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特許7164034磁性体の劣化予測装置および磁性体の劣化予測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】磁性体の劣化予測装置および磁性体の劣化予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/83 20060101AFI20221025BHJP
【FI】
G01N27/83
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021525952
(86)(22)【出願日】2020-05-14
(86)【国際出願番号】 JP2020019232
(87)【国際公開番号】W WO2020250617
(87)【国際公開日】2020-12-17
【審査請求日】2021-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2019111571
(32)【優先日】2019-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100104433
【弁理士】
【氏名又は名称】宮園 博一
(72)【発明者】
【氏名】山下 光夫
(72)【発明者】
【氏名】児玉 博明
(72)【発明者】
【氏名】野地 健俊
(72)【発明者】
【氏名】篠原 真
【審査官】村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-213973(JP,A)
【文献】特開2008-026126(JP,A)
【文献】特開2008-292213(JP,A)
【文献】特開2006-027888(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0247226(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/72-27/9093
B66B 5/00-7/12
G01N 3/00-3/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象である磁性体の影響を受けた磁界を検出してセンサ信号を出力する第1磁気センサと、
前記センサ信号に基づいて、前記磁性体の劣化度合いを示す劣化スコアを算定する劣化スコア算定手段と、
前記劣化スコアを記憶する劣化スコア記憶部と、
検査対象である前記磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、前記第1磁気センサと同種であり、かつ、前記第1磁気センサと異なる第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された前記劣化スコアの集合を含む、前記劣化度合いの変化を示す劣化予測モデルを記憶する劣化予測モデル記憶部と、
検査対象である前記磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、前記第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された前記劣化スコアの集合を含む前記劣化予測モデルを、複数時点の前記劣化スコアに基づいて更新することにより更新後の劣化予測モデルを取得する劣化予測モデル更新手段と、
前記更新後の劣化予測モデルから、将来の劣化スコアまたは前記磁性体の寿命を推定する劣化スコア予測手段と、を備える、磁性体の劣化予測装置。
【請求項2】
前記劣化予測モデル更新手段は、突発事象を検知した場合は、その後の複数時点の前記劣化スコアに基づいて前記劣化予測モデルを更新することにより前記更新後の劣化予測モデルを取得する、請求項1に記載の磁性体の劣化予測装置。
【請求項3】
前記磁性体はワイヤロープである、請求項1または2に記載の磁性体の劣化予測装置。
【請求項4】
前記磁性体における注目する所定区間および前記劣化予測モデルのうち少なくとも一方を登録するための登録部を備える、請求項1~3のいずれか1項に記載の磁性体の劣化予測装置。
【請求項5】
前記突発事象は、地震、火災、落雷、浸水およびメンテナンスのうち少なくとも1つを含む、請求項2に記載の磁性体の劣化予測装置。
【請求項6】
前記第1磁気センサは、全磁束法により前記磁界を検出することを特徴とする、請求項3~5のいずれか1項に記載の磁性体の劣化予測装置。
【請求項7】
前記劣化予測モデルは、前記ワイヤロープと同種のワイヤロープに複数時点において負荷を加えるたびに、前記第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された前記劣化スコアの集合を含む、請求項3~5のいずれか1項に記載の磁性体の劣化予測装置。
【請求項8】
第1磁気センサによって、検査対象である磁性体の影響を受けた磁界を検出してセンサ信号を取得するセンサ信号取得ステップと、
前記センサ信号に基づいて、前記磁性体の劣化度合いを示す劣化スコアを算定する劣化スコア算定ステップと、
検査対象である前記磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、前記第1磁気センサと同種であり、かつ、前記第1磁気センサと異なる第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された前記劣化スコアの集合を含む、前記劣化度合いの変化を示す劣化予測モデルを複数時点の前記劣化スコアに基づいて更新することにより更新後の劣化予測モデルを取得する劣化予測モデル更新ステップと、
前記更新後の劣化予測モデルから、将来の劣化スコアを推定する劣化スコア推定ステップと、
検査対象である前記磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、前記第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された前記劣化スコアの集合を含む前記劣化予測モデルを準備する劣化予測モデル準備ステップと、を備える、磁性体の劣化予測方法。
【請求項9】
前記劣化予測モデル更新ステップは、突発事象を検知した場合は、その後の複数時点の前記劣化スコアに基づいて前記劣化予測モデルを更新することにより前記更新後の劣化予測モデルを取得する、請求項8に記載の磁性体の劣化予測方法。
【請求項10】
前記劣化予測モデル準備ステップは、前記検査対象である前記磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えるたびに、前記第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された前記劣化スコアの集合を含む前記劣化予測モデルを準備する、請求項8または9に記載の磁性体の劣化予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体の劣化予測装置および磁性体の劣化予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ワイヤロープを組み込んだクレーン装置や、エレベータシステムの稼働履歴情報から、計算によりワイヤロープの寿命を予測する技術が知られている(例えば特許文献1)。また、ワイヤロープの一部に弱い個所を設けて、当該箇所の断線を検出することで、交換時期を予測する試みがなされている(例えば特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2014‐234260号公報
【文献】特開2010‐254394号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、稼働履歴情報からの予測や、あえて弱い個所を設ける方法は、検査対象のワイヤロープそのものの物理的状態を何ら検出するものではないため、より検査対象のワイヤロープの状態を反映した予測結果の取得により、適切なタイミングで交換することが課題となる。本発明の一側面では、当該課題を解決し、より高精度な磁性体の劣化予測装置および磁性体の劣化予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の態様による磁性体の劣化予測装置は、検査対象である磁性体の影響を受けた磁界を検出してセンサ信号を出力する第1磁気センサと、センサ信号に基づいて、磁性体の劣化度合いを示す劣化スコアを算定する劣化スコア算定手段と、劣化スコアを記憶する劣化スコア記憶部と、検査対象である磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、第1磁気センサと同種であり、かつ、第1磁気センサと異なる第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアの集合を含む、劣化度合いの変化を示す劣化予測モデルを記憶する劣化予測モデル記憶部と、検査対象である磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアの集合を含む上記劣化予測モデルを、複数時点の劣化スコアに基づいて更新することにより更新後の劣化予測モデルを取得する劣化予測モデル更新手段と、更新後の劣化予測モデルから、将来の劣化スコアを推定する劣化スコア予測手段と、を備える。
本発明の第2の態様による磁性体の劣化予測方法は、第1磁気センサによって、検査対象である磁性体の影響を受けた磁界を検出してセンサ信号を取得するセンサ信号取得ステップと、センサ信号に基づいて、磁性体の劣化度合いを示す劣化スコアを算定する劣化スコア算定ステップと、検査対象である磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、第1磁気センサと同種であり、かつ、第1磁気センサと異なる第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアの集合を含む、劣化予測モデルを複数時点の劣化スコアに基づいて更新することにより更新後の劣化予測モデルを取得する劣化予測モデル更新ステップと、更新後の劣化予測モデルから、将来の劣化スコアを推定する劣化スコア推定ステップと、検査対象である磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えることにより、第2磁気センサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアの集合を含む上記劣化予測モデルを準備する劣化予測モデル準備ステップと、を備える。
【発明の効果】
【0006】
本発明の第1の態様および第2の態様によれば、より高精度な磁性体の劣化予測装置および磁性体の劣化予測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】磁性体の劣化予測装置の全体像を説明する図である。
図2】磁気センサの構成を説明する図である。
図3】エレベータシステムへの適用を説明する図である。
図4】プログラムの動作の一例を示すフローチャートである。
図5】素線断線時のセンサ信号系列S(x)の波形を示す図である。
図6】劣化スコアDiの推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(構成の説明)
本発明の一実施形態について説明する。
本発明の一実施形態である磁性体の劣化予測装置は、図1に示すように、検査対象であるワイヤロープWの影響を受けた磁界を検出してセンサ信号Siを出力する磁気センサ10と、センサ信号Siを時系列データとして取得し、当該時系列のセンサ信号SiをワイヤロープWの位置に関するセンサ信号系列S(x)に変換してセンサ信号記憶部43に格納するとともに、当該センサ信号系列S(x)に基づいてワイヤロープWの劣化度合いを示す劣化スコアDiを算定する劣化スコア算定手段と、複数時点における劣化スコアD1,D2…Dnを記憶する劣化スコア記憶部41と、劣化度合いの変化を示す劣化予測モデルMoを記憶する劣化予測モデル記憶部42と、複数時点の劣化スコアに基づいて劣化予測モデルMoを更新することにより更新後の劣化予測モデルMaを取得する劣化予測モデル更新手段と、更新後の劣化予測モデルMaから、将来の劣化スコアDfを推定する劣化スコア予測手段と、更新後の劣化予測モデルMaおよび推定した将来の劣化スコアDfを表示するディスプレイ81と、劣化予測モデルMoを登録する登録部82とを備える。なお、ワイヤロープWは、請求の範囲の「磁性体」の一例である。また、本発明の一実施形態である磁性体の劣化予測装置は、コンピュータ100を含む。コンピュータ100は、CPU(Central Processing Unit)30、A/D変換器31、I/D変換器32、不揮発メモリ40および送受信部90を含む。また、CPU30、A/D変換器31、不揮発メモリ40および送受信部90は、アナログ信号をI/D変換するI/D変換器32を介して、互いに接続されている。
劣化スコア記憶部41、劣化予測モデル記憶部42、センサ信号記憶部43、およびプログラム記憶部50は、コンピュータ100の不揮発メモリ40内に設けられている。本実施形態における、劣化スコア算定手段、劣化予測モデル更新手段、劣化スコア予測手段は、プログラム記憶部50に記憶されたプログラムのモジュールである劣化スコア算定モジュール51、劣化予測モデル更新モジュール52、劣化スコア予測モジュール53をCPU30が読みだして実行することによりそれぞれ実現される。すなわち、劣化スコア算定モジュール51は、請求の範囲の「劣化スコア算定手段」の一例であり、劣化予測モデル更新モジュール52は、請求の範囲の「劣化予測モデル更新手段」の一例である。また、劣化スコア予測モジュール53は、請求の範囲の「劣化スコア予測手段」の一例である。本実施形態では、磁性体の劣化予測装置は、さらに、更新後の劣化予測モデルMaを表示するディスプレイ81と、劣化予測モデルMaを登録するための登録部82とを備える。登録部82は、タッチパネルを含み、ユーザからの操作を受け付けるように構成されている。すなわち、登録部82は、劣化予測モデルMaを登録可能に構成されている。
【0009】
(磁気センサ10の構成)
磁気センサ10は、図2に示すように、ワイヤロープWを整磁する整磁磁石11と、ワイヤロープWを挟むように配置された励振コイル12と、当該励振コイル12に交流電流を供給することにより、励振コイル12の間に交流磁界を発生させる励振制御部13と、当該励振コイル12とワイヤロープWとの間の空間に配置され、実質的にワイヤロープWがコイルの閉ループを横切るように配置された検知コイル14および検知コイル15と、検知コイル14、15を流れる電流の差分を出力する差動回路16と、差動回路16の出力となる電流を電圧に変換してセンサ信号Siとして出力する電流電圧変換回路17とを備える。磁気センサ10は、検査対象であるワイヤロープWの影響を受けた磁界を検出するように構成されている。
【0010】
図3に、磁性体の劣化予測装置をエレベータシステムEに適用した例を示す。エレベータシステムEは、ワイヤロープWの一端がエレベータのかごE1に結合され、他端がおもりE3に結合される。おもりE3が下方に移動すると、巻上機E2の回転力とワイヤロープWとの摩擦力によりワイヤロープWを駆動させエレベータのかごE1を昇降させる。
【0011】
図3に示す通り、磁気センサ10は、その本体内をワイヤロープWが通るように、エレベータのかごE1と、巻上機E2との間に配置される。
【0012】
(処理手順)
各プログラムの処理を図4のフローチャートに沿って説明する。
【0013】
(センサ信号取得ステップ210)
当該ステップでは、CPU30が、プログラム記憶部50から読みだした劣化スコア算定モジュール51を実行することにより、以下のように動作する。まず、CPU30により、A/D変換器31から現在のセンサ信号Siを取得するとともに、巻上機E2の現在の巻上げ位置Xを取得して、センサ信号Siと巻上げ位置Xとを対応付けて不揮発メモリ40内のセンサ信号記憶部43に格納する。この動作を、所定時間毎または所定の巻上げ位置X毎に実行する。これにより、ワイヤロープWの位置毎のセンサ信号系列S(X)が生成される。
センサ信号取得ステップ210は、他のステップと非同期に常時実行されていてもよいし、例えばエレベータシステムEの点検時にワイヤロープWを一通り移動させる際に実行して、次のステップ220以降に進むこととしてもよい。
また、センサ信号系列S(X)は、ワイヤロープWの据え付け時に取得したセンサ信号系列So(X)との差分をとることとすれば、劣化により生じた信号の変化のみを抽出できるため好ましいが、当該差分処理は必須ではない。
その他、複数時点のセンサ信号を取得して記憶する限りにおいて、当該ステップの実施態様を種々変更可能である。
【0014】
(劣化スコア算定ステップ220)
当該ステップでは、CPU30が、プログラム記憶部50から読みだした劣化スコア算定モジュール51を実行することにより、以下の通り実行される。
【0015】
まず、CPU30は、センサ信号記憶部43からセンサ信号系列S(X)を読み出す。本実施形態では、磁気センサ10として図2のような全磁束方式(全磁束法)すなわち、検知コイル14および15の閉ループ内を、検査対象のワイヤロープWが通る構成を採用しているので、ワイヤロープWの内部に素線断線がある場合でも、その断線により生じた磁界の変化が検知コイル14および15に流れる電流の変化となって表れる。したがって、ワイヤロープWに目視上の破断が見えていない状況から、センサ信号Si、すなわち、センサ信号系列S(X)に変化が現れるため、極めて高精度の劣化状態判定が可能となる。
【0016】
例えば、素線断線がある場所では、図5における(A)のような波形が観測される。また、ワイヤロープWの同一断面における素線断線の数が増加した場合は、図5における(B)のような波形が観測される。すなわち、素線断線の数が増加するにつれて、図5のような特徴的な波形の振幅が増加するため、素線断線の数を推定することが可能となる。
【0017】
本実施形態では、このようにして素線断線の数をワイヤロープWの注目する所定区間に渡って計算(推定)し、その素線断線の数の最大値を劣化スコアDiとして、センサ信号Siを取得した年月日とともに劣化スコア記憶部41に記憶する。これにより、複数時点における劣化スコアDiが劣化スコア記憶部41に蓄積される。注目する所定区間とは、例えば、ワイヤロープWのうち、滑車を少なくとも1回は通過する区間であって、負荷がかかるために、劣化予測が必要となる区間をいう。また、ワイヤロープWの注目する所定区間は、登録部82によって登録される。
なお、本実施形態では、劣化スコアDiをワイヤロープWの注目する所定区間のうち最大値としたが、これに限られない。例えば、各場所で算出した劣化スコア(素線断線の数)の合計値を劣化スコアDiとしてもよい。また、注目する区間をさらに区分して、当該小区分ごとに劣化スコアDiを算定してもよい。その他、磁気センサによって検出される信号をワイヤロープWの劣化度合いに変換したものである限りにおいて、種々のスコア算定方法を採用可能である。
【0018】
図6の(A)は、ワイヤロープWの標準品を、疲労試験機で繰り返し負荷を与えながら、磁気センサ10と同方式の磁気センサを用いて劣化スコア算定ステップ220を実行した時に得られた劣化スコアDiの推移である。横軸は試験回数、縦軸は劣化スコアDiを示す。
このグラフから、劣化スコアDiは、右肩上がりに増加していることが分かる。ただし、ワイヤロープWの外見上は、11000回を超えたあたりでようやく1本の素線断線が視認でき、13000回付近で2本目の素線断線が視認できたが、その後15000回付近で全破断に至っている。このように、外見上はワイヤロープWの劣化度合いを確認できないまま、突然全破断に至っている。しかしながら、外見上の変化がそれほど見られない間も、劣化スコアDiは右肩上がりに上昇を続けていることが確認できた。これは、ワイヤロープ内部で素線断線が進行していることを示している。
なお、本実施形態では、劣化予測モデルMoは、ワイヤロープWと同種のワイヤロープ(ワイヤロープWの標準品)に複数時点において負荷を加えるたびに、磁気センサ10と同種のセンサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアDiの集合を含む。
また、本実施形態による磁性体の劣化予測方法では、ワイヤロープWの標準品に複数時点において負荷を加えるたびに、磁気センサ10と同種のセンサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアDiの集合を含む劣化予測モデルMoを準備するステップを備える。
【0019】
また、グラフから、2500回付近までは信号に変化が見られず、内部破断が始まった後は、略直線的に素線断線の数が増加する傾向にある。従って、劣化予測モデルMoは、例えば、断線が検知された以降を直線近似するモデルとしてもよいことが分かる。
しかしながら、標準的な劣化予測モデルMoを準備しても、現場の装置によって、ワイヤロープWにかかる荷重やトルクや曲げ曲率などが様々異なる。
そこで、本実施形態では、劣化予測モデル更新ステップ230を実施する。
【0020】
(劣化予測モデル更新ステップ230)
当該ステップは、CPU30が、プログラム記憶部50から読みだした劣化予測モデル更新モジュール52を実行することにより、以下の通り実行される。
まず、CPU30は、劣化スコア記憶部41から、複数時点における劣化スコアDiを読み出すとともに、劣化予測モデル記憶部42から、標準的な劣化予測モデルMoを読み出す。
本実施形態では、標準的な劣化予測モデルMoは、図6(A)から求めた2直線近似モデルとし、あらかじめタブレット端末80(図1参照)の登録部82によりモデルのパラメータを入力すると、送受信部90を通じて、劣化予測モデル記憶部42に、標準的な劣化予測モデルMoとして記憶される。具体的には、標準的な劣化予測モデルMoは以下のようにあらわされる。
Di = Ax+B
0<x<=2500;A=0、B=0
2500>x;A=0.01、B=-25
ここで、xはエレベータシステムEの稼働回数を示す。稼働回数は、エレベータシステムEが現在の階を出発してから、目的階に到着するまでの動作を1回としてカウントする。
【0021】
ここで、エレベータシステムEを稼働している間、逐次劣化スコア算定ステップ220を実行すると、図6の(B)のような推移をしていたとする。この場合、11500回の時点で劣化が進行しているため、実際に観測されたDiがフィッティングするように、標準的な劣化予測モデルMoを更新して、更新後の劣化予測モデルMaを取得する。
Di = Ax+B
0<x<=2500;A=0、B=0
2500>x;A=0.004、B=-10
なお、前回作成(更新)した更新後の劣化予測モデルMaが、更新された複数時点の劣化スコアD1,D2...Dnがフィッティングするように逐次更新するようにしてもよい。その他、当初準備した劣化予測モデルMoを、その後に生成された劣化スコアDiに基づいて更新する限りにおいて、種々の方法を採用することができる。
また、本実施形態では、劣化予測モデルMoとして、2直線近似モデルとしたが、多次元近似曲線モデルや、スプライン近似モデルでもよい。その他、稼働回数に対して増加する関数となる限りにおいて、種々のモデルを選択可能である。
【0022】
ただし、地震や火災等、通常とは異なる負荷がワイヤロープWに加わった場合は、その時点を境にして、劣化スコアDiが非線形に変化する可能性もある。このような特別な事象の前後の劣化スコアDiにフィッティングするように更新後の劣化予測モデルMaを求めると、本来よりも極端に短い期間で破断に至ると予測してしまう可能性が高い。
【0023】
そこで、地震、火災等の突発事象の発生を示す突発情報を取得し、突発情報が発生した後の劣化スコアDiのみがフィッティングするように、標準的な劣化予測モデルMoを更新することとしてもよい。これにより、予測精度をより高めることができる。
なお、突発情報は、劣化スコアDiを直線近似する際に偏差が一定以上大きい劣化スコアDiの前に突発事象が発生したと判定することにより、突発情報を生成することとしてもよい。すなわち、突発情報は、外的要因の発生を別手段で検知した結果を用いてもよいし、劣化スコアDiの突発的な変化に基づいて判定してもよい。
ここでいう突発事象には、地震、火災、落雷、浸水およびメンテナンス等、検査対象となる磁性体に通常の運転状態とは異なる影響が加わる事象が含まれる。
【0024】
このようにして得られた更新後の劣化予測モデルMaと、現在までの劣化スコアDiの推移を、送受信部90を通じてタブレット端末80に送信し、タブレット端末80のディスプレイ81にグラフ表示すれば、メンテナンス担当者やビルオーナーが劣化度合いをリアルタイムに確認することができ、好ましい。特に、磁気センサ10やコンピュータ100は立ち入りが難しい場所に配置される可能性もあるため、インターネット回線(LTE回線)、電話回線等を通じた無線通信により、コンピュータ100とタブレット端末80とを通信可能とすることがより好ましい。
【0025】
(劣化スコア推定ステップ240)
このようにして得られた更新後の劣化予測モデルMaから、将来の劣化スコアDfを予測する。破断水準までのエレベータシステムEの稼働回数を予測する場合は、更新後の劣化予測モデルMaにより計算される将来の劣化スコアDfが閾値を超える回数xを求めればよい。当該閾値は、例えば図6の(A)の劣化スコアDiを取得する際のように、疲労試験機による試験により破断が確認されたエレベータシステムEの稼働回数に基づいて定めてもよい。これにより、ワイヤロープWの寿命予測が可能となる。逆に、所定の稼働回数後の劣化スコアDiを算出することに用いることもできる。このようにして得られた回数xをそのままディスプレイ81に表示してもよいし、当該装置の単位期間中の平均稼働回数に基づいて、回数xを日数に変換した値を表示してもよい。また、更新後の劣化予測モデルMaと、現在までの劣化スコアDiの推移のグラフとともに表示しても良い。
【0026】
なお、本実施形態では磁性体の劣化予測装置に対してワイヤロープWが動く系を示したが、ワイヤロープWに対して磁性体の劣化予測装置が動く系に適用してもよい。例えば、クレーンにおけるペンダントロープ、ロープウエイにおける支索、つり橋やPC橋梁などに取り付けられるハンガーロープやPCケーブルは固定されているが、使用環境において継続的に負荷が加わることによって、材料的に劣化を伴う磁性体であるため、磁性体の劣化予測装置を手動またはロボットにより走査させて劣化状態を測定することが有効である。その場合、稼働回数の代わりに、時間をパラメータとすればよい。
さらに、本実施形態では、検査対象である磁性体として、ワイヤロープWを例示したが、使用環境において継続的に負荷が加わることによって、材料的に劣化を伴う磁性体であれば特に対象を限定されない。例えば、ステンレスロープ、素線を撚りあわせたより線、薄板、角材、円筒状のパイプ、針金、チェーンでもよい。また、樹脂やめっきなどで被覆されたワイヤロープWでもよい。また、ワイヤロープWを構成部材とするケーブルなどでもよい。例えば、橋脚やコンクリート内の鉄筋の腐食による劣化の予測に適用してもよい。その場合、稼働回数の代わりに、時間をパラメータとすればよい。
さらに、本実施形態では、磁気センサ10は、エレベータのかごE1と、巻上機E2との間に配置される例を示したが、本発明における磁気センサの配置はこれに限定されない。滑車を通過する区間を測定できる位置であればどこでもよく、例えば、巻上機E2とおもりE3の間であっても良い。
さらに、本実施形態では、巻上機E2の回転力とワイヤロープWとの摩擦力によりワイヤロープWを駆動する例を示したが、ワイヤロープWの駆動方法はこれに限られない。例えば巻取など別の駆動方法であっても良い。
また、磁気センサ10によって局所的なキンクや内部さびが検出された場合は、本実施形態における劣化スコアDiと併せてタブレット端末80のディスプレイ81に表示しても良い。これによって、素線断線数による劣化スコアDiと独立したパラメータとして、メンテナンスの緊急性や処置内容を判断できる。
また、本実施形態では、劣化スコアDiの推移等を、送受信部90を通じてタブレット端末80に送信する例を示したが、これに限られない。タブレット端末ではなく、例えば、メンテナンス会社のPCや防災センターの中央監視盤等に送信してもよい。
また、本実施形態では、説明の便宜上、本発明の磁性体の劣化予測装置によるプログラムの動作を処理フローに沿って順番に処理を行うフロー駆動型のフローチャートを用いて説明したが、本発明はこれに限られない。本発明では、磁性体の劣化予測装置によるプログラムの動作を、イベント単位で処理を実行するイベント駆動型(イベントドリブン型)の処理により行ってもよい。この場合、完全なイベント駆動型で行ってもよいし、イベント駆動およびフロー駆動を組み合わせて行ってもよい。
【0027】
本明細書は、以下の発明を包含する。
(発明1)
検査対象である磁性体の影響を受けた磁界を検出してセンサ信号を出力する磁気センサと、前記センサ信号に基づいて、前記磁性体の劣化度合いを示す劣化スコアを算定する劣化スコア算定手段と、前記劣化スコアを記憶する劣化スコア記憶部と、前記劣化度合いの変化を示す劣化予測モデルを記憶する劣化予測モデル記憶部と、複数時点の前記劣化スコアに基づいて前記劣化予測モデルを更新することにより更新後の劣化予測モデルを取得する劣化予測モデル更新手段と、前記更新後の劣化予測モデルから、将来の劣化スコアを推定する劣化スコア予測手段と、を備える、磁性体の劣化予測装置。
(発明2)
前記劣化予測モデル更新手段は、突発事象を検知した場合は、その後の複数時点の前記劣化スコアに基づいて前記劣化予測モデルを更新することにより前記更新後の劣化予測モデルを取得する、発明1に記載の磁性体の劣化予測装置。
(発明3)
前記磁性体はワイヤロープである、発明1または2に記載の磁性体の劣化予測装置。
(発明4)
前記磁性体における注目する所定区間および前記劣化予測モデルのうち少なくとも一方を登録するための登録部を備える、発明1~3のいずれかに記載の磁性体の劣化予測装置。
(発明5)
前記突発事象は、地震、火災、落雷、浸水およびメンテナンスのうち少なくとも1つを含む、発明2に記載の磁性体の劣化予測装置。
(発明6)
前記磁気センサは、全磁束法により前記磁界を検出することを特徴とする、発明3~5のいずれかに記載の磁性体の劣化予測装置。
(発明7)
前記劣化予測モデルは、前記ワイヤロープと同種のワイヤロープに複数時点において負荷を加えるたびに、前記磁気センサと同種のセンサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアの集合を含む、発明3~5のいずれかに記載の磁性体の劣化予測装置。
(発明8)
磁気センサによって、検査対象である磁性体の影響を受けた磁界を検出してセンサ信号を取得するステップと、前記センサ信号に基づいて、前記磁性体の劣化度合いを示す劣化スコアを算定するステップと、複数時点の前記劣化スコアに基づいて前記劣化度合いの変化を示す劣化予測モデルを更新することにより更新後の劣化予測モデルを取得するステップと、前記更新後の劣化予測モデルから、将来の劣化スコアを推定するステップとを備える、磁性体の劣化予測方法。
(発明9)
前記劣化予測モデル更新ステップは、突発事象を検知した場合は、その後の複数時点の前記劣化スコアに基づいて前記劣化予測モデルを更新することにより前記更新後の劣化予測モデルを取得する、発明8に記載の磁性体の劣化予測方法。
(発明10)
前記検査対象の磁性体と同種の磁性体に複数時点において負荷を加えるたびに、前記磁気センサと同種のセンサから出力されたセンサ信号に基づいて算定された劣化スコアの集合を含む劣化予測モデルを準備するステップをさらに備える、発明8または9に記載の磁性体の劣化予測方法。
【符号の説明】
【0028】
磁気センサ 10
整磁磁石 11
励振コイル 12
励振制御部 13
検知コイル 14
検知コイル 15
差動回路 16
電流電圧変換回路 17
CPU 30
A/D変換器 31
I/D変換器 32
不揮発メモリ 40
劣化スコア記憶部 41
劣化予測モデル記憶部 42
センサ信号記憶部 43
プログラム記憶部 50
劣化スコア算定モジュール 51
劣化予測モデル更新モジュール 52
劣化スコア予測モジュール 53
タブレット端末 80
ディスプレイ 81
登録部 82
送受信部 90
コンピュータ 100
センサ信号取得ステップ 210
劣化スコア算定ステップ 220
劣化予測モデル更新ステップ 230
劣化スコア推定ステップ 240
エレベータシステム E
エレベータのかご E1
巻上機 E2
おもり E3
標準的な劣化予測モデル Mo
更新後の劣化予測モデル Ma
ワイヤロープ W
図1
図2
図3
図4
図5
図6