(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】クロマトグラフ質量分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20221025BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20221025BHJP
【FI】
G01N27/62 X
G01N30/72 C
(21)【出願番号】P 2021528567
(86)(22)【出願日】2019-06-20
(86)【国際出願番号】 JP2019024532
(87)【国際公開番号】W WO2020255340
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2021-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 一真
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-132799(JP,A)
【文献】特開昭61-159158(JP,A)
【文献】特開平04-274761(JP,A)
【文献】国際公開第2014/049823(WO,A1)
【文献】特表2002-527756(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0370889(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62-27/70
G01N 30/00-30/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の成分を分離するクロマトグラフ部と、該クロマトグラフ部で時間的に分離された各化合物について、該化合物由来の特定の質量電荷比を有するイオンに対する質量分析を実行する質量分析装置と、を具備するクロマトグラフ質量分析装置において、
クロマトグラム上でのピークの幅を分析パラメータの一つとしてユーザに入力させる分析条件設定部と、
クロマトグラム上での一つのピークに対応する適切なデータ点数の情報を記憶しておくデータ点数情報記憶部と、
前記分析条件設定部により入力されたピーク幅と前記データ点数情報記憶部に記憶されているデータ点数情報とから、クロマトグラムを作成するためのデータを取得するタイミングであるサンプリング時間間隔を算出するサンプリング時間間隔算出部と、
前記サンプリング時間間隔に従って前記質量分析装置においてイオン強度データを取得するように該質量分析装置の動作を制御する分析制御部と、
を備えるクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
前記分析条件設定部は、ピークの幅に加えて、測定時間範囲及び前記質量分析装置における所定の分析条件が規定された作業単位をユーザに複数設定させるものであり、
前記分析条件設定部により設定された複数の作業単位について測定時間範囲の重なりを判断して、時間帯毎に実施すべき作業単位の数を求める作業単位重なり情報抽出部と、
複数の作業単位が重なる時間帯について、前記サンプリング時間間隔を該複数の作業単位に分配して各作業単位を実施する時間を決定する作業単位時間割当て部と、
をさらに備える、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
前記作業単位時間割当て部は前記サンプリング時間間隔を、時間帯が重なる前記複数の作業単位に対して均等に分配する、請求項2に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)など、クロマトグラフと質量分析計とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中の多様な成分の定性や定量を行うために、従来、液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)等のクロマトグラフが広く利用されている。一般的な液体クロマトグラフでは、検出器としてフォトダイオードアレイ検出器などの光学的な検出器が使用されているが、近年、複数の化合物の分離性能がより高い、四重極型質量分析計等の質量分析計を液体クロマトグラフと組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置が通常の液体クロマトグラフの代わりに利用されることが多くなっている。
【0003】
一般に、クロマトグラフ質量分析装置を利用して目的化合物の定量を行う場合には、目的化合物がクロマトグラフのカラムから溶出して質量分析計に導入されると推定される保持時間を含む所定の測定時間範囲内で、その目的化合物に対応する質量電荷比(m/z)を有するイオンを選択的に検出するSIM(選択イオンモニタリング)測定が繰り返し行われる。
【0004】
試料中に目的化合物が含まれる場合、その目的化合物に対応する質量電荷比を対象とするSIM測定の繰り返しによって得られたイオン強度信号に基づいて作成されるクロマトグラム(抽出イオンクロマトグラム)には、目的化合物に対応する略山形状のピークが現れる。このピークの面積は、目的化合物の量又は濃度を反映している。そこで、クロマトグラム上でのピークの面積を計算し、その面積値を予め作成しておいた検量線に照らして定量値を算出する。
【0005】
上記のようなデータ処理において定量の精度を上げるには、ピーク面積を正しく求める必要がある。そのためには、クロマトグラムにおいてピークの形状の正確性が高いことが必要である。一般に、クロマトグラム波形は一定の時間間隔で以て得られるデータ(イオン強度値データ)により形成され、一つのピークを構成するデータの点数が少ないとそのピークの波形形状の精度が低下する(特許文献1等参照)。言い換えれば、定量精度を高めるには、クロマトグラム上のピーク波形の形状の正確性を高める必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-132799号公報
【文献】国際公開第2015/029101号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
データを取得する時間間隔(以下「サンプリング時間間隔」という)を短くすればピーク波形形状の正確性は高まるものの、サンプリング時間間隔を狭くすると、それだけ測定対象化合物由来のイオンに対応するデータ取込時間 (Dwell Time) が短くなるため、検出感度が低下することになる。このように、サンプリング時間間隔又は単位時間当たりのデータ点数は、分析性能に関連した重要なパラメータの一つである。
【0008】
これに対し、サンプリングレートつまりは1秒当たりのデータ点数を、パラメータの1つとしてユーザが予め設定できるようにしたクロマトグラフ質量分析装置が従来知られている。特許文献1にも記載されているように、一般的に、十分なピーク面積再現性を得るには、1つのピークに対して10点程度以上のデータ点数が必要であると言われている。そこで、ユーザはこうしたことを考慮して適切なサンプリングレートを決め、その値をパラメータとして入力すればよい。
【0009】
しかしながら、サンプリング時間間隔と同様に、サンプリングレートは視覚的に或いは直感的に理解しにくいパラメータである。そのため、質量分析装置におけるデータ処理の技術内容を或る程度理解しているオペレータでないと、適切な値を設定するのが難しい、或いは、設定ミスを生じ易い、という問題があった。
【0010】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、クロマトグラフ質量分析を行う際の分析条件の設定の作業負荷を軽減するとともに、特にクロマトグラフ質量分析に関する知識や経験が殆どないようなオペレータであっても比較的簡便に且つミス無くパラメータ設定を行うことができるクロマトグラフ質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明の一態様によるクロマトグラフ質量分析装置は、試料中の成分を分離するクロマトグラフ部と、該クロマトグラフ部で時間的に分離された各化合物について、該化合物由来の特定の質量電荷比を有するイオンに対する質量分析を実行する質量分析装置と、を具備するクロマトグラフ質量分析装置において、
クロマトグラム上でのピークの幅を分析パラメータの一つとしてユーザに入力させる分析条件設定部と、
クロマトグラム上での一つのピークに対応する適切なデータ点数の情報を記憶しておくデータ点数情報記憶部と、
前記分析条件設定部により入力されたピーク幅と前記データ点数情報記憶部に記憶されているデータ点数情報とから、クロマトグラムを作成するためのデータを取得するタイミングであるサンプリング時間間隔を算出するサンプリング時間間隔算出部と、
前記サンプリング時間間隔に従って前記質量分析装置においてイオン強度データを取得するように該質量分析装置の動作を制御する分析制御部と、
を備えるものである。
【0012】
上記クロマトグラフ部は、液体クロマトグラフ又はガスクロマトグラフである。また、質量分析装置は典型的には、四重極型質量分析装置又は三連四重極型質量分析装置である。
【0013】
また、上記クロマトグラムは典型的には、特定の質量電荷比若しくは特定の多重反応モニタリング(MRM)トランジション(プリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比との組合せ)における抽出イオンクロマトグラムである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様に係るクロマトグラフ質量分析装置では、オペレータ(ユーザ)が分析条件設定部により、クロマトグラムに現れると推定されるピーク幅の予想値を入力すると、サンプリング時間間隔算出部は、そのピーク幅の値と、データ点数情報記憶部に格納されている1ピーク当たりのデータ点数の情報と基づいて、サンプリング時間間隔を自動的に算出する。ここでいうサンプリング時間間隔は、一つのクロマトグラムを構成する複数のデータ(イオン強度データ)の時間間隔を決めるパラメータであり、その一つのデータは例えば、1回のSIM測定で得られる特定の質量電荷比を有するイオンの強度データ、1回のスキャン測定で得られる所定の質量電荷比範囲の中の特定の質量電荷比を有するイオンの強度データ、1回のMRM測定で得られる特定の質量電荷比を有するイオンの強度データ、などである。
【0015】
ピーク幅は、一般的に表示画面上に描出されるクロマトグラムから視覚的に把握できるものであるため、オペレータにとっては直感的に理解し易い。そのため、本発明の一態様に係るクロマトグラフ質量分析装置によれば、クロマトグラフ質量分析に関する知識が乏しい又はそうした分析の作業に不慣れであるオペレータであっても、簡便に且つミス無く適切なパラメータ値を設定することができ、そうした適切な分析条件の下での分析を実行することができる。即ち、本発明の一態様に係るクロマトグラフ質量分析装置によれば、分析に際しての分析条件の設定作業が簡便になり、操作性や作業性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施形態であるLC-MSの要部の構成図。
【
図2】本実施形態のLC-MSにおける分析条件設定画面の一例を示す図。
【
図3】本実施形態のLC-MSにおいて設定されるピーク幅とサンプリング時間間隔との関係を説明するための概念図。
【
図4】本実施形態のLC-MSにおける複数のイベントの測定時間範囲の関係を示す概念図。
【
図5】複数のイベントの測定時間範囲が重なっている場合の分析シーケンスの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態であるLC-MSについて、添付図面を参照して説明する。
【0018】
図1は、本実施形態のLC-MSの要部の構成図である。
本実施形態のLC-MSは、測定部としての液体クロマトグラフ部(LC部)1及び質量分析部(MS部)2と、制御部3と、入力部4と、表示部5と、データ処理部6と、を備える。
【0019】
LC部1は、移動相が貯留された移動相容器10、移動相を吸引して一定流量で送り出す送液ポンプ11、所定タイミングで試料を移動相中に注入するインジェクタ12、試料中の各種化合物を時間方向に分離するカラム13、などを含む。
【0020】
MS部2は、カラム13から溶出する液体試料に含まれる化合物をイオン化するイオン化部20、生成されたイオンを輸送するイオンガイド21、22、一つの化合物由来のイオンの中で特定の質量電荷比m/zを有するイオンを選択的に通過させる四重極マスフィルタ23、選択されたイオンを検出する検出器24、などを含む。イオン化部20は例えば大気圧雰囲気の下で液体試料中の化合物をイオン化するESI法等の大気圧イオン化法によるイオン源であり、チャンバ25の内部は段階的に真空度が高くなる複数の部屋に区画されている。
【0021】
LC部1及びMS部2をそれぞれ制御する制御部3は、機能ブロックとして、分析条件設定部30と、分析メソッド作成部31と、分析制御部32と、を含む。さらに下位の機能ブロックとして、分析条件設定部30は、分析条件設定画面表示処理部301、及び分析条件入力受付部302を含み、分析メソッド作成部31は、標準データ点数情報記憶部311、サンプリング時間間隔算出部312、イベント重なり情報抽出部313、イベント時間算出部314、及びメソッドファイル作成部315、を含む。
【0022】
なお、制御部3及びデータ処理部6は、CPU、メモリなどを含んで構成されるパーソナルコンピュータをハードウエアとし、該コンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウェアを該コンピュータ上で実行することによりその機能の少なくとも一部を実現する構成とすることができる。
【0023】
本実施形態のLC-MSにおいてLC部1及びMS部2により実行されるLC/MS分析動作を簡単に説明する。
LC部1において、送液ポンプ11は移動相容器10から移動相を吸引して一定流量でカラム13に送給する。分析制御部32による制御の下で、所定タイミングで以て液体試料がインジェクタ12において移動相中に注入されると、注入された試料は移動相に押されてカラム13に導入される。そして、試料中の各種化合物は、カラム13を通過する間に該カラム13の液相との相互作用により時間方向に分離され、時間的にずれてカラム13の出口から溶出する。
【0024】
一般的に、分子量が既知である特定の化合物の定量分析や該化合物が試料中に存在しているか否かの確認(有無の検出)を行う際には、MS部2ではその特定の化合物に対応する質量電荷比を測定対象とするSIM測定を繰り返し行う。分析制御部32は、SIM測定の際には、測定対象の質量電荷比を有するイオンが四重極マスフィルタ23を選択的に通過するように、四重極マスフィルタ23に印加する電圧を決定する。カラム13からの溶出液中の化合物はイオン化部20においてイオン化され、イオン化部20で生成されたイオンはイオンガイド21、22により輸送されて四重極マスフィルタ23に導入される。化合物由来の各種イオンのうち、四重極マスフィルタ23に印加されている電圧に依存する特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ23を通り抜けて検出器24に入射する。検出器24は入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を検出信号として出力する。
【0025】
或る化合物がカラム13から溶出してMS部2に導入される保持時間付近の所定の時間幅の測定時間範囲内で該化合物についてのSIM測定を繰り返し実行し、データ処理部6において、そのときの検出信号の時間変化を示すクロマトグラム(抽出イオンクロマトグラム)を作成すると、該化合物が試料に含まれる場合には、クロマトグラムにピークが現れる。このピークの面積は化合物の含有量に対応する。したがって、クロマトグラム上のピーク面積を計算し、そのピーク面積を、予め作成しておいた検量線に照らすことで、試料に含まれるその化合物の量(濃度)を求めることができる。
【0026】
次に、本実施形態のLC-MSにおける特徴的な分析動作について、
図2~
図5を参照して説明する。
図2は、分析条件設定画面の一例を示す図である。
図3は、ユーザにより設定されるピーク幅とサンプリング時間間隔との関係を説明するための概念図である。
図4は、複数のイベントの測定時間範囲の関係を示す概念図である。
図5は、複数のイベントの測定時間範囲が重なっている場合の分析シーケンスの説明図である。
【0027】
ここでは、試料に含まれる可能性がある、或る程度多数の化合物を一斉に検出する多成分一斉分析を行う場合を想定する。オペレータはまず、測定対象である各化合物について分析条件を予め設定しておく。具体的にはオペレータが入力部4で所定の指示を行うと、分析条件設定部30の分析条件設定画面表示処理部301は、
図2に示すような分析条件設定画面100を表示部5に表示する。分析条件設定画面100には、分析条件設定テーブル102とピーク幅入力設定部104が含まれる。但し、
図2は分析条件設定テーブル102中に分析条件のパラメータが既に設定された状態であり、パラメータ未設定の状態である場合には、テーブルの各欄は空欄であるか、或いはデフォルトのパラメータが入力されている状態である。
【0028】
詳細はあとで述べるが、本実施形態のLC-MSでは、イベントと呼ばれる作業単位で以て分析条件が設定される。原則として、1つのイベントは1つの化合物を測定対象としたものであり、その化合物に対する同種の測定(例えばSIM測定、スキャン測定はそれぞれ同種の測定)の条件を含む。
図2の例では、「イベント1」は、化合物Aを測定対象化合物として想定したものであり、2~3分の間を測定時間範囲として、m/z 100, m/z 115, m/z 126の3つの質量電荷比を対象とするSIM測定を実行するものである。なお、1つの化合物についての分析条件を複数のイベントに分けてもよい。
ユーザはこのように測定対象化合物それぞれについて、測定対象範囲と測定種類、測定対象m/z(スキャン測定の場合には測定対象m/z範囲)を設定する。
【0029】
ピーク幅入力設定部104には数値を入力するためのテキストボックスが配置されている。ユーザは、分析の結果として得られるクロマトグラム(抽出イオンクロマトグラム)上で観測されるピークの幅を推定し、その推定値をテキストボックスに入力する。ここで上記ピーク幅は、
図3に示すように、1つのピークの始点から終点までの時間幅であるが、半値幅などとしてもよい。
【0030】
ピークの幅はLC部1での分離条件に依存し、例えばグラジエント溶出を行うような場合には時間経過に伴ってピークの幅は変化する。その場合には、ここでの測定対象化合物について最も狭いと想定されるピーク幅を入力するとよい。何故なら、最も狭いと想定されるピーク幅を入力すれば、それよりも広いピーク幅を有するピークに対してピーク面積の再現性が良好になるような十分な数のデータ点数を定めることができるからである。
【0031】
なお、分析条件設定画面100を表示したときには、ピーク幅入力設定部104のテキストボックスにはデフォルト値又は直近の時点に設定された値が表示されるようにしておき、その値を変更する必要がない場合に入力操作を不要にするとよい。
【0032】
オペレータが分析条件設定画面100上で必要なパラメータを入力したあと「保存」ボタン106をクリック操作すると、分析条件入力受付部302はその時点で入力されているパラメータを確定させ内部のメモリに一旦保存する。
【0033】
分析メソッド作成部31においてサンプリング時間間隔算出部312は、標準データ点数情報記憶部311に記憶されているデータ点数情報と、先に入力されたピーク幅とから、サンプリング時間間隔を算出する。データ点数情報とは、クロマトグラム上の1つのピーク当たりのデータ点数である。上述したように、一般的に、ピークの面積再現性の観点から1つのピークに対するデータ点数は10以上であることが望ましいとされているため、データ点数情報としては例えば「10」としておくとよい。もちろん、定性や単に化合物の存在の有無のみを確認する場合であれば、データ点数はより少なくてもよいので、上記以外の値としてもよいし、ユーザが適宜に変更できるようにしてもよい。
例えばピーク幅が3secであり、データ点数情報が「10」である場合、サンプリング時間間隔算出部312は3/10=0.3秒をサンプリング時間間隔として求める(
図3参照)。
【0034】
次に、イベント重なり情報抽出部313は、分析条件設定テーブルに設定された各イベントの測定時間範囲から、各時間帯において重なっているイベントの数を求める。例えば、
図2に示した例の場合、測定時間が2~2.5分の間はイベント1のみであるのでイベント数は1、測定時間が2.5~2.7分の間はイベント1とイベント2とが重なっているのでイベント数は2、測定時間が2.7~3分の間はイベント1、イベント2、及びイベント3が重なっているのでイベント数は3である(
図4参照)。そして、イベント時間算出部314は、上記サンプリング時間間隔をイベント数で除することで、イベント数が同じである時間帯毎に、1つのイベントに割り当てられるイベント時間を算出する。
図4の例では、測定時間が2~2.5分の間のイベント時間は0.3秒、測定時間が2.5~2.7分の間のイベント時間は0.15秒、測定時間が2.7~3分の間のイベント時間は0.1秒である。当然のことながら、イベント数が多いほどイベント時間は短くなる。
【0035】
そのあとメソッドファイル作成部315は、上述したように分析条件設定テーブルにまとめられたイベント単位での分析条件に基づいて分析シーケンスを決定し、その分析シーケンスに従った、分析制御部32が処理可能な形式のメソッドファイルを作成する。ここでは、次のように分析シーケンスを決定する。
【0036】
図2に示した例において、イベント1では、3つの質量電荷比についてのSIM測定が設定されている。本実施形態のLC-MSでは、1つの質量電荷比についてのSIM測定は、イベントよりも下位であるチャンネルと呼ばれる作業単位で管理される。したがって、イベント1は3つのチャンネルを含み、イベント2は2つのチャンネルを含む。当然、1つのイベントが1つのチャンネルのみしか含まない場合もあり得る。
【0037】
図5は、3つのイベントが重なっている、測定時間が2.7~3分の期間における、イベントとチャンネルとの関係を示している。複数のイベントが重なっている場合、その複数のイベントは1回ずつ時分割で順番に実施され、それが周期的に繰り返される。1つのイベントの1回の実行時間は上述したイベント時間である。したがって、この例では、1つのイベントの1回の実行時間は0.1秒である。そして、イベント1、イベント2、及びイベント3の3つのイベントが各1回ずつ実施されるのに要する時間(ループタイムという)はサンプリング時間間隔に一致し、ここでは0.3秒である。
【0038】
1つのイベントにおいては、そのイベントに割り当てられている1又は複数のチャンネルが1回ずつ順番に実施される。例えばイベント1では、m/z 100を対象とするSIM測定であるチャンネル(Ch1)、m/z 115を対象とするSIM測定であるチャンネル(Ch2)、m/z 126を対象とするSIM測定であるチャンネル(Ch3)の3つが順番に実行される。なお、各チャンネルにおけるpause timeは、測定対象の質量電荷比を有するイオンを選択的に通過させるように四重極マスフィルタ23に印加する電圧を切り替えるための時間であり、dwell timeは実際にSIM測定におけるイオン強度データを取得するための時間である。各チャンネルの実行時間は、イベント時間をそのチャンネル数で単純に除した時間とすればよい。
なお、イベントとチャンネルとの関係は、例えば特許文献2等に開示されている技術を利用することができる。
【0039】
上述したように、測定時間範囲が重なっている複数のイベントは時分割で順番に且つ周期的に実施され、1つのイベントに含まれる複数のチャンネルはそのイベントの時間内で時分割で順番に実施される。したがって、或る1つの質量電荷比(例えばm/z 100)に着目すると、その質量電荷比についてのSIM測定はループタイム毎、つまりはサンプリング時間間隔毎に実行され、そのSIM測定によって1つのイオン強度データが得られることになる。これは、同じイベントに含まれる他の質量電荷比でも同様である。イベントの重なりが少ないと又はイベントの重なりが無いとイベント時間は長くなり、1つのチャンネルの実行時間は1つのイベントに含まれるチャンネル数で決まるため、重なるイベント数や1つのイベントに含まれるチャンネル数に拘わらず、或る1つの質量電荷比についてのSIM測定はループタイム毎に実行されることになり、クロマトグラムを作成するためのイオン強度データはサンプリング時間間隔で得られることになる。
【0040】
メソッドファイル作成部315は上述したような分析シーケンスを決定し、この分析シーケンスを実行するためのメソッドファイルを作成して、該ファイルを内部の記憶部に格納する。そのあと、例えばオペレータにより分析の実行が指示されると、分析制御部32は、記憶されているメソッドファイルに従ってLC部1及びMS部2を制御することにより、LC/MS分析を実行する。MS部2の検出器24で得られた検出信号は時々刻々とデータ処理部6へと送られ、データ処理部6は検出信号に基づいて、測定対象化合物毎に、その化合物由来のイオン種に対応するクロマトグラム(抽出イオンクロマトグラム)を作成する。
【0041】
オペレータが分析条件として適切なピーク幅を設定していれば、クロマトグラムにはピーク面積の再現性が良好であるピーク波形が観測される筈である。したがって、このクロマトグラムからピーク面積を算出し、算出されたピーク面積から定量値を求めることで、精度の高い定量分析を行うことができる。
また、サンプリング時間間隔やサンプリングレート(単位時間当たりのデータ点数)などのパラメータはオペレータにとって直感的に理解しにくいものであるが、ピーク幅はオペレータもしばしば確認するものであり、直感的に理解し易い。そのため、サンプリング時間間隔やサンプリングレートに比べてピーク幅の入力設定はオペレータにとって簡便であり、仮に入力ミスをしたとしても直ぐに気付き易いという利点がある。
【0042】
なお、上記実施形態のLC-MSでは、同じ時間帯に複数のイベントが重なっている場合に、サンプリング時間間隔をその重なっているイベントの数で除することでイベント時間を算出していた。これは、重なっている複数のイベントに全て同じイベント時間を割り当てることを前提としているが、重なっている複数のイベントに対し重み付けを行い、その重みに応じてサンプリング時間間隔を分配して各イベントのイベント時間を定めてもよい。
【0043】
イベント時間が長いほうが検出感度を上げる上で有利であることから、例えば含有量が少ない又は濃度が低いことが想定される化合物を測定するときには該化合物に対応するイベントの重みを大きくするとよい。また、ピーク幅が狭いことが想定される化合物を測定するときには該化合物に対応するイベントの重みを大きくしてもよい。
【0044】
また、上記実施形態は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0045】
例えば分析条件設定画面100などの分析条件を設定するための形式や様式は、上記記載の例に限らず、適宜に変更することができる。重要なことは、想定されるピーク幅をオペレータが設定可能であること、及び、測定時間範囲やSIM測定における測定対象質量電荷比(又はスキャン測定における測定対象質量電荷比範囲)などの分析条件をオペレータが設定可能であることである。
【0046】
また、上記実施形態は本発明をシングルタイプの四重極質量分析装置を備えたLC-MSに適用したものであるが、トリプル四重極型質量分析装置などのタンデム型質量分析装置を備えたLC-MSにも本発明を適用可能なことは明らかである。
【0047】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0048】
(第1項)本発明の一態様のクロマトグラフ質量分析装置は、試料中の成分を分離するクロマトグラフ部と、該クロマトグラフ部で時間的に分離された各化合物について、該化合物由来の特定の質量電荷比を有するイオンに対する質量分析を実行する質量分析装置と、を具備するクロマトグラフ質量分析装置において、
クロマトグラム上でのピークの幅を分析パラメータの一つとしてユーザに入力させる分析条件設定部と、
クロマトグラム上での一つのピークに対応する適切なデータ点数の情報を記憶しておくデータ点数情報記憶部と、
前記分析条件設定部により入力されたピーク幅と前記データ点数情報記憶部に記憶されているデータ点数情報とから、クロマトグラムを作成するためのデータを取得するタイミングであるサンプリング時間間隔を算出するサンプリング時間間隔算出部と、
前記サンプリング時間間隔に従って前記質量分析装置においてイオン強度データを取得するように該質量分析装置の動作を制御する分析制御部と、
を備えるものである。
【0049】
ピーク幅は、一般的に表示画面上に描出されるクロマトグラムから視覚的に把握できるものであるため、オペレータにとっては直感的に理解し易い。そのため、第1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、クロマトグラフ質量分析に関する知識が乏しい又はそうした分析の作業に不慣れであるオペレータであっても、簡便に且つミス無く適切なパラメータ値を設定することができ、そうした適切な分析条件の下での分析を実行することができる。即ち、第1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、分析に際しての分析条件の設定作業が簡便になり、操作性や作業性が向上する。
【0050】
(第2項)第1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、
前記分析条件設定部は、ピークの幅に加えて、測定時間範囲及び前記質量分析装置における所定の分析条件が規定された作業単位をユーザに複数設定させるものであり、
前記分析条件設定部により設定された複数の作業単位について測定時間範囲の重なりを判断して、時間帯毎に実施すべき作業単位の数を求める作業単位重なり情報抽出部と、
複数の作業単位が重なる時間帯について、前記サンプリング時間間隔を該複数の作業単位に分配して各作業単位を実施する時間を決定する作業単位時間割当て部と、
をさらに備えるものである。
【0051】
(第3項)第2項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、
前記作業単位時間割当て部は前記サンプリング時間間隔を、時間帯が重なる前記複数の作業単位に対して均等に分配するものとすることができる。
【0052】
第2項及び第3項に記載のクロマトグラフ質量分析装置によれば、例えばクロマトグラフ部での分離が十分ではなく測定時間範囲の少なくとも一部が重なるような複数の化合物が存在する場合に、その各化合物に対応する作業単位に対して適切に分析時間を割り当てることができる。それによって、測定時間範囲が重なるような複数の化合物について、それぞれを十分な精度で定量可能なクロマトグラムを作成することができる。
【符号の説明】
【0053】
1…液体クロマトグラフ部(LC部)
10…移動相容器
11…送液ポンプ
12…インジェクタ
13…カラム
2…質量分析部(MS部)
20…イオン化部
21、22…イオンガイド
23…四重極マスフィルタ
24…検出器
25…チャンバ
3…制御部
30…分析条件設定部
301…分析条件設定画面表示処理部
302…分析条件入力受付部
31…分析メソッド作成部
311…標準データ点数情報記憶部
312…サンプリング時間間隔算出部
313…イベント重なり情報抽出部
314…イベント時間算出部
315…メソッドファイル作成部
32…分析制御部
4…入力部
5…表示部
6…データ処理部
100…分析条件設定画面
102…分析条件設定テーブル
104…ピーク幅入力設定部
106…「保存」ボタン