(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20221025BHJP
C09D 133/08 20060101ALI20221025BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20221025BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20221025BHJP
【FI】
C23C26/00 A
C09D133/08
C09D7/61
C09D7/63
(21)【出願番号】P 2022045024
(22)【出願日】2022-03-22
【審査請求日】2022-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2021168760
(32)【優先日】2021-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】古谷 真一
(72)【発明者】
【氏名】松田 武士
(72)【発明者】
【氏名】青山 朋弘
(72)【発明者】
【氏名】鯉渕 駿
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-530635(JP,A)
【文献】特開平09-296132(JP,A)
【文献】特開2017-105986(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C26/00
C09D133/08-133/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成された鋼板であって、前記アクリル系樹脂のガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であり、前記ワックスは融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであり、前記皮膜中のワックスの割合が5質量%以上であり、前記皮膜の片面当たりの付着量Wが0.3g/m
2以上2.5g/m
2以下である鋼板。
【請求項2】
前記アクリル系樹脂の酸価が180mg-KOH/g以上350mg-KOH/g以下である請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記アクリル系樹脂の酸価とガラス転移点の比率Rが2.05以下である請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記皮膜は、前記アクリル系樹脂を30質量%以上含み、前記ワックスの割合が50質量%以下である請求項1~3のいずれかに記載の鋼板。
【請求項5】
前記アクリル系樹脂の質量平均分子量が5000以上30000以下である請求項1~4のいずれかに記載の鋼板。
【請求項6】
前記アクリル系樹脂がスチレンアクリル樹脂である請求項1~5のいずれかに記載の鋼板。
【請求項7】
前記皮膜形成前の鋼板の算術平均粗さRaが0.4μm以上2.5μm以下である請求項1~6のいずれかに記載の鋼板。
【請求項8】
前記皮膜中に防錆剤を5質量%以上30質量%以下含有する請求項1~7のいずれかに記載の鋼板。
【請求項9】
前記防錆剤がリン酸類のアルミニウム塩、亜鉛塩および酸化亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項
8に記載の鋼板。
【請求項10】
前記ワックスの平均粒径が0.01μm以上0.5μm以下である請求項1~9のいずれかに記載の鋼板。
【請求項11】
前記皮膜中にシリカを1質量%以上10質量%以下含有する請求項1~10のいずれかに記載の鋼板。
【請求項12】
請求項1~11のいずれかに記載の鋼板の製造方法であって、請求項1~11のいずれかに記載のアクリル系樹脂およびワックスが含まれる塗料を、鋼板の少なくとも片面に塗布し乾燥する鋼板の製造方法。
【請求項13】
前記乾燥時の鋼板の最高到達温度が60℃以上かつ前記ワックスの融点以下である請求項12に記載の鋼板の製造方法。
【請求項14】
前記塗料における全固形分の割合が1質量%以上30質量%以下である請求項12または13に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形における摺動性に優れた鋼板およびその製造方法に関するものである。特に厳しい絞り加工時でも成形性に優れる潤滑皮膜を備えた鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冷延鋼板および熱延鋼板は自動車車体用途を中心に広範な分野で広く利用され、そのような用途では、一般にプレス成形を施されて使用に供される。近年、工程省略のための部品の一体化や意匠性の向上が求められており、より複雑な成形を可能とする必要がある。
【0003】
より複雑なプレス成形をしようとした場合、鋼板が成形に耐えられず破断したり、連続プレス成形時に型カジリが生じたりするなど自動車の生産性に深刻な悪影響を及ぼす可能性がある。
【0004】
冷延鋼板および熱延鋼板のプレス成形性を向上させる方法として、金型への表面処理が挙げられる。広く用いられる方法ではあるが、この方法では、表面処理を施した後、金型の調整を行えない。また、コストが高いという問題もある。従って、鋼板自身のプレス成形性が改善されることが強く要請されている。
【0005】
金型に表面処理を施さずにプレス成形性を向上させる方法として、高粘度潤滑油を使う方法がある。しかし、この方法ではプレス成形後に脱脂不良を起こす場合があり塗装性が劣化する懸念がある。
【0006】
そこで、金型の表面処理や高粘度潤滑油を用いずにプレス成形を可能とする技術として各種潤滑表面処理が検討されている。
【0007】
特許文献1には、アクリル樹脂皮膜に合成樹脂粉末を含有させた潤滑皮膜を亜鉛めっき鋼板上に形成させる技術が記載されている。
【0008】
特許文献2には、樹脂皮膜表面から固体潤滑剤を0.01~1.5μm突出させた潤滑皮膜を被覆した金属板が記載されている。
【0009】
特許文献3には、ポリウレタン樹脂に潤滑剤を含有させた皮膜を0.5~5μm被覆したプレス成形性に優れた潤滑表面処理金属製品が記載されている。
【0010】
特許文献4には、エポキシ樹脂中に潤滑剤を添加したアルカリ可溶型有機皮膜を鋼板上に形成させる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平9-170059号公報
【文献】特開平10-52881号公報
【文献】特開2000-309747号公報
【文献】特開2000-167981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1~4では、含有する潤滑剤等による潤滑効果で潤滑性は発現するものの、複雑な成形において必ずしもプレス成形性が十分なものではなかった。
【0013】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、プレス成形が困難な複雑な成形を施される鋼板において、プレス成形時の割れ危険部位での摺動抵抗が小さく、面圧が高く型カジリの発生が想定される部位において優れたプレス成形性を有する鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0014】
また、前記鋼板をコイルとして保管した場合における防錆性も必要とされる。さらには、鋼板が自動車車体として用いられる場合には、塗装工程の中のアルカリ脱脂工程において十分な脱膜性を有することも必要とされ、更に、組立工程における接着性、溶接性に優れることも必要とされる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、ガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であるアクリル系樹脂と融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスを5質量%以上含有する有機樹脂皮膜を片面当たりの付着量Wが0.3g/m2以上2.5g/m2以下の範囲で鋼板表面に形成することで上記課題を解決できることを見出した。
【0016】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は以下の通りである。
[1]少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成された鋼板であって、前記アクリル系樹脂のガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であり、前記ワックスは融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであり、前記皮膜中のワックスの割合が5質量%以上であり、前記皮膜の片面当たりの付着量Wが0.3g/m2以上2.5g/m2以下である鋼板。
[2]前記アクリル系樹脂の酸価が180mg-KOH/g以上350mg-KOH/g以下である[1]に記載の鋼板。
[3]前記アクリル系樹脂の酸価とガラス転移点の比率Rが2.05以下である[1]または[2]に記載の鋼板。
[4]前記皮膜は、前記アクリル系樹脂を30質量%以上含み、前記ワックスの割合が50質量%以下である[1]~[3]のいずれかに記載の鋼板。
[5]前記アクリル系樹脂の質量平均分子量が5000以上30000以下である[1]~[4]のいずれかに記載の鋼板。
[6]前記アクリル系樹脂がスチレンアクリル樹脂である[1]~[5]のいずれかに記載の鋼板。
[7]前記皮膜形成前の鋼板の算術平均粗さRaが0.4μm以上2.5μm以下である[1]~[6]のいずれかに記載の鋼板。
[8]前記皮膜中に防錆剤を5質量%以上30質量%以下含有する[1]~[7]のいずれかに記載の鋼板。
[9]前記防錆剤がリン酸類のアルミニウム塩、亜鉛塩および酸化亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種である[1]~[8]のいずれかに記載の鋼板。
[10]前記ワックスの平均粒径が0.01μm以上0.5μm以下である[1]~[9]のいずれかに記載の鋼板。
[11]前記皮膜中にシリカを1質量%以上10質量%以下含有する[1]~[10]のいずれかに記載の鋼板
[12][1]~[11]のいずれかに記載の鋼板の製造方法であって、[1]~[11]のいずれかに記載のアクリル系樹脂およびワックスが含まれる塗料を、鋼板の少なくとも片面に塗布し乾燥する鋼板の製造方法。
[13]前記乾燥時の鋼板の最高到達温度が60℃以上前記ワックスの融点以下である[12]に記載の鋼板の製造方法。
[14]前記塗料における全固形分の割合が1質量%以上30質量%以下である[12]または[13]に記載の鋼板の製造方法。
本発明において、鋼板とは、冷延鋼板および熱延鋼板である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、金型等との摩擦係数が顕著に低下してプレス成形性に優れた鋼板が得られる。このため、複雑な成形を施される鋼板に対して、安定的に優れたプレス成形性を有することになる。また、皮膜を付与した鋼板の防錆性も良好である。さらに、接着性も良好なため従来の鋼板と同様の方法で接着剤の使用が可能であり、アルカリ脱脂による脱膜性に優れるため塗装工程を阻害することもない。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】
図1中のビード形状・寸法を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の鋼板は、少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成された鋼板であって、アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であるアクリル系樹脂と、融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスを5質量%以上含有する有機樹脂皮膜を片面当たりの付着量Wが0.3g/m2以上2.5g/m2以下であることを特徴とする。
【0020】
以下、酸価とガラス転移点の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)をR=酸価/Tgと表記する。
【0021】
本発明の皮膜のアクリル系樹脂のガラス転移点を100℃以上とするのは、良好な潤滑性を得るためである。ガラス転移点が100℃未満の場合には、摺動時に樹脂が軟化してしまいワックスの保持力が低下するとともに金属板と金型の直接接触を防止する能力が低下するため良好な摺動性が得られない。好ましくは110℃以上150℃以下である。150℃を超えた場合には、逆に摺動時に樹脂の硬度が高くもろくなりやすく優れた潤滑性が得られない場合がある。
【0022】
ここで、ガラス転移点とは、JIS K 7121「プラスチックの転移温度測定方法」に基づき測定される中間ガラス転移温度である。
【0023】
アクリル系樹脂の酸価とガラス転移点の比率R=酸価/Tgは1.50以上とする。ガラス転移点が100℃以上であっても酸価が低い場合(R<1.50)には優れた潤滑性が得られない。この原因は明確ではないが、アクリル系樹脂中のカルボキシ基は金型との親和性が高く、摺動時に皮膜中のワックスを金型に移着させる効果が得られると考えられる。摺動時にワックスを含んだアクリル系樹脂成分が金型に移着することで金型表面がワックスで保護され、鋼板との直接接触を防止する効果が高まり摺動性が向上する。従って、酸価が低い場合(R<1.50)にはカルボキシ基が不足するため摺動性が劣る。アクリル系樹脂のガラス転移点が上昇した場合には摺動により樹脂が軟化しにくくなるため金型に移着しにくくなる。そのためガラス転移点が上昇した場合に優れた摺動性を得るには、酸価も上昇させる必要がある。すなわち酸価とガラス転移点の比率R=酸価/Tgを1.50以上とする必要がある。好ましくは1.80以上である。なお、Rの上限は特に限定されるものではないが、2.05以下とすることが好ましい。この理由は、Rが2.05を超えると防錆性が劣化する場合があるからである。
【0024】
また、アクリル系樹脂の酸価は180mg-KOH/g以上350mg-KOH/g以下であることが好ましい。180mg-KOH/g未満の場合はアルカリによる脱膜性が劣る場合があり、また接着剤による接着強度が十分得られない場合がある。350mg-KOH/gを超える場合には防錆性が劣化する場合がある。
【0025】
ここで、酸価とは樹脂1g中に含まれるカルボキシ基を中和するのに必要な水酸化カリウムのmg数のことであり、JIS K 0070「化学製品の酸価,けん化価,エステル価,よう素価,水酸基価及び不けん化物の試験方法」に基づき測定される。本明細では単位をmg-KOH/gとして示した。
【0026】
本発明に用いるワックスは融点が100℃以上145℃以下かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスであればよい。
【0027】
ワックスとしてポリオレフィンワックスを用いるのは、表面エネルギーが低く、自己潤滑性を有するため、良好な潤滑性が得られるためである。また、ポリオレフィンは密度や分子量を制御することで融点を100℃以上145℃以下に調整することも比較的容易である。
【0028】
融点が100℃以上145℃以下の場合には、ポリオレフィンワックス自身の自己潤滑性に加え、プレス成形時の摺動によりワックスが半溶融状態となることで有機樹脂と混合した潤滑皮膜成分が金型表面を被覆することが可能であり、金型と鋼板の直接の接触を抑制することで優れた潤滑効果が得られる。融点が100℃未満の場合には、プレス成形時の摺動による摩擦熱で完全に溶融しワックス自身の十分な潤滑効果が得られない上に前述した金型の被覆効果も得られない。また、融点が145℃を超えると、摺動時に溶融せず十分な潤滑効果が得られず、金型の被覆効果も得られない。さらに融点が120℃以上140℃以下であることが好ましい。
【0029】
ここで、ワックスの融点とは、JIS K 7121「プラスチックの転移温度測定方法」に基づき測定される融解温度である。
【0030】
ワックスの平均粒径が3.0μmを超えると、摺動時に有機樹脂と混合しにくくなり、前述した金型の被覆効果が得られず十分な潤滑性が得られない。ワックスの平均粒径は好ましくは0.5μm以下、さらにより好ましくは0.3μm以下である。
【0031】
ワックスの平均粒径は0.01μm以上であることが好ましい。0.01μm未満では摺動時に潤滑油に溶解しやすくなり、十分な潤滑性向上効果が発揮されない場合があり、皮膜を形成させるための塗料中でも凝集しやすいため塗料安定性も低い。さらに好ましくは0.03μm以上である。上記アクリル系樹脂との混合性も考慮すると平均粒径は0.01μm以上、0.5μm以下であることが好ましい。
【0032】
前記平均粒径とは体積平均径のメジアン径であり、レーザー回折/散乱法により求められる。例えば、レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置partica LA-960V2(株式会社堀場製作所製)を用いて、純水で希釈した試料を測定することにより求めることが出来る。
【0033】
ポリオレフィンワックスの中でもポリエチレンワックスを用いた場合に最も潤滑効果が得られるため、ポリエチレンワックスを用いることが好ましい。
【0034】
皮膜中のワックスの質量割合は5質量%以上とする。5質量%未満の場合には十分な潤滑効果が得られない。10質量%以上であれば、特に良好な潤滑効果が得られる。また、皮膜中のワックスの質量割合は50質量%以下であることが好ましい。50質量%を超える場合には、ベース樹脂成分の不足によりワックスが脱落しやすく、鋼板への密着性が劣り、皮膜として安定に存在できず接着性に劣る場合がある。また、自動車車体として用いられる場合に塗装工程の中のアルカリ脱脂工程において十分な脱脂性が得られない場合があり、アルカリ脱脂工程で十分に脱膜せず皮膜が残存し、塗装性を劣化させる場合がある。さらに好ましくは30質量%以下である。
【0035】
ここで、皮膜中のワックスの質量割合とは、塗料中の全固形分の質量に対するワックスの固形分の質量の割合である。
【0036】
本発明の皮膜は、前記アクリル系樹脂を30質量%以上含むことが好ましい。皮膜中のアクリル系樹脂の割合が30%以上の場合には、摺動時の金型への移着による潤滑性向上効果や脱膜性、接着性などのアクリル系樹脂成分の物性が影響する特性が十分に得られる。30%未満の場合には他の成分の影響が大きくなり、目標とする性能が得られない場合がある。
【0037】
前記アクリル系樹脂の質量平均分子量は5000以上30000以下であることが好ましい。5000未満の場合には防錆性が劣る場合があり、30000を超えると接着性が劣化する場合がある。
【0038】
ここで、質量平均分子量とは、JIS K 7252「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方」に基づき測定される質量平均分子量である。
【0039】
さらに前記アクリル系樹脂はスチレンアクリル樹脂であることが好ましい。樹脂のモノマーにスチレンを含有することで耐水性が向上するため防錆性が良好となる。さらにはスチレンを含有しない場合に比べて良好な摺動性が得られる効果も発現する。
【0040】
本発明の皮膜は、皮膜中に防錆剤を5質量%以上30質量%以下含有することが好ましい。防錆剤を含有しない場合でも通常の保管環境ではさびが発生することはないが、防錆剤の含有率が5質量%未満では、良好でない保管環境下で錆が発生する場合がある。特に鋼帯をコイル状に重ね合わせた状態で保管した場合に吸湿して錆が発生する場合がある。防錆剤の比率が30質量%を超えると接着性が劣化する場合があり、また、塗料の状態において防錆剤が沈殿し、塗料安定性が劣化する場合がある。防錆剤としてはリン酸類のアルミニウム塩、亜鉛塩および酸化亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。ここで、リン酸類とはオルトリン酸の他、ピロリン酸、トリポリリン酸、テトラポリリン酸、メタリン酸などの縮合リン酸を含む。これらの防錆剤を用いることで十分な防錆効果を発揮することができ、さらには塗料安定性の劣化も小さい。
【0041】
さらに、本発明の皮膜は皮膜中にシリカを1質量%以上10質量%以下含有することが好ましい。皮膜の撥水性が高まり、防錆性が向上する。また、シリカを含有することで防錆剤の沈殿を抑制することが可能となり塗料安定性が向上する。ま含有量が1質量%未満の場合は前述の効果が得られにくく、10質量%を超えると接着性が劣化する場合がある。粒子径5nm以上200nm以下のコロイダルシリカを用いることが用いることが好ましい。
【0042】
本発明においてアクリル系樹脂、ワックス、防錆剤、シリカ以外の成分として、一般的に塗料に添加される表面調整剤や消泡剤、分散剤などを含んでもよい。
【0043】
本発明に用いる鋼板の皮膜形成前の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.4μm以上2.5μm以下であることが好ましい。Raが2.5μm以下であれば皮膜による潤滑効果が安定的に得られる。Raが0.4μmより小さい場合にはプレス成形時に起こりうる微細な傷が目立ちやすい場合がある上に、プレス成形時にカジリが発生する場合がある。Raが2.5μmを超えると鋼板の凹凸が大きくなるため凹部の皮膜が摺動時に有効に作用しにくくなり、皮膜による潤滑効果が小さくなる場合がある。鋼板の算術平均粗さRa(μm)はJIS B 0633:2001(ISO 4288:1996)に従い測定することが出来る。例えば、Raが0.1より大きく2以下の場合には、カットオフ値および基準長さを0.8mm、評価長さを4mmとして、測定した粗さ曲線から求める。Raが2を超え、10以下の場合にはカットオフ値および基準長さを2.5mm、評価長さを12.5mmとして、測定した粗さ曲線から求める。
【0044】
次に、本発明の鋼板の製造方法について説明する。
【0045】
本発明の鋼板の製造方法とは、少なくとも片面にアクリル系樹脂およびワックスを含む皮膜が形成された鋼板であって、アクリル系樹脂はガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価とガラス転移点の比率R=酸価/Tgが1.50以上であるアクリル系樹脂と融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスを5質量%以上含有する有機樹脂皮膜を有する鋼板の製造方法である。溶媒にアクリル系樹脂を溶解または分散したアクリル系樹脂溶液またはエマルションにワックスを添加した塗料を鋼板表面に塗布して乾燥する。塗料の溶媒としては水または有機溶剤を用いることが出来るが、水を用いることが好ましい。塗料中の全固形分の濃度は1質量%以上30質量%以下であることが好ましい。1質量%未満や30質量%超えでは塗装ムラが発生する場合がある。塗布方法は特に制限されないが、例としてロールコーターやバーコーターを使用する方法や、スプレー、浸漬、刷毛による塗布方法が挙げられる。塗布後の鋼板の乾燥方法は一般的な方法で行うことができる。例えば、熱風による乾燥や、IHヒーターによる乾燥、赤外加熱による方法が挙げられる。乾燥時の鋼板の最高到達温度は60℃以上使用したワックスの融点以下であることが好ましい。60℃未満では乾燥に時間がかかる上に、防錆性が劣る場合がある。ワックスの融点を超える場合はワックスが溶融、合体し、粒径が粗大化することで潤滑性が劣化する場合がある。また鋼板の片面当たりの皮膜付着量が乾燥質量で0.3~2.5g/m2となるように塗装することが好ましい。0.3g/m2未満では十分な摺動性が得られない場合があり、2.5g/m2を超えるとアルカリによる溶接性や脱膜性、接着性が劣化する場合がある。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例により説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
表1に示す算術平均粗さRaを有する板厚0.8mmの冷延鋼板(鋼板No.A~C)、板厚2.0mmの熱延鋼板(鋼板No.D)を用い、表2に示す組成の塗料をバーコーターで塗布し、鋼板の最高到達温度が80℃となるようIHヒーターで乾燥することで潤滑処理鋼板とした。なお、A~Dの鋼板はいずれも270MPa級の引張強度を有するSPCD(JIS G 3141)およびSPHD(JIS G 3131)である。なお、シリカとしては体積平均粒子径9nmのコロイダルシリカを用いた。
【0047】
皮膜付着量は、皮膜塗布後の鋼板の皮膜を除去し、皮膜除去前後の鋼板の質量差を面積で除して求めた。
【0048】
【0049】
【0050】
(1)プレス成形性(摺動特性)の評価方法
プレス成形性を評価するために、各供試材の摩擦係数を以下のようにして測定した。
【0051】
図1は、摩擦係数測定装置を示す概略正面図である。同図に示すように、供試材から採取した摩擦係数測定用試料1が試料台2に固定され、試料台2は、水平移動可能なスライドテーブル3の上面に固定されている。スライドテーブル3の下面には、これに接したローラ4を有する上下動可能なスライドテーブル支持台5が設けられ、これを押上げることにより、ビード6による摩擦係数測定用試料1への押付荷重Nを測定するための第1ロードセル7が、スライドテーブル支持台5に取付けられている。上記押し付け力を作用させた状態でスライドテーブル3を水平方向へ移動させるための摺動抵抗力Fを測定するための第2ロードセル8が、スライドテーブル3の一方の端部に取付けられている。なお、潤滑油として、スギムラ化学工業(株)製のプレス用洗浄油プレトンR352Lを試料1の表面に塗布して試験を行った。
【0052】
図2は使用したビードの形状・寸法を示す概略斜視図である。ビード6の下面が試料1の表面に押し付けられた状態で摺動する。
図2に示すビード6の形状は幅10mm、試料の摺動方向長さ59mm、摺動方向両端の下部は曲率4.5mmRの曲面で構成され、試料が押し付けられるビード下面は幅10mm、摺動方向長さ50mmの平面を有する。
【0053】
摩擦係数測定試験は、
図2に示すビードを用い、押し付け荷重N:400kgf、試料の引き抜き速度(スライドテーブル3の水平移動速度):20cm/minとし行った。供試材とビードとの間の摩擦係数μは、式:μ=F/Nで算出した。
【0054】
摺動特性の評価は、摩擦係数が0.119以下の場合を特に優れた摺動性であるとして◎、0.119を超え0.130以下を良好な摺動性であるとして〇、0.130を超える場合は不十分として×と評価した。
【0055】
(2)溶接性の評価方法
各試験片について、使用電極:DR型Cr-Cu電極、加圧力:150kgf、通電時間:10サイクル/60Hz、溶接電流:7.5kAの条件で連続打点性の溶接試験を行い、連続打点数で評価した。連続打点数が5000点以上の場合は溶接性良好であるとして○、5000点未満の場合は溶接性不十分として×と評価した。
【0056】
(3)脱膜性の評価方法
本発明に係る鋼板が、自動車用途で使用される場合を想定して、脱脂時の脱膜性を評価した。皮膜の脱膜性を求めるために、まず、各試験片をアルカリ脱脂剤のファインクリーナーE6403(日本パーカライジング(株)製)で脱脂処理した。脱脂処理は、試験片を、脱脂剤濃度20g/L、温度40℃の脱脂液に所定の時間浸漬し、水道水で洗浄することにより行った。脱脂処理後の試験片に対し、蛍光X線分析装置を用いて表面炭素強度を測定し、測定値と予め測定しておいた脱脂前表面炭素強度および無処理金属板の表面炭素強度の測定値を用いて、以下の式により皮膜剥離率を算出した。
【0057】
皮膜剥離率(%)=[(脱脂前炭素強度-脱脂後炭素強度)/(脱脂前炭素強度-無処理鋼板の炭素強度)]×100
皮膜の脱膜性は、皮膜剥離率が98%以上となるアルカリ脱脂液への浸漬時間により、以下に示す基準で評価し、120秒以内である場合を良好な脱膜性であるとして〇、120秒超えの場合は不十分な脱膜性であるとして△と評価した。
【0058】
(4)防錆性の評価方法
本発明に係る鋼板が、鋼帯としてコイル状態で保管した場合を想定して、重ね合わせ状態での防錆性を評価した。各試験片を150mm×70mmのサイズに加工し、防錆油を片面当たり1.0g/m2となるよう両面に塗布し、2枚の試験片を重ね合わせ、面圧0.02kgf/mm2となるように荷重をかけた状態で温度50℃、湿度95%RHの環境で試験を行った。防錆性の評価は7日ごとに重ね合わせた内側の面を確認し、錆が発生するまでの日数を評価し、56日以上である場合を特に良好な防錆性として◎、21日以上である場合を良好な防錆性として○、21日未満の場合を不十分な防錆性として△と評価した。
【0059】
(5)接着性の評価方法
各試験片を100×25.4mmのサイズに加工し、防錆油に浸漬後24時間垂直に立て掛けて余分な油を除去したものを2枚使用し、25.4mm×13mmの部分にエポキシ系接着剤を0.2mm厚に均一に塗布後、クリップで重ね合わせて挟み、180℃で20分焼付けし、乾燥・硬化させた。冷却後、オートグラフ試験機によりせん断引張試験を行い、せん断接着力を測定した。接着性は接着力20MPa以上を良好な接着性として○、20MPa未満を不十分な接着性として△と評価した。
【0060】
【0061】
表3によれば、本発明例の鋼板は、いずれも優れたプレス成形性を有している。これに対し、本発明の技術的特徴を有さない比較例の鋼板はいずれもプレス成形性に劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の鋼板はプレス成形時の摺動性、溶接性、アルカリによる脱膜性、防錆性、接着性に優れる。これらの優れた特性を有することから、自動車車体用途を中心に広範な分野で適用できる。
【符号の説明】
【0063】
1 摩擦係数測定用試料
2 試料台
3 スライドテーブル
4 ローラ
5 スライドテーブル支持台
6 ビード
7 第1ロードセル
8 第2ロードセル
9 レール
【要約】
【課題】プレス成形が困難な複雑な成形を施される鋼板において、プレス成形時の割れ危険部位での摺動抵抗が小さく、面圧が高く型カジリの発生が想定される部位において優れたプレス成形性を有する潤滑皮膜を有する鋼板を提供することを目的とする。
【解決手段】ガラス転移点(Tg)が100℃以上であり、酸価の比率R=酸価(mg-KOH/g)/Tg(℃)が1.50以上であるアクリル系樹脂と、融点が100℃以上145℃以下、かつ平均粒径が3.0μm以下のポリオレフィンワックスを5質量%以上含有する有機樹脂皮膜を片面当たりの付着量Wが0.3g/m
2以上2.5g/m
2以下の範囲で鋼板表面に形成する。
【選択図】
図1