 聡
(72)【発明者】
【氏名】岡井 和久
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】韓国登録特許第10-1518620(KR,B1)
【文献】特開2007-270302(JP,A)
【文献】特開2007-162110(JP,A)
【文献】特開2004-353025(JP,A)
【文献】特開2006-083454(JP,A)
【文献】特開2004-211137(JP,A)
【文献】特開2003-329388(JP,A)
【文献】特開昭59-208082(JP,A)
【文献】特開2004-270010(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/00-30/00
C25D 1/00-7/12
C25D 9/00-9/12
C25D 13/00-21/22
C09D 1/00-10/00
C09D 101/00-201/10
B32B 15/00-15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地鋼板の上層に塗膜を有する表面処理鋼板であって、前記塗膜中にpHが8~13、かつ酸解離定数pKaが7~14である酸の1種以上を、合計で0.010mol%以上含有する水溶液を内包したマイクロカプセルを、前記塗膜の質量に対して1.0~30質量%含有する、表面処理鋼板。
【請求項2】
前記塗膜が、エステル系、ウレタン系、メラミン系、アクリル系、ナイロン系、オレフィン系、エポキシ系から選ばれた1種または2種以上の樹脂を含む、請求項に記載の表面処理鋼板。
【請求項3】
前記塗膜の膜厚が3~20μmである、請求項1または2に記載の表面処理鋼板。
【請求項4】
前記マイクロカプセルの外皮樹脂が、エステル系、ウレタン系、メラミン系、アクリル系、ナイロン系、オレフィン系、エポキシ系、から選ばれた1種または2種以上の樹脂である、請求項1~のいずれか1項に記載の表面処理鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理鋼板に関し、特に塗膜の傷部を起点として発生する塗膜下腐食を抑制する表面処理鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
塗装鋼板は、めっき鋼板、代表的には亜鉛系めっき鋼板を下地鋼板とし、下地鋼板の上層に化成処理層、下塗り塗膜層、上塗り塗膜層を順次形成した構成とするのが一般的である。化成処理層は、下地鋼板と塗膜層(下塗り塗膜層、上塗り塗膜層)との密着性を向上させるとともに、鋼板の耐食性を向上させる機能を有するものである。また、下塗り塗膜層は、下地鋼板と上塗り塗膜層との密着性を向上させるとともに鋼板の耐食性を向上させる機能を有し、最上層の上塗り塗膜層は、主として鋼板の用途に応じた外観や性能、耐候性を付与するものである。
【0003】
従来、塗装鋼板の耐食性および密着性を確保する目的で、下地鋼板にクロメート処理が施されてきた。しかしながら、昨今、環境問題に対する意識が高まる中、このような塗装鋼板については、毒性の強い6価クロムの溶出による公害発生が問題視されつつある。そのため、クロメートおよびクロム系防錆顔料を含有しないクロムフリー塗装鋼板の開発がかねてから望まれており、現在までに多くの提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1では、ジルコニウム化合物、シリカ微粒子を含む化成処理皮膜上に、ポリエステル系樹脂とともに、カルシウム化合物、シリカ微粉末、ケイ酸塩、リン酸塩などの防錆顔料を含有する下塗り塗膜、および、上塗り塗膜からなる、二層塗装鋼板が開示されている。また、特許文献2には、リン酸化合物、シリカ微粒子を含む化成皮膜上に、架橋剤により硬化させたポリエステル系樹脂と、平均粒子径が3~40μm、ガラス転移温度が70~200℃であり、かつポリエステル系樹脂よりも高硬度である樹脂粒子を含有する塗膜を有する、単層塗装鋼板が開示されている。
【0005】
しかしながら、これらのクロムフリー塗装鋼板では、クロメートおよびクロム系防錆顔料を含有する塗装鋼板と同等の耐食性を確保するには至っていない。
【0006】
塗膜層に、より強い防錆剤を添加する方法も検討されている。しかしながら、防錆力の強い防錆剤は、塗膜を構成する樹脂の官能基とも反応しやすい。このため、表面処理液の貯蔵安定性の観点から添加可能な量に上限があり、十分な耐食性を確保できない。
【0007】
このような背景の下、塗膜中に防錆剤を内包したマイクロカプセルを分散させたマイクロカプセル分散表面処理鋼板が提案されている。マイクロカプセルを塗膜に分散させた表面処理鋼板では、機械的衝撃や引掻き等で塗膜が破壊されると、塗膜に含まれているマイクロカプセルが破胞し、防錆剤が流出して塗膜の傷部に保護皮膜を形成するとともに、破胞したマイクロカプセル周囲の樹脂又はエラストマーが防錆剤に溶解して塗膜の流動性が高まる。その結果、塗膜の傷部に塗膜が再形成され、自己修復作用を示す。
【0008】
例えば特許文献3には、金属表面に吸着して保護膜を形成する極性化合物や、高い酸化力を有する無機化合物等の防錆剤を内包したマイクロカプセルを含む防錆処理鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2011-219832号公報
【文献】特開2007-269010号公報
【文献】特開2007-162110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、自動車、家電品、建材の外板に用いられる塗膜付表面処理鋼板では、傷部や切断端部において、塗膜と下地鋼板の界面に沿って塗膜下を糸錆状に腐食が進行し、腐食生成物によって塗膜に膨れが生じる塗膜下腐食が発生する場合がある。塗膜の傷部を起点として発生する塗膜下腐食は、外観を著しく損ねるため、問題となっている。特許文献1~3は、塗膜の傷部に保護膜を形成することができるものの、なお塗膜下腐食を十分抑制できるには至っていない。
【0011】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、塗膜下腐食を抑制する表面処理鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を達成するために、鋭意研究を行い、以下の知見を得た。
(1)pH緩衝能を有するアルカリ性の水溶液を含有するマイクロカプセルを塗膜中に遭含有させた表面処理鋼板では、塗膜下腐食を抑制することができる。
(2)塗膜に傷が入るとマイクロカプセル内の水溶液が流出し、水が蒸発すると水溶液に溶解した成分が傷部に残存する。湿潤環境で溶解成分が再び水に溶解すると、アノード部で濃縮する酸を中和してpHの局在化を緩和する。このようなメカニズムで塗膜下腐食を抑制していると考えられる。
(3)マイクロカプセルからの溶出成分は、乾燥、湿潤を繰り返しても、塗膜の傷部に留まるので、上述の効果は持続する。
【0013】
本発明は以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]亜鉛系めっき鋼板を下地鋼板とし、該下地鋼板のめっき皮膜の上層に化成処理皮膜と、該化成処理皮膜の上層に塗膜を有する表面処理鋼板であって、前記塗膜中にpHが8~13の水溶液を内包したマイクロカプセルを、前記塗膜の質量に対して1.0~30質量%含有する、表面処理鋼板。
[2]前記水溶液は、酸解離定数pKaが7~14である酸の1種以上を、合計で0.010mol%以上含有する、[1]に記載の表面処理鋼板。
[3]前記塗膜が、エステル系、ウレタン系、メラミン系、アクリル系、ナイロン系、オレフィン系、エポキシ系から選ばれた1種または2種以上の樹脂を含む、[1]または[2]に記載の表面処理鋼板。
[4]前記塗膜の膜厚が3~20μmである、[1]~[3]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
[5]前記マイクロカプセルの外皮樹脂が、エステル系、ウレタン系、メラミン系、アクリル系、ナイロン系、オレフィン系、エポキシ系、から選ばれた1種または2種以上の樹脂である、[1]~[4]のいずれかに記載の表面処理鋼板。
【発明の効果】
【0014】
本発明の表面処理鋼板によれば、塗膜の傷部を起点として発生する塗膜下腐食を抑制することができ、自動車、家電品、建材など、様々な用途に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明は、本発明の好適な一実施態様を示すものであり、本発明は、以下の説明によって何ら限定されるものではない。
【0016】
下地鋼板
本発明に記載の表面処理鋼板は、めっき鋼板、および、めっき層を持たない冷延鋼板を下地鋼板として用いることができる。めっき鋼板の場合、めっき層は防錆性の観点から、犠牲防食能を有するZn系めっき層であることが好ましい。Zn系めっき鋼板は、主成分がZnであれば組成に関しては特に限定されず、例えば、Znめっき鋼板(GI)、合金化溶融Znめっき鋼板(GA)、ZnAl合金めっき鋼板、ZnAlMg合金めっき鋼板、ZnNi合金めっき鋼板などが挙げられる。これらのZn系めっき鋼板のめっき付着量は、片面あたり10~90g/mが好ましい。片面あたりの付着量が10g/m以上であれば耐食性が不十分になることがない。一方、付着量が90g/m以下であればコストアップを招くことがない。
【0017】
化成処理皮膜
塗膜密着性を確保するために、下地鋼板の少なくとも片面に化成処理皮膜を形成する。化成処理皮膜は、環境の観点よりクロムを含有しない化成処理皮膜とする。化成処理皮膜を形成する方法については特に限定されず、塗布型、反応型、電解型などいずれの方法も選択できる。化成処理皮膜は、塗膜との密着性を向上するものであればどのようなものでも支障はなく、固形分としては、例えば湿式シリカ、乾式シリカのいずれかを含有することが好ましい。本発明では、密着性向上効果の大きい乾式シリカ微粒子が好ましい。さらに、密着性だけでなく耐食性を向上する目的で、リン酸及び/又はリン酸化合物を含有することが好ましい。リン酸やリン酸化合物は、例えば、オルトリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸など、これらの金属塩や化合物などのうちから選ばれる1種以上を含有すれば良い。さらに必要に応じて、ジルコニウム化合物、バナジウム化合物、シランカップリング剤などの1種以上を含有してもよい。化成処理皮膜を形成するための化成処理液は、水を加えて固形分の合計が1~20質量%となるように調整することが好ましい。化成処理皮膜の鋼板片面当たりの付着量は1~150mg/mであることが好ましい。付着量が1mg/m未満であると、耐食性向上効果が見込めない。一方、付着量が150mg/m超では臨界剥離強度が低下し、剥離しやすくなる。よって、化成処理皮膜の付着量は1~150mg/mが好ましく、より好ましくは20~100mg/mである。
【0018】
塗膜
塗膜を形成するための塗料組成物の主剤としては、柔軟性が高く、加工が容易という理由で、有機樹脂を基本骨格とする有機樹脂塗膜であることが好ましい。ベースとなる有機樹脂は、エステル系、ウレタン系、メラミン系、アクリル系、ナイロン系、オレフィン系、エポキシ系から選ばれた1種または2種以上の樹脂を使用できる。とくに、エポキシ変形ポリエステル樹脂などのエステル系樹脂を用いることが好ましい。
【0019】
有機樹脂の緻密性を向上させることを目的として、架橋剤を添加するのが好ましい。架橋剤としては、メラミン樹脂やイソシアネート樹脂、尿素樹脂などを用いることができる。架橋剤の配合割合は、固形分の割合で、有機樹脂の合計100質量部に対して、5~20質量部の範囲が好ましく、10~25質量部の範囲がさらに好ましい。
【0020】
塗膜の膜厚は3~20μmであることが好ましい。膜厚が3μm以上であれば、十分な耐食性が得られる。より好ましくは5μm以上、さらにより好ましくは10μm以上である。一方で、経済的な観点から、膜厚は20μm以下とすることが好ましい。
【0021】
塗膜中には潤滑性を向上させることを目的として、ポリオレフォン系、マイクロクリスタリン系、フッ素系のワックスをさらに含有させることができる。ポリオレフォン系、マイクロクリスタリン系の場合には軟化点を、フッ素系の場合には結晶化度を適宜選択して使用することが好ましい。
【0022】
ワックスを含有させる場合、塗膜の質量に対し、0.4~4質量%の含有量とすることが好ましい。ワックスの含有量が塗膜中で0.4質量%未満になると、プレス加工性が低下し、一方で、4質量%を超えると、その効果が飽和状態に近づき、また、コスト的に不利になるからである。
【0023】
本発明では、塗膜中にpHが8~13の水溶液を内包したマイクロカプセルを、塗膜の質量に対し1.0~30質量%含有させる。以下、その限定理由について説明する。
【0024】
マイクロカプセル内の水溶液のpHが8~13
マイクロカプセルは、傷部等で破胞すると、アノード部で濃縮する酸によるpHの局在化を緩和することにより、塗膜下腐食を抑制する機能を有する。このため、マイクロカプセルに内包する水溶液は、pHが8~13のアルカリ性に調整する。pHが8未満では、酸を中和するのに不十分である。一方、pHが13を超えると、マイクロカプセルの外皮樹脂が強アルカリによって、徐々にダメージを受け、塗膜の破壊とは無関係にマイクロカプセルが破胞する恐れがある。このため、本発明では水溶液のpHの上限を13とする。
【0025】
pHが8~13の水溶液とするための薬品は、特に限定はなく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム等の無機水酸化物、およびホウ酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等を用いることができる。
【0026】
マイクロカプセルの含有量が塗膜の質量に対して1.0~30質量%
マイクロカプセルは、塗膜の質量に対して1.0~30質量%含有する必要がある。含有量が1.0質量%未満では、傷部で破胞してマイクロカプセルから傷部に流出するアルカリ性の水溶液の量が不足し、塗膜下腐食を抑制することができない。好ましくは、15質量%以上とする。逆に30質量%を超える含有量では、塗料中でマイクロカプセルが沈殿、あるいはゲル化しやすくなり、塗料の貯蔵安定性、塗装性が劣化する。このため、本発明ではマイクロカプセルの含有量は30質量%以下とする。好ましくは、25質量%以下である。
【0027】
本発明では、マイクロカプセルに内包させる水溶液中に、酸解離定数pKaが7~14である酸の1種以上を、合計濃度で0.010mol%以上含有することが好ましい。酸解離定数pKaが7~14である酸は、上述のアルカリ水溶液中でpH緩衝剤として働き、pHの急激な変化を抑制する作用を有する。このため、塗膜下のアノード部において酸中和効果を持続させることができる。pH緩衝剤がその緩衝作用を効果的に発現するpHの範囲は、おおよそpKa値より1小さい値から1大きい値の間である。よって、マイクロカプセルに内包させる水溶液のpHを8~13に保つためには、pKaが7~14の範囲にある弱酸を用いる必要がある。酸については、pKaが7~14、n価の多価酸の場合はpKa(n=1、2、3・・・)のいずれかが7~14の範囲内にあれば特に限定はなく、リン酸(pKa:12.7)、ほう酸(pKa:9.24)、炭酸(pKa:10.3)、シアン化水素酸(pKa:9.21)などの無機酸や、フェノール(pKa:9.95)やトリフルオロエタノール(pKa:12.5)などの有機酸を用いることができる。より好ましくは、pH緩衝剤として幅広く用いられており、入手容易なリン酸やほう酸を用いる。酸の濃度は、上述のpH緩衝作用を得るために、合計で0.010mol%以上とすることが好ましい。一方で、濃度が高くなりすぎるとマイクロカプセル内の水溶液の粘度が上がり、塗膜の傷部に溶液が流出しにくくなるため、濃度の上限は1mol%とする。
【0028】
マイクロカプセルの外皮は、カプセル合成が比較的容易であるという理由から、有機樹脂であることが好ましい。マイクロカプセルの外皮樹脂としては、エステル系、ウレタン系、メラミン系、アクリル系、ナイロン系、オレフィン系、エポキシ系から選ばれた1種または2種以上の樹脂を使用できる。塗膜の樹脂とマイクロカプセルの外皮樹脂は種類が異なっていてもよいが、塗膜のベース樹脂の溶融温度をT1、マイクロカプセルの外皮樹脂の溶融温度をT2としたとき、T1とT2との温度差ΔT(=T1-T2)が±70℃以下であることが好ましい。塗膜の樹脂とマイクロカプセルの外皮樹脂の種類が同じであるとΔT=0であるので、より好ましい。この理由は、塗膜焼付時にベース樹脂にマイクロカプセルの外皮樹脂が融着一体化して、塗膜の破壊と同時にマイクロカプセルの破胞が起こり、内包された水溶液を確実に塗膜の傷部に供給できるからである。また、マイクロカプセルは、塗膜の膜厚より小さな粒径をもつことが好ましい。これは塗膜の膜厚より大きな粒径では、塗膜やめっき層に損傷を与えない程度の軽微な衝撃でもマイクロカプセルが破胞することがあり、塗膜下腐食抑制に必要なマイクロカプセルが不足しがちになるためである。
【0029】
なお、塗膜に含有させるマイクロカプセルは、界面重合法、In-Site重合法、オリフィス法、などの化学的手法や、コアセルベーション法、液中乾燥法などの物理化学的手法、さらには噴霧乾燥法、高速気流中衝撃法など機械的・物理的手法などのいずれの手法によっても合成できる。合成したマイクロカプセルは樹脂エマルションに混合して使用する。例えば、(i)乳化、(ii)界面重合、(iii)分離工程からなる界面重合法によりエステル系マイクロカプセルを合成する場合の合成法について以下に示す。まずビスフェノールAを、Spanを乳化剤としてベンゼン溶媒中に乳化する。攪拌を止めずにセバシン酸ジクロリドを加えることで、界面重縮合が起こり、ポリフェノールエステルが生成する。さらに5分程度攪拌したのち、生成物を遠心分離することで所定のマイクロカプセルが得られる。
【0030】
塗膜は、上述の塗料組成物を溶媒に配合した塗料を塗布・加熱することにより形成する。この塗料には、樹脂の架橋反応を促進するために、必要に応じて硬化触媒を使用することができる。使用可能な硬化触媒としては、酸またはその中和物が挙げられ、例えば、P-トルエンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸、ジノニルナフタレンスルホン酸、ジノニルナフタレンジスルホン酸及びこれらのアミン中和物が代表的なものとして挙げられる。これらの硬化触媒を用いることにより、短時間架橋が可能となり製造時の操業性が向上する。
【0031】
硬化触媒の配合量は、塗料固形分の割合で、樹脂の合計100質量部に対して、0.1~2質量部の範囲が好ましい。また、本発明で使用する塗料組成物には必要に応じて、通常塗料分野で使用されている顔料、分散剤、酸化防止剤、レベリング剤、消泡剤などを適宜配合することができる。これらの配合量は、合計で、塗料固形分の割合で、樹脂の合計100質量部に対して、0.1~2質量部の範囲が好ましい。
【0032】
上記の塗料組成物の溶媒は、有機溶剤を使用することが好ましい。使用する有機溶剤としては、通常塗料用に使用されている各種溶剤が使用可能であり、例えば、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、トルエン、キシレン、メチルセロソルブ、ブチルセロソルブ、セロソルブアセテート、ブチルセロソルブアセテート、カルビトール、エチルカルビトール、ブチルカルビトール、酢酸エチル、酢酸ブチル、石油エーテル、石油ナフサなどが挙げられる。有機溶剤の配合量は、塗装作業性の観点から、塗料粘度が40~200秒(フォードカップNo.4/室温)になる量が好ましい。
【0033】
本発明で使用する塗料組成物の濃度は、塗料組成物中のマイクロカプセルを含む固形分の合計濃度が7~40質量%となるように調整するのが好ましい。より好ましくは10~20質量%である。
【0034】
塗料を調製するにあたっては、サンドグラインドミル、ボールミル、ブレンダーなどの通常の分散機や混練機を適宜選択して使用し、各成分を配合することができる。顔料を含有させる場合、塗料の顔料分散度は、グラインドゲージA法25μm以下とするのが適当である。
【0035】
なお、耐食性および耐薬品性を向上させるために、上記塗膜の下層に下塗り塗膜を設けてもよい。下塗り塗膜は、ポリエステル樹脂、フェノキシ樹脂又はアミン変性エポキシ樹脂の1種以上を含有し、さらに、酸化チタン、Caイオン交換シリカ、Mg処理トリポリリン酸二水素アルミニウム、Ca処理トリポリリン酸二水素アルミニウム、Mgイオン交換シリカなどの防錆顔料を含有する下塗り塗料を塗布して形成することが好ましい。下塗り塗膜を設ける場合は、曲げ加工性を発現するために柔軟性を有することが好ましく、下塗り塗料のポリエステル樹脂のガラス転移温度は10~80℃であることが好ましい。Caイオン交換シリカ、Mg処理トリポリリン酸二水素アルミニウム、Ca処理トリポリリン酸二水素アルミニウム、Mgイオン交換シリカは、下塗り塗膜の質量に対し、10~60質量%させることが好ましい。下塗り塗膜は、上記の効果を得るために、膜厚を1~5μmとすることが好ましい。
【0036】
(表面処理鋼板の製造方法)
本発明の表面処理鋼板の製造方法について説明する。本発明の表面処理鋼板は、被塗装鋼板である冷延鋼板または亜鉛系めっき鋼板の両面に、先に述べた化成処理を施した後、必要に応じて下塗り塗膜用の塗料を塗布・加熱して、下塗り塗膜を形成し、さらに鋼板の少なくとも一方の面に、先に述べた塗料組成物を溶媒に配合した塗料を塗布・加熱することにより塗膜を形成することにより、得られる。
【0037】
塗料の塗布方法は特に限定しないが、好ましくはロールコーター塗装で塗布するのがよい。塗料組成物を溶媒に配合した塗料を塗布後、熱風乾燥、赤外線加熱、誘導加熱などの加熱手段により加熱処理を施し、樹脂を架橋させて硬化させた塗膜を得る。加熱条件は加熱温度:170~250℃(到達板温)で、処理時間:20~90秒の処理を行うことが好ましい。加熱温度が170℃未満では架橋反応が十分に進まないため、十分な塗膜性能が得られない。一方、加熱温度が250℃を超えると熱による塗膜の劣化が起こり、塗膜性能が低下する。また、処理時間が20秒未満では架橋反応が十分に進まないため、十分な塗膜性能が得られない。一方、処理時間が90秒を超えると製造コスト面で不利となる。本発明の表面処理鋼板は、さらに表面処理鋼板裏面の耐食性を高める目的で、上述した塗料を鋼板裏面にも同様の方法で塗装するのが好ましい。
【実施例1】
【0038】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。下記の実施例は本発明を限定するものではなく、要旨構成の範囲内で適宜変更することは、本発明の範囲に含まれるものとする。
【0039】
下地鋼板として、質量%で、C:0.004%、Si:0.04%、Mn:0.20%、P:0.03%、S:0.015%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚0.8mmの冷延鋼板を用いた。この鋼板の表面に片面あたり付着量10~90g/mで形成されるように、溶融めっきまたは電気めっきを施した。次いで、アルカリ脱脂剤であるCL-N364S(日本パ-カライジング(株)製)を濃度20g/L、温度60℃の水溶液とし、これに供試材を10秒間浸漬し、純水で水洗した後乾燥した。
【0040】
続いて下地鋼板上に、表1に示す組成であり、固形分が15質量%である化成処理液を塗布し、ロールコーターを用いて加熱5秒後に最高到達鋼板温度が90℃となる条件で乾燥することで化成処理皮膜(付着量:100mg/m)を形成した。
【0041】
下塗り塗膜を形成する場合(表3のNo.27、28)には、エポキシ変形ポリエステル樹脂(三井化学(株)製、エポキー701HV)、Mg処理トリポリリン酸アルミニウム(テイカ(株)製、Kホワイト♯G105)、酸化チタン(石原産業(株)製、TTO-55)を質量比80:10:10で含有し、固形分が15質量%である下塗り塗料を化成処理皮膜上に塗布し、加熱開始30秒後に到達板温が210℃ になる加熱処理を行い、下塗り塗膜(2μm)を形成した。
【0042】
次に、表2に示す有機樹脂、架橋剤(メラミン樹脂:三井化学(株)製、ユーバン20SB)、硬化触媒(P-トルエンスルホン酸:東京化成工業(株)製、P-トルエンスルホン酸一水和物)、およびワックス(三井化学(株)製、ハイワックス NL―500)を固形分の質量比88:9:1:2で配合し、固形分質量濃度が7~40質量%となるよう、溶媒としてトルエンを加えよく混練した。この塗料中に、合成したマイクロカプセルを表3に示す所定の割合で含有させた後、さらに混練した。なお、マイクロカプセルの外皮樹脂は、表3に示すとおりである。このようにして調整した塗料をロールコーターで化成処理皮膜上、もしくは下塗り塗膜上に塗布し、加熱開始60秒後に到達板温が230℃となる加熱処理を行い、表3に示す種々の塗膜を形成した。
【0043】
作製した試験板から150mm×50mmサイズのサンプルを切り出し、長さ60mmのクロスカット傷を付与し、端面および裏面をマスクしたのち、SAE J2334規格に基づいて、下記条件のサイクル腐食試験を120サイクル実施した。
【0044】
<サイクル条件>
塩水浸漬(0.5質量%NaCl+0.1質量%CaCl+0.075質量%NaHCO、15分)→乾燥工程(RH 50%、60℃、17時間45分)→湿潤工程(RH 90%、50℃、6時間)
腐食後のサンプルに対し、クロスカットを8つの領域に区分し、各領域における最大塗膜膨れ幅を、ルーペを用いて測定し、8点平均値を各サンプルの膨れ幅として、下記の3ランクにて評価した。
◎: 最大塗膜膨れ幅0.1mm未満
〇:0.1mm以上0.3mm未満
×:0.3mm以上
各試験材の塗膜下腐食の評価結果を表3に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
表3の結果から、マイクロカプセルに内包された水溶液のpHが8~13の範囲であり、かつマイクロカプセルの含有量が塗膜の質量に対し1.0~30質量%であれば、塗膜下腐食の抑制に有効である。また、マイクロカプセルに内包される水溶液中にpKa値が7~14である酸の1種以上を、合計で0.010mol%以上含有すれば、より優れた塗膜下腐食抑制効果が得られる。