IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋紡株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-陰イオン吸着シート 図1
  • 特許-陰イオン吸着シート 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】陰イオン吸着シート
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/08 20060101AFI20221025BHJP
   D04H 1/407 20120101ALI20221025BHJP
【FI】
B01J20/08 C
D04H1/407
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021000025
(22)【出願日】2021-01-04
(62)【分割の表示】P 2016174271の分割
【原出願日】2016-09-07
(65)【公開番号】P2021070028
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2021-01-04
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 茂
(72)【発明者】
【氏名】石川 雅洋
(72)【発明者】
【氏名】西岡 国夫
【審査官】谷本 怜美
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-137801(JP,A)
【文献】特開平10-165489(JP,A)
【文献】特開2015-161667(JP,A)
【文献】特開2015-028473(JP,A)
【文献】特開2004-358396(JP,A)
【文献】特開2007-098366(JP,A)
【文献】特開2005-296932(JP,A)
【文献】特開2010-270368(JP,A)
【文献】特開平10-052478(JP,A)
【文献】特開平09-038643(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0207196(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/34
D04H 1/407
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材と、この繊維基材に形成されるバインダー樹脂層とを有し、
一般式:[Mg2+ 1-xAl3+ (OH)x+[(An-x/n・mHO]x-(An-はn価のアニオン、0.20≦x≦0.33)で表され、個数平均粒子径が0.2μm以上5μm以下である合成ハイドロタルサイト様物質が、前記バインダー樹脂を介して前記繊維基材に固定されており、
透水係数が0.01cm/sec以上、0.3cm/sec以下であり、
前記合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径と、前記繊維基材中の繊維の平均繊維径との比(個数平均粒子径:平均繊維径)が、1:5~1:14であり、
前記バインダー樹脂層が、前記繊維基材の厚さ方向に表面から途中までに形成されることを特徴とする陰イオン吸着シート。
【請求項2】
前記繊維基材内部で前記バインダー樹脂が固着していない部分は、前記繊維基材全体で前記バインダー樹脂が固着していない部分の10%以上、95%以下である請求項1に記載の陰イオン吸着シート。
【請求項3】
n-がNO 、CO 2-、ClおよびSO 2-から選択される少なくとも1以上である請求項1または2に記載の陰イオン吸着シート。
【請求項4】
単一種のAn-の含有率が、An-の総モル中、70モル%以上である請求項1~3のいずれか一項に記載の陰イオン吸着シート。
【請求項5】
目付が10g/m以上2500g/m以下であり、厚さが0.5mm以上30mm以下である請求項1~4のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
【請求項6】
固定化される前記合成ハイドロタルサイト様物質の乾燥付着量が10g/m以上400g/m以下である請求項1~5のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
【請求項7】
前記バインダー樹脂と前記合成ハイドロタルサイト様物質の質量比(バインダー樹脂(固形分)/合成ハイドロタルサイト様物質)が0.4以上5以下である請求項1~6のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
【請求項8】
前記バインダー樹脂層が、微多孔性バインダー樹脂層である請求項1~のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陰イオンの吸着性能に優れた吸着シートに関するものである。
【背景技術】
【0002】
六価クロム、セレン、砒素、フッ素、ホウ素等の重金属等は、自然の岩石・土壌中に含まれており、特に火山活動や地殻変動の活発な日本においては、これらの自然由来重金属等が高濃度で各地に偏在している場合がある。仮に、このような高濃度域において建設工事を実施しようとすると、自然由来重金属等含有土壌を掘削する場合や、盛立・埋立する場合に、人への健康被害が発生する可能性がある。そのため建設工事を実施する場合には、これらの自然由来重金属等の溶出を防ぐ有効な対策を講じる必要がある。
【0003】
また、半導体製造工程においては、シリコンウェハーの洗浄液やシリコン酸化膜のエッチング剤として、主としてフッ素が使用されており、使用後のフッ素を含む廃液を如何に安全に効率よく処理するかが課題となっている。
【0004】
これら六価クロム、セレン、砒素、フッ素、ホウ素等の陰イオン系有害物質の吸着性能に優れた吸着剤として、例えば、特許文献1に記載の合成ハイドロタルサイト様物質が提供されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4036237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の合成ハイドロタルサイト様物質をそのまま土壌や水中に投入すると、陰イオン系有害物質を固定した後の合成ハイドロタルサイト様物質を回収するのが困難なため、大規模での処理には不向きであることが分かった。そこで、バインダー樹脂を介して前記合成ハイドロタルサイト様物質を繊維製の基材に担持させることにより、合成ハイドロタルサイト様物質をより回収しやすくできないか検討した。しかし、前記ハイドロタルサイト様物質は、合成後一旦乾燥すると、二次凝集して粒径が20~30μm程度にまで大きくなってしまうため、乾燥後の合成ハイドロタルサイト様物質をそのまま使用すると、バインダー樹脂中での合成ハイドロタルサイト様物質の分散性が悪くなり、合成ハイドロタルサイト様物質が繊維基材に均一に固定されないことがわかった。
【0007】
このような状況下、本発明は、前記合成ハイドロタルサイト様物質が、繊維基材から脱落しにくく、バインダー樹脂層に均一に固定された陰イオン吸着シートの提供を課題として掲げた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、所定の個数平均粒子径に調整した合成ハイドロタルサイト様物質を、バインダー樹脂を介して繊維基材に固定することにより、合成ハイドロタルサイト様物質が、繊維基材から脱落しにくくなる上、合成ハイドロタルサイト様物質がバインダー樹脂層に均一に固定された陰イオン吸着シートが得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明に係る陰イオン吸着シートは、以下の点に要旨を有する。
[1]繊維基材と、この繊維基材に形成されるバインダー樹脂層とを有し、
一般式:[Mg2+ 1-xAl3+ x(OH)2x+[(An-x/n・mH2O]x-(An-はn価
のアニオン、0.20≦x≦0.33)で表され、個数平均粒子径が0.2μm以上5μm以下である合成ハイドロタルサイト様物質が、前記バインダー樹脂を介して前記繊維基材に固定されていることを特徴とする陰イオン吸着シート。
[2]An-がNO3 -、CO3 2-、Cl-およびSO4 2-から選択される少なくとも1以上で
ある[1]に記載の陰イオン吸着シート。
[3]単一種のAn-の含有率が、An-の総モル中、70モル%以上である[1]または[2]に記載の陰イオン吸着シート。
[4]目付が10g/m2以上2500g/m2以下であり、厚さが0.5mm以上30mm以下である[1]~[3]のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
[5]固定化される前記合成ハイドロタルサイト様物質の乾燥付着量が10g/m2以上
400g/m2以下である[1]~[4]のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
[6]前記バインダー樹脂と前記合成ハイドロタルサイト様物質の質量比が0.4以上5以下である[1]~[5]のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
[7]前記バインダー樹脂層が、前記繊維基材の厚さ方向に表面から途中までに形成される[1]~[6]のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
[8]前記バインダー樹脂層が、微多孔性バインダー樹脂層である[1]~[7]のいずれか1項に記載の陰イオン吸着シート。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、合成ハイドロタルサイト様物質が繊維基材から脱落しにくく、バインダー樹脂層に均一に固定された陰イオン吸着シートが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】陰イオン吸着シートの断面を100倍に拡大したときのSEM写真である。
図2】陰イオン吸着シートの表面を500倍に拡大したときのSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳述するが、本発明において「陰イオン」とは、好ましくは六価クロム、セレン、砒素、フッ素またはホウ素を意味するものとする。
【0013】
<陰イオン吸着シート>
本発明に係る陰イオン吸着シートは、繊維基材と、この繊維基材に形成されるバインダー樹脂層とを有し、一般式:[Mg2+ 1-xAl3+ x(OH)2x+[(An-x/n・mH2O]x-(An-はn価のアニオン、0.20≦x≦0.33)で表され、個数平均粒子径が0.2μm以上5μm以下である合成ハイドロタルサイト様物質が、前記バインダー樹脂を介して前記繊維基材に固定されている点に特徴を有する。合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径を0.2μm以上5μm以下にまで小さくすることにより、バインダー樹脂を含有する加工用の塗料において、合成ハイドロタルサイト様物質の分散性が高まるため、合成ハイドロタルサイト様物質は、繊維基材に均一に固定される。また合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径を前記範囲内に調整することにより、合成ハイドロタルサイト様物質がバインダー樹脂によって繊維基材にしっかりと固定されるため、繊維基材からの脱落も抑制できる。
【0014】
<合成ハイドロタルサイト様物質>
合成ハイドロタルサイト様物質としては、一般式:[Mg2+ 1-xAl3+ x(OH)2x+[(An-x/n・mH2O]x-(An-はn価のアニオン、0.20≦x≦0.33)で表される層状鉱物が用いられ、例えば、特許第4036237号公報に記載の方法により合成されたハイドロタルサイト様物質が好ましく用いられる。特許第4036237号公報に記載の方法により合成されたハイドロタルサイト様物質のように、20nm以下の結晶子サイズを有する合成ハイドロタルサイト様物質は、特に陰イオンに対する選択吸着性に優れるため、本発明には好ましい。
【0015】
n-で表されるn価のアニオンは、好ましくはNO3 -、CO3 2-、Cl-およびSO4 2-
から選択される少なくとも1以上であり、特にセレン、砒素、フッ素またはホウ素等の陰イオンに対する吸着性能がより高いことから、An-はより好ましくはCl-である。
【0016】
本発明で用いる合成ハイドロタルサイト様物質は合成品であることから、An-の含有比率を細かく調整することが可能である。天然のハイドロタルサイトには2以上のAn-が様々な比率で混在しているが、合成ハイドロタルサイト様物質においては、単一種のAn-の含有率を、An-の総モル中、好ましくは70モル%以上、より好ましくは80モル%以上、更に好ましくは90モル%以上、特に好ましくは95モル%以上、好ましくは100モル%以下にコントロールすることができる。単一種のAn-の含有率を高めることにより、陰イオンに対する選択性を高めることが可能となる。
【0017】
合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径は、0.2μm以上5μm以下であり、より好ましくは0.5μm以上であり、更に好ましくは1μm以上であり、より好ましくは4μm以下であり、更に好ましくは3μm以下である。前述の通り、合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径が大きくなると、合成ハイドロタルサイト様物質が塗料中で沈んでしまい、ハイドロタルサイトを繊維基材に均一に固定することが難しくなる。また合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径が下限値を下回ると、バインダー樹脂により合成ハイドロタルサイト様物質の表面が被覆されやすくなり、合成ハイドロタルサイト様物質粒子がバインダー被膜に埋没して水と接触しにくくなるため、陰イオンの吸着量が低下する虞がある。
本発明において、合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径は、例えば、島津製作所製「SALD-7000」により測定することが可能である。また合成ハイドロタルサイト様物質は凝集しやすい性質を有しているため、本発明でいう「合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径」は、合成されたハイドロタルサイト様物質の凝集体の個数平均粒子径を意味する場合がある。
【0018】
合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径と、繊維基材中の繊維の平均繊維径との比(個数平均粒子径:平均繊維径)は、例えば、1:3~1:20が好ましく、より好ましくは1:4~1:16であり、更に好ましくは1:5~1:14である。合成ハイドロタルサイト様物質の個数平均粒子径を前記範囲内に調整することにより、繊維表面で合成ハイドロタルサイト様物質が重なり合うことなく、合成ハイドロタルサイト様物質の表面が露出し易くなるため、吸着性能の向上に寄与する。
【0019】
<繊維基材>
次に、繊維基材について説明する。繊維基材は、バインダー樹脂が基材内部にまで浸透するよう、繊維を一部または全部に含むシート状の部材であることが好ましく、陰イオン吸着シートを水中に浸漬した際に透水性に優れるよう、繊維を含む不織布から構成されることがより好ましい。前記不織布は、長繊維不織布、短繊維不織布のいずれであってもよく、不織布のウェブ形成には、乾式法(カーディング法)、湿式法、スパンボンド法、メルトブロー法等を適宜採用するとよい。ウェブの結合方法も特に限定されるものではなく、例えば、ニードルパンチ法、スパンレース法(水流絡合法)等の機械的絡合法;不織布層に予め低融点繊維を混繊しておき、この低融点繊維の一部又は全部を熱溶融させて、繊維交点を固着する方法(サーマルボンド法);等の各種結合方法を採用できる。本発明では、繊維基材を嵩高く、風合いをソフトに仕上げることができることから、ニードルパンチ法、水流絡合法等の機械的絡合法が好ましく、特にニードルパンチ不織布が好ましく採用できる。
【0020】
前記繊維基材に含まれる繊維としては、化学繊維が好ましい。具体的には、レーヨン、ポリノジック、キュプラ、リヨセル等の再生繊維;アセテート繊維、トリアセテート繊維等の半合成繊維;ナイロン6、ナイロン66等のポリアミド繊維;ポリエチレンテレフタレート繊維、ポリブチレンテレフタレート繊維、ポリ乳酸繊維、ポリアリレート等のポリエステル繊維;ポリアクリロニトリル繊維、ポリアクリロニトリル-塩化ビニル共重合体繊維等のアクリル繊維;ポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維等のポリオレフィン繊維;ビニロン繊維、ポリビニルアルコール繊維等のポリビニルアルコール系繊維;ポリ塩化ビニル繊維、ビニリデン繊維、ポリクラール繊維等のポリ塩化ビニル系繊維;ポリウレタン繊維;ポリエチレンオキサイド繊維、ポリプロピレンオキサイド繊維等のポリエーテル系繊維;等が好ましい。これらの繊維は、単独で使用しても、混繊して使用してもよい。
中でも、強度に優れることから、再生繊維や合成繊維が好ましく、より好ましくは、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、またはポリオレフィン繊維等の合成繊維であり、特に劣化が少ないことから、ポリエステル繊維が好ましく、ポリエチレンテレフタレート繊維が最適である。ポリエステル繊維は、繊維基材100質量%中、70質量%以上(より好ましくは90質量%以上、更に好ましくは95質量%以上)含まれている事が望ましい。
【0021】
繊維基材に使用される繊維は、中実繊維であっても中空繊維であってもよく、捲縮を有していても有していなくてもよい。また前記繊維は芯鞘型、偏心型等の複合繊維であってもよい。これらの繊維は単独で使用してもよく、また複数を混綿して使用してもよい。
【0022】
前記繊維基材を構成する繊維の平均繊維径は、例えば、0.4μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましく、10μm以上が更に好ましく、35μm以下が好ましく、より好ましくは30μm以下であり、さらに好ましくは25μm以下である。平均繊維径が下限値を下回ると、繊維が細かすぎて繊維間が密になり、透水性が悪化する虞がある。また上限値を上回ると、繊維間が粗になり、合成ハイドロタルサイト様物質を均一に固着できない可能性があるため好ましくない。
なお平均繊維径は、例えば、目視や、繊維を構成する素材の繊度及び密度などに基づき計算により求めることができる。
【0023】
塗料の浸透性を決める因子として、繊維基材の見掛け密度が挙げられる。繊維基材の見掛け密度は、例えば、0.01g/cm3以上が好ましく、より好ましくは0.05g/cm3以上であり、更に好ましくは0.07g/cm3以上であり、0.3g/cm3以下が好ましく、0.25g/cm3以下がより好ましく、0.2g/cm3以下が更に好ましい。繊維基材の見掛け密度が前記範囲内であれば、塗料を繊維基材内部にまで浸透させることができるため、繊維基材内部でも合成ハイドロタルサイト様物質がバインダー樹脂により固定され、合成ハイドロタルサイト様物質の脱落が抑制された陰イオン吸着シートが得られやすくなる。なお、繊維基材の見掛け密度の測定方法は、繊維基材の目付を厚さで除すことで求めることができる。
【0024】
また、見掛け密度を上記範囲内に調整するためには、繊維基材の目付と厚さのバランスが重要となる。前記繊維基材の目付は、例えば、10g/m2以上が好ましく、50g/m2以上がより好ましく、150g/m2以上が更に好ましく、1000g/m2以下が好ましく、700g/m2以下がより好ましく、500g/m2以下が更に好ましい。目付を前記範囲内に調整することにより、所望量の合成ハイドロタルサイト様物質を固着することが可能になる。
【0025】
前記繊維基材の厚さは、例えば、10mm以下が好ましく、8mm以下がより好ましく、6mm以下が更に好ましい。下限は特に限定されないが、例えば、0.5mm以上が好ましく、1mm以上がより好ましく、2mm以上が更に好ましい。繊維基材の厚さを前記範囲内に調整することで、所望量の合成ハイドロタルサイト様物質を固着することが可能になる。また用途によっては、繊維基材を薄くして複数枚の陰イオン吸着シートを厚さ方向に積層しやすくしてもよい。
【0026】
<塗料>
次に繊維基材に塗布する塗料について説明する。塗料とは、合成ハイドロタルサイト様物質とバインダー樹脂とを含む液体である。固形の合成ハイドロタルサイト様物質は、前記塗料中にほぼ均一に分散されていることが好ましい。
【0027】
本発明において、陰イオン吸着シートに固着するバインダー樹脂(固形分)と合成ハイドロタルサイト様物質の質量比(バインダー樹脂(固形分)/合成ハイドロタルサイト様物質)は、好ましくは0.4以上、より好ましくは0.5以上、更に好ましくは0.6以上であり、より更に好ましくは0.7以上であり、上限は特に限定されないが、好ましくは5以下であり、より好ましくは3以下であり、更に好ましくは2以下であり、より更に好ましくは1.5以下であり、特に好ましくは1.2以下である。合成ハイドロタルサイト様物質の配合比率を前記範囲内に調整することにより、バインダー樹脂に合成ハイドロタルサイト様物質がしっかりと固定されるため、合成ハイドロタルサイト様物質が繊維基材から脱落することを抑制できる。また、合成ハイドロタルサイト様物質の表面がバインダー樹脂に完全に被覆されることも防止できるため、合成ハイドロタルサイト様物質の表面が外部に露出し、所望の陰イオンの吸着性能も発揮される。
【0028】
前記塗料は、安価であり、且つ、環境に対する負荷が少ないことから、水を分散媒とするエマルジョン系が好ましい。
【0029】
バインダー樹脂としては、通常、不織布の接着用途で用いる樹脂を適宜使用するとよいが、例えば、酢酸ビニル単量体を構成単位に含む酢酸ビニル系バインダー、(メタ)アクリル酸及び/又は(メタ)アクリル酸エステルの共重合体であるアクリル系バインダー、合成ゴム系(例えば、ブタジエン-スチレン系、ブタジエン-アクリロニトリル系、クロロプレン系)バインダーが好ましい。中でも、接着強度が高いという利点を有するため、アクリル系バインダーが好ましい。
【0030】
前記(メタ)アクリル酸エステルとしては、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸sec-ブチル、アクリル酸tert-ブチル、アクリル酸2,2-ジメチルプロピル、アクリル酸シクロヘキシル、アクリル酸-2-tert-ブチルフェニル、アクリル酸2-ナフチル、アクリル酸フェニル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸n-ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸sec-ブチル、メタクリル酸tert-ブチル、メタクリル酸2,2-ジメチルプロピル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸-2-tert-ブチルフェニル、メタクリル酸2-ナフチル、メタクリル酸フェニル等のラジカル重合性単量体が例示できる。
【0031】
前記アクリル系バインダーのガラス転移温度は、-10~50℃が好ましく、より好ましくは0~40℃である。
【0032】
合成ハイドロタルサイト様物質の含有量は、塗料100質量%中、0.1~90質量%が好ましく、0.5~50質量%がより好ましく、1~40質量%が更に好ましい。
【0033】
塗料には、本発明の効果を阻害しない程度で、起泡剤、消泡剤、分散剤、増粘剤、着色料、防腐剤等の添加物が含まれていてもよい。
【0034】
<製造方法>
本発明に係る陰イオン吸着シートは、特に限定されるものではないが、例えば、前記塗料を前記繊維基材に含浸させる、或いは、前記塗料を前記繊維基材の片面に塗布することにより製造される。含浸法では、繊維基材の一方面から他方面にまで繊維基材の内部全体に塗料が付着するため、より多量に合成ハイドロタルサイト様物質を繊維基材に固定でき、陰イオンの吸着量が増大するため好ましい。一方、前記塗料を前記繊維基材の片面に塗布する場合には、繊維基材の内部に塗料が付着しない部分(より好ましくは層)が形成されるため、この繊維基材中の塗料が付着していない部分において、繊維基材自体が本来有する透水性が発揮され、陰イオン吸着シートを水に浸漬したときに大量の処理が可能となる。図1は、陰イオン吸着シートの断面を100倍に拡大したときのSEM写真であるが、片面塗布の場合には、下側の白く光る部分には吸着剤を含有するバインダー樹脂が固着せず、この部分が透水性に寄与することとなる。
【0035】
塗料を繊維基材の片面に塗布する場合には、バインダー樹脂層が、繊維基材の厚さ方向に表面から途中までに形成されることになるが、陰イオン吸着シートにおいて、繊維基材内部にバインダー樹脂が固着していない部分は、例えば、繊維基材全体の10%以上であることが好ましく、より好ましくは45%以上であり、更に好ましくは60%以上であり、上限は特に限定されないが、95%以下が好ましく、90%以下であっても問題ない。なおバインダー樹脂が固着していない部分の比率は、例えば、繊維基材の厚さと、繊維基材の厚さ方向におけるバインダー樹脂が固着していない部分の厚さの比率から求めることが可能である。
【0036】
塗料を、繊維基材の片面に塗布する方法は特に限定されるものではなく、グラビア法、ロータリープリント法等一般的な塗布法を用いるとよい。塗料を塗布するときは、リバースコーター、キスロールコーター、ナイフコーター等の各種設備を用いるとよく、本発明では特にナイフコーターが好ましい。なお後述する発泡性塗料を使用する場合には、塗料中の気泡をできるだけ壊さないようにする点に注意が必要である。
【0037】
また、陰イオン吸着シートの製造において、前記塗料は、発泡性であっても非発泡性であっても差し支えないが、好ましくは発泡性である。発泡性の塗料を用いると、固化した塗料中には、発泡性塗料の気泡に由来する細かな微多孔が形成される。
【0038】
図2に、陰イオン吸着シートの表面を500倍に拡大したときのSEM写真を示す。図2中の丸囲みの部分にあるように、発泡性の塗料を使用すると、固化後のバインダー樹脂層に微多孔(細かな穴)が形成される。この微多孔の存在により、陰イオン吸着シートの透水性が更に高まるため、大量の水処理に寄与する。更にこの微多孔の存在により、合成ハイドロタルサイト様物質の表面が表に露出しやすくなるため、水との接触頻度が高まる。そのため、発泡性を有しない塗料を塗布する場合に比べ、陰イオンの回収効率を高めることも可能となる。加えて、塗料を発泡性にしておけば、塗料中の気泡が、塗料が繊維基材の内部奥深くにまで浸透することを遮り、塗料の一部のみが繊維基材に浸透し、残りは繊維基材の表面に気泡を形成した状態で固化するため、繊維基材の内部に塗料が付着しない部分(より好ましくは層)が形成されやすくなる。そのため特に発泡性塗料の使用は、塗料を繊維基材の片面に塗布する場合には好ましい方法である。また陰イオン吸着シートの表面には、発泡性塗料中の気泡が一部、固化後も、気泡が破泡した連通状の状態で残っていてもよい。
【0039】
前記塗料は、好ましくは機械的発泡等により発泡した状態、または発泡剤を含む状態で繊維基材に付与されることが好ましい。発泡倍率の調整が容易なことや、発泡のタイミングを制御できることから、少なくとも機械発泡を行うことが好ましい。また発泡の条件を考慮して、機械発泡と化学発泡の両発泡法にて塗料を発泡させても構わない。
【0040】
また発泡状態の塗料を塗布する際、発泡状態の塗料は、未発泡のものに比べ、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、更に好ましくは3倍以上、特に好ましくは5倍以上、好ましくは20倍以下、より好ましく15倍以下、更に好ましく10倍以下、特に好ましくは9倍以下に起泡してから繊維基材に付与されることが好ましい。発泡倍率を前記範囲内に調整することにより、塗料の浸透の程度や微多孔の形成量をコントロールし易くなる。
【0041】
前記塗料の塗布量(WET付量)は、固着させたい合成ハイドロタルサイト様物質の量に応じて適宜調整すると良いが、例えば、50g/m2以上が好ましく、より好ましくは100g/m2以上であり、600g/m2以下が好ましく、より好ましくは550g/m2以下である。
【0042】
前記塗料塗布後には、繊維基材を乾燥する。乾燥工程での温度は、例えば、100℃以上170℃以下が好ましく、より好ましくは110℃以上160℃以下である。乾燥温度が低すぎると、塗料中の水分が蒸発しにくくなる。またアクリル系バインダーを使用する場合には、硬化のために、高温での実施が好ましい。また乾燥時間は、例えば0.5~5分が好ましく、より好ましくは1~3分である。
【0043】
陰イオン吸着シートにおいて、バインダー樹脂は、陰イオン吸着シートに固着するバインダー樹脂100質量%中、90質量%以上、より好ましくは93質量%以上、更に好ましくは95質量%以上が繊維基材内部で固着していることが望ましい。上限は特に限定されないが、100質量%以下が好ましい。バインダー樹脂が繊維基材の内部で固定化されれば、外部からの摩擦に対し、優れた耐摩耗性が発揮され、脱落の少ない陰イオン吸着シートが得られる。
【0044】
陰イオン吸着シートに固着する合成ハイドロタルサイト様物質の合計量は、乾燥付着量で10g/m2以上が好ましく、より好ましくは15g/m2以上であり、更に好ましくは20g/m2以上であり、特に好ましくは35g/m2以上である。上限は特に限定されないが、400g/m2以下が好ましく、より好ましくは200g/m2以下であり、更に好ましくは120g/m2以下であり、80g/m2以下であってもよい。合成ハイドロタルサイト様物質の量が前記範囲内であれば、所望の性能を発揮し得る陰イオン吸着シートが得られる。
【0045】
陰イオン吸着シートの透水係数は、0.01cm/sec以上が好ましく、繊維基材の厚さや目付にもよるが、例えば、0.3cm/sec以下であり、0.2cm/sec以下であってもよい。透水係数が大きくなるほど、一度に大量の処理が可能となるため好ましい。なお透水係数は、例えば、JIS A1218-1998に準じて測定することが可能である。
【0046】
このようにして製造された陰イオン吸着シートの目付は、陰イオン吸着シートの用途及び使用環境を考慮して適宜調整するとよいが、例えば、10g/m2以上がよく、好ましくは100g/m2以上、より好ましくは200g/m2以上、更に好ましくは300g/m2以上であり、2500g/m2以下が好ましく、1000g/m2以下がより好ましく、更に好ましくは750g/m2以下であり、より更に好ましくは650g/m2以下である。
【0047】
陰イオン吸着シートの厚さは、例えば、30mm以下が好ましく、10mm以下がより好ましく、7mm以下が更に好ましく、6mm以下がより更に好ましい。下限は特に限定されないが、例えば、0.5mm以上が好ましく、1mm以上がより好ましく、2mm以上が更に好ましい。繊維基材の厚さを前記範囲内に調整することで、所望量の合成ハイドロタルサイト様物質を固着することが可能になる。
【0048】
なお使用用途によっては、厚さや目付を調整するために、本発明の陰イオン吸着シートは、繊維シートと複合一体化されてもよい。前記繊維シートとしては、例えば、本発明の陰イオン吸着シートや合成ハイドロタルサイト様物質が繊維基材に固定されていない不織布等の繊維基材等が挙げられる。陰イオン吸着シートとこれらの繊維シートとは、ニードルパンチ法等の機械的絡合法;呉羽テック社製「ダイナック(登録商標)」に代表される熱融着性不織布を介しての熱接着;接着剤を介して接着;等、種々の接合手段により一体化されていることが好ましい。
【0049】
<用途>
本発明の陰イオン吸着シートは、六価クロム、セレン、砒素、フッ素、ホウ素等の陰イオン系有害物質の固定化に有効である。本発明の陰イオン吸着シートは、例えば、建設工事現場において、前記陰イオン系有害物質を含有する盛土の基礎として使用されてもよく、半導体製造工場などから排出されるフッ素イオン含有廃液の吸着処理材として使用することができる。
【実施例
【0050】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。なお、以下においては、特に断りのない限り、「部」は「質量部」を、「%」は「質量%」を意味する。
【0051】
本実施例で用いた測定装置は以下の通りである。
陰イオン濃度の測定:誘導結合プラズマ質量分析装置(アジレント・テクノロジー社製「ICP-MS(型式:Agilent7700)」)
個数平均粒子径の測定:レザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所製「SALD-7000」)
【0052】
<実施例1~10>
合成ハイドロタルサイト様物質として、An-がCl-であり、該Cl-の含有率が、An-の総モル中100モル%である塩素型の合成ハイドロタルサイト(ビーズ分散前の個数平均粒子径:5.6μm)を用いた。合成ハイドロタルサイト様物質が30質量%、分散剤等の固形分が10質量%となるようにしてこれらを水に撹拌し、得られた混合液をビーズ分散機で、ガラス製ビーズ(ビーズ直径:5~10mm)を一定時間接触させた。その後、増粘剤を加えて粘度を調整することにより、個数平均粒子径が2.8μmの合成ハイドロタルサイト様物質分散液を作製した(合成ハイドロタルサイト様物質濃度:30質量%)。
そこへ、水を分散媒とするアクリル系バインダー(日本合成化学工業社製「モビニール(登録商標)710A」、固形分41%、粘度200~700mpas)及び少量の起泡剤を加え、機械発泡にて発泡倍率3~5倍にまで発泡させて発泡性塗料とした。
この発泡性塗料を、ポリエステル製スパンボンド不織布(東洋紡社製「945RHB」、スパンボンド不織布を構成する繊維の平均繊維径24μm、目付450g/m2、厚さ4.0mm)、或いは、ポリエステル製スパンボンド不織布(東洋紡社製「ODS300」、スパンボンド不織布を構成する繊維の平均繊維径16μm、目付300g/m2、厚さ3.0mm)の片面に塗布し、その後130℃で乾燥させて、微多孔を有する陰イオン吸着シートを得た。
なお実施例1~10では、バインダー樹脂層は、繊維基材の厚さ方向に表面から途中までに形成されており、バインダー樹脂が塗布されていない部分は、基材全体の72%であった。
【0053】
<比較例1>
ビーズミルによる分散を実施しないこと以外は、実施例1と同様にして発泡性塗料を作製したが、発泡性塗料中で合成ハイドロタルサイト様物質は沈降してしまい、発泡性塗料を不織布に塗布することが出来なかった。
【0054】
<吸着試験>
吸着試験では、各種試薬を計量し、イオン交換水に溶解させ、陰イオン含有標準液を作製した。陰イオン含有標準液100mlを容器に入れ、そこへ、実施例で得た陰イオン吸着シートのサンプル品を加え、マグネチックスターラーで、水温を20℃に保ったまま表に示す吸着時間の間撹拌を続けた。サンプル品を浸漬する前の標準液中の陰イオン濃度(初期濃度)と、吸着時間経過後の陰イオン濃度(平衡濃度)を用いて、陰イオンの吸着率及び分配係数(Kd)を求めた。
吸着試験で使用した試薬は、H3BO3、ヒ素標準液、セレン標準液である。
またサンプル品の大きさは、ホウ素を吸着対象にする場合には合成ハイドロタルサイト様物質の総量が0.5gとなるように、砒素・セレンを吸着対象にする場合には総量が0.125gとなるようにした。
【0055】
陰イオンの吸着率及び分配係数(Kd)の算出に際しては、式(i)~(ii)を用いた。
陰イオンの吸着率(%)=〔(Cα)-(C)〕/(Cα)×100 …(i)
Kd=〔(Cα)-(C)〕/(C)×V/M …(ii)
なお上記式(i)~(ii)において、
Cαは、試験前の陰イオン濃度、
Cは、試験後の陰イオン濃度、
Vは、試験に用いた標準液の量(ml)、
Mは、合成ハイドロタルサイト様物質塗布量(g)、を意味する。
【0056】
<透水試験>
透水係数は、JIS A1218-1998に準じて測定した。なお繊維基材(東洋紡社製「ODS300」)自体の透水係数は、0.22cm/secであった。
【0057】
結果を表1~2に示す。なお表中「NLDH」は合成ハイドロタルサイト様物質を意味する。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
図1
図2